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No.5244の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第一部 完結】[月桂](2010/04/12 01:14)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(一)[月桂](2008/12/14 13:32)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(二)[月桂](2008/12/14 13:33)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(三)[月桂](2008/12/14 13:33)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(四)[月桂](2008/12/14 13:45)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(一)[月桂](2008/12/17 00:46)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(二)[月桂](2008/12/17 23:57)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(三)[月桂](2008/12/19 22:38)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(四)[月桂](2008/12/21 08:57)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(一)[月桂](2008/12/22 22:49)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(二)[月桂](2009/01/01 12:04)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(三)[月桂](2008/12/25 01:01)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(四)[月桂](2009/01/10 00:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(一)[月桂](2009/01/01 12:01)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(二)[月桂](2009/01/02 21:35)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(三)[月桂](2009/01/04 02:47)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(四)[月桂](2009/01/10 00:22)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(五) [月桂](2009/01/10 00:21)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(一)[月桂](2009/01/12 18:53)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(二)[月桂](2009/01/14 21:34)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(三)[月桂](2009/01/16 23:38)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(四)[月桂](2009/01/24 23:26)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(五)[月桂](2010/05/05 19:23)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(一)[月桂](2009/02/08 12:08)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二)[月桂](2009/02/11 22:33)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二・五)[月桂](2009/03/01 11:30)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(三)[月桂](2009/02/17 01:23)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(四)[月桂](2009/02/22 13:05)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(五)[月桂](2009/02/22 13:02)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(六)[月桂](2009/02/23 17:52)
[30] 三国志外史  六章までのオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/02/26 22:23)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(一)[月桂](2009/02/26 22:22)
[32] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(二)[月桂](2009/03/01 11:29)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(三)[月桂](2009/03/04 01:49)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(四)[月桂](2009/03/12 01:06)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(五)[月桂](2009/03/12 01:04)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(六)[月桂](2009/03/16 21:34)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(七)[月桂](2009/03/16 21:33)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(八)[月桂](2009/03/17 04:58)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(一)[月桂](2009/03/19 05:56)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(二)[月桂](2009/04/08 23:24)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(三)[月桂](2009/04/02 01:44)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(四)[月桂](2009/04/05 14:15)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(五)[月桂](2009/04/08 23:22)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(一)[月桂](2009/04/12 11:48)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二)[月桂](2009/04/14 23:56)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二・五)[月桂](2009/04/16 00:56)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(三)[月桂](2009/04/26 23:27)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(四)[月桂](2009/04/26 23:26)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(五)[月桂](2009/04/30 22:31)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(六)[月桂](2009/05/06 23:25)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(一)[月桂](2009/05/06 23:22)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(二)[月桂](2009/05/13 22:14)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(三)[月桂](2009/05/25 23:53)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(四)[月桂](2009/05/25 23:52)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(一)[月桂](2009/06/07 09:55)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(二)[月桂](2010/05/05 19:24)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(三)[月桂](2009/06/12 02:05)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(四)[月桂](2009/06/14 22:57)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(五)[月桂](2009/06/14 22:56)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(六)[月桂](2009/06/28 16:56)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(七)[月桂](2009/06/28 16:54)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(八)[月桂](2009/06/28 16:54)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(九)[月桂](2009/07/04 01:01)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(一)[月桂](2009/07/15 22:34)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(二)[月桂](2009/07/22 02:14)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(三)[月桂](2009/07/23 01:12)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(四)[月桂](2009/08/18 23:51)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(五)[月桂](2009/07/31 22:04)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(六)[月桂](2009/08/09 23:18)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(七)[月桂](2009/08/11 02:45)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(八)[月桂](2009/08/16 17:55)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(一)[月桂](2011/01/09 01:59)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(二)[月桂](2009/08/22 08:23)
[74] 三国志外史  七章以降のオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/12/31 21:59)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(三)[月桂](2009/12/31 22:21)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(四)[月桂](2010/01/24 13:50)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(五)[月桂](2010/01/30 00:13)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(六)[月桂](2010/02/01 11:04)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(七)[月桂](2010/02/06 21:17)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(八)[月桂](2010/02/09 00:49)
[81] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(九)[月桂](2010/02/11 23:24)
[82] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十)[月桂](2010/02/18 23:13)
[83] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十一)[月桂](2010/03/07 23:23)
[84] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十二)[月桂](2010/03/14 12:30)
[85] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (一)[月桂](2010/03/22 15:41)
[86] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (二)[月桂](2010/03/26 02:19)
[87] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (三)[月桂](2010/03/31 03:49)
[88] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (四)[月桂](2010/04/09 00:37)
[89] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (五)[月桂](2010/04/12 01:13)
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[5244] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(三)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:49f9a049 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/04/26 23:27



 北海城を出て、南へしばらく進むと、広々とした平原地帯が広がっている。
 東莱郡から流れてきた野性の牛や馬、鹿などが各処で群れをなす、北海郡でも有数の狩場である。
 今、劉家軍はそこに滞陣していた。
 といっても、狩りのためだけに来たわけではない。
 北海城内における玄徳様の人望が、孔融側の態度の硬化を招きつつあり、両者の関係に本格的なヒビが入る前に、と玄徳様の判断で城を後にしたのである。


 もちろん、獲物の豊富なこの場所で、今後のために糧食の蓄えを得ようという狙いもある。
 野牛や野鹿を仕留めるべく、将兵の多くは、弓矢を抱えて、平原の各処に散っていた。
 趙雲率いる騎馬隊の半数は、田豫の指図に従って、野生馬の捕獲に向かっているところだ。
 おれはというと、王修と一緒に、現在の糧食の総量の把握や、今後、どの程度の消費量で行くのか等を決めるために駆け回っていた。
 北海城を出るのが急だった上に、余剰の物資――言い換えれば、袁紹から分捕った分ということだが――をほとんど置いてきたため、その程度の基本的なことさえ終わっていなかったのである。


 資金と糧食の把握は、軍という組織を維持する為に、必要にして、不可欠なこと。
 これを怠っていたというのは、看過出来ない手落ちと言える。そして、この責任は、諸葛亮と鳳統――なかんずく、諸葛亮の手に帰されるべきものだった。少なくとも、諸葛亮自身はそう考え、自身の失態に顔を 青ざめさせていた。
 軍事の鳳統、内治の諸葛亮という役割分担は、いつのまにやら暗黙の了解として成り立っていたりするのだ。
 これまで、諸葛亮はただの一度として、この役割をおろそかにすることはなかったのだが、一体どうしたというのだろうか。
 その答えは――まあ、諸葛亮と鳳統の荷物に山と積もれた書簡が、全てを物語っているだろう。
 それらは、孔融の書庫に保管してあった竹簡の中で、とくに重要な物を選り抜いて、2人が寝る間も惜しんで書き写した成果であった。


