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No.5244の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第一部 完結】[月桂](2010/04/12 01:14)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(一)[月桂](2008/12/14 13:32)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(二)[月桂](2008/12/14 13:33)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(三)[月桂](2008/12/14 13:33)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(四)[月桂](2008/12/14 13:45)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(一)[月桂](2008/12/17 00:46)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(二)[月桂](2008/12/17 23:57)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(三)[月桂](2008/12/19 22:38)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(四)[月桂](2008/12/21 08:57)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(一)[月桂](2008/12/22 22:49)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(二)[月桂](2009/01/01 12:04)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(三)[月桂](2008/12/25 01:01)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(四)[月桂](2009/01/10 00:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(一)[月桂](2009/01/01 12:01)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(二)[月桂](2009/01/02 21:35)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(三)[月桂](2009/01/04 02:47)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(四)[月桂](2009/01/10 00:22)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(五) [月桂](2009/01/10 00:21)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(一)[月桂](2009/01/12 18:53)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(二)[月桂](2009/01/14 21:34)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(三)[月桂](2009/01/16 23:38)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(四)[月桂](2009/01/24 23:26)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(五)[月桂](2010/05/05 19:23)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(一)[月桂](2009/02/08 12:08)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二)[月桂](2009/02/11 22:33)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二・五)[月桂](2009/03/01 11:30)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(三)[月桂](2009/02/17 01:23)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(四)[月桂](2009/02/22 13:05)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(五)[月桂](2009/02/22 13:02)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(六)[月桂](2009/02/23 17:52)
[30] 三国志外史  六章までのオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/02/26 22:23)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(一)[月桂](2009/02/26 22:22)
[32] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(二)[月桂](2009/03/01 11:29)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(三)[月桂](2009/03/04 01:49)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(四)[月桂](2009/03/12 01:06)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(五)[月桂](2009/03/12 01:04)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(六)[月桂](2009/03/16 21:34)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(七)[月桂](2009/03/16 21:33)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(八)[月桂](2009/03/17 04:58)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(一)[月桂](2009/03/19 05:56)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(二)[月桂](2009/04/08 23:24)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(三)[月桂](2009/04/02 01:44)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(四)[月桂](2009/04/05 14:15)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(五)[月桂](2009/04/08 23:22)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(一)[月桂](2009/04/12 11:48)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二)[月桂](2009/04/14 23:56)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二・五)[月桂](2009/04/16 00:56)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(三)[月桂](2009/04/26 23:27)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(四)[月桂](2009/04/26 23:26)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(五)[月桂](2009/04/30 22:31)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(六)[月桂](2009/05/06 23:25)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(一)[月桂](2009/05/06 23:22)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(二)[月桂](2009/05/13 22:14)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(三)[月桂](2009/05/25 23:53)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(四)[月桂](2009/05/25 23:52)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(一)[月桂](2009/06/07 09:55)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(二)[月桂](2010/05/05 19:24)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(三)[月桂](2009/06/12 02:05)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(四)[月桂](2009/06/14 22:57)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(五)[月桂](2009/06/14 22:56)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(六)[月桂](2009/06/28 16:56)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(七)[月桂](2009/06/28 16:54)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(八)[月桂](2009/06/28 16:54)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(九)[月桂](2009/07/04 01:01)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(一)[月桂](2009/07/15 22:34)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(二)[月桂](2009/07/22 02:14)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(三)[月桂](2009/07/23 01:12)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(四)[月桂](2009/08/18 23:51)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(五)[月桂](2009/07/31 22:04)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(六)[月桂](2009/08/09 23:18)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(七)[月桂](2009/08/11 02:45)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(八)[月桂](2009/08/16 17:55)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(一)[月桂](2011/01/09 01:59)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(二)[月桂](2009/08/22 08:23)
[74] 三国志外史  七章以降のオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/12/31 21:59)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(三)[月桂](2009/12/31 22:21)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(四)[月桂](2010/01/24 13:50)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(五)[月桂](2010/01/30 00:13)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(六)[月桂](2010/02/01 11:04)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(七)[月桂](2010/02/06 21:17)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(八)[月桂](2010/02/09 00:49)
[81] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(九)[月桂](2010/02/11 23:24)
[82] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十)[月桂](2010/02/18 23:13)
[83] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十一)[月桂](2010/03/07 23:23)
[84] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十二)[月桂](2010/03/14 12:30)
[85] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (一)[月桂](2010/03/22 15:41)
[86] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (二)[月桂](2010/03/26 02:19)
[87] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (三)[月桂](2010/03/31 03:49)
[88] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (四)[月桂](2010/04/09 00:37)
[89] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (五)[月桂](2010/04/12 01:13)
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[5244] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(六)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:49f9a049 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/06/28 16:56


 豫州牧・袁術、寿春にて漢朝に叛旗を翻す。
 袁術、洛陽の大乱において失われし伝国の玉璽をもって、漢に代わるは我ならんと唱え、すでにして皇帝に即位、国号を仲とし、都を寿春に定め、三公を任じ、その勢い、沖天に達するなり。
 

 その報は、瞬く間に中華の各地を席捲した。
 玉璽の所在が明らかになったこと、そして袁術配下の孫家の軍が粛清されたこととあいまって、それを聞く者たちは、庶民と士大夫とを問わず、一様に驚愕の表情を浮かべることになる。
 当然、それは小沛城においても例外ではなかった。
 ましてや、徐州は袁術と境を接している。袁術の動きに無関心でいることは出来なかったのである。



