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No.5244の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第一部 完結】[月桂](2010/04/12 01:14)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(一)[月桂](2008/12/14 13:32)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(二)[月桂](2008/12/14 13:33)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(三)[月桂](2008/12/14 13:33)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 刀花邂逅(四)[月桂](2008/12/14 13:45)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(一)[月桂](2008/12/17 00:46)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(二)[月桂](2008/12/17 23:57)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(三)[月桂](2008/12/19 22:38)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 蒼天已死(四)[月桂](2008/12/21 08:57)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(一)[月桂](2008/12/22 22:49)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(二)[月桂](2009/01/01 12:04)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(三)[月桂](2008/12/25 01:01)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 燎原大火(四)[月桂](2009/01/10 00:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(一)[月桂](2009/01/01 12:01)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(二)[月桂](2009/01/02 21:35)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(三)[月桂](2009/01/04 02:47)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(四)[月桂](2009/01/10 00:22)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 天下無双(五) [月桂](2009/01/10 00:21)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(一)[月桂](2009/01/12 18:53)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(二)[月桂](2009/01/14 21:34)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(三)[月桂](2009/01/16 23:38)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(四)[月桂](2009/01/24 23:26)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 洛陽炎上(五)[月桂](2010/05/05 19:23)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(一)[月桂](2009/02/08 12:08)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二)[月桂](2009/02/11 22:33)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(二・五)[月桂](2009/03/01 11:30)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(三)[月桂](2009/02/17 01:23)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(四)[月桂](2009/02/22 13:05)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(五)[月桂](2009/02/22 13:02)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黄天當立(六)[月桂](2009/02/23 17:52)
[30] 三国志外史  六章までのオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/02/26 22:23)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(一)[月桂](2009/02/26 22:22)
[32] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(二)[月桂](2009/03/01 11:29)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(三)[月桂](2009/03/04 01:49)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(四)[月桂](2009/03/12 01:06)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(五)[月桂](2009/03/12 01:04)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(六)[月桂](2009/03/16 21:34)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(七)[月桂](2009/03/16 21:33)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 終即始也(八)[月桂](2009/03/17 04:58)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(一)[月桂](2009/03/19 05:56)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(二)[月桂](2009/04/08 23:24)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(三)[月桂](2009/04/02 01:44)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(四)[月桂](2009/04/05 14:15)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(五)[月桂](2009/04/08 23:22)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(一)[月桂](2009/04/12 11:48)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二)[月桂](2009/04/14 23:56)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(二・五)[月桂](2009/04/16 00:56)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(三)[月桂](2009/04/26 23:27)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(四)[月桂](2009/04/26 23:26)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(五)[月桂](2009/04/30 22:31)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 二虎競食(六)[月桂](2009/05/06 23:25)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(一)[月桂](2009/05/06 23:22)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(二)[月桂](2009/05/13 22:14)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(三)[月桂](2009/05/25 23:53)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 月志天貂(四)[月桂](2009/05/25 23:52)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(一)[月桂](2009/06/07 09:55)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(二)[月桂](2010/05/05 19:24)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(三)[月桂](2009/06/12 02:05)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(四)[月桂](2009/06/14 22:57)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(五)[月桂](2009/06/14 22:56)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(六)[月桂](2009/06/28 16:56)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(七)[月桂](2009/06/28 16:54)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(八)[月桂](2009/06/28 16:54)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十章 偽帝袁術(九)[月桂](2009/07/04 01:01)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(一)[月桂](2009/07/15 22:34)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(二)[月桂](2009/07/22 02:14)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(三)[月桂](2009/07/23 01:12)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(四)[月桂](2009/08/18 23:51)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(五)[月桂](2009/07/31 22:04)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(六)[月桂](2009/08/09 23:18)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(七)[月桂](2009/08/11 02:45)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十一章 徐州擾乱(八)[月桂](2009/08/16 17:55)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(一)[月桂](2011/01/09 01:59)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(二)[月桂](2009/08/22 08:23)
[74] 三国志外史  七章以降のオリジナル登場人物一覧[月桂](2009/12/31 21:59)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(三)[月桂](2009/12/31 22:21)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(四)[月桂](2010/01/24 13:50)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(五)[月桂](2010/01/30 00:13)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(六)[月桂](2010/02/01 11:04)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(七)[月桂](2010/02/06 21:17)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(八)[月桂](2010/02/09 00:49)
[81] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(九)[月桂](2010/02/11 23:24)
[82] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十)[月桂](2010/02/18 23:13)
[83] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十一)[月桂](2010/03/07 23:23)
[84] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十二章 悲壮淋漓(十二)[月桂](2010/03/14 12:30)
[85] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (一)[月桂](2010/03/22 15:41)
[86] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (二)[月桂](2010/03/26 02:19)
[87] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (三)[月桂](2010/03/31 03:49)
[88] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (四)[月桂](2010/04/09 00:37)
[89] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第十三章 北郷一刀(序) (五)[月桂](2010/04/12 01:13)
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[5244] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 各々之誇(二)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:49f9a049 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/04/08 23:24