 この時代より少し前、宦官の蔡倫という人物によって、それまでとは比較にならない優れた製紙法が中華にもたらされた。
 それゆえ、紙という文字媒体は、すでに民間にも普及している。
 とはいえ、印刷術が生み出されるには、まだ気が遠くなるほどの時間が必要とされており、紙で書かれた書物が広く流布するには至っていない。
 まして、古来から伝わる貴重な書物の多くは竹簡ないし木簡であり、これが紙に映されて世に流れるまでには、さらに多くの時間を必要とするであろう。
 それゆえ、孔家が累代に渡って保管していた書簡の山は、文字通りの意味で、諸葛亮たちにとって宝の山だった。あの諸葛亮と鳳統が、寝る間も惜しみ、軍務に支障を来たしてしまうほどの、価値あるものだったのである。


 

 実を言えば、そのあたりのことは玄徳様たちはもちろん、おれも承知していたので、あえて諸葛亮たちの邪魔をせず、その負担を減らすためにこっそり作業を進めようとしていたのである。
 少しの間くらい、2人の代わりを務めてみせようくらいに思っていたのだが……
「ここまで手間のかかるものだとは思っていなかったなあ。やっぱり、孔明たちは凄かったんだな」
 特に諸葛亮である。普段、諸葛亮がぱぱっと軍務の片手間で処理してしまうような作業も、いざ自分がやってみると、これがまあ、複雑なこと。とてもじゃないが、片手間で済ませられるようなものではなかった。
 さすがは伏竜 諸葛亮。その政務における実行力の代わりが、たとえ一時であれ、務まると考えるなど、おれも随分と思いあがっていたものだあははは……はぁ。


「あ、あのあの、北郷様も十分に手なれていらっしゃると思いますよ。ただ、孔明様と士元様、あのお2人と比べて遜色のない人なんて、お城にもいないと思います」
 自分の思いあがりを自覚し、へこんでいるおれを見て、王修が握り拳を振り回して、力説してくれた。
 すぐにはっと我に返って、自分の行動に赤面するあたり、実に心の琴線に触れてくる子である。
 そして、自分より年下の子に、そんな気遣いさせた挙句、なおも落ち込んでいるなど、それこそ男子の沽券に関わるというものだ。
「そうだな。よし、それじゃあ」
 おれは両手で頬を強めにたたくと、気を取り直して、輜重の把握を続行する。
「叔治殿はあっちを頼む。そろそろ、武具の方も補充しとかないとまずいだろうしな」
「はい、わかりました!」
 おれの言葉に、元気良く返事をして、王修が奥の方に消えていく。
 感謝の眼差しで、その後姿を見送ると、おれは目の前に山と詰まれた物資に向けて、気持ちを切り替えた。


◆◆


 このままで行けば十日。節約すれば半月。将兵からの非難を覚悟で切り詰めれば一ヵ月。
 それが、おれたちが調べ上げた劉家軍の現状だった。
 これは、おれがひそかに予想していたよりも、かなり厳しい状況であった。
 劉家軍の兵力は3千。これまでのように、各地を転戦しながら、軍を動かすのはむずかしいと考えざるをえなかった。


 もっとも、それは玄徳様はじめ、他の人たちも十分に承知していた。
 劉家軍は、確固たる地盤を得なければならない時期にさしかかっているのである。
 とはいえ、ではどこに本拠地を据えるのかとなると、議論は百出して、容易に結論を出すことが出来なかった。
 今のご時世、豊かな土地には、必ず相応の人物が腰を据えている。かといって、貧しい土地に根を下ろしても、先のことを考えれば、行き詰ることは必至である。
 であれば、それこそ力づくで豊かな土地を奪い取るしかなくなるわけだが――
「それは駄目だよ」
 とは、玄徳様の言葉である。
 これは何も玄徳様の正義心ゆえの否定ではない。もちろんそれもないわけではないが、相手が黄巾党でもないかぎり、武力で土地を奪い取れば、周辺の諸侯から敵視され、既存の勢力の包囲下に没してしまう危険が大きい。どれだけ優れた将が揃っていても、劉家軍の兵力は多寡が知れているのである。


 もっとも、兵力の不足を補う頭脳も揃っている劉家軍であれば、他勢力を力づくで併呑していくことは、決して不可能ではないかもしれない。
 だが、その果てに巨大な勢力となり、天下を取れたとしても――そこに、玄徳様の望む未来は、おそらくないだろう。
 力を以って、力を制す。
 それは覇道に他ならず、その果ての征服に意味を見出せないからこそ、玄徳様はこれまで自分の道を歩いてこられたのだから。


 それは、乱世にあって、甘いとしか言えない考えなのだろうと、おれは思う。玄徳様を否定することは、おそらく誰にでも出来ること。
 けれど、乱世であっても――否、乱世であるからこそ、その甘さを尊いと思う人もいるのである。今、この地に立っている人たちのように。
 そんな主君と、そんな臣下が集まって作られた劉家軍。
 欲望うずまく乱世の奔流の中、ゆるやかに、しかし確実にその規模を大きくしていく劉家軍。
 それは、多分、この時代にあってなお、驚嘆に値する奇跡なのではないだろうか。


 そして、そんな奇跡を目の当たりにすれば、天とて祝福の1つも示したくなるのかもしれない。
 徐州からの使者が到着したと聞いたとき、おれはそんなことを考えていた。



◆◆



 徐州で暴れる野盗を討伐するため、劉家軍の力をお借りしたい。
 孫乾と糜竺、2人の使者によってもたらされた陶謙の依頼に対し、関羽を筆頭に、劉家軍の諸将の顔は厳しいものが多かった。
 その理由が何処にあるのかは明らかであろう。顔をしかめる将帥の大半は、洛陽において、陶謙ならびにその息子たちと顔を合わせている者たちなのである。
 そして、それは孫乾も糜竺も了承するところだった。


