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No.5244の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第一部 完結】[月桂](2010/04/12 01:14)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(一)[月桂](2008/12/14 13:32)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(二)[月桂](2008/12/14 13:33)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(三)[月桂](2008/12/14 13:33)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(四)[月桂](2008/12/14 13:45)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(一)[月桂](2008/12/17 00:46)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(二)[月桂](2008/12/17 23:57)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(三)[月桂](2008/12/19 22:38)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(四)[月桂](2008/12/21 08:57)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(一)[月桂](2008/12/22 22:49)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(二)[月桂](2009/01/01 12:04)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(三)[月桂](2008/12/25 01:01)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(四)[月桂](2009/01/10 00:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(一)[月桂](2009/01/01 12:01)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(二)[月桂](2009/01/02 21:35)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(三)[月桂](2009/01/04 02:47)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(四)[月桂](2009/01/10 00:22)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(五) [月桂](2009/01/10 00:21)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(一)[月桂](2009/01/12 18:53)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(二)[月桂](2009/01/14 21:34)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(三)[月桂](2009/01/16 23:38)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(四)[月桂](2009/01/24 23:26)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(五)[月桂](2010/05/05 19:23)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(一)[月桂](2009/02/08 12:08)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二)[月桂](2009/02/11 22:33)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二・五)[月桂](2009/03/01 11:30)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(三)[月桂](2009/02/17 01:23)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(四)[月桂](2009/02/22 13:05)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(五)[月桂](2009/02/22 13:02)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(六)[月桂](2009/02/23 17:52)
[30] 三国志外史  六章までのオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/02/26 22:23)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(一)[月桂](2009/02/26 22:22)
[32] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(二)[月桂](2009/03/01 11:29)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(三)[月桂](2009/03/04 01:49)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(四)[月桂](2009/03/12 01:06)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(五)[月桂](2009/03/12 01:04)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(六)[月桂](2009/03/16 21:34)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(七)[月桂](2009/03/16 21:33)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(八)[月桂](2009/03/17 04:58)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(一)[月桂](2009/03/19 05:56)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(二)[月桂](2009/04/08 23:24)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(三)[月桂](2009/04/02 01:44)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(四)[月桂](2009/04/05 14:15)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(五)[月桂](2009/04/08 23:22)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(一)[月桂](2009/04/12 11:48)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二)[月桂](2009/04/14 23:56)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二・五)[月桂](2009/04/16 00:56)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(三)[月桂](2009/04/26 23:27)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(四)[月桂](2009/04/26 23:26)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(五)[月桂](2009/04/30 22:31)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(六)[月桂](2009/05/06 23:25)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(一)[月桂](2009/05/06 23:22)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(二)[月桂](2009/05/13 22:14)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(三)[月桂](2009/05/25 23:53)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(四)[月桂](2009/05/25 23:52)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(一)[月桂](2009/06/07 09:55)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(二)[月桂](2010/05/05 19:24)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(三)[月桂](2009/06/12 02:05)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(四)[月桂](2009/06/14 22:57)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(五)[月桂](2009/06/14 22:56)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(六)[月桂](2009/06/28 16:56)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(七)[月桂](2009/06/28 16:54)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(八)[月桂](2009/06/28 16:54)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(九)[月桂](2009/07/04 01:01)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(一)[月桂](2009/07/15 22:34)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(二)[月桂](2009/07/22 02:14)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(三)[月桂](2009/07/23 01:12)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(四)[月桂](2009/08/18 23:51)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(五)[月桂](2009/07/31 22:04)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(六)[月桂](2009/08/09 23:18)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(七)[月桂](2009/08/11 02:45)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(八)[月桂](2009/08/16 17:55)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(一)[月桂](2011/01/09 01:59)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(二)[月桂](2009/08/22 08:23)
[74] 三国志外史  七章以降のオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/12/31 21:59)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(三)[月桂](2009/12/31 22:21)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(四)[月桂](2010/01/24 13:50)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(五)[月桂](2010/01/30 00:13)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(六)[月桂](2010/02/01 11:04)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(七)[月桂](2010/02/06 21:17)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(八)[月桂](2010/02/09 00:49)
[81] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(九)[月桂](2010/02/11 23:24)
[82] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十)[月桂](2010/02/18 23:13)
[83] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十一)[月桂](2010/03/07 23:23)
[84] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十二)[月桂](2010/03/14 12:30)
[85] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (一)[月桂](2010/03/22 15:41)
[86] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (二)[月桂](2010/03/26 02:19)
[87] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (三)[月桂](2010/03/31 03:49)
[88] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (四)[月桂](2010/04/09 00:37)
[89] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (五)[月桂](2010/04/12 01:13)
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[5244] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十一)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:49f9a049 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/07 23:23


