ポコポコという微音と、自分の心音が聞こえていた。
ゆらゆらと、まるで水中の中にいる様に身体が揺らいでいる感覚。
それがとても心地いい。
呼吸の度に、気泡の弾ける音がする。
それがより一層、深海の中をイメージさせた。
癒される。
全身の疲労が、傷が、癒されていく。
夢心地の中で認識する。
癒され、代わりに活力が与えられる。
夢のようだった。
夢の中だった。
今までの俺の全てが些事に思え、そして全てから解放されていた。
母の胎の中にいるような、無償の安らぎ。
ずっと最後まで、俺が、自分というものが薄められた状態。
夢幻の境界。
―――そして、目覚めを告げる無機質な音が割り込む。
夢は、終わりだ。
リキューがあわや臨死体験をしてしまってから、三ヶ月。
その生活スタイルは、以前から一点を除いて変わってはいなかった。
相変わらず一日の大半はネクシャリズムの勉学で費やされていたし、鍛錬も残った僅かな時間を用いて行っていたのだ。
変わった一点とは、それらを行う場所である。
リキューはこれらの行動と、それ以外の寝食といったほぼ日常活動の全てを、重力制御訓練室で過ごしすようにしていたのだ。
当初リキューは、普通に鍛錬の時間のみに重力室を利用していた。
しかし数日の利用の後に、より長時間、できれば24時間ずっと重力下で過ごした方が、もっと飛躍的・効率的に効果があるだろうと悟ったのだ。
そうと考え付くと、リキューの行動は早かった。
テキストや家具といった必要品を重力室へ運びこみ、他にも馴染みとなった爬虫類系メカニックの元へ赴き、食糧設備や浴室といった重力室の設備の増設を依頼したのだ。
そしていい加減にしやがれゴルァといった文句を言いながらもメカニックが仕事をこなした後には、勉強から寝食まで全てを重力室で行う、半引き篭もり修行生活に入ったのである。
ゴトリと、飲み干したカップを置く。
起動している教育AIの言葉を聞きながら、リキューはテキストを読み進める。
「相転移………インフレーション理論? 波動量子論の応用解釈?」
何が何だか……と、ペンでこめかみを押さえながら何度も読み直す。
真面目に学習を重ねているリキューであるが、まだまだテクノロジストとして名乗れるほど知識は備わっていなかった。
一人前のテクノロジストとして名乗るには、例えこのまま真面目に勤めたところで、少なくとも後数年はかかるだろう見込みである。
実のところ、リキューの本音を言えば、学習する時間などは惜しんで鍛錬に費やしたところではある。
しかしそれはできない。
本末転倒というべきか、なんというべきか。
リキューはより効率的な修練方法を求めて、重力室の製作や居住設備の増設を行った。
しかしこの行為によって、リキューはフリーザ軍という組織により大きな“借し”を作ってしまったのだ。
さすがにこれらの設備を、しかも一介のテクノロジストのさらにそれ以下の身分の個人に、無償では手に入らない。
そしてこの作ってしまった“借し”は、テクノロジストとして所属しているリキューにとって返すことが難しい大きさのものであった。
戦闘員であるならば、返すことは難しくはない。
基本的に、テクノロジストよりも戦闘員の方が、功績をたてる機会も与えられる給与も大きいからである。
もちろんテクノロジストでも治療ポッドの開発や、身近で言えばサイバイマンの発明など、そういった大きく貢献した者などに対しては、きちんと報酬は得られるし給与や他の待遇も良くなる。
しかしそういった功績のないテクノロジストの待遇は、一般的な戦闘員よりも低いものであるのだ。
組織自体に少なからずの戦闘力至上主義の傾向があることもあったが、やはり前線で命を賭ける者と賭けない者との差があるのである。
またいくら功績を上げれば待遇が良くなるとは言え、テクノロジストの場合では戦闘員のソレよりも、その難易度は遥かに高い。
既存の技術の画期的なバージョンアップを行うにしても、全く新しい技術を開発するにしても、単純に知力ではなく発想・センス的な要素も求められるからである。
難易度が高い分、逆に一度功績を認められれば待遇はそこらの戦闘員などよりもずっと良くはなるのだが、前提が厳しいことは変わらない。
しかし、リキューに他の手段を選ぶ余裕はない。
前述したが、フリーザ軍は決して健全な組織ではないのだ。
ただの無駄飯ぐらい、あるいは能無しな人材なぞはおろか、フリーザの機嫌を損ねたというだけで、あっさり人が消される世界なのである。
すでに大きな“借し”を作ってしまっているリキューは、早めに“借し”に見合うだけの功績を示さなければ、比喩ではなく消されてしまう状態にあったのだ。
そしておそらく、その猶予はそう長くはない。
遅くて二十歳までには功績を出さなければ、消されるだろう。リキューは周囲の話からそう予測していた。
さらに言えば、この予測はあくまでも希望的観測のものであり、もっと早くなる可能性は十分にあるということもリキューは気付いていた。
そうなる前にフリーザをも倒させるほど強くなれば問題はないが、しかし現実にはそこまで強くなる前にリミットが来る可能性の方が高い。
ゆえにリキューは目的を果たすためにも、また自分の命を繋ぐためにも、なんらかの功績を出し早急に“借し”の返済をしなければならなかったのだ。
込められているニュアンスや求められている行動に多少の差異があるが、リキューの現状はいわば闇金融に多額の借金を作っているようなものである。
つまり端的に言って、崖っぷちであったのだ。
例え本意ではないとしても励まなくてはならない理由が、より切実なものとなってリキューに出来ていたのである。
ちなみに、リキューがこの予想外極まる崖っぷちの状況に対して気が付いたのは、メカニックによって重力室の環境設備が整えられたその時のことである、
準備が整い意気揚々としていたリキューにさり気なく、“んじゃかかった費用についてはまたお前の個人名義で申請しといたかなー”と言って立ち去ろうとしたメカニックに問い詰めて、初めて判明したのである。
