おそらくはこの世界に生まれて、初めて抱いた思い。
この手で、フリーザを倒す。
ベジータ王を超えた戦闘力の持ち主を従える、さらに強大な存在。
自分でも無謀としか思えない。
少なくとも、今のままでは触れさえできないだろう。
だから、そこまで分かっているのだから……俺が取るべきは道は、はなっから一つしかない。
フリーザをこの手で倒す。それを諦めるつもりはない。
無謀に挑む気もない。自殺願望なんぞ持っちゃいない。
なら、最後に残った一つは決まっている。
「戦闘民族を舐めるなよ……フリーザ」
そのまま衝動に従うように笑ってみた。
意外と、悪い気はしなかった。
惑星ベジータに現れたフリーザの手によって、サイヤ人はその生活をまた新たにしていた。
まず初めに、多くのフリーザ傘下のテクノロジストたちが惑星ベジータへと降り立ち、彼らは随所の施設へと散らばっていった。
彼らは絶対的に不足していた文官、あるいはメカニックといった、サイヤ人たちが忌避する傾向であった裏方的仕事を担い、その生活をより文明的且つ快適なものへと変えていったのだ。
宇宙船の航行プログラムも彼らの手ですでに修正され、自由に使用が可能となっていた。
だが、そんなことより何よりも、サイヤ人たちを喜ばせた変化は別にあった。
それはフリーザ軍への編入であった。
サイヤ人はその一党をフリーザの配下として軍団に取り込まれ、その実行部隊の一人として働くようになったのだ。
もちろん、当初はサイヤ人の誰もがこの決定に不満を抱いていた。
元々我が強く、頑迷な部分も多々ある民族である。
いきなりその軍門の下に従わさせられても、そう易々と言いなりになる従属的な気性ではない。
現に彼らを従えていたツフル人は、その彼ら自身の手で一片の容赦なく滅ぼされている。
その長年に渡るツフル人による支配体制から、今ようやく脱却したばかりのことである。
接触の最初に、ドドリアの手によって予想外の洗礼を受けたからこそ、不本意ながらも服従したのだ。
喜ぶものなぞ誰もなく、放っておけばベジータ王の号令などなくとも、また勝手に反逆を起こしていただろう。
だが不思議なことに、生活を続ける内に、次第に不満の声は落ち着いていった。
それは何故かと言えば、サイヤ人たちはこの生活も満更ではない、ということに気付いたからである。
フリーザ軍の主な行いは、知的生命体の住む星への侵攻であり、その生命体の殲滅。
そしてできた生命体が生存するのに適した空き星を、金を持った別の異星人へと売り付けること。
つまり、星の地上げであるとされている。
サイヤ人はフリーザ軍の一角を占める戦力として、その実行者としての役割を与えられた。
そして彼らはフリーザの命令に従い、不満に思いながらも与えられた仕事に従事し、次々と幾多の星を攻め滅ぼしていった。
――戦いとはサイヤ人の存在意義であり、本能に潜められた欲求である。
命令されたという不愉快な事実が前置かれてはいたが、過分に欲求を満たすこの仕事に対する充実感と満足感をサイヤ人たちが得るのに、さして時間はかからなかった。
やがて、サイヤ人たちは冷静に今の状況を顧みて、気付くことになる。
定期的に命じられる星の侵攻命令と、派遣されたテクノロジストによってもたらされる快適な環境。
いわば、サイヤ人にとって理想的な環境が今この手にある、ということにだ。
その事実へと気付くに至り、もはやサイヤ人たちの間で不満らしい不満の種はなくなった。
彼らは一時の反抗心も忘れ、口々にフリーザに様という敬称を付けて敬い、己たちの栄華を楽しんでいったのだった。
だが、その栄華を快く思わない者もいた。
ベジータ王、それと彼の側近のエリートたちである。
彼らは敬神と権力が己らから離れる今の状況に、大きな反発を抱いていた。
王である自分に対し頭ごなしに命令し、支配者として我が物顔でいるフリーザ。
かの存在を、王族としての自分のプライドが高いゆえに、断じて認めることはできなかったのだ。
だが、これによりサイヤ人たちの間で温度差が生じることになった。
このことは後々に、フリーザに義理を抱く下級戦士たちを中心とした現状の肯定派と、ベジータ王とその側近を中心とした否定派の二派を生み、当人たちが意識したわけではないが、一種の断絶関係を築いてしまうことになるのである。
