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No.5244の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第一部 完結】[月桂](2010/04/12 01:14)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(一)[月桂](2008/12/14 13:32)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(二)[月桂](2008/12/14 13:33)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(三)[月桂](2008/12/14 13:33)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(四)[月桂](2008/12/14 13:45)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(一)[月桂](2008/12/17 00:46)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(二)[月桂](2008/12/17 23:57)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(三)[月桂](2008/12/19 22:38)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(四)[月桂](2008/12/21 08:57)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(一)[月桂](2008/12/22 22:49)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(二)[月桂](2009/01/01 12:04)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(三)[月桂](2008/12/25 01:01)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(四)[月桂](2009/01/10 00:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(一)[月桂](2009/01/01 12:01)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(二)[月桂](2009/01/02 21:35)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(三)[月桂](2009/01/04 02:47)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(四)[月桂](2009/01/10 00:22)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(五) [月桂](2009/01/10 00:21)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(一)[月桂](2009/01/12 18:53)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(二)[月桂](2009/01/14 21:34)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(三)[月桂](2009/01/16 23:38)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(四)[月桂](2009/01/24 23:26)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(五)[月桂](2010/05/05 19:23)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(一)[月桂](2009/02/08 12:08)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二)[月桂](2009/02/11 22:33)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二・五)[月桂](2009/03/01 11:30)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(三)[月桂](2009/02/17 01:23)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(四)[月桂](2009/02/22 13:05)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(五)[月桂](2009/02/22 13:02)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(六)[月桂](2009/02/23 17:52)
[30] 三国志外史  六章までのオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/02/26 22:23)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(一)[月桂](2009/02/26 22:22)
[32] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(二)[月桂](2009/03/01 11:29)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(三)[月桂](2009/03/04 01:49)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(四)[月桂](2009/03/12 01:06)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(五)[月桂](2009/03/12 01:04)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(六)[月桂](2009/03/16 21:34)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(七)[月桂](2009/03/16 21:33)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(八)[月桂](2009/03/17 04:58)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(一)[月桂](2009/03/19 05:56)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(二)[月桂](2009/04/08 23:24)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(三)[月桂](2009/04/02 01:44)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(四)[月桂](2009/04/05 14:15)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(五)[月桂](2009/04/08 23:22)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(一)[月桂](2009/04/12 11:48)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二)[月桂](2009/04/14 23:56)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二・五)[月桂](2009/04/16 00:56)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(三)[月桂](2009/04/26 23:27)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(四)[月桂](2009/04/26 23:26)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(五)[月桂](2009/04/30 22:31)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(六)[月桂](2009/05/06 23:25)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(一)[月桂](2009/05/06 23:22)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(二)[月桂](2009/05/13 22:14)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(三)[月桂](2009/05/25 23:53)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(四)[月桂](2009/05/25 23:52)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(一)[月桂](2009/06/07 09:55)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(二)[月桂](2010/05/05 19:24)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(三)[月桂](2009/06/12 02:05)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(四)[月桂](2009/06/14 22:57)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(五)[月桂](2009/06/14 22:56)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(六)[月桂](2009/06/28 16:56)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(七)[月桂](2009/06/28 16:54)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(八)[月桂](2009/06/28 16:54)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(九)[月桂](2009/07/04 01:01)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(一)[月桂](2009/07/15 22:34)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(二)[月桂](2009/07/22 02:14)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(三)[月桂](2009/07/23 01:12)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(四)[月桂](2009/08/18 23:51)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(五)[月桂](2009/07/31 22:04)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(六)[月桂](2009/08/09 23:18)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(七)[月桂](2009/08/11 02:45)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(八)[月桂](2009/08/16 17:55)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(一)[月桂](2011/01/09 01:59)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(二)[月桂](2009/08/22 08:23)
[74] 三国志外史  七章以降のオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/12/31 21:59)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(三)[月桂](2009/12/31 22:21)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(四)[月桂](2010/01/24 13:50)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(五)[月桂](2010/01/30 00:13)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(六)[月桂](2010/02/01 11:04)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(七)[月桂](2010/02/06 21:17)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(八)[月桂](2010/02/09 00:49)
[81] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(九)[月桂](2010/02/11 23:24)
[82] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十)[月桂](2010/02/18 23:13)
[83] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十一)[月桂](2010/03/07 23:23)
[84] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十二)[月桂](2010/03/14 12:30)
[85] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (一)[月桂](2010/03/22 15:41)
[86] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (二)[月桂](2010/03/26 02:19)
[87] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (三)[月桂](2010/03/31 03:49)
[88] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (四)[月桂](2010/04/09 00:37)
[89] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (五)[月桂](2010/04/12 01:13)
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[5244] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(二)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:49f9a049 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/05 19:24
 中華大陸を東西に走る大河として、あまりにも有名な長江と黄河。
 この二大河川の狭間で埋もれがちであるが、准河もまた中華の大地を西から東へとはしる巨大河川の一つである。
 荊州より発して、豫州、揚州、そして徐州を経て海へと至る准河は、長江のように海と見まがうほどの大きさはなく、また黄河のように度重なる氾濫を起こすほどの水勢もない。
 それはすなわち、人に益するという意味において、二つの大河に優る面を持つということであった。


