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No.5244の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第一部 完結】[月桂](2010/04/12 01:14)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(一)[月桂](2008/12/14 13:32)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(二)[月桂](2008/12/14 13:33)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(三)[月桂](2008/12/14 13:33)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(四)[月桂](2008/12/14 13:45)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(一)[月桂](2008/12/17 00:46)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(二)[月桂](2008/12/17 23:57)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(三)[月桂](2008/12/19 22:38)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(四)[月桂](2008/12/21 08:57)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(一)[月桂](2008/12/22 22:49)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(二)[月桂](2009/01/01 12:04)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(三)[月桂](2008/12/25 01:01)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(四)[月桂](2009/01/10 00:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(一)[月桂](2009/01/01 12:01)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(二)[月桂](2009/01/02 21:35)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(三)[月桂](2009/01/04 02:47)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(四)[月桂](2009/01/10 00:22)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(五) [月桂](2009/01/10 00:21)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(一)[月桂](2009/01/12 18:53)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(二)[月桂](2009/01/14 21:34)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(三)[月桂](2009/01/16 23:38)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(四)[月桂](2009/01/24 23:26)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(五)[月桂](2010/05/05 19:23)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(一)[月桂](2009/02/08 12:08)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二)[月桂](2009/02/11 22:33)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二・五)[月桂](2009/03/01 11:30)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(三)[月桂](2009/02/17 01:23)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(四)[月桂](2009/02/22 13:05)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(五)[月桂](2009/02/22 13:02)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(六)[月桂](2009/02/23 17:52)
[30] 三国志外史  六章までのオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/02/26 22:23)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(一)[月桂](2009/02/26 22:22)
[32] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(二)[月桂](2009/03/01 11:29)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(三)[月桂](2009/03/04 01:49)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(四)[月桂](2009/03/12 01:06)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(五)[月桂](2009/03/12 01:04)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(六)[月桂](2009/03/16 21:34)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(七)[月桂](2009/03/16 21:33)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(八)[月桂](2009/03/17 04:58)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(一)[月桂](2009/03/19 05:56)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(二)[月桂](2009/04/08 23:24)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(三)[月桂](2009/04/02 01:44)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(四)[月桂](2009/04/05 14:15)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(五)[月桂](2009/04/08 23:22)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(一)[月桂](2009/04/12 11:48)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二)[月桂](2009/04/14 23:56)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二・五)[月桂](2009/04/16 00:56)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(三)[月桂](2009/04/26 23:27)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(四)[月桂](2009/04/26 23:26)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(五)[月桂](2009/04/30 22:31)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(六)[月桂](2009/05/06 23:25)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(一)[月桂](2009/05/06 23:22)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(二)[月桂](2009/05/13 22:14)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(三)[月桂](2009/05/25 23:53)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(四)[月桂](2009/05/25 23:52)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(一)[月桂](2009/06/07 09:55)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(二)[月桂](2010/05/05 19:24)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(三)[月桂](2009/06/12 02:05)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(四)[月桂](2009/06/14 22:57)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(五)[月桂](2009/06/14 22:56)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(六)[月桂](2009/06/28 16:56)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(七)[月桂](2009/06/28 16:54)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(八)[月桂](2009/06/28 16:54)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(九)[月桂](2009/07/04 01:01)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(一)[月桂](2009/07/15 22:34)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(二)[月桂](2009/07/22 02:14)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(三)[月桂](2009/07/23 01:12)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(四)[月桂](2009/08/18 23:51)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(五)[月桂](2009/07/31 22:04)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(六)[月桂](2009/08/09 23:18)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(七)[月桂](2009/08/11 02:45)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(八)[月桂](2009/08/16 17:55)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(一)[月桂](2011/01/09 01:59)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(二)[月桂](2009/08/22 08:23)
[74] 三国志外史  七章以降のオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/12/31 21:59)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(三)[月桂](2009/12/31 22:21)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(四)[月桂](2010/01/24 13:50)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(五)[月桂](2010/01/30 00:13)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(六)[月桂](2010/02/01 11:04)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(七)[月桂](2010/02/06 21:17)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(八)[月桂](2010/02/09 00:49)
[81] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(九)[月桂](2010/02/11 23:24)
[82] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十)[月桂](2010/02/18 23:13)
[83] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十一)[月桂](2010/03/07 23:23)
[84] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十二)[月桂](2010/03/14 12:30)
[85] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (一)[月桂](2010/03/22 15:41)
[86] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (二)[月桂](2010/03/26 02:19)
[87] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (三)[月桂](2010/03/31 03:49)
[88] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (四)[月桂](2010/04/09 00:37)
[89] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (五)[月桂](2010/04/12 01:13)
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[5244] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (五)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:49f9a049 前を表示する
Date: 2010/04/12 01:13


 湖面を埋め尽くした軍船と、将兵の命を糧として燃え盛った炎は淮南の空を紅に染め、その勢いは高家堰砦にも及ぶ。城壁に守られ、火の手が及ぶことこそなかったが、唸る風と猛る炎、そして緋色に染まる視界が、否応なく事態の大きさを物語る。
 砦を守る者、攻める者、そして救う者。立場こそ違え、この予測しえない事態に即応できたものは一人としていなかった。
 ゆえに。
 あるいはこの時が、李豊が逃げ延びることができる最後の機会であったのかもしれない。


 だが、圧倒的に優位な状況にいるという認識が、逃亡という手段を選択肢に含めなかった。目の前にぶらさがった勝利を、掴み取らずにはいられなかったとも言える。
 あまつさえ、目障りこの上なかった飛将軍らを排斥できる絶好の機会までもが訪れたのだ。たとえ自身で逃亡という手段に思い至ったとしても、李豊は一顧だにせず斬り捨てたことであろう。


