ベジータ王の宣言から、惑星プラントは惑星ベジータへ生まれ変わった。
ツフル人はすべて滅ぼされ、すでにこの星にはサイヤ人しかいない。
違和感のあった状況から、より誤差の少ない状況への移り変わり。
これはつまり、俺の記憶に間違いはなかった、ということか。
知らなかったが、おそらくこれはサイヤ人にあった歴史で、俺は原作より生まれる時間が早かったということ。
こう考えれば納得できるし、辻褄も合う。
そうなれば、次に起こることは十中八九、“アレ”。
「………“フリーザとの接触”、か?」
何かが、疼いた気がした。
ツフル人の滅亡と、ベジータ王の宣言から数日。
サイヤ人たちの生活は大きく変わっていた。
粗末な衣装から生産プラントで加工された服装へと変え、原始的な居住区からツフル人たちの都市へと移り住んだ。
土人と同じ生活から、急速に文明レベルを高めていったのだ。
しかし、順風満帆である幸先であったサイヤ人たちだったが、同時に問題も発生していた。
宇宙船の使用ができなくなっていたのだ。
ベジータ王とて、何も考えなしに反逆を起こした訳ではない。
ツフル人に知られぬよう民族のリテラシー向上を図り、加えて側近の人間たちには予め、ツフル人たちに従うふりをしながら食糧プラントや各種の都市機能を賄うためのエネルギー炉など、必要になるであろう技術や知識の吸収を秘密裏に実行させていたのだ。
スカウターと同じように高度の簡易・自動化が進んでいたこともあって、各施設や機材類の扱いはサイヤ人たちにも左程の問題なく行うことができた。
ちなみ、宣言から数日経った現在、食糧プラントの扱いは誰もが我先にと覚えていった。
サイヤ人は特徴の一つとして、極めて大飯食らいというものがある。一人でおおよそ常人の50人前以上の量を余裕で食い漁るのだ。
食い意地の張ったサイヤ人たちは無駄にその知性を発揮させ、プラントの操作方法を各々一時間とかけずに習得。都市各所のプラントを自由に回し、好きな食べ物を腹いっぱいに詰め込んでいたのであった。
これもまた、サイヤ人の知性と意向が噛み合った結果の意外な成果とも言えるであろう。
なお、その中の一人にリキューもいたことは、全く本編と関係のない余談である。
閑話休題。
ともあれ、ベジータ王は事前に問題となるであろう要素をできる限り排除し、そして此度の実行に移した。
計画決起の理由は、ツフル人への憤怒もあったが、計画のために必要な準備が完了したということもあったのだ。
それは現代において不可欠な、この狭く小さい惑星ベジータから他星系へ赴くための手段である宇宙船においても同じであった筈だった。
しかし今現在、当初の予想とは違い宇宙船の使用はできなくなっていた。
それはツフル人の最期の嫌がらせと言えた。
王宮の司令室に詰めていた、Dr.ライチー率いる脱出組が惑星離脱の際、管制システムにウィルスを打ち込んでいた。
そしてそのウィルスに気が付かなかったサイヤ人たちが無防備に管制システムを起動したとき、ウィルスはデータリンクを伝って係留されていた全ての宇宙船に感染し、航行プログラムに異常を発生させたのだ。
余談だが、ツフル人の製作した宇宙船は、その技術の多分にサイヤ人が乗ってきた漂着宇宙船を参考している。
漂着宇宙船のテクノロジーは、ツフル人から見ても素晴らしいものがあったからだ。
航続性、整備性、居住性、簡易性、そして耐久性。あらゆる分野でツフル人の航宙力学を数段飛び抜けた能力を持っていた。
ゆえにツフル人の宇宙船は他の異星文明に比類しない性能を誇り、その構造の一部には一種のブラックボックス的な個所も存在する。
だからそれに合わせて、ツフル人は極めて独特な、独自の航行プログラムを製作し、組み込んだ。
つまり操作や修理などはマニュアル化され、誰でも比較的容易に扱えるようになってはいたが、プログラムやソウフトウェア面ではその限りではなかった。
いくらサイヤ人の知性レベルが高くても、基本的な知識の差という問題にぶちあたったのだ。
「……それで? 宇宙船が使えるようになるのは何時なのだ?」
「はは! 現在、手を尽くしてことに当たっていますが……何分、より専門的な領域の問題ゆえ、その……目処は………」
「…………ッチ」
報告される内容に苛立つベジータ王だが、そのまま担当者を下がらせる。