思わず驚愕に呆然となったリキューに対して、また不遜な態度で“当たり前だろうがアホウ、こんな大がかりなもんをただで用意してやる訳ないだろうが。ぶるぁ”とメカニックは言ってのけた。
理屈としては正しいのだろうが、それはそれとして激しい憤りが沸き上がったのは別問題だろう。
とりあえずこの時、リキューはそう思った。
そしてその後に、技術工廠近くで犬神家状態のとあるメカニックの姿があったとかなかったとか。
閑話休題。
そのままテキストの読解を進め数時間。
本日のノルマを終えて、リキューは道具を片付けると恒例である鍛錬に取り組む。
やる内容は依然とさして変わらない。
高重力の下で、腕立てや腹筋、あるいは全力を維持したままの長時間ランニングなどである。
「ふう……」
汗で溜まりができるほど運動した後、リキューは一呼吸し息を落ち着かせる。
そして身体を少し落ち着かせ、今度は肩幅ほどに足を開くと、腕を曲げて両肘を腰に接し、力を集中させる。
「ぐ……ぎ………がッ」
額に血管を浮かべながら集中すること、おおよそ十秒前後。
ようやく浮力が働き、リキューの身体が宙に浮く。
そのままゆっくりと上昇すると、身体が地から3mほどまで浮いたところで止まる。
血管を浮かべさせたまま、極限まで集中し、リキューはその体勢を維持する。
舞空術は“気”を用いて浮遊しているが、その原理は反重力を発生させている訳ではなく、方向性のある力を発生させて浮いている状態を保っているのである。
当然働きかける対象の重量が重くなれば、要する“気”の大きさも相応に大きくなり、難度も高くなる。
とはいえ、現在の室内で働いている重力は12倍。
重力によって生じるリキュー自身のたかが450kg程度の体重ならば、浮遊させること自体は現在のリキューの戦闘力から見て、そう苦労することではない。
しかし、現にリキューはこの行為に対して極めて多大な労力を払っていた。
この理由は、また別のところにあったのだ。
「ぐ、ぬ………」
“気”を操り、移動を始めるリキュー。
部屋の中央に設置されている、支柱の重力制御ユニットを中心の基点とし、緩やかな歩くほどの速度で、部屋を回転するように飛行する。
しかし、途端に猛烈な吐き気がリキューを襲う。
即座に反応し、速度の維持を意識しつつ“気”を操作し、脳機能の維持へ回す。
だがまたその次に、今度は胸部や腹部に不調が発生する。
次々と発生する体調の不良に、その都度リキューは意識を割き、“気”のコントロールを行い対処していく。
そしてようやくコンディションを万全に整えたかと思えたが、しかしその時にはいつの間にか疎かにしていたのか、舞空術の維持は解かれて地に足が付いていた。
リキューは一旦切上げることにし、張り詰めた気を緩める。
そしてそのまま倒れて、地に両腕を付けて息を荒げた。
ぎらりと強い眼差しを見せながらも、その心は不甲斐なさに憤る。
「はぁ、はぁ………ちく……しょう………」
“気”のコントロールの不得手。
端的に言って、リキューの行っているこの鍛錬を多大な労力を払うものとさせている原因はこれである。
超重力下にあって、十全に動ける理由。
それはつまり、“気”を使って体内の内臓器官の働きを保護・強化しているからに他ならない。
これは簡単に言えば、つまりリキューの体内は超重力下にあっても最適な環境を、疑似的に保持しているということである。
ゆえに、本来ならば器官不全に陥り、到底活動できない筈の超重力下にあっての活動をも、可能としているのである。
しかし、本来片手間というほどの意識もかけずに行えるこの技術も、リキューにとっては簡単なものではなかった。
当初、リキューが鍛錬の開始に当たって設定した重力は10倍である。
これは20倍の重力時に死にかけたことで、自分の未熟と幼少時の重力下生活を忘れ果てていることを実感したからである。
幸いにして昔経験していたおかげか、リキューはこの重力での日常生活に一週間ほどで慣れることができた。
しかし、それはあくまで日常生活についてである。
トレーニングなど激しい運動を行った場合、それも特に舞空術や気功波といった“気”を用いた鍛錬を行った場合には、リキューは恒常的に著しい体調不良や肉体的疲労ないし負傷に襲われていた。
これは、“気”のコントロールの意識が別の事柄に取られ、体内環境の維持を保てなかったがゆえに起こったことである。
つまり、内蔵器官の守りがお留守になっていたのだ。“気”のコントロールが未熟であるがゆえに、“気”の操作の両立が出来ていないのである。
ゆえに本格的な、特に“気”を使った鍛錬を行おうとすると、“気”の守りが疎かになった内臓器官が超重力の影響を受けて体調の悪化を招くのだ。
もちろん、この体内環境の保護・強化に要される“気”の大きさも、舞空術と同じように負荷される重力の大きさによって増大するし、求められるコントロールはより繊細なものとなる。
重力が大きくなればなるほど、“気”のコントロールはシビアなものとなるのだ。
しかし、仮に他のサイヤ人や原作のZ戦士が同じ超重力下にいたとしても、このリキューの例ほど苦しむことはないだろう。
これは高い戦闘力を持っていながら、それに反比例するように“気”のコントロールが不得手であるリキューだからこそ起きている現象なのだ。
本来ならば、戦闘力が1000程度もあれば10倍の重力下での活動はエネルギー的に十分なのであり、そしてこの数値は“気”の扱いが巧みになるほどより小さく済むのである。
つまりリキューが重力修行に手間取っている理由は、一重に“気”のコントロールという一点に全てが収斂されるのだ。
そして結局、本来ならば最下級戦士とて簡単に克服出来る筈の10倍の重力にリキューがなんとか及第点と判断できる程度に慣れたのは、鍛錬を始めてから一ヶ月も経った後のことだったのである。
「はぁ……はぁ……ッハァ!!」
全身にのしかかる様にかかる、重力のプレッシャーを跳ね除けて立ち上がる。
そして今度は全身に気を纏い、地を全力で駆け抜ける。
いかにコンディションを維持しつつ、自らの限界まで速度とスタミナを発揮できるか?
