流星が漆黒の闇の中、一筋の光線を伸ばして突き進む。漆黒の闇は宇宙空間。流星の正体は宇宙船である。
宇宙船は一人乗りの個人用ポッドであり、超々光速航法を以って度外視の速度で移動中。目的地へ向かって邁進を続けている。
その内部には当然、搭乗者の姿があった。
文字通り個人用であり、自動車以上に搭乗スペースの少ない代物である。人一人が座るだけのスペースしかないその内部は、お世辞にも居住性は良いとは言えない劣悪なものだ。
しかし、それゆえ本来、長期航宙に備えるための搭乗者保護装置であるステイシス・モードがポッドには存在しているのだが、件の搭乗者はそのモードを起動させている様子はなかった。
もちろんそれは、ポッドに取り付けられている装置が故障している、という訳ではない。単純に搭乗者自身が不要だと判断し、モードを起動させていなかっただけである。
(っち………計算外だったな)
不機嫌そうに舌打ちながら、搭乗者である彼―――リキューは内心で呟く。
今現在の状態、つまり周辺宙域に一切の星々がない孤立した宇宙空間を、目的地に向かいひたすら直進している状況は、リキューの思惑ではなかった。
本来ならばとっくの昔に、目的地である惑星ベジータに着いている予定だったのだ。
それが出来ずにこんな遠く離れた宇宙空間を駆けている原因は、一重にリキューの初歩的なミスにあった。
トリップ・システムによって創作物世界へと移動する際、基本的にその入口は基点となるものを目印に形成される。この場合はイセカム等といった専用機器が、その基点となるのだ。
これは別に基点がない場合、トリップ・システムを起動できない……という訳ではない。基点がない場合、つまり開通時には、ランダムに入口が形成されることになるのである。
では、これら上記にも当て嵌まらない状況の場合、どうなるのであろうか?
その答えが、今まさにリキューが対面している状況なのである。
“ドラゴンボール”の世界は、発見されてからすでに四年の歳月が経過している。がしかし、トリッパーメンバーズはこれまで一切の干渉を行ってきてはいなかったし、リキュー自身も出身世界であるこの世界へと戻ってきたことはなかった。
その理由は多々ある。極端に発達した文明圏の存在する世界であり既存の概念や技術が通用しない可能性のある危険性の高い世界である、ということが大きかったのもある。しかしなによりも決定的な原因は、単純に人手・人材不足、及び時間不足の問題が立ち塞がっているという現実があったからだ。
実は、同じ理由で放置されている世界など他にもごまんと存在している。
これが意味していることはつまり、トリッパーメンバーズは組織の現状として、次々と発見・開通されていく各創作物世界の探査速度に比べて、各世界への開発が非常に遅れている状態となっている、ということである。
別世界へと進出するというのは、非常に煩雑な手間がかかる事業なのだ。
利益拡大のために現在も四方八方へと手を広げ続けているトリッパーメンバーズだが、それゆえに闇雲で際限のない発展を続けながらも一切手を付けてない、大量の世界がプールされているという贅沢な状況に陥っているのである。そしてその中の世界として“ドラゴンボール”の世界が存在しており、当然基点の設置などは行われてはいなかったのだ。
ちなみに、リキュー自身が“ドラゴンボール”の世界へと立ち寄っていなかったのは、単純に避けていただけであり、特別な理由があった訳ではないことをここに記しておく。
上記の理由などにより結果として、基点の存在しない開通済みである世界、というものが発生することになるのである。
で、基点が存在しないために入口の座標を指定することも出来ず、さりとて開通済みであるために入口の形成のランダム性も失われている状態。
こういった場合は、次の入口は基本的に、前回にその世界で開いた入口の座標と同じ位置に形成されるのだ。
このことをリキューは失念していた。思いっきりド忘れしていた。
この四年間、開通係に所属し散々あらゆる世界へとトリップを繰り返し、システムについて周知していた筈の男がだ。
全くもって言い繕いようのない、馬鹿らしいミスだった。そのミスのせいでリキューは現在、一人孤独に退屈なポッドの中、離れた宙域を目的地目掛けて疾走させていたのだ。
前回の入口を形成した時………つまりポッドがリキューの手によりセットされたプログラムを起動させて、自動動作でトリップ・システムを起動させた時の座標は、惑星ベジータから見ておおよそ数時間ほどの距離を跨いだ位置である。直接惑星ベジータの付近に出ようと思っていたリキューの思惑は、見事に潰れたのだ。
あいにくと、リキューの搭乗する宇宙ポッドには超々光速航法装置は備え付けられてはいても、ワープ装置の類は存在しない。地道に移動する他、手段はなかった。
かくしてリキューの退屈と苛立ちに支配された、度し難い数時間のシンキングタイムが生まれたのである。
リキューは静かに腕組みしたまま、落ち着かなさそうに人差し指を小刻みにトントンと動かす。
狭いポッドの中である。苛立ったところで何かしらのアクションを起こすことなど出来はしない。
こうなれば、素直にステイシス・モードを起動させていた方が良かったか? そうふと考え、しかしたかが数時間程度の時間のためにモードを起動させるのも馬鹿らしいと考え直す。
(完全に遅れたな………くそ、不味いか?)
届けられた文面の内容を思い出し、定められていた時刻を過ぎてしまう事実を再確認するリキュー。
短気で野蛮な人格をしていながら倫理観が強いという、妙なキャラクターを持った男である。かつて曲がり並にも自分自身の意思で交わした約束を破る事態に対し、非常に後ろめたく罪悪感染みた感慨を抱いていた。
大体ならば原因となる存在へとその沸き上がる感情の分の責任転嫁、八つ当たりを行えばいいのだが、しかし今回は自分が原因。
感情の矛先の向けようがなかった。ゆえに仕方なく、ただ静かにリキューは沈黙し胸中の苛立ちを抑えつけるのであった。
ポッドは進む。宇宙空間の中を、定められた目的地へと進路へと向けて。
惑星ベジータ到着まで、残り数時間。
リキューは本人も気付いていなかったが、実は計算外の事柄が、この時もう一つ存在していた。
それは、仮にトリップ・システムの機能的な制約に、リキュー自身が前もってこの時気付いて対処していたとしても、決して約束の刻限には間に合わなかったということである。
ポッドが用意されていたプログラムに基づき、自律的にリターン・ポイントまで移動しリキューの元まで連絡を伝達する。この大がかりな措置は、確かに機能していた。
が、しかし。システム側に問題はなかったが、実は使う側である人間の方にヒューマンエラーな問題が発生していたのだ。
あろうことかリキューは、せっかく自身が大仰な仕掛けをこしらえて、しかもキチンと機能し連絡が自身の端末まで届けられておきながら、肝心の受け取り端末であるスカウター、それ自体を確認することを“忘れていたのだ”。
仕方のないことではあった。戦闘力のコントロールを学び、“気”を知覚する技術を得たリキューにしてみれば、スカウターなぞ必要のない道具でしかなかったのだ。
がしかし、そうだとしても、しょうもないミスとしか言いようがないことではあった。
連絡内容に気付き確認したのは、実際に連絡が届いてから数日経ってからの出来事であり、そもそも最初のスタート地点から思いっきり出遅れていたのである。
リキューがトリップ・システムを起動させ“ドラゴンボール”の世界へとトリップした時には、もうすでにベジータ王率いる反乱一派は葬られており、そしてその下手人でありリキューのターゲットとして認識されている宇宙の帝王フリーザは、ある目的の下行動を開始していたのだ。
この致命的なまでの時系列の誤認識に、リキューは一切気が付いていなかった。
瓦礫が見渡す限り広がる、文明の破壊された後の姿を晒す惑星。
その至る所に哀れな亡骸から、原形を留めてはいない消し炭となった原生人の姿が見当たる。
惑星の名はミート。亡骸たちの正体はミート星人。彼らは皆、ほんの数日前に空の彼方から現れた、悪意に満ちた強大なる者たちの手によって滅ぼされていた。
ミート星人たちがそれだけ弱く、そして侵略者たちが強かった。そんな単純な理屈による結果である。
そんな風景を、適当な瓦礫に片足を乗せながらバーダックは見渡す。
すぐ背後には乗ってきた宇宙ポッドが着陸し、お決まりの派手なクレーターを廃墟のど真ん中に形成していた。
「っへ、随分派手にやってやがるな」
自分を除け者にした分、盛大に仕事に取り掛かっているようであった。
そのことに不満と競争心を矛盾させず興奮させ、バーダックは急かし立てる己の情動を抑えつけてスカウターを起動させる。
が……ふと怪訝そうに、表示された内容を眺める。
「何だ? あいつら、スカウターを外してるのか?」
バーダックのスカウターには、普段チームを組んで連なっているトーマたち四人のサイヤ人のデータが、仲間として登録されている。
それゆえ、かつて四年前にリキューの開発したスカウターの新機能である情報共有機能によって、その居場所を初めとする各種状態を一挙に把握できる筈だった。
しかし、そうである筈だったのだが、奇妙なことにバーダックのスカウターには、トーマの表示だけしか示されてはいなかった。
他のパンプーキン、トテッポ、セリパの三人のデータは一切表示されず、唯一表示されているトーマのデータも、所在地だけを伝える情報しか明示されてはいない。
スカウターの電源でも切っているのか、あるいは故障か。バーダックは少しばかり原因について思索を巡らせる。
が、大して間も置かずどうでもいいことだと、あっさり思索を放棄する。
こんなところでアレコレ考えるよりも、直接行った方が話は早い。
「場所はあっちか、よし。行くぞ!」
方位と距離を確認し、跳躍の勢いをそのままに空へと飛び立った。
音速ジェット機を凌駕するスピードを初速であっさり引き出し、さらなる加速をなおも継続し飛翔する。
そしてバーダックは予想外にも、その吹きさぶる風の中。己の身一つで引き裂かれていく大気の中で、少しばかりの驚きと爽快感を味わっていた。
(こいつは………どういうことだ? 身体がやけに軽い?)
