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No.4919の一覧
[0] ハッピーエンドを君達に(現実→シークレットゲーム)【完結】[None](2009/01/01 00:10)
[1] 挿入話Ex 「日常」[None](2009/01/01 00:05)
[2] 第A話 開始[None](2009/01/01 00:04)
[3] 第2話 出会[None](2009/01/01 00:05)
[4] 第3話 相違[None](2009/01/01 00:05)
[5] 挿入話1 「拠点」[None](2009/01/01 00:06)
[6] 第4話 強襲[None](2009/01/01 00:06)
[7] 第5話 追撃[None](2009/01/01 00:06)
[8] 挿入話2 「追跡」[None](2009/01/01 00:07)
[9] 第6話 解除[None](2009/01/01 00:07)
[10] 挿入話3 「彷徨」[None](2008/12/20 20:05)
[11] 挿入話4 「約束」[None](2008/12/10 20:01)
[12] 第7話 再会[None](2009/01/01 00:07)
[13] 第8話 襲撃[None](2009/01/01 00:08)
[14] 挿入話5 「防衛」[None](2009/01/01 00:08)
[15] 第9話 合流[None](2009/01/01 00:09)
[16] 挿入話6 「共闘」[None](2009/01/01 00:09)
[17] 第10話 決断[None](2009/01/01 00:09)
[18] 挿入話7 「不和」[None](2009/01/01 00:10)
[19] 第J話 裏切[None](2008/12/19 04:13)
[20] 挿入話8 「真相」[None](2008/12/20 20:40)
[21] 挿入話9 「迎撃」[None](2008/12/20 20:07)
[22] 第Q話 死亡[None](2009/01/01 00:10)
[23] 第K話 失意[None](2008/12/25 20:01)
[24] JOKER 終幕[None](2008/12/25 20:01)
[25] 設定資料[None](2008/12/24 20:00)
[26] あとがき[None](2008/12/25 20:02)
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[4919] 第5話 追撃
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/01/01 00:06

階段から速やかに離れた筈なのだが、依然俺達は攻撃を受けていた。
相手は俺達が後退した後、すぐにバリケードから出て来た様だ。
足に怪我をしている様で追撃速度は遅いのだが、どうしても撒けない。
何度かは完全にその距離を離したであろうにも係わらず、再度追い付かれてしまっている。
また高山が分岐点にてカモフラージュしても撒けなかった。
通路を二手に別れて見たが、合流後にまた攻撃を受けてしまう。
更にこちらが反撃しようと通路で待ち伏せをすると、それが判っているかの様に手前で立ち止まり手榴弾などで攻撃を加えて来た。
もうかれこれ1時間は追撃を受けている計算になる。
こちらの状況、特に位置が把握されているとしか思えない。
このまま逃げ続けて相手の弾切れや精神的限界を待つか、一気に反撃するか。
ジリ貧のまま、打開策が思い浮かばず時間だけが過ぎていた。

「どうにかならんのか?こっちは相手より人数は多いんだぞ」

「と言っても、この狭い通路じゃ多いのが有利とは限らないわね。逆に不利に働いている部分も多い。
 何より武装が違い過ぎるわ」

移動しながらの俺の愚痴に冷静に答えたのは、同じく殿組の矢幡。
聞きたいのはもっと具体的な対抗策だったのだが、矢幡にもそれが無いのだろう。
確かに相手はそのシルエットに似合わず様々な武器を繰り出して来る。
持っているサブマシンガンに映画等でお馴染みの手榴弾。
更にグレネードランチャーだろうか?
強力な爆発物系の弾を放つ武器も使って来たりもしていた。
狭い通路で駄目ならもっと広い、そう階段ホールなら打開出来るかも知れない。
1つの階には封鎖されてはいるものの、4つの階段ホールがあった筈だ。

「階段ホールなら何とかなるか、ね」

言いながら、自分のPDAを出して現在地と一番近い階段を探そうとした。
目の端に扉が開いたままの小部屋が目に入るが、どうせ目ぼしいものは無いだろうと思考から追い出してPDAの地図を確認する。
ふと違和感を覚えた。
高山とかりんが先頭の筈だが、その取っているルートがどうもおかしい。
移動し続けている通路が地図の通りならこの位置から彼らが居る方向に当たる所には…。
考えていると先頭側より警告音が2重で聞こえて来た。

    ピー ピー ピー

高山とかりんのPDAが鳴っているのだろう。
しかし何の警告だ?
疑問は高山の声により判明したのだった。

「戦闘禁止エリアだと?!!」





第5話 追撃「開始から12時間経過以降に、開始から48時間経過までに全員のプレイヤーと遭遇する。死亡者は免除する」

    経過時間 13:17



高山の叫びは何時もの冷静さを失っている事を如実に表していた。

「高山さん!?」

矢幡もその内容に色を失っている。
更に悪い事が重なっていた。

「くそっ、また行き止まりかっ!」

高山の焦った声が続くが「また行き止まり」という言葉に引っ掛かりを覚えた。
追撃を警戒して後ろを見ていた俺は、振り返って彼らの行く先を見据える。
確かに高山達の目の前には分厚そうなシャッター、と言うよりも隔壁と言った方が良いものが通路を遮断していた。
多分そのすぐ横にある扉が戦闘禁止エリアへの入り口なのだろう。
拙い、完全に追い詰められた。
このまま戦闘禁止エリアに入るのは愚の骨頂だ。

「かりん、絶対にその部屋には入るなーっ!」

その扉を開けようとしているかりんへ絶叫じみた声を上げる。
俺の声にビクッと体を震わせて、ドアノブから手を離した。

「あ、うん。でも、どうするんだ?」

行き止まりから逃れるにはそこしかない。
しかもその部屋なら安全だ。
だから無条件で部屋に入ろうと考える、というのが相手の狙いなのだろう。
最悪『ゲーム』と同じ様に、中に自動攻撃ロボットがある可能性も少なく無い。
そうなれば此処に居る誰かが、銃撃かルール違反かの違いはあれ、死んでしまいかねないのだ。

「これ以上は引けない以上、此処で迎撃するしかない」

「そうだな、少し戻るか」

静かに頷く高山と一緒に、最後の曲がり角に陣を張る事にする。
曲がり角近くにある名も無き小部屋の扉を開けようとしたが、鍵が掛かっているのかビクともしない。
此処は確か、と考えた所で1つの疑問が氷解する。
他の部屋にバリケードに成りそうな物があればと思ったのだが、これでは無理そうだ。
この状況のため戦闘禁止エリアから家具なりを持って来ようとするかりんと矢幡だったが、それは絶対に反対した。
とはいえ理由は支離滅裂になってしまう。
本来なら知り得ない自動攻撃ロボットについて述べる訳にはいかないからだ。
追撃していた相手も此処に至り、その攻撃の手を休めている。
多分こちらが戦闘禁止エリアに入ってから行動する予定なのだろう。
丁度敵の攻撃も止んだのだし、誤魔化しついでに情報を皆で整理しよう。

