「大宇宙の王だと? そういえば、そんなホラも聞いたな」
そう言いながらも、ターレスはその名前に頭の奥を刺激されるものをハッキリと感じていた。
やはり、錯覚だとかデジャヴなどではない聞き覚えがある。
スラッグという言葉。はたして、どこで聞いたものだったか?
ターレスの思惑をよそに、スラッグはふわりと動く。
まるで蜃気楼か幻影か、掠れ消えたかと思った次には包囲の中へ現れていた。
余りに奇怪な雰囲気を纏った存在。ターレスが今まで相手にしたことのないタイプの者である。
彼らはほんの10mもない間合いを挟み、相対する。
スラッグは不気味な笑みを浮かべたままであった。
そしてターレスを見据えながら、口を開く。
「小僧。貴様、神精樹の実を食べたのじゃろう」
「神精樹……あの樹のことか? 貴様はあの樹のことを知っているというのか?」
思わず聞き返す。
それがターレスが超パワーを得るに至った原因であるのだ。
少しでも情報は欲しいところであった。
「儂の記憶の底に、ぼんやりと残っておるのだ。星一つを糧として吸い尽くし、やがて実を成す大いなる樹の存在が……」
フフフフと哂い声を洩らしながら、スラッグが喋る。
その目を見て、ターレスは目の前の老人が自分に対して抱いている思いを悟った。
憤怒が沸き上がる。
――こいつは、俺を見下していやがる。
「貴様のその急激なパワーアップ……察するに、神精樹の実を食べたのじゃろう。星一つの生命を凝縮した実じゃ、そのパワーアップも頷けるわ」
「ふん、正解だ。その慧眼には感服しておこう。だが、それならば分かっているだろう。この俺と貴様との間にある、天と地ほどの実力差をな」
神精樹の実から得たパワーは圧倒的だった。
10倍以上の戦闘力差があった筈のゼウエンを、赤子の手を捻るのと同じ手間で料理できたのだ。
このパワーアップは単純に神精樹の実の力だけではなく、死の淵から這い上がることで戦闘力を増すという、サイヤ人特有の超回復特性も合わさったものだったのだろう。
だが、この際理屈は関係ない。
どういった論理が働いたにせよ、現にターレスは凄まじく大幅に戦闘力が上がっている。それが事実なのだ。
少なくとも、今この場にそれ以外の事柄は重要ではない。
ターレスは増長していた。
あるいはそれも、サイヤ人の性であったのかもしれない。
掌中のものとなった膨大なパワーに、もはや敵はいないと早合点し勝利を疑っていなかった。
巨大な驕りと慢心に支配されていたのである。
「大宇宙の王だが何だが知らないが、今の俺に太刀打ちすることなぞ到底できんぞ」
今の自分ならば、フリーザすら倒すことが出来るかもしれない。
ターレスはそこまで考えていた。そこまで、意思は驕り昂ぶっていた。
「行くぞ、俺の動きに付いてこれるか?」
そしてターレスは荒れ狂う闘争本能の猛りに従い、上空へと飛び立ち、急速上昇する。
散々コケにした後、嗜虐心を満たした上で止めを刺す。
そんな攻撃的な思考を胸に抱いていた。
「愚かな奴じゃ」
スラッグもまた、ターレスの挑発を受け取り後を追って飛び立つ。
その顔には、愚者に対する優越に染まった憐みが漂っていた。
暴虐と独裁の主である。
元よりスラッグもまた、己に逆らったターレスを逃す気はなかった。
空の上へと消えていった二つの人影を見送り、残された者たちの一人、アンギラがぼやく。
「―――馬鹿な男だ。あの程度の力で、スラッグ様に敵うものか」
高度数百m近くまで一気に舞い上がり、ターレスとスラッグが相対する。
先に仕掛けたのはターレス。
勝利の確信を微塵も疑わず、攻勢へと移る。
「喰らえぃッ!」
エネルギー弾を打ち出す。
威力は抑えられている。すぐに終わらせてはつまらないからだ。
己の力を誇示し嬲り楽しむ。サイヤ人の悪癖である。
エネルギー弾が、スラッグに迫る。
「ふん……ッカ!」
しかしスラッグは、迫りくるエネルギー弾に喝を叩きつける。
それだけで、エネルギー弾は弾け飛んだ。
ほうと、僅かにターレスは感嘆する。
確かに力は込めてはいなかったが、だからといって今の自分のエネルギー弾が気合いだけで吹き飛ばされる様な、柔な代物ではない筈である。
少しばかり力を抑えすぎたか。ターレスはそう解釈する。
スラッグが、馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「この程度か、小僧?」
ピクリと、その挑発にターレスは眉を動かす。
不快であった。
その、まるで己の方が圧倒的優位にいるかのような発言が。
「ゴミが……たかがその程度のことで、この俺に勝てるとでも思っているのか!」
“気”を纏い、ターレスの全身からさながら白い炎に包まれた様なエネルギーが発散される。
そして、そのままスラッグへ突撃を仕掛ける。
まずはその身体に実力差を叩き込み、生意気な口を黙らせようという考えであった。
加速する。
瞬く間に距離は縮み、スラッグのすぐ傍まで接近する。
