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No.5244の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第一部 完結】[月桂](2010/04/12 01:14)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(一)[月桂](2008/12/14 13:32)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(二)[月桂](2008/12/14 13:33)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(三)[月桂](2008/12/14 13:33)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(四)[月桂](2008/12/14 13:45)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(一)[月桂](2008/12/17 00:46)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(二)[月桂](2008/12/17 23:57)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(三)[月桂](2008/12/19 22:38)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(四)[月桂](2008/12/21 08:57)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(一)[月桂](2008/12/22 22:49)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(二)[月桂](2009/01/01 12:04)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(三)[月桂](2008/12/25 01:01)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(四)[月桂](2009/01/10 00:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(一)[月桂](2009/01/01 12:01)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(二)[月桂](2009/01/02 21:35)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(三)[月桂](2009/01/04 02:47)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(四)[月桂](2009/01/10 00:22)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(五) [月桂](2009/01/10 00:21)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(一)[月桂](2009/01/12 18:53)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(二)[月桂](2009/01/14 21:34)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(三)[月桂](2009/01/16 23:38)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(四)[月桂](2009/01/24 23:26)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(五)[月桂](2010/05/05 19:23)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(一)[月桂](2009/02/08 12:08)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二)[月桂](2009/02/11 22:33)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二・五)[月桂](2009/03/01 11:30)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(三)[月桂](2009/02/17 01:23)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(四)[月桂](2009/02/22 13:05)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(五)[月桂](2009/02/22 13:02)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(六)[月桂](2009/02/23 17:52)
[30] 三国志外史  六章までのオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/02/26 22:23)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(一)[月桂](2009/02/26 22:22)
[32] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(二)[月桂](2009/03/01 11:29)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(三)[月桂](2009/03/04 01:49)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(四)[月桂](2009/03/12 01:06)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(五)[月桂](2009/03/12 01:04)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(六)[月桂](2009/03/16 21:34)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(七)[月桂](2009/03/16 21:33)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(八)[月桂](2009/03/17 04:58)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(一)[月桂](2009/03/19 05:56)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(二)[月桂](2009/04/08 23:24)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(三)[月桂](2009/04/02 01:44)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(四)[月桂](2009/04/05 14:15)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(五)[月桂](2009/04/08 23:22)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(一)[月桂](2009/04/12 11:48)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二)[月桂](2009/04/14 23:56)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二・五)[月桂](2009/04/16 00:56)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(三)[月桂](2009/04/26 23:27)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(四)[月桂](2009/04/26 23:26)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(五)[月桂](2009/04/30 22:31)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(六)[月桂](2009/05/06 23:25)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(一)[月桂](2009/05/06 23:22)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(二)[月桂](2009/05/13 22:14)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(三)[月桂](2009/05/25 23:53)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(四)[月桂](2009/05/25 23:52)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(一)[月桂](2009/06/07 09:55)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(二)[月桂](2010/05/05 19:24)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(三)[月桂](2009/06/12 02:05)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(四)[月桂](2009/06/14 22:57)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(五)[月桂](2009/06/14 22:56)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(六)[月桂](2009/06/28 16:56)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(七)[月桂](2009/06/28 16:54)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(八)[月桂](2009/06/28 16:54)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(九)[月桂](2009/07/04 01:01)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(一)[月桂](2009/07/15 22:34)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(二)[月桂](2009/07/22 02:14)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(三)[月桂](2009/07/23 01:12)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(四)[月桂](2009/08/18 23:51)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(五)[月桂](2009/07/31 22:04)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(六)[月桂](2009/08/09 23:18)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(七)[月桂](2009/08/11 02:45)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(八)[月桂](2009/08/16 17:55)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(一)[月桂](2011/01/09 01:59)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(二)[月桂](2009/08/22 08:23)
[74] 三国志外史  七章以降のオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/12/31 21:59)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(三)[月桂](2009/12/31 22:21)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(四)[月桂](2010/01/24 13:50)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(五)[月桂](2010/01/30 00:13)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(六)[月桂](2010/02/01 11:04)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(七)[月桂](2010/02/06 21:17)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(八)[月桂](2010/02/09 00:49)
[81] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(九)[月桂](2010/02/11 23:24)
[82] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十)[月桂](2010/02/18 23:13)
[83] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十一)[月桂](2010/03/07 23:23)
[84] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十二)[月桂](2010/03/14 12:30)
[85] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (一)[月桂](2010/03/22 15:41)
[86] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (二)[月桂](2010/03/26 02:19)
[87] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (三)[月桂](2010/03/31 03:49)
[88] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (四)[月桂](2010/04/09 00:37)
[89] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (五)[月桂](2010/04/12 01:13)
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[5244] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(三)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:49f9a049 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/06/12 02:05