平時の自らの動きを目標とし、ただ円運動を描いて走る。
速度を上げて“気”の扱いを疎かにすれば、途端に体調は悪化する。
かといって的確なコントロールを怠れば、体力はすぐに底を突く。
求められるのは“気”の精密の扱い、加えてそれが無意識に実行できるだけの感覚。
だがなにより、最低どんな状況であっても体内の環境を保てるだけの“気”のコントロールを覚えるべきである。リキューはそう認識していた。
現在の設定重力は12倍。
リキューは基本的に、鍛錬以外の日常時に差し支えがない程度に成長したときを目安に、重力の数値を増やしている。
テクノロジストとしての学習がある分、さすがに日常に本格的な差し支えできる程、急激に重力を増やすことはできないのだ。
だがしかし、この重力室の修行は確実に現在のリキューに素晴らしい効果を与えていた。
さすが原作において多用された修行方法というべきか、この修行は特に現在のリキューに対して非常に効率的であったのだ。
常に全身に重力という負荷が与えられることによって、全体的に身体が鍛えられることは言うまでもない。
“気”で保護されているとはいえ、内臓器官も重力の影響を受けていることに変わりはない。
この一時的な効果によって、本来はそうそう鍛えられない筈の肉体の内面まで磨き上げることが可能となっているのだ。
これは簡単に言えば、非常にタフで強靭な身体が作られるということである。これだけで十分に素晴らしい効果を発揮しているだろう。
しかし加えて、二次的な効果もこの修行にはあった。
それは即ち、前述した“気”のコントロールである。
強烈な超重力から生理機能を守るために、恒常的な“気”のコントロールもこの修行では求められるのだ。
つまりこの修行は、リキューが最も改善すべき“気”のコントロールと身体のシェイプアップの二つを同時に行える、一石二鳥の効果を秘めているということである。
十分ほどの後、リキューは覚束なくなった足の動きを止めて、その場に仰向けに倒れ込んだ。
呼吸は荒く、全身から熱気を立ち昇らせている。
「がはぁッ、ハァ、ハァ、ハァ」
全身のエネルギーを使い果たし、さすがにもう動くだけの余力はなかった。
僅かに残った“気”を掻き集めて、それを身体の内への護りに回す。
サイヤ人という種の生態的な要素もあるのだろう。特に激しい運動さえしなければ、無意識の操作で内臓器官の最低限の保護をする程度は、リキューでも行えるようになっていた。
ともあれ、今日の鍛錬はもう終了である。
時間そのものはまだ余裕があったのだが、体力が持たないのだ。
以前に比べて格段に効率が良い修行とはいえ、その分リキューの消耗が極めて激しいのである。
テクノロジストとしての学習も怠ける訳にはいかないため、明日への疲れを残す引き際を誤り鍛錬を続ける訳にもいかなかった。
よろよろと立ち上がり、リキューはそのまま浴室へ移動しシャワーを浴びる。
そして身体を清めながらも、リキューは考えていた。
(………時間が勿体ない)
消耗が激しいがゆえに余ってしまった、せっかくの鍛錬の時間が無駄となっているのである。
普通ならば休憩時間が多くなり喜ぶところだが、リキューは逆に不満であった。
効率的な修行である以上、この場はより絞り集中して鍛え上げるべきなのだ。
ただですら時間的余裕に乏しく、僅かにしか捻出されない鍛練の時間である。
しかしリキューは“気”のコントロールが未熟であるために、ほぼ毎回鍛錬の時間を使い切る前に疲弊してしまうのだ。
それが自分の力量であるのだから、仕方がないと言えば仕方がない。
だがしかし、だからといって納得できるものでもない。
よりパワーアップを見込める機会なのだ。それを逃したくないと考えるのは、サイヤ人としては普通であった。
全身をタオルで拭い、アンダースーツだけを着込むとそのままベッドに寝転ぶ。
超重力によって450kg前後にまで重量を増したその身体を、ツフル人の科学によって作られたベッドは易々と受け止める。
そして快適な寝心地を、リキューにプレゼントする。
だが眠りに誘われながらも、リキューの脳裏には一つの思いだけが残っていた。
(―――この問題、どうにか解決できないか……)
そうずっと考えながら、意識がシフトし眠りにつく。
そしてリキューは数日の後、非常に強引な手段を以って、この問題の答えを出すのであった。
一つの星が、今終わりを迎えようとしていた。
肥沃ではなくとも命があり、大地と空の恵みがもたらされていた、隠匿されし星。
だが、その星に今や恵みは存在していなかった。
星の表面に走る異様な巨大根が大地を砕き、急激に吸い上げられる水源に海が干上がる。
数億年先までの寿命を持ったであろう生命力は、その一片まで略奪されていった。
滅びゆく星。
その中、一つの村落が消え去ろうとしていた。
突如として発生した大地震に家屋が倒壊し、間を置かず地を割って現れた巨大な根の群れに、逃げ惑う人々が呑み込まれていった。
混乱に叫ばれる悲鳴。嘆きに満ちた絶叫。
子を連れて逃げた母親が、親子ともども地割れに呑み込まれた。
