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No.5244の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第一部 完結】[月桂](2010/04/12 01:14)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(一)[月桂](2008/12/14 13:32)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(二)[月桂](2008/12/14 13:33)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(三)[月桂](2008/12/14 13:33)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(四)[月桂](2008/12/14 13:45)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(一)[月桂](2008/12/17 00:46)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(二)[月桂](2008/12/17 23:57)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(三)[月桂](2008/12/19 22:38)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(四)[月桂](2008/12/21 08:57)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(一)[月桂](2008/12/22 22:49)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(二)[月桂](2009/01/01 12:04)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(三)[月桂](2008/12/25 01:01)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(四)[月桂](2009/01/10 00:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(一)[月桂](2009/01/01 12:01)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(二)[月桂](2009/01/02 21:35)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(三)[月桂](2009/01/04 02:47)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(四)[月桂](2009/01/10 00:22)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(五) [月桂](2009/01/10 00:21)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(一)[月桂](2009/01/12 18:53)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(二)[月桂](2009/01/14 21:34)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(三)[月桂](2009/01/16 23:38)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(四)[月桂](2009/01/24 23:26)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(五)[月桂](2010/05/05 19:23)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(一)[月桂](2009/02/08 12:08)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二)[月桂](2009/02/11 22:33)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二・五)[月桂](2009/03/01 11:30)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(三)[月桂](2009/02/17 01:23)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(四)[月桂](2009/02/22 13:05)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(五)[月桂](2009/02/22 13:02)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(六)[月桂](2009/02/23 17:52)
[30] 三国志外史  六章までのオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/02/26 22:23)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(一)[月桂](2009/02/26 22:22)
[32] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(二)[月桂](2009/03/01 11:29)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(三)[月桂](2009/03/04 01:49)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(四)[月桂](2009/03/12 01:06)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(五)[月桂](2009/03/12 01:04)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(六)[月桂](2009/03/16 21:34)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(七)[月桂](2009/03/16 21:33)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(八)[月桂](2009/03/17 04:58)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(一)[月桂](2009/03/19 05:56)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(二)[月桂](2009/04/08 23:24)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(三)[月桂](2009/04/02 01:44)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(四)[月桂](2009/04/05 14:15)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(五)[月桂](2009/04/08 23:22)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(一)[月桂](2009/04/12 11:48)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二)[月桂](2009/04/14 23:56)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二・五)[月桂](2009/04/16 00:56)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(三)[月桂](2009/04/26 23:27)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(四)[月桂](2009/04/26 23:26)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(五)[月桂](2009/04/30 22:31)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(六)[月桂](2009/05/06 23:25)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(一)[月桂](2009/05/06 23:22)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(二)[月桂](2009/05/13 22:14)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(三)[月桂](2009/05/25 23:53)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(四)[月桂](2009/05/25 23:52)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(一)[月桂](2009/06/07 09:55)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(二)[月桂](2010/05/05 19:24)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(三)[月桂](2009/06/12 02:05)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(四)[月桂](2009/06/14 22:57)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(五)[月桂](2009/06/14 22:56)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(六)[月桂](2009/06/28 16:56)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(七)[月桂](2009/06/28 16:54)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(八)[月桂](2009/06/28 16:54)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(九)[月桂](2009/07/04 01:01)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(一)[月桂](2009/07/15 22:34)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(二)[月桂](2009/07/22 02:14)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(三)[月桂](2009/07/23 01:12)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(四)[月桂](2009/08/18 23:51)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(五)[月桂](2009/07/31 22:04)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(六)[月桂](2009/08/09 23:18)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(七)[月桂](2009/08/11 02:45)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(八)[月桂](2009/08/16 17:55)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(一)[月桂](2011/01/09 01:59)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(二)[月桂](2009/08/22 08:23)
[74] 三国志外史  七章以降のオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/12/31 21:59)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(三)[月桂](2009/12/31 22:21)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(四)[月桂](2010/01/24 13:50)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(五)[月桂](2010/01/30 00:13)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(六)[月桂](2010/02/01 11:04)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(七)[月桂](2010/02/06 21:17)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(八)[月桂](2010/02/09 00:49)
[81] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(九)[月桂](2010/02/11 23:24)
[82] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十)[月桂](2010/02/18 23:13)
[83] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十一)[月桂](2010/03/07 23:23)
[84] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十二)[月桂](2010/03/14 12:30)
[85] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (一)[月桂](2010/03/22 15:41)
[86] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (二)[月桂](2010/03/26 02:19)
[87] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (三)[月桂](2010/03/31 03:49)
[88] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (四)[月桂](2010/04/09 00:37)
[89] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (五)[月桂](2010/04/12 01:13)
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[5244] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(六)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:49f9a049 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/08/09 23:18


 徐州沛郡。
 曹操と劉備が、それぞれの軍を率いて対峙する戦場において、奇妙な報告がもたらされ、曹操は眉をひそめた。
「劉備の陣が、もぬけの空?」
 報告をもたらした夏侯惇は、自身、怪訝そうな顔をしながらも、陣頭で見たことをそのまま主に伝える。
 小沛城へと到る道筋に、劉備軍が幾重にも築き上げた防衛陣。
 一つ一つの規模は決して大きくはないが、互いに連携をとりやすいように綿密に位置が計算されてあり、一つの陣地を攻略するためには、他方の陣地からの攻撃を常に警戒しなければならなかった。
 またいずれの陣地も主要街道からわずかに離れた位置にあるため、攻略のためには、どうしても時が必要となる。だからといって先を急げば、陣から突出した兵が、侵攻軍の後方を扼し、補給路を脅かそうとするだろう。
 それは、いかにして少数の兵で大軍の侵攻を防ぐのか、その一点に考えを集中させ、つくりあげた、劉備軍の小沛防衛の要であると思われた。