あまりに身体が軽い。まるで己の身体が、さながら羽毛になったかの様な感触。
不意打ちの様に身体の中から漏れ出てくる、これまで感じたこともないようなパワーの脈動。圧倒的だと、認識が麻痺し出来なくなってしまう程の力の存在。
バーダックはこの時初めて、治療ポッドから出てからの、己の肉体の変化に気が付いた。
(良く分からんが………まぁいいさ。こいつは気分がいいぜ)
まさしく望外の賜物といったものか。
バーダックは深く猜疑心を挟むこともなく、素直に己の肉体の変化を受け入れた。遊ぶようにクルクルと複雑な軌跡を宙に描き、気持ちを演出する。
どこまで速度が出せるのか。子供染みた、そんな思考すらも生まれてくる。
そして、それを遮るものはない。
バーダックはより一層の加速を行い、目的地へと遊びながら直行した。
底知れない身体の奥底から沸き出てくる力に、見る方が呆れるほどの高揚を抱いていた。
そして到着した目的地にて、彼はその高揚した気持ちのベクトル、その一切を反転させることになる。
瓦礫の山と化した廃墟の町。無残に転がる骸の数々。
それはバーダックの降り立った場所でも変わらぬ、先と同じ光景だった。
違うのは一点。転がる骸の数々に混じる、異なる種族の者たちの姿。その骸。
パンプーキン。トテッポ。セリパ。瓦礫の上に横たわる、血に塗れた各々の姿。
自分の仲間たちの亡骸が、目の前に存在していた。
バーダックは、言葉を発することなく沈黙していた。
珍しくも呆然とした表情を晒したまま、ただその場に立ち尽くしていた。
先程までに酔っていた気分の高揚などすでに消え失せ、ただ信じられぬ眼前の現実を直視し続けることだけを、行っている。
「…………い、一体………何が……………?」
長い沈黙の末に、ようやくそれだけの言葉をバーダックは引きずり出した。
今更死体の一つ二つを見て正気をなくすほど、ヤワな過去を歩んできてはいない。これより悲惨な屍なんて山ほど見てきたし、そしてそれの大半を自分自身の手で作り出してきてもいた。
だがしかし、そうでありながらもバーダックは自失せざるをえなかった。
これまで行動を共にし戦ってきた仲間が、こんな今までの仕事と一切の代わり映えがないチンケな星の地上げ風情で、全滅を喫する。そんなものは想像の埒外だ。
なおも吹き荒れる疑問の嵐に、立ち尽くすままなバーダック。
その時、彼へと投げかけられる言葉があった。
「バ、バーダック……か?」
「!? トーマッ!?」
声の主に気が付き、弾き出されたかのようにバーダックは動き出した。
所々のバトルジャケットは砕け散り、また全身を他の皆と同じように血で染めたその姿。表情からは死相しか見当たらない。
瓦礫に半ば埋もれるような形で倒れていたトーマ。その体躯を引っ張り上げ、頭を腕で下から抱え込む。
「どうしたんだ一体ッ、ここで何があった!?」
「へ……馬鹿、野郎だぜ。大人しくオネンネしてりゃあ………いい、ものを……………」
「そんなことより………まさか? ミート星人なんかに?」
「あんな奴ら、すぐに全滅させたぜ………」
「それじゃ、誰がお前たちをッ!!」
舐めるなと言わんばかりに、全身を血塗れにしながらも不敵な表情を示し、トーマはバーダックに告げる。
それはバーダックとて理解していた。たかがミート星人ごときに、トーマたちがやられることなど有り得ないと。
だがそれならば、一体誰がトーマたちを仕留めたというのだ?
バーダックはその気持ちをそのまま吐露する。
トーマは面を変える。悔しそうに、無念そうに。
ありったけの思いをその顔で表情しながら、絞り出すように真実を伝えた。
「フ、フリーザだ。奴がッ裏切りやがったんだ……グ、ゥ」
「そんな………馬鹿な?」
傷の痛みに語尾を濁らせるトーマ。
一方バーダックは伝えられた真実の内容に、信じられないとばかりに瞳を大きく見開いた。
フリーザが下手人。自身らの上の存在が、自分たちを亡き者にしようとしているというのか?
