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No.4919の一覧
[0] ハッピーエンドを君達に(現実→シークレットゲーム)【完結】[None](2009/01/01 00:10)
[1] 挿入話Ex 「日常」[None](2009/01/01 00:05)
[2] 第A話 開始[None](2009/01/01 00:04)
[3] 第2話 出会[None](2009/01/01 00:05)
[4] 第3話 相違[None](2009/01/01 00:05)
[5] 挿入話1 「拠点」[None](2009/01/01 00:06)
[6] 第4話 強襲[None](2009/01/01 00:06)
[7] 第5話 追撃[None](2009/01/01 00:06)
[8] 挿入話2 「追跡」[None](2009/01/01 00:07)
[9] 第6話 解除[None](2009/01/01 00:07)
[10] 挿入話3 「彷徨」[None](2008/12/20 20:05)
[11] 挿入話4 「約束」[None](2008/12/10 20:01)
[12] 第7話 再会[None](2009/01/01 00:07)
[13] 第8話 襲撃[None](2009/01/01 00:08)
[14] 挿入話5 「防衛」[None](2009/01/01 00:08)
[15] 第9話 合流[None](2009/01/01 00:09)
[16] 挿入話6 「共闘」[None](2009/01/01 00:09)
[17] 第10話 決断[None](2009/01/01 00:09)
[18] 挿入話7 「不和」[None](2009/01/01 00:10)
[19] 第J話 裏切[None](2008/12/19 04:13)
[20] 挿入話8 「真相」[None](2008/12/20 20:40)
[21] 挿入話9 「迎撃」[None](2008/12/20 20:07)
[22] 第Q話 死亡[None](2009/01/01 00:10)
[23] 第K話 失意[None](2008/12/25 20:01)
[24] JOKER 終幕[None](2008/12/25 20:01)
[25] 設定資料[None](2008/12/24 20:00)
[26] あとがき[None](2008/12/25 20:02)
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[4919] 挿入話8 「真相」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/12/20 20:40
現在通信をしている相手は彼からすれば雲の上の人物であった。
秘密主義の「組織」の中でも最大の秘密として隠されて来た、彼等のボス。
今ディーラーはその当人と、通信機越しではあるが話をしているのだ。

「と言う訳でありまして、こちらの予期しない3番がどうしてもカジノ船に来る様であれば通信を寄越せと。
 また優希様を保護する条件がある、と申しております」

「…イレギュラー、か」

通信先の男は一言返した後沈黙する。
ディーラーは何かを言うべきなのかを迷った。
下手な事を言えば彼は元より、此処に居る彼の子飼いのスタッフまで累が及びかねないのだ。
彼が悩んでいると、ボスの声が再度聞こえて来た。

「判った。そのイレギュラーと話をしよう。その間はカメラを切って置けよ?」

「勿論で御座います。今すぐ彼を呼び出しますので、少々お待ち下さい」

そして彼はイレギュラーとボスの会話を繋いだ。
暫くの間、ボスとイレギュラーの話は続く。
どちらも通信機越しと成るが、横から聞いていた彼等の会話内容は彼の想像を超えるものであった。
「ゲーム」の終焉。
そして「エース」の襲撃。
それが彼にとっては吉と出るか、凶と出るか。
どちらが出るにしても、彼が今するべき事は少ないが重要でもあった。

イレギュラーと「組織」のボスの会話が終わって少しした頃。
ディーラーは様々な関係機関に指示を出した後、足早に歩いてある部屋の前まで来た。
そして豪華な装いをした貴賓室の扉をノックする。

「…どうした?…いや、入って良いぞ」

「失礼致します、金田様」

部屋に入ってから恭しく一礼するディーラーを、眼窩が落ち窪んだ様にも見えるやつれた感じの老人が睨みつけて来る。

「一体何の様だね?あれだけの時間で解決出来る事態ではないと思うのだがな。
 それとももう無理ですと弱音を吐きに来たのかね?」

「いえ、それが、解決しそうなのです」

「な、何だとっ!私を謀っているのでは無いだろうな?!」

金田はそのディーラーの性格を良く知っていたが、それでも尚疑ってしまう様な内容だったのだ。
あの短時間で此処まで複雑に絡み合った事態を収拾出来る訳が無い。
だからディーラーが嘘を付いている以外に無いと考えたのだ。
それでもディーラーは静かな声で告げる。

「こちらに色条様は来られません。確約を頂きました。
 ですから金田様、我々も此処を脱出致しましょう。此処は危ない状態に陥ります。
 色条様にとっても金田様は必要な御方で御座います。
 詳しい説明はヘリの中で致しますので、今すぐに出発の準備を御願いします」

頭を上げてから真剣な目で金田を見詰めるディーラーに、金田は声を無くしたのだった。





挿入話8 「真相」



カシュンと金属音が部屋の中に鳴り響く。
その音に少年は目を覚ました。
音がしたのは彼が閉じ込められている扉の方からである。
約34時間前までは定期的に食事が運ばれていたのだが、此処丸一日半ほど少年は何も食べていなかった。
フラフラと扉に近付いてその扉を掴んで見ると、呆気なくその扉が開いてしまう。
数時間前までは何をしてもビクともしなかった扉がである。
何が起こったのか判らないが少年はチャンスだと思い部屋を出てみた。
出て周囲を見渡しても見張りらしき者は居ない。
慎重に歩を進めながら、少年はこの牢獄を後にするのだった。

少年は左右の選択肢を迫られていた。
その通路の先にあるものは片方が屋上であり、もう片方は殆どの機能を失ったコントロールルームである。
もしこの時に彼が屋上を目指していたなら、外に出た途端に屍を晒していただろう。
屋上の出口付近には動体に反応して攻撃を仕掛ける自動攻撃機械が在ったのだ。
強襲部隊の残した機械は、その数4機。
全ての機体が「組織」のマーカーが無ければ、容赦無く攻撃をする様に成っていた。
だから彼がコントロールルームの方へと向かったのは正解であったのだ。
その辿り着いた薄暗いコントロールルームで少年は様々な情報を得る事が出来た。
「ゲーム」、「組織」、「カジノ船」、「ショー」、「ゲームマスター」、そして「PDA」に「首輪」。
何故こんな楽しそうな「ゲーム」に参加させなかったのか。
少年にはそれが不満であった。
自分なら絶対に勝ってみせる。
根拠の無い自信があった。
だが彼は知らない。
彼が本来持つべきであったPDA、そして解除条件が「3名の殺害」である事に。
そしてその運命を知らない。
本来彼は開始3時間程度で死ぬ運命であった事など。
彼は幸運により今も生きている。
その生をどう活かすのか。
今の彼にはそれが全く判って居なかった。
まだ中学生の、それも学校と言う少年にとってはその人生の殆どを占めている空間で虐めを受けていた子供である。
だからこそ彼は知る必要があったのだ。
命と言うものを。
その彼は大体の情報を得た後、このコントロールルームを後にする。
彼の目的はルール6の賞金20億であった。
全員を殺せば、その全額を自分が貰えるかも知れない。
彼は知らなかった。
既に「ゲーム」が普通の状態では無い事を。
「エクストラゲーム」が発動している事を。
そして少年は「戦場」へとその身を投じたのだった。