 劉家軍3千が平原郡に到着したのは、つい昨日のことだった。
 何のためかといえば、先日の会議で約束していた物資の受け取りのためである。
 平原郡は、袁紹軍の手にもどった当初、都市としての力が大きく損なわれている状態であった。
 理由は言うまでもなく、黄巾党占領時の苛政、なにより占領地の住民を戦場の盾として用いる波才の戦法のためであった。住民の数そのものが大きく減じた以上、都市としての活力がそれに応じて衰退するのは、避けられないことだったのである。
 平原郡の建て直しは、河北制圧を志す袁紹にとって、何よりの急務。そして、その役目を命じられた者こそ、袁紹軍の軍師 田豊であった。


 田豊は軍略家として優れる一方、民政家としても堅実な手腕を有していた。
 他者から抜きん出た発想や政策を用いるわけではないが、地道に、隙無く、物事を推し進めていくのである。
 そのあたり、すぐに結果を欲しがる袁紹とは、軋轢が生じることもあるのだが、最終的には、田豊が時間をかけても結果を示してみせることで落着することがほとんどであった。
 今回、田豊は武装解除した黄巾賊の中でも、特に悪辣な輩は、民衆の面前で首をはねたが、余の者たちには恩赦を与え、彼らを労働力として平原の再建に取り掛かった。城壁を修理し、戦死者を葬り、家を建て、田畑を耕し――つまるところ、琢郡でおれたちがやっていたことと同じである。
 おれたちと違ったのは、田豊の手元には、無限にも等しい財貨が握られていることであった。


 平原郡をほぼ無血で手に入れた袁紹軍が得たものは、降伏した兵だけではない。波才を含め、これまで黄巾党がかき集めてきた財貨や糧食、その多くを、袁紹は手中に収めたのである。
 これは、今次戦役において袁紹軍が費やした費用を大きく上回るものであり、袁紹軍の府庫は当分の間、尽きることはないと思われていた。
 それにくわえ、先の会議では諸侯に費用の供出を命じたわけであるから、袁紹は笑いが止まらない状態であろう。
 また、だからこそ、劉家軍の物資の要望をあっさり受け容れたともいえる。こちらが望んだものなど、袁紹から見れば、はした金に過ぎなかったのである。
 この資金力を背景として、田豊は満を持して平原郡の復興に取り掛かる。すでに、街とその周辺の治安は大きな改善を見せつつあり、平原郡は、緩やかに、しかし確実に往時の繁栄を取り戻そうとしていたのであった。



◆◆



 劉家軍は鐙の礼に、公孫賛から軍馬を受け取った。軍馬が2百頭に増えました!
 劉家軍は会議の成果で、袁紹から軍馬を受け取った。軍馬が3百頭に増えました!
「――と、ゲームなら表示されるところだな」
「……はい?」
 おれの埒も無い呟きに、田豫が小首を傾げる。
「すまない、独り言だ」
「そうですか? では続けますが、やはり、袁紹軍の馬の質は、公孫伯珪様の軍よりも劣りますね。現時点で、為さねばならない教練の6割程度というところでしょうか」
 袁紹から引き渡された軍馬について、田豫が厳しい評価をつける。
 馬の知識に関しては、田豫が劉家軍随一である。自然、おれも相手の意見を聞く、という形をとっていた。
「実戦に出せないほどではありませんが、やめておいた方が無難でしょうね。とはいえ、質的には十分なものがあると見えますので、ある程度の訓練期間を設ければ、他の馬にひけをとらない域まで押し上げることは出来ると思います」
「そうか。やっぱり、問題なのは時間だなあ」
 おれは頭をかきながら、考えにふける。
 劉家軍には、騎兵になりえる兵士はすでに揃っている。大清河の戦いで遊撃部隊を務めた精鋭たちは、官軍所属の兵を除き、ほとんど劉家軍に残ったからである。
 鐙に関しては、馬と一緒に公孫賛から2百ばかりもらうことが出来た。相手の用意の良さに、おれも驚いたのだが、公孫賛曰く、鐙は、金と資材さえあれば、大した設備がなくても作ることは出来るとのことで、すでに遼西郡でも量産態勢に入っているとのこと。軍馬を引き渡すに際して、馬具をつけるのは当然だろ、と逆に笑われてしまった。


 公孫賛の多大な協力もあって、残るは、馬と人との訓練だけである。
 しかし、今はそのための時間がなかった。
 それに、3千しかいない劉家軍から、騎兵の訓練のために2百もの兵員を引き抜けば、その分、戦力の低下を招くのは明らかである。
 かといって、今度の戦が落ち着いてからゆっくり取り掛かる、などという余裕もない。というか、この戦の相手である青州黄巾党のことを考えれば、そもそも、戦がいつ終わるのかさえ判然としない状況なのである。
 のんびりと時間が出来るのを待っていては、いつまで経っても騎馬隊を編成することは出来ないだろう。


「つまるところ、移動中とか、そのあたりの時間を使うしかないわけだな」
「そうですね。騎兵は偵察、伝令、奇襲、撹乱、あらゆる戦で使えます。それらはいずれも、少数の軍が戦うに際して、重要なものですから、出来るかぎり早く習熟するに越したことはないでしょう」
「よし、決まり――で、騎兵部隊の将軍殿はどこにいったんだ?」
 おれがあたりを見回すと、田豫が困ったように頬を掻いた。
 それを見て、おれは答えを察する。
「……もしかして?」
「はあ。『雑事は2人に任せる』と仰って、その……酒の壷を抱えて、何処かへ」
 それを聞き、おれの眉がしかめられたのを見て、田豫が慌てて付け足す。
「い、いえ、多分、私たちに仕事を任せて成長させてやろうと考えての韜晦だと思うのですよッ?!」
「――まあ、そういう一面もないことはないだろうけど」
 多分、単純に酒が飲みたいだけではなかろうか。
 おれは新たに将軍となった趙雲の顔を思い浮かべ、深くため息を吐くのだった。