到底信じられるはずがない。フリーザがサイヤ人たちを厭うているなどという事実は、サイヤ人ではベジータ王率いる否定派派閥に属する者、そのさらに一部の者たちしか知らないからだ。
その忠実な手足として働いている末端の存在であるバーダックらには、いきなり告げられたその事実は青天の霹靂でしかなかった。
「ふ、フリーザの野郎は、俺たちを……利用しているだけだったん、だ。ぐ……ゴフッ!!」
血を吐きだすトーマ。
すでにトーマの身体に刻まれた傷は、致命傷であるレベルを超えている。本来ならば死んでいない方がおかしいほどの重症だ。
にもかかわらず今こうして息をしていられるのは、サイヤ人という種族の持つ並外れた生命力の賜物でしかない。
だがそれも死を先延ばしにする程度にしか、もはや効果はない。
トーマは死ぬ。
それがは覆しようのない、非情な現実だった。
「俺は、もう……ダメだ。ぐ、ゴホッ! だ、だが、このままじゃガハッ! はぁ、はぁ………サ、サイヤ人全員、フリーザの野郎に、やられちまう」
最期の力。命の最後の灯。苦しみに表情を歪ませながら、されどそのまま楽にはならぬと踏み止まる。
トーマは動かぬ身体に力を入れ、言葉に全身全霊の思いを込めてバーダックへと伝える。
「いいか、良く聞け! ゴホッ………すぐ、惑星ベジータへ戻れ。そして……仲間を集めて、フリーザを、倒すんだ………奴に………サイヤ人の、つ……よ、さ………を、思い、知ら、せ………て……や……………れ………………」
トーマの瞳が、静かに閉じられる。
その最期の最後まで、言葉を途切れさせることなく希望を伝え、トーマは身体の力を抜いた。
かくりと、首が傾く。
トーマは、死んだ。
「――――――――――――」
バーダックは、黙っていた。
静寂に沈み、言葉はおろか、微動だにすることもせずに動きを止めていた。
仲間の死。フリーザの裏切り。危急なる一族の危機。
告げられた唐突な情報の濁流に、行動の指針を定めることも出来ずに固まって、ただ沈黙することだけしか出来なかった。
ほんの少しの間、時が流れる。
数分も経ってはいなかった。一分あったかどうかも怪しい。
けれど、たったそれだけの時間しか経っていないにもかかわらず、もうトーマの身体は温もりを散らし始めていた。
それが死だ。
今までもこれまでも変わらない生命の定め。バーダックがこれまで散々見てきた、呆気ない生涯の終焉。
否応もなく、見慣れたその事実の明示によって、バーダックの精神は停滞から動きだされる。
柄にもない丁寧な手付きで、トーマの亡骸をそっと地へと降ろし、楽にさせる。
ふと気が付き己の掌を見てみれば、その広げられた掌全てが、紅に染まっていた。
改めてトーマの亡骸を見やれば、その身体は血に濡れていない場所がないと言えるほど、全身から夥しいほどの出血をしている。
トーマだけではない。
パンプーキン。トテッポ。セリパ。皆が皆、全身を紅に染め上げていた。
最期まで退くことなく、戦い抜いた証だった。
トーマの腕には、白い布が巻かれていた。何かの願掛けかまじないか、彼は常日頃からそれを巻きつけて行動していた。
バーダックは手を伸ばし、するりとその布を外し取る。
そしてそのまま手に持った布をトーマの顔へと当て、血に塗れた面を拭う。
血が染み込み、すぐに真白であった布は紅の混じった斑模様と変化していく。
手を止め、布を下げる。顔を濡らしていた鮮血の色はおおよそ全て取り去られ、はっきりとその死に顔をバーダックへと見せつける。
無念な最期だった。それは自他共に疑う余地のない、どうしようもない事柄だった。
だが。だがしかし。見せつけられた死に顔は、何故か満足そうに、一切の後腐れがないかのように、そんな風にかたどられているような………バーダックには不思議と、そう見えた。
布を握り締めたまま立ち上がり、バーダックは歩き始める。
順々に仲間たちの屍を回り、トーマにしたと同じように、死に顔を汚す鮮血を拭い去っていく。
お調子者であるパンプーキン。無口な大男であるトテッポ。小うるさく面倒な女であるセリパ。
一人一人、血を拭い顔だけを綺麗に整えていく。
やがて、バーダックは全員の血を拭い終えた。全員の顔を拭った布はもはや大量に吸った血によって、元の色とは対照的な紅色のものとなり果てている。
死に果てた、仲間たちの姿。満足そうな、信じ切ったかのような表情をして逝ってしまったトーマ。
彼らのその有様を克明に瞳に焼き付けながら、バーダックが何を思うのか。何を、すべきなのか?
そのさしあたっての内容は、とりあえずは向こうの方からバーダックの元へと、顔を出してくることになる。
がちゃりと、遠くから放られてきた石がバーダックの足元に、音を立てて転がった。
「よぉ、そこのサイヤ人」
投げかけられる言葉。バーダックが振り返ると、そちらには何時の間にいたのか、それとも最初からいたのか。
フリーザ軍共通の、見慣れた戦闘服を着込んだ男たちが数人。にやにやと馬鹿にしきった表情で佇んでいる。
フリーザ軍所属の兵士。それも、全員が戦闘力1万をオーバーする上級戦闘員たちであった。
「わざわざご親切にも、テメエら猿どもの再会シーンを丁寧に待ってやってたんだ。感謝しやがれよ、ええおい?」
「お別れの挨拶はちゃんと出来たかぁ? ククク、まあもっとも、すぐにまた顔を合わせることになるんだがな………ギャハハハハ!!」
隠す気もない悪意をさらけ出している彼らの姿を、無表情な顔のままバーダックは見る。
飛ばされる野卑なヤジや嘲笑に反応を返すことなく、ただ静かに、彼は内心で一つの納得を得た。
「おい、テメエ聞いてるのか? 黙ってないで何か言ってみやがれ。それともなにか? ビビって口もきけないってのか」
黙ったままのバーダックに気を害したのか、不機嫌そうな面構えをして戦闘員の一人が挑発混じりの要求を放つ。
実質の強制命令。それは従わなければ殺すという、横暴が与えられるものだ。
しかし、バーダックはその言を意にも返さなかった。無感情な動作で無視するだけに留まらず、あまつさえ興味がないと言わんばかりに、あっさりと視線を彼らから外した。
元より存在していなかった彼ら戦闘員たちの堪忍袋の緒が、呆気なく切られる。
「猿が粋がってんじゃねぇ! お前ら、いくぞ!!」
「おう!」
瞬時に各々四方へと散り、姿を眩ませる。
腐った性根であろうとなかろうと、上級戦闘員という階梯に位置する能力を持つ戦士たちである。その戦闘能力は一介の戦士風情で太刀打ちできる範疇ではない。
あっという間に立ちつくすバーダックを包囲し、そしてそのまま淀みなく攻撃へと動作を移行させる。
「うらぁッ!!」
一直線に打ち放たれた剛拳が、バーダックの顔面に真正面から突き刺さった。
加減もなく躊躇もなし。空気が炸裂する発破音が轟く。無防備なままにバーダックは戦闘員の攻撃を喰らっていた。
あまりの容易さに、ニヤリと戦闘員は嗤った。内心で雑魚だと切り捨て、勝利の余韻に浸る。
そして次の瞬間、バーダックが何事もなかったかのように視線を戻したことで、凍り付いた。
「な、なに!?」
己を見つめる視線に、得体の知れぬ圧力を感じたかのように錯覚し、思わず戦闘員が後ずさる。
バーダックは何も言わない。追撃も言葉をかけることも、何もしなかった。
我に返り、打って変わって戦闘員は逆上した。
「たかが下級戦士如きがぁ!! 痩せ我慢しやがってぇええええ!!!! 全員でやるぞ! 一斉にかかれぇ!!」
ドンと、地を蹴り加速し、包囲した上級戦闘員たち全員が一挙にバーダックへと襲いかかった。
腹、頬、脇、後頭部、腿、脳天、顎。ありとあらゆる攻撃可能部位へと次々に打撃が入る。
