「くッ?! こやつ、本当に人間なのか?!」「さてな。あるいは人外の化生なのかもしれんが……確かなことは、華琳様の大望の行く手を阻む障害であるということだ」「そうか! ならば人間かどうかなど関係ないなッ!」 夏侯惇は、大剣を振りかざして眼前の敵手に叩きつける。 敵将はそれを避けようとするが、夏侯淵の精妙な弓矢の連撃が、敵将に回避を許さない。 そして、それにつけこむように、袁紹軍の2将も攻撃を繰り出していく。「隙あり! おりゃああああッ!」「うう、4対1で、しかも後ろからっていうのはあんまりだと思うんだけど……ごめんなさい!」 文醜の豪剣が唸りをあげ、顔良の鉄槌が相手を打ち据えんと咆哮をあげる。 もらった、と4者4様に確信した連合軍屈指の猛将たち。 しかし。 呟いたのは、ただひと言。繰り出したのは、ただ一閃。駆け出したのは、ただ一足。 ただそれだけで、敵将呂布は、その包囲網を破ってのける。「………邪魔」 下から上へ。方天画戟が夏侯惇の大剣を宙に弾き上げ。そのまま後ろも見ずに、戟を上から下へ。背後から迫っていた文醜の豪剣を地面に叩きつける。 かすかに首を傾け、紙一重の間合いで夏侯淵の矢を避け。赤兎のただ一足分の跳躍で、顔良の攻撃を難なくかわす。『なッ?!』 必殺を期した一撃を苦も無く避けられ、曹袁両家の猛将たちは言葉を失った。 そして、その彼らに、ようやく後方から追いついてきた呂布の親衛隊が攻撃を仕掛けた。「恋殿ーー、陳宮が参りましたからにはご安心を! それ、卑怯にも4対1で敵将を討ち取ろうとする輩に正義の鉄槌をくらわしてやるのです!」 陳宮が腕を振り下ろすと、たちまち矢の豪雨が4人の将軍たちに襲い掛かる。 降り注ぐ矢を避けながら、夏侯淵は小さく笑みをもらした。「まさか董卓軍の将から卑怯よばわりされるとは思わなかったな」「何を笑っているのだ、秋蘭! 悪逆無道の董卓ごときの臣下に好きなように言わせておく気か!」「姉者はそういうがな。客観的に見て、今の我々の行いは胸を張れるものではないのではないか?」「む、むう、確かに多対一というのは公正とは言いがたいが、しかしだな……」「わかっている。正しいか間違いかではない。我らにとって華琳様の命令こそが正しいのだ。そうだろう、姉者?」 妹の言葉に、夏侯惇は大きく頷いた。「その通りだ! 華琳様の期待に応えるためにも、なんとしても呂布めを討ち取らねば……」「いや、待て、姉者。華琳様は、何も呂布を討ち取れとは言ってな……」「曹家の大剣、夏侯元譲、参る! 敵将呂布よ! そこを動くなあああッ!」 夏侯淵の言葉が終わらぬうちに、夏侯惇は雄叫びと共に突撃していた。 その後姿を見ながら、夏侯淵は小さくため息を吐いた。「まったく……姉者、人の話は最後まで聞くものだぞ。これだから、桂花に猪などと揶揄されるのだ」 だが、次の瞬間には、夏侯淵の自慢の強弓は、正確に呂布の眉間に狙いを定めていた。「だが――それでこそ我が姉、夏侯元譲。姉者が突き進むなら、私がその後背を守れば良い。華琳様の歩まれる天道を祓い清めるのが、我らの務めなのだからな」 夏侯惇だけではない。夏侯淵もまた、1人の武人として、蓋世の雄に挑みたいという覇気を胸に抱いていたのである。 だが。 夏侯姉妹が戦意を高ぶらせ、再度、呂布へ挑もうとした矢先、後方の曹軍本営から退却の銅鑼が鳴るのを、2人の鋭敏な聴覚は捉えていた。 その銅鑼に込められた曹操の意思を瞬時に悟り、夏侯淵はたちまち冷静さを取り戻す。「姉者、引くぞ」 慌てて馬をさおだたせながら、夏侯惇は困惑した様子で妹を顧みる。「し、しかしだな、秋蘭。ここまでやられ放題で戻っては、華琳様に合わせる顔が……」「では、華琳様の命令を無視した上で、華琳様の御前に戻るつもりなのか、姉者は?」「うぐ……そ、それは避けたいな……」「だろう? なら、早く本陣に戻らねばな」「うう……わ、わかった。くそ、呂布め、運の良い奴だ! 今度会ったときはおぼえていろ!!」「あらら、夏侯の姉ちゃんたち、帰っちまうぜ、斗詩」「ええーーッ?! ちょ、ちょっとちょっと、私たちだけで飛将軍の相手なんて出来ないよ!」 文醜はがりがりと頭をかきながら、顔良の言葉に頷く。「そだな。というか、4対1でも勝てる気しないぜ」「ああ、それは同感かも……どうする、文ちゃん?」「どうするって言っても、逃げるしかなくないか?」「賛成」 2人は同時に馬首を返し、飛将軍の鋒先から逃れる。 