 時をわずかにさかのぼる。



 窓際から離れた于吉は、愉快そうに低い笑声を発した。
 そんな于吉を見て、同室の男がいぶかしげに于吉を見やる。
「どうされたのです、于吉様?」
「いえ、雌豹がこちらを睨んでいたもので、その視線からたまらず逃げてしまった自分を哂っていたのです」
 男はほの暗い笑みを浮かべて、追従するように笑った。
「孫堅のことですね。確かに恐るべき人物ではあるようですが、まんまとこちらの思惑に乗ってくれたようで」
 于吉は、男の勘違いをあえて否定せず、ゆっくりとうなずいて見せた。
「ふふ、ここまでお膳立てを整えれば、やってこざるをえない、という文優殿のお言葉どおりというところですか。今日の件が落着すれば、公路様もさぞ喜ばれることでしょう」
「それも、この身を拾い上げてくれた于吉殿あってこそのものですよ」
 逆に阿諛されて、文優――李儒は、愉快そうに笑声をこぼした。
「準備はすでに万端、ととのっております。孫堅らが謁見の間に入り次第、行動に移ります。蟻一匹這い出る隙のないようにしてご覧にいれましょうぞ」
 李儒の言に、于吉は頼もしげにうなずいた。
「さすがは文優殿。かくて、江東に名高き孫家の軍は潰え去る、というわけです」
 

 李儒が、そっと伺うような視線を于吉に送る。
 かつて。
 洛陽に大火をもたらした李儒は、連合軍の兵とおぼしき者たちと戦い、敗れた。
 その場で果てる筈だった李儒を拾い上げ、新しい活躍の舞台に導いたのが、目の前の于吉と名乗る方士であった。
 朝廷の密使として陳留に赴き、張超を扇動して兌州の乱を起こさしめたのも、于吉の指示によるものであった。
 それが成功すると、于吉は李儒を袁術に引き合わせ、そのまま軍師の座へと就かしめた。
 董卓の下で逼塞していた頃と比べれば、今の境遇のなんと恵まれたことか。
 袁術は君主として自身が動く型ではなく、李儒の発案は、ほぼすべてが採用されるのである。自らの手腕を思う存分発揮できる現状に、李儒はこれ以上ないほどに満足していた。
 そして、それを提供してくれた于吉に、李儒は深い恩を感じていた。李儒にとって、自らの才能を認めてくれた上に、なおかつ、それを振るう場を与えてくれる者など、これまでどこにもいなかったからである。
 まして、今回の策の概略を聞かされれば、感謝の念は心酔へと昇華する。
 中原を揺るがした兌州の乱すら、于吉にとっては今日の策への布石に過ぎぬ。さしずめ李儒は、駒の一つと言ったところか。だが、精緻な策略の全貌を知らされたとき、李儒がおぼえたのは屈辱ではなく、感嘆であった。
 帷幄の外に勝利を決する。軍師たる者の本領が、そこにはあったからだ。
 たとえ、その目的が――


「さて、そろそろ孫堅たちが謁見の間に着く頃でしょう。私たちも参りましょうか。中華の地に、新しい秩序を、作り出すために、ね」
 于吉の言葉に、我にかえった李儒は、首を縦に振った。
「御意」
 それは、主君に対する臣下のごとく、恭しいものであった。


 ――たとえ、于吉の目的が、漢朝に叛するものであったとしても、李儒はもはや于吉に逆らう心持ちにはなれなかった。



◆◆



 揚州、寿春城。
 数月前までは、劉遙配下の張英の居城に過ぎなかったこの城は、いまや強勢を誇る袁家の新たなる拠点として、著しい変革を遂げていた。
 袁術は領内にいる名のある職人たちの、ほとんど全てを寿春城の改築に投入していたのだが、謁見の間は真っ先に彼らによって修繕された場所でもあった。
 四方の柱に刻まれた精細な昇竜の図、床一面には大理石が敷き詰められ、玉座に至る階段の左右には、玄武、朱雀、白虎、青竜の四神の彫像が配置されている。
 そして、その奥に座すは、今や中華屈指の勢力を誇る袁家の総帥であった。


「久しいのう、孫堅。元気そうで何よりじゃ」
「公路殿も、壮健のご様子。祝着至極に存じます」
 心の篭らぬ、という一点において、共通する袁術と孫堅の挨拶であった。
 寿春城の謁見の間には、袁術麾下の文武の諸官が集結している。
 袁術の、向かって右には文官が。向かって左には武官が、それぞれの序列に従い、居並んでいた。
 首座に近い位置に座する者たちの顔は、当然、孫堅も記憶していた。
 武官の首座の位置から孫堅を見下ろすのは、例の張勲である。しかし、その張勲と並び、文官の首座にいる男の顔を、孫堅は知らなかった。
 秀麗な、だが、どこかほの暗い輝きを瞳に宿した男を見て、孫堅は不快げに眉をしかめた。
 于吉なる方士ではない。あるいは、于吉が集めているという人材の一人なのだろうか。それにしては、昨日今日出てきた者が、文官の首座に就くとは、少し考えにくかったが。
 

 無論、それは李儒であったが、孫堅がそんなことを考えている間にも、いつもの形式的な謁見は続いていく。
 客将格である孫堅が、軍の活動の内容や、その成果を記した竹簡を袁術に向けて献上すると、先刻の蒋欽が駆け寄り、恭しい態度でそれを受け取ると、袁術の下まで歩み寄り、それを袁術の右に位置する李儒に差し出した。
「軍師様、孫将軍よりのご報告にございます」
「ご苦労」
 そう言う李儒の姿に、孫家の将たちの視線が集中する。みな、李儒が何者なのかを知らなかったのである。
 だが、李儒はそれと知りつつ、あえて何も言おうとはしなかった。そして、渡された竹簡に視線をはしらせていく。
 そこに書かれている内容は、周瑜が作成した非の打ち所のないものであり、矛盾をあげつらわれる恐れはなかったが、どこか傲然としたものを感じさせる李儒の様子に、孫家の面々は、主と同じように一様に不快感を覚えた。