 
「太尉に張勲、司空に袁渙、司徒に閻象、ですか。張勲さんはともかく、袁渙さんと閻象さんは、これまでほとんど表舞台に出てこなかった人たちですね」
「地位も役職も、中くらいだったみたいです。それを一躍、三公に任じるということは、それだけ人材が限られているということなのでしょうか?」
 諸葛亮の言葉に、鳳統が首を傾げつつ、自分の意見を言い添える。やや自信が無い様子なのは、突然に帝号を僭称した袁術の意図が、読みきれていないためだろうか。
 もっとも、この場に集まった劉家軍に所属する者たちの中で、袁渙と閻象という名を知っている者は、二人の軍師以外いなかった為、誰も同意も否定も出来なかったりするのだが。
 そして、実のところ、それよりも注意を惹く名前があり、ほとんどの人の注意はそちらに向けられていたのである。
 その人物とは――


「まさか、あの飛将軍が袁術の下にいようとはな……」
 関羽の言葉に、幾人かが同意するように深く頷いた。
 孫堅を討ち取った功績をもって、呂布は新帝の下で虎賁校尉、すなわち近衛軍の長の座に就いたのである。
 虎牢関の攻防で、呂布と直接に矛を交えた関羽と張飛の二人は、身をもって呂布の武勇を知っている。その顔は、自然、厳しく引き締まっていた。


 そして、もう一人。
「――ッ! なんだって、李儒の奴が、袁術のところにいるのよッ!」
 いらだたしげにはき捨てる賈駆。その視線は、報告書の一節、新たに南陽の太守に任じられた人物の名前から離れない。その声には、隠しようのない嫌悪感が感じられた。まるで、調理場でときおり見かける、黒光りする害虫を見た時のような表情であったかもしれない。
 董卓は、そこまであからさまな表情は見せなかったが、それでも普段は穏やかな表情が、今は張り詰めているように見えた。



 それらのざわめきが落ち着くのを待って、諸葛亮が再び口を開いた。
「この袁術さんの行動で、諸侯は必ず動きます。それは陶州牧も例外ではないでしょう。近日中に、彭城から呼び出しの使者が来ると思いますので、玄徳様は準備をなさっておいて下さいね」
「うん、わかった。じゃあ、愛紗ちゃんと孔明ちゃん、一緒に――」
「あ、ちょっと待っていただけますか」
 玄徳様が言いかけると、ここで鳳統が口を開いた。
 鳳統が、他者の発言を遮るような真似をするのは、かなり珍しい。
 玄徳様は、不思議そうに小首を傾げ、鳳統に問いかけた。
「あれ、どうしたの、士元ちゃん?」
「はい、今回の件、袁術さんの目的がはっきりとしませんが、あるいはいきなり国境を突破してくる可能性も考えられます」
 鳳統は、一言一言、確認するように言葉を紡ぐ。


 乱世とはいえ、民衆は正義を好むもの。大義名分も、宣戦布告もなしに国境を破れば、天下の衆望を損なうことは必定である。
 四方の蛮族ならばともかく、礼教の国である中華帝国の諸侯が、そのような行為に出れば、たとえ一時の勝利を得ようとも、長期的に見れば失うものの方が大きいことは明らかであった。
 もちろん、そういったことを気にしない諸侯も少なくない。しかし、ある程度以上の勢力を築いた者は、人望や栄誉といった無形の力を意識するもの。逆に言えば、そこに意識を向けられない人物は、天下を望むような勢力にはなりえないということでもある。
 まして、袁術は三公を輩出した名門袁家の直系であり、袁術本人もそのことに誇りを抱いていることは間違いない。事実、袁術も汝南、寿春を制した東方遠征の際は、袁家へ無礼を働いたという名分をこしらえた上で、相手方に降伏を促す使者をも派遣しているのだ。
 だが、皇帝即位という強硬手段を選択した袁術が、今なお天下の衆望に目を向けるだけの器量を持ちえているのか。鳳統はそこを危惧していた。


 鳳統の危惧に、賈駆が疑問を呈する。
「考えすぎじゃない? 仲の人事を見る限り、袁術が自暴自棄になったとは思えないけど。人材を抜擢し、律令を整え、新たな国をつくろうとする野心は見て取れるわ」
 その言葉に、鳳統はこくりと頷く。
「はい、対内的には、その通りです。ですが、外を見る袁術さんの視線が、いまだ定かではありません。文和(賈駆の字)さんの言葉どおり、自国の廷臣や民衆には笑貌を見せていますが、一方で敵とみなした孫堅さんを、騙し討ちに等しい手段で誅殺しています。おそらく、仲は今後、孫家の残存勢力を掃討していくでしょうけれど、もし、彼らが他の州に逃げ込んだ時にどのように動くか。引渡しを要求するか、あるいは――」
 力ずくで国境を突破してくるかもしれない。鳳統はそう言う。
 それだけではない。
「孫家の残党が逃げ込んだことを、大義名分として侵略してくる可能性もあると思うんです」
「ふん。いないってことを証明することは難しいからね」
 賈駆の言葉に、鳳統はそのとおり、というように首を縦に振った。


 諸葛亮が、腕組みしつつ口を開く。
「それに、もしかすると、本当に孫家の人たちが逃げてくる可能性もあるね。そういった事態が起きた時、玄徳様と関将軍のお二人が城を離れていると、即応できない可能性がある。雛里ちゃんが言いたいのはそういうこと?」
 劉家軍の将帥は、言うまでもなく玄徳様である。
 では、仮に玄徳様がいない時、誰が決断を下す役割を担うのか。担えるのか。
 衆目の一致するところ、それは関羽しかいなかった。鳳統の発言はそれゆえのものである。
「うん。出来れば、関将軍は小沛に残ってもらって、玄徳様の護衛は他の人にお願いできないかな、と思うんですけど、いかがでしょうか、お二方?」