怒りに任せて処刑しても、今のサイヤ人に希少な技術者が減るだけだと分かっているからだ。
用意された玉座に座り、首から下げた王を示すペンダントを揺らす。
問題は宇宙船が使えないということだけで、他に見当たるものはない。
食糧プラントも問題なく稼働しているし、エネルギー炉も半永久的に動き続けるので、例え各施設を無整備に使い続けても確実に100年以上今のサイヤ人たちを楽に養えるだろう。
重力制御装置は、たとえ故障したところで元々10倍の重力下で生活してきたサイヤ人には必要ない。
しかし、食うことと寝ること、それだけを賄ってもサイヤ人たちは満足しない。
サイヤ人は戦闘民族である。戦うことが存在意義なのだ。
しかし、この惑星ベジータにサイヤ人の闘争本能を満たせる相手は、存在しない。
闘争本能を満たさなければ、結局サイヤ人たちは潜在的な欲求不満に陥ることになる。
そうなったサイヤ人たちは不満を蓄積させ、そしてやがては、欲求の解消と不満の捌け口を求めるようになる。
つまり最も身近な相手との戦い、同族争いである。
元々好戦的な種族であるが、サイヤ人同士での真剣な殺し合いというのは、そうそう多いものでもない。
冷酷かつ残虐で、親兄弟すら自らの手で殺す。
この評価は決して間違いではない。しかし、同時に矛盾するようであるが、身内に対しての親愛などの情を持つこともまた事実であるのだ。
現に原作において、バーダックは息子であるカカロットをクズとして評し捨て置く一方で、仲間への信頼と殺されたことに対する怒りを見せた。
パラガスもまた同じように、息子であるブロリーを野望の邪魔として見捨てようとする一面があると同時に、親として助命を嘆願する姿勢も示した。
両者はその性格も向ける対象も異なるが、やっている行動の本質は変わらない。
戦いを、あるいはより強さを求めて戦い合うことはある。何かしらの感情的な拗れや、個人的な好悪で戦い、結果殺してしまうこともある。
だがしかし、最初から互いを殺すつもりで争うという行為は逆に希少であるのだ。
これはやはり、同族と殺し合うということに対しては、少なからずの反発が働くということである。
しかし、その僅かな反発も欲求不満の高まりによって払拭される。
その結果起きるのが、サイヤ人同士の内輪揉めである。
サイヤ人が少数民族であり続ける理由は数多くあるが、その一つにこれがあることは確実である。
だからこそ、ベジータ王は今現在の状態に憂慮していた。
ツフル人が遺した高性能な宇宙船と、全宇宙を探査した結果遺された膨大な星系データ。
これらを用いて別の知的生命の存在する星へ出向き、サイヤ人の闘争欲求を満たそうと考えていたのだが、それができなくなったのだ。
このままこの状態が続けば、遠からずサイヤ人同士の命を賭けた闘争が勃発することになる。
それは別に今日明日、という訳ではない。今はツフル人たちを滅ぼしたばかりであり、新しく食料や住処を手に入れたばかりである。
数か月、いや長くて一年は欲求を抑えられるだろう。
だが、それまでだ。その後には欲求を抑えきれず戦うものが現れ、それを皮切りにサイヤ人同士の闘争が始まる。
「とっとと宇宙船の復旧を急がせろ! 半年以内にだ!」
「り、了解しました!」
ベジータ王の怒号により、側近の一人が命令を伝えに向かう。
そして玉座に座りながら、ベジータ王は考えを深める。
正直言って、時間に猶予はない。期日以内にプログラム面の問題が解決するかどうかはわかないからだ。
ツフル人独特の技術体系、その中でもさらに特異な形で組み立てられたプログラムを理解し、期日内に修正を成せる可能性は低い。
ならば、気休めにしか過ぎないかもしれないが、代替手段の一つも用意しておくべきであろう。
そう考えたベジータ王は、一つの考えを思いつき、側近の一人に命令を与えた。
「科学者どもに、ツフル人どもが遺した人工生物についても研究させろ。適当に我らの相手になれるレベルの生物を生みださせるんだ」
結局この代替案によって考えられた命令は無意味となるのだが、研究自体は無意味とならなかった。
サイヤ人の科学者によって進められたこの研究は、乏しい人員と少ない資料にかかわらず、後にサイバイマンというパワーだけならば最下級戦士に匹敵する、携帯性と運用性に優れた人工生物を生み出すことなるからだ。