 徐州広陵郡江都県。
 長江の北岸に位置するこの地は、徐州牧陶謙の淮南支配の要の一つであった。
 江都は、長江を越えて運ばれてくる江南の物資が集まる地であると同時に、江北の物資を江南に送り出す拠点ともなっている。
 物資の集散地であるこの地には、それを目当てとした人も集まる。物と人が集まれば、彼らを相手とした商いも発生する。
 江都の繁栄は淮南でも屈指のもので、それゆえに陶謙はここを治める県令には信頼する趙昱(ちょういく)という人物を送り込み、人心の安定と陶家による支配の確立を図ってきたのである。


 県令である趙昱は才走ったところこそないが、堅実な行政手腕の持ち主であり、江都の特徴を理解した政策を着実に打ち出していき、江都の繁栄の根底を支え続けた。
 同時に治安の安定にも意を用い、江北の民は「江都の内外では盗賊の影さえ見えぬ」と善政を喜び、江都の賑わいは、広陵のそれと比較しても劣らぬほどの活況を呈するようになったのである。


 しかし、治世の能吏は必ずしも乱世の雄たりえなかった。
 仲帝袁術の淮南侵攻が始まり、その非道ぶりが確報として届けられるや、趙昱は震え上がって江都の城門を閉ざしてしまったのである。
 広陵太守である陳羣は、仲の進軍が始まる以前から、来るべき戦禍に備えて物資を備蓄するように配下に通達しており、江都の庫には十分な備蓄があった。
 だが、趙昱は陳羣のように付近の民を収容するということはせず、また交易のために訪れていた人々に事前の通告もなしに城門を閉ざしたため、江都内外では小さからぬ混乱がうまれた。
 さらに趙昱は麾下の軍船を長江に展開させると同時に、一般の船舶を危急を理由として徴発してしまう。これにはさすがに抗議の声が殺到したが、趙昱は頑として譲らず、ただひたすら江都の防備を固めることに専念するばかりであった。




 県城の中央に建てられた県庁から江都の街並みを眺め、趙昱は深々とため息を吐く。
 ほんの数月前までは溢れるほどの人出でにぎわっていた江都の街路は、いまやまったく閑散としたものであった。人の往来がないわけではないが、そのほとんどは厳しい甲冑をまとった兵士であり、仕入れた品を売り尽くそうと声を嗄らす商人も、それをひやかす人々の姿も、そこにはない。
 それどころか、時折、行き交う兵士に声高に食って掛かる者の姿さえ見てとれる。兵士はわずらわしそうに相手にしていなかったが、趙昱が街並みを見下ろして、まださして時が経っていない。にも関わらず、こんな光景が目に映るということは、つまりそれだけ趙昱に対する不満が、街では高まっているということだろう。
 であれば、趙昱の目が届かない場所では、騒擾の一つ二つ必ず起こっていると見て間違いあるまい。
「……これでよかったのだろうか」
 小太りの体躯を揺らしながら、趙昱は再び深いため息を吐くのだった。


「では、城門を開いて仲の軍勢と真っ向からぶつかりますか? 私は別にそれでも構いませんが、敗れた折には江都は城民の血で赤く染まりますよ」
 その声を発したのは、趙昱と同じ部屋にいる女性であった。
 武官の服を着ているが、趙昱へ話しかける言葉に県令への敬意らしきものは感じられない。それもそのはずで、この人物は趙昱の配下ではなかった。
「……窄融(さくゆう)殿」
「刃向かえば皆殺し。それが袁公路殿の理です。そして戦の要諦である兵力はこちらがはるかに劣る。勝ち目がない以上、降伏するが上策。しかし、あなたは降伏は嫌だという」
「……私とて死にたくはない。しかし、陶州牧の信を裏切るような真似は出来ないのだ」
 趙昱は苦しげに声をしぼりだす。


