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No.4919の一覧
[0] ハッピーエンドを君達に(現実→シークレットゲーム)【完結】[None](2009/01/01 00:10)
[1] 挿入話Ex 「日常」[None](2009/01/01 00:05)
[2] 第A話 開始[None](2009/01/01 00:04)
[3] 第2話 出会[None](2009/01/01 00:05)
[4] 第3話 相違[None](2009/01/01 00:05)
[5] 挿入話1 「拠点」[None](2009/01/01 00:06)
[6] 第4話 強襲[None](2009/01/01 00:06)
[7] 第5話 追撃[None](2009/01/01 00:06)
[8] 挿入話2 「追跡」[None](2009/01/01 00:07)
[9] 第6話 解除[None](2009/01/01 00:07)
[10] 挿入話3 「彷徨」[None](2008/12/20 20:05)
[11] 挿入話4 「約束」[None](2008/12/10 20:01)
[12] 第7話 再会[None](2009/01/01 00:07)
[13] 第8話 襲撃[None](2009/01/01 00:08)
[14] 挿入話5 「防衛」[None](2009/01/01 00:08)
[15] 第9話 合流[None](2009/01/01 00:09)
[16] 挿入話6 「共闘」[None](2009/01/01 00:09)
[17] 第10話 決断[None](2009/01/01 00:09)
[18] 挿入話7 「不和」[None](2009/01/01 00:10)
[19] 第J話 裏切[None](2008/12/19 04:13)
[20] 挿入話8 「真相」[None](2008/12/20 20:40)
[21] 挿入話9 「迎撃」[None](2008/12/20 20:07)
[22] 第Q話 死亡[None](2009/01/01 00:10)
[23] 第K話 失意[None](2008/12/25 20:01)
[24] JOKER 終幕[None](2008/12/25 20:01)
[25] 設定資料[None](2008/12/24 20:00)
[26] あとがき[None](2008/12/25 20:02)
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[4919] 第10話 決断
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/01/01 00:09

そしてエクストラゲームの投票結果が出たのだった。

「早鞍さんっ!何故っ?!」

麗佳の叫びが部屋の中に響き渡る。
彼女の持つ物を含む全てのPDAの画面には、賛成2と反対が6と出ていた。
と言ってもこれを見られるのは彼女以外は俺と手塚しか居ないが。
俺は反対に投票した。
だから最初から結果は決まっていたのだ。
スミスは言っていた。
「賛成票が半数を『越えれば』エクストラゲームが始まる」と。
つまりイーブンなら、エクストラゲームは「しない」のである。
だから8つしかないPDAの内4つを保有する俺が反対に入れてしまえば、エクストラゲームは開始出来ない。
スミスへの提案で俺が賛成に投票するだろうと思わせたのも、油断をさせる為だった。
部屋の中の皆も麗佳の剣幕に、投票の結果に気付いた様だ。
PDAを笑顔で渡してくれた姫萩の顔も驚愕に変わり凍り付く。

「何故ですかっ!御剣さんだけでなく貴方も死ぬんですよっ!」

姫萩の叫びが空しく響くが、結果は覆らない。
結果が出て少ししてからスミスが出て来ると、落胆した様子で話し出す。

「そんなぁ、良い提案だと思ったんだけどなぁ。
 酷いよぅ外原くん。あんな提案するくらいだから賛成だと思ったんだけど。
 だったら仕方が無いから、首輪は自力で外すんだねぇ!
 それじゃぁ、がんばって~~」

手を振って画面の横へと歩いて出て行く化け物。
完全に姿が見えなくなった後、PDAの画面は待機状態に戻る。
部屋の中は奇妙な静寂に包まれたのだった。

その静寂を打ち破ったのは無粋な笑い声であった。

「ぶぁはははっ、お前っ、賢明だよっ。プロとやり合うなんて自殺行為も良い所だしなっ!」

耶七の馬鹿笑いが響き渡る中、持っているアサルトライフルを抱え直した。

「何を呆けているんだ。6階へ上がるぞ、奴等に関係無くゲームは続いているんだ
 そして、奴等は投票結果に関係無く襲って来るだろう。戦闘準備も怠りなくしておけ」

静かに告げる。
だがこの言葉に皆の心が決壊した様だ。

「戦闘準備って何と戦うんですかっ!今反対したのは貴方でしょうっ」

「早鞍さんっ、戦うと言うなら何故賛成しなかったんですかっ!」

「早鞍、お前死ぬんだぞ?!生きろって言ったの、お前じゃないか!!」

姫萩、麗佳、かりんと次々に俺を責めて来る。

「早鞍さん、私も納得いきません。どうせ戦うのであれば、何故反対したのですか!」

プルータス、じゃなかった、渚お前もか。

「あのな、今言った様に賛成しようが反対しようが奴等は襲って来る。
 奴等の目的は多分、優希だろう。あの俺の条件を無条件で受け入れた事からも明白だ。
 ただ奴等は観客に体裁を繕いたかっただけの話だ。投票結果なんて意味無いんだよ。
 もしかすると今も、観客には賛成多数でしたって言ってるかも知れないな」

もしかするとではなく、絶対にそう言う映像を流しているだろう。
そうする事で違和感無く強襲部隊を「ゲーム」に割り込ませる事が出来るのだから。

「だったら賛成して、皆さんの首輪が外れる可能性を持った方が良いじゃないですかっ!」

「そうだっ」「何でなのっ?」

と口々に言い募ってくる。
既に決まった事だと言うのにしつこいものだ。
好い加減うんざりして来たので、周囲を一喝しておく。

「巫山戯るなっ!貴様等、そんなに俺に人殺しをさせたいのかっ!!」

俺の言葉に、部屋を再び静寂が支配したのだった。





第10話 決断「5個の首輪が作動しており、5個目の作動が2日と23時間の時点よりも前に起こっていること」

    経過時間 55:28



何とか静まったか。
極論ではあるが、インパクトは出せた様だ。
俺は皆に向けて静かに話し出す。

「正確に言えば、俺に自分から人殺しをしますと宣言しろ、と言うのが良かったかも知れないがな。
 俺が反対したのは、賛成すればそれは、襲い来る奴等を殺してでも首輪を外すと。それを認めるという事だ。
 それは俺の3名を殺す、って解除条件を積極的に満たそうとするのと何が違うんだ?
 少なくとも反対であれば、襲い掛かって来るのは奴等の都合。つまりは、望んで戦うか望まず戦うかの違いだな。
 些細な違いなのかも知れない。だが俺には許容出来なかった。
 お前達それぞれの選択が間違っていると言う訳じゃない。
 言っただろう?好きにしろ、と」

俺の言葉が終わっても皆は静まり返っていた。



依然危険は近付いて来ている。
これは強襲部隊だけでなく、未だに残っているだろう回収部隊とそして進入禁止の制限もあった。
その為皆にはきちんと現状を理解して貰い、早目の移動を促したのだ。
しかしエクストラゲームを反対した事により、一瞬見えた希望が潰えたのが精神的なダメージとなったのか皆の動きが鈍い。
落ち込むなら首輪の外れない耶七や御剣なのだろうに、そうではない人間がこれに憤慨するのはお門違いにも思えて来る。
心配するならもっと別の事にして欲しいものだ。
それでも出発しようと準備していたら、今度は御剣と姫萩が言い合いを始めていた。
PDAは俺が持っているし、いきなり壊される事は無いだろう。

「そんな事より、やっぱり皆は下に下りた方が良いと思うんだ。
 ターゲットの優希は仕方が無いにしても、首輪の無い皆がこれ以上危険な真似をする必要は無い」

「そんな事、ですって……?」

御剣の言葉に姫萩が低い声で呟く。
何か裏モード入った感じで怖いですよ?

