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No.5944の一覧
[0] 【完結】トリッパーメンバーズ(超多重クロス)【外伝更新】[ボスケテ](2011/04/06 01:53)
[1] 第一話 序章開幕[ボスケテ](2009/09/15 13:53)
[2] 第二話 ツフル人の滅亡[ボスケテ](2009/01/25 16:26)
[3] 第三話 宇宙の帝王 フリーザ[ボスケテ](2009/01/25 16:19)
[4] 第四話 星の地上げ[ボスケテ](2009/02/07 23:29)
[5] 第五話 選択・逃避[ボスケテ](2009/02/15 01:19)
[6] 第六話 重力制御訓練室[ボスケテ](2009/02/23 00:58)
[7] 第七話 飽くなき訓練<前編>[ボスケテ](2009/02/23 00:59)
[8] 第八話 飽くなき訓練<後編>[ボスケテ](2009/03/03 01:44)
[9] 第九話 偉大なる戦士[ボスケテ](2009/03/14 22:20)
[10] 第十話 運命の接触[ボスケテ](2009/03/14 22:21)
[11] 第十一話 リターン・ポイント[ボスケテ](2009/03/16 22:47)
[12] 第十二話 明かされる真実[ボスケテ](2009/03/19 12:01)
[13] 第十三話 最悪の出会い[ボスケテ](2009/03/28 22:08)
[14] 第十四話 さらなる飛躍への別れ[ボスケテ](2009/04/04 17:47)
[15] 外伝 勝田時雄の歩み[ボスケテ](2009/04/04 17:48)
[16] 第十五話 全ての始まり[ボスケテ](2009/04/26 22:04)
[17] 第十六話 幻の拳[ボスケテ](2009/06/04 01:13)
[18] 第十七話 伝説の片鱗[ボスケテ](2009/06/22 00:53)
[19] 第十八話 運命の集束地点[ボスケテ](2009/07/12 00:16)
[20] 第十九話 フリーザの変身[ボスケテ](2009/07/19 13:12)
[21] 第二十話 戦いへの“飢え”[ボスケテ](2009/08/06 17:00)
[22] 第二十一話 必殺魔法[ボスケテ](2009/08/31 23:48)
[23] 第二十二話 激神フリーザ[ボスケテ](2009/09/07 17:39)
[24] 第二十三話 超サイヤ人[ボスケテ](2009/09/10 15:19)
[25] 第二十四話 ザ・サン[ボスケテ](2009/09/15 14:19)
[26] 最終話 リキュー[ボスケテ](2009/09/20 10:01)
[27] エピローグ 序章は終わり、そして―――[ボスケテ](2011/02/05 21:52)
[28] 超あとがき[ボスケテ](2009/09/17 12:22)
[29] 誰得設定集(ネタバレ)[ボスケテ](2009/09/17 12:23)
[30] 外伝 戦闘民族VS工作機械[ボスケテ](2011/03/30 03:39)
[31] 外伝 戦闘民族VS工作機械2[ボスケテ](2011/04/06 01:53)
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[5944] 第二十一話 必殺魔法
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/08/31 23:48

 リキューは、人を殺すことを目的としてその力を振るうことは、ほとんどない。
 それは今生の環境の中で育まれた歪な倫理観ゆえのことであり、そしてもはや固定化し意固地なものとなってしまっている、自身の潔癖感への執着のためでもあった。
 リキューにとって、“人殺し”とはどうしようもなく悪辣な罪状であり、同時にそれを自身が行い己が手を汚すことは、最も避けなければならない事柄であったのだ。
 それゆえにリキューは、自身から率先して戦いに挑む好戦的な人格をしていながら、矛盾するように道徳について気に病むこともあるという、反発しあうような性質を併せ持った性格を形成するに至っていたのであった。

 この性格を指し示すであろう象徴的な表れがある。それはフリーザ軍戦闘員との戦闘の結果である。
 どれだけ情状酌量の余地を入れようとも、問答無用で悪人であると切って捨てることが出来るであろう彼ら戦闘員たち。それをリキューは圧倒的な実力差で叩き伏せながらも、一人として命を奪うことはなかった。
 例え悪人であろうとも、人間の屑と称される存在であろうとも、容易く命を奪うべきではない。これはそんな似非ヒューマニズムを持っていたがゆえの行動である。

 リキューのこのスタンスは、何時いかなる場所・世界においても変わることなく貫かれている。
 もちろん、このスタンスに従って行動した結果、手痛い反撃を受けた経験など語り尽くせないほどある。死線をさまよう程の重傷を負ったこととて少なくはないし、いらぬ恨みを買ってしまうことなどは言うにも及ばない。だが、そうでありながらリキューが、それらの過去の経験から己の行動を改めたことはない。
 それだけリキューにとって、このルールを守ることは大事だったからだ。そのためならば幾ら自身の身体傷付き、命の危機に晒されようが、全く構わない程度には。

 簡単に言って、リキューは己の精神の安寧を得るために、肉体の安全を切り捨てていたのだ。

 自分で自分の精神に制約をかけ、追い込み、結果形造られた精神の形。自縄自縛した果ての人格。
 単純な戦闘狂のようだと思えば、妙に慈悲深くこだわる行動。傍若無人な人間かと思えば、義理を通すことに執着する。
 傍からの人物像として自由奔走な男だと、周囲の人間にもっぱらそう評価されていたのだが、その内実では幾つもの知られざる障害が置かれていたのだ。

 長々と説明したものの、つまり結論として、リキューは戦闘の時は常に相手に対し、何かしらの気遣いをしているということである。
 老若男女、善悪問わず。それがリキューの戦闘スタイルであり、ずっと変わらず貫き通して来た主義なのである。
 が、しかし。リキューのこの主義の当て嵌まらない存在もいる。
 リキューのずっと貫き通してきた戦闘スタイル。不殺主義スタンス。その例外。
 リキューが殺しても構わないとし、抹殺することを厭わない相手。全力を発揮することを躊躇しない相手。

 それは、リキュー自身が心底から絶対悪だと認識した存在である。

 完全に悪だと認識した存在。死んでも構わない者であり、むしろ死んだ方が世のためになる様な、存在そのものが害をなすであろう、百害あって一利なしな、最悪な者。
 人間の屑を越えた悪。抹殺すべき悪。排除すべき害虫。見るも触れるもおぞましく憎々しい、悪。

 リキュー自身がそうと認識した存在に限り、リキューはその戦闘力を人間に対し一切の加減なく解放し叩き付けることが可能となるのである。
 その結果はこれまで、その全ての戦いにおいて勝利を得ているというものから分かるだろう。
 元々がサイヤ人という、規格外のスペックを持った人間である。余計な驕りや手抜きがなければ、大抵の相手に対してその身体能力だけで勝利を得ることが出来るのだ。

 そして、フリーザという存在はリキューが今生で最も最初に、絶対悪と認識した存在であった。余すことなく殺意を解放し、叩き付けることが許される存在であったのだ。
 十年以上の月日を跨る、千秋の想い。長年の悲願。否応なくリキューは昂ぶざるを得なかった。

 かくして、今。
 リキューは歓喜の念と闘争心の滾りを胸に、最終形態となったフリーザとの激突を迎えた。
 その脳裏には勝利の二文字だけが明示されている。
 今までも、リキューがその戦闘力を全開にし挑んだ戦闘ではその全てにおいて勝利を収めているのだ。それがより一層、確信を深める補強材として働いていた。
 それにいざとなれば、多少の戦闘力差があってもそれを逆転させるであろう隠し手を一つ、リキューは持っていたのだ。

 ゆえに、リキューは揺るがない。愚直に勝利を信じ、宇宙の帝王へと向けて戦いを敢行する。
 この時リキューの胸に、絶望という言葉は欠片たりとも存在してはいなかった。








 フリーザが腕を伸ばし、その人差し指をリキューへと差し向けた。
 その刹那、向けられた人差し指から一筋の気功波が放たれた。収束されたその気功波の威力は見た目以上の威力と、そして何よりも特筆すべきこととして、ただ速かった。
 リキューは舌打ちし半ば地面に倒れる様に、身体を横に投じる。すぐ傍を気功波が通り過ぎた。

 「へぇ? やるね」

 フリーザが感心した様子で呟いた。放たれた気功波は、今までフリーザが放った、その気功波らのどれよりも速かった。
 しかしそれをリキューは、初見で回避することが出来ていた。これはリキューの持つ能力、つまり戦闘力の高さを如実に示していた。
 リキューが動く。
 倒れ込んだ身体を、片手を地に付け支えてそのまま横転。両足が接地すると同時に大地を踏み砕き、フリーザへと猛進した。
 短い叫び声を上げて、握り締めた拳を突き抜けさせる。しかし、拳が命中する前にフリーザの姿が幻のように消える。拳が空振り、身体が流れる。
 リキューの目だけが動き、向かって右へと視線を向ける。フリーザの姿はそこにあった。ほんの一瞬の間に、攻撃をかわすどころかすぐ傍に回り込んでしまっていた。

 フリーザが攻撃を繰り出す。リキューの反応は間に合わない。動きは捉える事が出来ていても、それに身体の動きが付いていかない。
 無防備にさらけ出された脇腹が、したたかに蹴り上げられた。バトルジャケットが粉砕され、肺の中の空気が衝撃に吐き出される。
 空高く身体が打ち上げられる。すぐにフリーザが加速し、追撃をかけた。

 「ちぃッ!」

 リキューは身体を宙に急静止させ、追撃してくるフリーザへすかさず反撃を試みる。
 直前にまで近付いていたフリーザへと浴びせる、拳打の嵐。次々と風切って打ち込まれていくそれらだが、しかし。フリーザは悠々と全撃回避していった。
 それは速度を上げていっても、変わらない。出せる限界にまでスピードを引き上げるも、フリーザの肌にかすらせることすら出来ていなかった。
 速い。リキューはそれだけ思った。
 とにかくも、速度が桁違いに跳ね上がっていた。“気”を探る技能があるために知覚は追い付いてはいたものの、身体の動きがそれに付いていけなかった。

 またフリーザの姿が掻き消える。今までフリーザのいた地点に拳を突き入れた姿勢のまま、一瞬リキューは硬直する。
 そして位置を特定したと同時、フリーザの声が投げかけられた。

 「後ろだよ」

 慌てて振り返る。と、フリーザをその視界に収めた間際に、リキューの顔面へと頭突きがぶち込まれた。
 人中へと入り、あまりの激痛に苦痛の声も漏らさず悶える。そしてさらに追い打ちをかける様に、フリーザはその尾を振った。
 避ける暇もない。リキューは尾に弾き飛ばされ、今度は地上へと向かって墜落させられた。