 2人は口を極めて、洛陽での無礼を侘び、徐州の窮状を訴え、劉家軍の来援を請うたのである。
 その論旨は揺らぎを見せず、彼らが口先だけのごまかしを言っているわけではないことは、おれにもわかった。それはおそらく関羽らも同様だったのだろう。表情が幾分柔らかくなったように見える。
 それに、ここで陶謙の誘いをつっぱねたところで、劉家軍に行き先があるわけではないのだ。
 一度、2人の使者に下がってもらい、劉家軍の面々が徐州行きの可否を話し合うことにしたのだが、明確な反対を唱える者はいなかった。



 もっとも、だからといって、はいわかりました、と気軽に了承するわけにもいかない。
 問題点を口にしたのは諸葛亮だった。
「問題は、野盗を退治した後のことですね」
 孫乾らによれば、琅邪郡を襲っている野盗は、おそらく青州黄巾党の残党であろうとのことだから、油断は禁物である。
 だが、今の劉家軍の力を以ってすれば、1千そこそこの賊徒など脅威ではない。
 諸葛亮は、賊徒を退治した後にこそ、注意が必要である、と言う。
「おそらくですが、陶太守は劉家軍を徐州に迎え入れるつもりだと思います。さきほど、孫乾さんと糜竺さんも、そのことを匂わせていましたし」
「ふむ。確かに、洛陽でも陶謙殿は、そのことを口にされていたな」
 諸葛亮の言葉に、関羽が過日のことを思い出しながら、小さく頷いた。
「はい。1千程度の賊軍の横暴を許すとなれば、徐州の将軍の質も想像がつきます。兌州の曹操さんと呂布さんの戦いの帰趨次第では、徐州にも戦火が及ぶ可能性は高い。陶太守にしてみれば、劉家軍の武力は、咽喉から手が出るほどに欲しい筈です」
「――なるほど。それは私たちにとっても僥倖、と言いたいところだが」
 諸葛亮の言わんとしていることを察して、関羽は表情に苦いものを浮かべた。
 当然、あの兄弟のことを思い出しているのだろう。



 不意に、とんとん、と肩を突っつかれたおれが、突付かれた方向を見やると、そこには首を傾げた玄徳様がいた。
「ねえねえ、一刀さん。えーと、何か問題あるのかな?」
 小声で聞いてくるあたり、関羽に「そんなこともわからないのですか!」と叱られるのを避けたいのだろう。
 ……しかし、玄徳様はこっそり聞いているつもりらしいが、周りから見れば目立ちまくりである。まあ、主君なんだし、当然といえば当然なんだけど。
「ありますねえ、問題」
「ええ?! だって、徐州の人たちを守ってあげられる上に、陶太守に認めてもらえるんでしょう。良いこと尽くめだと思うんだけど?」
 目を丸くする玄徳様に、おれは頬を掻く。
「ほら、玄徳様、洛陽で陶太守の息子どもに、失礼なこと言われたでしょ」
「……えーと?」
「忘れてるよ、この人」
 可愛く小首を傾げる玄徳様に、思わずため息を吐くおれ。
 洛陽で、陶謙のばか息子どもに求婚――というか、側妾になれと言われた事は、玄徳様にとっては大したことではないようだった。


「あ、ああ! そういえば、そんなこと言われたっけ」
 ぽんと手を叩く玄徳様。どうやら、冗談ぬきで忘れていたらしい。
 側妾になれ、などと言われたことがない(当たり前だが)おれには実感はわかないのだが、随分と失礼な言い草に思える。それでも、やはり太守の息子からともなると、案外、光栄なことだったりするのだろうか?
 その疑問の答えは、玄徳様ではなく、別のところからやってきた。
「ばか者、失礼千万な言い草に決まっておろう。相手が誰であろうと関係あるものか」
 小声で言った筈なのだが、しっかり聞かれていたらしい。関羽が不機嫌そうに口を挟んでくる。
 いつのまにか、関羽と諸葛亮の話は終わっており、おれと玄徳様に注目が集まっていた。
「や、やっぱりそうですよね」
 おれは慌てて、何度も頷いてごまかした。
 関羽が激昂して青龍刀を突きつけたくらいだし、やっぱり無礼な申し出だったのだろう。


 だが、ここでもう1人、会話に参加してきた者がいた。
「いや、一概にそうとばかりは言えまい」
 それを聞いた関羽の眉がぴくりと動き、発言者に鋭い視線を向ける。
「子竜殿、それはどういう意味か?」
「言葉どおりの意味だよ。士大夫の多くが側妾を持っているこの時世で、貴公の言う言葉は、少々感情的に過ぎるのではないかな」
 その趙雲の言葉に、関羽は不快そうな顔になる。
「貴殿は陶太守の子息を知らぬ筈。あれらを見て、同じことが言えるものか」
「そうではない。一刀が言ったのは『側妾になれ』という問いが礼を失しているか否かであろう。その息子どもの為人は、関係あるまい」
「あれら以外の口から出たとしても同じだ。れっきとした将に向かって言うべき言葉ではなかろう。それとも、貴公はそのような申し出をされても気にせぬというのか?」
「はっはっは。面白いことを言う。そのような輩、もし我が前に現れたならば、即座に龍牙で胸板を貫いてくれるに決まっておろう」
 にこやかに笑いながら、物騒なことを口にする趙雲。
 それを聞いて、関羽は気の抜けたような顔をする。
「なんだ、では私と同じ考えということではないか」
「うむ。そも、貴公の言葉を否定した覚えはないぞ」
 軽く肩をすくめ、趙雲は「ただ、な」と言葉を続けた。
「側妾の誘いを無礼と感じるは、我らのように、文武で世に出た者であればこそ。世の女性の大半はそうではない。か弱く、たおやかで、他者によって守ってもらわなければならない存在だ。そして、それは別に悪いことではない。好きな者と添うて子をなし、育むは、天が女子に与えた崇高な役割であろう」
 もっとも、愛する者と添える者は、決して多くはないだろうが、と趙雲はどこか寂しげに付け加えた。




 この時代、自由な恋愛が許されるのは、庶民の、それも貧しい者たちくらいである。身分が高いほど、嫁ぐ先は親によって決められてしまい、それを拒絶すれば、婦徳に背くと言われ、世間に顔向けできなくなってしまう。
 それはある程度の財産を持った庶民でも同じことであり、更に言えば、貧しい家に生まれたとしても、秀でた容姿を持った女性は、貧困から抜け出すために、親や家族、あるいは一族によって将来を決せられることは珍しくないのである。そして、それを当然のことと考えている女性は決して少数派ではない。
 趙雲は言う。
 そういう者たちにとって、太守の跡継ぎから側妾に望まれることは、決して忌避すべきことではなく、むしろ、喜ばしいと感じられることだろう、と。
 その趙雲の言葉には、関羽も反論することが出来ず、言葉を詰まらせてしまう。
 関羽のみならず、この場に集った者たちもまた、異論を口にしようとはしなかった。
 男が女を選べるほどには、女は男を選べない。良し悪しはともかく、それが中華帝国に生きる者たちの在りかたなのである。




 誰も口を開く者がない会議の場において、趙雲はおれの方を振り返って、口を開いた。
「ゆえに、一刀よ」
「はい?」
「雲長殿の言葉を鵜呑みにして、おのが『こうきゅう』をつくってみせるという大志、捨て去る必要はないぞ」
「……………………はい?」
 趙雲の口にした言葉が、すぐに漢字に変換できなかったおれは、頭の中で「こうきゅう」という文字を検索する。
 高級、恒久、硬球、公休……どれも意味が通じない。はて?