「総一君。前にも言ったけど、貴方達の首輪を外す方法を探すなら人数が多い方が良いでしょ?」

「俺なんかに構っている暇があったら――――」

文香の言葉にも反論する御剣。
だからそんな事を言ったら拙いと思うのだが、御剣は御剣でしかないのだろう。
俺のそんな思いを余所に、とうとうと言うか必然の事態が起こってしまったのだった。

    パァーン

その小気味良い音は御剣が姫萩に平手打ちされた音であった。

この部屋に居る全員が沈黙して御剣と姫萩に注目する。
俺は内心穏やかでは居られなかった。
思ったよりも御剣と姫萩の不和が早い。
まだ文香に真相を聞く前の筈なのに姫萩はこんなにも御剣に不満が溜まっていたのだろうか?
皆の視線があちらに向いている内に、ポケットから1つのPDAを取り出した後、機能画面に切り替えてからズボンの左前ポケットの中に突っ込む。
そんな中、姫萩の声が聞こえて来た。

「そんな事?!俺なんか?!なんですかっ、その言い方はっ!!」

咲実は泣きながら総一の襟を掴んだ。
ボロボロと毀れる涙、乱れるその長い髪。

「どうしてそんなに簡単に自分の命を諦めてしまうんです!?」

「咲実……さん?」

姫萩の剣幕に御剣は呆然としていた。
今まで守られっ放しで大人しくついて来るだけの彼女に、彼は言われたい放題と成っている。

「どうして貴方は自分を見ないんですか?!どうして貴方は他人の気持ちを考えてくれないんですか?!
 貴方はただ逃げているだけ。私達を守る?そんなのただの言い訳ですっ!
 貴方はただ自分に正しく在りたいだけっ!そう、貴方は正しく。
 …正しく、死にたいだけですっ!」

涙を流しながら非難を浴びせる姫萩。
他人の命の為に自己犠牲を行う。
傍から見たら美談でも周囲の人間には溜まったものではない、と言った所か。
しかしもうちょっと我慢して欲しかった。
あと17時間くらい…。

「……お、俺は…?
 けど、俺にどんな方法があるって…」

御剣が否定の言葉を紡ごうとしたのか、その言葉を遮り姫萩がこっちを向いた。
言い訳するから、女房がヒートアップするんだって判らないのが彼らしい。

「早鞍さんっ、私のPDAを返して下さい!」

俺に向かって伸ばされた手。
突然の行為に俺は吃驚して反射的にズボンのポケットに手を入れた。
此処が正念場だ。
そのまま1つのPDAを取り出して姫萩の手の上に乗せる。
姫萩は渡されたPDAの画面を一瞬だけ確認すると、その決意の篭った目を輝かせた。
彼女は御剣に向き直り、真剣だが穏やかな表情で彼を見据えて静かな声で話し出す。

「御剣さん、貴方は本っ当にズルい人ですね。
 貴方の恋人がどれだけ苦労したか、良く分かります。
 だから私、決めました」

姫萩は非常に晴れやかな表情で笑う。
そのまま流れる様な動作で、その手に持ったPDAを床に叩きつけた。

    バキャッ

プラスチックの外装が弾け飛び、中から電子部品が露出する。
液晶画面は枠から外れて罅が入り、その画面は待機絵柄も何も映さなくなっていた。
PDAは壊れて沢山のパーツが宙に舞い落ちる。
誰が見てもそのPDAは使い物にならないと答えるだろう、そんな破損状態。
部屋の中の空気が凍っていた。
誰もがこの行為に驚愕していたのだ。
これで姫萩は助からなく成るのだから、当然である。
そんな中で姫萩が御剣に対して、静かに問い掛けた。

「このまま私を見捨てますか?」

咲実は一歩御剣に近付く。

「これで貴方は首輪を外す方法を探さないといけない。そうしないと私を救えない。
 私たちの為に死のうとか思っていたでしょう?それで仕方ないと思っていたでしょう?
 でも許しません。私は貴方と一緒に死にます。それが嫌でしたら。
 私と共に生きましょう」

「………咲実…さん…」

姫萩の脅迫と言って良い言葉に御剣は呆然としていた。
だが暫くするとその瞳に意思の光が蘇り始める。
『ゲーム』では判らなかったが、随分と立ち直りが早い。

「そうか、俺は、死にたがってたのか…。
 …やっと判ったよ。俺、間違ってたんだな。
 ズルは…してないつもりだったんだがな」

彼は少し俯いて自嘲を顔に浮かばせる。
そして次に顔を上げた時には晴れやかな笑顔を浮かべていた。

「有難う咲実さん。俺、やってみる」

目の前の姫萩の両手を取って握り締める御剣。
それに対し穏やかな笑顔で涙を流しながら頷く姫萩。
2人はゆっくりと近付き、抱き合、う前に俺は背を向けた。
けっ、見てられるかってんだっ!
俺には彼等の信じ合う思いは残念ながら理解出来ない。
そして何故此処までされて今までの自分を曲げる選択が出来るのか、それも俺の理解の範疇を超えている。
『ゲーム』での彼等を知っているから受け入れるが、そうだとしても違和感は拭えなかった。

それでも俺達が生き残る為には此処で留まる訳にはいかない。
だから出発をしないといけないのだが、一応2人には釘を刺す必要があった。

「御剣、これでお前は生き残ると考えて良いか?」

「あ、はい。俺は生き残る術を探します。
 それが見付かれば早鞍さんの首輪も何とか出来るかも知れませんね」

朗らかに答える御剣に、俺は内心で無理だろうと考えていた。
その方法は1人、有っても2人がやっとだろう。

「そう、かもな。だが、それ以上にだ。
 お前が死ぬと、渚が助からない可能性がある。
 だから渚の首輪が外れるまでは、絶対に死なないで欲しい」

「えっ?でも咲実さんが居るじゃないですか?!」

「姫萩が生きているだけでは、条件の一部が満たされるだけなんだ。
 解除条件を読むと、24時間共に居た人間が71時間経過時に生きている事、だったな」

「はい」

御剣の隣に居る姫萩が頷く。

「現状71時間経過の時点で24時間の条件を満たすのは、御剣と姫萩の2人のみだが、この2人なのが厄介なんだ。
 解除条件には1人でも、とか全員などの表記が無い。その為お前達のどちらかが死んだ時点で、だ…。
 24時間共に居た人間が生きていない、と取られる可能性が否定出来ないんだ」

「あっ…」

麗佳が俺の言葉を真っ先に理解した。
そう首輪の解除条件が一部でも満たせば良いのか、一部でも満たされなかった場合が駄目なのか。
残念ながら『ゲーム』では、渚と24時間以上行動を共にした人間が死んだ状態で渚の首輪が外れる描写は無かった。
多分Ep3の麗佳は24時間達していなかった筈だ。
だからこれを確かめられない以上は、可能性は潰す必要がある。

「だから、良いな?お前は絶対に死ぬんじゃないぞ。渚の命を背負っていると思え」

そう言って、既に出発の準備が済んでいた俺は入り口の扉へと歩いて行くのだった。



進入禁止時間まで大分余裕がある時間に、俺達は高山が以前に爆破した階段を用いて6階に上がっていた。
場所はかりんと麗佳が知っていたし、麗佳も休憩所をそこまでの道の途中に選んだ様で比較的短時間で到着した。
細かい機転が利く所はやはり頭が良いのだな、と感心してしまう。
この階段まで俺は、今までの様に皆を先導せずに最後尾に居た。
先ほどの一幕で大分皆の反感を買った様だ。
それでも先頭に行く者は男性が良いという事で候補に上がったのが御剣である。
葉月は耶七を背負っているので除外されたのだろう。
なので、彼のPDAは一応内容を確認してから、彼に返した。
姫萩に壊されないと良いのだが…。
御剣のPDAであるAには以前確認した様に、擬似GPS機能と地図拡張機能が入っていた。
それにバッテリーも7割以上が残っているから先頭を歩くのには役に立つだろう。

7番のPDA探知及び8番の動体センサー検知では周囲に手塚は居ない模様だ。
そう言えば手塚は何処に居るのだろう?
途中でジャマーソフトを使っていた事は判っているが、ずっと使い続けるにはバッテリーに負担が掛かり過ぎる筈だ。
思ったよりも長時間使っている様にも思うが、『ゲーム』では詳しい描写は無かったのでどれだけの負担が掛かるかは判っていない。
一応5階も見て置こうと画面を切り替えた所、そこには光点が一つあった。

「手塚の奴。まだ5階に居るな?」

「そう?思ったよりのんびりして居るのね、彼」

俺の声に反応したのは文香である。
彼女は手塚に追い回された経験がある所為なのか、反応が早かった。
比較的階段に近い一室に居る様だが、俺達の様に休憩中なのだろうか?
それともPDAを落としたのか?
気にはなるが、彼に対しては慎重な対応を要する為に積極的な接触は控えて置くべきだ。
そろそろ階段ホールから移動しようと皆が行動を開始した所で、問題が発生した。

「またあいつ等だ」

かりんの報告に寄れば、通路の向こうからやって来ているのは完全武装の部隊員3名であった。
今度は何故か動体センサーにも反応があるらしく、この情報は事前に麗佳が得ている。
それでかりんが斥候をしたのだが、最も嫌な相手であったと言えた。
ジャマーを切るとは5つの壊したPDAに動体センサー検知を入れていたと思われているのだろうか?
それともわざと、か?