「皆、集まってくれ。現状判った事を整理したい」

曲がり角から少し離れた所に車座になって貰い、話を始める。

「まず相手の事だが、この階のエレベーターホールで襲って来た奴に間違いない」

後退中に何度も見た人影を思い出して切り出す。
エレベーターホールでは高山と矢幡は遠目だっただろうし、かりんと優希は見ていない。
判別可能なのは俺だけだったが、その俺が殿だったのが幸いして特定が出来たのだ。
追撃している姿を確認した所、相手は相変わらず右肩から携帯火器を下げて構えていた。
逆の左手には多分PDAだろう何かを持っており、時々そちらを確認しながらこちらを追いかけて来ていた。
またその右足は引き摺っているものの、背にはエレベーターホールでは持っていなかった巨大なバックパックを背負っていた。
エレベーターホールではシャフトを降りるのに武装を制限していたのだろう。
此処では様々な装備を駆使して俺達を追い詰めて来ていた。
それらを説明した後に、俺の見解を述べる。

「で、これまでの情報から考えられるのは、3つ。
 1つは、相手のPDAのソフトか他の何かに、俺達の位置を特定出来る道具がある事。
 2つ目に、相手はこの館内の扉を、シャッター等も含めてだろうが、操作する機能を保有している事。
 最後は、相手の解除条件が他者の殺害、若しくはそれに準ずるものだろう、という事だ」

一旦言葉を切る。
反応は様々だが、俺の言葉について考えてくれているのだろう。

「最後のものについては、反論は無いわ。でも相手の解除条件はこの際どうでも良いの。
 それより1つ目の位置を特定について、何でそう思ったのかしら?
 追撃だけならそんなの無くても出来るわ」

「いや、追撃じゃないな」

矢幡の疑問に口を挟んだのは、高山だった。

「俺や外原が階段に対して死角になる、確認出来ない位置に居たにも関わらず、相手は迷い無く攻撃して来た。
 これが視認後に攻撃を開始したならまだしも、出た直後に撃たれているんだ、俺はな。
 つまり相手は、俺がお前達と別れて行動していた事及びその場所を、知っていた事に成るな」

こちらの待ち伏せ作戦中に手当てを受けていた左足の掠り傷を指しながら続いた説明に、矢幡も驚きを返す。
高山もそうだったのか。
俺も優希の制止が無ければ、今頃は死んでいたかも知れないタイミングだった。
優希の制止、か。
何かが引っ掛かった。
何故優希は攻撃が来る事が判ったんだ?

「こちらの位置を特定出来る何かが無いと、あのタイミングは無理だろう」

「判ったわ。それで対応策はあるの?」

高山と矢幡が話しているが、俺は自分の疑問に没頭して話半分にしか聞いていなかった。
それを察したのか矢幡に注意されてしまう。

「外原さん!今は非常時ですからボーっとしないで下さいませんか?」

「おっと、すまん。ちょっと気になる点があってな」

「そう?でも今は措いて貰えるかしら。
 それでこちらの位置を特定出来る相手に対して、何か対応策が有るの?」

「全く、無い!」

きっぱりと述べる。
本当の事を言えば無い事もないのだが、その為には現在保有していない筈の知識を公開する必要が有るので止めておく。
それ以外で説明出来るなら説明したい。
それで現状が打破出来るなら。

「位置を知るって、どうやって知ってるんだろうな?」

「首輪とかかなぁ?」

年少組が疑問を形にした。
ソフトウェア上有り得るのは、PDA探知、首輪探知、そして館内の動体センサーの情報取得の3つだ。
JOKERの位置を示すものもあるが、JOKERを保有していない俺達には無意味だから除外する。
この内で対抗策があるのは、唯一PDA探知だけだろう。
動体センサーも動きを制限すれば裏をかけるかも知れないが、どうも現実的とは言い難い。
ジャマーソフトがあれば即対抗策になるのだが、現状無い物強請りだ。

「首輪探知だったとすると、逃れようが無いな。
 どちらにせよ、此処まで追い込まれてしまえば、位置特定は余り意味が無いかも知れない」

本当は位置特定の対象が判れば裏をかけるので一番重要なのだが、次に進みたいので話題を切っておく。

「次の問題として、ドアの操作だろう。しかも遠隔で可能なものだ」

「その機能がある理由は、向こうのものやこれまでの通路を塞いでいたであろうシャッターかしら?」

矢幡も高山の、また行き止まりか、の部分に引っ掛かっていた様だ。
だがそれではゲームマスター権限を使って隔壁を下ろして置いた可能性もある。
だからソフトウェアだと断言出来る理由は他にあった。

「それもあるがな。確定したのは、そこの扉がロックされているからだ」

矢幡の問いに、近くの開かなかった扉を親指で差しながら答える。
そう、あの扉は俺が「最初見た時には開いていた」のである。
鍵どころではない。
勿論コントロールルームでも実行可能なのだろうが、奴は俺達を追尾中でありコントロールルームには居ない。
ゲームマスターが他に居て奴を支援している可能性もあるのだろうが、確率としては非常に低いだろう。
何より俺が彼がこのソフトウェアを持っていると思ったのは、移動速度だ。
彼とエレベーターホールで邂逅してからこちらもそれなりの速度で階段までやって来ていた。
それにも係わらず足を怪我している彼が先に着いていたのだ。
幾つか可能性はあるだろうが、このドアコントローラーで最短距離を歩いた可能性が考えられた。
しかしこれは当然黙っていなくてはならない。
いい加減秘匿するのも疲れて来た。
そしてこの情報を聞いた高山は、顰め面をする。

「つまり、開いていた扉を遠隔操作で閉めて、ロックまで掛ける機能がある訳か」

「そうなるな。厄介な機能ではあるが、これは扉やシャッターが存在している場所でしか使えないんだろう。
 何処でも封鎖可能なら、これまでに完全封鎖すれば良かっただけだからな」

「そうなると、こちらが戦闘禁止エリアに入ったのを見計らって、扉をロック。その後に殲滅に来るつもりかしら?
 こちらも此処でずっと待機している訳にはいかないのよね」