そこは他の部屋と同じ様に埃塗れの薄汚れた場所である。
文香は葉月達を隣の部屋に残して、御剣と姫萩をこの部屋へと誘ったのだ。
特別な感じも無いこの小部屋に連れて来られた御剣は困惑していた。
こんな袋小路の部屋に篭っては、兵隊達に攻められた時に逃げ場所が無いのだから。
だから彼を連れて来た文香を不安気に見たのは必然の行為だった。

「そんな不安そうな顔しないで。此処まで来ればもう大丈夫よ。隣の部屋の周辺は安全だから」

「安全って、どう言う事ですか?」

訝しげに聞く御剣へ文香は微笑を顔に貼り付けたまま、部屋の天井隅にある監視カメラを指差した。

「あのカメラ、実はちゃんと機能してないの。同じ映像をループして流すように細工がしてあるわ。
 カメラ以外にも、この部屋の付近を監視している装置は全て潰してあるの」

「…そんな事をする暇があったんですか?」

御剣は文香の言葉が信じられなかった。
彼女はずっととは言わないが、彼らと一緒に行動していたし、今までの経緯を聞いた時にも彼女が6階に来た事は無かった筈だ。
そして「組織」に気取られずに、この部屋にそんな細工を施すのはどう考えても不可能に近いと思われた。

「もちろんあたしにはそんな暇は無かったわよ。これをやったのはあたしの仲間」

「な、かま…?」

「そうよ、この部屋に細工をしたのもそうだし、此処まで逃げてくる間に奴らの目を誤魔化していたのもそう。
 この建物には「ゲーム」の仕掛け以外に、あたし達の作った仕掛けもあるのよ」

その文香の言葉に、御剣と姫萩の顔が見る間に曇った。

「じゃ、じゃあ文香さん、貴女は一体、何者なんですか?」

「あたしはテロリストよ」

文香の簡潔な答えは御剣達を驚かせた。

「て、テロリスト、だって?」

彼等には信じ難い話だった。
日本人はテロリストと言う言葉に、過激で攻撃的な印象が強いからである。
その印象と目の前の陸島文香という人物が結び付かなかったのだ。

「対テロ戦闘用・組織テロリズム。その英語の頭文字のAから取って、あたし達はエースと呼ばれているわ」

「エース…」

「そうよ総一君。あたし達はテロと戦うテロ組織なの。
 そしてその攻撃対象は、この「ゲーム」を主催している「組織」よ」

そうして文香はにっこりと微笑んで、説明を続けたのだった。

文香が「エース」についての説明を終えた時、御剣達は少し呆けていた。
その彼等に文香は申し訳無さそうに話し掛ける。

「御免なさいね、こんな事を言われても中々信じられないでしょう?」

「…いいえ、確かにテロリストって言われたときは驚きましたけど、冷静になって考えてみればその方が納得出来ます」

「信じてくれるの?」

御剣の言葉に文香は少し驚いた。

「ええ、ちょっと信じられないって思う所もありますけど。
 第一、犯罪秘密結社の悪徳ゲームに比べたら、非合法の警察組織のスパイの方がよっぽど現実的ですし」

御剣はテロリストという表現には驚いていたものの、政府や警察も敵であるならそうなっても仕方がないと考えていた。
警察を名乗れない警察、御剣は「エース」をそう結論付けていたのだ。

「確かにこんな「ゲーム」に比べれば、荒唐無稽ってほどでも無いですね?」

御剣の言葉に姫萩があっさりと納得してしまう。

「あ、貴方達ね。んー、まあ良いか。……ありがとう2人共」

文香は小さく微笑むと軽く頭を下げる。

「それで文香さんは何の為に「ゲーム」に参加したんですか?」

「それはね、総一君。今あたし達を守っているような仕掛けを、もっと沢山ふやす為だったの」

「仕掛けを、増やす?」

「ええ、あたし達の仲間は「組織」に逆に潜入してるの。
 そんな彼らの手引きで時折、あたしのように身分を偽って「ゲーム」に潜入するの。
 そしていろいろ細工をしていくわけ」

そうやって説明しながら文香は部屋を見回した。

「1度に「ゲーム」に持ち込める物の数なんてたかが知れてる。
 この部屋に限っても、1回の潜入で何とかできるような事ではないわ。
 あたし達はこんな事を何年も繰り返して準備を進めて来たの」

「組織」に気付かれずに館内に細工をするのは簡単ではない。
御剣達にも文香達が途方もない時間をかけて、戦いの準備を進めているのだという事が理解出来た。

「あの、文香さん。1つ宜しいでしょうか?」

「なぁに、咲実ちゃん?」

「文香さんの事は分かりましたけど、そもそもこの建物、そして「ゲーム」ってなんなんですか?」

「ああ、そうだったそうだった。御免なさい、それも話す必要があったわね」

そして文香は再び説明を始めた。
その内容は御剣達には文香の正体以上に驚くべき事だったのだ。

「ショー!?これがカジノの賭博の為のショーだっていうんですか!?」

御剣はそれを聞かされた時、この建物に連れて来られてから一番驚いていた。
彼にもこれが組織犯罪だという事は薄々分かっていた。
どう考えても数人でやれる事ではない。
しかしそれでも、これが全てショーであるという考え方は総一の想像の範囲を超えてしまっていた。

「そうよ。その為にこの建物は造られた。そしてその為に総一君達は誘拐されてここへ閉じ込められている。
 全てはカジノの客を満足させる為なのよ」

「ば、馬鹿な!?」

御剣は背筋が凍るような思いを味わっていた。
人が人を殺し合わせ、そこに金を賭けて楽しむ。
そんな事が現実に行われているという事実が恐ろしくて成らなかった。
だが確かにこれで辻褄が合う。
文香のこの説明で、御剣が抱えていた疑問の多くが氷解していた。
一見無駄とも思えるこの巨大建造物。
首輪とPDA、そして数々のルール。
いきなり開始が告げられるエクストラゲーム。
確かに御剣達だけの視点で考えればまったくの無駄なのだが、これに観客が居るのだとしたら話は違って来る。

