宙に浮く。
舞空術を行いながらも、体調の管理も怠らない。
2mほどの高さを維持し、深呼吸を一回。
“気”を操作し、加速する。
支柱を中心に軌跡は回転を描き、より加速を強めていく。
“気”を操り加速する一方で、体調の保持も継続する。
速度が上がり、回転軌道ゆえに、より強い遠心力が身体に働く。
遠心力に軌道を歪められ、壁に激突しかねない可能性が出てくる。それは過去にあったことだ。
“気”を強めて、より強く身体を拘引し軌道を維持する。速度は落とさない。
加速は尚も続く。
室内の光景が目まぐるしく回る。
広い室内ではあるが、所詮閉じられた空間である。
飛行するには狭い。コントロールを誤れば、呆気なく俺の身体は激突する。
そして重力が倍化している今、クラッシュした場合のダメージは深刻で、それは命にかかわる。
加速が終る。
おおよそ出せる限界の速度までに達した。後はどこまで、これを維持できるか。
速度を維持する。限界は近い。
体調は今のところ、万全。しかし、コントロールが完璧という訳ではない。
まだ必要個所一点に集中して“気”を回せるほど、技術は上達していない。
ピンポイントに集中させている訳ではなく、全身に“気”を励起させて纏っているだけ。
ゆえに消耗が早い。体力が瞬く間に消えていく。
生物である以上、全力を常に維持できる訳がない。
最高速に達して、おおよそ10分程度。
限界だ。
朦朧としてきた意識を絞り、急制動をかけて静止する。地に降り立つと同時に、眩暈がして膝をつく。
体力が底を尽いていた。“気”の守りは維持できていたが、心なしか身体全体が重い気もする。
俺は身体を引き摺る様に動かしながら、一つ扉を隔てた向こうの治療ポッドへ赴く。
もう手慣れた操作を行い、システムを起動させて中に入り込む。
自動的にマスクと端子が張り付けられ、溶液が中に満たされていく。
俺は目を閉じて、流れに任せた。
理想は、まだまだ遠い。
苛立ちか、激情か。よくわからない思いが頭で騒いでいた。
三年の時が経った。
宇宙にある、とある一つの星、惑星ベジータ。
今日この日、この星では実に祝福すべきことが起こっていた。
それは、新たなる生命の誕生。
現ベジータ王の子、男児が生まれたのである。
サイヤ人の階級制度は、生まれ持った戦士の素質を秤にかけられて決定される。
基本的にこれは絶対で、以後のいかなる行動によってもこの階級が変動することはない。
しかし、だからと言って血統に意味がない、という訳ではない。
やはり、戦士の素質にも多分に遺伝的要素があるからだ。
大抵エリートの子供はエリートであるし、下級戦士の子は下級戦士ということである。
その例に漏れず、やはりベジータ王の子も王族の素質であった。
だがしかし、その子供は王族であるという、ただそれだけの言葉で済まされる存在ではなかった。
彼は赤ん坊でありながら100という非常に高い戦闘力を保有して生まれ、そして計測されたその戦士の素質は、歴代のベジータ王をも凌駕するものを示していたのだ。
生まれ持った戦闘力が100などというのは、並大抵のものではない。加えて計り知れない。将来の成長性をも併せ持っている。
それはまさに、千年のに一人の逸材と呼べる存在。
ベジータ王は、その事実に驚き喜んだ。
現サイヤ人の王である自分を、簡単に追い越すであろう存在。まさに自分の後継に相応しい者。
ゆえにベジータ王は、この期待すべき己が息子の名として、本来王の称号である筈のベジータの名を贈ることとしたのである。
サイヤ人の王子、ベジータ。
後に孫悟空の終生のライバルとなる男が、今日ここに生まれたのである。
サイヤ人の王子、ベジータが生まれた頃。
しかし大多数のサイヤ人、それも特に下級戦士を中心とした一団は、そのことに大した感想は持っていなかった。
これは、肯定派と否定派という二つの派閥という、無意識の壁があったことも原因だったであろう。だがしかし、何よりも根本的な原因は、サイヤ人たちが自分たちの王への関心を持っていなかったことである。
大多数のサイヤ人とって、自分たちの王が誰であろうとどうでもいい、と考えていたのだ。
こういった部分だけを見れば、ある意味サイヤ人は現代日本人と似ているとも言える。
良いとか悪いとか以前に、興味がないのだ。
ゆえに新しき王子の誕生というニュースが流れても、惑星ベジータは別段大して騒ぐこともなかった。
そしてそれは、メンタル面がサイヤ人に近しくなってきていたリキューもまた同じであった。
リキューは紙媒体の資料を持ち、机に向って黙考している。
年月が過ぎ、すでにリキューは年が十三となっていた。身長も伸び、現在は150cmを超えたところ。身体も鍛えられた筋肉で覆われ、鋼のように引き締まっていた。
元々の知性的なスペックのおかげか、あるいは学習カリキュラムが優秀であったのか、リキューはようやく一端のテクノロジストと呼べる程度に知識を身に付けていた。
見習いという言葉が頭から取られ、新人であれど一人前のテクノロジストとなったのである。
がしかし、それはいわば受験で例えれば受験資格を満たしただけである。
リキューはこれから、例えで受験合格に相当するものとして、テクノロジストとして何らかの功績を示さなけばいけなかったのだ。