相手の戦術を正確に読み取ってくれる。
しかし読み取っても対抗策は思いつかず、暗い顔で矢幡は俯いた。

「お兄ちゃん…」

優希も不安そうに俺を見上げた。
その頭を微笑みながら、安心させるように頭を優しく撫でる。

「早鞍、何か企んでないか?」

「企むとは心外だな」

優希を撫でる俺を注視していたのだろう、かりんが訝しげに聞いて来る。
肩を竦めて適当に答えておく。
具体案はまだ頭の中で整理中の為であった。
未だ顰め面をしている左隣の高山が無意識にだろうか、懐の中からタバコの箱を取り出す。
箱を振って綺麗に1本だけを頭出しにしてからそれを銜えるが、此処で俺が横目で見ている事に気付く。
少し固まっていたが、残念そうな顔で出したタバコを収めた。

「で、高山。打開策を何か思いついたか?」

「…全くだ。完全に手詰まりだな。やるとすれば特攻くらいか?」

首を振り、絶望的な答えを出す。
何でそんなに悲観的なのか。
ちょっと脅し過ぎてしまっただろうか?
そこで矢幡が声を上げた。

「ちょっと待って。壁は無理でもシャッターなら幾ら分厚くても爆破出来るのではないの?」

「化学防災用の強靭な隔壁だぞ?現在の装備では不可能だ」

矢幡の案に、あっさりと高山から駄目出しが出る。
また皆が沈黙してしまった。
そのまま優希の頭を撫でていたが、その優希がウトウトとし始めている。
現在経過時間は13時間30分を過ぎた所。
現実時間で1日目のPM23時半の深夜である。
子供には辛い時間だ。
これ以上引き伸ばすのはこちらの体力にも影響が大きいか。
出来ればもうちょっと伸ばして、あちらの精神的忍耐力も限界に近付けて判断力を奪い取りたい所なのだが、仕方が無い。

「では次の行動に移ろうか」

皆を見回しながら、切り出した。

「どうするのだ?」

高山が暗い顔で聞いて来る。
まだ絶望的になっているようだ。
高山ってこんなに気が弱かったとは思えないのだが、装備が貧弱な所為だろうか?

「まず、全員が生き残るにはかなり綱渡りになる。この事を理解して欲しい」

ここでもう一度見渡すと、皆頷いてくれる。

「で、賭けになるが、相手の探知対象をPDAと仮定する。
 首輪や、連れて来られた時に何か体に埋め込まれてしまった信号を出すものだった場合は、対抗策が無いからな」

「ええっ、そんなのあるのか!?」

「落ち着きなさい、北条。あくまでも仮定の話よ」

かりんが体を抱えて素っ頓狂な声を出すが、矢幡がフォローしてくれた。
恥ずかしげにかりんが沈黙する。
落ち着いたようなので、話を続けよう。

「で、だ。皆のPDAを俺一人に預けて欲しい」

此処は真剣な目で皆を見る。
俺の案の概要はこうだ。
まず俺が全てのPDAを持って戦闘禁止エリアに入る。
中で何があったとしても、皆は中には絶対に入らない事。
そして皆はすぐそこにある現在ロックされている小部屋に待機する。
隔壁と違い、扉の鍵など銃で簡単に壊せるだろう。
奴が部屋に居る俺を攻撃し始めたら、皆で相手を制圧してくれればいい。
相手は遠目に見ても首輪をしている事は確認出来ている。
だから皆の攻撃から逃れるために戦闘禁止エリアに入る愚は冒せない。
入ったら入ったで外から制圧すれば良いのだから。
もし此処で奴のPDAが手に入れられれば、かりんの首輪も外れるというものだ。

「早鞍!何でお前だけそんな危ない事するんだっ!」

話し終えた時、かりんだけが反対した。
優希は半分以上眠った状態で、もう思考能力が保たれていない。
高山と矢幡はこの案について脳内で検討中なのだろう。

「確かに予想通りなら、俺は危険だろう。
 だがもし相手の探知対象がPDAで無ければ、危ないのは皆の方なんだ。
 此処に隠れているのがバレバレなので、扉の外から即時攻撃されるんだぞ?
 それに制圧する時も安全なんて言えないんだ」

軽い調子で彼等の危険を指摘する。

「そりゃ、そうだろうけど…」

「北条、ちょっと黙ってて。確認して置きたいのだけれど、良いかしら?」

「どうぞ。なにかな?矢幡」

「さっきから気になってたんだけど、あの部屋の中に危険があるの?」

直球ど真ん中、答え難い質問が来てしまった。
自動攻撃ロボットを抜いて、どう言うべきか。

「危険については前にも言った通り、反撃不能な状態で攻撃を受けるの…」

「それはもう聞いたわ。私が聞きたいのは、あの部屋そのものに危険があるのか?って事なんだけど。
 前々から貴方、部屋に入る事自体に対して問題にしているわ」

俺の説明中に割り込んで、きつい追求が来た。
この人、容赦無しです。
ここは可能性だけでも挙げておくべきなのだろう。
少し考えてから、真剣な顔に成って話を切り出す。

「例えば、だ。
 中に入ったら自動的に攻撃してくる罠を仕掛けたらどうなる?
 部屋の中程まで入ってからの攻撃だ。それも部屋の中からな」

「どうなる、ってその罠を排除すれば良いんじゃ…」

「それが戦闘行為と取られたら?」

かりんの答えに続いて返したこの答えに、半分寝ている優希以外の3人が目を見開いてこちらを凝視して来た。

「どんなものだろうと、あの部屋の中に危険なものを置くだけで効果があると思って良い。
 下の階では、在ったとしてもナイフとかの類が精々。だが今は銃とか在るだろう?
 だから、お前達をあの部屋に入れたくなかったんだ」

沈黙した矢幡は措いておき、高山に向き直る。
下の階でも銃はあったじゃないかと反論されたら困るので、さっさと話題を進めよう。
大体段階的に昇って来ていないこのメンバーに、下にナイフが在るとか言ったのも拙かった。
1階にはナイフすら無いのだから。
少々後悔。

「それで、どうかな?部屋に入るのは俺以外には居ないだろうが、こっちを任せても良いか?
 それとも、代案があるなら言ってくれ」

「こちらの武装が限られている以上、相手が見えなければどうにも成らん。
 多分これが当たれば、どうにか抜けられるか…」

「ちょっと待って、何で部屋に行くのが早鞍しか居ないんだ?
 対応能力なら高山さんの方が適任じゃないか!」

どうしても俺を危険に晒したくないのか、かりんが食い下がる。

「部屋の中に居たら、どちらにしろ攻撃行動は取れない。
 この中で最も武器の扱いに長けた高山を、戦闘不能にする訳にはいかないだろ。
 だからと言って、やはりあの部屋に行くのが最も危険なのは変わらない。
 だから俺しか居ないって言ったんだよ」