 鳳統の言葉に、玄徳様はうんうんと何度も頷く。
「あ、なるほど、いわれて見れば、その通りだよね。じゃあ、今回は愛紗ちゃんはお留守番、だね」
「そういうわけには――と申しあげたいところですが、たしかに、士元たちの言うことはもっともですね。では、鈴々、彭城にはおぬしに行ってもらおう」
 関羽に声をかけられた張飛は、それまで退屈そうに椅子に座って手足をぶらぶらさせていたのだが、生き返ったように生き生きとした表情で、元気良く頷いた。
「おう、鈴々に任せておくのだッ! 突撃、粉砕、勝利なのだッ!」
「はわわ、ち、張将軍、粉砕しちゃ駄目です、お味方の城ですッ」
「細かいことは気にしないのが鈴々なのだッ!」
「あわわ、細かくないですよ~」
 軍師二人がかわるがわる諌めるが、ようやく活躍の場を得た劉家軍の虎将軍は、一向にこたえない様子であった。



 
「ふむ、やはり軍師殿といえど、虎を抑えるは至難か。まして彭城へ赴くのは孔明殿だけであるし、ここは我が隊から援軍を遣わすとしよう」
 張飛の様子を見て、趙雲がそんなことを口にする。
 それを聞き、おれは田豫と顔を見合わせた後、趙雲に向かって問いかけた。
「――将軍。援軍というと?」
「お主に決まっておろうが、一刀」
「だと思いました」
 あっさりとした趙雲の言葉に、おれは小さく肩をすくめる。
 今の小沛城の騎馬部隊は一千騎。歩兵に比べれば微々たる数であり、出動態勢を整える手間も格段に少ない。というより、機動力に優れた騎馬隊は、賊徒の退治や、国境付近の偵察等で基本的に常時出動態勢をとっているから、今更準備する必要もないくらいなのだ。
 つまるところ、これから目の回るような忙しさに見舞われることになる他の人々よりも、おれは暇なのである。


 おれと趙雲のやりとりを聞いた諸葛亮が、ぱあっと表情を明るくさせた。
「はうぅ、よろしくお願いします、一刀さん」
「こちらこそ。玄徳様も、よろしいでしょうか?」
 おれの問いには、少なからずためらいがあった。何故といって、張角の爆弾発言、まだ尾を引きまくっているからである。
 とはいえ、さすがにこんな事態になってまで引きずるつもりは、玄徳様にはないらしい。以前のように翳りのない笑みを見せて、頷いてくれた。
「うん、よろしくね、一刀さん」
 その笑みを見て、ほっと安堵の息を吐くおれに向けて、張飛が元気良く口を開く。
「鈴々がいるかぎり、誰もお姉ちゃんたちに手出しはさせないから、安心するのだッ!」
「おお、期待してますぞ、張将軍。報酬は肉まん食べ放題でよろしいか?」
「……に、任務に報酬は要らないのだッ――けど、お兄ちゃんがどうしてもというなら、拒みはしないのだッ!」
「承知しました――店の親父さんに、彭城から戻るまでに、材料たくさん仕入れておくように言っておかないとなあ」
 おれの聞こえよがしの独り言に、張飛が涎をたらさんばかりの表情でわきわきと両手を動かす。
 虎と渾名される武将とは思えない愛らしい仕草に、周囲から暖かな笑いが沸き起こった。



◆◆



 明けて翌日。
 諸葛亮の予測どおり、彭城からの使者が小沛に到着した。
 その内容はもちろん袁術の帝号僭称に関わることであり、玄徳様の意見を聞きたいので、急ぎ彭城まで来てほしい、というものだった。
 小沛から彭城までは、さほどの距離はない。陶謙の善政によって、徐州の主要な街道は良く整備されており、道の両脇には木々が植えられている。この季節であれば、歩いていけば遠足気分を味わうことも出来るだろう。
 もっとも、時が時、場合が場合なだけに、そんなのんびりしている暇がある筈もなく。
 玄徳様、張飛、諸葛亮の三将と、おれを含めた騎兵三〇騎を以って、彭城まで駆け抜けることになっていた。
「お兄ちゃん、大丈夫なのか?」
 張飛が心配そうなのは、おれの馬術の腕に関してだろう。
 張飛は将軍として部隊の指揮、統率、訓練等で多忙を極め、おれはおれで、騎馬隊に配属されてから、これまでの雑用に加え、軍馬の調達等の任務でてんてこ舞いであった。そのため、一緒に訓練する機会がほとんどなく、おれの馬術の腕がどれだけ上がったのかを、張飛は知らないのである。


「ふ、見て驚きなさるなよ、張将軍」
 おれは不敵な笑みを浮かべ、颯爽と馬上に身を移――すことは出来ないが、とりあえず危なげなく鞍の上に身体を置くことは出来た。
 軽く手綱を引くと、心得た馬がゆっくりと歩き始める。
 そこまでの手際を見て、張飛が「おー」と驚いているのが聞こえてきた。張飛のみならず、玄徳様や諸葛亮まで感心した様子で、ぱちぱちと手を叩いてくれている。
 それを見て、おれは調子に乗った。
「まだ小手調べですッ。はいァッ!」
 そう言うや、馬を煽って一気に足を速めた。
 歩いている時とは比べものにならない揺れに見舞われたが、おれはしっかりと両股に力を込めて、馬上での体勢を安定させた。玄徳様たちの驚きが「おー」から「おおッ」に変わった。ふ、どんなもんだい。
 以前のおれならば、こんな乗り方をすれば、たちまち地面に転げ落ちたに違いない。しかし、夏から秋にかけて、ひたすら乗馬の訓練に勤しみ、全身に傷を負った成果がこれである。もちろん、おれの努力を正しく技術の向上に向けてくれた師の存在も大きかった。田豫先生、ありがとう。


