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No.4919の一覧
[0] ハッピーエンドを君達に(現実→シークレットゲーム)【完結】[None](2009/01/01 00:10)
[1] 挿入話Ex 「日常」[None](2009/01/01 00:05)
[2] 第A話 開始[None](2009/01/01 00:04)
[3] 第2話 出会[None](2009/01/01 00:05)
[4] 第3話 相違[None](2009/01/01 00:05)
[5] 挿入話1 「拠点」[None](2009/01/01 00:06)
[6] 第4話 強襲[None](2009/01/01 00:06)
[7] 第5話 追撃[None](2009/01/01 00:06)
[8] 挿入話2 「追跡」[None](2009/01/01 00:07)
[9] 第6話 解除[None](2009/01/01 00:07)
[10] 挿入話3 「彷徨」[None](2008/12/20 20:05)
[11] 挿入話4 「約束」[None](2008/12/10 20:01)
[12] 第7話 再会[None](2009/01/01 00:07)
[13] 第8話 襲撃[None](2009/01/01 00:08)
[14] 挿入話5 「防衛」[None](2009/01/01 00:08)
[15] 第9話 合流[None](2009/01/01 00:09)
[16] 挿入話6 「共闘」[None](2009/01/01 00:09)
[17] 第10話 決断[None](2009/01/01 00:09)
[18] 挿入話7 「不和」[None](2009/01/01 00:10)
[19] 第J話 裏切[None](2008/12/19 04:13)
[20] 挿入話8 「真相」[None](2008/12/20 20:40)
[21] 挿入話9 「迎撃」[None](2008/12/20 20:07)
[22] 第Q話 死亡[None](2009/01/01 00:10)
[23] 第K話 失意[None](2008/12/25 20:01)
[24] JOKER 終幕[None](2008/12/25 20:01)
[25] 設定資料[None](2008/12/24 20:00)
[26] あとがき[None](2008/12/25 20:02)
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[4919] 第J話 裏切
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/12/19 04:13

俺は宣言の後に、こう付け加える。

「そして「組織」よ。俺に協力するなら、多少は手伝ってやろう」

目の前の通信装置へ向けて言葉を紡いだ。
少なくとも俺1人ではどうにも出来ないし、優希を本当の意味で助けるのも難しい。
だから俺も賭けをする事にしたのだ。
この状況と言うチップを使って。

『そうですか、御協力感謝します。
 我々はまず優希様をお助けしたい。その後であればどの様な事でも仰って下さい。
 検討させて頂きます』

俺の追加発言に、機械からは雑音に乱れながらも少し安堵が混ざった若い男の声が流れ出る。
検討するだけって事も在り得るんだよな?
ディーラーを名乗った通信機器の向こうの相手は、中々言葉を選んでくれる。
だが優希はこちらのJOKERであり、そうそう手放せるものではない。

「それは駄目だ。大体理由も無しにプレイヤーが居なくなるのはおかしいだろう?
 73時間経過までは優希は此処に居て貰う。
 但し!「組織」のボス、優希の父親だったか?はとっとと引き返せ」

このままカジノ船に到着すれば、ボスは身柄を拘束されて「エース」の思う壺だ。
そう成れば「この世界」全土に居る、罪のある人間達が殺されて行く事になる。
高々「ゲーム」に乗って賭けをしただけで、だ。
他人の死など自分に係わり無ければ実感する人間など少ない。
それに対してそれも罪なのですなんて、どんな聖人君子が頭張ってるんだろうな?
「エース」って組織は。
俺の指示にディーラーは苦悶の声を上げる。

『それが、こちらの制止も聞かずに向かって来られているのです。
 後5時間もすれば到着予定なのですが、我々としても困った事態でして』

「なら簡単だ。優希は救出したと言えば良い。どうせ此処からそこまで距離があるのだろう?
 何だかんだと理由をつけて優希とは会えないと口裏を合わせれば良い」

制止が出来ると言う事は、ボスと通信可能であると言う事だ。
ならそこに彼が引っ込む様な情報を与えれば良い。

「残り10時間を過ぎれば終わるんだ。それまで我慢させろ。
 この程度、今まで沢山の人間を追い込んで、殺して来たお前等なら造作も無いだろう?」

『あ、貴方は…』

ディーラーが絶句している。
とは言え今の状態ではこの先の打開策を決められない。
出来れば「組織」を根本的に変えられる、いや「ゲーム」だけでもどうにか出来ないか?
このディーラーと話をし続けてそれが可能なのかを思案する。
ちらりと手塚を横目で見ると、微妙な顔をしていた。
色々と疑問があるのだろう。
彼を敵に回すのは御免だが、全てを話す訳にもいかない。
言えない事も多いし、何より今は通信機で聞かれてしまう。
だから俺は、ニヤリと不敵な笑みを見せた。

「おっ?あー」

俺の顔を見て疑問符を浮かべるが、その後に楽しそうな顔で頷いた。
彼も理解したのだろう。
俺が本気で「組織」の言い様にさせる気なんて無い事に。

「それでも言う事を聞かないと言い訳するのなら、俺が直接ボスと話しをしよう。
 用意が出来次第通信を回せば良い。
 それとだ、お前達に用意して貰うのはまず、俺にゲームマスター権限を与える事だ。
 一応この7番でいけるんだろう?
 更に、セキュリティシステムをお前等に勝手に動かされては困るからな。
 全てのセキュリティシステムを通常状態、つまり首輪の作動以外では動かない様にしろ。
 まあ、どうせお前達は観客に賛成多数でエクストラゲームが発動している事に成っているんだろう?
 だったら首輪ももう作動しないだろうがな」

俺はまずこの建物を掌握したかった。
それにより奴等が無闇に手を出せなくなれば、やれる事が増える。
更に外からの干渉を俺が受けた事により、逆に外への干渉も行なえる様に成った。
一番良いのは「組織」と「エース」を共倒れさせる事だが、それは難しい。
それだったらどうする?
何が最良だ?
かりんの妹の治療費や渚と生駒家の借金もあるので、金銭的な解決が可能な終わり方が良い。

『判りました。PDA7番からの権限を再度許可させます。
 また貴方の権限を最高位とする事を約束します。
 そしてセキュリティシステムについても通常状態でロックします。
 ですが、とても言い難いのですが。エクストラゲームが実行されているのは貴方の仰る通りなのですが…。
 実は貴方の確認されたものは否定されています。
 今後も継続的に進入禁止エリアは設定されますので、御気を付け下さい』

この言葉に俺は吃驚した。

「何?!それは、また、都合の良い設定と言うか…」

しかし良く考えて見れば、先ほど5階が進入禁止に成ったではないか。
それは彼の言葉を裏付けている。
何故あの時に気付かなかったのかと、悔しい思いが湧いた。
それと共に、もう1つの方も却下されたのかと不安に成る。

「っ、そうだっ。俺の提案はどうなった?まさかあれも無しに成ったのか?!」

『いえ、「こちらの兵隊がターゲットを傷付けたら負け!」の追加ルールは残っています。
 エクストラゲームを立案した者は呆れてましたよ。下らない事を提案するものだ、と。
 貴方の狙いは大体判りましたが、御気を付け下さい。
 最後に、どうか、どうか優希様だけは何事も無き様にお願いします』

このディーラー、かなり頭が回る様だ。
多分こいつはエクストラゲーム発動時に居なかったのだろう。
こちらとしては非常に助かったと言える。

「そうか、それは助かった。
 では、またそちらの都合がついたら連絡してくれ。他の条件についてはその時に伝えよう。
 折角の「ゲーム」なんだ。お前等も楽しめよ?」

俺は微笑みながら通信を切るのだった。





第J話 裏切「「ゲーム」の開始から24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間時点で生存している」

    経過時間 63:57



俺達がホールに帰った時には高山も意識を取り戻しており、元気そうな様子を見せてくれた。
帰った時に手塚の首輪が外れていたのが疑問だった様で、麗佳が聞いて来たので全員に経緯を説明しておく。

「解除された首輪を作動させるなんて…」

「どう考えても、それしか誰も死なずに10番を解除する事は出来ないだろ?」

「確かにそうですが、それにしても良くそこまで思いついたものですね」

実際に考え付いたのは此処に来る前である。
つまり生死の狭間にあり続けていた為考える時間が無かった彼女達とは異なり、俺には考える時間が充分にあったのだ。
それにルールを良く見れば真っ先に考え付く事ではあるが、何故か皆考え付かなかった様だった。
『ゲーム』でも外れた首輪を交渉に使う事を考えたのはかなり終盤だったし、やはり「作動したら死ぬ」のルール文が効いているのかも知れない。
そしてこれまでの手塚の行動も、その危険性を裏付けてくれていた。

