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No.4919の一覧
[0] ハッピーエンドを君達に(現実→シークレットゲーム)【完結】[None](2009/01/01 00:10)
[1] 挿入話Ex 「日常」[None](2009/01/01 00:05)
[2] 第A話 開始[None](2009/01/01 00:04)
[3] 第2話 出会[None](2009/01/01 00:05)
[4] 第3話 相違[None](2009/01/01 00:05)
[5] 挿入話1 「拠点」[None](2009/01/01 00:06)
[6] 第4話 強襲[None](2009/01/01 00:06)
[7] 第5話 追撃[None](2009/01/01 00:06)
[8] 挿入話2 「追跡」[None](2009/01/01 00:07)
[9] 第6話 解除[None](2009/01/01 00:07)
[10] 挿入話3 「彷徨」[None](2008/12/20 20:05)
[11] 挿入話4 「約束」[None](2008/12/10 20:01)
[12] 第7話 再会[None](2009/01/01 00:07)
[13] 第8話 襲撃[None](2009/01/01 00:08)
[14] 挿入話5 「防衛」[None](2009/01/01 00:08)
[15] 第9話 合流[None](2009/01/01 00:09)
[16] 挿入話6 「共闘」[None](2009/01/01 00:09)
[17] 第10話 決断[None](2009/01/01 00:09)
[18] 挿入話7 「不和」[None](2009/01/01 00:10)
[19] 第J話 裏切[None](2008/12/19 04:13)
[20] 挿入話8 「真相」[None](2008/12/20 20:40)
[21] 挿入話9 「迎撃」[None](2008/12/20 20:07)
[22] 第Q話 死亡[None](2009/01/01 00:10)
[23] 第K話 失意[None](2008/12/25 20:01)
[24] JOKER 終幕[None](2008/12/25 20:01)
[25] 設定資料[None](2008/12/24 20:00)
[26] あとがき[None](2008/12/25 20:02)
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[4919] 第9話 合流
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/01/01 00:09

俺は目の前で閉まった隔壁を呆然と見つめていた。
同人版『ゲーム』でも高山と麗佳のコンビを相手にした時に階段下の隔壁を下ろしていたが、それと似た様な状況と言える。
だが今の俺にはドアコントローラーがある、と思い7番のPDAで隔壁を上げてみた。
しかし3階での鉄格子の様に、上げようとする音はしているのだが一向に上がらない。
一杯まで下がった後にロックでも掛けられたのだろうか?
どうすれば良いのか?
これを開けるには爆破するしか無くなった。
俺達が前に爆破した階段まで迂回している時間は無い。
だがこれを破壊出来るだけの火力が今の俺達に有るのか?
高山の持つグレネードや爆薬でいけるなら良いが、出来たとしてもスペースが要るのではないだろうか?
爆薬が放つ衝撃波については、5階から降りる時の経験しかないが、あの時の周囲の惨状が酷かったので心配であった。
こう成るとやるべき事は一つだけの様だ。

左手に持つアサルトライフルを握り直して、階段をゆっくりと上がる。
此処を後2時間の内に突破しなければ、御剣達に制限時間の内に合流出来なく成る。
容赦が出来る状態では無くなった。
覚悟を決めた俺を見て愛美と葉月が道を開ける。
そんなに怖い顔をしているのだろうか?
踊り場まで戻ると高山が顔を顰めて佇んでいたので、判ってはいる事だが一応聞いて置く。

「高山、あれは爆破可能か?」

「難しいが、やって見よう。しかし…」

「余波、か?」

俺の予測に頷きを返される。

「そうだ。残りの爆薬をあるだけ使えば破れるかも知れんが、その衝撃波は階段はおろか、その周辺にまで及ぶだろう」

「私達がホールに出る必要があるのね?」

高山の答えに反応したのは麗佳である。
当然ホールに出ると言う事は回収部隊の攻撃に晒されるという事だ。
安易に考えて良い事態では無い事を殆どの者に知って貰えただろう。

「これでは、愛美さんの首輪は…」

絶望的な声で途切れる葉月の言葉に、年少組も暗い顔で愛美を見た。
愛美も不安顔で皆を見回す。

「何か手は無いの?」

「最良の手段が爆薬というのは判るのだけれど、それをするには問題があるのよね」

かりんの問いに答える麗佳は色々と考えてくれているが、どうも良い案は出て来ない様だ。
爆薬に関しての知識が有りそうなのは高山、もしかすると文香も、くらいか。

「爆薬の破壊力に指向性を持たせて、標的だけに効果を及ぼす事は出来ないのか?」

「元々プラスチック爆弾には指向性を持たせられるが、その爆薬が少ないんだ。
 これだけでは、大穴は開けられそうも無い」

「ちょっと途中の隔壁破るのに使い過ぎちゃったわね」

高山の返答に今も階段の切れ目で警戒をしている文香が言葉を重ねる。
合流する為に幾つか爆破したのだろうか?
だが数が多いので諦めて迂回し始めた、そんな所だろう。
しかし何時までも此処に留まり続けるのは拙い。
幾つか在った殆どの階段と異なり、此処は踊り場で折れていない。
つまりは上階から下まで丸見えなのである。
遮るものが無い?