 騎兵部隊を率いる将軍は趙雲。
 そう決められた理由は、武芸の腕もさることながら、独自の判断で動くことのできる視野の広さや、応変の才を見込まれてのことだろう。
 その性質、そして少数であることからも、騎馬部隊は遊撃部隊として活動することがほとんどである。これまでは、張飛と鳳統のコンビが務めることが多かったのだが、この2人を少数の部隊に配する、というのは、劉家軍の人的資源を考えても少々もったいないと思われていた。
 新たに加わった趙雲は、武勇も戦況判断も卓抜しており、十分、この2人の代役を務められると、玄徳様や諸葛亮たちは判断したのだろう。
 その判断には、無論、文句のつけようがないのだが、この抜擢には続きがあった。
 田豫と、そして何故かおれが、その補佐につけられたのだ。


 田豫はそのために公孫賛に請い、加わってもらった人材だから当然として、なんでおれが騎兵部隊に配されたかといえば、どうも鐙の開発で、馬に適正あるんじゃないか、とか思われてしまったらしい。
 くわえて、先の戦いで、波才に見破られたとはいえ、奔流の計そのものは発動させることには成功していたので、その功に報いる、という意味もあったようだが、いずれにしても趙雲麾下の騎兵部隊の補佐役というのが、おれの最新の肩書きとなったのである。


「まあ、実際にやることと言えば、趙将軍が投げた仕事の処理だったりするわけだが」
「あ、あはは」
 おれのぼやきに、田豫が乾いた笑いで応じる。
 馬に関する実務面は田豫が、それ以外の仕事――書類だの、予算だのといった分はおれが引き受けている。
 そして、その間、趙雲は酒を飲む――なにかこう、いまいち釈然としないのだが、せめて平時くらいは役に立たねば、田豫はともかくとして、おれがここにいる意味がなくなってしまう。
 ぼやく暇があるなら、手と足と頭を働かせねばなるまいて。


 それに、おれ自身は戦に参加しないとはいえ、馬に慣れておくのは悪いことではない。むしろ、今後のことを考えれば必須であると言っても良い。
 部隊の仕事を処理しつつ、その合間に田豫から馬の扱い方を習ったり、実際に乗ってみるなどしていると、少しずつではあるが、馬に乗る姿も様になってきている……ような気がしないでもなかった。
 まあ、今日だけですでに5回以上、振り落とされているので、単なる気のせいである可能性は、おれも否定しませんが。うう、背中が痛い。
 




 軍馬や秣(まぐさ。馬の餌の干草やわらのことである)の受け取りを済ませ、劉家軍の陣営に運び込む。
 もちろん、おれと田豫だけで出来る作業ではないから、他の兵たちの手も借りてのことである。
 その作業が一段落すると、今度は別の作業が待っていた。


 平原城の一角に、物資の授受を行うために、と田豊が提供してくれた劉家軍の宿舎がある。
 おれはその宿舎に戻ると、早速、仕事にとりかかった。
 騎兵部隊に属すとはいえ、これまでやっていた仕事がなくなったわけではないのだ。劉家軍の兵数が飛躍的に増えたことにより、厄介ごともそれに比例して増え、荒くれ者の兵士たちは、まるでそれが日課ででもあるかのように、次から次へと諍いを起こしてくれる。無論、ほとんどは直属の将軍が処理してくれるが、彼らの手がまわらないものに関しては、別の者が当たる必要が出てくるのだ。
 これまではおれがそれに対応し、手に余る部分に関しては簡擁が処理してくれていたのだが、さすがにここまで人数が増えると、おれたちだけでは、到底、手が足りない。兵が増え、将軍が増えたのは喜ぶべきことだが、同じくらい文官も増えてほしいものである。
 さすがに、こういう仕事で諸葛亮や鳳統に助けを求めるわけにもいかないしなあ。

 

 そんなわけで、今度は陳情の山に埋もれて奮闘する。
 内容を挙げてみよう。
 ――関将軍の訓練は厳しい。心が折れそうです。出来れば張将軍の部隊に移してもらいたいのですが……
 ――是非とも騎兵部隊に配属してくれ。今は馬に乗れないが、趙将軍のために必ず覚えるから!
 ――このまえ、玄徳様に声をかけていただいた。感激した。これからも頑張ります。
 ――先日、廊下を歩いていたら、2人組みの女の子にぶつかって「気をつけろ!」と怒鳴ったら「はわわあわわ」と謝られました。今日、その子たちが軍師だとはじめて知りました。どうしたら良いでしょうか? 死刑ですか?
 ――ちぃ様はとてもよく働いているので、ご褒美をあげるべきだと思います。
 など等、多彩なものであった。多少、意訳あり。
 ほほえましいものもあれば、考えさせられるものもあったが、深刻な不安や不満は見当たらない。まあ、一部、陳情でも何でもない物も混ざってたが……あと、張宝に自演はやめろと言っておいた。
 些細と思われることでも、放って置いては、塵が積もるように不満も蓄積してしまうだろう。出来るかぎり、細かく対応していかなければならない。
「まあ、そうは言っても……」
 おれは隣で積み上げられた竹簡の山を見て、大きくため息を吐いた。
「……いつになったら終わるんだ、これ?」