「つまりそれが灰色の脳細胞ってやつ?」

かりんが言って来る事に苦笑を返した。
その場のノリで言ったのだが、受けたのだろうか?
取り敢えず今後の事もあるので、彼女達に彼の立場をはっきり見せておこう。

「という事で、手塚。お金についてはもう考えないで居てくれると助かるね。
 これ以上不毛な争いは御免なんだ」

片目を瞑って手塚に切り出した。

「…はぁ?あのなぁお前…。あー。…まぁ良いだろう。
 その分は気にしねぇよ。クックック」

途中で気付いたのか、大仰な仕草で了承してくれた。
これで手塚が争わなく成った事を皆に伝える事が出来たのだ。
今はまだあちらの理由を話す訳にはいかないし、この方法くらいしかない。
首輪が外れた後に敵対する理由なんて賞金しかないから、大丈夫だろう。

「高山も今まで有難う。前は寝ていて礼が言えなかったしな。
 それと、かりん達を助けてくれて有難う。こいつじゃじゃ馬で困ったろ?」

「なっ、早鞍。酷いぞっ!」

かりんの頭を撫でながら言った言葉に抗議が上がる。
その抗議はポンポンと頭を叩いてあしらった。
そこに高山から意外な質問が来る。

「生駒兄と御剣はどうするのだ?」

彼が他の人の心配をするとは、心境の変化でもあったのだろうか?
高山の言葉に、かりんと麗佳は複雑な表情だ。
まだ皆と喧嘩したのを気にしているのだろうか。

「耶七は他の手を考えないとな。御剣も同じ手でいけるかも知れないし。
 文香達も手を考えてくれている様だから、合流して意見を纏めて見ようかね」

まだ此処では手塚から貰ったツールについては黙っておく。
これで助かるのはたった1人だけなのだから。
俺の言葉に高山達は皆が頷いた。

御馴染み7番のPDAを出してPDA探知を実行する。
相変わらず此処以外にはPDA光点が6階の何処にも見当たらない。
何故に行ったのか。
もしかして「エース」により用意された部屋に篭っているのだろうか?
約7時間後には渚の首輪が外れるだろう。
その前に御剣達とは合流して置きたかった。



位置が判らない御剣達を無理して探すのは効率が悪いので、俺達は一旦休憩に入る事にした。
特にかりんと麗佳の体力に問題が有ったのもある。
2人は高山と合流して少しは休んだ様であるが、それでも短い時間だった為心身が不調を訴えたのだ。
彼女達自身は大丈夫と言うが、大事を取って休ませる事にした。
残る敵は強襲部隊だけであり、彼等の位置は7番のPDAに表示される様になっていた為、奇襲を受ける危険性は無い。
俺達は回収部隊と交戦した近くの戦闘禁止エリアへと、回収部隊のジャマーマシンを持って移動したのだった。

戦闘禁止エリア内では高山達が食事をしている筈だ。
その食事は渚が部屋内のキッチンで作ったものである。
俺は手塚と2人で戦闘禁止エリアの隣の部屋、つまり手塚が首輪を外した所に居た。
俺達の目の前には回収部隊から接収した通信機器が置かれている。
つい数分前に着信を知らせる振動があったので、2人で此処に移動して通信が来るのを待っていた。
通信機器はオンラインにしているので、後はあちらが同じチャンネルに繋げば良いだけなのだ。
さて、朗報であれば良いのだが。

『……………こ…つ……て……』

かなり雑音が混ざって聞き取り難い。
こちらもマイクを持ってテストをする。

「あー、テステス、こちら現場のプレイヤー。応答どうぞ?」

俺が話してから約1分後にやっとまともな声がスピーカーから流れ出て来た。

『…君が、イレギュラーかね?』

いきなりの問いかけは、前のディーラーとは違う深みのある男の声で放たれた。
イレギュラー?
ああ、確かに正規のプレイヤーではない俺はイレギュラーか。
とは言え、普通に拉致された人間がイレギュラーとか言われて判る訳無いだろうに。

「そのイレギュラーってのが何かは知らないが、俺は俺。外原早鞍と言う者だ。
 で、お前は優希の父親のボスさんで良いのかな?」

『そうだ、色条良輔と言う。早速だが、優希を助けて貰えると聞いているが、間違い無いか?』

いきなり本題に入って来た。
それではこちらも本題に入ろう。

「条件がある、ってのは聞いているな?」

『聞いている』

「なら話は早い。俺の出す最大の条件は、今回の「ゲーム」を最後に、二度とこの「ゲーム」をしない事だ」

『何だと?!!』

色条は驚いていた。
そんなに驚く事だろうか?
考えれば候補に挙がるものだと思うのだが。

「プックックック……」

隣では手塚が一生懸命声に出さない様に含み笑いをしていた。

「はっきり言おうか。今お前が向かっている場所や各施設には反「組織」勢力が手薬煉を引いて待っているだろう。
 それにより「組織」は壊滅的ダメージを受ける。俺はそれでも構わないんだが、そうなると、だ。
 優希は父無し子に成ってしまうんだよ。お前はそれで良いのか?
 その反勢力は多分、この「ゲーム」が気に食わないんだろう?」

俺のこの台詞に隣の手塚が俺を凝視していた。
本来知る筈の無い情報を持っていれば、普通は吃驚するだろうな。

『「エース」か。…だが「ゲーム」は「組織」全体でやっている事だ。私の一存で左右出来る事柄では…』

当然ある言い訳だ。
組織とは大きく成れば成るほど個人では如何ともし難くなる。
だが俺はそれを最後まで言わせなかった。

「温い事言ってるんじゃない。お前今回、優希が「ゲーム」に巻き込まれて肝が潰れたんじゃないか?
 今までの強制参加者やその家族はもっと辛い目に遭ってるんだぞ。
 すぐに止められないってのなら、やり方を変えれば良い」

『やり方?』

「ああ、例えばただの競争にしたりな。人死にが出るから恨みを買う。
 これを純粋な、何て言うかな?スポーツの延長のような競技にすれば良いのさ。
 元々オリンピックとかは見世物の側面が強いんだしな」

この提案に色条と手塚は絶句していた。
実際大きな組織を改革するのは容易ではない。
確かに彼はトップを張っているのだろうが、その一存で好き勝手出来る様では組織としては立ち行かないだろう。
それでも彼には頑張って貰わないと成らない。
優希の為にも。

『…君はそれで良いのかね?』

「あん?…あーそうそう、もう1つ条件を加えたいものが有ったな」

『……まあ当然か。で、何だね?』

何か失望されたっぽいが、気にせず行こう。
俺自身も大した人間で無い事は自覚している。

「金だよ、金。
 キングの北条かりんが妹の治療の為に約4億必要だ。
 あとジャックの綺堂渚が家族の借金、そして5番と7番の生駒家にも借金があるらしいな。
 今回の参加者の金銭的なトラブルを全部解消してくれ。
 それさえ出来れば後は本人が何とかするだろ?」

『君自身はお金が要らないのかね!?』

「俺?俺には借金なんて無いぞ?
 …それに大金貰ってもなー。まあ楽な生活が出来るくらいだろうし、無くても困らんな」

実際金なんて殆ど失ったのだ。
今更血眼に成って得たいものでもない。
日々生きていくだけ有れば良い。
もう身寄りは無いのだから。

『お金はどうにかなるだろう。「ゲーム」についても極力努力する。
 私も、娘が可愛い』

色好い返事が、しかもこんなに早く来てくれた。
「組織」の幹部の制止を振り切ってまで、娘を思ってカジノ船まで出張った親馬鹿な所を期待したのだが、当たった様だ。
いや大当たりと言って良い。
これが普通に黒い奴なら、娘なんかは切り捨てているだろう。
まあこんな「ゲーム」を主催する組織のボスとしてはおかしい設定でもあるが、『ゲーム』の都合上こう成ったのだろう。
俺としては利用出来るものは利用させて貰うだけだ。

「OK。交渉成立だ。これで「ゲーム」を止めれば、反抗勢力もお前達を狙う理由を失う。
 訴追して来るなら潰してやろうぜ?なあ良輔君」

確かに「エース」に所属する、これまでの「ゲーム」の被害者やその関係者には納得し難いだろう。
それでも、此処で断ち切らなければ成らないのだ。
この交渉で「ゲーム」を潰す事が出来る可能性が出た。
あんな粛清を起こす様な「エース」などに任せずに、だ。
後は、その「エース」の工作員である文香をどう説得するか。

