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No.5752の一覧
[0] 「風の聖痕・転性・転世界」[平凡眼鏡](2010/08/17 17:08)
[1] プロローグ 「全力全開で逃げてみる」[平凡眼鏡](2009/10/23 13:44)
[2] 第一話 「逃げ延びた先が安全だとは限らない」[平凡眼鏡](2009/05/31 00:00)
[3] 第二話 「悪いことは重なる物だったりする」 [平凡眼鏡](2009/05/31 00:01)
[4] 第三話 「そこは一般人でさえ、死亡フラグが乱立する世界」[平凡眼鏡](2009/05/31 00:00)
[5] 第四話 「中二病なお宅訪問」[平凡眼鏡](2009/05/29 00:00)
[6] 第五話 「理不尽な運命に好かれているのかもしれない」[平凡眼鏡](2009/05/31 00:01)
[7] 第六話 「決戦、神凪邸」[平凡眼鏡](2009/05/31 13:01)
[8] 第七話 「怒り狂う僕は最強だと錯覚してみたりする」[平凡眼鏡](2009/06/06 10:28)
[9] エピローグ(おまけ)[平凡眼鏡](2009/06/06 19:13)
[10] プロローグ 「二巻の開始=新たな死亡フラグ」[平凡眼鏡](2009/07/05 11:37)
[11] 第一話 「久しぶりの買い物と勉強をしたりする」[平凡眼鏡](2009/07/05 11:39)
[12] 第二話 「災厄から逃げたつもりでも捕まってたりする」[平凡眼鏡](2009/07/24 23:07)
[13] 第三話 「思わず口を出る言葉が合ったりする」[平凡眼鏡](2009/07/26 03:00)
[15] 第四話 「行動の結果が最良だとは限らない」[平凡眼鏡](2009/10/23 13:32)
[16] 第五話 「ふと心の隙間に気づいたりする」[平凡眼鏡](2009/11/29 23:11)
[17] 第六話 「少女×2とドラゴンと変態と」[平凡眼鏡](2010/01/29 19:29)
[18] 第七話 「不可能を可能にする人間でありたいと思ったりする」[平凡眼鏡](2010/01/29 22:12)
[19] エピローグ[平凡眼鏡](2010/02/05 13:07)
[20] プロローグ 「三巻の始まりとサービスサービス」[平凡眼鏡](2010/08/12 19:05)
[21] 第一話 「切っ掛けなんて些細なことだったりする」[平凡眼鏡](2010/08/17 17:08)
[22] 第二話 「時は金なりの精神を習得する」[平凡眼鏡](2010/08/20 19:08)
[23] 第三話 「腕試しに出向いてみたりする」[平凡眼鏡](2010/08/27 21:36)
[24] 第四話 「試し撃ちをしてみたりする」[平凡眼鏡](2010/10/17 11:56)
[25] 【設定メモ】[平凡眼鏡](2010/10/17 11:58)
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[5752] 第七話 「不可能を可能にする人間でありたいと思ったりする」
Name: 平凡眼鏡◆9aa27795 ID:d60f1d5a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/29 22:12
「――優希、お前を助けに来たっ!!!」

「っ、離せぇぇぇぇぇっ!!!」

 優希は絶叫と共に頭部に気を込めると、歯を輝かせて笑いかける龍真に向かって全力のヘッドバットをお見舞いした。気分は最強、威力は上々。がんっ、びしゃん、と音を立てて優希の額が、黒髪が鞭のようにしなりながらも、龍真の顔を追撃する。おでこが少し赤くなった気がするが、今はその件はスルーだ。
 優希は龍真の腕の拘束が緩まったのを確認すると、身体を捩るようにしてお姫様抱っこの体勢から抜け出した。更に言うなら、自分の頬も少し赤く染まっている気がするのだが、それもスルーする。全く持って気のせいだ。
 本来なら、優希よりも圧倒的に身体能力の高い龍真が、優希如きの攻撃を喰らうはずが無い。だが、抱きかかえている相手からの攻撃。それに加え(これは優希の勘だが)何か不埒なことを考えていた龍真には、回避は不可能だったのだろう。
 顔を歪め、泣きそうな表情をしている龍真の表情は、酷く痛そうだった。とはいえ、ノーガードで喰らえば流石に重症だ。立っていられるわけが無い。という事はつまり、龍真は反射的に気を廻らせて、ガードをしていたのだろう。なので、実際の肉体的ダメージはそれ程でもない筈だ。