 「っぎ!」

 意思を強く持って体勢を持ち直し、歯を食い縛りながら地面に両足から着地した。ズンと鈍い音が響き、地面の一部に少しばかりの亀裂が入る。
 即座に上空へと振り返り、リキューは己の右手に“気”を凝縮させた。フリーザの姿を視認するやいなや、その手を伸ばす。
 そして限りなくタイムラグを挟まず、気功弾を打ち放った。光輝く破壊的な光球がフリーザへと接近する。
 だが光球が命中しようとした時、またフリーザの姿が掻き消えた。目標を失い、無人の空の果てへと気功弾が飛んでいく。
 敵意を満たした視線を下ろす。フリーザは地に着地した状態で、そこにいた。

 「そんなものなのかい。もっと粘って見せてくれよ。せっかくこの姿まで引きずり出したんだからさ」

 「ああ、そうかい」

 血混じりの唾を吐き捨てる。不機嫌な様子を隠すこともなく、リキューは表情にそれを表す。
 スピードは完全に上回られていた。こちらが何かしらの行動を起こそうとも、その前にフリーザが先回りしそれを叩き潰す程にだ。
 仮にこちらが先制したとしても、余裕で直前で回避されるのだ。戦いだと呼べるレベルの差ではなかった。
 しかし、そうと分かり切っていながらリキューの態度には、まだ余裕が存在していた。完全にスピードで圧倒され、戦いにならない状況だと理解していたにもかかわらずである。
 リキューが、述べた。

 「どうやら、このままじゃ貴様の動きに付いていけなさそうだな」

 「なんだい? それは諦めたってことかい? 随分とまあ、威勢が良かった割に呆気なく認めるな」

 「早とちりするんじゃねえよ、フリーザ。“このまま”じゃ動きに付いていけないって言ってるんだ」

 「じゃあなんなのさ。もったいぶらずに、隠し手でもあるんならさっさと見せろよ。僕はそんなに気が長くないんだ」

 まああればの話だけど、とフリーザは言い、嗤った。
 自身の優位を一切疑っていない、完全なる強者としての自信と傲慢に満ち溢れていた。それは決して過信ではないだろう。
 現実に、フリーザは強い。圧倒的に。リキューはそれを素直に認める。
 だが、勝つのは俺だ。リキューはそう断じた。

 リキューは見せつける様に大仰に、己の右手を胸の前に持ってくる。
 その右手首には、リストウォッチのような小さな機械がくるりと巻き付けられている。機械はシンプルな外観をしており、電子的なメーターと幾つかのスイッチ類が付いているだけの、味気ない簡素なデザインであった。
 正体を見抜けなかったのであろう。好奇心と嘲笑を浮かばせて、フリーザが問いかけてきた。

 「それが切り札かい? 一体何なんだい、その小さな機械は?」

 「重力コントローラーだ」

 「なんだってッ?」

 笑みを含んだ声で告げたリキューの言葉に、フリーザがほんの少し驚いたかのように声を上げた。
 右手首に巻かれた機械―――重力コントローラーにリキューが左手を伸ばす。そして余計な装飾の存在しない無骨なデザインの中にあった、数少ないスイッチ類の内の一つを押す。
 すると、メーターに表示されていた230Gという表示が消えた。代わりにメーターには、改めて1Gという表示が現れる。
 息をじっくりと吸い、吸った時間と同じだけの時間をかけて吐き出す。ごきごきと身体全体を動かし、関節を柔らかくするように動かす。そうして最後に一つ拳から音を鳴らして、リキューは構えを取った。

 「さあ、やろうか」

 「まさか、ずっとハンデを付けていたとでも言うのか。この、フリーザを相手に?」

 フリーザの漏れ出たその言葉に、リキューは特に応えることもなかった。すでに戦いは始まっている。
 さしあたっては、まず先制。リキューの意識はそれだけを思い浮かべていた。そしておあつらえ向きに、今フリーザは無防備であった。
 ともかく、散々一歩的に遊んでくれた借りだけは返しておこう。遠慮する必要もなく、リキューは突撃した。
 最速最高の機動が発揮される。数ヶ月ぶりに重力の束縛から解き放たれ、心と体が踊っていた。リキューは難なくフリーザの真横へと接敵することに成功する。
 驚愕したかのようにフリーザがリキューへと向き直るも、それ以上の何かしらの反応をさせる前にリキューの蹴りが打ち込まれた。まともにぶつかり、一気に加速を付けられてフリーザの身体全体が遠く彼方まで吹っ飛ばされる。勢いは衰えることなく、やがて進行方向上の立ち塞がっていた岩山へとフリーザは激突。崩れ落ちる岩塊と舞う砂塵の中にその姿を消した。
 油断はしない。この程度で終わるなど、最初っから思ってなどいない。

 予想は違わず。舞う粉塵の中から、フリーザは極々自然な足取りで現れた。その身体には傷らしい傷もなく、精々が肌が少しばかり汚れた程度のもの。
 元より分かっていたことである。“気”も大して減っていなかったのだ。本番はこれからだと、リキューは浮つく意識を適度に抑える。
 フリーザが口を開く。その声色は何ら痛痒を感じさせぬ、平然としたものであった。

 「ハッタリじゃなかったのか………スピードが見違えたように速くなったよ。いったいどこで手に入れたんだい、そんな高度なオモチャを」

 「手に入れたんじゃない、俺が作ったんだ」

 感嘆の声が上がる。フリーザは本気で驚いた様子であった。リストウォッチサイズまで小型化された重力制御機構など知らぬのだから、当然の反応だった。まさか戦うことしか能のないサイヤ人風情が、そんな画期的な技術革新を独力で行えるとは思いにも寄らなかったのだろう。
 実際のところは、確かにこの重力コントローラーを製作したのがリキューであるという点に間違いはなけれども、その機能の全てを自身で一から開発・設計した訳ではなかったのだが。
 トリッパーメンバーズという混雑した技術の集積地だからこそ手に入れられた、本来ならば知ることのなかった他の創造物世界よりもたらされた技術体系。それ由来の重力制御システムなどを研究・微調整し組み込んで、完成させていたのが真相であったのである。
 正直なところリキュー独力で完成させたと言うには大言壮語が過ぎる物言いではあったのだが、しかしそれをわざわざ明かす義理もない。
 重要なのは、今までリキューは強烈な過負荷を受けた状態で過ごしていたのだという事実である。

 リキュー自身の手によりかけられていたその重力は、数値にしておおよそ230倍。単純計算で、リキューはその体重が18tを超える状態であったということである。服一つ取って見てもそれだけの倍化をかけられれば、たかが数百gにも満たないそれとて、数kgもの重量を持つ拘束具の一つへと変ずる。
 普通、そんな重量を持った人間大のサイズの生命が存在する筈がない。したところで、まともに惑星上で生活など出来る筈がない。それだけの重量があれば、その何気ない歩行のための一踏みで地を踏み抜くだろうし、そもそも地に直立することも出来ずに遥か地底深くまで埋まってしまう筈だからだ。地が受け止めるには、その両足の面積は重量の受け皿として小さすぎるのである。
 その不可能を可能とするのが“気”というエネルギーの力であり、より厳密に言えば舞空術と称される技であった。
 重力コントローラーによって倍化した己の身体の重量を、“気”を操り同等の下から押し上げる浮力を発生させることで相殺、結果傍から見ればプラスマイナスゼロ。極々自然な状態であると見えるものを作り出していたのである。ゆえに超重力影響下にありながら日常的な生活を営むことが出来ていたのであった。
 これの意味することはつまり、常態レベルにまで極めた“気”の分割コントロール技術を持つということ、そして凄まじいまでの精緻な“気”の操作力すら持っているということ、この二つである。

 リキューの姿が消えた。
 フリーザは今度は慌てることもなく、視線を横にずらす。猛速で接近してくるリキューの姿を認め、放たれたパンチを至近で避けた。
 リキューは初撃を外されたことを気にも留めず、そのままラッシュへと移行し追撃をかけた。
 あまりの速度に発生する無数の残像が戦場の攻防を彩りながら、リキューはラッシュを続けフリーザはそれをかわし続ける。
 切り返し放たれた拳の一つをフリーザが掴み取ると、即座にリキューは掴まれた手を基点に跳ね上がり、蹴りを放つ。容易く腕を割り込ませてその一撃を受け止めると、フリーザはその勢いを殺すこともなく受け入れて、宙転しながら距離を取った。
 逃がすか。リキューは距離を取るフリーザへと向けて、即座に片手を伸ばし気功弾を撃ち放った。

 その気功弾は、受け止めようと掌を広げて待ち構えていたフリーザの直前で勝手に爆裂し、より細かな砕片となって四方へと飛び散った。
 フリーザが思わぬ展開に疑問の叫びを上げる。予想を外すという意味で、それは立派な不意打ちであった。
 リキューは気功弾を撃ち放った手を伸ばしたまま、その爆裂と同時に掌を広げていた。口元には思惑通りに事が運んでいる者特有の笑みが浮かんでいる。
 爆裂し分裂した気功弾の砕片は、消え去っていなかった。そのままフリーザの周囲を包囲する形で場に静止しており、ただ次の命令を待っている。フリーザは表情を変え、己が何時の間にか取り囲まれてしまったことを悟ったようであった。
 それは、もう遅い。

 「くらいやがれッ」

 リキューは開いた己の掌を、一気に握り締める。そして連動しフリーザを包囲していた無数の気功弾ら、その全てが一気に中心に存在するフリーザへと向かって収束し、爆発した。
 爆風と爆煙が炸裂し、視界を覆い隠していく。
 逃げ場なし、逃げる手もなし。リンとの戦いで経た経験を元にリキューが編み出した、物量による包囲というシンプルな理屈に則った回避不可能な技であった。
 よしと、リキューは得られた結果に内心で頷く。手応えはあった。確実に全弾が直撃した筈であった。
 が……しかし、発せられる“気”の大きさを感じ取り、リキューは眉を顰めた。“気”の大きさに、さしたる変化を感じ取れなかったからだ。

 (ダメージを喰らっていない?)