 やがて、李儒は顔を上げ、竹簡を袁術に捧げる。
 袁術が物問いたげに視線を向けると、李儒は一つうなずいた。
「ふむ、問題ないようじゃな。いつもながら、そちらの忠勤には感謝しておるぞ、孫堅」
「もったいなきお言葉。部下たちも励みとすることでございましょう」
 いつもならば、この後、二、三のやりとりをした後で、孫堅たちは退出する。
 しかし、孫堅たちも予想はしていたが、今日はこの続きがあった。


「さて、ここからが本題じゃ。孫堅、そして皆もよう聞けい――七乃!」
 袁術の言葉に、張勲が心得て前に出る。
「はいはーい、では、孫堅さんたちはあちらにお並び下さいねー。今回、孫堅さんをはじめ、美羽様麾下の将兵を寿春に集めた理由をご説明しまーす」
 張勲の言葉に、居並ぶ群臣からざわめきが起こる。
 その様子を見て、孫堅軍の者たちは、やや意外の観に打たれた。どうやら、孫堅軍以外にも、今回の召集の理由は説明されていなかったようだ。
「まず、皆さんにお知らせです。今後、私たち袁家は、准南の支配に専心することになりました。ですが、南陽から准南は遠いため、本拠をこの寿春に移します。報告は南陽ではなく、寿春に持ってくるようにしてくださいね、南陽に行っても美羽様いないですから~」
 その発言に、ざわめきは一際大きくなった。


 その中で、周瑜は表情こそ変えなかったが、内心で舌打ちを禁じえなかった。
 袁術に准南に移られると、これまでの周瑜の工作が水泡に帰しかねないのである。
 もっとも、周瑜が気づいたこと――准南の富、中央から離れているゆえの将来性――に、他の誰かが気づかない筈もない。
 それでなくても、南陽は、南を劉表、北を曹操に封じられており、発展の余地が乏しい。袁術の目が准南地方に向くのは、ある意味で当然と言えた。
 もはや死んだ策であるが、准南へ行幸する袁術を、その途上――准河のあたりで、軍船をもって襲撃する、という案も周瑜は持っていたのである。


 それゆえ、この張勲の発表は、周瑜にとって吉報ではなかったが、予想外、ということはなかった。
 だが、その次に張勲が口にした言葉は、さすがの周瑜も予想できないものだった。
「で、それにともない、南陽城主を誰にするか、ということなんですが――これは、孫堅さんにお願いすることになりましたー。それにともない、荊州における政軍の全権を委任する、との美羽様の仰せです。ついこの間まで、これでもか、とばかりに意地悪していた相手にそんなこと言うなんて、さすが美羽様、後先考えない思いつきと、それを実行する決断力はすばらしいです♪」
「七乃、七乃、ほめすぎじゃぞ。照れてしまうではないか」
「そして今のがほめ言葉に聞こえるその大らかさ、さすがお嬢様、素敵ですッ!」
 袁家の主従のいつものやりとりを、その臣下は呆然と聞き入るばかりであった。


 否、当の孫堅たちでさえ、あまりに意外な言葉に、目を丸くしている。
 南陽城主――いや、政軍の全権を委任する、という言葉が真だとするなら、それはもはや城主ではなく、南陽郡の太守に等しい。
 孫堅をその座に据えるということが何を意味するか、わからないほどに袁術たちは慢心したのだろうか。
 それとも。
 このような好餌をまいておけば、江東の虎など容易く手懐けられるとでも、思ったか。


 孫堅が、静かに口を開いた。
「――公路殿。このような場で戯言を弄するのは、あまり感心できることではありませんよ」
 発言した張勲にではなく、袁術を真っ向から見据えて口を開く孫堅。
 刃の煌きを宿した鋭利な視線に見据えられ、袁術は咄嗟に言葉に詰まる。
「む、む、いや、しかし、じゃな」
 意味をなさない言葉の羅列を口にしながら、袁術が何か言わねば、と言葉を続けようとする。
 その言葉を遮るように、第三者の言が、謁見の間に響き渡った。


「――偽言などではありませんよ、孫文台様」
  
 
 期せずして、群臣の視線がその声の主へ――謁見の間の入り口から、ゆっくりと歩み寄る男性に向けられる。
 額に刺青をした男性のことを、この場の多くの者たちが知っていた。
 袁術が、安堵したように声を高める。
「おお、于吉。孫堅に説明してたも。妾は、嘘偽りを口にしているわけではないのじゃと」
「承知仕りました」
 そういって、孫家の面々の前に歩み寄った于吉は、恭しく一礼する。
「お初にお目にかかる方もおられることですので、名乗らせていただきます。我が名は于吉。方士として袁術様のお傍に侍るものでございます。勇猛名高き孫家の方々と見えることができ、とても嬉しく思いますよ」
 于吉の礼に、しかし、孫家の面々は誰一人答礼しようとはしなかった。
 于吉を知る者も、また初めて見える者も、一様にその慇懃な物腰が、形だけのものであることに疑いを持たなかった。
 何より、この時代、方士とは怪しげな術で女子供を迷わすろくでなし程度の評価しかされておらず、れっきとした武人である孫家の将たちは、対等の礼をする必要を感じなかったのである。


