暗かった。
冷たかった。
寒い。
何も見えない。聞こえない。
何をしていた?
何処にいるんだ?
何かをしたいのか?
何も思いつかない。何も浮かび上がらない。
沈んでいく。
俺が沈んでいく。
何処までも何処までも。
何処に行くのかは分からなかった。が、そこがもっと冷たということだけは分かっていた。
寒い。寒くて震えそうだった。
だから沈むことが、ただただ嫌だった。
ふと、明りが射した気がした。
暗くて深いどこかの中で、身体の中に温かみが生まれてきていた。
身体が浮かび上がるような気持ち良さが、心地良さが沸いてきた。
そう思った時には、もう沈んでた身体が実際に浮かび上がっていた。
光が、見えた。
俺は泡沫の沈みから、光の中へと入っていった。
最後に、ふと振り返った後ろ。そこに何か、誰かの姿の影が、見えた気がした。
「――――っう」
身体を動かした際の違和感に、リキューはその意識を完全に覚醒させた。
うめき声を上げながら、ゆっくりと目を開く。
視界に、清潔な白に染まった天井と、眩いばかりの光源である電灯が目に映る。
視線を動かして辺りを見回すと、どこかの医務室のような光景。装飾や風景の違いに、明らかに自分の部屋でもなければ惑星ベジータのメディカルルームでもないと分かった。
全身に引き攣る様な違和感を纏わせながら、上半身を必死に起こす。
リキューは戦闘服ではなく薄く単純なシャツとズボンを纏い、見たことのない特徴性の皆無なベッドで横になっていた。
(何だ、どうなっている?)
「ああ、気が付いたのかね?」
かけられた声に、弾かれる様にリキューは反応した。
医務室らしき部屋、その入り口のすぐ近くに、白衣姿のドクターと思しき服装の人間が立っていた。
ドクターは感嘆の表情で部屋の中へ入ると、警戒しているリキューにも気付いてないのか、話しかけた。
「すごいな、もうそんなに身体を動かせるのかい? まだ処置をして峠を越えてから、一晩しか経ってないって言うのに。驚くほどの回復力だ」
「処置だと? 俺の身体に何をしたんだ!?」
不穏当な単語を聞き取り、リキューは思わず声を荒げてしまった。右も左も分からない状況にある中で、洒落にならない言葉である。
ドクターはびっくりしたように目を丸くしたが、落ち付かせるように優しく言葉を続ける。
「まぁまぁ、そんな変なことはしてないさ。少し落ち着きたまえ。普通に傷の手当てを施しただけだから、安心しなさい。処置内容の説明でもしようかい?」
「傷……?」
その言葉に考え込み、ようやくリキューは意識を失う直前にあったこと。すなわち勝田時雄との邂逅とその顛末について思い出した。
結局時雄の行った謎の“切り札”による負傷の影響で、リキューは昏倒してしまったのだ。あの時の傷は、そのまま死んだとしてもおかしくないレベルのものであった。
正直言って、あの状態から今生きていることは奇跡と言っても差し支えがない。
リキューが朧に残っている最後の記憶は、時雄は自分を背負ってあの“穴”の中に飛び込んだところまで、であった。
(良く分からんが、ここは時雄の属する国か組織、ということか?)
リキューは状況証拠を積み上げるに、そう見当を立てる。
実際そう間違った考えではないと思うが、しかし確かめる手段はなかった。
「君が運ばれてきた時には、もうかなり状態は深刻であったからね。未知の種族であることもあったし、何よりも先にゲノムデータや体質に関して検査させてもらった後、急いでナノマシンを全身に投与。傷口は縫合する時間も惜しかったんで、回復魔法を使用しての治癒力の急速促進で塞がせてもらった。輸血の必要もあったんだが、こちらも残念ながら時間が足りずデータ不足だったからな、その代替にナノマシンを増量することで対応させてもらったよ。この増加分で全身の違和感も強いと思うけど、半日ほど経てば成分も変化して安定するし、不要分も自然分解するから我慢してほしい」
それにしても本当に素晴らしい生命力だと言い募りながら、カルテらしき書類を見て、ドクターがリキューに行った処置の内容について述べていく。
リキューはそれを黙って聞きながら、しかし妙な単語の含みに怪訝な表情を浮かべた。
(回復……“魔法”? それに、ナノマシン? なんでまた、そんな古臭いものを?)
リキューの身近にもメディカルマシーン、俗称に治療ポッドと呼ばれているマシンに、微小機械は使われている。
治療の際に対象者の全身を包みこむ溶液。それが治療ポッドで使われている微小機械であるのだ。
ただし、治療ポッドの溶液はナノマシンではなく、それよりもさらに極小で高性能であるピコマシンで形成されているが。
このピコマシンで形成された溶液は高い浸透圧によって、傷口からはおろか皮膚の毛穴といった、細胞と細胞の合間という合間から対象者の体内へと瞬く間に浸透する。
そして文字通り内外から全身を癒し、異常部分の正常最適化を行うのだ。そして作業完了後は対象者にとって害のない組織液やビタミン成分などに分解変質し、跡を残さず消滅するのである。
つまり何が言いたいのかと言えば、すでにナノマシンというのは、リキューの認識では一世代以上に古い前時代の骨董品なのである。
加えて“魔法”である。
これまたリキューの知識では、魔法と呼ばれる代物は、魔族をはじめとした宇宙の一部の種族だけが扱える、戦闘力とは関係ない不思議な能力のことである筈だった。
(戦闘力と関係ない………ああ。そう考えれば、あいつが使っていた“スタンド”とかいうのは魔法なのか?)