戦闘力アベレージが1万を優に超える集団による、多対一な壮絶なまでのリンチ。
それはたかがサイヤ人風情が耐えきれるレベルのラッシュではなかった。根本的な戦闘力の違いに加えて、数の暴力という最も単純かつ効果的な戦法による滅多打ちである。
バーダックはやはり何の反応も返さない。それを戦闘員らは、反応することも出来ないと判断した。
口角が釣り上がる。気勢を上げてさらなるラッシュの加速を図り、より激しい怒涛の渦中へと彼らはバーダックを叩き込んだ。
ほどなくして、それが一切の勘違いであったことに彼らは気付くこととなった。
バーダックが平然と動き始めたのだ。ラッシュを緩めた訳ではない。その激しい渦中の中にあって、なお平然とした様子で動いたのである。
「な!? こ、こいつ!?」
ラッシュを続けながらも戦闘員は驚愕する。
そこで初めて彼らは、バーダックの身体が一切動じちゃいないことを認めたのである。
立て続けに打ち込まれる打撃の数々が、全然効いてはいないのだ。ボディを打つものはおろか、頭部への攻撃ですら、文字通り不動のまま耐え凌いでいる。
反応出来ていない、のではない。反応していないだけなのだ。
続々と打ち込まれる打撃を、蚊に刺される程度、あるいはそれ以下のものとして無視したまま、バーダックは動き出す。
手に持った、深紅に染まった布。それを頭へと持ち上げ、額に巻く。
仲間の鮮血によって紅に染め上げられた布。それを確たる決意の証として身に付けた。
頭に真っ赤なバンダナを掲げ、バーダックは面を上げる。
「こ、この! この野郎ぉおおお!!!」
「だりゃだりゃだりゃだりゃだりゃだりゃぁあああああああ!!!!!!」
「とっととくたばりやがれッ! くそが!!」
猛攻はなおも続く。より必死になりながら、戦闘員たちはずっと拳を振り、足を振るい、攻撃を続けていた。
当然、バーダックにはダメージなどない。それどころか、行動の妨げにすらなっていない。
ぎちりと、歯が噛み締められる。これまで能面の如く無表情のまま、一切の動きを見せていなかったバーダックに、変化が生じる。
拳を握り、全身の筋肉を隆起させる。こめかみに青筋を浮かべ、そしてバーダックは激怒の表情で叫んだ。
「貴様らぁ………邪魔だぁあああああああァーーッッ!!!」
閃光が迸った。
咆哮と同時にバーダックの全身から膨大な“気”が放射され、全身に群がっていた戦闘員たちを薙ぎ払う。
それはもはや、サイヤ人の戦闘レベルに収まるパワーではなかった。あまりの桁違いのエネルギーの放出に、戦闘員たちはあっさりと細胞一つ残さず消し炭にされる。
轟音が大気を震わし、激震が大地を振るわせる。
器用に纏わり付いていた戦闘員たちだけを消し飛ばし終えて、バーダックは唾を地に吐き捨てる。
ふと、スカウターが新たな反応を捉える。
反応のあった方向へと、バーダックは振り返る。そしてそこにあった人影の正体を認めて、驚きに目を見開いた。
鈍重な外見をした異形の人型と、端麗な容貌をした美しい人間の二人。バーダックはその二人について、よく知っていた。
「貴様ら……ザーボンにドドリア!?」
「てめえが例の戦闘力が3万だっていうサイヤ人か」
「どうやら、無駄足にはならなくて済んだようだな」
観察するようにバーダックを眺めながら、ザーボンが手間が省けたと呟く。
フリーザの側近であり腰巾着である、二人の強者がそこには存在していた。
ザーボンとドドリアの二人。彼らが揃って惑星ミートに存在している理由は他ならない、主であるフリーザ自身の命令によるものだった。
先に起こった、ベジータ王の反逆。件の事件の後に、フリーザは己の部下たちへとある命令を下した。
それは、サイヤ人抹殺命令。ある意味で当然とも言える、フリーザらしい無慈悲な命令である。
フリーザは現時点で他惑星へと赴いているサイヤ人たちの所在の確認と同時に、その大多数の殺害を命じたのだ。
一部のサイヤ人は地理的要因、あるいはフリーザ自身の何らかの思惑によってその殺害リストから除外されたものの、元々少数民族である。おおよそ全ての惑星ベジータの外に存在していたサイヤ人たちは、この命令が下されたことによって友軍である筈のフリーザ軍、それ自身の手によって次々と消されていった。
トーマたちもまた、この命令によって手を下された被害者の一人であったのだ。
すでにもう、バーダックが惑星ミートへと来訪したこの時。もはや惑星ベジータ以外に存在していたサイヤ人は数名しか生き残っていなかったのである。
本来、荒事担当であるドドリアがこなすべき今回の命令。しかし惑星ミートには、何故かもう一人のフリーザの側近であるザーボンまでもが付き添っていた。
それは一重に、噂に聞いた戦闘力3万のサイヤ人という存在を警戒し、備えたがゆえのことである。
ドドリアの戦闘力は24000。相手の戦闘力が3万では敗色が濃厚、つまり一対一で勝てる相手ではないのだ。
そのため噂の戦闘力3万のサイヤ人がいるという、今回の惑星ミートに存在しているサイヤ人の一団を潰しに出かける際に、フリーザ自身からの命も加えてザーボンが同行することとなったのである。
ザーボンとドドリア。両者の戦闘力はいずれも3万には達せずとも、二人がかりで相手をすれば対抗できないこともない。
それに万が一には、ザーボンには“隠し玉”とも言えるとっておきが存在していた。
かくして万全を期した態勢が整えられ、そして今、バーダックの目の前にフリーザの腰巾着と称される二人が相対していたのだった。
「貴様らがここにいるということは、フリーザ様は……いや、フリーザの奴は、本当に俺たちを裏切ったのかッ!?」
ただの戦闘員とは違う、フリーザの側近と称される二人の姿の存在に、バーダックは改めてその事実を噛み締める。
トーマの言葉である。信じていなかった訳ではない。しかし、それでも与えられるショックは大きい。
今の今まで、忠実に命令を受け、従ってきたのだ。それが何故、今更? ただ奴隷の如く好き勝手扱き使い、その果てにゴミを捨てる様に処分するとでも言うのか?
「っけ、何言ってやがる。先に裏切ったのはてめえらサイヤ人どもだろうが。まぁどっちにしろてめえら猿どもについては、フリーザ様は前々から鬱陶しいと思っていらしたからな。遅かれ早かれ、こうなってたかもなぁ? ぐはははははは!!」
「喋りすぎだ、ドドリア。無駄に時間がかかっているからな………さっさと目の前の奴を始末して、フリーザ様の元まで帰還するぞ」
「へいへい、了ー解」
ごきごきと手の骨を鳴らし、ドドリアは手を軽く振り回し、そして地を蹴った。同時に合わせて、ザーボンもまた空へと飛び立つ。
くそったれ。内心で吐き捨てて、バーダックも構えを取り迎え打つ。
「同時に行くぞ、合わせろドドリア!」
「カァッ!!」
直上より急速下降し、ザーボンの踵が脳天へと振り下ろされる。連動しドドリアが全身に“気”を纏いながら突進し、頭からバーダックへと突っ込んだ。
バーダックは両手を動かし対応する。右手を突き出して掌でドドリアの突進を受け止め、直上からのザーボンの強襲を左腕の肘で完全に受け止める。
攻撃が防がれたのも束の間、即座に跳ね跳び距離を取って、二人は肉弾戦へと移行。ラッシュへと持ち込む。
ザーボンとドドリア、両者ともにそこに油断はなかった。戦闘力3万の猛者相手、加減する余地はない。殺らねば自分たちが殺られるだけだ。
暴風が吹き荒れる。等身大の人間たち三人の巻き起こす攻防の余波が、さながら暴風圏の如き強風の渦を形成していた。
その攻防の中。中心地帯に位置するバーダックは、それでもなおかすり傷一つ負っていなかった。
次々と前後から挟み込み襲いかかる拳打蹴撃頭突きの数々を、全てかわしていたのだ。