拳を握り締める。狙いは余裕を装う顔面、その一点。
そして、拳が解き放たれる。
裂帛の激突音。
ターレスの拳は、確実にスラッグの顔面、その真芯を捉えて打ち抜いた。
スラッグは頬に拳をめり込ませ、衝撃に顔はあらぬ方向へ向かされている。
大人げなかったかと、ターレスは嗤う。
が、その嗤いはごく自然にスラッグが顔を戻したことで止まる。
「な、なに!?」
「ふふふふ……その程度の攻撃など効かぬわ」
「っち、ほざけぇ!」
一歩バックステップし、両手を揃えてスラッグへ向ける。
「はぁーーッ!!」
ターレスは特大のエネルギー弾を発射する。
至近距離からの攻撃である。外す筈がない。
それは確実に無防備に構えているスラッグへ接触すると、爆発を起こす。
直撃である。
しかし爆煙が晴れる間もなく、中から突如として腕がターレス目掛けて伸び出してきた。
腕はターレスの首根っこを捕まえる。
「ぬぐ!?」
「どれ、儂の力を見せてやろう」
爆煙が晴れると、無傷のスラッグが現れる。
スラッグは自分の腕を数mに伸ばし、ターレスを捕らえていた。
そしてそのまま腕を元の長さへ収縮し始めて、反対の手に力瘤を作り引き寄せられたターレスを殴り飛ばす。
「ごあぁッ!?」
叩き付けられた拳に吹っ飛ぶターレス。
強烈な衝撃が、殴られた腹に走っていた。
ターレスは驚き狼狽しながらも、腹を押さえて錐揉み落下する身体を止める。
慌てて見返したその先には、スラッグが泰然と待ち構えている。
が、ふと姿がターレスの視界から掻き消える。
何処へ? 辺りを見回すターレスのスカウターに反応が出る。
反応は後ろを示していた。
そしてターレスが振り向くと同時、顔に突き付けられる掌。
「なッ」
一瞬で背後に回っていたスラッグの掌から、気合砲が放たれる。
ターレスはまたもや大きく吹き飛ばされた。
吹き飛ばされて、“気”を発揮して慣性を殺し体勢を立て直すターレスだが、しかしその顔は信じられない思いで支配されていた。
ワナワナと震えながら、困惑している。
「ば、馬鹿な………俺は最強のパワーを手に入れたのだぞ? なのに、何故こうも簡単に!?」
下級戦士はおろかエリートすら凌駕する戦闘力を得たにもかかわらず、ターレスは無様に翻弄されていた。
その事実が余りにも理不尽に思え、頭を憤りに支配される。
スラッグが、そんなターレスに向かって嘲り言い放つ。
「ぐふふふふ、分かっていなかったようじゃな。儂と貴様との間にある天と地ほどの実力差を」
「き、貴様ぁ!」
痛烈な皮肉だった。
強大な殺意が沸き上がり、スラッグを睨み付ける。
しかし所詮は負け犬の遠吠えか。スラッグはにやにやと笑い嘲り、その視線を見下す。
それが分かり、なおさらターレスは怒りのボルテージが上昇する。
「所詮、フリーザの手の者などその程度の実力しか持っていないということじゃ。儂に敵う筈もない………儂こそが、この大宇宙の王に相応しい」
漫然と、スラッグが言い放つ。しかしそのセリフには、ターレスには関係ない何かしらの含みを感じさせた。
そして憤っていたターレスは、スラッグの言葉にふと我に帰る。
スラッグの言葉に、より強く記憶を刺激するものを感じていたのだ。
キーワードがターレスの頭を乱舞する。フリーザ、スラッグ、支配、宇宙………。
忘れ果てていた記憶の扉を、それらが開いていく。
そして、ターレスは遂に記憶の中からソレを思い出した。
「く、くくく………ふははははははッ!!」
「……どうした、狂いおったか?」
突如として笑いだしたターレスに、スラッグが奇怪な視線を送る。
ターレスはその反応を無視する。いや、それは正確ではない。
その、余裕と傲慢に満ちた態度へ、最大最高の悪意を返す。
「笑わせてくれる。何が大宇宙の王だ、くくくく……」
「何じゃと?」
その言葉に、スラッグの視線に殺意が混じる。
ターレスは表情にたっぷりと嘲りを混ぜ込み、言い放った。
「スラッグという名前について、ようやく思い出したぜ。確かそれは、フリーザとの勢力争いに敗れた哀れな負け犬の名前だった筈だ。そんな落ち目の人間が、大宇宙の王を名乗るとはな……くくく、片腹が痛いぜ」
「小僧ッ、貴様ぁ!?」
ターレスの言葉に、一気にスラッグが煮え沸く。
その態度は、逆説的にターレスの言葉を肯定していた。
フリーザ軍が活動するより、一つ前の時代のことである。
まだスラッグが若く力が全盛にあった頃、スラッグ率いるスラッグ軍は本人の言葉通り、大宇宙の王という言葉に相応しく宇宙各地で暴れ回り、そして支配していたのだ。
それだけの行いが出来たのも、全てはスラッグの持つパワーが凄まじいものであったからである。
スラッグの超パワーを拠り所として蠢く彼らは、勢いに乗ってありとあらゆる星を滅ぼし、銀河を掌中に収め、星雲を支配下に置いていたのだ。
それは規模だけで言えば、今のフリーザ軍すら凌ぐものであった。
しかし、現在ではその形は見る影もなく、フリーザ軍の台頭を許している。
何故か?