『それで、今回の「ゲーム」をどうするつもりかね?』

今後の検討課題を考えていると、良輔から問い掛けが来た。
今回か。

「政財界のお偉方にこの事態を知られる訳にはいかないのだろう?
 だからこのまま時間まで終えるさ。ディーラーにも言ったが、楽しみに見てな?」

俺の明るい言葉に対して彼は少し沈んだ声で、重大な事を伝えて来た。

『「組織」内も一枚岩ではない。
 その中の過激派と言うか、「ゲーム」は血生臭い方が良いと考えている連中が強襲チームへ最終指令を出した様だ。
 気を付けろ、強襲チームは優希を除く全てのプレイヤーを殺害するつもりだっ!』

うわぁ、此処に来てしつこく知らない設定が出て来た。
本当に上手くいかないものだ。
だがそれでも強襲部隊が最後の敵になるなら、逆に観客を満足させられるかも知れない。
不本意だが、やるしかないのなら、やれるだけをヤるだけだ。

「判った。情報、有難う」

俺は色条良輔との通信を此処で終えたのだった。



戦闘禁止エリア内にある寝室への扉から高山と渚が出て来た。
こちらの野暮用が済んだ事は既に伝えてある。

「2人共~、ぐっすり眠っています~」

彼女達は軽い食事をして、寝室で眠って貰った。
隣の寝室には眠りに入ったかりんと麗佳、そしてそれを見守る優希が居る筈だ。
2人が彼女達と離れたので、彼等に詳しい話をしておく事にする。
皆をソファーに座らせて話を始めた。

「手塚、彼等にも現状を伝えようと思う。良いな?」

「あん?…つぅか俺が何言ってもするんだろうが。
 勝手にしてくれ」

肩を竦めて投遣りに返して来た。
何もそこまで言わなくても。

「どういう事だ?」

俺達の様子に高山もおかしいと思ったらしい。
渚も訝しげに俺達を見ていた。

「それがな?俺達この「ゲーム」を運営している奴等と話しちゃいました」

「ええーーー!!」

渚の絶叫が部屋に響き渡るのだった。
正直2人が起きるので勘弁して欲しい。

回収部隊から回収した通信機器による会話内容を2人に伝える。
特に問題なのは強襲部隊の件だ。
彼等はゲームマスターだろうとも例外無く殺しに来る。
これは『ゲーム』でも郷田が殺されているのだから、脅しでも何でもない事実であろう。
その為2人の協力は不可欠であると判断した。
幾らそれなりの装備があったとしても、俺は実戦では役に立たない事を今までで痛感している。
7番のPDAによる探知を実行しても、御剣達の位置は判らないままだ。
この7番には更に機能が1つ追加されていた。
それは「組織」側の人間である事を示すマーカーを追跡表示する機能だった。
これは擬似GPS機能と同じ様なものらしく、バッテリー消耗も殆ど増えない。
更に相手のジャマーマシンでもこれを封じれない様だ。
それと言うのも、「組織」側がその位置が判らないとフォローすら出来ないのでこれは仕方が無いのであろう。
俺達が「組織」の力の一部を使える事が、奴等にとっては予測の上を行く事態なのだ。
現在7番のPDAの地図上にはこの2つ隣の部屋に大きく固まった回収部隊の光点と、遠くに固まった強襲部隊の光点が表示されていた。
御剣達を探すか、先に強襲部隊を片付けるか、どちらを先にするべきか?

「知られちゃったんですね~」

思案していると、渚が悲しそうに俯いて言葉を紡いだ。
俺は最初から知ってたけどな?
内心で突っ込むが、流石に声には出せない。
彼女に最初に答えたのは手塚だった。

「初めて聞いた時は吃驚したけどよぉ。何か違和感無かったぜ?
 耶七を退けたのもお前だって言うじゃねぇか」

「何っ?奴をこいつが退けた?!」

1日目に耶七には散々苦渋を舐めさせられている高山は、その彼を撃退した渚を凝視した。
殆ど渚と接点の無かった高山は、かなり驚いている様だ。
まあ見た目じゃただのポワポワした20代の女性だしな。

「まあそう言う事。そして俺が今のゲームマスターっ!
 はっはっはっ、偉いんだぞ、チクショウめっ!」

「うわぁ~、一番権力を渡しちゃいけない人ですね~」

渚の突っ込みに高山も手塚も頷いた。

「何っ?誰も援護無しかよ!」

俺は愕然とした。
色んな意味で。

「フフッ、それで私をどうされるのでしょうか~?」

「どうって?何も、今までと変わらんよ。実際今までお前が俺に敵対した事も無いし。
 それに今は「組織」の一部は協力関係だからな」

逆に綺堂には全面的に協力して欲しいから、「組織」との話を明かしたのだから。

「それで、高山は休まなくて良いのか?
 俺達は数時間前に寝たし、大丈夫だから、ゆっくり休んで良いんだぞ?」

「俺は6階に上がった後に、一度寝ている。
 上手い食事も食べられたし、傷も思ったよりは大した事なかった様だ」

成る程、高山が動けるなら防衛も任せて良いだろう。
なら次に話を進めようか。

「それでだ、俺と渚が偵察に出るから、此処を任せるぞ?
 2人が起きたら、ジャマーを利用して逃げ続けてくれれば良い」

「何故だ?偵察なら俺の方が良いだろう?」

「理由は2つだ」

反論してくる高山に俺はチョキの様に手を形作って示す。

「1つ目は俺と渚は首輪をしたままだから、戦闘禁止エリアで不測の事態があると困る。
 今はまだ良いが、居続けるのは怖いんだよ。
 2つ目は7番のPDAについてだ。このゲームマスター権限を貰ったのは良いがな?
 俺は使い方を知らんっ!」

胸を張って述べた俺の言葉を聞いて、3人は唖然としていた。
御免な、馬鹿で。

「だが渚なら元々ゲームマスターだし、こいつの使い方は知っているだろう?そう言う事だ。
 それに2人が居れば、安心してあいつ等を任せられるよ」

爽やかな笑顔を作って2人に語る。
手塚はうんざりした様な顔を、高山はいつもの無表情のまま無言で座っていた。
返事が無い、ただの屍の様だ。
2人が沈黙したので荷物も確認しておく。
先ほど寝室に入る前に麗佳から預けて貰った8番のPDAの画面を確認する。
相変わらずその地図画面内に動体反応は無い。
そして麗佳の荷物の中を確認しておく。
彼女に渡していた特殊手榴弾は全て使ったのか見当たらない。
1つだけ残っているグリップに緑のラインが付いた38口径の回転式拳銃を取り出して懐に仕舞い込んだ。
6階の侵入禁止化までの残り時間は8時間を切っている。

「それじゃ済まないが、優希達を頼むな。無理に戦う必要は無い。
 後は出来るだけ俺達がやるから」

準備を終えた俺は、渚を連れて扉まで歩いてから2人に言う。
もうこれで彼等とはお別れだ。
下に降ろす事は出来なかったが、それでもこの状況なら強襲部隊を此処に近付けさえしなければ安全だろう。
これでかりんも麗佳も、そしてついでに優希も生きて帰す事が出来る。
そして彼等には俺を追い掛ける術は無い。
ポケットに入れた8番を確認する。
これで動体センサーによる補足は無理なのだ。

「外原、お前…」

「そんな心配そうにするなって。首輪してる他の連中と助かる方法を考えるから。
 お前達はもう危険な事をする必要は無いんだからな。それでももし奴等が来たら、済まないが彼女達を頼む。
 では行こうか、渚」

これ以上居たら本当について来かねない。
渚を促して俺達は戦闘禁止エリアを出て行った。



まずする事は相手への制限付けである。
渚に操作を聞いて、館内全域の扉のロックを一括で外す事にした。
この時渚に止められたのだが、俺はこの操作は必要だと思い断固として実行する。
これで通り抜け出来なくなる場所は無くなったのだ。
後は俺がしたい場所にロックを掛ければ良いだけである。