逃げ遅れた老婆が、倒壊する家屋に押し潰された。
皆を指揮し避難していた一団が、巨大な根の行進に巻き込まれ轢殺された。
阿鼻叫喚の地獄。
ほんの数時間前までは日常であった筈の光景は、すでに消え果てた。
絶望し、膝をついた村の長が、呆然と事態を見る。
「ま、まさか……よもやこれは、し……神精樹の封印が、解かれたというのか」
そして長もまた、背後から現れ出でた巨大根に圧殺された。
同じ光景は、この星の全ての村々で見られた。
そして皆この事態の原因に思い至り、絶望に屈伏して死んでいったのだった。
「こいつはすごいな………」
上空から俯瞰し、思わず感嘆の声を漏らす。
ターレスは樹木によって行われる蹂躙、その全てを見ていた。
見る間もなく星が枯れ果てていく様は、何とも表現しがたいカタルシスを与えるものだった。
宿主である大地に対して共生ではなく一歩的な搾取を行うその行動は、本来の植物の在り方として、埒外のものである。
明らかにこの樹木は成長速度だとか以前に、どこかがおかしかった。
「“神からの賜物”か………ホラにしか過ぎないと思っていたが、あながち嘘ではなかったようだ」
数時間前に放り投げた、一粒の種子を思い出す。
考えられる原因はそれだけだった。
ターレスは神精樹に向かって移動する。
近くで見れば、よりこの樹木の威容が見て取れた。
そして観察しながら上昇を続け、樹の中頃に空洞を見つけると、丁度良いとばかりに入り込み着地する。
振り返って地を見渡せば、視界には根に覆われて生命力の限りを吸い取られ、砂漠化が進み始めている大地が垣間見えた。
「しかし、後生大事に守ってきたものに滅ぼされるとはな………なんともまぁ愉快な話だぜ」
ターレスはあまりのその道化具合に、嘲笑し扱き下ろす。
そして地上に背を向けると、空洞の中へ踏み入る。
空洞の中は思った以上に広く、ドーム状に開けた空間があった。
全体を眺めながら、ゆっくりと歩みを進める。
そしてふと、ターレスは天井を眺めてるとき、あるものに気付く。
たった一つだけ存在している、赤色の小さな物体。
宙に浮き、近くまで近付いて観察する。
「これは………実か?」
丸くとげとげとしたその物体は、確かに実であった。
他にもないかターレスは見渡してみるが、見当たる様子はない。
今ターレスの手元に収められている、たった一つだけしか実はなかった。
こんなにも巨大な樹木であるにもかかわらず実がこれだけとは、非常にアンバランスな話だった。
「この樹が確か“神からの賜物”ということは、だ。その実であるこれは、さしずめ神にだけ食べることを許されたもの、といったところか?」
安直な推察をして、興味深く実を眺めながら手に取って見る。
実はまだ張りも色艶も褪せていて熟しているようではなかったが、成長速度から考えれば完熟するのもすぐだろう。
面白い。ターレスは素直に思う。
是非ともこの実を食べてみたいという、強い欲求が沸いてきていた。
「星を丸ごと糧にした樹の実か………どんな味がするか、楽しみだぜ」
期待に口の端を吊り上げる。
しかし、ふと唐突に、ターレスはある違和を感じ取った。
実から手を離し、素早く地に降り立つと空洞から出て、外の様子を見る。
そして、ターレスは感じ取った違和の元凶をその目で見た。
怪訝そうに眉を顰め、ターレスは呟く。
「宇宙船だと………俺たちのものではない、どこの奴らだ?」
ターレスの眼前。
日が陰り生命を吸われ枯れ果てた大地に、一隻の巨大宇宙船が四脚の足を広げて、降り立っていた。
地に足を広げ降り立った巨大宇宙船が、大気摩擦の名残を陽炎として示す。
網目状に張り巡らされた邪魔な根を、強引に粉砕してその宇宙船は着地していた。
急速冷却され、機体の表面温度が素早く冷やされる。
やがて準備が整うと、宇宙船の一角が開き足場が下ろされる。
そして中から、統率のとれた動作で多くの兵士が現れた。
彼らは皆ヘルメットを被り、そしてその服装はフリーザ軍とは異なる意匠のものであった。
その彼らの眼前に、ターレスは降り立つ。
「貴様ら、いったい何者だ?」
スカウターを操作し、目の前の兵士たちを調べる。
表示された数値は500前後。
一兵士としては中々の戦闘力を持っている。
これだけの戦力を持ってフリーザ軍に与しない集団があることに、正直ターレスは驚いた。
「ほう……その姿、貴様フリーザの配下のものだな」
「ん……?」
兵士たちの間から、数人の人間が進み出る。
その中の一人がヘルメットを外す。
「どうやら、あの樹木のおかげで日も欠けているようだな。おい、全員ヘルメットを外せ!」
「っへ、そいつは好都合だぜ」
「ケケケ!」
その言葉を聞いて、他の兵士たちもヘルメットを外す。
久しく味わう地上の爽快感に、声が上がった。
そして着込んでいた防護服を破り捨て、姿を露わにした目の前のリーダー格がターレスに口を開く。
「我々は大宇宙の王であられるスラッグ様、その忠実なる配下」
「スラッグだと………?」
その名前に、僅かな聞き覚えをターレスは感じた。