「弄ばれているってのか、俺達は!?」

その瞬間、御剣は更に恐ろしい事に気が付いた。
自然とその視線が姫萩へ向く。
姫萩は御剣と同様に大きなショックを受けていた。
だから彼女はこの時、青い顔で助けを求めるように総一を見つめていたのだ。

「じゃ、じゃあもしかして、俺の首輪を外す為に咲実さんを殺す必要があるのもひょっとして……」

「……その通りよ総一君。総一君と咲実ちゃんが出会ったのもショーを盛り上げる演出の1つよ」

文香は事前に内部情報を得ていたのでそれを詳しく知っていた。

「えっ……」

総一を見つめていた咲実の視線が文香へと移る。

「そ、それはどういう事、なんですか……?」

「「組織」の連中はね?総一君に、死んだ恋人にそっくりの咲実ちゃんを殺させたいのよ。
 ショーを盛り上げる演出の為にね。…全く反吐が出るわ……」

その文香の吐き捨てるような言葉を聞いた瞬間、咲実は頭の中で冷静に理解していた。

(だから、私は御剣さんの近くに眠らされていた。一緒に行動させられた。
 そして、エースとクイーンを背負わされた。
 私がその恋人さんに似ているから、彼は私を見てくれていたんだ)

御剣が姫萩や優希の2人に対して特別に気を掛けていた事を、自惚れでは無いと彼女は感じていた。
しかしその理由が説明付けられなかったのだが、文香の言葉でやっと納得がいったのだ。
つまり御剣との出会いは運命ではなく仕組まれたものだと言う事である。
姫萩はそれでも良かった。
親を騙されて、親戚に僅かばかりのお金さえ取られて盥回しにされた人生。
他人を信じたくても信じさせてくれなかった世の中で、彼と言う信頼出切る人間に出会えたのだ。
姫萩のしっかりとした信頼の眼差しの先に居る少年は、文香の説明内容に激しく動揺していた。

「で、では文香さん、貴女達は、この巫山戯たショーを潰す為に行動しているんですね?」

「そうよ。あたし達はその為に存在している」

「だったら何故俺達を助けるんです?俺達を助けたって何にもならないし、貴女の任務の妨げにしかならない筈です!」

御剣はこれまで文香は味方だと信じていた。
しかし「組織」と文香の立ち位置がはっきりした今、御剣には文香が本当に味方なのかどうかが判らなく成ってしまったのだ。
こうやって彼等を助ける事は、彼女の立場を危うくし、その正体が発覚する原因と成ってしまうかも知れない。
そしてその正体の発覚は、これまで積み上げてきた戦いの準備までも危うくしてしまうだろう。

「確かにそうね。この任務は正体が発覚しない事が最優先よ。
 その為になら作業を進めるのを諦めたり、他の参加者を見殺しにする事が許されているわ」

「だったらどうして?!」

「事情が変わったのよ。
 戦いを始めるのはずっと先の筈だったのに、我々は今すぐに勝負に出なければ成らなくなった。
 だから総一君、貴方達に協力して欲しいの」

文香は真剣な眼差しで真っ直ぐに御剣を見つめてそう言い切った。
その落ち着いた声からは迷いは感じられない。
御剣はそれを嘘ではないと感じていたが、疑問は増すばかりだった。

「協力って…?一体どういう事です?」

「…始まりはタカ派の派閥の暴走からだったわ」

文香は近くの木箱に寄りかかると静かに話し始める。

「タカ派?」

「ええ、あたし達も一枚岩では無いの。
 「エース」を主導しているのはあたしの所属する穏健派だったのだけれど、強硬路線を主張する人間も多いわ。
 あたし達は関係者を「組織」に殺されている場合が多いから、そうなってしまうのは仕方の無い事なんだけど…」

そう呟いた時、文香の顔は痛々しく歪んでいた。

「彼らはあたし達の計画する最終作戦を待ち切れなかった。
 だから彼らは独自に「組織」のボスに対して報復しようと考えたの。
 それを主導したのはタカ派で実権を握っていた森という男。彼は「組織」に家族を奪われたわ。
 数年前に奥さんを殺され、去年は娘さんを「ゲーム」に参加させられて殺されたの」

「うっ…」

御剣は言葉が出なかった。
「組織」と戦うという事がどんな事なのか、それが朧気ながらに想像出来たのだ。

「その時の娘さんの映像が自宅に送り付けられて来た時、彼は覚悟を決めたそうよ。
 「組織」のボスにも、同じ気持ちを思い知らせてやろうって」

「ひ、ひでえ…」

そのタカ派のリーダーである森という人物は、その映像をどんな思いで見たのだろう?
それを想像すると総一は胸が潰れる思いだった。

「だから彼らは「それ」を「ゲーム」に紛れ込ませたのよ」

「「それ」?」

何故か文香はその言葉だけ直接の表現を控えた。
御剣が聞き返すと、彼女は言い難そうに言葉を紡ぐ。

「色条、優希よ」

「まさか、そんな…」

「嘘っ?!」

文香の搾り出す様な言葉に、御剣達は驚きに目を見開いた。
そんな彼等に文香は苦しそうに話を続ける。

「ボスに比べて彼女のガードは甘かったらしいわ。捕らえるのにはさほど苦労はなかったようね。
 しかもその時「ゲーム」にも丁度良い具合に欠員が出ていた。
 本来はね、総一君。桜姫優希という人物が参加する筈だった。
 けれどその子は少し前に事故で亡くなり、欠員が出たの」

「なっ」

御剣は絶句する。
そして姫萩も「組織」の意図を理解し、そして何故彼が優希も気に掛けていたのかを悟った。
名前が同じ、それだけでは無いだろうが切っ掛けには成ったのだろう。
彼等の思いとは別に文香の説明は続く。

「彼らの最初の筋書きでは、総一君に咲実ちゃんを殺させて、その様子を桜姫さんに見せるつもりだったらしいわ。
 自分と同じ顔の女の子が総一君に殺されるのを見たら、きっと桜姫さんは総一君を信じなく成る。
 彼らはそういう展開を狙っていたのよ。優希ちゃんを捻じ込むのは簡単だったそうよ。
 「組織」は元々欠員の補充を考えていた。プロフィールを少し弄ったらあっさりと成功したらしいわ。
 彼女が誰なのかなんて、幹部だって殆ど知らないんだもの」

ボスの娘の顔なんて誰も知らない。
「組織」の秘密主義がそうさせていた。
知っているのはボスと、ボスの極近くにいる側近だけ。
それも最高幹部会に参加しているような、地位の高い側近だ。
森という男の思惑通り、優希という名前の補充人員が欲しかった「組織」は、新たにやって来た優希という名の幼い少女に飛び付いた。
御剣の恋人は結果として死んだが、恋人の名を持つ少女を御剣の敵にするのは悪くない演出だったのだ。