 まあ、上達したといっても、馬上、武器を振るったり、騎射を行ったりするレベルにはほど遠い。しっかりと手綱を握っていなければ、あっさり身体を振り落とされてしまうだろう。
 ついでに白状すれば、今、おれが乗っているのは田豫が選んでくれた、気性の穏やかな馬であり、この馬以外だと、こうも上手く乗りこなすことは出来なかったりする。
 ちなみに、名前は月毛。「そのまんまですね」と田豫に呆れられた。というのも、月毛とは、馬体がクリーム色をした馬を指す言葉だからである。
 言い訳すると、いろいろと考えはしたのだ。小雲雀とか、松風とか、超光とか。
 ……馬はともかく、乗る人が名前負けするのでやめました。
 それはさておき、月毛に乗る限り、少なくとも移動時に足手まといになることはない。
 張飛の心配を一蹴したおれは、それが過信ではないことを、彭城までの道のりで玄徳様たちに証明してみせたのであった。



◆◆



 夕陽が地平線に没する少し前に彭城に到着した玄徳様と張飛、諸葛亮は、ただちに陶謙と重臣たちの待つ部屋へと案内された。
 おれが残ったのは、人心に配慮したからである。玄徳様が望めば、陶謙がそれを拒むはことはなかっただろうし、玄徳様はそのつもりだったようだが、今のおれは、良くいって下級官吏が良いところである。
 そんな身分の低い人間を、徐州の行く末を決めるような会議に同席させれば、心無い連中は「劉備めが、州牧の厚遇につけこみおって」などと陰口を叩くことは間違いないと考えたのだ。主に馬鹿兄弟とかが。


 どのみち、会議の内容は後で教えてもらえるだろう。
 実のところ、おれは会議よりも、彭城の様子を調べておきたいと考えていた。
 玄徳様の人気や、今回の事態の民衆の反応、さらには例の兄弟の動向など、知りたいことはたくさんある。
 劉家軍の軍師たちの情報収集に粗漏があるとは思わないが、自分の目で見て、耳で聞けば、また違ったことが見えてくるかもしれない。ことに、兄弟の動向は、注意して、注意しすぎるということはないだろう。
 彭城の街中を歩きながら、おれは周囲を歩く人々の会話に耳をそばだてた。
  
  


 やはりと言うべきか、街の人々の噂話のほとんどは、仲建国についてのものだった。
 もともと、袁術が東方に勢力を伸ばしたことにより、陶謙と袁術は境を接するようになっていた。
 豊かな准南、広陵の地を巡って、両者の間には、つねに火種が燻っているような状態だったのである。今回の出来事が、徐州全土を巻き込む大戦に発展するのではないか、との不安が、人々の会話や、表情のそこかしこに感じ取れたような気がした。


 酒場に足を運んだおれのすぐ近くで、赤ら顔の男の二人組みが、興奮した様子で何やら互いに論難しあっている。
「なあに、新たに小沛の城主になった劉玄徳様は、女性ながら、董卓軍や黄巾賊との戦いで、数々の手柄をたてた勇武の将軍だと聞く。偽帝の軍隊ぐらい、簡単に打ち破ってくださるさ」
「そう上手くいくものか。袁術の兵力は、一〇万を越えるんだぞ。小沛の兵力は半分以下だ。個人的な武勇なんて、この数の差の前じゃあ意味なんぞないさ」
「ふん、州牧様はお前なんかより、はるかに物事が良く見えておられるさ。周辺の領主たちが、偽帝の即位なんか認めるわけない。いーや、袁術軍の中だって、どんなもんか知れたもんじゃない。そういった連中を上手くつかえば、偽帝の軍なんて、数がどれだけ多くても、絵に描いた餅みたいなもんさ。玄徳様があっさり破ってくださるだろうよッ」
「はん、当然向こうだって、そのくらい考えているだろ。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。偽帝偽帝と騒ぐだけで、敵が勝手に弱体化するなんて思ってるお前の方が、よっぽど物事に暗いんじゃないか?」
「ええい、言わせておけば。女房に逃げられたお前に、物事に暗いと言われる筋合いはないッ!」
「なにをッ。まだお若い劉備殿に、全部まかせておけばいい、なんて男の風上にもおけん。そんな甲斐性なしだから、お前はそもそも嫁さんさえもらえないんだろうがッ」
 なんだか、妙に白熱してきた口論は、たちまち互いに手も足も出る、掴みあいの喧嘩に発展してしまった。周囲からは、けしかけたり、揶揄する声があがり、酒場の中はたちまち騒然としていく。

 
 おれはそれに巻き込まれないように席を移すと、苦笑しながら、水の入った杯を傾けた。
 酒場に来て、水を頼むのも無粋だと思うが、さすがに小沛から駆け通し、すぐに会議の場に赴いた玄徳様たちを他所に、一人で酔うわけにもいかない。
 そんなことを考えていたおれの視界を、一人の男性が横切っていく。
 おそらく、その男性も、おれと同じような考えで、騒ぎを避けて、店の隅までやってきたのだろう。
 

 男性と言ったが、よくみれば随分若い。おれと同じくらいだろうか。
 男から見ても綺麗な顔立ちをしており、街を歩けば女の子たちが黄色い歓声をあげそうな気がするが、それはあくまで容姿だけを見ればの話。その若者の端整な顔に浮かぶのは、すべてを見下す倣岸な表情である。それを見れば、歓声をあげかけた女の子の口も閉ざされてしまうだろうと思われた。