ベジータ王は歴代の王族において飛び抜けた知恵を持っている。
それは単純な、IQだとか知識量といったことが優れているということを指しているわけではない。
発想と着眼、いわば王として必要な技量。
知恵という言葉が指している意味はそれであり、そしてそれは決して偽りではない事実である。
土人同然であったサイヤ人の在り方を、ここまで押し上げたという実績がそれを証明している。
しかし、それはイコールで名君であるということを意味するのではない。
ベジータ王は王としての技量を高く備えた人間であったが、同時にサイヤ人特有の凶暴性と残虐さをも秘め持つ男だった。
つまり王に相応しい能力を持ってはいても、王としての気性では非ず。
粗暴で直情的すぎる、自制と忍耐の足りない人間であったのだ。
もし仮に、ベジータ王が知恵を持たぬ今まで通りの王であったならば、他のサイヤ人と同じように今の栄華を喜んでいただろう。
しかし皮肉なことに、今までにいなかった知恵と凶暴性を併せ持った王であるがゆえに、彼はフリーザの支配を受け付けず、自らの権力を欲したのだ。
そしてサイヤ人の本能を御することができなかったために、後々に彼は自らの死を招く、フリーザへの反逆を決起することなるのである。
「ふむ、なかなか着心地はよろしいですね」
「はい。サイヤ人どもから回収したものとしては、予想外の拾いものでした」
「ええ、全く。色々と目障りなハエでしたが、ツフル人という方々も中々に素晴らしいものを残してくれました」
惑星フリーザNo.53。
数ある宇宙の星の中で、フリーザが気に入り何度目かに己の物にとした星。
その星に作られたフリーザ軍の基地の通路を通り抜けながら、何時も通りマシンに乗ったフリーザとザーボンの二人が会話を進めている。
彼らはそれまでの姿と異なり、その身にツフル人が開発・製造していたバトルジャケットを着込んでいた。
……フリーザが惑星ベジータに訪れた目的は、二つあった。
その内の、一つ。
それは、ツフル人が遺した優秀なテクノロジーの徴収である。
ある日、航行中だったフリーザの宇宙船がとある船籍の反応を捉えた。
それはDr.ライチー率いる脱出組とは別の、脱出に成功したツフル人のグループだった。
彼らは事件当時に、衛星軌道上で仕事に従事していたツフル人たちの一行である。
星で起こった異変に気付いた後、すでに衛星軌道上という場所にいるという地の利もあって、辛くも脱出することに彼らは成功したのだ。
しかし、星からある程度離れ、母星の状況確認のためにデータアクセスを行ったことが彼らの不幸だった。
この時すでに、彼らがアクセスした管制システムは、同じ同胞であるDr.ライチー自身の手によって、ウィルスに汚染されていたのだ。
そうとは知らずアクセスした彼らは、自分たちの宇宙船の航行プログラムをもウィルスによって破壊されてしまった。
たとえ同じツフル人であるとはいえ、分野が違えば手に負えるものではない。
彼らは、広大な宇宙のド真ん中で立ち往生することになったのだ。
――SOS信号を出そうものならば、サイヤ人たちに感じ取られ襲われてしまう。
彼らはこのウィルス攻撃をサイヤ人によるものだと誤解し、すでに母星は陥落し自分たちは追跡されている、と考えていた。
実際には違うが、彼らはそう捉え、にっちもさっちもいかなくなっていた。
そしてそうやって宇宙で航行を停止し、漂流していたツフル人たちの宇宙船を、偶然フリーザが発見したのだ。
ツフル人たちと接触したフリーザは、ここで彼らとサイヤ人についての情報を得た。
フリーザ軍は、かねてよりツフル人らしきものの存在を知っていた。
ツフル人が邁進していた宇宙進出計画、その下準備のため、多くの偵察行動が行われていたからだ。
偵察は基本的に無人のポッドなどを使い行われ、加えて自分たちの存在が露見しないよう急速離脱や迷彩機能、万が一にも鹵獲された時のための自壊作用など、多くの安全策が施されていた。
それら周到な安全策の布石により、ツフル人という具体的な情報は漏れてはいなかった。
しかしそれは、高度なテクノロジーを持った未知の勢力が秘密裏に活動している、ということが知られるに充分であった。