しかし答えは出ずに、そして出す猶予は与えられなかった。
「おいアンギラ、あいつを殺しちまっても別にいいよな?」
「なんだと?」
聞き捨てならない言葉に、こめかみを動かす。
しかしターレスの反応などは無視し、彼らは会話を続けた。
巨漢の鬼のような男の言葉に、アンギラと呼ばれた優男の風貌をした者は少しだけ考え込む。
しかしすぐに答えは出した。
「まぁ、いいだろう。どうやらこの星が見つかったのも、どうせ奴が原住民を皆殺しにしたのが原因だろう。さして生かす理由もない」
「へっへっへ、なら俺にやらさせてもらおうか。ずっと宇宙船の中にいたおかげで、身体が錆び付いてたまらねぇからな」
「ケケケ、ずるいぜゼウエン」
「そうダボ。俺だって身体は鈍っているダボよ」
「うるせえ! 俺が最初に目を付けたんだ、文句は言わせぇぜ!」
ほんのウォーミングアップ扱いに、ターレスの意識が怒りに染まる。
スカウターに表示される目の前の者どもの戦闘力は、全て1000前後。
いくら下級戦士であるとはいえ、この程度の戦闘力はターレスの敵ではない。
ターレスは抱いた怒りのまま、行動に移す。
「貴様ら、図に乗るなよ。死ねぃ!!」
呑気に無駄話をしている目の前の雑魚を標的に、両手を振りかざしエネルギー波を打ち出す。
違わず命中、そして爆発。
さらに止まらず、連続してエネルギー弾を撃ち出す。
爆発が連続し、粉塵が巻き上げられる。
巻き込まれかねないと、慌てて周囲の一般兵が逃げ去るのも無視し、なおも攻撃を続行する。
「はぁーーッ!!」
数十発のエネルギー弾を叩き込んだ上に、止めに巨大なエネルギー球を形成。
爆煙の中に撃ち込む。
一際大きな爆発が起き、衝撃波が走る。
「ふん………雑魚の分際で、舐めた真似をするからこうなるのだ」
そう吐き捨てて、ターレスは優越に浸る。
所詮は低レベルな戦闘力しか持たない集団。自分に勝てる筈もないという自負が溢れていた。
しかし、それがただの勘違いに過ぎないと思い知らされるのはすぐであった。
閃光が走る。
未だ漂う粉塵の中から、ターレス目掛けて気功波が撃ち出された。
「なに!?」
慌てて宙に飛び立ち、回避する。
外れた気功波は、ターレスの背後にあった根に直撃して爆裂し、吹き飛ばす。
そして粉塵の中から、宙のターレスへ追い縋る影が飛び出す。
「ぐわははははーー!! 楽しませてくれよなぁッ!!」
「な!?」
現れたのは鬼のごとき強靭な肉体を持った巨漢、ゼウエン。
あそこまで叩きつけたエネルギー弾の影響を、その屈強な肉体は一切見せず。
彼は凄まじい速度で接近し、ターレスに反応させる間もなくその腹に膝蹴りをぶち込んだ。
尋常ではない威力が、バトルジャケットの超質ラバーの守りをも突き抜けて浸透する。
「が、か!」
「ぐはははは! おらおらぁ!!」
笑い声とともに、重い拳が何度も何度も繰り出される。
腹に打ち込まれ屈み込んだ次に顎を打ち上げられ、ふらついた横っ面を殴られたと思った瞬間に顎を掴まれ、ヘッドバッドを食らう。
サンドバック状態であった。
一撃一撃がとてつもなく強烈な威力を秘め、そして見た目とは裏腹に早く打ち込まれる拳に反撃の機会は見出せない。
手も足も出ず、ただ一方的に嬲られるしかなかった。
そしてようやくラッシュから解放されたかと思った一拍の間の後、ターレスは首に稲穂を狩る様に剛腕を叩き込まれ、そのまま上空から遥か先の大地まで吹き飛ばされる。
加速した勢いのまま、途中にあった木々をあっさり砕きながら大地に激突し、轟音を立てて身体が地に埋没する。
すでに晴れた煙の中、姿を現しその様子を見ていたアンギラが、面白くなさそうに喋る。
「っち、ゼウエンの奴め、一人で好き勝手楽しみやがって」
「全くだぜ、ケケ」
「ダボ」
傍らに立つ異形たちも、同じくその言葉に同調する。
彼らもまた誰一人、ターレスの攻撃に一切のダメージを受けていなかった。
ターレスのことなど余興にしかすぎない。そう言い切れるだけの圧倒的な実力を、彼らは持っていたのだ。
「がはぁ! はぁ、はぁ。くそ……いったいどういうことだ!? なぜ奴にこれほどの戦闘力がある!?」
埋まった身体を引きずり出しつつ、あまりにも異なる現実の有様にターレスは吐き捨てる。
その時、スカウターに捉えられている数値に気が付き、愕然とする。
「馬鹿な、戦闘力21000以上だと!? いったいどういうことだ!?」
あまりにも先程とは違いすぎる数値に、一瞬スカウターの故障かとターレスは思いこむ。
しかし、現実にゼウエンとの間には圧倒的な実力差があった。
それを考えると、不本意ではあるが故障とは考えにくい。
ゆえにターレスは、合理的に答えを弾き出した。
「まさか、戦闘力をコントロールできるというのか、奴らは!?」
通常、戦闘力は極端な変動をしない。
あったとして、全力を発揮することによる何割かの一時的な上昇がある程度で、巨大な戦闘力を持つものの戦闘力基準値は相応の大きさであるのだ。
ここまで極端に平時の戦闘力が落ち込んでるなど、普通では考えられない。