簡単である。衰退したのだ。
如何に強大な力を誇ろうとも、時の流れには逆らえれなかったのだ。
かつて暴虐を振るい宇宙を支配したスラッグの超パワーも、老化による肉体の衰えに影響され、全盛期の半分以下へと落ち込んでいたのである。
そして力で支配していたがゆえに、力が衰えることは同時に求心力の低下を意味していた。スラッグは数多くの離反者を、自分の支配地から出し始めていたのだ。
そこに加えて、フリーザ軍という新興勢力の出現である。
フリーザ軍は己こそが宇宙の支配者として豪語し、古い遺物として邪魔なスラッグ軍の排除に動いた。そしてスラッグ軍もまた、これに宇宙の支配者の地位を賭けて対抗し争ったのである。
しかし、すでに組織として黄昏時を迎えていたスラッグ軍は、フリーザ軍と正面から張り合えるだけの力も持っていなく、敗北することとなる。
結果、スラッグ軍は僅かな残党だけが生き残って宇宙を放浪し、そして自分たちが支配していた領域の大半をフリーザ軍に奪われたのである。
ターレスはこの話を以前、場末の酒場かどこかで古参の人間から聞いていた。
さして興味もなく、自分とは関係ない話であったため聞き流していたのだが、今ようやく本人を目の前にして思い出したのだ。
そしてこれをこうして本人に言い放つこと。これはいわば意趣返し、もしくは嫌がらせであった。
目の前で踏ん反り返っている輩を、嘲て鼻を明かすために言い放った言葉である。
それは確かに、嫌がらせとしては万全の効果を発揮した。
スラッグの最も触れられたくない、最も忌まわしい過去をほじくり返したのだ。
スラッグは傍目から見ても分かり易く、激怒している。
本人が纏っていた泰然とした雰囲気も完全に取り払われていた。これだけを見れば、ターレスの思惑通りだと言える。
激昂させ隙を作らせ、そしてその隙を突く。
自らが神精樹の実から得たパワーを以ってしても、未だスラッグの戦闘力を下回っているということを実感したターレスは、そう一計を案じた。
ターレスの予想では、確かに戦闘力に差はあるが、それでもまだ戦い方次第ではスラッグの倒し様はある、と判断していたのだ。
それは先程の攻防での手応えによる反応からの予測であり、そしてターレスはその考えに大きな自信を持っていた。
思い出した先の話の内容も、その自信の補強の要因として働いていた。
ターレスの目の前にいるスラッグは、すでにその力は全盛期の半分以下になっているのだ。
神精樹の実から得た力は、非常に膨大なものであった。しかしスラッグはそれをも上回っていた。
加えて、全盛期はこの倍以上の力を誇っていたのだというのだ。
なるほど、それならば確かに最強だと、ターレスはそのことを素直に認める。
しかし、所詮それは過去の失われた栄光でしかない。
スラッグの戦闘力の底は遠い位置にあるわけではない。
今のスラッグの戦闘力と自らの戦闘力、その間にそう大きな差はないだろう。そう思い込んでいたのだ。
結果だけを言えば、このターレスの推測は大いに間違っていた。
両者の間にあった差は、そんな小手先の技術だけでどうにか出来るほどの大きさではなかったのだ。
「遊びは終わりじゃ小僧ッ! バラバラに砕いてくれるわ!!」
感情の猛りとともに、“気”がスラッグの身体から放射される。
強大なエネルギーの放射に大気は歪み、風が吹き荒れる。
そして一瞬で計測オーバーへと至った、ターレスのスカウターが爆砕した。
「な、なんだと!?」
「カァッ!!」
大気の壁を破壊し、スラッグが近接する。
そしてターレスが一切の反応を取る間を与えずに、右ストレートを胸部に叩き込んだ。
一瞬で超質ラバーのバトルジャケットが砕け、そして筋肉を潰し骨を粉砕する。
「がぎゃッ!?」
そのまま発生した運動エネルギーに従ってターレスの身体が吹き飛ぶ。が、みすみす見逃すことはしなかった。
スラッグが左腕を伸ばす。伸長した左腕は吹き飛ぶターレスの足を掴み、そのまま強引に引き戻す。
「シャッ!!」
右腕に気功弾を発生させながら、スラッグはそのままターレスに掌底の形で叩き込む。
浸透する衝撃と同時に染み入る様に爆発する気功弾。爆煙と衝撃。
煙を裂いて、ボロボロになって宙から力なく落下するターレス。
スラッグはさらに追撃する。
“気”を纏ったまま、急加速攻撃を仕掛ける。
上空からの直下、斜め下からの斜辺上への交差、水平方向に隣接する軌跡。
ターレスを地に落とさぬように、執拗に攻撃を繰り返して宙へと打ち上げる。
それはまるで球遊びの光景である。
ターレスという球を使った、非常に悪趣味な球遊びであった。
「お、己ぇぇえええ!!」
なすがままとなっている身体を奮起させ、ターレスは不意を突いたカウンターとなる様にエネルギー波をスラッグへ発射する。
しかしスラッグにとって、そんなものは何でもなかった。
一切の動揺も見せずに、あっさりと瞳孔からレーザーのように細い気功波を放ち、エネルギー波を相殺する。
そしてそのままエネルギー波を相殺した気功波は存在を維持し、ターレスへ向かう。接触し、まるで電撃が流されたかのように全身が痺れるターレス。
「が、ガガガガッ!?」
その真上に、スラッグが現れる。
組んだ両手から振り下ろされるハンマーパンチ。ターレスは直下の大地へと叩き下ろされた。
「か、がはっ! はぁ、はぁ。し、信じられん! まさか、これで全盛期の半分以下の力だというのか!?」
並大抵の衝撃では破壊されない筈のバトルジャケットはボロボロに砕け、全快した身体もさっきの攻防で傷だらけ。
ターレスは、自分の算段が甘すぎたことを痛感せざるを得なかった。
スラッグは老いてもなお、ターレスの手には負えない桁違いの化け物であったのだ。
最初の手応えなんてものは全く当てにならない。先の一気呵成の攻勢には、底知れない実力の程を実感させるに十分だった。
ターレスの推測なぞ、スラッグが手加減していたが故の錯覚・勘違いでしかない。
「俺は宇宙最強の戦闘民族、サイヤ人だぞ? かつてないパワーも手に入れたのだッ! それでも、たかがあんな負け犬の老いぼれ一人に勝てないというのか!?」
屈辱であった。
誰であろうと圧倒できるパワーを手に入れたと思ったがゆえに、再度の転落による屈辱はより大きかった。
サイヤ人は戦闘民族である。宇宙最強の強戦士族なのだ。
しかし現実には、フリーザはおろかそれに負けた敗北者にすら勝てない有様。
その沸き上がる憤りは大きい。
保身を第一に行動するならば、ターレスはこの場を速やかに逃れて逃走すべきであった。すでに彼我の実力差は明らかである。意地を張り対抗しても、成す術なく殺されるだけである。現にゼウエンとの戦いの最中ではそれを実行した。
しかし、ターレスは素直にその選択を良しとはできなかった。負の感情は、一度希望が手に入るところまで近付いた後に奪われた方が、より強まる。
ましてや、絶対の勝利を確信するだけのパワーを手にいれ、増長していたところからのこの急落である。
ただで引き下がるには、感情の収まりがつかない。
しかし、現実にはターレスとスラッグの間に存在する隔たりは大きい。
一矢報いるにも、絶望的な戦闘力差である。
(パワーだ……なんでもいい。パワーを、戦闘力を上げる手はないのかッ!)
