「え゛?」 思わず、人間には出せない声を出しそうになりました。 同士討ちを行っている黄巾賊の陣中から、使者とおぼしき一団がこちらに向かってきたのは、つい先刻のこと。 当然のことだが、こちらは罠を疑ってかかる。城内に入れるなど、危険すぎて出来るはずがないではないか。 とはいえ、相手が何を交渉しようとしているのかは、やはり気にかかった。まさか眼前で同士討ちをしつつ、降伏勧告でもあるまい。 一応、相手の主張だけでも聞いてみよう、と衆議一決した劉家軍の面々は、城壁越しに、此方にやって来る使者たちに視線を向けたのだが……「あれは……」 呆然と言葉を失ったおれを見て、諸葛亮が怪訝そうに話しかけてくる。「どうしたんですか、一刀さん?」 おれの視線が向けられている方向を見た鳳統も、小首を傾げる。「あの使者の人たち、一刀さんのお知り合いですか?」「ん、まあ知り合いといえば知り合いかな」 鳳統に返事をしながらも、どうして黄巾党の党首たちが、こんなところにいるのかを考えてみる。 見れば、使者とおぼしき者たち――つまりは、張角たちは3人しかいない。 正式に黄巾党として行動しているのであれば、供の数は10人や20人ではきかない筈、ということは……「陳将軍!」 おれは、この場の最高責任者に声をかける。「どうされた、北郷殿?」「城外で、あの使者たちと話がしたいのです。許可いただけますか?」 黄巾党の者を城内に招き入れるとなれば、反対する人が必ず出てくるだろうし、城内の人に変に邪推されて、劉家軍が疑われてしまっては大変だ。 であれば、おれが外で張角たちと話をすれば良い。最悪、これが敵の罠だったとしても、城の外であれば、他の人たちに迷惑はかからないだろう。 陳到はおれの突然の言葉に、驚いて目を見開く。だが、おれが冗談を言っているわけではないことはわかったらしい。困ったような顔で、頬を掻く。「お知り合いの方とはいえ、しかし、それは危険ではありませぬか?」「それは否定しませんが、あの人たちを放っておくと、もっと危険なのです」 主に、おれの命が。 城にいながら、何もしなかったと知られれば、ただでは済むまい。「その時」のことを想像すると、背筋に悪寒がはしる。「あの3人、それほどの実力の持ち主だと?」「実力の意味にもよりますけどね」 とりあえず、張角の魅力と、張宝の行動力と、張梁のマネージング能力は、天下一品であろう。 その力は、主にアイドルグループ「数え役萬☆姉妹」としての活動に費やされていたのだが、そのおこぼれをもらっていた波才と張曼成、程遠志らでさえ、これほどの乱を引き起こすことができたのだ。もし、あの姉妹が本気で黄巾党として活動していたら、それこそ、今頃、黄巾党の国が出来ていたとしても不思議ではないだろう。 味方になってもらえれば最善、悪くても敵にまわすのは避けるべし。 とはいえ、彼女らが黄巾党の党首姉妹であるということを、言明してしまうのも、それはそれで問題がある。そんな厄介な相手なら、さっさと処刑してしまえ、と言う人も出てくるだろう。というか、この時代であれば、それが普通である。 であれば、とりあえず、張角たちの意図を確認するためにも、直接会って話しておきたい。逃げるつもりなら、時期を見て逃がしてあげれば良いし、それ以外の目的があるようなら、玄徳様に相談しても良い。 張角と玄徳様なら、なんとなく相性が良いような気もするしな。うん。 あの、ほけーっとしたところなんかが特に。 考えたこと全てを説明したわけではなかったが、陳到はおれの言にそれなりの信頼を寄せてくれているらしく、最終的には許可してくれた。もっとも、おれ1人、というわけにはいかず、護衛をつける――というか、陳到たちもついてくる、という条件の下で、であったが。 