 そんな孫堅たちの、自分を見下す態度に気づかない筈はなかったが、于吉は微笑を浮かべて彼らを眺めるだけである。
 むしろ、孫堅たちの方が、そんな于吉の平静さに苛立ちを隠せない有様だった。
「孫将軍、公路様の言、決して偽りではございません。御身の大なる功績に報いるためには、むしろ南陽郡程度では申し訳ないとすら、公路様は仰っておられたのですよ」
「それは光栄なこと。先ごろからの、我らに対する種々の褒美は、それゆえということか?」
「御意にございます」
 熱のない孫堅の言葉に、于吉は静かに首肯する。
「しかし、大なる功績と、今、おぬしは申していたが、一郡の太守に等しい権限を授けるほどの功績とは、一体、何を指す? 袁家重代の臣たちから、異論が出そうなものだが」
「それにつきましては、今少しお待ちくださいませ。物事には順序というものがございますゆえ」
 于吉はそういうや、袁術の方にむかって歩き出してしまい、孫堅はその言葉の意味を問う機を逸してしまった。
 孫堅は、于吉の背に、なぜか漠然とした不安を感じ取る。しかし、まさか袁術子飼の臣を、群臣の面前で詰問するような真似は出来ず、言葉を胸奥に飲み下すしかなかった。




 袁術の前にたどりついた于吉は、見る者が優雅さを感じるほどに自然な動作で跪き、言上する。
「公路様、例の者たちをお連れしました。お目通りをお許しくださいますか?」
「うむ、うむ、許すぞ。ようやく妾の、妾による、妾のための親衛隊が出来上がったのじゃなッ!」
「御意。しかも、それを率いるは中華最強の将軍です。戦慄する諸侯の姿が、目に浮かぶようでございますな」
 于吉の言葉に、袁術は喜色を満面に浮かべ、催促した。
「于吉、はよう見せてくれい。新しき、我が袁家の精鋭の姿をな」
「御意。それでは――」
 入られよ。
 その于吉の言葉に、再び謁見の間の入り口に視線が集中する。
 今日、幾度目のことか。群臣の間からざわめきが立ち上った。
 それは、少なからぬ戸惑いを含んだものだった。なぜなら、謁見の間に入ってきた十数人の者たちは、皆一様に白装束を身に纏い、奇妙な仮面をかぶっていたからである。


 一糸乱れぬ整然とした動きは、確かに精鋭と称するに足る錬度を感じさせた。
 だが、仮面をつけた白装束の者たちが居並ぶ姿は、袁術が望む華やかさの対極に位置するものであった。
 袁術は戸惑いの表情を消すことが出来ないまま、于吉に問いを向ける。
「の、のう、于吉。あれが、妾の親衛隊なのか?」
「御意。公路様の御身を守り、その敵には等しく死をもたらす無類の精鋭――『告死兵』と名づけましてございます」
 平然とした様子の于吉に、袁術は額に汗を浮かべつつ、とりあえず側近に話を振った。
「む、そ、それはまた良き名じゃ。の、のう、七乃?」
「え、えーと、そうですね。こう、敵が怖気をふるう、という意味では、ふさわしい名前だと思いますよ、美羽様」
「じゃ、じゃが、ちと物々しいのう。もうすこしこう、華やかなものを期待しておったのじゃが……」
「ご案じなさいますな。告死兵は戦闘に特化した部隊です。いずれ、公路様の国が落ち着けば、新しき国に相応しい部隊を編成いたしましょう。公路様のお望みに沿った、美々しく絢爛な部隊を」
「そ、そうか。ならば問題なしじゃ」
 于吉の言葉に気を取り直した袁術は、階下に佇む告死兵たちに向けて口を開く。
「よし、皆のもの、これからは、永く妾に忠誠を誓うが良い。そして、あの忌々しい麗羽と曹操めをこてんぱんにしてやるのじゃッ。さすれば、褒美は思いのままじゃぞ!」
 主君である袁術の激語に、しかし、告死兵たちはしわぶき一つたてず、黙然と頭を垂れるのみであった。





 孫策は、そのやりとりを間近で見ていた。
 告死兵とやらいう大層な名前の兵士たちは、だが、孫策が見る限り、決して名前負けしていない。
(こいつら、並の技量じゃないわね)
 中でも、孫策の目を惹くのは、告死兵の先頭を歩く者の姿である。
 仮面によって覆われているため、顔は判然としないが、歩を進める仕草だけを見ても、その兵の秘めた力は明らかであった。
 仮に剣を合わせた場合、孫策の武勇をもってしても、良くて引き分けが精々であろう。孫策は、虚勢を張ろうとさえせず、彼我の実力差をあっさりと断定した。
 その後ろに続く者たちもまた、侮れない実力を秘めている。孫策であれば、苦戦するほどではない。しかし、妹たち――孫権、孫尚香らであれば、てこずるだろう。そして、孫家の一般の兵士たちでは、おそらくまともに戦うことは出来まい。
 孫家の軍は、猛訓練を経た強兵ではあるが、この告死兵とやらの錬度は、明らかにそれを上回っている。告死兵の全員が、今、孫策の前にいる連中と同等の技量を備えているとは思われないが、それでも侮ってよい敵でないことは確かだった。
 だが、今は告死兵などよりも気になることがある。
 さきほど、あの方士は何を口にしたのか?
 孫策の視線を受け、隣にいる周瑜が、小さく頷いて見せた。
 周瑜もまた、その言葉の意味するところに気づいていたのだ。
 あの男はこう言ったのだ――新しき国、と。