リキューが片手を伸ばし、力を入れる。
血管が浮き出て、筋肉が張り切る。
力を込めたまま片手を曲げると、徐々に、徐々にと掌を開いていく。
「ハァァァ、アアァァーーー………」
息を長く、深く吐きながら、片手を後ろへ持って行き、野球のボールを投げるようなポーズを取る。
このポーズを取るまでに行った一つ一つ動作は、全て非常にスローに、ゆったりと行われた。
にもかかわらず、リキューの全身には汗が浮かび、まるでフルマラソンを走った後のように疲労している。
視線は先、20mほど先に転がっている瓦礫に固定。
吐いていた息を、止める。
「ッだりゃあッ!!」
振りかぶっていた片手を、裂帛の気合と共に、押し出すように突き出す。
そして突き出された掌からは、テニスボール大の大きさのエネルギー弾が押し出されるように生まれた。
生みだされたエネルギー弾は、そのまま突き出された方向に直進。
高い速度を保持したまま直進するエネルギー弾は、瓦礫との距離を瞬く間に駆け抜けて、微細な湾曲を描いて瓦礫に接触。
――閃光と爆発。
……パラパラと、砕けた破片が降り落ちる音が止む。
瞑っていた目を開け、瓦礫を見やるリキュー。
標的となっていた瓦礫は完全に砕け、小さな爆心地に似た光景を作っていた。
その結果を見届けると、リキューは大きく息を吐いて座り込む。
その服装は、ツフル人が着ていた伸縮性に富んだ防御力の極めて高い戦闘服――バトルジャケットを着込んでいる。
リキューがやっていたのは、原作のドラゴンボールにおいて敵味方誰もがやっていた、気功波の生成である。
特別誰かに習う訳でもなく、サイヤ人という人種はその持前のセンスだけで舞空術や気功波といった、“気”の操作を覚える。
それはいわば、親の話している言葉を聞いて育つ内に言葉を覚えること、それと同じようなものである。
しかしリキューは普通のサイヤ人と異なり、その記憶には生まれた時から、一個の成熟した人間の記憶が詰め込まれていた。
この記憶が厄介なことに、“気”の操作を見て覚えるという無意識の学習を妨げていたのだ。
この事実にリキューが気が付いたのは、先日、同世代である他のサイヤ人が空を飛んでいる姿を見た時である。
改めて目を向けてみれば、リキューと同世代のサイヤ人はほぼ全員が“気”の扱いを覚え、空を飛んだりエネルギー弾を操ることができていた。
これを見てリキューは、現状に危機を覚えた。
具体的に何がまずいか、とは分からなかったが、とにかくまずいのだという焦りを抱いたのだ。
どうせやることのない子供の身。そのまま抱いた思いが乾かぬ内にリキューは廃墟へ繰り出し、そして先程のような自己流での訓練を行っていたのだ。
“気”などという、見も知らぬものを相手取った訓練ゆえ、当初はかなりの難航を予想していたリキュー。
がしかし、リキュー自身の予想と裏腹に、気功波の発生は割と簡単に行えた。
これはサイヤ人という人種そのものが、ある程度の“気”を操るという能力を生態として、進化の過程で手に入れているからである。
とはいえ、やはりせっかくの生まれつきある能力を、日本人としての意識が阻害しているということは事実であった。
同世代が容易く低威力の気功波を出せるのことに比べ、リキューは一発一発に全力を込めて集中しなければ気功波を発射することができなかった。
威力は時間をかけた分に相応した内容であったが、これでは仮に戦闘になったとしても実戦では使うことができない。隙が多すぎた。
加えて、現状ではまずいさらに深刻な問題がある。
(………このままでは、空も飛べやしない)
呼吸を整えながら、苛立ちと共に心中で吐き捨てるリキュー。
空を飛ぶ――即ち舞空術の使用には、持続的な低出力の“気”の放出と操作が必要である。
“気”の使用を抑えなければ消耗が激しくなるし、操作することができなければ自由に空を舞うことはできない。加えてそれらが持続して行えなければ、自分を砲弾として打ち出すのと変わらない有様になってしまう。
本来ならば、サイヤ人の能力を考えればそう難しいことではない。元々、子供の時に見て覚えてしまうことである。
だが、全力で集中しなければ“気”を使えず、また動作を加えなければ気功波を外部に打ち出せない今のリキューにとって、その難易度は極めて高い。