「そして「ゲーム」の開始から暫く経ってから、「組織」は運良く彼女がそこに居る事に気付いたわ。
 「組織」は慌てた。そして何としても回収しようとした。これだけは森の誤算だったわ」

優希の存在に気付かずにそのまま「ゲーム」が進んでいれば、やがて森の思惑通りに優希は死んでいたかも知れない。
しかし解除条件の変更と、早々に条件を誰かの所為で満たしてしまった事も、その森と言う人物には誤算であった。
そして偶然カジノに顔を出した側近の1人が優希に気付いてしまった事も誤算だったのだ。

「でも1度「ゲーム」が始ってしまえば、「組織」としては「ゲーム」は止められない。
 カジノのお客は地位のある人間ばかりだから、信用問題もあるし、そんな不手際は教えられない。
 全ては秘密裏に行われなければならなかった」

カジノのお客の気分を害するという事は大きな損失を生む。
彼らは日本の政治や経済の要に存在しているから、その信用を失うのは由々しき問題だった。
だから優希の回収はあくまでも秘密裏に、しかも彼女には一切傷を付けないように細心の注意を払って行われなければ成らなかったのだ。
その説明を聞いた御剣は怒りを露にする

「正気の沙汰じゃない!!」

「その通りよ、あたし達もそう思った。だからあたしの任務が変わった。
 建物への工作から彼女の保護に、ね」

「保護?!奴等に渡してしまえば良いじゃないですか!」

そうすれば優希は親元へ戻る。
優希にとっては何の不都合もない。

「…そうするのが彼女にとっては一番良いのかも知れないわね」

「だったらどうして!?」

「幸か不幸か彼女が此処に居るお陰で、この10年間どうしても掴めなかった「組織」のボスの居場所が判ったのよ。
 今、彼はそこへと向かっている。…これは千載一遇のチャンスなのよ、総一君」

優希が此処にいる事で、ずっと所在が掴めなかった「組織」のボスが漸く姿を現した。
しかし彼がそこへ着く前に優希が回収されてしまえば、彼はそこへ行く事無く途中で帰ってしまうかも知れない。
文香達は優希を此処に釘付ける事で、ボスを隠れられない場所へ誘き寄せようとしているのだった。

「貴方も結局、優希を利用するんですか?」

「厳しいのね、総一君。でも皆が貴方のように真っ直ぐには生きられない」

「俺には、納得出来ません」

総一にも事情は理解出来ていた。
だが優希という少女と知ってしまっていた御剣には納得出来る事では無かった。
彼女を利用しようとする事はどうしても許せないと思ったのだ。

「総一君、此処であたしの仲間達が何人死んだか想像できる?
 そして何人の民間人が、此処で殺し合いをさせられたか想像出来る?」

興奮する御剣に対し、文香の声は穏やかで落ち着いていた。
御剣の感じている怒りは、文香自身も何度も自問してきた事だった。
そして彼女は彼を諭すように話し続ける。

「あたし達はそれを止められる。
 切っ掛けややり方は拙いのかも知れないけど、これで死んでいく人を見殺しにしなくて済むと思えば、あたしはやるわ」

優希を此処に連れて来たのは「エース」の本意ではない。
しかしそれでも、今優希が此処に居るという事実を使えば全てに決着を付けられるのかも知れない。
だから「エース」は最終作戦に踏み切ったのだ。
それは秘匿回線で彼女にも伝えられている。
彼女も目的は同じなのだから、その方法が何であれ従うしかないのだった。

「あたし達はテロリストなんだから」

文香は御剣達に言い切った。
信念を持った文香の言葉に対して彼等は答えられない。
中途半端な覚悟で、こんな危険な「ゲーム」に潜入している訳では無いのだ。
彼女には行なうべき目標が有り、その為の覚悟もしている。
そんな彼女に彼等が反論出来る筈も無かった。

「どうかしら、総一君。あたし達は別に優希ちゃんを殺そうとか思っている訳じゃないわ。
 でも彼女の父親は「組織」のボスである以上は拘束出来ないと、この「ゲーム」は終わらないのよ。
 こんな「ゲーム」は絶対に終わらせないといけない。
 でなければ今後もこうやって苦しむ人達を作り出してしまうのよっ!」

文香の言葉に御剣はしっかりと考えて、答えを紡いだ。

「文香さん。俺は大きな情勢とか良く判りません。
 でも、この「ゲーム」を終わらせなきゃいけないって言うのは判ります。
 それが出来るって言うなら、協力します」

「御剣、さん…」

右手を握り締めながら答える御剣に、姫萩はその右手を両手で包み込んだ。
彼女にも御剣の心の葛藤は痛いほど判ったのだ。
つまりは優希の父親と他の人間を天秤に掛ける行為である。
そんな権利など本来の彼には無い。
それでも選ぶとするなら、大勢の人間である筈だった。

「けれど、1つだけ約束して下さい」

「何かしら?あたし達に出来る事だったら、出来るだけ要望に答えるわ」

「優希です。彼女には罪はありません。
 父親が「組織」のボスだからって彼女までどうにかするって言うのなら、俺は協力出来ません」

(ああ、やっぱり御剣さんはこういう人だ。彼は間違ってなんかいない)

彼の右手を包みながら姫萩も彼の言葉の後に文香へと頷いてみせる。
それを見て文香は苦笑いを浮かべて彼等に返事をした。

「あはは、まあ、その権限はあたしには無いんだけど。でも出来るだけ努力するわ。
 私も優希ちゃんを害したい訳じゃないんだから、ね?」

「そうですか…。
 それで俺達は何をすれば良いんですか?まずは優希の確保ですか?」

「そうね。まずは優希ちゃんの身柄を押えておかないと、何時彼等に連れて行かれるか判らないわ」

文香は今もまだ外原を信用していない。
外原と言う男の元に優希を置いておくのは不安だったのだ。
彼の行動はどう考えても矛盾があるのだから。
だから彼女は真っ先にするべき、そして一番重要な事を彼等にお願いする事に成る。

「…今はまず早鞍さん達の位置を知る事ですかね?それにあの兵隊達はどうするんですか?
 あちらも優希を狙っています。
 鉢合わせするのは目に見えてますから、対抗策が無いと皆を説得出来ません」

御剣の問い掛けに文香も頭を悩ませる。
彼の言う問題を文香も気付いていたし、その対策を考え続けてはいたのだが、その解決策が出なかったのだ。
相手がこちらを狙って来るのであれば幾つかの対抗手段は残っている。
だが追い掛ける側では難しい。
戦いと言うのは攻めより守りの方が楽なのだ。

