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No.5944の一覧
[0] 【完結】トリッパーメンバーズ(超多重クロス)【外伝更新】[ボスケテ](2011/04/06 01:53)
[1] 第一話 序章開幕[ボスケテ](2009/09/15 13:53)
[2] 第二話 ツフル人の滅亡[ボスケテ](2009/01/25 16:26)
[3] 第三話 宇宙の帝王 フリーザ[ボスケテ](2009/01/25 16:19)
[4] 第四話 星の地上げ[ボスケテ](2009/02/07 23:29)
[5] 第五話 選択・逃避[ボスケテ](2009/02/15 01:19)
[6] 第六話 重力制御訓練室[ボスケテ](2009/02/23 00:58)
[7] 第七話 飽くなき訓練<前編>[ボスケテ](2009/02/23 00:59)
[8] 第八話 飽くなき訓練<後編>[ボスケテ](2009/03/03 01:44)
[9] 第九話 偉大なる戦士[ボスケテ](2009/03/14 22:20)
[10] 第十話 運命の接触[ボスケテ](2009/03/14 22:21)
[11] 第十一話 リターン・ポイント[ボスケテ](2009/03/16 22:47)
[12] 第十二話 明かされる真実[ボスケテ](2009/03/19 12:01)
[13] 第十三話 最悪の出会い[ボスケテ](2009/03/28 22:08)
[14] 第十四話 さらなる飛躍への別れ[ボスケテ](2009/04/04 17:47)
[15] 外伝 勝田時雄の歩み[ボスケテ](2009/04/04 17:48)
[16] 第十五話 全ての始まり[ボスケテ](2009/04/26 22:04)
[17] 第十六話 幻の拳[ボスケテ](2009/06/04 01:13)
[18] 第十七話 伝説の片鱗[ボスケテ](2009/06/22 00:53)
[19] 第十八話 運命の集束地点[ボスケテ](2009/07/12 00:16)
[20] 第十九話 フリーザの変身[ボスケテ](2009/07/19 13:12)
[21] 第二十話 戦いへの“飢え”[ボスケテ](2009/08/06 17:00)
[22] 第二十一話 必殺魔法[ボスケテ](2009/08/31 23:48)
[23] 第二十二話 激神フリーザ[ボスケテ](2009/09/07 17:39)
[24] 第二十三話 超サイヤ人[ボスケテ](2009/09/10 15:19)
[25] 第二十四話 ザ・サン[ボスケテ](2009/09/15 14:19)
[26] 最終話 リキュー[ボスケテ](2009/09/20 10:01)
[27] エピローグ 序章は終わり、そして―――[ボスケテ](2011/02/05 21:52)
[28] 超あとがき[ボスケテ](2009/09/17 12:22)
[29] 誰得設定集(ネタバレ)[ボスケテ](2009/09/17 12:23)
[30] 外伝 戦闘民族VS工作機械[ボスケテ](2011/03/30 03:39)
[31] 外伝 戦闘民族VS工作機械2[ボスケテ](2011/04/06 01:53)
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[5944] 第十四話 さらなる飛躍への別れ
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/04/04 17:47

 がちゃがちゃと、机に向って作業を続ける。
 手元には幾つかの設計図を広げ、少し離れた場所には細かい部品類や工作用の道具が置いてある。
 照明を照らしながら、俺はただ黙々と手を動かす。

 面倒で手間がかかると、つくづく思う。
 本音を言えばこんなことなどさっさと放り投げて、修行に時間を注ぎ込みたいところだ。
 しかし、そう言う訳もいかない。
 義理は通す必要はある。ただ知らないふりをして、逃げる訳にもいかない。
 ギブ・アンド・テイク。等価交換。いちいちそんな言葉で飾る必要もないこと。
 借りたら返す。当たり前のことだ。

 どれだけ時間が経ったか、自分でも忘れて作業に没頭した。
 やっと作業を終えて気が付けば、もう半日以上の時間が経っていた。
 この頃食事が不規則なっていることを思い出し、腹に手を当てる。空腹が強く訴えかけていた。
 食事にすることにし、席を立つ。

 一つ溜息をつき、少しだけ晴々とした気分で作業室を出た。
 作業は終了した。
 これで“借り”も帳消しだ。








 トリッパーメンバーズと接触してから、一ヶ月後。
 リキューは、遂にフリーザ軍への“借り”を返すことが出来ていた。
 当初より研究対象としていたスカウターの画期的な改良に、ようやく成功したのだ。

 リキューがスカウターに行ったこと、それは新機能の追加である。
 これまでリキューは、スカウターを研究する際に、主に“不具合を取り除く”という観点で改良を目指していた。
 この観点はフリーザ軍の中では主流の考え方であり、特に変なものでもない。
 しかしそれゆえに、不具合らしい不具合のないスカウターの研究は非常に困難なものとなっており、リキューもその改良に躓いていたのである。
 リキューがその観点を変えるに至ったきっかけは、やはりトリッパーメンバーズとの接触が原因。
 つまりあの夜、時雄と出会ったことが、リキューにこの着想を思い付かせたのである。

 リキューはあの時、時雄が逃走した際のその行方の捜索に、スカウターを使用した。
 だがしかし、スカウターには個体識別能力は付いていないために、反応の動きを予測した上でこれだろうと、当てを付けて行動するしかなかった。
 この時リキューは、スカウターに識別機能があればという願いを持ち、そしてその願いから新たな観点を見出したのだ。
 すなわち、“不具合を取り除く”から“欲しい機能を付け加える”というものである。
 必要は発明の母とは、よく言ったものである。まさにこの時のリキューに、その言葉は当て嵌まっていた。

 リキューは新たに得た着想の元、スカウターに新機能を追加した。
 それはずばりそのもの、個人識別機能の搭載であった。元々スカウターに内蔵されている、戦闘力計測用のエネルギー観測機器の機能を一部流用して改造し、個々のエネルギー波長を区別することが出来るようにしたのである。そして思わぬ副産物であったが、この個人識別機能の搭載で、さらに派生して便利な機能も開発出来た。
 一つは、事前にスカウターにエネルギー波長を登録していた者、つまり仲間の状態を確認出来る情報共有機能。
 もう一つは、逆に登録した敵対者のエネルギー波長を登録することで可能となる、自動追跡モードである。

 前者はこれまでのスカウターでも行えていた機能だが、しかし登録することで確実且つ明確に仲間の状態が把握できるようになった。
 そして後者は、例え敵が戦闘力をコントロール出来る種族で反応を消して逃げたとしても、確実に反応を追跡できるようになったのである。
 元々、スカウターは個人が装着している装備でありながら、その索敵範囲は一惑星全体を余裕でカバーしている。
 自動追跡モードを使用すれば、索敵機能そのものは低下するものの、例え相手が反応を消して星の裏側に逃げたとしても追跡することが可能となったのだ。
 つまり、リキューの改良によって、スカウターは原作のZ戦士たちが行っていた“気”による仲間の識別が行えるようにまでなった上、機械ゆえの正確な機能もあって、その性能の一部にZ戦士たちの感覚を凌駕する部分も出来てしまったのだ。

 リキューはこれらの実績と共に、さらに技術開発に対する新たな観点の導入という功績を得たのである。これによって他の科学者による技術改革も促進されることとなったのだ。
 フリーザ軍におけるテクノロジストの待遇は、基本的に戦闘員よりも悪く、そして冷遇されている。だが功績を一度上げれば、その待遇は一発で逆転に転ずる。
 リキューは見事に功績を叩き出し、フリーザ軍内での評価と待遇を急激に向上させたのである。
 この功績に比べれば、今までリキューが積み重ねていた“借り”なぞミジンコのようなもの。
 リキューは自身の手によって、ようやく首元にかけられていた死神の鎌を取り除いたのだ。

 そして最低限の義理を果たし終えたリキューは、ある考えを持っていた。
 それは、この惑星ベジータを出ることである。








 リキューは膝をついて頭を垂れていた。
 その場所は玉座の前。
 広い玉座の間の赤いカーペットの上で礼の形を取りながら、入口から玉座までの両脇を王の側近であるエリートが立ち並んでいる。
 そして、その玉座の間の中央に座する玉座。そこに現サイヤ人の王、ベジータ王が厳然と位置していた。
 ベジータ王は漫然と、だがしかし冷徹で底冷えた視線をリキューへ送りながら睥睨している。

 「ほぅ………暇が欲しい、と?」

 「はい、左様です」

 頬をつきながら、ベジータ王は言った。リキューは顔を伏せたまま答える。
 ベジータ王は表情も声色にも変化を見せず、言葉を続ける。

 「暇を求める理由を聞かせよ。その内容の如何によって、取り計らってやる」

 「了解しました」

 膝をついたまま、リキューは理由について語り始めた。
 曰く、此度の成果によって、科学者として取り上げてもらった恩に報いることこと出来たものの、しかし現状ではもうこれ以上の成果は期待できない状態であると。
 より良き発想と機転を得るためにも、野へと自ら赴き、宇宙の広さをその身体で体感していきたい。
 すなわち自らのより科学者としての大成のために、見聞を広めただ知識だけでは得られないものを獲得していきたいのである。
 と、その旨をとくとくとリキューはベジータ王へ訴えた。
 必ずや無駄とはならず、ベジータ王のお力となるでしょう。そう、慣れぬ売り文句も文末に付けて。
 なるほど。ベジータ王はそう呟き、瞼を閉じて沈黙する。

 静寂な時間が、静かに流れる。
 一分は経たなかっただろうが、しかしそれは長い時間だった。
 瞼を開き、ベジータ王が言葉を出して沈黙を解く。

 「面を上げい、リキューよ」

 「はっ」

 短く返事をし、リキューが顔を上げる。
 ベジータ王は凍て付いた目を向けながら、言葉を発した。

 「貴様の望みを認めてやろう」

 「在り難き幸せ……有難うございます」

 「ただし、条件がある」

 ピクリと、リキューのこめかみが動く。
 その動揺を押し隠しながら、リキューは尋ねる。いったい、いかなる条件であるのか。
 簡単なことじゃ。ベジータ王は条件を告げた。

 「今後、貴様に儂からの帰還命令が伝えられた場合、即座にこの惑星ベジータまで戻ってくること………それだけじゃ」

 リキューはその条件に、疑問が浮かぶ。わざわざ条件にする必要があるものなのだろうか、それは。
 とはいえ、提示された以上は呑むしかない。
 リキューにとっても多少の差し障りがある内容であったが、気を付けてさえいれば問題ない内容であった。
 淀みなく、応答する。

 「了解しました。必ずや、その時は駆け付けましょう」

 「よかろう、では行くがいい。必ずや我ら宇宙最強の戦闘民族の元へ、成果を持ち帰って来るのじゃ」

 リキューは了承し、その場にまた頭を下げる。
 ベジータ王は満足し、リキューから視線を外した。
 そしてリキューは、礼を失せぬよう気を付けながら、玉座の間から身を引き出て行った。




 リキューが出て行った後、ベジータ王は近くに佇んでいた側近を呼び寄せた。
 阿吽の呼吸で、側近がベジータ王の元へと近寄る。

 「おい、奴の戦闘力は今どうなっている?」

 「は………登録されているデータによれば、8500とのこと。科学者にしては、かなり高い数値ですね」

 側近は手元にある端末を使ってデータを呼び出し、感嘆しながら内容を読み上げる。
 8500か。ベジータ王は少なからず感心したように息を漏らした。
 その数値が意味することはつまり、リキューは現在のサイヤ人の中でも有数の戦士であるということだ。
 予想外の賜物だな。ベジータ王は頷き、好都合だと独白する。
 来るべき時、彼奴のその力は必ずや役に立つだろう、と。
 側近はそのベジータ王の様子を見て、ではやはりと問いかける。
 それにベジータ王は、不機嫌さを隠しもしない様子で吐き捨てた。

 「そうだ。我々はいずれフリーザに対し、決起する。そしてその時は、そう遠くはない」

 「あちらから、何か要求が?」

 「ふん……奴め、我が息子を自分の元に預けろと言ってきおったわ」

 「王子の身柄を!?」

 そうだと、驚く側近に対しベジータ王が不機嫌に告げる。
 それは、フリーザ自身の気紛れによって設定された謁見の時に発せられた言葉であった。
 いくら従属している身とはいえ、その無礼にも程がある勧告に、ベジータ王とて易々従う気はなかった。
 ゆえにその場においては丁重かつ断固に言葉を言い繕いながら断り、フリーザ自身もその答えを良しとして、話は収まったのだ。

 だが、それはフリーザ自身が諦めたことを意味していた訳ではない。文字通り、話が収まったのはその場だけでしかなかった。
 まだ自我も覚束ない幼子であるがゆえに時を待つことにし、いずれ王子が成長し自我を持った時、その時改めて身柄を預かろうと、そう話を決められたのである。
 それとてベジータ王の本意ではなかったのだが、しかし反論は出来なかった。
 フリーザはベジータ王の内心の情動を見て取ったようなせせら笑いを浮かべながらも、念押しの様に幾度も繰り返して言い含めてきたのだ。
 その場でベジータ王には、ただ憤怒を呑み込み受諾の意を伝えて引き下がることだけしか、行動は許されていなかった。

 「フリーザめ………我らを………俺をコケにしよってッ!」

 拳を握りしめながら、内から猛り狂う激怒の感情を押し隠すベジータ王。
 別に、それは将来有望である我が息子の身柄を無下に要求されたがゆえの義憤、ではない。
 その要求を簡単に言ってくる、フリーザ自身の己に対する認識。それが腹立たしく、そして憎々しいのだ。
 つまり、ベジータ王は舐められているのである。フリーザに。
 この出来事は、その事実をより強烈なものとしてベジータ王へと叩きつけたのだ。

 常日頃からフリーザに対して不満を抱き続けていたベジータ王だったが、今回の出来事は決定的であった。
 ベジータ王はこの出来事をきっかけに、前々から考えていた計画、すなわちフリーザへの反逆……下剋上を決意したのだ。
 とはいえ、それは今すぐ決起すると言う訳ではない。
 フリーザのその戦闘力の恐ろしさは、ベジータ王自身とて慄きと共に認めている。そうでなければ、今までという期間の中を従順に過ごしている筈がない。

 フリーザのその戦闘力を語る逸話として、ある一つの伝説がある。
 曰く、フリーザはその自らの手によって一つの星を破壊した、というものだ。
 別段これだけ聞けば、そう大した逸話には聞こえない。少なくとも、サイヤ人にとってはである。
 この世界ではフリーザでなくとも、星一つを破壊する程度はサイヤ人の下級戦士はおろか、人にもよるが戦闘力が三桁程度の人間でも可能だからである。
 そうであるがゆえに、このフリーザの逸話にしてもそう自慢にはならないものであった筈であったのだ。
 だがしかし現実には違って、この逸話は恐るべきフリーザの戦闘力を語るものとして、広く流布し語り継がれている。

 それは何故か?