無意識でできる筈のことを、下手に身に付けてしまった自我意識のために、一つ一つの工程を認識してしまうからだ。
その中途中途で現れる疑問が潤滑な実行と学習を妨げ、そして習得を遅らせる。
一向に成果が現れない現状に、リキューの苛立ちは強まるばかりであった。
ちなみに、一個人の人格が宿ったことはデメリットばかりでなく、メリットも存在していた。
サイヤ人としての肉体の持つ本能や特性に精神が影響を受けているように、成熟した大人としての人格を持つことで、肉体が精神の影響を受けて活性化を起こしているのだ。
現在のリキューの戦闘力は150。これは同世代である他のサイヤ人と比べても、高い数値なのである。
また、未だに成果が見えない訓練であったが、他のサイヤ人は行わないこの入念な鍛錬によってなんとか気功波の扱いや舞空術をマスターしたリキューは、この訓練によって得た経験を元に後々、独力での原作のZ戦士たちが行っていた“戦闘力のコントロール”の技術を手に入れることができることとなる。
今のリキューに知る由もないが、決して無駄とはならないのだ。
十分な休息を取り終えたリキューは、身体のばねを使って立ち上がり、訓練を再開する。
今度はアプローチを変え、胸の前に両手で囲いを作るように構え、瞑目しながら全身に力を込める。
この間、リキューは“気”という力を感じ取ることに専念し、力を両手の間に集中させるよう意識する。
何故ここまで真剣に訓練に取り組むのか。
それはリキュー自身にも分からない。衝動に突き動かされてのものだったからだ。
その衝動は成果が未だ上がらない現在にもかかわらず、衰えることなくリキューの心で燃え盛っている。
すでに、この時リキューがこの訓練を初めて二ヵ月、ツフル人の滅亡からは四カ月が経過していた。
そしてこの数日後、サイヤ人たちにとって、そしてリキューの運命をも変える転機が、惑星ベジータに訪れた。
このごろ、サイヤ人たちの間では倦怠感とも緊迫感とも言える、微妙な雰囲気が漂っていた。
ベジータ王が予期していた通り、欲求が燻り不満が溜まり始めていたのだ。
幸い、火花は切られてはいない。が、時間の問題であるのは目に見えていた。
宇宙船の復旧は未だ目処が立たず、人工生物の研究も間に合いそうにない。
命令者であるベジータ王自身が、苛立ちに暴れかねないほどの鬱憤が溜まっていたその時であった。
所属不明の宇宙船が、この星に接近しているという知らせが届いたのは。
「ふむ……あれが例の星ですか、ザーボンさん?」
「はい。間違いないかと……」
円盤状の、大型の宇宙船。その船首部分に作られた、球状の強化ガラスで覆われた展望エリア。
床から浮いているマシンに乗っている、小柄な人型の異形をした人物が、隣に侍らしている美貌の存在に問いかける。
異形の人物が、ガラスの向こう側に姿を見せる惑星を見つめる。
「つまらない星ですね………たとえタダでも、あれでは欲しがるものなど誰もいないでしょう」
「へへ、全くその通りです、フリーザ様」
嘲笑するように評する言葉に追従する、美貌の人間の反対側に立つ、また一人の異形の存在。
「ですが、星そのものに価値はなくても、十分に役立てるものはあるようですね」
マシンを動かすとガラスに背を向け、展望エリアから立ち去る異形の人物。
去り際に、侍らす両脇の二人へと命令を下す。
「ザーボンさん、ドドリアさん。宇宙船を降下させなさい。あの星に降りますよ」
「はは!」
「了解しました」
常に余裕を持ち、口元に嘲笑のごとき笑みを浮かべている異形の人物。
宇宙の帝王、フリーザ。
宇宙全体に悪名を轟かせる存在が、惑星ベジータへと現れるのであった。
突如として現れた宇宙船は、サイヤ人たちが住む都市へと飛来。
そのままサイヤ人の王宮の前に移動すると、そのすぐ目の前へ着地した。
突然の訪問者の出現に、サイヤ人たちが興味深げに集まり、その船を見つめる。
その中には様子を見にきたベジータ王や、訓練を中断して様子を見にきたリキューの姿もあった。
……虫の知らせ、というべきか。
リキューは一つの確信、あるいは予感を抱いていた。
心に煮え滾る、熱い想い。鮮烈な願望。一言では言い表せない絡まった情動。
目付きは鋭くなり、宇宙船を射抜く視線は熱さを秘めながら、氷のように冷めている。
(――――“奴”か?)