知識を掘り返し、時雄について納得したようにリキューは内心で頷いた。特徴だけ取ってみれば、まさしく時雄の“スタンド”は魔法と呼んでよかった。
なお、このリキューの持つ魔法や各種テクノロジーについての造詣は、テクノロジストとしての学習過程で培ったものである。
それが盛大な勘違いであるということを教えてくれる人間は、残念ながらこの場にはいない。
「確か君を連れてきたのは、メンバーズの人だったね? それじゃ、意識を取り戻したことを連絡しておこう」
ドクターは考えに没頭しているリキューへそう言うと、ベッドの傍を離れる。
そうして入り口近くに取り付けられている端末へ近づくと操作し、どこかへと連絡を取り始める。
その姿を見送ってから一拍の間を置き、リキューはまた知らない言葉に疑問を生む。
「ああ、医療班の医師の者ですが、十時間ほど前に運び込まれた患者の意識が――――――」
「…………メンバー、ズ? 誰のことだ?」
あるいはそれは、時雄のことなのだろうか? ふと直感で、その名前をリキューは連想した。
連れてきた人だと言うのだから、間違いではないだろう。だがしかし、リキューの記憶では当人は自分たちのことをトリッパーだと、そう呼んでいたのではないか?
いや、違う。そんなことよりも、とリキューは次々と沸き上がる有象無象の疑問を圧し潰し、何よりも大事な一つの事柄を考えた。
(ここは、一体どこだ?)
遅まきながら、リキューはようやくその重大事項に着目した。
話を終えて端末を切り戻ってきたドクターに対して、ドクターが口を開くよりも早くリキューが尋ねる。
「おい、ドクター。いったい、ここは“何処”なんだ?」
ドクターはその発言に目を丸くする。
リキューの口の悪さには頓着せずに、彼は答えた。
「何処って、リターン・ポイントだが? もしかして、知らないのかい?」
「リターン・ポイント? 何処にある星のことを言っている?」
「星って、そういうところじゃないんだが………。君、何も知らないみたいだね」
リキューのスケールが大きい問いかけに、ドクターは困ったように口を閉じる。
んーと顎に手を当てて考え込んでいたが、いいアイディアが浮かんだのか、っぱと表情が切り替わる。
ドクターはリキューと視線を合わすと、こう言った。
「さっき連絡を入れたから、君をここに連れてきたメンバーズの人がすぐに来てくれる筈だ。ここについての説明とかは、その人に聞けばいいだろう」
それがいいと言いながら、ドクターは一人頷いていた。
っちと不愉快気に舌打ちするが、リキューは黙って上半身をベッドに転がす。
リキューは短気の気がある人間ではあったが、わざわざ積極的に問題行動を起こす気もなかったのだ。
そして結局、リキューはその自分を連れてきたメンバーズの人間が来るまで、大人しく疑問を呑み込んだまま待つこととなった。
「ああ、説明? パス、面倒だし。説明係てか、担当の人が別にいるから、その人に聞きたいことは聞いてくれ」
果たして、迎えに現れたのはやはり勝田時雄その人であった。
が、しかし。ようやく疑問を晴らせるとばかりに言葉を投げかけたリキューへの返答が、上の台詞だった。
わざわざ積極的に問題行動を起こす気がないリキューではあったが、短気の気があるのは確か。
ゆえに思わず軋む身体を動かして時雄の顔面を掴み圧力を加えてしまうのも、無理ならかぬことであろう。
とりあえずフィンガーハングを喰らっている当人の元気が程良くなくなったあたりで、時雄少年は無事解放してもらうこととなった。
この戦闘民族めとブチブチ悪態をつきながら、時雄は言葉を続けた。
「こっちも身体全体が疲れきってて辛いんだよ。ダメージは全部治療してもらったけど、体力やら気力まで全快した訳じゃねーの!」
さっきまで別の部屋のベッドでずっと寝てたんだぞ、俺も。時雄はそう言い、欠伸にふわっと一つ、大口を開ける。
言われてみればと、時雄の服装はリキューと同じシャツとズボン、つまり患者服であり、疲れていると言う言葉も嘘ではないようだった。
こうしている間も眠いのか、時雄は視線をうつろにし、ふらふらと頭も揺れ動している。
「担当の人がいるってのも本当で、実際聞きたいことも全部その人に聞いた方がよく分かるはずだから。手続きつか、申込みもしといてやるよ………」
「あ、ああ……分かった」
「じゃ、案内表示されるから……もう、勝手に行ってくれ…………」
話している内に眠気がぶり返していたのか、本格的に意識を揺らしはじめていた。
さすがにその様子を見て、もうリキューも文句は言えずに、口を閉じて了解の意だけを返した。
聞いてるのか聞いてないのか、時雄はそのままふらふらーと力のない様子のままに、懐から出した小さな黒い機械をプチプチ弄って部屋を出て行った。
大丈夫なのかあれは? リキューはそう思ったのだが、まあホームグランドだろうし大丈夫だろうと片付けた。
スルーしたとも言う。
さて、ともあれ聞きたいことは山ほどあると言うのに、一向にそれは解消される様子がない。
どんどんタライ回しされて、結局リキューの疑問は宙ぶらりんのままである。
トリッパーとは何なのか?
