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No.6101の一覧
[0] 真・恋姫†無双  短編集 「青空の向こう」 (10/26 更新 [nanato](2009/10/26 13:56)
[1] この空のどこかに[nanato](2009/06/05 23:04)
[2] その空は遠すぎて[nanato](2009/05/16 21:01)
[3] 空なんて見たくもない[nanato](2009/05/16 21:03)
[4] せめて空に戻るまで[nanato](2009/05/16 21:02)
[5] 空に帰ったとしても[nanato](2009/04/09 18:29)
[6] 青空はその色を変えて[nanato](2009/06/10 14:23)
[7] 空に見つけられず[nanato](2009/06/06 21:12)
[8] 違う空の下[nanato](2009/06/20 22:18)
[9] 番外編 空に消えたという人[nanato](2009/07/04 23:41)
[10] この空には何もなく[nanato](2009/07/17 18:49)
[11] ただ空を待つ[nanato](2009/10/26 13:54)
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[6101] せめて空に戻るまで
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/05/16 21:02

最近のお兄さんは変です。
もともと変わった人ではあるのですが、最近のお兄さんは特におかしいのです。
よく寂しそうにしていたり、思いつめたような表情をしていたり。
露骨ではないにしろたびたび以前のお兄さんらしくない様子をしています。
そう感じた風は溜まってしまった政務を稟ちゃんにお任せすると、その事を確かめるために城下町へ足を運びました。




「今日は一刀一号達にお話しがあって来たのですよー」

「にゃー」

一刀一号は珍しく風の言葉に耳を貸してくれているようで風の前に座ると返事をしてくれました。
相変わらず二号と三号は我関せずとでも言うように日向ぼっこに興じているようで、風も思わず釣られそうになってしまい……、いけません。せっかく一号が聞いてくれているのですから。

「お話というのもお兄さんのことです。最近のお兄さんはよくボーっとしていたり考え込んでいたりでおかしいのですよ。そのくせにみんなのお尻を追いかけるのは相変わらずなのですが、何かご存じないでしょうか?」

「…にゃあ」

「むー、ご存じないですか。困りましたね。一号なら四号のこともしっかり管理してくれないと駄目ですよー。…はっ。もしやお兄さんはいつのまにか何者かと入れ替わってしまっているのでしょうか」

本当はもしや、と思うことが別にあるのですがあまり考えないようにしています。
軍師としてはいけないことなのかもしれませんが、もしも当たっているとしたら。



そんな事を考えていると向こうから丁度その当人が歩いてくるのが見えました。
本当はお兄さんが警邏で通りかかる時間を見越してここに来たのだから計算通りなのですが。
目が合うと軽くこちらに手を振り、足を速めてやってきて風のすぐ隣にしゃがみました。

「おやおや、お兄さん。メス猫の匂いにでも誘われてきたのですか」

「ちょっと待て。いきなりそれはないだろ」

人聞きが悪い、と脱力するように呟きながらお兄さんは猫に手を伸ばして顎を撫でました。

「今の時間って風は仕事中じゃなかったっけ?」

「ええ、そうですよー。けれど、すこし考え事があったので稟ちゃんにお任せしてしまいました」

「…押し付けたのか?」

「いえいえ、ちゃんと書置きをしてきたのです」

きっと稟ちゃんなら呆れながらもやってくれていると思います。
そんな様子がお兄さんにも浮かんだのでしょう苦笑をもらしていました。

「で、考え事って何なんだ?なんとかなりそうなのか?」

「いえー、それが困った事に一刀一号にも分からないらしいのです」

「…そりゃそうだろ。その前にこいつって二号じゃなかったか?」

心地よさそうにじゃれる猫を撫でているお兄さんにはおかしなところはありません。

聞いてしまいましょうか。


その考えは冷静に考えれば最良の選択に他なりませんでした。
そして風はそのためにわざわざこの場所に来たのです。
今なら他の誰も聞いてませんし、答えてくれるかもしれません。

「お兄さん」


聞くのは本当はとても怖いのです。
けれど
なにも知らないままでいるのは風には、
そろそろ耐えられそうにありません。


「お兄さんは」


風の声は震えていないでしょうか。
いつものように振る舞えているでしょうか。
猫からこちらに目を移したお兄さんの表情に変化がないのを確認すると風は覚悟を決めました。
そしてずっと、聞けなかったことを問いかけました。




「もうすぐ帰ってしまうのですか?」




風の質問を聞いたお兄さんはきょとんとした顔で本当に、本当に不思議そうにしています。
予想外の質問に面を食らったように。
まるで心当たりなどまるで無いかのように。

「?帰るって元の世界にか?帰るも何もまるで手がかりがないことは調べてくれた風も知っているだろ?」

急にどうしたんだ、と言いながら苦笑するお兄さんの様子にまるで不審なところはありませんでした。
本当にいつも通りで、動揺など隠し事をしているようには見えません。
そしてその自然な態度は風に安心をもたらすに足るものでした。