ハッチが開く。
ラダーが下ろされ、奥の暗闇から人影が現れる。
先に現れたのは、フリーザの傍に控えていた、異形の存在――ドドリア。
続けて、今度は美貌の人物――ザーボンが現れる。
「なんだぁ? 奴らは?」
「さあな。観光にでも来たんじゃないか?」
久しぶりの新しい刺激に、適当に雑談をしているサイヤ人たち。
その中の一人が、面白半分にスカウターを起動させ戦闘力の計測を行う。
――そして、その表示された数値に、スカウターを使ったサイヤ人は目を剥いた。
「な、馬鹿なッ……せ、戦闘力……20000以上だと!?」
「なんだとッ!?」
ボンと、計測限界を超えたスカウターが壊れる。
それを見たサイヤ人たちの間で騒ぎが起き始め、他のサイヤ人たちもスカウターを起動させる。
結果は変わらず。同じように起動させたスカウターは爆発し、ザーボンとドドリアの両名とも、スカウターの計測限界である22000以上の戦闘力を保持していることが、故障でも何でもない事実であると確認された。
しかし、それは簡単に信じられることではなかった。
サイヤ人たちの中で最も戦闘力の高いベジータ王でさえ、その戦闘力は12000である。
突如として現れた目の前の二人は、そのベジータ王の戦闘力を10000以上も上回っているのだ。
あまりにも驚愕的事実に対して、サイヤ人たちの間で動揺が広がる。
「くくく……おいおい、薄汚ねぇ猿どもが騒いでやがるぜ」
「ああ。全く……品性の欠片もない奴らだ」
「なんだとッ? 貴様らぁ……随分と大きな口を利いてくれるなッ!」
嘲笑を浮かべながらの二人の言葉に、聞き取ったサイヤ人が怒りを示す。
元より不満が高まっていた時期のことである。
戦闘力についての驚きも忘れ、場の雰囲気は一気に殺伐としたものに変わる。
が、そんな雰囲気を歯牙にもかけず、嘲笑を浮かべたまま態度を微動だにさせないドドリアとザーボン。
容易く沸点を超えたサイヤ人の一人が、気勢を上げる。
「舐めるなぁあぁぁーーーッ!!!」
怒りと共にパワーを込め、渾身のエネルギー弾が形成。
そのまま全力で振り投げる。
リキューのものとは比べ物にならない威力のエネルギー弾は、まっすぐ目標へ直進。
二人は余裕を消さず、そのまま避ける素振りすら見せずエネルギー弾が直撃する。
短慮な行動であったが、そこには不満の燻りだけではなく、強大な戦闘力に対する一種の恐れもあったのだろう。
着弾によって爆発が生じ、煙が辺りを包みこむ。
「ッハ、何が戦闘力20000以上だ。他愛もねぇじゃねぇか」
振り投げたポーズのまま、拍子抜けするサイヤ人。
避けることも、防ぐこともしなかったのだ。
あまりにも呆気なさ過ぎて、覚えていた怒りすらも忘れて馬鹿にする。
表示された戦闘力に、あるまじき醜態。
すでにサイヤ人たちの考えの中では、スカウターの故障ではないかという思いも願望ではなく確信として現れ始めている。
だがしかし、サイヤ人たちは大前提としての条件を忘れていた。
――煙が晴れ、無傷の二人が一切の影響なく現れる。
「な、なんだとッ!?」
「……んで、さっきのは何なんだ? 花火にしちゃぁ、随分とチンケなもんだったがな?」
「っち、服に埃が付いてしまったではないか。猿どもめ」
服を払いながら、ザーボンが忌々しげにサイヤ人を見下ろす。
攻撃を加えたサイヤ人の戦闘力は、数値にして2600。
おおよそ10倍という、単純で圧倒的な戦闘力差が、ここにある。
そんな攻撃は、防ぐ必要すらないのだ。ただ身に纏う“気”の覆いだけでカットできてしまう。
はっきり言って、現状のサイヤ人にザーボンとドドリアの二人を傷付けることは不可能である。
それだけの絶対的な戦闘力の差が、両者に存在していた。
「それじゃ、ちっとばかし下等な猿どもに躾を付けてやるとするか」
「ドドリア、やりすぎるなよ?」
「へいへい」
ドドリアが一歩前へ踏み出る。
警戒するようにサイヤ人たちが動き、戦闘態勢を取る。
とはいえ、闘ってどうにかできる相手ではないことは分かっている。
絶望的な相手というもの理解しながらも戦う姿勢を取るサイヤ人を嗤いながら、ドドリアは大きく息を吸い込み始める。
(――――まずいッ!?)
