爆発が響く。
薄ら暗い、大地の朽ちた不毛の星。
そこはおおよそ生物が生息するに適さない、暗黒に包まれた黒き惑星であった。
岩が切り立つ、緑のない世界。恒星そのものの寿命が近付き、生命力の欠けた太陽系。
その世界に、場違いとも言える爆発が連続する。
暗闇を切り裂くように光弾が飛び交い、桁違いのエネルギーを撒き散らす。
破壊されているのは、これまたこの星に場違いな建築物。
知的生物はおろか、生命の痕跡すらとうの昔に滅び去ったとみられる星に、極めて高度なテクノロジーで築き上げられたと思われる建造物が存在していたのだ。
その建造物群に対して、光弾が飛ぶ。見た目は小さく儚い光弾はしかし、おおよそ尋常ならざるエネルギーを秘めて飛来し、建造物群を破壊していった。
爆発、炎上。成す術もなく蹂躙されていく。
光弾を打ち出していたのは、人間であった。人数は十人程で全員が鎧の様な服を着込み、そして何よりも際立った特徴に、その腰から尾を生やしていた。
彼らは無造作に手を向けるとその手から光を生み出し、とてもではないが一個人が捻出したとは思えないエネルギーをその光弾に含有させて発射していたのだ。
彼らのその正体は、宇宙にその名を轟かしている恐るべき戦闘民族、サイヤ人。
現在はフリーザ軍傘下の勢力として、その力を大いに振るい暴虐を振りまいている存在だった。
「っへ、手応えが全然ねぇな。こんなもんなら、わざわざこんなご大層に人数集める必要もなかっただろうによ」
「油断するんじゃない。幾ら逃げ散った残党とはいえ、敵は小賢しいあいつらだ。面倒な手を打ってくる可能性は十分にある」
その注意を促すエリートの言葉に、へいへいと気のない返事を下級戦士のサイヤ人は返す。真剣に受け取ってないのは明白だった。
それは周りで話を聞いていた他のサイヤ人も一緒であったし、また注意をしたエリートサイヤ人自身、そうでもあった。
確かに油断はならない、これは正しいのだろう。だがしかし、現実問題として脅威に思えるか? そう問われれば、答えはNoとしか存在しなかった。
それは単純な戦力分析の結果であるし、またその根本に嘲りであり見下しが存在するゆえでもあった。
だが何にしろ、脅威にはならない、ということ。これは共通し、そして正しい見解であった。
今回、念を押し派遣されたサイヤ人の数は、エリートも含めて十名前後。敵のレベルと比較し、明らかに過剰とも思えるほどの戦力を投下しているのだ。
負けようがなかった。事実、現在各自がエネルギー弾の飽和攻撃を行っているだけで、ほぼ施設の破壊は完了に近付いている。
味気がないにも程があった。このまま一仕事終わってしまうというのだろうか?
「―――ん? 何だ?」
サイヤ人たちの多くが落胆し退屈し切っているところ、事態に変化が訪れる。
ほとんど破壊され、炎上している施設類。その残った瓦礫や建造物が、崩れ始めたのだ。
同時に、細かな震動が地を伝わり、サイヤ人たちの元へも伝導される。
地震。唐突に巻き起こった自然現象の中、さらに変化は持続する。
粉砕され粉々にされた施設類。その降り積もった粉塵の中から、地を裂くように新たな建物が現れ出したのである。
壮大な仕掛けに、サイヤ人たちの中の一人が口笛を吹く。
地上に露出していた施設は偽装……ダミーであったようだ。地震も収まり新しく現れた施設の内、特殊合金製格納庫の門扉が解放され、中から無数の戦闘ロボットがわらわらと出撃する。
戦闘ロボットたちはセンサーを輝かせると、遠くに佇むサイヤ人たちをそのレンジに捕捉。世代としては旧式だが、しかし性能が格段に引き上げられたブースターを噴射し、突撃を始めた。
その搭載AIの狙いは、ただ一点。憎き怨敵、サイヤ人の撃滅。
向かってくる血潮なき殺戮者の群れを見て、サイヤ人たちは表情に喜色を浮かべて戦意を奮い立たせた。
どうやら、面白くなるのはこれからの様であった。
次々と待ち切れないとばかりに、サイヤ人たちが飛び出していく。
圧倒的に数で劣りながらも、しかしやはり負ける気は一切せずに、戦闘ロボット群とサイヤ人たちは間の宙でぶつかった。
戦火が開かれる。
騒ぎ出す血潮、煮え滾る戦意の元に、一人のサイヤ人が叫んだ。
「ハハハハハッ!! いくぜぇ、死に損ないのツフル人どもがァ!!! グァッハッハッハァーーー!!!」
すでに星としての生命が廃れ果て、輝きの欠けた暗黒惑星。そこに場違いなテクノロジーを持ち込み、拠点を築き上げている存在。
彼らの名はツフル人。かつて、惑星ベジータが誕生する際にその立場を簒奪され滅ぼされた、全宇宙でも有数の知性生命体。その生き残りたちであった。
サイヤ人と因縁深い相手である彼らツフル人の生き残りを、偶然発見したという報告を聞き届けたベジータ王は、即時殲滅を決定。
それはすなわち、ツフル人残党掃討作戦。
多くの人員を動員したその冷酷な作戦が、今この時決行されていたのだった。
「己ぇ! 猿どもめが、ここを嗅ぎつけて来おったか!! 忌々しいサイヤ人どもめぇッッ!!」
モニターに映る戦況の様子を眺め、一人のツフル人が怒り狂う。
圧倒的大多数の戦闘ロボット群が殺意も露わに次々と飛びかかっていくが、その具合はよろしいものではない。
雲霞に呑まれる羽虫のような光景でありながら、しかし羽虫側であるサイヤ人たちが粉砕される様子は皆無であったのだ。
一斉に放たれる波の如き熱線の束。超精鉄ブレードを構えて避ける隙間を残さず飛びかかる、大量の戦闘ロボットたちの捨て身の特攻。
しかし、そのいずれも具体的な効果は生み出せれず。
アッサリと熱線は弾かれ、超精鉄ブレードも叩き折られ弾かれ、特攻も意に返さず逆に粉砕される。
圧倒的総数差でありながら、戦況はサイヤ人たちの方が圧倒的優勢であった。
苛立ちと共に、拳を叩き付けるツフル人。
致し方ないことではあった。
幾らツフル人が全宇宙有数のテクノロジーを有しているとはいえ、しかし逃げ落ち、身一つ同然の有り様での潜伏生活である。
設備らしい設備も、資源もエネルギーも、何もかもない状態。おおよそかの惨劇より十年以上の月日が過ぎたが、しかしその内実は未だ十分とは程遠い、困窮したものだったのだ。
その胸に抱いた執着的な無念と怨恨を原動力にここまで生き延び、そして軍団とも言えるほどの数の戦闘ロボットを製造できたが、それすら旧式にも程がある設計の産物。
所詮は惨めな敗残兵。いや、それ以下の身分である。ここまでの戦闘ロボットや施設を構築したことこそ驚嘆に値するが、しかしサイヤ人に対抗できるレベルには程遠かったのだ。
ゆえにこそ、ツフル人は一切の惜しみなく全機へ発進命令を下し、製造した全ての戦闘ロボットを勝ち目のない、サイヤ人への戦いへと投入する。
そう、元より勝ち目がないことは分かっているのだ。
ツフル人たちの目的は、この惑星の脱出。戦闘ロボットたちは、ただそのための時間を稼いでくれればいいのである。
ようやく、ようやくなのだ。
十年以上に及ぶ途方もない年月をかけて、劣悪な環境下から、ようやく憎きサイヤ人への反撃の火種を手に入れたのである。
過酷な潜伏生活は、生物的に惰弱であったツフル人にとって命にすら障った。
惑星ベジータ脱出時の人数と比べ、現在生き残っているツフル人はほんの十名にも満たない。他の皆は無念の念を残しながらも朽ち果てていったのだ。
同胞の無念、嘆き、そして怒り。それらを背負いそして手に入れた礎。決して無駄には出来なかった。
「データは全部引き出し終わったのか!?」
「ああ! もう宇宙船に積み込んでいる! 研究資材も積載済みだ!! 後は工作機械類を積み込む必要がある!!」
「時間がない、サンプル用のモデルだけにしろ!!」
「分かった!!」
慌てながらも迅速に、血と涙の結晶である成果物を回収していく。
この施設を破棄することは手痛いが、致命傷ではない。研究を重ねて築き上げてきたその成果さえ持ち出せれば、より短期間で立ち直ることは出来る。
再起の芽はあるのだ。より確実で、そして絶対的な保証の元に。
―――しかし、その芽はただ圧倒的な力の前に、叩き潰される。
ピピピピと、モニターに反応が走る。
振り返り反応を確かめたツフル人は、驚きに目を見開いた。
「な!? ば、馬鹿な!? こ、この戦闘力の数値は!?」
スカウターの機能を併せ持ったモニターに、急激に反応している最も危険度の高い戦闘力の数値が表示されていた。