 この逸話が、他の戦士が行った同じ所業とは別のものとして語られる、その明確な一点でもある、話のポイント。
 それは、その星の破壊行為が“完全にフリーザ自身のパワーによってのみに起こされたものであること”、ということである。

 通常他の戦士がもし星を破壊する場合、その時は破壊する対象である星の“核”を打ち抜き、星自身の内在している膨大な“気”と反応を共鳴・暴走させて破壊するものとなる。
 “気”はありとあらゆるもの、万物に宿っている。
 動植物はもちろん、目に見えぬ大気や物言わぬ鉱物などにも、波長の異なるそれを捉える事が出来るかは別問題として、確かに“気”は存在しているのだ。
 それは当然、星自身にも言える。
 他の戦士たちはいわば、その星自身が内在している巨大な“気”を利用することによって、星を破壊することが可能となっているのだ。
 これはつまり、星の“気”を上手く共鳴・暴走させるほど“気”の扱いに長けてさえいれば、自身の戦闘力が微弱であっても星を壊すことが出来る……そういうことを言っているのである。
 そして逆を言えば、これは星自身の“気”を利用して共鳴・暴走させなければ、やはり単純なパワーで星を破壊することは難しい、ということでもあった。

 が、しかし。フリーザはそれをやってのけたのだ。星自身の“気”を共鳴させる訳もなく、暴走させる訳もなく。
 ただ自身のパワーだけを使い、強引且つ単純に、星を一つ破壊してのけたというのである。
 はたして、それには如何ほどのパワーが必要であるというのであろうか?
 試しに適当な科学者に試算させてみたところ曰く、詳細はデータが足りず出せないが、最低でも六桁の戦闘力がなければ絶対に不可能であろう、という答えが出た。

 最低、戦闘力10万以上。それがこの逸話が示す、恐るべきフリーザがその戦闘力の絶対性を語っていることなのである。

 現サイヤ人最強の戦闘力を持つ、ベジータ王の戦闘力は12000。
 そこに存在しているのはおおよそ10倍以上の戦闘力の落差であり、そしてそれはあくまでも最低ラインにしか過ぎず、それよりも上である可能性は極めて濃厚だという現実。
 反抗したところで無駄。むしろその意思すら沸き立てさせない、絶望的な戦力差であった。
 しかし、そうでありながらもベジータ王は意思を萎えさせず、ただ秘密裏に計画を続行させた。
 何故か? 
 それは勝算があったからだ。少なくとも、ベジータ王自身はそう考えていたのである。

 サイヤ人は戦闘民族である。その肉体の特性、身体能力、および気性など、彼らを構成するその全てがこの事実を肯定していた。
 そして彼らの多くある戦闘に特化した生態の一つに、あることがあった。ベジータ王はそこに着目し、計画を練り始めたのである。
 ベジータ王が着目した、サイヤ人の戦闘に特化したある生態。
 それは徒党を組むことによる、連携による戦闘力の数値以上の発揮である。
 サイヤ人は基本的にその気性からスタンドアローン的な行動が目立つ民族であるのだが、しかし戦いの際に同じサイヤ人同士で連携することで、戦闘力以上に戦果を上げることが出来るのだ。
 この傾向はフリーザ軍配下に組み込まれ、サイヤ人同士でチームを組んで星の地上げに回され始めた際に、初めて判明したことである。
 ベジータ王はこの事実を知った時に、フリーザに対する勝ち目を見出したのだ。

 サイヤ人という種族は、日に日に強くなっている。
 現在の戦いに溢れた毎日の影響か、あるいは全く別の要因による変革の時が来ているのか。理由は分からない。
 だが結果として、サイヤ人という種族全体の力は、日増しに強くなっていっていた。
 全体的に下級・エリート問わず、戦士たちの力がじわじわと向上していたし、強いパワーや素質を持った赤子などが、王子ベジータを皮切りに生まれ始めていたのだ。
 サイヤ人には大猿化という、戦闘力を10倍にまで高めることの出来る生態があるが、それには満月が必要であり、星を破壊できるフリーザ相手には効果的とは言えない。
 しかし、今後時をかけて戦士たちの戦闘力が成長し、徒党を組み連携を行えば、その結果はどうなるであろうか?
 例え相手が戦闘力10万オーバーとて、十分相手には出来る。ベジータ王はそう踏んだのだ。

 フリーザは我らサイヤ人を恐れている。ベジータ王はその内心で、フリーザをそう見ていた。
 忠実な配下として組み込まれてはいるものの、一応は民族として形骸が残されているところや、何度か繰り返し様子を見に来るように設定される、謁見の時間。
 これらの事実から、ベジータ王はそう睨んでいたのだ。王子の身柄を要求することなども、その内心の恐れの現れだろう。
 この確信もまた、ベジータ王の決起を決意させる補強材ともなっていた。

 決戦の時は数年後、王子が成長しフリーザにその身柄を渡す時である。ベジータ王はそう計画を予定していた。
 戦闘力が向上し集団を形成した、エリート戦士の徒党によるフリーザへの反乱。この考えられる最高の布陣を引いた上で、フリーザの命運を絶つ。
 これこそが勝利を導く方程式。そしてその時こそ自分がフリーザに成り替わり、全宇宙の支配者となるのである。
 ベジータ王は輝かしい未来を想定し、不敵な笑みを浮かべながらその時が来ることを耐えて待つのであった。







 実はこの時、リキューにとって幸運に働いたある一つの誤解があった。
 それは側近が参照した戦闘力のデータが、最後に測ってから更新のされていない古いデータであったことだ。
 もし側近がベジータ王にリキューの戦闘力が報告したとき、データ資料を参照せずにスカウターで直接計測していたならば、リキューの未来は変わっていただろう。
 現在のリキューの戦闘力は11300。すでにその数値は、現サイヤ人最強であるベジータ王に比肩するほどのものとなっていたのだ。
 時雄によるスタンド攻撃によって負傷し回復したことで、一気にここまで戦闘力が引き上げられていたのである。
 これだけの数値ともなると、その数字が意味することは優れた戦士である、ということだけではなくなり、もう一つの意味も帯びてくる。

 もう一つの意味………それはつまり、王の権力を脅かすもの、ということである。

 現ベジータ王は、歴代ベジータ王と異なり権力欲の強い人間であった。そして完全な実力主義であるサイヤ人の社会において、戦闘力の高さは権威を握るに当たって最も重要な要素。
 リキューはまだ年若く、加えてエリートの生まれ。今後の成長の余地は十分以上にある存在である。
 それにもかかわらず、リキューは現時点ですでにベジータ王と等しいまでのレベルまで戦闘力が付いているのだ。
 その存在は確実に将来、自ら王族の権力を脅かすものになることは明白であった。
 これがあるいは、リキューが下級戦士かもしくはもっと年かさを経た人間であったらのならば、話は違ったのだろうが。

 つまり戦闘力について真相を知られていれば、リキューは確実に惑星ベジータを出ることも出来ず、抹殺されていたということである。
 これより未来、生まれながらにして1万の戦闘力を持っていたブロリーと同じように、だ。

 中途半端な力は、災いを招いてもそれを跳ね除けることが出来ない。

 ここにきて今生で最も大きな幸運に見舞われて、リキューはその命を知れずに生き永らえたのだった。








 取り急ぎ重力室へ戻り荷造りすると、簡単に旅行ケース程の大きさのボックスに全ての荷物を詰め込み、リキューは馴染み深いその部屋を後にした。
 そのまま向かう先は、宇宙ポッドの射出施設である。
 功績によって得た権限で、新しく手配しておいた自分の個人用宇宙ポッドがそこに用意されていたのだ。
 リキューは足早に、時折すれ違い珍しそうに見ているサイヤ人たちの間を抜けて、目的地へと急ぐ。

 リキューがベジータ王に申告した口上は、嘘である。
 実際はテクノロジストとしてのさらなる大成なぞ望んではなく、その本心はもっと別のものであった。
 口上は適当なものとしてでっち上げたものであって、ただの暇を頂くための偽りでしかない。
 この嘘を述べて暇を得ることに対して、リキュー自身若干の抵抗はあったのだが、しかしこれまでかけてきた世話については最低限以上に清算は済んでいる。
 不義理を働いてはいないのだから、特に問題ないだろうと判断し、納得させていた。

 リキューが惑星ベジータを出て、向かおうとしている場所。
 そこはリターン・ポイント。
 すなわち、リキューは先月に接触を持ったトリッパーメンバーズという組織の元に、所属しようと考えていたのだ。
 その決断した理由は色々あった。その中の一つに、自分と同じ境遇の者たちが集まっているという、感性的に似通った人間の集団であるということもある。
 だが何よりもリキューにその決断を促した理由は、ただ一つであった。
 それはトリッパーメンバーズという組織に所属していた方が、フリーザ軍に属している今の環境よりも、より強くなれるだろうと踏んだからである。
 単純に戦いの経験を積むことや、様々なタイプの相手と触れられるだろうという点で、惑星ベジータよりも遥かに大きいメリットを感じたのだ。

 現状、惑星ベジータに止まっても効率的な戦闘力の向上は見込めない。リキューは過去を顧みながら、そう判断した。
 実際サイヤ人と言う観点から見れば、リキューの戦闘力は非常に高いものである。が、しかし、所詮それだけとも言えるのも事実であった。
 現在の戦闘力では、目標であるフリーザどころか、その側近であるザーボンやドドリアにも手出しできないのが現状なのである。
 非常に業腹であったが、その点だけで言えばリンの発言とて間違いではないのだ。確かに、リキューの戦闘力は低いのである。
 フリーザ軍には、戦闘力が1万を超える上級戦闘員が数多く在籍しているのだ。

 これは単純に鍛錬が不足していたこともあっただろう。研究のための時間を確保するために、みっちり時間を突き詰めた鍛錬が行えなかったせいである。しかしそれならば、すでにノルマであった研究を終えた現在、今まで以上に全ての時間を鍛錬に注ぎ込み、これまで以上の速度での上達も可能となった筈だった。
 だがしかし、それでも埋まらないどうしようもない部分もある。
 それは実戦経験である。
 重力室を使い限りなく過酷な環境を用意して鍛錬すれば、戦闘力は上がるだろう。しかしそれでは当然の話なのだが、戦いの経験は積めないのだ。幾らサイヤ人という人種が戦闘に関して天性のセンスを持っていたとしても、とてもではないがそれだけでこれは賄えるものではないのである。
 リキューには、圧倒的に実戦経験が不足していたのだ。
 そして惑星ベジータという環境では、その実戦経験を積めるだろう手頃な相手を見繕うことが、主にリキュー自身の内面の理由で出来なかった。
 例外扱いであるバーダックという人間もいたが、バーダックは一般的なサイヤ人と同じように、あるいはそれよりも仕事に忙しい人間であった。ほとんど惑星ベジータにその身は置いていなかったし、いたとしても大して休む間もなく次の仕事に出掛けていたのだ。実力的は十分なのだが、これでは鍛錬の相手として最適とは言えなかった。
 現にこれまで、リキューはバーダックと幾度か模擬戦を行ってはいたが、その回数は両手で数えられる本数にも満たないのである。
 有益ではあっても最適ではなかったのだ。

 その点、トリッパーメンバーズという組織は非常に環境が整っていた。
 そもそもにリキューにとって精神的な抑圧を加える要因が環境になく、そして文字通り“様々なタイプの実力者”が組織には在籍しているのだ。
 これほど実戦経験を積み上げるに最適な場所も、そうそうないだろうというものである。
 そしてただ身体を丹念に鍛え上げ続けていくだけではなく、実際に幾度も幾度も戦いを経験することは、さらなる戦闘力向上の礎となる筈であった。
 戦えば戦う程強くなる。それが戦闘民族サイヤ人なのである。
 ゆえにリキューは、より強く、より高みを目指すために、惑星ベジータを出奔することを決意したのである。

 少なからずの逃げも、その決意の中には刷り込まれてはいたが。




 リキューが足早に通路を歩いていると、ふと進む先の曲がり角から、見覚えのある人間が姿を現した。
 その姿を見てとり、思わずリキューは足の動きを緩める。
 相手側も気付いたのだろう。視線をリキューへと合わせて、その彼が珍しそうに口を開いく。

 「お前は、リキューか? なんだ……珍しいじゃねえか。腰抜けのエリートさんが、こんな時間に外を歩いているなんてよ」

 「………バーダックか」

 思わぬ知人との遭遇に、リキューは軽く驚く。
 そのまま適当に二人の距離が近づくと、自然とリキューは歩みを止めてバーダックを観察した。
 すでに何度もぶつかり、度々模擬戦の度合いを超えて白熱し、熱戦を行った相手である。
 もはや見慣れたその姿を、リキューはしかし改めてまじまじと眺めた。
 その胸中には、これまでバーダックに対して抱いていた敵意に加えて、また別のものである異なる感情が渡来していた。

 感慨、戸惑いとも呼べる感情だった。

 (バーダック………孫悟空の父親、か)

 それは先月、リターン・ポイントで他のトリッパーたちと雑談に興じていた際に知り得た情報だった。
 完全に忘却していたかあるいは元々知らなかったのか………どちらかは知らないが、リキューはバーダックが悟空の父親であることを知らなかった。ゆえに何気ない会話の中、知っていて当然という風に振られたその情報に、心底リキューは驚いたのである。
 サイヤ人の、特に下級戦士の間では似た容貌の人間は少なくない。だがしかし、同名の人間はいないのだ。少数民族ゆえか、名前のダブりは基本的にないのである。
 それはつまり、バーダックという名前の男が悟空の父親であるのならば、それは目の前の男で確定されるということだ。
 図らずにも、リキューは原作キャラと接触を持っていたということである。

 リキューにしてみれば、その胸中は複雑であった。
 目の前の典型的なサイヤ人らしいサイヤ人であるバーダックが、かつて少なからずの憧憬を抱いていた主人公の父親であるのだ。
 バーダックについて語っていたトリッパーは、バーダックをかっこいいキャラクターだと語っていた。
 リキューにしてみれば、バーダックは残虐で冷酷であり、かっこいいなどと評することは到底できない人間でしかない。
 好意や憧憬なぞは抱けないし、間違い血迷ったとしても、心許すことなんて考えは論外な存在。トリッパーの語っていたバーダックの評と現実とでは、あまりにもギャップがあったのだ。

 悟空とバーダック。

 親子と言われながらも、その両者には決定的で隔絶された差があるとしか、リキューには思えなかった。
 しかしそうだとしてもだ、目の前にいる男が悟空の父親であるという現実は一切変わらないのである。
 ゆえに、リキューの胸中は複雑であったのだった。

 だが実際のところ、リキュー自身とてバーダックに対して抱いてる感情は、単純に敵意だけではない。
 本人は気付いていないし、気付いたところで絶対に認めないだろうが、リキューはバーダックに少なからずの親しみも持っていたのだ。
 なんだかんだでこの惑星ベジータでまともに話を交わした数少ないサイヤ人であるし、またバーダックが一種のそうさせる方向性を持った気性でもあったのである。
 トリッパーの語っていたかっこいいという言葉も、所業は別としてその生き様だけを見れば、リキュー自身も無意識に同意していたのだ。

 「何だ……寝惚けてでもいるのか?」

 「誰に言ってやがる」

 普段とは違うリキューの様子に、バーダックが訝しげに怪しむが、その言葉に改めて敵意がぶり返し、ふんと鼻を鳴らしてリキューは否定した。
 貴様のことだよ、ガキ。身長差に見下ろしながら、バーダックもまた敵意をリキューへと返す。
 不機嫌なままにリキューは思う。やはり自分は、この男を好きにはなれないし、好ましく思うことも不可能なのだと。
 そのまま不敵な表情でぽきぽきと身体の骨を鳴らしがら、バーダックは口を開いた。

 「丁度いい………今帰ってきたばっかりで、身体が鈍ってんだ。慣らしついでに、これからやり合おうか」

 「それは生憎だったな。俺は今からこの星を出るところなんだ。貴様に付き合っている暇は、もうないんだよ」

 「何だと?」

 せせら笑う様にリキューから告げられた言葉に、バーダックが怒りを覚える。
 リキューは見せつける様に荷物を詰めたケースを示すと、そのまま歩き出しバーダックの脇を通り過ぎた。
 振り返りもせずに立ち去っていくリキューの姿に、バーダックがイラついたような表情を形作る。