朧に残っていた記憶によるものか、はたまたサイヤ人としての直感か。
とっさに判断したリキューは全力で地を蹴り、出せる限りの最速でドドリアの正面から離れる。
と、ほぼ同時。
大きく吸い込んでいた息を止め、ドドリアが吸い込んでいた分を吐き出すように口を開く。
そして、膨大なエネルギー波がその口から放たれた。
「!?ッがぁ!?」
「おああぁぁーーー!?」
「ぎゃあああぁああぁぁーーッ!!」
ドドリアと向かい合っていたサイヤ人たちが、皆強大なエネルギーの奔流に呑み込まれていく。
リキューは間一髪巻き込まれずに済んだが、エネルギー波が帯びる余波に接触するだけで大きなダメージを受けた。
サイヤ人を呑み込む、地を抉り、建築物を消し飛ばし、遥か都市の果てまでエネルギー波が突き進む。
轟音と激震が響く。
口を閉じたドドリアが、にやけながら頭に手を置く。
「いけねぇいけねぇ、ちと力を入れすぎちまったかな?」
防御姿勢を取っていたベジータ王が、目を開く。
そして目に映った光景に、言葉が意図せず漏れた。
「なんだとッ?」
都市の端まで作られた、まるでスプーンで削ったアイスクリームのような傷。
あまりのエネルギー量に地面は融解しガラス状に変化し、呑み込まれたサイヤ人たちが、その所々でバトルジャケットが砕け、全身に傷を作った哀れな亡骸を晒している。
幾多のサイヤ人を容易く葬った、あまりにも強大なエネルギー波。
戦闘力20000以上という数値は、決して偽りではなかった。
「貴様ぁーッ!!」
巻き込まれなかった一人のサイヤ人が、激昂に任せて踏み込みドドリアへ襲いかかる。
「かぁッ!」
神速で放たれる拳。
響く打撃音はもはや普通に人が放つ打撃の音ではなく、まるでダイナマイトを爆発させたかのような音を放つ。
そして攻撃は、その一発では収まらない。
「らぁあああああぁぁああぁぁぁーーーー!!!!」
一撃二撃三撃四撃五撃―――。
次々と連撃を重ね、全ての拳をドドリアの身体に食い込ませる。
全身をボロボロにしながらその様子を見ていたリキューには、その攻撃のモーションさえ見ることができなかった。
凄まじいレベルの攻撃。今のリキューには足元にさえ及べない、遥か彼方の実力であった。
攻撃を仕掛けているサイヤ人は、階級はエリートであった。戦闘力は3800。
リキューの20倍以上の戦闘力を誇るその数値は、確かにリキューには足元にも及べない強さを持っていた。
……しかし、それはそれだけのものでしかない。
「よっと」
「ぐッ!?」
攻撃を受けていたドドリアが、飛んできたサイヤ人の拳を簡単に掴む。
そのまま強烈な握力で、拳を握り潰そうと締める。
慌ててサイヤ人がもう片手で殴りかかるが、今度は脇で腕ごと挟まれ捕まる。
そして身動きが封じられたサイヤ人に対して、余裕の表情を浮かべ……そのままヘッドバットを打った。
サイヤ人の顔に、ドドリアの頭がめり込む。
「――ご、がぁ」
「どっこらせっと」
胸に軽く、しかしその実に反比例した威力の一撃を打ち込むドドリア。
バトルジャケットに罅が入り、サイヤ人の身体が空高く吹き飛ぶ。
次の瞬間には、吹き飛ぶサイヤ人のその先にドドリアが現れた。
組んで握りしめた両手を上に掲げ、飛んできたサイヤ人にハンマーを振り下ろすように叩きつける。
ベクトルを反転させ、地上へ吹き飛ばされるサイヤ人。
そのまま地に激突し、土煙が上がる。
煙が晴れ、サイヤ人の姿が現れる。
――首をはじめ、全身の骨が粉砕され、死んでいた。
ドドリアが攻勢に移って、ほんの数秒足らず。
瞬殺だった。
悠々と地に降り立ち、ゴキゴキと肩を鳴らしながらドドリアがしゃべる。
「あ~あ、準備運動にすらならねぇな。全く、もうちょっと張り合いってもんが欲しいぜ」
「フフフ、ないものねだりなどしても意味がないだろう、ドドリア。所詮サイヤ人など、下品で品のないただの猿に過ぎんのだからな」
「ちがいねぇな。ぐははははは!!」
「ぐ、き………貴様らぁ~ッ!」
嘲笑に対して、ベジータ王をはじめサイヤ人たちが怒りを募らせる。
とはいえ、現状のサイヤ人に対抗する術はない。
それだけ彼我の戦闘力差は大きい。
だがしかし、だからといって諦める訳にもいかない。
サイヤ人の怒りと、ドドリアとザーボンの嘲りが漂う空間。
だが、この緊迫した空間にある声が投げ込まれることで、場の雰囲気が一変されることになる。
「まあまあ、お二人とも。あまりそう挑発しないでおやりなさい」
「ふ、フリーザ様!?」
「はは!」