リキューはさしあたって、功績を立てるための研究対象としてスカウターに着目していた。
何故かといえば、リキューなりに調査してみた結果、個人で手を加えられる範囲で、尚且つタイムリミット以内に改良出来そうな対象がスカウター以外に見当たらなかったからだ。
一例として、リキューの父であるガートンがその改良に携わった治療ポッドであるが、これは使われている技術の理論や体系の多分に様々な分野が複合されており、幾らネクシャリズムを聞きかじっているとはいえ個人で全てを把握し、尚且つ手を加えるなんてことが出来る代物ではないのだ。それこそ、天才と呼べる人間でもない限り。
現に、ガートンもまたこの治療ポッドの改善に当たっては、数人のテクノロジストと共同し、チームを作って研究を行っていた。
このように、普通は研究改良などといった作業は、複数人で知恵を持ち合わせて行うのである。
それをリキューは全てを個人で行おうとしていたのだ。それも出来ない話ではないだろうが、時間的制約のある今では現実性は皆無である。
そう。リキューは自分の意向で、こういった他者との共同作業を拒否していたのだ。
ここにきてもまだ、リキューの自己保身が働いていたのである。
数年に渡り続けてきた半引き篭もり修行生活は、悪い意味で伊達ではない。
リキューは三年の月日で肉体的には頑強にはなったが、精神的な打たれ強さに関してはさして成長してなかった。
未だサイヤ人という人種と己の間にある問題には目を逸らし続け、そしてサイヤ人との接触も極力取ってなかったのである。
肉体の成長に精神の成熟が付いていけてないのだ。
これはいわば、心が子供のまま大人になってきているということである。
成熟した日本人の人格一つ分の記憶を持っているにもかかわらず、何故こうまで精神的に脆いのか?
それは単純に、その日本人の記憶でここまで深刻な選択をしたことがなかったのが原因であるし、加えてその人格が逆境に強かったわけでもなかったからである。つまり有体に言って、ヘタレとも呼べる性格だったのだ。
ヘタレた性格の人格の記憶が基本として構成されているがために今のリキューの精神は打たれ弱く、そしてその人格が成熟した大人のものであったがために、下手に確固なものとして残っているのである。
閑話休題。
ともあれ、リキューは自身の無意識あるいは意識的な意向で、共同作業に頼らず自身一人で何らかの成果を上げることが必要、という状況に追い込まれていたのである。
完璧なまでの自業自得であった。が、しかしそうなったからにその環境で頑張るしかない。
しかし、そうそう簡単に個人で画期的なマシンや道具なんてものは作れないし、既存のもののバージョンアップもできる筈がない。
前者は技術以前にセンス的な要素が多く求められる領域であるし、後者は逆により高度な技術的レベルが要求されるものであるからだ。
仮に個人で簡単に改善できる代物があったとしても、そんなものは別のテクノロジストがとっくに行っている。誰だって、特にフリーザ軍所属のものであるならば、より高い地位とそれに伴う特権や利益が欲しいのだ。
みすみす手柄のチャンスを逃したりはしない。
そう言う訳で、リキューの希望を満たす理想的な研究対象というのは中々見つかるものではなかった。
ゆえにリキューはより条件を絞ることとし、よって前者である有用物の新規開発については早々に諦めた。
自分にセンス的な才能はないと判断したからだ。
功績を立てるものとしては既存物の改善改良を目指すこととし、その条件の下で研究対象を探したのである。
そして条件に合致し、目を付けたのがスカウターであったのだ。
リキューがスカウターに目を付けた理由は、簡単なものであった。
それはスカウターの研究をしているテクノロジストが、ほとんどいなかったからである。
スカウターは元々、ツフル人が開発したもの。
そしてツフル人はその科学技術においては、おそらく全宇宙レベルで見ても最先端の高さを誇っていた種族である。
彼らが開発したスカウターもその完成度は非常に高く、目立って改善すべき点も見つからず、研究対象としてはさほど着目されてはいなかったのだ。
精々が計測限界値を上げるための地味な研究程度であり、それも熱心に行われている訳ではない遅々としたものであった。
リキューはこの点に目を付けた。
もしも同じ対象に別の研究者がいれば、個人で挑む自分は確実に不利である。ただですら猶予が限られ切羽詰まっている身。ライバルなぞは欲しくなかった。
リキューは、自分は数年前に比べてずっと賢くなったと思っている。しかし、だからと言って数の力を覆せるほど世界一の賢者であるとまでは、さすがに思ってはいなかった。
そしてスカウターは幸いなことに、現在特に誰かが研究している対象ではない。
リキューはこれ幸いとライバルのいないスカウターを対象として研究し、功績を立てようと目論んだのだのだ。
が、しかし、リキューは根本的な部分を忘れていた。
それは何故、スカウターにはライバルである研究者がいないのか? というところである。
リキューは紙媒体の資料から顔を上げると、憂鬱に溜息を吐いて頭に手を置いた。
手の隙間から資料を見下ろし、頭痛に頭をこらえる。
(―――これは、どこに手を加えたらいい?)
