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No.4919の一覧
[0] ハッピーエンドを君達に(現実→シークレットゲーム)【完結】[None](2009/01/01 00:10)
[1] 挿入話Ex 「日常」[None](2009/01/01 00:05)
[2] 第A話 開始[None](2009/01/01 00:04)
[3] 第2話 出会[None](2009/01/01 00:05)
[4] 第3話 相違[None](2009/01/01 00:05)
[5] 挿入話1 「拠点」[None](2009/01/01 00:06)
[6] 第4話 強襲[None](2009/01/01 00:06)
[7] 第5話 追撃[None](2009/01/01 00:06)
[8] 挿入話2 「追跡」[None](2009/01/01 00:07)
[9] 第6話 解除[None](2009/01/01 00:07)
[10] 挿入話3 「彷徨」[None](2008/12/20 20:05)
[11] 挿入話4 「約束」[None](2008/12/10 20:01)
[12] 第7話 再会[None](2009/01/01 00:07)
[13] 第8話 襲撃[None](2009/01/01 00:08)
[14] 挿入話5 「防衛」[None](2009/01/01 00:08)
[15] 第9話 合流[None](2009/01/01 00:09)
[16] 挿入話6 「共闘」[None](2009/01/01 00:09)
[17] 第10話 決断[None](2009/01/01 00:09)
[18] 挿入話7 「不和」[None](2009/01/01 00:10)
[19] 第J話 裏切[None](2008/12/19 04:13)
[20] 挿入話8 「真相」[None](2008/12/20 20:40)
[21] 挿入話9 「迎撃」[None](2008/12/20 20:07)
[22] 第Q話 死亡[None](2009/01/01 00:10)
[23] 第K話 失意[None](2008/12/25 20:01)
[24] JOKER 終幕[None](2008/12/25 20:01)
[25] 設定資料[None](2008/12/24 20:00)
[26] あとがき[None](2008/12/25 20:02)
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[4919] 挿入話7 「不和」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/01/01 00:10

ディーラーは薬を用いた事による約12時間の眠りから目覚めた。
彼の精神は疲弊していたので、通常の状態では眠れなかったのだ。
部屋を出てコントロールルームに向かう途中、擦れ違ったスタッフに呼び止められる。
話を聞くと最高幹部会の金田が呼んでいると言うではないか。

「判った、今すぐに向かう事にする。連絡すまなかったな」

スタッフを労ってから、金田の元へとディーラーは向かう。
だが彼はこの時何が何でもコントロールルームへと直行するべきであった。
この後ディーラーは金田にクドクドと小言と検討課題の説明などを聞かされる破目に陥り、無駄な時間を経過させてしまうのだ。
彼が金田の所を訪れて約3時間後、それは発動されていた。
コントロールルームにディーラーが再び立つ事が出来たのは経過時間が55時間を大分過ぎた頃である。

「何故っ、この様なゲームを提案したのですかっ!?」

ディーラーはその場に居た40代のきっちりとした服を着た青年に詰め寄っていた。
その男には本来、エクストラゲームを発動する権限は無い。
だがそれでも彼には「最高幹部会の一員」と言う権限が有った。
その為ベテランであるディーラーの居ないコントロールルームでは彼に逆らえる者が居なかったのだ。

「ディーラー、で今は良いのかな?君は甘いんだよ。そう言えば君は穏健派だったね。
 だからこんなに詰まらない策ばかり使う。後は私に任せたまえ。「ゲーム」も優希様も私が全て解決してみせるよ」

気障ったらしくフフフと含み笑いをして喋る過激派の幹部に、ディーラーは内心で唾を吐いていた。
大体このエクストラゲームは失策である。
完全にあの3番に乗せられていた。
それでも観客に質問の方の内容を明かさなかったのは、まだマシである。
質問の方も通していたら、彼等を止める術は無かっただろう。
だが、3番の提案した追加ルールは拙い。
途中から見ただけの過激派の幹部は気付いていないのだ。
しかしもう「ゲーム」は彼の手を離れ始めていた。

(最後の、役目だけは果たしておくか)

もう自分では収拾出来ない。
そしてボスも此処へと向かっているとの連絡があったらしい。
だから金田はディーラーに長時間の小言を披露したのだ。

(時間が、合わなかったとは)

「組織」の人間達が自分の足を引っ張っていた。
手袋をした手を握り締め、歯軋りで歯が欠けそうになる。
ディーラーには自己の破滅の足音が近づいて来るのを感じるのだった。





挿入話7 「不和」



燃え盛る炎の壁の傍にある床の穴は見る間に閉じて行く。
彼等はその穴の向こうに消えていった。
その穴を再度開けようにも炎の壁が放つ熱はかなり強く、近付く事さえ許してくれない。
彼女の手にはこの「ゲーム」で一番長く一緒に居た男が、ずっと持っていた筈のバックパックが握られていた。
それは実際に重いのだが、その本来の重量以上に彼女には感じられたのだ。

「早鞍…あたし、あたしっ!ごめ、御免なさいっ!」

かりんは自分が罠を起動させてしまった事に気付いていた。
自分が背負う荷物が、壁のスイッチを触ったのである。
それで落ちたのが自分ではなく、ずっと守ってくれていた人だったのだ。
だから混乱した。
もう此処で償いに死んでしまっても良いとまで思ってしまったのだ。
その彼女を現実に戻したのは線の細い女性である。

「北条っ!此処で止まらないで!今逃げないと、私達は狙い撃ちよっ!」

今は何故か炎の壁の向こうから鉛玉が飛んで来ないが、何時撃たれてもおかしくない状況なのだ。
だから麗佳は無理をしてでもかりんを引っ張って行く必要が有った。

「早鞍さんは必ず上がって来るわ。だから私達は生き残らないといけないのよ!」

重ねて言った言葉にやっとかりんが目を覚ます。
まだ身体は震えているが、しっかりと胸のバックパックを握り締めて頷きを返したのだ。

「よしっ、此処を早く離脱しよう。葉月さん、行きましょう」

御剣が周囲の全員に言い放つ。
葉月が炎の壁を見たまま放心していたので、彼には特に話しかけたのだが、彼はそれでも耶七を背負ったまま固まっていた。

「葉月さん?早く移動しないと拙いんです。行きましょう!」

炎による皆の精神的ショックは御剣が思ったよりも大きい様である。
葉月だけでなく愛美や姫萩も炎の壁を見詰めて放心していた。

「葉月のおじ様、しっかりして下さい!この子達を見殺しにするつもりですか?!」

文香の言葉にやっと我に返った葉月達は、移動を開始する。
その彼等の先頭に立って移動する御剣は嫌な予感を感じていたのだった。

暫く歩くとPDAの地図通りに5階への下り階段がある階段ホールへと辿り着く。
彼等は此処で意見を対立させていた。

「何で助けに行かないんだよっ!早鞍達が首輪してるのは判ってるだろっ!」

「だから、それを言ったら総一君達だって危ないでしょ?何も下がすぐに進入禁止に成る訳でも無いでしょうし。
 彼等が上がって来るのを待った方が良いわ。こちらに耶七君が居る以上、身動きが取り辛いのよ?」