宇宙船のハッチ。暗がりの奥からかけられた言葉に、服従の意思を見える二人。
頭を下げると、それぞれハッチの両脇に控えて立つ。
ハッチから、浮遊するマシンに乗った、小柄な人型の異形が現れる。
その姿を、ボロボロの身体のままでありながらも、リキューは見つめていた。
(―――ああ、そうだ)
その“もの”が現れることを、リキューはベジータ王の宣言の時から予想していた。
だからこそ、本人は無自覚ながらだったが、その時からより意識を冴え渡らせ、“生きる”という行為により熱を入れ始めていた。
宇宙船が現れた時には、はっきりと自覚した期待感を胸に抱いていた。
そして―――ドドリアとザーボンが姿を現した時、リキューは確信を得た。
そこに……その宇宙船の中に、“奴”がいるであろうということを。
「私たちは話し合いに来たのですからね、あまりお猿さんたちをからかわないことです。いちいち反抗されるのも面倒ですからねぇ」
「ぐふふふ、分かりました」
「確かに、御尤もな話です」
強大な戦闘力を持った、二人の男をも従える存在。
突然現れた不気味な輩に対し、恐れを隠しながらもベジータ王が問い質した。
「貴様………いったい何者だ!?」
ベジータ王の言葉に、マシンを動かして本人と対面し、異形が口を開く。
「これはこれは、自己紹介が遅れましたね」
傲岸不足に、マシンに乗ったまま名乗りを上げた。
余裕の口調、その端々に嘲りを乗せながら。
「私はフリーザ、この宇宙の支配者です。どうぞ、今後ともよろしく……戦闘民族の皆さん」
リキューは見ていた。
宇宙船から姿を現し、言葉を発するフリーザの姿を。
一片たりとも視線をそらさず、ずっと見届けていた。
ドクンと、心臓が高鳴る。
(ああ、そうだ―――)
今この瞬間、初めてリキューは鮮烈な願いを抱いた。
―――いや、気が付いた。
自分がこの世界に転生してから、ずっと心に秘めて熱していた想い、あるいは願いに。
リキューはサイヤ人として願っていた。肉体を駆使した熾烈な戦いを、より強くなることを。
リキューは日本人として憧れていた。かつて子供のころに見て読んだ、キャラクターの活躍、しいてはその強さに。
しかしそれは、どちらも叶わない願いだった。
サイヤ人の闘争本能に任せて戦うことは、日本人としての理性が許さなかった。
憧れたキャラクターたちのように強くなることは、現実の日本人では実現することができなかった。
――自縄自縛。己の夢を己の意思で、ただ心に沈めていたはずのリキュー。
しかし、彼は得てしまった。夢を目指す理由を、抑える意思を解きほぐす言い訳を。
サイヤ人への転生。
これがリキューの心に網をかけていた前提を崩した。
強くなることができる。自分もまた、憧れたあのキャラクターたちの強さ、それと同じものが手に入れることができる。
僅かながらも抱いたこの想いは、ベジータ王の宣言により、ここが確実に原作と同じ世界であると確信した時、より加速することとなった。
加速する想いはサイヤ人の肉体に宿る本能を刺激し、無意識化の闘争欲求をより駆り立てる。
――だが、その捌け口はなかった。
サイヤ人は決して善人の集まりではない。対極の立場にある、悪性の存在である。
ここで戦うことを選択することは、自分のために多くの罪のない他人を傷付ける……否、殺戮することを意味する。
そんなことは、日本人としての倫理観が到底許すことではなかった。
だからリキューは、猛る闘争欲求をその理性で封じ込めたのだ。
命の問題との比較である。選択に余地はなく、迷いもなかった。
しかし、それは確実にリキューの精神に負担をかけ、決して小さくないストレスを蓄積させる。
そしてこのストレスはリキューにある考えを浮かばせ………その捌け口となる存在を、閃かせたのだ。
これら上記の流れ全てを、リキューは自分自身で把握していたわけではない。
無意識の判断や決定、願望や本能的な作用のある部分が大半。
むしろリキュー自身は、転生してからの日々のほとんどを、特に考えもせずに過ごしていたつもりである筈である。
しかし、これらの流れは決して夢幻ではなく、リキューの心の中で確かにあったものである。
そしてその結果は、リキューがフリーザをその目で確認したとき、その脳裏にはっきりと自覚された。
リキューは求めていた。
闘争本能の捌け口を。
溜まったストレスの発散するべき対象を。
しかしただ戦うことは、日本人としての倫理観が許さない。
が、そこでリキューの無意識はこう囁いたのだ。
ならば、闘っても――殺しても文句のない相手ならば?