そうして彼等が頭を悩ませていた時、隣の部屋への扉が突然開いた。
彼等がその音に振り向いた先に居たのは葉月である。
彼等は酷く狼狽している様で口を動かしては居るが、言葉が紡げていなかった。
だから文香は助け舟を出してみる。

「どうしたのですか?葉月のおじ様」

「い、愛美さん達が、居なく、なったんだ」

「愛美さんが?!」

葉月の言葉に御剣達は急いで隣の部屋へと移動する。
そこには誰も居なかった。
後ろに居る葉月は、愛美と一緒に耶七も逃がしてしまったのである。

「耶七君が、トイレに行きたいと言うのでね。その、縄を外したんだ。
 もう争わないと約束してくれたからなんだが。それに彼は武器を持っていないし」

「葉月のおじ様。耶七君は素手でもおじ様より強いのですよ?
 愛美さんによると、彼は古流剣術を習得しているそうですし。
 どれだけ危険だったのかご理解下さい」

「う、うむ。済まない」

葉月の説明に文香がその軽率さを責めるが、葉月としては愛美が居るのもあったので断り難かったのだ。
御剣は葉月の気持ちも判らないでもなかったので、フォローをしておく。

「文香さん、今それを言っても仕方有りません。
 それより、此処が誰かに知られてしまう可能性がありますね。
 移動した方が良いと思いますが、どうでしょうか?」

「…そうね、それに優希ちゃんを確保するには、どちらにしても動かないと駄目か」

「優希ちゃんを確保、とは何の事かね?」

先ほどの別室の話を知らない葉月が疑問を口にする。
文香は真相を葉月に話すつもりは無かった。
彼がこれらの事実を受け止めて、その上できちんとした行動が取れるとは思っていなかったのだ。
しかし彼の言葉に御剣がすぐに答えてしまう。

「俺達は優希の安全を確かにしたいんです。その、皆さん早鞍さんを信用されていないみたいですし。
 だから俺達と一緒に73時間経過まで待とうかと思っています」

「しかし、それでは君達の首輪が…」

葉月は73時間の言葉で彼等の首輪を再度認識してしまう。
だが御剣の首輪は彼の信念を貫く限り外れる事は無い。
それでも生きようと決めたのだ。
諦めないで居ると、隣に居る少女と歩んで行くのだと。

「まだ他に手がある筈です。俺は最後まで諦めません。
 そして早鞍さん達も助けたいんです。だから力を貸して下さい、葉月さんっ!」

御剣の真剣な目と言葉に、葉月は感銘を受けた。
こんな子供がしっかりと前を見据えて居るのだ。

(僕がこんな状態でどうするっ!)

突然葉月は両手で頬を叩いた。

「葉月のおじ様?!」

「済まない。僕は、思い違いをしていた様だね。
 怖いからって疑うんじゃなくて、互いに信じなきゃいけなかったんだ。
 申し訳無い。今まで我侭を言ってばかりだった」

文香が葉月の行動に驚くが、葉月は覚悟を決めて彼等に頭を下げて謝罪した。
今この様に分断されて混迷しているのは、葉月と愛美の疑心暗鬼からだったのだ。
そして彼が事態をしっかりと認識していなかったから、結局愛美達を孤立させてしまった。
もう過去は取り戻せないが、だからこそこれ以上悪くする事は出来ない。

「それで、優希ちゃんの居る所は判っているのかい?
 助けるのなら早い方が良いだろう」

「そうですね。ただ、今の俺のPDAにはソフトウェアが殆ど入っていませんから、場所が判りません。
 文香さん、一旦階段まで戻りますか?他に手掛かりは無さそうですし」

御剣は文香を見るが、彼女は顎に手を当てて何かを考えていた。
文香が考えていたのは優希の事もあるが、それ以上に「組織」を警戒していたのだ。
あのエクストラゲームは本当に発動していないのか。
していなければ何故彼等はあんなに堂々と自分達を追いかけて来ていたのか。
そして発動しているなら、あの回収部隊だけでは無くなるだろう。
追加の部隊が必ず来ている筈なのである。

(彼等に協力を要請したのは早計だったかしら…)

彼等の心の強さを見て文香は心強くも思うが、それが彼女を躊躇わせていた。
今更ながら素人に全てを話して協力を願ったのは自分の弱さでは無いかと思えて来る。

「文香さん?どうしました?」

「えっ?ああ、御免なさい、ちょっと考え事をしてたわ。
 今後の事よね?それは…少し、此処で待って居て貰えるかしら。
 あたし達にはまだ敵が居るんだから、ね?」

彼女は最初から自分自身については覚悟を決めていた。
だがこれからは彼等を巻き込むという覚悟を必要としている。
彼女と「エース」の為に彼等に戦いをさせるのだ。

(本当、ただのテロリストよね)

部屋を出て行く彼女はそれでも戦い続けなければ成らなかった。
だからこれからする事は武器の調達である。
このジャマーされた範囲内にも武器や道具は存在していた。
エースがこの10年間で用意して来たものは少なくなかったのだ。
それらを掻き集めて、少しでも対抗出来る様にする。
それが今の彼女が出来る事であった。



御剣達がその部屋を出発したのは、耶七達がこの部屋を出てから1時間を過ぎた頃であった。
全身に各種の武装を付けて行動する彼等の姿は、3階で出会った時の外原達の様である。

(つまり彼等は事態をしっかり認識していたのか?)

自分の姿を滑稽だと思いながらも、今は受け入れるしかない。
そんな気持ちを外原達も感じていたのだろう、と御剣は今に成ってやっと判って来る。
此処に至ってやっと御剣達は現実を理解し始めていたのだ。
それは御剣に限らず、姫萩や葉月も同様の思いだった。
争いをしない事が難しい状況で何をしなければ成らないか。
それを今彼等は実践していかなくては成らない。
今まで彼等を守ってくれていた者達は、彼等自身が切り捨てたのだから。

『総一君、そちらはどう?何か有った?』

御剣の耳元に付いている小さな機械から文香の声が聞こえて来る。
これは軍で使用される小型の通信機であった。
このチャンネルに結び付くもう1つは文香が付けている。
それを用いて彼等は広範囲の警戒を行なう事にしたのだ。
更に彼等は一人一人が個人用のジャマーマシンとそのジャマーに阻害されない通信機を持っている。
それにより御剣達はPDAのソフトや強襲部隊達の機械などの検知に引っ掛からないでお互いに連絡も取り合えた。
これは「組織」が使うデータ収集用の機械を分析した「エース」の潜入員による大きな収穫の1つだが、逆に知られると大打撃を受ける装備でもある。
だが今使わなければ「エース」そのものが危ないのだから躊躇している場合ではないと、文香はこれらを使う事に決めたのだ。
今こそがこれまでのあらゆる準備を実らせる、決戦の時だった。