「早く此処を移動しよう。6階だから何処に逃げれば良いのかが問題だな…」

御剣が率先して皆を促し先頭に立った。
俺は考え込んでいた為行動が遅れたが、今まで通り彼等の一番後ろについて歩き始める。
今後も御剣が皆を引っ張って行ってくれるなら、俺としても有り難い。
向かう方向は当然ながら奴等が接近して来る反対側である。
皆は御剣の後ろをぞろぞろと付いて行くのだった。

しかし何かがおかしい。
奴等の動きに引っ掛かりを感じながら殿を歩く。
一番気になっていたのは回収部隊も強襲部隊も標準装備と言って良かったジャマーが働いていない事だ。
俺達にその存在を気付かせる利点など無い。
こちらのどのPDAに何が入っていようが、ジャマーを切る理由には成らない筈なのだが。
付かず離れずの距離を保ちながら30分ほど逃げ続けていた。
どうも嫌な予感がして成らない。

「おかしいわ…」

少し前の方を歩いていた麗佳が呟いた。

「何がだ?」

「だって此処らの通路は、私が1日目に通った時は隔壁が下りていたのよ?
 それが一部開いているわ。逆に下りていなかったものが下りてるの」

その麗佳の言葉が気に成ったので、俺も7番のPDAで地図を見た。
確かに麗佳の言う通りにPDAの地図と現実が一部異なっている。
つまり1日目に耶七がしたように俺達の誘導が目的なのか?
地図を良く見ると、これから御剣が入ろうとしている三叉路から先の通路が脇道の無い一本道である事に気付いた。
待てよ、今動ける回収部隊は後ろの奴等だけだと思って良いのか?
この先の通路は長い直線の後は曲がりくねっている癖に脇道が無い。
もし此処が地図のままの状態だったら?
つまりは待ち伏せし易いと言う事。

「止まれ!御剣、そこを曲がるんだ!」

「早鞍さん?」

「その先には敵が居る可能性が高い!行くんじゃない!」

俺が叫ぶと御剣は止まってくれたが、戸惑っている様でそのまま立ち止まったままだ。
戸惑うのは判る。
そこの通路を曲がってしまうと、別のルートには成るが結局は階段ホールに戻ってしまうのだ。
だからこそ、このまま真っ直ぐの通路を使用すると考えたのだろう。
そこに麗佳の声が続いた。

「御剣、早く進みなさい!奴等が一気に距離を詰めて来たわ」

俺の叫びを聞き付けたのか、分岐で止まったのを気付いたと悟られたのか、どちらにせよ此処で決着を付けに来たと言う事だ。
それと共に前方の俺達が進もうとしていた長い通路の先からも、完全武装の兵隊が2名姿を見せたと思った途端に突き進んで来る。
やはり居たか。
まだ距離は遠いが相手の速度は迷いも無く走って来ている為に、射程圏内に入るのも時間の問題だ。

「くそっ」

悪態付きながら、御剣が横道に入る。
やっと先頭が動いた事で全体が進み始めるが、このままでは最後尾は危険なタイミングに成りかねない。
ライフルを収めながら、皆を先に行かせる。

「文香、麗佳。御剣をサポートしてくれ。まだ大勢の行動に慣れていないだろうからな。
 かりん、中央を頼む。優希達を守れ」

先頭集団である御剣組以外に居る戦闘可能な人員に指示を出す。
渚は演技中だし、集団の中では動き難いだろうから外しておく。
殿は俺一人で良い。
俺が牽制するだけでもそれなりに効果はあるだろう。
背中の荷物を左肩だけに引っ掛けてから、ライフルを右肩の後ろに回した後にグレネードランチャーを取り出して右手に持った。
早速距離の近い方である後方からの集団へ放って見る。
まだ相手が遠くなので、全然届かないが、壁に当たって撒き散らされる榴弾の破片に相手の速度が目に見えて落ちた。
前方から来ていたのはかなり遠い為まだ距離はある。
これで少しは時間が稼げたので、俺も御剣達を追って後退した。

それから曲がろうとしている奴等に2発ほど榴弾をお見舞いしてから、全速力で走っていると直ぐに御剣達に追いついた。
優希も居るし、何より耶七を担ぐ葉月の速度が遅いのでどうしても撤退には向かない。

「きついとは思うが早く後退してくれ」

追いついた後は俺が最後尾を確保しながら皆を促す。
耶七が協力的ならもっと楽なんだが。
そうして撤退していると、カチリと言う小さい音を耳にした。
しまった、トラップ表示は俺が持ったままだ。
後ろ、進行方向としては前だが、を見るが皆はそのまま進んでいた。

「あっ…」

かりんが青ざめてこちらへと振り向いている。
俺達は皆走っていたのだ。
そしてトラップの起動は何らかのスイッチを押してから2秒ほど間があった様であり、かりんより後ろを走っていたのは俺だけだった。
重力が一瞬無くなった様に感じる。
その瞬間に俺は前にのめってしまっていた。
こんな感覚を以前にも味わった事がある様な気がする。
最近の出来事で?
重力が無い様な、それでいて下に引っ張られる様な、逆に上に臓物が引き上げられていく様な嫌な感覚。

「早鞍さんっ!」

俺の意識が誰かの声で現実に引き戻された。
何故か居る渚が俺の左腕を掴んで来るが、彼女の力で以ってしても勢い良く落ちて行く人間を止める事は出来ない。
引き摺られる様に彼女も空中に投げ出されたのであった。

「うわあぁぁぁぁ」

「きゃあぁぁぁぁぁぁ」

「ひゃあああぁぁぁぁぁああ~~~あ~れ~~」

悲鳴を上げながら、一つは何か違うような気がするが、俺達は階下に落ちてしまう。
少しヌルッとした感触がするが無視して、くらくらする頭を振ってから上を見ると、天井が徐々に閉まり始めていた。
このまま天井、6階からすれば床であるこれが閉じれば御剣達は再度追い掛けられてしまう。
俺と渚が居ない状態でそれは非常に拙いのではないだろうか?
しかも上で立ち止まる愚を犯されている可能性も高い。
急いで懐に仕舞っておいた焼夷手榴弾を取り出してピンを引き抜く。
天井が閉まっていくのはゆっくりだった為、まだ隙間は充分にある。
その隙間目掛けて、俺達の進行方向とは逆の床へ向けて手榴弾を投げた。
少し後の凄まじい熱気と共に眩しい光が6階で炸裂した頃に、天井は閉まったのだった。

「当分の間、燃え続ける筈だ。これで御剣達も時間を稼げるだろう
 とっとと逃げていると良いんだが」

「はい~、でも私達も早く上に、上がらないといけませんね~」

「確かにそうだよなぁ。首輪が作動しちまうもんなぁ。…ゴフォ」

渚の返答から更に俺以外の男の声が続く。
誰だ?
声の方を向くと、俺達が落ちたマットの端に壁に寄り掛かって座り、PDAを右手に持つ手塚が居た。
全身を赤く染めて。

「手塚っ、お前逃げ切ったんじゃないのか?」

「あいつらは5階の連中とは別だ。
 いきなり襲い掛かって来やがったから応戦してたら、しくじっちまったぜ。
 けっ、罠には掛かるし、その上よぉ、上から蜂の巣だぜぇ?やってらんねぇっ!
 一体何なんだ、あいつ等はっ!」

それで端まで移動しているのか。
良く見ればマットには銃痕が幾つも穿たれており、周囲には血が撒き散らされていた。
しかし、別の連中?
見た目に今までの奴らの様に見えたが。
交戦痕も装備品にあったし、手塚の勘違いだろうか?
しかし階段ホールで見た光点表示の所に俺達は居ると言う事なのだろう。
思っても見ない邂逅に成ってしまった。
だが彼の容態が気になる。

「手塚の手当てを頼む」

「判りました~」

「何だ?もう遅ぇよ。止めときな」

手塚は既に諦めている様だが、渚はその言葉を無視して手当てを始める。
だが手塚の傷は見た目にも酷そうだ。

「お兄ちゃん、あの人大丈夫かなぁ?」

前に襲われているのだから当然なのだろうが、カタカタと震えながら俺の服の裾を硬く握って聞いて来る。
…って誰?