 
「女は英雄に惹かれるもの。そして英雄は色を好むものだ。したが、気をつけよ。英雄は色を好むが、色を好むから英雄というわけではない。『こうきゅう』の女子、すべてを満たせるだけの器量と甲斐性を持つのは、なかなかに大変なことだぞ」
 その趙雲の言葉を聞いて、さすがにおれも気がついた。
 なるほど、こうきゅう=後宮ね。皇帝に奉仕する女性たちの宮殿。いわゆるハーレムって奴ですか。うむ、ハーレムは男の夢だあね。




 ………………あれ?




「――ッ? ちょ、ちょ、趙将軍?!」
 周囲からの、それはそれは冷たい眼差しに囲まれ、ようやく今の状況に気がついた。
 いつのまにか、後宮建設がおれの夢になっているッ?!
「む、まずは私からか。ふむ、しかし、今の一刀では、まだ私と並び立つには少々、線が細いな。もう少し骨太な男になってもらわねば、誘いには応じられん」
「誰が後宮に誘っているかッ?! いきなりわけのわからんことを言い出すのはやめてくださいよッ!!」
「なに、恥じることはない。後宮は男の夢というではないか」
「真顔で返答しないで?! 後宮つくろうなんて思ってませんから、おれは!」


 そんな、おれの悲鳴じみた声に、趙雲は何故か恥らうように顔を俯かせた。
 今更ではあるが、趙雲はとても美人である。容姿だけのことではない。色気があると言おうか、艶があると言おうか、女性としての芳香が薫るような魅力があるのだ。
 そんな趙雲が、急に少女のような恥じらいを示したので、おれは思わず息をのんでしまった。
 ――まあ、冷静に考えれば、何か魂胆があるに決まっていたのだが、そんな警戒をしようとする心ごと見蕩れてしまったのである。
「後宮は要らぬ。されど私は欲する、か。そこまで本気の申し出であれば、さきほどの件、少し真剣に考えてみよ――」
「だから何で告白したことになってるんですかッ!!」
 趙雲の言葉が終わらないうちに、再度、おれの悲鳴が部屋中に響き渡った。


 だが、それに対して周囲から返って来たのは、さきほどよりも更に温度が低下した極寒の視線である。一部、同情したような視線もあったが、その人たちも助け舟を出してくれる気はなさそうである。最初から期待はしていませんけどね、ええ。
「ねーねー、一刀」
「……なんですか、伯姫さま。現在、大変な状況につき、出来れば後でお願いしたいのですが」
 話しかけてきた張角にそう言い返したが、いつものごとく、張角は聞いちゃいなかった。
「一刀が後宮つくったら、皇后は玄徳ちゃんに譲らないといけないけど、貴妃の座は私がもらうからね♪」
『ぶッ?!』
 同時に吹き出すおれと玄徳様。
 ちなみに、貴妃とは後宮において、皇后に次ぐ位である四夫人の1つである――などど解説してる場合ではなかった!


 いきなり皇后にされた玄徳様は、ぽかんと口を開けているだけだが(多分、呆れかえっているのだろう)周囲からの視線の温度は低下の一途を辿っている。このままいけば、絶対零度も夢ではないかもしれない。
 おれがそんなことを考えていると、諸悪の根源が、なおも口を開いた。
「ほほう、では私は賢妃(貴妃と同位)の位をもらうことにしようか」
「まだ言いますか、あなたは?! あとついさっき、誘いには応じられんとか言ってませんでした?!」
「なんだ、やはり後宮に誘っているつもりだったのではないか」
「ちがわいッ!」
 そう言った後、おれは思わず趙雲に向かって内心を吐露してしまった。


「大体、自分ひとりの面倒もみられていないんです。後宮どころか、恋人の1人だってつくれるわけないでしょうが! それ以前に、んなおれに惹かれる奇特な女性がいるわけないですけどね!」





 奇妙な静寂がたちこめた、と思った瞬間だった。
 不意に。
 ガタン、と荒々しい音と共に椅子から立ち上がる関羽の姿が、視界に映った。
 反射的に、おれの身体がビクッと震える。どっかの犬みたいである。
 また青龍刀の一撃が飛んでくるか、と覚悟したおれの耳に、どこか平坦な関羽の声が届いた。
「桃香様」
「……ふえ?! あ、な、何、愛紗ちゃん?」
「そろそろ陶謙殿の使者も待ちくたびれている頃でしょう。急いで結果をお伝えしなければ」
「う、うん、わかった――って、あれ。結果って出てたっけ?」
 首を傾げる玄徳様だったが、関羽はその玄徳様の手を引っ張って、ずんずんと先に進んでいってしまう。
「あ、愛紗ちゃん、ちょっと痛……あ、いえ何でもないですー……」
 関羽に引きずられ、玄徳様は口を開きかけたのだが、無言で歩を進める関羽に、何か感じるところがあったのだろう。慌てたように口を閉ざし、そのまま部屋から出て行ってしまった。


「――では、会議は半刻の休憩をはさんで、再開することにしましょう」
 主君と、その腹心が姿を消してしまった会議の席で、議長役の諸葛亮が、奇妙に平坦な声でそう告げる。その口調が、どこかさきほどの関羽と似てる気がするのは、多分、気のせいであろう。うん。
 その声に救われたように部屋から退出していく男が数人――田豫よ、お前もか。
 そして、なんとも言いがたい視線を投げかけて、次々と部屋から出て行く劉家軍の面々。
 気がつけば、がらんとした会議場に、おれは独り、佇んでいた。
 いや、正確には1人ではなく――