自軍に向かいながら、文醜は天を仰いで慨嘆する。「ああ、麗羽様がこっちにいないのが唯一の救いだなあ。まあ、戦が終わったら、またぶちぶちと文句言われるんだろうけど」「でも、元皓さん(田豊の字)も、無理する必要はないって言ってくれてたし、麗羽様にとりなしてくれるんじゃないかな?」「うーん、あのハゲ軍師さんねえ。いつもみたいに真っ向から麗羽様の間違いを指摘して、余計に手をつけられなくさせそうで怖いなあ」 それを聞いて、顔良は、うっと呻いた。容易にその場面が想像できたからである。「……もうちょっと言葉を和らげてくれれば良いんだけどね、元皓さんも。麗羽様も、元皓さんの才能は認めてるんだから」「いやいや、ありゃもう根っからまっすぐの熱血軍師だから、言葉を柔らかくとか無理だって。あたしらに出来るのは、巻き込まれないように逃げることだけさ」「文ちゃん、表現が直截的すぎるよ……」■■「恋殿、追わずともよろしいのですか?」 敵将の退却を見送る呂布の姿に、陳宮は不思議そうに問いかけた。 曹操軍の夏侯惇、夏侯淵。袁紹軍の顔良、文醜。いずれも、今後の障害となるであろう大物ばかりである。ここで禍根を断っておかねば、とは陳宮ならずとも考えるところであった。 だが、呂布は小さく首を振ると、更なる進軍を指示する。「………狙うのは、袁紹の首だけで良い」「た、たしかに、今は欲を出せば敗北を招いてしまいますな。軍師たる身がお恥ずかしいことを申し上げてしまいました。では、敵、第三陣へ突入いたしましょうぞ!」「………うん。みんな、突撃」 何の飾りもない呂布の命令。 だが、呂布の直属部隊は、すでに主将の呼吸を心得ている。 颯爽と赤兎馬を駆る呂布の後ろを、喚声と共に突撃を開始した。■■「敵軍、お味方の第二陣を突破しました! 我が軍に向かって突っ込んできます!」 報告を受けた第三陣の一方を率いる徐州牧 陶謙はただちに配下の将兵に迎撃を指示する。 だが、これほど早くに接敵するとは考えていなかった徐州の将兵は明らかに動揺していた。 陶謙の指示を受けて、おそまきながらに動き始めたが、その動きは鈍く、展開を終えるまでに董卓軍の痛撃を被ることは明白だった。「曹将軍ともあろうものが、油断しおったか。このままでは、呂布に突入を許してしまうぞ」 陶謙が口惜しげに、前線の指揮官である曹豹の不覚を嘆く。 陶謙の傍近くに控えていた孫乾、糜竺は陶謙の背後で一瞬、視線を交錯させた。たとえ万全の態勢で待ち受けていたとしても、曹豹では呂布軍に敵うべくもない。2人には共通の認識があり、互いに相手がそう考えているであろうことを察したのである。 曹豹に限った話ではない。糜竺の弟であり、もう1人の前線指揮官である糜芳にしても、野戦における手腕には限界がある。呂布を相手に出来るような将器を持った人物は、陶謙軍にはいなかった。 ここで、孫乾らに並ぶ参謀の1人である陳登が陶謙に進言を行う。「陶州牧、このままでは我が軍は呂布の軍に蹂躙されてしまいます。早急に本陣を移し、敵の鋭鋒を避けるべきです」 呂布に勝つことが出来ないのならば、せめて主君である陶謙だけは逃がさなければならない。そう考えた陳登の発案に、しかし強行な反対意見が出た。「何を腑抜けたことを言うのだ、陳登! 一戦もせぬうちから本陣が後退などすれば、前線で戦う将兵が戦意を失ってしまうぞ!」「兄者の言うとおり。父上、ここは我ら兄弟に手勢をおあたえくだされ! さすれば必ずや天下に名高い飛将軍の首、あげてみせましょうぞ!」 そう言って立ち上がったのは、まだ20歳をいくつも越えていないであろう2人の兄弟だった。 兄を陶商、弟を陶応。いずれも陶謙の息子であり、やがては州牧の位を父から引き継ぐはずの若者たちである。 2人の言葉を聞いた者たちは、しかしその覇気のある発言を称えようとはしなかった。彼らはそれと気づかれないように目配せをかわしあう。 兄である陶商の言葉は、なるほど理屈はその通りであると言って良い。だが、陳登がそれを承知の上で言っていることを考慮していない発言は、かえって陶商の浅薄さを示してしまったことになる。 弟の陶応も、器という点で言えば、兄とほとんど変わらない。 陶応は武芸を好み、自身を中華でも有数の将の1人であると信じ込んでいる。これまで軍を率いた経験がないのは、州牧の子であるためであり、戦場での働きに関しては飛将軍にも劣るものではない――そう考えている陶応にとって、この連合軍での戦いは、自身の才覚を示す格好の機会としか映っていなかったのである。 