「だからって、あいつ等を見捨てて良い理由に成んないよっ!」

かりんの剣幕には文香も参っていた。
彼女にはもう理屈ではないのだろう。
だからと言って彼女1人だけを5階に行かせる訳にはいかなかった。
兵隊が何処に何人居るのか判らない以上は単独行動は危険なのだ。
それに彼等には外原達を助けに行く事に反対する理由が他にあった。

「その、兄も危険ですし、それに彼が言ったのですよ。一旦6階に行って休もうと。
 私はもう疲れましたし、皆さん一度何処かで休みませんか?」

「巫山戯るなっ!人の命が懸かってるんだぞっ?!自分だけ助かれば良いって言うのかっ!」

空気を読まない愛美の発言は、かりんを激しく興奮させた。
大半が首輪が外れている為、危険なのはあの兵隊達である。
その上に一部の者は首輪が問題と成っている事も、かりんはしっかり理解していた。
だから御剣達が言うのなら判る。
しかし首輪も外れて安全な筈の愛美が言うのは、かりんには納得出来なかったのだ。

「そんな事言っていませんっ!私は皆様がこのまま行っても疲労で倒れてしまわれてはいけない、と申しているのです。
 大体このまま下りたら御剣さん達も危ないのは文香さんが言われているではないですか。
 何故そう自分の事しか考えられないのですか?」

正論の様で、結局愛美は自分と、そして兄の事しか考えていない。
兄が拘束されたまま危険な5階に下りるのは断固反対だった。
だから彼女はその為に言い訳を乗せて行く必要が有ったのだ。

「それにあの外原さんはおかしいです。色々と怪し過ぎます。何故彼はあのエクストラゲームを反対したのですか?
 彼の言葉が信じられません。あれを賛成していれば、私達は全員助かったのですよ?
 こんな無駄な争いも、もしかすると意味があるものだったかも知れないのです。
 それなのに、それなのに外原さんは、皆様の命を鑑みず反対されました。
 大体優希ちゃんも何故こんなに狙われるのでしょうか?渚さんも時々態度がおかしいです。
 本当に彼等は私達を助けるつもりがあるのでしょうか?皆様は彼等を信じられるのですか?
 それにあの焼夷弾だってそうです。もし私達の方に来てたら、丸焼けだったんですよ?!」

最後の焼夷弾の所では葉月や姫萩までもが頷いていた。
それは守られるだけの彼女だったからだろうか。
ずっと周りを見続けて来たから、その違和感を感じ取っていたのかも知れない。
だがその言葉は一番彼女が言うべきでは無いものだった。

「愛美さんっ!あんたはな…」

「北条、待って。愛美さん。貴方の言う事も判ります。それでも私には彼等を見捨てる選択は有り得ません。
 御剣、文香さん、葉月さん。貴方達の意見はどうなのでしょうか?」

かりんの言葉を遮り冷静に告げた麗佳の問いに、まず答えたのは文香である。

「正直、愛美さんの疑いは尤もね。でもターゲットである優希ちゃんを奪われたら、困るかも知れないのは確かなのよね」

「何故ですか?!あのエクストラゲームは発動してませんし、もしゲームが賛成だったとしてもこちらにペナルティは有りません!」

「それは、そうなんだけど、ね」

愛美の捲し立てる様な問い詰めに文香が口篭る。
優希を確保しておく事で敵のボスを誘き出すつもりです、などとは言えないのだ。

「僕も今すぐ下りるのは反対だよ。文香くんの言う通りであるし、愛美さんの疑いも尤もだ。
 皆、疲れているんだよ。一旦休むのに賛成だ」

「葉月さん…。なら皆さんは、この6階の何処かで休んでいて下さい。
 俺が北条さんと5階に下ります。優希が心配ですし」

「御剣さんっ。私も行きます」

「咲実さんは皆と一緒に居てくれ。進入禁止の時間が何時来るか判らない以上、危険なのは変わらないんだ」

御剣の提案に乗ろうとする姫萩を御剣は止める。
確かに彼等には進入禁止に成る時間が判らなかった。
文香のPDAにそのソフトウェアが入っていたのだが、それは4階で破壊されている。
PDAがある内に5階に居た時には、その進入禁止時間を確認していなかったのだ。

「総一君が無理をする必要は無いんじゃないか?君も疲れているんだ。彼等が昇って来るのを待とう」

葉月は御剣の首輪も心配だった。
御剣の朗らかな性格は彼に好印象を持たせていたのだ。
しかし御剣の朗らかさは自分を捨てている事で成り立っていたものであり、この建物内では異質である。
姫萩に気付かされた今の彼は以前の様に明るいだけでは居られなかったが、やはり第一印象と言うものは大きいのだろう。
だが、その葉月の言葉に御剣が反論をする。

「優希だけでも助けたいんです。彼女には罪はないじゃないですか。それに渚さんも俺達を助けてくれてます。
 見捨てるのは酷いと思うんです」

「でも渚さんが突然、人が変わった様に成るのは本当ですよね。
 御剣さんはご存じ無いかも知れませんが、十字路で襲われた時、渚さんは手馴れた感じで手塚さんを退けていました」

「咲実さん?君まで…」

御剣は姫萩が渚を疑ったのが信じられなかった。
ずっと一緒に助け合って来たではないか、と愕然としたのだ。
そしてずっと我慢していたかりんがとうとう爆発してしまう。

「お前等っ!好い加減にしろよっ!!何なんだよっ、皆してあいつが怪しい、こいつが怪しいってさっ!
 だったらお前等全員怪しいぞっ?!何でこんな「ゲーム」に参加させられてるんだよっ!
 それでも、それでも皆で生き残ろうって、頑張って来たってのに。何でっ、どうしてそんなに疑えるんだっ!
 あたしだって、自分の命は惜しいし、かれんの為なら何だってしてやるって、考えてた。
 だけどこんなのって、あんまりじゃないかっっ!!」

かりんは涙を流して彼等を非難した。
彼女は最初、皆が当然外原達を助けに行くと疑っていなかったのだ。
それがこの有様である。
「ゲーム」としては本来あるべき姿なのだが、それが今の彼女には辛過ぎたのだ。
かれんの為に誰も信じず、自分の周りの他人を排除して生きて来た彼女が、この建物内で助け合おうと頑張って来た。
自分や妹だけでなく他人の命についても考えて来た。
それなのにこの仕打ちである。
その感情が暴れだして彼女はパニック寸前だったのだ。
麗佳は泣きじゃくるかりんの両肩を後ろから掴んで引き止めてから、御剣達を静かな目で見詰める。

「皆さんは早鞍さん達を御疑いの様ですね。それで、本当に彼等を見捨てるつもりですか?」

「そ、そうは言っていないだろう?疑わしいのは確かだが、それでも僕等の首輪が外れるのに貢献してくれたんだし。
 でも我々は此処で休む予定だったんだ。無理は禁物だよ」

(その早鞍さんは丸1日殆ど休まずに、皆の、特に愛美の首輪解除に奔走していたのに?)