その数値、13200。
それだけの戦闘力を持った存在が、急速に近付いてきているとモニターは示していた。
ここまで巨大な戦闘力を持ったサイヤ人を、そのツフル人は一人しか知らなかった。
「まさか、ベジータ王まで来ているというのか!? この星に!?」
爆発が走る。
回収作業を行っていたツフル人たちが悲鳴を上げて地に伏せ、衝撃に慄く。
いち早く気を取り直した一人のツフル人が立ち上がり、爆心地に目を向ける。
力任せに破壊され破られた、特殊合金製の外壁。粉塵漂うその場所に佇む、マント状のオプションが付属したバトルジャケットを着込んでいる小さな人影。
そのサイヤ人は、未だ幼いにも程がある小さな子供だった。
「こ、子供だと? 馬鹿な………こ、こんな子供が、あれだけの戦闘力を発揮していたとでもいうのか?」
にわかに信じ難い事態に、思考停止状態へと陥るツフル人。
外から力任せに押し入ってきた、子供のサイヤ人。彼は部屋をぐるりと見渡すと、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん………期待して損したぜ。所詮は負けて逃げ出したクズの残りカスか」
「き、貴様ぁ……サイヤ人風情が、ふざけた口を!!」
激昂したツフル人の一人が、放置されていた実験段階の火器を持ち上げる。。
研究中ゆえに骨組みが剥き出しになってる上、エネルギー変換効率に乏しくサイズも大型化してしまった、実用に欠けているもの。だがそれでも執念の賜物で、基地から直接コンデンサーを繋ぎエネルギーを注ぎ込むことで、下級戦士レベルならば対抗できる威力をそれは引きずり出せた。
銃口を憎きサイヤ人へと向けて、標的が子供であることにも頓着せずにツフル人は引き金を引く。
「死ねぃ! サイヤ人めが!!」
凝縮された、高密度エネルギー波が照射される。
狙いは精密だった。それもまた執念のなせる技だったのだろう。
熱線は一直線にサイヤ人の顔面へと、直進していた。確実に直撃コースの一矢。
が、あっさりとそのサイヤ人は、迫る熱線を虫を叩くように弾いた。
そのまま気だるげに手を向けると、お返しとばかりにエネルギー波を発射。
悲鳴すら上げる間もなく、火器ごとツフル人が呑み込まれ、消し飛ばされる。そのまま余波は施設を貫通して貫き、派手に爆発を引き起こした。
いとも容易く命を刈り取りながら、しかしその顔には一切の思い入れも浮かべず。子供はただ退屈に苛立つ様子しか存在していなかった。
「ひ、ヒィイイ!?」
腰の抜けていたツフル人の一人が、恐慌を起こしながら逃げ出す。
同じように、後に続けて残ったツフル人たちも走り出し、逃げ始めた。
余りにも桁違いな存在。ただ生き延びるためには、無様に逃げるほか手はなかった。それほど脅威的な存在であったのだ。
しかし、ただ背を向けて逃げるだけで生き延びられるほど、その敵は優しくはない。
サイヤ人が人差し指と中指を揃えて、先頭を切って逃げるツフル人にッピと狙いを付けた。
次の瞬間、狙いを付けられたツフル人が爆発した。
内側から爆裂したかのように、内臓と体液を撒き散らしてバラバラに弾ける。
凄惨極まるスプラッタな光景に悲鳴が上がり、堰き止められた川の流れの如く、逃げ走っていたツフル人の動きが滞った。
サイヤ人の子供は眉一つ動かさず、そのまま立ち止まったツフル人たちへ指の照準を合わせると、同じように淡々と処理を重ねる。
瞬く間に血と肉の山が生み出され、惨劇が形作られていった。逃れる術はない。
残った最後の一人であるツフル人は、もはや逃げられないことを悟りサイヤ人へと身体を向ける。
無念、そして怒り。決して言葉に言い表しようがない凄まじいまでの怨念の猛りを、言葉と視線に込めれるだけ込めて吐き出した。
未来永劫の呪いを、ただ与えん。絶対にただでは死なぬという、朽ちぬ永遠の災厄を届けようと。
「おのれサイヤ人、おのれぇ野蛮な下等生命がぁ!! 許さぬぞ、決して………絶対に! 例え肉体は滅びようとも、我らツフルのこの怨念は決して消えず、貴様ら種族を子々孫々の末まで! 呪い尽くしてくれるわ! そして必ずや貴様ら一族の存在を、この宇宙から抹消しッ」
ボンと、ツフル人が最後まで台詞を述べれず、弾け散る。
ぼとぼとと派手に肉片が飛散し、サイヤ人の足元にまで眼球が一つ転がってきた。
無造作に足を踏み下ろし眼球をべちょりと潰し、唾を吐き捨てる。
「惨めな奴らだ。吠えることしかできない、負け犬め」
踵を返し、自身が破壊した外壁の穴から外へ出る。
垣間見える遠方の様子は、未だ蟻のように湧き出ている戦闘ロボット群と戦いが続いていた。わざわざ戦いを楽しもうと、すぐにケリを付けられる戦いを故意に引き延ばしているのである。
下らない。彼は内心でそう吐き捨てる。今回与えられた仕事は、彼にとってあまりにも容易く、つまらないにも程がある代物だった。
その心中はもうすでに関心が失せ果てており、とっとともっと歯応えのある、別の星へ行きたいと思っていたのだ。
「ベジータ様。ここにいたんですかい」
「……ナッパか」
かけられた声に反応し、子供が振り返る。
丁度見つけたのだろう。空から巨漢の男が子供のすぐ近くへ降りてきた。男もまたサイヤ人であり、その腰には尾が帯のように巻かれている。
男の名はナッパ。代々サイヤ人の王族に仕える名門のエリートの出自であり、現在は王子の付き人をしている者である。
そして目の前にいる子供こそ、現ベジータ王の実子であり、そして歴代の王族を遥かに圧倒する戦闘力の素質を持った超エリート。戦闘の天才児。
戦闘民族サイヤ人、その王子ベジータ。
その齢にしてすでに父ベジータ王を凌ぐ戦闘力を持つ、恐るべき怪童である。
着地した後、ナッパは振り返ったかと思うといきなりエネルギー弾をぶっ放す。
伸びたエネルギー波の軌跡が、そのまま宙にラインを描いて直進。ナッパを追って群がって来ていた、戦闘ロボットの大群に着弾。
盛大に開花する爆炎の華に、ナッパは興の乗った叫びを上げる。
冷めた目でその様子を眺めて、ベジータは感想代わりに鼻を鳴らすとそのまま一人宙へ飛び立つ。
行動に気付き、慌ててナッパもその後を追う。
「ど、どうしたんですかい、ベジータ様?」
「何時までもこんな茶番に付き合っていられるか。とっととこんなチンケな星なんて片付けて、フリーザ様に新しい仕事でも回してもらうんだよ」
ナッパに対し一顧だにせずに飛翔し、ベジータは適当な山岳に目を付けて降り立つ。
なお途中、ベジータを捕捉した戦闘ロボットが何十体も行く手を遮ったが、構わず突き進むだけでそれらはすれ違い際の干渉で破壊されていった。
ベジータが改めて景観を確かめれば、丁度その位置からは戦闘中のサイヤ人たち、その全員の姿が確認できた。
ベストポジション。
思った通り、ここベジータがこれからやろうと思っていることに対して、最適な位置取りだった。
数拍の間を置いて、追い付いたナッパが傍に降り立つ。
自分の行動に振り回されていることを、しかし欠片も歯牙にかけず、ベジータは言葉を述べる。
「ナッパ、目を閉じていろ。俺の傍で変身されても迷惑だ」
「へ? まさか、ベジータ様……あれをやるつもりで!?」
「ふん。トロトロトロトロ、何時までも時間をかけやがって。いくらツフル人なぞがゴキブリ並にしぶとい野郎だろうと、こうすれば後は勝手に残った奴らでも始末を付けれるだろうが」
ベジータが手を掲げ、力をその掌に集中させる。
より純粋な、普段何気なく使用しているエネルギー弾とは質の異なる“気”の集束。素質を持った限られたサイヤ人にしか行えぬその芸当を、こめかみに血管を浮かべながら実行する。
ほどなく、ベジータの掌から跳ね上がる様に、一つの小さな光球が生み出された。
彼はその手を大きく掲げたまま振りかぶると、投球し、遥か彼方の上空へと向けて光球を投げ放つ。
高速に飛来する光球。おおよそ直下に戦闘中のサイヤ人たちが位置するころへと位置するに至り、ベジータはその手を光球の姿に重ねる様に合わせる。
「弾けて混ざれ!」
そしてキーワードを発し、重ねた手を握り潰すように閉じた。
その動作に同期して、閃光。
溢れだし一瞬全てを覆った光の一閃に、ほんの一時ばかり戦場の動きが止まる。
しかし、眩い光が輝いたのも一瞬だった。すぐに光は収まり、辺りは今まで通りの空間へと戻る。
だがそれは唯一点、前の姿とは異なっていた。