諭すように順序立てて説明するが、かりんは納得した様な顔はしてくれない。
だがこのまま話を停滞させても意味は無いので、再び明るめの声で言葉を続ける。

「問題はそっちが狙われた場合だ。銃撃音が聞こえた時点で、こっちも応戦する為に廊下に出るから」

「此処から戦闘禁止エリアまでには遮蔽物が無い。廊下に出るのは危険だ」

「だが部屋の中から顔だけ出してこんにちわ、って訳にはいかないからな」

俺も首輪が起動するのは御免である。
高山の反論には苦笑で誤魔化しているが、考えるだけで体は今にも震え出しそうだ。
ペナルティによる死亡は凄惨を極めかねない。
漆山の体当たり爆弾での爆死と2種類の毒による窒息死や姫萩の生きながら燃やされた焼死やスマートガンによる銃殺など。
『ゲーム』でのペナルティによる死因を考えると、怖気が走った。
応戦せずに逃げ回るだけで命を繋ぐ。
確率とかは、この際考えるだけ無駄だ。

「俺は外原の案に乗ろう。矢幡はどうする?」

高山が決意してくれる。
俺も彼に続いて矢幡を見た。
少し悩んでいたが、やはり代案も無いのか静かに頷いてくれる。
だがやはりかりんは納得がいかないらしく、難しい顔で話を切り出した。

「なぁ、あいつのがPDAの探知だって思った理由って何なんだ?」

「いや、だから仮定だって」

「そう思ってないのは見てたら判る!誤魔化さないで教えてくれよっ!」

真剣な顔で迫って来る。
隣の眠そうな優希を気遣って声は抑え目ではあるが、気迫は漂っている。

「そうね、教えて貰えれば、私達も安心出来るわ。
 此処で何時攻撃を受けるかと待つのは、精神的にきついもの」

かりんの疑問は矢幡も持っていたのだろうか、こちらからも攻めて来た。

「…原因は優希だ」

頭を掻きつつ嫌そうな顔をしながら、諦めて答えを出した。

「優希?」

「ああ、階段ホールの所で、俺も高山の様に飛び出そうとした直後を狙撃されている。
 その時は優希の声で止まったんだがな。考えてみれば、その優希の位置は狙撃可能地点だったんだ」

「えっ、それ拙かったんじゃないか?!」

「そうだな、かりん。今考えれば冷や汗ものだ。
 だがそれのお陰で、優希は俺が危ない事を事前に知る事が出来た訳だ。
 相手が見える位置だから、奴の狙撃しようとするのが見えたんだろう。
 当然、相手からもその位置は見える筈で、つまり奴からの攻撃を受ける位置と言う事になる」

確かに優希の位置は危なかったが、何も最初からその位置に居た訳ではない。
俺が危ない事をしようとしているのを、何とか助けようとしての無意識の行動だったのだろう。
かりんは疑問に思ったり驚いたりと忙しい。
しかし矢幡の方は冷静に俺の言葉を分析していた様だ。

「それで、その事がどうして探知対象の特定になるのかしら?」

そう、それは疑問になるだろう。
俺も此処で優希の行動について考えるまで忘れていたくらいだ。
上着のポケットを探って一つのPDAを取り出し、皆に画面を見せる。
1階で愛美に会う直前から今迄ずっと俺が持っていた9番のPDAだった。

「ってお前、ずっと持ちっ放しだったのかよっ!」

「はっはっは、実はそうだったんだ」

かりんが突っ込んでくるが、笑って誤魔化す。
矢幡も驚いているが、すぐに成程と頷いた。

「つまり攻撃可能位置に居るにも関わらず優希は攻撃を受けなかったが、俺や高山は受けるその前から狙われていた。
 逆にこの中でPDAを持っていないのは優希だけだからな。図らずも仮定が立ってしまった、って訳だ」

これで皆納得したのか、他に意見も質問も無さそうだ。
それに他の事に気付かれるのも嫌だったので、作戦を始めてしまおう。

「では、まず鍵の破壊だな。高山、サイレンサー、有ったよな?」

「ああ、待っていろ」

高山は荷物から金属の筒を取り出して、銃の先に取り着けている。

「んじゃ、行動は静かに、そして迅速に、ってね」

俺の発言が終わらない内に、高山の拳銃が扉の鍵を打ち抜いた。



扉の前に立った時、俺の持った複数のPDA全部から警告音が鳴り響いた。

    ピー ピー ピー

約半数を保有しているので、凄く五月蝿い。
その中の1つを取り出して詠唱画面を見ると、表示が切り替わっておりアラームと記されている。
その下にはその内容が書き出されていた。

    「あなたが入ろうとしている部屋は戦闘禁止エリアに指定されています」
    「部屋の中での戦闘行為を禁じます。違反者は例外なく処分されます」

1階で見た文章と同じものが表示されており、それはこの扉の向こうが間違いなく戦闘禁止エリアである事を示しているのだ。
唾を一飲みしてから、そのドアノブに手を掛けた。

建物内の大部分と異なる、埃に汚されていない綺麗な室内を見渡す。
4人を汚い小部屋に押し込んだ後、他3人の分を合わせた全てのPDAを持って戦闘禁止エリアにたった1人で入った。
この部屋に入るので殆どの装備を外しており、武装と言えば懐に仕舞っている拳銃一丁のみである。
自動攻撃機械がある可能性も考えて警戒していたが、今見える所にあの不恰好な機械は無い。
外への扉は、今入ってきたもの1つのみ。
奥へのトイレやシャワー室などの小部屋に続く扉が1つと寝室へのしっかりした扉が1つある。
部屋の配置はPDAの地図に表示されてあるから多分間違いないだろう。
その他オープンキッチンやクローゼットなどがあり、部屋の中央には豪華な机とソファーの応接セットがある。
ソファーは3人座りの大き目のが2つと1人用のものが2つ、それぞれ向かい合わせに置かれていた。
部屋自体は20畳くらいのかなり大きい部屋だ。
これだけ広いと手榴弾1個程度では部屋全体を攻撃範囲に出来ないのではないだろうか?
『ゲーム』のEp2では、手榴弾を投げ込まれただけで全員が死ぬとか表現があったのだが。
扉近くに居ると外からの銃撃で即蜂の巣になってしまうので、中央の応接セットまで歩を進める。
ソファーは革張りの良さそうなものだ。
目の前の机もかなり頑丈そうである。
天板は10センチ近い厚さがあり、盾として有効そうだ。
物音を聞き逃さないように、慎重に、そして静かに行動する。
無いとは思うが、高山達の居る小部屋の方が銃撃されたら飛び出さないといけない。
それが功を奏したのか、部屋の奥隅にて微かな機械音がする事に気付く事が出来た。