 答え。
 夕方までかかっても終わりませんでした。しかも、まだ半分以上残ってます。
 物資の授受は数日で終わってしまう。出来れば、青州出陣までには終わらせたいが、根を詰めすぎても能率が下がるだけと考え、おれは宿舎を出た。
 大路を歩く人混みは兵士や民衆を問わず、多種多様だ。復興のための人手をかき集めてるせいか、かなり雑多な観があるが、活気だけは十分に感じられた。夕食時とあって、食欲をそそる匂いがそこかしこから流れてきており、空腹感を刺激する――もっとも、買い食いするほどの余裕はないので、劉家軍の食事の時間までは我慢するしかないところが、ちょっと悲しい。


 日が傾くにつれ、人混みはさらに過密さを増していった。
 城門が閉じられる時刻が迫っているので、帰って来る者、出て行く者が交差しているのだ。
 その波に飲まれそうになり、たまらずわき道に逃げ込んだおれは、城門近くの人の流れに視線を向けながら、外に出たことを少し後悔し始めていた。この中にいると、息抜きどころか、余計に疲れが増しそうだ。宿舎の中でぼーっとしていた方が良かったか。
「……戻るか」
 ぽつりと呟くと、おれは踵を返す。
 そのおれの背後で、閉門を告げる銅鑼の音が鳴り響く。
 夕日で赤く染まった平原の街を歩く人々は、その音にせかされるように、皆、各々の目的地に向かって足を速めるのであった。



◆◆



 太史慈は、平原の城門が閉ざされる、正に寸前、城内へと滑り込むことが出来た。
 重厚な音と共に閉ざされる城門を背に、太史慈は片膝をついて座り込みそうになる。太史慈をして、そうならざるをえないほどに、疲労と空腹感が強かったのである。
「おい、早くどけ。そんなところにおられては邪魔になる」
 城門を守備する兵が、汚れた太史慈の姿を胡散臭そうに見やりつつ、邪険に追い払おうとする。
 だが、その声が、朦朧と仕掛けていた太史慈の意識に、逆に活を入れてくれた。
 顔を上げた太史慈は、その兵士に対して、北海城からの使者である旨を告げ、早急に太守に会いたいと告げたのである。


 だが。
 太史慈の言葉に、兵士は面倒そうな表情をするばかりで、まともに取り合おうとしない。その理由は――
「使者というなら、まず身分を証明するものを提示せよ。手形の一つも見せず、声高に使者だと名乗ったところで信用する者がいる筈ないだろうが。大方、黄巾賊に荒らされた村から、援助を請いにでも来たのだろうが、使者を詐称するのは、本来なら重罪なのだぞ。今回は大目に見てやるが、次は軍律に照らして処断するゆえ、忘れるな」
 兵士は太史慈にそう警告したのだが、その顔にわずかに困惑が混ざりつつあった。
 薄汚い格好のため、わからなかったのだが、太史慈の声を聞いて、兵士は自分が話をしている相手が少女だとようやく気づいたのだ。見たところ、年端もいかない少女が、おそらく、ろくに休息もとらず、食事もせず、駆け続けて来たのだろう。憐憫を感じた兵士は、すこし声を柔らかくして、言葉を続けた。
「太守様に訴えたいことがあるなら、官衛でしかるべき手続きをして、順番を待つが良い。田太守は公平なお方だ。時間はかかるだろうが、話は聞いてもらえるだろう」
 そう言うや、兵士は首を振りながら、城門の警備に戻ってしまい、太史慈は1人、その場に佇むことになった。




 城門の兵士の言葉に理を感じた太史慈は、言われた通りに官衛に足を運んだ。
 ともすれば、疲労でもつれそうになる足を引きずるように、一歩一歩、ゆっくりと進む。
 北海城から、ずっと太史慈を乗せてくれた愛馬が、その後ろに続こうとするが、こちらも疲労は太史慈に優るとも劣らない様子で、その歩行は今にも倒れてしまいそうなほどであった。休息も、食事も、最低限で駆け抜けてきたのだから、それも当然のこと。太史慈は愛馬のたてがみを撫でながら、疲労を押し隠して微笑んだ。
「あなたはここで休んでいなさい。大丈夫、すぐ戻りますから」
 だが、馬は心配そうに太史慈を見つめ、小さく嘶く。そして、太史慈を案じるように、鼻先を押し付けてくる。
 太史慈は、礼を言う代わりに、もう一度、たてがみを撫でてやると、くつわと手綱を外し、鞍を下ろす。
 そして、手近な木まで曳いていき、そこに馬を繋ぎとめた。
 こんなことをしないでも、太史慈に慣れた馬は逃げ出したりはしないのだが、放したままにしておいて、不用意に近づいてくる人を蹴飛ばしてしまったりしたら大変である。
 本当ならば、秣をたっぷり与えて、ゆっくり休ませてやりたいところなのだが、太史慈は今、無一文の身だったりする。
 城を出るときに持っていた分を、追撃から逃れるため、黄巾党の兵士たちにばらまいてしまった為である。
 途中まで行動を共にしていた武安国とも、その戦いではぐれてしまった。
「武兵長、無事だと良いのですけど……」
 疲れた身体に鞭打って、官衛に向かって歩を進めながら、太史慈は小さく呟いた。