葉月の言葉に皮肉が口を吐いて出そうに成るが、何とか感情を抑えた。
此処で言い争いをしても時間の無駄なのである。
だから彼等を動かすのは時間制限しかないと麗佳は考えた。

「一旦休んでいては尚更進入禁止時間の危険性が増すだけです。
 助けに行くなら今すぐで成ければ意味が有りません。
 それとも色条だけは首輪が外れていて大丈夫だから、問題は無いとでも?」

「しかしだね…。正直言って、その、早鞍さんは、怖いんだよ…。
 平然と銃を扱っているあの姿を見ていると、何時殺されるか気が気では無くてね。
 大体普通じゃないだろう?人に向けて銃を撃つなんて…」

麗佳の正論に葉月はしどろもどろで反論をする。
葉月は愛美の発言を受けて、その意見に傾倒していたのだ。
しかしこの発言に麗佳は一瞬我を忘れかけた。

(何を言っているの、この人は?もう自分が私に銃を向けた事も忘れているの?)

3階で手塚との邂逅後に彼等が麗佳を敵と勘違いして、牽制とは言え葉月は拳銃を撃っていた事がある。
彼女としてはあれはとても困った事態だったので良く覚えているが、葉月はすっかり忘れてしまっている様だ。
この理不尽さに麗佳は頭が沸騰しそうだったが、今も両手に感じる細かく震えて怒りを抑えるかりんのお陰で冷静に戻る事が出来た。

「敵が攻撃して来るのでは応戦するしかないでしょう。それをしなければこちらが殺されているのです。
 貴方は銃で攻撃して来る相手に、何もせず殺されろとでも言うつもりですか?」

「だから、何故そこまで突っ掛かって来るのかね?
 僕はこのままではだね、まともな判断や行動が出来ないと言っているんだよ。
 今だって冷静に成り切れていないじゃないか」

(まともな判断?彼等が出来ているとでも言うつもりなのかしら?)

素直な疑問だったが、流石にこの喧嘩を売るだけの言葉は飲み込んだ。
しかしこのまま時間を浪費する訳にはいかない。
何時来るか判らない兵隊の脅威に、麗佳は少しずつ焦り始めていた。
話が膠着状態に入った時、かりんが静かな口調で話し始める。

「…もう良いよ、矢幡さん。こいつ等結局自分だけが助かれば良いんだ。
 今危ない人間は疑わしいとか理由つけて、危険な事から逃げたいんだよ。
 あんた等の手なんか借りない。あたしは早鞍も優希も、ついでに渚さんも助けるっ!
 精々他人を見殺しにして助かって、悦に浸ってろっ!!」

最後は吐き捨てる様に言ってから、かりんは麗佳の手を振り解いて階段の方へと歩いて行く。
突然の行動に麗佳は釣られて彼女を追い掛けた。

「ちょっと北条?!待ちなさいっ!」

「そんな事言っ…」

「総一君、逃げるわよっ!あいつ等、引き返して来たわっ!」

言い訳を紡ごうとした御剣を、周囲を警戒していた文香の叫びが遮った。
引き返して来たと言うのは、最初にこの階段ホールを後にした通路から来ていると言う事だ。
今の状態で彼等とやり合うのは危険だと感じた面々は階段付近で慌て出す。

「早くっ!逃げるわよ、皆」

文香の言葉にやっと動き出した御剣達は、彼女を先頭に更に奥の方へと逃げて行くのだった。

回収部隊の銃撃はホールに残っていた御剣達を追い立てた後、階段へと逃げた麗佳達に向けられる。
彼等の目的はあくまでも優希であり、その間に居る者達には元々興味は無いのだ。
カジノ船ではエクストラゲームが発動されているので、今彼等は堂々と行動が出来る。
今までとは違い時間制限が無い事が麗佳達にとっては不利な状況と成っていたのだ。
彼女達は一旦踊り場の折れ曲がった所で応戦していたのだが、そこに手榴弾を投げ込まれたので、階段下まで撤退していた。
瓦礫塗れの階段は格好の遮蔽物だったが、それはどちらにも恩恵がある。
その為に牽制で撃ち合っては居るが、どちらもこの場で止まってしまっていた。

「確実に不利ね…。北条、余り顔出さないの。撃たれるわよ」

「でも牽制しないと寄って来ちゃうよっ」

かりんの言う事は正しいのだが、彼女の場合は多少の怪我を押してでも実行しようとするのが麗佳には心配だったのだ。
この2日以上に渡るこの「ゲーム」でかりんに大きな傷は無いものの、掠り傷が無数に付いている。
容姿も整っており、大人しくして居れば可愛いだろうに、これでは本当にただの悪ガキにしか見えなかった。

「牽制もするけど、余り撃ってると弾切れに成って打つ手が無くなるわ。貧乏みたいで嫌だけど、節約はしないとね」

「貧乏で悪かったねっ!どうせお金が必要ですよーっだっ。
 うん、でもまあ、控えとく。
 そういや、矢幡さんって金持ちそうだよね?落ち着いてるし」

「そうでも無いわ。私もどちらかと言えば貧乏性かしらね?」

貧乏なのと貧乏性なのは全く違うのだが、彼女はかりんにそう返す。
落ち着いているのが金持ちそうというかりんの意見もおかしいが、麗佳は突っ込まなかった。
それにその貧乏性のお陰で手塚も引かせる事が出来たのだ。
2人は楽しく会話している様ではあるが、彼女達の精神はギリギリである。
圧倒的に武力の高い相手がすぐそこに居り、自分達ではこれを排除する事は不可能に近い。
つまりは絶体絶命の状態だったのだ。
だが麗佳は此処を引く気は無かった。
引いたらかりん共々殺されてしまうのは明らかなのだ。
階段ホールは広いから、逃げている間にホール内という遮蔽物の無い広い場所で狙い撃ちに成ってしまう。
それだけは食い止めなければ成らなかった。
牽制を続けながらも考えるが良い手が浮かばない。