 「舐めるんじゃねえよ………このガキがッ」

 バーダックが動く。
 挨拶代わりに、手は抜いても加減という気遣いはない拳を、後ろを見せたままのリキューへと叩きつける。
 しなりという緩急を付けたその攻撃は、実際に戦う場では戦闘力の数値以上に厄介な味を見せる。
 実戦経験の足りないリキューに対しては、その効果は尚更であった。
 が、その拳は振り返ったリキューに、あっさりと捕まえられた。

 「なんだと?」

 本気であった訳ではないので、おかしな話ではない。しかしただ少しだけ、バーダックはそれに違和感を覚えた。
 とはいえ、違和感の正体にも思い当たらない。ゆえに黙って腕を戻そうとする。
 が、拳は動かない。幾ら力を込めてみても、微動だにしなかった。
 重心をずらそうと試みたり、全力を込めてみても、小揺るぎもしないのだ。
 バーダックの表情に焦りが浮かぶ。小揺るぎもしないのは何故か? ただ圧倒的なパワーで、下らない小細工も全てを抑え込んでいるからだ。
 これが指し示す事実はただ一つ。リキューは戦闘力をまた、それもかなり大幅に上昇させたということだ。バーダックは違和感の正体にようやく気が付く。
 ふと、リキューが拘束を止めて拳を開放する。すかさずバーダックは飛び下がり、距離を取った。
 握り締められていた拳をプラプラと揺らし、舌打ち混じりに睨み付ける。

 「貴様………どういった手を使ったかは知らんが、また戦闘力を上げやがったな」

 現在のバーダックの戦闘力は5800。下級戦士としては破格の戦闘力だが、しかしリキューはそのおおよそ倍程度の戦闘力がある。
 ツフル人の戦闘力理論では、戦闘力差が五割あれば完全に勝敗が決するとされているのだ。さすがのバーダックもリキュー相手とは言えども、ここまで数値に差があると手足が出せなくなる。
 いくら技巧を凝らそうと相手が実戦経験の足りぬド素人であろうと、戦闘力が倍近くに開けば、ただその身の力任せだけでリキューはバーダックに勝ててしまうのだ。
 これはつまり、絶対に勝ちを拾えないということ。良くても負けないよう時間を稼ぐ戦い方しかできないのだ。その事実に不愉快だと、その表情でありありとバーダックは語っていた。
 そんなバーダックの姿に、リキューは言葉を投げかける。

 「………………バーダック。俺はこれから、さらに強くなる。今よりももっと、もっとだ」

 「なに?」

 くるりと背を向けると、リキューはそのまま言葉を続ける。
 もう、バーダックの姿も目には入れていない。
 それはリキューなりに決別を意図した言葉ではあったが、しかしあるいはその中のほんの一欠けら程度に、別の感情が混じっていたのかもしれない。

 「お前はお前で好きに戦っていればいい。強くなっていればいい。だが俺は、その遥か上を行かせてもらう。もう、お前程度に構っている暇もないんだよ」

 「なんだと……言ってくれるじゃねえか、たかが腰抜けのエリート風情が。貴様がこの俺をその程度……雑魚扱いだと? 自惚れているんじゃねえぞ、ガキがッ!」

 「言ってろよ、下級戦士。底辺で好きに足掻いてろ。俺は強くなる………誰よりも、お前程度なぞ遥かに上回るほどにな」

 そしてリキューは言うべきことは全て言ったと、もはや口も閉じて無言で歩き去る。
 バーダックはその背中を見ていた。散々にコケにされて、あるいは掴みかかってくるかもしれないと考えていたリキューにとって、それは少し予想外だった。
 が、何にしろ問題がないのならば、それに越したことはない。
 リキューはそれまでの考えを捨てて、バーダックについての思考も葬り去る。
 考えることはただ一つ。未来へのこと、すなわちより強くなること。
 目標は遥か高く、それに比べたらバーダック程度の戦闘力が路傍の石に過ぎないことは事実。リキューにいつまでもバーダックに関わってる暇がないことは、本当のことだったのだ。
 ゆえに、リキューがその目的を変えない以上、戦闘力向上に最適とは言えないバーダックを見限ることは、選択として当然であった。

 惑星ベジータでの僅かな交流を経た人間も振り払い、リキューは歩き続けた。




 「あのガキが………舐めやがってッ」

 壁に握り締めた拳を叩きつける。
 昂ぶった感情に釣られて威力が強まり、その八つ当たりに壁にひびが入る。
 バーダックは不機嫌極まりない様子のままに、歩き始めた。目的地はない。適当に食堂あたりを目指していた。
 その歩いている間とて、考えるのはあの憎たしく、気に喰わないことこの上ない奇妙なエリートのガキのことである。

 最初の出会いからして前もって知っていた知識とそれに伴う接触から印象は悪く、知識の誤りが解消された今とてその抱くイメージは常に悪いままである。
 最初はともかくとしても、現在のイメージの悪さは単純な惰性のものだろう。最初の印象が悪かったから今も悪いのだ。
 サイヤ人の持つ、頑固な気性と呼べる部分である。この点はリキューもまた似通ったものであった。

 「底辺で足掻いてろ、だと? ふざけやがって、くそったれが!」

 ともあれ、如何なる理由であろうとも、バーダックがリキューを心底毛嫌いしていることに変わりはない。
 加えてのあの去り際の言動。その内心が怒りに溢れようとも、無理ならかぬことであった。

 だが、しかし。

 怒りを滾らせながらも、バーダックの脳裏はただ一概にリキューの言葉を否定することが出来なかった。
 あの発言は確かに不遜であっただろう。いくら戦闘力が高かろうとそれはバーダックとの比較であり、もっと広い視野で見ればそんなもの五十歩百歩にしか過ぎない。実戦経験も少ない若造以下のガキが、寝言を言っているだけでしかない筈だった。
 そうに過ぎない筈なのだ……が。実際にリキューが、大して戦ってもいない筈なのに急速に戦闘力を上げていたのも事実。
 バーダックとて下級戦士にあるまじきレベルで戦闘力が高まってはいるが、それは自他共に認める無茶な戦い方の繰り返しによる賜物である。そもそもが缶詰状態で日々を過ごしていたリキューとでは、戦いに日々を明け暮れているバーダックと比べるに前提となっている環境が大きく違うのだ。
 リキューは現実として、かなりの速さで成長してるのである。そのことをバーダックは、先の攻防で改めて体感していた。そしてこれからは、これまでの生活を改めてより上を目指すと言う。

 あながち戯言でもないかもしれない。バーダックは少なからず、そう思ってしまったのだ。

 そう思ってしまった自分に対して舌打ちをしつつ、苛立ちながらバーダックは歩き続ける。
 エリートだとか下級戦士だとか、そんなことはすでに関係なかった。ただ奴に差を付けられること、それが心底気に喰わなかった。
 それは深く身に沁みた反骨心、つまり意地である。
 子供染みた衝動だけで、バーダックはリキューの発言に反抗を示していたのだ。

 バーダックは考える。リキューのあの強さ、何かタネがあるのだろうと。
 ずっと部屋に引き込んでいた腰抜けのエリート風情があそこまでの戦闘力を、ただ無為に過ごすだけで身に付けるのは明らかにおかしいからだ。
 いくら戦闘民族であるサイヤ人とて、身体を動かさなければその肉体は地球人と同じように鈍る。
 仮に戦いもせずにずっと密やかに過ごしていたとしたら、それでも宇宙の標準的な種族に比べて頑健な人間にはなろうが、しかし戦闘力は二桁以内にしか収まらないものなのだ。
 まあ実際には、サイヤ人にはその本能レベルで強さを求める意識があるために、そういった事態になることはまずないことなのだが。
 しかしそれを含めて考えてみれば、やはりエリートと言えど全く戦いを経験していなリキューがあそこまでの戦闘力を持つのは、おかしいことこの上なかった。
 何かしらの裏がある。バーダックはそう当てを付けた。

 ここまで考え、ふとバーダックは頭に閃光の如く走る記憶を思い出した。
 それはかつてリキューと会った、その最初の時の記憶。接触し、互いに互いを挑発し反発し、そしてそのまま戦いへと移行した時のことである。
 思えばこの場面。この時の戦いの前哨にリキューの戦闘力のタネが隠されていたことに、バーダックは今気が付いたのだ。

 (なるほど……そういうことか)

 タネは分かった。
 バーダックはそのまま食堂へ向けていた足の向きを変えて、そのまままた別の場所を目指して歩き出す。
 明確に目的地を定めている分、その歩みは先に比べて迅速であった。そのままさして時間をかけない内に、バーダックは目的地である部屋の扉の前へと辿り着く。
 そこは重力制御訓練室。
 先程、リキューが荷物を纏めて出て行った場所であった。

 部屋の主がいないことに頓着せず、勝手に扉を開けてバーダックは重力室の中に入っていく。
 そのまま記憶を頼りに、部屋の中央にある重力コントールパネルまで近付く。
 パネルを前に細かい操作方法が分からず一瞬躊躇するが、元々そこまで複雑な代物でもない。適当にいじる内にコツを掴み、見よう見真似で装置をセットしドライブさせる。
 装置の稼働音が響く。
 そして僅かに空気が重くなったかと思った次の瞬間には、強烈な負荷がバーダックに襲いかかってきた。

 「ぐッ…ふ!」

 身体が軋むものの、なんとか堪えてその場に仁王立つ。
 拳を開け閉めしながら、バーダックは身体にかかる手応えに感嘆の声を漏らした。

 「こいつはいい………あのガキ、これを使って鍛えてやがったのか」

 パネルに表示されている20Gという表示を眺めながら、バーダックはリキューに対してセコい真似をしやがってと毒づく。
 思えば、最初にリキューとバーダックが接触した時のことだ。リキューはバーダックにこの部屋は重力が操作できると語り、そして実際に重力を10倍に倍化してみせていた。
 その時は驚いたものの、結局は10倍程度の重力なぞ意味がないと笑い、バーダックはこのことに対して深く考えることもなく戦うこととなった。
 そしてそれからも幾度か戦いを繰り広げるものの、リキューは最初限りで部屋の重力を操作することもなく、ゆえにもはやバーダックも重力操作について忘れ去っていたのだ。
 リキューの戦闘力向上に何かタネがあるのだろうと考えていたバーダックは、この忘れ果てていた記憶をサルベージし、思えばとこの機能に何の意味があるのかを考えた結果、正解である答えに辿り着いたのだ。

 バーダックが身体を動かす。その一歩ごとに猛烈な負荷で身体が揺らぎ、拳を振るもその形は安定したものにはならない。
 たかが10倍程度の重力ならば何の痛痒も感じないが、さすがに20倍の重力ともなると、いかにバーダックといえども、その行動に差し障りが出来る。
 バーダックは確信した。これこそが、リキューが成り行きに見合わない戦闘力を身に付けた、そのタネであると。
 くっくっくと、愉悦を含んだ声が漏れる。それはバーダックが、今ここにはいないリキューへと向けたものだ。

 「底辺で足掻いてろ、だと? っは、笑わせてくれるぜ。足掻くのは貴様だ、リキューさんよ。俺は貴様よりも、さらに強くならさせてもらうぜ。貴様が残したこいつを使ってな」

 ただ意地をかけて、バーダックは宣言した。
 リキューなぞに負けてたまるか。その思いが、この行動にある根源であった。

 かくしてバーダックはこれより以後、惑星ベジータにいる間の時間を利用し、リキューの残した重力室に入り浸ることとなる。
 そして重力室の過酷な環境下の自己鍛練と、相変わらぬ他者がイカれてる評する戦法で戦いを続ける日々を送り、原作以上に急速に戦闘力を高めることとなるのだった。
 その結果は、やがて来るフリーザによる惑星ベジータ崩壊の危機、すなわちサイヤ人絶滅計画を前にして、大きく運命を変える力となるのである。

 この未来の趨勢を予測できる者は、フリーザも、バーダックも、リキューも、そしてトリッパーですらにも、誰にもいなかった。




 リキューは、ようやくポッド射出施設まで辿り着いていた。
 その道中で会話らしい会話は交わしていない。まともな別れらしいことをしたのは、バーダックだけである。
 しいて言えば、途中に偶然エンカウントした爬虫類系メカニックの存在があったが、またそいつが出会い頭に“あ、ヒッキーが出てる”と余計な事を言ったため、即撃沈となっていた。
 出立の挨拶もする人間がいず、そしてする気もなく、リキューは自分のポッドを探す。

 大量に安置されている未使用のポッドの中から、リキューは手配したポッドのナンバーを思い返しながら見回る。
 やがて、さして時間もかけずに見つけることに成功する。
 リキューはそのまま付属の遠隔操作端末を取り出してポッドを起動させると、カバーを開放。手早く荷物を放り込む。
 そして端末を使って目的地となる座標を適当に入力して、ポッドの準備がすべて完了する。
 後はもう、乗り込んで発進するだけである。リキューは身を乗り出してポッドの入口に足をかけると、中に乗り込もうとした。

 が、その時。不意を突くように、声をかけられた。

 「アンタ、やっぱりリキューかい?」

 「え?」

 思わず、素のままに声が漏れてしまった。
 ほんの少しばかり慌てて、若干記憶に残っているその声に神経を削りながら、リキューは振り返った。
 射出施設の入口。そこに、人がいた。尾の生えた、サイヤ人の女である。
 怒りだとか、そういった感情ではない別の何かで、リキューは心を引き絞られたような気がした。

 「ニー……ラ?」

 女の名はニーラ。リキューがよく知り、そして関わりがある意味で最も薄く、だが濃い人間。
 リキューの今生での、母親であった。
 彼女は驚き固まっているリキューの姿を確認すると、そのまま近くまで寄ってくる。

 「アンタがこんなところにいるなんて、一体どうしたんだい?」

 珍しそうな表情のままに、ニーラはリキューの様子を見ている。
 あまりにも思いがけない相手の出現に、リキューは思考が真っ白になっていた。
 それは具体的な時間にして、おおよそ五年ぶりの再開であった。

 リキューは、もどかしく具体的な行動も起こすことも出来ず、ただ目の前のニーラを見ることしかできない。
 ニーラは、今あるリキューの精神的構造、その矛盾の原点で象徴であり原因とも言える人物。
 リキューにとってニーラと会うことは、過去に逃げて先送りにしたままの問題それそのものを、直に叩きつけられているようなものだった。
 形容し難い、戸惑いとも言えない情動がその内を埋め尽くす。
 ニーラが眉を寄せる。リキューの様子に不審を感じたのか、怪訝そうに問いかけてきた。

 「アンタ、大丈夫かい? 何か変なものでも食べたのか、少し変だよ?」

 「……別に、何でもない」

 「本当に? まぁ、それならいいけどさ」

 納得してはいない様子ではあったが、リキューの言葉を信じたのか、追及の手を引っ込めるニーラ。
 かろうじて絞り出すように言葉を出したリキューは、もうそれだけで一杯一杯になっていた。
 この場に留まることは、自分自身が耐え切れない。ただ勘でも経験でもなく、そう心底からリキューは認識した。
 リキューは無言で身体を動かし、ポッドの中へ滑り込ませる。
 ニーラはそんな慌ただしく動き始めたリキューへ、声をかける。

 「ちょっと、リキュー! アンタそんなに慌ててどこに行くってんだい!?」

 「関係、ないだろ」

 億劫に言葉を紡ぎながら、リキューは計器類の電源を入れていく。
 元々必要な準備はすべて整っていた。あっさりと工程を終えると、射出施設が動き始める。
 ニーラはため息を付きながらも、しょうがないねと言った。