「――かくて、北郷一刀の後宮計画は、波乱の幕開けとなったのである――待て次回」
「この空気を続かせる気か、あんたはああああッ?!!」


 わざとらしく柱の影に隠れ、ナレーションをいれる趙雲を怒鳴りつけながら、おれは本気で泣きそうになるのであった。




 
 この後、なんとか再開した会議で、劉家軍の徐州行きが決定した。
 使者である孫乾と糜竺は、その決定に喜ぶべき立場であったが、劉家軍の奇妙な迫力を前に、額の汗を隠すのに精一杯であったらしい。
 らしい、というのは、この時、おれは乗馬の訓練に勤しんでいた為、その場にいることが出来なかったからである。
 ……まあ、尻尾を巻いて逃げ出したともいうが。
「しかし、何か悪いことしたっけか、おれ?」
 ようやく並足が出来るようになった馬の背に揺られながら、おれはそんなことを呟き、憂鬱なため息を吐くしかなかった。
「ヒヒンッ」
 そして、そんなおれを見て、馬が笑ったような気がしたのだが――これはさすがに被害妄想も度が過ぎるかもしれんかった。 



◆◆




 その夜。
 劉家郡の陣営全体が、翌日の徐州への移動に備えて慌しくなっていた。
 その騒がしさから逃れるように、趙雲は独り、陣営から離れ、遮るものとてない平原の只中で、ゆっくりと杯を傾ける。
 初夏の薫風が趙雲の髪を撫でていく。その上空では、星々がさんざめき、見事な光の饗宴を催していた。
 しばし、趙雲は声もなく、その輝きに魅入っていたが、背後から近づいてくる足音に気づき、無粋な侵入者を咎める視線を、現れた人物に向けた。
 その視線を受け、侵入者は真っ先に謝罪の言葉を口にした。
「――お楽しみのところ、ごめんなさいね」
「まったくだ――と言いたいところだが、独りで飲むのも飽いてきたところ。おぬしもどうだ、貂蝉?」
「あら、いいのかしら」
 そう言いつつも、貂蝉は素早く趙雲から酒盃を受け取り、一息に呷った。
「ふむ、良いのみっぷりだな」
「ふふ、お酒は人生の伴侶だもの。気持ちよく飲んであげないと、お酒にも失礼でしょう」
「同感だな」
 そう言って、二人はしばし無言で杯を空けていった。


 やがて、趙雲が目元をほんのりと赤くさせながら、貂蝉に話を向けた。
「――で、何か言いたいことがあって来たのではないのか、踊り子殿?」
「あらやだ。わかってた?」
「大方はな――おぬしの主のことだろう?」
 貂蝉が「ご主人様」と呼ぶ人間は、劉家軍の中でも一人だけだ。
 貂蝉はいかつい顔に精悍な笑みを浮かべ――もとい、繊細な顔に優しげな笑みを浮かべて頷いた。
「何故あんな火種をまくようなことを、と非難しに来たか?」
「いいえ、その逆よ。あなたにお礼を、とそう思って来たの」
「ふふ、これは異なことを。下手をすれば、軍内の不和ともなりかねないことに、礼を言うとは」
 趙雲の言葉に、貂蝉は口許に手をあてて、笑いをこらえた。
「あの程度のことを根に持つような狭量な人は、この軍にはいないでしょう。けれど、今の状態を引き伸ばしてしまえば、その限りではなくなる。あなたも、それがわかっているからこそ、早めに浮き彫りにしておこうと思ったのでしょう――ご主人様の、異質さを」


 少しの間、2人の間に静寂がたゆたう。
 趙雲は、軽くなった酒瓶を惜しむように、ゆっくりと杯に酒を注いだ。
 そして、それを二口ほど含んでから、一語一語確かめるように口を開く。
「あれは、危ういな」
 あれ――が何を指すのか、貂蝉にはすぐにわかったのだろう。同調するように、ゆっくりと頷く。
「ええ。机の端に置かれた陶器のように。あるいは、猫のすぐそばで囀る小鳥のように」
「己がどこにいるのか、わかっているつもりのようだが、まるでわかっておらん。自分が何から逃げているのかもわからぬままに、乱世に食い込んでしまっている。雲長たちは、まだ気づいておらんようだがな」
「玄徳ちゃんや雲長ちゃんみたいに、まっすぐな子たちだと、なかなか影までは見えないかもしれないわね。ご主人様自身も、はっきりと自覚してないんだから、なおさら気づきにくいでしょう」
 貂蝉は、趙雲にならうように、酒盃を満たす。
 しかし、それを口に含もうとはせず、上空に広がる星々に視線を向けた。


「ご主人様にとって、この世界は物語のようなもの。玄徳ちゃんや雲長ちゃんは、こうして見上げる星々の1つなのかもしれないわね。辛い目に遭い、苦しい時を経て、現実を受け容れたつもりではあるのでしょうけど、根元のところにあるその認識が変わらない限り、ご主人様はいつも空の彼方に仲間を見続けていることになる。本当は、すぐ隣に立っているのに、そのことに気づくことさえ出来ないままで」
 貂蝉の言葉に、趙雲は呟くように囁いた。
「天上の星々に比すれば、己のなしたこと、もたらしたことに、価値など見出せまいな。そなたの言葉、言いえて妙であるかもしれん」
 それにしても、と趙雲は言葉を続ける。
「物語、か。我らが春秋戦国の世や、漢楚争覇戦の話を聞くようなものなのかな。東夷は、よほど平穏な場所であるらしい――戻れるものならば、戻った方が、一刀にとっては幸せなのだろうが……」
 そんな簡単な話ではないのだろうな、と趙雲は目を細めて、貂蝉を見た。


「それは私がどうこう出来る問題じゃあないわね」
 趙雲の視線に、貂蝉は肩をすくめることで応えた。
「ふふ、まあ、そういうことにしておこうか。いずれにせよ、一刀の目が空ばかり向いている以上、中華の大地に立つ者たちの姿は、一刀の目に映らぬ道理。感謝であれ、思慕であれ、あるいは憎しみであれ、一刀に届くことはない。先の一刀の言葉は、はからずも、それを皆に知らしめたわけだ」
「『はからずも』という言葉には、少々疑問が入る余地があるわねん。けれど、部下思いの将軍様を持ったことにも、ご主人様は気づいていないでしょう。もったいないわ」
「さて、なんのことかな」
 趙雲はわざとらしく目を丸くすると、貂蝉と同じように空に目を向けた。