宙空に座す、光輝く球体。恒星の光すらも届かない暗黒惑星に、突如として降って湧いた異質な存在。
それは満月であった。突然生成された満月を、思わず直下にいたサイヤ人たちは皆、その瞳の中に姿を収めてしまう。
ベジータはマントを翻し、自身が生み出した人工満月を確認することもなく立ち去り始める。
同じく事前に忠告を受けて、視線を遮っていたナッパもまたその後へと続いた。
困惑しながらも付き添い、ナッパは疑問を表す。彼は王子の付き人である以上、王子の動向には常に同伴しなければいけないのだ。
「ベジータ様、いったいどちらへ? まだツフル人どもの掃除は終わってないですぜ?」
「言っただろう。フリーザ様にもっと骨のある星の仕事を回してもらえるよう、ねだりに行くんだよ。ツフル人の掃除なんて面倒は、残った奴らだけでも十分片付けられる」
つまり端的に述べれば、最低限の義理は果たしたのだから、もう自分がここにいる必要はない。そうベジータは言っていたのだ。
内心の本音を暴露してしまえば、もはやこの後どうなろうと知ったことではない。そういう思いを抱いていたのである。
しかし此度の作戦は、曲がり並にも父ベジータ王から息子であるベジータへ、直々に監督するよう言い渡された命令であった。
ただ十分であるというだけでこの場を後にするのは、分かり易いほどに深刻な問題行動だった。その程度のことは、ナッパとて理解出来る。
ゆえにこそそれで本当にいいのかと、困惑した表情を浮かべながらその背後に付いていく。
幼い身空でありながら、ベジータは殊更邪悪で冷酷な嘲笑を浮かべる。
「ッハ……親父が怖いのか、ナッパ? 放っておけ、あんな奴のことなんてな。どうせ、大した文句も言えやしない」
サイヤ人社会は、極めて純粋な意味で、完全な実力主義社会である。
その戦闘力の高低で権威の行方が定まり、すなわち戦闘民族の支配者としての王権を掌中に収められるのだ。
とはいえ、だからと言って戦闘力の高いものがすべからく権力に興味を持つ訳ではない。サイヤ人の歴史の中では希少な事例だが、王以外にそれ以上の戦闘力を持ったサイヤ人の存在とてありはする。
だがしかし、彼らの手によって王族の主権が簒奪されたことはない。もとより戦闘民族の人間であり、戦いにその欲求の大部分が占められている者たちだ。権威を握る資格を持てても、実際にそんな本人たちからすれば面倒極まりない役柄を担う気は、毛頭なかったのである。
しかし、例え主体的な意思での権力欲は皆無でも、利用できるものは利用するという合理的な判断と狡賢い知恵というものは備わっていた。
現在のベジータの戦闘力は、実父であるベジータ王の戦闘力を上回ったものである。形式的な意味では未だ王子に過ぎず、権力と呼べる代物も継承されてはいない。
しかし、書類的な手続きといった形式での権力を手に入れてはいなくても、単純なサイヤ人社会通念的な概念に支えられた王を凌ぐ権限は、すでに手に入れているのだ。
サイヤ人社会で重視されるのは、どこまでも行ってもやはり戦闘力の高低の如何である。そしてそれは階級に関係なく、ベジータ王自身すら基本的な観念として持ち得ている。
ゆえに王としてベジータに命令を下したベジータ王であったが、しかし仮にベジータがその命令を拒否したところで、一切のペナルティは加えられなかったのだ。
が、しかしである。それはあくまでもベジータだけの話。
付き人であるナッパにしてみれば関係のない話であり、むしろ非常に進退としては白黒で言われれば黒が濃いかった。ベジータにペナルティを加えられない分、ナッパへシワ寄せが来る可能性は大だったのである。
とはいえ、それこそベジータにしてみれば知ったことではない。
彼は己の付き人への配慮なぞ一切考えることもなく、自分本位な行動を押し通しその場を後にするのであった。それにしかめっ面を浮かべながらも、ナッパも追随する。
彼ら二人が立ち去った、その背後。
ベジータの手によって生み出され煌々と輝く、その人工満月の下。
未だ蠢く有象無象な戦闘ロボットの中から、幾多もの野獣の雄叫びが響き始め、そしてこれまでと比べ物にならない爆発が巻き起こる。
終わりが始まっていた。
「ば、馬鹿な!! な、何故だ!? 何故奴らサイヤ人どもが大猿になれるのだ!?」
反響する野獣の雄叫びと、同期するように震える、強大な破壊活動による地響き。
その中、準備を整え至急に宇宙船へと一人ひた走っていたツフル人が、その有り得ぬ事態に目を大きく開眼し驚愕していた。
大猿となり、その戦闘力を10倍と引き上げたサイヤ人たち。彼らはその圧倒的な、ただひたすら圧倒的な力で、元々隔絶した差のあった戦闘ロボットを容易く破砕し、特殊合金製の施設類を破壊して回っている。
その様はまさに、彼の脳裏に克明に刻まれた最悪の記憶。十年以上前の、あの忌まわしき母星で起こった反乱の再来でしかなかった。
大猿によって成す術もなく蹂躙されていく、我ら栄光あるツフルの文明。屈辱に塗れながらの遁走。
本当に図ったかのように、その様相は酷似していた。否応もなく、ツフル人である彼―――ツフル人の中でも最高の知恵を持つ者と称される、Dr.ライチーは劇的な憤りに駆られる。
わざわざ、わざわざ多大なリスクまで払って、このような絶対的に生存に適さない惑星へと隠遁したのは、全ては憎きサイヤ人から逃れるためであった。
一年中暗雲に覆われ、日照が全くと言っていいほど欠けた生命の維持が覚束ない環境の暗黒惑星である。当然生命体として弱い種であるツフル人たちは、ドンドン死んでいった。
それでもひたすら辛抱し、耐え凌いで生き抜いてきたのだ。発見され難いというメリットを取る方だけを選択し、必死に生き抜いてきたのである。
しかしツフル人たちがこの星にそこまでしてこだわった理由は、他にもあった。
サイヤ人たちがその本領を発揮するため、つまり大猿化に必要な満月が存在しない星であること。ツフル人たちはこの条件をも併せ持つということがあったために、そうまでしてこの星に執着したのだ。
複数の条件を満たした、得難い星。万が一の場合を想定し備えるために、そうであるがゆえに、耐えてきたのである。
しかし、目の前の状況はどうなっているというのだ? Dr.ライチーはただ静かに理性を消し飛ばす。
あれほどまで苦労し、辛酸を舐め、命の対価を払って年月を過ごしてきたというのにである。目の前の憎き怨敵たちは、呆気なくそれらを無に帰し、暴虐を振りまいているのである。
何のために払った対価であったというのか。何のための失われた命であったというのか。
マグマの如き粘性と熱量を秘めた感情が、一つ皮膚の下でとぐろを巻いていた。
「おのれぇ………おのれぇッッ!! サイヤ人がぁあああ!!! 許さん、絶対に許さんぞ! この宇宙のゴミ屑どもがぁああああああああ!!!!」
なけなしの体力を振り絞り、Dr.ライチーは疾走する。
目指すはすでにオートで発射準備が進められている、脱出用の宇宙船。より強固となり固定化されそして逐次燃焼されている、その業火の如き憎悪を抱いて彼はそこへと駆ける。
この星で生み出された数多くの兵器、技術、資材。持ち出せたそれら成果物は、余りにも微少であった。
混乱と対応の拙さゆえに、与えられた損失が膨大だったのだ。自分以外の生存者の姿すらも、視野には映らない。
しかし、それでもまだDr.ライチーには希望があった。
Dr.ライチーが手がけし、最大最高の発明。研究し開発し組み上げられた、長き潜伏の中で生み出された最も優れたるもの。
その最重要マシンの雛型だけは、持ち出すことに成功していたからだ。
すでに運搬され、最優先に宇宙船の中へとその大型のものとなったマシンは搭載されていた。それさえあれば、極論言ってそれ以外の全ての品々を捨て去ってしまっても何とかはなる。
また長い年月による多大なロスは生じるだろうけれど、それも致し方ない。たたこの場を生き延び、そして確実な報復を与えようと、Dr.ライチーは企てていた。
全ては、憎きサイヤ人どもへの復讐を成すがため。すでに視界に宇宙船の開かれた搭乗口を見収めながら、Dr.ライチーが駆け込もうと最後のダッシュをかける。
後、ほんの10m程度の距離だけだった。
しかし、その際に突然、Dr.ライチーの真横から大猿が現れた。
「なッ、何だとォォッ!?」
獣性の差し向けるがままに破壊し回っていた大猿が、足元をうろつくちっぽけな存在に気が付く。