神精樹の実について考える。まだ幾つか、神精樹の実が残ってはいないか?
しかし即座に却下する。ゼウエンに吹き飛ばされ樹の中へ入ったとき、軽く見渡してみたがやはり実は一つもなかった。
実はターレスが食べた一つきり。神精樹の実によるパワーアップは見込めない。
(俺はサイヤ人、宇宙最強の戦闘民族なのだぞ。何か、何か方法がある筈だ。何かが……)
ふと、ターレスがあることに気付く。
目に入ったそれを、ターレスは注視する。
それは腰に巻いている、尾であった。
「はははは……そうだ、手はあったな」
ターレスは左手で右手の手首を握りしめ、右の掌を上に向けて広げ、パワーを集中させる。
それは下級戦士であるターレスにとって、初めての試み。
慣れぬ動作に血管は浮き出て、汗が流れる。
しかし口の端を歪めたまま、ターレスは余裕を保っていた。
「神精樹の実を食べた、今の俺ならば出来る筈だ………かぁぁッ!」
スラッグが地に舞い降りる。
眼前に忌々しい記憶を掘り返した愚かな男の後ろ姿を捉え、コキコキと手の指を鳴らしながら死の宣告を告げる。
「さぁて、覚悟は出来たか」
「………さぁ? それは何の覚悟かな?」
「なに?」
振り向き言い放ったターレスの言葉に、スラッグは不審に思う。
ターレスの表情は、追い詰められた人間にしては余りにも余裕があった。
そしてスラッグは、ターレスの右掌に浮かぶ光球に気付く。
さっきまでの姿との相違点。それがターレスの余裕の根拠か。
スラッグは鼻で吐き捨てる。そんな珠っころ一つで、自分をどうにか出来るとは微かにも思えないからだ
「見せてやろう、負け犬野郎。戦闘民族サイヤ人の、その本領をなッ!」
「雑魚が、戯言を言いおって!」
ターレスが振りかぶり、そしてそれを避けるまでもないと弾き飛ばそうと身構えるスラッグ。
しかし、スラッグの予想は外される。ターレスは光球をスラッグにぶつけず、見当違いの方向へ投げ放ったのだ。
スラッグを無視し、遥か上空へと昇っていく光球。
「なんじゃ? 何をする気じゃ?」
スラッグの疑問を口元で笑って流し、ターレスは片手を光球へ向ける。
そのまま光球を開いた手で握りしめるように動き、あるキーワードを発する。
「弾けて、混ざれッ!!」
閃光が、大地を照らす。
その巨大な明りに、スラッグは思わず目を閉じる。
発光はそれほど長くは続かなかった。ほんの数秒で収まり、スラッグは目を開いて空を見上げる。
「なんじゃとッ!?」
遥か空高く。神精樹の影響で大気が淀み、日の隠れた空の上に、光輝く球体が出来ていた。
それは正しく、月であった。
「くくくく………ハハハハハハハハハハッ!!」
「ぬぅ!?」
哄笑に向き直れば、ターレスが自ら宙に作り上げた月を見詰めたまま、嘲り笑っていた。
彼はそのまま、月を注視したまま言葉を紡ぐ。
「確かに貴様は凄まじい戦闘力だったが、残念だったな。最後は俺の勝ちで、終わらせてもらおう」
「たかがあのようなものを作った程度で何を言うのかと思えば、小生意気なことを………さっさと死ぬがいいわぁッ!!」
間合いを詰め、スラッグはもはや一切の容赦をなく命を取るつもりで拳を叩き込む。
ターレスは全く微動だにせず、無防備のまま腹に攻撃を喰らう。
しかし、なんら反応を示さない。
スラッグは手応えに訝る様子を見せる。何故、反応がない?
しかし次の瞬間には、思考が驚愕に染まった。
ターレスの身体が、筋肉が異常に膨張を始めたのだ。
慌ててスラッグが飛び去り距離を取る。そして、一歩離れたことによって事態の推移を克明に目撃する。
筋肉の膨張だけに、身体の変化は留まらなかった。
身体の巨大化が進行し、その過程で顔の造形や基本的な骨格の構造まで変化は進行。
全身に濃い体毛が生え始め、腰に巻かれるように収められていた尾は巨大化と共に自由に振り回された。
そしてある一定の大きさまでに達し、ようやく巨大化は収まる。
全長10m前後の、巨体となったターレス。その姿は人間型ではなく、全く別の動物の姿。
予想外にも程がある事態。スラッグは、思わず驚愕のままに言葉が漏れる。
「お、大猿じゃと?」
伸縮性に富んでいるがゆえに破れずに済んでいるボロボロのバトルジャケットを身に纏いながら、大猿となったターレスは咆哮する。
響き渡る獣の叫びが大地を揺さぶり、そして大気を叩き打つ。
ギロリと、敵意に満ち溢れた視線がスラッグを捉えた。
咆哮を上げながら、右足を持ち上げて叩き下ろす。
スラッグはそれ斜め上方へ飛び上り回避。
しかしふと気配を感じ視線を移すと、真横から大猿の拳が接近していた。
「ぬぅううう!?」
かわすにはタイミングを逸す。
両手を交差させ防御態勢を作り、そして拳の直撃を受ける。
それはまるで、ハエ叩きに打ち落とされたハエの光景。
斜め下方の方向に叩き吹き飛ばされたスラッグは、大地に叩き付けられた後もなお有り余る運動エネルギーで地を抉り、数十mの溝を作り出す。
「己ぇ! 大猿になるなぞ、そんな猪口才な手で、この儂がどうこうなるとでもッ!?」
大猿がスラッグの方向へ向き、口を開く。
そして間も置かずに、凄まじいまでのエネルギーを含有した超高エネルギー波がその口から解き放たれた。
土を払う間もなく、スラッグはエネルギーの奔流の直撃を受ける。
巨大な爆発。
まるで水爆のごとき衝撃波と熱を生み出し、そしてキノコ雲が上がる。
大猿となったターレスは支配されている原始の本能に従い、両手で胸を叩きながら再度の咆哮を上げた。
ふと、空に一つの光が現る。
