エイジ737年、惑星ベジータ。
ここに、一人の赤子の産声が上がった。
生まれたばかりの新生児であり、まだ泣くことしか知らぬゆえにただひたすら、大声で泣き続ける赤子。
保育器の中のその様子を外から眺め、テクノロジストの老人が確かめる様に呟く。
「カカロット? これかぁ、バーダックの息子ってのは」
「ああ、やはり下級戦士の子だな。潜在能力が全く低い」
機器に表示される測定された結果を眺めながら、爬虫類系ヒューマノイドのテクノロジストはその結果を眺める。
老人のテクノロジストと顔を合わせると、どうしようもないといった口調で続きを述べる。
「これじゃ、どこかの辺境惑星に送り込むしかないだろうな」
「うーん……そうだろうなぁ」
同意を示しながら、老人は興味があったのか、カバーを開放するスイッチを押した。
作動音を立てながら、保育器のカバーがスライドし解放される。同時に、狭い室内の中に赤ん坊の泣き声が響き渡った。
二人のテクノロジストは、並び立って泣き喚いている、目の前の赤子を興味深げに眺めた。
赤子はただ泣く。観察している部外者を気に留めることもなく、ただ泣くことだけを続ける。
赤子の名は、カカロット。父の名はバーダック。惑星ベジータに生まれし、戦闘民族サイヤ人の下級戦士である。
そして、もう一つの名を孫悟空。
“ドラゴンボール”という作品の主人公であり、幾度となく世界を救う全宇宙最強の戦士となるであろう、男。
今日この日、彼は生まれ、そして壮大なる物語の幕を開けることなるのであった。
真円を描く、月が昇る夜の日。
それはこの宇宙に存在する、とある惑星でのこと。
比較的穏やかであり平和であったその星は、ほんの数週間前から数人の、強大な悪意ある侵略者たちに侵攻されていた。
侵略者たちの名はサイヤ人。数々の逸話を持ちし、残虐非道な戦闘民族である。
その攻防は熾烈を極め、そして一方的に事態は悪化の一途を辿っていた。
いくら逃げようとも、隠れ潜もうともサイヤ人たちはたちどころに居場所を探知し、襲撃を繰り返したのだ。そして必死に防戦するも甲斐なく、滅ぼされていく。
相手は強大であった。特にその中の一人は際立った実力を持ち、抵抗の余地を挟む間もなく葬られ続けていたのだ。
しかし、それでもただ座して死を待つだけではなかった。
彼らはサイヤ人たちに対して徹底抗戦の構えを取り(元より、それ以外の道はなかったが)、ゲリラ戦法や罠、ありとあらゆる戦術戦略奇策に謀略と取れる手段を全て実行し、対抗したのだ。
それでも流れは変わらず事態は悪くなる一方であるものの、しかし少なからずの効果は芽を出し、彼らは延命出来ていた。
しかし、その小細工もここまでだった。
多少は手こずるだろうということは、侵略者たるサイヤ人側にも事前に分かっていたことであったのだ。
それゆえに、本人たちにしてみれば保険程度の意味合いだが、しかし絶対な効果を発揮する手を打ってはいたのである。
それこそが、今日この日のこと。この惑星にも存在する衛星である月であり、そしてその月が真円を描く満月の日。
これが保険扱いで用意していた奥の手であり、そして全てを終わらせる決定打であったのだ。
夜空に響く、野獣の咆哮。そして滅びの光。
そしてその一晩で、粘り強く抵抗を続けていた彼らは滅亡する。
かくして、侵攻よりたった一ヶ月にも満たない時の間で、宇宙に輝く星の一つであるカナッサ星は陥落するのであった。
あっちこっちに形成された、異様なクレーター。
それなりに高度であったのだろう文明を思わせる建築物、その残骸と、そして転がるこの星の先住者であったカナッサ星人たちの、死屍累々たる亡骸の姿。
生存者はいない。圧倒的なまでの過剰戦力の集中投下により、一人の生者とて漏れ落ちる余地はなかった。
盛者必衰、ではなかった。ただ弱者が圧倒的強者の手によって一方的に打ち滅ぼされた、弱肉強食の姿だけがそこにあった。
そんな全てが崩壊し、滅亡の姿を晒している文明の痕跡の中。
穿たれた一つのクレーターの中、車座となって雑談に興じている人間たちがいる。
奇妙な鎧の様な形をした服を着込んだ、尾を生やした者たち。この星の先住民をつい先ほど滅ぼした下手人、戦闘民族サイヤ人である。
数は五。たったそれだけの数で、一ヶ月と時間をかけずして星の地均し、つまり先住知的生命体の殲滅を終えたのである。
げに恐るべき戦闘能力。だが真に恐れるべき個所は、その所業を成し得る精神か?