フリーザはツフル人と接触することで、図らずも以前から活動していた“未知の勢力”の正体を知ることとなったのだ。
彼らツフル人が、フリーザ軍を上回る高度なテクノロジーを持っていることは、それまでの経過を見るに明らかであった。
だからフリーザは以前からのこの勢力のテクノロジーを接収しようと考えていたのだが、歯がゆくも前述のツフル人が用意した安全策の存在によって、その居所を突き止めることができていなかったのだ。
そこへきて、丁度折良く現れた当人であるツフル人。
これ幸いとフリーザは己の次の行動をすぐに定め、進路を抽出した航路データに基づき、その行く先を惑星ベジータへと向けたのだ。
そうして、彼我の宇宙船の性能差ゆえに生じた数ヶ月のタイムラグを置いて、フリーザはサイヤ人と接触することなるのである。
なお、すでにこの時にはデータを引き出し、用済みとなったツフル人の団体は宇宙の塵となっていた。
フリーザはサイヤ人を自らの軍団の一角に取り込んだ後、多くのテクノロジストを派遣しその生活を快適なものにした。
当たり前だが、それは単純な慈善などではない。
彼らは各々、自らの職務をこなす傍らに、ツフル人が遺した高度な技術や膨大な資料など、おおよそツフル文明と呼べる全ての痕跡を吸収し、フリーザ軍へと還元していったのだ。
バトルジャケットやスカウター、高性能な宇宙船と、フリーザ軍にとって有用なものは山ほどあった。
むしろ本来の目的こそがこちらであり、サイヤ人の生活環境の向上なぞはついでにしか過ぎなかったのだ。
「では、ザーボンさん。私はもう休ませてもらいますので、お下がりなさい」
「はい、どうかごゆっくりお休みください」
頭を垂れたまま返答するザーボンを残し、フリーザは一人通路を通り抜けると自分の私室へ向かった。
自分の私室……専用に置かれた広大な瞑想室と、休息用の部屋が用意されたプライベートスペースで、フリーザは瞑想室の中央に静止し、述懐する。
「サイヤ人か……所詮、伝説は伝説に過ぎないということか?」
ゆらゆらと、アメーバか蒸気か、表現のしがたい奇妙なエネルギーが立ち昇る。
エネルギーはフリーザを中心とし瞑想室を満たすに止まらず、さらにその姿を不可視なものとして変質させて、部屋の外、広大な宇宙へと伸びてゆく。
フリーザに遠視の力はない。
この行動に目立った意味はなく、フリーザのただの気晴らし、あるいは暇つぶしでしかない。
フリーザが惑星ベジータへ訪れた、もう一つの理由。
それはサイヤ人の存在にあった。
サイヤ人について、銀河ではその存在が幅広く認知されている。
知的生命の居住する各星々で、彼らサイヤ人について共通の言い伝えがあるからだ。
その種族全体が持つ凶暴性と残虐さ、そして高い戦闘力によって奮われた暴虐の記録。
加えて、その中でも際立って等しく語られる“超サイヤ人伝説”の存在が、その存在を一層隔絶させていた。
曰く、ありとあらゆる越えられない壁を乗り越える、宇宙最強の天才戦士。
曰く、血と破壊を好み、暴力と非道でよってのみ行動する最悪の破壊者。
所詮は伝説と一笑に付されつつも、潜在的に恐れられ広まっている伝説。
サイヤ人が戦闘民族と呼ばれる所以の一つ。
それこそが、フリーザが目を付け、己直々にサイヤ人の元へと向かった最大の理由であった。
「宇宙最強はこの私、フリーザです。サイヤ人などという猿風情に、どうこうすることはできないでしょう」
ホホホホ、と嗤いながら己の強さを誇るフリーザ。
他と比肩しない強大な戦闘力と、裏打ちされた絶対的な自信を持つフリーザ。
これは誤魔化しも偽りもない、事実である。
しかし、そう断言し嗤っているフリーザの中では、未だ言い知れぬ感覚が漂う。
それは不安、もしくは怯えと表現できる感情であった。
いくら恐れられ、広まっているものとはいえ、所詮は確たる根拠のない伝説を何故、こうもフリーザは特別視するのか?
実際に遭遇したサイヤ人たちは、成程。確かに戦闘民族と呼ぶに相応しい幾つもの生態を持っていた。
しかいそれを含めて考えても、その戦闘力は自分はおろか部下にすらも劣る微々たるものでしかない。
それにもかかわらず、何故フリーザは?