メンバーズとは何なのか?
リターン・ポイントとは何なのか?
そもそもここは何処なのか?
聞きたいことはどんどん溢れていた。
現状分かったことと言えば、使われているテクノロジーが数世代前のレベルであること。魔法が使われているのだという程度である。
はっきり言って、こんなものでは無知と同意義である。
リキューは自身の精神的な安寧のために、さっさと胸に渦巻く疑問を片付けてしまいたかった。
(案内が表示されると言っていたが……)
時雄が言っていた言葉を思い出す。あれはいったいどういう意味なのか?
表示されるとは、部屋のどこかに画面でも置いてあるということか。リキューはそれらしいものを探して、キョロキョロと見回す。
だが、入院部屋のようであるこの部屋の中に、それらしいと思える機器は見つからなかった。
もしかして狂言ではないか? 時雄の退出時の様子を思い出し、ある意味最も可能性の高いそれをリキューは連想していた。
そのリキューの目の前の空間に、ポンといきなり画面が出現した。
不意打ちのそれに、リキューは思わず驚きの声を上げてしまった。
リキューの隣でバイタルデータをチェックしていたドクターが、心配はいらないと声をかける。
「空間ディスプレイは初めてか? まぁ、慣れない内は戸惑うだろうけど便利な代物だよ」
「3D、いや空間投影型のディスプレイか」
正体を見抜き、ほうと感嘆の声をリキューは上げた。
立体画像はフリーザ軍でも別に技術的には実現できないと言う訳ではないが、実用するには無駄なジャンク部分が多く普及していなかった技術である。
先のナノマシンでやけにレトロな技術を使っている印象を抱いていた分、この3Dディスプレイの表示はリキューに思わず感心の念を持たせた。
ディスプレイには、簡易的なマップ画面が端に表示され、中央には大きく矢印が提示されている。
文字通りの、案内表示であるらしい。それもリアルタイムでのだ。
「どうやら、準備が出来た様子であるけど………どうするんだい?」
「望むところだ。今すぐ行かせてもらう、っさ!」
全身に違和感のある身体を無理矢理に動かすと、身を起してベッドから降りた。
身体を動かすのは非常に辛かったが、しかしリキューにしてみれば身体のことなぞよりも、精神的な問題を解決する方が何倍も大事であったのだ。
そのまま用意されていた簡易靴を履き、見た目は平然と歩き出す。
ダメージは完全に癒されているとはいえ辛いことに変わりはない。そのことを知っているドクターは、そのリキューの行動に心底感服の表情を送っていた。
やはり実に素晴らしい回復力に生命力だ、とドクターは言葉に出して褒め称える。ふと、そのドクターにリキューは疑問を抱き、入口で振り返った。
「そういえば、ドクター。お前、さっきカルテをディスプレイじゃなく紙で見てなかったか?」
「ああ、あれは私だけだ。他の同僚はみんな空間ディスプレイを使っているよ」
「何故だ? 機密……プライバシーか何かか?」
「いや、ただの趣味だ」
「………………………………………そうかい」
リキューはディスプレイの表示に従って移動していた。
基準位置を相対的に設定しているのか、ディスプレイはリキューが動くのに問題なく付いてきていた。
歩き続ける内に医療セクションを抜けたのか、リキューの目に映る人々の様相が変わっていく。
リキューはやはり、ここがどこか基地か何かの施設内部なのだろうと考える。
歩き続ける通路には一つも窓が見当たらず施設が密閉型の印象を抱けたし、マップや実際に見て歩いてみて、かなり施設が大きいことを把握したからだ。
地下に埋設されているという可能性もあったが、リキュー自身の勘では宇宙ステーションに近いものを感じていた。
また多種多様な人間が働いているようであり、途中でリキューが見かけた人間はアジア系だけに限らず、別種のヒューマノイドタイプや人間型以外の種族の姿も見ることが出来た。
それは人種の坩堝、というよりも混沌という感じで、様々な星から精鋭を掻き集めたフリーザ軍の構成の様に、統一性が欠けていた。
また一つ、リキューの疑問は増えることとなる。
やがて、食堂らしき区画や娯楽室のようなブロックを傍目に歩き抜けながら、リキューは段々人気の少ない通路へと入っていった。
交通量が減った通路には事務職らしき人間の姿なども時折見かけたが、それすらもついには見えなくなってきた。
そして長い道を歩き通した末、立派な構えの扉まで来たところでディスプレイがCLEARと表示し、消え失せる。