 そんな懸念が、リキューの脳裏をよぎった。そしてすぐに爆煙は晴れ、フリーザの姿が現れた。
 晒されるその姿に、変化はない。フリーザは全弾が直撃したにもかかわらず、ケロリとした様子で腕組みなぞをしている。
 やはり、思った通りダメージを喰らっている様子は微塵もなかった。

 「なかなかに面白いことをするじゃないか。さっきの機械といい以外と器用な奴だね、お前」

 「そうかい、それはどうも」

 フリーザの褒め言葉らしき代物に、リキューは適当な相槌を打って応答する。その表情は憎ったらしそうに変形している。
 威力が足りてなかったか。フリーザの様子を見て、そう一人で結論を出し納得する。
 決して先の一撃が手抜きであった訳ではない。それなりの“気”を込めた相応の攻撃であったのだ。曲がりなりにもリキューの持つ技の一つである、チャチな威力である筈がない。しかしやはり一旦分裂させてから集中攻撃させるという過程を踏む以上、普通の攻撃よりも単純な一つ辺りの威力が若干落ちてしまうのは事実ではあった。
 なら、とリキューは考える。今度は最高の破壊力を持った一撃を叩き込んでやる。リキューは次なる戦術を決定した。

 弾かれたようにリキューは地を蹴り、空へ躍り出た。
 未だ腕を組んだまま余裕の態度であるフリーザへと向けて、即座に距離を詰めて次々と爆裂乱舞を繰り出す。
 重力制御も手加減もされていない正真正銘の本領が遺憾なく発揮され、凄まじい速度を維持したまま攻勢が続けられる。
 フリーザは防戦一方のまま、攻撃らしい攻撃をしなかった。組んだ両手を解いて動かし、息つく間もなく放たれて来る攻撃の全てを防いでいる。

 ふと、大振ったモーションでリキューが蹴りを放った。唐突に挟まれたその動作だが、当然そんなスローな攻撃が当たる訳はない。
 避けるまでもないと見たのか、フリーザが片手をその蹴りに合わせる様に掲げる。そして放たれた蹴りは予測された通りの軌跡を通り、その軌道上に置かれたフリーザの手と接触し―――すり抜けた。
 フリーザの瞳が大きく見開かれる。リキューの姿が何時の間にか、目の前からいなくなっていたのだ。
 超スピードによる視覚の誤魔化し、俗に言う残像であった。

 「何処だ?」

 キョロキョロと、フリーザは辺りを見回す。残像とは若干スローなスピードに慣らさせたところでスピードを切り換え、相手の視覚を錯覚させ騙す技法である。
 それゆえ、前もってそうと分かってさえいれば別にトップスピードを出されようとも捉えられないという訳ではない。急激な緩急による感覚のマヒが原因なのだから。
 しかし、それでも残像に一度でも騙されれば一瞬の隙が生じる。ほんの一秒にも満たないレベルの小さな隙だが。
 それはリキューにとって、次なる行動を用意するに十分過ぎる猶予である。

 「こっちだ、フリーザ!」

 「!?」

 浴びせられた叫び声に振り向いたフリーザは、遠距離から両足を揃えて身体ごと突っ込んでくるリキューの身体を目撃した。
 音速を突破したことによるショックウェーブを放ちながら、リキューの両足はフリーザの身体にと突っ込んだ。
 防御姿勢を取る暇もなくまともに喰らい、フリーザは斜め下方の方向へと吹き飛ばされた。緩い角度で地に突入し、そのまま数十mにも及ぶ溝を刻んでいく。
 やがて、フリーザの動きも止まる。だが長い距離を吹き飛ばされるほどの衝撃を受けながらも、悠々と半ば埋もれた自分の足を引き抜き、平然と歩き出した。やはりその小さな体躯に、ダメージの刻まれた様子はない。
 底知れないタフさ加減であった。宇宙最強という称号は伊達ではない。

 「だが、これならどうだ?」

 リキューの次なる手は、すでにフリーザを蹴り飛ばした時には始まっていた。
 視線を向け、フリーザは気が付いたようであった。リキューは地に降り立ち、フリーザと同じように両足で大地を踏みしめて立っていた。
 その両掌は胸の前で囲いを作る様な形を取って、向かい合わせられている。

 ニヤリと、リキューは見せつけるような笑みを浮かべる。
 すでに構えられた両手には、全身から掻き集められた“気”が収束されていた。
 気が付いたばかりの様子のフリーザを尻目に、リキューは己の持つ最大最強の必殺技を叫びと共に解放する。

 喰らいやがれ。リキューの思考がそれだけに染め上げられた。

 「フルバスターーーーッッッ!!!!」

 囲いを作っていた両掌が前へと揃えて突き出され、蓄えられた“気”が解放された。極太の気功波がリキューの両手より生み出され、その矛先をフリーザへと向けて真っ直ぐに直進する。
 これこそが、リキューの持つ唯一にして最大最高の必殺技である“フルバスター”だった。ただ“気”を収束して放つというシンプルな原理だけを持つ、単純にして最強なる技。
 それはリキューの初めて編み出した技であり、そして“気”の扱いが熟達した今、その真価を最も発揮できる必殺技であった。その威力は紛れもなく、現時点のリキューにて用いれる最大最強の代物。
 ゆえにこそリキューは、例えフリーザであろうとも確実に通用するであろうという確信を持つ。

 (その余裕面を、何時までもしていられると思うなよ!)

 心に抱くは、そんなくだらない意地程度。しかし放たれた攻撃は、実際問題洒落にならないだけの威力を持った激烈なものであった。
 ここまでの威力を発揮したフルバスターを放った経験は、リキュー自身これまでになかった。こんなものを叩き付けられるだけの相手に会ったことが今までなかったからだ。不殺主義者であるがゆえにこそ働く、自制があったのである。

 最大最強の光線が、特大の気功波がフリーザの抉った地の溝に重なる様になぞりながら、さらなる巨大な溝を上に刻み付けながら直進する。
 タイミングはベスト、かわす余地はない。
 防ぐか受けか、どっちみち当たるしかフリーザには選択肢はない。そうであると、リキューは確信していた。
 だが、しかし。
 フリーザは、防ぐことも受けることも、そのどちらをすることもなかった。
 眼前へと迫る巨大な気功波。 それを前にし、フリーザは表情から色を消し、片手を握り締めて拳を作る。

 そして真っ正面から今まさに呑み込もうと迫っていた気功波に合わせる様に腕を振り払い、その腕一本で無造作に気功波を弾き飛ばした。

 「―――ッッッ!? な、なんだとッッ!?」

 驚愕に染め上げられたリキューの顔の横を、弾かれた気功波が通り過ぎる。そのまま気功波は遠く彼方へと飛来して着弾、激しい爆発と共に大地を削った。
 遠い後ろから爆風の余波が駆け抜ける中、リキューは呆けた表情のまま身体が固まったままだった。
 唖然とし微動だにせぬまま、からからと現実味のない思考だけが空転した。

 (片手一本で………それもあんな呆気ない動きで、俺のフルバスターを弾き飛ばした、だと?)

 コキコキと、フリーザは気功波を弾いた腕の方の手首を調子を確かめる様に動かしていた。
 ダメージを受けている様子は、やはりない。気功波を弾き飛ばしたその腕にすら傷一つなく、正真正銘無傷であった。リキューの最大最強の威力を持った必殺技である、フルバスターを受けていながらだ、だ。
 そこで、ふとリキューは気が付いた。
 感じ取れるフリーザの“気”が、全くと言っていいほど揺らいでいないことに。二つ感じ取れる、明確に認識できる表へと出ている“気”と、そして内へとまだ隠されたまま発揮されていない潜在パワーの波動。その一方である潜在パワーの方が、あれほどの気功波を弾き飛ばしたにもかかわらず変化していないのだということに。

 潜在パワーのその大きさを、“気”の知覚によって外部から厳密に測り取ることは不可能である。表に現れず、身体の中に隠れ潜在している力であるのだから当然ではある。出来るのはただ漠然と存在しているだろうという感覚と、それが減ったかどうか程度の曖昧な認識ぐらいなものなのである。
 潜在パワーが減る。これはつまり、それだけ実力を発揮するということを意味する。逆を言えば、感じ取れる潜在パワーに一切の変化が見られない場合とは、全く本気を出していないのだということをも意味することになる。

 ―――つまり?

 リキューは自身のフルバスターが弾き返された瞬間、フリーザのパワーが跳ね上がったのを確かに感じ取った。
 それはいい。それもまた脅威ではあったが、しかしまだ重要視してしまう程致命的なものではない。
 問題なのは、それだけフリーザが瞬間的にパワーを跳ね上げたにもかかわらず、潜在パワーの大きさが一切変動していないことなのだ。
 少なからずのパワーを発揮しているのならば、絶対に潜在パワーは良くも悪くも変動する筈。なのにも、現実には微動だにしていない。
 これが指し示すことは、つまり、フリーザにとって瞬間的に跳ね上げられたあのパワーは、さして自身の潜在パワー揺るがせるほどの代物ではないのだということだ。

 こめかみから冷や汗が一筋、肌を流れ落ちた。
 この時初めて、リキューの心の中にあった余裕と自信に、揺らぎが生じていた。
 彼我に横たわる巨大な深淵の淵を、垣間見てしまったがゆえの畏れだった。
 リキューは、ぽつりと、その思い至った恐ろしき事柄を己の脳裏に思い浮かべた。

 (フリーザは、全然…………実力を出していない?)

 それも、実力の半分だけだとか技を使わないだとか、そんなレベルの話ではない。もっと桁違いの領域でだ。
 例えれば、それは限界まで蓄えられた巨大なダムから流れる小さな河川。あるいは、広がる大海から取り出された一滴のしずく。
 それほどの実力が、未だ隠されているのではないか?

 「さてと………」

 「っ!?」

 フリーザが、口を開いた。
 それをきっかけに、リキューは硬直から脱し慌てて構えを取った。
 のっぺりとした小柄な体躯。不気味さだけがあり、他者に凶暴なイメージを与えないその姿。しかしその姿から、リキューはかつてない威圧感を覚える。
 それは、リキュー自身の持つ感情がそう見せているだけのことであった。
 リキューの抱くある感情。その感情の名を人は、畏怖、あるいは恐怖と呼んだ。

 「そろそろボクの反撃を始めさせてもらうよ」

 そう言い切ると同時、リキューの視界から比喩でなくフリーザの姿が消えた。そしてリキューが何かしらの動作をする前に、すぐ目の前にフリーザが現れ、腹に拳を叩き込まれた。
 バトルジャケットが砕ける。“気”の守りも容易く貫き、その拳は真っ直ぐにリキューの身体を突き刺した。内臓が外部から押し潰れるような錯覚を抱き、吐き気と激痛が合わさってリキューを襲う。
 痛烈な一撃だった。派手に吹き飛ばされることもない、ただただ肉体の奥の奥にまで響く、ひたすらに強烈な一撃だった。

 「………か、ッが!?」

 よたりと、リキューは後ろへと数歩下がる。打ち込まれた腹の部分に両手を当てて、痛みをこらえる姿を無様に晒す。
 歯を食いしばって顔を持ち上げてみれば、目の前では悠然とたたずむフリーザが、その人差し指をリキューへと差し向けていた。
 怖気が走った。リキューがなりふり構わず地を蹴って身体を投げ出すのと、フリーザの指先から気功波が放たれたのはほとんど同時であった。
 リキューはその瞬間、何かが光ったかとしか思えなかった。一瞬の閃光が垣間見えた次には、すでに着込んでいるバトルジャケットのローブ部分が消し飛ばされていた。そして彼方では、爆発。フリーザの差し向けた指先の射線軸上にあった遠い地平の一部が、巨大なキノコ雲を上げて消し飛ばされていた。
 ふと我に返り、慌ててフリーザへと視線を戻す。が、さっきまでそこにいた筈のフリーザの姿は、また消えていた。
 何処へ? そう思うリキューの頬面を、小さな拳が打ち抜いた。

 「ぐぶッ!?」

 身体が飛ぶ。大の大人の身体が軽く数mの距離を飛翔し、衝撃にシェイクされた頭をふらつかせたまま顔から地面に接触する。
 どろりと口の中の切れた個所から、血が流れた。顔の傷は血が集まっているために、その大きさに見合わぬ出血を被ることになる。
 鉄錆の味に不快感を覚えながら吐き捨てて、リキューは震える身体を持ち上げて振り向いた。