「いえ、何も見当たりません。進みますか?
 …いえ、ちょっと待って下さい。先ほど何か音が…」

「御剣さんっ!銃撃音ですっ。…子供?多分男の子が追われていますっ!」

御剣とペアで行動する姫萩も御剣と同じ音を聞いたが、彼女は彼よりもかなり耳が良い。
その為、その音の内容が判ったのだ。
姫萩の叫びに御剣は瞬時に判断を下す。

「何だって?!文香さん。今子供が追われている様です。少し様子を見て来ます」

『ちょっとっ?!総一君?ああ、もう。あたしもそっち行くから、それまで無茶は駄目よ?』

文香の制止が掛かる前に御剣は行動を起こしている。
それを通信機越しでも感じた文香は、早速行動を起こす為に足元に有った荷物を背負った。

「ふふふ、相変わらず無茶をしようとしているのかね。総一君は」

「ええ、そうみたい。子供が襲われているそうよ?だからあたし達も向かいましょう」

文香の返答に葉月が驚愕する。

「こ、子供が、かね?それは確かに急ぐ必要がありそうだね。
 よし、こちらは大丈夫だ」

葉月も驚いてばかりは居られないとばかりに、足元の荷物を背負い出発出来る事を伝える。
その葉月に頷きを返して、文香は御剣達の居た方向へと慎重に歩き出した。



少年は油断していた訳ではない。
ただ彼には現実味が余り無かったのも事実である。
そんな時に見掛けた者達は明らかに兵隊と呼称して良い集団だったのだ。
コントロールルーム付近の倉庫で手に入れた様々な道具の中には彼自身の知らない道具も一杯ある。
それでも役に立つかも知れないと持ち出して来たものの中に、回収部隊用のジャマーマシンが気付かない内に入っていたのは彼にとって幸運であった。
だがそれも無駄に成ってしまう。
彼はルール6の為にその集団に喧嘩を売ったのだ。

強襲部隊は少年の接近に気付いていなかった。
そうだとしても彼等はプロであり、此処は戦場である。
更には彼等は消えた敵を追っていたのだ。
それ故に見えない敵に備えて警戒を怠ってはいない。
ド素人である少年の罠を見付けるのは容易かった。
簡単過ぎて強襲部隊は逆に、これそのものが罠では無いかと警戒したくらいである。
幾つも仕掛けられた簡単な罠は次々と解除されながら、彼等は突き進む。
この部隊員の行動に今更ながら少年はおかしい事に気付く。
部隊員の数は4名だが、彼等は通信機を用いて他の誰かとも話している。
それだけの人数が固まっている事が、「ゲーム」に合わないと考えたのだ。
今回の「ゲーム」でも最大11名が一緒に行動しているので彼の違和感は間違っていたとも言える。
しかし確かに不自然ではあった。

(どうなってるんだ?この「ゲーム」ってのは殺し合いじゃないのかよ)

隊列を組んで行動する部隊員達に少年はどう対処しようかと悩んでしまう。
これまでの行動からして確実に相手はプロである。
彼では手に負えない相手と判断して、少年は踵を返した。
しかしその時には少年の視認距離まで強襲部隊が近付いていたのだ。

「目標補足。攻撃開始します」

「ああ、『ターゲット』で無い以上、生かす必要は無い。寧ろ確実に…殺せ」

小隊長の指示により彼等は、逃げる少年の背中にアサルトライフルを撃ちながら近付いて行ったのだった。

少年は確かに頭は良かった。
だが一度も銃撃戦を行った事は無く、当然ながらその危険性は頭で理解していただけだったのだ。
だから彼は部隊員達と直線と成る通路を走って逃げたし、その後も脇道に身を隠そうともしなかった。
その為彼はその内の数発をまともに受けてしまう。

「ぐあ、ぎゃああぁ、痛いっ、痛いよっ!」

左足と左腕を銃弾が掠め、そして左肩に貫通銃創を受ける。
その肩への衝撃で彼は前のめりに倒れてしまった。
倒れた彼の背後、つまり上側を幾つもの銃弾が空を切る。
最初は倒れた時に、銃痕の痛みでそのまま動けなく成る所だった。
だが銃弾の音を聞いた彼は痛みよりも恐怖が心を支配したのだ。

(このままでは殺される?!
 嫌だっ!死にたくないっ!!)

少年は左肩を抑えながら、やっと脇道に避けるという選択肢に気付き、それを実行した。
彼がまだ生きているのは距離がかなりあった事と、彼自身が中学生の中でも小柄な方であり狙いが付け難かった為である。
少年は後ろから乱れる事無く聞こえて来る足音に追い立てられる様に走り続けた。
痛みで止まりそうになる身体を無理矢理引き摺って、何度も曲がり角を曲がる。
もう彼には賞金なんてどうでも良かった。
下手をすれば死んでいたのだ。
生き残れるなら何でもしてやると、本気で今彼は願っていた。
そんな時である。

「君?!大丈夫かっ?咲実さん、彼の手当てをっ。くそっ、酷い事をする」

曲がり角を曲がった時、目の前に見知らぬ人間が居たのだ。
彼は急いで拳銃を構えようとするが、左肩が痛んで拳銃を抜く事すら出来ない。
だがその出会った人間達は少年を攻撃しなかった。
寧ろ2人の内の女性の方は救急箱を荷物から取り出して、少年の傷を手当てし始めたのだ。