次に渚と共に戦闘禁止エリアから2つ隣の部屋へと入る。
そこには武装解除をした上で拘束された8人の回収部隊員が居た。
渚のライブカメラでしっかりと撮って貰っておく。
これで強襲部隊が8人居ようとも、その内5名しかカメラ前では動けなく成る。
もしそれ以上が映ってしまうと、13名を越えた兵隊が居ると知った観客が暴動を起こすだろう。
観客の中には俺達が勝つ事に賭けている者も居るだろうから、「組織」は自分達の都合だけでは動けないのだ。
これを枷にしてこちらが有利に動ける様にしておく。
まあ結局は影で襲って来るのだろうが。
10分近く渚の頭部に取り付けてあるライブカメラで動きながら映したので、「組織」が見せない様にする事は無理だっただろう。
その後部屋を出る時に、扉を開けたら神経ガス弾が作動する様に細工をした。
彼等も自分達が持っていた道具を使われるとは皮肉なものだ。
これでガスマスクを持たない彼等は一時的に行動不能に成る。
それに、と7番のドアコントローラーでその扉にロックを掛けた。
鍵を壊すのは体当たりくらいだろうから、まともにガスを吸う事に成る。
壊すまでにもそれなりに時間が掛かるだろう。
その前に拘束を外す必要もある。
回収部隊を完全に沈黙させたと思って良い状態にしてから、俺達はそこを離れたのだった。

7番のPDAで強襲部隊のマーカー位置を把握しながら俺達は館内を散策する。
御剣以外がジャマーの掛かった部屋の外に出る可能性を考えて、渚には8番のPDAで動体センサーの反応を見て貰っていた。

「居ませんね~?」

此処一時間歩き続けたが、その間俺達以外の動体反応が一つも無いらしい。
手塚達の反応がPDAに出ていないのは、回収部隊から奪ったジャマーマシンを作動させているからだ。
それをしていないと彼等に優希を狙われる為、あの部屋に置いて来ていた。
御剣達は多分だが、「エース」が館内に細工した部屋に篭っているのだろう。
しかし御剣達はこのまま時間一杯まで隠れるつもりなのだろうか?
それでは彼等の首輪を外す事は出来ない。
本気で「エース」が用意したあの部屋なら、自分達がセキュリティシステムに狙われないと信じているのだろうか?
確かにあの部屋そのものはセキュリティシステムを封じているのだろう。
だがその程度で回避出来るのでは、多分これまでの「ゲーム」が成り立っていないと思う。
当然、遠く離れていても狙って来る様な何かを用意しているだろう。
考えている時にもPDAの地図画面を見ていたが、何となく付近の地形に見覚えがある事に気付く。
確か此処は。
次の三叉路を真っ直ぐに進み次を右に曲がった時に、ある場所へと辿り着いた。

「渚、歩き詰めで疲れただろう?ちょっと休もう」

俺は言いながら、近くの扉を開けた。
渚はまだ撮影器具を着けたままである。
大分彼女も疲れているだろうから、此処で休憩する事にしたのだった。

此処は俺が高山達と共に1日目に辿り着いた場所であった。
俺達が置き去りにした物資はそのまま残っており、手が付けられていない。
かなり沢山の食料も此処に置いて降りたので、渚にとっては嬉しい誤算でもあった様だ。
ソファーに座ってインスタントコーヒーを飲みながら、ゆっくりと休む。

「とても~、これから殺し合いをしますって、雰囲気じゃないですね~」

にこやかに笑いながら話し掛けて来る渚に、俺は苦笑を返した。
確かにのんびりとしている気はする。
それと言うのも本来は敵が今居る場所が判らず恐怖に怯えている筈が、マーカー補足のお陰で怖くも何とも無いのだ。
俺と渚はそれぞれの持つPDAを時々覗き込んでいた。
バッテリーが心配なのでPDA検索はせずに御剣達の反応は8番の動体センサーに任せて、俺の7番は強襲部隊のマーカー確認に使用する。
どちらかが大きく動いたら、こちらも動かないといけない。
しかし強襲部隊の奴等は優希の居る戦闘禁止エリアに向かうでもなく、館内をうろうろと彷徨っている。
一体何をしているのだろうか?
光点が動いている以上はマーカー装備だけを外して隠れて動いている訳でも無さそうだが。
一応大きく迂回しながらも、こちらを目指している様な気もする。
しかし動きが鈍いので、その真意は判らなかった。

この休憩中に手塚から貰った例のソフトウェアを9番のPDAへとインストールしておく事にした。
渚がトイレに行って席を外している時間に、急いでインストールを始める。
別に渚に隠す必要は無いのだが、吃驚アイテムはあると面白いかな、とか考えたのだ。
インストールは順調に終わり、それから少ししてから渚が帰って来て席に着く。
それからも暫く2人で他愛も無い話をしながら、何かの動きが無いかを待ち続けた。

「全く~、動きが無いですね~」

渚の方の動体センサー情報でも何も出ないのだろう。
あちらのセンサーは手塚達も強襲部隊も補足出来ない。
センサーに映らない部屋に隠れた御剣達も補足する事が出来ないので、その変化もこの部屋にしか現れない様だ。
此処に休憩で入ってから、既に30分は休んでいる。
御剣を見付けたかったのだが、これでは望みは薄い様だ。
2人で強襲部隊とやり合うしか無いのか?
それはちょっときつ過ぎる気がする。
1つ溜息を吐いてから徐に立ち上がり、荷物を纏めて置いた場所へと歩いて行く。
その時、部屋の出入り口が突然開いた。
PDAでの反応は遠い筈であったが敵が来たのか?
懐の拳銃を抜き放ちつつ入り口に身体を向ける。
しかし構える前にそれは俺の足元まで来ていた!

「お兄ちゃんっ!置いて行かないでよ~!」

「優希?!」

俺の腰に抱きついて来たのは優希であった。
その後ろに続いて部屋に入って来ていたかりんが、俺に抗議の声を上げて来る。

「酷いぞ早鞍!なんであたし達だけ置いて行くんだっ。
 こいつは怖いしさっ!」

言って指した先にはまだ部屋には入っていない状態で、タバコを燻らせた手塚と更にその後ろには同じくタバコをふかす高山が居た。
かりんと手塚の間の室内には麗佳が佇んでいる。
戦闘禁止エリアに置いて来た全員が此処に辿り着いている様だ。

「お前等何で俺達の居場所が?」

真っ先にそれが疑問になった。
8番のPDAを態々持って来たのだ。
追える訳が無い。
俺の言葉に、タバコを足元で踏んで消してから室内に入って来た手塚が答えた。

「カッカッカ、俺様のPDAにはよぉ、JOKER探知ってのが入ったのさぁっ!」

言いながら、PDAの画面を見せて来る。
その画面には、この階の進入禁止になる時間のカウントダウンが表示されていた!
それに寄るとこの階が進入禁止に成るのは、6時間16分後である。
『ゲーム』の通り、72時間経過で6階が進入禁止に成る様だった。
って意味無いだろ!

「手塚っ、画面違う、違う」

「お?っと戻しちまったか」

しかしJOKER探知とは。
だから手塚は俺が居る所ばかりを狙っていたのか。
全く傍迷惑な。

「子供達がどうしてもお前達を追いたいと言うのでな。
 仕方が無いから追って来た」

手塚が画面を触っている間に、高山もタバコを消してから部屋に入り説明をしてくれた。
男2人はそうでもないが、女性達3名は肩で息をしている。
優希は今も俺に寄りかかってぐったりしていた。
大分急いで追ってきた様である。
だが、それでも疑問は消えない。

「JOKERは壊れているんだぞ?何で探知出来るんだ?!」

「俺に言われても知るかよっ。出来るもんはしゃーねーだろ」

切り替えてから改めて見せられた画面には、確かにこの部屋の中に光点がついていた。
今は高山達が近くに居るのでジャマー範囲だろうに光点が表示されると言う事は、PDA検索の様な一時情報取得型だろうか?
そして『ゲーム』内で壊れたJOKERを探知した描写は当然ながら、無い。
その為壊れたJOKERの検索出来ないと断言は出来ないが、出来ると普通は考えないだろう。
何故出来る?
そう考えた時に閃いた。
2番は別に自身が破壊しなくても良い筈だ。
これについては『ゲーム』内の高山も言っていた。
そして此処で問題は、自分もしくは仲間がJOKER探知を発見した場合である。
それにJOKERが映っていなければ即破損であると確認出来る様では、ゲームとしては詰まらないだろう。
ジャマーソフトがあるので100%では無いが、時間を置いて探知すれば可能性は上がるのだ。
PDAが壊れても、中にある信号を放つものが生きていれば探知可能な様に成っていると言う事か?
それならば長く2番を迷わせられると言うものだ。
最悪JOKERは壊れているのに2番はそれを認識出来ずに首輪を作動させて死亡する、滑稽な場面を観客は見る事が出来る。
運営の狡猾さに反吐が出そうだった。