スカウターに研究者がいない理由。それは先にも言ったが、スカウターそのもの完成度が極めて高いから。
つまり手を加える余地がもうほとんどなく、見つからないからである。
しいてあるとすれば戦闘力の計測限界値の向上、といったぐらいのもので、しかもそれすらもさほど現状では必要とされてはいないのだ。
対抗者がいないというだけの理由で研究対象をスカウターにしたリキューだが、その最初の一歩からベストのつもりでバットな選択肢を選ぶというミスをしていたのだ。
元よりチームで研究できないために分担作業できず、求められている基本ハードルが普通よりも高くなっているリキュー。
彼のことを、とある爬虫類系メカニックは、典型的なダメ人間と称した。
その評価は、案外間違っていなかった。
なぜならば、現在のリキューの苦境。それは全てリキュー自身の行動による結果であり、まさに身から出た錆びだからだ。
タイムリミットのある命の危機に晒されているのも、リキューが自分で重力室関係の設備を依頼したことで“借し”を作ったことが原因。
チームを組めず一人で全ての作業を担い研究するのも、リキュー自身の意向。
そして研究対象として改善の余地がないスカウターを選んだのも、これもまたリキューの決定。
あえてもう一度言う。現状に陥ったのは、完璧にリキューの自業自得である。それぞれの行いに対して同情の余地の有無はあるが、それでも自業自得は自業自得である。
それもこれも、リキューの根底にあるなんとなるであろうという楽観が原因であり、しかも本人にはその自覚症状が欠けているという有様。
つまり反省の余地なし。本人がこれらの苦境に対してネガティブな意見を出さず行動してる分だけましだが、全くもって性質が悪い人間なのだ。
リキューは舌打ちして資料を乱雑に放ると、椅子から立ち上がり、部屋を出ていく。
いい加減、頭の煮詰まりも限界であり苛立ちも強かった。気分転換がしたかったのだ。
机の上には資料を置いたままにし、広間に出て瞑想モドキを行う。
はっきり言ってスカウターを研究対象に選んだのは失敗であり、さっさと別のものへ対象は変えた方が良かったのであるが、しかしリキュー自身はそのことに気付いていなかった。
単純に何もアイディアが思い浮かばないのも、まだ自分が資料を十分に理解してないだけだからと考えていたのだ。
まだタイムリミットは少なからず残っている筈。その時間を費やして理解していけばいいと、ここでもまたリキューは楽観視していた。
サイヤ人、リキュー。
彼は、自爆型苦労性ポジティブファイターであった。
研究が滞りを見せていても、リキューの日課は変わらない。
今日も今日とて、捻出した時間を鍛錬に当ててさらなる強さの頂へと挑戦する。
研究成果の如何は確かに命が賭かった問題であるが、リキューの心情的にはこちらの方が本題であるのだ。
リキューが広間に立ち、両手を胸の前で囲みを作る様に構える。
“気”を集中させ、囲いの中にエネルギー光球を形成。そのままエネルギー光球を維持し、さらに舞空術を行い宙に浮く。
エネルギー光球の維持、舞空術の維持、そして体内環境の維持。
大別して三つの“気”コントロールを同時に、リキューは一筋の汗を流しながら行う。
しかしその行動も、三十分ほどで限界を迎える。
制御し損ねて光球が消滅し、合わせて疲労にリキューが着地する。
ままならない成り行きに、憤りが沸き上がる。怒りに任せて拳が床を叩いた。
リキューは“気”のコントロールを上達させていたが、しかしそれでも、まだ平均と比べれば下手であったのだ。
膝に手を付いた状態で十秒ほど休み、そして喝を入れて姿勢を正す。
流れる汗を拭う暇も惜しみ、リキューはすぐさま鍛錬に取りかかった。
三年の月日により、リキューの戦闘力は重力修行を始めた頃より、おおよそ倍にまで成長していた。
具体的な数値にして、リキューの現在の戦闘力は5100。この数値は、平均的なエリートの戦闘力を数割上回っている数値である。
重力も地道に数値を上げていった結果、現在ようやく20倍の重力にまで耐えられるようになっていた。
これは年も加味して考えれば、リキューはかなり良くやっている方だろう。
まだ子供と呼べる未熟な年でありながら、一流のエリートを超える戦闘力を身に付けているのだから。