 「どうせ、戦うのにいい場所でも見つけたんだろ? バーダックと戦うだけじゃ、満足できなくなっちまたのかい」

 「…………………え」

 その言葉に、リキューは今度こそ、何の含みもなく驚いた。思わず逸らしていた目線を戻し、ニーラを見る。
 リキューが自分の行動をニーラに報告したことは、一度もない。それはスカウターについての研究や重力室での修行は元より、バーダックとの模擬戦についてにもである。
 つまり、ニーラはリキューの行いについて知る筈がないのだ。にもかかわらず、まるでその口ぶりは知っているかのような代物であった。
 戸惑いを露わにするリキューを見て、ニーラは前も言ったろと言う。

 「男と違って、女は自分の腹を痛めて子供を産むんだよ。時々見に行ったり、それなりに気を払ってはいたのさ」

 アンタは私の子供なんだからね。苦笑しながら告げられた言葉に、リキューは言葉を出せない。
 すでに親子の関係は途絶えたものと、リキューは認識していた。それに間違いはないのだろうと、リキューはそう思っていたのだ。
 だがしかし、実際はそれはリキュー一人だけの思いでしかなかったという。ニーラは変わらず、リキューへその親の愛を抱き続けていたのだ。
 本来ならば、それは喜ばしいことである。祝福できることであろう。

 しかしリキューには、この事実が酷く重苦しく、ただ心を圧迫した。

 言葉も出せず、ただ理解不能な気持ち悪さが胸の奥から滲み出てくる。
 カバーが降り始め、ニーラの姿が隠される。
 そして完全にポッドのカバーが閉まり切る前に、その隙間からある言葉が滑り込んできた。

 「行ってきな、リキュー。身体には気を付けるんだよ!」

 カバーが完全に閉まる。
 外界の音がシャットアウトされ、そのままポッドが後ろ滑りに移動し、出来た隙間を防護壁が下ろされて埋める。
 僅かな荷重。
 そして次の瞬間には、ポッドは遥か高く上空まで打ち上げられたのであった。




 超々光速航行で、星々の間をリキューの乗ったポッドが駆ける。
 リキューはそのポッドの中で、顔に手を当てて沈黙していた。すでに惑星ベジータの姿は、遠く離れた数千光年以上先にある。
 ポッドが飛び立ってから、ずっとリキューはその状態であった。
 リキューの矛盾は、長い年月を過ぎた今となっても解決なぞしてはいない。埋め立てて、より上手に誤魔化しているだけである。
 リキューにとってニーラとの邂逅は、その矛盾を浮き彫りにして精神を揺らがす効果しか発揮していなかった。

 と、ポッドの中にアラームが響く。入力された座標に辿り着いたのだ。
 超々光速航行から減速し光速航行へ、そしてさらに減速して通常の空間にまで現出する。
 やがて音速以下まで速度は落ち込み、もはや宇宙という場所では静止しているのと変わらない状態へとなった。
 しかし目的地に着いたとなってはいるが、ポッドの付近に惑星はおろか、星一つすらも姿はなかった。
 そこには、ただ広大な宇宙空間だけが広がっていたのだ。
 リキューはもぞもぞと動き出す。今まで微動だにしなかった姿勢を崩して、バトルジャケットの懐から黒く小さい物体を取り出す。
 それは先月、トリッパーメンバーズでクロノーズから頂いたイセカムであった。
 変わらぬ重い表情のままに、リキューはイセカムを操作する。イメージを送り、イメージ補助用のホイールやスイッチを弄りながら、操作を完了させてイセカムを放る。

 しばし待つこと、おおよそ一分前後。
 起動させていたサーチャーが、奇怪な反応を捉えたことを知らせてくる。
 微速で進んでいるポッドの進行方向上、そのすぐ先の空間が妙な変調を起しているのだという。コンピュータは現在進行形で異変は発生しており、安全のための回避を推奨していた。
 しかしリキューはその警告に構わず、無視して指示を入力。がなりたてる警告を黙らせて、空間へ向かって突入するようポッドを動かす。

 やがて、強化ガラス越しにその空間の変調自体を、リキューはその肉眼で捉える。
 宇宙の暗黒に紛れて分かりにくかったが、それは間違いなくかつてリキューが見た、“穴”であった。

 トリップ・システム。トリッパーメンバーズが開発し保有している、創作物世界の区切りを超える世界移動技術である。
 黒いイセカムの持ち主、すなわちメンバーズの人間は、イセカムを使うことで自由にトリップ・システムを起動させることが出来るのだ。
 これもまたメンバーズに与えられている、数々の特権の内の一つである。

 肉眼で見える距離と言うのは、宇宙ではほんのちょっとの距離である。
 あっという間にポッドは“穴”へと突っ込み、リキューの視界は“真闇”に包まれた。




 ふとリキューは、強化ガラス越しに見える景色が変わっていることに気が付く。
 少しばかりの星々の煌めきだけがある暗黒の宇宙空間から、何時の間にか真っ白な世界に黒い斑の浮かぶ、奇妙な空間に変わっていることに。
 気絶していた訳ではないのだが、しかしリキューは、何時その景色が移り変わったのか気が付かなかった。
 それはまるで映画のフィルムの一シーンを、突然別の場面のフィルムに貼り付けたような唐突さ。
 このトリップ・システムを使う際の独特の体験に、リキューは慣れずにいた。

 視界を少し動かせば、この奇妙奇天烈な斑模様の空間―――ゼロ・ポイントに、唯一存在している構造物の存在を確認できる。
 それは衛星サイズの巨大物体。トリッパーメンバーズ本拠地、リターン・ポイントそのものである。
 ポッドの動きは何時の間にか、完全に停止していた。
 これはゼロ・ポイントという空間の持つ特性である。この空間では、どういった訳かは知らないが、物質に働く運動エネルギーが減少されるのである。つまり普通の宇宙空間とは違い、この空間では加速した物体は、加速し続けなければいずれ止まってしまうということである。
 リキューはサーチャーを起動させてコンピュータに構造物の座標を記録させると、目標に向かって移動するよう指示する。
 ポッドは忠実に指示に応えると、その巨大物体へ向かって加速を始めた。

 リターン・ポイントへ徐々に近づく光景を眺めながら、リキューはまたイセカムを取り出す。
 そしてイセカムに対して正確にこれとは定めずに、欲しいと望む曖昧なイメージを送り込む。イセカムはイメージを取り込み処理し、推奨される情報をリキューの脳裏に返信した。
 リキューの脳裏に展開されるイメージ。

 ―――ナビゲートを起動させますか?

 「イエス」

 言葉を出してリキューは決定した。イメージが消えて、そしてリターン・ポイントに変化が始まる。
 その巨大な構造体の一部、とある区画のハッチらしき入口が解放され、ガイドラインらしき誘導灯が空間に走り始めたのだ。
 加えて、ポッドに対して牽引用のトラクターフィールドが発生。そのまま緩やかにハッチまで、自動的に誘導される。
 リキューはシークェンスの邪魔にならないようポッドの推進機能を断ち、そのまま流れに身を任せた。
 やがてポッドはそのままハッチの中へと吸い込まれる様に入っていき、そしてリキューは一ヶ月振りにリターン・ポイントへと踏み入ったのであった。








 わいわいガヤガヤと、少しばかり昼のラッシュ時を過ぎながらも人の多い食堂区画。
 そこのテーブルの一つに、二人の男が卓について会話していた。
 その内、片方の人間に対しては、周りのウェイトレスや組織の構成員の人々。その中でも特に女性から、あまりの美貌ゆえに、強烈に注目されていた。
 ほとんどの女性が頬を染めて、あるいは羨望を浮かべながらその男性へと目を向けている。余談だが一部には男の姿もある。

 大多数の視線を集めているその男は、確かに凄まじい美形であった。
 人形の如く整えられた顔はおろか、全体的な身体の造形すらもまるで図ったかのようにバランスのとられた、均整なスタイル。
 腰まで伸ばされた長髪は白雪のごとく綺麗な純白で、光を照り返しさながらさながら輝いているかの様子。
 そして止めにその両眼に映る、左右の色が異なるヘテロクロミアな瞳が神秘的な雰囲気を形成し、その魅力を一層際立たせていた。
 彼の名はリン・アズダート。先月、リキューと戦い、再度病院送りにした、トリッパー内でチート筆頭と呼ばれている男である。

 冷茶を飲み干し、コップをテーブルに戻した際に胸元のクロスが揺れる。その動作一つとっても、周囲からは感嘆の声が漏れる。
 リンは一息つくと、向かい側で同じく手元に冷茶を置いている、同席している成年男性へと話しかける。

 「それで? 結局お前がさっき行ってきたっていう世界って、今度は何の世界だったんだ?」

 「さぁ? 分からなかった。少なくとも、チラ見した程度じゃ普通に現代風な日本だったけどな」

 答えてから、男は一口茶を飲む。その腰のジーンズの帯には、黒いイセカムが巻き付けられていた。
 リンと同じく、彼もまたメンバーズでありトリッパーの一人。名前を加田明と言う。
 ただリンと違い、加田は至って普通の人相であった。別にハンサムという訳でもなく、極端に醜悪という訳でもない。極々平均的なヒューマノイドであり、ただの人間であった。
 黒い髪をした典型的なアジア系人種であり、その姿は本当に普通の日本人にしか見えない。

 今彼らが話している内容は、つい先ほど目の前の加田がトリップしていた新たな世界についてである。
 加田は探査部の実行班、俗称で開通係と呼ばれている職種に就いてこの組織で働いてる。なお、リンもまた同じ職種であった。
 この職種は主にトリップ・システムを使い、新しい創作物世界へと最初のトリップをするのが内容である。
 トリップ・システムがその性質上、最初の開通はトリッパーでなければ行えないために、この開通係の人員は全てトリッパーで占められているのだ。
 だが未知の世界へとトリップするには少なからずの危険性があるために、開通係に所属するトリッパーには技能としてサバイバリティ、つまりある程度の困難を生き抜く力を求められる。
 そして開通を行えるトリッパー自体も組織の総数から見てそう多くないこともあり、開通係の人員は非常に少なかった。
 わざわざ危険のある職につかなくても、トリッパーメンバーズには安全な職業は色々とあるのだ。尚更人手は少なくなっていた

 加田とリンの二人は、この条件を満たしながら、危険性を認識して開通係に所属している数少ないトリッパーの一人であったのだ。
 ちなみに時雄もまたこの開通係に所属してはいたのだが、最初にドラゴンボールの世界へとトリップしてから、その一回だけで開通係を止めている。
 貴重な実戦能力持ちトリッパーであったのだが、本人曰く、もうこりごりだっつうのやってられるか畜生! とのこと。

 「現代風の日本ね。それじゃ、伝奇ものか少年漫画ものか?」

 「少女漫画ものかもしれないぞ。まぁそうだったら、今後も何の世界か分からずじまいになるかもしれないけど。なんにしろ、それは別班が調べることだろ」

 「まぁ、そうだな」

 加田の言葉に同意を示しながら、リンが言葉を収める。
 開通係には、別にトリップした先の世界の情報を調査する義務はない。求められているのは新しい世界への最初のトリップ、ただそれだけである。
 一度開通さえしてしまえば、後は勝手に実行班とは別の班が世界の調査を行い、探査機や人員を派遣するからだ。
 あくまで開通係がすることは、新しい世界へとトリップし、その世界の座標データを記録し、そして無事に帰ってくること。つまりはいのちだいじに、だ。

 「それにしても、お前についてある話を聞いたんだが、本当のことなのか?」

 「ん? 何の話だよ?」

 ふと思い出した風に、加田がリンへと語りかける。
 リンは何の事だと怪訝そうにして、耳を傾けた。

 「お前が、サイヤ人になった新入りのトリッパーと戦ったって話だ。おまけにその戦いで勝ったとか。本当の話か、これ?」

 いくらお前がチート筆頭でも信じられないぞ、おい。加田は付け加える様に言う。
 そのことか。リンはなるほどと頷きながら、本当のことであると肯定した。
 加田は呆れたように表情を形作り、言葉を発する。

 「おいおい。勝ち負けについてはこの際置いておくとして、よくもまぁあんな元祖戦闘民族に戦いを吹っ掛けたな、お前?」

 「誰が吹っ掛けるかっての! 不可抗力だ、不可抗力。好き好んで戦ってたまるかっての。俺は進んでトラブルに首を突っ込むマゾ体質じゃないんだよ!」

 《自覚なしですか。真性ですね、マスター》

 「お前はちょっと黙っとけ!」

 胸元から飛び出た電子音声に対して、クロスに向かい怒鳴るリン。
 翡翠色をしたクロス。これはリンの相棒でありデバイスであるジェダイトの待機モードである。
 傍から見れば一人で漫才しているようなその風景を眺めながら、加田が喋る。

 「それで、サイヤ人にまで勝てるって、どういう手を使ったんだ? まさか、実はサイヤ人相手でも楽勝とか抜かす程チートだとでも? たいがいにしとけよ、お前」

 「まさか? さすがにそこまでチートなギフトなんてのはないって。勝てたのは相性だ、相性」

 「最多ギフトホルダーが何言ってやがる」

 手をひらひらさせながら言ったリンに対し、心底妬ましげに声色を変化させながら、加田が言う。
 ギフト。それは各トリッパーがそれぞれの世界にトリップした際に得る恩恵、その有形無形に対する総称である。俗に言うチートもまた、その一つだ。
 ギフトにはとくにこれといった基準がある訳ではなく、容姿や能力、あるいはトリップしてからの環境などから、主にトリッパーたち個人の独自の見解によって決定し呼称される。
 そしてトリッパーの中には、このギフトが多く得られる人間もいれば、一切得られないという人間もいるのである。
 加田の目の前にいるリンという人間は、組織に所属するトリッパーの中で最も多くのギフトを得ている人間、つまり最多ギフトホルダーとして評価・認定されている存在であった。

 リンの得ているギフトの数々の内容を知っている加田は、全くもって度し難いと言ってのけるような表情でリンを見つめる。
 内容を知っている人間からしてみれば、例え醜いと評されようとも、妬みや恨みの一つぐらいは言いたくなるのである。
 とはいえ、今更それを言ってもしょうがないことではあった。
 ずっとこだわっていても仕方がないと、無理矢理僻みを抑えて、加田は話を元に戻す。

 「で、相性ってのは、結局どういうことだ? サイヤ人相手、というかあの世界の人間相手に、相性がどうのこうのってあんまり意味がなさそうなんだが?」

 「ワールド・ルールだよ、ワールド・ルール。そりゃあの世界同士の人間なら意味はないだろうが、世界が違えば話は別だろうよ?」

 そういう意味では、一応勝算はあった。リキューはそう加田へと述べる。
 ワールド・ルールねぇ。自分にはほとんど縁がないその言葉を聞きながら、加田はオウム返しに呟く。
 椅子に座り直してから少し姿勢を変えて、リンは詳しい解説を始めた。

 「そもそも、ドラゴンボールの世界ってかなりハチャメチャだろ? 人気少年漫画の例によって、最後なんかパワーバランスが完全に崩壊しているし。だからある程度は“現実化”が働いて、弱体化しているとは思ってたんだよ。まぁ実際は、かなり非常識なままだったけどな」

 「へぇ? ………成程。確かに、それは有り得るかもな」

 少し考えて、加田もリンの言葉に賛同する。
 現実化とは、読んで字の如くである。元々創作物としてある世界が、トリップで現実として存在するものになることで発生する、いわば世界設定の修正。辻褄合わせのような現象のことだ。
 主にゲームを原作とする創作物世界に多く見られる現象で、開通係に属して数年が経つ加田も、そのことはよく知っていた。