「うぅ」

 その筈、なのだが。うめき声が聞こえた。予想以上に強烈だったのだろうか。声の方に優希が目をやると、龍真が深刻な雰囲気を漂わせて俯いていた。それを見て優希は思う。
 やばい、やり過ぎた? ……でも、悪いのはあいつだよね。いきなり「お姫様抱っこ」とか、難易度高すぎだし。そもそもあいつ、元強姦魔(未遂)だし。心配する必要も無い? いや、でも一応、助けて貰ったし。って、あれ?

「いやいや、ていうかその前に。――なんであいつが此処にいる!?」

 そこまで思い至った所で、優希は様子を見ようと龍真へと近寄った。
 だが厄介なことに、龍真の登場に警戒していたのか、先程まで止んでいたドラゴンの攻撃が、再び開始されようとしていた。火球が、風が、様子見とばかりに続々と飛来する。やばい、危険だ。
 綾乃も戦闘のプロだ。一度心配そうな目で此方を眺めたが、再び前線へと駆けていった。それでいい。もしも優希を心配して綾乃が此方に駆けつけたのなら、盾役がいなくなった僕たちは全滅してしまうのだから。
 優希は龍真に視線を戻した。未だに敵意はある。あいつのやろうとした事は最低で、報復は既にした物の、許してやる必要など無いし、するつもりもなかった。二度と会いたくないと、死んでいればいいな、とまで思っていた。
 だけど、こうして再会してみると不思議なことに、優希の心に生まれた感情は、郷愁の念だったのだ。皮肉なことに、この世界で、この場所で、優希に真実共感できるのは、多分あいつだけだという事なのだろう。

「あーもうっ! あの馬鹿! 戦闘中に何立ち止まってるんですかっ!」 

 だから優希は、龍真を見捨てられない。悪態をつきながらも優希は、飛来してきた攻撃を避けながらスピードを上げた。それは、少しの龍真への心配と命のお礼。そして「色々と湧いた疑問を晴らそう」という思いゆえの行動。それに複雑な心境が重なったからの行動だ。だが。

「くそぉっ、何故だ!? 研究に研究を重ね、絶好のタイミングで現れたにも拘らず、何故お前はデレないんだっ!」

 龍真の目の前まで来た所で、優希はまさかの発言に、盛大にこけた。折角のシリアスが台無しである。
 あれ、こいつ、こんな奴だっけ。いやいや、確かにしばらく会っていなかったけど、こんな奴じゃなかった気がする。少なくとも、もっと普通にいけ好かない男だった気がするんだけど。
 あまりといえばあまりの台詞に、思わず虚をつかれた表情になる優希。嫌な奴だとはいえ、久しぶりにあった(実際には数週間ぶり程度なのだが)故郷の人間が「これ」である。優希の中からは色々な感情が消えていった。ああ、心配して馬鹿みたいだ。放っておけば良かった。そして、そんな優希の様子にも気づかず、龍真は盛大に落ち込んでいた。

 ――あの日、襲撃のあったあの日。偶々外出していた龍真は、帰ってくるなり奇妙な物を見つけた。それは自分の家を取り囲む、呪具や銃器を携帯する怪しげな集団だった。
 おいおい、一体どうなってる。あいつら、何をしてやがる?
 思わず隠れて聞き耳を立てた龍真は、冷や汗を掻きながらも状況を観察する。そして片手を携帯に伸ばし、普段は滅多に入力することが無い番号「110」を入力し、警察に連絡する準備を整えた。本当は今すぐにでも名乗り出て、胸倉を掴み上げながら事情を聞きだしたい。自分の力で、感情のままに行動したい。だが龍真には、それは許されない。
 勝てるなら良い。確かに、龍真は強いのだ。野生の獅子や虎、その他の猛獣を含めて、龍真は一頭くらいだったら確実に、武器も使わず殺すことが出来る。龍真には、オリンピック選手でさえ狙える身体能力に加え、神裂一族に伝わる戦闘用魔術だってあるのだ。それくらいは容易いだろう。
 だが、目の前の集団はどうみても、猛獣レベルの危険ではありえない。組織だった行動に加え、何よりも銃器を所持している。ならば龍真に迂闊な行動は許されない。チンピラ100人が相手ならば躊躇うことは無い。だが、龍真には次代の当主としての責任があるのだ。
 だから、動くな。落ち着け。冷静になれ。脳裏に家族の、友人の、知り合いの姿を思い浮かべながら、龍真は自分に言い聞かせていた。
 けれど、そこまで考えながら。