(やはり私はこういう事には向いていないのかしら)

「矢幡さん、って言うのは何だから、麗佳さんって呼んで良い?」

少し自己嫌悪に陥りそうに成っていた麗佳にかりんの声が掛かる。
牽制射撃を繰り返しながらの突然の問いに麗佳はすぐに答えられなかった。

「あ、はは、やっぱり慣れ慣れしいかな?矢幡さんとも仲良くしたいな、って思っただけなんだ。
 御免、迷惑だよね」

「早とちりしないで。ただ、いきなり言われたから吃驚しただけよ。
 ええ、構わないわ。何なら早鞍さんの様に呼び捨てでも構わないわよ。私もかりんって呼ぶから。
 あっ、それと私はもう仲良しのつもりだったんだけど、かりんは違ったの?
 酷いわね、私の独り善がり?」

彼女の牽制射撃は必要な時に最小限しかしていない。
その合間にかりんに返答を紡いだ。
麗佳の返答にかりんは喜んだり恥ずかしがったり、恐縮したりとコロコロ表情を変える。
その様子がこんな緊迫した場面であるのに、麗佳にはおかしくて堪らなかった。

「う、うんっ。じゃあこれからは麗佳って呼ぶな?えへへ、かれんに自慢してやるんだ。
 今まで、お姉ちゃんは友達の居ない寂しい人、って言われてたからなー。見返してやるっ!」

本当に嬉しそうに言うかりんを見て、麗佳は外原の気持ちが少し判った気がした。

(こんな子なら、どうやってでも帰してあげたく成るわよね。
 …本当、昔の私って嫌な女だったわ)

外原の背中を見詰めながら『いつか化けの皮が剥がれる』などと思ったのが、麗佳には遠い昔の様に感じられた。
何か理由が有るのだろう外原、かりん、そして優希。
もしかしたらあの渚も何かを抱えているかも知れない。
それでも麗佳は彼等を信じようと思った。
そして彼等と一緒に生き残ろうと、今まで曖昧だったものを確固とした意志で以って決めたのだ。

「かりん、もう少し頑張って貰える?何か考えるわ」

「もうちょっととか言わなくても、弾切れまでは頑張るよっ!」

「だったら尚更。調子に乗って撃たない様にしなさいよ」

「へーいっ」

かりんの元気な返事に少し微笑みながら、麗佳は思案する。
武装が少ないのは仕方が無い。
他に何か無いか、と彼女はPDAの画面を見てみる。
地図の画面は5階を映しており、その中にある動体反応は自分達だけのものしかない。
既に全員が眠って静かにしている外原達の反応はPDAには出て来ないのだ。

(早鞍さんは何処?死んでは、いないわよね?)

プレイヤーカウンターの入っていない彼女のPDAでは生存確認は出来ない。
だから不安に成ってしまうが、彼等の生存を信じるしか無いのだ。
PDAの地図画面を6階に変更すると、階段付近に1つの動体反応があった。
相変わらず回収部隊の動体反応は検知出来ていない。
たった1人で回収部隊に近付くこの動体に麗佳は頭を悩ませた。

(敵の増援?でも奴等なら映らないわよね。なら御剣達の1人が残った?)

彼女が悩んでいる内にその動体は階段の上までやって来る。
そして彼女の想像を超える出来事が起こったのだった。



4階で彼の首輪は無事外れた。
これでもう彼にとってこの「ゲーム」は終了である。
そうであるのに、彼は納得していなかった。
何故かは全く判らない。
何時もの彼なら、自分が任務を終えて命も助かっていればそれで良かった筈である。
今回の「ゲーム」に任務は関係無い以上、危険な首輪が外れた時点で後は73時間の経過を待つだけなのだ。
首輪もPDAも無い彼には何も出来ない様にも思えたのだが、考えて見れば此処に居る者は全員素人である。
あの兵隊達に彼等が対抗し切れるのか。
普通に考えて無理だろう。

「もう少し、頑張ってみるか…」

彼らしくない結論。
それでも良いと思えてしまう何かが有ったのだ。
彼等と別れてから久しぶりに美味いタバコを吸っていた高山は、その吸殻を足元で踏み消すと5階への階段を目指したのだった。

高山が階段に辿り着いた時は、少し前に彼が通った時と何も変わりは無かった。
未だ耶七も起きていない時間であったし、回収部隊も引いたままである。
隔壁に空いた大穴を潜り抜けて階段を昇り5階へと辿り着いた高山は、次にどうするかを考えた。

(やはり此処は拠点と6階の装備を回収するべきだな)

プロとは言え、武器が無ければ武器を持った素人にも殺される。
それは戦場でも必然の事であった。
対抗手段は有った方が良い。
情報は必須だ。
そして油断は最大の敵である。
武装と情報を求めて、彼は一旦拠点に寄って余っていた武装を回収してから6階を目指した。
辿り着いた階段は以前彼が爆破した階段である。
階段周辺を調べてから問題が無い事を確認すると、徐に昇って行く。
何の妨害も無く6階まで辿り着いた彼は訝しげに周囲を見渡した。

(何の妨害も、人の気配すら無いとは。やはり狙いは色条か陸島、と言う事か?それとも首輪をした者?)

全く姿を見せない回収部隊の目的が判らない高山には答えが出せない。
それでも彼は最初の目的を果たす為に、6階を徘徊するのだった。

高山が再度その階段にやって来たのはただの通過点でしかなかったからである。
彼は1つの通路から行ける部屋を全て調べて、武装や道具を回収していた。
途中で一旦睡眠を取り、食事をしてから探索を続ける。
その先が行き止まりだったので階段ホールまで戻って来たのだ。
階段ホールへと近付く彼の耳に銃撃音が聞こえて来ていた。
誰かが戦闘をしている様であるが、此処で有り得るのはあの兵隊達か手塚である。
彼はPDAを持たない為、エクストラゲームについては全く知らされていない。
だから、普通にあの兵隊達に彼等が襲われているだけだと考えたのだ。
彼が階段ホールを覗いても誰も居ないので、そのまま銃撃音が続けて聞こえる階段に近付いた。
するとそこには更に階段の下の方へと攻撃を仕掛けている兵隊達が居たのだ。
階段の先は折れ曲がっていて判らないが、多分外原達が居ると彼は判断した。

(早急に排除する必要有り。だが奴の前で殺しは拙いか?…ではどうする?)