 その表情や、額に刻まれた奇妙な刻印を見るに、どうみても農民には思えない。一体、何者なのだろうとおれが考えていると、不意に、その人物の視線がまっすぐにおれに向けられた。
 知らず、じろじろと相手の顔を観察していたことに気づき、おれは慌てて頭を下げるが、相手は、答える必要さえない、とでも言うように薄笑いを浮かべた後、視線をそらせた。
 その態度と、無視されたことに、一瞬、腹立ちを覚えたが、最初に無礼を働いたのはこちらであるから、文句を言う資格は、おれにはない。
 おれは、憤りを振り払うように、首を振ると、目の前の皿に集中することにした。
 どうせこの場だけの出会いに違いない、いけ好かない男のことなぞ、考えるだけ時間の無駄だろうからである。


 
◆◆



 袁術の皇帝即位によって、彭城内は日に日に緊張が高まりつつある。
 その一方で、陶商、陶応兄弟の周りは静かなものであった。常は兄弟の周囲に侍っている者たちも、徐州全土を巻き込む大戦が起こるかも知れないとあって、それぞれの勢力を保持するために、各自で動いている為である。


 許昌の漢帝が、袁術の即位を認める筈はなく、それはすなわち、曹操と袁術がぶつかることを意味する。
 両雄と境を接する徐州は、否応無く、この戦いに巻き込まれることになるだろう。
 そして、曹、袁のどちらかにつかねばならないとしたら、陶謙は、まず間違いなく曹操側につくことを選択する。漢の廷臣としては、それが当然であるし、陶謙は元々、隆盛著しい曹操と誼を通じる機会を窺っていたので、その意味で、今回のことは奇貨とも言える。
 だが、陶謙が曹操につけば、当然、袁術とは敵対関係になる。准南、広陵の支配権を望む袁術は、間違いなく兵を出して来るだろう。
 偽帝とはいえ、袁術の兵力は強大である。あるいは、彭城の城壁に、袁家の兵を迎え撃つ日が来ないとも限らないのである。


 そういった状況にあって、兄弟のご機嫌とりに時間を割こうとする者が皆無であったのは当然といえば当然であった。
 そして、その当然のことが理解できる程度には聡いゆえに、兄弟の怒りと憤りはより根深いものとなる。
 そもそも、自州の危機であるというのに、嗣子である陶商が会議に呼ばれないということ自体、兄弟にとっては噴飯ものなのである。
 その一方で、陶謙は、劉備を小沛から呼び寄せ、その到着まで会議を始めようとしなかった。
 陶謙が、嗣子と、一介の客将のどちらを重んじているかは、あまりにも明白であった。



 陶商の私室。
「此度の戦、おそらく、父上は、劉備めに徐州全軍の采配を預けるつもりだろう」
 陶商はそう言いながら、部屋の窓から、彭城の城下を見下ろす。窓に映ったその顔は、あきらかに不機嫌そうであった。
 その言葉を聴いた陶応は、兄よりもさらに内心の不快をあらわにしている。
「余所者、しかも女に軍を率いさせるとは、父上も耄碌されたものですね。兄上、このままでは、徐州を劉備めに奪われてしまうやもしれませんよ」
 弟の言葉に、しかし陶商は首を横に振る。とはいえ、弟が口にした内容自体を否定するわけではなかった。
「そこまで短絡的に動いてくれれば、かえってやりやすいくらいだろう。だが、あの女、なかなかにしたたかな奴のようだ。直接的な手段には出ず、まずは父上や民衆の信望を得ることからはじめるつもりだろう。現に、小沛での奴の施政、貧民どもに大層な評判であると聞く。おおかた、自らの手で噂を広めたのであろうが、そうやって貧民どもの人気を取り、父上に取り入り、やがて合法的に徐州を奪おうとしているのではないか」
 兄の言葉に、陶応は不機嫌そうに舌打ちする。
「たしかに、兄上の仰るとおりやもしれません。父上は下民どもに甘いですからな。奴らに迎合する劉備のような輩を、身辺に招いてしまうくらいに」
「そうだ。だからこそ、徐州の地に根を下ろしてしまう前に、小沛の毒草を刈り取ってしまわねばならぬ。徐州全土に、毒草の種が蒔かれてしまう前にな」
 陶商はそう言うと、弟と視線をあわせた。
 兄弟は、互いの瞳に、昏い感情を認めた。それは、焦りという名の感情であった。


 劉備を排除するという目的は動かぬものであったが、具体的な行動をとることが、陶家の兄弟には出来なかった。
 何故なら、陶商、陶応には固有の武力がなかったからである。二人が独断で動かせる兵は、精々一〇〇名程度しかおらず、その程度の兵力で何が成せるというのだろうか。
 陶家の兵力を用いれば、少なくとも、その二〇倍近い兵士が動かせるのだが、家の全権は、いまだ陶謙が握って離さない。それゆえ、兄弟たちの頼みの綱は、側近の力しかなかった。
 しかし、今はその側近たちも勢力維持のために奔走しており、兄弟の下に伺候しようとしない。時折、姿を見せる者もいることはいたが、兄弟たちが核心を口にしようとする素振りを見せると、すぐに慌しく辞去の言葉を口にし、そそくさと部屋から出て行ってしまうのである。
 その様は、沈みゆく寸前の河船から鼠が逃げ出すにも似たものであったかもしれない。