「っけ、ちきしょう」
一人の太った体格のサイヤ人が、舌打ちしながら己の頬を撫でる。そこにはすでに新しいピンク色の肉で埋まり始めていたものの、火傷の跡の様な傷があった。
昨晩、大猿となり理性を失って暴れ回っていた際、最後の足掻きとばかりに放たれた、カナッサ星人の気功波によって付けられた傷跡である。
その様子を揶揄するように、別のサイヤ人がからかいを含みながら発言する。
「へっへっへ、てめぇが油断してっからだよ。………しかし、バーダックよ? 息子の誕生日祝いにしちゃ、ちょっと派手にやりすぎちまったな」
彼は隣に寝転んでいる男へ声をかける。
辺りの散々たる様子を確かめる様に眺めながら、言葉を続けた。その声色もまたからかい混じりであり、ただの知人同士という訳ではない気安さを感じさせる。
男は答える。心底馬鹿馬鹿しいと言いたげな風に。
「息子の誕生祝いだと………ふん、下らねえ冗談だぜ」
「この星も片付いたことだし、惑星ベジータに帰って会ってきたらどうなんだい?」
そのパーティの中であって、唯一の紅一点である女性のサイヤ人が口を開く。
じろりと、男はサイヤ人全体の中でも存在が希少な女性である、チームメイトのセリパへ視線を向ける。
ッペと加えていた楊枝を吐きだしながら身を起こすと、男―――バーダックは吐き捨てる様に言った。
「何の見どころもねぇ最下級戦士のクソガキに、わざわざ会いに行く馬鹿がいるか? どうにでもしろと言っとけよ」
「ふん……そうかい」
ある意味典型的なその答えに、やれやれと言わんばかりに表情をかたどってセリパは首を振る。
サイヤ人の男どもは、えてして自分の子供に対して興味を持たないことが多い。無論これも一般論にしか過ぎず、例外もいる。が、例外の名の通りそれはマイノリティなことだ。
基本的にバーダックのその態度こそが、サイヤ人社会における父親のスタンダードな姿なのである。
バーダックは、すでに二子の子を持つ立派な親であった。だがしかし、その素行はおおよそ親とは呼べぬ身勝手なものである。
先に生まれ、現在もう一人立ちし星の地上げを行っている長男に対しても自分から関わりを持とうともしなかったし、そして今日まさに生まれたという次男へもそれは同じ。
もしかすれば、戦闘力の素質がもっと高ければまだ興味自体は引けたかもしれないが、そうだとしても親としての愛情など向けなかっただろうし、どっちみち無意味な仮定でもある。
バーダックという男は、下級戦士という身分でありながらエリートすら凌駕する、凄まじく高い戦闘力を秘めた戦士だ。しかしいくら戦闘力が高かろうと、下級戦士だという己の身分と、その遺伝子に変わりはないのである。そして戦士の素養というものは、その大半が遺伝に左右される。
つまり、所詮下級戦士の子は下級戦士だということだ。そして下級戦士は、下級の名の通り戦闘力も低く、その成長性も愚劣なものである。バーダックは例外中の例外で、その戦闘力にしても己の死すら怯まぬ無茶な戦い方の賜物であるし、今ここに生きているのも実力以上に悪運強さがあったがゆえのもの。普通ならここまで戦闘力が成長する前に成長の頭打ちが来るし、そもそも命もない。
そういう意味で言えば、基本値こそ大きく後れを取るものの、成長性という潜在能力だけで言えば、サイヤ人よりも地球人の方が遥かに高かったりするのである。
そしてバーダックの長男は下級戦士だった。それは次男も同じく、いやそれ以下の能力値であり、計測されたその潜在能力は最下級なものだという。
バーダック自身も測定結果は最下級のものであったため、そういう意味で言えば長男よりも次男の方が、バーダックに似ているのかもしれなかった。しかしだからと言って、そんな悪い意味で似ている劣等な子供に対して期待なぞ抱けないし、愛情なぞ言わずもなが。バーダックは自身の異常性を自覚していたし、その生き方を押し付けるつもりは毛頭なかった。
ゆえにバーダックがすることは一つ。ただ一切の興味を抱かず、放置するだけである。
どうせ自分が構わずとも、放っておけば勝手に別の奴らが面倒を見るし、そしてさして間も置かず、いずれ他の下級戦士の子と同じく他の星へ送り込まれるのだ。
送り込まれた先の星で勝手に野たれ死ぬも良し、役目を果たして無事惑星ベジータに戻ってくるも良し。どうぞご勝手に、自分は知ったこっちゃない。俺は構う気はない。だから、そっちも俺に構うな。
つまり、親としての究極の責任放棄である。
行動もその理屈も、全て子供染みた大人に相応しくないものだ。セリパは内心で、これだから男どもはと、呆れながら仕方がないと首を振る。
気分は我の強い悪童を見守る母の心境、といったところである。
サイヤ人の女とて平均から比べれば、子供の世話にはノータッチだ。だが男どもよりも子供に対しては確かな愛情を持っているし、母性的な本能も強い。自然と精神的な成熟度も上である。
要するに、女は男よりも大人だということであった。
ゆえに、基本的にサイヤ人は家庭内の力関係がカカァ天国。男は女に頭が上がらなかったりする。
閑話休題。
「いやぁ、しかし。フリーザ様には感謝しなくちゃな。毎度毎度、俺たちをよく使ってくださるぜ」
頬を撫でていた小太りな体格の男、パンプーキンが笑いながら喋る。その隣では、黙々と無口な大男であるトテッポが、干し肉を口に頬張っている。
多くの戦闘員が存在するフリーザ軍の中、フリーザは何故か、直々にサイヤ人を指名し数多くの星々の侵略を命じていた。
そのおかげで彼らサイヤ人の一団は、常に自分たちの闘争欲求を満たせる上に、手柄を手に入れる機会に事欠かないのだ。パンプーキンに限らず、手足となって動いている大半の下級戦士たちは現状に感謝を捧げていた。一切の不利益がなく、楽しんだ上に利益を得られるのだ。不満を抱く余地はなかった。
