進むにつれ懐かしい景色が増えると言うのは良いものだ。
しかも今回は、休み明けでたまった仕事に泣かないように、手を打っている。
だから、気分は晴れやかだし足取りも軽い。
しかし……果たしてアレでよかったのか。
頭をよぎる言葉に、立ち止まった考えてみるが……俺にとっては九分九厘問題ない。
なら……いいか?
何か大切な事を忘れている気がしたが、あえて深く考えない事にする。
最悪の場合は寝る間を削ればいいさ。
今は他に考える事があるしな。
………………。
…………。
……。
「子明様!」
ところ変わって建業、名を呼ばれているのは将来の軍師として目をかけられている呂子明だ。
未だ”将来の”という形容詞が付いてはいるが、呉には周瑜、陸遜というきちが……優秀すぎる前任が居るために他ならず、彼女の実力はすでに一国を任せるに足るものだろう。
そんな彼女だが、自らの名を呼ばれビクリと肩を震わせ落ち着きなくあたりを見回すその様は間違いなく小動物が捕食者に対するものであって、軍師としての威厳を大幅に低下させていた。
もっとも、どこぞの国ではそもそも威厳そのものが存在しない輩も2名ほどいたりするので、問題がないともいえるが、どれだけ贔屓目に見てもアレは基準として相応しいとはいえないだろう。見た目的にも内面的にも。
「こ、今度はどういった……」
「こちらとこちらと……あとこれもお願いします」
持ち込まれた竹簡の山。一目見て、亞莎の顔は盛大に引きつる。
本来ならば、視力の関係もあって、どちらかと言うと近寄りがたい……これも一種の威厳と言えるだろう、雰囲気をまとっている亞莎だが、ここ最近の彼女を動物で表すとノスリに追われているシマリス。
どうでもいい事だがノスリをノリスと誤読し、何故シマリスがノリスを恐れるのか? と子一時間悩んだりした人がいたという。
古いネタはこのくらいにして、ともかく今、呂子明はかつてないほどに追い詰められていた。
出来る事なら全てを捨てて、盗んだ馬で走り出したいところだが。ソレをすると後が怖いし主も怖い。どちらかというと、ではなく確実に後者が怖すぎる。
よって、亞莎は数秒黙する事で抗議の意を表してみたりもしたが、結局は「はい、わかりました」と返した。
今の彼女は仕事と言う名の山に登る登山家だった。
Q.何故登るのか?
A.そこに山があるから。
つまり仕事がたまっているので消化する以外に道がない。
そして、コレが山と違うところは上った分だけ標高が上がるというところ。
呂子明という人物の平時においてのニュートラル状態は理性的で合理的な性格をしている。故に、先の見えない戦いを喜ぶほど登山にかけてもいなければ暇人でもない。
では、その彼女が何故このような事態になっているのだろうか。ソレを説明するためにはまず彼女の今置かれている状況にまで遡る必要がある。
先ほど述べたように呂蒙は将来の軍師である。故に彼女には特に知識の補強、定着に関する勉強が義務付けられており、むしろソレも仕事の一つになっていた。
そして、彼女が師事している人と書いて”諸悪の根源”と読む事が出来る人物、それが諸葛子瑜。
何故彼が呂蒙の師となったのかというと、消去法という身もふたもない理由からだ。勿論、周瑜もしくは陸遜が教えられるのならそれが一番良いのだろうが、そんな事をしたら呉の誇る軍師二人が過労死しかねない。
つまりは、育成という現在においてはなんら利益を生まない仕事を割り振っても困らない程度の重要度であり、かつ将来は利益を得られるであろう程度の教師としての知識を持つ人物という、なんとも厄介な条件が浮かび上がってくるわけで、その時、孫策、周瑜、陸遜の3人の脳裏に刹那の間も置くことなく浮かび上がった顔が子瑜であった。
そういうわけで彼女は子瑜を先生と呼び日々勉学に励んでいる……のだが。
5日前、その子瑜が旧友の引き抜きという理由で呉を離れた。
つまり、その間呂蒙の授業は休止という事となり……結果的に彼女には空白の時間が出来たのだ。
そこに目をつけた男が約一名。
あろう事が自らの仕事を彼女に丸投げした。
そして、性格的にも立場的にも嫌とは言えない亞莎は今こうして泣きを見ているのだ。
現在の亞莎の能力からして必要とする時間は、授業<子瑜の受け持っている仕事、という不等号が成り立ってしまったから大変だ。
適当なところで切り上げるだろう。なんて考えていた子瑜だったが、それは亞莎の性格を完全に読み違えていた。
いや、一応心配はしていたようだから「もしかしたら」という思いはあったのかもしれない。
しかし、そんなものは本人にとっては何の価値もないことで、亞莎は今泣いているのだ。
「朱羅先生、早く帰ってきてください!」
悲痛な叫びは心のそこからのもので、思いの強さを言えば彼女のソレは呉の中で1,2位を争っていたりする。
………………。
…………。
……。
―――?