 だが、そんな状況であるからこそ、幸運を掴みえた者もいた。
 この日、兄弟の下に二人の客が訪れた。
 訪問客の名は、一人は陳蘭、もう一人を雷薄といった。いずれも風采のあがらぬ容姿で、一見したところ、どこの盗賊かと見まがうほどであった。
 だが、外見とは裏腹に、陶商たちの下に跪く二人の言動は堂に入ったものだった。それも当然といえば当然で、実はこの二人、つい先ごろまで袁術の麾下にいた、れっきとした武将だったのである。

 
 陳蘭と雷薄は、かつては袁術の下でそこそこの武功をあげ、一隊の指揮を任されていた。
 だが、その功を誇る言動が袁術の癇に障り、その意を受けた張勲によって、体よく追放されてしまったのである。
 その後、彼らは、荒くれ者を率いて、徐州と揚州、豫州の州境沿いを転々としながら、しばしば略奪暴行を働き、民衆を苦しめた。
 土地の領主たちも、対処をしようとはしたのだが、彼らの本拠地が転々としているため、一網打尽にする機がなかなか訪れなかった。くわえて、下手に州境で大兵力を動かせば、他勢力の疑惑を招くかもしれぬという危惧もあった。


 武将としての経験を持つ陳蘭たちは、そのあたりのことを読んでおり、その狡猾さが今日まで彼らを生き長らえさせて来たのである。
 だが、と陳蘭たちは考えた。
 昨今の情勢を鑑みるに、このままではいずれ自分たちは賊徒として討伐されてしまうだろう。それは火を見るより明らかなこと。であれば、そろそろ新たな主を探すべきであろう、と二人は相談をもった。
 とはいえ、そこらの小領主の下に降っても、うだつがあがらぬのは目に見えている。仕えるならば、大身の者、それも出来れば天下を望める者がよい。この世の富貴と栄華を味わうためにも、その方が良いに決まっていた。
 袁術の下に戻ることは出来ぬ。であれば、この近くで条件にあてはまる勢力は、ただ一つ。徐州の陶謙しかいなかった。


 だが、陶謙が賊徒あがりの自分たちを重用するとは思えず、悪くすれば首を斬られて、袁術の下に送られる恐れさえった。何か上手い手はないものだろうか。
 そんなことを考えていたある日のこと。彼らは一つの噂を耳にする。
 それは山砦を訪れた商人の一人が口にした言葉であった。
 現在、日の出の勢いで勢力を広める曹操。その曹操の家族が、徐州の地を引き払い、許昌へ移住しようとしている、というそれは噂であった。


 曹家は先代曹嵩の時、一億銭を出して太尉の位を買い取ったというほどの大家である。その子の曹操は、今や漢帝を擁し、その勢いはとどまるところを知らない。
 その家族の移住となれば、さぞ大金を抱え込んでいることだろう、と陳蘭たちはまず最初に考えた。
 もっとも、すぐさま襲撃を実行に移そうとするほど、二人は浅薄ではない。仮に襲撃が成功し、巨万の富を得られたとしても、代償として、あの曹孟徳の激怒をかうことは必至だったからである。
 父母の仇とは供に天を戴かず、というのは、中華帝国において当然の思想であった。曹操は、父母を死にいたらしめた者たちを、草の根わけても捜しだし、八つ裂きにしようとするだろう。
 それと知らない二人ではなかったが。
「――だが、ただで見過ごすのは惜しい獲物だな」
「ああ、曹家の先代ともあれば、良い女たちを囲っているにちげえねえしな」
 陳蘭と雷薄は、互いの顔に、自分と似た歪んだ笑みを見出し、さらにその笑みを深めた。


 曹操の怒りは恐ろしい。しかし、ならばその怒りを分散すれば良い。
 曹操に敵対する陣営に従って、曹家の一行を襲撃する形をとれば、それも可能であろう。
 だが、徐州を治める陶謙は、温和で君子な為人で知られており、さらには興隆著しい曹操との友好を望んでいるとも聞き及ぶ。陶謙にこの謀略を持ち込んでも、一喝されるか、あるいはその場で首をはねられるかであろう。


 陶謙は駄目だ――では、その陶謙の下ならばどうだろうか。


 陳蘭と雷薄がそう思考を進めたとき、悲劇は音をたてて動き始めた。





 陶商と陶応の部屋から出てきた陳蘭と雷薄は、互いに顔を見合わせ、満足の表情を形作った。すべては、二人の思惑通りに運んだのである。
 彼らは、すぐさま手勢を率いて北へと向かう。その目的は言うまでもないことだった。



 その彼らに続いて、彭城の城門から、四方の街道に向けて、物々しい格好をした者たちが次々に旅立っていった。
 彼らは城門からある程度はなれると、一斉に北への進路を取った。
 そして、とある地点で集結すると、先発の陳蘭たちの部隊を追うように、さらに北へと向かう。その先頭には、陶家の次子、陶応の姿があった。
 陳蘭と雷薄だけでは心もとないと考えた陶商は、数少ない手勢をかき集め、それを弟に託したのである。
 これは陶家とは関わりを持たない、文字通り、兄弟の子飼の兵士たちである。彼らに統一性のない装備をさせたのも、陶商の指示による。同時に、陶商は彼らの幾人かに、とある部隊との関わりを示唆する品物を持たせた。
 許昌へ向かう一行が、じきに通りかかろうとしている沛郡。そこを治める劉家軍との繋がりをしめす、それは品物であった。


「沛郡を通過中に襲われ、曹家の一族は全滅する。その場から劉家軍の関与を示す物が出てくれば、首謀者は万人の目に明らかとなる。邪魔者を、曹操の手で排除し、さらに実行者を我らの手で捕斬すれば、曹操のおぼえもめでたくなろうというもの。皇帝陛下から官位を授かることも出来ようし、さすれば、兄上が徐州を継ぐに異論など出まい。この身も、どこぞの太守くらいにはなれるかもしれんな」
 陶応は他者に聞かれぬよう、心中でそうつぶやくと、喜色を表情にあらわさないように注意しなければならなかった。