それは不規則な軌跡を描きながら飛来し、そしてドラゴミングしていた大猿の脳天に接触。爆発した。
不意打ちの痛みに、頭を両手で押さえて取り乱す。そして燃え上がった敵愾心に従い、大猿が光の飛来した方角へ顔を向ける。
そこにはローブを所々破き小さなダメージを受けつつも、五体満足で宙に浮いているスラッグの姿があった。
年老いてシワを刻んだ肌を露出させながら、スラッグは怒りに打ち震えていた。
「猿風情がァ!! ゴミの分際で儂を傷付けるとは、ふざけた真似をしおって!」
ゴッ、とスラッグを中心に嵐のごとき乱気流が巻き起こる。
今ここに、スラッグは全ての戦闘力を解放した。それだけの強敵であると判断したのだ。
そしてその圧力に対し、大猿が吠える。下級戦士であるターレスは、大猿化すれば理性を失う。
ここに存在するのは、10倍に増大した溢れんばかりの戦闘力を持つ、ただの一匹の野獣である。
「ぬおおおッ!」
スラッグが突進を仕掛ける。
合わせて、大猿も猛進する。
彼我のサイズに大きな差を作りながらも、両者は如何なる理由でも怯まずに拳を繰り出した。
星を砕きかねない、激闘が幕を開ける。
激震が空を伝わり大地を揺らす。
大猿とスラッグの戦いによる余波は、離れた場所にいるアンギラたちの元まで届いていた。
「け、ケケケケ!? も、物凄いパワーだ! 信じられねぇぜ!?」
「あ、あの野郎……スラッグ様と対等に渡り合ってやがるダボか!?」
メダマッチョとドロダボが口々に驚きを露わにする。
にわかには信じられない事態であった。
幾ら老いたとはいえ凄まじい戦闘力を秘めた自分たちの首領が、あの程度の戦闘力しか持たない一人の男に手こずるどころか、対等に戦い合うこととなっているとは。
「な、なんてことだ……」
「や、やはり、スラッグ様ももう年を取りすぎたということか」
「パワーが、昔より衰えているのだ……」
周囲の一般兵が、口々に囁く。
その内容は一様に、スラッグの力を疑問視、あるいは嘆く言葉である。
しかし話し合っていた数名の兵が、真横から突然放たれた気功波に消し飛ばされる。
「貴様らぁ、ごちゃごちゃと益体もないことを喋りやがって。それでもスラッグ様の部下か!?」
アンギラが気功波を発射した態勢のまま、怒声を発する。
そのまま二度・三度と気功波を発射し、兵たちの間の雑談を取り除くと視線を戦場へと戻す。
鳴動は止まず、戦いは未だ続いている。
「かぁーー!!」
両手から渾身のパワーを込め、大猿の身体の中心に巨大な気功波を叩きつける。
そのまま巨体で強靭な身体がシャトルのノズルのように働き、大猿は上空へと打ち上げられる。
しかしある一定の中空まで飛ばされたところで、大猿は身体を押し上げる気功波を強烈な力で抱擁し押し潰す。
その隙を見逃さない。スラッグは両手を残像が残るほどの速さで動かし、連続して気功波を発射する。
自由落下していた大猿が気功波の群れに呑まれ、姿が爆煙に掻き消える。
なおもしつこく気功波を打ち出し、限界まで打ち続けてようやく止める。
「どうじゃ!」
肩で息をしながらスラッグは様子を見る。
そこに即座に煙を割って現れる影、全身に傷を作りながらも闘争心に満ちた大猿の姿。
吠えながら大猿が、両手を組んで頭上からスラッグへ打ち下ろす。
舌打ちしながら加速しかわす。
しかし安堵する間もなく、自分に迫る影を発見するスラッグ。
それは大猿の尾。
避ける暇もない。スラッグは尾に叩かれ吹き飛ばされる。
さして距離を飛ばされる前に、舞空術を使い宙に止まり姿勢を正すスラッグ。
そのスラッグに対し、より強い原始本能を喚起させて大猿が吠え、威嚇する。
「猿の分際で、しぶとい奴じゃ……」
単純な戦闘力の大小で言えば、未だにスラッグの方が大猿ターレスをも上回っていた。
しかしスラッグは大猿の相手に手を揉んでいた。
それは大猿の戦闘力以上に秘められた予想外のバイタリティの高さと、自身の老いによる影響が原因である。
特に老いの影響は深刻だった。
それは単純にパワーのMAX値を全盛期より下がらせるだけではなく、全力の発揮を阻害する方向にも働いていたのだ。
スタミナの低下。加えて、無理に全力を発揮しようとするならばそれは寿命を縮める結果となるのである。
様々な要因がこの場でスラッグの足を引っ張り、大猿の排除を容易なものとさせてなかった。
大猿が飛びかかる。
巨体であるにもかかわらず、その動きはとてつもなく速い。
俊敏に軽快に、そして見た目通りのパワーを秘める拳打が放たれる。
易々と当たってやるいわれもない。スラッグはかわし、拳が地盤を叩き割るのを尻目に大猿の顔面すぐ近くへ接近する。
「かぁッ!!」
“気”を励起させ、加減抜きの全力でその顎を蹴り上げる。
大猿の顔が跳ね上がり、僅かに上体が浮く。が、即座に顔を戻すと、血走った目でスラッグを睨み付け口を開く。
しぶとい。余りにもしぶとい生命力。スラッグが命を奪うつもりで打ち込んだ蹴りが、ダウンすら奪えていない有様である。
「ぬっ!?」
咆哮一閃。そして大猿の口から放たれる極太のエネルギー波動。
大地を削岩する光の一筋が、地平の先まで駆け抜ける。
しかしスラッグは、すでにエネルギー波が放たれる前に上空へと退避済みである。
「おのれぇ、しぶとさだけが取り柄の猿めがッ!?」
跳ね上がって迫るアッパーに、不意を突かれる。
ヒットし、さらに上空へとスラッグは吹き飛ばされた。
ふわりと一回転し、体勢を戻す。口を拭えば紫色の血が付着していた。
憤怒の表情で大猿を見下ろす。かつてここまでコケにされたことがあっただろうか?