 しかし、窄融は、趙昱の苦心など知ったことではないとでも言うように、何の感情も込めずに言葉を続けた。
「であれば、勝つしかない。城門を開いて討って出るか、城に篭って援兵を待つか。あなたは後者を選び、後者を選んだゆえに今の江都がある。それを悔いるのであれば、自ら出撃しますか?」
「……ぬ」
 窄融の指摘に、趙昱は一言もなく黙り込む。
 陳羣と趙昱は、共に能吏として知られ、広陵と江都は淮南でも一、二を争う交易都市である。陳羣は太守で、趙昱はその麾下の県令であるという立場の違いはあるが、能力という面で見れば、趙昱は陳羣に迫るものを持っていた。


 ゆえに両者の違いは能力ではなく、その器量に求められる。一言で言ってしまえば、趙昱は陳羣より肝が小さいのである。県令として一県を統べるのが、趙昱の器量の限界であった。
 もっとも趙昱は自分でそのことを自覚している。
 そもそもが望んで官に就いたわけではないのである。孝子として知られ、廉直の士として敬われていた趙昱の評判を聞きつけた陶謙が、是非にも、と仕官を望んだのだ。自らの器量を知る趙昱は幾度も辞退したのだが、州牧による度重なる懇請を断りきれず、江都の県令に任じられたという経緯があった。
 このあたり、東城県の張紘とほぼ同じ境遇と言っても良い。それが影響したわけでもないだろうが、父娘ほど歳の離れた二人の県令は交友関係を持っており、趙昱は東城県の戦況も常々気にかけていた。


 とはいえ、趙昱にはそれを知る術はなく、また江都に向けて仲の主力部隊が接近してくるに及んで、他の県を気にする余裕も失われていた。
「……せめて、城外の民は城にいれるべきではなかっただろうか」
「望むならば、今からでもご自由に。しかし、仲の張勲の軍が間近に迫った今、そのようなことをすれば付け込む隙を与えるだけだと思いますが。やるならば、広陵の陳太守のようにもっと早くから取り掛かっておくべきでしたね」
 窄融の言葉に、またしても趙昱は言葉を失い、視線を窓の外に向けてしまう。否定しようのない事実を的確に衝かれ、反論できないからであった。


 だが、それゆえに。
「それに――例の劉家軍とやらがこちらに向かっているのでしょう?」
 ぽつりと、呟くようにそう口にした時の窄融の表情に趙昱は気付かない。
「江都の舟という舟はすでに押さえてありますが、これとて民の不満を相当に高めているのですよ。舟を奪われ、生活に窮している者も少なくないでしょう。かように、すでにあなたは長江をつかって劉家軍を荊州に逃がす、という州牧の命令に従うために民に犠牲を強いているのです。今さら、城外の民を哀れもうと、その罪が消えるわけでもない。なれば、民に犠牲を強いようと、せめて州牧の命令だけは果たされませ。私が言えるのはそれだけです」


 その言葉を最後に、窄融は部屋を出て行く。
 趙昱はそれを止めなかった。
 窄融は淮南に割拠する豪族の一人で、陶謙の麾下にある人物である。だが、明確に君臣の関係にあるというわけではなく、どちらかといえば協力者という立ち位置であった。
 州牧という朝廷の高位にある陶謙が、窄融に対して協力者として対等の礼を用いた理由は、窄融が仏教の熱心な保護者であることに由来する。
 窄融は、領内に仏教の大寺院を建立し、その規模は三千人を収容することが出来るほどだという。この時期、仏教は中華帝国においては新興の域を出ないでいたが、窄融の下には一万を越える信者が集まり、その規模は増す一方であった。
 陶謙は、自身、仏教徒ではなかったが、その教えに感得するものがあり、邪教淫宗が跋扈する南方を教化する一助として、窄融の布教活動を支援していたのである。


 その窄融が、今回の淮南動乱において、袁術軍の侵攻を避けるために一万人の信者と馬三千頭を率いて江都へ逃れてきた。
 趙昱は賓客の礼をもってこれを迎え入れ、以後、様々に助言を請うたのである。
 窄融は仏教の熱心な信徒であると同時に、武略にも通じ、策謀にも長ける一面を持つ。その程度の器局才幹がなければ、この乱世に新しい教えを広めることなど出来ないのだろうと趙昱はさして不審を覚えなかった。
 とはいえ、窄融はあくまで客であり、その目的は戦乱を避けて江南に逃れることである。趙昱としては、水軍は劉家軍のために用いる心算であったから、心苦しく思いつつも窄融を引き止めざるを得ず、その上で助言を請うている以上、その行動を掣肘することはできなかったのである。