後半部分は、ちっこい軍師たちの抗議が実った形である。 あれですね、陳到さん。「自分は将軍の責務には向かない」とか言っていたけれど、調整と決断の妙は、十分に指揮官たるに相応しいですよ。 ――かくして、再会の時は来る。 それは同時に、劉家軍と張姉妹との出会いを意味していたのだが―― しかし、この時、おれはこの邂逅の意味を、それほど明確に意識していたわけではない。 その歴史的な意義も。その後にもたらされる勢力の変化も。 そして何より、その両者の間で身をすり減らすような苦労をする羽目になる自分の運命に対してさえ。 この時のおれは、気づいていなかったのである。◆◆ いち早く、おれの姿に気づいたのは、張角だった。「あー、一刀だー♪ おーい、一刀~」 ぶんぶんと両手を振ると、張角は馬から下りて、駆け足でこちらに近づいてくる。 一応、こちらとは敵対関係のはずだが、ためらう素振りさえ見せない。 そこまでは、まあ予測してないわけではなかったが、おれのところまで駆け寄ってきた張角が、少しも勢いを緩めず、胸の中に飛び込んできたのは、さすがに予想外だった。 戸惑いはしたが、しかし、関羽の訓練に耐え抜いた身体は、女の子1人受け止めることもできないほど、やわではなかった。「っとぉ?!」 あぶなげなく張角の身体を受け止めながら、おれは今の自分の状況に気づき、思わず赤面してしまった。 再会した少年と少女。少女はためらうことなく、少年に身体を預ける――これ、なんてラブコメですか??「わーい、一刀だ一刀だー♪」 一方の張角は、そんなおれの動揺に気づく様子もなく、ぐいぐいと身体を押し付けてくる。 女の子の身体の、柔らかい感触がはんぱなく感じられた。それでなくても、張角は美人でスタイルも良いのである。健康な高校生として、この雰囲気に少しの間、浸ったところで誰も文句は言えないのではなかろーか? おれが内心でそんな言い訳をしていると。 不意に、首筋になにやらちりちりとした視線が感じられた。 まずい――何がまずいかはわからないが、とにかくこのまま相手の勢いに流されると、命に関わる事態が起きる。滅多に働かないおれの直感が、派手な警告音をあげて、おれに自重を強いてきた。 おれは穏やかに――その実、全身全霊を以って――張角の肩に手をおき、密着した身体を引き離した。「お久しぶりです、伯姫様」「うん、ひさしぶりー♪ 一刀が勝手に姿を消して以来だねー」 にこやかに、きつい言葉をかけられるというのは、結構こたえるものですね、あははは…… おれは冷や汗をかきながら、いたし方なかったのだと言い訳を述べなければならなかった。 ちなみに、伯姫とは張角の字である。ついでに、張宝は仲姫、張梁は季姫という。もっとも、アイドルという立場上、みな、おもいっきり真名で呼んでいるため、あまり使われることはない。「あーーー、一刀じゃん! なんでこんなところにいんのよ、あんた?!」 張角にくどくどと言い訳を並べ立てていると、おれのことに気づいた張宝が勢い良く駆け寄ってきた。その後ろには張梁の姿も見える。 おれと視線が合うと、ほっとしたような笑みをのぞかせたあと、小さく肩をすくめて見せた。 その仕草の意味を悟り、おれはさらにだらだらと汗をかく。 姉たちを止めるつもりはない、ということか! うう、張梁も結構怒ってるっぽいなあ。 そう考えていたおれに、後背から穏やかな調子の声がかけられる。「――北郷殿?」 諸葛亮のにこやかな声に、おれは救われたように後ろを振り返り―― そして知る。 敵は前門の虎のみにあらず。後門に控える狼もまた、おれの命を虎視眈々と狙っているのだ、と。 諸葛亮と鳳統の眼差しは、木枯らし吹き荒ぶ冬の曇天を思わせる冷たさだった。身体の芯から凍えそう、という意味で。 おれは瞬時に、孤軍での戦いに限界を見出す。