 例えば、あるRPGを例にあげるとする。
 ゲームでは主人公は、訪れる各地の町々、その道具屋で自由にアイテムを買える。それはHPを回復するものや、状態異常を治すものだ。
 このアイテムの中には、仲間を蘇生させるという効果を持つ道具もあるだろう。
 そして実際に戦闘場面で、仲間が敵の攻撃で負傷し力尽きて倒れた。当然、その場で蘇生させるという効果のアイテムを使う。
 仲間は死亡状態から生き返り、また戦闘へと復帰するのであった。

 しかし、実際にこのゲームが原作である創作物世界へとトリップしても、このようにゲームと同じように世界が動いていることは、ほぼ間違いなく、ない。
 この場合で言えば、蘇生させるとなっているアイテムの効果が変わっていたり、あるいは同じ効果を持っていても、店で気軽に買えるものではない希少なものになっていたりなど、である。
 このようにトリップし、創作物という架空のものから現実の世界へと変貌することによって発生するいわば弊害などが、現実化と呼ばれているのだ。

 この影響は、さすがにその創作物のストーリーの要に関わる部分では変更されることはないが、それでもかなり大きく働くことがある。
 リンはドラゴンボールの世界でもこの現実化が働き、サイヤ人といえどもその能力は大幅に弱体化しているのだろうと考えていたのだ。
 それは例えば、せいぜいフリーザレベル以外の戦士では星を壊すことも出来ないだろうと、などである。
 連載初期はそもそもギャグテイストな世界観ゆえに、より顕実に効果が働くことはほぼ確実だろう。そう半ば確信していたのだ。


 現実化の影響は、確かにリンの推測通り、少なからずドラゴンボールの世界にも発生していた。
 しかしそれは残念ながら、リンが思っているような、弱体化という働きではなかったのだが。
 むしろこの現実化の影響によって、ドラゴンボールの世界はより一段と手を付けられない世界へと、その脅威度が増していたのだった。
 現実化は修正であり、辻褄合わせの力である。リンや加田といった大多数の人間は弱体化に働くと捉えていたが、辻褄を合わせるために、逆に強力化する方向に働くこともあったのだ。
 とはいえ、このことを現時点で二人が知る術はなかったのだが。


 リンの推測に、加田は同意する。
 しかしそうだとしても、些か納得がいかないという風に加田は答えた。
 当然だ。幾ら現実化や様々なギフトの恩恵があろうと、それでも両者には隔絶した差というものがある様にしか思えなかったのだ。もちろん、それはリンを下としたもので、である。
 その言葉に、だから相性だって、とリンは返す。

 「そもそも俺が使ってる魔法がどんなもんか、お前知ってたっけ?」

 「リリカルな世界の奴だろ? ファンタジーっていうよりもSFっぽい代物の」

 「いや、そうじゃなくて。原理の方だよ、魔法の働く原理」

 「? それがどうかしたのか?」

 魔法は魔法だろと答える加田に、それも合ってはいるけどなとリンは呟く。
 腕組みして考えを纏めながら、リンは話す。

 「俺が使っている魔法は、そっちがさっき言ってた通りリリカルな世界の代物なんだがな。このリリカルな世界の魔法ってのは大雑把に言って、プログラムっていう作った魔法の内容を、魔力を使って物理法則に介入させて望んだ現象を起こすという原理になっているんだよ」

 「ふーん。……で、それがどうかしたのか? 正直、それだけじゃ他の魔法と何が違うのかよく分からんのだが?」

 魔法だとかそういった技能類を扱うことに関し、ことさら縁のない加田は興味がなさそうに答える。
 加田にしてみれば、じゃあどうしたといった気分であった。
 原理がどうであろうと、それこそメラだろうがファイアだろうが魔法は魔法だろう。微妙に妬ましさを潜ませている身では、そんな廃れた意見しか出てこなかった。

 「要するに、俺が言いたいのは自由度が高いってことだ。リリカルな世界の魔法ってのは……まあ基本さえ理解していればなんだが、かなり自由に魔法を作り出せたりするんだよ。他の世界の魔法とは違う特色がこれだな。固定されてない分効力の絶対性は薄れるけど、その代わりに即応性や対応能力が幅広いんだ」

 「悪いが、俺は魔法だとかは基本的にさっぱりなんだ。何を言ってるのかよく分からん」

 あっさりと匙を投げる加田に対して、がくっとリンの頭が滑る。
 だーかーらーと、リンは気を取り直し、改めて説明を始めたのであった。

 現在トリッパーメンバーズは、数多くの世界をすでに発見・開通している状態にある。その中には魔法と呼べる技術、あるいは能力が存在している世界もあった。
 それらの魔法には、その効果が固定されているものもある。
 これはつまり、何かしら基本的な形のようなものが用意されており、それを利用する形で万人が共通した魔法を使うということである。こういった種の魔法は、扱う人間の魔力なり技量なりと、その魔法毎に求められるスキルの高低で威力が上下することはあっても、その効果は同じものとなっている。
 つまり、傷を癒す魔法を使えば、それを悪魔だろうと天使だろうと誰が使おうが、同じように傷を癒す効果を発揮する、ということである。
 こういった魔法は効果が固定されて存在しているために、基本的に個人の創意工夫などで新しい魔法の開発や改良といったことは、ほぼ出来ないものとなっている。
 だがその代わりか、効果が固定されている分ワールド・ルールとして定義されているのだろう。リンにしてみれば、魔法の構成だとか強度に関係なくほとんど問答無用でその効果を発揮する魔法も、その中には少なくないのである。

 例えば、リンが全力で魔法の障壁を張るとする。物理的にも魔法的にも、最大限の魔力を込めて最大限の構成を以ってその魔法を発動させたとしよう。
 この障壁を破ることは、リンのトリップした世界の人間ではほぼ不可能である。
 それこそどれだけバリアブレイクを図ろうと、トラックを何台突っ込ませようが跳ね除けるだけの、物理・魔法共に強固なシールドだ。
 しかし、このようなリンにしてみれば完璧な防御であるにもかかわらず、どこかの世界にある魔法によってはただ一言呪文をかけるだけで、一瞬でこのシールドは破壊されたりするのである。
 何故ならば、それがワールド・ルールだからである。前提として遵守される決まりの違いなのだ。

 リンの扱う魔法は一応見本となる標準的な形というものも存在するも、個々ごとの個性が色濃く出るパーソナリティの高い種類の魔法である。固定されず自由な改変・改造が可能であるのだが、その代わりに、前述の種の魔法のような、ワールド・ルールに保証される効果の絶対性が欠けているものなのだ。
 それゆえに、もしも相手が魔法に関して絶対的なアドバンテージを誇るワールド・ルールの持ち主であったりすると、リンは非常に不利になるのである。
 しかしこれは裏を返せば、相手がリンの魔法に対して圧倒する効果のワールド・ルールを持ってさえいなければ、リンには何の不足もないということにもなる。
 相手によってリンは己の持ち得る、力の全てを発揮できるのである。

 よって判断するは最初のまず一点、つまりは全力を出せるか否か?
 この点でまず、リンはリキューに対して相性がいいものであると判断していた。
 その理由は、ドラゴンボールの世界にはリンが知る限り魔法と呼べる代物もなかったし、基本的に力押しばかりで、相手の能力を無力化するといった技も存在していなかったからだ。
 これはつまり、サイヤ人であるリキューはレジスト関係のワールド・ルールを持ってはいないということである。
 リキューは自らの魔法に対して、完全に純粋な意味でパワー勝負をするしかないのだ。そしてリンはそうなるならば、まず自分の負けはないと踏んだ。

 これは何故かというと、基本的にリンは自分の魔法が純粋な力のみで破られるとは、思っていなかったからである。
 相手を束縛するバインドや身を守る障壁であるプロテクションなど、リンが操る魔法は細かなバリエーションを含めて、数多くある。
 このプロテクション一つ取っても、その強固さはトラックが突っ込んできても揺るがないほどの物理的強度を持っていたのだ。というか実はリンに限らなくても、彼がトリップした世界に存在する他の一般的な魔導師のプロテクションとて、個人にもよるが、たいてい乗用車が突っ込んできても守り切れるだけの物理的強度はあったりする。
 彼ら魔導師が互いに互いのプロテクションやバインドなどを突破、破壊していたりするのは、直接魔法の構成そのものにハッキングしたり、魔法の構成を物理法則に介入させている媒介、つまりは魔法を構成している魔力そのものを、自らの魔力をぶつけて吹き飛ばしていたりするからなのである。
 リンの扱う種類の魔法は、言ってみれば物理法則を自分好みに好きに改竄して事象を操る種類のもの。魔法的干渉もなく単純な腕力だけで突破できるほど、チャチなものではないのだ。
 端的に述べると、リンにバインドをかけられてそれを純粋な物理的力で突破しようとすれば、t単位とまでは言わないが、かなりのパワーが必要ではあったのである。
 何処の世界に、そんな拘束やかけられた防壁を、真実ただ力任せだけで破れる生物がいるというのだろうか?
 まず不可能だ。リンはそう断定していた。

 の、だが。

 「過去形ってことは、違うってことだな」

 「その通ーり。ホント有り得ないって、あれ」

 《同感ですね。サイボーグかロボットか、百歩譲っても生体兵器の類ではないのですか、あれは?》

 ハハハハと乾いた笑い声を上げながらリンが首を振り、ジェダイトもまた電子音声を響かせて同意する。
 リキューはその拘束や障壁を、文字通りぶち破りやがったのだ。最初は捉えたと思い、リキューも抜け出せないかのように捕まっていたのだが、少し力を入れる素振りをした次には崩壊していやがったのである。おまけに動作が無茶苦茶速く、魔法を発動させて仕掛けるのがそもそも困難であるという状況。
 弱体化してねぇよ。それが戦い始めた時の、偽らざるリンの本心だった。
 とにかく強化魔法の青天井式ブースト状態で何とか視覚を追い付かせ、かつてないほどスタイリッシュな高速移動魔法の頻発で必死に動き回るが、それでも相手は捉えてくる始末。
 リンにとって、リキューはつくづく非常識で厄介な相手であったのだ。

 しかしリンは同時に、こうも思っていたのである。まぁそれでも、致命的な相手って訳じゃないけどな、と。
 確かに戦い続けて、そのステータスパラメータは確実にリンを上回っているのだということは実感していたが、しかしリンにしてみればそれだけであったのだ。

 リンは加田に説明しながらも、ふと、過去の開通の際の記憶を振り返る。
 それなりに色々な世界の開通を担当したことがあり、そして当然その経験に応じた、危機的体験も少なからずリンは経験済みである。
 その中には思い出したくもない、悪夢的な体験もあった。
 それは例えば、脳に小型生体量子コンピュータを積んで、その演算処理速度で物理法則を改竄するタイプの魔法を使う世界だったり。
 あるいは、とある鉱物を媒介にして、物理法則を改竄するどころか完全無敵に無視する輩が跋扈したりする世界だったりである。
 リンはそれらの世界に限っては、今後絶対に寄り付かないことを真に誓っていた。

 前者の世界では、自分の放つ魔法のことごとくが全て無効化され、さらには文字通り光速と等しい速度で接近された上に、自分の身体にかけていた障壁や強化魔法すらも無効化されて斬撃を叩き込まれた。その傷はもしもリンがギフトで今のチートボディでなかったら、その時確実にリンは死んでいただろうものだった。
 光速で移動すること自体反則染みていたのだが、まあまだそれはいいとしておこう。相手にするのはリンでも正直非常にキツいのだが、まだ設置型トラップだとか手がない訳ではない。
 だがしかし、あらゆる魔法が無効化されるのはインチキにも程があった。必死に魔法構成を複雑化しレジスト耐性を高めようとしたのだが、相手は脳に超高性能な量子コンピュータ内蔵型の人間である。同じ演算装置持ちであっても、魔力を触媒に物理法則へ干渉しているリンと、その演算処理能力で物理法則へ干渉している相手とでは、比べる土俵が圧倒的に違っていた。
 つまり何が言いたいのかというと、リンの努力など一笑に付しながら全ての魔法は無効化されたということである。
 打てる手を全て無効化されるのだ。それこそ砲撃だろうと斬撃だろうと拘束だろうと障壁だろうと強化であろうと、である。加えて逃げようにも、距離を取れば相手は光速で追跡してくる。
 悪夢である。リンにとって、相性が最悪のワールド・ルールを持った世界であった。

 後者の世界はさらにその度合いは上であった。主に理不尽レベルというもので、だ。
 たまたまのエンカウントと擦れ違いの結果からバトル状態に落ち込み、そして当然リンは魔法を使って対抗したのだが、あれほど物理法則が何かとリンが疑問に思った日はないだろう。
 見た目が紐でも、実際は視覚化された力場の淀みでしかないバインドを、邪魔よ! の一言と共にブチッと千切る。
 見た目が薄いガラスでも、実際は空間の構造体に干渉して形成している障壁を、どきなさい! の一言と共にパリーンと叩き割る。
 見た目がただの服でも、実際は防刃防炎防弾その他多機能完備のバリアジャケットを、成敗! の一言と共に無視して直接リンの頬を殴り飛ばす。
 前者とはまた違った意味での最悪であった。まさに悪夢。
 この世界については、もはやリンとは関係なく、もれなく全ての人間にとって相性が最悪だろう。そういうワールド・ルールがある。

 「どうした? いきなり震えだして」

 「いやいや、何でもない。気にしなくていいから」

 リンはふと思い出した悪夢に鳥肌を発生させながらも、さっさと忘却するよう努める。いちいち覚えても、身体にいいものではない。
 改めて気を取り直すと、リンは加田へ説明を続ける。

 リキューは確かに厄介であり、自分のパラメータを大きく上回っている相手ではあったが、先の例に挙げたような、問答無用な能力や相性最悪のワールド・ルールの持ち主ではなかった。
 そうである以上、リンにしてみれば少なからず自分の攻撃が有効打を上げる分、まだリキューは抑え易い相手であったのだ。
 とはいえ、度々加える攻撃や拘束が具体的な成果を上げていなかったのも事実。リキューは防御が堅く、そして動きが速かった。幾ら設置型トラップを用意しても、それでは効力が出ない。
 よってリンはまた一つ一計を案じた。時間稼ぎである。
 その言葉を聞き、加田は怪訝そうなままに声も歪めて、リンへと口を出す。

 「時間稼ぎぃ? 時間稼ぎって、稼いで意味あるのか? 攻撃が通じないんだろ? 一人で戦っているのに、時間を稼いでも意味がないだろうが」

 「意味はあったさ。色々な意味でね」

 リンはまず初めに、ジェダイトにバインド魔法の構成を組み替える様に指示し、加えてもう一つ、リキューへとあるサーチを行うことを指示した。
 バインド魔法は、そのフィジカル面の効力を大きくするように構成の組み直しを。そしてサーチの内容は、リキューの魔法素質検査。つまりリンカーコアの有無を調べることであった。
 うわぁ、と加田の表情が形作られる。

 「おいおい、ワールド・ルールの感染かよ。勝つために勝手にやったのか、お前?」

 「俺のレアスキルは知ってるだろ? 手持ちの札を有効活用させてもらう以上、打てる手は全部打たせてもらうさ。それに別に損する訳じゃなし、いいだろ」

 その勝負で損してるだろ。リンはその加田の言葉を黙殺する。
 ワールド・ルールは感染する。
 ウィルスになぞらえて、ワールド・ルールが伝承されることはそう呼称されていた。
 その感染にはルールごとに法則があるらしく、具体的にこれと感染方法が確定しているワールド・ルールは、その数が少ない。が、だいたい経験則的にその法則は理解されてはいた。
 リンが行ったこととは、数少ない感染方法が明確に分かっている自身のワールド・ルールを、リキューへと本人に知られることなく感染させたのである。
 その方法とは、対象を検査しリンカーコアという魔力生成器官が存在するか否か、それを判定することである。
 判定の結果、リキューの体内にはリンカーコアの存在が検出された。これによって、リンからリキュー本人へとワールド・ルールの感染は完了したのだ。

