18
今、俺の両隣には二人の神が坐している。
縁側にて天から降り注ぐ恵みを眺める神様が二柱に正体不明の黒い餅が一つ…。
一柱は日本の一角を統べた祟り神、一柱は日本自体を創った神の血族。
そして一人は数か月前まで立派な人間だった物…。
・・・いやはや、数か月前まで神様なんでどちらかといえばいないんじゃないか?
と思っていたとは口が裂けても言えない状況だ。
本当だったら恐れ多くて身体が数段縮んでしまっていたかもしれない。
だが…。
「!!っっひゃ!あひゃっひゃっははっはあっ!ぱ、パジャ、ぱじゃみゃ・・・!?
初対面パジャマ・・・!最高!カリスマゼロ!それで胸張って・・・!ふひゃははあは!!!」
と祟り神の頂点、洩矢が腹を抱えて爆笑し、
「・・・いい加減その口を閉じな、口に御柱突っ込んでほしいのかい?」
と八坂刀売神がこめかみをひくつかせた。
彼女は先ほどの淡い色合いのパジャマから胸元に丸い鏡を着け、ゆったりとした真紅の服へ着替えていた。
これが彼女のいつもの服装らしい。
「ははっはっは・・・はふ、で・・・えふ、でもわざわざ着替えてくるってことは気にしてたんでしょ?」
「・・・なんだそんなにペシャンコのカエルになりたいのかい。」
神奈子はヒーヒーといまだ喉を引き攣らせる諏訪子をキッと睨みつけた。
瞬間ゾクリと彼女の神気が俺の頭上を通過してもう一柱に向かう。
すると諏訪子はおぉ、こわいこわいと大きなタオルの中に首をひっこめた。
「いやぁ、勘弁だね。せっかくお風呂あがりたてなのにまた入ることになるはお断りだよ。
あ、さなえー今日のご飯なにー?」
バスタオルをケープのようにかぶった彼女はケロケロと笑ってそう言った。
あぁ、できれば俺も向こうに参加したかったな。
俺は諏訪子が声をかけた先、台所の方をうらやましそうに眺めた。
台所では早苗、椛、にとりの3人が立っている。
「んー、内緒です、まぁみなさん雨でぬれちゃいましたから温まる物とだけ言っておきます」
火にかけられた鍋になにか調味料を入れながらの返答を返す早苗。
となりの椛とニトリからは黙々となにか野菜をざく切りにする音が聞こえる。
二人はお風呂を借りたのだからなにか手伝いさせろと早苗に要求したのだ、
はたして何時の間に夕飯をごちそうになることが決定していたのだろうか?
てっきり彼女たちが風呂からあがったらお礼をいってさようならーで帰れるのかとおもっていたんだけどなー。
まぁ二人がそう言ってしまったので俺も後には引けず、じゃあ俺も手伝うと申し出てみれば。
「あ、じゃあご飯ができるまでお二人のお相手をおねがいします♪」
そう笑顔でそうおっしゃる巫女さんでした。
そして俺は水色のパジャマに身を包んだ洩矢諏訪子と、
あのピンク色のパジャマから赤い服に着替えた八坂神奈子の間でちっちゃくなっているのだった。
=それにしても ほんとうに かみさま が いるとはな=
睨む視線といなす視線の間はひどく居心地の悪い、
早急に話題をそらすため俺は思わず頭に浮かんだそれを電子辞書につづった。
その文字を見て苦笑をうかべる女性と少女。
「あぁ、この幻想郷の中にも、そして外にも神々はまだ息づいているさ。」
八坂刀売神、八坂神奈子が胡坐に片膝を立てる男座りに落ち着きながらそう言った。
しかしその表情に晴れたものは見えず少し小さな溜息も混じっている。
「んー、私たちも最近までそとで暮らしてたんだけどね。
やっぱりさ、外じゃもう信仰が薄れていくばっかりでこっちに引っ越してきたんだよ」
と神奈子の言葉に続けて祟り神の長、洩矢諏訪子が理由を述べた。
二人が言うには人の信仰心が神から離れ科学の力を信じ始めたせいで、
外の神々の力がどんどん弱くなってきているとのことらしい。
確かに現代社会では『奇跡』や『神の御業』とかいうものを聞くことはめったにない。
治水はダムやコンクリートの堤防で防がれ、天候は地球の外で衛星が目を光らせる。
もはや人の心は神々から遠のいてしまい、その力を示すこともできないとのことだ。
崇拝することで生まれる神々二とっては肉体的な死は存在しえないが
崇拝する者のいなくなった神は忘れ去られ、消滅する。
ゆえに二人は完全に力をなくす前に科学の影響が少ない新天地、幻想郷で信仰を集め、
そして後は気ままにここで幻想郷ライフを楽しもうとのことで外から神社もろとも引っ越してきたとのことだ。
なるほどだからこの神社に違和感と懐かしさを覚えたのか。
この神社は元々外で立てられた。
だから神社の中には蛍光灯や電灯、足元を見ればコンセントの穴もあいている。
家ごと引っ越すとは何とも豪快で神様らしい。
「ん?どうしたのクロちゃん?」
ふと諏訪子が俺の顔色(常に真っ黒だが)をみて首をかしげた。
=げんだいじんとして すこし みみが いたい=
確かに有名な神社に人は集まるが、
それは信仰心からというより神社などの古い建物の歴史が目当ての観光目的が大多数だろう。
実際自分も諏訪大社に家族に連れられて何度か訪れて手を合わせているが、
やはり観光や出店目当てであった事は否めなかった。
「クロちゃん・・・耳、あったんだ・・・。」
・・・え?そこ?