考えられないのだが……しかし、実はその法則に当て嵌まらないものも、存在しないこともないのだ。
例外として、この宇宙には少数ではあるが、戦闘力のコントロールを行える種族がいる。
その種族のものは、平時とは裏腹に戦闘時には、平時の何倍という通常では考えられない強大な戦闘力を発揮することがある。
そういう種族は宇宙全体から見ても非常にレアな存在であるのだが、しかし奴らがそうであるとターレスは結論付けざるを得なかった。
戦闘力という数値は、残酷なまでに絶対的な差を明確に示す。
ツフル人の遺した資料によれば、彼我の戦闘力の差が五割以上あれば、勝敗は確定されるとなっている。
テクニックや運といった要素による逆転の可能性があるのは精々、戦闘力の差が二割から三割までの間に収まっている時までなのだ。
そしてゼウエンの21000オーバーという戦闘力に対して、ターレスの戦闘力は1800。
これはつまり、どうあがいてもターレスに勝ち目はないということである。
「くそったれ、冗談ではない。あんな奴をまともに相手をしてられるか!」
いくら闘争本能の強いサイヤ人とはいえ、自殺願望があるわけではない。
確実に負けると分かる相手に挑む気は、ターレスにさらさらなかった。
幸いにして、周りは神精樹の根によって覆われている。隠れる場所には事欠かさない。
そして奴らがスカウターを付けていないことは確認していた、見つかる心配はない。
極力息を殺し、隠れながら移動を始める。無様な姿ではあったが、命あって物種だと考える。
その進む目的地は、乗ってきたポッドのある場所である。
すでに時間は十分に経ち、自動復旧は済んでいる筈。早々にこの星から離れ、奴らとはお別れをするつもりであった。
ターレスのこの行動は、彼我の戦闘力差も懸案に入れて生き残ることを考えた上では、最善のものだった。
しかしたった一つだけ、全てをご破算にする致命的な誤算があった。
それは、彼らゼウエンたちは原作のZ戦士たちと同じように、スカウターがなくとも居場所を感じ取れるということである。
突如、横合いから根を突き破って拳が飛び出てくる。
そして驚く暇もなく気功波が放射され、ターレスを吹き飛ばす。
「ぐぁあ!?」
「何処へ行く気だぁ、もっと俺を楽しませやがれ!」
根を引き裂きながらゼウエンが現れる。
何故居場所が分かったのか、疑問を挟む暇もない。
迷わず逃げよう飛び上った瞬間、その足を掴まれる。
「っく! 貴様、離せ!!」
ゼウエンの鼻っ面に、渾身のエネルギー弾を叩きつける。
しかし、それは正しく埃を巻き上げるだけの行為にしかならない。
無傷の顔を露わに、ゼウエンは掴んだ手に力を込める。
「がはははは! おらよっと!!」
「っぎゃ!」
ゼウエンはターレスの足をつかんだまま腕を振り回し、ありとあらゆる場所に叩きつけ回す。
それはさしずめ、傘でチャンバラごっこをする子供のような行為。
必死に抜け出そうともがくが、拘束から逃れることはできない。
そして何度も叩きつけられていく内に、容赦なくダメージが蓄積され身体を蝕んでいく。
散々叩きつけられボロボロになったところで、ゼウエンの目の前に身体を吊り下げられる。
「まだまだくたばるんじゃねぇぞ? 俺はまだ遊び足りないんだ」
「こ…の………野郎、が」
「ぐふふふ、どうやら心配はいらなぇみたいだな」
ゼウエンが手を離す。
そしてすかさず、まるでサッカーボールかのようにターレスを蹴り上げた。
根の囲いを自身の身体で破り突き抜きながら、また上空へとトンボ返りする。
ターレスはなけなしの力を発揮し、その場に制止し止まる。
すぐさま慌てながらゼウエンを探す。が、姿が一切見えない。
何処へ消えたのか? そう思った時、忠実に反応を示すスカウター。
反応は真後ろにあった。
そして振り向く前に、ターレスの後頭部に衝撃が走る。
意識が遠のく。
すでに背後に回っていたゼウエンが、ハンマーパンチを振り下ろしていたのだ。
そしてたたらを踏むターレスに、さらに続けて後ろ回し蹴りを放つ。
大気の膜を撃ち抜く、激烈な一撃。
人形のように力を失ったターレスの身体は、神精樹の方角へまた吹き飛び、そして幹を突き破った。
ばきゃと、厚い幹の層を自分の身体で粉砕して、ターレスが神精樹の中の空洞に現れる。
もはや受け身を取る力もなく、慣性に任されるままに転がる。
そしてようやく動きが止まり一時の間が出来たが、しかしターレスにパワーはもう残っていなかった。
ここまで戦闘力差がありながら命を保っている。そのことだけでもう奇跡に等しいのだ。
それも相手に遊び嬲る気持ちがあったがゆえにであるのだが、サイヤ人という生命力が強い種族であることも関係なしではない。
「お、おのれぇ………こ、こんなところで………死んで、たまるか!」
立ち上がるが、しかし数歩も進まない間にまた倒れる。
精も根もすでに尽き果てていた。
意思に身体が付いていかないのだ。
「くそ、動けッ。早く逃げなければ、奴がすぐに追ってくる!」
追いつかれれば、確実に命はない。