わざわざ注意を払う必要すらもない。
大猿は無造作な動作で腕を振るうと、埃を払うような仕草で哀れなDr.ライチーを弾き飛ばした。
呆気ない見た目とは裏腹、その腕の先の拳速は軽く音速を突破している、巨大な鉄球に等しい平手。
大猿にしてみれば、文字通り埃を払っただけのその行動。だがしかし、Dr.ライチーにはオーバーキルに値する威力のものだった。
ボギャリと、肉が叩き潰され同時に骨が擦り潰される。迫りくる平手と接触したその瞬間に、すでにDr.ライチーは三度死に果てていた。
そのまま一切の生命活動を担う器官の全てを破壊されたDr.ライチーの身体が、与えられた運動エネルギーに従って飛翔。その空気抵抗の圧力で全身から雑巾のように体液を噴出しながら、彼は一気に空間を駆けて、そして激烈な速度のままに壁へと叩きつけられた。
べちゃりと、重力に従いDr.ライチーの亡骸が地に落ちる。すでに、彼は事切れていた。
だがしかし、何のいたずらか。
大猿に弾き飛ばされたことで、幸か不幸か、Dr.ライチーは宇宙船の中へと辿り着いていた。
そして叩きつけられた衝撃で、偶然にも“壁”……すなわち宇宙船の操作パネルに接触し、待機されていた最後のシ-クェンスを起動させたのだった。
ハッチが独りでに閉められ、ブースターに火が灯る。
ふと、Dr.ライチーを弾き飛ばした大猿が気が付いたように目を向けるも、遅い。
アイドリング状態であったメインエンジンの出力を一気に高められ、ブースターが緊急最大推力にて作動。大猿の眼前で、宇宙船はあっという間に飛び上ったかと思うと、もうその姿は視界から消えていた。
近くにいた大猿が、理性の失う下級戦士であったことが原因か。
まんまと取り逃がしてしまった獲物の存在に、原始的な衝動のままに猛る、大猿が咆哮が暗黒惑星の空に響いた。
オート状態のままに、暗黒の宇宙を駆け抜けている宇宙船。
その船内には一人の生命体も存在せず、ただ一体のツフル人の亡骸と巨大なマシン。それと幾つかの工作機械だけが搭載されていた。
生命がないゆえの静寂に満たされた、静かな世界。
そこに、異変が起こり始める。
船内の中央に安置されていた、用途の分からぬ巨大なマシン。それが電源が入ったかと思うと、勝手に動き始めたのだ。
人工知能だとか、あらかじめ組み込まれていたシステムという訳でもなく。
その姿には、科学に優れたるツフル人が製作したマシンでありながらオカルト染みた雰囲気を漂わせていた。
マシンの胎動は止まらない。いかなる用途のもので、いかなる機能のものなのか。全てが秘密に包まれながら、マシンは動き続ける。
やがて、放置されていたDr.ライチーの遺体に変化が発生する。
ぐちゃぐちゃに骨と肉が挽き合わされた、悲惨な死体。その死体から、凄まじくおぞましきオーラが立ち昇り始めたのだ。
それは黒く、根深く、執着的で、色濃く、おぞましく、狂おしく、一途であり、粘着質なもの。エネルギーではあるのだろうが、しかし決してまともな代物ではない。
それは一言で、怨念と言い表せた。
おおよそ一個人が持てるものとは思えない、歪みねじれそして異常なほどの情動を秘めた、視覚化され現出した怨念。
そのおぞましい瘴気を発している怨念を、マシンは淡々と、文字通り機械的に蒐集していく。
そしてそんな異常なマシンを腹に抱え込んだまま、宇宙船は広大な宇宙を進み続けていくのだった。
ツフル人が世界へと遺した、二つの災厄。
その一つである、忌まわしき命なきマシン。それは今日この日、邪悪な意志の元に、その稼働を始めのだった。
これが出番を現す日は、まだ遥か先のことである。
歪みのない、綺麗な直線を描いた閃光が走る。数は五つ。しかし光速のそれは五つにとどまらず連射され、次々と立て続けに空間を突き進んだ。
撃滅の光。雨あられと人の手によって降り注がれる、その攻性の光を前に、しかし相対する人間に怯む様子はない。
何故ならば光速のそれなど、相対する彼―――リキューにとって、微塵の脅威も与えることはできなかったからだ。
リキューは、ほんの僅かに身体を傾ける。そんなレベルの微小な動作だけで、迫りくる光線の数々をかわしていく。
文字通り、紙一重の見切り。それは光線の発射前の前動作や射線の位置、対象の視線などから読み取った先読みであった。
これまで積み重ねた経験によって際立った、その技量による賜物である。四年という歳月は、リキューという人間を戦闘者としてあらゆる面において成長させていた。
涼しげな表情で回避し続けながら、リキューはその視線を大量の弾幕を形成している本人へと向ける。そして本人と視線がかち合ったことを確認すると、見せつける様に嘲笑った。
分かり易い挑発だった。加えて、誤魔化しなく余裕があることは事実。一気に嘲笑を向けられた本人の顔が気色ばむ。
「てめぇ、余裕かましてるんじゃねぇ、よッ!!!」
彼は手にしたマシン・ソードを、振り回すように自分の周りで一周させる。その動作により、突き付けた左手から五つの小型魔法陣を発生させて光線を打ち込みながらも、さらに足元に巨大な直径2m程度の魔法陣を追加生成する。
リキューと戦っている相手。
それは同じトリッパーであり長い付き合いとなっている、常日頃から反目し険悪な雰囲気を形成させている存在である、メンバーズ内最多ギフトホルダーと称されるトリッパー。
魔導師、リン・アズダート。メンバーズ内の戦闘的な実力ランキングにて上位10位内に位置する者、通称メンバーズ・トップテンと評される人間の一人であった。
リンはイラついた表情のまま、叫ぶ。
「ジェダイト! 範囲攻撃魔法準備だッ!! フィールド・クエイカーの発動スタンバイ!!」
《了解しました、マスター。フィールド・クエイカー、スタンバイ》
「ッハ、見ていやがれリキュー。余裕の顔していられるのもそこまでだ、この野郎ッ」
リンの足元に追加された魔法陣の、輝きが強まる。
リキューはその様子に気がつき、目付きが僅かに鋭く細まる。そして変わらず降り注ぐ光線を全て紙一重の間合いでかわし続けながらも、移動を開始した。
リンはリキューを狙い光線を放ち続けるも、リキューは何ら痛痒した様子も見せずに光線を軽くかわし、ゆっくりと距離を詰める。
その姿には警戒はすれど、危機感を覚えてる様子は一切見られなかった。緩慢な動作がそれを物語る。
リンの表情に浮かぶ感情に、さらなる薪がくべられる。明らかにリンの実力を格下と見た、舐め切った態度。リキューはそのリンの表情を見て、内心に充実する愉悦心に口元を釣り上げた。
《コンプリート。フィールド・クエイカー、レディ。いつでもどうぞ、マスター》
「………ああ、分かった」
抑え込んだような声色で了承の意を表し、リンは苛烈な熱情を秘めたまま押し黙る。
光線が止む。
連続展開していた光線、ブレイク・バスターの発射をリンが止めたのだ。リキューは詰めていた歩みを止めて、軽く身構える。
来るか。内心でそう次の攻勢を感じ取り、リキューは感覚を研ぎ澄ます。
一瞬の膠着。リンが口火を切り、事態は再動を始めた。
「フィールド・クエイカー発動ッッ!! 連続展開開始ッ!!」
《了解しました。演算開始、シミュレートをリアルタイムで修正します》
その瞬間、リキューは異変を感じ取った。研ぎ澄まされた感覚器官から集積された情報を最適化することによって閃いた、ある種第六感とも呼べる超知覚。
リキューは己の直感に逆らうことなく、それまでの緩慢な動きを裏返した、素早い動きでその場の空間から一瞬で飛び退く。距離にして50m。まさしく瞬間移動とも形容できる、一瞬の移動。
直後、白色の球体が発生した。リキューがそれまでいた空間を削り取る様に、立体状の巨大な球体が出現する。
リキューはその攻撃を認識すると同時、即座に動き始めた。次の瞬間にはまたリキューの移動したすぐ背後に、白い球体が出現している。
線攻撃から面攻撃への切り替え。加えて、今まで使ってきたものとはまた異なった種類の攻撃。
リキューは楽しげにリンの繰り出してきた新たな魔法を分析しながら、立て続けに現れる白い球体を余裕で回避し続ける。
四年前は、このような面を満遍なく埋め尽くすような飽和攻撃による被弾数の累積と、それによる不可思議な疲労の追加で押し負けるケースが少なからずあった。幾らガードしようとも関係なく入るダメージに、それなりの苦労を強いられたのだ。