「は、はは、陥陣営が敵将をかばうッ! これ、飛将が叛逆の証左以外の何物だというのです?! 呂奉先、釈明できるものなら、してみなさいッ!」
 冷静に考えてみれば、ここで呂布が叛逆に踏み切れば、李豊自身とて無事ではすまない。方天画戟の猛威に対抗しえる者など、今この場にはいないのだから。
 だが、胸奥より滾々と湧き出る感情を李豊は抑えきれない。その感情の赴くままに、声高に呂布に詰問の矛先を向ける。


 しかし、その声に呂布が応えるよりも早く、高順を非難する者がいた。
「こ、ここ、高順! 何をしてるですかッ?!」
 陳宮は、顔どころか声まで蒼白にして叫ぶ。
 対して、答える側は対照的に平静そのもの、むしろ穏やかとすら言える口調で応じた。
「過ちを、改めているんです、公台様(陳宮の字)」
「あ、過ち?」
「はい」
 言うべきことを言わず、為すべきことを為さずに来た、自分の過ちを。
 高順は心中でそう呟くと、眼差しを一変させた。
 高順の戟が翻り、李豊の剣に音高く撃ちつけられる。いまや一片の迷いもなくなった鋭利な一撃を受けとめ、その重さに李豊は舌打ちしながら後退する。
「ど、どういうことです?! い、いや、高順のことなんて後でも良いのです。それよりも、このままでは……!」
 呂布が叛逆者になってしまう。
 これでもか、とばかりに襲い来る予期せぬ事態に混乱しながら、陳宮はどうやってこの場を切り抜ければ良いのかと思案する。
 しかし、乱れた頭では適切な答えなど出せるはずもなく。自問は、ただ混乱に拍車を掛けるだけに終わる。


 高順は、そんな陳宮の様子を沈痛な眼差しで見つめていた。
 戟は李豊に向けて構え続けているが、すでに高順は李豊にほとんど注意を払っていない。
 湖の方向から一際激しく炎が燃え上がり、天へと駆け上る。その火勢は城壁を越えて、高順の半面を赤々と染めた。そして、湖とは逆の方向から響いてくるのは、聞き違いようのない馬蹄と剣撃の音。
 いまや、何が起こっているのかは誰の目にも明らかで、常の陳宮であれば、とうに行動に移っているはず。にも関わらず、今、呆然と立ち尽くしていることこそが、陳宮の失調をまざまざとあらわしていた。


「呂将軍、ただちに兵を掌握して砦の外へ」
 李豊や陳宮に言われるまでもなく、高順は自分の行動が、これまでの全てを覆しかねないものであることは認識していた。僚将の眼前で、敵将をかばい、あまつさえその後も僚将に武器を向け続けている。これを叛逆と言わずして、何を叛逆というのだろう。
 仲とは袂を分かつべきと高順は考えるが、それを戦場での裏切りという形で示すのは論外であった。それは呂布の汚名を雪ぐどころか、更なる醜名を被せること。それを承知しつつ、それでも飛び出してしまった高順は進退に窮する――はずだった。


 しかし、続けざまに起こったありえざる事態が、高順の脳裏に一つの道筋を示してくれた。
「何処の軍かはわかりませんが、敵は百や二百ではなく、しかも水と陸、双方から示し合わせて攻めてきています。早急に対処せねば、思わぬ不覚をとることもありえましょう」
 正直なところ、今の状況は高順にとっても予想外である。広陵に進出したという曹操軍にしては速すぎるし、洪沢湖の敵襲に到っては何者が動いているのか、想像もつかない。


 しかし、それでも。
「今、このような小砦に拘泥する必要はないでしょう。いえ、必要がないどころか、危険でさえあります。李将軍は平静を失われ、そのことに気付いておられないご様子でしたので、あえてお止めしました。急ぎ、お退きくださいませ」
 今、この時は。
 名も顔も知らない敵に、高順は感謝していた。
 北郷を助けられるかもしれない、それは無論ある。
 しかし、それだけではない。この場さえ乗り切ることができれば、高順は正面から呂布と陳宮と向かい合うつもりだった。そして、話しあうつもりだった。
 裏切りをもって仲を討つのではない。呂布が――飛将軍が、この乱世に挑む気概を示し、それをもって仲を討つ、その形を整えるために。
 呂布と、陳宮と、高順と。共に居ながら、どこか遠かった自分たちの距離を縮めるために。


 高順は北郷を救うために飛び出し、李豊に刃を向けた。それが、これまでの自分と決別する契機。
 同時に、高順がとった行動は、仲と、呂布との二つを裏切ることでもあった。その結果は言うまでもない。李豊に斬られるか、呂布に裁かれるか、いずれにせよ三人で話し合う時は永劫に持てなかったであろう。
 ありえなかったはずの時を、しかし、高順は得ることが出来る。
 その確信が、高順の心に光を灯す。その身体に力を宿す。
 何事かをわめきながら斬りかかってきた李豊の剣をあっさりと撃ち払い、高順は力と意思の篭った眼差しで、自らの主を見つめた。


 その目に、呂布は何を見たのだろう。
 茫洋とした紅眼の奥に去来する思考は何者にも読めなかったが、ただ一つ、先刻まで確かにあったはずの焦燥は綺麗に掻き消えていた。
 その理由は――
「…………高順は、一緒に、来る?」
「お許しいただけるのであれば――いえ、お許しいただけずとも、この身の主は呂将軍だけです」
「…………ん」
 高順の眼差しと言葉に、呂布は小さく、しかしはっきりと頷いてみせる。
 奪われるという怖れは消え、残ったのは疑ったという自責。
 それゆえの即断――いや、たとえそれがなくても、今の高順の請いに、呂布が首を横に振ることはなかったであろう。
「……ねね、退く」
「れ、恋殿、ですが……」
 いまだ混乱から脱していない陳宮は戸惑いながら口を開きかけた。
 しかし。
「退く」
 短く、しかし断固として言い切る呂布に対し、それ以上の抗弁は為しえなかった。