「ゆ、優希!何でお前まで?!」

「ご、御免、なさい」

「い、いや、良いんだ。それは良いんだ」
「でもお前、前の方に居ただろうに?」

「渚お姉ちゃんが、早鞍お兄ちゃんが危ないって言ってたから、心配で…」

「そ、うか」

拙った。
これで御剣達に奴等が手加減する理由が無くなった。
それと共に、こちらが6階に上がる事を阻止してくる可能性も上がっている。
こちらは優希以外全員が首輪持ちである。
つまり、63時間まで6階に上げさせなければあちらは苦も無く優希を回収出来るのだ。
ある意味最悪の状況だった。
俺はそんなに他者に心配させるような人間なのだろうか?
困った事に成ってしまったものだ。
悩んでいると、手塚の手当てをしていた渚がその場から報告して来た。

「手塚くんの傷は~、表面は酷いけど~、何とか~、大丈夫そうです~」

「そうか、良かったな手塚」

包帯にぐるぐるに巻かれた手塚を見て、笑いながら声を掛ける。
すると胡散臭そうな目で俺達を順に見て、憎まれ口を叩いて来た。

「馬鹿かお前等?俺はお前達を殺そうとしたんだぞ?」

「じゃあ、これから止めれば良い。不毛な争いは止めようぜ?」

「くそがっ。黙って死ねって事かよっ」

むぅ、それでは彼の首輪を外そうか。
俺の荷物から首輪を取り出そうと思い、何時も背負っていた荷物を探すが何処にも見当たらない。
左肩に引っ掛けていた筈のバックパックは何処かへと無くなっていた。
拙い、非常に拙い。
あれを失くしたと言う事は、目の前の手塚との交渉が出来なく成ったに等しかった。
他にも予備銃弾や食料などもあれに入っているのだ。
上で誰かが拾ってくれていると良いのだが。
それと共に手塚をどうするか。
今争っている場合では無いので、手塚の言葉に対して真剣な顔を取り繕って答えておく。

「それについては、少し時間をくれ」

手塚は傷が痛むのか唸る様な声を喉の奥から出しながらも、言葉を返して来なかった。

手塚の傷は表面上だけだとしても酷かったので、武装解除をした上で薬を飲んで少し寝て貰う事にした。
時間は厳しいが、此処から階段までは20分程度の距離である。
このまま手塚を動かすと命に係わるので休憩は必須だったのだ。

「優希、お前も寝ておけ。怖いオジサンは寝ちゃったからな」

「ぅ、うん。大丈夫、だよね?」

「だからそう言っているだろう?ほら、寝ておけ」

まだ不安そうな優希の頭を撫でて言い聞かせる。
渋々頷いてから部屋の端で毛布に包まって寝始めた。

「ふぅ。それじゃ、俺達も寝ようかね?」

この部屋の中にあった物資を整理している渚に声を掛ける。

「それがですね~、毛布の残りが~1枚しか無いのです~。
 どうしましょうか~?」

「あー、だったらお前が使え。俺はこのままで良いよ」

幸い館内の温度は一定に保たれている。
掛け布団が無くても風邪を引く事は無いだろう。
先ほど手塚のついでとばかりに渚に施された身体への手当ての跡を見て、彼女のスキルの高さを実感する。
丁度包帯の替え時だったらしく、タイミングが良かったと言えた。
このまま敵に回らなければ心強いのだが。

「それでは~、一緒に眠りましょうか~」

にこやかに恐ろしい冗談を言って来る。
寝返りを打たれて、その撮影器具を含めた重量に押し潰されたら溜まったものではない。

「い、いや。遠慮しておくよ」

「え~、恥ずかしがらなくても~、良いですよ~」

別に恥ずかしがってなどいない。
何故そんなに一緒に寝ようとするのか。
にこやかな笑みを顔に貼り付けて近付いて来る渚から後退りして逃げようとするが、壁が邪魔をする。

「えへへ~、さあ逃げられませんよ~~」

もの凄く良い笑顔で近寄って来る渚。

「い~や~~!」

覆い被さって来る渚に俺は、小さな声で絶叫すると言う妙技を見せた。



気が付くと朝だった。
と言う事は無く、相も変わらず薄暗い建物に閉じ込められている。
結局渚は俺に圧し掛からずに、隣で今もスヤスヤと寝ていた。
まあ乗ってしまったら重量がバレてしまい、追求を受けるのだがら当然とも言えるが。
彼女のこの行動を、彼女の変貌に何も言わない俺を疑って掛かっているのかとも思っていたが違うのだろうか?
まだ寝ている渚の頭を撫でて見る。
すると擽ったそうにした後、目を開いてしまった。
起こしてしまったか。

「あ~、真奈美。おはよう」

彼女は眠そうな目をしたまま柔らかな笑顔を浮かべた。
それはとても優しい笑顔である。
真奈美。
未だ彼女を苦しめる、彼女の元親友。
やはり、この彼女も『ゲーム』の様に引き摺っているのだろう。
俺が何も言えずにいると、彼女の意識が覚醒して来たらしくそのまま起き上がった。

「お早う御座います~。御機嫌よう~、の方が~、可愛らしいですかね~?」

「どちらでも好きな方で。お早う、渚」

肩を竦めて適当に返しておく。
目を開けた直後の寝言に本人は気付いていない様だ。
挨拶の後ニコニコとこちらを見ていたが、不意に寂しそうな顔をする。

「早鞍さん~。私って~、そんなに~、魅力が無いですか~?」

「はぁ?」

突然の言葉に意図を読めなかった。
魅力?

「女として、ちょっと傷つきました~。
 少しも~、ドキドキしてくれません~」

「ああ、何だ、そっちの事ね」

吃驚した。
だが確かに彼女は可愛いし、そんな子がすぐ隣で寝ていたのにムラムラとは来なかった。
いや、寧ろ。

「母さんみたいで安心したかな?うちの親もポヤポヤした人だったしな」

「お母さんですか~?
 …私そんなに~、年取ってません~。プンプンです~」

エイッとばかりに俺の頭を小突いて来る。
その行為に苦笑を返した。
何か今は何を言っても悪く取られそうだ。
暫く俺の頭をエイッエイッと小突いていたが、放置していたらその内に止んだ。
からかい等は無視が一番有効だった。
止んでから少しして、渚が真剣な表情で俺を見詰めながら聞いて来る。

「早鞍さんは、皆さんを信じておられるんですよね?」

切実な感じを漂わせながらの問い掛けだった。
いつもの間延びした口調は影を潜め、普通の話し方である。
これが本来の彼女なのだろう。
しかし彼女は勘違いしている。

「違うよ。俺は誰も信じていない。多分な」

「えっ?!」

予想外の答えだったのか、渚は酷く吃驚していた。
御剣にしろ俺にしろ結局は自分の為に動いているというのに、周りは勘違いをし過ぎている。

「どうでも良いんだよ。俺は、俺が嫌だからやってるだけだ。
 自分自身のエゴを貫いている、それだけだと思う」

多分これは渚が望む答えではない。
彼女は人と人とが信じられる、そんな世界を夢見て居たかったのだ。
そして御剣と姫萩が信頼しあう姿を見て改心した。
だから俺もそれを見せれば良い?
不可能な事だ。
俺は多分誰よりも、他人を信じていないのだから。

「でも早鞍さんは、皆を助けてくれているじゃないですか?どうしてなのですか?」

「どうして、と言われてもな…」

捲し立てる様に言い募って来る渚に、言い淀んでしまう。
彼女はそんなに自分の望む答えを聞きたいのだろうか?
いや、聞きたいのだろうな。
さて、どう答えるべきか?
やはり俺には彼女の望む答えは出せそうに無い。
一つ溜息をついて、口を開いた。

「俺は家族を亡くしてる」

「えっ?」

「原因は嫉妬だったり金に目が眩んだり、まあお約束?って感じの人の醜さだったよ。
 別に兄さんもじっちゃんも父さんも母さんも悪い事をした訳じゃない。
 間が悪かった、とでも言えば良いのかね。
 更にじっちゃんが信頼していた弁護士に資産を騙し取られたりもしたしな。
 だから俺は他人を信じたくなかったんだ」

多分これは、此処に来るまでの俺の心境の大本だったものだ。
『ゲーム』内で最初は記憶が曖昧だったので、最初はそれが前面に出ていた気がする。
最初の手塚との会話で曽祖父の言葉が脳裏に浮かんでいなかったら、こうは成っていなかったと思う。

「でも、貴方は皆さんを助けています。自分を犠牲にして」

「だからそんな立派なもんじゃないのさ。ただ、自分で自分を裏切りたく無かっただけなんだよ」

「自分を、ですか?」

「ああ。他人が俺を裏切るからって俺が他人を踏みつけにしたら、本末転倒じゃないか」

だから葬式でも大人しくしていた。
兄の仇からも目を逸らした。
俊英、お前は間違っていたと、俺は思うんだ。

「俺は、身近で俺を信じてくれる人なら、助けたい。
 そうでないなら、係わらなければ良いだけだからな。
 それでも係わって来るなら、覚悟を決めて相対するだけだ」

記憶が戻って来る前から朧気に感じていた感覚。
記憶が戻ってからも変わる事無く持っている思い。
考えてみれば、これは普通の人間の思考ではないだろうか?
身近な知人と助け合い、他人は我関せず、敵は排除する。
特別な事は何もしていない。
そうか、こんな特殊な状況と言うのは、そんな普通さえも麻痺させてしまうのか。
いや、特殊な状況でなくとも、日常の中でも人は大事な事を忘れてしまうのだ。

「早鞍さんの言う事、何となくは判るのですが、それで本当に自分の死を受け入れられるものでしょうか?
 私には無理です…」

彼女は自分の生命が危険に陥った為、反射的に親友に引鉄を引いた。
あれは俺も引いたのでは無いかとは思うが、慰められる立場でも無い。
俺はまだ人を殺した事が無いのだから。
それに否定しておかないといけない事がある。