 2人のおとめたちは、それ以上、言葉を重ねようとはしなかった。
 言ったとて詮無いことだというのは、2人ともわかっていたから。
 それは他人から教え諭されたところで、意味を持たないことなのだ。
 ただ、願わくば。
 貂蝉たちは考える。
 戦う覚悟がないゆえに、前線には出ず、しかし劉家軍には協力している1人の若者に対して。
 自ら手を下していない以上、己の手は血に汚れていないのだという考えが持つ欺瞞に、手遅れにならないうちに、気づいてほしいものだ、と。




◆◆

  


 兌州東郡 濮陽城。
 張超率いる陳留勢と、鍾遙率いる濮陽勢の戦闘は、激化の一途を辿っていた。
 元々、濮陽城は要害と言えるだけの規模はなく、両軍の兵力も懸絶しているとあって、勝敗は短期間でつくものだと考えられていた。
 だが、守備兵は城壁を支えとして、津波にように押し寄せる兵士たちと粘り強く渡り合い、数度に渡る攻勢を、ことどごとく撃退することに成功していた。
 そして、その功績のほとんどが、卓越した状況判断を下に、巧みな指揮をとる2人の軍師によるものだということは、濮陽城内の誰もが認めるところであった。


「ふはは、まったく、わしの出る幕はないのう」
 私室で横になりながら、鍾遙は大声で笑う。その途端、顔をしかめたのは、いまだ癒えない腰痛のせいであろう。
「しかし、軍師殿たちは、いやに防戦の指揮に手馴れているように見えるが?」
 その質問に、程立が胸を張って答えた。
「ふふふ、防戦の経験で言えば、今の風たちを凌げる人は、ちょっといないのですよ?」
「それは少し言いすぎですが、経験があることは事実ですので、元常殿もお心安くいらしてください」
「ふむ。年端もいかぬ乙女が防衛戦の経験が豊富とはのう。まったく、なんと嘆かわしい世になってしもうたことか」
 深々とため息を吐く鍾遙であったが、すぐに思い直したように首を振る。
 今は、年寄りじみた愚痴を言っている場合ではない。
 程立と郭嘉の手並みは、もはや疑うべくもないが、それでも濮陽城の主は鍾遙であり、城主として、城の防備が薄い箇所も知悉していたのである。


 戦の状況を郭嘉たちから聞いている鍾遙が、もっともに気にしているのが、敵の攻撃が主に南と西の方角から行われているということであった。
 実のところ、濮陽城の北東付近の防備には綻びがある。
 濮陽城を囲む堀の水は、北の黄河から引かれているのだが、先年、黄河が氾濫を起こした折、大量の土砂が押し寄せ、堀を埋め尽くしてしまったのである。
 当然、鍾遙は堆積物を取り除く作業を行ってきたが、堆積物の量は、堀がほとんど埋め立てられてしまうほどであり、それを取り除くのは大変な労力を必要とした。
 それでも、鍾遙の指揮の下、現在では何とか旧に復しているのだが、ただ一箇所、北東部分に関しては、いまだ完全に土砂が除ききれてはおらず、堀を越えて城壁に押し寄せることが容易なのである。


 その程度の確認を、張超が行っていないとは思えない。にも関わらず、敵の攻撃は西と南に重点が置かれている。鍾遙はそれを案じたのである。
「つまりじゃ。敵はおそらく、ぎげ――ふぐ?」
 敵の狙いを口にしようとした途端、程立がさりげない様子で、鍾遙の口を塞ぐ。
 突然のことに、鍾遙は目を白黒させるが、2人の軍師が、同時に唇に人差し指を立てたのを見て、2人の計略を察した。
 考えてみれば、郭嘉らが、城の内外の様子を調べない筈はなく、防備の綻びに気づいていない筈もない。
 それに気づいた鍾遙は、これは本当に自分の出番はないようだ、と悟ったのである。


 鍾遙は、裏切り者に鉄槌を下す役割の一端を担えないことを残念に思ったが、同時に、これだけの人物が、今、この時、濮陽城にいてくれる幸運に感謝した。
 自らのためではなく。
 主である曹孟徳のために。


◆◆


 濮陽城外に展開する陳留勢の本陣では、張超が不機嫌を隠せずにいた。
 その理由は、敵に十倍する戦力を以って攻め立てているというのに、濮陽の城を陥とせずにいるということが1つ。
 もう1つは、目の前に立つちび軍師の言動が気に入らなかったのである。
 そのちび軍師――陳宮は、胸をそらして張超に向けて口を開いた。
「では、お約束の三日が過ぎたので、我ら呂軍も参戦させていただきますぞ」
「――承知している。ここ数日の攻勢で、敵は南と西に向けて防備を固めていよう。東から城を抜くは容易いことであろうぞ」
 張超が面白くなさそうに返答すると、陳宮は鼻をならすように笑った。
「確か、あのような小城を陥とすには、三日も要らぬ、と申されておった気がするのですが、まあ気のせいだったのでしょう。いずれにせよ、心配はいりませぬぞ。天下に名高き飛将軍 呂奉先の力、貴殿にお見せいたしましょう」
 もっとも、見せるまでもなく、ご存知でしょうが、と陳宮は胸をそらして、主の武勇を誇るのだった。





 この会話に先立つこと数日前。
 張超と呂布は一つの約束事をかわした。呂布が張超麾下から離脱し、独立した行動をとることについての約束事である。


 ――陳留城外で曹操軍主力を撃退し、続く兌州攻略戦においては電撃的に各地の城砦を抜き、たちまちのうちに兌州から曹操の旗を駆逐していった呂布の武勇は、天下に隠れないものだ。
 張超は、形式上、呂布の上に立っているのだが、それは呂布が張超に臣従したわけではなく、あくまで奸臣曹操追討の旗頭として、張超が立っているからに過ぎない。それとて、本来、立つべきは張超の姉の張莫なのである。
 それらを踏まえ、曹操を撃退したすぐ後から、呂布の軍は張超の指揮下から離れる気配を見せていたのだが、これまではあくまで水面下での準備にとどまっていた。
 当初、呂布の直属部隊は1千に満たず、その兵の多くは張超に属する兵士であり、独立するほどの武力を持たなかった為である。
 だが、勝報が重なるにつれ、呂布の下に参じる兵士たちは増加の一途を辿り、兌州の諸侯の中からも、呂布を主と仰ぐ者たちが出始めたことが、事態を加速させた。
 そして、陳留の戦いから少し後。呂布側から、張超に向けて、こんな提案がなされたのである。