「このまま手榴弾でも投げ込まれたら全滅だわ。早く何かの手を打たないと」

「焦っても良い案は出ないわよ。落ち着いて、麗佳さん」

「しかし文香くん、のんびりして居られる状況でもないんじゃないか?」

文香は何も言わず苦笑で返した。
多分葉月の言葉を一番良く判っているのは、俺を除けば文香だろう。
優希、回収部隊、愛美の時間制限、御剣の容態もある。
これらを全てきちんと認識出来るのは彼女以外には在り得ない。
麗佳の言う爆発物を投げ込まれる心配は無い。
そんな事をすれば優希まで巻き込まれて死んでしまう。
俺達の誰かが彼女を庇う事を彼等も期待はしてはいないだろう。
スタングレネードも優希に影響が大きいのでまず有り得ない。
代わりに神経ガスを投げ込まれる心配があるが、それはこちらにあるガスマスクで対処可能である。
それと奴等の活動可能範囲も俺達が合流した事で狭まっている。
派手な行動を取れば観客に気付かれる恐れがあるのだ。
唯一面倒があるとすればエクストラゲームの開始だが、今の所その予兆は無い。
そう成ると、やはり一番の問題は階段の隔壁か。
麗佳を中心に葉月とかりんが喧々囂々と意見を言い合っているが、黙考する俺の耳には入っていなかった。

「早鞍さん、此処は危険だけど、あいつ等を制圧しましょう」

文香が真剣な顔で訴え掛けて来る。
何故真っ先に俺に言うのだ?
更にそれには問題が有る。

「出来ると思うか?」

「難しいでしょうね。でも他に手は無いわ。
 あいつ等の装備に爆薬があれば爆破し易く成るでしょうし。
 何より彼等を排除しない事には爆破作業も出来ないもの」

彼女は自棄に成って言っているのでは無い事は、始めから判っていた。
判ってはいたが冷静に判断している事に感心を覚えると共に、その言葉の内容に少し引っ掛かりを感じる。
装備、荷物。
はて?何か忘れている様な。
しかし思い出せないし、俺も気に成る事があるので階段ホールを見て来よう。
階段の切れ目からホールを覗き込んでいる文香の足元から、床にうつ伏せた体勢で覗き込んで見る。
こちらへ接近していた筈の二人が見当たらないが、柱の陰に隠れっ放しなのか?
それと手塚が隠れていた柱の付近には荷物は置かれてない様だが、手に持って行ったのだろう。
手塚の、荷物?

「早鞍さん、上は見ないでね」

「ん?」

文香の声が上から聞こえる。
その声に反応して上を見てしまった俺は、文香の顔と共に暗がりに除く小さな布切れが目に入った。
暗いので色は判らない。

「見るなって言ったでしょうっ!」

深く考える余裕の無い内に、文香の張り手が俺の顔面を捉える。
あっ、何か閃いた気がしたよっ。
後頭部を床にぶつけながらも俺はある事を思いついた。

俺達は今も監視している文香の近くまで寄って、作戦会議を始めた。
急ぐ必要が有るのだが、こうも人数が多くなると色々と各人間の意見を聞かなくては成らないのが面倒ではある。
事情は判らないが回収部隊は階段ホールから撤退して、向こうの通路に待機している様だ。
文香が確認した情報なので間違いないだろう。
しかも相手に数名かの脱落者が出た事も判った。
今向こうに確認出来るのは3名のみだ。
脱落者の一人は最後に近付いて来ていた一人である事は判っている。
文香が彼の左半身を舐める様に銃撃しているかららしい。
しかし他の4名は手塚を追ったのか、回り込んでいるのか、本当に脱落したのかは判っていない。
叩かれた顔と打ち付けた後頭部が痛いが、現状を文香からの説明で理解した。

「以上の様な状態ね。少しは勝ち目が出て来たみたいだけど、罠の可能性もあるわ」

「あと2時間で何とか成りそうかね?」

「難しい所ね、葉月のおじ様。でも具体的な案が無い現状では、どうにもお手上げ状態よ」

文香の説明に先ほどから不安を隠せない葉月は、ただオロオロとしているだけだった。
一般人としては普通の反応なのだろうが、もっとしっかりして欲しいとも思う。
思いながら、長い間8番のままであったJOKERを9番に切り替えた。
もう時間的には遅いかもしれないが、文香を自由にした方が今後有利に成るだろう。
文香が解放されると言う事は、連鎖的に高山も自由に成る。
この二人に制約が無くなれば選択肢が増えるのだ。
俺が黙考していると、麗佳が難しい顔をして口を開いた。