 つまりリキューは先月の戦いの最中、自分でも知らぬ間に魔力を宿していたのである。
 別にこれは量子論という訳ではないが、確かにリキューはリンによってリンカーコアの有無を観測するまで、正真正銘、その身に魔力なんてものは宿ってはいなかったのだ。
 リンによってリキュー体内の測定を行い、ワールド・ルールが感染された結果として、今その時にリキューは体内にリンカーコアが発生し、魔力を帯びたのである。
 とはいえ、これはリンにとっては保険のようなものであった。リンカーコアの検査を行いなしと判定された場合、ワールド・ルールの感染はないからだ。
 この場合のリンにとっての本意は、あくまでもバインド魔法の再構築にあった。

 そしてワールド・ルールの感染が図られているその間も、リンは自分の魔力で構築された“羽”を動かし、訓練室の空間の中に自身の魔力を放出し続けていた。
 リンがジェダイトの主機能であるリンクモードを起動させた場合に発生する、その背中の“羽”。これはリン自身の魔力で形成されたものであり、リンク・モードで一回り増幅された結果、身体から放出されている過剰魔力を操作しているのである。その性質上この状態で時が経つことは、自動的にその場の空間に残留する魔力が増大していくということを意味する。
 そしてリキューへと放った決め技、スターダストメモリーズは原作のある魔法をモデルに、リンがアレンジした魔法である。ゆえに斬撃と砲撃という違いはあれど、その性質は同じである。つまりは、空間に残留している魔力を集めて放つ、という性質のことだ。
 リンはリキューに対して、スターダストメモリーズが決定的有効打まで威力を引き出せるほどに、魔力が空間に蓄積されるのを待つ必要があったのだ。

 これまでが、リンが時間稼ぎをする必要があった三つの理由の内の二つである。
 リンはそういうと、さすがに喋り疲れたと、だらしなく椅子の上で姿勢を崩した。
 おいおいと、目線で注意しながら、加田が話を中途半端に打ち切るなと、先を促す。

 「二つの理由は分かった。で、その最後の理由は何なんだ?」

 「これだよ、これ」

 リンは前髪を掻き上げて、自分の額を露出させると加田へと向けた。
 ん? と怪訝そうに加田の表情が歪む。何が言いたいのか全く分からなかったのだ。
 仕方ないなと、リンが身を乗り出して良く見ろと、額を近づける。訳が分からないままに額を凝視する加田だが、ふとあることに気が付いた。


 なおこの時、二人の顔が急接近する光景を見て、周りの主に女性陣から黄色い声が上がったりしていた。

 腐女子、死すべし。


 加田の目の前、凝視しているリンの額に、非常薄いのだが……何か線らしきものが走っていたのだ。
 よりよく注意して見ると、それは何かのイレズミのようであった。
 加田は身を引き、疑問符を浮かべながら尋ねる。

 「何なんだ、これ? イレズミか?」

 「紋章だよ、覚醒の紋章。少し前に開通した時見つけてな、適性があるみたいだったんで宿してもらったんだよ」

 「紋章? 覚醒の? 何だそれ?」

 知らないのか? と驚いた風にリンは言いながら、元の席に着く。
 そうだなと、加田に説明する言葉に悩みながら、口を開く。

 「簡単に言えば、これを宿しておくと魔法の威力がアップするんだよ。そういう効果を持った紋章でな。ただし発動まで時間がかかるから、その分待つ必要があった」

 あらかじめ発動させておくことが出来ないからな、これ。リンは額を指差しながら呟く。
 へえと、関心を示したように加田が紋章を見る。
 リンはさらにもう二つ、覚醒の紋章以外にも宿している紋章があると言い、両手の甲を差し出す。
 加田が見ると、そこには確かに、言われて注視しなければ分からないほど薄っすらとしたものだったが、額の紋章と同じようにイレズミらしき模様があった。

 リンが宿している紋章は、三つ。
 この紋章というのは、それぞれが種類ごとに独自の魔法的な効果を持ち、そして人に宿ることで宿主に対して様々な恩恵を与えるものであった。
 そのリンが宿している各紋章の位置と効果は、以下の通り。
 額に宿している紋章は、覚醒の紋章。戦闘状態となってからしか準備状態へと移行できず、加えて発動するまでに時間がかかる制約があるが、発動さえすればリンの魔法の威力を、おおよそ1.5倍にまで引き上げるという強力な効果を持っている紋章。
 右手に宿している紋章は、疾風の紋章。これもまた戦闘時に発動する紋章であるが、覚醒の紋章とは違いこちらは常時発動型である。宿主の速度を高め、行動動作を機敏にする働きがある。
 最後の一つで、左手に宿している紋章は返し刃の紋章。これもまた戦闘時常時発動型の紋章であり、これは宿主の反射速度と動体視力を向上させる働きがあった。

 強化魔法による青天井式ブーストに加えて、これら紋章の助けもあったゆえに、リンはリキューの動きに反応することが出来ていたのだ。
 いわば幾つものワールド・ルールを利用した、パラメータのドーピングである。
 このようにリキューには知ることが絶対に出来ないだろう幾つもの搦め手を、リンは密かに行っていたのだ。

 ともあれ、この述べた三つが、リンの時間稼ぎによる逆転の秘策を得るための理由だった。
 一つ、ジェダイトによるバインド魔法のフィジカル面特化への再構築。加えて、リキューへの保険的なワールド・ルールの感染。
 二つ、スターダストメモリーズの威力強化のため、過剰魔力の空間への放出と残留魔力の蓄積。
 三つ、覚醒の紋章発動のための、準備状態の終了。
 時間稼ぎによって以上三つの事柄を達成し、そしてリンの勝利は確定したのである。

 まずは油断していたリキューに対し、再構築したバインドを大量に、それこそ雁字搦めという表現しか形容できないレベルで絡み付かせる。
 このバインドは特別製であり、おそらくはリキュー以外の人間に対しては、さして意味のない拘束でしかなかった。なぜならば、フィジカル面に作用するのを優先させたために魔法の構成が粗くなってしまい、物理的にはともかくとして、魔法的な側面で見れば非常に脆くなってしまっていたからだ。リンと同系の魔導師がいたとすれば、あっさりとブレイクすることが出来る代物である。
 しかし、レジスト関連のワールド・ルールを持たず、ただその身のパワーだけで動いているリキューにしてみれば、話は別であった。
 先のバインドでもフィジカル面の作用力は馬鹿に出来ないものだったのだが、今回はリキュー対策に魔法的なバランスを欠いてまで特化させた特別製である。加えて、尋常を凌駕する物量のバインドで縛り上げているのだ。
 覚醒の紋章の影響により、さらに魔法の効力自体の底上げすらも働いていた。

 ほぼこの時点でリキューは身動きを取れなくなってはいただろうが、さらに加えてリキューに働くマイナス要素はあった。
 それはリンの持つ二つのレアスキルの内の一つ、『魔力乖離』である。
 これはリン自身の魔力が持っている性質で、リンの魔力及びそれで構築されたもの、つまりリンの魔法などに触れることで自動的に発動するものである。
 この効果が発動した対象は、自身の持っている魔力を強制的に体外に放出されてしまうのだ。加えて、この魔力の放出時には、放出される魔力量に比例した脱力感や痛みといったショックが発生する。ゆえに魔力を持つ者がリンの攻撃の直撃を食らった場合、そのショックで気絶する可能性が非常に高いのである。
 リキューは元々魔力を持っていなかったために意味のないレアスキルであったのだが、戦闘中にリンの手によってワールド・ルールを感染されたリキューは、魔力を保有していた。
 よって無用の長物となっていたリンのレアスキルが、ここで発動することになったのだ。
 リキューは強固になった無数のバインドに加えて、未知で奇妙な脱力感に身体を縛られ、拘束されることとなったのである。

 ちなみに、リンの持つ二つのレアスキルの内のもう一つは『同時並行多重発動』。一度大本となる魔法の構成を覚えてしまえば、デバイスや自分の処理能力を無視し、その場所や数を好きなよう設定し、好きな数だけ魔法を自由に展開できるレアスキルである。
 展開する場合には展開するものの内容や量に応じた魔力を要求されるも、膨大な魔力を持つリンにとっては一切の問題のないレアスキルであった。
 リキューに対してバインドで雁字搦めにしたのも、このレアスキルを使ったものである。
 これはその気になれば、今回の場合では使わなかったが、スターダストメモリーズをスタンバイしている間も常にバインドし続けることが可能だった。

 かくして、人知れず打ったリンの布石によって身動きを封じられたリキューは、リンにフリーとなる猶予を与えることとなる。
 リンはこの時間を利用して自らの必殺技、スターダストメモリーズをスタンバイさせ、空間に満ちた膨大な魔力をジェダイトの元へと収束させる。
 時間をかけて限界ギリギリまで空間に魔力を溜め込んだおかげで、それはリンがスターダストメモリーズという魔法で放てる、ほぼ最大限の威力にまで高まった。
 加えて、覚醒の紋章である。
 覚醒の紋章が発動することによって跳ね上がる、魔法効力の倍率はおおよそ1.5倍。
 リンは最大威力のさらに1.5倍相当となった、スターダストメモリーズの刀身を身動きの取れぬリキューへと叩きつけた。
 逃げれぬリキューは当然その直撃を受け、そして同時にリンの持つレアスキル『魔力乖離』によって、その身体の魔力を根こそぎ放出。
 発生した強烈なショックによって、意識を狩られてしまったのであった。

 以上が先月に起きた戦いの全容であり、リンがサイヤ人に勝利した秘訣である。
 長い長い説明をようやく終えて、リンはその結果を総括し、次の一言で締め括った。

 「つまり、話が長くなったけど、結局は相性が良かったってことだ」

 「相性ねぇ。まぁ、そうかもしれないが」

 何か納得しにくそうに微妙な表情をしながら、加田が呟く。
 相性が良かったのは、まあ話を聞く限り本当なのではあるのだろう、確かに。
 が、しかし。それにしたって、前提であるスペックがかなり優遇されているというか、結局チートでないのだろうか? 加田は負の感情混じりにそう思う。
 というか、紋章って何さてめぇ。加田はとりあえずそのあたりが、現在最も気になってたりする。

 「どちらにしろ、もうあんな出来事はコリゴリだ。俺はトラブルと関わりたくなんてないんだよ、本当に。チートだって言うがな、そんなに良いものでもないんだぜ、これ?」

 「ほう、そうかそうか。よし代われ。今すぐ俺と立場を交換しろ貴様」

 「御免こうむる。誰がお前なんかと変わるかっての」

 嫉妬を全開にして迫る加田に、素気無く答えるリン。
 それは加田の境遇を知っている分、絶対にノーサンキューな持ちかけだった。

 加田明。
 訪問型のトリッパーであり、おそらくは悲惨な境遇のトリッパーの中でもそれなりに上位に位置するだろう、不運に塗れて溢れている男である。

 トリッパーは大別して、訪問型と憑依型と転生型。この三つにパターンが分けられている。そしてその中でも、訪問型のトリッパーはギフトの恩恵がない割合が最も高いタイプであった。
 加田もまた、不幸にもこの例に漏れずギフトの恩恵が、一切なかった人間である。
 この時点でもすでに十分加田は悲惨ではあったのだが、トリップした世界がさらに輪をかけて悲惨に働いていた。

 加田がトリップした世界は、バイオハザードの世界であったのだ。
 おまけに最初にトリップした時点で、周囲がゾンビに囲まれて包囲されている状態であったという。

 初っ端からの死亡フラグの乱立であった。

 加田はその場でかつてないバイタリティとサバイバリティを発揮し、死ぬ気で死なないよう動いた。
 ゾンビの頭を蹴り飛ばし鉄パイプを振るって這い寄る敵を叩き潰し付近の住宅に侵入して武器を探したり生き残りを探して合流し反抗したりグループが内部分裂したりラブロマンスしたり。
 ほんの数日の間をハリウッドの主人公も目ではない、極めて濃密に過ごして生き抜いたのである。ほぼ生身一つで。

 ちなみに、悪夢のトリップを生き抜き組織に所属している現在。
 様々な技術技能が集まるトリッパーメンバーズに所属していながらも、加田が魔法などといった特殊能力を得た様子は、一切ない。
 生身一貫で極限状態を切り抜けるという体験をした分、本人はそういった個人の超越技能を得ることを熱望していたのだが、なぜかことごとく適性がなく身に付かなかったのだ。
 ギフトがないにしても、ここまで来ると筋金入りである。
 ゆえに彼は魔法や超能力といったものに対して非常に無関心な態度を取っているものの、新たな技能体系などが見つかったりすると、興味を非常に沸かせていたりするのである。

 なお蛇足だが、このトリッパー内悲惨境遇ランキングで、藤戸は訪問型トリッパーの一人としてトップ10内に入っていたりする。


 適当に話しながらも、すでに時間は結構過ぎていた。
 周囲の人影も少なくなり、リンを注視していた女性の姿もほとんど姿を消している。まぁ、まだ一部にはいたが。
 そろそろ切り上げ時かと、内心に二人は思い始めていた。

 ふと、残っていた茶を飲んでいた加田が気付く。
 向かい側の通路、リンからしてみればその背後の方向にある遠くから、こちらに向かって歩いて来る一人の影にだ。
 特徴的な鎧のような服装。腰の方から生えている尾。そして特徴的なツンツンとした黒い髪の、子供である。
 加田はその姿に対して、猛烈に思い当たる節があった。少年はどんどん近付いてきており、明らかに目的地がここに設定されているようである。
 目の前にいる全然気づいていない様子のリンへ、声をかける。

 「おい、リン。お前後ろ見てみろ」

 「ん? どうした?」

 「いいから見てみろって。多分、てか確実にお前の客だ」

 何だいったい、と後ろを振り向いたリンは、少年の姿を認めてッゲと声を漏らした。
 リンの反応が固まっている間に、少年―――リキューはリンのすぐ傍まで近寄り、目の前で立ち止まる。
 真っ直ぐに、だが異様に重たい視線が、リキューからリンに突き刺さっていた。
 あー、と声を洩らしながら、曖昧な愛想笑いらしき表情を浮かべるも、リンは具体的行動を起こせず。ただリキューとの間に微妙な空間を作る。
 どうしたものか。愛想笑いを浮かべながら言葉に迷うリンであったが、しかし何時までも固まっている訳にもいかない。
 仕方がないと決意すると、とりあえず何か喋ろうと口を開きかけた。

 「あー、まぁ、なんだ。元気だっ?」

 「貴様に願いがある」

 ばっさりと、リンが言い切る前にリキューの言葉が割り込んだ。
 僅かにその反応へむっとなるも、リンは黙って落ち着き、言葉の続きを待った。
 重苦しい、敵意とまた別の黒い感情を乗せながら、ぎしりと拳を握り締めながら、リキューは言いのけた。

 「もう一度、俺と勝負しろ。貴様と俺、一対一でだ!!」

 それは、再戦の申し込みだった。




 場所は打って変わって、食堂区画から殺風景な風景へ。
 戦闘訓練室。先月にリンとリキューが戦った場所と、同種の場所だった。
 ただし、先月戦った場所である第三戦闘訓練室自体は損傷が激しかったために、現在修理中のために立ち入り禁止である。
 今リンとリキューが立っている場所は、先月の場所とは微妙に様相の異なる、第七戦闘訓練室であった。