 昨日今日でつくることの出来るものではない。おそらく劉備は、兌州の乱が鎮定されてからこちら、曹操の徐州侵攻が不可避であると考え、この陣地郡をつくりあげてきたのだろう。
 しかし。
 その陣地郡をもってしても、曹操軍の侵攻は止まらない。
 曹操率いる本隊が主要街道を直進する一方、夏侯惇、張遼らが遊撃部隊として、四方に散らばる陣地郡を攻略していく。百の兵をもって、千の兵を防ぎえる陣地であっても、万の兵をもって攻められれば防ぐ術などありはしない。関羽や趙雲ら将軍たちが直接指揮すれば、ある程度持ちこたえることは可能であったが、曹操軍の本隊はかまうことなく小沛城に直進していく。
 味方との連携をとることが出来ず、敵中に孤立してしまえば、いかに関羽らが精強を誇るとはいえいかんともしがたい。
 そのため、陣地を放棄して更に後方へ退避せざるをえず、劉備軍はずるずると後退を続けていたのである。


 それでも、この劉備軍の動きは、確実に曹操軍の足を絡めとってはいたのである。それは、ほんのわずかな時を稼ぐことしかできなかったかもしれないが、決して無為であったわけではない。
 曹操としても、関羽らに指揮された少数の兵に、後方で蠢動されては面白くない。補給路の確保は、軍将としての最低限の責務の一つ。これを怠るような愚将に堕す心算など、曹操には微塵もなかったのである。
 それゆえ、蚊のようにたかってくる劉備軍に対して、夏侯惇、張遼らの将帥をつぎ込み、その抵抗を排除させながら、確実な進軍を行っていたわけだが。
 今日の攻略目的である陣地の一つが、もぬけの空であったと夏侯惇は告げたのである。
 ほどなく、張遼も本営に帰陣し、夏侯惇と同様の報告を行った。



「我が軍に刃向かう無益さをようやく悟った――そうであれば楽なのだけど、あの劉備たちがそうそう簡単に諦めるとも思えないわね」
 曹操の言葉に、荀彧が頷いてみせた。
「御意。華琳様が勅命を持ち出しても、一介の州牧の為と称していまだ抵抗を続けている愚か者。今になって突然に改心するとも思われません。なにがしかの理由があるのでしょう」
 荀彧の言葉に、夏侯惇は、む、と訝しげな顔をした。
「単に兵力分散の危険を悟ったのではないのか? 小癪な防衛陣では我々を止められぬのは、連中も骨身に染みているだろう」
「ふん、そんなことは最初の数日で向こうもわかっていたに決まってるでしょ。でも、たとえわずかであっても、華琳様の足を引っ張ることが出来ていたのも事実。だからこそ、最後には破られるとわかっていても、あいつらは抵抗を続けていたのよ。今の徐州にとって、一刻の時間さえ、万金にまさる価値があるわ」
 そんなこともわからないなんてね、と荀彧が口の端を歪め、夏侯惇に優越感に満ちた笑みを送る。
 夏侯惇が頬を紅潮させて、それに応じようとすると、その機先を制すかのように、それまで黙していた荀攸が口を開いた。


 やや急いた口調だったのは、姉と夏侯惇の舌戦を未然に防ぐためか、はたまた巻き込まれたくないためか。
「か、華琳様。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「ええ。なにかしら、藍花(らんふぁ 荀攸の真名)」
「此度の戦、小沛城の奪取と、劉備軍の撃破、いずれに重きを置くおつもりでしょうか」
 その荀攸の言葉は、やや唐突である観が否めなかった。
 荀彧を睨んでいた夏侯惇も、そう感じたようで、首を傾げる。
「何を言っているのだ、藍花。その二つは同じ意味だろう。どちらを優先するかという問題なのか?」
「猪は黙ってなさい、藍花が無用な言を吐くわけないでしょう」
 またもや荀彧がそれに口をはさみ、再びふたりは真正面から、がるる、と口にしそうな表情でにらみ合う。


「あの姉様、春蘭様、落ち着いて――」
「私は藍花に聞いているのだ。余計な差し出口はやめてもらおうかッ」
「あんたに説明する時間がもったいないでしょうが。それこそ劉備たちの思う壺よッ」
「なんだと!」
「なによ!」
 だが、犬猿の間柄の二人には、荀攸の言葉は届かない。こりもせずににらみ合いを続ける姉と夏侯惇を見て、荀攸はぽつりと呟いた。
「お二人とも、相変わらず仲が良いですね……」


 それを聞いて、荀彧が、キッ、と荀攸を睨むように見つめる。
「藍花!」
「は、はいッ?!」
「なんであたしがこんな単細胞と仲良くしなきゃいけないの、誤解もはなはだしいわ!」
「まったくだ。桂花の言葉だが、これは私も同感だな。私たちはどこをどうみても仲良くはないぞ」
 息を合わせて、自分を睨んでくる二人に、荀攸は、はうぅ、と慌てながらも、つい呟いてしまった。
「――ええと、すごい息があってるように見えるんですけど、気のせいでしょうか?」
「気のせいよッ」
「気のせいだッ」
「すす、すみません?!」
 曹操軍の文武、それぞれの首座に位置する者たちの連携の前に、荀攸は頭を下げて陳謝するしかなかった。