その考えに至ったとき、リキューはその理想的対象をすでに算出していた。
リキューは日本人としての記憶を持ち、その倫理観も一層高かった。
しかし、だからと言って全ての命あるものは愛すべき、というような博愛主義者でもなかった。
聞くもおぞましい、あるいは卑劣極まる犯罪者など、etc……。
そういった存在の須らくは、多少過激な言い分であったが、死んだ方がいいと思える人種でもあった。
だから、リキューは考えた。
リキューの倫理観に触れない、ストレスの、闘争欲求の捌け口としての存在。
殺したところで、一切の問題のない人間。むしろ、殺さなければならない“もの”。
サイヤ人の、より強者との戦いを、より強くなることを求める本能。
それを満たせるだけの、強大な相手。
そして、強さに憧れた日本人としての、記憶。
リキューはそれら全てに折り合いが付く、最上の理想的な対象を見つけていた。
いや、厳密にはその姿は、今この瞬間に“見た”。
ボロボロの身体でありながら、リキューはかつてない高揚と苛烈な意思を燃やしていた。
視線は微動だにせず、フリーザに釘付けのまま。
口元が笑みを作るのを止められず、溢れ出る愉悦は留まるところを知らない。
それは無謀であっただろう。
今のリキューの戦闘力では、フリーザどころか、その両脇に佇むザーボンとドドリアにさえ敵わないのだから。
にもかかわらず、リキューは闘志を衰えさせることはなかった。
リキュー自身にも、そんなことは分かっていた。
――だが、それがどうした? それがよいのだ。
――今の自分では絶対に敵わない。このまま育っても敵わない。
――だからだ。だからこそ強くなる。
――憧れたように、自分も修行し、訓練し、鍛錬し、そしてその喉元まで牙を伸ばすのだ。
――より強い相手だからこそ、挑むのだ。戦うのだ。
――フリーザは許せない存在だ。殺したところで問題はない。いや、むしろ殺さなければならない存在だ。
リキューの心を律する考えは、遂にフリーザという全ての問題をクリアされる存在が現れることによって、その闘争本能を封じる理由をなくし、闘争欲求を解き放ってしまった。
今、リキューの戦闘力をスカウターで測れば面白い結果が見れたであろう。
150程度である筈のリキューの戦闘力が、この瞬間おおよそ600前後まで上昇していたからだ。
原作において、悟空は言っていた。
精神と身体を一致させないと、大きな力は出せない……と。
今この時、この世界に生まれて初めて、リキューは精神と肉体が意向を完全に一致させていたのだ。
それが活性化の起きていた肉体のポテンシャルを想像以上に引き出し、極めて大きな戦闘力を発揮させていたのだ。
ぎらついた目付きでフリーザを睨みながら、リキューははっきりと自覚した思いを、心の中で吐き出す。
(そうだ、フリーザ………お前は)
リキューの思考には、原作への介入や史実の改変、といった意識はない。
そこにはあるのは、純粋な己のための願いであり野望。完全なエゴである。
(お前は……この俺の……この手で、倒すッ!)
あるいは、この時殺すと思わなかったことこそ、彼が純粋なサイヤ人ではなく、日本人であったことの証だったのかもしれない。
――あとがき。
この作品は九割の捏造と一割の拡大講釈でできております。
こんにちは、作者です。
意見多数を頂いたのでプロット撤去します。
面白いと言ってくださった方々ありがとう。
文体変えてみました。
自分のイメージ通りの主人公像を伝えられるよう錯誤。伝わったかな? かな?
正直話として繋ぎ的要素が多いから、面白いかどうか不安。
戦闘シーンとかの描写を考えるこの頃。
感想待ってマース。