各地の諸侯に対し、黄巾賊討伐の為と触れ、召集を命じた何進であったが、その真意は彼らの兵力を利用して、宮中に巣食う宦官の勢力を一掃することであった。 だが、その秘中の狙いを、宦官たちは洞察してのける。宮中で生き抜く彼らが、政敵である大将軍府に密偵を置かないはずは無い。 何進は密偵の潜入には神経質なほどに気を使っていたので、大将軍府の密議が外に漏れるなど考えてもいなかったが、何進が目を配っていたのは、精々、下士官までであり、小者や下働きを含めた膨大な数の使用人を総攬することまで考えてはいなかった。そして、そんな隙を見逃す宦官たちではなかったのである。 この点、何進には明らかな限界があり、また政敵である宦官たちの能力を軽んじていたことも否定できない。もっとも、これは何進に限った話ではなかった。 宮廷の士大夫たちは、宦官への侮蔑を根強く抱き続けており、宦官たちはそんな士大夫たちに対して敵意を持っていた。 両者の争いはしばしば表面化し、党錮の禁(とうこのきん)をはじめとした混乱を招き、王朝の土台を揺るがし続けているのである。 何進と宦官の争いもまた、その1つであったとするならば、この戦いは宦官に軍配があがったことになる。 霊帝に召しだされた何進は、自身の策謀が漏れていたとも知らず、宮中に足を踏み入れ。 そして、待ち構えていた宦官たちによって、あっさりとその命を奪われてしまうのである。 一介の屠殺業から、大将軍の地位まで上り詰めた人物の、あまりにもあっけない最後であった。 だが、洛陽を、そして中華帝国全てを巻き込むことになる大乱の、それは序章に過ぎなかった。 何進の横死を知った将軍たちは、最初、呆然とし、次いで激昂した。中には、演技でそうしている者もいたが、それと悟られることはなかった。 彼らは諸侯の集結を待たず、それぞれの手勢のみを率いて宮中に乱入する。 宦官たちは、何進の死後、配下の将軍たちの襲撃を予測しており、手を打ってはいたのだが、襲撃側を率いる袁紹の愚直なまでに突撃一筋の指揮と。「おーほっほっほ! 宦官ごとき、この私の敵ではございませんわ!!」 それと対照的な曹操の卓越した用兵に幻惑され。「正面から相手をしてやる必要はないわ。弓兵隊、斉射三連。その後、騎兵に横撃させなさい。宦官の抱える私兵ごとき、それだけで片付くわ」 宦官側の手勢は瞬く間に打ち破られてしまったのである。 袁・曹をはじめとする武官たちの乱入により、宮中は大混乱に陥っていたが、中でも最も慌てふためいたのが、霊帝である。 霊帝自身は、皇后である何氏を疎んじているわけではなく、したがって何氏の異母兄である何進暗殺を肯う理由もなかった。何進暗殺は、諸侯の兵が都に参集するまえに先制しようとした宦官たちの策謀による。もっとも、事が成された後、宦官たちに詰め寄られれば、首を縦に振ったであろうことは間違いないだろうが、この段階では霊帝は、何進暗殺に何ら関与してはいなかった。 だが、霊帝は何進配下の武官たちの狙いが自分であると思い込んだ。実情はともかく、本来、宦官は皇帝の臣下である。その臣下が大将軍を討ったとあれば、上位者である皇帝の命である、と考えるのは当然のことだったからである。 転げ落ちるように帝座から離れた霊帝は、騒ぎを聞いて参じた宦官たちと共に、混乱を極める宮城を抜け出すことに成功する。 この時、袁紹は宮中に残っていた宦官の追討に夢中になり、また曹操は皇后何氏、そして皇太后董氏の下を訪れ、今回の兵乱が漢王朝に弓引く意図のないことを説明していた為、皇帝の脱出を止めることがかなわなかったのである。 2人とも、まさか皇帝が、皇后、皇太后を置き去りにし、帝都を捨てるとは夢にも思っていなかったということもあった。 洛陽を離れた皇帝の一行が、北に向かったことに、確たる理由はなかった。たまたま、そちらに馬首が向いたからというに過ぎない。 もし、彼らが異なる方角に逃げていたのなら、この後の歴史は、また違った方角へ流れていったかもしれない。 