「だが、なんだってフリーザ様は、こんなチンケな星を欲しがってらっしゃるんだ?」
バーダックは腑に落ちなさそうな表情で周囲を見渡す。
別に辺りを見回してみたところで、特異だった個所は見受けられない。陥落するに多少は手こずったものの、それだって一ヶ月にも満たない間のことである。
興味を引く特産物がある訳でもなく、希少な埋蔵資源がある訳でもない。保有するテクノロジーとて、さして高いものではない。別荘地にするにも、景観や環境が秀でている訳でもない。
理由らしい理由は、全く思い付かなかった。最も、星の侵攻理由なんて口に出したバーダック自身、どうでもいいと思っている事柄だったが。
と、その疑問に、バーダックの隣にいる男、トーマから答えらしきものが返ってくる。
「うーん、何でもな……このカナッサ星にはな、変な超能力を身に付けられる、エネルギーがあるって噂なんだがな」
からりと、車座になっている彼らの背後。
無造作に積み上げられている瓦礫の山のほんの欠片が、風で崩れたのかこぼれ落ちる。
トーマの話を聞いている彼らは、気付かない。気付いても、特に気を留めることなく無視する。
「そんな噂を信じているかどうか………フリーザ様は前々から、手に入れようと考えていたらしいんだ」
「ふーん……そんな理由なのか? 酔狂なことだぜ」
そんな風に実にもならない雑談を重ねながら、彼らは時間を潰す。
すでに仕事は済んだのである。完了の報告も入れ終えており、後は適当に時間を見て帰還するだけだった。
気抜けた状態であったこと。それもまた、“ソレ”に気付けなかった理由の一つだった。
唐突に、ボコンと、いきなり近くに積み上げられていた瓦礫が崩れ去る。
驚き、一同がその発生源に目を向ける。
立ち昇る土煙の中、その中に幽鬼の如く立ち尽くす人影が見えた。人影の正体は、鱗に覆われた皮膚と背びれを持った水陸両用に居住可能な生態を持つ人種。
全滅させたはずのカナッサ星人、その生き残りだった。
何と、思わずバーダック達は驚きに動きが止まる。
スカウターで調べた際、すでにこの星にカナッサ星人の反応は確認されてなかったのだ。
反応がないということは、全滅したということである。生き残りが、それもこんな近くにいるなんて、予想外にもほどがあった。
「ぬぉおおおおおお!!!」
「ちッ!」
カナッサ星人が、叫びを上げながら距離を詰める。
蝋燭の最後の灯とでもいうのか、その動きはこれまでのカナッサ星人たちの動きの中でも、最も早く、俊敏であった。
虚を突かれた形となったバーダック達は初動が遅れた。一気に元々近かった距離の半分以上を縮められ、対処が間に合っていない。
その中、バーダックが動く。パーティの中でも、いや現サイヤ人の中でも突出した最高の戦闘力を持った彼は、完全な不意打ちにもかかわらずその反応を間に合わせた。
雑魚が。内心で吐き捨てながら、バーダックが拳を握り締めて打ち放つ。狙いは一点、その魚面の中央。
一撃でケリをつけようと、加減のない拳撃を繰り出した。
その速度、その威力。戦闘力の差は明確であり、免れる術はなかったはずだった。
だがしかし、放たれた攻撃は当たることはなく、カナッサ星人が直前で飛び上がることでかわされた。
まるで“あらかじめ決められていた”ような、予定調和染みた一連の流れ。バーダックは驚きに目を見開く。
飛び上ったカナッサ星人が、そのまま弧を描いて上方からバーダックの後ろへと回り込む。
そして完全なる死角を位置取り、貫き手を放つ。指先を揃え力を込めた、鋼鉄とて貫く一撃を、無防備に眼前に晒している後頭部と首の付け根、その部位へと。
痛烈な打突が叩き込まれた。
「っが!?」
電撃が走った。バーダックはその一瞬、全身に走ったその感覚をそう誤認する。
蜂の一刺しの如き、強烈なる一撃。
そして前身の隅々に渡るまで染み透る様に神経を犯す衝撃に、そのまま抵抗の余地なく彼は転倒した。
「この野郎!」
「ぐぉ!?」
パンプーキンが踊りかかり、カナッサ星人のその背筋に飛び蹴りを食らわせる。
元々死にかけの戦士。呆気なく吹き飛ばされ、顔から地を舐める。不意打ちできたことが奇跡であり、そしてそこまでが限界だったのだ。
それでも足掻こうと力を振り絞り立ち上がるカナッサ星人に、トーマがダメ押しのトドメを刺す。
無造作に放ったエネルギー弾が、その腹に直撃する。それは容易く衰弱し疲労したカナッサ星人の身体を貫き、炎上させた。
「ぐぁ、ああ!! ぁああ、ッ!!」
「っち……俺も油断してたぜ、この野郎ッ」
バーダックが毒づきながら身を起こす。多少の痺れはあれど、ダメージはない。たかが命をかけた程度で、間にあるどうしようもない戦闘力の差は縮まりはしないのだ。
セリパやトテッポ等、他のメンバーたちも油断なく構え、死にかけのカナッサ星人と相対する。
カナッサ星人は全身を炎に包まれているにもかかわらず、しぶとく生き続けていた。両足を地に付け、立ったまま苦悶の声を上げている。
しつこい相手だ。バーダックはお見舞いしてくれた生意気な一撃の礼をしようと、拳を振り上げる。
「き、聞けいッッ!!」
しかしその機先を制するように、カナッサ星人が叫んだ。
まるで未来を読み取ったかのような絶妙にタイミングに、思わずバーダックの動きが止まる。
その隙に燃え盛る身のまま、指の間に水かきの張った手を突き付けながら、カナッサ星人は言葉を綴る。
「ワシは今、お前に未来を予知できる幻の、拳を放ったッ!」
「未来を予知……?」
「お前ら一族の、行く末が見えて来る筈だ………」
「な、何を言ってやがるんだ?」
意味の分からぬ言葉の羅列に、困惑したままバーダックが呟く。
理解させる気は最初からないのか、カナッサ星人は炎に包まれたまま言葉を続ける。