 寿春は、その准河の南――いわゆる准南に位置する領域である。
 北を准河に、南を長江にはさまれたこの地方は、水利に恵まれ、その恩恵の下、農業をはじめとした諸産業が盛んである。
 また、戦乱の中心となっている中原、河北から離れていることもあって、いまだ大きな戦禍をこうむっておらず、その噂を聞きつけて、戦乱を避けて流入してくる者たちが後を絶たず、人口も増大の一途をたどっている。その中には、長安や洛陽、あるいは荊州から逃れてきた知識人たちも含まれていた。彼らを治世に活用することがかなえば、その勢力は後々、大きな飛躍の時を迎えることになるであろう。


 そんな准河以南の豊穣と将来性をいち早く見抜き、動いていたのが孫堅軍の軍師、周瑜であった。
 先ごろまで、このあたり一帯を領有していた揚州太守の劉遙は、袁術軍の猛攻によって寿春を失って以降、揚州における勢威を大きく減じており、准南地方の勢力の多くが、袁術の麾下にはせ参じている。
 その中には、袁術ではなく、実質的に准南攻略の主力となった孫堅に心を寄せる勢力も少なくない。孫堅がいずれ袁術と袂を分かつのは、誰が見ても明らかであり、彼らはひそかに孫堅の下に使者を遣わしてきていた。
 水面下で、その流れを早めている周瑜は、准南のみならず、廬江、丹陽、あるいは長江の南――江南地方にまで、その手を伸ばしており、ゆっくりと、しかし確実に孫家の勢力を広めていたのである。


 その工作に手ごたえを感じている周瑜ではあるが、しかし、まだそれらの勢力を糾合して、袁術と戦えるまでには至っていない。孫家に意を通じている者たちも、その大半は、孫堅軍と袁術軍を天秤にかけている状態であり、現在の孫堅軍が、袁術軍に正面から挑むと伝えれば、ほとんどの者が中立の立場をとるだろう。悪くすれば、袁術側にはしる恐れすらあった。
 その意味でも、孫家が独立を志す時期は尚早である、と周瑜は判断していたのである。
 だが、一度、主君の断が下れば、現状でとりえる最良の手段を模索するのが軍師の務めである。
 寿春に集結しつつある各地の家臣団をあわせれば、孫堅軍は現在の5千から、おおよそ8千にまで数を膨らませることができる。
 だが、それでも寿春の袁術軍の総数を大きく下回ることは間違いない。こちらから敵城に乗り込む以上、野戦でひっかきまわす、あるいは城壁を盾に防戦する、という選択肢もとることが出来ない。
 この状況では、周瑜の頭脳をもってしても、採りえる策は限られてしまうのである。


「――やはり、奇襲しかない、か」
 敵の虚を衝き、袁術の身柄を一挙に押さえ込む。それが目的を達するための最短の道であろう。もちろん、それは同時に、もっとも困難な道でもあるが。
 馬上、周瑜がひとりごちると、その隣で馬を歩ませていた者が同意するようにうなずいた。
「そうですね~。袁術さんの狙いがわからないところが、少し不安ですけれど」
「うむ。あるいは、こちらが手を出すことこそ、奴等の思う壺なのかもしれん」
「十分にありえますね~。ならば、相手の出方をうかがいつつ、こちらも機に臨み、変に応じて動くしかないでしょ~」
「そうね、穏(のん)のいうとおり、それしかないわね」
「は~い」
 ふわふわとした語調、のんびりとした仕草。
 周瑜と話している人物の名は陸遜、字は伯言。真名を穏。外見からは、とてもそうは見えないが、孫堅軍内においても名高い智謀の士であり、その才略は周瑜に迫るとさえいわれている女性である。
 もっとも、その外見や、普段の暢気な様子から、軍内部における立場は決して重いとはいえなかった。本人も、そのあたりのことをわきまえており、決してしゃばった真似はせず、今のところは、周瑜の弟子とでも言うべき立場に収まっていたのである。


