光。眩いばかりの光。
その場所を満たしていたのは青白い光だ。
屋内、それも地下奥深くに存在するこの場所には当然の事ながら太陽の光を受け入れる窓など存在しない。
ならば、何処からこの光はやってきたのだろうか? 一体どこから差し込んでいるのだ?
この太陽とは種類が違う、どこか柔らかくも無機質な感想を抱かせる光は一体なんなのだろうか。
太陽の光は明るさと温かみを齎すが、この部屋の空気は地上とは違い、酷く冷たい。
いや、こっちの方が過ごしやすい温度といえよう。少なくとも砂漠の太陽の直射に比べれば快適だ。
意識を集中して、光が何処から発生しているのかを探せば、光源は簡単に見つかった。
逆に言えば、意識しないかぎりは光は『あって当然』 そう思えるぐらいに自然に部屋を照らしているということになる。
部屋そのものが発光していた。正確には、よく眼をこらせば見える、天井や床、柱などに刻まれた文字だ。
青い大理石で造られた床も。数々の神秘的な装飾を施された巨大な柱も。絵画の様に紋章を刻まれた天井も。
何もかも全てに刻まれた居る文字だ。青で埋め尽くされた世界が文字によって美しく光っている。
ただの言葉の羅列に過ぎないソレは、まるで意思を持ち、自分の仕事を行っているかの様に光り輝いているのだ。
時々鼓動するかのように光の強弱が変わるのも、独創的な芸術品を見ているようで、また面白い。
そして、轟々と音を立てているのは水の流れ。部屋の周りの空間は水で埋め尽くされていた。
さながら部屋が大海のど真ん中にぽつんと浮いている小島の様、といえば何となくではあるが、どういう場所なのか想像できるだろう。
そう、海と錯覚してしまうほどに膨大な量の清水だ。ソレが部屋の光を反射し、更に明かりを増幅させている。
だが水道が敷かれ、水量を調節されたソレは決して部屋を濡らすことはない。
まぁ、通路や部屋の周りには見えないだけで物理的な結界が張られているので通路や部屋が水没することなどない。
仮に水がこの場全体を埋めつくしたとしたら、さながら水中に透明なトンネルを通した様な状況になるだろう。
そして部屋の床と天井に刻まれた一際巨大なシンボルは太陽を模していた。
この空間を作り上げ、支配する者が誰なのかを示す証だ。
太陽を表す完全な円と、そこから放射される光を表した細い頭を円と融合させた細長い三角の記号。
神竜族の紋章だ。全ての竜を導き、育て、守る。絶対の存在を表す紋章。
そして、その紋章の奥――全ての装飾がソコを中心に広がっている場所には黄金を基色に、真紅の装飾を施された肘掛椅子があった。
一目でただの椅子とは違う雰囲気と、重みを持った椅子だ。
そう、これは玉座。支配者のみが座ることを許された特別な“座”である。
この椅子を取る為だけに戦争が起きることさえもある、選ばれた者にしか腰掛ける事を許されない椅子。
事実、人間はこの玉座に座るために家族を殺す者さえも居た。
王。そう、この椅子に座るのは『王』だ。
しかし、この玉座には今は誰も座っていない。変わりに玉座には鞘に収められた一振りの剣が安置されていた。
上質な漆黒の鞘に収められた装飾剣。金銀と宝石で美麗に彩られた翡翠色の剣だ。
かつてナーガが所持し、常に彼が持ち歩いていた剣。
その名を『覇者の剣』という。
かつてナーガらと袂を断ち、全ての竜、生き物、そしてありとあらゆる世界をその手に掴もうとした竜──『始祖竜』そのものともいえる剣。
根源的な混沌と、闇、そして絶望を無限に内包した剣だ。
神竜が全てを照らす太陽ならば、彼らは全てを覆う夜の闇といえる。
神竜と全てを壊す寸前まで争った竜 【始祖竜】
その戦争の余波で世界の根源である“秩序”は崩壊し
かつては他にもあったといわれるエレブ以外の大陸全てを消し去ったといわれる存在だ。
既に始祖竜の意思はないのだろうが、もしもこの剣に意思が残っているとしたら
かつては狂おしいまでに羨望した竜族の支配者が座る椅子。その上に安置される事に何かを感じているのかも知れない。
まぁ、剣には口も手も何もないのだから、喜びを表すことなど出来ないのだが。
更にもう1つ、部屋に入った存在の気を惹く物と言えば玉座の上に浮かんでいる数冊の分厚い本だ。
4冊の空間ごと固定されているかのように全く、揺れもしないそれらは後ろに透明な壁があって、それに掛けられていると言われても信じることが出来るだろう。
人間の魔道師……それもかなり奥深くまで魔の道を歩んだ者がもしもコレらを見たら、下手をすると喜びと恐怖のあまりに発狂してもおかしくはない。
魔導書だ。この4冊の本はただの本ではない。魔術を発動させるための媒介である魔導書だ。
ナーガが里を守るための力として残した書物である。
“知識の溜まり場”の中にあったかつての戦争で使われた恐るべき竜族の術の一部を、彼は復活させたのだ。守るための力として。
4つの魔道書にはそれぞれ名前がある。
光魔法 もしくは 神竜魔法【ルーチェ】
理魔法 もしくは自然魔法 【ギガスカリバー】
闇魔法 もしくは混沌魔法 【エレシュキガル】並び【ゲスペンスト】