案内が終了したのだ。
(ここに、説明係がいるということか)
ようやくこの時が来たと、リキューは不機嫌そうに息を漏らした。
特に声もかかっていないが、リキューはそんなことには頓着せず、さっさと進み出た。
前に立つリキューの存在を認識し、扉が開かれる。スライドし扉が開かれた先は、広い空間を持った部屋があった。
そして簡素であり装飾のない広い部屋の中、中央奥に一つだけ置かれた立派な机と対応用らしきソファーがあり、その机に一人の人間がいた。
少し驚いたように彼はリキューの方を見たが、特に咎めることもなく言葉を発する。
「や、まずは初めましてかな? 確か、名前はリキューだっけ?」
手元に小さなディスプレイを表示しながら、確認するように喋る。
おそらくは男だとリキューは判断したが、しかし女と見間違うような人間であった。
姿形は標準的なヒューマノイドであり、髪は腰まで届くような長髪。その髪色は青と言うには薄く、白というには深い。あえて形容するなら、空色とでも呼べる色彩だった。
身体つきも華奢で細く、サイヤ人であるリキューと比べるまでもなく、普通の種族として見ても柔にしか見えない。
顔はとても整っており、本来ならばあまり記憶に残らない筈の美形が、逆にその美しさゆえに強く記憶に焼き付けられるほどであった。
また非常に変わった雰囲気を漂わせており、それが一層の神々しさを醸し出していた。
その姿は端的に言って、大抵の人間に男女問わず、その美しさに物怖じしてしまうほどの畏怖を与えるほどに美麗であったのだ。
がしかし、リキューにしてみればそんなことはどうでもいいと、一切無関心のままであった。
サイヤティック・メンタルに、美しいだとかキレイだなとか、そういった感性は全くと言っていいほどないのである。
美しさよりも強さ、花より団子。このように、至極原始的な欲求に従った精神構造をしているのだ。
単純、とも言うが。
「お前が説明係か? こっちは聞きたいことが山ほどあるんだ、今度こそ誤魔化さないで全部聞かせてもらうぞ」
「ん、まあ合ってるけどね………そう慌てなくても、ちゃんと答えるよ。そこに立ってないで、こっちに座ればいい」
目の前のソファーへ手を向ける彼の言葉に、リキューは不躾な視線を隠さなかったが、別に反抗せずに素直に従う。
ようやく、本当にようやく、この胸の疑問を解消できるのだ。答えの出ない疑問が答えの出そうな、中途半端な状態で放置されるほどこと、ストレが溜まるものはない。
リキューがソファーに座ったのを確認して、彼も表示していたディスプレイを消して向きあった。
その際、ソファーの上でひょこりと動いているリキューの尾を見て、彼が言葉を漏らす。
「本当にサイヤ人なんだな………。いや、別に可能性がない訳じゃないんだろうけど、いるとは思わなかったよ」
「サイヤ人がそんなに珍しいのか?」
「まぁ、そりゃ、ねぇ?」
苦笑しながら、彼は言葉を濁らす。
リキューはその伝えようとする意味を汲み取れず、ただ眉を顰めて不機嫌になるだけだった。
さてと、彼は気分を切り替えてリキューへと話しかけた。
「私の名前はクロノーズ。新しくここに来たトリッパーへの説明役を担当していてね、さしあたって先に何か聞きたいことがあるなら、そっちから質問を受けるよ」
「じゃあ聞くが、そのトリッパーとは何なんだ? 日本人のことだと聞いたが、ここにいる奴らはどう見ても日本人以外の人間にしか見えない奴らもいたし、そもそも俺もサイヤ人だぞ」
「あー、そこからか………」
どう説明するかとぼやきながら少し考え込み、クロノーズは口を開く。
彼はリキューに対して、そもそも前提を間違っていると言った。
リキューは不可解そうに呟く。
「前提だと?」
「そう。この場合の日本人とは、単純に地球という名前の惑星の日本という島国に住んでいる人間を指している訳ではない」
「なら、まどろっこしい言い方は止めろ。さっさと答えを言いやがれ」
「んー………分かった。じゃあ一言で言わせてもらうよ」
表情を引き締め、真剣で真面目な雰囲気を作る。
クロノーズは宣言通り、簡潔に一言で語った。
「“現実”から創作物の世界へ移動した人間。その人間が“トリッパー”だと呼ばれるんだよ」
「なッ」
にッ!? とは言い切れず、驚きのあまりに言葉の最後をリキューは呑み込んでしまった。
一瞬、リキューは考える。
現実とは、何の事を言っているのか? 今が現実ではないとでも言うのだろうか? 夢の中だとでも?