 だが、官衛にたどり着いた太史慈は、途方に暮れることになる。
 ものすごい行列が出来ていたのだ。それはもう、何人いるのか数える気にもなれないほどに。しかも、これから夜になるというのに、みな、帰る気配がない。明らかに、夜を越す覚悟であり、ついでに言えば、そのための準備をしている人が大多数を占めていた。
「どうしましょうか……」
 虚空に向けて問いを放っても、答えが返ってくることはない。
 聞けば、太守の田豊は、ほとんど徹夜で陳情の人々の対応をしているそうだが、それでもなお、これだけの人が残っているというあたり、平原郡に援助を請いにやってくる人の数がどれだけ多いのかがわかる。 
 城門の兵士の対応も、そういった背景があってのことだったのだろう。
 本来なら、太史慈もその列に並ぶべきなのだが、北海郡の情勢はそんな悠長なことを許さない。さらに、自分はともかく、愛馬には飼葉を買ってあげなければならない。
 では他にどうすれば良いのか。


 しばし考え込んでいた太史慈は、何かに気づいたように、ぽんと両手を叩いた。
「考えてみれば、城門が閉じた以上、そうそう人はやってきませんね。はやくお金をつくって……といっても、売れる物といったら、この弓くらいしかないのだけど」
 太史慈は布に包んだ状態で、背に負っている弓に手をあてた。
 祖母からは構わない、と言われてはいたが、さすがに、家宝の弓を売るのは気が咎める。本当に家宝かどうかは怪しいものだが。物置においてあったし。
 しかし、この弓が優れ物であることは、ここまでの戦いで誰よりも太史慈が1番よく理解している。家宝云々はともかく、祖母が大事に保管していたことは間違いないのである。
 しかし、他に手はない。
 明日、なんとか官衛の役人にあたってみよう。それがうまくいかないようなら、最後の手段として、騒ぎを起こしてでも太守に掛け合うしかない。
 そのためには、体調をととのえておく必要があり、そのためにも金が要り用になってくる。
 北海城で助けを待つ祖母たちの為に。太史慈を平原に行かせるために、身命を賭してくれた兵士たちのために。ここまで頑張ってくれた愛馬のために――そして今もぐうぐう鳴っている腹の虫をなだめるために。
「うん、それでいきましょう」
 太史慈は握りこぶしをつくり、自分自身に宣言するように、しっかりと頷くのであった。



◆◆



「ほう……これは」
 小さいながらも清潔さを保った門構えに惹かれて立ち寄った武具の店で、趙雲は小さく感嘆の声をもらす。
 店内に並べられた商品――剣や槍などの武具は、みな、灯火を受けて光沢を発するほどに磨きあげられている。
 品質そのものは、良いものでも中程度であるが、一つ一つの品物を、丁寧に手入れしていなければ、ここまでの艶を出すことは出来ないだろう。店主の商いへの誠実さが、そこには見て取れた。


 愛槍である龍牙を持つ趙雲は、別に武器を必要とはしていない。店内を覗き込んだら、後は踵を返してもよかった。
 だが、見えない何かが、外に向きかけた足を引きとめたようであった。
 気紛れさを発揮し、店内に足を踏み入れ――そして、趙雲の鋭い視線は、ほどなく一つの武器に吸い寄せられる。
 作業台と思われる机の上に無雑作に置かれた、一張の弓。
 その弓は、白銀が散りばめられた見事な造りをしていた。手にとってみると、ずしりとした程の良い手ごたえを伝えてくる。
 普通の弓よりも大きい造りをしているため、当然、重量もあるが、それは射手にとって扱い難いと感じるほどのものではない。全体の造作と重量の釣り合いが見事なのだ。おそらく、名工の手になる代物であろうと思われた。


 趙雲がそんなことを考えていると、店の奥から、やや慌しく店主が姿をあらわした。
「いらっしゃいませ。ご入用のものはございましたか?」
 そこまで言ったとき、店主の視線が趙雲の持つ弓に気づく。
「あ、まことに申し訳ございませんが、お客様、そちらは売り物ではございません」
「む、そうなのか?」
「はい。さきほど、当店でお預かりした物にございます」
「それならば仕方あるまい。しかし、かなりの逸品と見たが、持ち主は名のある御仁か?」
 趙雲の問いに、店主は首をかしげた。
「いえ、それがし、商いにて中華の各地を巡っておりますが、聞いたことはないお名前でしたな。しかし、いずれは中華にその名を轟かせる御方と見受けました」


 その店主の自信ありげな物言いが、趙雲の興趣をそそる。
「ほう、利に聡い商人にそこまで言わせるとは、面白い。しかし、それほどの人物が、どうして己の得物を手放すような真似をしたのか」
 そんな趙雲の疑問に、店主は落ちついた態度で答える。
「詳しい事情はわかりませんが、どうやらかなり懐が困窮しておられる様子でした。これだけの品ゆえ、出すところに出せば、大金を得られると申したのですが、時間がないとも仰っておりましたな」
「ふむ? それでは、この弓は、店主が買い取ったのではないのか?」
「形としては、そうです。しかし、私も商いを生業とするもの、それなりの目利きは出来ます。この弓は、しかるべき使い手が用いるべきものでありましょう。ゆえに、売主殿が再びお越しになる日まで、待つことにしたのですよ」