苛烈な表情なまま眉一つ動かさず、全ての攻撃を触れさせることすらさせずに凌ぐバーダック。
「この野郎ッ!?」
「っちぃ!」
完全に見切られている。打撃を打ち込み続けながらも、そう実感せざるをえなかった。
ザーボンは舌打ちをしながら身を沈め、足を伸ばしながら身体を半回転させる。しかし足払いが成功する前に、バーダックの姿は消えた。
一歩先に、バーダックが空へと跳躍する。ドドリアはその姿を見逃す捉える。
「今だ、喰らいやがれェーーッッ!!」
大きく息を吸い、次の瞬間かぱりと開いた大きな口から、ドドリアは膨大なエネルギー波を放出した。
かつて惑星ベジータへと初めて参上した時にも披露した、ドドリアの十八番。強烈な破壊力のそれにより、フリーザは最初の交渉にサイヤ人たちよりも圧倒的優位な立場へと立つことが出来たのだ。
宙に飛んだバーダックへと、巨大なエネルギー波が迫る。だがしかし、バーダックは慌てるまでもなく視線をエネルギー波へと合わせ、叩き付けるような叫びを浴びせた。
次の瞬間、目標へと直進していたエネルギー波が四散した。ドドリアが驚愕に目を見開き、馬鹿なと狼狽する。
「気合いだけで俺の攻撃を掻き消しただと!? そんな馬鹿なことがッ、出来るはずがねぇ!!」
「ドドリア! 何を呆けている!? 来るぞッ!!」
「だりゃあッ!!」
隙の出来ていたドドリアだけではない。備えていたザーボンですら、その刹那に生じた出来事を認識することが出来なかった。
衝撃が走ったかと思った時には、もうすでにザーボンは“吹き飛ばされた”衝撃がままに、遠方の瓦礫の中へと叩きつけられていたのだ。同じようにまたドドリアも、こちらは大地へと叩き込まれ、軽く地面の中へと埋没している。
バーダックはほんの少し離れた場所で、悠々と立ったまま二人を見下ろしていた。
何が起こったのか? その疑問に対し、答えはザーボンの激しく訴えてくる身体の痛みが教えていた。
ザーボンたちが認識するよりも速く、より圧倒的に凄まじきスピードを以って、一瞬の内に叩き伏したのだ。
なんという力か。ザーボンは傷を抑えながら咳を二・三回し、戦慄を抱く。
これが戦闘力3万の実力というものなのか? ある程度現実を理屈付けるその理由を知っていながらも、しかしザーボンの胸中には言い知れぬ不安がよぎる。
何かより致命的な、根本的な間違いを犯しているような。そんな胸糞の悪い悪寒が走っていたのだ。
しかしその不確かな恐れも、次にバーダックが放った傲慢な発言に吹き飛ばされた。
「どうした? フリーザの取り巻きたちが、実力はこんな程度だったのか? だとしたら拍子抜けだぜ。てめえらのご主人さまがいなけりゃ、なにも出来ねえとはな」
「なんだとッ」
にやりと、バーダックが口の端を歪める。
先程まで抱いていた恐れなどなんのその。目の前の男の発する挑発に怒りが目覚め、その他の感情を駆逐する。
たかがサイヤ人如きが。醜い猿風情の挑発が心底腹に据えかね、ザーボンの逆鱗を逆撫でした。
そしてそれはザーボンだけではない。
ボンと、巨大な土煙を上げながら埋没していたドドリアが現れる。血走った眼でこれとないほどブチ切れた己の心情を表現し、彼が雄叫びを上げる。
「がぁあああああ!!! このサイヤ人の猿野郎がぁ!! ザーボン!? てめえ何時までも余裕ぶっこいてんじゃねぇ! さっさと変身しやがれェッッ!!」
「言われなくとも! 後悔するがいい、名もなき下級戦士がッ。貴様のそのうぬぼれが、己の首を締めることになるのだ!!」
「変身だと?」
バーダックの怪訝な様子を捨て置き、ザーボンが全身の筋肉を力ませる。血管を浮き立たせ、何かに集中させる。
そして一泊の間を置き、瞬時にしてその姿が異形へと“変身”した。
何だとと、バーダックは驚愕する。それほどまでに劇的な変身であった。
変身前までの美貌はどこに行ったのか。その姿は見る影もないほどのフリークス・スタイルであり、先までの女性と見紛うばかりの容姿は、どちらかと言えばドドリアに近いものへと変じてしまっている。全体的な腕回りや足回りなどの筋肉という筋肉も肥大化しており、結果として体格すらも変じてしまっていた。
トカゲの如きものとなった顔面を歪ませながら、ザーボンが喋る。
「はははは!! 驚いたか!? これが私が隠し続けていた真の力だ!! 変身することによって戦闘力を向上させるのは、貴様らサイヤ人だけの専売特許ではないのだ!!」
「こいつは驚いたぜ………まさかアンタがそんな化け物になるとはな、ザーボンさんよ」
「黙れ! この醜いサイヤ人の猿がッ!」
変身能力。それこそがザーボンの隠し玉であり、そして持ち得る真の力の正体であった。
美麗なヒューマノイドとして標準的な種族の姿から、野性的な化け物と呼ばれても文句の言えない形態へと変身することにより、ザーボンはその戦闘力を5000近くも上昇させることが出来るのである。
しかもこの変身はサイヤ人たちの行う大猿への変身とは異なり、戦闘力の増大率こそ低いけれども、代わりに満月など何かしらの特殊な条件が必要ではない。一切の制約なしに使える、ノー・リスクな能力なのだ。
無条件に使えるノー・リスクなパワーアップ能力。それがザーボンの持つ、極めて汎用性と利便性に優れる最優たる切り札であった。
だがしかし、それならば何故ザーボンは、最初から変身をしてバーダックへと挑まなかったのだろうか?
それは単純に、ザーボン自身の精神的な部分に問題があったからである。
ザーボンは元々、自身の美的センスに対する拘りが非常に強い男である。美しきものを好み、そして自身もまた美しくならねばならないという、一種のナルシズムを持っていたのだ。
そうであるがゆえに、自身の変身によって晒される真の姿の醜さを、心底嫌悪していたのである。パワーの節約という正当な理屈もあったが、何よりもそのことが理由として一番のものであり、ゆえにザーボンは己の変身能力を自分自身の手により、半ば封印状態にしていたのだ。
しかし、その封印も解放された。
プライドと命。どちらを取るかと問われれば、ザーボンは迷わず命を取る。
プライドを守ってまで命を捨てられるほど、達観してもいなければ信念を持っている訳でもないのだ。
ともかく、これで状況は戦闘力3万対、戦闘力24000と戦闘力27000という二対一の場となった。ここまで戦闘力が縮まれば、もはやさっきのような一方的な展開にはなることはない。
ザーボンは両手を広げ、その巨躯となった肉体を威圧するように広げながら突進する。
「援護しろドドリア! 私が仕留める、奴の足を止めろ!!」
「指図してんじゃねぇー!! うおぉおおおぉーーー!!!」
ドドリアが飛翔し、宙空からバーダックへと両手を向け、渾身のエネルギー波を放射する。
閃光にバーダックの姿が呑み込まれる。是非を確認する間もなく、続けてドドリアは構わず第二波、第三波とエネルギー波を放射する。
爆発と震動が鳴り響き、キノコ雲の如き土煙が上がる。その中へザーボンは躊躇なく突撃した。
土煙の中に動かぬ人影の姿を認め、ザーボンは歪んだ笑みを浮かべながら右手を振り上げる。パワーが集中され、収束され切れぬ過剰エネルギーが、スパークを右手の拳に生まれさせる。
たとえドドリアの攻撃を意に返さぬところで、自分の全力を込めたこの拳の一撃ならば、致命打を与えることが出来る。
その動かぬ確信と共に、ザーボンは右手を振りかぶった。
「死ねぃッ!!」
拳が、人影の中心を抉った。
撃音が響き、違えることなく標的へと拳が命中したことを知らしめる。
しかし、ザーボンの表情は晴れない。
否、逆に意図を大きく外されたと、その眼を大きく開眼し驚愕する。
「やったか? おい、どうしたザーボン!」