全身を焼かれながら発するその言動は、極めて異質且つ、異常な雰囲気を醸し出していた。
「言っておくが、お前らには呪われた未来しかないぞ。我が一族と同じように、滅び去るのみなのだ! お前ら同族自身の手によってッ!! その未来の姿を見て、精々苦しむがいい。ふふふ………はーはははははははッッ!!」
哄笑する。
滅ぼされ、今まさに一方的に命を狩られる立場にありながら、その声色には勝ち誇ったような色が混じっていた。
どういった訳かは、バーダックには全く分からなかった。だがしかし、目の前のカナッサ星人は一矢報いた様子であった。
その勝利者染みた哄笑に、バーダックの苛立ちが高まる。そして今度こそ彼は、その衝動のままに一撃を放つ。
腕を振り上げて、叫びと共に溜め込んだエネルギーを解き放った。
「ほざけぇーーッッ!!!」
「ぐぁあああああああああ!!!!」
過剰な威力を込められたエネルギーに呑み込まれて、カナッサ星人が消し飛ぶ。パラパラと炭化した一片が周囲に散らばる。
ここに正真正銘、カナッサ星人の殲滅と星の陥落が終了したのであった。
っへ、とパンプーキンが嘲笑する。
「笑わせるぜ。俺達無敵のサイヤ人が、何も見て苦しめってんだ? なぁ、バーダック……んん?」
死に際の世迷言だと、バーダックに話を振ったパンプーキンだが、ふとその言葉を止めてしまう。
ぐらりと、バーダックが傾く。
そしてそのまま受け身すら取ることなく、バーダックは完全に脱力したまま地面に倒れ込んだのだ。
事態の急変に付いていけず、仲間たちの焦燥に染まった声が投げかけれる。
「お、おいバーダック!?」
「どうしたバーダック! バーダック!?」
「どうしたんだよ、おい! しっかりしろバーダック!!」
「バーダック!!」
声が響く。
しかし一切応えることもなく、バーダックはピクリとも微動だにせずに倒れ伏したまま、意識を飛ばしていたのだった。
惑星フリーザNo.58。攻め滅ぼし築かれた、フリーザの数ある星丸ごとが別荘となっている地の一つ。
その建設された居住区の中の一室。支配者の座する間。
そこに馴染みのものである専用マシンに何時も通り腰掛けたまま、支配者であり頂点。宇宙の帝王の名を冠する圧倒的覇者。フリーザが存在していた。
その傍らでは側近であり、武力行動を担当するドドリアが控えている。
そこにもう一人の側近であり、細々とした雑務などを担当する頭脳労働係りのザーボンが近付く。
彼は近くまで寄ると、礼の態度を取って主であるフリーザへ報告する。
「フリーザ様。たった今、カナッサ星を占領したという報告が入りました」
「ほう」
「予定より、一ヶ月ほど早く手に入れることができました」
その朗報をザーボンが口にするも、しかしフリーザはにこりともせずに、視線はあらぬ方向を向いたまま考え込んでいるかのように沈黙している。
代わりとばかりに興味を引いたのか、ドドリアがザーボンに疑問を投げかける。
「誰なんだ、そのカナッサ星を攻め落としたっていう野郎は?」
「名もないサイヤ人の下級戦士どもだ」
「―――サイヤ人?」
ただ一言、フリーザが呟く。それ以外の反応はない。
しかし、確実にその言葉はフリーザの内心に、少なくない揺れをもたらしていた。ザーボンもドドリアも、気付いてはいなかったが。
二人は気にせず会話を続ける。
「最近の奴らはよく働きやがるなぁ」
「確かに、目覚ましいものがある」
「特にあの、フリーザ様が目にかけていらっしゃるあの王子のベジータなんかは、とてもガキだとは思えない戦闘力だしな」
「それだけではない。今回のカナッサ星制圧を担当したサイヤ人どもの中の一人は、戦闘力が3万近くあるそうだ」
「なんだと!? 3万!? 嘘を付け、サイヤ人風情がそんな戦闘力を持っているはずがねぇ!!」
「信じられないことだが、嘘ではないようだ。しかもそのサイヤ人は、下級戦士だと聞く」
ドドリアが有り得ないとばかりに気勢を上げて否定するが、同じく信じ難いと言わんばかりの仕草でありながらザーボンは事実であると宣告する。
ザーボンの戦闘力は22000。武闘派であるドドリアの戦闘力は24000である。フリーザの側近を務めている以上、彼ら二人はフリーザ軍に在籍している普通の上級戦闘員以上の戦闘力を持っているのだ。
だがしかし、その件のサイヤ人は彼ら二人を凌駕する戦闘力を秘めているというのだ。
幾ら戦闘民族という看板を背負っていても、サイヤ人という人種は全宇宙から生え抜きの逸材を掻き集め構成されたフリーザ軍の中において、そう戦闘力に秀でている存在ではない。
その戦闘力アベレージは贔屓目で見ても一般戦闘員の上といったランクであり、上級戦闘員には及びはしないのだ。
そうであるからこそ、子供でありながらあれだけの戦闘力を持つベジータの存在が、より異質なものとして際立っていたのである。
たかがサイヤ人風情が、自分たちを凌駕する。それは認めることなど絶対にできない、忌まわしい事実だった。
加えて、情報に関してより接する機会の多いザーボンには、さらに付け加えられる厄介な事実を知り得ていた。彼はそれに対しても言及する。
「それだけではない。一人一人大したことのない奴らが、徒党を組むととてつもない力を発揮するのだ」
ザーボンよりもさらに早い時期に、ベジータ王が気が付いたその特質。徒党を組むことによる戦闘力の不可思議の向上、発揮。
ザーボンもその性質に気が付いたのだ。そしてその性質を極めて厄介ではないかと、真剣に危惧を抱いていたのである。
たかが数千程度の戦闘力を持った雑魚どもすら、群れることで1万にも達する戦闘力を持った相手とも五分に戦うことが出来る。ならば、その戦闘力が1万を超える者たちが集まればどうなるか?