「……劉太守が参られれば、窄融殿を江南に逃がすことも出来る。はよう来てくだされ。仲の軍勢が来るよりも早く」
 祈るような趙昱の呟きが、聞く者とてない室内に陰々と木霊する。



 
 ――しかし。
 寿春より発した鋼鉄の海嘯は、そんな祈りを嘲笑うかのごとく、江都を指呼の間に捉えようとしていた。



◆◆



 軍師鳳統の献策によって、騎馬隊を率いて本隊に先行していた劉備は、江都まで一両日中に到着する距離までたどり着いている。稼いだ距離と、それに要した時間を考えれば、目を瞠る行軍速度であるといってよく、仲軍に先んじて江都に入る目的は達せられると思われた。
 仲軍は五万という兵力が足枷となり、劉家軍ほどの速やかな進軍は難しいものと考えられたからである。


 しかし、江都方面の仲軍を率いる張勲は、無策のまま漫然と軍を進めていたわけではなかった。すでに江都を手中にするための策は幾重にも練り上げてあり、その仕上げとして二千にも及ぶ騎馬隊を先行させていたのである。
 この騎馬隊は、すでに明朝には江都を衝く位置まで達しており、確実に劉備らに先んじていた。江都の趙昱が抱える兵力は、急接近してくる仲軍とほぼ同数の二千。現在ではこれに加えて、窄融麾下の千人が江都の防備に協力しているため、二千の騎馬隊のみで城門を破ることは難しいと思われた。
 それでも、張勲麾下の騎馬隊は迷うことなく江都に向けて突き進んでいる。そこにいかなる意図があるにせよ、江都を陥落させるという意思だけは疑いようがないものであった。





 遮る者とてない淮南の地を、一路、江都へ向かって駆けつづける騎馬の一団。
 砂塵を巻き上げて疾駆するこの一団の姿を、今、小高い丘の上から見下ろす視線があった。
 触れれば切れてしまいそうなそれは、あたかも名工が鍛えた剣のよう。もし、その目を覗き込む者がいれば、猛々しいまでの戦意を閃かせる瞳を見て声を失うことであろう。
 そして。
 その人物が腰に提げる剣を見て、震える声で呟いたに違いない。
 『南海覇王』と。
 孫家の宝剣の名を。




「雪蓮」
 背後からかけられた声に、孫策は我に返ったように、数回、目を瞬かせる。
 すると、鬼気迫る迫力をあらわにしていた表情が、わずかに和らいだように見えた。
 対する周瑜は、友であり、今や主君でもある人物の顔を見つめ、訝しさを乗せた問いを放つ。
 雪蓮、ともう一度呼びかけ、周瑜は口を開く。
「袁術に一矢報いたいという気持ちはわかる。だが、このような所でやつらを叩いたところで、意味などあるのか?」


 それは孫策がこの奇襲を企てた時から、周瑜の胸を去らない疑問であった。
 しかし、問われた孫策はいっそ、あっさりと形容できそうな軽さで応じた。
「ないわね。単なる嫌がらせよ。イタチの何とかってやつ?」
 それを聞いた周瑜が、かすかに眉根を寄せる。
「あまり良い例えではないな。それに――」
「それに、なあに?」
 首を傾げつつ問い返す孫策に、周瑜は呆れ混じりに言葉を返す。
「ごまかすな、雪蓮。本当にただの嫌がらせというなら、あなたのこと、自分一人で動くでしょうに。孫家の私兵まで動員して、この時、この場所で奴らを待ち構えた理由を聞いているのよ」


 周瑜の言葉には、韜晦を許さない鋭さが含まれており、孫策は苦笑しつつ両手を挙げた。
「あはは、さすが冥琳――って言いたいところなんだけど、ごめんね、本当にこれといった根拠があるわけじゃないのよ」
「しかし、まったく根拠がないわけでもない、といったところか――いつもの勘か?」
 苦笑しつつ問い返す周瑜に、孫策は小さく頷く。ただ、その眼差しには揺らぎが垣間見えた。孫策自身、内心を整理しきれていないことを示すかのように。
 それでも、孫策は口を閉ざすことなく、周瑜の問いに答えた。


「まあ、ね。我ながら不思議なくらい確信があるの。連中は、ここで叩いておかなければいけないってね」
 それを聞いた周瑜は、腕を組んで考え込む。
 孫策の勘の鋭さに関して、異論をはさむつもりは周瑜にはない。もはや予知の域に近いとさえ思っている。
 無論、だからといって全てを勘に委ねるつもりはない。孫策の勘に情報と思慮を重ね、孫家を再興するために、より的確な道を選び取る。それが孫家の軍師である周瑜の役目であり、自身に課した誓いでもあった。