 二人の現状からもわかるとおり、現在の孫家の主力は、程普、黄蓋らを中心とした歴戦の武官たちであり、周瑜や陸遜ら智に秀でた者たちは、彼らに一歩譲る形となっていた。甘寧、周泰らの若き武人たちは言うに及ばず、である。
 歴戦とはいえ、程普や韓当らにしても、まだ壮年の域を出ない者たちばかり。彼らを中心とした孫家の軍の在り方は、よほどの変事でもないかぎり、これから当分の間、変わらないものと思われていた。



◆◆



 寿春城の城門は、大きく開かれていた。
 先触れによって孫堅軍の到着を知らされた袁術軍は、何のためらいもなく、孫堅軍5千の前に、道を開いたのである。
 これまでであれば、軍勢は城外で待機させ、武将たちのみを城内に招き入れるのが袁術のやり方であったのだが、今回は孫堅たちを警戒する素振りさえ見せようとはしない。
 そのことをいぶかしんでいる孫堅であるが、それを態度にあらわすことはしない。
 自軍を引き連れて、堂々と城内に馬を進ませる姿に、さすがは音に聞こえた江東の虎である、と寿春の民衆たちは感嘆しきりであった。


 街路の両脇から、酔ったような民衆の歓呼の声が飛び交う。
 孫堅は、寿春の民衆から、先の太守・劉遙による悪政からの解放者として多大な感謝を寄せられており、人気も高い。周瑜自身、それを助長するために、朱治に頼んで細工を試みているのだが、それにしても、この熱狂的な歓迎ぶりは、予想以上のものであると言わざるをえなかった。
 その原因は、と考えて周囲を見渡した周瑜は、たちまち、その一端を掴み取った。
 朱治からの報告にあったように、道は綺麗に掃き清められ、街路の両脇は花々で飾られ、犬猫さえ城内の華やかな空気に染められたように、浮かれ気分で歩いているように見える。
 収穫祭にしては、時期が遅い。やはり、袁術は何か大きな催しを開こうとしているらしい。
 一体、何を企んでいるのか、と考えた周瑜の耳に、小さな、しかしあふれ出る興奮を隠しきれない声が飛び込んできた。


「うわ、うわ、お猫様が、お猫様が楽しそうに歩いてますッ。あっちにも、ああ、こっちにも?! し、しかもなんて見事な白い毛並み――あっちは黒、しかもなんて見事な色艶ッ?! きっと良いものたくさんたべてるんだろうなあ……はあ、モフモフしたいです~」
 あっちを見てはため息をつき、こっちを見ては感嘆の声をあげ、道行く猫に陶然とした眼差しを注いでいる少女の名は、周泰、字を幼平といい、若いながらに、頭角を現しつつある孫堅軍の将の一人である。
 先の汝南での密議の際、袁術側の密偵を排除するために、外の警備を任されていたように、武将としてはもちろん、隠密行動において一際優れた才能を発揮する人物である。
 過去、周瑜の命に従い、敵軍の偵察、あるいは敵城への潜入、情報の流布、破壊工作などに従事し、その多くを成功させて、孫堅軍の勝利に貢献している。
 ただ、その外見から、周泰がそれだけの能力を持った武人だと見抜ける者は少ないかもしれない。
 といっても、別に周泰が格別、妙な姿をしているというわけではない。
 膝元まで伸びた黒髪、小柄な身体と同じくらいの長さの長刀を背に負って歩を進める姿は、さすがは若いながらに孫堅が認めた勇武の将軍であると称えられるに足る様であった――ただひとつ、猫の姿に頬をゆるめてさえいなければ。
 今の周泰の姿は、良く言って、少し猫好きが過ぎた、ちょっと変な女の子、がせいぜいであったろう。