「はい、分かりました。――優先度A『宿神優希』を捕縛しだい、撤退します」

 集団の中からその言葉が聞こえた瞬間、龍真は思わず飛び出していた。無線機越しの会話。なぜこの家が狙われているのか、自分の家族は、友人はどうなったのか、そんな思いはもう消えていた。龍真の身体を突き動かしていたのは、過去に自分を撃退し、屈辱を味あわせた、一人の少女の姿だった。

「なっ、なんだ!?」

 だが、動いてしまったものはしょうがない。ここで立ち止まるのは愚策。集団は龍真を発見したその時から、呪具や銃器に手を伸ばしている。だから、龍真はもう躊躇わない。

「――戦闘術式『護法戦衣』!」

 龍真は走るその勢いのまま、魔術を展開する。戦闘術式、護法戦衣。神裂家に伝わるその魔術は、身体能力に加え、霊的な防御力・攻撃力を向上させる神秘の術だ。身体に覚えこませた魔術は、龍真の意思のもと滑らかに発動する。
 一瞬の閃光。それとともに、黒い文様が蔓のように龍真の身体に巻きつき、同時、龍真は凄まじい勢いで加速した。それは、自転車からバイクに乗り換えたかのような、人間では不可能な程の加速。龍真はその力を持って、集団に襲い掛かる。
 集団はその加速に驚いたようだったが、慌てた所でもう遅かった。集団の中には、女も、子供に見える者もいた。だが、龍真は容赦する気など、さらさら無かった。
 集団は五人。龍真はまず、一番手前にいた男に狙いを定め、加速で得た勢いを殺さぬように、殴り飛ばした。男の後ろには銃器を構えた女がいたが、そいつも道連れだ。男は狙い通り、女諸共飛んでいく。そして、勢いよく塀にぶつかり、血だるまとなった。これで、あと三人。
 続いて、龍真は呆気に取られた様子の少年に目をつけると、全力の回し蹴りを喰らわせた。しかし、龍真の足は少年にぶつかる瞬間、突如として現れた半透明の人形(人型の霊体だと思われるが、それにしては生気が濃い)に受け止められた。人形に捕まれた足は動かない。これは、まずい。そう判断した龍真は、片足の文様から勢いよく霊力を噴出させ、人形の拘束が緩んだ瞬間に足を引き抜いた。だが、遅かった。その判断は恐らく、間違ってはいなかったのだろう。それでも、多人数を相手にしている状況で生まれたその隙は、殺してくれと言わんばかりに致命的なものだったのだ。
 ――龍真の耳に、ずだん。と、そんな音が聞こえた。
 それからのことは、あまり覚えていない。
 気がつけば、龍真は重症の血まみれで、東京都内にある、とある病院の中で寝かされていた。そして、目の覚めた龍真が真っ先に思い浮かべたのは、やはりというべきか、何故か優希のことだった。
 優希に会いたい。龍真はベッドの中で、そんな気持ちを膨らませる。

「この気持ちは、何だ?」

 自問する龍真。そして、それから数分後。龍真はようやく答えを見つけたのである。
 それは即ち。

「この気持ちは、恋だ!」

 ……ということである。
 だが、龍真の頭の中が如何に平和であろうと、現実は甘くない。怪しすぎる状態で発見された龍真の辿る道は、警察からの取調べだった。
 そこで龍真は、愛の名のもとに何とも迷惑な行動力を発揮させ、その結果紆余曲折を経て、キャリアウーマン風の美女。霧香に提案を持ちかけられ、今に至るのである。
 ――そんな、ある意味ドラマのような展開を乗り越えて、ようやく巡ってきた優希との再開が、コレである。あくまでも、龍真にとっては、だが、落ち込むには充分な理由だといえた。
 そして、隙を見て優希の隣にまで移動した綾乃は、若干引きつった顔で優希に話しかけた。その視線は痴態を繰り広げる龍真に注がれていた。