兄弟の発言を聞き、もっとも落胆をあらわしたのは、他でもない陶謙であった。 陶謙は心中で深いため息を吐くと、あえて息子たちの発言を聞かなかったことにして、陳登の進言に対して首を横に振る。「陳登の言はもっともである。これが我が軍のみの作戦であるならば、迷うことなく諾と応えるであろう。だが、今、我が軍は連合軍の一翼を担う立場にある。董卓軍にひと当てもせずに退却すれば、諸侯から嘲笑を受け、民からは背を向けられよう。損害は避けられないであろうが、ここは漢朝の臣として、戦わざるを得ぬ」 陳登は陶謙の発言を聞き、深々と頭を下げた。「はッ! 浅慮を申し上げました。お許しください」「よい。元々、そなたらの進言に従わず、老骨の血の滾りにまかせて、第三陣の役目を引き受けたわしの責任なのじゃから」 陶謙は苦い顔で自身の責任を認めると、迫り来る呂布軍に対処するために動き出した。「糜将軍に伝令を。呂布の正面に回らず、側面より弓箭兵をもって敵軍を削るのじゃ。本営の指揮は陳登に委ねる」「それがしに本営を? では州牧はいずれへ?」「わしは本軍を率いて曹将軍の援護にまわる。前線の将兵を董卓軍の蹂躙にまかせるわけにはいかぬゆえな。孫乾は後方の大本営に居る袁本初殿の陣へ。糜竺は我が軍の隣に位置する公孫伯珪殿の陣にそれぞれ使いせよ。これより陶謙軍は全力を挙げて飛将軍の陣に挑むも、苦戦は必至。援護を請う、とな」『ははッ!』 陶謙の指示に、その場にいた諸官が一斉に頭を垂れて頷いた。「商、応」 陶謙は最後に息子たちに声をかけた。「はい」「父上、何故私に呂布を討てとお命じ下さらないのですか」 不満げな様子をあらわにする陶応と、言葉こそ少ないが、弟と同じく納得いかない様子の陶商を見て、陶謙は再び心中でため息を吐いた。 かつて、楚の覇王が都を置いた徐州の要地を継ぐには、陶謙の子息は明らかに役者不足だった。なまじ才覚を見せているだけに、尚更その観が強いのである。 いっそ、これが才走ったところのない凡庸な者であれば、配下の優秀な文官たちに政事を委ね、一州を維持することは可能となるかもしれなかった。だが、自身の才覚に自信があるだけに、息子たちは人材を活用しようとしない。 その性向は、1人の武官、1人の文官であればそれでも良いが、人の上に立つ者にとっては明らかな欠点であろう。「そなたらはわしの近くにおれ」 本営に置けば、陳登の指揮に口を挟みかねない。兵を指揮させるのは論外である。陶謙は配下の将兵の命を、息子たちの成長のための捨石とするつもりはなかった。 となれば、自分の近くに置いておくしかない。今回の戦いは間違いなく激戦になる。あるいはそこから成長の端緒を掴んでくれれば、と陶謙は祈るように決断を下したのである。■■ 劉家軍の中にあって、関羽、張飛の2将軍は、傍目にも明らかなほどに昂ぶっていた。 戦況をつぶさに観察していた鳳統によって、馬騰、曹操らの戦術はすでに明らかとなっていた。 呂布を止めること。 それこそが、この戦いの勝利に直結することを、2人とも理解しているのである。 そして、劉家軍の存在を――劉玄徳の名を、天下に知らしめるまたとない好機である、ということもわかっているのだろう。 当の玄徳様本人はといえば、さっきから心配そうにそわそわしていて、落ち着かない様子である。 さすがに来るべき戦いにむけて集中している関羽や張飛に話しかけたりはしなかったが、不安そうにおれに向かって口を開く。「ね、一刀さん。愛紗ちゃんも鈴々ちゃんも、大丈夫だよね?」「大丈夫ですよ。玄徳様が信じてあげないで、誰が関将軍たちを信じてあげるんですか?」 なるべく頼もしそうに見える笑みを意識的に形作る。5度目の問いかけということもあり、段々と表情の作り方も上手くなってきているのが、自分でもわかった。「そ、そうだよね、うん」 自分を納得させるように何度も頷く玄徳様。 だが、またしばらく経つと、そわそわと身体が動き始めるのだろう。 しつこい、とは思わない。玄徳様の気持ちはわかるし、こと実戦となると、おれは役立たず以外の何者でもなし。玄徳様の不安を和らげるために役立てるならば、いっそ嬉しいくらいである。 だから、次の台詞を口にしたのは、おれではない。 すこしだけ、呆れたように口を開いたのは関羽であった。「桃香様、良い加減、落ち着いてください。