 趙雲は感心したように店主の顔を見た。
 人の好さそうな――つまりは、商人にはあまり向いてないと思われる優しげな面立ちと、直ぐな眼差しがそこにある。
「店主も人が良いな。それでは、そなたの利益がないように思えるが」
「はは、それがしも商人ゆえ、利益のない商いはいたしませぬ。買戻しの際は、多少、上乗せさせていただくことになりましょう。それに――あの少女の力は、戦乱の世を終わらせる礎となりえるもの。我ら商人にとって、戦乱ほど迷惑なものはありませぬからな。それを終わらせるための投資と思えば、安いものです」


 その言葉を聞いた趙雲の両眼に、楽しげな色合いが踊るように煌いた。
 店主の言葉に感銘したのが一つ。そして、店主にそこまで言わしめる人物に、さらに興味をそそられたのが一つ。
「私は趙子竜と申すもの。店主、そこもとの名をうかがいたい」
「……ああ、ただのお人ではないとは思っておりましたが、かの『不落の村』の英雄様でいらっしゃいましたか。ご尊名は、かねがね伺っておりまする」
 店主は趙雲の名を聞き、目を細めて嘆息した。店主なりの、精一杯の驚きの表現らしい。
「お耳を汚すだけと存じますが、お尋ねとあらば、お答えいたしましょう。私は張世平。かつては、平原を拠点とし、青州、冀州を中心として、武具や馬を扱う、それなりの商人でございました。しかし、うちつづく黄匪の跳梁によって、家財を失い、使用人たちは兵士としてとられ、いまや残ったのは、この小さな店と、妻のみ。資金を失っては、大きな取引をすることがかないません。ならばせめて、乱世を終わらせる一助になろうと、ここで武具の修理を行い、安価で売買を行っている次第でございます」


 この時代、商人として大成した者は少なくない。陳留で曹操の資金元となっている衛弘などは、正しく時代を読んで、成功した筆頭であろう。
 だが一方で、その成功が正当に評価されているかといえば、それは否であった。
 巨大な利を博す者が1人いれば、その陰には、損失を被った無数の貧者の姿がある。武器の売買は争いを促し、食料の買占めは米価の高騰を招く。物を作らず、物を使わず、その間で利益を得る商売という行為に対する偏見は、少なからず、人々の心に根ざした感情であった。
 機を見て敏であり、利を見て貪。それが人々の、商人への見方であり、それは趙雲とて例外ではなかった。
 だが、商人の中にも、利ではなく、信を重んじる者がいる。そのことに、趙雲は新鮮な驚きを覚えたのである。そして、そんな人物に、ああまで言わしめた少女とやらへの興味は、さらに募った。 
「その名、その志、覚えておこう。して、張殿が見込んだ、その弓の持ち主の名を教えていただけようか?」
「はい。あの少女の名は――」
 張世平が、ゆっくりと口を開いた。



◆◆



 人の出会いに、星の巡りというものがあるのならば、この日、劉家軍とその少女のそれは、最悪に近いものだったかもしれない。
 与えられた宿舎で仕事に追われている者たちは言うにおよばず。街を歩く者たちは、ほんのわずかの時が重ならず、邂逅に至らなかった。最も近づいた者でも、その名を知るのみ。
 やがて日が改まり、少女が行動に移ってしまっていたら、たとえその後に出会いが訪れたとしても、それは騒乱の罪を犯し、あるいは黄匪の間諜として追われる者との出会いにしかならなかった筈である。
 すれ違い、互いにそれと気づかずに遠ざかろうとする両者を結びつけたのは、万夫不当の将軍でもなければ、神算鬼謀の軍師でもない。あるいは、騎将の補佐としてかけずりまわる東夷の若者でもなかった。
 その人物は――





 普段、温厚な人ほど、いざ怒った時は怖いという――いや、だからといって、普段から怒り気味の人が怒っても怖くないぞ、というわけではない。関羽とか。それとこれとは別の話で、やはり怖いものは怖いのだ。
 それはさておき、もう一度繰り返す。普段、温厚な人ほど、いざ怒った時は怖いという。
 おれはその人物と行動を共にするようになって、まだ日は浅いが、その人物が怒ったり、あるいは気分を害したところをあからさまにしているところを見た記憶はない。
 だが、今、おれの隣にいる少年は、顔中に険をあらわにして、憤りの声を発していた。


「まったく、ここまで馬を酷使するなんて、何を考えているのか! 馬だって生きてるんだ。疲れもすれば、お腹も空くというのに!」 
 一心不乱に秣を食む馬のたてがみを撫でつつ、田豫は先刻から、途切れることなく非難の言葉をつむぎ続けている。
「そ、そうだな。うん、ひどい話だ」
「そうでしょう?! まったく、あと少しで手遅れになるかもしれないところでした。飼い主が来たら、一言いってやらないといけません!」
「う、うん、そうだな、注意してやらないと」
 おれは相槌を打つだけで精一杯であった。それくらい、田豫の怒り具合は凄かったのだ。
 もっとも、それを大げさだと言うつもりはない。おれの目から見ても、その馬はやせ細り、蹄鉄もぼろぼろの状態だった。田豫が調べたところ、蹄の方にも影響があったらしい。かなりの距離を、短期間で駆けさせられたせいだと思われるが、放って置くと、走ることに支障を来たす可能性があるとのことだった。