どれも使い方を誤れば世界を破滅に導きかねない程の力を持った超魔法だ。
その威力はもはや、対個人どころか、対軍、対竜───対国家と言っても過言ではない領域に到達しているであろう。
ナーガはこれらを里を守るための力──もっと深く言ってしまえばイドゥンとイデアのための力として残したとも見えなくもない。
部屋……いや、この玉座の間に一人の人間が立っていた。真紅のローブを纏った老人だ。金で縁取りしたそこそこに豪奢なローブである。
老人は玉座には座らず、手を後ろで組み、足を肩幅程度に開いた格好、俗に言う【休め】の体勢で玉座の上に置かれた剣を眺めていた。
火竜の真っ赤な瞳は何も映さず、ただかつての主が座り、いずれ新しい主を迎え入れる事になるであろう玉座を見ている。
彼――フレイが今現在考えるのはもうこの世界から居なくなったナーガの事ではない。
確かに長年ナーガに使えた彼はナーガと最後に対面し、判れた時には悲しみを感じたが、今は違う。
彼が今考えているのは竜族の事だ。
どうすればこの『里』を安定した軌道に乗せられるか。どうすれば里の者に安心を与えられるかだ。
そして同時に彼はどうイデアを説得し、その心を癒す事が出来るかも考えていた。
彼は神竜族の忠実な臣下であるからだ。彼の全ては神竜族のために存在していると言っても過言ではない。
それに、彼も内心どこかで心苦しく思っている。
まだまだ幼いとしかいえない子供にとてつもない重荷を背負わせることを。
本来の予定ならば、姉弟二柱がこの『里』に降臨し、二人で助け合って里を治める。
ナーガから聞いた話によると、両者共権力には興味の欠片もなく、どちらが長になったとしてもイザコザは起きないという見立てであった。
だが、実際『里』に来たのは弟のイデアのみ。姉のイドゥンはどこか(彼はイドゥンが『殿』にいるとあたりを付けている)に行ってしまい行方知れず。
結果、イデアは精神を病んでしまい、とてもじゃないが長になど出来ない。
長という仕事に最も必要なのは強い精神力なのだから。
それさえあれば、後は自分達でフォローして、色々と発展させていくことが出来る。
説明した際のあのイデアの何もかもを諦めた瞳を彼は思い出す。まるで親に捨てられた子供の様な……。
……ナーガは一体何と彼に言ったのだろうか? 何か彼の心を抉る事を言ったのだろうか?
いや、これは関係ないと想いフレイが眼を瞑る。
そうコレは関係ないことだ。今はもっと具体策を出さねば……。
と。
彼の鋭利な感覚は何者かがこの玉座の間に近づいてくるのを感じた。
瞳を開け、意識をその者に向ける。
フレイがその者のイメージとして見たのは【炎】であった。
燃え滾る紅蓮の業火のごとき性質のエーギルを持った竜だ。
火竜……自分の同族であることを知ったフレイがほんの少しだけ全身に滾らせていた警戒を解く。
誰だか目星が付いたからだ。
『アンナ、ご苦労だった。外の状況はどうなっていたかの?』
鳥の喉を潰した際に出そうな、しわがれた声でフレイが問う。
一度聞いたら一週間は耳に残りそうな声だ。しかし声音そのものは孫に語りかける様な妙な優しさが宿っている。
もう大体の答えなど判っていたが、それでも彼は確定的な情報を求めた。
「はい。既に戦争は始まった様です。人の軍が各地の竜族を祭る祭壇や神殿などを破壊し、ベルン地方への進軍を始めました」
答える声は若い女性のもの。フレイとは違い、透き通った美しい声。同じ火竜が発しているとは思えない。
淡々と文章を読み上げるかの様に事実を冷淡に報告する。
報告を行うのは、紅い、赤い、まるで火を布にしたらこうなるであろう程の透き通った火色のドレスを着た、後ろで結んだ長い髪も空の星の様な光を宿した両眼も
そして纏う雰囲気さえも“赤い”女──アンナである。
いつの間にやらフレイの数歩前に立ち、軽く頭を下げて報告を行う。
『……そうか では、イデア様の調子はどうだ?』
「相変わらずですわ。まぁ、当然かと思われますが……食事にもあまり手を付けておられないようですしね。私が話しかけても何の反応も返さないです
それに私の見立てでは、食事や睡眠を必要としなくなるまで、もう少しの成長が必要かと思われます」
いつもイデアに食事を届けている彼女は、現在里の中で最もイデアの体調に詳しい者と言えた。
イデアをそれとなく観察し、診断しているのだ。
うーんとフレイが額に手を当てて考える。
まぁ、髪の毛そのものがほとんど無いので、どこまでが額なのかは判りづらいが。
コンドルという鳥の頭部を思い浮かべるといい。丁度あんな感じにシワシワで硬質な頭をしている。
『……イデア様は、ナーガ様もイドゥン様も居ない。
自分がこの世で一人ぼっちになってしまった、孤独になってしまったと思い込まれておる………………さて、どうしたものか。お前はどう思う?』
「………子供を育てた事はありませんから……判りませんわ」
素直に判らないと彼女は答えた。無理に取り繕っても無駄だからだ。
エイナールならどうするだろう? ふと、アンナはそう思った。
あの子供に対する優しい顔。あの包み込むような母性。彼女なら今のイデアを慰める事が出来るのだろうか?