しかし、現在ではその不可思議なダメージの理由も分かり、また戦闘力の大幅な上昇と戦闘経験の積み重ねによる戦術面の成長でそのようなケースはほぼなくなっていた。
一発の被弾を受けずに、リンの魔法を先読みし、避けてかわし迎撃することができるようなったのだ。わざわざ今放たれる魔法を曲芸のように紙一重でかわしているのは、見切りを鍛えるための自己鍛練であり、つまりは絶対にリンの魔法によって致命打を受けないのだという、傲慢な自負の表れである
余裕を未だ崩さず、リキューは口を開いた。その宛先は当然、リンに他ならない。
「どうした? 俺に吠え面かかせるんじゃなかったのか?」
「黙ってろ、真性バトルジャンキーが!!」
「っは、陰険な根暗野郎が。言葉だけは強気だな」
リキューの嘲笑とリンの怒声が衝突する。
しかし一見無差別な球体、範囲攻撃魔法であるフィールド・クエイカーの発動であったが、しかし実際には周到に計算され、予測しながら攻撃は行われていた。
リキューの行動パターン。逃げる方向、及びその際の速度。置かれた状況による取りうる選択肢。緻密に計算しながら、リンはフィールド・クエイカー発動の位置・時間を定めていのだ。
このことに、リキューはリンの思惑通りの位置取りまで誘導された時にようやく気が付いた。
また同じように発動されるフィールド・クエイカー。生じる空間の歪みの前兆を敏感に感じ取って、リキューはまるで不可視の壁に沿って飛んでいるかのように奇妙な軌跡を描く。
そのまま悠々と飛翔し続ける。すでおおよそ、リキューはリンの魔法の見切りが完璧となっていた。間合いを読み違えることなく、完璧に最小限の動きで避けているのだ。
そしてかけられる攻勢。やはりリキューはその前兆を感じ取る。キリがないと判断したのか、これまでよりも多く、占有される空間の大きい魔法の発動。
リキューはその中に幾つかある脱出経路を見繕い、フィールド・クエイカーが発動する前に効力範囲を抜け出そうと、必要最低限の加速をする。
この間の知覚と行動、時間にして0.01秒以下のことである。尋常沙汰ではない。
そもそも、発動する前に効力範囲を抜け出すという表現も的確ではない。厳密に言えば、リキューが空間の歪みという前兆を察知している時点で、すでにリンの魔法は発動しているのだ。
例えてみれば、引き金が引かれる前に回避するのではなく、引き金が引かれた後に回避するようなもの。超越的な反射神経と行動速度があるからこそ出来ている見切りであり避け方であって、いわばそれ自体が超人芸な代物。まさしく、リキューは遊んでいたのだ。
もはや、リンにリキューを捉える術はない。こうまでに至り、すでに両者はそこまで力量に大きく隔絶した差があった。リキュー自身の認識とて、それに相違ない。
ゆえにリンが打った次の手に、リキューは驚くこととなった。
大規模な魔法の包囲発動を感知し、そして急速離脱を行ったリキュー。
その眼前で、リキューがかかる前に発動を始めていた設置型バインドが存在していたのだ。
「なにッ?」
自分から突っ込む形となり、バインドに引っかかるリキュー。すぐにもそんな戒めは破壊したが、微小にも速度が低下した瞬間、いやそれよりも前に発動されていた、リンの追加捕縛用のバインドが雁字搦めに発生する。
本来ならば有り得ないことだった。いくら設置型バインドであろうと四年前とは違い、今ならば例え引っかかったとしてもフィールド・クエイカーと同じように、その効力を発揮する前に脱出することが出来る筈だった。それに加えて、この追加で発生された捕縛バインド。余りにも手際が良すぎた。
ふと、リキューは気付く。引っかかる前に発動された設置型バインドに、手際よく行われた捕獲バインドの生成。あまりに展開がリンに都合が良すぎる。これが指し示すことは、つまり。
「っち、…………嵌められたか?」
「今頃気付いたか? この馬鹿が。いつまでもいつまでも、対策の一つも工夫の一つも用意しない訳じゃねんだよ。誰が負けを前提に戦うか!」
《運の要素も高い作戦でしたが、上手く行きましたね。単純で助かりました》
「貴様ら…………俺がこの程度の拘束を逃れられないとでも、思っているのか?」
投げかけられる言葉に青筋を立てながら、リキューが全身に力を込め始める。
その様子を見抜き、リンは叫んだ。
「させるか、磔にされてろ!!」
「ッぬ!? き、貴様ぁ……」
その瞬間、リンの額が僅かに輝きを発した。
同時、さらに雪崩の如く怒涛の勢いで連続生成されたバインドがリキューへと絡みついていき、そして莫大な拘束力を示す。単純な数だけではなく、それは質的にも一つ一つのバインドの効力が増大していた。
予想外の圧力の増加に、思わずリキューは声を漏らす。体力的には一切のダメージはないが、リンのレアスキルである『魔力乖離』の影響が、少なからず発生していたのだ。
覚醒の紋章の発動。
戦闘開始からようやく準備時間を満たしたことで、紋章がその効果を発揮し始めたのだ。
覚醒の紋章の発動により、宿主の放つ魔法は全て1.5倍の効力を発揮することとなる。これは覚醒の紋章の能力であり、すなわち定義されているワールド・ルールである。
ゆえに、本来覚醒の紋章が存在していた世界のものではない魔法を扱うリンであったが、このワールド・ルールにより効果が遵守され、その持ち得る全ての魔法が強化されることになる。
現在自分の肉体にかけられている、強化魔法。今リキューを拘束している、捕縛魔法。そして、リンが扱う全ての攻撃魔法。それら全てに遍く、覚醒の紋章は力を示すのだ。
都合、1600超。常時それだけの最低数はある強化バインドを維持しながらも、リンはさらに恒常的に追加のバインドを生成し続ける。
生成の手を休めれば、いくら強化されたバインドであろうが、たちまち破られることになるであろう。リンは癪であったが、その現実を認識していた。
ゆえにバインドの生成を続けながらも、リンは次の行動の準備に取りかかる。幸い『同時並行多重発動』のレアスキルがあるゆえに、その行動には際立った差し障りはない。
片手に保持しているジェダイトを、その切っ先をリキューへと向けて構える。
するとジェダイトが変形を始める。刀身が縦に二つ割れたかと思うと芯が開くように湾曲していき、そして柄の機構部分が分解したかと思うとせり上がり再構築の達成、変形した刀身部分の根元を補強するように覆う。
ジェダイト、バスターフォーム。
リンは己のデバイスをマシン・ソードの形態から、巨大なショットガン染みた形態へと、変形を完了させた。
刀身もとい、銃身部分に重なる様に幾重もの魔法陣が折り積まれる。
最高の威力を出そうと思うならば、収束魔法の術式を組み込んだ魔法の必要があった。が、しかしそれは発動に時間がかかり過ぎる。
正直四年前のリキューならば一度捕獲してしまえば、後はほぼ勝ちが決まったようなものであった。しかし、現在では一度捕獲したからと言って安全とは言えなかった。
それだけリキューの戦闘力は異常に増大していたのだ。ふと次の瞬間には呆気なく拘束を破壊される可能性がある以上、時間をかける訳にはいかなかった。
ゆえに、リンは収束系は諦めて、ただ自身の膨大な魔力を限界まで注ぎ込んだ最大最強の砲撃魔法をぶち込むことにした。
ジェダイトという、リン自身にとって最高に最適化されたデバイス。その耐えきれる限界まで魔力を充填し、複雑な砲撃魔法プログラムを走らせる。
リンにしてみれば威力以上に、速度を優先させた砲撃魔法。すぐに準備は整った。
「終わりだ。負けて落ちろ、この腐れ猿が!! アンリミテッド・ブラスター、発射ァ!!!」
《FCS、オフ。アンリミテッド・ブラスター、発射》
ドンと、極太の白色光線が放たれる。
ビリビリと蓄えられた魔力を一気に放射され、ジェダイトが震える。リンの持ち得る最大威力の砲撃魔法ではないが、しかしそれでも同系の魔導師から見て、それは規格外の一撃だった。
外し様がない一撃。未だバインドの拘束に捕われたままのリキューへと向かい、迷いもなく白色光線は直進する。
それは威力という面で言えば、例え非殺傷設定を解除したところでリキューには傷一つ負えさせることはできない砲撃だった。しかし、リンには『魔力乖離』がある。
砲撃そのものが肉体的に何ら痛痒を与えなくとも、砲撃に込められた膨大な攻性魔力を浴びれば、その効果は魔力を保有しているリキューには戦闘力がいくら高かろうと甚大に働く。