「姉者、落ち着け。桂花もな」
 苦笑しながら、場を取り静めた夏侯淵は、恐縮しきりの荀攸をうながした。
「藍花、先の発言、どういうことか教えてくれ。劉備たちが折角築いた陣地を放棄した意図、察しているのだろう?」
「あ、はい、すみません、秋蘭様。姉様が申し上げたとおり、劉備たちの後方で何事か起こったのでしょう」
 荀攸の言葉に、それまで黙っていた張遼が口をはさんできた。
「何かが起こったっちゅうんは、うちにもわかる。問題なんは、何が起こったかっちゅうことやろ。それがはっきりせんことには、軍を動かすにも限度があるんやないか?」
「張将軍の仰ることはごもっともです」
 そういって、荀攸は張遼の言葉に頷いてみせた。
「しかしこの場合、劉備軍の動きが示す事態は限られています。劉備軍が時間を稼ぐことをやめたというのなら、その理由は一つ。後方の徐州で変事が発生したのでしょう。それも、劉備軍が小沛を放棄せざるをえないほどの凶事が」


 夏侯惇が口にしたように、小沛城に戦力を集中させるため、という可能性もないわけではない。
 だが、篭城は他方からの援軍のあてがあって、はじめて意味をなすもの。今の戦況において、曹操軍に対抗しえる援軍を派遣できるとすれば、それは彭城しかないだろう。
 だが、陶謙が倒れ、混乱している彭城が一転して全力を傾けて小沛の救援に来るとは考えにくい。たとえば陶謙が意識を取り戻し、彭城が意見を一つにしたのだとしても、大軍をまとめるには少なからぬ時日を要する。
 つまり、劉備軍にとって、出来るかぎり時間を稼ぐ、という条件は援軍のあてがあっても変わることのない戦術目的である筈なのだ。
 だが、劉備軍はそれをせず、ただ退いた。そこから導き出される結論は一つしかない。


 荀攸の言葉に、曹操が頷きをしめす。
「それが小沛の放棄、というわけね。その退き際を追い討てば、いかに劉備が多くの精鋭を抱えていたとしても打ち破れる。藍花の言いたいことはそれかしら」
「御意にございます。とはいえ、劉備軍の軍師たちの能力を考えれば、無為に退くような無様を晒すとは思えず、こちらも出血は免れないでしょう。戦の常道を踏むのであれば、我らはこのままの進軍速度を保つべきです。そうすれば、小沛城を無血で手に入れることができるでしょう。この場合、劉備軍を見逃すことになってしまいますが――」
 それは気にすることではない、と荀攸は口にする。
 徐州で何が起こったにせよ、小沛を放棄する以上、それは劉備らにとって凶となるものであり、わざわざこちらが手を下すまでもなく、劉備軍は徐州内で戦力をすり減らすことになるだろう。それを待って軍を動かせば、無用の血が流れることはなくなろう。
 だが。
 荀攸は曹操の顔を見つめ、口を開いた。
「此度の戦は、華琳様の勝利です。劉備軍との雌雄は決したと言って良いでしょう。しかし、華琳様が求めるものが、戦の勝利だけではなく、劉備軍の人材をも含むのならば――今が好機です」
 すなわち、関羽を捕捉するための絶好の機会である、と荀攸は言うのである。


 曹操はそれを聞き、めずらしく苦笑をもらした。
「藍花にしてはもってまわった言い方ね。それは諫言のつもりなのかしら」
「――」
 主の言葉に、荀攸は無言で頭を垂れた。
 その主従の様子を見て、夏侯惇が首を傾げ、夏侯淵が苦笑をもらし、荀彧がむっと顔をしかめ、張遼の顔に戦意が満ちていく。
 曹操が、劉備軍に属する関羽に執心しているのは公然の事実。そして、今回の件は、曹操の想いを遂げるための絶好の機会ともなっていた。
 だが、あの猛将を捕らえるとなれば、相応の出血を覚悟しなければならない。これだけの兵力差があってさえ、打ち破るのに骨を折る武将である。それを生け捕るとなれば、一体どれだけの犠牲が出ることになるか。下手をすれば将帥級の人物さえ失いかねない難事であろう。
 そのことを理解した上で、それでもなお関羽を欲するのか。荀攸は曹操に、そう問い質したのである。
 より正確に言えば。
 曹操の執心で貴重な将兵を無為に失うような真似は避けるべき、と荀攸は曹操に面と向かって言上したのである。


 曹操は、荀攸の諫言の意味を確認するかのように目を閉ざし、しばし黙考する。
 やがて、その口が開かれようとした時、それに先んじて口を開いた者がいた。
 張遼である。
「ああ、それなら心配いらんわ。関羽を捕らえるのに、兵士をつかわんかったらいいんやろ?」
 その言葉に、荀攸は首を傾げつつ、頷いた。
「はい、それはもちろんそうですが……あの関雲長を、兵を用いずに捕らえることなんて出来るのですか?」
 荀攸の疑問はもっともなことであった。
 あの飛将軍呂布と互角に戦った黒髪の勇将。今回の戦いでは、圧倒的な兵力差の前にさしたる活躍はしていないように見えるが、戦局の要所を押さえる関羽によって、曹操軍はあと一歩のところで劉備軍の本隊を捕捉することが出来ていない。関羽がいなければ、曹操軍はとうに劉備を捕らえていたに違いないのである。 
 一人の武人としては無論のこと、一軍の将としても関羽の力量が卓越していること、今や万人の目に明らかであった。