しかし当人であるリキューは、やはり不満しか浮かんでいなかった。
さしあたっての暫定的な戦闘力の目標として、リキューは戦闘力53万を掲げている。
曲がり並にも、フリーザ打倒を心の中の凶暴性を抑制する大義名分として抱いているからだ。
サイヤ人的なリキューの潜在的理想は最強を目指しているものの、表層意識の目標としてはフリーザを超えることなのである。
53万と5100、100倍以上の落差だ。満足どころか不満しか浮かばなくて当然である。
ちなみに、このフリーザ打倒として挙げた目標戦闘力である53万という数値。
これはリキューがもうほとんど忘れていた“ドラゴンボール”の記憶から思い出した数値であり、この世界で現在生きるものとして改めてその数値の凄まじさを実感しているため、この数値がフリーザの実力であるとリキューは思い込んでいたのだ。
現実にはこれはフリーザの第一形態の戦闘力であり、最終形態の実力はより上であるのだが。
この戦闘力に関する誤解はこの後も色々と経緯をたどるが、最終的に是正されることもなく、リキューは手痛い報復を味わうことになる。
宙に仮想敵、サイバイマンを思い浮かべ、にわか仕込みのシャドートレーニングを行う。
片足で立ち、高速連続の蹴りを放つ。蹴りは軽く音速を突破し、残像を残す。
サイバイマンがまともに当たればあっという間に勝負が決まる威力。当然敵は後退する。
リキューの姿が消える。超スピードで移動し、サイバイマンの背後に回ってその身体を蹴り上げる。
さらに姿が消え、蹴り上げたサイバイマンの到達地点に先回りしてまた蹴り飛ばす。
また同じように繰り返し、先回りしての蹴撃。
繰り返し、繰り返し、繰り返し。
数十回以上も蹴り回しリキューが息荒く着地した後には、仮想のサイバイマンはズタボロの状態であった。
息を整えつつ、精神統一を行う。
20倍の重力にも、慣れが見え始めてきたところである。
“気”のコントロールにもコツらしきものを掴み、重力加重の耐性も一般的なサイヤ人程度には養われてきた。
リキューは確実に強くなってきている。それは事実であった。
だが、リキューの苛立ちは消えない。
それは前述の目標に遠く届かない戦闘力が理由でもあったが、それだけでもない。
欲求不満。それが一番の原因だった。
それは一言で言って、戦いへの“飢え”。
リキューの胸に燻ぶる、リキューの心を複雑にした原因であるサイヤ人の悪の部分。倫理という枷を無視して暴れる、凶暴性そのものである。
闘争本能と結びついているそれは、ただ孤高に鍛え、戦闘力のアップを行っても満たされはしない。
リキューが真面目に鍛錬と学習に打ち込み、修行僧の如くストイックな生活を続けていても、心の底に抑えつけられるだけなのだ。
抑えられても反発はある。不満がある。満たされない欲求がある。だが、おいそれとその衝動を解き放つ訳にもいかない。だから抑える。悪循環の流れ。
結果残るのは、濁り粘着するように蓄積される、始末に困る方向性のない情動である。
積もり積もったそれは苛立ちや焦りといったベクトルの感情に変換されて、リキューの心を埋めるのだ。
つまり現在リキューは、慢性的なフラストレーションにさらされているのである。
リキューは自らのフラストレーションを躊躇なく晴らす対象としてフリーザを選び、そしてそれをいわば眼前の釣り得の様にして無意識の暴力の発露を抑えて生きてきた。
しかし、その抑制もさすがに限界を迎えてきたのだ。
食うなと言われても腹は減る。
サイヤ人にとって、闘うなと言っても理性を超えて闘いたくなるのだ。
特に今のリキューの年頃は、一層本能の欲求が強まる思春期である。自制の限界がきて当然であった。
理性が強く働き未だ爆発こそしてはいなかったが、それでも最近は行動の節々に粗雑さが見えてきている。
短気は損気とも言う。何とかしなければいけなかった。
と、唐突にぐぎゅる~、と音が鳴る。リキューは腹を押さえて堪える仕草。
腹の音である。確認すれば時刻は深夜を過ぎており、そしてリキューは未だ晩飯を取っていなかった。
リキューは腹を満たそうと、食糧室へ移動する。
わざわざ贅沢にもこしらえた食糧プラントと直結した食糧設備のおかげで、本当にここ数年もの間、リキューは重力室をほとんど出ずに生活をしていた。
ヘタレでありながら行動力がある人間の、悪い例である。