高山は今まで拾って来た武装を漁って必要なものを取り出して行く。
そして行動を開始した。

階段の出口横の壁に1つの円筒形の缶をテープで貼り付けて、安全ピンにワイヤーを括りつけておく。
準備を終えた高山は階段上部の脇から身を乗り出してアサルトライフルをオートモードで掃射した。
何名かの手足に軽い傷が入った様だが、これでは足止めすら出来ない。
兵隊達も高山の存在を認識していたのか即時反撃を仕掛けて来た。
それを出口の陰に隠れてやり過ごしながら1つの缶を投げる。
これはただの煙幕であった。
相手の一部が彼の方へと昇って来るのを見てから高山は撤退を開始する。
彼が近くの柱の陰に隠れた時に彼等は6階に上がった様で、兵隊はそのまま高山の方へと銃を構えて迫って来た。
全く予期しない場所からそれはやって来る。
高山がワイヤーを引っ張って壁に貼り付けた缶の安全ピンを引き抜いた数秒後、彼等は斜め後ろから音響手榴弾の一撃を受けたのだ。
その衝撃で追って来ていた3名が昏倒した。

「くっ、また奴か?!総員、上の迎撃だっ!あと倒れた奴を回収しろっ!」

階段下まで響いた轟音に頭を晦ませながら部隊長が号令を掛けると、すぐさま全員が上に上がる。
その時高山は既に遠くの通路へと撤退していた。
避難した場所から半身を隠しながらアサルトライフルで狙撃を始める。
狙いは下半身。
足を潰せば追撃行動を始めとした行動速度が落とせるのだ。
何より下半身なら死に直結し難いのもある。
3点バーストで確実に1人1人の足を狙い撃つ。
何名かの悲鳴が聞こえるが、気にせず続けて、結果3名の足を貫いた。
そこで一旦狙撃を中止する。
彼等がこのまま引けば良し。
引かないなら、もう1人か2人を撃ち抜こうと思っていたが、彼等は素直に引き始めたのだ。
彼等が引いた通路の出口脇に移動してその先を覗いて見る。
どうやら相手は早々に撤退した様だった。
余りにも呆気ない終わりに少しの疑問が沸き起こるが、次の確認をしようと階段へと注意を向ける。
そこには既に2人の女性が上がって来ていた。

「高山さんっ!何故此処に?」

「あれ?本当だ。高山さん、下りたんじゃないの?」

麗佳には高山の性格上彼が上に残るとは思っていなかった。
続いたかりんの疑問は、ただ皆が下に下りただろうと言っていたから、そう思っただけなのだが。
高山はそれには答えず、階段ホールの途中で立ち止まり話しかけて来た彼女達に顎で促して通路へと移動する。
移動した通路は回収部隊が撤退した通路だった。
此処なら兵隊が来る事を監視しつつ、別の通路に回り込まれた場合でもすぐに通路に隠れられる位置なのである。

「それで、何故お前達2人だけなんだ?」

高山は真っ先にそれを聞いた。
彼女達が外原と一緒に居ない事が一番の疑問だったが、何よりほぼ全員が合流していた筈なのだ。

「早鞍さんは綺堂さんと色条の2人と一緒に5階に落ちたわ。1日目に耶七を落としたあの罠よ。
 それで彼等と合流したかったんだけど、御剣達に反対されたから話し合っていた所を、あいつ等に襲われたの」

麗佳の説明に隣でかりんが何度も頷いていた。

「私達は5階に居るだろう早鞍さん達を追いたいのだけど、さっきから動体反応が無いのよ」

「寝たんだろう。それくらいの時間だろう?」

高山の答えに麗佳はまさかとは思ったが、何らかの理由で休んだ可能性はあるかと思い直す。
そうなると彼等はトラブルを抱えているのだろう。

「では早く合流しないと」

「だが位置が判らんのだろう?止めておけ」

「高山さんまで早鞍が怪しいって言うんじゃないだろうなっ!」

麗佳の言葉に冷たく答えた高山へ、かりんは食って掛かる。
だが高山は動じる事無く応対した。

「あいつが怪しい、と言うかおかしいのは最初からだ。
 それよりも、位置が判らず無闇に探し回るのは得策ではない。
 問題は外原の首輪とあの兵隊どもだ。もし俺達も下りた後、此処で待ち伏せされてみろ。
 上がろうとしている間に制限時間が過ぎたら、首輪が作動するぞ?」

何時もの冷静な声で彼が説明をする。
確かに瓦礫塗れのあの階段は攻め難く守り易い。
それは先ほど彼女達が実感した事である。

「それとお前達も休んでいるのか?寝ていないなら、この付近で休んでおけ。
 何か有ったら叩き起こしてやる」

「…そう、ね。御願いするわ。かりん、少し休みましょう。
 彼の言う通り今は早鞍さんの退路を確保するのが最良みたい」

「ん。判った」

気落ちした様に答えるかりんの肩を叩いて慰めながら、彼女達は通路の端に移動する。
そこに2枚の毛布が投げられた。

「これを使え。足手纏いに成らない様に、しっかりと休めよ」

「有難う御座います。高山さん」

高山は言葉こそ冷たいが、随分と彼女達を気遣っている。
その事を理解出来た麗佳は、微笑んで彼に礼を言ったのだった。



何故首輪もPDAも無い2番が自分達を攻撃したのか。
回収部隊の部隊長は、先の襲撃後にディーラーの指示で受け取ったあの各プレイヤーの資料に誤りがあるのでは、と疑っていた。
その資料には2番は自己の生存以外には興味が無い旨が書かれていたのだ。
だがそれだとすると、先ほどの彼の行動の説明が出来ない。

「一体どうなっているのだ?相手はただの一般人だぞ?」

2番はプロなのだが彼等はその情報を得た今も、彼等と自分達は違うのだと驕っていたのだ。
そんな彼等も2名が命に係わる負傷をした後は、1名がスタングレネードを至近距離で食らい鼓膜を破った。
また1人は6番の攻撃で戦闘不能と成っていたのである。
この2人を退却させた代わりに、先の2名に付き添っていた部隊員が戻って来た。
これで8名は維持しているが、その内無傷なのは彼を含めて半分の4名である。
先の階段ホールで2番に狙撃されて3名が足に怪我をしているが、その内1名はもう歩けない様だ。
確実に追い詰める側の自分達が、目的も含めて追い詰められていた。
彼等の目的はある一定時間までにターゲットを保護する事である。
そうしないと「組織」の存亡に係わる事態が起きるらしいのだ。

「全員今は休息してくれ。3番が上がって来た時に階段ホールで迎撃しよう」

部隊長の作戦は無難と言えた。
彼等も働き詰めで疲労が溜まっていたのである。
だがその階段ホールには現在彼等を守ろうとする守護者が待機し続けていた。
その為彼等は早急に対処すべきであったのだ。
こうして誰も彼もがその好機を逃してしまっていたのだった。