ここは援軍を求めるべきだ。 だが、おれの視線の先では、簡擁と陳到が、こそこそと馬首を返しているところだった。「そういえば陳将軍。碁はやりなさるのか?」「ええ、嗜む程度ではありますが」「ほほお、それは良い。近頃、相手がいなくて退屈しておったところでして。どうです、これから一局?」「ふむ、面白そうですな。では早速参りますか」 声をかける暇もあらばこそ。 なにやらにこやかに会話を進め、2人はこの場から離れていってしまった。「これが年の功、か。見事だ……」 思わず、感嘆の呟きを発するおれに、再度、諸葛亮の声がかかる。「北郷殿。説明をしていただけますか?」「……(こくこく)」「ねえ一刀、あれから何やってたの??」「ちょっと一刀、こっちを見なさいこっちを! ちゃんと説明してよね!」 前後からかかる詰問の声に、おれは深く、地の底にまで届きそうなため息を吐くのだった……◆◆ その後、色々すったもんだあったのだが、そこは省略する。何故って? もう思い出したくないからに決まってるじゃないですか、あっはっはっは……はぁ。 簡擁がやや気の毒そうに口を開く。「北郷殿、この短い間に、ずいぶんとやつれられたのう」 ええ、あんたたちが、碁をやってる間中、散々に詰問されてましたので。いや、あれはもう詰問というより、尋問と言った方が良かったような気もする。「慕われておるようで、結構なことではござらぬか」「本気で言ってるのでしたら、眼医者にかかられることをお勧めしますよ、陳将軍」「む? それがしはいたって本気ですが、間違っておりましたか?」 はて? という感じで首を傾げる陳到。 おれはため息を吐きつつ、肩をすくめた。「いえ、忘れてください。それより、城内の人たちと、黄巾党の兵たちの様子はどうですか?」 おれの問いに、2人は表情を真剣なものに改めた。「城内の者は、混乱はしておるようですが、今のところ、目立った諍いは起きておりませぬな」「黄巾党の者も同様です。やはり、張伯姫殿じきじきのお言葉が効いているようで」「――ひとまずは安心、ということですね」 おれはほっと胸を撫で下ろす。 先刻、本人たちの同意を得て、おれは張角たちの正体を皆に明かした。今回の乱はもちろん、これまでの黄巾党の狼藉に関しても、彼女らはほとんど関与していない、という事実も含めて。 反応は――案の定、芳しいものではなかった。 もっとも、それは当然のことでもある。張角たちが黄巾党を担ってきた以上、たとえ掣肘しようがなかったとはいえ、黄巾党の横暴に対して責任がない、と言い張るのは詭弁に類する。 実際、張梁などはそれを把握しつつ、自分たちの活動を行っていたのだから、尚更だ。もちろん、おれだって同様である。黄巾党にいた時、おれは黄巾党の暴虐を承知の上で、そこに胡坐をかいて生きていたのだから。 そのことは承知しているのだが、かといって、ここで張角たちを追い払うのもまずいのである。 張曼成の軍はなんとかなるだろうが、新たに現れた冀州からの軍勢が合流すれば、その限りではない。しかも、波才直属と思われる軍勢は並々ならぬ強さを秘めているようだ。 張角を処刑なり、捕虜なりにするのも、同様の危険がある。いや、相手の戦意を高めるという点を考えれば、それは下策と言っても良い。 逆に張角たちを受け容れれば、少なくとも、敵から1万は引き抜けるし、一般兵たちの動揺を誘うこともできるだろう。張家の姉妹に陣頭に立ってもらえれば、戦わずして勝つことも不可能ではない。うまくいけば、河北諸州で蜂起した黄巾党の勢いすら、断ち切れるかもしれない。 そういったことを、おれは劉家軍の面々に説いた。ええ、それはもう必死で説きました。 理由は色々あるが、最も大きなものは、先に陳到に述べたように、張角たちを敵にまわすことは断じて避けたかったことである。