 その関羽を、兵を用いずに捕らえる、と張遼は言うのである。荀攸が疑問を覚えるのは当然であったろう。 
 対して、張遼はあっけらかんと笑ってみせた。
「簡単や。劉備たちが退却しようとしてるんなら、その前に立ちふさがって言うたらええ。勝てば見逃してやる。負ければおとなしくうちらに降れってなあ。そしたら関羽も拒否できんやろ。自分の武に自信を持っているなら、なおのことや」
 そうやって一騎打ちに持ち込み、そして。
「そこで、うちが勝てば兵の犠牲なんぞでんやろ。月(董卓の真名)のとこにいたときから、関羽とはいっぺんやりあってみたかったんや。ふふふ、ようやっと、本気でこの飛竜刀を振るえる相手と戦えるわ」
 張遼の言葉に、夏侯惇がやや憮然とした様子で口を開く。
「ほう、それでは私とやりあった時は、本気ではなかった、ということか、霞?」
「あらあ、惇ちゃん拗ねとるん?」
「す、拗ねてなどおらんわ、ばかもん! しかし、もし片手間に戦われたというなら武人の名折れ。再戦を申し込ませてもらうぞ。お主が本気にならざるをえんような戦いを見せてくれよう」
「おー、こわ。でも心配せんでも、曹家の大剣と片手間にやりあえるようなばけもんはおらへん――ああ、恋ならやりかねんかな。まあそれはともかく、うちは惇ちゃんとやりおうた時、手は抜いてへんよ。ただ、覚悟っちゅうか心構えっちゅうか、そういったもんが少しばかり足りなかったのは認めるわ」


 自分が曹操軍に捕らえられた際のことを思い出し、張遼はそう口にする。
 あの時は、呂布を逃がし、そして配下の将兵を救うという目的があったため、夏侯惇との戦いに専心できなかった。当然、それは武芸にも影響を及ぼしてしまう。結果、張遼は夏侯惇に敗れ、そして曹操に降ることになった。
 その後も、許昌で幾度か矛を交えたが、その時はすでに味方同士、ついでに言うなら直情径行の夏侯惇に浅からぬ好意を抱いていたため(主にからかう対象として)、自然、その矛先からは鋭さが失われていたのである。


 一方、今、関羽との間にそういった縛りはない。向こうもまた、主君を逃がすためとあらば、全力で向かって来るだろう。互いの武を競い合う、絶好の機会と言えた。
 張遼の頬が紅潮するのは、押さえ切れない戦意のためか。あふれる闘気に触れ、思わず荀攸が身を縮めた。
 その張遼の姿を見て、曹操は即断する。
「霞の言やよし! 劉備追撃の全権をあなたに委ねましょう。必ず、関羽を我が前に連れてきなさい」
「御意!」
 張遼は得たりと頷くや、すぐにその場から立ち上がった。
「お、おい、もう行くつもりか、霞。まだ準備もろくに整えていないだろうに」
「神速がうちの部隊の座右の銘や。心配あらへん。みんなも慣れとるしな」
 そういって、一刻も惜しいとばかりに駆け去ってしまう張遼。
 その姿に、曹操は短い笑いを浮かべたが、すぐに表情を改め、集った諸将に命令を下す。


 小沛城の奪取は、いわば緒戦の目的の一つ。それゆえに慎重を期さねばならない。その後の統治を円滑に進めるためにも、ここでしくじることは断じて避けなければならなかった。
 そのことを弁えない者たちは、この場にいることを許されぬ。曹操の指示に従う諸将の顔は、等しく真剣きわまりないものであった。



◆◆



 小沛放棄。
 その決断に到るまで、劉備軍が要した時間はごく短かった。
 何故なら、他に選択肢がなかったからである。
 玄徳様はこれまで少なからぬ資材を投じて、小沛の防備を強化してきた。それゆえ、この城に立てこもれば、いかに相手が曹操軍とはいえ、それなりに防戦することは可能であったろう。だが、どれだけ小沛城で粘ろうとも、援軍が来なければ意味をなさない。まして、篭城は将兵だけでなく、小沛に住む民衆にも苦難を強いることになってしまう。
 今回の曹操軍は、抵抗する者にたいして容赦をしないという。であれば、最悪の場合、曹操軍の刃が民衆にも届いてしまいかねないのだ。勝算があるのならばともかく、確たる勝機も見出せない現状で、小沛に篭城するという手段をとることは出来なかったのである。


 その決断に到った理由は、無論、彭城から駆けつけてきた孫乾の報告である。
 徐州牧陶謙の死。
 その報を聞き、急ぎ小沛に帰城した玄徳様たちの前で詳らかにされた彭城の出来事は、思わず天を仰ぎたくなるほどに遣る瀬無いものであった。
 意識をとりもどした陶謙の決断。玄徳様に徐州を委ね、みずからは惨劇の責任を負って曹操の下へ赴くというそれは、やや時宜を失した観はあるものの、それでも事態を打開する可能性を秘めた案であった。
 だが、その案を実行しようとした矢先、事態はまたも急変する。


「実のところ、私もいまだに全容が把握できてはいないのですが……」
 孫乾はそう前置きをした後、陳登から聞いたという一連の出来事を口にした。
 一夜、息子たちの部屋に赴いた陶謙は、そこで人を払い、今回の決断を伝えた。父の言葉に、息子たちがどのような思いを抱いたのか、その答えは夜半に起きた火災がすべてを物語っていた。
 陳登らが駆けつけるまでの短い間に、すでに火は消しようもない勢いで燃え盛っており、この火事が人為的なものであることをはっきりと示していたという。
 そして、火元となったのは、まさしく陶謙とその子息たちがいる筈の部屋であった。
 そのことに思い至り、顔を青くさせる家臣たちの前に、しかし何故かこの難を免れた陶商たちが姿を現す。父の命により、出立の準備を整えていたという説明は、しかしあまりにも説得力に欠けるものであった。
 さらに陶商と陶応は、父からの命令とは南の袁術に和平を求めるものであると告げ、群臣を唖然とさせる。これまで、一貫して袁術との対決姿勢を崩さなかった陶謙が、急に変心する可能性はないに等しい。さらには、それを内密に、しかも明瞭な罪を犯した息子たちに命じるなどありえない。