回収部隊が休憩を終えて彼等が動き出したのは経過時間62時間の少し前である。
プレイヤーを検知する機械により、3番達が活動を始めた事に気付いたためだった。
まだ落とし穴の下にある部屋からは動いていない様だが、何時移動を始めるか判らない。
そしてそこから程近い爆破した階段を使う事は、時間的に考えても必然である。
歩けなくなった部隊員は残して、彼等は再度階段ホールへと向かう。
その通路の途中に御馴染みのワイヤートラップを回収部隊は発見した。
もう彼等は油断せず対処する様に考えていたので、トラップに気付いた後は触らずに先に進む。
一々解除していては3番に階段ホールを突破されてしまいかねないからだった。
まだ後幾つかの曲がり角を進まなければ成らない為であるが、これが彼等の過ちだったのだ。
彼等が三叉路を警戒して何とか辿り着いた時、次の曲がり角に誰かが居る事を確認する。
勿論それは彼等の持つ機械にも表示されているので、元々判っていた事であった。
しかし逆に高山には彼等の位置が判っていなかったのだが、この確認で高山にも兵隊達が三叉路まで辿り着いた事を知らせた事に成る。
その時、部隊員の誰も触っていないワイヤーがカットされた。
高山が遠くから、そのワイヤーに引っ掛かるワイヤーを手で引っ張ったのだ。
彼等が反応する時間も無く周囲でワイヤーに繋がっていた4つの手榴弾が爆発する。

「「ぎゃあぁぁぁ」」「「ぐおぉあぁ」」

爆発の衝撃と撒き散らされた破片で数名が傷を負う。
以前よりも巧妙に隠す為にかなり奥まった所に置いた所為で、その威力はかなり低く成っていた。
そのお陰で彼等は致命傷を免れていたが、それでもかなりの大怪我を負ってしまう。
部隊員2名がその爆発から本能的に逃れ様として三叉路に身体を出した途端に、高山から銃撃が加えられた。
悲鳴を上げて再び通路に隠れるが、彼等の手足は此処数日は使い物に成らないだろう。
しかも困った事に、この手榴弾で回収部隊の部隊長までもが重傷を負ってしまったのだ。
彼等は指揮官を失った事で撤退を余儀無くされたのだった。

だが「組織」の攻撃はこれで終わりではなかった。
三叉路のもう一方から手塚を襲った強襲部隊がやって来たのだ。
明らかに雰囲気の異なる者達に高山の顔が更に引き締まる。
見た目は余り変わらないのだが。

「隊長、奴が問題の2番です。どうしますか?」

「所詮は素人よっ。さあ、殺るぞっ、野郎共っ!」

「「「「うおおおおぉぉぉ」」」」

通路で雄叫びを上げて居る集団に高山は拠点に戻って回収していた『パンツァーシュレック』改を構える。
このバズーカには残弾が2発しかないがその威力は折り紙付きだ。
まだまだ遠い彼等に高山は迷わずにその引鉄を引く。
ガスの抜ける様な音と共にロケット弾が発射された。

「ロケット弾の接近を確認。緊急回避!」

部隊の先頭が後方へすぐに現状とその対処を指示する。
彼は隊長ではないが、部隊の要である先頭には緊急時の判断が認められているのだ。
これが回収部隊と強襲部隊の反応の差に成った。
先頭の指示を受けた各部隊員は近場の脇道へと素早く逃げて行く。
ロケット弾が彼等の遥か前に着弾した時も慎重に彼等は高山達の様子を見ていた。

「…これは、厄介だな」

本物のプロが来た事を高山は実感していた。
あそこまで冷静に対処されてしまうと言う事は、今後も罠などの簡単なものは期待出来ないだろう。

「高山さんっ!先ほどの音は何ですか?」

麗佳とかりんがロケット弾を放った音でこちらへと寄って来る。
高山は彼女達が起きた後から通路の先でこうやって罠の設置に勤しんでいたのだが、その途中で回収部隊を発見した為そのまま対処していたのだ。
だがその彼女達が此処まで来てしまった事は、高山にとって困った事態と成った。
彼女達に高山は淡々と事実のみを述べる。

「追加の兵隊だ。今までの奴等と毛色が違う。一旦此処から引け」

その言葉に2人共息を呑んだ。
高山が緊張を露にして居るのが何となく判ったのである。
そして言われるままに彼等は一旦後退を始めた。
プレイヤーの後退にも慌てず騒がず、強襲部隊は一定の歩調で罠に注意しつつ前進を続ける。
隊列を乱さずすぐに緊急に対応出来る心構えを忘れない。
兵士なら当然の事ではあるが、それを集団で実践、そして維持するのは中々難しい。
それを彼等は自然にやっている。
これが本当のプロと言うものだった。

「2番、8番、キングが停止しました。トラップは無し。突入しますか?」

高山達が一旦合流した時の事である。
彼等が撤退する直前の情報を副官に報告されて指揮官は少し考えた。
もたもたしているとターゲットに同行しているイレギュラーが上に上がって来るだろう。
特にあの2番が3番と、そしてジャックと合流されると面倒であった。

「よしっ、相手の武装は大したものではない。突撃しろ」

何人かの部隊員か死ぬかも知れないが、それも考えに入れての指令である。
また彼等には高山達を生かしておくつもりは無かった。
回収部隊と異なり、彼等の任務は優希の確保とそれ以外のプレイヤーの殺害だったのだ。
例外は無い。
渚や耶七も殺す事が彼等の仕事であるのだから。

突っ込んで来る部隊員に対して高山は死を覚悟した。
此処まで人を駒とされては、人数も武装も限られる自分達には打つ手が無い。
それでも被弾しつつアサルトライフルとグレネードランチャーと煙幕弾を駆使して、2つの曲がり角を後退するまでは出来た。
次を曲がればその先は階段ホールである。
その階段ホールで迎え撃つのが最後の砦と成るだろう。
彼はそこでロケットランチャーを使用し数名かを殺して数を減らそうと思っていた。
だが彼は女性2人の撤退の盾と成った為、既に身体は酷い事に成っている。
着ていた防弾チョッキは蜂の巣状態であり、何箇所か貫通して彼の肉体を直接傷つけている弾丸もあった。
またチョッキに守られていない手足にも幾つか銃創が出来ており、動かないほどではないが動かす度に激痛が走る。
幸い彼の見立てでは致命傷は無いが、それでもこの傷では彼のいつもの動きは期待出来なかったのだ。
そんな時である。
高山達が知らない所で事態が進んでいたのだ。