一瞬頭の中を言葉が走った……気がする。
しかし宇宙空間に適応しているわけではないし、そもそも行った事すらないので、気のせいだろうそうだろう。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
頭を2度ほど振って、テーブルを挟んで正面に座る元直に返す。
久しぶりの邂逅は私塾ではなくそこから程近い邑にある茶屋だった。
理由は一つ。今の俺の格好で私塾に入るわけには行かない。入れるようにする事は可能だがそうする事はもっといけない。
「そうか、ではそろそろ本題に入ってもらえると嬉しいかな」
久しぶりに会ったこともあり、盛大にカコバナを咲かせていたのだが。
話が途切れたのを待っていたのか、ごく自然な調子で元直は言った。
「……え?」
「何の用もなく僕に会いに来た、なんて甲斐性がキミにあるわけがないだろうしね」
「いや、そんな事はないぞ」
「へぇ、じゃあ今日は純粋に僕に会いに来ただけで、これといった用事はないと言う事でいいのかな?」
YES。
話の流れ的にそう答えかけた俺だったが、少し待て。
今回俺がココまで来た理由は、伯符さまの命令だ。
さて、想像してみよう。ここで元直の問いに対して是と答えるとどうなるか。
………………。
「さて、前置きはこのくらいにしておこうか」
「はいはい……」
………………。
…………。
……。
気を取り直して、今回のミッションである徐庶登用プロジェクトを起動させよう。
1メートルほどの距離にある半眼の青い瞳、表情と口調から察するに機嫌はそう悪くはないようだ。
「えー、つまり何と言うかね。端的に言ってしまうと――」
などと、先延ばしにしかならない言葉を発した俺を見る元直の視線の温度がわずかながら下がり、白く細い指が小さく机を叩く。
あ、機嫌パラメータが少し下降した。しかも、こうやって分かりやすく見せると言う事は……。
「言いにくいことなのかもしれないけど、そういった奥歯に物がはさまったような言い方はあまり好きじゃないな」
「あー、うん」
「そしてそんな事は理解しているだろうキミがあえてそう言うということは僕に断って欲しいのかな?」
「……参った」
俺は両手を上げた。
昔馴染みであり、俺がこいつについてよく知っているということは逆も然り、だ。
下手な小細工は見破られて当然であり、心象を悪くするだけ。
仕方がない、あたって砕けない事を祈ろう。
「俺は今呉にいる」
「それは知っているよ」
というかこいつの事だから何で俺がココにいるか、その理由すら察しているんだろう。
故に単刀直入に聞く。これ以上の迂遠な策を労していると、話し合いに応じてくれなくなりそうだし。
「お前も来ないか、という話だ」
「それは、友人として誘っているのか、呉の臣として命じられたのかどちらだい?」
案の定、元直は驚きの色など一切見せずに、聞き返してきた。
ただ、その質問は用意してきたQ&A集の中には存在しない物で、それ故に俺はしばし考え込まざるを得ない。
「…………8割友人としてで最後の一押しが呉の俺、かな」
伯符さま達の話を聞いた時、元直が思い浮かんだのは私塾での付き合いがあったからだろう。何より来てくれるととても心強い。
しかし、そうは言っても公瑾さまのリタイアという非常事態が発生していなければ俺はこうして会いに来てはいない、筈だ。
ここに至って、元直に来て欲しいのか来て欲しくないのか。ソレすら分からないあたりどうしようもないくらいに優柔不断だとは思うし、最終的には判断を元直に丸投げしようなんて事を割りと本気で思ったりもした。
もっとも、友人としてソレはないだろうと最終的に思い直しはした。のだが、その結果が婉曲に断ろうと言う先ほどの発言だ。