「――ねぇ、優希。あの何だか色々と可哀想な人は誰?」

「……知りません。ただの変態です。気にしないで下さい」

「いや、気にするなって言う方が無理じゃない?」

「無理じゃないです。いいんです。あれは気にしちゃ行けません。ていうか、気にするな」

 綾乃は優希の顔を見る。その表情は、酷く疲れたものになっていた。

「口調、変わってるわよ……。気持ちは分かるけど」

「すみません。ていうか、気にしないでください」

 訪れる沈黙。そうして、二人の意見が重なった。

「……何か、とんでもない奴ね」

「ええ、とんでもない奴です」

 綾乃の呟きに、同意する優希。ええ、その通り。とんでもない。僕もまさか、こんな奴になっているとは、思っていませんでした。優希は遠い目をして昔を思い出す。しかし。

「だけど、使えるわ」

「へっ?」

 その後に続く綾乃の台詞に、優希は言葉を失った。

「ちょっとあんた、優希に良いトコ見せたいんだったら、このあたしに協力しなさい!」

 まさかの台詞。女の感というべきか。見てれば分かるというべきか。綾乃は龍真の思いを見抜いていた。そして告げる。この場を切り抜ける上で、最善だと思われるその言葉を。

「……いいだろう、神裂家次代当主、神裂龍真の力っ、見せてやる!」

 そして、予想通りに龍真は咆えた。優希の意思などお構い無しに、とんとん拍子に話が進む。
 元々、潔癖症で勝気な少女である綾乃は、性犯罪者や女性軽視の考えを持った男が嫌いである。だが綾乃は、龍真が過去に仕出かした事件など知らない。そして現状から、綾乃は龍真のことを「恋に一途な男」だと判断した。だったら、少しは信用できるだろう。
 それに、この龍真という男。その身から発される霊力は、充分に戦力となるレベルだ。加えて、身のこなしからも武道の心得があるように思える。
 手詰まりの感があるこの状態で、龍真が参戦することは喜ばしいと綾乃は考えたのである。
 
 「優希、あんたは二人を救える魔術を構築してっ! 時間は、……私たちが稼ぐ!」

 「任せろっ! 俺がいる限り、お前に傷など一切負わせん!!!」

 そう言って、二人は再び、戦場へと飛び出した。
 全く、無茶を言ってくれるよ。後方に一人取り残された優希は、そう考えて苦笑した。だが、それも信頼されていると思えば。

「悪くないかもね」

 そう呟いて、優希はゆっくりと、腰についたホルダーに手を伸ばした。妖魔に取り込まれた人間を助ける。本当に無茶な頼みだ。だが、自分は魔術師。不可能を可能にする、その可能性を秘めた人間なのだ。だったら、どうする? どうすればいい?
 今欲しいのは、発想。煌くような、素敵で突飛な一級の発想だ。だったらどうする? 探せばいい。「スターライトブレーカー」を再現した時のように、自身の無駄なオタク知識から、それに該当する物を探し出せばいい。数多の知識の中には、数多くの魔術と神秘が存在するではないか!
 そうして、ホルダーに伸ばされた指が、何か硬い物に触れる。
 ああっ、これだ! 
 そこから取り出されたのは、美しく一転の曇りもない、黄金色に輝く蜂蜜を固めたような大粒の宝石、琥珀だった。子供の握り拳ほどの大きさがある、その琥珀の内部では、視ただけで分かるほどの強い霊力が渦巻いている。それも当然だ。
 近年では若者向けとして安価な琥珀が出回っている為、琥珀を安価な宝石だと思うものもいるかも知れない。だが、それは間違いだ。現在市場に出回っているのは、大概が人口琥珀や再生琥珀といった偽者、あるいは簡単に作られた物である。本物の琥珀とは、長い年月を掛けて樹液が大地で結晶化した物のことをいう。その輝きは美しく、自然に鍛えられた琥珀の霊力は、他の宝石と比べても決して劣る物ではない。
 その中でも優希が取り出したこの琥珀は、本物のマジックショップで見つけた掘り出し物。その分値段も張ったが、その価値は計り知れない。これほどの質と大きさの琥珀は滅多に見つけられないため、優希はいずれ、これを杖(魔術師の拡張メモリ兼デバイス等々)に加工するつもりだったのだが……。
 細かいことを気にするのは止める。杖ではなく魔術の触媒として使えば、この琥珀は恐らく消失する。それはとても勿体無いことのようにも思えたけれど、今は、自分の出来る精一杯をしてみたい!