しかしそれも一瞬である。リキューは一瞬の次には、つまり刹那の間にはすでにクロノーズの言わんとすることが理解できていた。
クロノーズの言った、“現実”から創作物の世界へと移動した人間。
自分が今までいた、生きてきた世界は何だ? リキューはそう自分に問いかけた。
答えはすぐに帰ってくる。
それは、“ドラゴンボール”の世界だ。
「どうやら、分かったみたいだね」
リキューのその表情を見納めて、クロノーズは言った。
未だ収まらぬ感情を持ちながらも、リキューはその彼の言葉へ反応する。
「まさか……そういうことは、お前も?」
「そう、たぶん君の考えている通り。私も君と同じ、“現実”から創作物の世界へと移動、トリップした人間。つまりトリッパーだよ」
まあ、私がトリップした世界はドラゴンボールではないけどね。クロノーズは一言そう付け加えた。
現実から創作物の世界へと移動することをトリップすると呼び、ゆえにトリップした人間のことをトリッパーと呼ぶ。彼は沈黙したままのリキューへそう説明を続けたのだ。
創作物の世界。今までリキューが生きていた世界こそ、まさに“ドラゴンボール”という創作物の世界であった。
そしてリキューは自分が、遥か遠い日本人の記憶にその“ドラゴンボール”を読んだ記憶を、つまり“現実”と呼べる世界についても認識していた。
だからこそ、自分にそぐわぬサイヤ人という周囲の価値観に苦しんでいたのだ。歪で複雑な精神を形作り、フリーザを倒すと決意したのだ。
本来ならば有り得ない、絶対に有り得ない境遇であったがために、ずっと一人で孤高に生きていたのだ。
そう、ずっと一人だったのだ。
リキューは自分の様にマンガの世界に入り込む人間なぞ、他には一人もいないと考えていたのだ。
自分がどんな感情を沸き起こしているのかも分からず、リキューは身を乗り出してクロノーズへ言い募る。
「他にも……他にも、俺の様にマンガの世界に入った人間がいるのか!?」
「マンガには限らないよ。創作物って言っただろ? アニメや小説にゲームと、それこそいろんな世界にトリップしている人間がいるよ」
はたしてそれは友愛が悲壮か感激か憤怒か、あるいは今までの言葉では言い表せない全く未知の感情か。
大きな、とてつもなく大きな感情のうねりが、濁流となってリキューの心の中で荒れ狂っていた。
混乱したまま、言葉が口に出来ないままに、ソファーへ深く身を沈めて、リキューは背を後ろへ倒して顔を天井に向けた。
何を思ったか、何が思えたのか。それは本人も含めて誰も分からなかった。
しかしただ一言だけ、リキューの口から言葉が漏れた。
それだけが、具体化できたことだった。
「―――――――ひとりじゃ、なかったのか」
クロノーズは、黙ってリキューが落ち着くのを待っていた。
リキューが落ち着いたのを見てから、クロノーズの説明が再開した。
とはいえ、基本はリキューが質問し、クロノーズがそれに返答する形であったが。
「トリッパーというのは、何人いるんだ。まさか、ここにいる人間全員がトリッパーなのか?」
「いや、それは違うよ。まあ、確認できているトリッパー自体は現時点でも数百人以上はいるけどね。たぶん、千人はいなかった筈。ちなみに、ここにいる人間の大半は、それぞれの世界から雇ったその世界の住人だよ。組織が大きくなった分、トリッパーだけじゃ運営するのに人の手が足りなくなってね」
「組織? いや、そもそもここはどこなんだ? やはり、どこか別の創作物の世界か何かなのか?」
「あー………それだったら、ちょっと待ってくれ。映像を出しながら説明するから」
クロノーズが、机に内蔵されている端末を操作する。
すると机の上に、巨大なディスプレイが展開され、リキューの方へと近付いてきた。
そのディスプレイには、白生地に黒い斑模様という奇妙な空間に、宇宙ステーションらしき構造物が映されていた。
クロノーズはその提示されている構造物を指差しながら、リキューへ説明する。
「とりあえず現在位置について説明するけど、その画面に表示されているものが今私たちが中にいる建物で、私たちの組織であるトリッパーメンバーズの本拠地となっているリターン・ポイントだ。元々は別の作品世界の巨大宇宙船を建物代わりに持ってきてね、それから幾つか増改築を繰り返して今の状態になっている。全長が惑星とまではいかないけど、衛星サイズはあるからね。増改築の繰り返しでかなり住み心地が良くなっているよ」
「宇宙船を丸ごと、ステーション代わりに使っているのか」
その発想のスケールの大きさに、リキューは素直に驚いた。そのアイディアはなかった。
感心しているリキューへ、ステーションというより都市に近いとクロノーズは言う。
「ま、サイズだけは先に言ったようにあったからね。資材や道具類を持ち込んできて、ドンドン中を好きにぶち抜いて改装していったらそうなってたよ」
「そのことは別にいい。それより、この妙な空間は何なんだ? 明らかに普通の空間ではないし、それにそのトリッパーメンバーズとかいうのも、何が目的なんだ?」
リキューは画面に映る、斑模様の空間を指してクロノーズに聞く。
それはリキューの知る限り、どう見てもただの宇宙空間でもなければ、知識にある異次元空間の姿でもなかった。
「分かったって、ちょっと待ち。ちゃんと説明するけど、かなり長くなるよ?」
「構わない。早く教えろ」
はいはいと、リキューの言葉にクロノーズは長い説明を始めた。
最初のきっかけは、とあるトリッパーがある技術を開発したことであるらしい。
それは、それぞれがトリップした創造物の世界を超えて、トリッパー同士が連絡を取れる代物であった。