だが、全ては推測であり、可能性の内に留まる夢想に過ぎぬ。 現実として、皇帝一行は北へと向かい。 そして、北から洛陽を目指す兵馬の一団と遭遇することになる。 その兵馬の先頭に掲げられたは『董』の文字。 劉家軍と別れ、一路、洛陽を目指した董卓の軍勢であった。「こ、皇帝陛下が……ッ?!」 部下からの知らせに、賈駆はしばし絶句する。それほど、予想外の知らせだったのである。 隣にいた董卓も、驚きの余り、言葉が出ない様子だった。 だが。「ただちに陛下をこちらにご案内……いいえ、私たちが出るべきね。月、行くわよ」「う、うん、詠ちゃん」 賈駆の決断は速かった。 月の手を握ると、引きずるような勢いで天幕の外へ出る。「え、詠ちゃん、ちょっと痛いよ……」 転げそうになりながら、何とか賈駆について歩く董卓の声は、しかし、珍しいことに賈駆の耳に届いてはいなかった。 賈駆の頭は、目の前に転がる千載一遇の機会を、いかに料理するべきかで占められていたからである。 賈駆の目には炎のような激情が躍り、この後の展開と、採るべき最良の行動を懸命に見定めようとしていた。 そして。 どこかうそ寒い雰囲気を漂わせる、そんな賈駆の後姿を、董卓は不安げに、じっと見つめていたのである…… 根拠地を 持たない軍は 根無し草 花は咲かずに 実は実らずに 作 北郷一刀「……我ながら暗い作品だな、おい」 なんとなく、思いついたままに歌ってみたが、人に聞かせられないので没。 というか、この時代で俳句や狂歌が理解できる人など、おれくらいしかいないか。 とはいえ、こんな作品がふと思い浮かぶくらいに、劉家軍のこの先の見通しは暗い。 今もまた、義勇軍を抜ける連中を見送ったところであった。1人2人ではない。10人や20人ですらない。実に300人以上の脱退者が出たのである。 理由は簡単。事実上、劉家軍が幽州軍から離れた為に、幽州で加わった新参の兵士たちが、離隊を願い出てきたのだ。彼らにしてみれば、幽州を救った戦果を見て、劉家軍の将来が明るいと考えたのだろう。いずれは玄徳様は将軍に迎えられ、自分たちもその下で栄華を味わえる、とでも思っていたのかもしれない。 だが、あにはからんや、劉家軍は官軍と決別し、流浪の軍と化してしまった。彼らの多くは幽州に家族がいる。一時の勢いで義勇軍に参加したものの、今後、いつまで続くともしれない流浪の軍路に、その身を託そうとは思えなかったのだろう。確認したわけではないが、おそらく、官軍からの誘いもあったろうと思われる。 本来であれば、このような勝手を許しては軍隊は成り立たない。彼らは別に参加を強要されたわけではなく、自分たちの意思で義勇軍に加わったのである。1度や2度の戦いで、前途を悲観して離脱したいなどといえば、罰を与えられても文句は言えないところだった。 だが、言うまでもないが、この軍の主は玄徳様。戦いたくないという人々に、武器を持たせて死地に踏み込ませることを肯うはずはなかった。 さすがに関羽などは渋い顔をしていたが、おれは特に文句を言うつもりはなかった。玄徳様がそういう方だということはわかっていたことだし、何より、おれ自身、戦いを拒否しているという点では、彼らと同じなのだから、居丈高に責めるような真似ができるはずもない。「まあ、下手に戦意のない兵士たちを抱え込むよりはましなのかな」 現実は現実として、問題を処理することが、今のおれの役割である。 劉家軍の兵力は、これで500人を割ってしまったが、逆に言えば、これだけ不安定な義勇軍に、幽州で参加した500名の中、200名以上が残ってくれたことになる。 玄徳様の理想に共鳴し、関羽たちの武を信じ、この小さな義勇軍に、命を託すに足る何かを見出してくれた人たちが200名もいる。あるいは、これこそ、他の勢力から見れば信じがたい出来事かもしれなかった。 残った者たちは、信頼できる戦力として今後も力を尽くしてくれることは明らかだ。 となると、問題はこの後、どう行動するかということだった。 黄巾党を征伐し、勢力を蓄えるというのも、1つの手段である。