理由はあった。フリーザだけが知る理由があったのだ。
それはフリーザの一族に伝わる伝承にあった。
フリーザの一族は、変身タイプの異星人種族、それのさらに特異なものである。
出生直後からフリーザ、彼の一族は強大な戦闘力を保持している。
その強大さは、あまりのエネルギー量にそのままの状態では細胞組織が自壊してしまうほどである。
ゆえに彼の一族は独特の生態として、パワーダウン用の退化形態、あるいは拘束形態を幾つかの段階に分けて備え持ち、常日頃をその形態で過ごすのだ。
しかしこれだけではなく、さらに彼の一族には他の種族から逸脱する生態があった。
年月を経てエネルギーのコントロールを学ぶことで、彼の一族は元の出生の形態で問題なく生活することができるようになる。
この段階にまで至ることで、彼らは自律的に遺伝子が変容し、さらなる変身形態を獲得することができるのだ。
新たに得た変身形態は、さらなる戦闘力を与え、エネルギーの総量を爆発的に増大させる。
やがてこの形態のエネルギーのコントロールを覚えれば、またさらなる変身を獲得するということを繰り返すのだ。
これがフリーザの一族の持つ、他の種族を凌駕し一線を画する生態である。
現状、この変身形態の獲得の限界は確認されてはいず、彼ら一族自身も把握していない。
遺された記録によれば、過去には一族に、最高七回の変身をも可能とした者も存在したというのだ。
圧倒的に、他を超越した生命と呼べる存在。
しかし、今までにおいて、彼ら一族がフリーザ以前に、歴史に表だって現れたことはない。
それは何故か?
もう残っていないからだ。フリーザの血族以外、この宇宙に彼と同じ種族は存在しないのだ。
強大な戦闘力を持ち他種を圧倒していた彼ら。
過去に存在していた彼らは、フリーザの系譜をのものを除いて、全て殲滅されていたのだ。
他ならぬ、“超サイヤ人”の手によって。
それが、フリーザがサイヤ人を気に掛ける理由であり、恐れの原動力である。
過去に何百と存在していた己の同族を、ことごとく滅ぼしたとされる超サイヤ人。
栄華を誇っていたにもかかわらず日陰に追い込み、己らに恐怖を与えた全ての元凶。
自分たちの伝承にそう語られているがために、フリーザもまた超サイヤ人伝説を気にかけていたのだ。
宇宙最強である自分を、圧倒するかも知れぬ存在。
瞑想室の中央で、泰然とした態度で停止しているフリーザ。
しかしフリーザから立ち昇るエネルギーは、本人の自負とは裏腹に、苛立つかのように不気味な脈動を繰り返していた。
フリーザ軍は、頂点にフリーザを置いた独裁構造的な組織である。
その活動目的は宇宙全体へその支配力を伸ばすことであるが、しかしフリーザ自身は決して具体的な宇宙支配を目論んでいるわけではなかった。
フリーザの目的は単純で且つ明快なもの。即ち、自分が宇宙最強であることである。
だからフリーザは、世界征服だとか、国家建設などといった野望は持っていない。
自分が宇宙最強の存在、ゆえに世界は自分の自由にできる。
フリーザの行動原理はそんな傲慢なジャイアニズムに基づくものであり、しいてはその行動結果が、フリーザ軍の存在と星の地上げというものなのである。
フリーザは己に刃向かうもの、あるいはただ不愉快なものを叩き潰し、消し潰し、服従させていった。
そうしてゆく内に形造られていったのが、今のフリーザ軍である。
組織の結成によってその力と範囲を広げたフリーザは、さらにその強大な力を依り代に幾多の勢力を呑み込んで支配力を拡大。
遂には複数の銀河を跨り悪名を轟かせる存在となり果てたのだ。
その本性は極めて悪辣で、心に微塵も良心の存在を思わせぬ悪魔、フリーザ。
だがフリーザは、自由を認めていない訳ではなかった。
フリーザの気分の匙加減ひとつで吹き飛んでしまうようなあやふやなものではあったが、自らの支配領域下に置いての国家の存在や、自治権の維持も認めてはいた。
もちろんタダではなく、それには多くの運営上の制約や代価としての条約を暗黙のものとし、ヒエラルキーにおいてフリーザ軍下に置かされていたが。