それは恐ろしく、そして厄介極まりない事態であろう。加えて、この予想も夢物語ではなく、高い現実性が伴っていた。
現に王子ベジータ、そして件の下級戦士という風に、卓越した戦闘力を秘めた戦士たちがサイヤ人の間から現れ出しているのである。そしてサイヤ人は実歴として、かつての支配者層であったツフル人に対して反乱を起こし、これを滅亡させているのだ。どうして自分たちにも反乱を起こさないと言えるのか?
いささかうぬぼれと短慮が過ぎるドドリアも、その想像に至ったのか唸り声を上げる。
戦闘力3万の下級戦士。分かり易い厄介な存在というものの具体例を出されて、彼も反論の余地なく危機感を抱いていた。
その沈黙の中、不意に声が舞った。
それは今まで黙ったままだった、フリーザからの言葉だった。
「目障りな存在、ということですね」
「いやッ………はい、その通りです」
突如降って割り込んできたフリーザの言葉に驚き詰まりながらも、ザーボンは肯定の返事を返す。
なるほど納得し、フリーザは沈黙する。しかしその表情は、先程までの何か考え込んでいたような、無表情なものとは異なった様相のものとなっている。
口元が釣り上がり、笑みの如き形が作られる。
何らかの“答え”を出したのだろうか。フリーザの雰囲気は、確実に変わっていた。
その時、扉の開閉音が響く。
ザーボンとドドリアが振り返り見ると、部屋の入口の扉から入ってくる、小さな人影の姿が。
噂をすれば影、か。
部屋に入ってきたのは、つい先ほど話していたその張本人であるサイヤ人のその王子、ベジータだった。
ずかずかと無遠慮に押し入るベジータの前に、側近の二人が立ち塞がる。
「なんだ、貴様は?」
「何しにきやがったんだ? ここは貴様のような奴が入ってこれる場所ではないんだぞ!」
サイヤ人の王子であろうと、フリーザ軍という組織の中でベジータに与えられている身分は、ただの一上級戦闘員に過ぎない。
フリーザによって色々と特別な便宜が図られてはいても、アポイントメントもなしに自由にフリーザと面会できるほど、権限などないのだ。
不機嫌そうな眼差しのままに目の前に立つ二人を眺めながら、ベジータが口を開く。
「俺はただ、フリーザ様に出発のご挨拶をしに来ただけだ」
「その必要はない。さっさと言われた星の地上げをして来い」
腕組みして見下ろしながら、ザーボンはベジータの言葉を切って捨てる。
じろりと、ベジータの視線がザーボンを射抜く。見て取れるほど、不機嫌極まりない様子であった。ザーボンはそんな視線を何でもないように受け流し、冷たい眼差しを返す。
しかし、許しの言葉は意外な方向からもたらされた。
「いいんですよ、ザーボンさん」
「! フリーザ様?」
「ベジータ。しっかり、働いてきてくださいね」
「っは、ありがとうございます」
「ホッホッホッホ、礼には及びませんよ」
マシンに隠れ、背を向けたまま、フリーザが賜りの言葉を授ける。
ベジータはその場で礼の態度を取り頭を下げて、感謝の言葉を返した。
一見、和やかとも取れる光景。だがしかし、感謝の言葉を述べながらも伏せたベジータの視線は鋭く、そして賜りの言葉を送りながらも、フリーザの表情は不敵なままであった。
そしてやることを終えて、ベジータはドドリアとザーボンの二人に追い出される様に部屋を退出する。
フリーザは変わらぬままマシンに腰掛けた状態で、しかし不気味な笑みを浮かべ続けていた。
一人のサイヤ人が、顔に汗を流しながら走っていた。
薄暗い通路の中を、焦りにひたすら駆られながら男は走る。
その理由は、いきなり知らされたある事実がゆえにであった。
その事実を認めたくないがゆえに、そしてただ否定するためだけに、彼は必死の形相で走っていたのだ。
やがて、男の目の前に重厚な門が出迎える。
王が座する、謁見の間への入口。彼はものを考える暇も余裕もなく、無礼であることを百も承知しながら、その扉を開け放った。
同時、広間全体に響き渡る王の命令が、彼の耳にも確かに届いた。
「パラガスの息子………ただちにこの世から抹殺しろ!!」
確かに聞き届けてしまった、違えることのない最悪なその内容に、男―――パラガスは絶句する。
その姿に気が付いたベジータ王が、冷徹な、血を通わせぬと思わせる酷薄な視線を、パラガスへと向ける。
「何用じゃ、パラガス?」
「ぶ、ブロリーはッ、必ず将来惑星ベジータの、ベジータ王子の役に立つ、優秀な戦士になります!! どうか、どうか再考をお願いしますッ! ベジータ王!!」
その言葉に硬直が解け、パラガスは必死に懇願を始めた。
決死の思いで言葉を選び紡ぎ立ち並ばせながら、ふらふらと玉座に近付き身振り手振りも加えて嘆願するパラガス。
即座に両脇に立ち並ぶエリートたちの中から人手が飛び出し、王の裁定に逆らう無礼な人間を取り押さえる。
しかし両脇を固められ、身動きを封じられながらも、パラガスは言葉を止めようとはしなかった。
「どうか、どうかお願いですベジータ王!! なにとぞ、なにとぞブロリーめの命だけは! 息子の命をお助けください、王よッ!!!」
ブロリーはつい先日ばかりにパラガスが得た、待望の第一子であった。