だが、それも幽州以外、少なくともこのあたりの太守である劉焉の影響力が少ない場所で行う必要がある。下手に勇名を馳せれば、今度こそ、官軍が敵にまわる可能性があるからだ。 他州へ赴くのも方途ではあるが、この場合にも、その地の官軍との関係が問題となる。幽州と同じ轍を踏んだりしたら、目も当てられない。 適当な拠点を得て、そこを根拠地として勢力を広げるという手もある。隋末唐初の大乱で、勇名を馳せた瓦崗軍みたいな感じで。 ただ、それだと朝廷からは賊扱いされるだろうから、漢王朝の復興という目的とは合致しなくなる、という問題もあった。ただ勢力が肥ればよいというのでは、玄徳様が正義を掲げて起った意味がなくなってしまうしな。 となると、1番良いのは、理解ある官軍の下で、劉家軍が動きえる状況を作ることだろう。まあ、たとえ一時とはいえ、あの劉玄徳を配下に抱えるだけの将器の持ち主なんぞ、そこらにいるはずもないのだが。 おれはそう考え、頭を抱える。 だが、しかし。 その苦悩は、次の瞬間、実にあっさりと解決されることとなるのであった。「申し上げます、玄徳様にお会いしたいと仰る方がたずねておいでなのですが、いかがいたしましょうか?」 おれをはじめ、劉家軍の面々が考え込んでいる最中、そんな報告がもたらされてきた。 関羽が訝しげに訊ねる。「姉者に、か? いずこの者だ?」「は、御使者は、幽州遼西郡の太守である公孫賛様の配下であると名乗っておられます」 その名を聞いて、玄徳様が驚いて立ち上がった。「伯珪様から?! すぐにお通ししてください」「了解しました!」 その兵士は立ち去ってまもなく、今度は1人の使者を伴って現れた。 そして、その使者は、おれたちにとって正真正銘の吉報を携えていたのである。「やあ、玄徳。久しぶりだな。大層な活躍をしてるようじゃないか。学友として鼻が高いよ」 数にして300を越える白馬のみの騎馬の一軍。その中から、1人、駆け寄ったその女性は、白馬から降りると、玄徳様に手をあげて、闊達に挨拶してきた。 幽州は遼西郡の太守である公孫賛であった。 聞けば、かつての玄徳様の学友で、同じ師について学びあった仲なのだとか。 玄徳様にそういわれてから、おれもはじめて、そのことを思い出した。迂闊。「お久しぶりです、伯珪様」 丁寧に頭を下げる玄徳様を見て、公孫賛は慌てて、両手を左右に振って、玄徳様に顔をあげるよう伝える。「ああ、やめてくれってば。玄徳に、伯珪様、なんて呼ばれるとくすぐったくて仕方ない。昔どおり、伯珪で良いよ」「で、でも、太守様に向かって、それでは……」「何いってるんだい。噂は色々聞いているよ。黄巾賊と戦って敗北を知らぬ劉家軍。あのいけ好かない劉焉の城では、数にして百倍を越える敵勢を打ち破ったとか。あの心根の優しい玄徳が、まさか、とは思ってたんだけど」 そういって、公孫賛は玄徳様の周りにいるおれたちを見つめ、にこりと微笑む。「満更、噂倒れってわけでもないようじゃないか。その精鋭を率いる将軍が、そんな自信のないことでどうする? なにより、あんたは中山靖王の血を、つまりは太祖の血を継ぐ人物なんだ。郡太守ごときに、へこへこする必要はないだろ?」 自身のことならともかく、配下の将兵を称えられ、それを否定するようなことはできない。 そんな玄徳様の性格を衝くあたり、さすがはかつての学友というところか。「あ、は、はい……じゃなかった。うん、わかったよ――伯珪、お久しぶり」「あはは、それで良いさ。さて、こんなところで立ち話もなんだ。あたしの城に招待するよ、玄徳。劉家軍の皆々も、共に来てくれ。その勲、ぜひとも聞かせてもらいたい」『は!』 おれたちが一斉に頭を垂れると、公孫賛はもう一度微笑むと、惚れ惚れするような動作で白馬に跨り、配下の兵士たちに指示を下す。「さあ、あたしの得がたき友が、はるばる遠方より来てくれたのだ。皆、これを守り、そして我が城への道を開けッ!」『はぁッ!』 公孫賛の号令と共に、白馬隊は一糸乱れぬ統率の下、動き出す。 