「別に俺はまだ死ぬと決まった訳じゃないぞ?
 生き残る手段が無いって、まだ決まって無いだろ」

その言葉を聞いてじっと俺の目を見詰めて来る。
瞳が揺れている所を見ると、何か悩んでいるのだろうか?
そして彼女は決心した様に話を始めた。

「早鞍さん、私はですね。この「ゲーム」で親友を撃ち殺しているんです。
 私は家族の借金の為に大金が必要だった。それを知っていた彼女は私の言う事を聞いてくれず、結局お互いに撃ち合いました。
 誰も信じてくれない。誰も信じられない。
 このゲームに参加させられたプレイヤー達は、そうやってお互いに裏切り、殺しあいました。
 だから私も信じませんでした。そうして多くのプレイヤー達をゲームマスターとして死に追い遣りました。
 あはは、似た者同士ですよね、私達って…」

最後は俯いて乾いた笑いを上げる。
見ていて痛々しかったが、彼女を慰める言葉を俺は持たなかった。

「御免なさい、似た者なんて失礼でしたね。私はただの人殺しですもの」

俺の沈黙を曲解した様だ。
渚は酷く沈んだ声で小さく呟く。
全く何て後ろ向きな考えなんだ。

「おい、渚。それは何か?俺がまともな人間だとでも言いたいのか?
 それは違うぞ。親戚郎党全員が燃えていくのを見殺した俺の方が、人非人だぜ?」

おどけた口調で話す俺を、渚は凝視して来た。
その目の端には涙が残っている。

「えっ?なん、で?」

「ああ、俺の両親とじっちゃんを放火で殺してくれたのが親戚一同でさ、それに腹を立てたうちの従兄弟が逆に放火で全滅。
 清々しい程に俺の親族、綺麗さっぱり死に絶えたよっ!」

あはは、とばかりに明るく話した。
こんな事、辛気臭く話すのはちょっと勘弁である。

「だからさ、渚は自分だけが駄目駄目で最低でもう世間様に顔向けするどころか生きているのも恥ずかしい程の屑な…」

「そこまで酷くありません!」

やっと突っ込みが来た。
そろそろ息が続くかも怪しかったのだ。

「ふぅ、はぁ。まあそんな感じなんで、余り自分を責めても良い事無いぞ?
 だから俺は俺のやりたい様にヤる!そう決めたんだ」

何時そう決めたのかは判らないが、未だ抜けている様な記憶の中に答えがあるのだろう。
それでもこれが俺の在り方なんだって言う事が、今本当に判った気がした。

「早鞍さん…」

渚は呆然と俺を見詰める。
そして再びあのにこやかな笑みを浮かべた。

「そうですね。その通りです。確かに私は悪い人間ですが、それだけで何もしなかったらそれで終わりですよね。
 私、頑張ります!」

何か決意をした様だ。
信じる事を薦める事は出来なかったが、まあこんな解決法も良いかな?
これの方が俺らしいし。

「ふふっ、でも総一くんと理由が似ていますね。
 彼は恋人を亡くしていましたから」

あれ?
もう御剣の奴は彼女達に元カノの事を話したのか。
『ゲーム』では御剣自身に聞いて初めて知った様な素振りだったし、やはり御剣自身から聞いたのだろう。
だから姫萩もヒートアップしていたのか?
だが俺がそれを知っているのもおかしな話になるし、此処は流しておく。

「ほぅ、あいつ恋人なんて居たのか。良いねぇ若いって」

「あら?早鞍さんには居ませんか?まだお若いでしょうに」

「昔は居たけどな、今はフリー。
 何なら渚、俺と付き合うかい?」

笑って冗談を言う。
渚は俺の言葉にクスリと笑ってから、寂しげな顔で俯いた。

「私と付き合うと、大変ですよ?」

確かさっき借金があるって言っていたよな?
既に情報は出ているからそこに突っ込んでも構わないだろうか。
だが此処でそんな沈まれても、と思っていると渚はガバッと顔を上げる。

「なんて、薄幸の少女って感じだと守りたく成りませんか?」

明るい笑顔を見せながら、冗談にした。
精一杯の強がりだろうか。
彼女はずっと、こんな調子で家族を支え続けていたんだろう。
親友を殺した事について耐えながら、心に言い訳をして。

「渚、君は本当に強いな。悲しいくらいに」

「えっ?」

「ああ、いや、そのな」

しどろもどろで言葉に成らない。
油断をして口から先に出てしまった。
俺の様子を見て渚が笑い出した。

「あははは、早鞍さんって本当に優しいんですねー。
 本当に付き合っちゃいますか?借金ごと」

「うわっ、借金込みかよ」

俺も笑顔で冗談風に答えた。
その時、男の声が横から割り込んで来た。

「ふ~、アチィアチィ。今日は暖房が効き過ぎじゃねぇか?」

「そう思うなら、毛布剥いで裸で踊って来い」

「…俺は怪我人だぞ?酷ぇな。もっと労われよ」

手塚が起きて来た様だった。
そう言えば、今は何時だ?
懐の7番のPDAを取り出して時間を確認すると、現在は61時間34分経過と出ていた。

「渚、すまんが食事の準備して貰えるか?
 手塚、身体の調子はどうだ?1人で歩けそうか?」

「はい~」

「あぁ?……まぁ行けんじゃねぇか?」

渚はすぐに返事をして毛布から抜け出した。
手塚の方は身体を少し動かしてから、無難な答えを返して来る。
見た目にも昨日より血色は良いし、行けそうか。

「よし、食べたら6階に向けて出発しよう」

そう言ってから、俺は優希を起こしに向かった。

食べるのも重要だが、かなり時間が無くなって来ている。
その為短縮出来る所はしておきたかった。
食事の用意の間に荷物を整理しているのもその為だ。
手塚も先ほどまで毛布の入っていたダンボール箱を漁ってはいたが、俺の荷物の整理の方は手伝ってはくれない。

「もう少しで~、出来ますから~」

「おっ、美味ぇじゃねぇか。かー、味気無ぇ食事ばかりだったから、舌に染みるねぇ」

「あ~、手塚くん~。摘み食いは~、良くないです~」

日頃のゆっくりとした動作とは違いテキパキと調理を進めている渚の声が、手塚の声に混じって耳に入った。
調理と言っても簡易コンロを用いた簡単な事しか出来ないのが、渚は相当に悔しそうだったが。
手塚にも物怖じしない渚は、メッとばかりに摘み食いをしようと伸ばして来る手塚の手を叩き落としている。
それでも手塚は腹が減っているのか、隙を見ては摘もうとするのが微笑ましい。
考えて見れば、彼も長い間食事をしていなかったのだろう。

手塚の手伝いが無くても、荷物の整理は順調だった。
ただ荷物が少なくなっているだけだったのが、少し心細さを感じてしまう。
武装が少なく成って心細く成るのは間違っている気がするが、今は仕方が無い。
部屋のマットの上に何故か手斧が落ちていたので、こちらも回収しておいた。
これがあるという事は、もしかしたら此処は1日目に耶七を落とした罠だったのか?
と言う事は、横にあったスイッチにかりんが触ってしまったのだろう。
成る程、ああやって集団で逃げて行く場合でも機能する厄介なものだったんだな。
天井を見ながら、暫しの間感慨に耽ってしまった。
今回使った以外の食料は、後で渚の手によって整理されるだろうから手は付けないでおく。
用意出来ていく食品群を横目に、手を洗いに隣の部屋にある洗面所へと入っていった。
手洗いから戻るとすぐに食事と成る。
4人とも食欲旺盛で、渚が用意した大量の食事は見る間に無くなっていく。
食べるのは早々に終わりそうだったので、食べている間に湯を沸かして飲み物を用意しておくのだった。



食事を終えてからすぐに行動を開始する。
時間が無いので、腹休めは移動しながら行えば良いと決めたのだ。
しかし何時もの様に見張りもせずに皆で寝ていたが、誰も襲って来なかったのは不思議なものである。
今考えれば俺達は非常に危険な状態と言えたのだ。
疲労困憊で考えが回らなかったのが良かったのか、悪かったのか。
手塚にはこれまでの事情や状況を、歩きながら話せるだけ話しておく。
こうなったら手塚にも手伝って貰わないと、6階に辿り着けない可能性も出て来ているのだ。
優希は手塚が怖いのか、必ず俺を挟む位置に立っているのが微笑ましい。
そして制限時間の約40分前には封鎖を爆破した階段ホールへ辿り着けたが、予想とは異なり誰も居ない様だ。
此処で足止めするのが戦略的には最も有効の筈なのだが?