 その周泰に、周瑜は短く声をかけた。
「幼平」
「はひゃッ?! は、はい、何でしょうか、軍師様?」
 突然の周瑜の声に、一瞬、周泰は狼狽する様子を見せたが、すぐにその表情を引き締め、周瑜の馬の近くに寄ってきた。
「すまないが、急ぎ、朱治殿に連絡をとってくれ。新しい情報が入っていれば、すぐに知らせるように」
 前の報告からすでにかなりの時間が経過している。その間、寿春にいた朱治は、すでに袁術の狙いが奈辺にあるか、察しをつけているかもしれない。
 そこまでいかなくても、直近の袁術たちの様子、ことに袁術軍がどの程度の数、寿春に集結しているのかは把握しておかねばならない。
「承知いたしましたッ」
 周瑜の命令に、周泰は即座にうなずくと、さり気ない様子で周瑜から離れ、後続の兵士たちの列の中に紛れ込んでいった。


 周泰が姿を消したのを見届けると、周瑜は我知らず、小さく息を吐き出していた。
 寿春の城門を潜ったあたりから、どうにも嫌な予感が胸中を騒がせるのだ。まるで、巨人の口内に、そうとは知らずに飛び込んでしまったかのような、奇妙な胸騒ぎだった。
 周瑜は孫策とは異なり、自らの直感に重きは置かない。軍師として、精確な情報を集め、的確な分析を加えて、正しい解答を導き出す。そこに直感などという当てにならないものを混ぜてはならないのである。
 だが、周瑜は、直感、あるいは人間の持つ理屈をこえた何かをすべて否定するほど頑迷な性格でもなかった。
 もし周瑜がそんな人間であれば、孫策と友情を育めよう筈もない。友の直感を信頼するのは、周瑜が理のみでしか物事を見られないような偏屈な人間ではないという、何よりの証であった。
 ただ、周瑜が直感を策戦に組み込むのは、あくまで情報と数字で埋められる場所を全て埋めた上でのこと。これまで、周瑜は、はじめから直感をもとに策戦を組み立てたことはなかったし、これからもそうすることはないだろう。

 
 視線を前に向けると、軍の先頭で馬を駆る孫堅の姿と、そこから少し離れたところで、同じく馬を進ませる孫策の姿が目に入る。
 尊敬し、敬愛する主君と、かけがえのない親友。二人の背中を見つめていると、自然とひとつの決意が、その胸に浮かび上がってくる。
 それは、この乱世にあって、周瑜が戦うべき、その理由。幼い頃から、寸毫も変わることなく抱き続ける誇りの形である。
「――孫家の天下を実現するために、我が才の全てを賭す。皇天后土、照覧あれ。この誓い、果たさざる時は、我が真名は永遠の汚辱に塗れよう」


 幾度めか、あるいは幾十度か。周瑜は誓いの言葉を口にすると、この後の動きに思いを馳せた。
 本来ならば、真っ先に姿を見せなければならない朱治の姿が、未だ見えない理由。
 胸を騒がせる奇妙なざわめき。
 そういった不安要素を、この時、周瑜はあえて切り捨てた。
 十分な情報があれば、あるいは周瑜はもっと別な手段を模索したかもしれぬ。おのが直感、あるいは予感を考慮に入れたかもしれぬ。
 だが、未だ周瑜の脳裏には、情報も数字も十分な数が満たされておらず、直感を元に策戦を組み立てようとは考えなかった。
 そうするのは、少なくとも、朱治と連絡をとり、寿春城の現在の戦力を掴んでからのこと。汝南で孫堅が言ったとおり、袁術が問答無用で刃を向けてくるようなことは、おそらくない。もし、袁術がそんな暴挙に出るつもりなら、あえて孫堅の軍を寿春城内に入れたりはしないであろうから。
 であれば。
 まだ、情報を集めるだけの時間は、十分に残されている。周瑜はそう判断したのである。



 ――その判断を、後々まで周瑜は悔いることになる。



◆◆


 
「お待ちしておりました、孫将軍閣下でいらっしゃいますね。我が君が城でお待ちでございます」
 大路を通り、寿春の本城にやってきた孫堅たちを出迎えたのは、見目麗しい一人の少女であった。
 空を映した長江の流れのごとき柔らかい蒼色の髪を短めに切りそろえ、緊張と憧憬をない交ぜにした碧眼を孫堅たちに向けた少女は、まだ若い。否、むしろ幼いと言っても良いくらいかもしれない。
 孫堅が見たところ、おそらく孫尚香と同じくらいの年齢であろうと思われた。
「蒋欽(しょうきん)、字を公奕と申します」
 孫堅じきじきに名を問われた少女は、慌てた様子でそう答えると、改めて孫堅をはじめとした将軍たちに憧憬の眼差しを送った。
 名高い江東の虎と、その麾下の将軍の偉容に目を瞠りつつ、蒋欽は礼儀をはずすことなく、恭しく一礼すると、孫堅たちを城内に誘う。
「将軍閣下と、重臣の方はこちらへお越し願います。兵士の方々は、別の者が案内いたしますので、しばしお待ちくださいませ」
 そういって、蒋欽は、案内のために、一行の先にたとうとした。