 必然的に、彼らは一つの推測をはぐくみ、それは瞬く間に家臣たちの心に根を張っていった。すなわち、曹操の陣門に赴けば死を免れない陶商たちは、父を弑し、その身を炎で焼いて証拠を消した上で袁術に降伏し、身の安全をはかろうとしたのであろう、と。
 すぐにも袁術の下に発とうとする陶商と陶応。その二人の前に立ちふさがったのは、陳登であった。
 そして――


「私がおそまきながら駆けつけた時、公子たちの首はすでにはねられておりました」
 彭城の混乱を少しでも治めるため、孫乾は激務に激務を重ね、その心身の疲労は深く、重かった。それゆえ、城内の騒ぎに気づくのが遅れたのは事実である。
 だが、朝方まで眠りこけていたわけでもない。火事の一報から孫乾が駆けつけるまで、さほど時間は隔たっていなかったのである。
 にも関わらず。
 孫乾が駆けつけた時には、全てが終わってしまっていた。
 そうして、あまりの出来事に呆然とする孫乾を前に、陳登は静かに告げたのである。
 徐州全土をあげて、曹操に降伏する、と。




「降伏だとッ?!」
 関羽の怒声が軍議の間に轟く。
 孫乾が思わず竦んでしまうほどの声量であった。
「は、はい。陶州牧はすでに亡く、後を継ぐ者とてない現状では、徐州が一つにまとまることなど不可能。この状態で曹操軍と戦うことは不可能であり、無益。むしろ下手に刃向かえば、その咎が民にまで及ぶ可能性があり、もはや降る以外に方法はないと元龍殿は申しておりました」
 関羽は奥歯をかみ締める。
「それは、その通りではあろうが、しかし!」
「も、もちろん、私も反論いたしました。後を継ぐ者がないと元龍殿はもうしましたが、州牧の意が玄徳様にあったことは周知の事実。まして元龍殿と私、それに子仲殿はみずから玄徳様に徐州へ来ていただくように請うた身です。ですが……」
 孫乾は力なくうなだれる。
 陳登が言うのは、あの時とはもはや状況が異なる、ということであった。
 特に、今は曹操の猛攻に晒されており、劉備軍であっても、その兵威に対抗しえないことは事実によって証明されつつある。くわえて、勅命を戴き、抵抗する者は皆殺しという曹操軍の方針を考えれば、決断を延ばすほどに被害が増していくのは明らかであった。
 ゆえに、決断を下す時は今をおいて他になし。
 それが陳登の意見であり、そして、陳登はすでにその方針で動きはじめていたのである。陳登の人望は徐州では隠れもないものであり、また臨准城主として固有の武力も持っている。陳登がその気になりさえすれば、一時的に主が不在となった彭城を従えるのは決して難しいことではない。そして、事実、陳登はそう動いているのである。
 孫乾の意見を聞く前から。否、それを言えば、もっと早くに孫乾を呼ぶことは出来た筈なのに。
 そこまで思い到り、孫乾は背筋に氷片を感じた。感じざるをえなかった。


 思わず一歩あとずさった孫乾に対し、陳登はしかし、害意を向けようとはしなかった。周囲の目をはばかったものか、あるいはそれ以外の理由があったのか。
 そして、陳登が口にした言葉は、孫乾が予測したいかなるものとも異なっていたのである。




「元龍殿が申されたことを、そのままお伝えいたしまする。『玄徳様たちは、陶州牧の御恩に報じただけであり、曹将軍に従われるおつもりがあるのであれば、寛大な処遇を得られるでしょう。ですが、もしそのおつもりがないのであれば、手段は一つしかござらぬ。ご存知のとおり、徐州は准河をはじめ、大小の河川が連なる水の国。河川を渡る腕において、徐州は曹操軍に優っておりまする。劉家軍の方々には、この利をもって、南へ――広陵へ逃れていただきたい』。元龍殿はそう申されておりました」


 孫乾が口を閉ざすと、軍議の間はしばし静寂に包まれた。
 皆、与えられた情報をどう咀嚼すれば良いのか、迷う素振りである。
 その中で、もっともはじめに口を開いたのは、諸葛亮であった。
「広陵というと、陳長文殿が太守として治めていると聞きますが、元龍さんは、どうしてそちらへ向かえと?」
 その問いに、孫乾は困惑して首を横に振った。
「申し訳ありませんが、皆目見当がつきませぬ。ただ、仰るとおり広陵の太守である長文殿は、かの地をよくおさめ、また准河流域を巡って、劉遙らと矛を交えてこられた方ゆえ頼りにはなりもうそう。陶州牧に忠誠を尽くしてこられた方ゆえ、易々と曹操や袁術に降るとも思えませぬが、しかし、何故元龍殿がわざわざ広陵の名を挙げられたのかは、なんとも……」
 はきつかない孫乾の言葉に、関羽の顔が険しくなったが、孫乾が心底から困惑しているのは、その表情を見れば明らかであった。ここで孫乾を問い詰めても、事態が良くなることはないだろう。


 はっきり言えば、情報が少なすぎる。だが、その情報を集めている時間がない。
 確かなのは、前面に曹操という外患を据えたまま、後方に陳登という新たな内憂を抱えてしまったということであった。
 だが、小沛にとどまるという選択肢はすでにない。であれば、後は陳登の言葉どおり、南へと逃げるしか方策は残されていなかったのである。