 その疑問を言葉にしたのは、孫策たちではなく、彼女らの正面、袁術に仕える文官が居並ぶ列から進み出た人物であった。
「――州牧閣下に、お尋ねしたき儀がございます。お許しいただけましょうか?」
 この文官、名を閻象(えんしょう)と言う。
 謹厳実直で知られる彼の顔は、今、めずらしく当惑をあらわにしていた。
 閻象は、際立った才の持ち主ではないが、実直な為人と、堅実な処理能力の持ち主として知られており、袁術の無茶な行いの後始末を任されることが多いため、袁術や張勲にも重宝されている苦労人であった。
 その苦労人に、袁術は頷いてみせた。
「なんじゃ、閻象。申してみよ」
「さきほど、方士殿が仰った『新しき国』とは、どのような意味なのでございましょう。不才にお教えいただければ幸いでござる」
 閻象の言葉で、それと気づいていなかった者たちも、はっと顔色を改めた。



 漢王朝は、その勢威を大きく減じているとはいえ、未だ健在である。
 許昌にいる皇帝は、実質はどうあれ、中華全土を支配する漢王朝の主宰者であり、曹操、袁紹、袁術らは、いずれも皇帝の臣下に過ぎぬ。
 その臣下たる身が、『新しき国』なる言葉を用いるのは、大いなる不敬であり、今上帝に対する叛逆であると捉えられてもおかしくはない。否、袁術に敵対する者たちは、必ずそう捉え、天下に袁術の不信を鳴らして、四方から攻め寄せてくるであろう。
 発言した閻象とすれば、そのことに注意を喚起したに過ぎなかった。
 常の袁術たちの様子を良く知る閻象は、于吉が、まさか文字通りの意味で、その言葉を用いているとは考えていなかったのである。
 だが。


◆◆


「天命は当塗高に宿る。天命を受けし者、それすなわち漢に代わる者なり」


 閻象の穏やかな注意に対して、かえってきた言葉は、穏やかとは対極にあるものだった。
 しばしの間、何を言われたのかが理解できなかった閻象であるが、やがて、その意味を理解した時、その口から出た言葉は、悲鳴にも似たものであった。
 閻象は発言した者――微笑を浮かべる于吉に向けて、口を開いた。 
「な、な、何を言われるのだ、方士殿ッ?!」
「先日、方術にて天意を占った際にあらわれた予言でございますよ。皆様もご存知ではあったでしょう? 寿春の街中では、童子でさえ知っておることですからね。もっとも、天命がいかなるものかまでは語っておりませんでしたが」
 あなたのように取り乱してしまう方がおられるから。
 于吉はそう言って、相も変らぬ笑みを浮かべる。


 だが、一方の閻象は、笑うどころではなかった。たしかにその予言、そして当塗高なる造語の解釈は、閻象も耳にしていた。だが、はじめて聞いた時、閻象は、方士が主君におもねっているのだろう、と苦笑しただけで済ませた。天命などといっても、具体性がない曖昧なものであったからだ。だからこそ、追従の類であろう、と判断したのである。
 だが。
 その天命が「漢に代わる」ことであるならば、それはもう追従では済まされない。諸侯にごまかすことも出来ない。袁家は――かつては三公を輩出した名門である袁家は、漢王朝にとって代わることを宣言したに等しいのである。たとえ、袁術が実際に行動に移っていないとしても、その手の流言を放置しているということ事態、漢王朝に叛意ありとされる理由になりえてしまうのだ。
「戯言も大概にされよ、方士殿。そのお言葉、戯れであったでは済まされぬこと、おわかりであられるのかッ?! 貴殿は、我らが主に謀反人の汚名を着せるおつもりかッ!」
 言葉を荒げた閻象に同調するように、幾人かの配下が強い視線を于吉に向ける。


 だが、そんな彼らの怒気に塗れた視線を、于吉は柳に風と受け流した。閻象の格式ばった意見など、反論するに足らぬ、とでも言うかのように。
 そして、于吉は語りだす。それは、荘重と表現するに足る口調であった。





 漢王朝が、すでに建国時の力と理念を失い、ただ惰性によって、中華の大地を支配していたのは、万人が知るところ。
 治安は悪化し、賊徒は群がり起こり。
 官界には賄賂が横行し、官吏はその腐敗を恥じず。
 民の怨嗟の高まりは、沖天の勢いであった。


 治、極まれば乱に至り、乱、極まれば治に至る。
 光武帝によってもたらされた治世はその輝きを失い、時代は乱世という名の煉獄へ変じた。
 それは、力なきことが、罪悪とされる時代。無能が、悪徳とされる世の中である。
 しかるに、漢の王朝は、続発する反乱に目を閉じ、耳を塞ぎ、いかなる対処もしようとはしなかった。
 民を守らぬ国に、いかなる価値があるというのか。
 

 いつの世も、最初に犠牲になるのは、力なき民草である。
 されど、絶望に沈むことはない。
 最初に犠牲になるは民衆なれど、乱世を終わらせる力を持つ者は、その悲劇の中より生まれ出るものだから。
 戦乱の世を嘆く声が。大地に晒された屍の山と血の河が。何よりも、平和を願う民衆の願いが。
 乱世を終わらせる者――すなわち英雄を生み出すのである。