この技術を使って、おおよそ十人前後のトリッパー同士で連絡を取り合い始めたのが、最初の最初の始まりであったと言う。
彼らはそれぞれが連絡を取り合って知識を共有し、各自の世界の技術を使って研究を重ねて、遂には世界を超えることが出来るようになった。
その時お互いに顔を見せ合い合流した場所が、現在のリターン・ポイントが鎮座する斑模様の空間であり、そしてその世界と世界の狭間とでも呼べる場所がここであるとのことであった。
「便宜上、この空間についてはゼロ・ポイントって呼ばれているよ。色々特殊な性質があるんだけど、まあ今は関係ない話だね」
クロノーズはそう言うと、話を続けた。
この時集まったトリッパーたちは、互いに話し合いを行い、そして開発した技術を使ってある目的のために集団で活動することを決め、その団体名をトリッパーメンバーズと定めた。
これが、後に現在のトリッパーメンバーズと呼ばれる組織になる前身であり、雛型であったのだ。
そしてこの過去と現在のトリッパーメンバーズという集団にある根底の基本運営方針は、変わりなく一致している。
トリッパーメンバーズという組織の運営方針。それは同じトリッパーへの保護と援助であり、そして現実世界への帰還である。
「現実への帰還ッ!?」
「そう。やっぱり自分たちの生まれ故郷でもあるし、なによりも創作物の世界へのトリップなんていう、この有り得ない異常事態に心底嫌気が差しているトリッパーもいるからね。まあ、逆にこの世界に骨を埋めようっていう考えのトリッパーも結構いるけど。とはいえ、現状では現実へ帰還については全然目処は立ってないけどね。メインはトリッパーの発見・保護で、帰還方法については現在、常時模索中だ」
リターン・ポイントという本拠地の名前の由来はここにあるのだと、クロノーズは言った。
現実への帰還、その足掛かり場所だと。
クロノーズはさらに続ける。
開発された世界を超える技術についてだが、それは特性と言うべきか枷と言うべきか、自由自在に好きな創作物世界に行ける訳ではなく、ある三つの決まりがあった。
それは以下の通り。
この技術では、トリッパーのいる世界にしか行けない。
一度行くまでは、目的地がどの世界かは特定できない。
新しい世界へは、トリッパーでないと移動することができない。
この三つが世界を移動する際の大原則として、組織には存在した。
これは前述通りに枷とも言えたし、特性とも言えた。
何故ならば、新しい世界へと移動すれば、その世界には確実にトリッパーが存在することとなり、発見と保護が行えるからである。これは組織の運営方針として迎合できた。
だがしかし、トリッパーでなければ新しい世界へは移動できないことと、一度移動するまではどういう世界か分からないことはデメリットでしかなかった。
トリッパーでなければ新しい世界の開通が出来ないことは使える人員を大きく制限してしまうこととなるし、移動先が不明だと、下手に物騒な世界だった場合にトリッパーが危険に晒されるからだ。
現に、“ドラゴンボール”の世界へとトリップした時雄は、トリップした直後にリキューと遭遇し、すれ違いの結果戦闘状態へと陥ってしまっていた。あれがもし会ったのがリキュー以外の他のサイヤ人だった場合、今頃時雄の命はなかっただろう。
新しい世界へのトリップには、そういった危険も常に付きまとっていたのだ。
ともあれ、組織はトリップに対し危険性を持ちながらも、その活動を継続した。
新しい世界の開通を行い、その世界にいるであろうトリッパーの発見と保護を行いつつ、現実への帰還方法も模索していたのだ。
しかし、活動を続けていく内に新たな問題が出てきた。
それは活動費用についての問題である。
トリッパーの保護を続ける内に、その数の多さに近い未来、その援助に限界が来るだろうと言われ出したのだ。
そこで資金難への解決策として、組織はその運営の拡大を図った。
単純に言えば、企業的な活動も副業的に行い始めたのである。
基本的な組織の売りの“目玉”は、技術にある。あるトリッパーはそこに着目した。
組織は新しい世界の発見と最初のトリップこそトリッパーが行われなければいけなかったが、しかし一度トリップしてしまえば、その世界へは自由に誰でもトリップすることが出来たのだ。余談だが、これゆえに新しい世界への最初のトリップは開通と呼ばれている。
これを利用し、組織は効率的な資金稼ぎを各世界で行ったのである。
この時点で組織には、様々な世界へのトリップが可能な状態であり、そしてその扱っている技術も極めて混沌として、商品として提供できるものが様々にあったのだ。
つまり、中世レベルの文明世界で石鹸や印刷技術などを売り、現実に近い文明の世界では、少しばかり未来のSF世界での技術を取り扱ったり、といった行為によって収入を得たのである。
この策は成功し、それぞれの世界でボランティア団体的に活動したり、あるいは企業などを立ち上げて、組織は資金難に関する問題を解消することが出来たのだ。
だがしかし、この組織の運営拡大に伴って、組織は先にクロノーズが言ったように人手が足りなくなってきた。
そしてしまいには、このままでは人手不足で組織運営が停止してしまう一歩手前までに、追い詰められてしまうこととなる。
このレベルにまで深刻化するに至り、組織も規模が拡大してきたために増大した仕事量に対し、組織の中枢構成員にもトリッパー以外の人間を起用して対応することしたのだ。
すでに手伝いレベルで各自の世界から給仕やメイドといった者は連れてこられていたために、この決断もスムーズに働き、そして組織はさらなる躍進を続けることとなる。