怪訝そうに上空から手を休め、ドドリアが訝しそうに叫ぶ。
やがて煙が徐々に晴れてゆき、ドドリアの元にもその現場の様相がさらけ出される。
徐々に露わにされていくザーボンの姿と、殺った筈のサイヤ人の姿。完全に全容が視界の中にへと現れ、そしてドドリアは何だと!? と吠えた。
突き出されたザーボンの拳は、バーダックの手に受け止められ、あっさりと止められていたのだ。
そのまま握力を強め、バーダックがザーボンの拳を捕獲し、捻り潰さんと圧力をかけている。
必死に振り解こうとザーボンは全力で足掻くが、しかし欠片も姿勢を揺らすことすら叶わず、なおも握力は強められていく。
「ぐぅおおおぉッッ!? は、放せッ! 貴様、さっさとその手を放すんだ!!」
苦悶の声を上げながらザーボンは怒鳴り散らすも、バーダックは揺るがない。
表情に愉悦を滲ませたまま、躊躇なく更なる圧力を追加した。
べきゅりと、水気を含んだ硬い物質の砕ける音が響いた。
ザーボンが絶叫し、握り潰された己の右手を抱えながら後退する。
掌に付着した汚らしい体液を振り払い、バーダックは宣言する。
「どうやら、お前らと俺との間にはとてつもなく大きな差が出来ちまったみたいだな。悪いな、まだ自分でも実感出来てないんだ。このあまりにも圧倒的なまでのパワーによ……」
「ハァッ! ハァッ! な、生意気なことを。た、たかがサイヤ人風情が………粋がるなァーーッッ!!」
左手を突き出し、不意打ち気味にエネルギー波をザーボンは発射した。至近距離からの最大放射。ザーボンの放てる最大の一撃を撃ち込む。
しかしそれを、バーダックは瞬く間もないスピードを以って極々普通に対応し、呆気なく手首の返しだけで弾き飛ばした。
弾かれたエネルギー波がザーボンのすぐ傍を駆け抜け、宙空に位置するドドリアを驚かせるようなギリギリ掠める軌道を取って遥か彼方の大地へと着弾し、火柱を上げる。
爆風が戦場を一撫でし、髪を巻き上げる。
ザーボンは完全に威圧され、絶望を体感しながら必死に有り得ないと、目の前の現実を拒絶し続けている。
ザーボンの足が、恐れに後ろへと下がる。
刹那、ザーボンの腹部をバーダックの拳が食い破った。
「ぐが!? が、ぁ……が、がががが!??!」
「あばよ、ザーボン」
超質ラバーを貫き、肉を抉って骨を砕き、無慈悲に突き込まれた拳を、悶え苦しみながら見つめるザーボン。
そのまま猶予を与えることもなく、呆気なくバーダックは突き込んだ拳を開き、エネルギー波を直接体内から炸裂し放出させた。
身体全体が発生した作用力によって吹き飛ばされ、遥か彼方の瓦礫の中にと宙を舞い墜落する。
ザーボンは動かない。臓器ごとその命をも、すでに消し飛ばされていた。
「あ、ああああ…………フ、フリーザ様ァーーーッ!!」
一目散にドドリアが錯乱状態に陥りながら、ザーボンの亡骸には目もくれずに急速離脱する。
変身したザーボンが、こうも容易く、まるで赤子の手を捻る様な呆気なさで屠殺されたのだ。自分に勝てる相手ではない。
何よりも己の保身を第一がために、文字通り命をかけてドドリアは退散した。
しかし、それをわざわざ見逃すつもりは、バーダックには毛頭ない。
バーダックの姿が一瞬にして掻き消える。そして一泊の間を置く暇もなく、ドドリアの眼前に進路を遮るように現れ、立ち塞がった。
ギュンッと、慌ててふためきながら宙空に急ブレーキをかけて静止するドドリア。知覚不能な超スピードによる回り込み。それ一つ取っても両者の実力差を物語っている。
どうするか。抗ったところで末路は見えている。一体どのような手立てを打てば、己の命を永らえさせることが出来るのだろうか?
焦燥ここに極まり。かつてない懸命さで頭脳を回転させるもそれは空回りするばかりで、一向に一縷の望みを求むドドリアに光明を与えない。
しかし、ほどなくドドリアは自身を束縛する煩悶から解放される。
気が付いた時には、もうすぐ目の前にまで近付いていたバーダック。
何、と反応する間もなく何時の間にか構えられていた腕が振り抜かれ、ドドリアのその首級を跳ね飛ばされていた。
クルクルと宙を舞う生首。その回転する視界の中、死に至る数秒の間の間にドドリアは一つの事柄を悟る。
結局のところ、土台目の前のサイヤ人から逃れることなど、無理であったのだ……と。
ビュクビュクッ、と不気味な痙攣と共に体液を首から噴出させながら、ようやく気が付いたかのようにドドリアの身体が落下していく。
それは遥か空から地に叩きつけられたことで、さらに柘榴の様に醜い有様へと姿を変じる。
バーダックはそれを一瞥し、唾を吐き捨てた。
改めて、何時の間にやら手に入れてしまっていた己の超パワーに彼は瞠目する。
かつての手も足も出せぬ筈であった、フリーザ直属の側近であるザーボンとドドリアの二人。それをかくも容易く、慣らし程度の労力だけで葬ったのだ。
まさしく、超越的なまでと称するに足るパワー。サイヤ人の限界レベルを遥かに超えた、恐るべき力量を掌中に収めてしまっていた。
思わず力に溺れ耽りそうになるバーダック。しかし、重要な要件があることを思い出し、すぐに意識をそちらのベクトルへと追いやる。
そう、ザーボンとドドリアなど、前座でしかない。
真の敵は別にいる。より強大で、より邪悪な存在が。トーマたちの、サイヤ人たち全ての仇とも言える存在がだ。
バーダックは宙空を睨みつける。まるでその先に、件の元凶が座しているかのように。
そしてその怨敵の名を、憎悪を迸らせながら口から吐き出した。
「フリーザァアアッッ!!!」
額に巻いた深紅のバンダナが、バーダックの思いを一層燃え上がらせた。
宇宙空間を通常航行にて進んでいる、フリーザが搭乗している専用巨大宇宙船。
ベジータ王の反乱によって消耗した人材を補給し、また艦内に生じていた一部の損傷個所の修復も進められ数時間。作業の進捗は、ほぼ完了となっていた。
そしてその宇宙船の中、専用の玉座の間にいつも通りマシンに乗ったスタイルのまま、フリーザが存在している。
その傍には、常日頃から仕えている存在である二人の側近の姿は見えない。フリーザ自身が下した命令に従い、今彼らは主の元を離れているのだ。
フリーザは己が下した命令が、無事果たされたという朗報を待つために、ただ玉座に間にて大人しく待ち続けていた。
その表情は楽しそうであった。もうすぐ後に、とても面白いイベントがあるかのように。
その場に、慌ただしい声が入ってくる。通信回線が開かれ、名もなき部下たちの一人がフリーザの元へ報告を届けてきた。
『フ、フリーザ様ッ!』
「何ですか、慌ただしい。ザーボンさんとドドリアさんのお二人から連絡でもありましたか?」
『い、いえッ。それが………こ、この映像をご覧下さい!』
口を濁らせる部下は、フリーザの元のスクリーンを起動させ、一枚の映像を表示させる。
表示された画像は惑星ミートのもの。疑問に思いながら映像を眺めるフリーザだったが、しかし次の瞬間にはその瞳が大きく見開かれた。
惑星ミートという星から、宇宙空間という巨大な黒い海原へと飛び出していく一筋の光。その軌跡の先頭へと画像が拡大され、正体をモニターの中に晒す。
強化ガラスに覆われた風防越しにスクリーンへ大写しされた中の搭乗者は、紛れもなく始末を命じた筈のサイヤ人であった。
目が釣りあげられ、声を荒げてフリーザが問い質す。
「どういうことです? ザーボンさんとドドリアさんのお二人と通信は!? 私はあの星に派遣されたサイヤ人どもの始末を命じた筈ですよッ」
『そ、それが! 通信を試みてはいるものの、依然惑星ミートへと派遣された者たちとの交信は取れずッ、ザーボン様とドドリア様のお二人とも連絡は途絶したままで!! スカウターの反応も消えたまま………』