「猿がぁッ!! 舐めおってぇーー!!」
血管を顔に浮きあがらせて憤るスラッグに、ふと視界の端に眩いばかりに輝くものが映る。
見てみれば、それは先にターレスが作り出した人工の月である。
光輝くその球体を見て、スラッグの脳裏に閃光が走る。
「く、ふふふふふ………ぐはははははは!! そうか、そういうことじゃな。分かったぞ、貴様のその姿のタネがッ!!」
飛び上り、スラッグの正面に大猿が迫る。
両手で挟むようにスラッグへ叩きつけるが、その前にスラッグの姿が消える。
何処へ行ったのかとキョロキョロと見回す大猿の後頭部、それを渾身で蹴り飛ばし、スラッグはエネルギー弾を掌の上に作る。
「元の姿に、戻るがいいわぁーッ!!」
スラッグが、エネルギー弾を投げ付ける。
エネルギー弾は飛ぶ。湾曲的な軌跡を描き、目標へと向かって。
そして目標――ターレスが作った月へと、接触。
閃光ととも、月は爆砕し粉砕した。
「ぐわはははは!! これでもはや大猿ではいられんじゃろう! 元の姿へ戻るがいいわ!!」
ターレスの行動と、大猿となった前後の状況を顧みての推測であった。
大猿となるためには、あの月が必要である。
スラッグのこの推測は正しい。サイヤ人が大猿となるためには、満月と尾の二つ、この両方が必要なのだ。
―――しかし、ここに一つだけ計算外の事柄がある。
まぁ、それを予測することは、土台無理だっただろうが。
「ぬぉ!? な、なんじゃと!?」
スラッグを握りしめる、巨大な手。
油断していたスラッグを、依然として大猿のままであったターレスがその手で捉えたのだ。
「馬鹿な! なぜ大猿のままなのじゃ!? 月は破壊した筈じゃぞ!?」
それはターレスにとっても予想外の効力であった。
本来、人工の月を作りだすパワーボールは、サイヤ人でもエリート、それも一部の者だけが作り出すことが出来るとされている代物である。
しかしこれは正確ではない。現に下級戦士であるターレスは、パワーボールを作り出すことに成功している。
より正確な表現で言えば、パワーボールを作り出せるものはサイヤ人の中の、さらに一定以上の戦闘力を持った者の中で限られた人間であるのだ。
下級戦士の戦闘力ではパワーボールを作り出せないがために、エリートに限られたと言われているに過ぎないのである。
そして神精樹の実を食べて戦闘力を増大させたターレスは、この第一の問題をクリアでき、そしてパワーボール作成の素質を持っていたために月を作れたのだ。
加えてターレスは神精樹の実を食べたおかげで、本来ならば月を壊されればすぐに解けてしまう筈の大猿化の持続性という、新たな効力を自らのパワーボールに獲得できていたのだ。
とはいえ、このことは本人とて知り得てはいないこと。
スラッグに予測することは不可能であった。
大猿が咆哮する。
両手の握力を最大限に発揮し、掌中のスラッグを握り潰そうと圧力をかける。
潰されんと、スラッグは“気”を全開にして抵抗する。が、状況は圧倒的に不利であった。
容赦なく加えられる圧力に、スラッグの身体が悲鳴を上げる。ボキボキと骨が折れ、紫色の血が流れる。
「ぐぉぉおおおおおおお!!?!?!」
あるいはこのままパワーを込め続けていれば、この時スラッグは殺せていたかもしれない。
しかし、残念ながらターレスにそこまでの幸運はもたらされなかった。
筋肉が縮み始める。
骨格の形が組み直され、全身に生えた体毛が巻き戻されるかのように薄くなっていく。
大猿化の持続が解け、本来の人型へと戻り始めたのだ。
掌中へと込められる力も緩み、スラッグへの圧迫も維持できなくなる。
大猿が吠える。それは最後の嫌がらせか。
大猿は大きく振りかぶると、スラッグを巨大宇宙船の方角へ投擲した。
音速を超えて飛翔するスラッグ。
抵抗する余力もなく、スラッグは自身の宇宙船の四脚の内の一つを叩き折り、外壁を破って中にめり込んだ。
しかしそれを見届ける暇もなく、ターレスは元の人型へと戻った。
大猿が消えた位置には、大猿であったという面影をその尾以外一切を残していないターレスの姿がある。
ターレスはしばし呆然自失とした様子であったが、ふと我に返り身体がよろめく。
「ぐ……っち、随分と派手にやっちまったみたいだな」
頭に手をやりながら、全身のダメージに毒づくターレス。
大猿化すれば戦闘力が跳ね上がるが、その行動は極めて原始的且つ衝動的なものへと化す。
大抵のダメージなぞ無視して暴れ回るのだ。元に戻った後の反動は大きい。それゆえターレスは、あまり大猿化することを好んでなかった。
「さすがに、もうこれ以上付き合ってはいられんな」
全身のダメージの具合を見て、切上げ時だと判断する。
もう憤りも収まっていた。ダメージも思った以上に大きい上、初めて行ったパワーボールの生成に消耗が激しい。
スラッグは姿が見えない以上始末したと判断できたが、さすがに敵の全てを殲滅できたとは思えてない。
今のコンディションで他のスラッグ軍の取り巻きの相手をするのは得策ではなかった。
ターレスは身を翻し、その場を速やかに後にしてポッドへ向かった。
「す、スラッグ様!?」
「ご無事ですか!?」
アンギラたち側近が、外壁に空けられた穴からスラッグの様子を窺う。
瓦礫に埋もれ、スラッグの姿は見えなかった。
「スラッグ様………ッ!?」
ピシリと、空間に紫電が走ったような気がした。
近づこうとしたアンギラの足が止まる。冷や汗が流れた。
がちゃがちゃと瓦礫が震えだす。細かな破片が地の上を踊ったかと思えば、宙に浮遊し始める。