ソファーの陰に隠れながらそちらを確認すると、何と銃口だけが壁からこちらに突き出ていた。
埋め込み式か、隣の部屋から穴を開けて銃口だけを出したものだろうか?
丁度ソファーに体が隠れた辺りで、銃撃が始まる。
目の前のソファーが銃弾で跳ね上がりそうになった瞬間、入り口のドアからも銃撃が開始された。
身を低くして隠れているため、逆側のソファーに阻まれて俺に銃弾は届いていない。
あちらは扉越しにPDAの位置辺りを攻撃しているのであろう、正確さなど全く無い雑な攻撃である。
やがて部屋の奥からの銃撃が止んだ。
弾切れだろうか?

攻撃が片方からのみに成った事で、防御はそれのみに集中出来る様になった。
隣にある応接机を横に倒して盾にしようかと思い手を掛けるが、ふと考えが過ぎり行動が止まる。
これを倒した事が攻撃行動と取られたら?
『ゲーム』で戦闘禁止エリアでの違反を犯したのは、葉月の手榴弾返却と優希の自動攻撃機械を蹴飛ばした行為である。
同人版では長沢が部屋内にあった自動攻撃機械に銃撃を加えて首輪を爆発させていたが、これは明確である。
先の2つにしても攻撃行動と取れる基準としては明確であり、反論の余地は無い。
しかしそれ以外では何処まで攻撃行動として「取られないか」の基準が無かった。
エリア内で缶詰をナイフで開けるのは問題無かったような気がする。
いやこれは同人版だっただろうか?
エリアに入る前に検討しておくべき事柄だったのだが失念していた。
記憶が乱れているが、それでも有り得るかも知れない行動は控えた方が良いだろうと結論をつけた。

何時まで攻撃を続けるのか。
ソファーの陰から時折顔を覗かせて確認すると、扉は今にも崩壊しそうな程に穴だらけの様だ。
しかし扉は依然として存在しており、その銃撃中に中が確認出来ているとは思えない。
…プレイヤーカウンター、か?
確かにそれなら生存者数が減らないので、攻撃を続ける理由に成る。
成程それがあるなら、エレベーターホールで即時追撃して来たのも頷けるというものだ。
まあこちらはPDA探知で見て、こちらが動いているからという理由も考えられるが。
そんな事を考えていると、今までとは違う音が響いた。
盾にしていたソファーが激しい音を立てて震える。
音が収まったので陰からそっと顔を覗かせて扉の方を確認すると扉は完全に破壊されており、そこから相手の姿が確認出来た。

「なんだよー、ソファーの陰でカクレンボかよ。すーぐに炙り出してやるからな、小兎ちゃんっ!」

陽気そうな声を出して、ある球状の物体を右手で小さく真上に投げては受け取る動作をしている。
あれは…手榴弾か!
俺が気付くと同時くらいに奴は顔を微笑みに歪めてから、その手榴弾のピンを抜いて部屋の中央にある応接セットに向けて放物線状に放り投げた。
投げた後すぐに肩に下げていたサブマシンガンを構える。

「はーはっはっはー、死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!とっととくたばりやがれーっ!!」

叫んで、手榴弾が炸裂する前からマシンガンを乱射して来た。
拙い、此処に留まって居ると手榴弾の爆発で確実に死ぬ。
いざとなったら机を利用しようと考えていたが、この手榴弾には無意味そうだ。
サブマシンガンの雨の中、俺は部屋の奥にあるオープンキッチンへと駆け出した。
行動が早かったお陰か奴の銃口を向ける速度が間に合わなかったのか、幸い銃弾は掠りもせずキッチンまで辿り着く。
このまま飛び込んだ時に周囲の物にぶつかったら、攻撃行動と取られるのだろうか?
脳裏にルールが浮かび上がる。

「くっ、そ」

時間が無い。
俺はまずキッチンの上に飛び乗り、そこから下に何も無い事を確認してから飛び降りて蹲った。
間一髪でキッチンの周辺を穿つ銃弾の音がした後、続いて手榴弾の爆発音が部屋を震わせる。
それと共に爆煙が濛々と室内を覆った。

「何処に逃げても袋の鼠なんだよっ!もう無駄なんだから、さっさと死ねっ!」

マシンガンを乱射しながら、その音に紛れて奴の声が響く。
苛立ちを含んだ声は、だがまだその優位性のためか明るい感じを漂わせていた。

体が震え上がっていた。
次に手榴弾を此処に投げ込まれたら終わる。
逃げ場所を間違えた。
逃げるのならこのオープンキッチンではなく、奥となるどちらかの部屋だったのだ。
自動攻撃機械はおろかガス兵器すら無い相手なら、あそこまで攻撃する手段は無い。
これで詰み、か。
最後に手榴弾で出来た煙に紛れて特攻するしかないのか?
思考を空回りさせている内に煙が晴れて来る。
これもまた判断ミスだ。
移動するチャンスだったのに体の震えと無駄な思考により、時間を浪費してしまった。
そしてキッチンの陰から覗き見る俺と奴の目が合ってしまう。
奴は嬉しそうに顔を歪めてサブマシンガンの掃射を止めて、左手に持った手榴弾のピンを引き抜いた。

「さあああぁぁぁ、おっチヌ時間だぜぇ!」

興奮して呂律が回っていない口調で叫びながら、手榴弾を右手に持ち替えて振りかぶる。
その時、奴の使用するサブマシンガンとは別の銃声が聞こえた。

「な、何故貴様らっ、そこに居るっ!」

やっと来てくれた高山達の攻撃は、幾つか掠めてはいるがまだ的中はしていない。
だがこの攻撃に奴は心底驚いたような声を出した。
PDAは全て此処にある上、皆が隠れた部屋はわざわざ奴がロックを掛けておいたのだ。
完全に予想外の事態に陥っており、こうなると自分の方が袋小路に嵌った形だろう。
高山達の銃撃に持っていた手榴弾を取り落としてしまったようで、球状の物体が室内の入り口付近からこちらへと転がった。

「しまったっ!」

奴は叫び声を上げると、部屋の扉があった場所の前から姿を消す。
それと同時に俺も再びオープンキッチンの影に隠れた。
数秒後、手榴弾が入り口と俺の居る丁度間くらいで爆発した様だ。
再び部屋を轟音と振動が支配し、中が煙で満たされていく。