それが、ワールド・ルールによる絶対的な遵守というものなのである。ゆえにこそ、当てさえできればリンにも勝利の芽はあった。
そう、当てさえできれば、だ。
リキューは己に迫る特大の光線を見て、楽しげに呟く。
余りにも落ち着いた、同様の見られぬ態度。当然であった。なぜならばこのシチュエーションを、リキューは今回“待ち望んで”いたのだ。
「それを待っていたぜ、間抜けが」
リキューは拘束されたまま、意識を集中させる。
意識を一点に収束させる感じではなく、耳を澄ませる感覚での集中。その対象は、バインドに隠れて目には見えていない、左手に身に付けた鋼製の腕輪。
さらにその腕輪の、窪みへと取り付けられた宝石のような石へ。リキューは意識を同調させる。
直撃する間際。リキューは静かにその言葉を紡いだ。
「“リフレク”」
リキューがその言葉を唱えると時同じく、ガラスの様な薄い膜がリキューの前に展開された。
そして着弾。間を置かずに、余りにも見た目脆弱に過ぎるその膜へと、リンの光線がぶち当たる。
それは明らかに、光線を防ぐには強度も厚みも何もかもが足りない稚拙な防御であった。現にリンがその細腕で殴りかかれば、強化魔法を一切使わなくても呆気なく貫通する代物である。
が、しかし。光線は突破できない。
リンが渾身の魔力を注いで打ち放ったアンリミテッド・ブラスターは、リキューの眼前に張られた淡い薄膜に受け止められていた。
リンの顔が引き攣る。リキューの顔がにやつく。
リキューは少しばかり抑えていた力を開放して、容易く拘束力場を破壊して自由になる。そして親指を首元に持ってきて、掻っ切る仕草を取りながら言い放った。
「負けて落ちろよ。ただし、貴様がな」
ッピとそのまま腕を伸ばし、親指を下へと向ける。
そして膜に受け止められていたアンリミテッド・ブラスターが、“撥ね返された”。
リキューへと直進していた光線はその方向を180度反転させ、反対側に相対していた人間へと牙を向ける。すなわち、攻撃者であるリン本人へとである。
焦りの頂点に達した表情を刻み込みながら、しかし打つ手もなく。
無情にもブーメランとなって帰ってきた、己の砲撃魔法を見つめながらリンは叫んだ。
「ちょ、おま、って…………ふ、ふざけんなぁああああああああああああぁぁあああぁああああああああああ!?!?!?!?!?!!!!」
反射的に展開するプロテクションの複層展開だが、しかし微塵の減衰すら効果を果たせず光線は突破する。
それは対リキュー専用のフィジカル特化型魔法であるがゆえに、魔法的側面の強度が脆弱であったためでもあったのだが、しかし何よりも大きな理由はリン自身のレアスキル、『魔力乖離』にあった。魔法という効力を発揮しているその媒体である魔力そのものを、『魔力乖離』の効果によって強制的に離散、消滅させていたのである。
『魔力乖離』というレアスキルは、その汎用性と絶対性が著しく高い代物だ。同系の魔導師と戦えばその性質ゆえにほぼ完勝が拾えるし、全く異なるタイプの相手でも魔力さえ持っているのならば、一定の効果を確実に保証するのである。
しかしリンにとって不幸なことに、この確実な効果の保証は、リン自身とて例外なく該当していた。
強大な白色の光線に、リンが呑み込まれる。
そして、怒涛の如き馬鹿魔力の奔流とそれによって弾き出される激痛。及び、『魔力乖離』の効果によって生ずる、表現し難い脱力と苦痛を伴いながらの魔力の強制放出。
最強最悪なるダブル・ショックを経験し、リンは根こそぎ魔力を吸い尽くされて即座に気絶し、力尽きた虫の如く落下するのであった。
かくして、リンは己の放った魔法と己の持つレアスキル、その二つの相乗効果を過分なく実感することとなったのだった。
少しばかり脱力した身体を解すように身体を動かし、リキューはいい気味だと笑う。
先に述べたように、すでに四年前と比べて超成長を果たしたリキューにしてみれば、今更バインドで拘束されようが『魔力乖離』が効果を発揮する前に脱出すことなど容易い。ワールド・ルールの関係も認識し、それに沿った戦い方というのも習得していた。
いやそれ以前に、そもそも何度も戦いを経た結果培った見切りで、リンの魔法の兆候を察知できるようになったリキューにしてみれば、バインドに捕まることすら難しいものだったのだ。
つまるところ、リキューの勝利は単純な実力だけを述べてしまえば、すでに戦う前から約束されていたのである。
しかしそうであるがゆえに、途中バインドに捕獲されたことには、確かにリキューは驚いていた。
四年前までは結局のところ力押しが目立ったリンであったが、しかし年月を経て経験と実力を強めてくるリキューに対しては、それもかなり早期の段階で通じなくなってきていた。
本来ならば、リンはその時点でリキューに対して対抗することなど諦めていた筈である。元々サイヤ人という、チートと呼べるギフトの中でも特筆した代物を持ている相手だ。
意地汚い性根であるリンであったが、だからといって情けなく何時までもどうしようもないことにしがみつくような、愚鈍な性格ではない。素直に実力差の有無や相性の悪さなどで勝てないと理解すれば、黙って身を引くという選択をこれまでしてきていたのだ。
が、しかし。そうであった筈のリンだが、リキューに対してだけは対応が違っていた。諦め悪く、執念を燃やしムキになってリキューに対抗心を張り続けたのである。
理由は分からない。リン本人にもである。
ただ言えることは一つ。リキューはリンが心底気に入らず、そしてリンもリキューのことは反吐が出るほど好かない相手であるということ、ということだけ。あえて理由を言えば、それだけでリンにしてみれば理由としては充分だったのだ。
そして今までの力押し一辺倒であった戦い方にも変化が現れ出したのである。
結局のところ、ワールド・ルールを活用した戦法であれど単純であった力押しから、創意工夫を行い未来予測と誘導を組み合わせる戦い方にへと。嘯いていた技巧派戦術士に、真実成り育っていったのだ。
その成果が、今回のリキューのバインド捕獲である。
自身の魔法が見切られていることをも計算に入れた上で攻撃を仕掛け誘導し、あらかじめ設置していたバインドを引っかかるその一歩手前のタイミングで発動させる。元々程度を見計らい捕まろうと考えていたリキューであったが、その不意を突いての捕捉を果たしたのである。
リンの誤算は、そこまで努力の末に追い込んだにもかかわらず到底及ばない実力と、これらの努力を全てご破算にする、自身にとって最悪の切り札をリキューが持っていたことであった。
リキューの腕に付けられた、無骨な鋼製の腕輪。そしてそれ取り付けられた、綺麗な色をした鉱石。
それは数か月前にリキューがトリップした世界で手に入れた品物であり、そしてリンに対して極悪な機能を果たしたその元凶であった。
鉱石の名前はマテリアと言う。無論ただの綺麗な石ではなく、その実態はリンの宿している紋章と同じような働きをする、それ自体が魔法の発生能力を持つ神秘的なアイテムである。そして腕輪はバングルと呼ばれている、マテリアの能力を引き出すための専用の装備品であった。
マテリアは身に付けて意識を通わせることにより、リンの扱っているものとはまた異なる種の魔法を発現させることが出来る。そしてその内容は身に付けるマテリアの種類によって多種多様であった。ちなみに、リキューの装備しているマテリアは“バリア”。発現する魔法は文字通り、対象を守護する働きを持つバリア系統のものである。
リキュー自身の趣向から、本来はこういった搦め手染みた手段は使うことはなかった。例え便利であろうが魔法だとかの異能を使うより、自身の肉体を使っての戦いの方が性に合っていたからだ。ゆえにもっぱら、素手での肉弾戦を得物として頑張ってきたのである。
が、しかし。そんなリキューだが、あえてこのマテリアは身に付けていた。
それもこれも、このマテリアの発現させる魔法がリンに対して、盛大に一泡吹かせられる効果、すなわちワールド・ルールを持っていたからだ。
“バリア”のマテリアによって発現された魔法、“リフレク”。その効果は、放たれた“魔法”を敵対者へ反射するというもの。
この定義される“魔法”は、全く内容どころか体系すら異なるリンの“魔法”とて、平等に作用し適用される。これがリンの魔法にはない、絶対的なワールド・ルールの存在だったのだ。