「民の願いが英雄を呼ぶのなら、天はそれを映す鏡であります。私は、その鏡に映った像を、言葉にしたのみでございますよ」
 于吉はそういって、出すぎた真似を謝するように、袁術に向かって、恭しく頭を垂れたのである。





 謁見の広間は、静寂に包まれた。
 詰問していた閻象も、言葉を失っている。
 この場に集った者たちの多くは、漢王朝の廷臣としての意識が根本にある。忠と義を重んじる士大夫として、それは当然のことでもあった。
 中には、時代の変革を感じる敏慧な人物もいたのだが、その彼らとて、ここまで堂々と漢王朝を否定する言葉を吐くことは出来ない。否、しようと思う心さえ、持てなかった。それを考えることは、自ら拠って立つ土台を、自らで揺るがすことに他ならないからである。


 そんな配下の沈黙に対し、袁術は袁術らしい解釈をしてみせた。つまり、自分の一言を待っているのだろう、と。
 袁術の高らかな笑い声が、謁見の間に響き、廷臣たちは驚いたように、その眼差しを主君へと向けた。
「さすがは于吉じゃ。天の意思をそこまで読むとは見事なり。妾の字は公路。当塗高とは、まさに妾のことにほかならぬ。そうじゃな、七乃?」
「は~い、まあちょっとこじつけめいてますけど、美羽様なら、皇帝なんてかるーくこなせちゃいますから、結果よければ全て良し、というやつですね」
「そうじゃろう、そうじゃろう。妾が、州牧なぞという、けちな地位を有難がると思っておるぼんくらな皇帝などすぺぺのぺぃッ、じゃ!」
「おー。皇帝を皇帝と思わぬその言葉――もう後戻りはできませんねえ、美羽様」
 一瞬。張勲の言葉が、わずかに途切れたことに、果たして袁術は気がついたであろうか。
「もとより、戻るつもりなどないのじゃッ! この袁公路、今日この時より、新たなる皇帝となりて、天下の蜂蜜すべてを我が下に集めるのじゃ! それこそ、妾の天命! そうじゃな、于吉ッ?!」
「御意にございます。御身が味わいし甘味を、御身のみならず、天下すべてに等しくお与えなさいませ。その時、公路様は、歴史に不滅の名を刻まれることでございましょう」
「うむ! やるぞよ、七乃!」
「――はい、美羽様。こうなったら、とことんお供いたしますッ!」


 呆然と、主君らの会話を聞いていた閻象は、ようやく我に返った。
 方士の戯言どころではない。主君たる袁術が、なんと皇帝に唾するような言動を行っているではないか。
 こんな、馬鹿げた妄想の果てに何が待つのか、閻象にはわかりすぎるほどにわかっていた。
 それゆえに、閻象は血相を変えて、主君の前に進み出る。
 主君である袁術のために。許昌におわす皇帝陛下のために。なにより、このままであれば、無用の戦乱で生命を脅かされるであろう、無数の民たちのために。


「お聞きくだされ、公路様。その昔、商王朝に仕えていた周の文王は、天下の3分の2を領有しておりましたが、なお商王の配下であり続けました。それは、主君と臣下の真のあり方を知っていたゆえにございます。ただ力のみが、主と臣を分けるのではありませぬ。それを知る文王は、積徳に励み、その徳があったゆえに、のちの易姓革命において、諸侯は文王を新たな王朝の主として認めたのでございます」


 閻象は、なおも言葉を続ける。
「主が衰えた時、力ある臣下がそれを奪ってよい理などありませぬ。それは簒奪であり、千載に及ぶ悪名を、中華の歴史に刻みつけてしまいましょう。漢の王朝、衰えたりとはいえ、いまだ許昌にて健在であります。方士殿の言、そのすべてを否定するわけではありませぬが、新しき王朝を打ち建てるは、いまだ時期尚早。なにとぞ、お考え直しのほどを、希う(こいねがう)次第でありますッ!」


 その必死の嘆願に同意するように、進み出る文官が幾人もいた。
 一方で、袁術の宣言に興奮し、声を高める武官も少なくない。特に下級の武官たちは、少なからず袁術の言葉に発奮しているように見える。門地を持たない寒門の出である彼らにとって、袁術の建国の宣言は、栄華富貴への扉が開かれたと同義に思えたのであろう。
 無論、武官の中にも、袁術の暴言に憤る者はいたし、文官の中にも、野心で胸を滾らせている者はいた。
 彼らはそれぞれに、思うところを主張しはじめる。他者を罵倒する者、自説を開陳する者、あるいは驚き慌てて、右往左往する者。
 寿春の城は、混迷する人間たちによって、時ならぬ騒ぎに包まれることになる。 

 
◆◆


 そんな狂乱の事態を、冷静な眼差しで見据える者たちがいた。
 孫堅をはじめとした、孫家の将たちである。
 あるいは、冷静という言葉は、相応しくないかもしれない。なぜなら、眼前で起きた、あまりに予想外の事態に、孫堅は内心で笑いをかみ殺していたからである。