「ごふっ、げほっ」

大量に煙を吸い込んでしまい、咳き込んで涙目になった。
爆発音で聴覚もダメージを受けたのか、周囲の音が篭ったように聞こえる。
現状はどうなっているのだろうか?
そうだ、奴をこのまま逃がしてしまうと同じ事の繰り返しに成る。
奴のドアコントローラーを使えば、扉付近の隔壁も空けて逃げられるだろう。
追撃しないと。
体を動かそうとするが、体は震え上がって動いてくれない。
何を竦み上がっている!
動け、動かないと。
気持ちだけが焦るが、体は震えるだけで一向に動いてくれない。
その内に恐怖と煙による酸素不足の所為だろうか、意識が遠くなっていった。



俺は北海道で生まれ育った。
両親は農場と牧場を保有していた曽祖父であるじっちゃんから農場を一部預かって、それを細々と経営して生活していた。
俺の名前はその曽祖父が付けたものだ。

「人の為に何かが出来る人間に成りなさい」

それが曽祖父の口癖である。
曽祖父に懐いていた俺は、この言葉を何度と無く聴いていた。

「お互いに心を気遣い合えれば、争いなど起こらないんだ。
 目の前に居る他人の心を察する事が出来る。これは日本人の美徳だよ」

平和主義者の様な奇麗事の持論だが、嫌いでは無い。
その目の奥には、いつも大らかで柔らかな心が覗いていた様にも思えた。
同じく曽祖父に名付けられた4つ下の従兄弟は俊英(としひで)という名前である。
昔はその男らしい名前が羨ましかった。
この「さくら」と発音する名前のせいでからかわれたのは10回や20回では済まない。
その度に俺は泣いて家に逃げ帰った。
ちなみにこの事で殴り合いの喧嘩をした事は一度も無い。
これについては大きくなってからも兄さんにからかわれた。

そうして高校まで地元の田舎じみた世界で過ごした俺は、都会に憧れていた。
だから大学受験は都心部を選んだし、それに合格するために一生懸命に勉強した。
その甲斐があり、第一志望に見事合格し順風満々な人生を歩んだのだ。
大学も4年間を恙無く終えた。
専攻は何故か考古学。
都会に憧れているだけだった俺は、大学に入ってその専攻分野の多彩さに混乱していた。
そこでサークルに誘ってくれた先輩が専攻していたのが考古学だったのだ。
考古学と言ってもフィールドワークは無く、教授の懐古趣味の延長と言った感じであったが。
サークルは心理研究サークルという、学内ではあやしげなサークルとして名が通っていた所だった。
オカルトも研究内容に含んだ、と言うかそれが中心の活動内容に、それは心理ではなく心霊だろって突込みは皆していた。
俺もそれには多少引きながらも当たり障り無く過ごした大学時代。
就職に関しても特に希望が無く、実家に帰って農場でも経営するかな、と思っていた所で教授から院に誘われた。
受講費は大変だが、まだ何もしたいものが見付かっていなかった俺はこれに乗ったのだ。
そして大学院の試験も難なく通り、俺は去年の春に院生となった。

それから…何だろう、記憶がぼんやりとしてくる。
思い出さないといけないようで、思い出してはいけない気もする。
床に転がっているナニか。
燃え盛る炎。
灰色の、空。
それを知るべきか知らざるべきかを迷っている内に、夢の時間は終わりを告げた。



気が付くとふかふかの絨毯が敷かれた床の上に寝ていた。
俺はこんな所で何をしていたんだろうか?
夢から覚めてまだ頭がぼんやりとしていたが、周囲に穿たれた無数の銃痕を見て一気に覚醒する。
そうだ、皆が迎撃に出たのだ。
体の震えは既に収まっている。
周囲を見て煙が晴れている事を確認するとキッチンの陰から這い出した。
耳がおかしくなっているので無ければ銃撃戦は終わっている様だ。
どれくらい意識を失っていたのだろうか?
結局何の役にも立たず、情け無い限りである。
確かに戦闘では高山にはどうやっても勝てないが、少しくらいは役に立ちたい。
トボトボと入り口へ向かって歩き出す。
そういえば皆はどうしたのだろう?
奴が逃げたのを追い掛けているのか?
まさか眠りかけの優希が居るのに深追いはしないだろうが、誰の気配もしないのはちょっとおかしい。
それに俺の安否を確認して来なかったのも気になる。
戦闘禁止エリアには絶対に入るなと厳命していたので、確認は諦めたのだろうか?
壊れて吹き飛んだ扉は開閉の必要も無くそのまま廊下へ出ると、すぐ横に広がる光景が目に入った。

順当に考えて敵が重傷を負ったのだろう。
この直線の廊下で遮蔽物も無く銃撃を受けたのだから、全くの無傷は有り得ない。
それにしてもこの出血量は死んで無いか?
一面に散った赤黒い、酸化が始まっているのだろう、大量と思える血の跡に首を捻るが答えは当然出ない。
大体俺は人間がどれくらい出血したら死ぬのかなど知らないのだ。
俺が無様に震えて寝ている間に何があったのだろうか?
そう言えば、逃げる為に開けたであろう隔壁が閉まっている。
此処を開けずに高山達を突破して逃げる可能性も全く無いとは言わないが、それは多分無い。
血の跡がこの隔壁の真下へと続いており、その先に消えているからである。
真下へ続く血が2筋あるが、もしかしてこちらの誰かが怪我をしたのだろうか?
そうなると皆はこの隔壁の向こう側の可能性も有る。
考えられるのは退路を絶たれてしまった事、くらいか。
非常に拙い事態になった。
高山達はPDAを持っていない為、館内の地図が確認出来ない。
相手は高山達の位置を捕捉出来ないだろうが装備等で優位にある。
早期合流を果たすにはどうすれば良いか?
久しぶりと思える一人の状態に困惑を隠せなかった。

隔壁のこちら側は階段方面な為、6階へ進もうと思えば可能だっただろう。
だが優希が居ない状態で6階へ行っても意味は無い。
高山達の拠点の位置を聞いていなかったのも合流を困難にさせている。
せめてかりんの首輪だけでも外しておけば良かった。
あの時点で外してしまうと戦闘禁止エリアにかりんが入ろうとしてしまう危険があったので、後回しにしたのが裏目に出てしまっている。
何とか隔壁の向こう側へ行けないかと隔壁を調べて見るが、何処にも開けられそうな仕掛けは見当たらなかった。