だが、それでも自治が認められていることには変わらない。
ゆえにこそ、フリーザ軍がメインに行っている“星の地上げ”という仕事が、かろうじて成り立っているのだ。
基本的に、星の地上げというのはフリーザが自分の無聊を慰めるために行われる。
金銭的な理由で行われることは珍しく、大半がフリーザ自身の好奇心、あるは嗜虐心を満たすための行動である。
しかしそうやって地上げた後の星は、フリーザが愛でるのに飽きると、適当に優秀な功績に対する褒賞として譲渡したり、支配下の自治団体や流浪の民族に売却したりするのだ。
これが結果として、商売として成立しているに過ぎない。
フリーザ軍の運営費用というのは大半を支配下の星々から徴収しており、その性質はギャングやヤクザといった非合法集団でしかないのだ。
徹頭徹尾、フリーザ軍の存在にまともらしい部分は存在しない。
彼らの存在が許されているのは、一重にフリーザという絶対者の存在があること、その一点のみである。
だこらこそ、フリーザは自分こそが宇宙最強であると誇示する。
それこそがフリーザの寄る辺であり、それだけがフリーザ軍の成り立つ根拠だからだ。
ゆえにフリーザは、その最強を守るために如何なる労力も惜しまない。
これまでも、そしてこれからもだ。
全身に“気”を纏い、常に全力を維持しながら飛び回る。
この行動は激しい消耗を招くが、しかしそれをやらなければ、相手に触れることさえ今のリキューにできなかった。
相手を中心に据え、幻惑するように必死に飛び回る。
角度を変えるときには舞空術の応用で拙いながらも“気”を操作し、持前の筋力も合わせて、慣性を無視したかのような動きを可能にする。
全力機動する今のリキューの動きを、常人では捉えることはできなかったであろう。
一人の人間を中心に、なにかの風切り音が響いているだけに見える筈だ。
しかし、相対する相手はレベルが遥かに異なる上位者であった。
リキューは唐突に動きを変え、背後から彼女に襲いかかる。
疑う余地なく全力。全身のばねを効かし、全力で地を蹴り込み、さらに“気”を操作しての加速も加えた自己最速の一撃。
……が、彼女はあっさりとリキューの面に裏拳を叩きこんだ。
「っぐが!?」
「遅いね、もっと速く動けないのかい?」
そのまま顔面を打たれ動きの止まったリキューの腹に、連続して蹴打を叩き込む女。
蹴りは一撃一撃、リキューの身体に衝撃を浸透させるように食い込み、著しいダメージを与える。
リキューが纏った“気”の力場なぞ、ないと等しいと言うように貫く。
「ぐ、ふ」
計七発の蹴りを食らい、さらに〆の回転蹴りがリキューの首に決まる。
首の骨が叩き折られかねない、強烈な衝撃。
「ッご」
呼吸はおろか、血流さえ阻害され、意識が瞬間的に飛ぶ。
そのまま弾き飛ばされたリキューは、受け身も取れずに壁に叩きつけられた。
そして叩きつけられた衝撃で、意識を取り戻す。
ごふと、一度だけ呼吸を乱す。それだけでもう息を整え、体勢を立て直し、構える。
「もっと力を出しな、退屈だったらありゃしない」
「ああ、そうかいッ」
分かり易い挑発の言葉に、軽く沸点に達する。
彼女の言葉が嘘でないことが、よりリキューのむかっ腹をたてた。
地を蹴り、彼女に向って走り出す。
あっさりと捉えられたことから、自分程度の出せる速さでかく乱させることはできないと分かった。
ゆえに余計な動きは削ぎ落とし、一撃の力に賭けると決めて一直線に疾走する。
ただし、片手にはひそかにパワーを込めながら。
無謀な特攻と見たのか、呆れたようにポーズを取りながら、油断しきった表情でリキューを見る彼女。
(食らいやがれッ)
その表情を見ながら、吐き捨てる。
迎撃しようと手を上げたその瞬間、彼女の顔へ向けてパワーを込めていた手を突きつけた。
「ッハァ!!」
「なに!?」
拡散されたエネルギー波が放出される。
思わず驚く彼女であったが、エネルギー波は彼女に一切の傷を付けることはなかった。