 濮陽の城を陥落させた暁には、そこを呂布軍の本拠としたい。


 呂布側からの申し出は、上位者に対する依頼や要請ではない。対等な立場にいる者への要求という形をとっていた。
 当然ながら、呂布からの要求は、張超にとって不快であり、また認めがたいことであった。
 呂布は、あくまで張家の矛として用いるべきであり、張超は、呂布を城主として固有の武力を持たせるつもりなど微塵もなかった。
 だが、要求を突っぱねれば、呂布が張家の麾下から離脱する可能性が高かった。それどころか、張超に対して矛を向けてくる可能性すらある。
 もし、呂布がその行動に出れば、陳留勢のみならず、朝廷へも叛旗を翻すことになるのだが、あらかじめ李儒を抱き込んでおけば、朝廷への対応は可能である、と張超は見ていた。
 李儒にしても、旗頭が張莫であるより、呂布である方が何かと都合が良いであろう。まして、張超と呂布では、比べるべくもない。そのことは、張超自身、苦みと共に自覚するところであった。
 それゆえ、張超は呂布の要求を呑むしかなかったのである。


 同時に、張超には一つの計算があった。
 兵力が増えたといっても、呂布軍はいまだ5千程度であり、単独で濮陽城を陥落させることは難しいだろう。いかに呂布の武が人の域を越えていようとも、城壁を砕くことは出来まい。
 呂布軍が攻めあぐねたところを、陳留勢がそれに乗じて城を陥落させてしまえば、呂布の面目は丸つぶれであり、濮陽城を明け渡せ、などと言うことは出来なくなるに違いない。張超はそう考えたのである。
 

 だが、その張超の考えを、呂布の軍師である陳宮は見抜いていた。
 陳宮は呂布の力を信じている。孤軍で濮陽の城を陥とすことさえ、不可能ではない、と。
 だが、たとえ陥とせたとしても、軍の被害も大きくなってしまうことは疑いない。今、呂布の下に集った兵力は、これからの呂布軍の中核となるべき者たちである。陳宮としては、出来るかぎり温存したかった。
 それゆえ、陳宮はここで一つの策をほどこす。
 張超が、呂布を何とか麾下にとどめたいと考えていることを逆手に取り、張超が内心で行っていた計算を、堂々とこちらから持ち出したのだ。
 すなわち、濮陽城を、呂布自身の手で陥とすことが出来たら城をもらう。
 ただし、張超たちが先に城を陥とせば、今後も麾下に留まるという、それは申し出であった。


 ただし、張超の計算とは異なる点が一点だけあった。
 最初に城を攻めるのが、張超である、という点である。
 陳宮が提示した期間は3日間。 
 3日以内に濮陽城を陥落させることが出来れば、呂布軍は張超の武力を認め、今後もその麾下に留まる。しかし、3日経っても城が健在であった場合、呂布軍は独自の軍略にもとづいて行動を開始する。なお、このことについては、李儒を通じて朝廷の許可も得ている、と陳宮は切り出したのであった。


 この陳宮の言によって、張超はようやく呂布軍がすでに水面下で激しく動いていたことを悟る。
 軍師である陳宮は、呂布の独立のために、すでに様々な手を打っており、それは確実に効果をあげつつあったのである。
 張超は、陳宮を侮っていたことを悔いたが、すでに時遅し。
 ここまでお膳立てを整えられてしまえば、舞台から降りることは出来ない。陳宮の提案を断ることは、4万の軍を率いて、濮陽の城ひとつ、3日で陥落させることが出来ないと認めるに等しい。少なくとも、陳宮はそう考え、その情報を活用しようとするだろう。
 兵士に流すにせよ、朝廷に流すにせよ、それは張超にとって致命的な事態となりかねない。両軍の戦力差を理由に、防備の固い西と南をあてがわれたことにさえ、苦情を言うことは出来なかった。
 選択の余地は、すでになかったのである。



 かくて、濮陽を攻めるにあたって、呂布軍は後方に引き下がることとなった。
 事ここにいたって、張超の腹心である臧洪は、ようやく呂布の思惑を察した。
 臧洪は、張超と張莫が幼い頃からの側役である。
 壮年の男性であり、文武に通じている人物だが、どちらかといえば正道の人であり、策略、詭計といった方面には疎い。
 それゆえ、兌州攻略では着実な成果を出すことが出来たのだが、呂布軍の――正確に言えば、陳宮の暗躍を見抜くことは出来なかったのである。


 おそまきながら、陳宮の策に気づいた臧洪は、主君に向かって口を開く。
「濮陽城は、東側に防備の隙があり申す。呂将軍は、ここを衝くために、我らを囮とする心算でありましょう。兵法に言うところの『偽撃転殺の計』にございまする」
「今更気づいたとて遅いわ、愚か者!」
 甲高い声と共に、張超が持っていた酒盃を臧洪の顔に投げつける。
 陶製の酒盃は、臧洪の額に当たって割れ砕け、そこから一筋の血が、臧洪の顔を縦に流れていく。
 だが、臧洪は顔色一つ変えず、張超に向かって平伏し、己が不明を詫びた。
「まこと、申し訳のしようもございませぬ。さりながら、呂将軍――いえ、公台殿の策を未然に封じる手立てはありもうす」
 その臧洪の言葉に、張超は憤然と頷いた。
「わかっている。期日のうちに、城を陥とせば良いのだろう。そのようなこと、おまえに言われるまでもない」
「御意。では、時間を無駄にすることはありませぬ。それがしにお命じ下されませ。必ずや、張家の矛となって、濮陽の城門を貫き通してみせましょう」
「出来るか?」
「出来まする。濮陽城の鍾遙殿は文武に練達した侮れぬ方ではありますが、城に拠っているにせよ、これだけの兵力を間断なくぶつけられれば、いかんともしがたいでしょう。お任せくださいませ。自らの武におごる呂布殿らに、我ら張家の武威、示してご覧に入れます」
「良し、征け、臧洪!」
「御意!」


 かくて、陳留軍は濮陽城に押し寄せることになった。
 先鋒となった臧洪は、この時、城を陥落させられるという確信があった。
 主君に口にしたように、臧洪は鍾遙の名声は聞き及んでいる。
 しかし、同時に鍾遙が老齢であること、配下にこれという人材がいないことも、情報として掴んでいたのだ。
 4万の軍勢をいくつかに分け、昼夜の別なく攻め立てれば、三日間で城を陥とすことは可能。
 臧洪はそう判断したのである。