「ほら、じっとしてて。出血は酷いけど、貫通しているから弾を取り出す必要は無いわね。
 ちょっと染みるから我慢してね?」

「えっ?いったあぁぁっっ。
 ~~~もう…ちょっと…」

「あ、動いちゃ駄目よ。立派な男なら我慢しなさい?ね?」

姫萩は少年の性格を知ってこの様に言ったのではない。
ただ彼女は親戚を盥回しされて雑用を押し付けられていた時に、小さな子供の子守をした事もあった。
だからこのくらいの少年が子ども扱いをされる事を嫌うのは経験的に知っていたのだ。
彼女の思うこのくらいは、実際の少年の年齢より下として見られていたのだが。
少年の方もこの様に言われては、我慢をしなければ立派な男ではないと考えたのかじっとしようと思い始める。
それでも痛みは容赦無く襲うし、それは普通の人間に我慢が出来るものではない。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも彼の手当ては進んだ。
その声を背中で聞きながら、御剣は通路の先を睨んでいた。
そして通路先の曲がり角にあの部隊員が出現した瞬間に、アサルトライフルを掃射する。
あちらからも当然の様にやって来る銃撃を角に隠れて避けながら、牽制を何度も撃って足止めに専念する。
しかし今の状態では確実に御剣の小銃の方が先に弾が尽きるだろう。
御剣は冷静に判断すると、後ろの姫萩に声を掛けた。

「咲実さん、応急手当が出来たら、退いて。今の俺たちじゃ、あいつ等とやり合えない」

「判りました御剣さん。さあ、立てますか?此処は危ないので移動しましょうね」

馬鹿にするものではない本当の優しさに満ちたその表情に、少年は反射的に頷いていた。
先に立ち上がった姫萩の手を無事な右手で握って立ち上がる。
そして彼女達は御剣の牽制射撃に守られながら、後退を始めたのだった。



強襲部隊員は見知らぬ、情報に無い少年に少し困惑していた。
回収部隊なら食事の世話をしていた者も居たので知っていたのだろうが、彼等は参加していた13名の情報しか貰っていなかったのだ。
しかし『ターゲット』では無い以上彼も生かしておく必要性は無い。
だから追いかけていたのだが、思わぬ収穫があった。

「クックック。何処までお人好しなんだ?今回のプレイヤーは。
 折角隠れていたのに、もう尻尾が出て来たぞ?」

小隊長は笑いが止められなかった。
プレイヤー達にこのまま隠れられてしまうと、「ゲーム」上はプレイヤー達の勝利に成ってしまうのだ。
それでは自分達の誇りと「組織」の威信が揺らいでしまうと、彼は考えた。
だから何としてでもプレイヤーを始末したかったのだが、プレイヤーの大半の位置が判らなく成っていた。
途中2名ほどが動いているのを確認したが罠と思い警戒していたら、その2つも再度消えてしまう。
その内また別の場所に2名の反応が有ったので、今度は逃さない様に自分達とは別の小隊がそちらに向かっていた。
更に別の所から5名の人間が現れたのだが、その者達は先の2名と合流しようとしている様だ。
なので残念ながらそれらも別の小隊に手柄を譲る事に成ったのである。
こちらの小隊でも成果を挙げておきたかった所に、丁度少年が、そして御剣が現れたのだった。

「よし、自動攻撃機械の準備をしろ。一気に殲滅するぞ」

御剣達の逃げた通路には脇道が少ない。
そして館内は幾ら広いとは言っても、有限の空間である。
既に武装も少ないだろう相手なので、じっくりと追い詰めれば逃げ切られる事は無いと言う自信が有った。
だから此処で一部のプレイヤーを殲滅するのだ。
しかしお互いの位置が判らない状態と言うのは非常に厄介なものだと、小隊長は改めて感じるのだった。



御剣達は急いで強襲部隊と距離を取り続ける。
プロである彼等と同じ装備ではこちらに被害が出るのは確実だった。
そうして下がっている内に、それまで別行動を取っていた文香達と合流を果たす。

「総一君。大丈夫?ってこの子の怪我っ!…は、もう手当てはしてるのね」

「文香さん、奴等は数名がこの向こうに居ます。
 何か手を打たないと、このままじゃ俺達は追い詰められるだけです。
 隔壁を操作したりとか、相手を無力化出来る何かが無いですかね?」

御剣に問われて、文香は少し考える。
「エース」より彼女に与えられている情報は全てではない。
元々ただの工作員でしかない彼女には、本来館内の仕掛けを使う権限すら無いのだ。
だが今はそうも言ってられない事態である。
彼女は全てを用いると決めたのだ。

「幾つか、あるかしら。皆、こっちに来て貰えるかしら」

そう言って文香は近くの部屋に入って行く。
御剣達は彼女について部屋に入った。
そこは特に何の変哲も無い部屋である。

「おじ様、先ほど拾ったものを用意して頂けますか?」

「ああ、これかね。武器には見えないのだが、何なのかね?これは」

葉月の荷物から出て来たのは、箱型の金属物が2つと1つのモニター、そして銃型の何かである。

「ええ、館内の施設を一部乗っ取って操作する為のものですよ」

「君の組織はそんなものまで用意していたのかね?!」

驚く葉月の声に御剣は訝しげに文香を見る。
御剣に見られた文香は、困った様な顔で御剣の疑問に答えた。

「流石にこうなると葉月さんに何も言わず、ってのは無理だったの。
 だから私がこの「ゲーム」を無くそうって言う、ある組織の構成員だって事は言っちゃったわ」

文香の言葉には裏がある。
それを御剣は理解した。
逆に言えば、「エース」がテロリストである事や優希の確保の真実は教えていないと言う事なのだ。
これはただの一般人である葉月を最後まで巻き込みたくなかった文香のエゴだったが、御剣もそれを責める気は無い。
本当は御剣達も文香は巻き込みたくは無かったのだろうから。

「それで今のあたし達に扱えるのは『スタングレネード投射装置』と『緊急閉鎖システム』よ。
 出来ればこれで相手を沈黙させたいわね」

「…あんた等、何者だよ?そっちの2人は首輪してるからプレイヤーなんだろうけどさ」

4人で話し合っていた御剣達に怪我をした少年が話し掛けて来た。
彼にとっては強襲部隊も彼等もある意味敵である。
ただ、先ほど優しくしてくれた姫萩に銃を向けるのが躊躇われていた。
もし彼が傷つく事無く彼等と会っていたら、姫萩などただの甘ちゃんのカモとしか見なかっただろう。
今の少年は精神的に弱っていたのであった。

「俺達は4人ともプレイヤーだよ。
 俺は御剣総一。彼女は、姫萩咲実さん。こちらが葉月克己さんに陸島文香さん。
 葉月さんと文香さんは解除条件を満たして首輪を外したんだ。
 それよりも俺達にとっては君の方が誰なのか気に成るよ。
 プレイヤーは13人全員が判明している。けれど君はあの「組織」の兵隊には見えない。
 一体君は何者だい?」

「僕、じゃない、俺は長沢勇治。気付いたら知らない部屋に居たんだ。
 それで定期的に食事は出てたんだけど。…ああ、そういやずっと食べてないや。腹減ったなぁ」

少年が見付けたコントロールルーム付近の倉庫には食料が無かったのである。