そして恐ろしいことに、生まれて間もない新生児でありながら、その戦闘力は1万もあったのである。
それは普通、有り得ないことであった。例え戦闘民族の謳い文句を持つサイヤ人であろうとも、まだ歩くことすら覚束ない赤子の時は脆弱な存在でしかないのである。
しかしそうであるにもかかわらず、新しく生まれ落ちたブロリーという子供は1万という桁外れの数値を持っていたのだ。フリーザ軍内の上級戦闘員になれるだけの数値を、である。かの超天才と期待され超絶的な能力を持つ王子ベジータとて、出生直後の戦闘力は100だったにもかかわらず、だ。
もちろん、所詮は力の制御のイロハも知らない赤子である。いくら高い戦闘力を持っていようとも、それが即実戦において数値相当の実力を発揮する訳ではない。だがしかし、年を重ねて自意識を持つようになれば、子供は恐ろしい戦闘力を発揮するようになるのは間違いなかった。
あるいは、パラガスというサイヤ人の父親がこうまで己の息子に対して執着し、愛情らしきものを示しているのも、この他を逸脱する規格外の戦闘力ゆえだったのかもしれない。
その成長性も鑑みれば、将来は予想することすら不可能な、とてつもない化け物が誕生することは確実だった。
「優秀な戦士、か………そうだ、だから困るのじゃ」
「べ、ベジータ王!!」
重い腰を上げて、ベジータ王が玉座からパラガスの元へと歩み寄る。
優秀な戦士になることは、そう。間違いないことであった。ブロリーは育てば、それこそ誰よりも強い、フリーザすら凌ぐかもしれぬ最強の戦士となっていただろうことは明白だった。
そうであるがゆえに、ベジータ王は尚更一層、ブロリーのその存在を認めることは絶対に出来なかった。
強さとは、すなわち権力。王たる証。戦闘民族を統率し支配する者の絶対条件であるのだ。
しかるに王を凌駕する実力を秘めし者、その存在を認めることは断じて否。
将来の禍根となるものの芽を摘み取ることは、ベジータ王にとって至極当然且つ、絶対に譲れぬ行動であったのだった。
―――そう、“将来の禍根となる芽”は、全て摘み取る。
ベジータ王の目の前には、拘束され身動きを封じられた一人の男がいる。戦闘力1万という規格外児をもうけた、本人は凡庸でありふれた、ただのエリート階級に属するサイヤ人だ。
本人に一切の危険性は、ない。しかし、男はブロリーの如き子供を、今後ももうける可能性がある。ゆえにその危険性は、果てしなく高かった。
ベジータ王は、あっさりと決定し行動した。
広げた掌にエネルギー弾を形成する。そしてその手をそのまま、パラガスの腹へ抉り込むように押し付ける。
「お前も一緒に、あの世へ行け! ハァッ!!」
「っか、――――ぁ」
パラガスは、一切の抵抗を許されなかった。両脇を抑えられたまま、無抵抗にその処刑を受けるしかなかった。
ベジータ王が叫びと共に解放したエネルギー弾に、身体を貫かれ一気に吹き飛ばされる。抑えに回っていた衛兵の手がインパクトと同時に緩められ、パラガスの身体はゴミの様に転げ回った。
そのままやがて動きは止まり、哀れな姿を晒すぼろきれとなったパラガスにベジータ王は鼻を鳴らす。
そしてベジータ王はすぐに側近を呼び寄せて、指示を下し始める。
「おい、あの亡骸をさっさと捨てて来い。パラガスの息子もとっとと始末させろ。それと、母親はどうした?」
「っは、どうも母親は出産時の状態が悪く、産後にすでに死亡したとのことです」
その報告に、ならばいいと返事を返す。死んだのならば重畳、余計な手間が省けた。
ベジータ王の指示に動き始める現場を眺めながら、ベジータ王はふと付け加える様に言った。
それは思い付きのひらめきだったのだが、さぞ面白そうにベジータ王は笑う。
「パラガスとその息子は同じところに捨ててやれ。せっかくの親子だ、死体同士ぐらい一緒に葬ってくれてやるわ」
薄く嘲笑を上げながら、ベジータ王は指示を出し終えて玉座に戻る。
禍根の芽は、容赦なく摘まみ取る。将来の王族の権力、一族の支配権を揺るがす芽をだ。ベジータ王は利己的なその思惑のままに、容易く二つの命を刈り取る命を下したのだった。
この行動は、近代のベジータ王であったからこそ発生した出来事だった。
現ベジータ王のその前の世代までは、そこまで王権に対して神経質にはなっていなかったのだ。
頭が切れ、そして権力欲に強い執着を持つ、歴代ベジータ王に比べて異端とも形容できる性格の現ベジータ王であったからこそ、起きてしまった惨事。
ブロリーは、不幸にも生まれた時代を間違えてしまったのだ。ゆえに物覚えが付かぬ赤子でありながら、無下にその命は狩られるよう命じられてしまったのである。
玉座に片肘を着きながら、ぎろりと側近を睨みながらベジータ王が口を開く。
その意識には、もう先程己自身の手によって始末したパラガスのことなど欠片も残ってはいなかった。
そのような些事に何時までも関わっている暇はないのだ。そしてこれから話す議題は、優先度においてパラガス風情の存在程度など足元にも及ばない、最重要事項であった。
「分かっているな? 明日だ。明日、例の計画を始める。抜かりはないだろうな?」
「っは。すでに各地に散らばっている全てのエリートたちの元に、召集命令は届けております。刻限までに人数は揃うものかと」