「隊長っ!緊急連絡ですっ!」

「何だ?今やっとあの2番を追い詰めているのだ。出来れば後にしろと…」

「それが、エース達6名を見失いました!また、6番が「エース」のエージェントと判明!
 こちらの早期排除も任務に追加されました!」

「な、何だとっ!「エース」がまだ動き回っているのか?!」

隊長はこの事実に驚愕した。
今までの「ゲーム」でも怪しい人物は居たが、大抵殺して終わらせている。
それはゲームマスターの役目であり、ディーラーの采配手腕でもあったのだ。
だが今回は色々と予想外の事態が起こり過ぎている為、対応し切れていない。
強襲部隊にこんな要請が来るのも本来はおかしいのだが、一番適任でもあったのだ。

「ちっ、仕方が無い。3番も上がって来た様だ。一旦引いて、隠れている6番どもを炙り出すぞっ!
 あと回収部隊の連中に連絡。2番は沈黙させた。あとはお前達でやれ、とな」

「はっ!」

指示を受けた部隊員の1人は敬礼をして部隊長に答える。
強襲部隊は高山の状態を良く判っていたのだ。
だからこそ、此処で仕留めて置きたかったのだが、この手柄は良い所の無かった回収部隊にくれてやる事にする。
そして彼等は御剣達を求めて通路を後退して行ったのだった。

さっきまで執拗に追い掛けて来ていた追加の部隊が波が引く様に退却して行くのを、麗佳とかりんは曲がり角に隠れて見ていた。
遥か遠くに消えて行った兵隊達が一気に距離を詰めて来るのではないかと警戒を続ける。
理由は判らないが本当に退却した様子に麗佳は困惑を隠せない。
全く理解の範疇を超えていたのだ。
それでも撤退していった強襲部隊の様子に、高山は漸く安堵しその意識を手放していた。
高山を手当てしないと成らないので、麗佳はかりんに監視を任せて振り返ろうとする
そんな彼女達に後ろから驚いた様な声が聞こえて来た。

「高山?!無事か!」

通路の壁に背を預けて意識を失っている高山のその向こうで、彼の惨状を見た外原が叫びを上げていたのだった。



「彼」との通信を終えたディーラーは溜息を吐く。
これから彼は「組織」のボスと話をしなければ成らない。
今回の「組織」そのものを揺らがせた事態は、彼の首1つでは収まらないだろう。
もしかすると「組織」そのものが瓦解する恐れもある。
もう彼は覚悟を決めていた。
だからこそ、最後の足掻きを始める事にする。
暫くすると彼に対して、秘密回線による通信が入って来た。

「ハロー、元気かしら?」

年を経た女性の声。
彼女は彼の旧知であるベテランのマスター候補である。

「元気では居られんよ。事態は聞いているか?」

「ええ、かなり酷い状態の様ね。それで私にどうしろって言うの?」

「そちらで衛生班を組織して欲しい。すぐに現場に向かえる連中だ。
 元々予定していた部隊は既に館内で拘束されている。だから今すぐ動ける連中が欲しい」

「何それ?そっちは聞いてないわよ?…まあ、用意する事は可能だけど、衛生班何てどうするの?」

彼女に対するディーラーの答えに、通信先の女性は驚きに目を見張る。
それでも彼女は彼に衛生班を用意する事を確約してから通信を終えた。
話を終えたディーラーは会場の各所を映しているモニターを眺める。
そろそろあの過激派の幹部が休憩から此処に戻って来るだろう。
それで自分の此処での仕事は終わりの筈だった。
沢山の命をこのモニター越しに弄んで来たディーラーが、今その「ゲーム」に命を奪われようとしている。
それが滑稽に思えて、ディーラーは不意に笑い出したのだった。



御剣達は回収部隊に追われて逃げ続けたが、彼等は結局追って来てはいなかった。
多分ターゲットの優希を狙っているから御剣達を見逃したのだろうと結論が付くが、これに御剣が動揺する。
優希を助けに行かなければと言い出すが、あの状態ですら逃げるしか出来なかった彼等が回収部隊に何が出来るのかと文香に諭されてしまう。
まずは休息を取る事だと御剣を言い聞かせて、文香は彼等を1つの部屋へと案内する。
その部屋は、地図上では普通は此処には来ないだろうと思われるような入り組んだ所にあった。
部屋自体はそれなりに広いが木箱や積み上げられた雑貨で殆どを潰しており、随分と狭く感じる。

「此処ならもう大丈夫よ。この部屋は多分、安全だから」

にこやかに話す文香に御剣達は訝しげな顔で応じるが、彼女は気にした風も無く言葉を続ける。

「まず休みましょうか?総一君、交代で見張りをしましょう」

文香の言葉に御剣も彼女を疑うだけでは駄目なのだと気付いた。
今は予定通り休息を取るべきなのだ。

「判りました。では俺が先に見張りをしますから、文香さんは休んで下さい」

「あら、優しいのね。んー。…じゃあ、お言葉に甘えさせて貰おうかしら」

御剣の気遣いに文香は少し悩んだが、彼の性格と自分の状態を鑑みて素直に受ける事にした。
既に活動時間が20時間近い自分より、4階で倒れて寝ていた御剣の方が活動時間が短いのもある。
だから御剣以外の人間がまず眠る事にしたのだ。
そうして彼等は予定通りに充分な睡眠を取る。
全員が休息を取った後に食事を行なった。
次にするべきは他の者との合流であるが、これにはやはり葉月や愛美が渋ってしまう。
彼等は他人が怖かったのだ。
そこまで渋られてしまうと、御剣達も強くは言えなかった。
だが、このままでは文香は困る事に成る。
出来れば優希だけでも確保して置きたかったのだ。
その為には絶対に協力者が必要である。
覚悟を決めた文香は一息吐くと周りの皆を見回してから、言葉を投げた。

「さて、と。葉月さん、愛美ちゃん。ちょっと此処の整理任せちゃって良いかしら?
 私達は奥を調べて見るから」

「ええ、判りましたよ。任せて下さい」

葉月の柔らかい返事に文香も微笑を返す。

「じゃあ、総一君、咲実ちゃん。奥の部屋を探索しましょうか?」

彼女はそう言って、奥の部屋へと入って行った。
乞われた御剣と姫萩も続いて中に入って行く。
残された葉月と愛美は縛られた耶七をそのままに部屋の整理を始めた。
そうは言っても全部をする訳ではなく、人が多少は快く居られる様に掃除をしたり邪魔な荷物類を移動したりなどである。
それもすぐに一段落して、彼等は飲み物を用意して寛いでいた。