 この時、この場には呂布や高順、李豊ら以外にも兵はいた。ことに李豊麾下の将兵は、幾度も煮え湯を飲まされた劉家軍に対して深甚な怒りがある。
 だが、彼らにしても戦況に大きな変化が訪れていることはわかりきっており、死に体の砦に拘泥する愚かさは承知していた。敵が小勢であればともかく、空を焦がす炎と、響き渡る馬蹄と剣撃の音は、攻め寄せる敵が仲軍の脅威となる規模であることをはっきりと示している。
 冷静に考えれば、高順の言は矛盾を孕むが、それでも相次ぐ戦況の変化と、その混乱が事態を一つの方向に導こうとした時。


「戯言を言うな、裏切り者どもがァッ!」
 高順に半ば無視されていた形の李豊が吼えた。
 その半面は高順と同じように火勢を映して赤々と染まり、その両眼からは正視し難い光が迸っていた。
「何をしているのです、飛将軍どもの裏切りはすでに明らか! 殺しなさいッ!」
 配下の将兵を叱咤する声は力感に満ち、それでいて奇妙に他者の背に怖気を誘う響きを有していた。
 李豊配下の将の一人が、おそるおそる口を開く。
「し、しかし、李将軍、高殿の言も一理ございます。外の戦況も気になりますし、呂将軍らのことはひとまず措き、ここは部隊を掌握して、外の敵に対処すべきでは……」
「……殺せ、と」
「は?」
「殺せと命じたのです」
 翻る銀光にわずかに遅れ、ひゅ、と笛を吹くような音があたりに響き渡った。
 首を切り裂かれた兵士は、何が起こったのかもわからないまま、目を瞠る。そして、その表情のまま地面に倒れこみ、二度と動くことはなかった。


 氷の鞭で打ちすえられたかの如く、あたりの空気が凍りつく。
「この砦を陥とすは陛下の勅命。多少の被害に怖じて、そのことを忘れ去るような者は我が麾下には不要です。そして、仲の臣下にも必要ありません。飛将軍などとおだてられた新参と、土臭い小娘を将に任命した結果がこの様です。やはり仲帝の傍に立つ栄誉は、長年、袁家に仕えた宿将にこそ相応しい。赤毛と小娘の首を持てば、陛下も大将軍も真に恃むべき者は誰なのかがおわかりになるでしょう」
「あなたは……」
 高順は、ゆっくりと歩み寄る李豊の姿に、先刻はなかった鬼気を感じて息をのむ。
「敵は討つ。砦は陥とす。裏切り者は誅する。方士が執着していた後ろの男も、私が殺す。邪魔などさせない」


 李豊の言葉を聞いて、高順は口を噤んだ。もう何を言っても通じるまいと思えたから。
 胸奥に秘められていた憤懣が、湧出口を見出してしまったのだろう。その切っ掛けは高順自身の行動であったのか、あるいは――
「機を逸したことに気がついてしまいましたか」
 陽は中天に達した後は緩やかに没するのみ。仲の命運も例外ではない。洪沢湖を染めた緋の色と、刻一刻と近づく砦外の戦いの音が、決して無能ではない李豊の脳裏に囁きかけたのかもしれない。


 建国間もない仲に、はや斜陽の時が訪れたのだ、ということを。


 そのことを認められないがゆえの言動か。李豊の行動をそう理解した高順は、油断なく戟を構えた。高順に数倍する軍歴を誇る李豊、その武威は侮れるものではない。まして、今の李豊は明らかに普段の彼女とは異なっている。己の武功と栄達を第一に考えていた女将軍の姿に、言い知れない凄みを感じながら、高順は退くことはなかった。背後にいる北郷を守るために。


 先刻から、北郷は一言も発しない。
 おそらく気を失っているのだろうと思われた。
 だが、それでも剣を地面に突きたてて立っている。それこそ全身を血に浸しながら、なお立ち続けている。
 高順が背後の北郷を守ろうとしているように、北郷は自分の後ろにいる人たちを守ろうとしている。それは内城で怯え、震えている人たちのこと。けれど、きっとその人たちだけではないのだろうと高順は思う。
 ここで北郷が膝を屈さぬことは、多分、もっとたくさんの人たちを救い、励まし、力づけることになるのだ。それこそ、仲軍が――高順たちが踏みにじってきたと同じくらいたくさんの人たちを。


 だからこそ、高順は退けない。否、退かない。
 自分のしたことがこの程度で償えるなどとは思っていないし、先刻の詭弁と称するもおこがましい屁理屈が、仲帝に通じるはずもないとも考えている。繰り返すが、劉家軍の将である北郷を助けようとする高順の行動は、仲帝と、今はその麾下にいる呂布に対する裏切りなのだ。
 それでも、それを承知してなお――
「退けるはずが、ないんですッ!!」
 北郷を助けたいと願うこと。
 呂布と陳宮のために戦いたいと願うこと。
 両者が敵対している今、高順の願いを両立させることは不可能で。
 でも、それを両立させる機会は確かにあった。高順が見逃してしまった、あるいは故意に見過ごしただけで、確かにあったのだ。
 だから、この葛藤は自業自得。遠くない日、裏切り者として罰されることも、また当然。でもそれは、今この時、この場を退く理由にはなりえない!