ただ単純に叩き潰すだけではない。より屈辱的な方法を以って、完膚無きにその泣きっ面を張り倒す。
つまりはただそれだけのために、リキューは主義に反するそのマテリアを装備していたのである。
そして、ようやく巡り合わせたリキュー待望のその瞬間が今日であり、今この瞬間であったのだ。
タイミング悪く接触する機会を持てず延びること、数ヶ月。最大最高の瞬間を見計らい展開された“リフレク”は、見事リンの意表を突くことに成功し、地に叩き落としたのである。
ピクピクと、ズタボロな姿のままに戦闘訓練室の地の上に伏せったリンが痙攣する。自身のアンリミテッド・ブラスターを喰らって魔力で構築されていたバリアジャケットも破壊されており、その姿は無残極まる。
リキューはその姿を見て、大きく溜飲を下げた。もちろん今までいがみ合い対立してきた相手である。それだけで全ての因縁が解消され訳ではない。所詮は一時的な感情の静まりであり、しばらくすればまたこれまでと同じようにいがみ合い、そして対立が続くことは、間違いのない確定事項だ。
とはいえ、それは現時点においては関係ない未来の話である。
さしあたっては医療セクション辺りに一報を入れてやろうと、リキューはイセカムを取り出して連絡を取りながら、その場を後にするのであった。
正直、リンの持つギフトを考えれば放っておいても一切問題はないように思えたのだが、それはそれ。勝者の義務の様なものである。律儀にリキューは人を呼んで運ばせるのであった。
なお、自分で駆け寄ることはしない。さすがにそこまでする義理はなかったし、相手の意地汚さについては、リキューはよくよく理解していたからだ。
リンとリキュー。両者は基本、切った張ったの関係なのである。
やがて、リキューの姿が消えてから数分の後に、がちゃがちゃと数体の虫型ロボットが戦闘訓練室に入って来てリンを回収し、そのまま撤収していく。
そしてようやくその戦闘訓練室は、嵐の如く一際騒々しい喧騒から解放されたのであった。
ちなみに蛇足だが、リンが自身の魔法を反射されてダメージを喰らった経験は、これで通算三回目である。過去二回とも、また異なるワールド・ルールを持った能力の前に反射されたのだ。この経験により、彼はカウンター、それも特に反射系の技に対しては一種のトラウマを持ってしまっていたりするのであった。
周辺に目立った星の存在しない、ただ遠望から注がれる星々の光だけが満たす、広大な宇宙の中のポイント。
そこにただ一機、乗り手の存在しない個人用の宇宙ポッドが遊泳している。
すでにかなりの年月の間を、ポッドはそのポイントで過ごしていた。無為にという訳ではなく、意味は存在している。
ポッドは本来の乗り手である操縦者本人から幾らかの改造を受け、新しい機能を獲得した上でその場所に放逐されていたのだ。
だが放逐されており、数年。今まで、与えられた役目を達成できる機会は巡っては来ていなかった。
しかし、ようやくその機会は訪れた。
ポッドの中、コンソールの一部が点灯する。超々光速にて発信された信号を受信し、同時に与えられた機能に沿ってマシンが動作を始めたのだ。
電源が入り、本格的に動力の火が灯る。ポッドの取り付けられた外部装置が起動し、オーダーを遥か遠い異界へと送信する。
やがて、“穴”が生まれた。宇宙の暗黒よりもなお暗い、“真闇”に塗られた入口が、ポッドの目の前に開かれる。
そしてポッドは自動的にシークェンスを処理していき、“穴”の中へと飛び込むのであった。
ワイワイガヤガヤと、活気のある食堂区画。
その中の一角。大人数用のテーブルを一人で支配しながら、幾つもの空き皿をすでに積み上げている人間がいる。
非常に目立った、異質な光景であった。のだが、しかしもう見慣れたように、周囲の人間はみな普段通りの行動だった。
そこへ姿を現した一人の青年は、ふと見知った人間の姿を見届けて、思わず声をかけた。
「あれ? リキュー、なんだそれ? 珍しい格好をしてるな?」
「……? ああ、お前か」
幾つもの空き皿を積み重ねている人間の正体は、リキュー。
今もまた大皿に盛られた五人前のパスタを、あっさりと完食したところだった。
非常に胸やけや驚嘆を覚えるシーンであったのだが、しかしそんな見慣れた光景に今更動じることもなくスルーし、時雄は別の事柄へ疑問の目を向ける。
すでに始めて会った日より、四年の月日が経っていた。時雄もすでに少年と呼ばれる年ではなく、背丈も成長し身長は180cmに迫ろうかと勢いであった。
「スカウターに、それって戦闘服だろ? なんでまた、そんな服装に? どこに出かける気だよ?」
「少しな」
スープをずずずと啜りながら、リキューは答える。
リキューは時雄の言った通り、その服装はかつて着込んでいた戦闘服―――バトルジャケットであり、その頭部には最近めっきり姿を見かけていなかったスカウターが装着されていた。
バトルジャケットはともかく、異世界における有用度において役立たず筆頭のスカウターをすでに戦闘力のコントロールを見に付けたリキューが今更身に付けることに、不可解気に思う時雄。
リキューはそれに具体的な理由を応えることはなかったが、しかし時雄本人も尋ねていながら、まぁいいかと、適当に流す。
異世界において戦闘力測定機としては不安定極まりない動作のスカウターであったが、なにも戦闘力測定だけがスカウターの機能ではない。通信機能や索敵機能もずば抜けて高性能な代物なのだ。使い道は幅広く存在する。不可解と言えば不可解ではあったが、しかしだからと言って、心底疑惑を抱くほどおかしなことではなかった。
適当に近くの椅子を引っ張り出して座り、時雄はドリンクと適当に金額設定が高めの、サービス対象外である有料メニューを注文する。
これ幸いと、そのままリキューにたかる気満々だった。
しかし特に咎めることもせず、リキューは特大スペアリブを掴むとかぶり付いた。
リキューはリターン・ポイントにおいて、ちょっとした小金持ちであった。開通係に所属している高給取りであったし、なによりもパテント料の収益によって、毎月かなりの額を得ていたのである。
何のパテント料かと言えば、それはスカウターやバトルジャケットなど、リキュー自身がトリッパーメンバーズへと持ち込んだ“ドラゴンボール”の世界の技術全般のものである。
リキューの持ち込んだ“ドラゴンボール”世界の技術は、完全に地球文明とは乖離している、異星文明産出のオーバーテクノロジーであった。ゆえにいくらトリッパーメンバーズがあらゆる世界から流入している技術集積の混沌地とは言えど、その解析・普及は容易ではなかったのだ。使用されているプログラミング言語一つ取っても、未知のものなのである。多数の秀才と天才がいるだけで、どうにかなるようなものではなかったのだ。
よってそのままでは数多くある既存技術と同じように、解析待ちでプール状態にされる定めにあったのだが、しかしリキュー自身が解析作業を手伝ったためにそうはならず、早急なる技術体系の解析・普及化が達成できたのである。
自分で持ち込み、尚且つその実用化を果たす。この功績によって、リキューは技術普及化によるパテント料を得る権利を得たのだ。
本人も含めて周囲の人間が忘れがち、あるいは欠片たりとも知らないことであったが、リキューは元々テクノロジストとして養成されカリキュラムを受けていた人間である。
元来のサイヤ人の肉体的な素養も含めて、その知的水準はそこらの知識層なぞ軽くぶっちぎっているのだ。見合った環境こそ前提として必要だが、その気になれば宇宙船の一隻ぐらい設計から開発まで、自力で行うことも可能なのである。
まぁ、実際にその知能を活かす機会はないし、本人自身にも活かす気はない、まさに豚に真珠レベルの無用の長物であったのだが。
ちなみに、パテント料を得ているにしてはリキューの貯蓄は少ない。
それは今の様な大量の食糧費に消えているせいでもあり、そしてリキュー自身が金銭に頓着する性格ではなく、必要と思った時に呆気なく過剰なほど資産を放出していたからでもある。
メンバーズの中で一・二を争う程金遣いの荒い男。リキューはメンバーズ・トップテンの一人であると同時に、そんな称号も持っていたのである。
閑話休題。
そしてほんの十分ばかり時間が経ち、数割ほど空き皿の量を増やしてリキューは一息ついた。