「ふむ、よかろう」
ベジータ王は視線を広間全体に彷徨わせ、室内に存在する全てのエリートサイヤ人たちを睥睨する。
そして威厳と威圧を込めたままに言葉を発し、演説を行った。
「サイヤ人たちよ! 宇宙最強の戦士たちよ!! ついにこの時が来た! 我らサイヤ人に対して、まるで奴隷か何かのように勘違いし扱き使う、あの忌まわしき化け物! 宇宙の帝王を名乗る憎きフリーザに対し、反抗する時がだ!!」
おおと、広間に存在するサイヤ人たちの間から歓声の声が上がる。
いずれ来ると語られていた、運命の日。その日が来たという発言に、熱気が立ち昇り始める。
「明日だ! 全宇宙に散らばったエリートたちへ発したメッセージ、それを受け取り集合した我らサイヤ人たちエリートの集団が、明日近辺にやってくることになっている奴の宇宙船に潜入し、その首を取る!! よもや襲撃されるなど夢にも思ってはいまい、油断しているフリーザめの寝首を掻いてやるのだ!!」
明日、フリーザは惑星ベジータ近傍の宙域までやってくることになっていた。そしてベジータ王はその元まで赴く予定となっている。
それは自らの息子、王子ベジータの身柄をフリーザの元へと預けるということ。その正式な手続きを両者合意の下で行うためであった。
しかしその行事の指している本質は、すでにフリーザの手の元へと送られている王子ベジータの身柄の有無を、より確固且つ、正当性を帯びたものとするためのデモンストレーションにしか過ぎなかった。
両者合意の下と建前を作られていてもベジータ王に拒否権なぞないし、そもそもフリーザ軍ないし、フリーザそのものを縛る絶対的なルールすら存在などしていないのだ。
現実問題、今のこの宇宙において、フリーザそのものが全てを左右するルールであり、絶対者なのである。どんな決め事だろうと法律だろうと、フリーザ自身が気に喰わぬと思えばそれを遮る力とは一切なりえないのだ。
要するに、こんなものはフリーザが己の嗜虐心を満たすためだけにセッティングした、ベジータ王に屈辱を与えるための舞台装置でしかなかったということである。
しかしその傲慢が、この時ばかりはベジータ王の味方として働いていた。
わざわざ向こうからこんな御大層な舞台を用意してくれているおかげで、ベジータ王は労せずフリーザの宇宙船内部へと侵入することが出来るのである。
自分で自分の首を締めてくれているのだ。利用しない手はない。
「フリーザは集団となった、我らサイヤ人を恐れている!! サイヤ人たちよ! エリートたちよ!! 今こそ憎きフリーザに対し、我らの怒りの猛りをぶつけるのだッッ!!」
おおおお!! ベジータ王のアジテートに、サイヤ人たちのテンションも上がっていく。
気合いは十二分に満たされていた。時すらも最高のタイミングが用意されている。
負ける要素などない。勝利を思い描き口の端を釣り上げるベジータ王に、しかし側近が小声で胸にある思いを語る。
「しかし、ベジータ王。召集命令を送ったのはエリートだけでよろしかったのですか? 下級戦士たちには一切伝達はせずともよいとのことでしたが………」
「ふん、下級戦士風情が何の役に立つ。奴らなど戦いの邪魔になるだけだ、わざわざ役立たずまで集める必要なぞない」
「……了解しました」
側近はそれ以上物申すことなく、ベジータ王の断言を受けて引き下がる。不愉快気に顔を顰めて、ベジータ王は片肘を突く。
ベジータ王は必要ないと断言したが、しかしその本当の理由は、側近に語ったものとは全くの別物であった。
本当の理由は、単純に不愉快であったからだ。フリーザの存在を迎合し、現状を甘んじて受け入れている、奴ら下級戦士たちのことがだ。
下級戦士とて、別に戦力にならない訳ではない。頭数が多ければそれだけ戦いようは広がるし、そもそも徒党を組むことによる戦闘力の向上という今回の戦いによる切り札が、その内容ゆえに人数が多い程こそ有利に働くに違いないからだ。戦闘力の低い下級戦士とて、十分戦力にはなる。
なにより、現サイヤ人最強の戦闘力を持った戦士は下級戦士なのだ。勝算を上げようと言うのならば、下級戦士をバトルメンバーに入れてしかるべきだった。
だがしかし、ベジータ王はそうはしなかった。結局のところそれは、つまらない意地、本人とて意識していない派閥争いが理性に割って入り、効率を無視させた選択をした結果であったのだ。
決して顕在化せずとも、しかし確実にサイヤ人の間に存在している二つの派閥。支配者層であるエリートを中心とした現状の否定派と、末端部分である下級戦士たちを中心とした肯定派。
年月をかけて蓄積されたその影響は、この場面のベジータ王に収斂されて、その選択を導き出したのである。
この選択が吉と出るか凶と出るかは知らない。そもそも選択の如何によって、結果に何らかの変化があったのかも怪しいことだ。
ただ言えることは一つ。
どういう内容であれ、その選択による結果はすぐに出てくるであろうということである。
なお、何故ベジータ王を遥かに凌ぐ高い戦闘力を持ちながら、サイヤ人最強の実力を持った下級戦士……バーダックが、ブロリーの如く抹殺されないのか?