「だが高山、お前はこの事を知ってて、俺にJOKERを渡したのか?」

「いや知らん。ただお前なら有効活用するかも、と思っただけだ」

買い被りも良い所だが、今回は皆の早期合流の手助けになったのだから良しとしておこう。
子供達の考え無しも困ったものだ。
このまま館内をうろついて強襲部隊とニアミスしたらどうするつもりだったのか。
それは良いとして、こいつ等をどうするか?
首輪が外れているのだから安全な場所に居ては欲しいのだが、優希だけを此方に引き取る言い訳が欲しい。
優希は運営側の標的だから俺達と共に居た方が良いし、逆に彼等を危険にするから切り離したいのもある。
エクストラゲームの標的だからという言い訳で事足りるか?
しかし様子を見る限り、俺の思い通りには成らなさそうだ。
そうなると男2人にも居て貰った方が戦力的にも有利ではある。
考えを纏めて、皆に目を向けた。

「判ったよ。だが今も安全な状況とは言い難いんだからな?
 そこの所を注意しろよ?」

俺の言葉に全員が頷きを返して来た。

同行するに当たり各戦力の確認が必要となる。
全員にソファーに座って貰い飲み物を用意してから、一番重要なものから確認を取る事にした。
まずは手塚のPDAについてだ。
先ほどのJOKER探知とかの様に、ある意味有用な機能があるならば知っておきたかった。
これまで彼には戦闘禁止エリアで大人しくして貰うつもりだったので、思考から外していたのだ。
こう成ってしまったのならば、少しでも使えるものは増やしておきたい。
彼のPDAには以下の機能が追加されていた。

    プレイヤーカウンター:PDAに現在生存者を常時表示する。
    JOKER位置検索:検索時のJOKERの位置情報を取得可能。検索時バッテリー消費、極大。
    ジャマー機能:探知系ソフトウェアに映らなくなる。バッテリーの消耗大。
    擬似GPS機能:PDAの地図上に現在地と進行方向を常時表示する。    
    地図拡張機能:地図上の各部屋の名前を追加表示する。
    進入禁止時間表示:何時間後に進入禁止に成るかをカウントダウンする。階数によって表示が変わる。
    ロボット操作機能:遠隔操作用自動攻撃機械のコントローラー。バッテリーの消耗大。
    エアダクト地図:PDAの地図上に館内のエアダクト経路を表示する事が可能。
    ソフトウェア一覧:機能タブ内に用意されている全ソフトウェアの一覧が表示するための項目が追加。

相変わらずソフトウェア名と内容は俺の自己解釈だ。
手塚も7番に劣らず、凄い数のソフトウェアを導入していた。
この殆どがあの耶七から提供されたものらしい。
ゲームマスターとして職権乱用も甚だしいものである。
GPS機能と地図拡張機能は館内を歩くのに必須と言っても良いから、数が用意されているかも知れないが。

「何に使えるか判らんが、もうバッテリーが無ぇぞ?
 落とし穴に落ちて銃撃食らった後に、もう駄目かと思ってよぉ。自動攻撃機械呼ぼうとしたり、JOKER検索したりしてたからな。
 まあお陰で真上にお前等が来た時に落ちやがれっ、って思ってたら本当に落ちた時は笑いが出そうだったぜ。クックック」

含み笑いを浮かべる手塚を半眼で見ていると、かりんが激高し始めた。

「う、煩いなっ!あんただって落ちたんだろ!間抜けなのは一緒じゃないか!」

「ああんっ?…そういや誰かさんのミスで落ちたんだっけか?早鞍も大変だな。子守り、が」

「うぎぎぎ、あ、あんたなぁっ!」

「かりんちゃんっ、止めてよぉ」

かりんと手塚がソファーから立ち上がって睨み合うのを怯えた優希が震えて声を出す。
麗佳も顔を顰めて注意をしようとした時に、場違いな明るい声が上がった。

「2人共~。お仕置き、しなければ~、駄目ですか~?」

顔は本当に極上の笑みを浮かべながら、細められた目が笑っていない。
渚の実力を知る手塚はすぐさまソファーに座った。

「お、俺は大人しくしてるぜ?なあ高山のおっさん」

隣に同意を求めるが、高山は涼しい顔でホットコーヒーを啜り続ける。
全く相手にしていないのか、高山も渚が怖いのかは判らない。

「だけどっ、渚さん、こいつっ!」

「今は~、遊んでる場合じゃ~、な・い・で・す・よ・ね?」

「はい…」

かりんが尚も言い募ろうとするが、渚の迫力に負けた様だ。
全く緊張感が無いのは困ったものである。
しかし改めて10番のPDAを見ても、手塚の言うほどバッテリー残量は少なく無い。
まだ4割弱は残っているのだ。
しかし逆にこれだけのソフトウェアをあれだけ長時間使っていたと言うのにこれはおかしくないだろうか?

「手塚、バッテリー残り過ぎじゃないか?」

「ああ、そりゃ、バッテリーチャージャーのお陰だな」

「何だそれは?」

俺の不審気な問い掛けに手塚はニヤリと笑う。

「お前でも知らない事が有るんだな。PDAのバッテリーを1回だけ満タンにする、ってやつらしい。
 俺も耶七に貰っただけだからな。たった1つしか無い、っても言ってたぜ」

「そんなものまで~…」

手塚の説明に渚が反応する。
多分彼女としては「有ったんですね」ではなく「持ち出したのですね」と続けたい所だろう。
だが有用なソフトウェアがあるからと言って、今彼からPDAを奪う訳にはいかない。
これから働いて貰わなければ成らないのだから。

「これはそのままお前が持っていてくれ。館内移動には充分に役に立つだろうからな」

確認の為に借りていたPDAを手塚に返した。
手塚はPDAを無言で受け取る。
彼としてもこのPDAの有用性はしっかりと判っているのだろう。
そして次に現状の一部について話を始める事にする。
寝室に居た3名は聞いていないので、認識して貰う必要があったのだ。

「今勢力は3つ。俺達7人と、同じくプレイヤー6名が居る筈の御剣達。そしてエクストラゲームの兵隊13名。
 その内御剣達とは争う必要は無い。問題は兵隊達だ。
 スミスは何らかの手を使って本来発動しない筈のエクストラゲームの一部ルールだけを発動したらしい。
 兵隊達は優希以外を殺しに来るだろう。容赦無くな。
 誰だろうと、俺は殺したくないから、それなりに対応しないと成らない。
 そしてこちらには完全に探知ソフトに掛からなく成るジャマーを奴等の部隊の一部から手に入れている」

此処で高山と手塚を見ると、高山の方が頷きを返して来た。
ジャマーマシンは今、高山が持っている様である。

「このジャマーは半径10メートルと少しくらいまで有効の様だ。
 だから出来るだけこの範囲内に居る事で、こちらの行動を相手に読ませない事が出来る。
 そして現在の問題点だが、御剣達が見当たらない事だ」

「見当たらない?」

俺の言葉に麗佳が訝しげに聞き返した。
これには他の者も疑問符を浮かべている。
多分材料無しで理解出来るのは、俺か文香くらいだろう事態だからだ。
なので、此処は言葉を選ぶ必要がある。

「多分、俺達と同じくジャマーの機械を拾ったかしたんだろう。
 俺達が6階に上がって来た前後くらいからだな。感知系ソフトに全く引っ掛かって来ない」

「それでは、合流が出来ないのではないの?」

「そうだ。そしてこのままだと渚は良いとしても、御剣と姫萩、そして耶七の首輪は作動するだろうな。
 だから奴等と合流したいのだが、機械の機能を切って貰うしか無い状況だ。
 元々は御剣達と合流してから兵隊と相対する予定だったが、このまま時間を無駄には出来ないので、こっちだけでやってしまおう」

麗佳の疑問には事実だけを言い含めておく。
彼女に余り喋ると突っ込む要素を晒してしまいそうだったからである。
しかし珍しくかりんが反論して来た。

「戦う必要あるのか?ジャマーだっけ?で、逃げ切れば良いじゃないか」

彼女の言う事は尤もである。
仮に此方が逃げ続けた事で兵隊が御剣を狙うにしても、あちらが協力して来ない以上は頑張ってとしか言えない。
何せ俺と渚はジャマー無しで一時間以上館内をうろついているのだから。
だが『ゲーム』では手塚と高山のコンビの位置を補足出来ていなかったし、探知系は「エース」の物資には無いのかも知れない。
また御剣のPDAに探知系ソフトは無かったので、俺達を認識出来ていない可能性も高いだろう。
そして俺が強襲部隊を「ゲーム」内で処理したい理由は別にあった。