あなたは劉家軍の総大将なのですよ? 将たるあなたがそれでは、我ら兵が安心して戦うことができなくなります」「う……そ、それはわかっているんだけど」「だけど、ではありません。わかっているなら、きちんと実践してください。将たるもの、いついかなる時も冷静沈着を保ち、毛ほどの動揺も顔に出してはいけない。そうお教えしましたよね?」「……はい、教わりました」「よろしい。ならば、しっかりと私と鈴々の戦いぶりを見ていてください――私たちは、桃香様の矛。あなた様が弱き人々のために戦い続けるかぎり、私たちはいつもお傍におります」 関羽はそう言うと、玄徳様を見て微笑みを浮かべた。「ご安心ください。私も鈴々も、このようなところで倒れたりは、決していたしません」 その言葉に、張飛も大きく頷いた。「愛紗の言うとおりなのだ! 桃香おねーちゃんは大船に乗ったつもりで、でーんと構えてくれていれば良いのだッ!」「……絶対だよ? ぜったい、ぜーったい、帰って来てね?」「もちろんですよ、まだまだ桃香様をお1人にはさせられません」「にゃはは、おねーちゃんは天然だから、鈴々たちがいないと頼りないのだ! そういうわけだから、おねーちゃんは安心して、おにーちゃんや孔明たちと一緒に下がっているのだ」「うう、鈴々ちゃん、ひどい……でも、うん、わかった――二人とも、がんばってね!」「お任せください」「任せるのだ、突撃、粉砕、勝利なのだッ!」 玄徳様の会話を聞きながら、おれは1人、すこし離れた場所で、ふと呟いた。「天下無双の飛将軍、か」 呂奉先。三国志において、最強の武将の名を挙げよ、と質問したら、間違いなく上位3人に入る名前だろう。 個人の勇だけを見るならば最強。虎牢関の戦いにおいて、関羽、張飛、劉備らをまとめて相手どり、なお余裕があったという話は有名である。 そして、この地の呂布もまた、おれの知る呂布に勝るとも劣らない将軍であるようだった。 わずか5万の軍で10万を越える連合軍を追い詰めつつある今の状況を見れば、それは明らかである。それらはある程度、策略に拠るものだとはいえ、報告によれば、一騎打ちで馬騰、馬超母娘を退け、夏侯惇、夏侯淵の姉妹と、文醜、顔良の両雄を蹴散らしたというから、連合軍――なかんずく、馬騰、曹操によって仕掛けられた罠を、呂布の武が食い破る可能性は決して低くない。 否、このまま第三陣が敗れれば、すぐ後ろにあるのは袁紹の大本営である。文醜、顔良の2将を第二陣に派遣してしまっている以上、大本営は呂布の急襲に耐え切れまい。そうすれば、呂布軍の包囲殲滅など絵に描いた餅に等しく、連合軍は敗北の恥辱に塗れることになるだろう。「……ここで、呂布さんを止めないと、大変なことになりますね」「ををッ?!」 てっきり1人だと思っていたところにいきなり声をかけられ、おれは思わず周囲を見回す。 はて、近くには誰もいないのだが……「むー。一刀さん、ご自分が背が高いからって、そういう態度はどうかと思いますよ」「……(こくこく)」 おれのすぐ横で抗議するような視線を向けてくるのは、諸葛亮と鳳統だった。「う、ご、ごめんなさい、決してわざとやったわけでは……」『余計に悪いです!』 同時に怒られてしまった。すみませんすみません。 そ、それはともかく、やっぱりここが戦局の山になるか。「話の転換に、不純な意図が見え隠れしてますけど……まあ良いです」 なにやら小声でぶつぶつと言う諸葛亮だったが、すぐに気を取り直して、おれの質問に答えてくれた。「一刀さんの言うとおり、ここで敵の呂将軍を止められるか否かで、この戦いの勝敗は決するでしょう」「……同時に、今後の大陸の行く末にも大きく関わってきます。連合軍が敗れれば、董太尉の勢力はさらに拡大してしまいますから。ただ、気になるのは……」 鳳統が軍師の顔で、この戦いでの不審な点を指摘する。「董太尉の軍を率いる将軍が、とても少ないこと。確認できているのが、華、張、呂の3将のみというのは、明らかにおかしいです……」 この戦いに参戦している3将は、確かに董卓軍でも雄なる人物たちだが、彼女ら以外にも将帥はいる。李確、郭汜、徐栄などは、華雄らと同程度の地位と職責を有しており、董卓軍にとって一大決戦というべきこの戦いに、彼らが1度も姿を見せていないというのは、言われてみればおかしかった。「洛陽以外の場所の守備に当たっているっていう可能性は?」 諸葛亮の問いに、鳳統はわずかに首を傾げる。