 ただ、実のところ、今回の襲撃に関してはほぼ孫策の勘に頼ったものとなっている。
 周瑜が淮南の地に張り巡らせていた情報網の多くは孫家壊滅の時に潰えてしまい、ほとんど用を為さなくなってしまっていたからだ。諜報活動に長じていた朱治の死も痛手であった。
 現在、周瑜の手元にある情報は質、量ともに水準を下回るものばかりで、いかに周瑜が卓越した智略の持ち主であろうとも、そこから的確な判断を導くことは難しかったのである。
 そのため、この孫策の襲撃が何を意味することになるのか、周瑜は判断をつけかねていた。襲撃といっても、敵は二千。味方は百。良くて足止めが精々であるのだから。
「……ふむ。私たちがここで袁術の足止めをすることで、何が変わり、誰が救われるのか。明命(周泰の真名)がいれば、いま少し戦況が整理できるのだがな」


 ぼやく周瑜というめずらしい光景を見た孫策は、目を丸くした後、小さく吹き出した。
「淮南全域……これだけ大規模な侵攻だと、各地の情報を集めるだけでも大仕事だものね。明命一人じゃあ時間がかかるのも無理ないわ。かといって、他に人を出す余裕もない」
「祭様(黄蓋の真名)と思春(甘寧の真名)は蓮華様と小蓮様について江南だからな。とはいえ、本来なら私たちもそちらにいるべきなのだぞ、雪蓮」
 孫堅の無念を晴らすために、今、考えるべきは袁術への報復ではなく、孫家の再興。仲による孫家の残党狩りも決して終わったわけではない。その当主がいまだ江北にいるという事実は、決して良手にはなりえない、と周瑜は考えていた。


 無論、その程度のことは孫策も重々承知しているだろう。
 それでも、孫策があえて淮南に留まった理由が根拠定かならぬ勘であるという事実に、周瑜は知らずため息をはいていた。
 そんな周瑜に向けて、孫策は笑みを向ける。
「ほらほら、考えすぎは冥琳の悪い癖よ。袁術の戦力を少しでも叩いておくことは、私たちにとって益こそあれ、害はないでしょ。まあ今の私たちの力じゃあ、連中にとっては蚊に刺される程度のことでしょうけど。それでもたった一匹の蚊が、虎を眠らせないこともあるわ。そのことを袁術たちに思い知らせてやりましょう」
「その言葉は道理だが、そのために当主が矢面に立つ必要はないのだよ、雪蓮。考えすぎは悪い癖というが、あまり考えなしであるのもどうかと思うぞ」
「だからこそ、あたしと冥琳が一緒にいればちょうど良いんじゃない。それに、冥琳だって言っていたでしょう」


 そういうと、孫策は笑みを浮かべた――歴戦の将兵さえ身を竦ませるであろう凄烈な笑みを。
「『袁術に一矢報いたいという気持ちはわかる』って。連中の狙いが何であるにしても、私はやつらの思い通りにさせてやるつもりなんて、かけらもないわ。江南に引き上げるまで、出来るかぎり袁術たちの邪魔をしてやるつもりなんで、よろしく」
「気楽に言ってくれる。あなたは袁術相手に暴れられれば良いんでしょうけど、そこに持っていくまでのこちらの苦労もわかってほしいのだけど?」
「もちろんわかってますって。冥琳にはいつも感謝してるわ♪」
 語尾を弾ませ、にっこりと笑う親友の顔を見て、周瑜は苦笑を浮かべるしかなかった。


 だが、次の瞬間、周瑜の顔に浮かんだのは『江東の麒麟児』孫伯符にまさるとも劣らぬ英気に満ちた表情だった。
「とはいえ、たしかに雪蓮の言うことも一理ある。どのみちいずれは雌雄を決すべき相手。敵の意図を挫くは兵法の基本だな」
「そういうこと。手始めに、江都を目指すあいつらを撃ちましょ。たとえ私の勘が外れていたとしても、ここで連中を叩くことは、決して無駄にはならないわ」
 その声とともに抜き放たれた宝剣が、周瑜の目には、まるでそれ自体が意思を持つように、小さく煌いたように見えた。
 その持ち主もまた、孫家歴代の英傑たちに優るとも劣らぬ勇姿を淮南の地に屹立させている。
 英気に満ちた姿を見れば、孫策が自分の勘が外れるなどと欠片も考えていないことは明らかで、周瑜は苦笑をこらえるしかなかったのである……