◆◆



 かくして、劉家軍は小沛を放棄し、南へと移動を開始した。
 だが、その数は昔日の半分にも満たない。おそらく、五千に満たない数であろう。
 それというのも、小沛城主となった際、陶謙から預かっていた徐州軍のほとんどがこの地に残ることになったからである。徐州そのものが曹操に降伏するのであれば、それも当然のことであるとはいえ、どうしても寂寥の感は拭えなかった。
 くわえて、小沛城を出る玄徳様たちに対し、城内の民がその姿を見送ろうとさえしないことが、玄徳様たちの表情から明るさを奪っていたのである。


 そんな玄徳様たちの姿を見て、おれはいささかならず心を痛めていた。というのも、この状況、おれにも責任の一端があるからだ。
 小沛放棄が決定してからこちら、玄徳様や関羽らは軍の取りまとめや離脱者への対応でてんてこまいとなっており、領民へこの決定を伝えるのはおれの仕事となった。というより、志願してその任務に就いたのである。
 説明といっても、何万もの民の前に出るわけではない。長老と呼ばれる代表者たちのもとに出向き、今回の決定を伝えるのだ。
 案の定というべきか、玄徳様たちが小沛を放棄して逃亡すると知った彼らは動揺した。噂の中には、曹操軍を復讐に狂う悪鬼の軍勢であると伝えるものもあり、その恐怖が動揺をいや増したのかもしれない。だが、それがなくても、彼らは素直に頷くことはなかったであろう。そのくらい、小沛における玄徳様の声望は高かったのである。
 玄徳様の徳、関羽ら将軍たちの武威、そして諸葛亮、鳳統ら軍師文官たちの知恵。
 それらに裏打ちされた玄徳様の政治は、沛郡の民に陶謙治下にまさる平和と公正さをもたらし、玄徳様が城主となって一年にも満たないわずかな時日で、その評判は他州にまで響くほどだったのである。


 それゆえ、この長老たちの反応は予想どおりであった。
 そして、この次の反応もまた。
 彼らは玄徳様を慕い、小沛を捨ててでも玄徳様についていきたいと願ったのである。
 それに対しておれは――


「いけません。それはあなた方にとっても、玄徳様にとっても、良い結果をもたらしません」
 おれの言葉に、長老たちは慌てた様子で顔を見合わせる。
「し、しかし、このまま小沛に残れば、曹操軍にどんな目にあわされるか?!」
「さよう、それよりも玄徳様についていった方が良いに決まってますじゃ」
「玄徳様ならば、我らを見捨てるような真似は、よもなさるまい」
 その言葉に、おれは頷いてみせる。
「無論です。ですが――」
 だからこそ、あなた方はついてきてはいけない。そう語るおれに、彼らは怪訝そうな顔を向ける。
 おれは言葉をつくして説明した。
 曹操は、抵抗しない限り、民に暴虐を働くようなことはしない。その胸に復讐の思いがあることは事実だと思うが、それをぶつけるべき相手は見定めているだろう。しかし、一度敵にまわった者たちを、容赦しないであろうこともまた事実。
 そして、玄徳様があくまで曹操に屈しない以上、その玄徳様の軍についてくる者は等しく敵として扱われる。武器を持たない民を狩り立てるような真似はすまいが、その民を気遣って追撃の手を緩めることもないであろう。必然的に、玄徳様についてくる者たちは戦に巻き込まれることになる。
「玄徳様はそんなあなた方を助けるために、自ら危地へ踏み入ってしまう方です。そうなれば、もう悔いても及ばない。玄徳様も、あなた方も、徐州の地に屍を晒すことになる」


 おれの脳裏に、曹家一行が襲撃された時の光景がよぎる。
 そして、あの時、地面に倒れていた女性の顔が、玄徳様と重なりそうになり――その寸前、おれは慌てて頭を振って、その不吉な光景を脳裏から追い払おうとする。
 しかし、考えたくもないことだが、現実はその方向に進みつつあるように思えてならなかった。
 長坂坡の戦い。
 時期は違うし、場所も違う。それでも、このまま事態が推移すれば、あの戦いが――あの戦いのような悲劇が起きてしまうように思えてならなかったのだ。
 それゆえに、おれは一人でここに来た。玄徳様のみならず、他の誰をも連れず。迫り来る曹操軍に怯える民衆を、付いて来るなと突き放すことを肯う者など、他にいる筈もなかったから。


 そしておれは、その事実さえ利用する。
 もし玄徳様たちがこの場にいれば、必ず彼らを受け入れ、共に逃げようとするだろう。
 おれはそう言った後、続けて口を開く。
 だがそれは、誰よりも彼らが慕う玄徳様の命を縮める結果になりかねぬ。玄徳様のことを思うのならば、どうか小沛に残ってほしい、とそう言っておれは、何度も地に頭をこすりつけたのである……





 その時のことを思い出し、おれは無意識に額の傷に手をあてた。どうしてついた傷かは、誰に言うことも出来ない卑怯傷。そう思っていたのだが。
「あら、ご主人様ったら、浮かない顔ねん」
「……ここでにこにこしてたら、関将軍に吹っ飛ばされると思うぞ、貂蝉」
 いつのまにか、おれの傍らに貂蝉の姿があった。 
 その姿を見ると、連日食卓にのった料理の数々が思い出され、胸焼けに似た感覚を覚えてしまうのだが、さすがに今はそんな気分にはならなかった。
 そんなおれに向けて、貂蝉はそれとわからないくらい、小さく笑ってみせる。
 その笑みの意味がわからないおれは、戸惑ったように貂蝉を見返したのだが、返ってきた答えに唖然としてしまった。
「ご主人様がしたことが、正しいのか間違っているのかなんて、百年もすれば誰かが決めてくれるでしょう。大切なのは、自分の行為に最後まで責任を持つこと。玄徳ちゃんたちを守り抜いてあげること。ご主人様が出来る最善の方法でね」
「……もしかして、知ってるのか?」
「ふふ、この身はご主人様の影。主の行くところ、どこにでも私はいるのよん」
「いや怖いから、怖いから」
 どこの妖怪ですかあんた。
「まあそれはさすがに冗談だけど。この危急存亡の時、どんな危険がご主人様を待っているとも知れないから、影ながらお守りしていたのは本当よ」
「……それは、礼を言うべきなんだろうな」
 おれはそう言って、そっぽを向いた。