 そう考え、戟を握る手に力を込めて、高順が李豊を迎え撃とうとした、その時。
 結末は呆気なく――あまりにも呆気なく訪れる。
「にーちゃんッ?!」
 聞きなれない、その声に続き、間髪いれずに鳴り響く弓弦の音。
 放たれた矢は、狙いあやまたず、李豊の首筋を一射で射抜き、李豊は糸の切れた操り人形の如く、不規則に身体を揺らして高順の眼前で倒れ伏す。その目は憑かれたように狂熱に濡れ、自分の身に起きたことを理解していない――理解しようともしていないのは明らかだった。

 
 そして、現われた敵勢の攻撃はなおも続く。
「総員、飛将を狙え! 一射後、抜剣、突撃せよ!」
 高順の視界にあらわれたその将軍は、肩までかかる黄金色の髪を無造作に髪になびかせながら、軽やかに馬を操って一直線に高順のところへ向かって来る。
 思わず息をのむような端麗な容姿の持ち主だが、李豊を一矢で射抜いた騎射の腕は寒気がするほど。その配下の将兵も、告死兵に優るとも劣らぬ錬度を有していると思われた。
 いや、そんなことを考えいる場合ではなかった。
「仲康!」
「はいッ!」
 迫る騎将と、その将の傍らにいる小柄な少女。
 その少女から繰り出された鉄球が、正確無比な軌道をもって高順に向かってきたのである。
 鉄球の大きさも、またそれを軽々と操る少女に対しても驚愕を禁じ得ない高順は、それでも退くことなく真正面から鉄球を受け止めた。避けることなどできないのだ、後ろには北郷がいるのだから。


 無論、この時、少女――許緒は北郷の姿に気付いており、高順が避ければ鉄球を引き戻すつもりであったのだが、当然のこと、高順がそれを知るはずもない。
 許緒の鉄球を、全身の力を込めて受け止めた高順は、戟から伝わる凄まじい衝撃に思わず呻きをもらす。それでも衝撃を支えきれず、戟は高順の手から離れ、宙を舞った。
 そして、次撃は。
 高順が戟を取り戻す暇も、体勢を立て直す暇もなく、目前に迫っていた。


「――さらばだ」
 馬上から発された曹純の声を、この時、高順はどこか穏やかな心地で聞いていた。振り下ろされる槍を、どこか遠くに感じていた。
 それは多分。
「――陥陣営」
 ああ、自分はここで死ぬのだ、と覚悟したからなのだろう。 




 だから。
 不意に、背後から自分を包み込むように覆いかぶさってきた温かい重みが何なのか。
 高順は、しばらくの間、わからなかった。
 たまらず地面に押し倒され、その結果として死をもたらす槍の一撃から逃れられたと悟ったのは、敵であるはずの曹操軍の将の口から、北郷の名が出てからのことであった。





◆◆◆





「ふ、ふふ……なんともはや」
 右の手で顔を覆いながら、于吉はくつくつと笑っていた。
 笑い続けていた。すでのその笑いはどれだけ続いているのだろうか。少なくとも、高家堰砦を巡る攻防が終わってから、ずっとであることは間違いない。


 正確に言えば、戦いはまだ続いていた。于吉の眼下では、曹仁、曹洪が率いる曹操軍と、張勲が指揮する袁術軍とがいまだ干戈を交えている。
 しかし、于吉には戦いの行方が見えていた。西方から押し寄せていた梁剛、陳紀の軍勢は火計によって壊滅し、李豊も曹純によって討たれている。
 高家堰砦に入った曹純率いる虎豹騎は砦内の残敵を掃討するや、壊滅した劉家軍に代わって砦を守備する気勢を示した。高家堰砦は、もう砦としての機能を失っており、呂布ないし張勲の軍勢をもってすれば陥とすことは難しくなかったであろうが、呂布は残余の戦力を砦から撤収させ、李豊の軍勢をもあわせて手元で掌握した後も積極的な攻勢に出ようとはしなかったのである。


 ほどなく、張勲の下に呂布からの軍使が訪れ、李豊の戦死と、これ以上の戦闘の無益なることを訴え、撤退の可否を問うてきた。可否を問う、とはいっても、それは半ば撤退の通知であった。
 それも無理からぬこと、依然、兵力は袁術軍が大きく優っていたが、圧倒的なまでに有利であった戦況を覆され、万を越える死傷者を出したことで、将兵の士気は著しく下がっていた。今なお空を焦がす洪沢湖の火勢を横に見ながら、新手の曹操軍と戦うことは不可能といってよい。それは張勲も承知するところであった。


 くわえて。
「まあ、広陵を失ったとはいえ、逆に言えばそれ以外のぜーんぶ、私たちのものですし。戦果としては十分でしょう」
 張勲の言葉どおり、これ以上戦ったところで、手に入るものといえば守る意味のない砦と、略奪によって荒れた都市ひとつ。戦い続ける理由はなかったのだ。いや、一応、勅命があると言えばあるのだが――
「どうせ、誰かさんが暗躍した結果でしょうしね。そんなに大事にはならないでしょう。ご機嫌がすこーし悪くなっちゃうかもしれませんけど、うーん、あの秘蔵の蜂蜜、ここで使うべきかなあ?」
 張勲は頬に手をあてながら、なんといって皇帝をなだめるべきか思案するのであった。



 その張勲の言葉を聞いたわけではないが、于吉もまた仲の軍勢が間もなく退くであろうと考えていた。戦況を見れば、そう判断せざるをえない。
 いまだ目的の人物は砦に健在。つまるところ、これは――
「……私の敗北。そういうことなのでしょうね」
 手で顔を覆っているため、于吉の表情はわからない。唇からこぼれる笑いはいまだ途切れず、ただ虚ろにあたりに響きわたる。
 仲の方士として、戦闘を長引かせることが出来ないわけではない。これまでそうしてきたように。
 しかし、今、そうしたところで目的が果たせないことを理解するゆえに、于吉はその手段を採れなかった。また、悪足掻きに等しい醜行をなすことに、自身の美意識が耐えられなかったということもあったかもしれない。
「完璧に死地に落としたのです。どれだけ人事を尽くそうと、天命が下ることなどなかったはず。なのに、あなたはまだこの世界にいる」
 そう言って、ようやく于吉は笑いをおさめ、顔を覆っていた手をはずす。
 現われたのは、決意と、殺意と、害意とを渾然とさせた、苛烈な瞳。