 孫堅は、心ひそかに喜悦の表情を浮かべていた。
 まさか、袁術がみずから悪行の衣をまとってくれるとは、思ってもみなかった。
 ここで袁術が偽帝として起てば、中華全土が袁術の敵にまわる。さすれば、孫家は、これ以上ない独立の理由を得た上に、積年の宿敵を討つまたとない好機をも得ることになるではないか。


 そして、ここに到るまでの袁術の数々の厚遇、その目論見も読めた。
 破格の待遇を与えることで、孫堅を新王朝に留めようとしていたのであろう。たしかに、南陽のように豊かな領土の太守の座となれば、多くの者は心を揺らすだろう。漢王朝の腐敗は、否定すべくもない事実であり、新しい皇帝が立ったところで、不思議なことではない。袁術ほどの勢力があれば、あるいは漢にとって代わることも可能かもしれず、その際、はじめから仕えていた者は、袁術と共に、権力と財貨の美酒に酔いしれることも出来るかもしれぬ。




(ふん、この孫文台も、甘く見られたものね)
 そこらの有象無象なら知らず、江東の虎とまで謳われた身が、偽帝の膝下に参ずると、まさか本当に考えているのだろうか。それこそ、孫堅にとって、これまでの屈従の日々にまさる屈辱であるといえる。
 いっそ、この場で逆臣を誅殺すると唱えて、袁術たちをたたっ切ってくれようか。
 孫堅の脳裏に、そんな考えが宿る。もともと、そのつもりで寿春にまでやってきたのである。
 ふと横を見れば、程普と韓当、そして祖茂が孫堅を見つめていた。その目に、決断を求める光がちらついている。
 三人が、共に自らの得物に手を走らせようとしている姿を見て、孫堅は彼らが自分と同じ考えであることを悟った。


 だが。
 孫堅の眼差しが、この状況にあって、動揺の気配さえない者たち――告死兵たちに向けられる。
 この場にいる将軍たちの武勇があれば、彼奴らの囲みを突破して、袁術に迫ることは決して不可能ではないであろう――
「――主よ、逸られるな」
 小声で話しかけてきたのは、黄蓋であった。見れば、孫策と周瑜も、そっと首を横に振っていた。
 これまでの例と照らし合わせれば、袁術と張勲がその気になった以上、皇帝即位はまず間違いなく行われる。閻象たちが反対したところで、中途で止まることはあるまい。
 であれば、袁術が暴走するに任せておけば良い。ここで今一度頭を下げ、南陽に赴いた後、天下に偽帝の討伐を宣すれば、一時、袁術に跪いた恥は雪がれるであろう。
 孫堅は、これ以上の屈従の日々に耐えかねて、独立を決意したのであるが、それをほんの少し先に延ばすだけで、孫家にはこれ以上ないほどの天機が訪れるのである。
 黄蓋と孫策、そして周瑜はそれを悟り、孫堅に自重を願ったのであった。


 そして、孫堅とてわずかでも冷静になれば、そこに思い至らない筈はなく、しぶしぶと、ではあったが、剣の柄から手を離した。
 孫堅の武器であり、孫家重代の家宝でもある『南海覇王』が、鞘の中で小さく音をたてた。
 宝剣が、暴れる機会を逸した不服をあらわしたのだろうか。がらにもなく、そんな子供じみた夢想をしてしまうくらいに、この時の孫堅は、目の前に開かれつつあるように見える天道を前に、心身を昂揚させていたのである。




 ああ、どうか気づいてほしい。
 その音が、覇王の剣を手にした歴代の所有者たちからの、精一杯の警告であることに。




 されど。
 偽帝を討ち、中華の大地に、高々と孫家の旗を掲げる日が、目前まで迫っている。
 その確信を、胸に秘めた孫堅に、その警告はついに届かず。



 ――于吉の声が、した。混迷の色を深めつつある筈の謁見の間に、その声は、透き通るように染み渡っていく。奇妙なまでに、速やかに。
「我が予言に疑いを抱く方々がいるのは、もっともな話です。それゆえ、ここで、我が言葉が戯言でない証拠をお目にかけましょう。ただそれを見ただけで、皆様は天命がいずれに帰するかを悟るでありましょう」


 于吉はそう言うと、にこやかに孫堅を見つめ――そして言った。
 中華の地に、新たなる災厄を振り撒くこととなる、その言葉を。
「さあ、孫将軍。御身が洛陽より持ち帰ったもの、それをお出しくださいますよう。かの秦の始皇帝が、宰相李斯に命じて彫らせた帝権の在り処を示す宝玉にして、天命を宿す、中華でただ一つの秘宝――伝国の玉璽を」


 

 

◆◆




 

 凍りついたような沈黙は、孫堅の声で破られた。  
「――ふ、方士。戯言を肯定するに、戯言を以ってするか。洛陽の大乱にて失われた玉璽を、何ゆえにこの孫文台が秘しているなどとほざくのか。いかに公路殿の賓師といえど、返答次第ではただではおかんぞ」
 孫堅は、突然の于吉の言に、動じる気配さえ見せずに言い返した。
 しかし、平らかな口調とは裏腹に、その目に宿るは、まごうことなき殺気である。
 虎は、獲物に襲い掛かる時、高々とほえ声をあげたりはしない。ただ静かに近づき、刹那のうちに、獲物の喉笛を食い破る。今の孫堅は、まさしく獲物に襲い掛かる寸前の虎を想起させた。