 ここで口を開いたのは程普であった。
 いぶかしげな表情で髭をしごきながら、少女に問いかける。
「得物は預けぬで良いのか? いつもは正門で預けるのだがな」
 だが、程普の問いに、蒋欽はゆっくりと首を左右に振った。
「勇猛名高き孫家の方々が、礼をわきまえぬ所業をなさろう筈はなく、したがって武器を取り上げる必要はない、との袁州牧様のお言葉でございます。皆々様、どうぞそのままお進み下さいませ」
 寛大な袁術の言葉は、しかし、孫家の諸将を感激させることはできなかった。
 これまでの屈従の日々が、その言葉の裏に潜むものを感じさせてしまうのであろう。
 だが、武器を持って入ることが出来るのは、程普たちにしても願ってもないことである。いざという時、実力行使に出るのも容易いというものだし、逆に袁術側がなんらかの策を企んでいるのだとしても、力づくでそれを打ち破ることが出来るのだ。


 もっとも、袁術がここまで下手に出てくる以上、この城内で何か仕掛けてくる可能性は薄い。
 この時、程普のみならず、孫堅までもがそう考えた。
 ことさら、孫家への信頼を見せ付ける種々の言動からして、おそらく、何かしら無茶な要求を突きつけてくることは間違いあるまいが、と皮肉げに笑いながらではあったが。
 それよりも、孫堅には気になることがあった。
「今、州牧と申したが、公路殿は朝廷より任命されたのか?」
「はい、つい先日のことです。公路様は、許昌の皇帝陛下より、正式に豫州牧に任命されましてございます」
 孫堅は、一瞬、目を細めたが、すぐに愉快そうに手をたたくと、祝賀の辞を献じた。
「それはめでたい。荊州、豫州、そして揚州にまで勢力を広げた公路殿の武勲は赫々たるもの。此度の州牧叙任の件、心より寿ごう」
「その言葉をお聞きになれば、我が君もおおいに喜ばれましょう」
 心底うれしげに言う蒋欽であったが、すぐに次の質問に晒されることになった。
 これまで黙って会話を聞いていた黄蓋が、ここでようやく口をはさんだのである。
「では、城下の騒ぎは、それゆえか。何の祭りかと気になっておったのじゃ」
 その問いにも、蒋欽はうれしそうにうなずいて見せた。
「その通りでございます――しかしながら、ただそれだけではございません」


 嬉しさをこらえきれぬ、と言わんばかりの蒋欽の様子に底意はない。そのことを、黄蓋は察した。
 この少女は、本心から袁術を尊敬し、そして孫堅たちを歓迎しようとしているのであろう。
 そんなことを考えつつ、黄蓋は、蒋欽に向かって口を開く。
「それだけではない、か。州牧叙任以外にも、何かめでたいことがあると申すか?」
「御意にございます。実は先日、于吉様――ご存知であられましょうか。当代随一と名高い方士様でいらっしゃいますが、その于吉様がひとつの予言をなされたのです」
 方士、との一言に、黄蓋のみならず、並み居る武将たちが一様に眉をひそめたが、蒋欽は気にする様子もなく、言葉を続けた。
「于吉様は仰いました。『天命は当塗高に宿る』と」
 予言に興味はない黄蓋だったが、蒋欽の口から出た聞きなれない言葉が、奇妙に気にかかった。
「『当塗高』とな? それはどういう意味なのじゃ?」
 黄蓋の問いに、蒋欽は頬を紅潮させて、さらに言葉を続けようとするが、不意にあわてたように首を左右に振った。
 自らの役割を思い出したのである。
「わ、私としたことが、大功ある孫家のお歴々を、このようなところで足止めさせてしまうとは、なんて失礼なことをッ。申し訳ございませんでした。于吉様のお言葉につきましては、李軍師様より、ご説明があることと存じます。どうぞ、こちらへおいでくださいませ」
 傍目にも慌てきった様子で、足早に城内に駆け入ってしまう少女の後ろ姿を見て、孫家の将たちは顔を見合わせる。その表情には苦笑じみた、けれど決して不快ではない表情が浮かんでいる。