目の前で極普通の自分のペースで食事を続けている時雄を尻目に、リキューは猫耳ウェイトレスを呼び寄せて支払いを済ませる。時雄の料金分も加算されていたが、とくに構わず一緒に済ませた。
そしてふと、気が付いたようにリキューは時雄に振り向くと、言葉を発した。
「おい、聞きたいことがあるんだが?」
「ん~? むぐッ……俺に聞きたいこと? なんだいったい?」
口の中のものを呑み込んでから、疑問視を表情に浮かべてリキューを見つめる時雄。
リキューは視線を合わせて内容を話した。
「フリーザについてだ。詳しかっただろう、お前は。奴について聞きたい」
リキューはトリッパーでありながら、しかし原作である“ドラゴンボール”の知識がほとんど欠如しているという、トリッパー内では珍しいタイプの人間だった。
ゆえにこれから起きるであろう“ドラゴンボール”世界における諸々の事象についてもほとんど無知であり、そしてもっとも身近で関係しているであろうフリーザ自身についても知ることは少なかったのだ。トリッパーメンバーズに所属することにより、同じトリッパー仲間たちから教えられた知識はあれど、それにしたってこれからの出来事だとか、あるいはリキュー本人にしてみればどうでもいいような、豆知識だとかトリビアばかり。
肝心のフリーザ自身にまつわる情報で、真に有用と呼べる代物は得ていなかったのだ。
「詳しいというか、あんたが知らな過ぎるだけだって………まぁ、いいや。んで、何が聞きたいんでっせ?」
「別に家族構成だとか来歴だとか、そんなくだらないことが知りたい訳じゃない。奴の戦闘力がいくらなのか。知りたいのはそれだけだ」
んん? とその質問に時雄は首を捻ると、腕組みして考え込んだ。
行儀悪くスプーンを口にくわえながら、時雄は答える。
「なんだそれ? 要するに、あんたがフリーザに勝てるかどうかが知りたい。って、そういうことなのか、それ?」
「ああ、そうだ。で? どうなんだ、それは?」
「う~ん。てかそもそも、今のあんたの戦闘力は幾つなんだよ? 10万くらいか?」
適当に数字を上げて、時雄が問いかける。時雄本人にしてみれば、1万も10万もさして差はない。どっちにしても自分自身ではリキューの動きには反応できないし、そしてリキューの攻撃はスタンドを貫通出来ないからだ。
リキューは手元に置いてあった茶碗を持ち中身を飲み干して、簡潔に答えた。
「430万だ。測ったのは少し前だから上がっているかもしれないが、そう大した差はない筈だ」
スカウターに組み込まれている携帯用の小型観測素子ではなく、大型の据え置き用に用意された観測素子を組み込んだ測定機で測った数値である。
理論上は1000万の桁数まで数値を計測することが出来るその大型装置を用いて、リキューは自身の戦闘力を確認していた。
430万か。時雄は四年前とは比べ物にならないレベルに飛躍している数値を、その恐ろしさを真剣に理解することなく受け止め、ただ単純な数値として考える。
そしてリキューへと、あっさり答えを口にするのであった。
「たぶんだけど、勝てるんじゃないか? 厳しいとは思うけど」
「ほう?」
その言葉にただ一言、しかし僅かに口の端を釣り上げてリキューは返事を返した。
ちゃんと根拠もあるぞと時雄は述べて、その結論に至った理由を事細かにリキューへと語り始めた。
ほんの一分あまりの説明。しかしその説明を聞き終えてから、リキューは成程と納得の言葉を吐きだした。
「礼を言うぞ。これで確信を持てた」
「いえいえ、どういたしまして」
ひらひらと腕を振りながら謙遜する時雄。
そして用を終えたリキューは軽く礼を告げると、そのままその場を後にした。
その背に、何処に行くんだーという時雄の声が振りかかったがしかしリキューは返事をすることなく手だけを振り、そのまま食堂区画を立ち去っていた。
時雄はその後ろ姿を見送り、何だろうないったい? と疑問を浮かべながらも、そのまま具体的行動に移すこともなく席に座りなおした。
脳裏に、久方ぶりに見たコスチューム姿のリキューを思い浮かべる。
現在のリキューには、尾は存在しない。何でも、戦闘力が100万を超えた辺りで勝手に切れてしまい、その後はもう生えてしまわなくなってしまったと、そう本人から時雄は聞いていたが。
「そういえば、尾がなくなったってことは、超サイヤ人4にはなれなくなったってことか? …………って、ないない」
ぶるぶると時雄は頭を振るい、思い浮かんだその考えを振り払う。ブツブツとGTは黒歴史黒歴史、俺は認めないと呟く。
そして彼は気を取り直すと、とりあえずは目の前のタダ飯を処理しようと食事を再開するのであった。
リキューは一人、足早に通路を進む。
装着しているスカウターには、遥か彼方から送信され、つい先ほど受信した一つのメッセージが表示されていた。
リターン・ポイントは、通常の空間……つまり各々の創作物世界とはまた様相の異なる、独立した空間のゼロ・ポイントに位置している。
ゆえにこの場所にいる限り、いくらツフル人由来のオーバーテクノロジーとはいえ、メッセージが世界の壁を越えて伝達されることはない。
言ってしまえば、完全に隔離されるのと同じなのだ。外界の存在と本来、連絡など取れる筈がないのである。
しかしそれではリキューとしては困る。よって彼は一つ、自分宛てに何かしらの連絡・メッセージが寄こされた場合、リターン・ポイントまでその内容が届けられるよう一つの仕組みを用意したのだ。
自身が乗ってきた宇宙ポッドを改造し、トリップ・システムを組み込んでメッセージの受信装置として設定。何かしらのメッセージが入った場合、自律的にトリップ・システムを起動させてリターン・ポイントまで帰還し、内容を伝達するようにしたのだ。
非常に手間暇かけて用意された、ただ連絡を受け取るためだけの仕組みである。その機構は準備されたからの数年間、一切の音沙汰なく沈黙していた。
しかし今日、戦闘訓練室から宛がわれた自室へと戻ったリキューの部屋。その部屋の机に置かれていたスカウターに、一つのメッセージが受信されたいたのであった。
惑星ベジータより出奔してから、四年。始めて伝達されたその内容は、簡潔に記されていた。
発信者の名は、ベジータ王。
文面は惑星ベジータへ帰還するよう、王の名の下に命令という形で書かれていた。
このメッセージを見た時、リキューはついにこの時が来たと、そう雷鳴の如く悟った。
惑星ベジータ消滅。その詳細について、リキューはトリッパーたちとの会話で知っていた。
フリーザが惑星ベジータを消滅させようと決定し、惑星ベジータへ来訪すること。そして合わせる様にその直前、フリーザへの反抗を決起するベジータ王たちサイヤ人の一派のことを。
惑星ベジータを出奔する日、リキューはなぜベジータ王があのような条件を提示したのか理解できなかったのだが、それもこの話を聞いたことで氷解した。
ベジータ王は戦力を欲していたのだ。来るべき日、挑むであろう遥か格上の存在であるフリーザ、それに対抗し打倒するための、有力な戦士を。そのためのあの条件だったのだ。
つまりそうであるならば、この連絡が指し示す意図は一つしかない。
宇宙の帝王、フリーザ。その最強との対決、それに他ならない。
リキューは思う。好都合だと。
四年前までの自分ならば、ただ屠殺されるだけの存在でしかなかった。それは三年前も二年前も、一年前だとでも一緒である。
だがしかし、今ならば話は別だった。戦闘力では未だに不足はあるようではあったが、しかし自分はその差を縮めるための手段を持っている。経験を積んでいる。
勝てる。勝つことが出来る。リキューはただそれだけを思う。
「待っていろ、フリーザ」
好戦的な色を浮かべながら、リキューは自らの宇宙ポッドへと急ぎ駆けたのであった。
かくして、喜劇と悲劇と惨劇の幕は開かれる。
―――あとがき。
作者です。遅れた更新、見捨てられてないかガクブル。
時間がとれない。更新ペースのダウンはこれからも続きます。すみません。
全開感想くださった皆様、ありがとうございました!! 作者は感想を食べて文を生み出す、想合成な生物です!
前話にはあえてミスリードを誘った部分があります。気付いても気付かなくてもたぶんどっちでもいいです。
最近はDBの二次も増えて楽しみな作者です。現実を忘れたくて現実逃避をしている作者です。
感想と批評待ってマース。