食糧機械のスイッチを入れる。
はたして今日は何にするべきか? 飯かパンか麺か? 肉は欠かせないしサラダも必要である。スープも欲しいし前食べた野菜炒めはおいしかったから今日も大盛りでああ迷うな何にするべきか待てそもそも何で迷う必要があるのか選ぶ手間をかけるぐらいならば全部注文してしまえばいいかどうせタダである好きなものは全部食べてしまえいやいやさすがに全部は食べきれない食べ物は粗末にしてはいけませんやはり厳選に厳選を重ねて選ぶ必要があるああ面倒だメシメシメシメシメシメシメシメシメシメシメシメシメシメシ……
瞬間的にフラストレーションだとか研究だとかという俗界の煩悶から解き放たれつつあるリキューに、エラーを告げるブザーの音。
「――ん? なんだ?」
カチカチとスイッチを押すも、機械は反応を返さない。
振って返ってきた苛立ちに苛まされながら、リキューはガンガンと機械を叩く。機械の外装が所々へこむ。
反応なし。
テクノロジストらしく論理的に対応しようと、斜め45度の角度からチョップ。
気円斬的ダメージ。大破、スパーク。目標の完全沈黙を確認。
頭に血管を浮かばせながら、リキューは怒った。
「ちくしょう、壊れやがった!」
食い物の恨みは海よりも深い。
とりあえずリキューは脳裏に浮かんだ爬虫類系メカニックに対して制裁しようと、心のメモに書き加えた。
リキューは仕方がなく、食堂へ向かっていた。
他のサイヤ人との接触を厭う気持ちと、飯を抜くことを嫌う気持ち。両方を天秤にかけた結果である。
とはいえ、完全に厭う気持ちが押し殺された訳もなく、時刻は先程よりもさらに経っての深夜も過ぎ。
通路を歩くリキューの周りに、人影は見えない。
久しぶりに見る外の光景に懐かしさを覚えながら、リキューは歩いていた。
いくら生活環境が充実しているとはいえ、やはり窮屈な空間での生活は心身に良くない負担であったのだろう。
こうして重力室の外を出歩くだけで、リキューは苛立つ意識が洗われるような、一種の爽快感を味わうことが出来ていた。
それは接触を避けるために引き篭もった生活してきたリキューが、これからも少しは外を出歩いてもいいか? と思う程である。
やがてリキューは目的地の食堂に到達。そのまま警戒せずに中に入る。
そして食いものを取ろうとカウンターへ向けて動くが、ふとその足が止まった。
閑散とした、人気の絶えた食堂。
その中に、ただ一人だけ卓に着いて飯をかっ食らってた人間がいたからだ。
立ち止まったリキューに、卓に着いていた人間が気付き、片手に持った肉を噛み千切りながら視線を向ける。
嘲笑じみた表情を浮かべながら、その人間――サイヤ人は話す。
「へぇ………こいつは珍しいぜ。腰抜けのエリート様が、姿を見せるなんてよ」
「お前は、確か……バーダックだったか」
リキューはその顔を見て、記憶から名前を掘り出す。
悟空に似た姿をした、下級戦士の男である。サイヤ人の中ではそれなりに有名な男であったため、リキューもその名前をはっきりと覚えていた。
がぶりと、果実らしきものにバーダックが齧り付く。
「エリート様がしがない下級戦士風情の名前を覚えてくれてるとは、これはこれはありがたいことで……」
「何だと?」
ニヤニヤと笑いながら、バーダックは言う。
その言動と態度。それには間違いなく、リキューへの嘲りが含まれていた。
リキューに権力を振りかざす気は別になかったが、それとこれは話は別である。
燻っていた情動の積もりもあった。癇に障ったその感情のままに、剣呑な視線をバーダックに贈る。
その視線を、バーダックは鼻で笑う。
「どうした? 戦いから逃げた腰抜けのエリート様が、何か文句でもあるっていうのか?」
戦いから逃げ出したもの。臆病者。腰抜けのエリート、リキュー。
それがサイヤ人の間でのリキューに対する評価である。
年中ずっと部屋に引き篭もり、何をしているのかも分からない怪しい存在。
影でこそこそ動く、全くもって情けない男。
リキューの評価はそれだけであり、つまりは非常に低かった。
それは戦闘を最重視するサイヤ人社会では当然のことであったし、その少なからずの自覚もリキューにはあった。
しかし、リキューはわざわざそれを他者から指摘される気もなければ、許容する気も毛頭ない。
「うるせぇよ、たかが下級戦士が。黙ってろ」