 まさか、このような好機が訪れようとは、と彭城でほくそえみながら、天の配剤に感謝する陶商と、部隊を率いる陶応の二人は、ついに気づくことが出来なかった。
 自分たちの考えが、他者の誘導を受けたものであるということに。
 それゆえに、この後に起こる騒乱において、その人物の名が出ることは、ついになかったのである。





 遠く寿春の地より、ただ一つの噂を広めただけで、悲劇の種を蒔いた人物は、後の南陽太守に笑いながら告げた。
「謀略のために、その人の何もかもを思い通りに動かす必要はありません。ただ、自分の望む方向に、背を押すだけでも事足りるのですよ。その本人にさえ、そうと意識させないでそれを為せれば、完璧と言っても差し支えないでしょうね」


 ――その言葉を借りるなら、この時まで、事態は完璧に進んでいたと言ってよい。
 陶商たちの動きは闇の中で行われ、陶謙をはじめとした徐州の廷臣たちは、誰一人としてきづいていなかった。そして、それは彭城を訪れた劉備たちや、あるいは小沛で軍備を整えている関羽たちもまた同様であった。
 劉家軍に伏竜、鳳雛あろうとも、神ならぬ身に、人界で起こるすべての策略を見通せというのは、無理な話である。
 諸葛亮、鳳統ともに、今回の事態に関して、起こりえる状況を想定し、それに対応する策を定めてはいた。しかし、それはあくまでまっとうな戦略や戦術に則ったもの。武器を持たない女子供を贄として、乱世に名をなそうなどという、下種な策をほどこす者まで想定してはいなかったのである。







 だが、しかし。
 完璧である筈の計画に、瑕をつけようとする者がいた。






◆◆


「――え?」
 おれは、耳に飛び込んできた情報を聞き、思わず声をあげていた。
 それは、聞き流すには、あまりに重大なものであったからだ。余人は知らず、おれにとっては。
 慌てて、声が聞こえてきた方向を見やるが、すでにそれを口にした者は席を立ち、出口へと向かうところだった。
 さきほどの騒ぎが、まだ完全に収まっていない店内は、かなり混み合っているのだが、その人物は、まるで測ったように精確に歩を進め、誰ともぶつかることなく、出口から出て行ってしまう。

 
 おれは席に代金を置くと、慌ててその後を追った。
 途中、何度も人にぶつかり、怒声を浴びせられたが、謝罪の言葉を投げると、後の反応を見る暇もなく走り去る。
 店から出たおれは、彭城の街路に、あの若者の姿を探した。服装はともかく、あの容姿だけでも十分に目立つ人物の筈だが、一行に見つからない。
 おれは右に左に視線を向け、街路を大股で闊歩しながら、さきほどの言葉を脳裏で反芻した。
 あの若者は、店主が向けた何気ない話題に、こうこたえたのだ。


『曹操も、徐州にいる家族を許昌に呼び寄せたと聞く。いよいよ動くつもりなのだろうさ』と。


 店主の質問は、この際、どうでも良い。問題は、若者の返答であった。
 徐州にいる曹操の家族と聞けば、思い当たる事件は一つしかない。
 ――かの徐州の大虐殺、その呼び水となった襲撃事件。
 徐州領内において、一族を殺された曹操は怒り狂い、大軍を催して徐州に侵攻、兵と民とを問わない大虐殺を実行した。
 曹操軍が通った地では、鶏の鳴き声一つ聞こえず、民人の屍が山となり、流れる血は河となって徐州の大地を紅く染めたという。  
 歴史では、曹操の名望を大きく損なうこの一件が、張莫と陳宮の離反を招き、兌州の乱へと通じていくのである。


 忘れていたわけではない。
 小沛に入った当時、諸葛亮たちに情報収集を綿密にするように、と進言した時、おれの頭の中にあったのは、この事件であった。
 それゆえ、徐州の外ではなく、内にも情報網は巡らされているのである。味方であり、恩人でもある陶謙たちの状況を探る理由としては、件の陶家の公子たちの動静を監視しておくためと、玄徳様たちには報告してあった。無論、曹家の方にも注意は払っていた。


 これまでは、まったくといって良いほど動きがなかった為、ほとんど意識から外れかけていたのだが、まさか袁術の皇帝即位による混乱の隙間を縫って、許昌へ向かっていたのだろうか。
 小沛を出るまで、その知らせはまだ届いてはいなかったが、あるいは今頃、小沛の鳳統たちの下へ知らせが来ている頃かもしれない。だが、仮にそうだとしても、鳳統たちが、すぐに兵を派遣して、曹家一行を保護することはありえない。何故なら、曹家の一行が襲撃されることを、おれはほかの誰にも教えていないからである。
 すでに、おれの知る歴史とは、あまりにも異なるこの時代において、おれの知る知識は無益なだけでなく、時に有害でさえあるだろう。そう思ったからこそ、口を噤んでいたのだが、あるいはしくじってしまっただろうか……



 そこまで考えたとき、おれの視界に、見覚えのある後ろ姿が映された。
 それが、酒場にいた例の若者だと気づいたとき、おれは反射的に駆け出していた。
 幸い、今度は見失うことなく、若者の隣に並ぶことが出来たおれは、やや気忙しく問いかけた。
「突然すまないが、さっき、あの酒場で言っていたことは、本当のことなのか?」
 だが、若者はおれの方を見ようともせず、黙々と歩を進める。
 おれを相手にする意思がない。そんな若者の心境を、その歩みが言外に物語っていた。