 「所詮目で追っているだけ、じゃなかったのでは?」

 明らかな侮辱が、一片も隠されることなくさらけ出されていた。
 それに屈辱を大いに感じながらも、しかしリキューはそれ以上の恐れに身を塗れさせていた。
 フリーザの初動。最初は見切れていた筈の気功波。そして最後の追撃。その全てを、リキューは捉える事が出来なかったのだ。
 単純に目で捉えるだけではない、“気”の感知なども併せた、フリーザなどのそれよりも遥かに高度なリキューの見切りにもかかわらず、捉える事が出来なかったのである。
 あまりにもずば抜けた規格外の超スピードが、完全にリキューの反応を凌駕していたのだ。
 一体それは、どれほどのものだというのか。どれだけのスピードが、格差があって成し得る芸当なのか。
 フリーザの潜在パワーに、揺らぎはない。ことココに至っても、未だにフリーザの底は欠片たりとも示されてはいなかった。

 リキューの身体が、小さく震えている。そのことに、本人ですら気が付いていなかった。
 フリーザが、口を開いた。

 「ちょっとは楽しめたよ。でももう飽きた。大体そっちの実力も分かったし、そろそろ終わりにしようか」

 そして、地獄が始まった。




 惑星ベジータにある唯一の都市。唯一であるがゆえに名も存在しない、そのかつてのツフル人たちの住居であった大都市でのこと。今現在、この都市はその大半が人の住まぬ無人ないし廃墟区画となっている。それは居住している者の数が、少数民族であるサイヤ人と、それのサポートを行うフリーザ軍から派遣された少数の非戦闘員しか存在しないからだ。単純に人の数が年の大きさに見合っておらず、またそれゆえに、かつてのツフル人殲滅計画時の侵攻による破壊の傷痕が修復の必要性を見出されず、ずっと放置され続けているのである。
 その都市の中の一角。数少ない無事な建物類が立ち並ぶ、人の姿がある区画。そこでサイヤ人をはじめとする多くの人間たちが、ざわめき騒いでいた。

 「一体何がどうなっているんだ!? 何か分かったのか!?」

 「ダメだ! 皆目見当がつかん!! フリーザ様の船の反応があったみたいなんだがッ」

 「フリーザ様が来ているのか!?」

 「だから分からん!! 反応が今はないんだッ!!」

 管制室では喧々囂々と兵士たちの叫び声がひっきりなしに響いている。
 それだけ平常心を失わせるに足るだけの異常事態が、頻発していたのである。

 初めにそれに気が付いたのは、管制室に詰めていた一人の兵士であった。
 仕事もなく同僚たちと共に札遊びに興じていたその時。彼は視界の隅にあったレーダーに、何かの感らしき反応が捉えられていることに気が付いた。
 なんだなんだと、イレギュラー続きの今日の業務について思い返しながら彼が確認してみれば、しかし画面には何の反応も映ってはいなかった。
 これが後に連続するものの中で、その最初に起きた異常事態であった。この件について結局彼は気のせいかと、この時ログを調べることもせずにすぐに忘れることとなる。

 この真実とは簡単なもので、惑星ベジータへと近付きそのレーダー圏内に入ったことを察したフリーザの専用宇宙船内に勤めていた兵士の一人が、上位権限を使って直接命令を惑星ベジータのメインシステムに打ち込んでいたのだ。
 上位権限によって強制的に命令を受理させられた機械は、レーダーの探知からフリーザの宇宙船の反応を除外するように設定されたのである。
 これによってレーダーは探知範囲内に堂々とフリーザの宇宙船や戦闘員たちが存在しているにもかかわらず、その反応を機器の上に示すことがなかったのだ。

 二つ目の異変は空から文字通り、降ってきた。
 天から正体不明の物体が数多く惑星ベジータへと降り注ぎ、その一部が都市部にも落着したのである。すわ隕石かと驚いて見てみれば、その正体はフリーザ軍所属の戦闘員たちであった。
 しかもただの戦闘員ではない。彼らは皆フリーザ直属の指揮下にある、私兵とも言える者たちだったのだ。
 一体何事か。そう思うも、しかし降ってきた戦闘員たちは例外なくノックダウン状態であり、まともに事情を聞きだせる相手は一人もいなかった。
 これが二つ目に起きた異常事態であった。この頃になってようやく一部の者たちの間で、重大な事態が発生しているのではないかという雰囲気が現れ始めてはいたが、しかしまだ少数派でしかなかった。

 決定的となったのは、三度目の異変であった。
 空の彼方で、何度も巨大な爆発や閃光が確認され始めたのである。またそれに伴い不気味な大気の鳴動や大地の微震など、天変地異としか見れない現象が発生していた。
 これには呑気に飲み騒いでいたサイヤ人たちも気付き、そして本格的な混乱が巻き起こり始めたのである。
 慌てた管制室勤めの兵士の一人が試しにスカウターを起動させてみれば、即座にオーバーフローを起こし爆砕。これにまた慌てて、兵士たちは起動させようとしていた管制室の戦闘力測定機能を緊急停止させる。
 スカウターなどの戦闘力測定装置に使われている観測素子は、ツフル人の遺した工業プラントから半ば自動的に製造されている一種のオーバーテクノロジーである。大まかな原理理屈こそ分かってはいるが、その詳細な構造やパワーの入出関係は手探り状態での解明途上であった。ぶっちゃけて言って、使えるから使っている状態とも言える。
 そのため、厳密に言ってオーバーフローが起きると観測素子が爆発してしまう理由も分かってはいなかった。分かっているのは、観測素子はそのサイズに比例して測定できる戦闘力の限界や範囲が決定され、そしてまた、それはオーバーフローによって起こる爆発もまた等しいのであるということである。

 つまり、これはどういうことなのかと言うと。
 スカウターに組み込まれるサイズ程度の観測素子ならばオーバーフローは爆竹程度の爆発で済むが、管制室に存在しているような大型のものだと洒落にならない爆発が発生する、ということである。
 具体的に言えば、管制室の存在する建物が丸々一つ吹き飛ぶ規模の爆発が発生する。
 本気で洒落にならない威力であった。

 ともあれ、こういう経緯により詳細を把握することが出来ず、ただ凄まじい戦闘力を持った存在がいるのだということだけが理解されたのだった。
 当然事態の収容など付く筈がなく、混乱はますます大きくなって続く。

 そこに来て、第四の異変の発生。
 それは遥か空から振り下ろされた、巨大なる鉄槌の一撃だった。
 これまでとは比べ物にならないレベルの激震が突如として発生し、惑星ベジータの大地全体を揺さぶるかのような衝撃が襲ったのだ。
 それは
 混乱の極致に至った兵士たちが機器を駆使して原因を探ってみれば、どうやら都市部から離れた荒野の方に、莫大な運動エネルギーを持った物体が衝突したらしいという結果が出てきた。
 算出された数値が正しければ、その運動エネルギーはおおよそ全長が4kmにも達するだろう大クレーターが出来るに等しいものであるとのこと。

 今度こそ本当に隕石か!? 混乱に惑いながら、彼らはそう思った。
 この考えを裏付ける様に外にいた人間の中には、空から地平の果てに落下していく光の軌跡を見たという者が多数確認されている。
 しかしそうだとするならば、不可解な点があった。幾ら惑星ベジータに少ない人口しかないとはいっても、警戒網が全くない無防備な星という訳ではないのだ。たかが隕石程度の接近ならば即座に感知できる体制がある。しかし現実には一切の反応が検出されておらず、あったのは極めて高レベルな戦闘力の反応だけである。
 単純に隕石の飛来と考えるにはあまりにも不可解極まりなかった。

 ならばと合理的に考えれば、導き出される答えは侵攻であった。
 とてつもなく強大な戦闘力を持った存在が、惑星ベジータに侵攻しかけてきた。こう考えるのが導き出される最も合理的な答えであったのだ。
 そうするであろう心当たりは、それこそ数え切れないほど存在する。フリーザ軍所属であるという時点で怨恨の対象として十分だし、それとは関係なしにサイヤ人の成した悪行はおびただしい。否定する理由が逆にない。
 だが、それですらも最も可能性が高いというだけであり、実際の真相は不明だということに落ち着くのが現実だった。

 結局のところ、彼ら自身の手元に現状を把握するだけの情報はなく、そして取るべき行動を選択することも出来ず、右往左往するしかないのであった。

 そうして、事態が混乱のまま硬直することしばらく。
 新たなる異変が、そしてこれまでの異変のその正体が、彼らの前へとその姿を現すのであった。

 相変わらず続く奇怪な天変地異。微細な大地と大気の震えを感じ取りながら、不快気に辺りを見回している一人のサイヤ人が、ふと気付いた。
 妙な音を聞き取ったのだ。それはまるで岩塊を叩き潰すような音であり、あるいは立て続けに爆撃を行っているかのような、いずれにしても破壊に連なる種の音をだ。

 「なんだいったい? 誰かなにかしてい……」

 彼が言葉を全部言い切る前に、都市の一角がいきなり轟音を立てて崩壊した。
 ショックウェーブが付近一帯を吹き飛ばし、驚き伏せながら彼は目を剥く。

 「な、なんだぁッ!? 何がどうなって!?」

 「誰か戦ってるぞ!? どこのどいつだ、あいつ!?」

 響いた言葉に釣られて現場を観察してみれば、確かに件のものらしき人影を見つける。
 人影、である。細かい人相までは確認することは出来なかった。あまりにも凄まじいスピードで戦っているらしく、霞んだ残像ぐらいしか彼には確認することが出来なかったのだ。
 そのなんとか確認できた姿は、全身ボロボロでほとんど上半身を露出するほど破壊されているバトルジャケットを着込んだ人間と、もう一人。こちらはまるで見たことのない、子供みたいに小柄な体格をした、白い肌の異形らしき姿。
 誰だあいつらは。僅かなりとも見えた人影から正体を探ることも出来ず、一同は皆同じ思考を抱いた。
 とはいえだ、そんなことは正直どうでもいいことではあった。
 正体がどーだとか言うよりも前に、その圧倒的な戦闘力についての方がより重要かつ危急な興味の対象であったのだ。

 示される戦闘力のその高さは、スカウターを用いずとも理解出来た。
 なにせ、見えないのである。距離を取って全体を俯瞰できる位置にいるのにもかかわらず、その両者の攻防が全く見えないのだ。
 ただ両者が激突しているのだという事実だけしか知ることが出来ぬ程の、超ハイレベルな戦闘なのである。否応にも認めざるを得ない。

 無人区画のビルが戦闘に巻き込まれ、纏めて薙ぎ倒される。
 宙で激突しているだろう衝撃波がまき散らされて、風圧がガラスを軒並み粉砕し人を吹き飛ばす。
 近付くことすら出来ない。埒外にも程がある戦闘力の現れだった。