「んふふ、冗談冗談。別に気にしなくていいよそんな。
そうだね、ま、神様も時間の波にはあらがえないってことかな?」
さらっと言ったがはたしてそれは簡単にあきらめて良いものだろうか?
神がいなくなっても外の世界ってだいじょうぶなのか?
「大丈夫なんじゃない?人間どうにでもなるもんだし。
今の私たちにとってはここ(幻想郷)で信仰集めてマターリ過ごすことが優先事項なのだ!」
ビシッと人差し指を天高く掲げてそう宣言する諏訪子、
どうやら今現在外の世界は神から見放された世界となっているらしい、いやはや。
「クロちゃ~ん、ちょっととりあえずできたものだけでももってってー」
ふとその時、台所の方から俺を呼ぶにとりの声が聞こえた
=よばれたようなので ちょっといってきます=
「ん、悪いね。手伝わせちゃって」
いえいえ。
神奈子のねぎらいに気持ち頭を下げた俺は意気揚々と台所に向かった。
口なしの俺にはしゃべり相手より実技的な手伝いのほうがよっぽどおちつくんだ!
俺が台所に来ると鍋を見ていた早苗がいち早く自分の領域の侵入者に気付いた。
「あ、クロさん。すいませんがそこにあげているやつおねがいします」
そう言って早苗の視線をたどると・・・。
ちゃぶ台ではなく人の腰ほどあるテーブルに椅子が3つ。
その上にいくつかの料理が盛られた皿。
料理の内容は和食の前菜にポテトサラダなどの洋食も数点ある。
あぁ、なんかばぁちゃんの家に来た気分だ。
「そういえばなにか苦手なものとかありませんよね?」
傾けないように慎重に皿を触手で持ち上げると思い出したように彼女がそう言った。
俺は新たに数本増やした触手でもう一枚皿を持ち上げながら電子辞書にタイプする。
=とくにない けど できれば れいき いりの さけ がほしい=
「霊気入り・・・ですか?」
霊気でもなんでもいいけど…いや、厚かましいとは思う。
しかしかといって自分のエネルギー源補給を忘れると大変なことになるのだから仕方がない。
頭の中でそう言い訳をしながら自らの体について説明しようとしたその時、
あのジトリとしたものが背筋を這った。
「・・・クロさん、お酒なくなったんですか?」
・・・なぜそんな目で見つめてくるんでしょうか椛さん。
「文さんから聞きました。お酒、無くなると見境なく襲いかかるらしいですね?」
まてなんかその言い方はおかしい。
=おれh
「え!?クロちゃん、誰襲った!?」
俺は誰も襲ってない。
そう書こうとした矢先すかさずにとりがなにか含んだ笑みを見せて俺を黙殺した。
明らかに椛の言ってる意味を理解してノリやがったこんにゃろ。
次の瞬間、ゾクリと背後に寒気が奔った。
・・・え?
「・・・クロさん、ちょっとお話しませんか?」
さ、早苗さん…?もうその鍋に何も入っないんじゃ?なにをかき回していr――
~~
「なはは、みんな元気だねー」
彼が参加した途端騒がしくなった台所を眺めながら諏訪子がケロケロと笑う。
賑やかな事が大好きな彼女は先ほどまで黒が座っていた座布団を丸めてごろりと仰向けに倒れて笑むが、
対して神奈子はジッと台所の方へ視線を向けたままだった。
その眼が黒い彼を捉えたると彼女のスッと通った眉が顰められる。
「・・・諏訪子」
「んー?」
「あれ、どう思う?」
仰向けからうつ伏せに体勢をなおしながら諏訪子は隣を見上げた。
「いい子だよ。素直だし頭もいいし、何よりさわり心地がいい!」
ゴス
「!!ったぁ!?なにすんのさlこんボケぇ!」
「まじめな話だよ・・・!ったく、・・・で?