その半分は劉家軍の周囲を囲むように布陣し、もう半分は、おれたちの前方に見える広大な城に向かって疾駆する。 10年を越える兵糧を有し、難攻不落と謳われる公孫賛の本拠地・易京城であった。 「いやいや、それはハッタリという奴だよ。実際に貯め込んでる量は、1年にも満たないね。黄巾のバカどものせいで、民に庫を開いたりしたから、今ではそれも怪しいものだけどな」 公孫賛は、そういって大笑する。その顔が赤いのは、別に照れているからではなく、単に先刻から飲み続けている酒のせいであった。 公孫賛に招かれ、易京城を訪れたおれたち劉家軍は、そこで城を挙げた歓迎を受けることになった。 先日、劉焉の城でも大騒ぎしたが、太守主催のそれは、規模が違った。ついでに、出てくる物も大違いだった。山海の珍味が所狭しと並ぶ光景は、正直、涎が出そうです、はい。 太守の幼年時代の学友とはいえ、いわばプライベートの客である。こんな大規模な宴会を催して良いものかと首をひねったのだが、それも一笑に付された。 百倍する黄巾賊を破った劉家軍の名声は、すでに幽州各地に知れ渡っている。その劉家軍を率いる玄徳様を、客将として迎え入れるということは、民衆にとって歓迎すべきことなのだ、と公孫賛は笑いながら言った。 そう。公孫賛の申し出というのは、玄徳様を客将として迎え入れたい、ということだったのである。 正式に官軍に加わるわけではないが、事実上、漢の旗の下で戦うことが出来る。しかも、その行動を掣肘できる者はおらず、公孫賛でさえ要請という形で玄徳様に依頼をするしかないという、なんとも痒いところに手が届く配慮であった。 もちろん、その地位に足る令名の通った人物にしか与えられない職責だが、公孫賛は玄徳様がそれに相応しい人物だと確信していたようだ。 年少時代の交友があり、また旗揚げ後の情報なんかを集めた上での決断なのだろうが、たかだか数百の義勇軍の長を客将として迎え入れるとは、なかなかに懐の広い人物であるといえよう。 もちろん、劉家軍にとっても、公孫賛の申し出を断る理由はない。 玄徳様の言葉で、その人柄は大体察してはいたが、間近でその人物を見れば、協力することをためらう要素は何一つなかった。 ……なかったのだが、実は、ちょっと困ったことが1つだけあったりする。「ほう、北郷殿ははるばる東夷より参られたのか?」 おれの隣に座り込み、酒で頬を赤らめながら、おれに話を促してくる公孫賛。 その吐く息の半分は、酒精で出来ているのではないか。そう思ってしまうくらい、酒の匂いが濃かった。 ……すみません、ぶっちゃけ酒臭いです。「このあたりも、洛陽あたりから見れば随分田舎だが、ここより遥か東ともなれば、どれだけ田舎なのだろうな?」「は、伯珪、そんなこと言っちゃ失礼だよ」 一緒に飲んでいた玄徳様が口を挟むが、太守様の口は止まらない。「なんだ、玄徳。おまえは気にならないのか? はるか東の果てより中華の地を踏む者など、少なくともあたしは聞いたことがない。気になる、うん、すごく気になるぞ!」 そう言いつつ、公孫賛はおれの首に手を回し、ぐいっと己の胸元に引き寄せる。「というわけで、じっくりたっぷり聞かせてもらおうか、北郷殿? ふふふ、あっはっは」 呵呵大笑する公孫賛。 ああ、つまりなんだ。この人、絡み酒なわけね? まあ、酒の飲み方は人それぞれだから、別にそれをどうこう言うつもりはない。ないのだが、その標的にされるとなると、やっぱり困るぞ。(玄徳様、ヘルプ) 目線で助けを求めるおれ。(あ、あははは) 困った笑みを浮かべながら、目線を逸らす玄徳様。あ、逃げた。(うう、玄徳様がそういう人だったなんて)(ううう、で、でもほら、私もちょっと興味があるし、なんて思ったりして)「むむ、何を2人で目線で会話してるんだ? あたしを仲間はずれにするなー!」 目顔で意思疎通をはかるおれたちに、ご立腹する太守様。 だが、不意に。 太守様は、はー、と深々とため息を吐く。 その隙に、公孫賛の腕から逃げ出しつつ、おれは急な変化が気になって問いかける。