 前回の様に広大なフィールドではなく、精々小型の体育館程度の広さしかない室内。
 この場所を指定したのはリンである。もちろん、それは思惑あってのことだ。
 軽く腕を振りながら、リンは待機状態のジェダイトへ声を送る。

 「さすがに、あんな攻撃を連発されたら敵わないからな」

 《それには同意します、マスター》

 リンが思い浮かべているのは、先月の戦いの最中にリキューがデモンストレーションの如く披露した、あの第三戦闘訓練室を大きく破壊した一撃である。
 リキューにすれば全く大したことのない一撃であったのだが、リンにしてみればあの戦いの中で、あれは恐らくは最も脅威を抱いた瞬間であったのだ。
 これはやはり、両者の価値観の違い。ワールド・ルールが違うことが挙げられるだろう。

 リキューの世界、つまりドラゴンボールの世界では、単純に気功弾の破壊力を上げたところで意味はない。
 闇雲に破壊力を上げたところで、それは込められている“気”の密度が薄くなり、質が低下するからだ。質が低下すれば、格上の相手の“気”の守りを突破できないのである。
 全力を込めて、結果的なものとして制御がブレて多大な破壊力を発揮することはある。しかし基本的にドラゴンボールの世界ではその一撃ごとの質を重視するために、威力自体は強者・弱者問わず同程度であるのだ。
 だがこれはドラゴンボールの世界だけの話。リキューだけのワールド・ルールである。
 リンにしてみれば込められている“気”の質なんてものは関係なく、重視されるのはその単純な威力だ。
 極論言って、リンにとって脅威すべきものと形容される攻撃は、リキューが力を込めて多大に凝縮し質を高めた攻撃なぞよりも、片手間に作りだした全く威力の抑えのないエネルギー弾の方であったのだ。“気”という側面よりも、単純なフィジカルな面に働く力の方が、純粋に脅威的であったのである。
 ゆえに、場所をこの第七戦闘訓練室へ密かに決定し誘導していたのだ。前回の訓練室と違い、この部屋の空間は狭い。おいそれと高威力な気功弾を放つことが出来ないだろうという思惑が、そこにはあったのだ。加えて空間が狭い分、リンにしてみればトラップを張るなど、前よりも戦い易くはなっている。
 ニヤリと笑いつつ、リンは呟く。

 「孫子曰く、戦いとはすでに戦う前から勝敗が決している……ってな」

 戦うことは全くの本意ではなかったが、戦う以上は勝ちを拾いには行かせてもらう。
 リンは嫌々ながら引き受けた勝負ではあったが、しかしそこには妥協は一切なかった。
 すでに対策の幾つかも練ってはいる。各種魔法類も対リキュー用のフィジカル特化型へと、変更済みである。
 負ける要素はない。リンはジェダイトを握り締めると、高らかに声を上げた。

 「ジェダイト! セットアップ!! 同時にリンクモード、発動!!」

 《了解しました、マスター》

 一瞬の閃光が放たれて、刹那の間にはリンの姿は変わっていた。
 身体を縁取る金糸状のライン。より機能的に手足を覆うレザー状の保護服。そして身体を包みこむように形成される、大きな白いコート。
 純白の長髪が銀に輝き始めて、背中からは過剰魔力の放出による二対四枚の“羽”が生み出される。
 リンのバトルフォームの完成である。
 マシン・ソードへと姿を変えたジェダイトを握り、その翡翠色の刃先を突き付けてリンは宣言する。

 「準備は整った。来い! リキュー!!」

 「………そうかい」

 言葉に応えて、リキューが返事をする。
 戦闘開始である。宣言しそれに返答が行われ、戦いの始まりが告げられたのだ。

 戦いの始まりと同時、すかさずリンはバインドを発動させた。
 リキューの動きは速い。すでに強化魔法のブーストと紋章の加護が働いてはいるが、それでもリンがリキューを捉えるのは至難の業である。
 まずはその動きを封じることが先決。リンは己のレアスキルの一つ、『同時並行多重発動』を使って、目の前のリキューに対し、無数のバインドを同時に仕掛ける。
 一度捉えさえすれば、『魔力乖離』とその物量が併さり脱出不可能になるということは、先月の戦いで実践済みであった。

 無数のバインドが発生する。あえて名付ければ、フィジカル・バインドと呼ぶべきか。その数は具体数にして、231。t単位の圧力すら封じ込めるだけの、拘束力場が発生していた。
 しかし、発動したそれは不発に終わる。
 戦闘開始と同時に瞬速で仕掛けたバインドであったが、しかし発動した時にはすでに、リキューの姿が目の前から消えていたのだ。
 リンが驚く間もなく、横合いから衝撃が走る。
 反応式の防護魔法の発動が間に合わず、常時展開していた障壁すら一瞬でぶち抜き、強烈な拳がバリアジャケットの上に叩き込まれていた。
 余りにも激烈な一撃。肋骨が軋みを上げて、リンはあえなく吹き飛ばされた。

 「ぐがッ!?」

 《マスター!?》

 リンクしているジェダイトが即座にリンの状態を見抜き、自動的に緩衝力場を形成。吹き飛ばされている身体を減速させ、リンの意識をリカバリーさせるよう働く。
 が、減速するには距離が足りない。皮肉にも狭いフィールドを選択したことが、この時マイナスに働いていた。
 リンは意識を取り戻す前に、ほんの僅かに減速するも壁に叩きつけられる。
 衝撃にむせ返りながら、リンは激しい疑問に駆られていた。

 「げほッ……な、何だいったい。どういうことだ?」

 見れば、リンの立っていた位置にはリキューの姿が。
 リキューは何の色も浮かべていない表情でリンを睨んでいると、その掌を向ける。
 掌が輝き、一発のエネルギー弾が撃ち込まれた。リンは慌てながら、ジェダイトに指示を送る。

 「っち!」

 《ムーブ・アクション!》

 瞬間的に加速してその場を飛び立ち、遅れてエネルギー弾が着弾する。
 加速を終えて止まり、宙に浮かびながら視線を寄こすも、リキューの姿はない。
 何処へ?
 その時、警告が走った。

 《マスター!! 後ろです!!!》

 「な、ぃ!?」

 警告に振りかる暇もなく、リンは咄嗟にプロテクションを連続展開していた。
 おおよそ重ね合わせたプロテクションの数は、七。咄嗟に展開したにしては、かなりの数であった。
 しかし、背後から伸びた手はいとも容易くプロテクションを破壊し、そのまま背中を向けたままのリンの首を、強く握り締めた。
 ぐっと強まる力に、息が圧迫される。

 「っぐ、あ!?」

 「悪いが、今の俺は気分がすこぶる悪い。手加減はなしでいかせてもらうぞ」

 「こ、の野郎!!」

 “羽”を動かし、リキューへと叩きつけ様とするリン。
 魔力で形成されている“羽”は、『魔力乖離』と合わさり、それそのものが魔力を持つ者に対して非常に有効に働く、立派な武器の一つとなる。
 が、しかし。“羽”を叩きつける前にリキューは腕を放して飛び退き、悠々と攻撃を回避する。
 リンは素早く振り返ると、左手の五指を僅かに曲げてリキューに突き付け、叫んだ。

 「フィンガー・ブレイク・バスター!!」

 《セット、発射》

 リンの左手の五指。その指先一つ一つの宙に、魔法陣が生み出される。
 『同時並行多重発動』を使った、五連砲撃魔法展開。単純計算で通常砲撃の五倍の威力を誇る攻撃。
 それがリンの突き付けた左手の五指から、リキューへと向かい放たれた。

 突き進む、巨大な五条の光の軌跡。
 白く輝く光線が真っ直ぐにリキューへと迫る。しかし、リキューは動じず。
 またリキューの姿が掻き消える。目標を見失った光線は、そのまま誰もいない空間を突っ切って壁に着弾した。
 左手の返し刃の紋章が一際輝き、ほんの僅かに、リンは目の端にリキューの姿を垣間見ることが出来る。
 返し刃の紋章は、元々反撃の一瞬を戦いの最中、宿主に対して見出させる効果を持つ紋章。常時少なからずの恩恵をも与えるが、真に発動した時には宿主の能力を超えて、敵の動きを捉える事が出来る。その効果は一瞬だし発動も不安定だが、このような絶対的な効果を発揮するワールド・ルールを保有しているのだ。

 捉えた姿を頼りに身を動かし、瞬速でプロテクションを発動。
 『同時並行多重発動』による瞬間発動で、一気に百近い数のプロテクションを張る。
 同時に、張ったプロテクションへと向かい、リキューが突っ込んできた。
 凄まじいまでのショック。
 張ったプロテクションのほぼ全てを粉砕し、残ったプロテクションが三つにまでなったところで、肘打ちの姿勢のままにようやく止まる。
 フィジカル特化型の魔法に換装しているにも関わらず、この結果。リンは苦々しい表情のまま、どういうことだと、内心で叫びを上げていた。
 じくじくと、叩きこまれた拳の痛みが身体を走っていた。ダメージそのものは素早く再生するが、痛みは普通と同じように感じるのだ。
 リンの表情を覗き込みながら、リキューが喋る。

 「貴様は時雄とは違い、少しばかり身体が頑丈みたいだからな。余計な気遣いはしないで良さそうだ。おまけに、俺は貴様が心底気に喰わない」

 「どういうことだ、それはッ!」

 「気楽に攻撃できるということだ」

 リキューが動いたと思った瞬間、振り抜かれた蹴りが残ったプロテクションを一瞬で破壊し、そのままリンの腹に打ち込まれた。
 ボキボキと、固いものが壊れる音が響く。盛大に肋骨を折りながら、口の端から血の筋を伸ばしてリンが吹き飛ぶ。
 しかしそのまま打ち上げられず、リンの身体は足を掴まれて止まる。逆に掴まれた足を基点に、リキューはリンを斜め下の方角へと投げ飛ばした。
 床に叩き付けられるもリンは減速し、衝撃を和らげる。しかし立ち上がろうとする時、血を少しだけ吐き出す。

 肋骨が二・三本、折れていた。普通に考えて重傷。模擬戦なぞ終了するところである。
 がしかし、リンのそれらの負傷は、急速に再生され始めていた。
 最多ギフトホルダーであるリンの持つ、数多くあるギフトの一つ。吸血鬼並に強力な、肉体の再生能力である。

 「この野郎………やってくれやがったな」

 口から流れる血を拭い、真剣に敵意を抱いてリンがリキューを見つめる。
 ふんと、リキューはその視線を鼻で笑った。いい気味だと、その表情が内心を語る。
 怒りを抱きながら、リンはジェダイトを振った。

 「ジェダイト、コントロール頼んだ! リモート・スフィア展開!!」

 《了解しました、マスター》

 『同時並行多重発動』が使われる。
 一挙に、そして連続的に、リンの周りの空間にピンポン玉程度の光球が、無数且つ多大に現れる。
 それはそのまま空間を支配するかのように増殖していき、リンを中心にどんどん訓練室の中を埋め尽くしていく。
 リキューの表情が引き締まる。そんなリキューへ向かい、リンが叫んだ。

 「幾ら早かろうが、避ける空間を埋め付くしゃあ逃げられないだろうがッ!! 喰らって沈めよ、この野郎が!!」

 「舐めるなよ、貴様。たかが貴様程度の作り出す、こんなちっぽけな攻撃を食らった程度で、この俺が沈むとでも? ふざけるなッ!」

 「黙れよ、このパワー馬鹿が! ジェダイト!! リモート・スフィア、オールシュート!!」

 《リモート・スフィア、オールシュートコントロール》

 リンの号令と共に、全ての光球が動き出す。
 リキューにしてみれば遅いであろう、その動き。しかし、数が圧倒的に違った。先の戦いに使った訓練室と違い、今回の訓練室は非常に空間が狭い。
 この訓練室を埋め付くかのように溢れる光球の波が、リキューへと全ての個々が統制され、独自の軌道で迫り来ていた。
 リキューは目にも止まらぬ加速で、光球を回避し迎撃し続ける。
 その間にもリモート・スフィアのコントロールを全てジェダイトへ一任しながら、リンはスフィアを生み出していた。
 リキューが睨む。リンが睨む。二つの敵意が交差する。
 互いに互いを拒絶しながら、今二人はお互いに等しい思いを持っていた。
 それは相手に対する、ただ一つだけの思い。

 絶対に気に喰わない。それだけである。




 先月の、最初の戦闘時。リキューはリンに対し手加減をしていた。
 それは何故かというと、リンの戦闘力が低かったからである。
 確かにスカウターの表示には脅威的な数値の増幅を見せてはいたが、しかしそれでもリキューからしてみれば、リンの戦闘力は低かった。
 リキューに嬲る趣味はない。
 ゆえにリンに戦いを吹っ掛けこそしたが、その戦闘力の低さを見た以上、性根を叩き直すつもりはあったが、肉体的に必要以上痛めつける気はなかったのだ。
 言ってみれば、時雄の時と同じようなものである。必要であると思ったから戦うが、別に叩きのめすこと自体が目的ではなかったのだ。
 この場合で言えば、内心で自分を舐めているリンの認識を改めさせること。それが目的だったのである。

 しかし、いざ戦ってみると非常に奇妙な相手であることに、リキューは気が付いた。
 それは離れていても相手を捕まえられる技や、戦闘力に見合わぬ硬さの壁が、リンの身体を守っていたりなどである。
 結局は力尽くでそれらは突破することが出来たが、しかし何にしろ、スカウターの表記に見合わない奇妙な存在であった。
 戦闘力からすれば逆に妙に攻撃が決まったり、反射するのが遅いと思ったら、逆に戦闘力以上の反応や加速を見せることがあったり。
 戦っている最中に戦闘力の上下が激しいこともあったが、それを含めて考えてもおかしい現象が多かったのだ。
 リキューは戦っていて、不可解極まりなかった。

 これは、リキューがスカウターの数値に頼った結果のミスリードが原因だった。
 そもそも、スカウターに表記されていたリンの戦闘力だが、それはリキューの戦闘力とは全くその内容は異なっていたのである。
 何故かと言うと、リキューの戦闘力は主に“気”を測ったものであるのだが、リンの戦闘力は主に魔力を測ったものだったからだ。
 単純に“気”だけに限定したドラゴンボール世界の戦闘力で言えば、リンの戦闘力は実は10前後でしかないのである。
 常日頃から魔力を帯びている上に、戦闘時には強化魔法によるブーストや防護魔法などの常時使用で魔力を消費しているため、スカウターではリンに対し、正常な意味で戦闘力を測ることが出来ていなかったのだ。

 げに恐るべきは、ツフル人のオーバーテクノロジーか。
 “気”という概念に関して、ツフル人は発見こそはしていたものの、その全容の解明自体はさすがに出来ていなかったのである。
 ゆえに実はスカウターも、別に“気”だけに限定して反応し、観測・測定している訳ではないのだ。
 “気”というものの全容が解明できず、普通の物理的なエネルギーとの明確な、定義的なライン引きも出来なかったツフル人。
 そんなものでは当然、“気”を観測することで戦闘力を測るスカウターなぞ、開発出来はしない。測定の前提である“気”の判別が出来ないのだ。
 が、しかし。ここで彼らは逆転の発想を行った。
 つまり、“気”を判別出来ないのであれば、もはや“気”の判別などせずに観測レンジを広げて、あらゆるエネルギーを観測可能としたのである。それこそ電力から熱に重力やら、ありとあらゆるエネルギーを無差別に観測できる観測素子を作り上げて、スカウターに組み込んだのだ。
 そしてそれら観測可能なエネルギー群の中から、意思によって統率されているエネルギーだけを限定して測定し、戦闘力を弾き出すシステムを作り上げたのである。
 これがほとんど知られてはいない、スカウターの真の計測原理であったのだ。