「おい、愛美。トイレ行きたいんだ。縄解いてくれ」

寛ぐ彼等に耶七が突然要求を突きつける。
これに対して愛美ではなく葉月がその要求を蹴った。

「縛ったままでも出来るだろう?何なら僕が手伝うが」

「巫山戯るなよっ。何で他人に手伝って貰わないといけないんだっ!
 1人で出来るんだから、これ解けって」

「しかしねぇ。もう僕達と争わないと約束出来るなら解いても良いが…」

「くっ。…ああ、判った、約束するよ。あんた等とは争わない。これで良いだろ?」

葉月の要求に耶七は少し悩んだが、どうせ口約束である。
自分の命には代えられないのだ。

「それじゃあ、トイレで解こう」

そう言って葉月は耶七とトイレに入ってから縄を解いて、彼だけが外に出た。
葉月はそのままトイレの入り口で待機する。
そこに愛美から声が掛かった。

「葉月さん、すみません。ちょっとこちらの荷物を動かして頂けませんか?」

「うん?何かな愛美さん。おや、これは?」

葉月が見たのは荷物に囲まれている、埃はかなり被っているものの他の物資よりかは新し目の幾つかのランプが点いた機械であった。
この機械はこの周辺の電波に対してジャミングをしているものなのだが、それが何なのか葉月達には判らない。
愛美はその機械の周辺にある荷物を動かす事を御願いしていたのだ。
その荷物は機械を隠す為に態々積んでいたものだったので、それなりに重い。
葉月は一生懸命に荷物を横へと避けていく。
彼は愛美がこの機械を調べるつもりであると思っていたのだ。
しかしそれは異なり、葉月の作業中に愛美は耶七をつれてこの部屋を出て行っていたのだった。

部屋を出た耶七と愛美は、2人で当ても無く館内を徘徊していた。
彼等にはPDAが無い為館内の地図が判らなかったのだ。
耶七も記憶を頼りに歩いていたが、結局迷ってしまってしまう。
それでも縛られているよりかはマシだと耶七は自分に言い聞かせた。

「ふぅ、愛美助かったぜ。何時までもあんな縛られてたら、発狂しそうだぜ」

身体を解しながら礼を言う耶七へ、愛美は曖昧な笑みで返した。
彼女としたら兄への対応が不遇なのが気に食わなかったのと、文香と言う女性の不審さがあの部屋に留まる選択を放棄させたのだ。
それが正しい選択であったかどうかなど彼女には関係が無い。
兄がそれを望み、そして彼女もそれが良いと思ったから実行しただけだった。

(すみません、葉月さん)

唯一信じても良さそうな人物である葉月に、愛美は心の中で謝った。
彼を騙す様にして出て来たのだ。
少し心が痛んだが、それでも彼女は兄を選んだのだった。

「それじゃあ、首輪を外す方法を探さないとな」

耶七としてはそれが一番にすべき事である。
その言葉に愛美は頷きながらも不安を隠せないで居た。

既にその時間は40分に達しそうであるが、それでも彼等にはこれからについての展望が全く見えて来ない。
更に彼等が持つ武器は愛美の持つ38口径の回転式拳銃1挺のみである。
この状態で回収部隊に襲われれば一溜まりも無いだろう。
しかし愛美にこれを使うつもりは無かったし、もう兄にも戦って欲しくなかったので渡すつもりも無かった。
PDAも無いので自分達の位置も周囲の状況も判らない不安が彼等を追い詰めていたのだ。
彼等が徘徊中に何度もした会話をまた彼女は繰り返し始める。

「それで、お兄様。これからどう成されるのでしょうか?お兄様が他者を傷つけるのは反対ですよ?
 もう争いは止めましょう」

「しかしな、そうしなければ俺は死ぬんだ。
 どちらにしても俺のPDAは取り返さなくちゃな。
 首輪を外そうにもPDAが無ければ無理だし」

愛美の心情は判らないでも無いので、耶七もこの同じ話題に同じ様に返した。
首輪を未だ嵌めたままの耶七には、この6階の制限時間が残り5時間近くと迫って来ている。
彼は今までの「ゲーム」でも何度かセキュリティシステムを見て来たが、その陰険さと非情さは目を見張るものがあった。
あれを逃げ切る事は不可能だろうと、耶七にさえ思わせてしまうものなのである。

「首輪ですか?確かにそのままでは拙いのですよね。でも解除条件の為に8人も殺すのは賛同出来ません。
 何か、他に方法が無いのですか?」

「あるにはあるが、その為にはPDAとソフトウェアが必要なんだよ。
 だからPDAは必須なんだ。けれど今のPDAは全部バッテリーが心配だ…。
 くそっ、手塚にバッテリーチャージャーを渡してなければっ!」

今更悔やんでも戻らない過去が恨めしい。
そんな彼の態度に愛美も歩きながら頭を悩ませる。

「早鞍さん、ですか」

結局結論はそこに行き着いた。
愛美が耶七から聞いた話に寄れば、耶七の行動を逐一阻害したのは彼である。
7番のPDAを奪ったのも彼。
そして自分のPDAを破壊する様にさせたのも、外原である。
最後のものは麗佳の首輪を外す為に必要だったのだから仕方が無いのだが、今の彼女にその考えは無かった。
だから愛美には彼が全ての元凶としか思えなく成って来ていたのだ。

「あの人が、早鞍さんが賛成に投票していれば、お兄様は助かっていたのに…」

「愛美?」

俯いて暗い声を出す愛美はこれまでの会話パターンとは異なっており、その様子に耶七は嫌な予感がしていた。
昔から両親や親戚達からも大切にされて成長して来た愛美は日頃は大人しいが、一度爆発すると感情が抑え切れなく成る。
それは耶七自身もそうなのだが、彼女の場合は極端にいきなり飛ぶので周囲が歯止めを効かせ難いのだ。

「何でしょうか?お兄様」

「あ、いや、良いんだ」

耶七の問い掛けに上げた顔はにこやかに微笑んでいたので、彼は今はまだ大丈夫だろうと油断をした。
そこにいきなり彼等以外の声が掛かる。

「愛美、耶七。どうしたんだ、こんな所で?」

その声聞いた2人は、ビクッと小さく震える。
耶七達が声のした来た方を向くと、そこには先ほどまで話題にしていた人物が女性達を連れて立っていた。
彼等は耶七達から20メートルくらい離れた距離に居る。

(あの人が居なければ、こんな事には成らなかった…)

思考がおかしい事に愛美本人は全く気付いていなかった。
或いはこの「ゲーム」に感化されたのかも知れない。
外原が居なくなれば全て上手くいくかも知れない、と考えたのだから。
愛美は耶七に黙ったままで数歩ほど外原達に近付いた。
彼女の目にはもう憎き敵しか目に入っていない。
そしてその「敵」に彼女が唯一持っていた武器、回転式拳銃の銃口が向けられたのだった。


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