「運否天賦……とうとう、天をすら動かしましたか、北郷一刀」


 激情を示す輝きは、しかし、一瞬で去る。
 于吉は瞬き一つで、その眼差しを鎮め、常の怜悧な眼光を取り戻し、小さく哂った。
「左慈であれば喜ぶところでしょうが、生憎と私はそこまであなたに執着していない。いえ、そのつもりでしたが……ふふ、ここまで恥をかかされると、その気持ちも揺らいでくる。忌々しい外史などとは関わりなく、あなたを消したくなりましたよ、北郷」
 そういって、于吉は小さく印を結ぶ。
 それは、配下の方士への連絡。見張らせていたのは、劉家軍の長。
「今回は私の負けです。しかし、自身を守ることは出来たとしても、ここにいない者まではどうでしょうか。多少は意趣返しをさせてもらってもかまわ――」
 かまわないでしょう、そう言いかけた于吉の耳に。


『――あらあーら、なんだか言動が小物っぽくないかしら、于吉ちゃん?』


 于吉はわずかに息をのみ、その野太い声の主の名を口にした。
「……貂蝉、ですか」
『そう、みんなの心の一輪花、貂蝉よん』
「どうして、などと問うのは無意味ですね。あなたの姿がないのは訝しいとは思っていましたが……」
『うふふ、良い漢女は出を心得ているものよ。ご主人様が本当に守りたかったのは、自分ではないんだもの。なら、その心のひだを掬い取ってあげるのが伴侶の役割よん』
「その代わりに、当人がここで死ぬ可能性の方がはるかに高かったと思いますが?」
『でも、死ななかった。そうでしょ? 信じることは、時にとても辛いけれど、それを顔に示さず、言葉に出さず、ただ貫くことこそ漢女の心意気なのよ』


 于吉の顔に苦笑が浮かぶ。
「……ふ、まったく北郷も愛されたものですね。今の言葉をそのまま伝えた方が、私の策よりも北郷に傷を与えられそうですよ」
『あらあら、その皮肉っぷり、やっといつもの調子が戻ってきたかしら?』
「……さて、どうでしょうね。まあ少し平静を欠いていたことを認めるに吝かではありませんが」
『――外史は、なお続くわ。ご主人様とあたしにとって、あなたは敵には違いないけれど、それは互いの信念ゆえのものであってほしいのよ。ご老人方の繰り人形ではなく、ね』
「その信念とやらに基づいて、あなたはあくまで一人の踊り子として、劉家と行動を共にしたわけですか」
『そういうことね。もちろん、これはあたしの勝手な願い。于吉ちゃんがどう行動するかは于吉ちゃん次第よ。ただ、今後も玄徳ちゃんを狙うなら、相応の覚悟をもって来るべきねん。少なくとも、ご主人様を狙う片手間に配下に指示を下すような、そんなやり方じゃ――千年経っても届かないわよ』


 最後の一言に込められた貂蝉の威に、于吉は知らず、息をのむ。
 しかし、次に発された言葉には欠片ほどの動揺も示さない。それは半ば于吉の意地だった。
「――忠告、感謝します。精々気をつけることにしましょう」
『そうしてちょうだい。あ、そうそう、配下の人は無事だから安心してねん。ちょーっとだけお仕置きしておくけど、ね♪』
 何をするつもりですか。そう問いかけた于吉は、どこか遠くから悲鳴とも絶叫ともつかない声を聞いた。そして、やたらと生々しい『ぶちゅ』という音。


 白の方士はしばしの無言の末。
「…………………………さて、次なる策を練るとしましょうか」
 誰に言うでもなくそんな言葉を呟くと、気忙しげに姿を消すのだった。






◆◆◆






 突如響いてきた悲鳴に、劉備は思わず首を竦ませた。
「え、あ、何、今の?」
 きょろきょろとあたりを見回す。
 ここは長江の流れに浮かぶ舟の上、悲鳴をあげている人がいればすぐに見つかるはずなのだが、そんな人はどこにも見当たらない。
「長江には不思議な鳴き声の鳥がいるのねえ」
 そんなことを言ったのは、いつの間にか近くに来ていた貂蝉であった。いつもどおり、筋骨たくましい体に薄布一枚だけの姿なのだが、人間とは慣れるもの、いつか劉備もその姿に違和感を感じることはなくなっていた。時々、目のやりばに困ることはあったけれども。


「ね、ねえ雛里ちゃん、今のって……鳥?」
「う、うーん、鳥……なのかな?」
 軍師二人が可愛らしく首を捻っている。二人の知識にもない鳥がいるとは、やはり天下は広い。感心したようにそんなことを考える劉備は、しかし、すぐに表情を曇らせる。
 無事、長江に出ることができ、追っ手の心配はもうないだろう。たとえあったにせよ、徐州水軍と、そして荊州水軍の主力が集うこの船団にとって、脅威にはなりえないに違いない。


 陶謙の下から荊州への遣いに立った糜竺は、これ以上ないほどに役目を果たしてくれた。
 州牧である劉表は、袁術との直接の対峙にこそ難色を示したものの、音に聞こえた劉家軍と、そして徐州水軍を受け入れることに関しては、糜竺が拍子抜けするほどあっさりと承諾してくれたのである。
 もっとも、荊州内部には劉表の決断に異を唱える者も少なくなく、実際に水軍を動員するまでこぎつけるには多少の時間がかかってしまったが、それでも手遅れになる前に江都へとたどり着けたのは、ひとえに糜竺の手腕であると言って良い。
 ただ、この一行の中に江都の県令趙昱の姿はない。劉備の熱心な請いにも「自分は江都を守らなければならないから」と趙昱は最後まで首を縦に振らなかったのだ。
 そして、関羽と張飛、趙雲、太史慈、北郷らの姿もない。劉備は江都で最後の最後まで粘ったが、結局、北から劉家軍の旗がやってくることはなかった。