 おれは別に偽りを言って、長老たちを欺いたつもりはない。あの場でおれが口にしたことは、すべておれの本心である。その点で心に恥じるところはない。
 だが、意図的にありえるかもしれない可能性を無視したこともまた事実。
 孫乾から、瑯耶郡を強襲した曹操軍が民に危害を加えなかったことは聞いている。だから小沛は無事。本当にそうだろうか。瑯耶郡と異なり、小沛の玄徳様は、すでに正面から曹操と矛を交えてしまっている。その刃が小沛の民に及ばないと誰にいえよう。
 おれはわずかなりと曹操に接したことがあり、その軍律の正しさも伝え聞いている。曹操に限って、とは思うが、それはあくまでおれの一方的な願望であり、玄徳様の抗戦すなわち小沛の抗戦と曹操が考えたとすれば、悲劇はこの地を覆うことになるだろう。
 事実、おれの知る歴史で、曹操はそれを行ったのである。陶謙の罪を、徐州の民の罪と断じて。この世界の曹操が本当にそれをしないと、断言できる根拠を、おれは持っていなかった。


 まるで沼のようだ、とおれは思う。
 目の前にあるのが、ただの沼か、それとも底なしの沼か。どちらも可能性の話に過ぎず、それを明らかにするためには、実際に沼に飛び込まなければ判然としない。そして、頭まで埋まってから、それが底なし沼だとわかっても、すでに手遅れなのである。
 おれがしたことは、自分が飛び込むかわりに、長老たちを――小沛の民を、その沼に突き落としたようなもの。それがただの沼であれば小沛の民は助かるだろう。だが、もしそれが底なし沼であったなら……


「だから、自分も残ると言ったのね。一緒に沼に飛び込むために」
 貂蝉の言葉に、力なくおれは頷いた。
 貂蝉の言うとおり、長老たちにおれは言ったのだ。決して、小沛の民を盾に逃げ出そうというのではない。その証に、おれは小沛に残る、と。もっとも、おれ程度が残ったところで、長老たちが納得してくれるか、との疑問はあったし、事実、長老たちはそれは不要だとおれに言ってきた。
 それでも、玄徳様についてくることは止めること。また、それを望む者たちはちからずくでも引き止めること。この二つのことは飲んでくれたから、感謝するしかない。これで、玄徳様たちの行軍速度が落ちることはないだろう。


 それでも、やはり長老たちへの後ろめたさは消えない。
 小沛に残るといったのは、おれの精一杯の誠意を示したつもりだったが、あるいは罪悪感から逃れるための自己犠牲に酔っていたのだろうか。長老たちもそれがわかったから、おれが残る必要はないと言ったのか。
 そんなことを思って、鬱々としてしまう。我ながら、はきつかないことだとは思う。貂蝉の言うとおり、おれは玄徳様たちを守るために、たとえ微々たる力しかなくても、全力をつくさなければならない。そうわかっているのだが、それでも、心にしこりは残っていて、それがおれの気持ちを、蜘蛛の糸のようにからめとるのである。
 人を殺したあの時以来、おれを捉えていた躁の感覚は薄れつつある。食欲も、睡眠欲も、元の状態に戻りつつあるといっていい。それは疑いなく、玄徳様や貂蝉、張角たちのお陰であった。
 だが一方で、それがおさまるにつれ、おれの心の中に、くっきりと黒い染みのようなものが出来たように思えてならないのである。
 普段はあまり気にならないのだが、時折、そこから得体の知れない寒気と悪寒が広がり、おれの心身を捉えるのだ。そう、今のように。
 あるいはこれが、人を手にかけた罪悪感なのだろうか。


 そんなことを考えていた時だった。
「玄徳しゃまー」
「おーい、玄徳ぅ」
 甲高い叫び声があたりに響き渡り、こちらに向かって、いやに小さい人影が駆け寄ってくる。
 馬を止めてそちらを見た玄徳様は、びっくりしたように目を丸くした。
「あ、あれ、みんな??」
 人影が小さかったのも道理。そこにいたのは、玄徳様と共に遊んでいた、小沛の子供たちであった。



「玄徳しゃま、ほんとに行っちゃうの?」
「うそだろ、玄徳、おれたちと一緒にいようぜッ」
「そうだよそうだよ、悪い奴がきたって、ぼくたちがやっつけてあげるから。えい、やー」
 口々に騒ぎ立て、いつものように玄徳様を取り囲む子供たち。
 見慣れた光景である筈のそれに、いつもと異なる点を見つけるのは容易かった。誰の目にも、涙が浮かんでいたのである。子供たちだけでなく、玄徳様の目にも、それは浮かんでいた。
「うん、ごめんね、みんな。お別れの挨拶にも行けなくて」
「そんなのどうでもいいからさ、一緒にいようよ! お城を追い出されたのなら、おれんちに来たっていいじゃん!」
 そういって、服の裾を掴む男の子に、玄徳様は涙を拭ってから笑みを向けた。
「あは、ありがと。でも、ごめんね。私はここに残るわけにはいかないんだ」
「なんでなんで?! お姉ちゃん、私たちのこと、嫌いになっちゃったの?」
 そういってすがりつく女の子の頭を、玄徳様は優しく撫でてあげている。
「ううん、違うよ。私はみんなのこと、とーーーっても大好き。昔も今も、それにこれから先だって、それはずっと変わらない」
「なら、なんでッ!!」
「――それはね、私にはやらないといけないことがあるからなの」
 そう言う玄徳様の顔には、別れの辛さと同じ、否、それ以上に確固たる意思が浮かび上がっていた。
 それは、子供たちにも感じ取れたようだ。いや、あるいは子供たちの方が、より鮮明に感じ取れたのかもしれない。
 口々に泣き叫んでいた筈の子供たちの声が、少しずつおさまってきていた。