「どうしました~?」

「あ、いや。誰も居ないな、と思ったんだ」

「誰も居ませんね~。休憩時間でしょうか~?」

「あの人達も疲れちゃったから、休んでるんだね!」

渚の言葉を真に受けたのか、優希が明るい声を出す。
その笑顔に渚も笑顔を返した。
和やかな雰囲気が一部に漂う。
隣の憮然とした手塚が目に入らなければ、良い構図なんだけどな。

時間も少ないので慎重に階段を上がり始めた所で、俺達はそれを目にする。
階段の踊り場には幾つかの固まり始めている血の跡があり、此処で戦闘があった事を示していた。
前回御剣達と上がった時には無かったものである。

「こりゃ誰の血だ?」

手塚が疑問の声を上げる。
有り得るのは御剣達か「組織」の兵隊、後は単独行動の高山くらいか。
プレイヤーカウンターに変化は無いから、プレイヤーに死亡者は居ない筈なのだが。
一応現状確認の為に、PDA探索を掛けて見る。
すると1つの光点が6階の階段ホールのすぐ近くの場所にある。
他に光点は見当たらないが、ジャマーでも使っているのだろうか?
そしてこの光点は御剣なのか麗佳なのか。
何故麗佳が御剣達と別行動をしているのかは判らない。
だがどちらだとしても、もし襲われているのであれば助けなければ成らない。
そう言えばもう1つあった。
俺はもう1つPDAを取り出して、今度は首輪の探知を行なった。
それをPDA検索と見比べると、階段近くのPDA光点付近に首輪光点は存在していない。
首輪の光点は此処にある3つ以外何処にも見当たらなかった。
つまり階段近くに居るのは麗佳の可能性が高い。
すぐに首輪探知の機能をOFFにしておく。
バッテリーの消費は出来るだけ抑えなければ成らないのだ。

「どうでも良いが、昇っちまわねぇか?いつ時間切れになるか判らねぇんだぞ」

手塚の言葉に促されて覗き込んでいるPDAの時間表示を見ると、現在経過時間は62時間17分である。
確かに時間切れ寸前とも言えた。
更に彼は進入禁止に成る時間すら知らないだろうから、不安なのかも知れない。
俺にしても9時間毎だと知っていたので、今まで急いだり余裕を持ったり出来たのだが。
そう言えばそれについて突っ込みが来た事が無かったな。
いやそれより文香も4階の制限時間を知っていた様だった。
彼女も『ゲーム』では渚の時間制限の言葉に半信半疑だった様に思ったのだが。
何時情報を得たのだろう?
っと、また思考に落ちる所だった。

「そうだな、手塚の言う通りだ。上に上がってしまおう」

そう言って上を確認しに向かう。
6階の階段ホールにも誰の姿も無かった。
しかし血の跡は、階段下から上に向かって進んでおり、そのまま階段ホールの中に続いている。
やはり怪我をしたものは6階に居る様だ。
俺にはそれが致命傷で無い事を祈る事しか出来ないのだった。



彼等を見付けたのは階段ホールから1つ曲がり角を曲がった先である。
PDA感知で表示されている光点を見て辿って来たのだが、それで正解だった様だ。

「高山?!無事か!」

壁に背を預けて蹲っている高山の姿を見て背筋が冷える。

「早鞍さんっ?!良かった無事だったのね。
 高山さんは多分意識を失っているだけよ。ちょっと無茶したから」

奥の曲がり角付近で、かりんと共にその先を警戒していた麗佳が返事をした。
彼女達に大きな傷は見当たらないが、高山の方は見ただけではかなり酷そうだ。

「早鞍っ!良かったっ。無事上がって来れたんだな。
 ごめん、あたしが罠を…」

近くまで来て見た目に落ち込んで謝るかりんに対して、頭に手を乗せて撫でながらフォローしておく。

「気にするなかりん。だが、今度からは気をつけてくれよ?
 それよりも渚、高山の容態を見てくれるか?」

「はい~」

渚は返事をしながら、既に取り出していた救急箱を手に高山への手当てを開始する。
その渚を横目で見ていると、かりんが1つの荷物を差し出して来た。

「早鞍っ、これ。お前の荷物。
 もしかしたら大事なものが入っているかも知れないから、持って来たんだ。返しとくな」

落とし穴に落ちた時に失くした、俺の穴が空いているバックパックである。
急いで受け取り、中身を確認した。
内容は俺の知る通りに何一つ失っていない。

「かりんっ、でかしたっ!偉いぞっ!」

これで光明が見えて来たのだ。
かりんの頭をグリグリと撫でながらも、俺はこれをどう使おうかと考えるのであった。

曲がり角の先に人影は無かったが一応手塚に通路の監視をして貰いながら、かりんと麗佳に事情を聞いてみる。
かりんは俺達が落ちた事に責任を感じて、階段ホールで皆の制止を振り切って下に降りようとしたらしい。
麗佳も俺が心配なので、下に降りて援護をする事を主張した。
だが他の皆は6階で一度休む事を主張したのだ。
意見が別れる中、通路を引き返して来た部隊員達に再度襲撃を受けて見事御剣達と分断されてしまう。
階段付近で立ち往生していた2人へと、部隊員が襲い掛かって来る。
そこに高山が登場し、襲っていた部隊員達を薙ぎ払ってくれたので直ぐに上に上がるが、御剣達はもう何処かに行っており姿が見えなかった。
かりんは予定通り再度5階に降りようとするが、高山が階段ホールに彼等を近付け無い方が良いと主張する。
彼の理論としては下で合流したからと言って此処を昇れなければ首輪が作動するのだから、上げさせる為には此処に敵を寄せないのが重要だと言ったのだ。
麗佳もこれには納得したのでかりんと共に高山と一緒に居たのだが、兵隊達との戦いで今の事態と成っていたのである。
相手にもかなり手傷を負わせたらしいが、追加の手強い部隊がまだ残っているので此処で警戒していたのだった。

あの御剣にしては珍しい。
渚と優希を見捨てると言う決断に等しいこの顛末に俺は疑問を持った。
だが彼女達が嘘をついても仕方が無いか。
それよりも気に成った事がある。

「麗佳、御剣達と何かあったのか?」

彼女が他の皆と意見が分かれたと言う説明の時に、彼女の様子がおかしかった。
まるで皆の事を怒っているかの様だったのだ。

「…いえ、それは…」

「何で黙るんだよ、麗佳!あいつら、早鞍が信用出来ないって言ったんだぞ?!
 どっちが信用出来ないってんだよっ!」

「かりん、止めなさい」

かりんの発言に、麗佳は困った様に彼女を窘めるが効果は無い。
成る程、俺を信用出来ない、か。
だがそれで渚と優希まで切るか?

「挙句の果てにはさっ、優希は運営に狙われるのがおかしいだとか、渚さんも様子がおかしいとか。
 あいつ等何様だよっ!!」

「かりんっ、もう良いから」

「良くないよっ!あいつ等っ、どれだけ早鞍が…」

「判ったよ、かりん。だから落ち着いてくれ」

麗佳がかりんの肩を持って押し留めようとするがやはり効果が無かった。
だからそれ以上言う前に俺も言葉で止める。
それでかりんの言葉は止まったが、俯いて肩を震わせていた。
俯いた先の床にポツポツと水滴が落ちていく。
それを麗佳は慰める様に、肩を撫でていた。
つまり今に成って恒例の疑心暗鬼がやって来た、と言った所だろう。
今までが上手く行き過ぎたのだ。
だがそれでも気に成った。

「だが、それは御剣も優希を疑ったって事か?」

「えっ、総一お兄ちゃんが?」

ビクッと優希が震えるが、麗佳が優希を安心させる様に、けれども深刻さは隠せないまま答えた。

「いえ。優希を疑ったのは御剣と姫萩以外よ。渚さんに至っては御剣だけが信じていたわね。
 でも早鞍さんについては…」

御剣があいつらしいままで良かった。
俺が疑われている事について、ショックは無かった。
俺が信じていないのに、誰かに自分を信じてくれなんて言える立場ではないのだ。
それでも彼女達が俺を信じてくれていた事が嬉しかった。
こんなにも怒りを露にして信じてくれているのが。
誰も信じていない様な駄目な俺を。

