劉備玄徳は静かに、一人考えていた。
訪れた平和のその意味を。
赤壁の戦いが終わった後、勝たなければならなかった最後の戦い。
私たちはそこでも負けてしまった。
愛紗ちゃんたちや呉のみんなもたくさん頑張ったけど、結局華琳さんには敵わなかった。
軍での戦いでも打ちのめされて、華琳さんとの一騎打ちでもまるで歯が立たなかった。
それでも今の私たちは望む世界で、みんなと暮らしている。
私が目指していた平和、華琳さんが治める今。そこには何一つ違うところが無くて、大切な人達は誰もいなくならなかった。
けれどそれは私たちだけの話。
「本当にあなたは似たような事を言うのね、あいつと」
以前、華琳さんは私にそう言ったことがあった。それはお酒の席でのことだったと思うけどはっきりとは思いだせない。
あいつ。
華琳さんはそう言った時、何かを懐かしむように笑っていた。けど、滲みでる悲しみを隠し切れてはなかった。
あの華琳さんにそんな表情をさせる人。
華琳さんの言う「あいつ」という人は華琳さんにとってどんな存在だったんだろう?
「天の御使いさん」
「…いきなりどうしたのですか?桃香さま」
「えっ」
いきなり声をかけられて、顔をあげると、愛紗ちゃんが心配するような顔をしていた。
考えていたことを思わず口にしちゃったみたいだった。
政務中に考え事なんて怒られちゃうかな…。
「ううん、なんでもないよ」
「なんでもないのならいきなり独り言なんて仰らないでください。天の御使いと呟いていましたが…」
愛紗ちゃんは私の独り言が気になっているみたいだった。
話してみようかな。私はあんまり頭が良くないけど愛紗ちゃんならなにか分かるかもしれない。
私はただ持っていただけで動かしていなかった筆をゆっくりと机に置いた。
「うん、ちょっと前の事なんだけどね、華琳さんに言われたの」
「なんてでしょうか?」
「私が天の御使いさんと同じことを言ってる、って」
「そう、なのですか?」
私がそう言うと愛紗ちゃんは不思議そうな顔をしていた。無理もないと思う。
私たちはその人の事を何も知らないんだから。
ただ一つ分かっていること。
華琳さんにとって、とてもとても大切な人だったらしい。
ううん、華琳さんだけじゃなくて魏の人達も同じように大切に思っていたらしい。
決戦の次の日の朝。私たちは幸せだった。
みんなにとって何よりも望んでいたことが叶った日で、とても楽しくて、とても幸せで、お酒のせいで頭が痛くても、そんな事さえ楽しいと感じられた。
みんなが昨日まで敵対してた、なんてこと忘れるくらい生き生きとしていて、みんな笑っていた。
魏の人達にとっても、幸せな朝、だった。
華琳さんと天の御使いさんがいないって春蘭ちゃんと桂花ちゃんが騒いで、秋蘭ちゃんと霞ちゃんが二人で逢引してるんだなんて笑いながら言って二人をからかってた。
それを聞いて稟ちゃんが鼻血を出して、凪ちゃん達三人と季衣ちゃんがズルイなんて言いながら拗ねてて、流琉ちゃんは顔を赤くしてた。
風ちゃんだけはボーっとしてたけど、風ちゃんは不思議な子だからよくわかんない。
とにかく、怒ってたり、拗ねてたりしても、それでもみんなどこか楽しそうだった。
本当に笑って、幸せそうで。見ていて笑ってしまうくらい楽しそうだった。
華琳さんが帰ってくるまでは。
独りきりで、華琳さんが帰ってくるまでは。
泣いていた。悲しんでいた。みんな、辛そうだった。
そんな皆を前にして、私達と呉のみんなは戸惑うばかりで何も言えなかった。
どうしてなのかな、と思った。
勝ったはずのみんなが、どうして泣いているの?
負けたはずの私たちは笑っていて、どうして勝ったはずのあなたたちばかりがそんなにも悲しんでいるの?
変だな、と思った。
誰かが悲しまなきゃいけないとしたら、私たちじゃないのかな?
天の御使いと呼ばれた人が、元の世界に帰ってしまったという。
華琳さんの目の前で、消えてしまったのだと。
華琳さんが、愛した人。
なんで華琳さん達が悲しい思いをしなければならないの?