元々大したエネルギーを込めているわけではなかったので、彼女の“気”の守りを貫ける威力はないのだ。
狙いは牽制。
予想外の攻撃に気を逸らしたその一瞬に、リキューは彼女に懐に飛び込む。
「しまったッ」
「もらった!」
チャンスの到来。
リキューは全身の“気”を再び励起させ、ありったけの力を込めて拳を繰り出した。
「ずえりゃぁああああ!!!!」
ラッシュラッシュラッシュ。
先程のお返しとばかりに、拳の雨を胴体に叩き込む。
息の続く限り、力の持続する限り。
全ての力を出し切り、この攻勢に賭ける。
そして、止めのアッパーを繰り出し、動きを止めた。
「どう……だ?」
激しい運動による、息切れと疲労。
疲れ果てながら、リキューは面を上げた。
おおよそ最高のタイミングによる、最大限の攻勢。
ダメージがない筈がないと断ずる攻撃だった。少なくともリキューはそう思っていた。
――が、そこにいた彼女の姿は、一切の不動。
「残念だったね、根本的に威力が足りないよ」
あいにくと、リキューの渾身を込めた連打は、彼女にとっては牽制に放ったエネルギー波と同じものでしかなかった。
彼女の“気”の守りを、突破することができなかったのだ。
ノーダメージ、それが結果。
そしてハエを払うよう振るわれた手の動きに、あっさりとリキューは弾き飛ばされた。
対抗するだけのパワーは、もう残っていなかった。
(ち、くしょうッ)
追撃に放たれる拳を、成す術がなく見つめる。
そしてリキューの意識は途絶えた。
完膚なきまでの敗北であった。
リキューは、年が九歳となっていた。
先程までいたのは、サイヤ人の要望によりフリーザ傘下のテクノロジストが作った、戦闘訓練室である。
そこでリキューは模擬戦を行い、そして散々に叩きのめされたのだ。
リキューの訓練は、新たな段階にシフトしていた。
フリーザの到来から幾年月、ようやく自主訓練により、未だ自由自在とはいかないが最低限の“気”の操作はマスターし、舞空術や気功波をある程度操れるようになったリキュー。
彼は肉体が成長し、戦闘力も付いてきたこともあって、訓練の内容をより即物的なものへと変えた。
腕立てやランニングなど、他のサイヤ人があまり好んでやらない基礎的訓練を反復し、復習し、徹底して行ったのだ。
その成果は今は期間が短いこともあって、目に見えたものとして表れてはいなかったが、徐々にリキューへ反映されてはいた。
現在のリキューの戦闘力は1200。戦いようによっては、最下級戦士を倒せる能力を持っている。
エリートとは言え、子供がこれだけの戦闘力を持っていることは極めて稀である。
とはいえ、前述したようにあくまでも戦いよう、という前提が付くことがあるように、いくら戦闘力が高くても戦い方を知らなくては宝の持ち腐れである。
リキューは戦闘力こそ高いが実戦経験は皆無であり、そういった意味ではやはり他の同世代と同じ、あるいは劣っていた。
リキュー自身もそれについては悩んでいた。が、具体的な解決手段は取れていなかった。
フリーザとの接触により、若干の意識改革――日本人としての意識とサイヤ人としての本能の融和――がなされたリキューであったが、それでもやはり他のサイヤ人と交流を持つことには抵抗があったのだ。
簡単に言えば、引っ込みが付かないというべきか。一度疎遠となっていた関係を戻すことに厚かましさのようなものを感じていたのだ。
下手に成熟した人格と記憶を持っているがゆえに、いらないことを複雑に考え、行動させていたのだ。
これが普通にサイヤ人としての意識しかなければ、特に問題はなかっただろう。
彼らは本能に忠実であるため、模擬戦の相手なぞを何のてらいもなく願うし、過去の細かいことも気にしないからだ。
そもそもリキューが考えるほど、サイヤ人たちの間でリキューが意識されて除外されているわけでもない。
言ってしまえば、これはリキューの一人芝居でしかなかったのだ。
とはいえ、それにリキューが気付くことはなく、結局リキューはこれからの長い間を己だけの独力訓練で多くを過ごすことになり、結果としてそれが自分の訓練スタイルとなるのだった。