「もうよろしいです! ………っち、スカウターが都合よく全て破壊されたとは考え難い。大方、油断して見くびったところを殺されたか………たかが戦闘力3万ごとき相手に、使えない人たちです」
一転し不愉快極まると言わんばかりの苛立ちを、面に表すフリーザ。
惑星ミートから離脱していく個人用ポッドをスクリーンにトレースさせたまま、部下が恐る恐ると意見を提案する。
『どういたしましょう? 撃墜しますか?』
スクリーン上のポッドと重なる様にターゲットスコープが重ねられ、FCSが起動される。
ツフル人の科学技術を接収し流用された最新鋭の宇宙船である。その性能は耐久性、航続性、機動性に航行速度と、あらゆる現行の他星系に氾濫する宇宙船等のそれを凌駕する。
当然、それは火器管制、兵装についても同じである。
数光年程度の距離ならば、個人搭乗の宇宙ポッドごときを狙い撃ちすることは可能であった。
しかしフリーザはその部下の提案を、首を振って退ける。
「いえ、よろしいです。どうやらあのサイヤ人も、惑星ベジータへ向かって移動している様ですからね。わざわざ今手を下す必要もないでしょう」
『そ、それでは?』
「宇宙船を動かしなさい。進路を惑星ベジータへ。小生意気なサイヤ人たちがみんな集まったところで、纏めて片付けてあげましょう」
フリーザの命令が伝わり、了解という返事と共に部下たちが動き始めた。
スクリーンに映された宇宙ポッドの軌跡は、その先行きを惑星ベジータを示したままである。
殺される前に情報を吐き出されたか、あるいは単に自分たちの古巣へと戻ろうとしているだけなのか。まあ、どちらにしてもどうでもいいことだと、フリーザは考える。
部下たちが生き延びているという考えは、もう欠片もなかった。仮に生き延びていたとしても、命令も果たせない無能に用などない。改めて処刑を命ずるだけである。
スクリーンを腕組みしながら観察し続け、フリーザは泰然と構える。
宇宙船はゆるりと余裕をもって航宙を始め、宇宙ポッドの後方を追う様に動き始めた。二つの大小異なる宇宙船の目的地は、共に戦闘民族サイヤ人の母星である、惑星ベジータ。
運命の集束地点が、すぐ間近にまで迫っていた。
惑星ベジータ。その航宙管制を担う管制塔では現在、複数の当直の人間たちが中に詰めて、各々がそれぞれ自分たちの職務に励んでいた。
とはいえ、その仕事内容は煩雑なものではない。高度なテクノロジーによって極限にまで機能の自動化が行われているため、ユーザー側に対して強いられる負担はほとんどなくなっているからだ。
場合にもよるが、最悪管制室を無人にしたところとて機能に支障のないレベルに達しているのである。無論実際のところは、最終的な意思決定のためや不測の事態に備えるために、完全な無人となることはあり得ないのだが。
現在彼らは、ある宇宙ポッドを打ち出すために、その最終手順のチェックを行っていた。
ポッドの中にはサイヤ人の子供が搭乗させられている。下級戦士と認定された、まだ生まれてそう間もない小さな赤子だ。
サイヤ人社会には定められた決まりに、まだ赤子である下級戦士の子供を文明レベルの低い、さして攻略に手間もかからないであろうと判断された星へと送り込むというものがある。
送り込まれた赤子はやがて成長し、本能が訴えかける残虐性と闘争心の赴くままに戦闘力を開放させ猛威を振るい、送り込まれた星を片付けることになるのだ。
そして全ての役目を終えた後に、自らが乗ってきたポッドに乗ってこの星まで帰還してくるのである。
ゆえに帰ってくるのは、例え早くても最低十年以上の月日が必要であった。場合によっては、そのまま死別することにもなる。
これはフリーザ軍編入後に制定された決まりであり、その非情な内容でありながら、しかしサイヤ人たちのほぼ全てから反論の出なかった決まりであった。
「準備は出来たか? どこの星に送り込むんだ、こいつは」
「地球だ。太陽系の第三惑星、青くて綺麗な星だよ。月もあるし、下級戦士のこいつでも数年程度の歳月で現地生物を滅ぼすことが出来るだろう」
「目的地、チ・キュ・ウっと。名前は、え~と………カカロット、か。よし、チェック終了だ。いつでも出せるぞ」
表示されたデータの内容を確認し、誤りがないことを認めた兵士の一人が声を上げる。
後は射出認証のスイッチを押すだけであった。別の兵士の一人が赤い認証スイッチへと人差し指を伸ばす。
しかしスイッチが押される前。その兵士の動きを抑止しようと、レーダーを見ていた別の兵士がストップをかけた。
「待て! 接近してくる反応が一つあるぞ………誰か惑星ベジータに帰ってくる!」
「なんだと? こんな時間にいったい誰だ? 帰還報告は受けちゃいないぞ?」
ぞろぞろと兵士たちがレーダーの元に集まり、捉えられた反応を覗きこもうと顔を傾ける。
表示されたデータの羅列を読み取り、言葉を発する。
「丸型か、戦闘員か? どこの星の奴だ?」
「いや、違うぞ。認証コードと照合したが、乗っているのは戦闘員じゃない。科学者だ。サイヤ人にしては珍しいな」
「名前はリキュー………と、こいつはもしかして、あの“腰抜けのエリート”って奴じゃないか? 数年ぐらい前に惑星ベジータから出て行った、ていう」
「ああ、あの変わり者の妙なサイヤ人か。…………って、いまさらこんな時期に何しに帰って来たんだ、こいつ?」
「さあな。とにかくだ、打ち上げは一旦停止だ。万が一のことだとは思うが、事故が発生しちゃたまらんからな」
雑談という形の情報交換と決定を終えて、兵士たちが散らばる。
スイッチ一つでもう発射が可能であるレベルまで進められていたシークェンスが停止され、発着場に常駐している兵士の方へ連絡が入れられる。
別に打ち上げたところでニアミスする可能性は限りなくゼロに近い数値であったのだが、それこそ万が一に備えてである。急ぐ事柄でもないのだ、無用なリスクは避けて然るべきだった。
この打ち上げの一時停止という不慮の出来事の発生は、その後に思わぬ波紋を広げることとなる。
打ち上げ作業を再開し各種機器の再チェックを行った際、赤子の乗るポッドの一部老朽化が確認されたのだ。
老朽化とは言っても、それは致命的なレベルのものではない。このまま運用したとしても問題なく稼働するであろうことは確かなことであった。
しかし、先に言ったように無用なリスクは避けて然るべきであった。
どうせ一度停滞したのだからと、兵士たちは老朽化部分の部品を交換・整備するよう決定し、打ち上げ作業の予定時刻を大きく超過する、さらなる遅延を招くこととなるのである。
かくしてここに、本来の“世界”にはない一つのイレギュラーの混在により、一つの小さな事実が異なる形へと書き換えられたのだった。
大気圏に突入し、大気との摩擦でポッドの表面が赤熱化する。
同時に搭載されている重力制御装置が反転場を形成して速度の減衰が図られ、機体保護用のフィールドも展開される。
あらかじめプログラムされた大気圏突入システムは何時も通り正常に作動し、万全の体勢が整った状態でポッドは発着場に備え付けられた専用の着陸用マットへと接地。ボスンという布団を張っ叩いたかのような音を巨大化したものが響き、ポッドは無事に惑星ベジータの大地に受け止められた。
急速な冷却によって表面温度が数秒と経たずに冷まされ、圧縮空気の放出と共にカバーが開放される。
ゆっくりとポッドの中から、数時間ほどの宇宙旅行を無事に終え、リキューが現れる。
リキューは数年ぶりに帰ってきた己の故郷を視界に収めながら、辺りをぐるりと見回す。
その胸中は、リキュー自身にもどういったものか、細かいく述べることは出来なかった。
