「流琉?」
料理を作っている最中に背後から呼びかけられた私は手元に注意しながらもその声に振り返った。
そこにいたのはやはりとも言うべき人物で私は相手を確認すると私は返事をした。
「兄様」
返事を聞いた兄様はゆっくりと部屋に入ってきた。
匂いに釣られてきたんだろうか?
そう思うと相手は年上だというのに微笑ましく思えて私は笑みをこぼした。
「どうしたんだ?急に笑ったりなんかして」
「い、いえ。なんでもないです」
正直に言うのも気が引けて思わず誤魔化した。もし正直に言ったとしても兄様は怒ったりなんかしないだろうけど。
「もうすぐできますからよかったら食べていきますか?」
「いいのか?」
「ええ。いつも通り多めに作っていますから。それに兄様も期待してきたんですよね?」
バレたか、と悪びれることなく呟く兄様はまるで子供のようで私はまたもや笑みをこぼさずにはいられなかった。
うまい、と何度も口にしながら兄様は食べるのに集中している。
何を作ってもそうとしか言わない兄様は料理人としては張り合いがないとも思うが、おいしそうに食べてくれるのは素直に嬉しく思える。
「親衛隊の仕事もあるのに料理作るのって大変じゃないか?」
夢中で料理を食べていた兄様は手をいったん止めて気遣わしげな視線を向けてきた。
「確かに忙しい時もありますけど…」
けれどもそれが辛いと思ったことはなかった。
みんなに喜んでもらえるのはとても嬉しいことでそれだけで頑張れる。
「やっぱり戦争中だからこそおいしいものを食べてもらいたいと思いますから」
それはまぎれもなく本心で私にとっては自然なことだった。
私がそう言うと兄様はなぜか微笑んでこちらを見ていた。
「本当に流琉はいいお嫁さんになりそうだな」
兄様はそんな言葉を口にした。
当然のように兄様は言うけれど、私がそんな言葉に慣れているはずも無くてとても照れてしまう。
顔が赤くなっている自覚がある。
そうだった。兄様はこういうことを平気で言う人だった。
前にも一度言われたことはあったけど色々状況は変わっているわけで、更に言えば兄様と私の関係も変わっているわけで。
兄様は特に意識して言っているわけじゃないと分かってはいるけれど。
それでも私の様子を見て不思議そうにしているにはどうかと思う。
「どうかしたのか?」
「なんでもありませんっ!」
ああ、駄目だ。落ち着かないと。
兄様のこういうところは大好きなのだけれど、少しは自覚というモノも持ってほしい。
すでに兄様は何事もなかったかのように食事を再開している。
こういう時の切り替えの早さは少し憎らしく思える。
おいしそうに食べてくれている兄様をなんとなく眺めていると、ふとある思いが浮かんだ。
兄様はいつもこの世界の料理をおいしそうに食べてくれるけど、兄様が教えてくれる料理はこちらには無いものばかりだ。
食べ慣れていないはずのこちらの料理ばかりで兄様に不満はないのだろうか。
そしてそれは料理だけの問題でもないはず。
兄様は寂しくならないのだろうか。
私も故郷を離れているけれど帰ろうと思えば帰れる距離にある。
それに私には季衣がいる。
小さなころから一緒だった季衣がいるから寂しいなんて思わない。
それなら兄様は?
故郷から離れて、家族とも友達とも会えなくなって。
食事一つとっても全然違う場所にいるのは辛くはないのだろうか。
帰りたいとは思わないんだろうか。
争いのないという世界に。
兄様がそんな風に思ってしまったらと思うと怖くなる。
兄様がそう感じているんだとしたらとても悲しい。
そしてそれが本当になって帰ってしまったら
「あ、あの。兄様!」
思わず声をかけてしまっていた。
兄様に帰ってほしくない。
それは私のわがままなのかもしれない。
もしかしたら兄様にとっては重荷になってしまうかもしれない。
けど兄様はきっと許してくれますよね。
「兄様の世界の料理で食べたいものがあったら言ってください。私、頑張って作ります」
ずるいな、って自分でも少し思う。
きっと兄様のためにじゃないから。
兄様が帰りたいと思わないように、ただそれだけのために言ってしまっている言葉だったから。
「いや、いいよ」
「え…」
とても簡単に言われた否定の言葉に私は少し動揺してしまった。
いつも喜んでくれていたのは嘘だったんだろうかと嫌な考えが浮かぶと、それが顔に出てしまっていたのか兄様は私の顔を見るとひどく焦っているようだった。
「い、いや。違うんだ。なんていうか…流琉の料理が食べたいんだ」
慎重に言葉を探しているようで兄様は少し悩んでいる。
さっきの嫌な考えは勘違いだった、その様子を見て私は少し安心した。
兄様はそのまま少し考えたあと微笑みながら続きを口にした。
「あっちの料理を再現するとかじゃなくてさ、流琉の料理が」
その言葉は予想していたよりもはるかに嬉しい言葉だった。
それは向こうよりこちらを選んでくれたようにも聞こえたから。
大げさだとも思えるけど少なくとも私にはそう聞こえてしまっていた。
だから
「は、はい!ちょっと待っててください。すぐに追加の分も作ります!」
きっと私は舞い上がっていたんだと思う。
嬉しくて嬉しくて。
兄様とずっと一緒だと思えて。
だからあの時は気付けなかったんだ。
あの時の兄様が寂しそうに笑っていた事に。
覚えておきたいんだ
兄様がまるで独り言のように続けたその言葉の意味を深く考えないほどに
私は舞い上がっていた。
北郷一刀は天に帰った。
そう告げられたのは皆がようやく平穏を手に入れたと喜んだ翌日だった。
覚えていてほしいと思いました。
だって兄様は優しいから。
もし私や季衣の泣いているのが聞こえたらすぐにでも来てくれるはず。
あれだけ泣いても来てくれなかったってことはきっと兄様に声は届かないってことだから。
ならせめて覚えていてほしいです。
なんでもいいんです。
もう会えなくなってしまった兄様の中に、どんな形でも何かが残っていてくれますように。
あとがき
お待たせしてすいません、すいません.m(_ _)m
いや実際とっくに出来てたんですけどね。メンテ中に書きあがって投稿のタイミング逃したというか…
今回は流琉ですね。イメージは大人な子供。子供だから直感で気づくけど子供だから割と単純。けど大人でいようとする。けど子供。そんな感じ。
分かりにくくてすいません。
誤字脱字があってもスルーしてください。