思い直してそれかよ、という突っ込みはすでにセルフで入れてある。
「とは言っても答えは一言で、”いいよ”なんだけどね」
そんな俺の葛藤を知ってかしらずか、いや例え知っていたとしてもだからなんだ、と笑い飛ばすんだろうからその二つに意味はないのだが、とにかく元直は至極あっさりと、答えを出した。
「ずいぶんとあっさりだな」
「元々はそのつもりだったし」
「なに?」
「いや、忘れてくれ」
忘れろって、お前な。
「私塾でかなり素直になった僕でも――」
「悪い、それ笑うところか?」
「…………キミの恥ずかしい過去を上から三つ声を大にして叫びたい気分になったね」
「ごめんすみません悪かったです許してください」
古くからの友人はこういったところが怖い。こいつを伯符さまに紹介するのって鬼に金棒を渡すことになるのではないだろうか?
少し早まったかもしれない。
早くも後悔が押し寄せてきた。しかしすでに後悔になってしまっているので手遅れだ。まったく先にたたないとはよく言ったものである。
「いや、でもさ。本当にいいのか? 少しくらいなら時間をとることも出来るぞ」
「前々から言っていたとおり誰かに仕える事に異論はないんだよ。まぁ、後は……個人的な趣味というか……」
なにやら語尾を濁した元直だが、だったら始めから付いてきてくれればいいものを。
こいつが居てくれれば蓮華様に拾われるまでの間がかなり楽だっただろうに。そして食生活が凄く向上していたのに。
「いや……まぁ、そうなんだけどね」
なんて事を笑い話的に話してみたら、元直は珍しく言い辛そうに視線を横にそらした。
「僕も人並みに見得というものがあってね」
見得?
「朱里と雛里の理由が世直しだっただろ?」
「世直しって……まぁあってるけどさ」
「僕にはそういった崇高な理由と言うものがなくてね。ひどく個人的なものさ」
「それは、ダメなのか?」
俺の理由なんて……破門されましたなんだけど。
「うーん、ダメというわけじゃないと思うけど……。それに少し冷却期間も欲しかったしね」
「冷却?」
体でも壊していたのか?
「どうせ分からないだろうから考えなくてもいいよ」
「そうやって始めから諦めていたら何事も――」
「なら答え合わせしようか?」
「…………」
最後まで言わせてください。
どうせ分からない、という言葉通りに余裕を表すチェシャ猫じみた笑みを浮かべる元直を見て俺の灰色には程遠い脳細胞は電気パルスの伝達速度を上げる。
理由……、個人的ということを考慮すると。
「力試し?」
「まぁ、間違いではないとだけ言っておくよ」
「って、解説なしか?」
解説として不親切すぎるだろ。売れない参考書でももう少ししっかりしているぞ。
「与えられた答えに満足するだけじゃ、何時までたっても成長しないよ?」
「答えから行き着く考察もあるだろ」
「成る程、ソレは確かに」
なんて、頷く元直だが。でも言う気はまったくありませんって顔だな。
朱里と言い雛里と言い、こいつらは一度決めたらてこでも動かない。
ましてやこいつの場合は何をどう決めたのかすら理解不能なのでもはや意味不明だ。
「とりあえず先生を安心させる事が出来るよ」
「ん? 水鏡先生がどうかしたのか?」
唐突に出てきた恩師に俺は心の底から怪訝な声を上げる。
「何かを言った覚えもないのだけど、僕が何時までも私塾に残っている事について一度も口に出さなかったところから考えると、私塾では唯一といってもいい僕の理解者だったからね」
もって回った言い方だが、ソレを聞いてもどうせ教えてはくれないのだろうな。
ならばこれ以上食いついても無駄か。
「そういえば私塾で思い出したけど、朱琉はまだ私塾にいるんだってな」
「ん? ああ、そうだよ。会わなくても言いのかい?」