「チクショウッ!」

ガンッと、苛立ちに任せて隔壁を殴る。
此処数時間は後悔ばかりである。
階段付近で撤退せざるを得なかった事も。
追撃中に相手をどうにかする策を出せずに、戦闘禁止エリア付近まで誘導されてしまった事も。
部屋の中で奴の攻撃をいなせなかった事も。
そして即反撃して奴を制圧出来なかった事も。
更に遡れば、エレベーターホールで奴を押えられなかった事から拙かったのだ。
何もかも俺の力不足である。
『ゲーム』の知識があるのだから、もっと有効な手段があった筈なのだ。
例えばPDAだけ中央に置いて俺だけ扉付近に行くとか。
誰かは知らないが、味方をしてくれた者に怪我をさせてしまった可能性も出てしまっている。
せめて誰か残っていてくれれば気も休まったのだろうが、一人での思考に囚われてしまった。
また何もせずに皆が死ぬのを見ているだけなのか?
…誰が死んだって?
思考に何かが引っ掛かった。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

隔壁に拳を打ちつけたまま肩を震わせて俯いていた俺に声が掛けられる。
反射的に振り向くと、そこには小柄な少女が佇んでいた。

「ゆ、うき?」

「なーに?」

首を傾げて答える少女。
血の海の上に佇むというシュールな光景ではある。
俺はその姿に体の力が抜けてしまい、隔壁に背を預けて座り込んだ。

「お、お兄ちゃん!」

心配してくれたのだろうか、優希が駆け寄り俺の体に縋って来る。
その手の温もりを感じた瞬間に、俺は少女をきつく抱きしめていた。

「優希……良かった」

優希は一瞬体を強張らせるが、そのまま力を抜いてから両腕で俺の頭を抱えるように添える。
彼女は俺が離れるまでの暫くの間、そうしていてくれたのだった。



知らない内に泣いていたらしく俺の頬には幾筋かの涙跡がついていたので、服の袖で乱暴に拭っておく。
恥ずかしくもあるが、随分とすっきりした。
いや少女に抱かれてすっきりするって表現もかなり危ないな。
自己突っ込みをしつつ、今後の事を考える。
PDAの時間を見ると経過時間は16時間12分を示しており、迎撃を決めてから3時間近くも経過していた。
俺はそんなに寝ていたのか。
改めて自己嫌悪に陥りかけるが、隣に居る優希の存在を感じてそれを抑える。
小部屋で寝たままだったのだろう、幸い残って居たのは優希だ。
それならこのまま6階を目指すのが最良の行動と成る。
こちらも幸いな事に隔壁で閉鎖されているのは階段とは反対側であり、他の者は追撃者を含めてあちら側だ。
しかもあちら側から階段へ向かう為には、PDAの地図を見る限りかなりの大回りになる。
だから邪魔をされる事無く階段への道を踏破可能だろう。

「よし、優希。皆の事は心配だが、俺達は俺達に出来る事をしよう」

「どうするの?」

「まずこれまで通り6階を目指す。
 優希の首輪さえ外れれば、今の時間に無理に6階を目指す必要は無くなるから選択肢が広がるんだ。
 それから、皆との合流を考えよう。かりんの首輪も外してしまいたいしな」

「んー…。うんっ、判った!」

多少は仮眠を取れたのだろうか、眠気は何処かへと飛んでいる様だ。
優希の賛同を得られたので階段を目指す為に隔壁から離れた。
一応皆に隠れて貰った小部屋を確認しておく。
戦闘禁止エリアも調べようかと思ったが、あそこの壁に埋め込み式かは判らないが銃撃用の罠を仕掛けていたのだから、中は物色済みだろう。
小部屋には彼等が残した幾つかの荷物が置かれていた。
慌てていたのだろうか、思ったよりも多く残っている荷物に不安が過ぎる。
これで彼らは物資の余裕も無くなったのではないだろうか?
嫌な予感を外に漏らさない様に振り払う。
優希に不安を伝染させる訳にはいかない。
残っている荷物が多い為に持っていく物を厳選すべきなので、それぞれの内容を確認してから荷物を詰め直し始める。
優希ももう手馴れたもので、二人で手早く荷物を纏めた。

現状の装備はライフル1挺に小口径の自動式拳銃2挺。
コンバットナイフ1つにライフル用の予備マガジン2つと拳銃用の予備銃弾1箱。
以上を身に付けている。
荷物の中には閃光手榴弾2つ、煙幕手榴弾2つとコンバットナイフ2本。
トンファー1組に大型のスタンガンが1つに予備銃弾多数。
他にも食料に飲料水の食品系とアルコールランプ及びファイアスターター、つまりライターのようなもの、やロープなどが入っている。
色々と詰め込み過ぎてバックパックが半分開いてしまっているが、まあ重さは何とか持てる程度にはしている。
紐が千切れなければ大丈夫だろう。
優希にも一応自動式拳銃を1挺持たせてはいるが、まともには撃てまい。
小型のスタンガンも持って貰っているが、使いこなせるかどうか。
荷物も食料系や雑貨などの軽くて小さいものを中心にしている。
そうして荷物の準備が出来た。

「お兄ちゃん、急ごうっ。かりんちゃん達が危ないんでしょ?」

優希も察していたのか、真剣な目で言って来る。
それに頷いて荷物を背負い立ち上がった。

「んじゃ、ちゃっちゃと行きますか!」

微笑みながら、左手を優希へ伸ばす。
優希も微笑んで、その小さな手で握り返して来たのだった。



階段までの道程は順調であり、短い時間で到達した。
優希の足に合わせたとはいえ、それなりの早足で進んで来たのもある。
それ以上に一度通った通路だったので、罠の心配も無く地図を確認する必要すら無かったのだ。
最短距離で急いで1時間弱。
再び階段のバリケードまで到着した。
一応警戒をしてバリケード及びその周辺を慎重に確認しつつ、階段へ向けてにじり寄る。
もしキ印のあいつが居た場合は狙い撃ちにされるので非常に緊張したが、バリケード内には誰も居なかった。

安全を確認出来たので優希を呼ぶ。
荷物が重いのかヨタヨタとした感じで走って来るその様子を見て和みつつ、周囲を警戒する事も忘れない。
此処で最も警戒すべきは6階からの攻撃だが、多分今6階には誰も居ないだろう。
地図の通路状況から考えて、戦闘禁止エリアのあの隔壁の向こうからは幾ら3時間の差があったとしても此処までは辿り着けない。
そう、ショートカットでもしない限り不可能事なのだ。
ショートカット…?