◆◆◆




 
 淮南各地で激戦が繰り広げられていた頃。
 淮北での戦乱は急速に鎮まりつつあった。
 徐州に侵攻した曹操軍は、抵抗する者たちに対しては官民を問わず仮借なく刀槍を揮ったが、それ以外の者に対しては略奪暴行を禁じ、その軍令の厳しさは、曹操軍による虐殺を恐れていた徐州の民衆にとって予想しえないものであった。
 小沛郡、瑯耶郡は曹操軍の猛威の前にあえなく陥落し、また彭城での混乱により州牧である陶謙が死去したことが伝わると、勅令を奉じる曹操軍に対して、あえてこれ以上の抵抗を試みようとする者はもはや誰もいなかった。馬を進める覇王の前に、徐州の軍民はあらそって頭を垂れたのである。


 小沛郡から侵攻した曹操率いる本隊は徐州の首府である彭城を目指し、瑯耶郡から侵攻した曹仁、曹洪、曹純らが率いる別働隊はそのまま南下して東海郡を攻略、淮河流域を制圧する。その間、徐州側の抵抗がほとんどなかったのは、前述した理由によるが、実のところ、曹操の支配に抗おうとする者たちは決して少なくなかった。
 その彼らの反抗を未然に封じ込めたのは、陶謙亡き後、彭城にあって徐州の実権を握った陳登であった。陳登は各地の城砦に抵抗の不可を伝えたのだが、それは曹操軍の軍門に降れ、というのではなく、朝廷に対して恭順の意を示せというものであった。


 曹操に従うことに異論がある者たちも、朝廷の名を――ひいては漢帝の名を出されてはそれ以上抗うことは出来ない。まして州牧である陶謙は死去し、徐州の主権者となりおおせた陳登が降伏を言明した以上、どこからも援軍は来ないのである。
 ここであくまで彭城の決断に背けば、待っているのは単独で二十万の曹操軍と戦う道である。否、徐州勢もそれに加わることになるのだから、三十万に迫る軍勢になるだろう。そんな自殺じみた道を選ぶ者が、徐州の官界にいるはずもなかった。
 ――そう、徐州の官界には。



 ゆえに、今、淮河北部流域で刀槍の音が鳴り響くのは、ただ一箇所。
 劉家軍の三将が揃いぶむ、とある山中の一角だけであった。



 ……ただ、より正確に言うならば。
 鳴り響いてるのは、刀槍の音ではなく、とある虎将の腹の虫であったりするのだが。



◆◆



 ぐごごご、と。
 多少おおげさではあったが、劉家軍の陣中にそんな音が鳴り響く。だが、周囲の将兵はさして驚いた様子はない。
 ここ数日ですっかり聞きなれた音だということもあった。だが、それ以上に、皆、戦いに次ぐ戦いで疲れ果て、心身を休めるだけで精一杯だったのである。
 趙雲はそんな将兵の様子を見回し、持っていた愛槍で肩を数度叩く。
「さて、どうしたものか。このままでは殲滅されるのを待つばかりだが」
 趙雲が今むかっている天幕の中では、将軍たちが現状を打破するために幾十度目かの軍議を行っているところであった。
 もっとも、十重二十重に敵に囲まれている今、有効な策を練ることは至難の業であり、もっぱらある将の不満をなだめることに時間を費やすのが常であった


 その将は、今日も今日とて地面に倒れこむように座りながら、義理の姉に向かって不満を訴えていた。
「……ううぅぅぅ、あいしゃ~、お腹すいたのだ……」
「鈴々、今日の割り当て分をさきほど食べたばかりだろう。少しは我慢できないのか?」
「……無理無理なのだ。鈴々は愛紗みたいに、胸に栄養を蓄えておくなんて芸当はできないのだ……」
「こ、これは別に栄養を蓄えているわけではないッ! それに、私の分も半分やっただろう。なんとか明日まで辛抱してくれ」
 関羽の言葉に、張飛は力なくうなだれる。普段であれば、さらに二言三言反論があるのだが、今の張飛にはそれだけの元気もないらしい。