 そのことを思うと、知らず劉備の目に涙がにじみ出てしまう。将兵の手前、なんとか平静を装っていたが、それでもふとした拍子に涙腺が決壊してしまいそうになる。
 みんな無事でいる。そう信じていても、これまで当たり前のように傍らにいてくれた人たちの姿が見えないだけで、ここまで心が痛むとは劉備自身思っていなかった。否、想像したことさえなかったのだ、自分たちがばらばらになってしまうなど。
 それでも、まぎれもない、これが現実。
 諸葛亮、鳳統、簡擁、陳到、田豫、それに董卓、賈駆、王修たちはいてくれるし、張角たち三姉妹や馬元義の姿も船上にある。
 流浪の軍にはもったいないほどの陣容で、こんな状況でも従ってくれている人たちに、劉備は深い感謝の念を抱いていたが、それでもここにはいない人たちのことを考えずにはいられなかった。


 すると。
 ばふ、と横合いから柔らかいものに抱きつかれ、劉備は慌ててじたばたともがく。
 その耳に、優しく囁きかける声は張角のものだった。
「大丈夫だよ、玄徳ちゃん。みんな、無事だから。また逢えるから」
「うぶ、は、伯姫ちゃん?」
「そう、みんなの歌姫、天和ちゃんでーす」
 言いつつ、腕の力を緩める張角。
 豊満な胸から解放され、ほっと息をつく劉備に、張角は優しい視線を送る。
「玄徳ちゃんは頑張りやさんだからね、あんまり溜め込むのは良くないよ? 心配なら心配って言って良いし、泣きたいなら泣いても良いんだから」
「で、でも」
「でも、じゃありません」
 何か口に仕掛けた劉備の唇を、張角は人差し指でそっと押さえる。そして、両手を腰にあて、むん、という感じで胸を張ってみせた。
「将の心得がどうとか、そんなことを言って玄徳ちゃんを困らせる人は、この張伯姫さんがじきじきにお説教してあげます。私を怒らせると怖いんだぞう」


 のんびりとした口調でそう言われても、あまり説得力はないかも。劉備はついついそんなことを考えてしまう。
 だが、その言葉に込められた真情に気付かない劉備ではなかった。だから、そっと目じりを拭い、くしゃりと笑ってみせる。
「うん、ありがと、伯姫ちゃん。心配かけちゃって、ごめんね」
「そうそう、やっぱり玄徳ちゃんは笑ってる方が可愛いね。大丈夫、さっきも言ったけど、一刀も、雲長ちゃんも、みんなみんな無事だから。すぐ、には無理だろうけど、いつかまた必ず逢える」
 慰め、というには張角の言葉には迷いがない。少なくとも、張角自身が疑いなくそう信じていることは間違いないだろう。
 その確信は、何によってもたらされるのだろう。劉備はそれが気になった。何故といって、その理由が相手を信じる気持ちの強さに拠るものだとすると、張角に劣るのはいろいろとまずい。そんな気がするからだった。


 そんな劉備の密かな焦燥を知ってか否か、張角はぽやっとした顔でこんなことを口にした。
「ふっふ、玄徳ちゃん、この大賢良師張伯姫を甘くみてはいけません。遠く百里先の出来事さえ、私の霊力をもってすれば掌の内にあるのだー」
「え、そ、そうなの、伯姫ちゃん?! す、すっごーいッ!」
「――なんてね♪」
 ずる、とこけそうになる劉備。
 その劉備を見て、張角はころころと笑った。
「は、伯姫ちゃん?」
「ごめーん。でも、ね。私の勘が冴えてるのは本当だよ、ちぃちゃんとれんちゃんのお墨付き。その勘が告げてるの。みんな無事だって。また逢えるって。ただ、そのためには、きっとたくさんの辛いことがあると思うけど」
 それでも、いつか必ず逢えるから。張角はそう言うと、もう一度劉備を胸元に抱き寄せた。


 柔らかい感触に包まれた劉備は、さっきのようにもがいたりはしなかった。むしろ、伝わってくる温かさに救われた気持ちになる。
「……なんか、伯姫ちゃんってお姉ちゃんみたい」
「ふふ、ちぃちゃんの年が私のお姉ちゃん暦だから、もうあと何年かで二十年になるねー。それに、玄徳ちゃんは一刀の大事な人だから、私にとっては、本当に妹みたいなものだよ」
「え……え、ええッ?!」
 唐突な張角の言葉に、劉備は思わず声を高める。
 だが、上目遣いで見上げた張角の顔に浮かぶ真摯な眼差しを見て、慌てて口を噤んだ。
 その表情を崩さないままに、張角はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「だから、ね、玄徳ちゃん。辛かったり、苦しかったりすることがあったら、遠慮なんかしなくて良いから、私に話してくれないかな。ううん、私じゃなく、ちぃちゃんやれんちゃん、それに他の人たちだって良いよ。ただ、自分一人で抱えて、泣いたりしないで。それは、きっと一刀が何より苦しむことだから」
 ぎゅっと。その名を口にした時、込められたわずかな力が、言葉にするよりもはっきりと、張角の胸の内を劉備に伝えて来る。
 その感情の熱さに、知らず、劉備は頬を赤らめていた。
「伯姫ちゃん、あの、やっぱり……」
 一刀さんのことを、と口に仕掛け、劉備は言葉を飲み込む。それはきっと問うまでもないことだから。
 けれど、張角は飲み込んだ劉備の言葉を察したようだった。優しく、そして力強く肯定する。
「うん、好きだよ。これでもかーってくらいに、好き。元々、格好良い人だなって目をつけてはいたんだけどね。一刀って、なんかこう、一緒にいるとすごい落ち着くんだよね」
「あ、それはわかるかも」
 うんうん、と頷きあう二人の乙女。
「色々あって離れ離れになっちゃったけど、それがまた気持ちを高めちゃったのかなあ。河北で再会してからは、もう一直線だった気がするよ。それで、本人にも言っちゃったんだけど――」
 くすり、と張角は花開くような笑みを浮かべる。
 劉備が思わず見とれてしまうような、恋する者の顔であった。