瓦礫の下から、膨大な“気”が漏れ始めていた。
「ぬぅぅ…………ぐるぁぁああああああ!!!!」
瓦礫が全て吹き飛ばされる。
怒気を纏いながら、全身の砕かれた骨格を再生させたスラッグが現れる。
「おのれぇい!! 汚らわしい猿風情が、儂に刃向かうだけじゃなくここまでコケにしおってッ!!」
滲み出るスラッグの“気”に共鳴し、周囲にあるランプ類が砕ける。
余りの圧力に、アンギラたちが怯え退く。
その中、勇敢にも一人の一般兵がスラッグに近づく。
「す、スラッグ様! どうか気を落ち着かせ下さい!! そんな身体で無理をされては!?」
一瞥すらせず、スラッグはその兵を気功波で消し飛ばす。もはやスラッグの怒りは抑制できるレベルを超えていた。
煮え滾る憎悪に駆られながらスラッグが動くが、ふとこの星を離れる気配を感じ取る。
ッキと、視線を空の彼方へ向ける。
「猿小僧がぁ………彼奴め、逃げおったなぁ!!」
「ひ、ヒィィイーー!?」
激情とともに放射される“気”の衝撃に、周囲の部下たちが吹き飛ばされる。
巻き込まれれば冗談ではなく死を与えられる。
部下たちは皆、必死の形相で逃げ出した。
周りから人気がなくなっていく中、スラッグの怒声が響く。
「小僧がぁー!! サイヤ人じゃとぉ………覚えたぞ、必ずやその首を宇宙から見つけ出し、捻り千切ってくれるわぁー!!」
スラッグの憤りは、結局破損した宇宙船を修復し、宇宙へ飛び出したその後もしばらくの間続くことなった。
ターレスは憤るスラッグがいる惑星を尻目に、本来の予定地である侵略対象の星へと向けてポッドを駆けさせていた。
ある程度星から離れ、安全な宙域に出たところでポッドは超光速航行から超々光速航行へと移行する。
ターレスはその中、簡易的なメディカルキットを引き出しながら全身のダメージに呻く。
ポッドの故障から、全くとんでもない目にあったものである。ターレスはしかし、そう思いながらも愉快な気持ちが沸き上がってしょうがなかった。
災難は多かった。が、しかしそれ以上に良いものを得ることが出来たからだ。
ターレスはボロボロとなったバトルジャケット、その内からあるものを取り出す。
それは数粒の種であった。
新精樹の種である。
ポッドへ向かう前に、空洞へ向かい粉々にした実の残骸から回収しておいたのだ。
「くくく………これだ。これさえあれば、俺はフリーザすらも超えることが出来る」
スラッグと戦ったことで、やはり今の自分ではフリーザに太刀打ちできないことをターレスは悟った。
大猿化しなければ全く手に負えなかったのだ。そんな化け物であるスラッグの力は全盛期の半分以下で、さらに抗争で勝ったというフリーザは当然その上を行くのだろう。
ターレスは思い上がりを正さなければいけなかった。まだまだ、より強く高い戦闘力を手に入れる必要があった。
しかし、その手段として最高のものは、すでに自分の手の中にあった。
「たかが星一つを潰すだけで戦闘力が簡単に上がる………素晴らしい話ではないか」
ターレスは邪悪に笑う。
もとより他者の命を何とも思っていない人間である。星一つの犠牲なぞ、強くなるためならば簡単なコストであるとしか考えていなかった。
かくして、ターレスはこれ以後の地上げの仕事の影で、秘密裏に幾つかの星を神精樹の糧とし始める。
そして実を食らうことで戦闘力を高め、いずれかの日の反逆を心に抱き志すようになるのであった。
サイヤ人は反骨心を秘めた種族である。
従わなくていい理由が出来れば、容易く下剋上を狙うようになる。
ターレスはサイヤ人らしく、その衝動に従ったのだった。
ガチャガチャと、メカニックが巨大な装置の足元で作業を行う。
場所はリキューの引き篭もり場所であり、現在は私室とも呼べる重力制御訓練室。
リキューはメカニックの背後で、その作業の様子を眺めている。
さすがに非戦闘員であるメカニックがいる現在、重力室の稼働は止められていた。
「よし、こんなもんでいいだろ」
「……終わったのか?」
メカニックが開いてたカバーを閉じ、装置の脇に取り付けられているレバーを押し上げる。
電源が入り、取り付けられた装置が稼働を始める。
コンソールに火が灯り、何時でも使用が可能であることを示すランプが点灯する。
どっこらしょと言いつつ、メカニックがゴキゴキと首を動かし炎を吐く。
ちなみに炎を吐いた瞬間、リキューの顔がちょっとツッコミ系に変わった。
「ま、こんなとこだな。操作説明はメンドーだから、マニュアルでも置いておくから勝手に自分で確認しとけ」
「そうかい、ありがとよ」
「あー、疲れた。にしてもリキュー、お前ってなー………」
メカニックは装置を設置した部屋から出て、重力制御のコンソールが置いてある広間を見渡す。
当初はこの広間だけが置かれていた、文字通りの重力制御訓練室であった。
だが現在は三ヶ月以上前に比べて異様に拡張が進み、部屋が幾つも増設されて浴室や寝室に学習室etc……。加えて今度もまた、もう一つ部屋を追加に新設である。
メカニックはこの有様もう一度よく見つめ、一つ頷くとリキューに向かって思ったことを言った。
「お前って、あれだな。後で返せばいいって言いながら借金を重ねるタイプの人間だな。つまり典型的なダメ人間」
「やかましいわ爬虫類ッ!」
やはりこのメカニック、どこか一言生意気である。
うおおーなにをしやがるー!? と騒ぐ爬虫類系なその顔面に、ちょっと洒落にならない威力のアイアンクローをかませながら、リキューは新設された部屋の中、そこに置かれた装置を眺める。
