「知らない天井だ……」 やっぱりこの台詞はお約束だよネ、などと思いつつ、いつもの狭い船室のベッドから身を起こす。 そう、『いつもの』……?「えっ、だって今日はゲーセン行って、『機動戦士ガンダム 戦場の絆』をかがみとつかさとみゆきさんと一緒にやって、それから……」 ウケ狙いでアッガイを選んだ記憶まではある。 ステージは練習用のコロニー。 そして、それからの記憶がない。 寝不足だったし、3D酔いで倒れた?「ううん、記憶はある。ジオン軍、コナタ・イズミ曹長。MSパイロット。ここはムサイ級巡洋艦キワメルの自室…… 記憶が二つある?」 21世紀の女子高生としての自分と、宇宙世紀ジオン軍パイロットとしての自分。「何で……」『コナちゃん? ああ、起きてたんだ。そろそろサイド6の目的地に到着だよ』 映像付き通信。 写っているのはジオン軍の軍服が心底似合わない……「つかさ……?」 違う。ツカサ・ヒイラギ軍曹。 兵学校の同級生で、このキワメルの通信士。 そして、その後ろで呆れた顔をしているのは……『まったく、さっさと顔洗って来なさいよ。ミユキ…… タカラ中尉がコロニーで待っているわよ』 憲兵隊の士官服が妙に似合う、どこかツカサに共通した面影を持つ。「かがみ……」『あんたね…… 寝ぼけてるのは分かるけど、『少尉殿』を付けなさいよ『少尉殿』を。勤務中よ!』『お、おねえちゃ……』『ツカサ、あんたも!』 そんな通信機越しの喧噪を聞きながら……「や、私はまだ勤務外だからねー」 そんな軽口が、自然と口をついた。機動戦士アッガイ第1話「アッガイ大地に立つ!!」 サイド6の外れに位置する、この戦争で建設半ばにて放棄された海洋リゾート型コロニー。 その外壁に取り付く3つの白い巨大な影があった。「サンダース、お前のGMをここで見られるのはまずい。お前はここに残れ」「はっ、曹長」 白と赤の連邦軍MS、先行試作量産型GMを残し、コロニーに潜入したのは2機の白く塗り替えられたジオン軍MSザクII。 連邦軍によって鹵獲された機体をMSの運用試験のため持ち出したものだった。「曹長、軍の施設は右上のブロックのようです。出勤時間のはずですが、車が一台行っただけです、人影はありません。……いや、居ました、子供のようです」 子供と誤認されたのは、一人、エレカーを走らせるコナタだった。 年齢の分かりにくい典型的なアジア系モンゴロイドであり、背も低いため誤認されるのも無理無かったが、最大の理由は着崩し過ぎた制服にあった。 上はタンクトップ1枚に、腰に結ばれた上着。『このコロニーでユキちゃんが待ってるんだよね』 追いかけてくる、通信機越しのツカサの声をBGMにハンドルを握る。「だと思うよ。でもわざわざこんな所で何を作ってるんだろうね」『作って?』「ミユキさん、今じゃ技術中尉殿だからねー。ウチの同期だと一番の出世頭だよね」 一方、秘密裏に建てられた軍施設では、急ピッチで物資のキワメルへの搬入が行われていた。「キワメルに新型の部品を載せりゃあいいんだ。地上の作業を急がせろ」「はっ」「キワメルめ、よりによって連邦の船につけられるとはな」 技術者達が忙しく作業を進める中、キワメルの士官達が視察に現れた。「ほほう、これか」「はっ」「さすが我がジオン軍の新鋭MSだ。このMSが完成すれば、連邦を打ち砕くなぞ造作もない」 サイド6の領空外、スペースデブリの影に停泊する、MS搭載型サラミス級試作艦カスカベ。 その艦橋で頬杖を突くのは小柄な女性士官。 この艦の艦長であり、連邦軍MS試験部隊、隊長。 アキラ・コガミ大尉。