 田豫は蹄鉄工としての技術を持っているが、さすがにいつも道具を持ち歩いているわけではない。それに、人通りが少ないとはいえ、街中で微細な調整が必要な作業をするのは無理がある。
 そんなわけで、馬を宿舎に連れて行こうとした田豫だったが、これには馬が従おうとしなかった。縄を解き、促しても、その場から動こうとせず、主人の帰りを待つ構えである。
 実に見上げた心意気なのだが、これがまた、田豫の気に障ってしまったらしい。もちろん馬にではなく、飼い主に対するものであるが。
 曰く。ここまで懐いている子を、よくもまあ、こんなに粗略に扱えるものです、と。
 仕方ないので、その場に田豫を置き、おれがひとっ走り厩舎に行って、秣をもらってきたのが、つい先刻のことであった。



 
 おれは田豫をなだめつつ、周囲の風景に目を向ける。
 表通りから離れたこの場所は、人通りが少なく、おれ1人だけでは、木陰にいたこの馬を見つけることは出来なかっただろう。力ない馬の嘶きを聞きつけた田豫の耳の良さに感嘆すると共に、飼い主のことが少し気にかかった。
 元来、馬とはきわめて聡明な生き物である。人の顔を覚えることも出来るし、その相手によって態度を変えたりもする。
 親身に世話してくれる人には甘えもするし、初見の人間はばかにしたり、あるいは馬上から振り落とそうとしたりもするのだ。もちろん、馬術に優れた人物なら話は違うだろうが、たとえば、おれのような素人は、あっさりと見抜かれ、からかわれてしまうわけである……言ってて、少し悲しいが、まあ事実だしなあ。


 そのあたりのことを田豫から聞いたおれは、馬術の向上もさることながら、馬の世話などの基本的なことも習ったりしているわけだが、当然のように、1日2日で信頼を育める筈もなく、今日も今日とて、何度も馬上から振り落とされていたのである。
 それを考えると、この馬の、飼い主に対する信頼は厚いようで、それはすなわち、この馬の飼い主が、これまで馬の世話をしっかりしていた人物ということになる。
 そんな人が、ここまで馬を酷使するということは、そうせざるをえないほどの、大変なことが起こっているのかもしれないと考えられはしないだろうか。
 しかし、おれがそのことを口にすると、田豫からにらまれてしまった。
「どんな事情があるのであれ、馬を苦しめる行為が正当化されるわけではないでしょう。それとも、北郷さんは、急ぐ理由があれば、馬を使い捨てることも辞さないというのですか?」
「や、そんなことはないです。国譲の言うとおりだと思いますです、はい」
 おれは、慌てて大きく首を横に振った。
 田豫、馬のことになると人が変わるなあ。それだけ、馬に親しみを覚えてるのだろう。たとえ見習い扱いとはいえ、この年で、公孫賛が推挙する技量を備えた理由を垣間見た思いであった。
 ここは余計なことは口にしない方がよさそうだ、とおれが胸中で呟いた、その時。



 不意に。
「そこから離れなさい!」
 勁烈とさえ称しえる鋭い声が、おれと田豫の耳朶を貫いた。
 ほぼ同時に、おれの背筋に寒気がはしる。なんというか、爺ちゃんに不意打ちされた時のことを、脈絡なく思い出してしまった。必殺とか必勝とか、そのあたりの気配が向けられる感触である。
 おそるおそる振り返ったおれたちは、そこに、弓を構え、鋭い視線をこちらに向ける碧眼の少女の姿を見出し、凍りつくことになる。 


 
◆◆



 
 太史慈は弓を売って得た金で、何とか買い求めた秣を背負い、ふらつく両脚を叱咤して、愛馬の下に戻ろうとしていた。
 途中、太史慈自身が食事をする機会もあったのだが、まずは頑張ってくれた愛馬が優先だと、空腹を主張するお腹をなだめつつ、愛馬を繋いでいた木陰をのぞむ位置まで来た、そのとき。
 太史慈はそこに2人の男の姿を見つけた。
 それ自体は何ら問題はない。そこは誰かの家の敷地の中というわけではないのだから。
 問題は、男たちが太史慈の馬の紐を解いていることである。しかも、なにやら怪しげな動き(と太史慈には見えた)をしているではないか。


 これが平時であれば、太史慈とて誰何の一つもしてから行動に移っただろう。
 だが、北海城からここまでの道程の疲労。先行きへの不安。そして空腹という悪条件が、これでもか、とばかりに重なってしまい、さすがの太史慈も平常心を保つ、というわけにはいかなかった。
 今、太史慈が持つのは、売り払った家宝の弓の代わりに、あの店で買い求めた弓である。品質自体は良いが、さほど強弓というわけではない。普段の太史慈であれば、鼻歌混じりで引き絞ることが出来るだろう。
 しかし。
 今、太史慈はほとんど全力を使って、弓を引かねばならなかった。正直なところ、向こうが抵抗しようものなら、細かい狙いを定める自信はない。
 それでも、こちらが窮していることを知られれば、相手はそこにつけ入ろうとするだろう。
 油断なく弓を構えながら、太史慈は微動だにせず、こちらを見つめる2人に声をかけた。 
「その馬から離れなさい。武器を持っているようなら、それも足元に投げ出して」