「ど、どうしたんですか、伯珪様?」「いや、やっぱり北郷殿も、玄徳の方が良いのか、と思ってな」「は?」 良いって、何がだ? 疑問を顔に浮かべるおれに、何やら、木枯らしを吹かせつつ、遠い目をする公孫賛。「ほら、玄徳の奴、可愛いし、性格は素直だし、何より胸が大きいだろ?」「ええ」 素で頷くおれ。顔を真っ赤にする玄徳様。気づかぬうちに酔いがまわっていたのか、その無礼さにおれは少しの間、気づかなかった。「だから師父の下で学んでいる時から、門下生の子供たちの間でもモテまくってたんだ。まあ、あの頃は今ほど胸は大きくなかったが、それでも十分育ってたし。あたしなんか、玄徳宛の恋文を、一体、何通預かったことか」 はあ、と当時を思い出したのか、もう一回ため息を吐く公孫賛。「あたしだって捨てたものじゃないとは思うんだが、相手が悪かったよなあ。そのくせ、この鈍感娘、自分がモテているという自覚がかけらもないもんだから、始末が悪い。玉砕した男どもの屍が、累々と横たわっていたよ」「ああ……なんか、すごく想像できる気がします」「だろう?! まったく、さっさと好きな奴を見つけてくっついちまえば、こっちにまわって来る奴もいたろうに。なあ北郷、やっぱり男ってのは、胸が大きい方が良いのか?」「むう、それは好みによるとは思いますが、やはり大きい方が有利かもしれません」「やっぱそうだよなあ」 おれと公孫賛は2人して、玄徳様の胸に目を向ける。慌てて、腕で隠そうとする玄徳様だが、かえってその動きで強調される2つの膨らみ……って、待て! 何を主君にセクハラしてんだ、おれは?!「うあッ?! も、申し訳ありません、玄徳様?!」 慌てて首を捻じ曲げ、視界から玄徳様の姿を消すおれ。「い、いえ、気にしないでください、一刀さん。お酒の席でのことですし……」 消え入りそうな風情の玄徳様の声に、おれの罪悪感は膨れ上がるばかり。 だが、そもそもの原因となった公孫賛は気にする様子もなく、その玄徳様の様子に、三度、ため息を吐く。「これだよ、このしおらしい、守ってやりたくなる仕草。これが無意識で出るなんて、まったくどこのお姫様だって感じだよ」 漢室のお姫様でしょう、と思ったが、口には出さないでおく。 下手に相槌をうつと、また公孫賛のペースに巻き込まれかねん。 こんな下らんことで、玄徳様に嫌われたくはないぞ。 その後、時に危機を孕みつつも、和やかに進んでいく宴。 だが、そんな和やかさは、1人の兵士が飛び込んで来ることで終わりを告げた。「申し上げます!」 それを聞いた瞬間、おれはどうしようもなく嫌な予感を覚えた。確たる理由もない、根拠なき予感はしかし……「洛陽にて、政変が発生しました!」 その報告を聞き、たちまち酒精分を駆逐し、平静な顔を取り戻した公孫賛が応える。「そんなに慌ててどうしたのだ。何大将軍が宦官どもに謀られた件ならば、すでに報告を受けているぞ」「ち、違います! 今回は、そのように小さなことではございませぬ!」「大将軍暗殺が小さなこと、だと? おい、落ち着いて報告しろ。都で何が起こったのだ?!」 公孫賛の鋭い視線を受け、兵士は悲鳴のように甲高い声で、報告を行う。「こ、皇帝陛下がお亡くなりになりました!」 ザァ、っと。 それまでざわついていた広間から、掃き清めるように、音が消えていった。 予期せぬ報告に、凍りついたように動けなくなる一同。 だが、報告にはまだ続きがあった。 「御病気ではありません! 何大将軍の弟君である何苗将軍による反乱です!」「これに対し、先の混乱で皇帝陛下を保護していた董卓将軍が反撃を行い、何苗将軍は戦死!」「董将軍は陛下のご無念を晴らすと唱え、反乱に協力したとされる何皇后を殺害、更にはそれを止めようとした董皇太后をも手にかけられたとのことです!」「董将軍の軍勢は何家に関わりのある豪商や富豪の邸宅を次々に襲撃。これにより、帝都洛陽は大混乱に陥っている模様です!!」 確たる理由もない、根拠なき予感はしかし、哀しいまでに当たってしまったようだった……