そう確信していたがために、ターレスも必死であった。
身体を叱咤し、ずるずると這いずりながらも必死に動き続ける。
ふと、ターレスの目の前に赤い物体が落ちてきた。
「? ……こいつは」
良く見てみれば、赤い物体は実であった。
それはターレスが見つけた、トゲトゲと独特の形をしたこの樹木の実であった。
ターレスの予想通りもう完熟したのか、先程見た時に比べてその色艶や張りは増していた。
手を実に伸ばす。
そして迷いなく実を掴むと、ターレスは一切の躊躇なくその実を齧った。
今は少しでもパワーが欲しかったのだ。
例え僅かでもあっても、それがたかだか樹の実一つだけに過ぎなくても、パワーとなり得るものを逃す気はなかった。
しかしこの行動が、ターレスの命を救いそして、思いがけもない素晴らしき福音をもたらすこととなるのだった。
味はまぁまぁ、それなりに美味な味わいであった。
そして咀嚼した実を飲み干した時、ターレスの身体に異変が生じる。
「ん? …………ッぐ!?」
ボキュッと一瞬の内に右腕の筋肉が膨張し、そして思いもよらぬ変化に、手の中にあった神精樹の実が圧力に弾け飛ぶ。
右腕の筋肉だけではない。
左腕も右足も左足も、全身の筋肉という筋肉が膨張し増大し、そして反発するよう発生した強力な拘引力に小さく纏められ圧縮される。
筋肉だけではない。
強力に増大した筋肉に合わせ、全身の骨格もまた変質を始めていた。
新陳代謝が刹那の間に高まり、骨というものの材質レベルで強固さが高まっていたのだ。
尋常ならざる肉体強化が、全身のあらゆる部位でバランスを損なうことなく行われたのである。
そしてげに恐ろしきことに、これらの工程は開始から終了まで二秒と掛からなかった。
信じられない様子で、ターレスは立ち上げって自分の身体の様子を見ている。
あれほどまでに痛めつけられていた身体のダメージが、完全に消えていたのだ。
加えて、引き換えに溢れ満ちる尋常ならざるパワー。
全てが信じられない、正に化かされているかのような事態である。
しかし、これは夢でも幻でもない。紛れもない現実であった。
ターレスの口元が、釣り上がる。
「なるほど、“神からの賜物”か………くくく、はっはっはっは!! こいつは素晴らしいぜ!! まさかこんな代物だったとはな! こいつは明らかに下級戦士のパワーはおろか、エリートのそれすら超えている!!」
最上の贈り物に、思わずターレスはこれを賜った神とやらに感謝を捧げた。
手を握りしめ、拳に“気”を纏わせる。
「勝てる………この力さえあれば、もはやあんな奴らなど俺の敵ではない! ………ん?」
丁度、その時スカウターが反応を示す。
反応の方向へターレスが目を向けると、自身が現れた方向の幹が爆砕する。
煙を払い現れたのは、ゼウエンであった。
ゼウエンはターレスを見つけると、思った以上にまだ平気そうな姿を見て感嘆した。
「ほう、まだ元気そうじゃねえか。だがさすがにもうお前で遊ぶのにも飽きた。もう終わらせてもらうぜぇ? ぐふふ……」
全く自分の優位を疑わない態度。
当然である。先程まで目の前の男、ターレスをボロクズの様に扱っていたのは誰だというのだろうか?
ゼウエンはそのことを良く知っていた。
ゆえに余裕と慢心を貼り付け、悠々と止めを刺しに行く。
好きに扱い、好きに壊す。それが強者の権利である。弱肉強食の論理である。
ゼウエンも、ターレスも、そのルールの世界にそのルールに従って生きているのだ。
「グワッ!!」
ゼウエンの姿が掻き消える。
この早さの動きに、ターレスが付いてこれないということはすでに証明済みであった。
一瞬でゼウエンがターレスの背に現れる。
そして、大きく振りかぶった一撃を見舞おうとする。
振り抜かれるこの一撃は、ターレスの頭蓋を砕き命を奪う筈であった。それが道理だった。
だがそれは過去形である。もはやその道理は通用しない。
ゼウエンの拳が、空を切る。
ターレスが僅かに首を動かし、狙いを外したのだ。
そのままターレスは片腕を上げ、顔のすぐ傍を通っているゼウエンの腕を引き戻される前に絡み取り、動きを封じた。
「なんだと!?」
「よくもまぁ、散々痛みつけてくれたな」
ゼウエンが腕を戻そうと動かすが、微動だにしない。
完全にパワー負けしていたのだ。先程まで嬲っていた輩にだ。
嗜虐心に溢れた表情をしながら、ターレスが言い放つ。
「お返しだ……じっくりと味わえ!」
ゼウエンの腹に、刹那の速度で肘打ちが入る。
突き抜けるのではないかという程、それはゼウエンの腹を歪ませ深くねじ込まれた。
ゼウエンにとって、想定外且つ規格外の一撃。
ターレスが腕を開放すると、そのままよろよろと腹を押さえて後ずさる。
「な、がぁッ!?」
「どうした? まだまだこんなものではないぞ?」
攻守逆転。
今までの力関係の逆転した姿が、そこにあった。
「ば、馬鹿な……な、何が起きた!? なぜいきなり、これ程のパワーが……」
ゼウエンが面を上げる。
そこには嘲笑しながら見下す、ターレスの顔があった。
「さぁ、お楽しみはここからだ」