風はそれを見て心から安心しました。
お兄さんはお兄さんのままでした。
どこまでも正直で、隠し事のできない優しいお兄さん。
変わってしまった、なんてことは風の単なる勘違いだと確認できました。
お兄さんは変わってなどいなかったのです。

お兄さんは笑いながら猫いじりを再開しました。

「風が珍しく真剣な顔してたから何事かと思ったよ」

表情にはきっとあらわれていないでしょう。
風が気を抜いたら泣いてしまいそうな程の安堵を覚えた事に。
うりゃ、と猫の顎に手を伸ばしながらお兄さんは猫と遊んでいます。
そして変わらないお兄さんを確認すると同時に

「風にも早とちりってあるんだな」


風は気づいてしまっていたのです。

違いますね、本当はもっと前から気づいていたのです。
それなのに認めようとしなかった風は軍師としては失格なのでしょう。



お兄さんは、いなくなってしまうのですね。



分かってしまいますよ、お兄さん。

あんなに自然に笑っても。
あんなに何気なく表情を作っても。
そんなに誤魔化そうとしても。

分かってしまいますよ、風には。

あんなに必死になって笑ったら。
あんなに頑張って表情を作ったら。
すぐに顔を背けてしまったら。

分かって、しまうのです。例え望まなくても。


「お兄さん」

ん?と猫に顔を向けたままお兄さんは返事をしました。

ここ最近、みんなと常に一緒にいるのは
お別れの準備をしていたのですね。
誰にも気付かれないように、誰にも言わないまま。
たった独りで。
お別れの前の時間を大事にしていたのですね。
限られた時間を慈しんで。

「辛くなったら、風に話してください」

隠し事のできないお兄さんが、
裏表のないお兄さんがあんなにも自然に嘘をつくだなんて。
今までどんな思いで過ごしていたのですか。
そのように演じられるようにまでどのくらいの時間や葛藤が必要だったのでしょうか。
優しいお兄さんは、どんなに悩んだのでしょうか。
きっとお兄さんは覚悟を決めてしまっているのですね。
頑固なお兄さんが決めたことを覆すなど風にはできません。

それでも、せめて弱音を聞きたいと思うのは罪なのでしょうか。

「風なら、きっと大丈夫なのです」

お兄さんは猫を撫でる手を止めるとしばらく黙ったままでした。
にゃあ、と無邪気に鳴く猫の声がどこか遠く感じられ、それと同時に羨ましいとも思えました。
それからお兄さんはこちらを向かないまま小さな声で呟きました。

「……ああ。わかったよ、風」

あぁ、お兄さんはきっと弱音を吐いたりしないのでしょう。
頼ってくれはしないのですね。
本当は風に気づかれることさえもお兄さんには不本意なことだったのでしょう。
お兄さんは弱いところを誰にも見せたくなかったのだと、そう勘付いてしまった風は猫に構っているその頭を後ろからゆっくりと抱き締めました。
しゃがんでいるお兄さんの頭は丁度いい位置にあって、いつもとは逆の立場が風には心地よく感じられました。

「風、どうしたんだ?」

「いえいえ、なんとなくなのです。風の胸では少々物足りないかもしれませんけどお兄さんほどの節操無しならお楽しみできるでしょう」

「なんだそれ」

クスリと笑いながらそう言うお兄さんの声からはさっきみたいな無理は見えなくて、風は安心しました。

できるだけ笑っていてください。
風はお兄さんの笑顔が好きですから。
お別れが、そこにあるとしても。

そう告げることをお兄さんはきっと望まないでしょうから、ただ黙って腕に力を入れました。
少しでもお兄さんとの隙間を埋めるように。



北郷一刀は天に帰った。
そう告げられたのは皆がようやく平穏を手に入れたと喜んだ翌日だった。



ねぇ、お兄さん。
風は結局お兄さんに何ができたのでしょうか?
みんなと違ってお兄さんの事に気づいていたのに。
いなくなることを知っていたのに話を聞くこともできませんでした。

…以前、お兄さんは風の事を猫のようだと言っていました。
あの猫たちは変わらずに路地裏で暮らしています。
お兄さんがいた時と何も変わらずに。
本当に、風が猫だったならどんなに良かったでしょう。
何も考えずにお兄さんに撫でられながら眠りにつき、それなのに決して執着しないまま生きていく。


本当に猫のようになれたらこんな痛い思いをしなくて済んだのに。


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