その理由は、つまるところバーダックの年齢と階級にあった。
確かに随分と高く突出した戦闘力を保持しているようであったが、所詮は下級戦士なのである。潜在能力は極小であり、つまりは将来性なんて皆無なのだ。年齢もすでに大分重ねており、肉体こそ戦闘民族の特性ゆえに若々しさを維持しているが、その成長のピークはとっくに過ぎているのである。
つまり、もはや先のない存在だと認識されていたのだ。加えてその無茶な戦法についても、周囲には知れ渡っていた。
下級戦士ゆえに、より頻繁に地上げの仕事は回されるし、放っておいても本人自身が勝手に死にかけるのだ。ゆえにベジータ王の目には、脅威として映ってはいなかったのである。
勝手に自爆してその内死ぬだろう。そう思われていたがために、バーダックは抹殺されることなく放置されていたのである。
皮肉なことに、本来ならば使い捨てとして使われる死に易いはずの身分が、逆にバーダックの命を守るという逆転現象を起こしていたのだ。
ぽこぽこと気泡の弾ける音と、機器の放つ一定の電子音が響く。
ピコマシンによって形成されている、癒しの溶液に包まれた男が一人、裸身でポッドの中で眠っている。
その頭部や胸部などに身体の随所に探査・確認用のセンサーを張り付けられ、口には呼吸用のマスクを装着しながら、男はじっくりと溶液の中で安らいでいた。
その治療ポッドのすぐ外で、キャノピー越しに様子を眺めていたテクノロジストの一人が感嘆する。
「さすがはバーダックだな。僅か数日でほとんど完治してしまうとは」
「ああ、こいつは下級戦士ながら、星の地上げに行く度に死にそうになって帰ってくるからなぁ」
ある意味何時も通りとでもいうか。
また意識不明の重体の状態で運び込まれることとなったバーダックの身体を、メディカルマシーンに入れて治療を開始すること数日。すでに傷らしい傷は見当たらない、全快に等しい状態だった。
元々外的傷害が少なかったこともあったが、しかしそれでも凄まじく高い回復力だった。生命力の高いサイヤ人であるということを鑑みても、その回復力は高い代物である。
老人姿のテクノロジストが、思い返すように頭を探りながら喋る。
「確か、すでに戦闘力はサイヤ人の限界値にあたる3万に達していたはずだ」
「普通じゃないとは思っていたが………全く、スゴい奴だなこいつは」
サイヤ人の戦闘力限界値という値は、この宇宙でも頂点に位置するテクノロジーの持ち主であるツフル人が直々に研究し、弾きだした数値である。
その信憑性は非常に高い。現に幾つかの資料に残されていた、他惑星の強種族などのデータを見ても極めて高い整合を見せた。
戦闘力限界値という値は、戦闘力という目安で測る上で一つの目盛りだった。この限界値を超えることは基本的には不可能であり、例外的扱いは突然変異的に生まれた超天才戦士ぐらいなものなのである。
要約して言ってしまえば、バーダックはサイヤ人として一つの極みに達しているとも言える状態だったのだ。
「どうなんだ、奴は?」
会話を交わしていたテクノロジストたちの間に、声が降りかかる。
投げかけたのはトーマだった。数日前に運び込んだバーダックの様子を窺いに来ており、その後ろにはいつもチームを組んでいる、他の三人の姿も見える。
爬虫類系ヒューマノイドのテクノロジストが、モニターに表示されているデータに向かい合って疑問に答えた。
「肉体的には、何ら問題はない。完璧だ。だが、脳波に異常があるとコンピュータは診断していてな。それにどういう訳かは分からんが、疲労の様なものが溜まっている反応も検出されている。まだしばらくは安静にしていたほうが良さそうだ」
「そうか……」
「仕方ねぇ、今回はバーダックは置いていくことにしよう」
「ああ」
パンプーキンの言葉に仕方がないと賛同し、トーマはメディカルルームに背を向けて歩き出す。
前回の仕事を終えて数日。早々に次の地上げの仕事が与えられたのだろう。
老人のテクノロジストが、その背に尋ねかけた。
「今度は、何処の星に行くんだ?」
立ち止まり、トーマは振り返り一言で返す。
何てことはないと言いたげに、その表情は不敵な自信を浮かばせていた。
「惑星ミートだ」
そして暫くの後。
惑星ベジータから、四つの宇宙ポッドが空の彼方へと飛び去っていった。
その中のだれ一人とて、その先に待ち受ける己らの運命を知りうる由はなく、また予想だにすらしていなかった。
その道を進む彼らに、救いは、ない。
そして残された最後の一人は、ただ静かに溶液の中で奇妙な夢を見続けていた。
―――あとがき。
基本的に繋ぎの話。山なしオチなし、意味はあり。
原作どおりな展開が多い話ですが、ちょくちょく相違点があったり。間違い探しな気分で探してくれれば楽しいかも?
実は本作において次の展開というのは、これまでの話を読んでいると簡単に推理出来たりします。ピースというか材料は、もうたいがい放出したので。後は回収するだけです。
もう突拍子のない超展開とか裏設定は、基本出ない予定。暇な人は展開を予想したりしたら楽しいかも?
的中しすぎたら作者涙目。矛盾ですね、すみません。
感想と批評待ってマース。