だから彼はもう1日半以上の間、物を口にしていなかった。
今更ながらそれに気付いた少年は、身体中から力が抜けてしまい座り込んだ。
その言葉を聞いて、すぐに自分の荷物から一部の保存食と飲料水を取り出した姫萩が彼にそれを手渡す。

「ほら、これ。保存食だから美味しくは無いけど、何も食べないよりは良いわ。ね?」

「…あ、有難う」

突然目の前に出て来た飲食品に彼は驚いてしまう。
確かにそれは何かのブロック食料の様だ。
彼にとってはお馴染みのものだったので、受け取った後に急いで開けて食べ始め、水で飲み下す。
睡眠は充分だったが、この空腹は彼にはかなり辛かった。
親に甘やかされて来たのもある。
彼は食に関して不自由をした事が無かったのだ。
だからこの約1日は苦しかった。
それがやっと少し解消されたのだ。

「ぷはぁ。食った食った。あー、生き返る」

「行儀の悪い奴だなー。それで足りたか?とは言えあんまり一気に食べるのも身体に悪いか」

「そうですよ御剣さん」

長沢の食べっぷりに苦笑している御剣と姫萩。
そこに文香が割り込んだ。

「もう良いかしら?こっちのスタンバイは完了したわ」

「あっ、済みません文香さん。それでどうするんですか?」

「奴等が何処まで来ているかが確認出来たわ。あと10分程度でグレネードの通路を通るわ。
 私が奴等の前衛の足止めをするから、総一君が此処でグレネードを使って貰えるかしら」

「それは…。文香さん1人じゃ危ないですよ」

「総一君。あたしは訓練を受けた兵士。そして貴方達は一般人よ。
 だから、あたしが危険な事をするのは必然なの。
 貴方達には協力をしてくれるってだけでも助かっているんだから。ね?」

笑顔で言った文香の言葉は本音であった。
本当はこんな血生臭い事に彼等を巻き込みたくは無いのだ。
仕方が無い、そう言ってしまえば楽なのだろうが、だからこそそれは最小限にしないと成らない。
例えそれにより彼女の命が無くなろうとも。

「総一君、もしこの作戦が失敗した場合は例の部屋に戻って。あそこなら多分大丈夫だろうから」

「文香さんっ!」

「判って、総一君。君だけじゃないの。咲実ちゃん達の命も懸かっているのよ?」

文香の懇願に御剣は否を唱えられなかった。
そんな様子の御剣に文香は自分が間違っていない事を再度認識する。
彼等はこんな下らない「ゲーム」の中でさえ互いを信じて思いやれる、優しい人達だったのだから。

「それじゃ行くわ。タイミング、間違えないでね?それとおじ様、館内システムの停止の方も宜しく御願いします」

「判ったよ…。本当に大丈夫かね?文香くん」

館内システムの停止用コントローラーを持つ葉月が、文香を心配して声を掛ける。
だが文香はもう、後には引けないのだ。

「正直きついでしょうけど、やるしかないですから。御免なさい、おじ様。
 この子達を頼みますね」

そう言って文香は笑顔で部屋を出て行ったのだった。



文香が出て行った直後に葉月は手元の銃型コントローラーのファンクション1を押しながらトリガーAを引く。
これで館内のカメラのほぼ全てにループ映像を流す様に成ったのだ。
その後葉月はコントローラーにある1つのインジケーターランプを凝視する。
これが赤く光ったらカメラのコントロールを取り戻されそうに成っている警告らしい。
葉月がコントローラーを弄っている中、御剣は別の箱型コントローラーのボタンに指を置いていた。
隣のモニターには館内の通路が映っている。
このモニターには館内のカメラ回線に割り込んでその映像を奪ったものが映っているのだ。
今対象としているカメラは葉月が実行したものからは対象を外されている。
その為、ほぼリアルタイムの光学情報が映っていた。
暫くすると画面に強襲部隊が映る。
しかし彼等の前に変な円筒形の金属の塊が4つほど、部隊員達の前を進んでいた。

「自動攻撃機械?!くそっ、あんなものまで使えるのかっ!
 文香さん。あいつ等の前に自動攻撃機械が4台有ります。注意して下さい」

『総一君?…判ったわ。有難う』

文香は御剣の報告に眉を顰めたが、それでもやる事は変わらない。
暗視・閃光防御を行なう為のゴーグルと音響防御の耳当てを装着し、アサルトライフルを握って今にもやって来るであろう強襲部隊を待った。

「姉ちゃんは何もしないのか?」

「私は緊急時の対応要因なんだそうです」

御剣の後ろで同じくモニターを見つめている姫萩と長沢が話していた。
長沢の馴れ馴れしい態度にも姫萩は全く動じない。
彼女はそれ以上に酷い扱いを親戚達から度々受けていたのだから。
幼少からの辛い日々は、彼女に大きな傷を作りはした。
だがその苦難は今の彼女の精神力の糧と成っていたのだ。
それでも此処に拉致された頃の彼女だったなら、全てを後ろ向きに捕らえて自分に閉じ篭るだけだっただろう。
彼女が前向きに成れたのは、今も目の前で一生懸命に皆を助けようとしている彼のお陰である。

「ふーん。じゃあ、ぼ、俺と一緒で暇なんだ」

「暇ではないですよ?だからこうして現状を知る為に見ているんですから」

長沢の退屈そうな声に姫萩が答えた時、御剣に文香から通信が入る。

『相手の先頭が見えたわ。あれが自動攻撃機械ね』

「もう撃ちますか?」

『いえ、もうちょっと引き付けた方が良いでしょうね。出来るだけ相手のど真ん中で炸裂させてくれる?
 大丈夫よ、殺すような兵器じゃ無いんだから』

「判ってます。俺がしないと皆が死んでしまうんですから」

御剣も覚悟を決めていた。
今しなければ彼だけではなく、此処に居る全員が危ないのだ。

(こんな人を殺さないものくらい、使えなくてどうする!)

御剣は自分に言い聞かせて、ボタンへと指を押し込んだのだった。

スタングレネードの投射と同時に、文香は曲がり角から身を乗り出して自動攻撃機械へとアサルトライフルの銃撃を加えた。
まだ全てが回頭し切る前だったので1台からしか反撃は来ずに、4台全てを短時間で沈黙させる。
そしてスタングレネードで昏倒しているだろう兵隊達を制圧しようと先の角を曲がって行った先には、未だ2人の兵士が立っていた。
その彼等の頭部にはヘルメットと共に耳当てまで見える。

「対音響用装備?用意が良過ぎるわよ、あんた達っ!」

驚いた文香だがその立っている2人へと銃撃を加える。
2人は回避行動を取りながら、その内1人が倒れている兵士に取り付いて何かを取り出した。
兵士はその黒いボックスに唯一付いていたボタンを文香に向けて押し込む。
文香は自動攻撃機械のもう1つの役割に気付いていなかった。
その為その行為を何かの攻撃行動だと勘違いして銃撃を中止して身構えるが、何も起こらない事に疑問が浮かぶ。
一瞬の間が空いた後、文香の背後から爆発音が上がった。
曲がり角で銃撃を受けて停止していた筈の自動攻撃機械が自爆したのだ。
彼女はそれに気付かないまま、爆発による衝撃と爆風、そして自動攻撃機械の破片をその身に受けるのだった。


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