内心から猛る苛立ちに従い、吐き捨てる様に言い放つ。
他者を気遣うなりやっかみを上手くかわすなり、どちらが出来るほど今のリキューに余裕はない。噛み付かれれば噛み返すだけの即物的な行動しかできなかった。
「言ってくれるじゃねぇか、たかが腰抜けのガキが」
バーダックの物腰に、殺気が混じる。揶揄し愉しむ態度から、怜悧で戦闘的な態度に。
戦闘力至上主義のサイヤ人において、階級なぞは戦闘力の目安程度の認識でしかない。階級差で命令に従う気概はなかった。
ましてや、たかだか戦いから逃げた臆病者風情に従う気なぞ。
剣呑な視線と意識が、ぶつかり合う。
「黙らないなら、力尽くで黙らせるぞ」
「ほぅ……戦いから逃げた温室育ちのガキが、力尽くでだと? っは、笑えねぇ冗談だぜ」
それはリキューが一歩譲歩すれば、回避できる諍いであった。
だが、リキューは退く気がなかった。トラブルを避けようとする気持ちが、欠片も沸かなかったのだ。
逆に心を満たしていたのは、戦いへの闘志。
抑制している本能の中でも最も強い、戦いを求める欲求である。
苛立ちが理性の枷を緩ませ、何よりも本能が、戦いへの“飢え”がリキューを突き動かしていたのだ。
リキューが親指で食堂の入口を指し、口を開く。
「来いよ。いい場所を教えてやる」
「調子に乗りやがって………いいだろう、受けてやるよ、ガキが」
不愉快気に言いながら、バーダックが立ち上がる。
が、リキューは何を思ったのか入口には向かわず、カウンターへ近づく。
その様子を見ているバーダックの視線に気が付くと、リキューは食いものを大量に手に取りながら言った。
「まずは腹一杯食ってからだ。ちょっと待て」
それから時間が少しばかり経って。場所は戻り、食堂から重力室。
リキューのねぐらに、現在バーダックと部屋の主であるリキューの二人がいた。
ポキポキと骨を鳴らしながら、バーダックがリキューへ語りかける。
「本気で俺に勝てるつもりでいるのか? だとしたら、随分と舐められたもんだぜ」
その言葉に反応せずに、リキューは部屋の中央に置かれている制御パネルへ向かう。
パネルと向き合い、操作する。
そしてバーダックに振り返ると、嘲りを混ぜて言い放った。
「サービスだ、軽めにしといてやるよ」
「何? ………ぬッ!?」
機械の作動音が響くと同時、ズンと強烈な負荷が発生する。
軽く身体をよろめかしながら、しかしキチンと地に立ってバーダックが驚きに表情を作っている。
設定重力は10倍。惑星ベジータの重力と同じである。
思った以上に平気そうなバーダックの姿に内心毒づきながら、リキューが構える。
「この部屋では重力を変えることが出来る。分かったか?」
「なるほど……こいつはいい」
確かめる様に拳を握りしめていたバーダックが、感嘆の声を上げる。
そのまま構えて、リキューへ笑いかける。
「残念だったな。あいにく、この程度の重力ぐらいじゃ足枷にもならねえよ。いや、サービスだったか?」
「黙れよ、下級戦士が」
「黙らせてみろよ、腰抜けのエリートさんよ」
舌戦もそこまでか。
リキューもバーダックも口を閉じ、静かにパワーを溜める。
何か合図があったという訳でもない。
しかしある時点を境に、場は動きだした。
リキューが動く。踏み込み、バーダックの懐へ神速で迫る。
その速度に、バーダックが驚く。驚き、反応が追い付かない。
圧倒的なスピード。その速度は、初見からたかがガキだというバーダックの予想を裏切っていた。
近接する。
リキューの拳が振り抜かれる。背丈の違いを利用して一歩、バーダックの身体の内へさらに踏み込み、強力なアッパーを腹を叩き込む。
めり込み、腹に呑まれる拳。
「ぐぉ、お!?」
腹を押さえて、バーダックが後ずさる。
ダメージの影響は色濃く、それはバーダック自身の予想を凌駕し浸透する。
その姿を見送りながら、リキューはサディスティックな感情に表情を奪われ口を開く。
「どうした? 何か言ってみろよ、バーダック」
「き、さまぁッ!」
激昂するバーダック。ぞくぞくとした感情の流れを背筋に感じながら、リキューは“気”を纏う。
怒気を帯びたバーダックのラッシュが、リキューに浴びせかけられる。
リキューはそれを、敢えて避けない。
瞼を開き、その拳と蹴りの一つ一つを知覚し、そして防ぐことを選ぶ。
繰り出される拳の一つ一つ、合間に打たれる蹴りの幾重。