 これまでの袁術の配下は、一様に優越感をもって孫堅たちと対峙してきたものだが、蒋欽にはそれがない。その実直な立ち居振る舞いは、孫堅たちの心に、好風を吹かせてくれたようであった。  
「ふむ、惜しいな」
 孫堅が言うと、黄蓋がすぐに頷いた。
「そうですな、あの者、なかなかに有為な人材と思われまする」
「そうね、今はまだ未熟だけれど、将来が楽しみという点では、娘たち、あるいは興覇や幼平と同じか。冥琳が、于吉とやらが人材を集めていると言っていたけれど、そやつ、なかなかに良い目を持っておるようね」
「御意」
 黄蓋は同意しつつ、孫堅にだけ聞こえるように、小声で呟いた。
「――侮れませんのう」
「――もとより、侮ってなどいないわ」
 ただそれだけを互いに口にすると、二人は蒋欽の後ろに続き、寿春の本城に足を踏み入れていった。



 孫策は、そんな母たちからわずかに遅れて、城内へ足を踏み入れようとした。
 その顔には、母たちと同じく、蒋欽への淡い好意が浮かんでいたのだが、不意にその表情が厳しく引き締められた。
 自分たちを見下ろす視線を感じ取り、孫策は鋭く上方を見据える。
 見れば、城の一室から、孫家の軍勢を見下ろす者の姿が見受けられた。
 孫策の鋭い視線は、男の額に奇妙な刻印を見つけ出す。その男の名を、孫策は知っていた。別に知りたくて知ったわけではなかったが、南陽にいた頃に、幾度かその姿を見かけていたのである。気に食わない相手であったため、言葉をかわしたことはなかったが。
 同時に、相手も孫策の視線が、自分に向けられていることに気づいたのであろう。柔和な微笑が、その表情を彩った。
 と、思う間もなく、男は踵を返して、窓から離れていき、すぐにその姿は見えなくなる。


「――雪蓮、どうかしたの?」
 そんな孫策の様子を怪訝に思った周瑜が声をかけてくる。
 孫策は、それでもしばらく、視線を窓に固定させていたが、やがて、ゆっくりと首を横に振ると、周瑜に答えた。
「于吉の姿が見えたわ。あいつ、城からあたしたちを見下ろしてた」
「于吉が、か」
 周瑜は孫策が見ていたあたりに視線を注ぐが、すでにそこには影さえない。髪をかきあげながら、周瑜は口を開く。
「ほんの数月前までは名前すら知られていなかった男が、いまや天下の方士にして、三公に連なる名門である袁家の子飼の臣となる、か」
 それは、平時であれば考えられないような栄達であったろう。その意味で言えば、彼の者も疑いなく、乱世の雄なる者と言えるかもしれない。
 だが、周瑜にせよ、孫策にせよ、それを素直に称えることは出来そうになかった。


 乱世にあって、一躍、その名を高めた者は于吉だけではない。一介の廷臣から、皇帝を戴くまでに成り上がった曹操などは、その最たるものだろう。
 だが、曹操が、中華の大地を駆け、凄惨な戦場を潜り抜けて、自らの手でその機会を掴み取ったことに比べ、女子供に阿諛追従を行い、方術などという怪しげな術を用いて成り上がった于吉のそれは、曹操より明らかに格が劣るのである。
 おまけに、いまだにその口から怪しげな言葉を吐き散らして、民を迷わせているとあっては、嫌悪感しかおぼえようがない孫策たちであった。
「『天命は当塗高に宿る』だっけ? ねえ冥琳、当塗高ってなあに?」
「塗は道、すなわち道に当りて高きものに天命は宿るという意味よ。袁術の字は公路。路は道に通じるわ。おおかた、袁術こそ受命の君である、とでも言いたいのでしょう」
 古来より、予言とは偶然とこじつけが大半をしめるもの。于吉の言葉が袁術を利するために造られた偽言であることは、疑いないと周瑜は考えた。
 同時に、寿春の民心を昂揚させるためには、その程度で十分であるという現状に、周瑜は危惧を覚えてもいた。
 寿春の民にとって、劉遙の悪政から解放してくれた袁術が、当代一の方士から、天意にかなう存在だと称えられた――ただそれだけで、喜び騒ぐ理由になるということは、すなわち、袁術の治世が、それだけ民衆に受け入れられつつあることの証とも言えるからである。
 袁術の統治が順調に進んでいることは、朱治たちからの報告で、ある程度は把握していたことではあった。だが、方士の偽言ひとつで、ここまで騒ぎとなるくらい、民衆に受け入れられているとは、正直なところ、周瑜も予測しきれていなかった。このまま時が過ぎれば、袁術の治世はより磐石なものになり、孫家が付け入る隙はますます小さくなってしまうだろう。
 孫堅や程普らは、周瑜が下策と判断した策を採ったが、あるいは彼らは、こういった状況をも予期していたのだろうか。周瑜はふとそんなことを考えたのである。