 しかしそんな段違いの戦場の中で、観戦していた一人の野次馬である彼は、とあることに気が付いた。
 何度と繰り返される熾烈な激突。その度に弾き飛ばされる一方の人影。
 もしや。彼はその考えを口に出した。

 「押されて、やがる? 戦闘服を着てる方が負けてるのか?」

 それも一方的に。彼はじっくりと観察した結果、その考えを確信する。
 互角の様に見えた攻防は、ただ単に両者が共に桁違いなためにそう見えていただけであり、実際には互角でも何でもなかった。
 常に攻撃を喰らい、吹き飛ばされているのは決まって一方だけ。激闘している両者には明確な実力差が存在しているようであった。

 サイヤ人やメカニックたちが遠く観戦する中、激闘の皮を被った一方的な戦闘が行われる。
 玉突きのように吹き飛ばされ殴り飛ばされ、そして投げ飛ばされる正体不明の人間。残像しか捉えられないほどの超高速の攻防の中、はたしてどれほどの数の打撃を被っているのか。
 また一つ、巻き込まれて区画の一つが壊滅状態へと追い込まれた。




 派手に三つの頑丈なビルをぶち抜き倒壊させ、舗装された地面をリキューは自身の身体で削り通していた。
 全身に走る激痛や疼痛など、あまりにも重いダメージにもはや悲鳴すら漏れない。
 埋まった身体をなけなしの力を込めて立ち上げさせて、血混じりの咳をする。呼吸は荒く、先の余裕など一片も残っちゃいなかった。

 「ぜぇ………ぜぇ………ち、ちくしょうッ」

 「本当にタフだね、お前。まったく、ゴキブリ並みの生命力だ」

 粉塵漂うの倒壊したビルの方向から、煙を掻き分けて無傷のフリーザが現れる。
 軋む身体を踏ん張らせ、リキューは片腕を突き付けて気功波を撃ち放った。しかし着弾する前に、フリーザの姿が消える。
 そして真横から脇腹に蹴りを叩き込まれ、リキューはまた無抵抗に吹き飛ばされた。
 進路の先にあった廃墟となっていた建物の壁をぶち破って中へと侵入し、埃の積もった家具に叩きつけられて動きが止まる。
 げぼりと、血反吐をぶちまけた。脇腹に手を当てて、新たな苦痛に悶絶する。

 敵わない。一切合財手応えがない。
 リキューはその認め難い、忌まわしい現実を十二分に突き付けられていた。
 殴りかかっても容易くかわされ届かず、力勝負に持ち込もうとも呆気なく押し負かされ拮抗出来ず、真正面から気功波を直撃させてもかすり傷一つ負いもしない。
 根本的な地力があまりにもかけ離れ過ぎていた。ほんの少しばかり戦闘力が離れている、なんてレベルではない。確実に倍以上の戦闘力差が間にはあったし、しかもその状態でも潜在パワーは微動だにしていなという事実。つまりフリーザは、この上でまだまだ底力を隠しているのだということ。
 格が、違う。心身の底からリキューは痛感していた。

 (あの野郎……何が勝てるだろう、だ!)

 リキューは脳裏に描いた一トリッパーの姿に毒づき、ついでに首を絞め上げてハングしてやった。
 そんな八つ当たりはともかく、事態は最悪としか言いようがない状況だった。

 戦闘力の差は歴然とした勝敗の有無を決定づける。
 戦闘力の低いものは高いものに対して圧倒的なアドバンテージを得るし、その差が決定的に開けばテクニックや運といった技能諸々を含めて、完全に覆しようのない不動の勝者の地位を与えることとなる。
 ゆえにこそ、リキューに勝ち目はゼロであった。異論の挟む余地はなく、覆す手段もない。
 例外があればワールド・ルールぐらいなものだろう。過程や理屈を無視しルールを遵守させるそれならば、戦闘力のもたらす絶対不変の定理をも変化させる結果を与えるかもしれなかった。
 もちろん、そのことについてはリキュー自身理解していた。その証に、彼はあるワールド・ルールを持つ強力な隠し玉を一つ持っていたのだ。それを使って実力がほんの少しばかり及ばなかった場合、フリーザの最終形態に対抗しようと思っていたのである。
 がしかし、それは元々時雄の言葉を信じ、少しばかり実力が足りなかった場合の補助として使うよう想定し用意していた切り札である。ここまで隔絶した実力差があった場合を考えて備えられた代物ではない。

 例え使ったところで、現状打破できるほどの効力は発揮できない。リキューはそう判断していた。
 つまりは、手詰まり。打つ手はなく、抗う方法はなし。
 ゲームオーバー、終わりであった。

 「くそ、認めてたまるかそんなこと………ッッ!?」

 リキューは目を剥き、とある方向へ目を向けた。
 壁に遮られたその向こう。そこに存在しているだろうフリーザ。その感じ取れる“気”の僅かな変異。
 まずい。リキューはそう思うが否や、遮二無二飛び出した。

 リキューが反対側の壁をぶち破って外へ飛び出すのと建物が丸ごと押し潰されたのは、ほとんど同時であった。
 周辺の大気も一緒くたに圧縮され、突風が巻き起こる。なけなしの戦意を奮いながら視線をやれば、今まさに建物一つを己が超能力で握り潰したフリーザの姿が。
 そして視線が重なったかと思えば、もうフリーザはリキューの目の前に来ていた。
 口を覆い隠すように、顎部へと蹴りが叩き込まれる。頭を揺さぶられて、リキューはまた吹き飛ばされた。十回以上地面を回転し、横たわる大きな瓦礫を粉砕して動きが止まる。

 「まだ生きてるのかい? ちょっと優しくし過ぎたかな。あいにくとこの姿だと細かい匙加減が効かないんだ、悪く思わないでくれよ」

 「げほッ。こ、の野郎………人をボールみたいに、コロコロコロコ気安く吹き飛ばしやがって」

 ぼたりぼたりと血が垂れ流れ、頭が酩酊したかのようにふらついていた。
 すでに全身で無事でないところが希少な状態である。派手な裂傷などこそないけれど、打撲や擦り傷など細かい負傷は数知れず。内臓にだってダメージは入っている。細かな傷から流れる出血も積もり積もって、馬鹿に出来ない出血量となっていた。

 そして霞む視界の中、リキューは無造作に片手をこちらへと向けるフリーザの姿を見た。
 “気”が伸ばされた手へと集まってゆく。とどめを刺すつもりだと、ワンテンポ遅れて悟った。
 即座に飛び退こうとする。が、足に力が入らなかった。頭へのショックが、身体に蓄積されたダメージが次への動作を鈍らせていた。
 リキューは愕然とした。目の前では余裕たっぷりな笑みを浮かべて、フリーザがその手に“気”を収束し終えている。
 もう間に合わない。その現実を、リキューは理解してしまった。
 フリーザの手から放たれる気功波は、走馬灯の入る余地すらない刹那の速さを以って、リキューを焼き尽くすことだろう。

 (馬鹿な………ふざけるな、こんなところで俺は――――)

 思考は無意味。精神が力となることはない。
 リキューは動くことは出来ず、フリーザの滅びをもたらす気功波を甘んじて受ける他、道はなし。
 光が、放たれる。


 《フィジカル・バインド、セット。リリース・アンド・リピート、スタート》


 ―――前に、突如として出現した幾千もの光る紐が、フリーザの身体を束縛した。

 「な………」

 「!? なんだこれはッ!?」

 未知の現象を前にフリーザが戸惑いの叫びを上げ、見覚えのあるそれにリキューは目を見開いた。同時に見覚えのある光輝く図形―――魔法陣が、リキューの足元にも発生する。
 フリーザが無造作に紐を引き千切ろうと身体を動かすと、その度に容易く紐が千切れていくが、しかしその千切れる数以上に新たな紐が次々と身体を覆っていき、終わりのないイタチゴッゴを演じている。
 リキューは奇妙不可解な、かなり身に覚えのある、とある“気”の存在を感知する。
 自分のすぐ隣へと視線をやると、ふわりと丁度、その“気”の持ち主が降り立っていたところであった。

 「お前は………」

 しっかりと視界の中の焦点を当てて、リキューはその人間を捉えた。
 170cmを越える身長。細く華奢でありながら、その実鍛え絞り込まれた肉体。腰まで届く長いストレートの、今は銀色に光輝いている長髪。上下ともに同じ、身動きのとり易い黒いレザー材質の全体を彩る様に金糸状のラインが入った服装と、その上に羽織る様に存在する白いコート。背からは大きな二対四枚の“羽”が伸びている。そして見るもの全てが男女問わず振り返ってしまいそうな美麗な顔と、その上で異彩を放つ妖しく輝くヘテロクロミアなる瞳。

 魔導師、リン・アズダート。彼がその片手にマシン・ソード形態のジェダイトを携えながら、そこにいた。

 予想外な人物の登場に、リキューは完全に意表を突かれていた。目を白黒させて、言葉らしい言葉が口から出てこない。
 リンはフリーザに視線を固定したまま、苦しげに眉を顰める。

 「くそ………欠片も拘束出来てない。二千以上バインドしているんだぞ? 負荷単位はとっくにtレベルになってる筈だってのに、それで普通に動けてるって………」

 《常識の存在を問いたくなる光景ですね。ここまで埒外の化け物がいたとは》

 視線の先にいるフリーザは、リンの発言した通りバインドを連続しかけられ続けているというのに、動きを止めている様子はなかった。少しばかり力を入れる様子を見せたかと思えば、呆気なくそれだけで重ねられているバインドの束縛を破壊している。
 破壊される傍から即座に新しいバインドが発生させられてはいたが、しかし効力らしい効力は全く期待できないであろう状態だった。
 フリーザから視線を外し、リンが隣に倒れ込んでいるリキューへと目を向ける。
 向けられた真剣な表情。なんだと、リキューは真っ正面かその表情と向かい合った。真剣な表情に釣られて、自分もまた心情を整えて相対する。

 一拍の間が置かれ………そして一気にリンの罵倒が展開された。

 「この、腐れ戦闘大馬鹿猿野郎ッ!! てめえ馬鹿か!? 阿呆か!? こんの真性バトルキチガイ!! まさかと思えば本当に予想通りのことをしてやがって、この馬鹿猿がァッッ!! なんだってフリーザと戦ってやがるんだお前はァ!? あァ!? しかも最終形態になってるのはどういうことだ、説明しろこの馬鹿!! てめぇなら最終形態に変身させる前に仕留められただろうがこの阿呆が!! わざわざ相手をパワーアップさせて窮地に陥っているって、どこのアホだ! お前はベジータかこのサイヤ人!!」