あの妖怪【もどき】をどうするんだい。
連れてきた以上なんかするつもりだろ?」
「あ、やっぱり気付いた?」
「・・・私を馬鹿にしてるのかしら?確かアレは・・・霊夢んとこのヤツだね」
「だね、天狗の新聞にもいっぱいのってたし。
あれ?文の新聞ってどこ行った~?確かクロちゃんのインタビューが載ってたっけよね?」
「・・・それならあそこだろぅ」
神奈子が指さすは早苗がお玉をまわす鍋の下。
それをみて諏訪子は苦笑せざるを得なかった。
「あちゃー、」
「っふふ、まぁここに本人がいるんだ。
聞きたいことがあるなら直接聞けば?」
「あーそれは」
その時、台所から幾つもの皿を触手の上に乗せた話題の彼が現れた。
皿からはホカホカと沸き立つ湯気とともに部屋に満ちるできたての料理の臭い。
諏訪子と神奈子はニッと笑みを浮かべあった。
「御飯のあとでいっか♪」
「・・・それもそうだな」
これ・・・どこにおけばいい?
少しボロボロになりながら皿を運ぶ彼をみて二人はさらに吹き出した。
~~
「ねぇ~!くろちゃ~ん!おねがい!一生のお願い!」
=だめ ぜったい=
「いいじゃーん!ね?ぜったいもとに戻して返すから!
あ、なんならバージョンアップさせてもいいよ!」
おねがいだからそれだけはやめてくださいマジで・・・。
さっと電子辞書を振り上げた。
しかしすぐそのあとをニビ色のチューブにマスターハンドがくっついたようなアームが追いすがる。
誰か、こいつを止めてくれ。
俺は救いを求めて辺りを見回すが最初に目のあった諏訪子はニヤニヤと頬にくぼみを作るだけ。
神奈子の杯に徳利を傾けたその姿は助けるつもりはないと悟ってそのもう一柱の神に祈った。
「それでひどいんですよ・・・?
わたしが必死に手を伸ばしたのにいきなり身体を掴んでポイですよ?
ありえないと思いませんか・・・?」
「そ、そうだな。差し伸べた手を払われるどころか投げられるとは・・・」
「ですよね!?おかしいですよね!!もし文さんがキャッチしてくれなかったら―――」
・・・逆に神様から救いを求める眼を向けられました。
なんということだ。山の大将が酔っぱらった山の哨戒役に愚痴られてるとは・・・。
最初はチョビチョビと舐めるように酒を飲む椛だったがいつの間にか量が結構いっていたらしく、
いまや顔を真っ赤にして神様相手に愚痴をこぼしていた。
パシリ天狗の愚痴につきあう神さまも神さまだが、
話題を変えようとするたびに目じりに雫が浮かべる相手にどう対処すればいいかなんて俺も知らない。
「にょ?なにもみもみとクロちゃんとの出会い話!?」
「・・・出会い話なんてロマンチックなもんじゃありません、クロさんは・・・」
ふとにとりの意識が俺から椛の話にそれた。
その瞬間を俺は見逃さなかった。
電子辞書をさっと体内にしまい込み、そそくさと縁側に移動する。
「あっー、逃げた!」
後ろでにとりの不満げな声を聞きながら俺はさっと障子の裏に逃げ込んだ。
部屋の中から追いかけてくる気配は感じられず、どうやらニトリはそのまま3人の話に混ざったようだ。
俺はほっとし・・・たかったが少し心配になった。
明らかに「あの事」の椛視点の話だったけど・・・
今更中に入るのもちょっと気が引ける。
俺は死守した電子辞書をしっかりと体の中にしまいこんだ後、
部屋に戻ろうかどうしようかとうろついた後、結局その場でボーっと屋根から伝う雫の幕を見ていた。
日もいつの間にか沈み、あたりは真っ暗だ。
体のおかげで遠くの遠くに空をぎざぎざに切り抜いたような山の影が見えるが、
そのほかに認識できるものは部屋の明かりを反射する雨の雫だけだった。
キラキラと一瞬だけ部屋の明かりで光った雫はあっという間もなく真っ黒の地面に吸い込まれ、雨音をたててはぜる。
その音を聞いて俺は思わずため息をふぅと心の奥で吐き出した。
「あ、クロさんこっちにいたんですか?」
・・・早苗?