光が迸る。
遠く存在する巨大な樹木、神精樹の中腹が輝き、そして光の中から一つの影が弾き出される。
その影を追撃し、また一つ現れる影。
そして繰り広げられる攻防は、目に見えて優劣が明らかであった。
追撃されている影は分かり易いほど翻弄され、嬲られ、吹き飛ばされていた。
追撃している影は分かり易いほど翻弄し、嬲り、吹き飛ばしていた。
その様を見て、アンギラは不機嫌そうに呟く。
「っち、ゼウエンの奴め……いつまで遊んでやがる。とっとと終わらせ戻って来い!!」
その声が届いたのか、追撃する影の動きが変わる。
まとわりつき嬲る様にジワジワと攻撃を加えていた動きを止め、一旦大きく距離を離す。
その距離は助走距離だった。
開いた距離を利用し加速し、そして勢いを増した影は、そのまま減速せずにもう一つの影に接触。
そのままビリヤードの玉のように押し出され、もう一つの影は全ての運動エネルギーを受け持って吹き飛ばされた。
ようやく終わりかと、アンギラが思う。
しかし傍にいた小柄な緑色の肌の者――メダマッチョが、その考えを吹き飛ばした。
近付き大きくなってくる、吹き飛ばされた影を観察していたメダマッチョが驚愕混じりに叫ぶ。
「ケ、ケケケ!? ち、違うぞッ!? あれは、あの飛んできている影がゼウエンだ!!」
「何だと!?」
ドズンと、アンギラのすぐ近くの地面に、吹き飛ばされた影が叩き付けられる。
その正体を確認した、周囲の一般兵が声を上げた。
「ぜ、ゼウエン様だ!?」
「なんだって! そんな馬鹿な!?」
横たわっているゼウエンの姿は、見るも無残な姿であった。
そして周りの一般兵同様、アンギラもまたその姿を確認し、驚きに支配されていた。
それはメダマッチョともう一人の異形――ドロダボの二人も一緒である。
ゼウエンの実力は自分たちとそう違わないのである。
にもかかわらず、辛うじて息があるもののこうもボロボロにされるとは、予想外にもほどがあった。
そして、そんな彼らにかけられる声があった。
「よう」
振り向いたアンギラたちは、その声の主を確かめて大きく驚く。
ゼウエンによってボロクズの様に嬲られていた者・ターレスが、ピンピンとした姿でいたからである。
「!? 貴様はッ!」
「ま、まさか……お前がこれをやったダボか!?」
「そうさ。たっぷりと借りを作っていたからな、丁重にお返しさせてもらった」
嘲りながら、ターレスはそう言い放つ。
アンギラたちはその言葉を聞き届けた時には、もう臨戦態勢に入っていた。
どういった訳かは知らないが、目の前の男の戦闘力が著しく上昇していることを感じ取ったからである。
さっきまでとは違う。もう目の前の男は、油断のできる相手ではないのだ。
ターレスが両手を広げ挑発する。
「さぁ、かかってくるがいい。ゴミどもを、全員まとめて相手をしてやる」
「貴様……図に乗るなよ。俺達三人を相手に、勝てるとでも思っているのか?」
「ふん、貴様らこそたかだか三人風情で、この俺を止められると思っているのか?」
「この野郎…舐めるなダボッ」
「泣き面を拝ませてやるぜ、キキ!」
アンギラたちが散る。
ターレスを中心に置き、等線上に間隔を開いて立つ。
そしてそのさらに外側を、一般兵たちが群がり円形の場を作り出していた。
しかし包囲されたにもかかわらず、ターレスはその表情に未だ余裕を保っていた。
その程度何でもない。ターレスは全身でそう語っていた。
「舐めやがって……」
憤りに頭を支配されるアンギラ。
そして彼が怒りに駆られて攻撃を開始しようとした、その時。
場の空気を冷ます、絶対的な声が割り入った。
「全員、待てぃ」
「す…………スラッグ様!?」
「ん?」
声に、ターレスを除く全ての者が反応し、視線を巨大宇宙船の方向へ向ける。
そこにはローブのようなものを羽織った、年経た人間がいた。
そのローブの隙間から垣間見える肌は、緑色をしている。
一見して、ただの老人にしか見えない。
しかし、アンギラもメダマッチョもドロメダも周りを囲む全ての一般兵も、即ちこの場にいるターレス以外の全ての人間が、彼を恐れていた。
「……何者だ、貴様?」
無遠慮にターレスは問いかける。
そしてターレスの言葉に、ローブを羽織った者は手に摘まんだ一粒の錠剤を噛み砕き、答えた。
「儂か? 儂の名はスラッグ。この宇宙のありとあらゆるものを支配し頂点に立つ者……大宇宙の王じゃ」
名乗り上げる、ローブを羽織った者――スラッグ。
その身から発せられる“気”は、凄まじいまでの邪気を含む。
紛れもなく、邪悪。
そしてその大宇宙の王と名乗るスラッグの視線は、しっかりとターレスの目を捉えていた。
――あとがき
あうち、本来一話に収める話が分割することになってしまった。
なるだけ早く次の話を出そうと思います。
感想が来てくれるということは、まだまだ私は書き続けられるってことです。
サンキュー! あざーっす!!
屁理屈は好きですか? 私は大好きです。
10話ぐらい行ったらチラ裏から移動しようかと思っているこの頃。
感想・批評待ってマース。