 一方、孫策は、周瑜とはまったく別のことを考えていた。
 于吉の予言で出てきた天命という言葉が、一つの記憶を刺激したのである。
 あれは、反董卓連合に参加し、洛陽に赴いたときのことだったか。
「天命は人にこそ与えられるもの、それが物に宿ることはありません、か」
 玉璽を得て、逸る孫家の面々に告げられた、その一言を、孫策は呟いた。
 今回の孫家の独立に、玉璽を用いる予定はない。それは、今の時点で玉璽の存在を明らかにしたところで、実質的な勢力を築き上げていなければ意味がないと、孫堅と周瑜が判断したからである。
 だが、その根底には、あるいはあのときの言葉がたゆたっていたかもしれない。


 天命は人にこそ与えられるもの、それが物に宿ることはない。
 孫策は、その言葉をこう捉えていた。
 すなわち、人は、物に従うことはなく、人の志にこそ従うものである、と。


 文字にすれば、あるいは実際に口に出せば当然のことに過ぎぬ。だが、秦の時代より続く伝国の璽を前にし、多くの者たちが、その当然のことを見失いかけた、まさにその時に放たれた言葉ゆえに、あの若者が言った言葉は、おそらく若者自身が考えているよりも深く、孫家の諸将の胸に刻まれたであろう。
 方士が袁術をこそ天命の者だと祭り上げ、それが一時、民衆の歓喜を呼ぼうとも、それは所詮一時のことに過ぎない。
 いかに臣下が暗躍しようとも、主たる袁術に、この乱世を鎮める確たる志などない以上、それは歴史を定める力とはなりえない。
 孫策はそう考えていたのである。


 無論、孫策は、自身が考える「一時の勢い」という言葉の意味を、よくわかっていた。
 どれだけ崇高な理想を抱こうが、猛々しき覇気を秘めようが、人は死ねば終わり、そこまでである。古来より、一時の勢いという名の濁流に飲み込まれ、志半ばで散った者は、数え切れない。そして、自分たちが、その中の一人にならないなど、どうして言い切れようか。
 孫策は袁術を恐れない。だが、決して侮らない――その心構えが、濁流の中で活きることになる。




◆◆




 周泰にとって、寿春は勝手知ったる他人の庭である。
 袁術軍の先鋒として寿春を陥とした時。
 あるいは、密使として朱治の住居に赴いた時。
 隠密行動に優れる周泰にとって、一度、訪れた城の地理を頭に思い浮かべることは容易い。まして、幾度も訪れている寿春の街並みなど、目をつぶっても駆け抜けることが出来るというものだった。


 だが、今、寿春にある朱治の邸に足を踏み入れた周泰の顔に、余裕の色はない。
 周瑜の指示で、朱治の邸に赴いた周泰が目にしたものは、無人と化した家屋であった。家の中が荒らされた形跡はなく、盗賊に襲われた、あるいは袁術に捕らえられたなどといった不穏な気配はどこにも感じられない。
 だが、孫家の重臣の一人が、主君に何一つ告げることなく、家族や従者ごと姿を消す、という事態は、それだけで異常であった。
 背筋を這い登るような悪寒を覚え、周泰が両手で身体を抱きしめた、その時。
 不意に、周泰の耳に小さな物音が飛び込んできた。見れば、どこから入り込んできたのか、一匹の猫が周泰の方に近寄ってきつつある。
 その猫の姿に、周泰は覚えがあった。たしか、朱治の夫人が飼っていた猫ではなかったか。夫人の膝元でのんびりと昼寝をしている姿を見かけた記憶があった。
 お猫様の出現に、周泰は状況を忘れて、たちまち笑みを浮かべてしまいそうになるが、はっとその表情を引き締めた。
 近寄ってくる猫の動きが、奇妙に不自由に見えたのだ。
「お猫様、どうしたのです――ッ?!」
 慌てて駆け寄った周泰は息をのむ。
 そこには、左の前足を刃物で切り落とされた猫の姿があった。しかも、その後、手当てもされなかったのだろう。壊死を、起こしかけている。
「た、大変ですッ。待っていてください、すぐに」
 慌てて懐から傷薬を取り出そうとする周泰に向け、猫は小さく鳴いた――否、小さくしか、鳴けなかったのだろう。
 何かを告げるように、自分を見上げる猫の姿に、知らず、周泰は立ちすくんでいた。
「……お猫様、あなたの主様は、もしや」
 周泰の問いに、猫は、まるでその言葉がわかっているかのように、もう一度、小さく鳴いた。苦しげに、そして悲しげに。