「私もよくよく運のない女よね、作戦が終わっての帰り道であんな獲物に出会うなんて。フフ、むこうの運が良かったのかしら?」「はい、アキラ大尉殿。しかし、あんな作りかけの、しかも曲がりなりにも中立のサイド6にジオンの基地があるんでしょうか?」 律儀に返答を返すのは副長であるミノル・シライシ少尉。「ありえるわね。聞けばリゾート型のコロニーだっていう話じゃない。地上用のMSの開発には最適だわ」「来ました。暗号、2-Bです」「ほら、私の予測した通りでしょー」「で、では、ジオンが新型のMSを?」「開発に成功したと見るのが正しいでしょうね」 リゾートコロニー内部の山岳地帯に身を隠す鹵獲ザク2体からは、キワメルに搬入されようとするMSの様子が確認できた。「2台目もモビルスーツだ。まだあの中にもあるかも知れんぞ」「曹長、叩くなら今しかありません」「我々は偵察が任務だ。それに忘れたのか? ここは曲がりなりにもサイド6。中立地帯だぞ」「……どうせ俺達の乗っているのはジオンのザクなんだ。奴らの仕業に見せかければ……」「おい、貴様、命令違反を犯すのか? やめろ」「フン、手柄を立てちまえばこっちのもんよ」 不意の振動に驚き、エレカーを止めるコナタ。「こ、この振動の伝わり方は、爆発?」『連邦軍? でも、ここサイド6だよ』「でも……」 姿を現す白いザク。「ザクだ……」『何だ、味方……』「違う! 連邦軍! 白いザクなんて白狼ぐらいだし、あのエースの白はもっと明度の低い本当の白。あれは、連邦軍が鹵獲して操ってるものだよ! ツカサ! キワメルに緊急警報を!」 とっさのことで、ツカサもコナタ自身も気付かなかったが、それはジオン軍MSパイロット、コナタ・イズミ曹長の知識には無いはずのものであった。 しかし、爆発を起こす軍施設が、それに対する疑問を吹き飛ばした。 唇を噛み、エレカーを飛ばすコナタ。「遅かったか……」 それどころか、もう少しタイミングがずれていれば、コナタも巻き込まれていた所だ。 コナタの足下に落ちているマニュアル。「極秘資料? ……こ、これ、新型MSの」 そして、目前のトレーラーには、カバーのめくれかかった鋼の巨体があった。『コナちゃん! コナちゃん! すぐに戻って! 艦長達はみんな上陸してて、今の攻撃で……』 無線越しのツカサの悲鳴に、我に返る。「ツカサ、しっかりして。カガミは居るんでしょ」『う、うん。お姉ちゃんは船の中だと思うけど』「この際、憲兵でも何でも関係ないから。すぐに探し出して指揮を取らせて」『うん……』「このままじゃ、みんなやられる。しっかりして、ツカサ」『うん、やってみるよ』 ツカサとの通信を切り、呟くコナタ。「ミユキさん……」 そして、トレーラーに横たわるMSのコクピットに身を沈める。「こいつ、動く? ……ザクと同じだ。こいつかな?」 幸い、コクピット周りは乗り慣れたザクとほぼ同じだった。 起動準備を整えるコナタ。 しかし、「ひどっ、1/2しかエネルギーゲインがないよ!?」「お恥ずかしながら、まだ調整が済んでいませんので……」「って、ミユキさん!?」 不意に聞こえてきた声に驚くコナタ。 MSには珍しい副座型。 そのコ・パイロット席に、点検用ハッチから現れる、見知った、懐かしい姿があった。「ご無沙汰しております、イズミさん」「~っ! 色々言いたいことあるけど、それは後回しにして、未調整なの、このMS」「ええ、でもその分、私がリアルタイムにサポートしますから」「なら、お願い」 カバーをはね除け、重々しく立ち上がるMSアッガイ。 しかし、「し、正面!?」 とっさに両手をかざして防御するアッガイに、ザクマシンガンが命中する。