 その判断は間違ってはいなかったであろう。もし、城を守るのが鍾遙1人であれば、たとえ腰痛の持病が起こらなかったとしても、濮陽城を守りきることは難しかったに違いない。
 だが、臧洪の――そして張超にとっての不運は、濮陽城を守る人材が、鍾遙1人ではなかったということであった。
 郭嘉と程立。
 後に、歴史に巨大な足跡を残す二人の軍師の参戦を知らない陳留勢は、攻め寄せる都度、痛烈な反撃を受けることになった。




 臧洪は間断なき攻勢によって、城を陥とそうとしていたが、兵力を利して力押しを行おうにも、城の周囲には黄河から引かれた水が満々と湛えられており、兵士たちの侵入を阻む。まずこの堀をなんとかしなければならなかった。
 まず臧洪は、兵車に浮き橋を積み、これをもって強引に堀を押し渡ろうとしたが、城壁上から放たれた火箭によって、積んでいた浮き橋も、運んでいた兵車も、たちまち焼き払われてしまった。
 続いて張超の案に従い、地下に穴を掘り、城壁の下を通って城内に出ようとしたのだが、これは堀の深さを見誤ったことにより、堀の水が地下通路にもれ出て、逆に兵士がおぼれてしまう始末であった。
 臧洪は、失策に激怒する張超をなだめつつ、この上は正攻法に拠るしかないと決意し、犠牲を無視して、強硬に城壁に押し寄せていった。
 4万の兵士が1人ずつ土嚢を堀に放り込めば、どれだけ深い堀であろうと、埋めてしまうことは可能である。当然、城側が黙ってそれを見ているはずもなく、雨のように矢が降り注いできたが、張超軍は盾をかざしてこれを防ぎ、ひたすら堀を埋め立てていった。


 多くの被害を出しながら、ようやく堀を突破した軍勢は、勢い込んで濮陽の城壁に群がったのだが、次に彼らを待ち受けていたのは、城壁上から降り注ぐ巨石と、煮えたぎった油であった。
 巨石の下敷きになって、数十名の兵士が原型をとどめぬ骸となり、油によって火ダルマとなった兵士が、奇声をあげて堀に飛び込み、そして甲冑を着込んだままの兵士は、2度と浮かんではこなかった。
 あまりの被害に耐えかねた張超は、一度、軍を後退させようとする。
 だが、これには臧洪が反対した。
 臧洪は、たとえ被害が大きくなろうとも、ここは退かずに力押しすべき、と主張した。なるほど味方の被害は甚大であり、疲労もかなりのものであるが、兵力の少ない敵は、こちら以上に疲れている筈。ここで退けば、敵に猶予を与え、抗戦の力を回復させてしまうだろう。


 だが、その臧洪の意見を、張超は首を横に振って退けた。
 一つに、4万の軍勢といっても、その全てが張超の兵士というわけではない、という理由があった。
 4万の半ばほどは、兌州の諸侯が率いる兵士なのである。あまりに無理な攻撃は、彼らの不満を招き、最悪、呂布のように離脱する者まで出てしまうかもしれない。
 張超はそれを恐れたのである。
 くわえて、張超は城内の矢石の備蓄が、残り少ないのではないか、という予測もあった。元々、濮陽はさして大きな城ではなく、防戦のための蓄えは多くはないだろう、と考えたのである。
 臧洪は、鍾遙ともあろう者が、危急の際に備えぬ筈はない、と張超の楽観を戒めたのだが、結局、張超は軍を退き、休養をとることを決定してしまう。


 結果から言えば、この決断によって、張超は期限内に城を陥落させることが出来なくなってしまう。しかし、あるいは臧洪の策を採っていたとしても、結果は変わらなかったかもしれない。
 濮陽城の防備は、それだけ厚く高く、陳留勢の攻撃を堰き止め続けていたのであった。


◆◆


 濮陽城攻城戦4日目の夜。
 張超の不首尾を受け、呂布軍は後方から急進。城側に気づかれないように距離をとった上で、東側へ回り込むことに成功する。
 呂布の傍にあって、上空を見上げた高順は、ほっと安堵の息を吐く。
 これまで雲ひとつ出なかった天候は、日が落ちてから急激に崩れつつあり、星月の明かりは厚い雲によって閉ざされている。それは、呂布軍の姿が容易に発見できないことを意味した。


 だが、高順がそれを口にすると、同じく、呂布の傍らにいた陳宮がふふんと胸を張った。
「ねねが何のために3日と期限を区切ったと思っているのですか。すべて計算どおりなのです」
「え?! そ、そうだったんですか」
 陳宮の言葉に、高順は驚きの声をあげた。
「軍師たる者、地理と天文を見通して作戦を組み立てるは当然のこと。ねねを甘く見てもらっては困るのです!」
 そういう陳宮の姿に、高順は混じりけのない賛辞をおくる。
「さすがは公台様。わたし、天候のことまで気を配る余裕はありませんでした。お見事です!」
「はっはっは。恋殿の軍師として、これくらいは当然のことなのです!」
 陳宮は、城壁上の灯火によって、朧にかすむ濮陽城を彼方に望み、赤兎馬に乗る呂布を顧みる。
「さあ、恋殿、陳留の軍勢によって、敵の注意は西南に向いており、こちらがわへの備えは薄くなっておりまする。『偽撃転殺の計』は成りました! 時は満ちましたぞ、出陣の合図を!!」
 こくり、と呂布は頷くと、方天画戟を頭上で一閃させると、赤兎馬をさおだたせた。
「……突撃」
 弦から放たれた矢の如く、濮陽城に向けて突進を開始する呂布。
 そして、その背後には、5千を数える呂布軍が雄叫びと共に続いたのである。


 数はわずか5千とはいえ、濮陽城は西南方面からの攻勢に対処するため、他の部署の兵士を限界まで削らざるをえず、北東方面の守備は明らかに手薄であった。
 さらに、厚い雲に覆われ、闇に包まれた彼方から、雄叫びと共に軍勢が突っ込んでくるのだ。守備兵たちの動揺はいかほどのものか、想像にかたくない。
 すわ、新手かと驚き騒ぐ城壁上の兵士たちは、敵の陣頭に立つ深紅の呂旗を見て、悲鳴のような報告を行った。


「東方より、呂布来る」
 その報告を受けた郭嘉と程立は、顔を見合わせて頷き合うと、それぞれ別の場所へ向かって歩き出した。
 兌州の覇権を決定付けることになる『濮陽城攻防戦』は、ここに新たな段階を迎えようとしていた。





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