「有難うな、かりん、麗佳」

俺には礼を言う事しか出来なかった。

一通り事情を聞けたので、見張りをしていた手塚を呼んで作戦会議に入った。
俺の決定を言うだけに成るのだが。

「このおっさんが高山かい?言っていたより脆いんだな」

気絶している高山を手塚が酷評するが、此処で否定はしない。
今した所で事態が好転する訳では無いのだから。
ちなみに蜂の巣にされたのはお前もなんだぞ、手塚君。

「渚、高山の状態は良さそうか?」

「はい~。綺麗に急所は外れています~」

その答えに安堵の息が漏れる。
思ったより御剣達と離されてしまったので、気持ちが焦っていた。
これでは合流出来たとしても和解出来るかどうか。
文香が居るから早々死にはしないだろうが、精神的なものの方が心配である。
しかし時間も少なくなっているし、俺の目的には彼等との合流が絶対に必要なのだから弱音を出す訳にもいかなかった。
それに俺の最大の敵は最初からどのプレイヤーでも無く、運営である「組織」なのだから。
幸い撤退経路から回収部隊の大体の位置は判っている様なので、次の行動は手早く行なう必要がある。
時間を掛けてしまい相手が再度見えなく成るのが怖かった。
そして今こそ行なうべき事をしよう。

「渚、高山を頼む。かりんと麗佳は渚達を護衛していてくれ。
 優希もお留守番だ、良い子にして居るんだぞ」

「良いけど、何するんだ?」

かりんが心配そうに聞いて来る。
そんなに心配しなくても良いのにと思いながら、大仰な身振りを加えて言ってやった。

「まぁ見てな?この俺様の素敵な灰色の脳細胞が、事態を滅茶苦茶にしてやるゼ!」

「……あー、もう。また何言ってるかな、この人」

凄い可哀想、とでも言いたい様な表情で俺を見るかりん。
とても失敬な子である。
しかし俺はただの冗談である自分のこの言葉が本当に成るとは、この時は思っていなかった。



俺と手塚は彼女達と別れて別の通路を移動中である。
何故手塚が居るのかと言えば、これからする事を良く「見て貰いたい」からであった。
ただどのように実行するかが問題だ。
思案しながら歩いていると、PDAのアラームが鳴り響く。

    ピー ピー ピー

    「5階が進入禁止になりました!」

急いでPDAの画面を見ると、とうとう下の階が封鎖された事を示していた。
これで残り6階のみと成り、ゲーム終了まで10時間を切ったのである。

それから暫くして、目の前の十字路を左に曲がった向こうに部隊員が居る、という所まで俺達は接近が出来てしまっていた。
途中妨害も無く余りにもあっさりと来れた事について疑問に思ったが、角の向こうを見て納得してしまう。
部隊員は8名程居たがその内の殆どが傷ついていたのだ。
大きな怪我が無いのは2名のみであり、5名が壁に寄り掛かって座ったまま意識があるのかも怪しい状態である。
残りの1名もかなりの怪我をしている様で、立っているのもやっとな感じでふらついていた。

「何だよ、奴等ボロボロじゃねぇか?」

「これが高山の実力、ってやつかな」

「うっわ、あのおっさん怖ぇぇ」

奴等の装備は何度か追われて知っているのか、彼等のこの惨状に素直に感嘆している様だ。
かりんや麗佳に此処までの成果は期待出来ないだろうから、やはりこれは彼がやったのだろう。
いやもしかすると、これまで相手にして来た分も含んでいるのかも知れない。
そうなると残りの4名は何処にいったのだ?
追加の強襲部隊13名も気になる所だ。
だが一部が動けないのであれば、今はアレをするべき時ではない。
巻き込まれて死なれてしまうと夢見が悪くなってしまう。
どうやって誘き出すか。
手元の7番のPDAの地図を見て思案する。
武装として特殊手榴弾は高山の荷物にあった煙幕手榴弾2つと焼夷手榴弾1つのみである。
俺の使った焼夷手榴弾はもしかしたら、高山が隠し持っていたものだったのかも知れない。
壊れたJOKERのPDAを入れた時に、ついでに荷物に入れたのだろうか?
地図を見る限り、この十字路の向こうは部屋が3つほど並んだ通路の様だ。
その一番奥である3つ目の部屋には戦闘禁止エリアと表示されていた。

「あっちの通路の方が都合が良さそうだ。
 煙幕張るから、2番目の扉に入ろう」

言いながら目的の扉をPDAを使って開ける。

「それは良いが、マジでどうすんだ?」

「まあ、見てなって」

最初は見ているだけで良い。
寧ろ良く見ていて欲しい。
自分の目で見なければ彼は信じないだろうから。
思いながら、煙幕弾のピンを抜いて放り投げた。
直ぐに手塚を先行させた後、俺も通路に出てグレネードランチャーの引鉄を一度だけ引く。
煙の向こうから反撃の銃弾が飛んで来た時には、既に俺も扉に向かっていた。
奴等の中で動ける三人が追いかけて来ているが、その中の負傷した一人は遅れ気味だ。
逆にこの一人が範囲内に入ると逃げ遅れてしまいかねないので、早目にする必要がある。
扉の影に隠れた後、直ぐにバックパックを降ろして中を漁り始める。
確か現在は7つあった筈だ。
そしてバックパックから出されたその右手には、5つの金属の輪が握られていた。

『ゲーム』をやっていて疑問に思った幾つかの内の一つにコレがあった。
「解除された首輪は再度作動するのか?」である。
これについては同人版では何度か言及されていたが、実行は一度もされていなかった。
だが表側で手塚が死ぬ少し前の御剣との交渉で解除された首輪を材料にしている事からも可能性は高い。
コンシューマにおいてはEp3で交渉しているが、結局試される事は無かった。
だが解除条件を見れば判る様に、JやQが解除された後では不可能な様に条件を絞っている。
これが可能性があると思わせる要因でもあった。
考えながら左手に持った7番のPDAを次々に首輪のコネクタへと次々に接続していく。
時間は無い。
猶予時間は15秒であり、最初の首輪を作動させてから全て投げきるまでがこの時間に収まらないといけないのだ。

「外原っ、お前?!」

俺の作業を見て手塚が驚いている。

    ピー ピー ピー ピー ピー

    「「「「「貴方は首輪の解除条件を満たす事が出来ませんでした」」」」」

手元では赤いランプが点滅を始めた5つの首輪が、不気味な電子音声を合唱していた。
一つずつが微妙にずれているのがより不気味さを増させている。
相当に煩いその首輪を持ったまま、扉の影より半身を出した。

「とっても煩いので、何処かの空へ、飛んでけ~みたいなっ」

5つ纏めて彼等の方へ放り投げてしまう。
数秒後、セキュリティシステムが起動したのか、壁から出たスマートガンに追われる彼等の姿を笑いながら見ていた。
実際出たのがスマートガンで助かったとも言う。
別のだったらこっちもこんな悠長に観戦して居られなかっただろう。
首輪装着者が居ないので直ぐにセキュリティシステムも沈黙するだろうに、酷く恐慌をきたす彼等は本当に面白い。
まあ、死ぬような怪我を負っている訳じゃないから、笑って見ていられるのだが。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事に首輪を5つ作動させて、首輪を外す為の条件を満たしました!」

俺の後ろで無機質な電子音声が発された。
後ろを振り返ると、丁度手塚の首輪が左右に割れた所だった。
それを見届けた俺はその割れた首輪を拾い上げてから、右手の親指を立てて口の端を上げつつ手塚に告げる。

「どうだ?俺の灰色の脳細胞は。凄いだろ?」

「…そういや、こう言う手も、有ったんだよな…」

そう言う手塚は口惜し気に顔を歪めたのだった。

これまでこれについて言及を避けていたのは、運営側に止められた場合が厄介だったからだ。
奴等は俺達を争わせたがっている。
そんな中7人も首輪が解除されている状態となった。
この方法を公言していたら、解除された首輪は作動出来ない様に修正される可能性があったのだ。
丁度残っていたのは手塚を除き5つの首輪だけである事も、その要因と成り易いと言えた。
現在の解除されていない首輪だけが標的となる状態、これはある意味運営としては都合が良かったと言える。
それを実行させない為に、何も判っていない振りをし続けたのだ。
待っている間に、手塚にはこんな説明を行なっていた。
此処は一つ隣の戦闘禁止エリアの中だ。
俺は応接セットに座り優雅にコーヒーを啜っていた。
と言っても冷蔵庫に入っていたアイスコーヒーなので余り美味しくない。
やはりコーヒーはきちんと淹れた暖かい物の方が良いな。
話を聞く手塚は入り口の横で、握り拳よりも一回り大きい物体を持った状態で立ち呆けて居る。
別に罰ゲームではないが、見ようによってはそう取れそうだ。
と考えた時にバタンッと扉が開いて人影が入り込んで来た。

「あらよっと」

入り込んで来た人影に、手塚は素早く手に持った物体を押し付けてスイッチを押す。
人影は何度かビクビクッと痙攣すると、無言のまま失神してそのまま前のめりに倒れていく。
後ろに続いていた人影がそれに気付き手塚に銃を向けようとする。
しかし扉すぐの狭い空間に於いてライフルは取り回しが難しく、もたついている内に手塚に銃口を叩き下ろされてしまう。
そのまま開いた喉元に物体、スタンガンを押し付けてスイッチを入れた。