 「な………貴様ッ、やかましいわッ!! いきなり出て来たかと思えばゴチャゴチャと! 貴様は関係ないだろうが、ピーチクパーチク騒ぐな!!」

 「うっさい! てめえが黙れこの腐れ脳筋猿!! ピーチクパーチクって死語使ってんじゃねぇよ!!」

 「ベラベラベラベラとッ! 一体何しに来やがった貴様!?」

 「知るかボケェッッッ!!!」

 《相変わらずの関係であることは結構ですが、そろそろ止めた方がいいかと、この馬鹿コンビ》

 無機質な突っ込みが入れられて、過熱した両者は我に返った。
 互いが互いに舌打ちと睨みを効かせながら、フリーザの方へと視線を移す。
 呆れたかのように白けた表情で待っていたフリーザが、そろそろいいかいと声を出した。

 「そのサイヤ人の仲間か? 妙な技を使うみたいだけど、こんなのでボクに勝てると思ったら大間違いだよ」

 軽く手を振る動作だけでぶつりぶつりと、何百もの重ねられたバインドが千切れていく。
 その気になれば一瞬で全ての拘束を破壊できるだろう、アピールだった。しないのは単純に気分の問題なのだろう。自身の実力の程を見せつけているのだ。
 勝てない。そのリキューの考えは変わらない。突然現れたリンには不意を突かれたものの、冷静に考えれば例えリンが加勢したところで、その事実は万分の一も変わりはしないのだ。そんなことはリキューだって百も承知であった。

 言ってはなんだが、リン程度の相手はリキューはおろか、他のそこらのサイヤ人なども含めて“ドラゴンボール”世界の人間から見れば、雑魚でしかない。
 ワールド・ルール由来の特性があるため、決して勝ち目はないということはないのだが、根本的な地力、つまり知覚速度や反射速度といった身体能力に天地ほどの差があるのだ。
 リンが持前の馬鹿魔力をつぎ込んで青天井式に強化ブーストしようとも、ぶっちゃけ戦闘力が4000程度ある人間の本気の戦闘速度には付いていけないのである。魔法云々を使う前に、殴り飛ばされて勝負が付いてしまう。
 リンがリキューといい勝負が出来て、尚且つたまに勝利が拾えていたのは、リキューの相手に合わせた手加減が一種の紳士協定のような取り決めとして、模擬戦の内の暗黙の了解としてあったからに過ぎない。
 そうでなければ、リンはリキューと出会った四年前の最初のその日から、模擬戦で一切の勝利を得ることが出来なかったに決まっている。それだけの能力差があるのだ。

 よって、フリーザにリキューがやっていたような手加減が期待できない以上、リンの出て来れる場面は存在しないということである。
 無駄に命を捨てるだけにしかならないのだ。リキューだってそれは望むところではない。
 リキューにとってリンは不倶戴天の憎たらしい存在ではあったが、しかしだからといって死んでしまえとまで思う程、殺意を抱く対象でもないのだ。
 ゆえに、何を考えてこの場に現れたのか分からなかったが、隣に立つリンに対しリキューはそっと語りかけた。

 「おい………死にたくなければとっとと逃げろ。貴様がどうこうできる相手じゃない、死ぬぞ」

 「言われなくたって分かってる。フリーザ相手に俺一人で勝てるかよ、しかも最終形態に」

 戦闘力が幾つだと思ってやがる。リンはそう言葉を続ける。
 その答えはリキュー自身が知りたかったが、しかしもはやこの場では関係ないことであった。
 ならばと言葉を続けようとしたリキューの口を、リンが覆い隠すよう言葉を発する。

 「あのフリーザ相手に逃げられると思うか? そんなことよりも、ちょっと耳を貸せ」

 「作戦会議かい? 無駄だと思うけどねぇ………まぁいいさ、どうぞご自由に」

 フリーザは観戦の構えを取って、泰然とした態度で直立していた。フィジカル作用に特化されたバインドを何千重にも受け続けているにもかかわらず、さしたる負荷を受けている様子もない。
 その圧倒的強者がゆえの余裕。それに苛立つリキューの肩を掴んで、耳元にリンが口を近付ける。
 声を小さくし、密かな様子でリンはリキューに言った。

 「リキュー、お前フリーザ相手にちょっと時間稼ぎしろ」

 「………時間稼ぎだと? 貴様、何をする気だ?」

 「とっておきの隠し玉………てめえ対策に色んなところから資料引っ張って来て、試行錯誤した上に完成させた“必殺”魔法を使う」

 リンは自信を持って、その言葉を吐き出した。
 必殺魔法。必殺という言葉のアクセントをより強調し、リキューへと伝える。
 そんなものがあったのかと、リキューは軽く驚く。リンの自信の源となるほど強烈な魔法、それは如何なる威力を持つのか。
 しかしと、リキューは思い付いた懸念を返す。

 「効くのか、それは? 本当にフリーザを相手に?」

 自分対策に作られた魔法というものが、はたしてフリーザ相手に真っ当な効力を発揮できるというのであろうか?
 リキューにとって非常に腹立たしい事実ではあったが、フリーザの実力はリキューを圧倒的に凌ぐ。それは、例えリキューを消し屑に出来る威力の魔法を放ったところで、フリーザに傷一つ付けることが出来るかどうかが怪しい、というほどでである。
 ましてや、リンの魔法である。今までのリンの魔法は、その単純な威力だけを見るとリキューにすら大してダメージを与えられる代物ではなかったのだ。それらがリキューに対して有効打を与えられていたのは、あくまでもリキューが魔力を持ちリンが『魔力乖離』を持っていたがゆえのこと。決して魔法自体の威力に屈していた訳ではない。
 だからこそ、不信が浮かぶ。必殺という言葉を冠していても、実際には必殺ではないものなど世の中には腐るほどあるのだ。
 ッハと、リンは笑った。

 「心配無用というより、無駄だな、そんな気持ち。これは確実に効く。てめえだろうがフリーザだろうが、関係なくな。なにせ色々といじくって試した結果、厳密に言えば魔法じゃなくなった代物だからな………おかげで非殺傷設定も出来ない、完全にデストロイオンリーな応用性の一切ない物騒な代物になるし、その上準備を整えるのにかなりの時間を喰うから、実用性も低いが。だから一人だと使う暇がないし、当てることも出来ない魔法なんだよ、こいつは」

 「そういうことか………道理で、その“必殺”魔法とやらを俺との戦いで使ったことがない訳だ」

 「黙れバトルジャンキー。………とにかく、フリーザを倒せる手立てはあるんだ。けどそのためにはどうにか時間を稼ぐ必要がある。だから、お前がその時間を稼げ。言っとくが、反論は聞かねぇからな。もうそれ以外に手はないんだ。てめえの尻拭いを手伝ってやるんだから、少しは痛い目を見やがれ」

 「生意気な口を叩いてるんじゃねぇよ、この陰険野郎が」

 一方的に自分の役割を押し付けられ、その勝手な進行にリキューは不満が顔に出るも、しかし拒絶の言葉は口に出さなかった。
 どっちもっち手詰まりではあったのだ。手段が一つしかない以上、それに賭けるしかない。リンの提案に素直に従うという事柄には心底不服ではあったが、そうも言っていられない。
 納得のいかない諸々の不満類を胸の奥に呑み込みながら、リキューは腹を据えた。動き出そうと全身に力を込める。
 その時、リキューは身体が軽くなっていることに気が付いた。

 怪訝そうに自らの身体を眺めるリキュー。一瞬気のせいかと思ったが、すぐに違うと断言する。はっきりと先程までとは、身体のコンディションが異なっていた。
 あれほど傷め付けられ傷付いていた身体のダメージが、大幅に回復していたのだ。小さな傷口なども塞がっており、確実に錯覚でも幻覚でもない現実として肉体が回復を起こしていた。
 完全にダメージが全快した訳ではなかったが、しかしそれでもさっきまでの状態に比べれば段違いの状態ではあった。

 (一体どういうことだ、これは?)

 望外の賜物ではあったが、しかしまるで見当のない不可思議な現象に、リキューは首をかしげた。
 しかしその原因は、少し辺りを見回してみるだけで、あっさりと判明された。
 リキューのすぐ足元に存在している、光輝く魔法陣。思えば、それが展開されてから苦しみが若干和らいでいたのである。リキューは魔法陣を見てそのことに思い至る。
 思わずリキューはリンへと振り返った。

 「貴様、この魔法陣は………」

 「回復魔法だ。治癒力促進作用を持った、普通ならそう時間もかかってないから大して効果はない筈のもんだが………てめえならそれなりに効果が出るだろ。サイヤ人だしな」

 「…………っち、余計な事を」

 「うっさい、四の五の言うなこの猿。てめえがフリーザをきちんと足止めしなけりゃ、こっちも巻き添え食らうんだよ。心底……本気で心底不本意だがな、打てる手は全部打たせてもらうぞ。てめえへの支援も含めてな。ジェダイト!」

 《ラジャー。ステータス・ブースト、リリース》

 素っ気なく吐き捨てる様に言いながら、リンはジェダイトに指示を送る。指示を受け取り、デバイスであるジェダイトは忠実にその内容を行使した。
 これまで展開されていたリキューの足元の回復魔法陣が消え去り、また新たな魔法陣が形成された。その新たな魔法陣の展開と同時に、リキューの身体にも変化が生じる。
 なんだと眉を顰めるリキューに、疑問を発する前にリンが答えを言った。

 「強化魔法だ。どんだけ効果があるか分からないが、やらないよりかマシだろう。とにかく時間を稼げよ。こいつは準備している間も動くことが出来ないデリケートな魔法なんだ。狙われたら終わりだ。あと地上に撃ち込むと洒落にならん被害が出るからな、射線にも気を付けないといけない。フリーザを空に誘導しろ、じゃないと撃つことが出来ん」

 「注文の多い奴め………」

 小さく毒づきながらも、しかし実際の所それは喜ばしいことではあっただろう。
 さすがにあれほどのダメージを被った状態のままでは、時間稼ぎすら難しい状態であったことに違いないのだ。素直に歓迎出来ていないのは、それがリンによってもたらされたものであるという一点が引っかかっているだけだからだ。
 話しが終わり、臨戦態勢が整えられていく。それを見て、ようやくとばかりにフリーザが口を開いた。

 「作戦会議は終わったか? もういい加減ボクは待ちくたびれたよ」

 コキコキと関節を動かしながら、フリーザが言う。その度に変わらず、もはや一切意味のないもの化しながらも展開され続けているバインドが弾け飛び、また絡みついている。
 タイムアップ。フリーザの与えた猶予は切らされた。
 緊張が高まる。もう話し合う時間はない。

 戦いの再開であった。

 ぐっと、リキューが少しだけ身体を沈める。
 そのリキューの一歩後ろで同じく身構えながら、リンが叩きつける様に叫んだ。

 「タイミングは念話で知らせる! きっちり役割をこなせよ、リキューッッ!!」

 「うるさい! 言われなくても分かってる!!」

 そうして、リキューは一気に加速してリンの前から姿を消した。同じくフリーザの姿もまた、一瞬にして消え去る。バインドは予想通り、コンマ一秒の時間稼ぎすら出来ずに破壊された。
 後ろを取ろうと加速したリキューだが、しかしその目からはもうフリーザの姿はない。“気”を感じ取り、ほんの刹那の差で首を横に曲げる動作が間に合い、リキューの真後ろから突き出された拳が頬をかすめて通り過ぎた。
 すかさず肘打ちを背後に叩き付けるが、手応えなし。振り返れば一足早くバックステップし飛び退いたフリーザが、感嘆した表情でいた。