後ろから突然声をかけられた。
視界をぐるりと後ろに向けるとそこには早苗が立っているのが見えた。
彼女の手には小さな徳利とおちょこが数個が乗せられた小さなお盆。
早苗はスッと膝を折るとお盆を一度下に置き、
「どうぞ、御所望の霊気入りのお酒です。やったことなかったんでちょっと手間取りましたけど」
案外難しいものですねと早苗は苦笑を浮べながらお猪口を差し出した。
わざわざ探してくれたのか。
霊気入りの酒と聞いて俺はピョコンと体を起してそれを受け取ろうと触手を伸ばした。
しかしふとあることが脳裏に浮かび思わず触手の動きを止めた。
お猪口・・・か・・・。
突然動きを止めた触手に早苗は首をかしげ、
「?どうかしま・・・えぇ!?」
と次の瞬間には声をあげて驚き、危うくお猪口を取りこぼしそうになった。
ほぼ傾きかけたお猪口を落ちる前に持ち直した瞬発力はさすがといったところだ。
どこもおかしいところはないかな?
俺がポカンと口を開けたまま硬直する早苗に視線を戻すと、
彼女の眼球にはしっかりと口を閉じた早苗の顔が写っている。
「その姿って・・・私・・・ですよね?」
衝撃の初対面だったあの時と同じぐらい驚いだ表情を浮かべたまま早苗はそう聞いてきた。
うん、多分相違ないはずだ。
目の前に実物がいるのだから変に間違っている部分はないはずだ。
俺は下に視線を下ろして自分の姿を確認した。
頭をうつ向かせると同時にはらりと降りる緑髪は一本一本細かく滑らかに。
白と藍色の巫女服は目の前の巫女服とこれといった違いは見えず。
腕の長さや足の長さもちゃんと均一だ。
・・・それにしてもやはり霊夢より大きいな。
いや、なにがとはいえないが。
自分の容姿を確認し終えた俺は満足して仁王立ちして早苗に頷いて見せた・・・かった。
腰に手を当てようとした瞬間、突然ガクっと膝が折れ、
Σ#$%&(!?
ベシリと縁側の板に背中を打ちつけて転んだ。
・・・痛くはない。ただ、
「あー、えっと大丈夫ですか?」
早苗の苦笑交じりの声に天井を見上げながら俺は気持ち泣きそうになった
そんな情けない気持ちが顔に出ないように必死でこらえ、
俺は差し伸べられた彼女の手を借りつつ上体を起こす。
=たすかった=
「どういたしまして。・・・それにしてもクロさんどうして私の姿に?」
縁側に足を下ろすようにして座った俺の姿に早苗は疑問符を浮べた。
首をかしげて見つめてくる彼女の視線から逃げるように俺はお盆の方へ視線を泳がせる。
すると彼女は俺の視線にすぐに気付き、同じくお盆の方へ視線を奔らせる。
その先にあるのは先ほど早苗が差し出したお猪口と徳利。
「・・・・・・まさかわざわざお猪口で飲むためにその姿を取って転んだんじゃ・・・。」
・・・。
=orz=
「・・・っぷ、くふっ」
早苗は思わず電子辞書から顔をそむけて口をふさいだ。
あぁ、好きなだけ笑えばいいさ。
「ふふあは!く、クロさん、あーごめんなさい。
だから私の顔でそんな情けない表情しないで下さい!っふふ・・・!」
ふと笑いながら早苗は腕を伸ばして俺の眉のあたりを撫でた。
言われて初めて自分の眉が下がっていた事に気づく。
もしかしたら今さっきの自分の顔はこんな(´・ω・`)のような顔にでもなっていたのだろうか。
「あぁ、だからそんな顔しないでくださいってば・・・!もう、」
ほほに小さな笑窪を作りながら早苗はお猪口を手に取る。
そしてはい、と俺に再びさしだした。
俺は少し額と眉を気にしつつも今度はしっかりと両手で受け取った。
対する早苗も徳利を両手で持つとニコリとほほ笑むと、
「クロさんって案外顔に出るタイプなんですね?」
・・・言わないでくれ。
>あとがき
しまった!黒を後ろに転ばせないで前に倒れさせればよかった!
そうすれば早苗さんを押し倒せ・・・・・・・・・。
ハッ!?