何も浮かんでこない様でもあり、逆に筆舌に尽くしがたいほど様々な思いが渦巻いている気もする。郷愁の念がある様な気もするが、しかし何も情緒など働いていないようにも思える。
妙な気分であった。端的にリキューはそう片付ける。
そんなリキューの元へ、発着場に常駐していた兵士たちが近付いていく。
我に返って近付いてくる兵士たちの存在に気が付いたリキューが振り返ったところで、彼らが言葉を投げかける。
「よぉ! 随分と久しいお帰りだな、“腰抜けのエリート”さんよ!」
「確か、四年ぶりぐらいか? 何しに帰って来たんだ、お前? まさか里帰りなんかじゃないだろうに」
腰抜けのエリート、という単語の部分にカチンと僅かに反応したものの、すぐに気持ちを入れ替えてその単語を受け流す。
たかが言葉の一つ二つ程度で切れてたら、話が進まない。言ってる本人としても深い悪意がある訳ではなく、リキューという人物を表す記号としてその言葉を使っているだけなのだから。
もっとも、世の中に溢れている大概の虐めや中傷などといったものは、大半がそんなものなのだが。
リキューは兵士たちからの言葉を無視し、自分の聞きたいことだけを単刀直入に尋ねる。
「おい、ベジータ王は何処にいるか知らないのか?」
「ベジータ王ぅ? さあ………玉座の間にでもいるんじゃないのか?」
「いや、確かベジータ王は今惑星ベジータにはいない筈だぞ? どこに行ったのかまでは知らないが、数日前にエリートたちを連れて何処かへ出掛けていた筈だ」
「そりゃ本当か? そいつは知らなかったなぁ………」
リキューの不躾な態度も、サイヤ人相手では慣れたものなのだろう。特に気にすることもなくあっさりと兵士たちは流し、呑気に雑談する。
そして又聞きでその話の内容を捉えたリキューは小さく舌打ちする。ようやく、自身が想像以上に出遅れてしまっていたという事実を認識したのだ。
数日前にベジータ王が出掛けて行ったということは、もうフリーザとの決戦は行われてしまったのだろう。
当てが外された。そう認識し、リキューは臍を噛む。
どうするべきか。当面の問題としてリキューはその課題に意識を占められながら、同時にもうこの場所に用はないという事実を認める。
大地を蹴り、舞空術を使いあっという間に空を駆けていくリキュー。発着場を離れ、都市部からすらも離れた荒れ果てた荒野の方向へと加速していく。
その束の間の出来事に、兵士たちは皆呆気に取られ、ふと一人の兵士が気が付いたかのように声をかけるも、リキューは一切の反応を返すこともなく去っていくのであった。
都市部から離れた、長き年月の果てに荒れ果て、割れた大地に岩石の如く硬質化した地質ばかり表出する場所へと降り立ったリキュー。少し視線を逸らせば、遠くにかつてのサイヤ人たちの住居であった岩山が見えた。
重力制御装置の恩恵のない大地は、惑星自身の放つ標準から10倍程の強さを誇る超重力によって生命の息吹きがない、不毛な大地のままとなっている。
その中でリキューは、適当に転がっている岩石の中から腰掛けるに丁度良い大きさのものを見繕い、座りかける。
10倍程度の重力ではリキューに対して、何ら妨げともなりはしない。極々普通な態度のまま、リキューは思索に耽る。
(これからどうする? リターン・ポイントに戻るか?)
リキューは細かく“ドラゴンボール”の時系列を把握している訳ではない。所詮は又聞きの上にうろ覚えの知識にしか過ぎないものであり、ゆえに正確性に欠ける雑多な散らばった断片的な情報しか知らなかった。
フリーザが惑星ベジータを消滅させる前にベジータ王が反乱を起こすという情報は知ってはいたが、では具体的に、どれほどの時間が経った後にフリーザが惑星ベジータに襲来をかけてくるのか? そこまでは知ってはいなかったのだ。
さすがに何年ものタイムラグがあるものとは思わないが、数ヶ月程度のインターバルがある可能性は否定できなかった。
一番確実な方法とは言えば、単純に惑星ベジータで待ち構えておけば良いだろう。少なくとも、フリーザが惑星ベジータに来訪してくるという事だけは確実なのだから。擦れ違うことも待ちぼうけになることもない、最も確実で手堅い手段である。
がしかし、数ヶ月もの間惑星ベジータに留まり続けるという選択肢は、リキューにとっては全く別の問題を喚起させた。
正直言って、惑星ベジータの都市部以外の場所なぞ、今いるリキューの周辺の環境と全く変わりはしない。惑星全土が荒廃し自然という要素が欠けているのだ。
どれだけサバイバル技術に習熟していようが生きてはいけない。そんな苛烈極まる環境なのである。
自然、この惑星に留まるというのならば、都市部に住まなくては生きてはいけない。都市部には快適な環境を保つための重力制御を始め、食糧プラントなど生存に不可欠な施設が全て揃っているのだ。
だがそれは、リキューにしてみれば他のサイヤ人たちと接触を持たなくてはならないということを意味する。
ただその一点。その一点だけが、リキューに最も確実で安全な手を打たせることを躊躇させ、怖じ気付けさせていたのであった。
四年の月日は、リキューを戦士として極めて大きく、凄まじき者として成長はさせていた。
けれどもその精神、メンタル的な強さに関してだけは、ほとんど成長らしい成長を見せてはいなかったのだ。
頭を抱えたまま、女々しい様子で思考の回転を続けるリキュー。
このまま放っておけば、日が暮れるのも問わずずっと考え続けていたのかもしれなかった。
が、しかし。この時に限り天運はリキューに傾いたのか、より直接的な問題の解決策がリキューの前に差し出されたのであった。
ピクリと反応し、リキューは機敏な動作で空を見上げた。
驚きに支配された眼差しを天空に向けたまま、言葉が口から洩れる。
「この“気”はッ………まさか、フリーザか!?」
リキューの感覚に捉えられた、強大なまでの“気”の波動。
四年のひたすら修行に励んだ歳月の間、その中でリキューは“気”を感じ取れるようになり、そしてそれに伴って戦闘力のコントロールという技術を手に入れたのだ。
その身に付けた感覚が、鮮烈なまでに今まで感じたことのない巨大な“気”の接近を、リキューの元に感じさせていた。
“気”の発生源は遥か彼方。天空のその先、すなわち宇宙からであった。
驚きに目を見開いていたリキューは、しかし次の瞬間にはふてぶてしい表情となり、眼を戦意に爛々と輝かせ始める。
(タイミングを逃したかと思っていたが………逆か。最も丁度いい時間に、俺は来たということか!)
拳を握りしめ、力を込める。
烈風が巻き起こり“気”が身体から蒸気の如く噴出し纏われ、余波が周辺の岩石を吹き飛ばす。
そのままリキューは大地を蹴りつけ叩き割り、反動を用いて遥か彼方の天空へ、“気”が指し示すフリーザの降り立つ場所へと向かい飛翔した。
「待っていろ、フリーザッ!! くくく、はははははぁーーー!!!」
溢れる衝動のままに、そのままリキューは言葉を迸らせる。
その表情は、実にサイヤ人らしい貌となっていた。
フリーザという、待ちに待った“敵”の存在に気を取られていたリキュー。
彼はそれゆえに、フリーザ以外にも存在していた強大な“気”の持ち主が一足早く惑星ベジータへと降り立っていたことに、気が付いていなかった。
運命の集束地点が、ここに形を成す。
―――あとがき
書き上げたー。一ヶ月にはならなかっただぜ更新。
そろそろ佳境に入るぜ本作。感想くれた皆様ありがとうございました。ゆっくりでもいいのなら完結までぜひ見守ってほしい所存。頑張ります作者。
これだけは言っておきます。作者はハッピーエンド至上主義です。オッケー? 嘘違うよ?
感想と批評待ってマース。