 「さっきよりもまた少し速くなってるね。また何か面白いオモチャでも使ったのか?」

 「さあな………俺の知ったことか」

 リキューは苦々しいといった顔のまま吐き捨てる。
 止むをえまい処置とはいえ、リンのやった行為が戦いの一助になっているということは、癪に障ることに違いなかったのだ。
 だがしかし、それを愚痴っていられるほど上等な余裕など、リキューに残されてはいなかった。

 フリーザが突進する。フェイントも何もない馬鹿正直な直進だが、それは何よりも単純に速い。
 何かをする前にフリーザの全身を使った頭突きが、リキューの腹にぶち込まれた。強化魔法をかけられ身体能力がブーストされている筈なのに、リキューはそれに反応することが全く出来なかった。
 苦痛を喉元で必死に飲み下しながら蹴りを放つも、あっさりとかわされ逆に顔面を殴り飛ばされる。くそったれと、胸中で盛大に愚痴を吐き捨てる。
 リキューの能力のブーストに合わせて、フリーザもまたスピードを繰り上げていた。元々の地力の差は十二分に理解はしていたが、しかしブーストされた分の能力差をこうも呆気なく埋められては、愚痴の一つや二つをリキューですら言いたくなる。

 「っく、フルバスタァーーー!!」

 両手を囲いを作る様に合わせて、即座に“気”を収束させ放出する。放たれた極太の気功波はしかし、フリーザに紙一重で避けられてかすりすらせずに終わった。
 放出直後の隙を見出され、逆に反撃の蹴りを直上から首にリキューは叩き込まれた。
 意識が飛びかけるのを、渾身の意思力で押し留める。

 (時間稼ぎすら、出来ないのかよ………)

 実力差は明確であり、その間には断絶的な開きが存在している。このままでは時間稼ぎすら満足に出来ないと、リキューは結論付けるしかなかった。
 身体能力のブーストも、気休めレベルにすらならないという現実。リンの言う必殺魔法がどれほどの時間を必要とするのか知らなかったが、この調子ではその前に嬲り殺される。
 もう一手、何かしらの手立てが必要であった。フリーザを引き付け、生き延びられるだけの手立てが。

 その時、リキューはふと思い出した。
 まさにこの目的に合致する、最適な効果を持った隠し手を自分が持っていたことに。
 元々は補助用として、フリーザの戦闘力に僅かばかり届かなかった場合に備えて用意していた、とあるワールド・ルール由来の隠し手の存在を。

 「長々とした作戦会議の結果がそれか? だとしたら期待外れだな。そんなものでボクに対抗出来るとでも思っていたとしら、見くびるのにも程があるよ」

 フリーザが落胆した様子で喋る。戦闘の主導権はフリーザが握っている。リキューの生き死には、完全にフリーザの気分の匙加減次第なのだ。飽きられた時がそれすなわち、リキューが死ぬ時となる。
 リキューは隠し手の行使を即決する。これほどの戦闘力差があっては、もはや逆転を期待できるものではないが、しかし時間稼ぎだけならばまだ十分にそれは効果を発揮できる筈であった。
 っふと、息を吐く。場違いなリラックスを少しばかり行い、精神を整える。
 フリーザが訝しげな様子を見せる。リキューの奇妙な行動に気が付いたようだった。
 リキューは気にせず、意識を集中させる。それは気功波を撃つ時の一点に集中させるような形ではなく、より広く耳を澄ませるような感覚でのもの。対象はリキュー自身の左手に身に付けられている、鋼製の腕環。そのさらに奥、腕環の窪みに取り付けられている、宝石のような小さな石へ。
 リキューはその石に意識を同調させた。
 そうして、少しばかりの手間をかけてリキューは全ての前準備を終えた。そのまま最後の仕上げであり、発動のキーである言葉に出す。

 「“バリア”」

 その言葉が発せられるや否や、リキューの前面に突如として結晶の様な薄い壁が浮かび上がった。
 音叉の共鳴するような澄んだ音を立てて現れた壁は、ほの数瞬だけリキューの前に浮かび上がったかと思うと、すぐに幻のように消え去る。
 しかしそれは本当に消え去った訳ではない。展開された“バリア”は、不可視の姿となって確かにリキューの周囲に展開されている。
 よしと、リキューは頷いた。
 フリーザが呆れたように口を出す。

 「何をするのかと思えば………手品師か? ボクは大道芸に興味はないんだよ」

 「俺もだよ、フリーザ。大道芸にはあいにくと、興味なんてない」

 「………生意気だよ、お前」

 完全に興味を失したのか、フリーザの顔から遊びが消えた。無表情な顔面を作り、超スピードを発揮してリキューの視界から掻き消える。
 横から来ると、なんとかそれだけは把握し視線を動かすも、それがリキューの反応の限界だった。
 また対応することも出来ずフリーザの接近を許し、無防備なままに脇腹へとフリーザの拳が叩き込まれる。

 ―――その時、今までとは異なる変化が発生した。

 「なにッ?」

 フリーザの拳が、まともにリキューの脇腹へと叩き込まれる。リキューはその衝撃を十二分に味わいながら、また吹き飛ばされた。
 それはこれまでと変わらぬ攻防の姿であった。だがしかし、フリーザは驚いた様子でリキューに叩き込んだ自分の拳を見つめている。
 その様子を見て、リキューはクククと笑った。リキューの方もまた、これまでと同じように打撃を喰らった筈なのに、その様子はこれまでのものよりも幾分か楽そうな雰囲気であった。
 フリーザが納得のいかない様子のまま、リキューへと問いかける。

 「貴様、何をした」

 「さあな………教えると思うか?」

 フリーザが動く。
 勢いを付けて蹴りの形を作ると、そのままリキューの胸の中心へ突っ込んできた。ぶち当たり、真正面から強烈な一撃を打ち込まれる。
 その時、フリーザはまたも見た。先程拳を打ち込んだ時と同じ、不可思議な現象の発生を。

 フリーザの攻撃がリキューへと当たるその直前。まるでリキューを護るかのように、あの幻のように消えていった結晶の様な薄い壁が現れたのである。
 それはフリーザの打撃に触れるだけで、特に目新しいことを起こすこともなくまた現れた時と同じように霞の様に消えていった。
 しかしその壁は、確実に影響を残していった。フリーザの打ち込んだ打撃の手応えが、奇妙なものに変わっていたからだ。特に力を抜いた訳でも、速度が落ちた訳でもない一撃。にもかかわらず、返ってくる手応えは手加減したみたいに軽いものとなっていたのだ。
 それはまるで、4の力を打ち込んでみたら実際には2の力しか通っていないような、そんな不可思議な現象。

 これが決して錯覚ではないことは、リキュー自身の身体が身を持って証明していた。
 その身に受けるダメージが、確かに減少されていたのだ。錯覚でも何でもなく、確かに攻撃の威力が減少されていたのである。

 これこそが、リキューの用意していた切り札。
 “バリア”のマテリアから発動される魔法の一つである、“バリア”の持つワールド・ルール。

 『魔法以外の全ての攻撃のダメージを二分の一にする』という効果に由来する、被ダメージの減少である。

 リキューはこのワールド・ルールを使って、元々はフリーザの最終形態と渡り合おうと考えていたのである。
 このワールド・ルールさえあれば、“ドラゴンボール”の世界でならばリキューはダメージの問題をほぼ気にすることなく戦うことが出来る。足りない分の戦闘力差分を、持久戦に持ち込むことで埋めようと考えていたのだ。
 これほど相性のいいワールド・ルールは他に類を見ないであろう。それほど“ドラゴンボール”の世界に合致した代物であった。

 が………しかし。リキューはこれを、あくまでも僅かな戦闘力差を埋めるための用途として用意していた。
 “バリア”は確かに強烈なワールド・ルールを持っており、ゆえに極悪なまでの効果を発揮する魔法ではある。ちゃんとした対抗策を用いなければ、一方的な展開を自由に繰り広げることだって出来る代物だ。

 しかし、決してありとあらゆる苦境を脱することが出来る万能無敵なツールではない。

 フリーザがラッシュを仕掛ける。無差別な乱打が連発され、リキューはただただ腕を組んで耐え凌ぎ続ける。
 ラッシュの一撃毎に“バリア”が現れダメージを半減させてゆくが、それでも元々が埒外の地力差がある相手に、あっという間に体力が削り取られていく。
 半減させた上で、この威力。それですらかなり手加減されてのものだと、リキューは“気”を感じ取ることで理解していた。

 気勢を上げて、リキューは無理矢理ラッシュの合間を見て攻撃を繰り出した。
 確実に隙を突いた一撃。けれども、当たらない。見られてから余裕でかわされ、お返しのボディブローがめり込まされた。
 吐き気と苦痛がリキューの身体全体を駆け抜けた。思わず頭を下げたその上に、フリーザの手がかざされる。
 気付くと同時に気功波が打ち出された。反射的に励起させた“気”の反応が間に合ったものの、“バリア”によって半減されながらも激烈なその気功波の奔流に、リキューは吹き飛ばされる。

 数分と掛からぬ内に全身をボロボロにされ、リキューは悲鳴を漏らさぬよう歯を噛み締めた。
 例え“バリア”がかかっていようとも、それはダメージを減少させるだけで身体能力を跳ね上げる訳ではない。
 戦闘力の差がまだ小さいならばともかく、こうまで歴然とした差があった場合ではまともに戦うことなど出来ないのだ。“バリア”の効果も、せいぜいサンドバック程度の働きの助けぐらいしかならない。
 “バリア”はあくまでも補助程度にしかならない。それが純然たる現実であった。

 しかし、今この場だけで言えば、それでよかった。
 求められているのは時間稼ぎ。とにかくリキューはフリーザを出来る限り長い間引き付け、生き延びなければいけないのである。
 ゆえに決して勝つことはできなけれども、“バリア”の使用は最適な選択であった。
 とはいえ、それでも曲がり並にも膠着状態が出来ているのは、フリーザが手加減しているからこそのもの。フリーザがほんの少し本気を出せば、“バリア”があったとしてもリキューの命は呆気なく刈り取られることは明確であった。

 一方的にフリーザの攻撃を喰らいながら、リキューは心の中で全力で叫んだ。

 (早くしやがれ、陰険魔法使いッッ!!)