「実はな、奴等があの提案をしたのは別の目的があると思って良いんだ。
 良く考えても見ろ。あの時点で態々あちらの兵隊を、「ゲーム」に介入させる必要があると思うか?
 ただ俺達を殺したいだけなら、館内のセキュリティシステムとやらを無差別に起動させれば良い。
 殺し合いを楽しみたいなら、もっと別の、中のプレイヤーがお互いに争い会う様な、そんなエクストラゲームを提案すれば良い」

一度言葉を切って皆の様子を見ると、事情を知っている3人も難しい顔をしていた。
事情を知らない他の3人に至っては顔を青褪めさせている。

「つまり奴等は「ゲーム」の体裁を整えつつも、優希を確保した上で俺達を殺したいんだよ。
 もしこのまま「ゲーム」が終われば、奴等はもう「ゲーム」の体裁を気にする事は無くなる。
 だから73時間経過、いや出来れば6階が進入禁止に成る72時間が経過するまでに奴等を無力化出来なければ、俺達は嬲り殺しにされるだけだ」

彼女達には館内のセキュリティシステムを通常状態で固定させている事は伝えない。
今「組織」と交渉中である事は伝えない方が良いだろう。
それに強襲部隊を無力化したい理由に嘘は無い。

「どちらにせよ、奴等とはやり合わなければ成らない、と言う事だな」

結論を高山が述べてくれる。
麗佳もやっと理解してくれた様で、小さく頷いた。

「だからこれからどうするか、なんだが俺は…」

「早鞍さんっ!誰か動き出したわっ」

俺が今後について話そうとしたら、渚からいきなり声が上がった。
それを聞いて俺はすぐに左手側のソファーに腰掛ける渚の後ろへ移動して、PDAを覗き込む。
そこには2つの動体反応が示されていた。
2つのみ?

「何処から出て来た?」

「今の少し左くらいよ」

演技を忘れて短く答える渚。
俺は気にせずに、すぐ俺のPDAの画面を見た。
すると強襲部隊の光点が4つずつの2部隊に別れているのが判る。
1つは今まで通りゆっくりと進軍していたが、もう1つがそれなりの速度で2つの動体反応のあっただろう方向へと進んでいる。
PDA検索を実行するが、何処にも光点は表示されなかった。
俺達も現在はジャマー装置の範囲内に居るし、多分御剣も出てないのだろう。
つまり、文香か?
だが2人なのが気になる。
ペアなのは葉月だろうか?
そして兵隊の動きをこちらが知っている事は麗佳達3名は知らないし、この機能をどうやって手に入れたのかを追及されるのは拙い。
ここは無難な理由で動こう。

「皆、御剣達の誰かが動き出した様だ。俺はまずこの2人に合流しようと思う。
 ただし高山達は兵隊を警戒して欲しい。高山、PDAが無いと動き難いだろう?
 これを持って行け」

渚の隣でその画面を見ていた高山に、7番のPDAを投げ渡す。

「良いのか?」

彼は驚いた顔で聞いて来た。

「もしも奴等とやり合うには必要だろ?偶然でも出会ったら、足止めだけで良いからな。頼むぞ」

ちらりと7番の画面を見る高山は、俺が言いたい事を理解してくれた様だ。
しっかりと頷くと席を立つ。

「手塚、済まないが高山を援護してくれるか?俺達が2人と合流したら退いてくれれば良いから」

「はっ、俺が全部殺っちまっても知らねぇぞ」

「出来れば致命傷は避けて欲しいね。敵味方、どちらにしても」

返答からして了承だろう。
俺は自分の荷物を掴んで、荷物を集積している所へと向かう。
装備を整えなくては成らない。

「ジャマーは引き続き高山が確保してくれ。
 それと、ネットワークフォーンを7番に入れている。8番にも入れておくから、何かあったら連絡してくれ。
 多分こっちからはジャマーがあると通じんだろう」

それから俺は自分の荷物を漁って1つのアイテムを取り出した。
それを高山に、これは投げる訳にはいかないので手渡す。

「これは?」

「対人地雷だ。7番のPDAで遠隔起動出来る」

もしかしたら耶七が使っているのを見ていなかったかも知れないので、遠隔操作についても知らせておく。
それでも高山は訝しげだ。
この程度の武装では意味が無いとでも思っているのだろうか?
今の彼の持つ荷物には何が入っているのだろう?
だがこれは威力が目的ではない。

「今言ったように、こいつは遠隔で起動し爆発させられる。
 だが使うのはこの起動だけでも大きいんだ。
 つまりは他の爆薬の起爆信号の起点に出来るって事だ。遠隔地に、手動でな」

高山は俺の言葉から、漸くその意味を理解出来た様だ。

「恐ろしい事を考えるな。確かにこれなら遠隔地に任意のタイミングで出来る。
 トラップで一番問題なのがその位置とタイミングだが、それが1つ自由に成るのは大きいな」

物資が制限されている現在、遠隔爆破など望むべくも無い状況でこのアイテムは上手く使えば恐ろしい兵器なのだ。

「使い方は、「機能」の「遠隔爆弾」の3番だ。1と2は使用済み。なっ、手ー塚」

「ん?…あーっ、あれかよ。くそっ、おっそろしい物持ってんじゃねぇっ!」

苦笑しながら手塚が返して来た。

「しっかし3つね。俺の自動攻撃機械も3台だったな」

そう言えば10番にはそんな機能も付いていた。
1台目は俺が破壊した。
2台目は御剣が止めた後、自爆した。
3台目は回収部隊との闘いで5階の下り階段ホールに置き去りである。
もしかするとホールの崩壊に巻き込まれてるかも知れない。
つまり全部今は使えないと言う事だ。

「まあ、上手い事使ってくれ。宜しく頼むよ」

この話はこれで切っておく。
余り時間を掛けると、この2名の動体反応が強襲部隊に襲われてしまいかねない。
周りを見渡すと、皆は既に出発の準備を進めていた。

1日目にこの部屋に置いて来た武装はかなりの物があった。
元々序盤だからと等級の高い防弾チョッキは残して来ていたし、重いので一部の装備も残ったままだ。
それらと回収部隊から奪い取った武装を色々と混ぜながら全員が装備を固めた。
特に俺は命が惜しいので、最大等級の防弾チョッキを真っ先に奪い取る。
これで当たり所によってはライフル弾でさえ俺を貫けない、筈だ。
しかし…重い。
十数キロは有るのではないかと思うほどに重かった。
だが命には代えられないので我慢して着る。
防弾チョッキを着ている時に高山に注意された。
どうもチョッキの内側に固いものがあると良くないらしい。
2日目頭の時は特に注意された覚えが無いが、彼も忘れていたのだろうか?
そう言う事なので今までジャケットなどに入れていたPDAはズボンのポケットに移しておく。
それに防刃コートまで奪った。
ヘルメットもあったのだが、そちらは手塚に取られてしまう。
防刃コートとどちらかとか選択を迫られたので、仕方が無くコートを選んだのだ。
しかしこれまた10キロ弱はありそうな重さに、辟易してしまう。
だが腕まで守れる装備がこれしかなかったのだ。
重さの原因は腕の部分にも入れている防弾板の所為でもある。
これで俺は皆の盾として機能するだろう。
ただスナイパーライフルだけは勘弁な。
あー、あとバズーカとかも無理だ。

武器はアサルトライフルに拳銃3挺、コンバットナイフと言う今までの定番。
荷物の中身も殆ど変わっていない。
特殊手榴弾の増減や食料の減少などあったが、昔入れていたものは使っていない限りは残ったままである。
そう言えばもう使わなくなったが、胸ポケットに入れてあるルール表も持ったままなのだが、それを捨てる気には成れなかった。
ある意味これは、俺が皆を殺さずに生きようとした出発点とも言えるものだと思えたのだ。
他の者も防弾チョッキや武器、荷物などを整理して各自用意が出来た所で、俺達は出発したのだった。