 孫堅は、さらに言い募るつもりであった。
 自らは漢朝の忠実なる臣であり、玉璽を隠し持つ理由はない、と。
 だが、今、この場でそれを口にすれば、袁術の建国宣言に真っ向から衝突することになる。
 天下に孫家の名を高からしめるために、袁術を討つのは、帝号僭称の後が望ましい。それあってこそ、孫家の忠勇は際立ち、孫堅が天下の英雄たちと比肩する立場に立つことを可能とするのである。
 それゆえ、孫堅は、ただ玉璽の所持を否定するにとどめたのであった。


 その孫堅に向かって、于吉は、ゆっくりと語りかける。
「さすがは孫将軍。こと、ここに至って、なお我らの覚悟を試すはお見事であります。されど、ご案じなさいますな。公路様の決意は本物であり、今、この時より、漢に代わる新しき秩序が誕生いたします。中華の平穏を願い、あえて御身が隠し続けてきた玉璽を明らかにする時は、他日になく、今日にあります」
 その于吉の言葉にこめられた、奇妙なまでの確信が、徐々に群臣の間にざわめきをうむ。
 はじめは、于吉が理不尽な言いがかりを口にしているのだと思っていた人々も、その穏やかな口調に耳をくすぐらせているうちに、あたかもそれが真実であるかのように感じはじめていた。それくらい、于吉の言葉には、揺らぎがなかったのである。


「――この身、天地神明に誓って玉璽など持ってはいない。持っていない物を献ずることも、また出来ぬ。そもいかなる証拠があって、私にそのような疑義をさしはさむ?」
 于吉の言に影響される者は少なくなかったが、それでも、孫堅の堂々たる主張に、多くの者たちは理を感じた。
 孫堅と袁術との不仲は、公然の秘密とでも言うべきものであったが、孫堅の為人は誰もが知る。ただ勇猛なだけの武人ではない。その廉直さは、武人の鑑と称えられ、袁家の武将の師表ともなっているのである。
 だが、その孫堅に対し、于吉はあくまで自らの主張を曲げようとはしなかった。
 于吉は思慮深げに、右手を顎に当て、なにやら考え込む仕草をしつつ、なおも孫堅が玉璽を持っていることを既定のものとして話を続けたのである。
「ふむ。玉璽を得て、漢朝に返納するでなく、天命を受けし者に献上するでもなし。であれば、その意図するところは明らかですね」
「――くどい、方士。これ以上、いわれなき侮辱を続けるというのであれば、御前といえど、容赦せぬぞ」
 さすがにたまりかねたのか、孫堅の顔に朱が散った。他者からは、于吉のいわれなき誹謗に、我慢の限界に達しつつあるように見えたであろう。
 無論、これは演技である。あまりに平静を装い続けるのも、怪しまれる原因となると考えた孫堅は、あえて袁術の前での騒ぎも辞さない行動を示してのけたのだ。
 そして、そんな主君の行動に阿吽の呼吸で追随する将軍たち。謁見の間に、緊迫した空気が満ち満ちた。


 この孫堅の態度に、謁見の間に集っていた者たちは周囲の者と顔を見合わせた。
 あの孫堅がここまで言う以上、玉璽を持っているとは思えない。于吉の言葉を信じかけていた者さえ、そう感じた。それくらいに、孫堅の怒り方は真に迫っていたのである。
 その感情は、自然、主君の傍らに立つ方士への厳しい視線となって現れる。昨日今日現れた、しかも方士などという怪しげな素性の者を快く思っている者などいる筈もない。ただ、袁術の信頼が絶大であったから、その言動におもねっていただけなのである。


 場の空気が変じたことに、于吉は気づいたのだろうか。
 顔に張り付いたような笑みが、はじめて苦笑にかわった。
「かなうならば、穏やかに済ませたかったのですが、さすがにそう都合良くはいきませんね。もっとも、それでこそ江東の虎というべきなのでしょう」
 その言葉に、人々が怪訝な表情を浮かべる前に、于吉は一人の人物に向かって声をかけた。
「李軍師」
「何かな、方士殿」
 他者の目があるため、李儒はあえて尊大に于吉に対した。
 軍師である李儒と、方士として袁術に侍る于吉とでは、李儒の方が位階は上なのである。
「例のものを、持ってきていただけますか。それをごらんになれば、孫将軍も、そして他の皆様も、真実がいずれにあるか、わかってくれるでしょう」
「承知した、ただちに」 
 頷いた李儒が、高らかに手を叩くと、心得た様子の人物が二人、新たに広間へと入ってきた。
 その顔につけられた仮面が、彼らの所属を雄弁に物語っていた。





 二人の告死兵は、何やら巨大な物を捧げ持って入ってきた。それは、蓋をした盆のようだ。
 大きさは――そう、大人の頭が一つ、丸々と入ってしまうくらいであった。
 それを見たとき、孫家の者たちは、背に氷片を感じたであろうか。
 于吉はゆったりとした足取りで孫堅たちの近くまで歩み寄った。その于吉をまもるように、告死兵も動く。
 そして、盆を捧げ持った告死兵たちは、孫堅の前で立ち止まった。
「では、ご覧いただきましょう。我が言葉が、偽りではないという証が、これでございます」
 そう言うや、于吉は微塵もためらうことなく、蓋を取り外し、盆に乗せられたものを、明らかにしたのである。
 そこには――




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