 だが、だからといって、諦めるわけにはいかない。
 もし、何者かの襲撃が行われ、曹操の徐州侵攻が行われれば、それは徐州のすべてを巻き込んだ凄惨な殺戮劇へと変じてしまうのだ。
 その焦りが、おれの言動を急き立てた。
「すまないが、おれの話を聞いてくれ、大事なことなんだよッ」
 そういって、伸ばしたおれの右腕が、若者の肩にわずかに触れた、その瞬間。


 若者の怜悧な眼差しが、向けられた。そう思った時には、おれの身体はすでに宙に舞っていた。
「なッ?!」
 それは、一体どのような体術だったのか。
 ほとんど体格の変わらないおれの身体を、若者は右腕を軸に高々と宙に放り投げたのだ。


 おれの視界の中で、天地が逆転した。
 若者の体術は、護身などというレベルではなく、相手を打ち据えるためだけのものであったようだ。このまま呆然としていれば、おれは頭から地面に叩きつけられ、大怪我を負っていたことだろう。下手をすれば、頸の骨を折られていたかもしれない。
 だが、ここで一つの幸運(?)がおれの味方する。
 今、全身を襲う宙を飛ぶ感覚。おれは、それを良く知っていた。それゆえ、咄嗟に身体が反応し、受身をとることが出来たのである。そのおかげで、なんとか最悪の事態だけは避けることが出来た――まさか、某将軍にしょっちゅう投げ飛ばされていた経験が、こんなところで活きるとはなあ。


 だが、のんきにそんなことを考えている場合ではなかった。ほとんど身体ごと宙に飛ばされた勢いを、完全に減じることは出来ず、右肩を強く打ち付けてしまったのだ。
 肩から発する、焼けるような痛みが脳髄に至り、苦悶の声をもらして地面を転がりまわるおれの姿を見て、若者の顔にはじめて表情らしい表情が浮かんだ。
 地面で転がっていたおれは、その顔を見ることが出来なかったのだが――そんなおれに向けて、若者の脚が、無造作に繰り出される。
「がああッ?!」
 ただそれだけで、おれの身体は数メートル先の地面まで転がされていた。
 腹部を押さえて、再び地面を転げまわるおれ。
 ここは彭城の街中であり、当然、周囲にはたくさんの人たちがいた。だが、若者は、そんな周囲の視線を気に留める様子もなく、おれに近づいてくる。
 足音から、それを察したおれは、身を縮めて次の一撃の被害を最小限に抑えようとする。
 何故、どうして、何のために。若者の行動に、疑問を覚える余裕は、すでにどこにもなかった。


 そんなおれを、不快げに見下ろしていた若者は、おもむろに手を伸ばし、おれの服の胸元を掴むと、一気に、自分の顔のところまで引き上げた。
 その乱暴な行動に、一瞬、全身を襲う痛みが強まり、おれの口からうめき声がもれた。
「ぐッ!」
 痛みに身体を折ろうとするが、若者の腕力は、そんなわずかな身動ぎさえ許さない。まるで万力に掴まれてでもいるかのような、硬質な感触だった。


 痛みに歪んだおれの視線のすぐ先に、苛立たしげな若者の顔がある。
 その顔に、見覚えはない。今日、初めて会った若者だ。その筈である。
 だが、それならば。
 何故、こちらを見る若者の目に、こんなにも深い憤りが宿っているのだろう。とても、昨日今日会った人間に向ける感情とは思えなかった。
 それは、しかし、痛みをこらえながらの、大した根拠もない推測に過ぎない。若者は、ただ単に、肩を掴まれた無礼にいきりたっているだけなのかもしれない。
 そんな風に思ったおれの考えは、しかし、次の若者の言葉によって否定された。



「今の貴様と、語る言葉は持たん。さっさと、その酔いに濁った目を醒ますがいい」



 そう言うや、若者はすべての興味を失ったようにおれの身体を地面に放ると、踵を返した。
 いつのまにか、周囲に出来ていた人波が、若者の進む先から割れていき、若者の姿は、すぐにその向こうへ消え去ってしまった。


 その後ろ姿を睨みつけながら、おれは奥歯をかみ締めた。好きなようにやられた口惜しさが、胸奥から湧き上がってくる。
 おれは、酒場で一杯の酒ものんでいない。その点を言えば、若者の言葉は、明らかに間違っている。
 にも関わらず。
 おれは、ただの一言も言い返すことが出来なかった。
 全身、とくに肩と腹からの痛みは、いまだにおれの意識を苛んでいるが、それが反論しなかった理由の全てではない。
 これ以上の暴行を恐れる気持ちもあった。だが、それでもまだ理由には届かない。
 あるいは、その言葉を否定できない自分を、自身、そうと気づかぬうちに認めていたのだろうか――


 おれは、なんとか立ち上がりながら、頭を振って、その疑問を振り払う。
 今はそれどころではない、と自分自身に言い聞かせながら。
「……早く、城に、戻らないと……」
 結局のところ、若者の言葉の真偽はわからなかった。突然、暴行を働いてくるような奴だ。本当のことを言ったとは思えないが、かといって、あいつがおれに偽りを口にして、何の得があるのか、とも思う。
 いずれにせよ、真偽の確認を行う必要がある。そのためには、城に戻らないといけない。出来れば、玄徳様たちに直接、知らせたいが、おそらくまだ会議は終わっていないだろう。
 であれば、同行してきた騎兵に事情を説明し、彭城を出なくては。
 周囲から注がれる同情と好奇の視線を振り払いながら、おれは重たい足取りで、城へと足を向けた。
 城への道のりが、やけに遠いように感じた。



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