閑話休題。
そうして実戦経験の不足と、訓練相手に不在に悩んでいたリキューに、声をかける者がいた。
彼女の名はニーラ。
リキューの母親である。
「まぁ、子供にしちゃ頑張った方じゃないかい? 地力が足りないことに変わりはないけどね」
「……そうかい」
がやがやと騒がしい、サイヤ人の集まる食堂……雰囲気としては酒場に近い場所で、リキューはニーラと一緒に食事をとっていた。
模擬戦後、目を覚ましたリキューをニーラはここまで連れてきたのだ。
リキューとしてはあまりにも圧倒的な実力差と勝負の結果ゆえ、一緒に行動するのには抵抗があったのだが、かといってそれを断る理由にするには惨めにも過ぎた。
もぎゅもぎゅと運び込まれたマンガ肉を貪り食いながら、あまり交流のない母親と会話をする。
ニヤリとニーラは笑うと、不機嫌そうなリキューの顔を覗き込んで言った。
「にしても、最初生んだ頃は心配だったんだけどね。なんだい、ちゃんとサイヤ人らしいトコがあるじゃないか。結構心配していたからね、割と安心したよ」
「……ふぁ?」
ジョッキを飲み干すニーラの思わぬ言葉に、大量の麺を口から伸ばしたまま呆けるリキュー。
プハーと、空にしたジョッキを置きながら、ちらりと横目でリキューを見るニーラ。
「なんだい? 別に普通だろ? 自分の子供のことなんだからな。男どもとは違って、私らは子供を自分の腹を痛めて生むんだ。気ぐらい配るさ」
「………そ、そうなのか」
目をパチパチとさせながら、予想外のことに困惑しながらロブスターっぽい甲殻類の中身をもぎゅもぎゅするリキュー。
リキューはサイヤ人という種族を十把一絡に扱っていたが、それがサイヤ人の全てを当たり前だが語っているわけではない。
サイヤ人はその粗野な性格とは裏腹に、恋愛関係については貞操観念が高くストイックである。
基本的に生涯で男女ともに一人だけを愛し、その末に結婚や、子供を産むといったことに至るのだ。
なお余談ではあるが、サイヤ人の男女比率は非常に偏っており、下級戦士やエリートといった階級に関係なく、全人口の一割程度しか女はいない。
数多くあるサイヤ人の少数民族である理由の内の最たるものが、これであるのは間違いなかった。
サイヤ人の女は、男に比べて子供に対する愛情といったものを持っている。
地球人のそれよりも弱いし、放任主義が強くはあるが、やはり母性とも言うべき感情があるのだ。
そのことをリキューは知らなかったし、想像してもいなかった。
色々と複雑な経緯を持っているし、今も迷走の中にいる人間であったが、なんだかんだとはいえリキューは愛されていたのだ。
何か、急に照れ臭さを感じてきたリキューは、物言わず目の前に山盛りにされたサラダのボウルを引っ掴みかっ食らい始めた。
その姿に微笑ましいものでも感じたのか、目元を緩ませるニーラ。
そこには、リキューが期待していなかった温かな雰囲気が、確かに存在していた。
と、ピーピーとテーブルに置かれた、ニーラのスカウターが音を鳴らす。
ニーラは適当にヒョイヒョイと数十個の肉団子を摘まむと、そのままスカウターを手に取り顔へ装着する。
さっきまであった暖かな雰囲気は、もう霧散していた。
「時間だ。それじゃ、私は出掛けてくるよ」
「………仕事か?」
「そうさ。この星から結構離れてる、惑星マウっていうところが目標だ」
スープを飲み干す動作が、一時、止まる。
さっきまでの感情の動きが嘘のように冷え、代わりに冷たいものが背筋を伝った気がした。
「私らほどじゃないが意外と強い奴らでね、結構手こずりそうだけど……ま、期日以内には片付けることができるさ」
じゃあな、と最後にリキューに声をかけると、ニーラはテーブルから離れていった。
ニーラは下級戦士であり、戦闘力は2000である。
下級戦士としては普通の数値であり、特に特筆するように飛び抜けた存在ではない。
彼女の言う言葉には含みも裏もなく、事実その通りなのだろう。
つまり、惑星マウの住人は期日以内に殲滅される。
……誰の手によってだ?