「――神殿構築、光体構築、同調開始、精神集中っ!」

 優希の瞳が閉じられる。呟きと共に、その華奢な身体が花緑青に発光した。それは漏れでた霊力の輝き。琥珀が掌から、優希の眼前へと浮かび上がった。優希が今から行おうとしている魔術。それは浄化の魔術。イメージは固まっている。だが、言ってみればそれだけの、練習したことも試してみたことも無い、ぶっつけ本番の無謀な挑戦だ。だが、優希の前には綾乃がいる。お馬鹿で邪魔な変態もいる。
 だったら。

「信じて戦ってくれてる人がいるのに、この僕に出来ない筈が無いっ!」

 優希の中で、時間がずれる。一秒が歪み優希の中で時間の感覚が曖昧になる。処理されるのは大量の情報、一瞬の間に何度も行われる試行錯誤。伝承を利用し、体質を利用し、場所を利用し、触媒を利用し、時間を、方角さえも利用する。手探りで、全力で、足りない知識は想像し、間違えてたなら修正し、優希はひたすらにイメージした魔術の完成へと足を進めていく。
 
「きゃぁぁぁぁっ!!!」

 形状すら原型を留めなくなった敵の、なりふり構わない猛攻に綾乃が悲鳴を上げる。苦痛に歪む声が聞こえた。どうやら傷を負ったらしい。瞳を閉じた優希では、その程度の判別しか出来ない。そもそも、時間の感覚がおかしくなっている優希には状況を判断している余裕は無い。それでも、綾乃が危険だということは分かった。冷や汗が頬を伝った。だが、優希はそれでも集中を解かない。
 それは、優希なりの信頼の証。そしてそれに答えるように、龍真は綾乃の前へと颯爽と躍り出ると、殆んど豪雨の様に迫る触手の矢をその爪で切り刻んでいく。力強く、正確に、躊躇なく繰り広げられるその爪の奇跡は、まるで演舞を踊るかのように美しい。だが、足りない。苦境を乗り越えるには、これじゃあ足りない。そう思ったのだろうか。
 龍真は更に前へと一歩を踏み出すと、腹に力を込め。

「俺の愛をっっっ、舐めるなぁっ!!!」

 凄まじい咆哮を上げ、爪を乱舞させる。そこで、龍真に変化が起きた。龍真の気迫に答えるように、その爪に紫電が奔る。更に、紫電は乱舞する爪を覆うようにその体積を増し、遂には爪の一つ一つが巨大化な太刀と化したのだ。
 計十本の紫電の太刀は、襲い掛かる触手を全て断ち切ると、その勢いのままドラゴンの体表を削り取っていく。そして綾乃の声に気づくと、全力で後方へと下がった。

「こんなパッと出の奴に負けてぇっ、堪るもんですかぁぁぁぁッ!!!」

 負傷した筈の綾乃は、傷口に手を当てて文字通りの「手当て」を済ませると、炎雷覇を正眼に構えていた。気の大きさに任せた数秒程度の、応急処置にもならないような手当てでは、痛みなど微塵も減っていないだろう。だが、綾乃は戦士だった。痛みに耐えながらも、出血さえ止まればいいと、再び戦闘へと加わるっていた。
 綾乃は考える。自分が何をするべきか。痛みを堪えて考える。本来なら、自分が妖気だけ燃やすことが出来たのならば、全てが上手くいったのだ。だが、未熟な自分ではそれは叶わない。火力を上げることは得意。調節だって及第点だし、剣術には自信がある。だけど、綾乃は浄化の秘力をコントロールすることだけは、余り得意ではなかった。
 だけど、だけど今は、自分の出来る精一杯を!
 同年代の少女への対抗心もある。次代当主としての思いもある。だが今は、素直にその思いが、綾乃を突き動かしていた。
 高めて、高めて、高めて。炎の精霊に声を伝える。綾乃の声は、どこまでも大きく、美しく響き渡る。神凪の巫女として、一人の炎術師として、そして何より、彼らの友として。綾乃は支配ではなく、全力で訴える。
 『お願い力を貸して』と。
 構えられた炎雷覇が、朱金に輝いた。綾乃はそのことに気づかない。極限の集中の中で、そんな「些細な事」に構っている余裕は無い。だから、今は力を集中させる。
 そして、力は放たれた。正眼に構えられた炎雷覇の輪郭が、陽炎で揺らいだ。綾乃は朱金の、限りなく浄化の秘力が高められた状態の炎を、ドラゴンへと振りかぶった。

「ghyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 ドラゴンの悲鳴が上がる。翼が燃え落ち、尻尾も溶け、全身の輪郭が揺らいでいた。綾乃の会心の一撃。それは確かにドラゴンにダメージを与えていたのだ。
 それでも本来なら、神凪宗家の炎術師を、其れに加え特殊な調整の施された術者を取り込んだドラゴンなら、この攻撃を耐えることも出来るはずだった。だが、体表の多くが削られ、炎への抵抗力が落ちたところに襲い掛かる朱金の炎。神炎。それは今のドラゴンにとっては堪らない一撃だったのだ。
 ――更に、追撃は終わらない。

「僕のこと忘れたら、駄目ですよ?」

 不敵な声に、ドラゴンの硝子球のような瞳が後方へと向く。そこには優希と、いつの間にか避難していた綾乃と龍真の姿があった。優希は不敵に笑ってみせるが、顔面は蒼白と言っていい程に青褪めている。しかしその両目は、ぎらぎらとした生命の輝きで溢れていた。
 優希の足元に花緑青の魔方陣が浮かぶ。優希は琥珀を掴んだ手を、ドラゴンへと向けた。
 そして、物語に終焉を告げる魔弾が放たれる。

「これで最期です! ――『フラグーン』!!!」

 ――金色の軌跡を残して、黄金の魔弾がドラゴンに着弾する。

「ghyaaaaaaaaaauuuuuuuuuu!?」

 轟音、衝撃。そして世界は緑色に輝いた。
 ドラゴンに着弾した琥珀は閃光を放つと、まるで植物かのようにドラゴンに根を生り、苗床としたドラゴンの妖気を、瘴気を養分にドラゴンの内部へと強固な根を張ると、「発芽」を始めた。ぐんぐんと伸びる芽は茎となり、茎は幾重にも絡まりあって、瞬く間に幹と化すと、枝を広げ、青々とした葉を茂らせ、更に蔦を伸ばし、絡ませてドラゴンの全身を覆った。
 ドラゴンも抵抗を試みるが、触手も身体も蔦に絡み取られ、炎を吐き出しても風を操っても、それを上回る速度で琥珀樹は成長し続ける為に、その包囲からは逃れられない。しかもその成長には自身の力が費やされる為、次第にドラゴンの動きは鈍り、抵抗は止んで。
 ――最期には樹齢1000年は越すであろう大樹の姿だけがそこにあった。

「全く。たいしたもんだ」

「……凄い、わね。ていうか、二人は大丈夫かしら?」

 完全にドラゴンが沈黙したのを確認した二人は、その余りの光景に、呆れたように呟いた。目の良い龍真が大樹のてっ辺を見ると、二人の男女が裸で、すやすやと眠っている。龍真が気を利かせてそのことを綾乃に伝えると、綾乃はほっと溜息をついて、背筋を伸ばした。

「これで、一件落着ってことかしらね。……そういえば、優希は?」

「――しまったっ、優希ぃぃぃぃぃ!?」

「……元気ねぇ」

 力を使い果たして、倒れてしまった優希の下に駆け寄る龍真。自身の疲労も相当だろうに、と思いながらも、重傷を負っている綾乃も、後は龍真や警察に任せて、意識を飛ばすことにした。

「もう、だめ……」

 ゆっくりと、地面へと倒れる綾乃。だが、その身体を何か、優しい風が包んでくれた気がした。


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