……今は居ない人物の事を考え、「でも」や「もし」「れば」「たら」を考えている暇は無いとアンナが思考を切り替える。
「そろそろイデア様の食事の時間ですわ。……失礼させてもらってもいいでしょうか?」
『構わんよ。それと食事の後にも報告を頼む』
「はい」
アンナが音も無く部屋から退室する。彼女の気配が物凄い速度で遠ざかっていくのを感じながら、フレイが動いた。
術を使い、玉座の隣に小さく、質素な木製の椅子を呼び出す。何の飾り気もないソレは、代行者の椅子だ。
この老火竜の小さな座といえる椅子だ。何万年もナーガに仕え、ようやく手に入れた彼からの信頼の証。
イドゥンとイデアを補佐して欲しいと命令ではなく、頼んだのだ。神竜族の王が、彼に。
そこに座り、何枚かの羊皮紙を手に取り、それに眼を通す。
里の状況や、里の住人からの改善して欲しいと思ったこと、こういう施設を造ったらどうだ? という提案などである。
そしてソレらを吟味しながら、現実的に可能かどうかを考えていく。
彼は彼のやるべき事をやるのだ。
周りに食事の入った皿を載せた盆を浮かばせ、アンナは廊下を歩いていた。
目的地はイデアの部屋。これから食事の時間だから。
足音一つもなく廊下を行く。まるで氷の上を滑っているように。
「イデア様? 食事を持ってきましたわ。入りますよ?」
この歩き方は身体に染み付いてしまい、彼女にとっては足音を立てて歩くということの方が難しい。
やがて木製の扉の前にたどり着き、数回ノックをする。やはり返事は無い。
寝ていのだろうか? いや、この場合は不貞寝か? どちらでも構わないが、まだまだ食事を取る必要がある身体なのだ、しっかり食べてもらわなければ困る。
いつも通り彼女がイデアの返事を待たずに扉を開ける。どうせ帰ってこないものを期待するだけ無駄だ。
食事を彼の近くに置き、イデアに根気良く話しかける。今の彼女に出来るのはそんな事ぐらいだ。
が。今日は少し違った。部屋に入ったアンナが見たものは……。
「これは……困りましたね」
アンナがやれやれと言った感じで呟く。
まるでいつも手を焼いている悪戯坊主がまた何かしでかした、とでも言いたげに。
空だった。いつもイデアが横になっているベッドの上には誰も居なかったのだ。
そして開け放たれた窓。遠くから感じる神竜の黄金の力。ここから推測される答えは大よそ一つだ。
窓からは太陽の光が燦々と入ってきている。
魔術を行使し、フレイに念話を飛ばす。今は直接会いに行っている暇などない。
そして一通りの報告が終わった後に老竜がアンナに出した指示は彼女の予想通りであった。
──探せ。
簡潔にこれだけを伝えられる。
アンナがその場で軽く一礼し、瞬時に答えを送る。もはや脊髄反射の領域に近い速度だ。
──直ちに。
食事を机の上に置く。零れないように、そっと。
アンナが窓まで歩いていき、躊躇いもせずにそこから飛び降りた。
後ろで纏めた赤い髪から火の粉が飛び散り、彼女に纏わり付く。
背からは激しい炎の濁流で形成された翼を出現させ、そのまま飛行に移る。
やはり身体を動かしていた方が気分的に楽だ。少なくとも子供の相手をするよりは。
猛烈な風の抵抗をその身に受けながら彼女はそう思わずにはいられなかった。
あとがき
今回の話は書きたかった話の1つで、書けてとても気分がいいですw
魔法の名前は原作をプレイした事のある人ならば
ニヤリと思った方も居るのではないしょうか。
これからも徐々に原作キャラやその親族を出して行きたいです。
それにしても、感想板での聖戦の系譜の人気にかなり驚きましたw
もう10年以上も昔のソフトなのに、凄い人気ですねww
では、次回の更新にてお会いしましょう。