 このように非常に大雑把且つ強引な機構であったスカウターなのだが、しかしこれはドラゴンボールの世界では上手く働いた。
 なぜなら、基本的にドラゴンボールの世界に存在する、意思によって統率されるエネルギーとは“気”だけだからだ。
 ゆえにスカウターは一切の問題もなく、その機能を発揮していたのである。
 が、しかし。そのシステムでは当然だが、スカウターはドラゴンボールの世界以外ではまともに機能しなくならざるをえなかった。
 リンが意思によって統率しているエネルギーは、“気”ではなく魔力だったからだ。

 恐るべきことに、スカウターは全くの未知のエネルギーである魔力すらも捉えて、計測していたのである。

 魔力と“気”では、当然ながらエネルギーの性質が異なる。
 どちらも量に応じて物理法則を超越する能力を人間に与えるエネルギーではあるが、しかし決定的にその方向性が異なるのだ。
 言ってみれば、リキューの“気”は内向きに働く力に対して、リンの魔力は外向きに働く力なのである。
 “気”は量を貯えコントロールすることで、ただひたすら本人を強くし、その結果として物理法則を超えたパワーを与えるエネルギー。
 対して魔力は、そもそもが物理法則に働きかけて、事象を操作し望む現象を本人が引き起こすというものなのだ。
 物理法則に干渉するという意味では二つも一緒でも、明らかにその内容は違うのである。

 例に挙げれば、戦闘力1万に相当する量の“気”を持った人間と、魔力を持った人間の二者を用意する。
 単純に両者が肉弾戦に限定して戦った場合、どうなるか?
 当然だが、“気”を持った人間が勝利する。リンの持つ魔力それ自体は、大量に蓄えたところで“気”と違い本人に働きかける性質は一切ないからである。
 では普通に戦えば負けるか? そう問われれば、決してどちらと断言することは出来ないだろう。
 何故ならば、魔力は“気”と違って、好きに物理法則へ干渉することが出来るからだ。可能性の話だが、物理法則を改竄した結果として、“気”を持った人間を上回る身体能力に肉体を強化することだって出来るだろうし、そもそも単純な肉弾戦以外の戦い方だって可能である。
 “気”と魔力という力は、根本的に性質が違うもの。単純に両者を比べることなど出来はしないのだ。

 ともあれ、そんなことをリキューが知る由はなかった。
 何しろ今の今まで、正常に働いてきた自分の世界の道具である。正常に機能が働いていないとは思いも付かなかったし、そもそもワールド・ルールというものの存在すら知らなかったリキューが、そんな可能性に思い当たる筈もない。
 精々が、時雄のスタンドとはまた違った、奇妙な技の使い手。その程度の認識しか抱けていなかったのだ。
 そして手加減の具合を測りながら力の微調節をしながら、リンに時雄のような絶対性のある技の存在はないと判断。自身の勝利を確信したのである。
 それ以降の展開は、ご存知の通りである。

 未知と油断と余裕。リキューの先月の敗北原因は色々とあれど、結局は本人が未熟であるということに帰結するのであった。




 「だぁあああああぁぁーーーーーッッ!!!!!!!」

 リキューが叫びを上げて、全身から“気”を放出し周囲を包囲する光球を弾き飛ばす。
 襲いかかる余波を展開したフィールドで防ぎながら、リンは様子を窺う。
 そして肩で息をしているリキューの姿を見て、口の端を釣り上げた。

 今回の戦い。先月の雪辱と八つ当たりゆえに、リキューは殺さぬよう最低限の気配りこそすれど、手加減と呼べる気遣いは一切なかった。
 その速度は凄まじく速く、前回の戦いを元に何とかなるだろうと予測していたリンに対して、容赦なく牙を剥いた。
 見ることも出来ず、反応することも出来ない。リンにとっては予想外もいいところである。
 だが、リンとて打つ手がない訳ではない。リキューほどではないにしても、彼は彼でギフトを初めとする様々な恩恵によってそれなりにタフであったのだ。
 また加えて言えば、負けず嫌いであり、他人に舐められるのは非常に気に喰わない性格であった。
 完璧に実力的に上回っている、あるいは上回られている時は気にしないが、一度勝った相手に対して逆に勝ち誇られるなど、虫酸が走るのである。

 端的に言って、リンはリキューが心底気に喰わなかった。

 ゆえにリンは、それなりに取り繕っていた性格を露わにしながら、全力を出してリキューの排除に回っていた。
 嘲笑の表情のままに、リンが口を開く。

 「どうした、息が上がってるぜ? 疲れてるんじゃないのか?」

 「黙れよ、この陰険野郎が。ねちねちねちねち、性質の悪い攻撃を仕掛けやがって」

 「うるせえよ、真性猿が。パワー勝負しかできない馬鹿は、黙ってとっとと沈め」

 首を掻き斬る仕草を取りながら、リンが言いのける。

 リキューは分かり易いほど疲れ果てていた。それはリンの持つレアスキル、『魔力乖離』によるものである。
 リンの魔力あるいは魔力で構成されたもの、つまり魔法に触れた対象は魔力を持っていた場合、強制的に魔力を、脱力感や痛みを伴いながら放出される。
 この場合の魔法とは、種別を問わない。それこそリンの砲撃魔法から防護魔法であるプロテクションや、拘束系のバインドまで、どんな魔法であろうと触れれば効果は発揮する。
 そしてリンカーコアとは、後付けてあろうとも立派な体内器官の一つ。それに異常が発生―――つまり魔力が減少するなりすれば、その影響は肉体的な疲労や痛みなど様々な形で現れる。
 つまりリキューは、リンカーコアという未知の器官の異常とリンの『魔力乖離』による効果、この二つによる体調異変に襲われているのである。

 たとえ無防備にリモート・スフィアの直撃を受けたところで、リキューは小揺るぎすらしない。現に避け切れなかった光球の直撃を幾つか受けたが、それによるダメージは皆無であった。
 しかし、肉体的なダメージとは別の、上記の通りの異変がリキューの身体に襲いかかっていたのである。
 これに気付き、リキューは必死に光球を全て避けざるをえなかった。リキューは前回の戦いの最中、すでにリンカーコアを発生させていたのだ。
 リンにはすでにその反応は予想済みであった。ゆえにさらなる追加のリモート・スフィアを生成し空間を埋め尽くし続けながら、傷の再生を行っていたのだ。
 その表情は、リキューに対して実にいい気味であると、笑っていた。

 そして今。
 全てのリモート・スフィアを片付けたリキューは疲労困憊であり、対してリンは傷を全て再生させていた。
 例えスペック差で負けていようが、たかがそれだけの人間程度に負けはしない。そのリンの自負は、驕りではない。
 リンは決してトリッパーの中で最強という訳ではないが、その実力がトリッパー内のランキングトップ10の内に入っているのは、事実であるのだ。

 せせら笑う様に、リンはリキューへ話しかける。
 圧倒的優位に立つ、優越が漂っていた。

 「じゃ、セリフをそのまま返させてもらおうか」

 ジェダイトを突き付ける。
 “羽”をはばたかせながら、リンは言う。

 「俺はお前に対して、気楽に攻撃出来るぜ」

 バインド。リンはそう一言付け加える。
 リキューは反応する。その言葉は、散々すでに聞いたものだ。
 バインドが発動するも、捕らえられる前にリキューの姿が掻き消える。
 と同時に、離れた横手の空間。その場所で、超速で移動していたリキューは、いきなり発生したバインドに、その身体を拘束されていた。
 間を置かず即座にリキューは拘束を破壊するも、しかし疲労が祟っていたのだろう。その動作は、一手遅れてた。
 リンのバインドが発生する。一瞬で数百。それだけのバインドを、畳み掛ける様にリキューへと巻き付ける。
 先月の戦いの際の倍近い拘束をかけて、冷やかにリンは告げた。

 「設置型バインド………俺がただ休んでいたとでも思ったのか? この馬鹿が」

 《スターダストメモリーズ、スタンバイ》

 ジェダイトが電子音声を発生させ、先月の戦いの焼き直しかのように同じ風景が展開される。
 部屋中の空間から集約されていく光の中、上段にジェダイトを構えてリンが喋る。
 リキューは微動だにしない。こうしている間も、『魔力乖離』によって、独特の脱力感と痛みが走っている筈である。

 「もう一つセリフを返させてもらおう。俺も、お前が心底気に喰わない」

 「………そうかい」

 小さな声で、リキューが返事を返した。
 鼻で笑らいながら、リンは最後だと言葉を付け加える。

 「お前は心底気に喰わないけど、別に殺す気はさらさらないからな。非殺傷設定は解除してやらないから安心しろ。ただ、しばらくの間ベッドの上で寝込むだけだ」

 感謝しろと、リンは恩着せがましい言い分を述べる。
 リキューはまたそうかいと言葉を返し、しかしさらに言葉を続けた。

 「安心しろよ。俺も、貴様は心底気に喰わないが、殺す気はないからな。当てる気はない」

 「………なに?」

 疑問符を浮かべて、リンがリキューを改めて見る。
 ふと、気付いた。
 数百の光輝くバインドに絡み付けられて分かり難かったが、しかしその拘束の合間から、何か、光が漏れているということに。
 リキューは喋る。その視線は、リンを睨みつけている。

 「先月の戦いのお返しだ………見せてやるよ、俺の必殺技を」

 「ま、まず!?」

 慌ててリンが動くも、まだスターダストメモリーズのスタンバイは終わっていない。
 そしてリンが何かしらのアクションを起こすよりも、二手速く、リキューが行動を起こした。
 光が、強まる。
 リキューがこめかみに血管を浮かべながら、叫んだ。

 「フルバスタァーーーー!!!!!!」

 光が弾けた。
 拘束場の中で組まれていたリキューの両腕から迸る光の奔流が、一気にバインドを弾き飛ばし解放される。
 そして光の中に、リンの姿は呑み込まれていった。




 瓦礫が落ちる。
 粉塵が舞い土煙に視界を閉ざしながら、リキューが荒く息を吐きながら佇んでいる。
 疲労困憊であった。リンカーコアへの打撃と魔力の放出は、かなりの消耗をリキューへ招いていた。
 加えて、完成したばっかりの必殺技の使用である。はっきり言って、リキューは倒れる一歩手前であった。

 訓練室の壁には大穴が空いていた。何処かのシールドで減衰され施設の貫通こそ免れたようであったが、幾つかのブロックは突き抜けになってしまっている。
 リキューには幸いにして、そちらの方向は無人区画ばかりで、この時巻き込まれた人間はいなかったが。
 膝に手を着きながら、しかしリキューは反省する。結局まだまだ未熟であると。
 本来、フルバスターは使うつもりはなかったのである。最大威力を誇るものの、威力のコントロールがまだ甘かったからだ。
 リキューにリンを殺すつもりはない。心底気に喰わない相手であるが、だからといってそれで殺すほど、短気でもなければモラルが欠けている訳でもないのだ。

 が、しかし。
 生意気な挑発に逆上した上に、先月と同じシチュエーションに陥ってしまったために、リキューは反発のあまりに技の使用を決意してしまったのだ。
 もちろん、殺す気がないことに変わりはない。ゆえにリキューはリンの様に非殺傷設定などという便利な力はないために、ギリギリで外す必要があったが。
 リキューが目線を移せば、収まりつつある土煙の中に倒れている一人の姿。
 もう“羽”も消えて、特徴的な長髪も銀の輝きを失せて純白に戻っている、リンの姿があった。気絶しているのか、マシン・ソードの状態のジェダイトを握ったまま微動だにしないが。
 直撃こそ喰らわずとも、直近にいたのだ。収束し切れなかった余波を全身に受けて、ダウンしていた。時雄であったら余波でも本体が脆弱であったから、やばかったかもしれない。
 非常に疲れた。一人その場に佇む、リキューの感想はそれだった。

 ともあれ、戦いは終わりである。
 前回の戦いの雪辱は果たせて、リキューとしても溜まっていた苛立ちの八つ当たりも済んで万々歳である。
 リンのことが気に喰わないことは今現在も変わらぬことであるが、しかしだからといって死人に鞭打つような行為をする気はない。

 (医療セクションぐらいにまでは、連れて行ってやるか)

 リキューはそう思って、倒れているリンへ近づいた。
 そして気乗りしないながらも持ち上げようと、リンの身体に手を伸ばした時である。
 その顔先に、人差し指が突き付けられた。

 「……………は?」

 「喰らい、やがれッ!」

 《私のマスターは、本当に、実に見苦しい男です》

 魔法陣が展開され、巨大な砲撃がリキューの顔を直撃した。
 一切の肉体的なダメージは受けずも、ごっそりと魔力を奪われ、襲いかかる脱力感にその場へ倒れるリキュー。
 憤怒の表情で面をなんとか上げたリキューは、煮え滾る視線を同じく倒れているリンへと向ける。
 そこには倒れながらも、やってやったぜと言わんばかりにイイ表情をしたリンの顔があった。

 「き、っさまッッ!!」

 「誰が、てめぇなんぞに、負けるか! こちとら伊達にトリッパーやって長いんだ。パワー押し馬鹿に負けるかっての!!」

 だいたい今時流行らないんだよ、ただの格闘漫画なんて。時代はトリックだ、テクニックだ。リンはリキューへ訳の分からない言葉を喋る。
 リキューはその内容を一切理解できなかったが、とりあえず、今するべきことは明快であった。

 リンとリキュー。両者はふらつき四肢を着きながらも、超接近インファイトバトルへと移行したのであった。








 かくして、リキューは惑星ベジータを出奔し、トリッパーメンバーズへとその身を属することになる。
 そしてその中で色々な出会いや経験を経ながら、その強さを磨き時を過ごすことになる。
 年月は流れる。
 そして四年の月日の後、リキューは今生での己の成し遂げてきた全て業と、惑星ベジータで向き合うこととなる。








 ―――あとがき。

 作者です。100kb突破しました。パワーダウンです。真剣にダウンです。
 前回の更新後、感想見てうわヤベと思ったり。見苦しいけど言い訳させて。
 前話はあえて一部の描写を省き、リンのキャラクター性などを伝える方を優先させました。このあたりは成功したと思っています。
 色々パワーバランスだとか有り得ないとか言われているのは、まぁ今回の話で公開されたオリ設定を見て納得して欲しいなぁと、そう願っています。
 リンはキャラクター設計で、どう見てもDBに勝てないだろう世界出身だけど、ワールド・ルールを駆使したら勝てるというコンセプトでした。ですので、このコンセプトを守れるであれば、極論言ってトリップした世界を変えても支障はなかったりします。ですけどもう内容の展開について最終話まで考えていますので、申し訳ございませんがリンの設定の変更などは無理です。ごめんなさい。
 意外と感想の中に公開していないオリ設定に触れるものが多数あり戦慄。読者の鋭さは時々凄い。
 作者は二次創作について、原作に敬意を払いつつ拡大解釈を最大限を行うべきだと思っております。ウェカピポさんやフェ○何とか教授は心の師。
 初期プロットでありました異世界編ですが、完結を優先させるためにキングクリムゾンすることにしました。すみません。
 一応アイディアや考えはあるので、完結した後に暇があれば番外扱いで出そうと思います。

 次回更新は時雄視点の外伝予定です。
 非常に多くの感想が集まったことは、それだけ多くの人たちが見てくれているのだということでもあります。皆様方、ありがとうございました!!

 感想と批評待ってマース。



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