こうして拡大と進出を繰り返した結果、トリッパーメンバーズは最初の十人前後の集まりであった集団から、現在の形へと至ったのである。
今では、様々な世界に大小問わず組織の手による企業や商店などの下部組織が点在し、そして関係組織に所属している人間も含めれば、その総数は万を優に超えるだろうという、一大巨大組織となっているのだという。
なお運営については、それらが上げる利益によって問題なく潤滑に行われているとのこと。
クロノーズは大体こんなところだと、長い説明を終えて息をついた。
リキューは思った以上の組織の規模とその変遷に、半ば呆然となっていた。
「省略したところとかはあるけど、大まかな筋はこんなところだね」
「なんというか………スケールが違うな」
「うん、自分でも時々、つくづくそう思う」
まさかこうなるとは思わなかったよと、クロノーズが苦笑しながら言う。
ふとその言葉に、リキューは気が付いたように尋ねた。
「お前は何時からこの組織にいるんだ?」
「クロノーズ、だよ。私は最初からだよ。ファーストメンバー………つまり最初期メンバーだからね、私は」
クロノーズ曰く、すでに自分以外の最初期メンバーは、現在の組織運営から手を引いているらしい。
大半のメンバーが一人引き篭もって研究したり、それぞれの世界で自由に生活を満喫していたりなど、気ままに生活しているとのこと。
組織との接触を完全に絶った訳ではないそうで、たまに会うことはあるらしい。
「もう組織の運営については、私自身の手からも離れているからね。基本的に総務部の人たちや周りの部署の人間が、現在の組織の運営と管理は行っているよ」
「なるほど………」
リキューは頷き、言葉を閉じた。
もう大半の、胸に残る疑問と呼べるものはなくなっていた。
そのリキューの様子を見て取り、それじゃこれをあげておくよ、とクロノーズは何かを取り出した。
「? 何だそれは?」
「イセカム。正式名称は長いし、誰も覚えてないから知らなくていいよ」
はいとクロノーズが手を伸ばすと、不思議なことにその手の中のイセカムと呼ばれた物が、独りでに浮いてリキューの元へと近付いていった。
しかしリキューはさして驚きを見せずに、平然とした表情のままで飛んできたイセカムを掴み取る。
なおその無反応さに、何気にクロノーズが残念そうな表情をしていたが、リキューは気が付いていなかった。
リキューはじっくりとイセカムを観察した。
サイズは小さく、形状は縦の長い長方形。しいてサイズと形状が近い物を挙げれば、シャープペンシルの芯ケースだろう。色が全体的に黒く、一部の操作盤らしきホイール類の縁取りに銀が使われている。
ここで不意にリキューは、これが病室で時雄の使っていた物と同じ物であることに気が付いた。
説明を求めてクロノーズに目を向ければ、リキューが問う前に彼が説明を始める。
「それはこのリターン・ポイント内で主に使用されている道具で、色々な機能を兼用している。簡単に言えばそれ一つで身分証にもなり、財布にもなり、ルームキーにもなる代物だよ」
「ほう。これがか」
付けられている細い鎖を持って、リキューが目の前でイセカムを揺らす。
クロノーズは投影していたディスプレイを消して、手元に新たなディスプレイを表示し操作する。
「登録しておくよ。名前はリキューで良かったね?」
「ああ」
少しの間を置いて、はい出来たとクロノーズが言う。
同時に、リキューの手の中でイセカムが仄かに輝いた。
見てみれば、イセカムの黒い表面に、内側から浮き出る様にリキューという文字が現れていた。
興味深くリキューが見つめている中、その文字も輝きを失い、元の黒い表面に戻る。
「言い忘れてたけど、それ一つで食堂区画の店と居住エリアの一部屋がタダで使えるよ」
「何? 本当なのかそれは?」
ただで飯が食えて寝る場所が貰えるという話に、リキューは思わず聞き返した。
クロノーズが柔らかく笑いながら答える。
「トリッパーを助けるって言うのは最初期からの運営方針だからね。問題ないよ。この待遇自体は、発見したトリッパー全員に与えられていることなんだ。まあ、予算的な方の問題がないからこそ、出来ていることなんだけどね」
もちろん、働かざる者食うべからずという考えもあり、保証されるのは最低限の衣食住だけである。それ以外の娯楽や贅沢をしたければ、働いて給料を得る必要がある。
とはいえ、それでも何もしなくても安全に生存できる環境が与えられるだ。それだけでも破格の待遇である。
「それじゃ、説明も長引いて疲れてるだろうし、イセカムの操作方法と最低限の注意事項だけを伝えて、この場は一旦解散することにしようか」
「ああ、それでいい」
リキューも頷き、クロノーズの最後の説明が行われる。
イセカムの操作方法は単純で、イセカムを握ってイメージすればいいだけとのこと。
伝達されたイメージをイセカムが受け取り、イセカム側がその要望を処理した情報を同じくイメージに変換し、持ち主の脳内へ送り返すらしい。
つまり画面に当たる処理を、本人の頭の中で行うということである。
リキューが実際に試し、握って起動のイメージを送ったところ、頭にイセカムの起動したという表示とメニューがイメージで帰ってきた。
成程とリキューは納得する。本人以外が触れてもイセカムは反応しないらしく、携帯端末としてプライバシーも十分に守られてた。
また曖昧なイメージを送っても見事に対応し、関連メニューの表示などといった親切機能に疑問に対するヘルプ機能も付いていた。
これならば、それこそ中世の人間からSFの人間まで、誰でも扱うことが出来るだろう。