リスクは高いものではあったが、しかしこれさえあればこれからの鍛錬が非常に効率的なるとリキューは考えていた。
ハイリスク・ハイリターン。性急に成果を求める以上、代償を払うことは当然の理屈であった。ちなみにこのとっき必死にメカニックがリキューの腕にギブギブとタップしている。
リキューが性懲りもなく新たに増設依頼をした設備。そしてその目の前に置かれている装置。
それはメディカルマシーン。三ヶ月前、死にかけたリキューの命を救った治療ポッドであった。
効率的な鍛錬の出来る環境にありながら、消耗の激しさゆえに鍛練の時間が取れなかったリキュー。
彼が数日の間考え抜いた末に思いついた解決策は、単純且つ極めて強引なものであった。
消耗が激しいのならば、回復させればいい。そう考え付いたのだ。
これはつまり、治療ポッドの使っての強引なリカバリーである。
激しい鍛練により体力が尽きれば、治療ポッドに入って体力を癒す。こうすることによって鍛錬の時間を無駄にすることなく、さらに以前よりも、鍛錬をより集中して行うことができるのだ。
もちろん、こんなものは強引を通り越して無茶苦茶である。そんな鍛錬なぞしようものなら、普通は強くなる前に身体を壊すものだ。
しかし、良いことか悪いことか、サイヤ人の肉体の特性と治療ポッドの性能は、この無茶を可能なものに出来た。
ゆえにリキューは迷うことなく、メカニックへ依頼し治療ポッドの設置を行ったのだ。
しかし、何故メディカルルームがあるにもかかわらず、リキューはわざわざ重力室への治療ポッドの設置を依頼したというのか?
すでに大きな“借し”を作ってしまっているリキューである。ここにきてさらに“借し”の追加など、全くもって正気ではない。
メカニックの発言は、あながち間違いでもないのだ。この行動で間違いなく、リキューの猶予はさらに短くなったに違いない。
加えて、リキュー自身が、たしかに不味いが最終的に“借し”を全て返せばいいだろう、と本当に考えている辺り救いがない。
本当に何故、リキューはこんなリスクを払ってまで手間をかけたのか?
それはメディカルルームまで道程が遠く往復の時間が勿体ないから、とリキュー自身はそんな理由を答えとしていたが、実際は他のサイヤ人と極力接触を避けるためである。
リキューのサイヤ人の悪行、その罪に対する答えは出されてはいない。先延ばしにして誤魔化しているだけである。
だからなのか、特に意識した訳ではなく、リキューは無意識にサイヤ人との接触を避けている節がある。
サイヤ人と触れ合うことは胸の奥、無意識の奥にしまっている筈のその問題を意識してしまうことになるし、なにより下手な接触を持てば、また情を移してしまうかもしれないからだ。
今のリキューにとって、サイヤ人と繋がりを作ってしまうことは苦痛でしかないのである。
リキューが鍛錬の名の下、半ば引き篭もった生活をしているのも、単純に強くなりたいという理由だけではなく、こういったことも関係していたのだろう。
「ぶるぁ、それじゃ吾輩は帰らせてもらうぞ」
全くひどい目にあったぜと言いながら、顔に五指が食い込んだ痕を残したメカニックが立ち上がる。
先程まで泡を吹いて倒れていたにもかかわらず、その早い回復に軽くリキューは驚く。
が、所詮はどうでもいいことである。
治療ポッドのマニュアルを眺めながら、リキューは無言で手だけを振ってやった。メカニックも同じ様に手を振る。
なんだかんだでこの二人、馴染み深い仲となっていた。
「まぁ、その治療ポッドもお前の親父の作品だからな。丁寧に使ってやりなー」
「………………は?」
部屋を出る間際に発せられたメカニックの言葉に、何か予想外の情報が混じっていた気がしたリキューは、呆けた声を上げてメカニックに顔を向けた。
その反応に、逆に意外そうにメカニックが返す。
「なんだ? お前知らなかったのか? その治療ポッドはお前の親父のチームが改良した、最新式のタイプだぞ?」
「親父が? ………これを?」
呆然としたまま、リキューは傍らの治療ポッドを見つめる。
おうと、踏ん反り返りながらメカニックが言う。
「お前がガートンの息子だって聞いたからな、せっかくの親子だ。吾輩がちびっと粋なサービスを用意してやったぜ」
結構苦労したんだぜー用意するのはー、というメカニックの戯言を聞き流しつつ、リキューは沈黙していた。
すぐ傍に置かれている治療ポッド。これに存在していた、実の父との繋がり。
リキューは、何故か急に気分が悪くなった。
吐き気が沸き上がり、不快感だけが増す。原因は分からなかった。
とりあえずメカニックに対し、威力を押さえた気弾をぶち当てて、己の視界から姿を追い出す。
マニュアルを置き、寝室へ向かう。
早速鍛錬を開始しようと思っていたのだが、リキューはその予定を今日だけは取りやめることにする。
バトルジャケットを脱ぎ捨て、ベッドに横になる。吐き気は、収まらなかった。
リキューは、この吐き気の原因が全く分からなかった。しかし一晩寝れば治るだろうと思った。
そして明日には治るよう祈りながら、リキューは目を瞑ったのだった。
とても、気分が悪かった。
―――あとがき。
オリ設定は永遠です。作者です。
急いで仕上げた後編。なにか予想以上に伸びた後編。
戦闘描写が困る。躍動感とこざっぱりさを併せ持った分は書けないものか?
感想は私というエンジンを動かすニトロです。本当にありがとうございます。
うちのリキューはヘタレです。実は書いてて楽なキャラ。それは私もヘタレだから。
感想と批評待ってマース。