「ないわけではないと思うけど。でも曹操さんの話によれば、董卓軍が呼集できた兵力は10万以下だって言ってたでしょ。汜水関の3万、虎牢関の5万、それに袁術軍にとどめをさしたっていう遊撃部隊が1万……董太尉はこの戦いに、ほぼ全力を挙げているって言って良いと思う。その戦いに、主力の将軍を控えさせるようなことをするとは、思えないんだけど」 おれは鳳統の言に頷いた。 確かに、危急の事態に備えているとしても、1人いれば十分だ。そんなに何人も後に控えさせておく必要はない。あるいは、曹操の密偵が捉えきれていない兵力があるのだろうか。 おれは、かつて1度会ったことのある董卓の顔を思い浮かべた。可憐な中に、乱世を生きる確かな芯を感じさせた少女。 伝え聞く惨状を引き起こせるような子にはとても見えなかった。あの時、董卓の傍らにいた賈駆にしても、戦場ならば容赦ない采配を振るうかもしれないが、民衆に害を与える人物とは思えない。 あるいは、鳳統の指摘する奇妙な点は、そういった不可解な状況と根を同じくしているのかもしれない。 とはいえ。「それを確かめるためにも、まずはこの戦いに勝たないとな」 おれは気持ちを切り替えて、目の前の現実に視点を戻した。 諸葛亮たちの真似をして、先を見通すために背伸びするよりも、まずは今日という日を生き抜くことを優先しなければならない。優先するといっても、後方から関羽や張飛の応援をするくらいしか出来ることがないのが、哀しいところであるが。 おれは自分への戒めのためにそう言ったのだが、2人の軍師たちは同感だというように、おれの言葉に頷いてくれた。「そうですね。関将軍と張将軍が敵将を止められたとしても、その後の指揮を間違えれば、勝利は遠のいてしまいます。私たち500名の総力を挙げて、この地に劉の旗を立てましょう!」「……うん。呂将軍直属の部隊にも注意しないと。あと、味方の軍との連携も気をつけないといけないね」「申し上げます! 敵、呂布隊と陶州牧との部隊が戦闘を開始しました!」 おれたちがそうこうしている内に、公孫賛の陣から伝令が走ってきた。滝のような汗をこぼしながら、伝令は公孫賛からの要請を伝える。「我が軍はこれより陶州牧と共に呂布隊にあたります。劉家軍は、頃合を見計らって参戦されたし、と我が主からの伝言にございます!」「承知しました、と伯珪様にお伝えください」「ははッ! では、それがしはこれにて」 伝令が姿を消すと、劉家軍の面々は玄徳様の周囲に集まった。「今のは、要するに好きに動いていいよーってことだよね?」 玄徳様が小首をかしげると、諸葛亮が笑みを浮かべて頷いた。「はい、そうです。さすがは伯珪様。客将、寡兵の私たちの使い方を心得ておいでですね」 劉家軍は、公孫賛の軍と連携できるような訓練はしていない。下手にその軍勢の下に組み込まれるよりは、自由な判断で動いた方が戦力になるのである。 もっとも、公孫賛がそこまで劉家軍に期待を寄せている、と考えるのはうぬぼれというものかもしれない。公孫賛は劉家軍の訓練を見たこともあり、それなりに軍としての力を認めてはいるだろうが、まだその真価は知らない。 勝利を重ねたとはいっても、それは黄巾賊を相手としたもの。今回の戦いに連れてきたのも、玄徳様の性分を知っていて仕方なく、という面は否定できない。 とはいえ、そんな劉家軍に自由な軍事行動を許すあたり、公孫賛の厚意は玄徳様たちにとって有難かった。これで、思うとおりの場所、思うとおりの状況で呂布を捕捉できるのだ。 かくて、劉家軍は戦場にその姿を現す。 正規の官位を持たない雑軍が、無謀にも天下に名を知られた飛将軍へと戦いを挑む。 それを知った諸侯は、ある者は嘲り、ある者は顔をしかめた。そしてまた、ある者は地面に唾を吐いた。 天下の諸侯が力と智謀を競い合わせる戦場に、身の程知らずの雑軍が何をしにきたのか、と。 ■■ 前方で、深紅の呂旗が一直線にこちらに向かって突き進んでくるのがわかる。 対峙している陶謙軍は、鎧袖一触、蹴散らされているようで、その将兵は明らかに浮き足立っていた。 そんな彼らを馬蹄の下に蹂躙しようとする呂布軍の横合いから、公孫賛自慢の白馬部隊が突っ込む。そして、公孫賛の本隊も弓矢を浴びせながら接敵しようとしていた。 おれはそれを確認すると、周囲に視線をはしらせた。 