もし、これが原因で張角たちが本当に、自分たちの意思で黄巾党を動かすようになれば、大陸の混乱はこれまでの比ではなくなると思えたから。 率直にいって、波才や張曼成など、本気を出した姉妹の敵ではあるまい。人の心を熱狂へと導く才を持つ3人の力は、それほど恐ろしいものなのである。 そんなおれの熱弁が功を奏したのか、渋々ではあるが、諸葛亮が賛同の声をあげてくれた。「もちろん、玄徳様や関将軍がこの場にいない以上、あくまで暫定的なことですが」との注釈付きだったが。鳳統も諸葛亮と同じく、首を縦に振ってくれた。軍略に通じた2人は、ここで張角を引き入れる利を認めてくれたのだろう。 この2軍師が賛同すれば、今、幽州にいる劉家軍の面々で反対にまわろうとする者はいない。 陳到と簡擁の同意も得て、張角たちはなんとか県城に入ることができたのである。 だが、そこで安心してはいられなかった。むしろ本番はそれからだったのである。 とりあえず、張角たちが引き連れてきた1万の黄巾軍を城内に収容し、なおかつ、それを皆に納得できるように説明せなばならない。 筋書きとしては――黄巾党の中で傀儡となっていた張家の姉妹が、暴走する黄巾党を自らの手で食い止めるために、意を決して起ち上がった、ということにした。 で、それに賛同した1万の兵を率いて城を出た張角たちだが、波才にその行動を阻まれ、幽州まで戦いつつ落ち延びてきた、という流れである。 城内の民や兵には劉家軍から、黄巾党の兵士たちには張角の口から、それぞれ説明してもらった。 はい、そうですか、と納得されないのは、まあ当然といえば当然のこと。不審をあらわにする者も少なくなかったし、互いに罠ではないか、と疑いの眼差しを向け合う光景が各処で見られた。 だが、幸か不幸か、互いにとっての共通の敵の存在が、そういった反感や疑念を押さえ込んでくれた。 張角たちを追尾してきた波才軍2万が、使者を出すこともせず、県城の南と西を扼すように陣を布き、城攻めの気配を見せたのである。 こうなれば、城内で揉め事など起こしては、敵に乗ずる隙を与えるだけである。 かくして、劉家軍と黄巾軍は、奇妙な共闘体制をとることになったのだ。◆◆「で、一刀……さん。この戦いの後はどうするつもり?」 張梁の言葉どおり、今の状況はいわば非常事態ゆえの臨時的なもの。敵を撃退すれば、問題は再燃するだろう。なんといっても、黄巾党党首が官軍に与する、というのはあまりにも信憑性がない。 だが、実のところ、おれはそこまで考えていなかったし、また考える必要もない、と思っていた。というのも……「玄徳様がどう判断するか。季姫(張梁の字)様たちがどうしたいのか。そのあたりがわからない以上、おれが1人で考えても無駄になるだけでしょう。ただ――」「ただ?」「次の戦いで、黄巾党がきちんと戦う姿を見せることができれば、当面の間は季姫様たちを害しようとする者は出てこない筈です」 おれの言葉に、張梁は小さく笑う。「――ふふ」「な、なんですか?」「いいえ、しばらく見ない間に、ずいぶんと変わったようだから。玄徳、というのが、今のあなたの主君なの?」「はい。もっとも、おれがやっていることというのは、軍の食事の支度やら不満処理やら、そういったものばかりなんですけどね」 おれは片手で頬をかく。「それも、元はといえば、季姫様に鍛えられたお陰で身についたものです。おれにとっては、玄徳様と季姫様たちはどちらも恩人。恩人同士、刃を交えるような事態にだけはさせないつもりです」 そう言うおれの顔を、張梁はすこし目を細めて見上げてきた。「私たちは、自分たちの命が危険に晒されない限り、無闇に戦うつもりはないわ。だから、黄巾党に関しても、責任を感じないわけではないけれど、彼らを命がけで止めようとまでは思ってない。