渚の持つ8番で取得出来る動体反応のみを頼りに俺達は館内を進む。
この8番には高山に言った通り、新しく「Tool:NetworkPhone 02」が導入されているので、何かあったら高山達から連絡が来るだろう。
そして現在動体反応の有る2人の目的は全く判らなかった。
あっちに行ったりこっちに行ったりをしながら迷走している様だ。
フラフラと歩く彼等に出会ったのは、俺達が部屋から出て30分を過ぎた頃である。
そこには縄を外されたのだろう耶七と一緒に歩く愛美が居た。

「愛美、耶七。どうしたんだこんな所で?」

俺が声を掛けた時、2人共ビクッと小さく震えた。
2人は俺達が20メートルくらいの距離で俺が声を掛けるまで気が付かなかった様だ。
かなり2人の顔色が悪い。
そんなに驚かせたつもりは無いのだが、そんなに予想外だったのだろうか?
内心首を捻っていた俺達の方へ愛美だけが数歩近付いて来る。
そして俺に回転式拳銃の銃口が向けられた。

「愛美さんっ!何してんだよっ!」

細かく震えて銃口を向ける愛美に、かりんが吼える。
だが愛美の目は怯えて銃を向ける者の目では無かった。
それは憎しみ。
彼女は俺達を、いや俺だけなのかも知れないが、憎んでいたのだ。

「早鞍さん、何で。何で賛成してくれなかったんですか…?」

震える彼女の銃口は俺の胴体、心臓を狙っている様だ。
あんな38口径では弾倉の全弾を使っても今の俺の命は奪えないだろう。
痛いだろうけど。
彼女はそれを知らないのだろうが、知ったとしても狙いを頭に変えるだけか。
しかし今更あの投票の件を出すとは、好い加減にして欲しいものだ。

「反対した理由は言った筈だが?それを理解出来なかろうが、結果は覆らんよ」

流れ弾で怪我をさせても拙いので、俺は1歩前に出て女性達を俺の後ろに庇う。
何時でも腕で頭部を防御出来る様に構えた。

「あのエクストラゲームが賛成されていたら、私達は、兄は助かったんですっ!
 貴方が兄を殺すんですっ!
 全部貴方が悪いのよぉーーーっ!!」

半泣きになりながら捲し立てた愛美は、とうとう引鉄を引いた。
敵対するなら拘束するだけだ。
1発は受けても良いと突進しようとした俺の前に、突然影が踊り出て来る。

「早鞍っ!がぁっ」

俺と愛美の間に突然割り込んだのはかりんだった。
着弾の衝撃で俺の方に身体が流れて来る。
反射的にかりんの身体を受け止めた俺の左手に、ヌルッとした感触が広がっていった。

「かりん?…おいっ、かりんっ!」

ぐったりとして力が入っていないかりんの身体。
死ぬのか?
折角首輪が外れたのに。
生きて帰せると思ったのに。
妹の所に戻してやれる筈だったのに。
頭が真っ白に成った俺の目に呆然とした愛美が映る。

「愛美ぃ」

自分でも驚くほどに低い声が出た。
その声に愛美は恐怖を感じた様で、肩を震わせて1歩後退る。
自身で聞いても、その怒りはどれほどのものだろうと感じるくらいだ。
それと同時に頭を過ぎる思い。
怒って相手を傷つけるのか?
家族が目の前で家と共に焼けていく光景がフラッシュバックする。
そして同じく燃えていく、親戚達。
駄目だ。
これでは駄目なんだ。

「渚、かりんを頼む」

「さ、早鞍さんっ、駄目ですっ!」

すぐ後ろに居る筈の渚に声を掛けて、かりんを床に寝かせる。
そして俺は、渚の制止の声を無視して愛美へと疾走した。

「愛美っ」

一連の事に動けないままだった耶七が危ないと思ったのか愛美に声を掛けた。
その声に反応した愛美は撃鉄を起こして、もう一度引鉄を引く。
距離的にはこれで最後。
降ろし掛かっていた銃口を上げながら撃った所為で頭部は狙えない。
此処までは狙い通りだ。
愛美の撃った銃弾は俺の右脇腹に当たる。
しかし防刃コートに防弾チョッキと防弾チョッキの表面に特殊なテープで固定していた予備弾倉が並んだ、堅固な俺の脇腹には届かない。
それでも昨日に受けた傷が衝撃で疼くが我慢した。
着弾の衝撃で少し後ろに退がってしまうが、すぐに前にベクトルを戻す。
そして愛美に正面から飛びついた。

「きゃあぁっ」

「愛美っ」

愛美の悲鳴と耶七の叫びが聞こえるが、もう俺の行動は止められない。
押し倒した時は俺が下に成る様にして、愛美が床に激突死はしない様にしておく。
それから床の上を半回転して愛美を仰向けにすると、その上にマウントポジションを取ってからその両腕を脛で固定した。

「動くなっ、耶七!そのまま3歩退がれっ!」

腰から自動式拳銃を引き抜き、安全装置が入ったままの銃口を愛美の顔面へ向ける。

「ひっ」

「わ、判った。判ったから、愛美を撃たないでくれぇっ」

俺が此処までするとは思っていなかったのか、2人共凄い動揺をしている。
耶七も俺の言った通り後ろに退がり始め、勢いが付いていたのか指示以上に5歩も退がった。

「お前達、何でそうやって他人を簡単に傷つけるんだ?耶七お前もだ。
 今お前達が、お互いが死んだらどう思う?その喪失を考えられないのか?」

興奮は無い。
静かな声で話す俺に恐れの感情が薄れたのか、耶七が叫びを上げる。

「巫山戯るなっ、お前に何が判るっ!俺にはもう愛美しか居ないんだっ!!」

「巫山戯ているのはお前だっ。何が判る?判っていないのはお前の方だっ。
 今、愛美が死に掛けているだけでお前はどう思っている?
 辛いか?苦しいか?だけどな。本当に死んだら苦しいなんてものじゃないんだ。
 お前が殺して来た奴等にも家族が居たんだ。
 彼等が悲しくなかったとでも言うのかっ!」

「それは…俺だってやらないと死んでるしっ!それに借金があ…」

「だから巫山戯るなと言っているっ!」

耶七の言い訳の言葉を途中で封じて、俺は言葉を続けた。

「想像も出来ないのかっ!
 大事な人が目の前で死んでいるその時の気持ちが?
 家族が目の前で死んで行くのに何も出来ない無力さが?
 自分が何をしても、もう、戻らない。笑顔も、言葉も、命、存在、その全てが何もかも無くなるんだっ!
 それが判らないって言うのかっっ!!」

俺は知らずに泣いていた。
多分言葉を紡ぐうちにあの兄が死んで転がっている光景と、家が焼かれていく光景が脳裏に浮かんだ所為だろう。
あの時はどちらも泣く事すら出来なかった。
現実が受け止め切れなかったんだと思う。
それでも今俺はそれを受け止め、そして過ちを繰り返さない様にしたいと思ったのだ。

「お前達がこのままで居るなら、その先にあるのは破滅だけだぞ!
 今回の「ゲーム」でそれが判らないのかっ!
 お前がもしあのまま5階で待ち続けたら、愛美の首輪は条件を満たせないまま首輪の作動を待つだけだったんだぞ?
 そしてお前が首輪を外す為には愛美を殺す必要も有ったかも知れないんだ。
 それでもお前等は殺し合うのか?そしてこれからも、それが無かったと言えるのか?
 結局このままならお前等は独りぼっちに成るだけなんだよっ!
 何処にも、帰れなくなるんだよっ!!」

俺の叫びに耶七が言葉を失い動きを止めていた。
静寂が支配する中で俺は一番気に成っていた事を、振り向かずに聞いてみる。

「渚、かりんの容態はどうだ?」

先ほどまで叫び吼え立てていたものとは全く逆の静かな声が出た。
高揚した事で息が少し荒いがそれもほどなく収まるだろう。

「それが…」

渚の絶望的な暗い声が聞こえて来る。
それを聞いた俺は少し歯軋りをした。

「これで、満足か?それとも俺を殺したら満足出来たのか?
 俺を殺しても耶七の首輪は外れないぞ?それとも更に7名殺すつもりだったのか?
 そうやってお前等は家に帰るのかよ。
 あぁっ?!どうなんだっ!!」

愛美の顔の横に左手をついた。

「ひっ」

呆然としていた愛美は俺の動きにひきつけを起こしたかの様に細かく痙攣する。
かりんの仇を取る為に殺すとでも思ったのだろうか?
もう、どうでも良い。
俺はそのまま立ち上がった後、転んだ際に愛美から手放されていた拳銃を拾う。
耶七は見た目に武器は持っていない様だから問題無いだろう。
それに彼等もこれだけ言えば、もう争いを止めてくれると、思いたい。
もうこれ以上は殺し合うしか無くなってしまうのだから。
俺は渚の元まで歩み寄り、その横に膝をついた。
目の前にはかりんの身体が横たわっている。
かりんが死んだ。
目標の1つを失った。
いや2つを一度に失ったのだ。
かりんと、そしてかれんの幸せを。
俺は、欲張り過ぎていたのだろうか?