リキューはそれらをはっきり見た。見ることが出来た。
合わせる様に身体を動かす。顔に迫る拳を掌で受け止め、ボディを打ち抜こうとする攻撃を逸らし、側頭部を狙うハイキックを腕で防ぐ。
バーダックが必死になって繰り出すラッシュを、全て受けきる。
「っち!」
舌打ちし、バックステップしバーダックがエネルギー弾を打ちだす。
リキューはそれを裏拳で殴り飛ばし、弾き消す。
距離を取り間合いを確保したバーダックが、息を荒げながら言う。
「まさかな……貴様がここまでやるとは思わなかったぜ。腰抜けのエリートの、それもたかがガキ風情が、これだけの戦闘力を持っているとはな」
「知るかよ、勝手に勘違いしたのはそっちだ」
リキューの現在の戦闘力は、5100。対してバーダックの戦闘力は、3200。
バーダックの戦闘力は下級戦士にしては高いものであり、その数値だけを見ればエリートに匹敵する。
しかしリキューの戦闘力は、そのエリートの平均レベルをさらに数割上をいっている。
ツフル人の戦闘力理論で言えば、このまま戦ってもバーダックに勝利はない。戦闘力の差が五割以上あるのだ。さっさと降参して切り上げるのが賢いやり方である。
スカウターがなくても、直接戦い実力差を痛感した筈である。バーダックもそれは分かっていた筈だ。
だがしかし、バーダックに戦いを止める気配はなかった。
そもそも戦いを始めた理由も、戦闘力もないただエリートというだけの子供が命令してきたから、というものだったのだ。厳密に言えば戦う理由ももうなくなっていた。
それでも戦闘を続行する理由は、たった一つだけだった。
「面白いじゃねぇか……」
にやりと、闘志を衰えさせず、むしろより燃焼させてバーダックが構える。
より強きものとの戦いを望む、サイヤ人の本能。バーダックはそれに忠実に従い、より闘争本能を喚起させていた。
おそらくはサイヤ人という人種の中で、最もサイヤ人らしい人間。それがバーダックであった。
実力差など、戦いを止めるには理由に不足がありすぎた。
そしてリキューもまた、内を焦がす衝動、そして満たされる充実感を覚えていた。
言ってみれば、この戦いはリキューの衝動に任せた暴走とも言える行為。理性で統制しきれなかった感情の動きがもたらしたものである。
しかし、だからこそとも言えるが、この戦いという行為は大いにリキューの心を潤わせた。
以前戦った、サイバイマン以来か。これだけの充実感を味わったのは、都合三年間の中で初めてであった。
すで抑えられていた闘争本能が喚起され、たまりにたまった鬱蒼も加燃剤として投下されている。
もはや、簡単には止まれなかった。
バーダックが動く。
超スピードで移動し、室内を激しく駆け回る。その動きに、ほんの僅かにリキューは目が追い付かない。
打ち出されるエネルギー弾。連続して放たれ、背後からリキューに迫る。
ほんの少しだけ早く察知し、振り向きエネルギー弾を弾くリキュー。
その隙に、バーダックが懐へ飛び込む。
が、易々とそうはさせない。リキューの反射が一枚上手であった。
対応が間に合い、蹴りが懐へ入ろうとしていたバーダックの顎に決まる。蹴り上げられ、身体が仰け反り宙に浮く。
追撃しようとリキューが片手にパワーを込め、エネルギー弾を発射しようとする。
衝撃。リキューの視界が揺れて、身体が横へ飛ばされる。
バーダックが、吹き飛ばされ際に蹴りを放っていたのだ。蹴りは追撃をかけていたリキューの側頭部に決まり、頭蓋を揺らしていた。
宙で一回転し綺麗に着地を決めて、バーダックが反攻を仕掛ける。
リキューは意識が混濁し、リカバリーが一歩遅れた。
「でりゃあッ!!」
渾身の力と速度を込め、バーダックの膝蹴りがリキューの腹に決まった。
衝撃に意識が戻り、同時にダメージに咽ぶ。
バーダックは止まらない。リキューのバトルジャケットの襟元を掴み上げて身体を持ち上げて、その額にヘッドバットを食らわせる。
衝撃の二撃目。さらに視界が揺らされて幻惑する。が、これに完全にリキューの意識が戻る。
ッキと、バーダックの顔を睨み付ける。
「離れろぉーーッ!!!」
叫びと同時に、“気”を放射する。
全方位に放たれる“気”が、バーダックの身体を弾き飛ばす。
離れた隙に地に足を付け、踏み込みを強く、反撃を仕掛ける。