「な、なんてモビルスーツだ。ライフルをまったく受け付けません」 アッガイはマシンガンの弾を全て弾いていた。「あれっ、平気?」「曲線的な装甲を持っているので、たまたま角度が浅くて弾いただけです。確かにザクに比べたら装甲は厚いんですが、当たり所が悪ければ抜かれますよ」「そ、そんな不吉なこと言わないでよっ! ぶ、武器は、これ?」 頭部に装備された4門の105mmバルカン砲が火を噴く。「ミユキさん、照準甘いよ、これ」「お恥ずかしながら、まだ調整が済んでいませんので…… それに当たらなくて幸いかも知れません」「どうして!?」「モビルワーカーに偽装してこのサイド6に持ち込んでいますから。この頭部のCIWSも、左腕のロケット弾も、装填されているのは、コロニー補修用のトリモチ弾だったりしますので」「そんな…… って、弾切れだ」 大口径故に、装弾数は思った以上に少ない。 弾幕で牽制できなくなったアッガイに、肉弾戦を挑んでくるザク。「やってやる。いくら装甲が厚くたって!」「イズミさん。腕部に採用された伸縮性のフレキシブル・ベロウズ・リムを使ってください」「これ!? それじゃ、ズームパンチ!」 コナタのかけ声の通り、アッガイの腕部が伸び、ザクの頭部に命中。 メインカメラを粉砕する。「うああっ!」「あれがジオン軍の新型モビルスーツの威力なのか?」 驚愕する連邦軍パイロット達だが、当のコナタも驚いていた。「す、凄い隠し武器だね、これ」「そして、右手には収納式のかぎ爪、フォールディングレイザー対装甲クローがあります」「これ?」 コナタの操作に応じて、アッガイの右腕から伸びる6本のかぎ爪。「サンダースが待っている所までジャンプできるか?」「補助カメラが使えますから、見えます。ジャンプします」 離脱を図ろうとするザクに迫るアッガイ。「逃がさないよ」「うわあーっ」 アッガイのクローはザクの比較的薄い背部装甲をあっさり貫き、核融合炉を爆発させる。 それはザクだけでなく、コロニーの外壁にまで被害を及ぼした。「くっ!」 コナタはアッガイの左手に装備されたロケットランチャーから6発の大型トリモチ弾を立て続けに放ち、コロニーに空いた穴を塞ごうとする。「リロード!」 予備弾を再装填してもう6発。 ようやくコロニーからの空気流出を止める。「MSのエンジンをやれば、コロニーも保たない。コクピットだけを狙えば……」 連邦の鹵獲ザクはもう1体。 幸い、ザクの構造は知り尽くしている。「よくもやってくれたな!」 激情のままに飛びかかってくるザクに対し、コナタは、「二重の極み!」 接触の瞬間にクローを引っ込め、コクピットの直上を殴打することで、ザクを沈黙させた。 外装はベコリと凹み、衝撃で内部機器は完全に破壊されたが、核融合炉が爆発することはなかった。「さ、さすがイズミさんですね」「いやぁ、漫画やアニメの技を練習したのがこんな所で役に立つとはねー」「ま、漫画ですか?」「フッ、認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを」「また、俺だけが生き残ってしまった……」 一部始終を見届けたテリー=サンダースJr軍曹だったが、サイド6で機体を見られる危険を冒せるはずもなく、復讐を胸に撤退するのだった。次回予告 サイド6を脱出するキワメルを待ち受けていたサンダース軍曹は、ついに死神の本領を発揮してアッガイに迫る。 それは、サンダースにとってもコナタにとっても、初めて体験する恐ろしい戦いであった。 機動戦士アッガイ、次回、『アッガイ破壊命令』。 君は、生き延びることができるか?