 元々、元気すぎるほどに元気な張飛である。関羽にとっては手のかかる、しかし、愛すべき妹であった。その妹がここまで萎れているところを見れば、関羽とて平静ではいられないし、他の将兵の様子も推してしるべしであった。
 だが、山麓に展開する曹操軍は厳重な陣地を築き、こちらを山頂に釘付けにしている。こちらが攻め下れば陣地にこもって固く守り、こちらが引き上げれば、その後尾にくらいついて離そうとしない。
 淮河北岸で劉備らを逃がした後、関羽たちは追撃してくる張遼の部隊を切り散らしつつ、淮河に沿って東へ向かった。これは徐州の水軍との再合流を期しての行動であったが、張遼軍の追撃は執拗であり、休む暇さえろくになかった。
 また、淮河に沿って行軍するということは、常に背水の陣をしいているようなものであり、全滅の危機と背中合わせである。おりしも、追撃してくる敵軍の中に曹操の牙門旗を見出した関羽は、敵の激しい攻撃から逃れるために、致し方なく淮河を離れ、迎撃に適した地形を求めて、この山腹に陣をしいたのである。


 もっとも、この山に布陣してすぐ、関羽は一つの推測を育んだ。
 それは――
「敵の追撃のしようから見るに、我らをこの山に押し込めるのが曹操の目論見であったか」
 趙雲の言葉に、関羽は頷かざるを得なかった。
「うむ。まんまと追い込まれた、ということだな」
 山に布陣すれば、地形を味方に出来る。しかし、麓を取り囲んだ曹操軍は、あえて強攻しようとはせず、水を絶って持久戦に出たのである。
 どれだけ武勇に優れた将であっても、水がなければ生きていけない。くわえて、ここに到る戦況を見れば明らかなように、糧食もほとんどないに等しかった。
 時が経つほどに劉家軍の将兵から戦闘能力は失われていく。そのことを曹操軍は承知しているのだろう。かといって、曹操軍は漫然と関羽らを包囲していただけではなかった。無理な攻めをすることこそなかったが、深夜や明け方に小規模の奇襲を繰り返し、劉家軍の心身を苛む嫌がらせじみた手際は、いっそ見事だと趙雲がため息まじりに評したほどであった。




「ともあれ、このままではまずかろう、雲長」
「わかっている。わかっているが……ッ」
 天幕内に入った趙雲の第一声に対し、関羽はうめくような声を絞り出し、拳を握り締める。
 このままでは全滅を待つだけということは、関羽とて承知していた。それは、いずれそうなる、などという域ではない。もし今、麓の曹操軍が全軍を挙げて攻め寄せてくれば、今日にも現実になるであろう結末であった。


 これを何とかすることが関羽ら将軍の責務であるのだが、いかんせん、一人は空腹で倒れる寸前であり、他の二人にも良案は浮かばない。
 関羽にしてみれば、むしろ、何故、この好機に攻め寄せてこないのかと敵に問いたいほどに、この地の劉家軍は弱りきっていた。


 関羽がこぼしたその言葉に、しかし趙雲は思いのほかあっさりと解答をもたらした。
「ん、なんだ、そんなことに悩んでいたのか?」
「な、なに? 子竜、お主、曹操の意図がわかるのか?」
「私は方士ではないからな。人の心なぞ読めんが、しかし伝え聞く曹操の為人や、これまでのおぬしらとのやりとりから推測することは出来る――連中の、というより、曹操の目的はお主であろうよ」
「わ、私? 私がどうしたのだ?」
 趙雲の言葉に、関羽が戸惑ったように目を瞬かせる。


 その関羽の様子を見て、趙雲は小さく笑った。
「劉玄徳が一の将、美髪公関雲長。飛将軍と渡り合った武勇、曹操の大軍を寡兵で凌いだ兵略、逆境にあって決して主君に背かぬ忠義――ふふ、いかにも曹操が好みそうな武人であろう。それに一刀に聞いた話では、洛陽で真っ向から曹操に口説かれたそうではないか。これだけ条件が揃えば、敵の奇妙な攻め方の、少なくとも理由の一つはお主であろうさ」
「……な、まさか、私を生かして捕らえるために、わざと攻め手を緩めているというのかッ?!」
 激昂する関羽に、趙雲が今度は苦笑をもらす。
「まさにそう申しているのだよ。もっとも、ここまで戦の趨勢が決した以上、あえて攻めるまでもないと考えているのも確かであろうがな。このまま日を経れば、いずれ我らといえど、戦うことはおろか、立つことも出来ぬようになる。曹操にとって、それを待つのは苦ではあるまい」
 おそらく、もう徐州はほぼ曹操の手におちているだろうしな。
 趙雲は内心でそう呟いた。