「あっ!そう言えば奴のソフトウェアはショートカット可能なんじゃないかっ!!」

突然叫んだ俺に優希は吃驚した様だ。
目を丸くしてこちらを見ているが、新事実(?)に気が付いた俺に気遣う余裕は無かった。
ドアコントローラーにより、本来壁である場所を開けられる可能性をすっかり忘れていたのだ。
今度はもっと凝視する様に周囲を警戒しながら、右肩より下げているライフルのグリップを握り締める。
このまますぐに6階に上がった方が良いか?
5階の階段ホールには現在人影は見えない。
これなら例え6階に上がる途中に追撃を受けたとしても、ホールを通り抜けてバリケードを乗り越えて、としている内に逃げ切れる。
一応前後共に注意しながら、優希を促して階段に足を掛けた。

とうとう6階に到達した。
これで優希の首輪が外せる。
少なくとも5番の愛美、6番の文香、そしてまだ見ぬ一人には遭遇していない状態の筈だ。
条件は問題無く満たしている。
このまま6階の階段ホールに居続けるのは危険なので、優希の手を引いて1つの通路に入った。
すぐ首輪を外すか。
そう思って横に荷物を降ろして胸ポケットにある優希のPDAを出そうとした時、不穏な音が響いた。

    カラン カラン カラン カン

甲高い金属音を鳴らしながら棒状のものが階段ホール側からこの通路へと転がって来たのだ。
赤ちゃんをあやす時に使うガラガラのような、棒の先に円筒状のものが付いた何かである。
そう言えばアニメか漫画で、手榴弾の一種にあんな形のものを見た事があるような…っ!

「優希、逃げるぞっ!」

それがナニか想像がついた瞬間、荷物と優希の手を強引に引いて通路の奥へ走る。
それから3秒ほど後、後方で爆発音が轟いた。
その音が聞こえた瞬間に優希の手を引き寄せてから抱え込み、廊下へ倒れこむ。
爆風とその後に煙が体の表面を撫でて行くが、幸い破片は当たらずに済んだ。
問答無用でこちらに爆発物を、それも俺達の居る通路へと正確に投げ込んだとなれば、相手は奴しか居ないだろう。
やはりショートカットして、先に6階に上がったのか?
しかしこれには疑問が残る。
あのバリケードを放棄する必要など無いだろう。
更に狙い目の一つである6階に上がる途中の襲撃が無いのもおかしい。
成らば考えられる事は別の所から6階に上がり、此処までやって来たと言う事か?
此処まで考えた時に爆風が収まって来た。
煙は依然濛々と立ち込めているので、これを煙幕代わりに逃げ切らせて貰おう。

…いや、それだけでは駄目だ。
立ち上がって荷物を拾い優希を引いて走り始めながら、考えが甘い事を自覚する。
曲がり角へと逃げ込み、階段ホールからの攻撃を警戒しながら思考を続けた。
相手はPDA探知のソフトウェアでこちらの位置を知る事が出来る。
更にこのままだと、ドアコントローラーを使われて不利な状況に追い込まれてしまうだろう。
皆の位置が判れば、位置を探られてしまう俺とは別れてそちらへと優希を逃がすのだが、このまま離れるのは心許無い。
俺が何とかするしかないか。
だがどうする?
矢幡の言葉では無いが、装備が違い過ぎる。
次の攻撃も恐らく手榴弾系の攻撃になるのだろう。
相手の弾切れまで逃げ回るのか?

階段ホール部分からこの曲がり角まで約50メートル。
この距離を投げるには隠れながらでは難しいだろう。
俺は横に大きな荷物を置く。
座った状態で半身だけ曲がり角から身を出し、ライフルの銃口をホールへ向けた。
これで投げる為に身を出せば打ち抜ける。
銃を握る手が汗ばむ。
一瞬後に俺は殺人者に成るかも知れないのだ。

「お兄ちゃんっ!」

銃を構えていた俺を、後ろから優希が突き飛ばして来た。
階段ホールから丸見えの位置へと転がり倒れてしまう。
このままではあちらから狙い撃ちだ、と焦っていると俺の上を横方向に火線が走り壁を穿つ。
横目で見ると壁には3つの穴が空いていた。

「なっ!?」

後ろからの攻撃。
3点バースト、アサルトライフルか?
射撃方向を理解した俺はすぐに優希を引いて、今度は階段ホール側の通路に逃げ込んだ。
回り込まれている。
エレベーターホールでは注意したのに、完全に失念していた。
倒れた時に打ってしまった鼻頭がひりひりするが、優希に当たる訳にもいくまい。
曲がり角から奥の通路を覗き込むと、銃先がちらりと見える。
やはり敵がそこに居る様だ。
もし此処で階段側にも敵が残っていた場合は、挟み撃ちでデッドエンドを迎えるだろう。
それでも此処は階段ホールに戻るべきだ。
今の敵との距離は先の半分以下で、手榴弾を投げ込む事が可能な距離なのである。

一度6階には到達している。
6階に居ないといけないとは解除条件には無い。
ならばこのまま5階に降りても問題は無い筈だ。
相手は確実に足を怪我している上、戦闘禁止エリア周辺の状況では重傷を負っていると思われる。
階下で遠くに逃げれば追いつけまい。
優希を殺す訳にはいかないんだ!
そう思い、曲がり角の向こうにあった荷物を急いで引き寄せて回収する。
俺が引っ込んだ後に、壁に新たに3つの銃痕が出来た。
やはりこちらを見張っている様だ。
今なら行ける。
荷物を背負い直して、優希を促して階段へ向けてホールの中へと駆け出した。

気持ちが焦っていたのか、きちんと地図を確認すれば良かったのに、俺はそのまま階段ホールへと出てしまった。
結論から言えば、敵の隠れていた所は短い距離で階段ホールへと繋がっている通路だったのだ。
階段へと急ぐ俺の目の端に映る、銃口。
俺に出来たのは鉛玉が吐き出される前に、膝立ちに成って優希を抱きしめる事だけだった。
これで俺の身体が優希の盾になるだろう。
抱きしめた優希の体は子供特有の温かさがあった。
もうすぐ俺の体に銃弾が突き刺さる。
願わくば、銃弾は俺の体で止まって欲しい。
アサルトライフルの弾がそんなに柔では無いとは思うが、俺のミスでこの子を傷つけてしまうのが申し訳なかった。

「ごめん、優希」

掠れた声で謝る俺に優希は何かを言おうとするが、それを連続した発砲音が遮ぎった。
着弾の衝撃が体を駆け抜ける。
痛みは、不思議と無い。
それと共に俺達は大量の煙と閃光に包まれたのだった。


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