戦場から距離を置いたこの場所では、行軍中に病にかかった者、怪我をした者、あるいは輜重部隊の者など、戦いに参加できない者たちが、戦況を固唾を呑んで見守っている。 おれの任務は彼らの護衛である。おれの他にも、10名ほどの兵士たちが、この場に残っており、敵部隊の予期せぬ襲撃に備えていた。 もっとも、この程度の人数では、まとまった数の敵が現れればたちまちのうちに全滅してしまうのは必至であった為、おれたちは手近の林に身を潜めていた。 ここからでは、兵士たちは豆粒のようにしか見えず、林立する旗にまぎれて、玄徳様たちが今どこにいるのかも判然としない。 ただ、旗の数や、あるいは勢いから推して、どちらの軍が優勢なのか。戦況がどうなっているのかを判断するのみである。 中でも圧巻なのは、やはり深紅の呂旗であった。揺るがず、怯まず、ただただ前に進んでいく様は、その場に身を置いていないおれでさえ身震いしてしまうほどだ。あの鋭鋒を正面から受け止める者たちの脅威はいかほどのものなのか。そして、大切な者をその場所に送りこまざるをえない玄徳様の心中は…… 不意に。 周囲の兵士たちから大きな声が漏れた。何事か、とあたりを見回したが、皆、視線を一所に固定させている。「あがった! 『劉』の牙門旗があがったぞ!」 それらの兵士たちの視線の先には、たしかに緑地の『劉』の字が大書された、鮮やかな大旗が掲げられていた。あの劉焉から与えられた、たった一つの正式な褒美であり、これまでは戦場で掲げられることのなかった劉家軍の牙門旗であった。「……始まったか」 『劉』の牙門旗は、天下に向けて劉家軍の――劉玄徳の大志を示すもの。 今、この時より、劉家軍の本当の戦いが始まるのだ。 おれはそのことを悟り――その場に立ち会えない自分の不甲斐なさに、少しの間、唇を噛み締めていた。■■「………来る」 陶謙軍を蹴散らし、公孫賛軍を押し込んでいた呂布は、不意に戟を引き戻すと、小さく呟いた。「? 恋殿、何が来るのですか?」 呂布の傍を離れずにいた陳宮が首を傾げる。 呂布の進撃は、文字通り無人の野を征くが如く、止める者さえいなかった。このまま公孫賛軍を突破し、袁紹の本陣になだれこめば勝利は董卓軍のものだった。 陳宮にはそれがわかる。それゆえ、急に攻撃の手を緩めた呂布の行動を怪訝に思ったのである。 呂布の視線の先を見やった陳宮は、そこに見慣れぬ敵の旗印を見つけた。「『劉』? 連合軍で劉というと、幽州の劉焉、ですか? しかし、あやつの軍に、恋殿がお気をとめるほどの将帥はいなかったと記憶していますぞ」「………違う」「ななッ?! で、では私の情報網に誤りがあったのですかッ! も、申し訳ありません、恋殿。この陳宮、2度とこのような不手際がないよう務めますゆえ……」「………それも違う」 呂布の言葉に、陳宮が頭を上げ、小首を傾げる。「恋殿?」「………陳宮、下がる」 方天画戟を構えなおした呂布が、短く陳宮に下がるように言った。 その構え、そしてその覇気から、呂布が本気になったことを悟った陳宮は慌てて主から距離を置く。 やがて。 高々と劉旗を掲げた部隊が、周囲の戦塵を突き破って、この場に現れた。「そこにいるは敵将呂布と見受けたッ!」 劉旗の先頭を駆けてきた関羽は、深紅の呂旗の下に佇む少女の姿を見据えた。 紅の馬、長大な戟、そして何より、これだけ離れていて、関羽の肌をひりつかせるほどの圧倒的な闘気。 関羽は瞬時にそれが呂布だと判断した。「我が姓は関、名は羽、字は雲長! 我が主 劉玄徳と共に、弱き者をまもるために立ち上がった大徳が一の矛! 悪政に苦しむ洛陽の民を救うため、その首、貰い受けるッ!!」 関羽が乗るのは、公孫賛から譲り受けた軍馬の中でも、特に優れた一頭である。 名乗りと共に、愛馬をあおって呂布に向かって突進する関羽。 一方の呂布もまた、赤兎馬を駆って、関羽を切り捨てんと大地を駆ける。 それを見るほとんどの者が、呂布によって首を飛ばされた関羽の姿を想像したのだが。 戦場に、一際高い金属音が響き渡った。 青龍刀と、方天画戟がぶつかりあい、火花を散らす。両者とも、自身の得物に跳ね返ってきた衝撃に、一瞬、手がしびれたことを自覚した。だが、その程度のことで怯む2人ではない。 互いに馬首を返し、すれ違い様、もう一度、渾身の力を込めて、互いの武器を閃かせる。 ■ 再び、甲高い音があたりに木霊する。 関羽は相手の斬撃の重さに、小さく感嘆した。打ち合ったのはわずか2合。