 緊張しつつ放った言葉であったが、相手は存外、あっさりと従った。
 敵意がないことを示すように、両手を挙げた男の1人が、やや上ずった声を出す。
「……一つだけ聞きたいのだけど、良ろしいでしょうか?」
「……なんですか?」
 油断せず、相手を見据えながら、太史慈は促す。
「その馬から離れろ、ということは、この馬はあなたの馬ですか?」
「ええ、そうです。まさか城内で馬泥棒に遭うとは思いませんでした。あなた方は黄巾賊の一味ですか? もしそうならば、太守殿のところに突き出して、罪に服してもらわなければなりません……が」
 そこまで口にした時、太史慈はようやく愛馬の様子がおかしいことに気がついた。
 普段であれば、太史慈が近くに来れば、すぐに駆け寄ってくるのだが、今はそれどころではない様子である。
 ――食事に忙しくて。


「……あの」
 馬泥棒が、現場で馬に飼葉をやるなど、聞いたことがない。
 もしかすると、自分はものすごい勘違いをしているのではないか。ようやくその可能性に思い至った太史慈は、顔を蒼白にした。





 顔を真っ青にして、弓を下ろした相手を見て、おれは誤解が解けたかと、ほぅっと安堵の息を吐き出そうとした――のだが。
「こちらが馬泥棒なら、そちらは馬殺しですね」
 ……なんか、辛辣なことを口にする少年が1人、隣にいるのですが。
「なッ?!」
 その言葉に、愕然としている相手に向かって、田豫は滔々と非難をまくしたてた。
 曰く、馬を何だと思っているのか。
 曰く、おまえに馬に乗る資格はない。
 曰く、そもそも、ろくに確認もせずに相手に武器を向けるなど、武人にあるまじきこと。
 いきなり武器を突きつけられた怒りもあいまって、その詰問はとどまるところを知らない様子である。
 一方、相手も言われるままではいなかった。
 最初こそ、自分の非を認め、唇を噛み締めて俯いていたのだが、途中から耐えられなくなったようだ。
 ことに、馬を酷使した件に関しては、はっきりと言葉にこそしなかったが「事情も知らないのに」との感情を隠しきれていなかった。


「ああ、ほら、国譲。それだけ言えば、もう気は済んだだろ?」
 互いの非難が、感情的な罵りあいになりかけた頃合を見計らって、おれはようやく口を挟むことに成功した。
「でも、北郷さんッ!」
「いいから、落ち着けってば。ほら」
 そういって、おれは少女の方に視線を向ける。そこには、秣を食べ終えた馬が、主の姿に気づいてうれしそうに駆け寄っていく姿があった。
 同時に、田豫は、少女が背負った秣にようやく気がついたようだ。少女がどうしてそれを背負っているのかなど、考えるまでもない。
「あれは……」
「あれだけ懐かれてるんだ。普段から、よっぽど丁寧に世話してあげてるんだろう。そんな子が、無茶な乗り方をせざるをえなかった。事情はわからないけど、よっぽどのことがあったんだろう」
 まして、あの馬はかわらず主を慕っているのだから、おれたちが非難する理由はない――まあ、いきなり矢を向けられたことは、怒っても良いとは思うが、冷静に考えてみると、勝手に他人の馬の綱を外していたわけだから、誤解されても仕方ない一面はあるのではなかろうか。今回の場合、李下に冠を正さず、では済まなかったので、これも仕方ないことなのだが。
「……そうですね」
 田豫は、まだ、わだかまりがあるのか、少しむすっとした顔をしていたが、とりあえず矛は収めてくれた。やれやれ。こんな舌鋒が鋭い子だとは思わんかったよ。


 さて、あとはあの子のことか、と視線を再び少女に戻したおれの目に映ったのは、苦しげに地面に両膝をついた少女の姿だった。
 馬が気遣わしげに、鼻先を少女の頬に寄せている。
「ど、どうしました?」
 慌てて傍らに駆けよると、少女はなんでもない、と言いたげに首を左右に振る。しかし、明らかに少女の様子はおかしかった。どこか怪我でもしているのか、と考えたおれの耳に、その時、いやに緊張感のない音が響いてきた。


 何というか、文字で表現すると「ぐー」としか書きようのない音が。


「あー、その……」
 おれは、顔を真っ赤にしている少女の顔を見かねて、あさっての方向に視線を向ける。
 とっさに気の利いたことなど言える筈もなく、おれは、さて、こういう時はなんと声をかけるべきかと途方に暮れることしか出来なかったのである。





 これが、後漢末期の戦乱において、誠実な為人と、神技に等しい弓術とによって、その名を屹立させる太史慈と、おれとの最初の出会いであった。
 ――のだが。
「なんか、腹ペコキャラという印象が残ってしまったのは、致し方ないことではなかろうか?」
「致し方なくありません! 即刻、正して下さい!」
 顔を真っ赤にした太史慈と、そんなやりとりをすることになるのは、もう少し先のことであった。



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