どこでどう間違ったのか、元直以上に厄介な性格になってしまった末の妹。
別に仲が悪いわけではないのだが、とりわけ会う理由もない。何と言うかあいつとはそういった良い意味での距離感が出来ている。
「あいつもどこかに仕える気はないのか?」
用もないし会う気もない。何より私塾に入れない。
言外に含んだ言葉を停滞なしで理解した元直はやれやれとため息を一つ付いた後。
「どうかな、あまり話す方じゃないしね、お互いに。とはいえ、黙って出て行く事はないだろうから、そこを考えるとしばらく私塾にとどまるんじゃないかな? 先生も自分の道が見えていない生徒を追い出すなんて事はしないしね」
「いや……俺は追い出されたんだけど? 破門されて」
「キミの場合は下手をすると私塾に永住しかねなかったからね。先生も頭を痛めていたよ」
そ、そうだったのか。
……いやいや、納得しかけたけどダメなのか? 永住……。
「そのくせ兄としての矜持は……一欠けらくらい持っていたからね、妹が職に付いたとなると――」
「あぁ、分かった。というか一欠けらとか言わないで」
先生有難うございます。生意気なこと言ってすみませんでした。
金銭問題で妹に依存は……よろしくない。
水鏡先生……!! 仕事がしたいです……。
なんて泣きながら言う羽目にならずにすんで本当に良かった。
………………。
さて、若干知らなければ良かったと思える小話もあったが、ゲーム風に言うと「徐庶の登用に成功しました」つまり、ミッションコンプリート。
これで元直は呉に仕える事になり、ゾンビと化していた人たちも立ち直るだろう。
あ。
そういえば、仕えた時間という超えられない壁が俺と元直の間にはある。しかも”今の呉”では初期メンバーと言って良い俺だ。こいつの上司になれる可能性はかなり高い。
今現在下っ端な俺だが、徐庶より偉いってすごいな。
「あー」
しばらく考えた後、すぐに追い越されそうな予感がした。予感じゃなくて実際にそうなるんだろうなという確信があった。
ま、まあいいさ。ともかく話は終わったんだ。
店主の視線的にもそろそろ店を出た方が良さそうだし――。
「話自体は終わったと言っても良いんだけどさ、キミのほうから何か言う事があるんじゃないか?」
言う事?
虚をつれたこともあって、一瞬呆けた俺だが、事が事だけにものの数秒で元直が言わんとする意味を理解した。
そういえば元直を誘うにあたって、俺は呉から出された命令を言っただけだ。
こいつ相手じゃないのならそれで問題ないのだが、今その仮定は成り立っていないので、俺のほうから起こすべきアクションが必要となる。
のだが、どう言えばいいか……。
「別に百の言葉で飾って欲しいわけじゃないよ」
言葉を探がす俺に元直は微笑んだ。
だったら――。
「…………一緒に来てくれ」
「うん、分かった」
………………。
…………。
……。
周公瑾。
呉の軍師であり、屋台骨を支える大黒柱でもある。
その彼女が病身である今、以前と同様の運営を営むためには、他のものが頑張るより他にない。
政務についてはどこかの手の空いていた文官に押し付けたのでそれは良いのだが、軍務の方は完全に今居る人材で何とかしざるを得ないというのが現状だ。
そして、ソレがどれほど困難かを理解している一同は例外なく黙り込んでいる。
無理だ。
全員ほぼ同時に出た答えは、出来れば採用したくないものだったが。誰もがそれを打ち消すだけの解を得る事が出来なかった。
「あの、朱羅先生では駄目なのですか?」
躊躇いがちに発言した亞莎だが、
「駄目ね」
「駄目だな」
「駄目ですね~」
「痛っ!?」
国王と軍師×2によってあっけなく切り捨てられる。
それはもう、即決。考える間は刹那も無い。