だが、傑出した武勇の持ち主が、相手の力量を測るにはそれだけで十分であった。 再び馬首を返しながら、関羽は力強く青龍刀の柄を握り締める。「はああああッ!!」 雄叫びと共に、呂布の身体に青龍刀を叩きつけるも、相手は先の2撃に勝る勢いでそれをはじき返してきた。「さすがは飛将軍と言うべきか。だが、この関羽の武、この程度と思ってもらっては困る!」 三度。関羽は馬首を返した。■ 3合、4合、5合、6合………繰り返される激突は、1合ごとに力と気迫を増し、あまりの迫力に、あたりは鬼神に魅入られたように静まり返っていた。 否、それは2人の周囲だけではない。いつか、董卓軍、連合軍を問わず。将帥と兵士とを問わず。2人の一騎打ちのあまりの見事さに、殺し合いの手を止め、呆然と見蕩れるものが続出していた。■「れ、恋殿と互角……? い、いや、そんな馬鹿な! 恋殿の武勇は天下無双、こんな誰とも知れないような奴に苦戦するはずが?!」 陳宮は眼前の光景が信じられず、何度も眼をこすったが、その事実が消えることはなかった。「関雲長? 劉玄徳? ね、ねねはそんな名前、知らないですぞーー!!」■「……秋蘭」「は」 曹操はその光景を、ほとんど恍惚として見入っていた。 夏侯淵に命じる声も、かすかに掠れている。「関羽、と言ったわね。あの武将に関わる全てのことを、早急に調べ上げなさい」「御意のままに」「劉玄徳とは何者? あのような豪傑を配下にしていながら、その名前は聞いたことがない。配下を活かせぬような主君に、あれほどの英傑を与えておくなど、たとえ天が許しても、この曹孟徳が許さないわ」 その曹操の背後で、夏侯惇と張孟卓が顔を見合わせ、小さくため息を吐いた。互いの心境はまったく別だったが。「ああ、また華琳の悪い癖が出た。無茶しなきゃいいけれど」「うう……華琳様、私では不足だと仰るのですか……」■「ほう、見事なものじゃな……」 馬騰は呂布と関羽の一騎打ちを、惚れ惚れと見つめていた。 究極の武と、それに迫るもう1つの武。2つの武の衝突は、殺し合いを舞踏にまで昇華させたようであった。「す、すげえ……呂布もすごいけど、あの関羽ってやつ、なにもんだ? 聞いたこともないぜ」「うー、たんぽぽも聞いたことないよ。けど、綺麗な髪だねー、美髪公って感じかな。お姉様、勝てそう?」「あ、あたりまえだ! あたしが本気だせば、負けたりはしないぜ」「へー……伯母様ー、お姉様、西涼に帰ったら、あの関羽って人に負けないくらい綺麗になるんだって♪」 それを聞き、馬騰が感心したように手を叩いた。「おお、さすがは我が娘。見上げた心意気じゃ。これは花嫁修業も力を入れてやらずばなるまいて」「なッ?! ま、まてたんぽぽ。武芸の話じゃないのか?」「そんなこと、ひと言も言ってないもーん」「謀ったなーーーッ?!」■ 孫策は食い入るように、その激闘を凝視していた。「へえ……」「雪蓮、言っておくけれど……」「わかってるわよ、冥琳。このままあの戦いに参加したりはしないってば」 肩をすくめる孫策の横で、周瑜は疑わしげな眼差しを緩めなかった。「あら、冥琳は私の言葉、信じてくれないんだ?」「信じているわよ。けれど、あなたの心は、時にあなた自身の言葉さえ振り切ってしまうから」「う……ま、まあ、今回は大丈夫よ。さすがに、あの名勝負に水を差すような真似、もったいなくて出来ないわ」「確かに、古今まれに見る戦いぶりだな。呂布と、それに関羽、と言ったか。聞き覚えがない名だが……」 周瑜がかすかに眉をしかめる。呂布と互角に戦える武将が、この乱世でまったく無名であることなど考えにくい。あるいは、名のある武将が名を変えているのかもしれない。「冥琳らしい疑り深さだわねえ」「疑うのは、軍師の仕事のひとつだからな」「重々承知してるわよ。けれど、あの関羽って子は本物よ。ただ単に、今日はじめて舞台にあがったってだけ」 本物、という言葉に2つの意味をかけて、孫策はそう断定する。「根拠は、何かあるの?」「勘よ、勘」「はあ……あなたが勘というときは、まず外れない、か。勘で私の仕事を取らないでほしいものね」「あら、余計な手間が省けてよかったでしょ?」「そういうことにしておきましょうか――呂布が本営になだれ込めば連合は負ける。念のため、ここまで出てきたけれど、どうやら要らぬ心配だったようね」「まったくねー、まあ帰ったら存分に母様には文句を言ってあげましょう。もっとも、こんな場面を見られたのだから、差し引きとんとんかな」「そう思っておいてちょうだい。