「一刀ってばあたふたして、ふふ、面白かったなあ」
「そ、そうなんだ」
 張角に告白された時の北郷。その様子を思い描こうとした途端、劉備は胸に鈍い痛みを覚えた。
 どうしてだろう、とどこかぼんやりと考えている間にも、張角の言葉は続く。
「その一刀が一番大切に思っているのは玄徳ちゃんだから、だから私にとっても玄徳ちゃんは大切な人なんだよ。命を救ってくれた恩以上に、ね」
 張角はそう言うと、もう一度、劉備の耳元にそっと囁いた。



 ――だから、もう一人で泣いたりしないでね、と。
 その言葉に対し、頷く以外のことが、劉備にできるはずもなかったのである。




◆◆




 そんな劉備たちの様子を、諸葛亮と鳳統、二人の軍師は遠慮がちに見やっていた。
 実のところ、劉備を励ます機会を窺っていたのだが、見事に張角に先を越されてしまったのである。
 もっとも、劉備が憂いを払ってくれるのなら、それが誰の手によるものであろうと関わりないことではあった。
 少なくとも、鳳統はそう考え、そして張角によって元気付けられた劉備の様子を見て、ほっと安堵の息を吐いていたのである。
 そして、北の方角を見やり、そちらで戦っているであろう人の姿を思い描き、小さく呟いた。
「一刀さん、玄徳様は大丈夫です。私と、朱里ちゃんと、皆さんでお守りしますから。きっと、きっとです」
「うん、そうだね、雛里ちゃん」
 諸葛亮は、傍らの友人の手をそっと掴む。
 その手の震えを、果たして鳳統は気付いているのだろうか、と一抹の不安にとらわれながら。


 江都では、北方の戦況はほとんど掴めなかった。わかったのは、呂布によって高家堰砦が猛攻に晒されているという事実のみ。
 今この時、砦にいる太史慈と北郷がどうなっているのかは、いかに伏龍、鳳雛といえどつかめない。
 そのことが、ことに鳳統の心に負担を強いていることに、諸葛亮は気付いていた。無論、諸葛亮とて砦のことを深く気にかけてはいる。しかし、鳳統のそれは、鳳統自身の内面にも関わることであり、諸葛亮の抱く重みとは、また意を異にするのだ。
 鳳統の心に住まう、飽くなき軍略への思考。鳳統自身が化け物と称するその思考が、鳳統を傷つける。今回の戦いで北郷を死地へと追いやった自らに、鳳統が深い嫌悪を見せたのは、諸葛亮にとっても見過ごしにはできないものだった。


 とはいえ。
「雛里ちゃん、あんまり思いつめると、一刀さんが怒っちゃうよ?」
「あ、あわわ、朱里ちゃん、突然何を?」
 もっとも、とうの本人が、それを抱えて頑張る鳳統を、勝利の女神と笑って称えてくれているのだ。そこまで気にする必要もない、と思ったりする諸葛亮であった。決して、自分より鳳統を見ていると思われる北郷へ意趣などない。うん、ないのである。
「……朱里ちゃん、なんか怒ってる?」
「はわわ、そそ、そんなことはない、うん、ないよッ」
「そ、そう?」
「も、もちろんだよ! さ、さあ、雛里ちゃん、下でこれからのことを考えよう。子仲(糜竺の字)さんに、荊州のお話をもっと詳しくお聞きしないといけないし、淮南の情報を集める手段も考えないといけないよッ」
「そ、そうだね、やることは山積みだね。がんばって、玄徳様をお守りしないと」
「そうそう! それで、一刀さんたちが帰ってきたら、よく頑張ったって褒めてもらおう!」
「しゅ、朱里ちゃん、やる気満々だねッ」
「そういう雛里ちゃんこそ、目の輝きが尋常じゃないよッ」




 言い合いながら、船室に下りていく二人の軍師。
「――まったく、ご主人様も罪作りなんだから」
 その背を見送りながら、貂蝉は小さく肩をすくめるのだった。
  




◆◆◆





 場所によっては対岸さえ見えない雄大なる長江の流れ。
 その中に漕ぎ出していく軍船の一団を見送り、江都の県城で趙昱は静かに安堵の息を吐いていた。陶謙から託された任務を果たし終えた安堵。そして、長らく引き止めていた窄融を解放できる安堵、その双方によるものだった。


 だから、不意に背後で扉が開く音がした時も、趙昱は特に驚くことはなかった。今、県令の執務室に自分以外はいないし、配下の者が確認もなく入ってくるはずもない。であれば、入ってくる者は必然的に限られてくる。
 振り向いた趙昱は、そこに予想に違わぬ窄融の姿を見出し、微笑みながら口を開こうとした。
 だが、それを制すように窄融は右の掌を趙昱に向ける。しゃべるな、とでも言うかのように。言うまでもなく、その無礼は明らかで、さすがに趙昱も唖然とせざるを得なかったが、窄融は気にかける様子もなく言葉を発した。
「あなたは、行かなかったのか?」
「う、うむ、やはり県令の身であるし、それに世話になった貴殿を、仲の攻撃に晒されるこの江都に置き去りにするわけには……」
「無用の気遣い」
「なに?」
 あっさりとした言葉に、趙昱は眉根を寄せる。
「無用の気遣い、と言った。私に報いるというなら、さっさと長江にその醜い身体を浮かべるべきだった」
 さすがにもう聞き捨てには出来なかった。趙昱は険しい表情で窄融に向き直る。
「窄融殿、たしかに私は貴殿に幾多の協力を得た上に、その行動を掣肘した。多大な恩義があり、償うべきことは多かろう。しかし、さきほどよりの貴殿の言動はそれを差し引いてもあまりに礼を失していはすまいか?」