もし、あなたが、私たちにそういう役割を期待するようなら……」 張梁の言葉に、おれは軽く頷いた。「わかってます。けれど、今、逃げたところで、官からも黄巾党からも追われる身になってしまうだけでしょう? それでは、おちおち歌うことも出来ない」「……そうね。それは確かに」「であれば、とりあえず――という言い方はなんですが、官に文句のつけようもないくらいの大功を示して見せては? 黄巾の乱と、張家の姉妹が関わりないのだと認めさせることが出来れば、少なくとも逃げ回る必要だけはなくなるでしょう」 おれの言葉に、張梁は肩をすくめてみせる。「朝廷の役人が、そんなに甘い判断をするとは思えないけど。功績を全部取り上げた上で、張角たちを捕まえた、と報告するのが関の山よ」「ええ、まあ、それが普通ですよね」 知らず、苦笑がこぼれでる。張梁の予測は至極正しい。おそらく、実体験にもとづくものなのだろう。 だが。「――1度、玄徳様と会って欲しいのです。玄徳様ならそういうことはしない、とおれは考えてますし、多分、季姫様たちも同意いただけると思うんです」「あら、ずいぶん信頼してるのね?」「ええ。人の好さだけで言うなら、大陸屈指でしょうね、きっと。あとは――」「あとは?」「お気楽さは、伯姫様と良い勝負かと……」 おれの言葉に、張梁は最初、目を丸くし、ついで小さく吹き出した。「なるほど。天和姉さんと同じ性格の人なら、たしかに功績を盗んだりはしないかもね」「はい。それに、玄徳様自身は、いまだ義勇軍の長に過ぎませんが、遼西の公孫太守の学友でもあります。そのあたりの縁故で、季姫様たちの自由を保障することは、不可能ではないでしょう」 それは、口で言うほど簡単なことではない。それはおれも、張梁もわかっていた。「もし、どうしようもないようであれば、それこそ死んでもらうことになるかもしれませんが――」 おれがそこまで言った時だった。『ええーーーッ?!』 なにやら賑やかな声と共に、勢い良く姿を現したのは―― 張梁が呆れたように、こめかみに手をあてる。「姉さんたち、盗み聞きしてたの?」「盗み聞きじゃないわ。人和が急にいなくなったんで、心配して探してたら、たまたま2人の会話が聞こえてきたのよ!」「……」 唐突に始まった姉妹の言い合いをよいことに、おれはこっそりとその場を離れようとしたのだが――「そこ! 逃げるな!!」「はいぃッ!」 無理でした。「というか、私たちに死んでもらうってのはどーいうこと?!」 そういって、おれの胸倉を掴み、がくがくと揺らす張宝。 背はおれの方が大分高いため、力を込めにくい筈なのだが、振り払うことを許してくれない。「いい、いや、ちゃちゃ、ちゃんとしたり、理由があるんですってばああ?!」 揺れながら必死に言い訳するも、どうやら張宝の耳には届いていない様子だった。 のみならず、それまで無言だった張角まで参戦してくる始末だった。 しかも。「一刀ッ!!」「ひぃッ?!」 滅多に――というか、多分はじめて聞く張角の一喝であった。おれはもちろん、張梁も張宝も目を見張っている。 じーっとこちらを見据えてくる張角。そこに、いつもの笑みはない。 怪我の功名というべきか、張宝の攻撃もストップしたのだが、さっきまでとは別種の緊張が、おれの額に汗を滲ませる。「――私たちに死んでもらうって言ったよね?」「は、はい、言いました! 言いましたが、でもそれには理由が……」「言い訳しないッ!」「ははぁッ!」 思わず平伏しそうになりました。誰ですか、この曹操なみの覇気をまとった人は。「それはつまり――」 おれはがくがくと震えつつ、張角の次の言葉を待つ。 なんか、裁判官の判決を待つ被告の気分ですよ。いや、そんな経験があるわけじゃないが、なんとなく。 