 顔面を殴り飛ばされ、鮮血が飛び散った。




 リンの目の前で、いきなり宙が爆裂しビルが消し飛び都市の一画が崩壊していたりしている。
 まるで爆撃機の編隊が何百機も共同して絨毯爆撃しているかのような風景だが、しかしそれを成し遂げているのが姿の見えない人間大の生物二体だというのだから、現実はつくづくおかしいのだとリンは改めて認識した。
 世界が違えば常識も違うのが当たり前なことではあるのだが、しかし中途半端な共通フォーマットを持っているから余計にややこしいのだ。ガリガリSAN値を削り取られながら、リンは忸怩たるを思いを胸中で渦巻かせる。

 「分かってはいたことだが、ちくしょう」

 《Mr.リキューに手加減されていたという事実を突き付けられて、今更悔しがっておいでですか、マスター?》

 「じゃかましいわ!」

 図星であった。自らのデバイスに思いっ切り己が懊悩のど真ん中を無造作につき止められ、怒鳴りつける。
 リンの目の前で繰り広げられる戦いは、まさしく次元違いの戦いであったのだ。なにせ戦っている両者の姿がまるで見えない。そのくせ激突音らしき爆音や戦いの余波で崩れ落ちていく周辺の瓦礫類は目に見えるので、想像を絶する速度で戦っていることは間違いないのである。
 明らかに自分と模擬戦で戦っていた時とは、レベルが違っていた。目の前の状態のリキューと戦っていたら、自分の勝率がゼロとなっていることは間違いないだろう。
 もちろん、リンだって馬鹿という訳ではない。薄々リキューの奴が自分のレベルに合わせて手加減して戦っているだろうことは、理解してはいたのだ。
 しかし、だからといってこう改まって見せ付けられて、すんなり納得できるかどうかは別の話である。
 リンにとって、リキューは不倶戴天の憎たらしい存在なのである。情けをかけられていたと知って、誰が素直に納得できようか。

 とはいえ、今はそれに拘っていられる場面ではない。胸の内に広がる不満の全てを強引に飲み干し、リンは行動を開始する。
 適当に見晴らしの良い、広いスペースのある場所を探し、そこへ居座りジェダイトを両手で持つ。
 剣先を宙へと向けて、リンは一声号令をかけた。

 「ジェダイト、パターンB・H・S発動。シークェンスを起動させろ」

 《了解しました、マスター。パターンB・H・S発動、シークェンスを起動、同調レベルを繰り上げます》

 そして、ジェダイトのアナウンスが終わると同時に、リンの思考の一部が変化する。
 否、リンの思考にジェダイトの思考が混ざる。
 疑似ユニゾン状態と呼べるリンクモード。その本領は一個の独立した人格を持ったデバイスと思考をダイレクトに直結し、デバイスをパートナーとした完全な連携及び、その能力の限界までの発揮を目的としたものである。
 完全に同期されたリンクモードは、思考を共有しタイムラグなしの情報伝達を可能とさせる。それはマスターである魔導師がデバイスに指示を来るのと同様に、逆にデバイスがマスターに指示を送り動かすことをも可能とさせる。
 ジェダイトが動く。リンと思考を共有し、自身が直接指示を送ってリンのレアスキルである『同時並行多重発動』を使用させて、シークェンスを実行させてゆく。




 リンは“ドラゴンボール”の世界に来るに当たって、その最初で難問にぶち当たっていた。
 トリップ・システムを使って各創造物世界に入口を形成する場合、通常はその入り口は、基点となる物がない場合は以前入口が開かれた座標に開くこととなる。そしてリキューがドラゴンボールの世界に入口を開いた時の場所は、周辺宙域になにもない宇宙空間のど真ん中であった。

 つまり、意気揚々とトリップ・システムを起動させて入口を通ったリンの出た場所は宇宙だった。
 彼はこの時本気で驚き寿命が縮まった。何とかバリアジャケットを纏って命からがらに戻ってはきたものの、しかし初めの一歩で躓いてしまった。
 悠長に宇宙船を持ってきて突入する訳にもいかないのだ。そもそも、惑星ベジータの座標なぞリンは知らないし。

 どうしたものかと悩むこと一分少々。リンは新たな手立てを思い付く。
 トリップ・システムの入口は基点となる物さえあれば、そこを目印に入口を開くことが出来る。そしてこの基点にはイセカムが使えたのだ。リキューもイセカムを持っているのだから、イセカムを検索にかけて基点とすれば自ずと合流することが出来る筈である。
 名案だと早速トリップ・システムを弄くるリン。が、この案は予想通りにはいかなかった。
 エラーが検出されたのだ。対象のイセカムは一定した場所に置かれてはおらず、激しく移動しているのだという。基点として入口を形成するには不安定だとされ、拒絶されたのだ。

 激しく移動しているという一文を見て、リンは不吉な予感を抱いた。
 手遅れになる前に連れ戻すつもりでいたのだが、もしやもう手遅れになっているのではないか。そんな現実味が濃厚な不安を抱いたのだ。
 しかし、見捨てる訳にもいかない。リンは不吉な予感については忘却し、次の手立てを探した。

 そうして、ようやくリンは一つの反応を捉えたのである。トリップ・システムの反応。激しく移動しているイセカムの座標の近くに、移動していない固定された状態のトリップ・システムの子機を見つけたのである。
 その子機の反応―――リキューが自分のポッドに搭載させたトリップ・システムを基点とし入口を形成し、リンは“ドラゴンボール”の世界へとトリップしてきたのであった。




 マシン・ソードの形態を取っていたジェダイトの姿が、変貌していく。
 翡翠色の刀身部分が縦に四つに分割され、宙に浮遊しながら等間隔に広がり疑似砲身を形成する。柄を覆っていた機構部分が分解し、花の様な形に再構築され浮遊する刀身の根元に張り付く。
 秒単位でジェダイトの精緻な指示の下、幾つもの魔法が展開される。大小様々な魔法陣がリンの足元を、宙を、ジェダイトの刀身部分を、ありとあらゆる場所に展開され消失しまた展開される。
 それはデバイスとして破格の性能を誇るジェダイトと、その指示化の下行使されるレアスキル『同時並行多重発動』があってこそ、初めて実現できる魔法であった。
 いや、厳密に言えば魔法ですらないものであった。
 それは魔法という現象を過程の工程に組み込み行われる、全く別の目的の現象を再現させるための魔法であったのだ。

 過程に魔法が関われど、発生した現象は普通の物理法則に従い振る舞われる。それゆえに非殺傷設定も出来ず、直撃すればリキューだって楽に抹殺出来るだろう代物。
 だからこそ、リンは確信する。確実にこれはフリーザをも倒せるだろう、と。

 「負けを前提に戦うつもりはない、てな」

 リンはリキューを、最悪の事態となる前に連れ戻すつもりではあった。だが、最悪の事態となっていた場合のことについても考えてはいたのだ。
 その秘策がこれだった。まさか使う日が来るとは思わなかった物騒極まりない魔法であったのだが、だが逆にフリーザ程の化け物を倒すにはこれしかないだろうという、認識もあった。

 シークェンスが進む。
 光輝く小さな球体の様なものが四つほど生まれ、等間隔に開いた刀身の中、疑似砲身の中で激しく揺れ動いていた。
 球体は莫大な質量を秘めた中性子星である。幾つもの魔法を多重に展開し場の環境を整えながら、さらなる加速をそれら中性子星へと加えていく。
 加速はドンドン激しくなっていき、視認できないレベルへとなっていく。

 この制御はもはや人に出来るものではない。リアルタイムの微調整を加えながら行う必要のあるこの工程は、ジェダイトにしか出来ない作業であった。
 リンは視線を彼方へとやる。
 激突は尚も続いているようであった。相変わらずリンにその姿は見ることはかなわなかったが、左手の返し刃の紋章が輝いた時に限り、ほんの一瞬だけフリーザの姿を目撃することが出来た。

 まだかと、焦りが生まれ始める。
 リンに出来ることはもうない。ジェダイトの作業だって処理能力の限界まで使った、繊細なものであるのだ。下手な干渉は即失敗を意味した。
 時間だけが静かに経過していく。
 そうして、もはやリンが聞き飽きるほどの激突音を聞き届けたその頃。
 ジェダイトが電子音を鳴らした。

 《シークェンス、コンプリート。全行程完了しました、マスター》

 「出来たか!」

 リンがジェダイトを見てみれば、疑似砲身は光輝く膜のようなもので覆われていた。
 準備完了。すでに疑似砲身の中はグラビティ・レールが形成され、暴発を防ぐ簡易シーリングが施された状態となっている。
 とはいえ、それでも不安定な状況には違いない。下手なショックは死を招く状態ではあった。
 即座にリンは設定も何もない、ただありったけの力を込めた念話を発信した。

 (リキュー!! こっちの準備は出来た、フリーザの動きを止めろ!! 空に誘導することも忘れるなよッッ!!!)

 言うだけ言って、即座にチャンネルを切る。リキューは四年前の接触時に、リン直々にリンカーコアを発生させられている。届いてない筈はなかった。
 限界まで目を凝らし、リンは天空の隅々まで目を光らせる。
 彼らの戦闘速度はリンの知覚外にある。幾ら本人たちにしてみれば十分な時間押し止めたという風に感じようとも、こちらからしてみればほんの一瞬にしか過ぎないということはあり得る。
 隙を見逃す訳にはいかなかった。ありったけの強化魔法と探知魔法を併用し、索敵に専心する。

 緊張感だけが、昂ぶっていく。
 まだか。リンの肌を汗が滴った。

 ―――その時、空に閃光が走った。

 弾ける様にリンは閃光の走った方向へ視線をやった。
 そこには気功波を全力で撃ち放っているリキューの姿と、平然とした様子で片手で気功波を防いでいるフリーザの姿が。
 チャンス。リンは稲妻のように悟った。

 千載一遇の、一生に一度の奇跡の瞬間。逃せば次はない。
 リンはジェダイトを構えた。コンマ一秒もかけずに照準をセットする。
 叫んだ。

 「ジェダイト、封印を解除しろ!!」

 《了解しました、シーリングオフ、発射態勢整いました》

 必殺の一撃、使う機会はないと思っていた、必殺魔法の解放。
 その正式名称を発しながら、リンは号令を放った。


 「“ブラック・ホール・シューター”!! 発射ァッッッ!!!!」


 ―――そうして、疑似砲身から漆黒の弾頭が射出された。

 真っ直ぐに、光すらも呑み込む超重力の塊が、一個の生命体へと向けて直進する。
 丁度、気功波を完全に弾き飛ばしたフリーザが、横斜め下方から接近するそれに気が付いた。

 「なんだ、これはッ!?」

 不気味な黒体を前に、目を剥き驚きを示す。
 逃れるには、もう遅い。いや、あるいは本気で逃げればまだ避けられたかもしれない。
 しかし、フリーザはそうとはしなかった。

 「こんなものッ―――!!」

 片手を伸ばし、漆黒の球体を受け止めようと構えを見せる。
 宇宙の帝王としてのプライドが、無様な遁走を許しはしなかったのだ。


 そして、黒い球体とフリーザが、接触した。








 ―――あとがき。
 書き上げたーー。疲れたー。そろそろラストも近いなー。五話行くか行かないか?
 感想ありがとうございました。そろそろ終わりも近い今作、是非とも最後まで見ていただければ幸いです。
 さーて、ぼちぼちリンの名誉を返上させにゃあな………伏線も回収せんと。

 感想と批評待ってマース。



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