「あががががっっ」

派手に諤々と震えた後、ふっくらとした絨毯の上へ膝から崩れ落ちた。
次に入ろうとしていた負傷兵だろう者は、その様子に色を変えて入り口前で叫びを上げる。

「何で戦闘禁止エリアで攻撃出来るんだ!」

扉の横の影から攻撃していた手塚は彼からは見えないので、首輪が外れている事を確認出来ないのだろう。
しかし声を出したのは失敗である。
これで手塚には彼という存在とその位置が知られてしまった。
手塚は足元に落ちていたライフルを蹴り上げる。
それに過剰反応をした負傷兵がライフルを乱射した。
影を追うので当然射線は上を向いていく。
体勢を低くして入り口から外へと飛び出して行く手塚。

「ぎゃあああぁぁぁぁぁ」

外から負傷兵のものと思われる悲鳴が上がったのだった。

「おお、鮮やかなお手並み!」

部屋に戻ってきた手塚に、俺は座ったまま拍手をする。
それに対して吐き捨てるような言葉が返って来た。

「たくっ、油断し過ぎだっての。カス過ぎるぜっ」

「そう言うな。奴等には此処に追い込んだと思わせての奇襲だしな。
 お前の首輪が外れている、と予想出来るだけの頭が回る奴が居なかったって事さ」

「それも狙ってたのか?」

「当たり前だ。で無ければわざわざこっちの通路に来る必要性が無いだろ?」

肩を竦めて、さっきまで隣の席に置いていた手塚の首輪を指で回しながら澄まして言うと、手塚が息を呑むのが判る。
別に特別な事をしたつもりは無いのだが、そんなに驚く事かな?
一気に残りのコーヒーを飲み干すと、勢い良く立ち上がって入り口へと移動する。

「さて、渚達の所に戻ろうかね?心配しているだろうし」

笑いながら声を掛けるが手塚は俯いたままじっとしていた。
うむぅ、今あのスタンガンで攻撃されたら一瞬で俺はやられそうだ。
場所的に反撃も出来ないし。
不吉な未来図が頭を過ぎる。

「外原」

「おうぉう?」

変な声が出てしまった。
びびらせるんじゃない、と言いたい。
勝手に想像力逞しくしていただけなのだが。

「こいつはお前にやるよ。もう俺には必要無ぇしな」

ポケットから取り出された黒い小さなモノ。
それはツールボックスであった。
確認して見ると、それにはこう書かれている。

    「Tool:IntorudeProhibitionArea」

イントルード、突入?
何だこれは?
疑問顔でツールボックスを見ていると、手塚から説明が来た。

「進入禁止エリアへの侵入を可能にするソフトウェアだ。俺達が落ちたあの部屋のダンボール箱に入ってたんだよ」

「何っ?!」

一番欲しかったツールである。
しかもそんな所に在ったのか。
これで芽が出て来た。

「正直、俺のPDAに入れても1時間保つか微妙だったんで、他のバッテリーの残ってるPDAを奪って使おうと思ってたんだよ。
 首輪が解除出来なけりゃ、それで最後は何とかなるかも、って思ってな」

彼の読みは正解である。

「はっ、ははは、有難う!手塚!これで一人助かるぜ!」

俺は手塚の手を握って大きく振りながら感謝するのだった。



スタンガンで気絶した3人をまず武装解除して拘束した。
次に通路で放置されていた5名を制圧する。
相手はもう抵抗出来るだけの気力も無かった様で、制圧そのものには手間は掛からなかった。
此処で大きいのは、彼等の持っていた武装を一部得られた事だろう。
アサルトライフルや手榴弾は元より、通信機やちょっと大き目であったがジャマー用の機械もあった。
それらを回収してから、次に行なったのは彼等への尋問である。
俺は止めたのだが、手塚がこれは必要なんだと聞いてくれない。
その時は非常に真剣だったので渋々許可したが、尋問中はもの凄く楽しそうにしていたのが印象的だった。
だがこれにより、予想外にも俺達は彼等の行動目的を聞き出せてしまう。
俺に取っては本当に予想外だった。
彼等が口を割るとは思わなかったのだ。
俺達は彼等の口からこの「ゲーム」について聞き出せた。


そもそも「組織」の成立は江戸時代まで遡るらしかった。
当時から賭博を仕切っていた彼らは、やがて人と人との戦いを売り物にした新たな賭博を発明した。
初めは単に賭けストリートファイト程度のものだったが、賭場の拡大と共に規模は大きくなり、
何人もの人間を1つの部屋に閉じ込めたバトルロイヤルへと変化した。
その上で客は誰が生き残るのかを予想する。
賭博としてもより複雑に、高い配当が出るシステムへと移行していった。
大規模化するに従い、客はより過激な展開を求め始めた。
するとそれに応えて「組織」は戦いの参加者にローマ時代の剣闘士のように殺し合いを求めるようになった。
やがて時代の移り変わりと共に、よりショーアップされていく。
舞台は大きな建物となり、PDAや首輪をはじめとする多くの仕掛けが華を添えた。
またゲームマスターを代表する特殊なシステムも確立され、よりドラマチックな演出も見せられるようになった。
客達はこれに狂喜した。
やがて多くの著名な人物もこのカジノに押し掛けるようになり、天文学的な金額が飛び交うようになった。
そしてその事が更に「ゲーム」を過激に進化させていく。
こうして「ゲーム」は完成し、「組織」は多くの地位のある客を抱えてその地位を不動のものとした。


彼等の口からはこの一部が掻い摘んで話されていたが、俺はそれを聞きながら『ゲーム』での説明文を思い出していた。
更に追加で下記項目を聞き出せる。
彼等以上の練度を持つ部隊が追加で投入されている事。
多分これが手塚を襲った部隊なのだろう。
その追加部隊は人数が集まらずに8名のみである事。
最初の回収部隊である彼等の残り4名は負傷で既に撤退している事。
つまり此処に居る8名で回収部隊の方は全員である。
そして耶七と渚がゲームマスターである事。
最後に最も重要な情報である、彼等が「組織」のボスの娘である優希を回収する事が目的である事実を掴んだのだった。
以上が聞き出せた時点で俺達に選択肢が出される。
つまりは「組織」と手を組まないか、と言う事だった。

通信機から流れ出した「組織」のディーラーを名乗る男からの甘い誘い。
本来なら有り得ないこの事態に俺は困惑した。
既に首輪が外れている手塚にしてみれば、この提案は余り意味の無いものだったかも知れない。
それでも楽しそうだからとノリノリで「組織」側に回られても困っていたのだが、手塚は即答しなかった。

「で、早鞍さんよぉ、あんたはどうすんだい?」

人に意見を求めるとは珍しい。
しかし彼の言う事は尤もだ。
俺の返答如何によりこの先の展開が大きく変わる。
このまま「ゲーム」を続けても最後の望みは「エース」に託すだけとなるのだ。


対テロ戦闘用・組織テロリズム、通称「エース」。
その最初の1人が戦いを決意したのは30年程前の事だった。
当時から既に「ゲーム」は存在していた。
エースを起こしたのは、家族を「ゲーム」によって奪われた人物だった。
しかし戦前から連綿と続く「ゲーム」と「組織」は政府や警察に根深く蔓延っていた。
これまで「ゲーム」が明るみに出なかったのは、誰も知らないからではなかった。
彼らは知っていて放置していたのだ。
それは我が身や家族を守るためであったり、単に「組織」の一員だったから。
このため「組織」と戦う事は容易な事ではなかった。
周りにある全てが敵になる事を覚悟しなければならなかったのだ。
それでも少しずつ仲間を集め、次第に彼らはその数を増やしていった。
何度も裏切りや全滅の危機があったが、なんとかそれも乗り越えてきた。
そして戦闘集団「エース」としての活動を開始したのがおよそ10年前。
その頃には非合法ながらも数ヶ国からの援助が得られるようになっていた。
「ゲーム」の被害は日本国内だけには留まらなかったのだ。
それから10年。
長い雌伏と準備の果てに、遂に彼らは行動を起こしたのだった。


「エース」について『ゲーム』内であった設定を思い出す。
だが、それで良いのか?
結局俺は他人の悪意に流されて、好き勝手されて終わるのか?
それに俺にとっては「エース」ですら許容出来るものでは無かった。
彼等は「ゲーム」終了後、賭けに参加していた日本か又は世界中の人間を暗殺している。
『ゲーム』の構成上の都合だったのかも知れない。
それでも賭けに参加していたからと言って無差別に殺して回る彼等は、「組織」と何処が違うと言うのか?
そして優希に黙って父親を奪うのがお前に取ってはズルでは無かったと言うのか、御剣?

「……俺は、俺の好きな様にヤる!」

俺は通信機に向かって、そう宣言した。


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