「く、おのれ」
 表情に苦渋を滲ませる関羽は、何事かに気付いたように趙雲に鋭い視線を向ける。
「子竜、そこまでわかっていたのなら、何故もっと早く言わなかったのだ?」
 詰問にも似た関羽の指摘に、趙雲は再び苦笑を浮かべた。
「まさかお主が欠片も気付いていないとは思っていなかったのだよ。それに、言ったところで、何が変わるわけでもあるまい。お主が降伏を望んでいたのであれば、話は別なのだが、な?」
 ちらりと流し目をくれてきた趙雲に対し、関羽は頬を紅潮させて反論しようとするが、趙雲はすぐにそれが冗談であることを告げるように破顔した。
「無論、そんなことはありえぬ。であれば、知っていようと知っていまいと、戦況に変化は出まい」
「ぬ、それは確かにその通りだが……」
 いかにも納得いかなげに口をへの字にする関羽。


 それを見て、趙雲はくすりと微笑んだ。そして、秘めていた案を開陳する。
「さて、ここまで話したことを踏まえた上で。活路を開くならば、今、この時なのだよ、雲長」
「な、なに?」
 怪訝そうな関羽に、趙雲は説明を続ける。
「敵に追われ、ここで包囲されて、もう幾日経ったと思う? 我らが限界に達しつつあることは、曹操とてわかっていよう。さすれば必ず動いてくる。お主を欲するならば、そうさな、どれだけ困窮しようと、お主が降伏を肯わぬことは曹操も承知していようから、使者を向けて『他の将兵の命を助けたいならば降れ』とでも言ってくるか。一度、籠に入れてしまえば、いかように篭絡するも思うがままと、曹操ならば考えそうだ」
「き、気色の悪いことを言うな! 私にその気はないッ!」
「ふふ、そういう者を自分の色に染めるのも、また一興と思わぬか?」


 そう口にする趙雲を見て、関羽は思わず趙雲から身体を遠ざける。だが、趙雲が笑いをこらえるように口元を手で覆っているのを見て、自分がからかわれたことを瞬時に悟った。
「し、子竜、貴様……」
「あはは! いや、すまぬ。まこと雲長は素直で可愛い女子よ。その素直さを、もう少し一刀にも向けてやれば、伯姫(張角の字)殿に先んじられることもなかったであろうになあ」
「ぬぐ?! な、なんでここで北郷殿の名が出てくるのだッ! そそ、それに伯姫殿に先んじられたとは、何のことかッ」
「おやおや、顔を真っ赤にさせて。それをもっともご存知なのは御身ではありませぬか、美髪公? よもや夜な夜な、悔いの涙で枕を濡らしておられるのか?」
 その言葉が、趙雲の口からこぼれ出た瞬間、あたりに沈黙が立ち込めた。


 しんと静まり返る天幕内。
 次の瞬間、金属が土にめり込む鈍い音が響いたのは、関羽が青竜偃月刀の柄を地面に叩きつけるように立ち上がったためであった。
 劉家軍の青竜刀は、罪人に刑を宣告する法官のごとき重々しい声で、きっぱりと告げる。
「――よくわかった。つまり、ここで劉家軍一の将が誰なのか雌雄を決しようと、そういうことだな、趙子竜」
「ふむ、それも吝かではないが。よいのか、雲長?」
「何がだッ!」
「いや、なに。恋に破れた上に、武でも遅れをとっても良いのかと、そう思ってな」


 ――趙雲の言葉が終わると、しばし、関羽は無言であった。
 しかし、わなわなと震えるその身体が、万言にも勝る意思表示となっていた。
 そして。
「えーい、うるさいッ! 貴様に遅れをとるつもりはないし、恋に破れた覚えもないわッ!!」
 そんな大喝と共に、青竜偃月刀が雷光となって空気を断ち切り、それを受け止める趙雲の槍との間で、激しい金属音が連鎖する。
 時ならぬ激闘の音に、何事かと数名の兵士が駆けつけるが、竜虎が互いに咆哮する様を見て、皆、慌てて踵を返すのだった。



 そして、二人が武器を交えるすぐ傍で。
「……やっぱり、愛紗の胸には栄養が詰まっているのだ……」
 だから、そんなに動けるのだ、と。地面に転がった張飛が空腹に苛まれながら呟いていた……




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