 ――次の瞬間、周泰は背に負った長刀を抜き放った。
 殺到してくる複数の気配に気づいたのだ。
 無人の朱治の邸。そして、そこに踏み入った周泰に向かってくる殺意。その事実が、周泰の予感を、確信に変えさせた。
 猫の怪我を見れば、その傷を負ったのは、昨日今日ではないことは明瞭だ。つまり、敵は――袁術は、あらかじめ準備していたのだ。それも、孫家が考えているよりも、ずっと徹底して。礼なく、令なく、孫家の重臣の命を奪ってしまうほどに、陰惨に。
 そして、孫堅たちは、今まさにその敵の巣窟に足を踏み入れていることになる。
「――ッ」
 唇をかみ締めた周泰の前に、奇妙な仮面をかぶり、白装束を纏った男たちが姿を現す。いや、中には女性も混ざっていた。彼らが、告死兵と呼ばれる袁術直属の精鋭と、周泰が知るのは、この少し後のこと。
 この時の周泰は、その事実を知らないが、しかし、そのいずれもが手練だということは、一目で察しがついた。
 互いに言葉は発さない。事態は、すでにその段階を通り抜けていることを、双方ともにわかっていたからである。


 周泰は自分のなすべきことを理解していた。今はここで戦っている暇はない。一刻も早く、孫堅たちにこのことを伝えなければならないのだ。
 だが、一対一なら知らず、目の前には五人の告死兵が、周泰を囲むように広がっており、すぐに全員を倒すのは難しい。くわえて、部屋の外にも幾人かの気配が感じられる。
 ここまで周泰にさえ気配を悟らせなかったことを考えると、この者たちもまた、隠密行動を得意とする影の兵たちであろう。
 そのことに怯む周泰ではない。戦って切り抜けられる自信はあった。
 だが、ここで時間をかけるわけにはいかない。
 油断なく、長刀――魂切(こんせつ)を構えながら、周泰は内心で臍をかむ。


 それは、突然のことだった。
 それまで、弱弱しく鳴いていただけの猫が、たけり狂うような唸り声をあげながら、告死兵の一人に飛びかかったのである。片足を失っているとは思えないほどの俊敏な動きであった。
「――ッ、お猫様!」
 思わず、周泰の口から声がもれる。
 咄嗟に猫を助けようと動き出しかけた周泰の身体は、しかし。
 甲高い猫の叫びによって、封じられてしまった。


 気のせいではあろう。だが、確かに周泰は、この時、猫の声を理解できたように思えた。
 行け、と。
 主の仇を前にし、残った力の全てを振り絞って挑みかかりながら、猫は周泰を叱咤したのである。


 その誇り高き言葉を蔑ろにするなど、誰に出来ようか。
 周泰の身体が宙を舞い、窓をつきやぶって室外に転がり出た。
 すると、たちまち室内に倍する人数が、周泰を取り囲もうとする。この事あるを予期して伏せていたのであろう。
 だが、周泰は一瞬の躊躇もなく、弾けるような勢いで前に出る。
 ただ一太刀。自分の正面に位置する告死兵を、ただ一太刀で斬り捨てた周泰は、包囲を抜け出すことに成功したかに見えた。
 だが、仲間を一太刀で葬られた告死兵たちは、動揺する様子も、慌てる気配もなく、冷静に周泰を追い詰めようと、その眼前に立ちはだかってくる。


「邪魔です! 私の前に立たないでッ!」


 周泰は、そんな告死兵をものともせずに、道を切り開いていく。
 そうすることが、周泰の主のため。そして、おのが主の仇を討つために、じっと待ち続けたあの猫の想いに報いる術だということがわかっていたから。周泰は、ただまっすぐに寿春本城を目指す。




 ――されど、その熱誠は報われぬ。
 この時、寿春城謁見の間にて、孫堅と袁術は、まさに相対しようとするところであった。
 
  


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