 ぐすぐすと鼻をすすりあげていた女の子が、小さな声で問いかける。
「……玄徳しゃま、の、やらないといけないことって、なーに?」
「……みんながこんな風に泣いたり、悲しんだりすることがない世の中をつくること。そのために、私は行かないといけないんだ」
 その子の頭を撫でながら、玄徳様は囁くように口にする。それはとても小さな声だったが――そこに込められた勁い想いは、聞く者の心を打たずにおかぬ。
「じゃあ、じゃあ。そんな世の中になったら、玄徳しゃまは帰ってきてくれるの?」
 その声に、玄徳様の瞳が、一瞬、ここではないどこか遠くに向けられたように思えた。まるで、見果てぬ夢を見ているように。
 だが、すぐに玄徳様は、女の子を安心させるために、微笑んで頷いてみせる。
「うん、もちろんだよ。大丈夫、いつかきっと、平和な世の中をつくって、みんなのところに戻ってくるから。だから、それまで、少しの間、待っててくれる?」
「……う、ほ、ほんとに、ほんと?」
「うん、ほんとにほんと」
「わ、わかった。玄徳しゃま帰るの、待ってる。だから、その……」
 約束。
 そう呟いて、女の子は玄徳様に小指を差し出した。心得た玄徳様が、自分の小指を、女の子の小さなそれに絡めた。



 その様子を、半ば呆然と見詰めていたおれの姿に気づき、子供たちのうち、何人かが駆け寄ってきた。
 どの顔にも見覚えがある。おれが稽古をつけていた子供たちだった。
「なーなー、玄徳が行っちゃうってことは、一刀も行っちゃうのか?」
「あ、ああ、うん、そうなるね」
「そっかー、ちぇ、もうちょっとで一刀を打ち負かしてやれるところだったのにな」
 そういって悔しそうにする子に、おれの顔に自然と笑みが浮かぶ。
 おれは小さく笑いながら、その頭をぽかりとやった。
「こら、やる気があるのは良いけど、過信はするなって言っただろ。誰が誰に勝てるところだったって?」
「う、いってーなッ! おれが一刀に勝てるとこだったって言ったんだ。嘘じゃないぞ! 嘘だと思うんなら、もうちょっとここにいろ、すぐに証明してやるから!」
「ほう、それは楽しみだ。ここには残れないけど、そうだな、玄徳様が戻るときには、おれも一緒に戻ってこようか。もちろん、その時はとうにおれなんか追い抜いてるんだよな?」
 おれの言葉に、その子は元気よく頷いた。
「あったりまえだ! みてろよ、目に桃みせてやるぜ!」
「目に物見せてやるぜ、だな。はい、減点十点。書き取りやりなおし」
「う、うっさいな、ちょっと言い間違えただけだろ! 大目にみろ、そんくらい!」
 顔を真っ赤にして反論する男の子のまわりでは、同じ年頃の子たちが楽しそうに笑っている。
 つられて笑いながら、おれはついさきほどまで感じていた得体の知れない悪寒が、いつのまにか掻き消えていることに気がついていた。 


「――曹操ちゃんが小沛をどうするか。たしかにそれは賭けかもしれない。ご主人様は、自分で言うように、沼の底を確かめるために、誰かを沼に落とそうとしたのかもしれない」
 そのおれの耳に、貂蝉の声が優しく響く。
「でも、この場合、沼は二つあるの。そして、ご主人様はより危険が少ないと判断した沼を他の人たちにすすめ、自分はより危険だとわかっている方に飛び込もうとした。それがわかっていたから、長老たちはご主人様の言葉に頷いたのよ。そして、ご主人様のすすめた沼に足を踏み入れる決意をした。でもそれは、あの人たちが自ら選んだことなの。そうではない道を選ぶことも、彼らには出来たのだから」
 貂蝉の言葉は、不思議なくらい、すとんとおれの胸の奥におさまっていく。
「その決断に、ご主人様が責任を感じるのは不遜というものよ。彼らはご主人様よりはるかに人生の経験を積んでいるのですもの。ご主人様が責任をとらなければいけないのは、ただ自分の言葉に対してだけ。あのとき、長老たちに言ったように。そして今、この子たちに口にしたように、ね」


 その言葉を否定することなど、出来る筈もない。
 おれは貂蝉の言葉にただ頷くと、この日はじめて、顔を空に向けた。
 雲ひとつない初冬の空。深みのある青色が、彼方まで清冽に広がっていた。おれを捉えていた暗い予感を吹き払うかのように明るい空の色に、ここしばらく感じることのなかった暖かい感情がわきあがってくる。
 それをただの予感で終わらせるのか、それとも真実にかえるのか。それを決めるのは、青空の下に生きるおれたち次第。ならば、その未来を手繰り寄せるために行動するだけだ。
 おれはようやく、そのことを思い出すことが出来たのである。



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