 だが、窄融は趙昱の言葉にいささかの感銘を受けた様子もなく、むしろ嘲るように答えた。
「これから死ぬ者に、何の礼儀が必要と?」
「……なんと?」
 しかし、窄融はそれ以上、何も言おうとせず、小さく手を鳴らした。
 すると、扉から窄融麾下の兵とおぼしき者たちが数名あらわれる。すでに抜き放たれていた剣についた赤色が、いやに趙昱の目を惹いた。
「江都は我らがもらう。趙昱殿には、お望みどおり、県令として最後の勤めを果たしてもらおう。その首をもって、城民どもに主の交代を告げるという勤めをだ」
「な、何を言っている、窄融殿、正気かッ?! か、かりに江都を得たとしても、仲の軍勢相手に貴殿らだけで戦えるはずが……」
「戦う必要もない。すでに仲の大将軍とは話がついている――我らが江都に来る前から」
「なんと……?」
 それは、どういうことなのか。
 そう問おうとした趙昱だったが、すでに窄融は趙昱から背を向けていた。代わりに進み出たのは、名も知らぬ兵士。
 自らが殺されようとしている事実に、趙昱はようやく実感がわき、慌てて身を翻そうとする。
 しかし、狭い室内のどこに逃げるというのだろう。
「ま……!」
 待て、と。そう言おうとしたのだろうか。
 しかし、次の瞬間、鋭利な輝きを映した剣が趙昱の身体に深々と突き刺さる。一本、二本、三本、と。
 その身体が室内の床に倒れこんだ時には、すでに趙昱の目からは一片の生気も失われていた。





 江都において、県令である趙昱の死と、窄融による統治、そして仲への随身が明らかとなったのはそれからほどなくのことであった。
 窄融は仲によって改めて江都の県令に任じられ、そのまま江都を治めることになり、江都は仲の統治下に入る。無論、窄融は正直に趙昱を手にかけたなどとは言わず、仲へ反抗する者たちの策謀によって殺されたことになっている。
 この時、まだ黎明期にあった仏教を篤く信仰する窄融であったが、その評判は決して悪くはなく、江都とその周辺で行われた大規模な催しには、数千人、時には数万もの人が集まるほどの盛況を見せることになる。


 数年の後、この人物によって長江流域は血みどろの戦禍に包まれる。それは仲の命運はおろか、中華帝国の歴史さえ揺るがす大乱となるのだが――この時点で、それを予期できる者は、本人を含め、誰一人としていなかったのである。






◆◆◆






 そして。
 おれは――俺は目覚めた途端、全身を襲う苦痛に、思わず悲鳴をあげそうになった。
 その悲鳴を飲み込めたのは、何故か傍らで眠っている人の姿に気付いたからである。
 関羽は、俺の寝具に頭をもたげるような形で眠っていた。まるで、看病に疲れた恋人のようだ、とは咄嗟に浮かんだ戯言ですよ、関将軍。
「……なんで、関将軍がここに?」
 呟いた声が、自分でも驚くほどにかすれていた。起き上がろうとしても、身体に力が入らず、上半身を起こすことさえままならない。
 というか、動くだけで全身に刺すような苦痛がはしり、動きたくても動けないといった方が正確かもしれん。   


 声も出ず、身動きも出来ずとなれば、精々考えることくらいしか出来ない。
 見上げた天井は見慣れぬ形をしており、場所を知る手掛かりにはならなかった。しかし、天井や壁の精巧な造りを見れば、ここがかなりの規模の家屋敷なのだろうということは察することが出来た。少なくとも、高家堰砦ではありえない。
 関羽がいるということは、劉家軍にいるということなのだろうかとも思ったが、しかしどう考えてもあの戦況から、関羽が合流して劉家軍へ、という流れになるのは無理がある。
 いや、そもそも――
「なんで生きてるんだ、俺?」
 あの時、李豊の剣は確かに俺を捉えていたはずなのに。
 考えれば考えるほどに疑問が渦を巻き、答えの出ない問いばかりが思い浮かぶ。
 このままでは浮かび上がる疑問の海に溺れかねん、と判断した俺が、大人しく関羽の目覚めを待とうと判断した時のこと。


「……失礼する」
 控えめな問いかけと共に、ゆっくりと扉が開かれ、一人の人物が俺の視界に姿を見せた。
 黄金が照り映えるような見事な髪と、蒼穹を映すかのような両の目、そして秀麗としかいえないような容貌は、俺の記憶にある人物の一人と合致するものであった。
 はじめ、その人物はつっぷすように寝入っている関羽を気遣うように見つめていたが、すぐに俺からの視線が向けられていることに気付いたようだった。その目が大きく見開かれる。
「……気付かれたか、北郷殿」
「……お久しぶり、ですね、子和殿」
 再会の言葉を口にしただけで、咳き込んでしまった俺を見て、曹純は慌てたように水をもってきてくれた。
「慌てず、ゆっくりとのまれよ」
 その曹純の言葉に、俺は無言で頷いたが――うん、すみません、無理です。水って、こんな甘かったんだなあ、と思いつつ、貪るように飲み干してしまいました。
 さすがにお代わりを要求するわけには、と葛藤する俺に、曹純は苦笑しつつ、二杯目を持ってきてくれた。今度はゆっくり、味わって飲めました。良く冷えた水だ。よほど良質の井戸があるらしい。


 ますます、この屋敷がどこなのかわからなくなって困惑した俺は、様々な疑問の中で、真っ先にそれを曹純に問うた。
 すると、曹純が答えて曰く。


「ここは許昌です、北郷殿。昨今では許都とも呼ばれていますね。漢王朝の新たな都にして、我ら曹家の夢の源泉、御身は、今、その地にいるのですよ」





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