「ああ、言い忘れてたことがあった」
「ッげふげふ!」
水を飲んでいる最中に不意にかけられた言葉に、思わず咽るリキュー。
呼吸を整えている間に、気にせずニーラが言葉を続けた。
「戦闘力も付いてきたみたいだし、アンタにもそろそろ仕事が回されて来る筈だよ」
「ッ!? もうか!?」
「別におかしくはないだろ? まあ、戦いには事欠かない筈だから、好きに楽しみなさい」
今度こそニーラは立ち去ると、リキューは顔面を歪めながら頭を抱えた。
確かにリキューは若い。が、しかしサイヤ人社会で重要視されるのは戦闘力であり、良くも悪くも性別や年齢は考慮されない。
十分に能力があるとされれば、仕事は回されるのだ。
そしてサイヤ人の仕事とは、星の地上げに他ならない。
耳を澄ませてみれば、周りで騒いでるサイヤ人の幾つかは、自分たちの仕事の成果について披露しながら談笑していた。
「おいおい、どうだったお前が行った星は? 楽しめる相手はいたかよ」
「俺のところの星の連中、てんで弱くてよ~。メンドくせえ玩具しかもってなくて楽だったぜ」
「意外と前に俺がやった星は強い奴らが多くてな、かなり手間取ったよ。ま、最後は満月の日でケリを付けてやったがな」
彼らは自分の話す内容がとても面白いように、皆が皆笑い合っていた。
しかし、そんなものをリキューには理解することも、受け入れることもできない。
その点で言えば、やはりニーラも他のサイヤ人と同じであるのだ。
今の状態を受け入れ、そして疑問を抱かず嬉々として仕事に臨む姿勢。
リキューが唾棄、嫌悪している存在と同類なのだ。
この世界の母親は。
(誰が望むか……罪もない人間の命を、意味もなく、楽しむためだけに奪うなんてことをッ)
激しい怒りが立ち昇る。
日本人としての良識とサイヤ人としての凶暴性が併せて、尋常ならざる激情の渦が巻き起こる。
良識が命を奪うことへの怒りを生み、凶暴性がその怒りを燃え上がらせる。
リキューの内面、意識は、フリーザと接触した時、僅かに変化していた。
それは一種の追い詰められたストレスによるものであり、ある意味必然的なものであった。
リキューはそれまで、日本人として持った人格と倫理観によって、サイヤ人特有の凶暴性と闘争心の無意味な発露を抑えていた。
しかしこの行動は肉体的に多感期であるリキューに対し、想像以上のプレッシャーを与えていた。
これを軽減させるために、リキューの精神は自己防衛的な機能を働かせ、倫理観を犯さない範囲での拡大解釈を行ったのだ。
凶暴性と闘争心の無意味な発露が駄目であるならば、無意味でない状況で発露すればいい。
罪のない人間を対象にするには良心が痛む、ならば良心の痛まない相手を対象とすればいい。
かくして、リキューはその内面をこの通りに変化させた。
そして己の凶暴性と闘争心をぶつける相手としての他にも、様々な基準や欲求を満たす、最上の理想的な相手として選ばれた過不足ない対象。
それがフリーザであったのだ。
しかしこの時、最上ではないが、もっと身近で同じように条件を満たす相手はいた。
同族、サイヤ人である。
彼らもまた、大雑把な上記の二項に触れる存在である。
罪もないものを何人も殺し、滅ぼし、楽しむ悪しき存在。
原作において、悟空もまたその滅びを肯定する、邪悪な集団。
しかしながらも、リキューがサイヤ人を対象としていなかった理由は、幾つかある。
自分が属する団体であるという利己的な理由と、同じ同族であるという生理的な理由、そして曲がり並にも少なくない交流を持つ、血縁がいるという感情的な理由etc………。
しかしそれら全ては身勝手な、自己中心的な理由であり、結局は自分の精神的保身のために見逃していたにすぎないのだ。
……決断の時は迫っていた。
少なからずの自己中心的な理由で、目を逸らしていたサイヤ人の所業。
それを自分がやらなければならない、という事態。
いくらリキューに自己中心的な部分があるとはいえ、それを認めることはできない。
それこそがリキューという人格を構成する核であり、最後の一線だからだ。
仕方ない、あるいは我慢すればいい。
そういった理由でココを流されてしまえば、もはやそれはリキューであってリキューではない、別人となってしまうのだ。
「どうする……チクショウ」
リキューの悩みに答えてくれる、あるいは相談に応じる人間はいない。
リキューと同じ境遇の人間はいないし、同じ思想の人間もいないからだ。
血を分けた親でさえ、今のリキューの助けとはならない。
むしろ、邪魔な敵でしかなかった。
リキューは愛情を否定しないが、非道を否定する人間である。
そしてニーラは、愛情と非道の両方を持った人間であった。
――リキューは、ニーラに対してどう行動すべきか?
その答えは、持っていなかった。
しかしそれは、答えを必ず出す必要がある問題であった。
リキューがリキューであり続けるために、無視ができない重要な問題。
その答えが、今後の、この世界でのリキューの在り方を決める、重要な選択。
だがしかし、今この時、今しばらくは、その問題からリキューは逃げたかった。
答えを出すには、今日愛情を知ったリキューには、重すぎた。
リキューは、たった一人で答えを出さなければいけなかった。
リキューは、たった一人であった。
―――あとがき
こんちにわ、作者です。
感想ありがとう、うれしい限りの作者です。
オリ設定の連発、それがこの作品の真骨頂です。調子乗ってすみません。
今回かなりの難産。
時系列的には進んでるけど作品的にはどうよ? 文章って難しいね。
ちと文面的な悩みが多発しているので、批評も欲しいこのごろ。
とりあえずリキューは悩んどくヨロシ。
批評と感想の両方を待ッてマース。