「かりん…」

かりんの頬に手をやると、まだ暖かい体温を残していた。
これも時期に冷たくなって行くのだろう。

「早鞍さん~?まだかりんちゃんは死んでいませんよ~?」

「「はぁ?」」

俺と麗佳の驚きが重なる。
優希が驚いていないのは、渚の対面に座ってかりんを見ているからだろうか?

「え、でもさっき」

「あれは~、一生残る傷が付いちゃったので~、残念だな~、って~」

「えっ?」

「かりんちゃんの肌って~、すっごく綺麗なんですよ~。不公平です~。
 そう言えば麗佳さんも綺麗ですよね~」

何を言っているんだ、この人は?
だが良く見ると確かにかりんはちょっと乱れてはいるが、息をしているではないか。
死んだと思い込んでいたので全く気付いていなかった。

「あはは、は、良かった。…良かった」

身体の力が抜けて座り込んでしまう。
涙が出そうだった。
だから先ほど愛美の上で出した涙を拭う振りをして新しく出そうな涙を抑える。

「御免な。凄く、見っとも無い所、見せたな」

自嘲の笑いが漏れてしまう。
そんな俺に渚はいきなり俺の頭を抱え込んだ。

「もう大丈夫ですよ~。見っとも無くなんか、無かったですから~」

頭を撫でてゆっくりとした感じで諭してくる。
ああ、本当に母さんみたいだな。

「渚さん、今はそんな事をしている場合ではないのですが」

いつもの冷静な突っ込みが麗佳からやって来る。
って俺、滅茶苦茶恥ずかしい事をしていた。
俺は急いで渚から離れて起き上がる。
その勢いのまま立ち上がった。

「はは、済まん済まん」

頭を掻いて麗佳に謝る。
麗佳は俺に近付いて来てしっかりと目を見て来た。

「早鞍さん。貴方がどれほどの苦しみを受けて来たのかは問いません。
 けれども私は貴方を信じています。これだけは忘れないで下さい」

真剣な目と言葉。
俺は先ほどからの事で心の堤防が決壊していたのか、不意に言ってはいけない事を言ってしまう。

「信じる必要なんて無いよ。俺が誰も信じていないんだから」

「へっ?」

優希がポカンと俺を見上げて来る。
しまったと思った時には、周囲の空気が凍り付いていた。
何かフォローをしなければ成らない。
考えようとした時、麗佳が俺へ向けて銃口を向けて来た。

「なっ?!」

驚いた。
今の麗佳が俺に銃口を向けるなんて露ほども思っていなかったのだ。

「麗佳…?」

名前を呼ぶが麗佳の目は釣り上がったまま、冷たい目で俺を見据えていた。
いきなりの行動に今まで成り行きを見守っていた耶七や愛美まで驚愕の表情で固まって居る。
俺が信じていないって言うのがそんなに腹が立つ事だったのだろうか?
…立つか、普通は。

「…何故、驚くんですか?信じていないのでしょう?」

麗佳は静かな声で言うと、構えた銃を降ろした。
銃をホルスターに仕舞い俺に数歩近付いて、先ほどまでの冷たさが消えた真剣な顔で手を取って来る。

「貴方は信じていないと思っているだけ。ほら、こんなにも信じています。
 私達を、そして何もせずに愛美達に背を向けました。
 貴方は彼等も信じています。だから自分を責めないで下さい。
 もう自分を許して上げて良いじゃないですか?」

渚と違って俺の過去なんて知らないだろうに、ただ今までの俺を見ただけでこれ程までに読めるものなのだろうか?
確かに俺の今の驚きは、「麗佳と言う人間が俺を攻撃しない」と思っていなければ起こり得ないものだ。
だが俺は誰も信じない。
信じる訳にはいかない。
俺はただ、『ゲーム』にあった情報を元に判断しただけ。
そうだ俺は「人間」を信じていないんだ。
…だったら愛美は?耶七は?
彼等は『ゲーム』に居ないから何を元に判断したって言うんだ?
駄目だ、駄目なんだ。
あの灰色の空が…。
…なんだそれは?
頭がズキリと痛む。
俺の中にまだ思い出せていない事があるのか?
足りないピースに気付き心臓が鼓動を高める。
この失っている記憶が良いものなのか、それとも俺を根本的に変えてしまうほどのものなのか。
恐怖が襲う。
不意に過ぎっただけで身体から何もかもが失われていく様な感じがしたそれに身体が震えた。

「早鞍さんっ!」

手に、そして身体に、強い刺激を感じた。
見ると麗佳が俺の右手を両手で胸に抱えたまま、俺に密着していた。
更に背中には固い感触がある。
壁に押し付けられているのだろうか。
つまり此処まで押されてやっと気付いたのか?

「早鞍さんっ、大丈夫ですか?!」

凄い心配そうにしている麗佳に、何か言わなければと頭を巡らす。
そうだ、俺はまだ終われない。
まだ何も出来ていないのだ
しかしもう誤魔化すのは疲れた。
だから俺は情けなくとも、麗佳に素直に話す事にした。

「御免な麗佳。俺は多分、皆を信じているのかも知れない。でも認められないんだ。
 何故かは知らない。俺自身も知らない事があるみたいなんだ。
 だからそれが判るまで、俺は信じている事を、信じられないんだ。
 だけど、これだけは言える。俺は皆を生かして返す。生き延びるんだ。絶対に」

真剣な目で話す俺をじっと見詰めて、そして彼女は微笑んだ。

「いつもの早鞍さんの様ですね。少しくらいの矛盾はもう慣れました。
 それよりその自信満々な、真っ直ぐな目なら、安心です」

麗佳は微笑んでから身体を俺から離すと、握った手も離して退がって行った。

「自信満々って、何だよ」

「お前そのものじゃないか」

俺の呟きに少女の声が突っ込んで来る。
横を見るとかりんが上半身を起こしていた。

「かりんっ。
 傷は大丈夫なのか?」

「あはは、すっごい痛いけど、死にはしないよっ。
 かれんを助けるんだから」

痛みに顔を顰めるが、それでも彼女の心は元気そうだ。
本当に、良かった。

「ほらぁ、じっとしててよっ、かりんちゃん」

「そうですよ~、しっかりとツケを払わないといけませんからね~」

「痛っ、痛いってばっ」

右肩に付いた傷を、渚と優希に手当てして貰っている様だ。
それを微笑ましく眺めていると声を掛けられる。

「早鞍…さん」

「ん?」

声のした方である後ろを振り返ると、耶七とその後ろに隠れる様にして立つ愛美が居た。
彼等が近付いて来たのを見た麗佳がホルスターに収めている銃のグリップを握る。
それを片手を上げて制してから耶七に向き合った。

「どうした?」

「その…御免…なさい。俺、死ぬのが怖くて。でも、人を殺すのを愛美に見せたくなくて。
 そうだよな、死んだら悲しいんだよな」

目の前で愛美が死に掛けた事がトラウマとして焼き付いたのだろうか。
だがこう言った事は幼少時に多少は受けて置くべき事である。
彼にはその機会が無かったのだろう。

「もう争いは止めるか?」

「…止めたい。でも俺は…」

「お兄様…」

2人共、耶七の命で葛藤している様だ。
俺は1つ溜息を付く。

「ふぅ。
 それなら方法は無いでもない。だが今はまだ駄目だ。やる事が残っているのでな。
 それが終われば、お前が多分助かるだろう方法を与えてやる」

2人を真面目な顔で見てから、俺は告げた。
この台詞に生駒兄妹は驚いたようだ。

「え、でも、貴方は?」

愛美が2人の代表で聞いて来る。

「さて、どうだろうな。まだ方法は何も言っていないぞ?
 そして、今はお前達自身の事を考えるべきだろう?
 気にするな、俺がそう簡単に死ぬ訳が無い!
 主人公補正があるからなっ!!」

「また、変な事言い出したよ。頭でも打ったのか?」

自信たっぷりに言い放つ俺に、痛みに苦しむかりんから呆れた様な言葉が返って来る。
突っ込みがどんどん厳しく成ってないか、かりんちゃん…?


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