単純な力とスピード。それらは全て、バーダックよりもリキューの方が勝っていた。
バーダックの一撃を凌駕する威力を備え、拳が飛ぶ。
だが命中する瞬間。バーダックは体勢を立て直したかと思ったと同時、リキューの顔面へエネルギー弾を撃ち込んだ。
思わずリキューは腕を戻し防御する。
エネルギー弾は腕に弾かれ、ダメージはない。が、安心する暇もなく後頭部へ衝撃。
膝をつき手を後頭部に当てて、リキューは痛みをこらえる。
「なっちゃいねぇな、リキューさんよ。パワーは強くても、使い方がてんでなっちゃいねぇ」
よっぽど戦い易い相手だ、とバーダックが言葉を連ねる。
リキューが視線を背後にやれば、腕を組んでにやにやと見下しているバーダックの姿。
(舐めやがって)
怒りを圧しながら立ち上がり、リキューがバーダックを睨み付ける。交差する視線。
と、リキューの姿が掻き消える。
バーダックは完全にリキューの姿を見失った。
焦り困惑するその背中へ、叩きつけられる激震。吹き飛ばされるバーダック。
地に叩きつけられリバウンドし、慌てて跳ね上がる様に立ち上がる。
痛む背中を我慢しながら見れば、そこには仁王立つリキューの小さな姿。
苛烈な意思を灯しながら、リキューが言う。
「忘れるなよ、バーダック。戦闘力は俺の方が上回っているってことを」
“気”を纏い、全力を発揮してリキューが構える。
そのパワーを肌で感じ取りながら、バーダックは好戦的な笑みを浮かべる。
「言っただろうが。パワーの使い方がなっちゃいねぇ、ってな。いくら戦闘力が高かろうが、貴様は戦い方が出来てないんだよ、ガキ」
「黙れよ、下級戦士」
「黙らせろよ、腰抜けのエリート」
停滞は一瞬。
次の瞬間には、また二つの人影は交錯していた。
リキューはこの日を境に、度々バーダックを相手に模擬戦を行うことなった。
それは決して心温まる友好的なものではなかったが、しかしリキューにとって非常に貴重な経験であることに違いはなかった。
バーダックは元々スカウターを使い、率先して自らよりも戦闘力の高いものへと挑むという、サイヤ人の中でも奇人視されている人間であった。
おかげで幾度となく死にかけ、結果的に下級戦士でありながらエリート並の戦闘力を持つほど力を増大させてきていたのだが、それでも常に自らよりも戦闘力の高いものを選び率先して戦うため、生傷が絶えることのない奇特な男である。
この逸話があるためにある種有名であり、リキューも際立って顔と名前を覚えていたのだ。
そしてその性癖ゆえに、自分よりも遥かに戦闘力の高いリキューに対し、これ以後も臆することなく戦いを挑み続けることとなるのである。
常に自分よりも戦闘力に勝る相手を戦い抜いてきたその実戦経験は、本来勝敗が決定されるだけの戦闘力差があるにもかかわらずリキューと互角の勝負を演じさせ、その成長に大いに貢献することになる。
そしてリキューにとってみれば、今まで自分を苛まし続けていた情動の燻りを過不足なく解消できる相手が出来たのである。
良くも悪くもサイヤ人らしいバーダックとは性格的波長が全く合わなかったリキューであるが、その点だけで言えば二人は最高の相性を持つパートナーと言えた。
この二人がこの日に出会ったことは、あるいは運命だったのだろう。
少なくとも二人がこの日に出会わなければ、後々の出来事は悲劇にしろ喜劇にしろ、ことごとく姿を変えていたからに違いないからである。
ちなみに、バーダックについてだが、リキューは単純に悟空に似たサイヤ人であるとだけしか思っていなかった。
それは何故かといえば、サイヤ人の下級戦士は似た顔つきの人間が多いかったからである。
単純に悟空に似た人間だけでも、リキューはそれこそこれまでに山ほど見つけているのだ。余談だがその中にはターレスも含まれている。
元々“ドラゴンボール”についても細かく覚えていたという訳でもなかったので、おかげでバーダックを見つけた時もただのそっくりさん程度の認識しか持てなかったのだ。
しかしこのことは全くもってどうでもいい、雑事である。
―――あとがき。
急いで書き上げた話っす。粗が多いか。
区切りのいいとこまで話が進んだら総改訂しようと思うこの頃。
感想ありがとうございました。私というエンジンはニトロでボロボロよ!
バーダックさんは個人的に古武者のイメージ。
感想と批評待ってマース。