また2人の喧嘩に巻き込まれてはたまらないからね……」■■ すでに30合を越えた呂布と関羽、2人の一騎打ちは、1つの方向に傾こうとしていた。 今の呂布は、ここに至るまでに連合軍の6将と戦っていた。呂布とて人間である。疲れがないわけはなかった。それ以前に、連合軍との戦いが始まってこの方、呂布は文字通り戦場全体を駆け回っていたのである。その疲労はかなりのものであったろう。 一方の関羽は、この時に備えて体力を温存し、その力を十全に発揮できる状態にあった。 その条件の上で、なお関羽は呂布を凌ぐことが出来ない。個の武勇だけで言えば、呂布は関羽に優ると言って差し支えないであろう。 それでも、関羽はなんとか呂布相手に互角以上の形勢を保てていたのだが、刃を交えていくにつれ、徐々にその優位もなくなっていった。 これは、呂布と関羽の差ではなく、2人が乗る馬の差であった。 天下に知られた名馬赤兎。闘えば闘うほど、その精気を滾らせ、騎手である呂布の意を汲んで、関羽に挑んでくるこの馬と。 いかに劉家軍の中で最も優れた軍馬とはいえ、名も無きただの駿馬とでは、その差は明らかであった。「……くッ!」 もう何十度目かもわからない激突の後、関羽の乗る馬がその衝撃に耐え切れず、地面に足をついてしまった。 関羽は宙に投げ出されたが、軽やかに受身を取って、すぐに立ち上がる。だが、その機敏な動作でさえ、呂布の鋭い死の顎から抜け出すことはできなかった。 凄まじい勢いで振るわれる方天画戟。脳天から、関羽の身体を両断せんと振り下ろされたその攻撃を、関羽はかわすことができなかった。 2人の戦いを見ていた全ての者が息を呑む。これで決着、と思われた戦いは、しかしまだ終わることはなかった。■ 関羽に向かって振り下ろされた呂布の戟は、一本の蛇矛によって真っ向から受け止められる。「愛紗、もう鈴々、待ちきれないのだ!」「あ、ああ、頼む……気をつけろよ、鈴々。聞きしに優る使い手だぞ」「了解なのだ! 愛紗は下がってみているのだ!」 張飛はそういうと、呂布の戟を大きくはじき返すと、高らかに名乗りを挙げた。「我こそ姓は張、名は飛、字は益徳! この燕人張飛の八丈蛇矛、受け止められるものなら、受け止めてみせるのだッ!」 その言葉が終わらぬうちに。 張飛の凄まじい勢いの矛の乱舞が呂布に襲い掛かった。 通常、馬上の呂布と地上の張飛では、馬上の呂布の方が圧倒的に優位である。だが、張飛の長大な矛は、馬上にある呂布の身体を容易くとらえることが可能であった為、呂布の優位は著しく減じていた。 もっとも、それでも呂布の優位が完全に消えるわけではない。 赤兎馬をねらえば、その優位を呂布から奪うことも出来ただろうが、張飛は性格的に馬を狙うことができなかった。 やりにくそうにしながらも、それでも自分に対してのみ攻撃を続ける張飛を見て、呂布はしばしの間、何事か考え込んでいたが、すぐに決断を下し、赤兎馬から地面に降り立った。 それを見た張飛が、不思議そうに首を傾げた。「はにゃ? なんで降りたのだ?」「………礼儀」「鈴々、別に何もしてないぞ?」「………(フルフル)」 張飛の言葉に、呂布は無言で首を横に振る。「むー……なんだかよくわかんないけど、とにかく勝負なのだッ!」「………わかった」 地上に場所を移し変えた2人の一騎打ちが、再び始まろうとしたその時だった。 時を同じくして、両陣営に動きが起きる。 連合軍の馬騰、曹操らは、呂布が完全にその足を止めたところを見て、一斉に大反攻に移ったのである。今や呂布軍は後背を馬騰軍、側面を曹操軍と袁紹軍、そして正面を劉備軍、公孫賛軍、陶謙軍に遮られ、完全に包囲された形であった。 呂布が関羽、張飛との戦いで、当初の勢いを失い、軍勢も足を止めた状態となっている。馬騰らはこれ以上ないタイミングで攻撃を指示したのである。 出戦をしていた呂布たちは知らないことだったが、この時、董卓軍の下には、洛陽からの軍使が到着したところであった。 残っていた守備隊の長は、その命令に驚愕し、疑いを覚えながらも、自分の判断で事を処すにはあまりにも重大な案件であったので、呂布たちにそれを伝えて判断を仰がねばならなかった。 かくして、虎牢関の城壁上に、一本の大きな旗が振られた。 それが意味するところを悟り、陳宮は知らず、叫び声をあげていたのである。「こ、虎牢関を放棄ッ?! そ、そんな、どうしてッ!」