また、注意事項として伝えられたことに対しては、強く注意するようにリキューは言われた。
まずトリッパーであるということは、同じトリッパー以外には基本的に話してはいけないとのこと。
これは何が言いたのかと言うと、つまり創作物世界の人間に対して、“あなたの世界は創作物である”とは伝えてはいけない、ということである。
トリッパーメンバーズには、トリッパー以上に創作物世界の人間が構成員として所属している。
ゆえに同じトリッパー同士の会話の際にはもちろん、それ以外の場合でも、創作物世界の人間には十分に注意を払い秘密厳守を通すことが求められたのだ。
万が一秘密が漏れた場合は、早急に自分まで連絡するように。そうまで念押しされた。
リキューは訝しげに尋ねる。
「何でまた、そんなに気を使う? 何か理由でもあるのか?」
その問いに対して、嫌なことを思い出したようにクロノーズの表情が歪んだ。
なんだと思うリキューに対し、クロノーズは重く口を開く。
「過去に大きな事件があったんだよ、そのことをある人間に話したことで」
「大きな事件?」
詳しくは話したくない。リキューに対してクロノーズはそう言った。
不可解気に眉を顰めるリキューへ、クロノーズは苦しそうな表情で語った。
自分の今いる世界が、今まで生きてきた世界が作り物だって突き付けられることは、思った以上に残酷な結果を招くことがあると。
ある人間にとってはそれがどうしたと跳ね除けることが出来ても、ある人間にはそれは出来ないことであるのだと。
それはトリッパー自身だって、例外ではないのだと。
その言葉の深いところについて、リキューは感じ取ることが出来なかった。
だが、リキューに進んで面倒を起こす気はない。不理解であっても、それが重要であるというのなら守るというだけだった。
しかし、それに当たって問題があった。リキューは率直に尋ねる。
「別に守れと言うなら守るが、どうやってトリッパーとそうでない人間を見分けるんだ?」
「それを見ればいい」
クロノーズはイセカムを指差して言った。
リキューへの疑問に、分かり易く答えられる。
「イセカムは身分証にもなるって言ったろ? つまり役職や、その所属部署でその色や模様が変わるんだ。イセカムが黒色なら、秘密について話してもいいってことだよ」
「そういうことか」
「だからイセカムについては、常に他人に見える様に外に出して置くように。少なくともここ、リターン・ポイントにいる間はね」
分かったと返事をして、リキューはイセカムの鎖を首にかけてぶら下げる。胸の上でイセカムは揺れていた。
そしてこれで話は終わりだと、クロノーズは言った。
「案内表示もイセカムを使えば出るから、迷うことはない筈だよ。重ねて言うけど、くれぐれもさっきの注意事項については気を付ける様に」
「ああ、分かってる。二度も言われなくても、別に破りはしない」
リキューはソファーから立ち上がると、軽く身体を動かして慣らす。
すでに、身体の違和感もほぼなくなっていた。類稀なるサイヤ人の生命力が通常を遥かに凌ぐ治癒の促進を果たし、役目を終えたナノマシンを急速分解させたのである。
入室時よりも軽やかに身体を動かし、扉の前に立ってスライドさせる。
ふと、その退出間際にリキューは振り返った。
ディスプレイを表示し仕事を始めていたクロノーズに、リキューが喋りかける。
「そういえば、お前………クロノーズは、何の創作物の世界だったんだ?」
「え? ああ、私のトリップした世界か? はははは………」
ぽりぽりとクロノーズは頬を掻くと、少し嬉しそうに表情を作った。
そのまま楽しげに、彼はリキューへ答える。
「私がトリップした世界は、“フォーチュン・クエスト”、もしくは“デュアン・サーク”っていうラノベ………いやライトノベルだよ。その世界の、ある神さまの眷属になってね」
知ってるかい? そう僅かに期待を込めて、クロノーズがリキューへ尋ねる。
リキューは神と言われてデンデ? を思い浮かべながら、無造作に答えた。
「いや、知らないな。ライト………ノベル? 外国の小説か? 悪いが、小説に触れたことはあまりなかった」
「あ、ああ……そうなの。ははは…………残念だなぁ」
ずーんと落ち込み、ディスプレイに向かい合うクロノーズ。
何で知ってるやつが少ないんだよいいじゃないかほのぼの面白いんだぞと、亡霊の怨嗟のような独り言が部屋に響く。
が、しかしリキューはそんなこと知ったこちゃなく、さっさと扉を抜けて外に出て部屋を後にしていたのだった。
リキューは早速胸元のイセカムを掴み、案内板を表示させるためのイメージを送った。
イセカムを操作し終わると、ポンと忠実にリキューの目の前にディスプレイが現れ、矢印が表示される。
クロノーズの話を聞き、身体の違和感も取れた以上、さしあったってリキューのやるべきことはすでに決定されていた。
多く与えられた情報を火急に纏める必要もあっただろうが、それは何よりも優先すべき事柄であった。
グギュルルと、奇怪な音が響き渡る。
リキューは腹を抑えながら、食堂区画へと急ぎ駆け抜けたのであった。
―――あとがき。
超速執筆。ノリに乗って書き終える。作者です。
超絶オリ設定の乱舞。この作品でやりたかったことその一。自重した方がいいな俺。
完全説明タイム。今になって気が付いたが、読んでてだるくないかこれ? ………いや、しょうがないよね? ね!?
感想ありがとうございました。いつか時雄視点の外伝も作る予定。PVの数が予想外に多くて感激です。作者張り切っちゃいますよ? ウボワァアアア!!!
感想と批評待ってマース。特に今回は切実に。