ちなみに最後は何かを言おうとした蓮華を思春が押しとどめた為に発生したもので、満場一致で無かった事になった。
「それはお前も理解しているだろう?」
「……それは」
直後に反論され、出来れば弟子として否定したいところなのだが、感情で否定できる内容ではない。
何より本人がことあるごとに言っていたし、亞莎もその理由を理解していた。
そして、現在おかれている状況(仕事的な意味で)が彼女を少しダークネス化していたことも理由の一つとしてあげられる、のかもしれない。
「そもそも将としての器がそれほど大きいわけじゃないしね」
実際に隊を率いる場面では知識も確かに大切だが、瞬発力の方が重要だ。考え込む時間などないのだから。
そういった意味では雪蓮は、文官としての能力は評価しているが、軍を任せたりましてや国を任せられる器であるとは考えていない、一ミクロンたりとも。
はっきり言ってしまえば最も期待している役割は蜀とのパイプだったりする。
もっともそれはそれで重要ではある。
とは言え人を見る目はあるようで、見た目の事情で侮られる事の多い周泰やまったくの無名だった呂蒙の才を一目で見抜いたりしていた。
このあたりには歴史的な知識というズルがあったりするのだが、当然そんな事は誰も知らないので諸葛瑾の才として受け取られており、そこに師である司馬徽の後光が合わさってかなり評価が高かったりする。
そういうわけで、子瑜が『一国の軍師を任せられる』とまで言い切った人物には期待している……のだが。
「旧友としての贔屓目か、仮に言葉通りだとすれば黙っていたことを考えるとそれはそれで問題なのよね」
「然り……だが、そのあたりはあの男の性格上仕方あるまい」
無論雪蓮としても一人でも人材が欲しい今、その程度の理由でどうこうする意思はない。ただ、諸葛子瑜という男に対して彼女が常に感じている不安ともいえる感情。
(呉自体への忠誠に関しては一番低い気がするのよねぇ)
とはいえ頭はいいのだろうが、陰謀を働くというタイプでもない。実際彼一人なら何も出来ないだろうし。
しかし、本人が意識しなくても何か、呉にとって不利益をもたらす事態を引き起こすのではないか、などと雪蓮は危惧していたりする。
(蓮華……はちょっと不安ね。思春あたりに釘を刺してもらおうかな)
国王にもなると嫌な事も考えないといけない。
雪蓮は小さくため息をついた。
………………。
…………。
……。
朝。
「ゆうべはおたのしみでしたね」
何の脈絡もなく宿の主から言われた一言。
何だこいつは。何でこのネタ知ってやがる。
宿をとって休んだ事自体は間違いないが、まったく楽しんでない。部屋別だし。
七不思議の一つにあげるべきかを真剣に悩んでいたところに、不思議の片割れである元直がやってきた。
「早いな子瑜。私塾ではいつも妹に起こされるまで寝ていたのに」
社会人になったら規則正しい生活習慣が身につくんだよ。
「勝手に妙な設定を作るな。朝弱かった事を否定はしないが、起きるのは自力だったぞ」
「そうだったかな? 僕が起こしに行った事が少なくとも二桁以上あったと記憶しているんだけど」
「いや……寝起きした回数から数えたら誤差だろ」
そんなことは…………あったな。
忘れていた、というか封印していた記憶の蓋が開く。
コレも思い出したくはなかった類のものであって、できれば忘れていたかった。
「そうだったかな」と猫系の笑みを浮かべる元直には色々と言いたい事もあるが、連鎖的に嫌な思い出が湧き出てきそうなのでやめておこう。
こいつと付き合う仲で起こるイベントは面白楽しいものだけではなかったな。
気をつけないと封印されし私塾での記憶が蓋を押し上げて湧き出てくる。特に初期の方は誰もがかかる思春期特有の病気との合わせ技で今の俺が悶絶死しかねない破壊力だったりするのだ。