みんなはこの国を去るその最後まで、沈んだままだった。
「私にはどのような人物なのか知りませんので、なんとも言えませんが」
「うん、私もなんにも知らないんだ」
最近ようやく少しずつ華琳さんは昔みたいになっていった。
それまではボーっとしてたりすることが多くて、雪蓮さんは張り合いがない、って詰まらなそうにぼやいていたのを覚えてる。
「ただね、その人も言っていたんだって。天の御使いって呼ばれるのも好きじゃなくて、みんなと一緒にいられるなら、お金も権力も別に欲しくない、って」
「それは、変わった方ですね」
愛紗ちゃんは言葉を選ぶようにして、そうこぼした。
愛紗ちゃんはそういうけど私には分かるような気がする。
部下になんてならないでくれてもよかった。
一緒にいてくれるなら。
王になんてならなくても良かった。
ただそれが理想への近道だと思っただけだから。
ただ平和な世界が欲しかった。
「私にはね、その気持ちは分かる気がするの。それでもどうしてもわからないことがあるの」
ずっと考えていた。
華琳さんと一騎打ちした時、次の日の涙を見た時。
平和が訪れたことで、御使いさんが帰ってしまったと聞いた時。
それらの時から。
「私は好きな人達と一緒にいたくて戦ってきたの」
みんなが笑っていればいい。そしてみんなと一緒に居られればいい。
私にはそれだけだった。
愛紗ちゃんを見ると真剣に聞いてくれているみたいで、ゆっくりとそれらを口に出した。
「華琳さんはどうだったのかな?平和になったら自分の大切な人が帰ってしまうのに。本当なら大切なものを守るために戦うはずなのに、華琳さんは戦うことで大切な人がいなくなってしまう。それが分かっていたのに、どうして戦えたんだろう?」
私には、きっと無理。
戦えなくなってしまうと思う。
私の理想はやさしい世界。それはみんながいるのが前提だったのに。
華琳さんの理想はどうなんだろう?
失う覚悟をするのも王の条件ならなんて悲しいんだろう。
「天の御使いさんはどう思ったんだろう?天に帰りたかったのかな?それとも帰りたくなくても、離れたくなくても、華琳さんの意志を尊重したのかな?それはどうしてなのかな?」
二人がどんなことを思っていたのか私には想像できない。
心の片隅でずっと考え続けてた。それでも、何もわからなかった。
「それが、分からないの」
語り終えて愛紗ちゃんの方を見ると、何かを考えているようだった。
その後で愛紗ちゃんははっきりとした声音で答えた。
「私は、桃香さまのお優しい心に感銘を受け、お仕えすると決めました。あなたの理想を貫こうとするお姿に惹かれたのです」
愛紗ちゃんはとてもまっすぐな表情をしている。
堂々と、迷いのない目をしている。
「天の御使い殿も、そうだったのではないでしょうか?曹操の何かに惹かれ、共にいたのだと思います。そして曹操も、それを理解していたのではないでしょうか」
「そう、なのかな?」
それは、悲しいことだと思った。
理想を貫こうとする華琳さんに惹かれて。
その姿を支えるってことがお別れにつながってしまう。
天の御使いさんを愛して。
その人に恥じない自分でいるためには、理想を貫くしかない
たとえ失うことになっても。
なんて悲しいお話なんだろう。
「いえ、あくまでも、私の意見です。本当のことは当人に聞かなければ」
愛紗ちゃんはそこで少し笑った。
そうできるようになればいい、と思っているように見えた。
「そうだね」
いつか聞けるようになればいい。
華琳さんの傷をひっかかずに済むようになったら。
華琳さんにも。
それに
「いつかお話できればいいね。天の御使いさんとも」
「はい」
華琳さんたちが帰ってくると信じているその人にも。
あとがき
いつも以上にまとまってませんね。自分自身ここらの解釈がまとまってないので。さすがにそのうち書き直すかと。
散文として成り立ってないような気もしますが、アレです。フィーリングで読んでくれると助かります。
他国から見たケースを書いてみたくて。
たまに桃香が嫌いって聞きますけど個人的には割と好きなので。
真名とかの呼び方は資料少ないから適当で。
遅くなった挙句、予告も破ってほんとすいません。レポート書きまくってるせいか頭使わなくていいss書きたくなって某所でアホなss書いてたりしたせいです。
今月の後半にはもう一本くらいは書けるかなと。
更新が遅れたなら、某ゲームの追加シナリオがもうすぐ来るのでそれにはまって怠けていると考えといてください。