おれは、畏怖に満ちた目で張角を見る。 すると――不意に、張角の顔がふにゃっと崩れた。「死ぬ気でおれについてこい! って意味なんだね~♪」「ははッ! ……って、へ?」「わわ、どうしよう、ちぃちゃん、人和ちゃん。私、一刀に告白されちゃったよ~♪」「えええーーッ?!」 マテマテ待て! どこをどう曲解すると、そういう結論に達するんですかッ?! だが、おれが口を開く間もあらばこそ。 張宝の口が勢い良く開かれた。「ちょっと姉さん、そんなわけないでしょ!」 おお! 張宝、その通り。もっといってくれ!「一刀は私に向けて言ったのよッ!」「ちがーーーうッ!」 思わず絶叫するおれだった。 張角は頬を膨らませ、詰問してくる。「じゃあ、人和ちゃんに告白したの?」「あら、それは嬉しい、かも」「それも違う! というか、季姫様もわかってて言うのはやめてくださいよ! あと、いい加減、告白から離れてッ!」 張宝がその言葉を聞いて、なにやらぶつぶつと呟きだす。「人和に言ったわけでもない……告白でもない……ま、まさか?」「今度は何ですか?!」「まさか――結婚の申し込みッ?! しかも3人同時に! 一刀、あんた、いつからそんな大胆に?!」「うわー、一刀だいた~ん♪ でも、姉妹3人同時にっていうのは、ちょっと節操がないよ?」「……ぽ」「ちっがーーーうッ!!」 おれの口から再び絶叫がほとばしる。 だが、それに続きかけた言葉は、第三者の乱入によって、未発に終わることとなる。『えええええッ?!』 唐突に響き渡る驚きの声。 今度は何だ、と血走った目で振り返ったおれの目に映ったのは、なにやら驚愕に目を見開いている諸葛亮と鳳統の姿だった。「は、はわわ、か、一刀さんが結婚の申し込み?! しかも3人同時に?! どど、どうしよう、雛里ちゃん?!」「あ、あわわ、どうしようと言われても……ここはやっぱり、お祝い? あ、あと玄徳様たちにお知らせして……」「やめーーーいッ!!!」 もう遠慮も会釈もあらばこそ。 おれは本気になって2人の軍師の首根っこを引っつかみ、張角たちと一緒のところに連れて来た。 そして、小さくひと言呟く。「……座れ」『え?』 5人の声が重なる。「そこに座れッ!! 今からじっくりとおれの考えについて説明する! 質問はなし! 疑問も不要!! あと、退席は却下!!」「ぶーぶー、横暴だよ~」 張角が抗議したが、おれがひと睨みすると、何故だか乾いた笑顔で、そそくさと座り込んだ。 ひそひそと声が聞こえてくる。(……ねえ、人和ちゃん。ちょっとやりすぎたかな?)(……うん、そうかも)(……なんか一刀の奴、性格変わってるわね)(……はわわ、あのあの、状況の説明を求めたいのですけれど)(……あわわ、なんだか一刀さんの目が血走ってますよぅ……)「……なんか言ったか?!」『いいえ、何にも』「よし! では早速説明を開始する! 記録は不要、その脳髄にしっかり叩きこめぃッ!!」『りょ、了解です!!』 かくて。 おれの穏やかな説得を受けた張家の姉妹は、黄巾の乱を終結させるまで、出来るかぎりの協力をすると約束してくれた。 もし、民衆や他の官軍が不穏な動きを見せるようなら、それは劉家軍が何とか助ける、ということで軍師たちの許可ももらうことができた。 いやー、やはり言葉は偉大だな。何事も、まずは話し合いから、という良い見本であった。 ……なぜだか、すべてが終わったとき、姉妹も軍師たちも、少しやつれていたような気がしたが、多分おれの気のせいだろう。うんうん。◆◆ そうして、北郷が立ち去った後。「……姉さん……」「……なーに、ちぃちゃん……?」「これからは、あんまり一刀をからかうの、やめましょ……」「そうだねーー……」 語り合う姉妹の語尾に、深いため息が続いたのは言うまでもなかった……