「相手の戦力が減ったとしても、此処を開けられないのでは意味が無いです。
 迂回する時間も無いですし、何とかして開ける方法を考えないと」

「それについては考えなくて良い。問題は奴等を沈黙させる事だけだ。
 この隔壁を抜けても、追い掛けられたら面倒なんだ。
 御剣の容態も気になるからな。此処を抜けても逃げ切れるか判らない状態は良くない」

「何か思いついたのか?」

ずっと無言だった高山が俺の言葉に反応する。
立ったまま寝てるのかとも思ったが、流石に無いか。

「ああ、但しかなりきついかも、だがな」

「どんな方法かしら?」

「それについてだが。
 …男性陣は女性陣を置いて逃げようかと思う!」

「なっ、何だってーー?!」

麗佳の質問に答えた俺の言葉の後、かりんの叫びが周囲に木霊したのだった。





第9話 合流「自分以外のプレイヤー全員と遭遇する前に、6階に到達する。未遭遇者が1人でも居れば解除は可能。死亡者に対しては未遭遇扱いとする」

    経過時間 45:23



全員が動きを止めて固まっていた。
力自慢の女性が居れば手伝って貰いたかったが、男性、それも葉月より力が強そうな女性は居ない。
文香が何とか役に立ちそうなくらいだが、高山が抜ける以上彼女にはこちらに居て貰わないと困る。
渚が居れば離脱組に組み込むのだが。
その為、判り易く男女で分けた。
意図してなのだが説明が悪かったので、一部の者が俺を不審気味に見ている。
主には葉月と愛実だ。
だが文香にも目の奥に、どういう事?という問いが見えていた。
優希は良く判っていないようだったが、それ以外の1日目を一緒に過ごした者達は呆れた様に溜息を吐いたりしている。

「詳しく説明して頂かないと、動きようが無いのですけど?」

半眼で見て来る麗佳に苦笑を返す。
だが先に聞いて置くべき事があった。
これがノーなら別の方法を取る必要が出て来るのだ。

「高山、お前、野戦砲使えるか?」

「ものによる。だが、多分大丈夫だろう」

ああ、やっぱり出来るのね。
実際に素人の手塚が使っていたので、出来て当然と言えば当然だ。
この会話に文香が驚いた様な声を上げた。

「野戦砲?
 って、通路の奥に在った榴弾砲の事?!」

その通り。
手塚の残した、大きな荷物である。

「そうだ、それを使えばこの扉に大穴空けられるだろう?
 手っ取り早い方法を考えたら、これが一番だったんだ」

「確かにあれなら、一撃で空けられるだろうな」

俺の予想を高山が後押ししてくれた。
それならあれを使う価値は大きい。
それなりの穴が空けば、それを広げる手は幾らか有る。
周りへの被害も発砲音くらいで防げるだろう。
残り少ない爆薬も温存出来ると言うものだ。

「ですが、それをどうやって持って来…それで私達にあいつ等の足止めをしろ、と言う事ね?」

「そうだ麗佳。野戦砲を運ぶのは君等には辛いだろ?
 だから此処は、葉月にっ!頑張って貰いたい」

爽やかな笑顔で皆に告げる。

「ぼ、僕かい?いや、力はそんなに無いんだが」

「怪我人の俺に無理しろって言うの~?ひっどいな~」

「それじゃ力仕事の出来ない早鞍さんは、此処の防衛組ね?」

突っ込みなのだろうが、楽しそうな文香の言葉に力無く項垂れてしまう。

「まずは、俺達3人がホールを抜けないと始まらないな」

言いながら高山は自分の荷物から煙幕弾を3つ取り出した。
良く判ってらっしゃる。

「ふぅ、仕方が無いわね。高山さん、ライフル貸して貰えるかしら?」

文香の依頼に高山は無言で手に持っていたライフルを、荷物の中にあったソレ用の大き目の弾と共に手渡した。
わざわざ文香が高山のライフルを求めた理由をしっかり判っている様だ。
彼のライフルにのみ、銃身下に簡易のグレネード発射装置が装着されていたからである。
交換で文香の持っていたライフルは高山の手に渡った。
俺も荷物の中に有った最後のスタングレネードを麗佳に渡しておく。
麗佳はそれを受け取る時に心配そうに聞いて来た。

「無茶な真似して死なないでよ?」

心配性なのも困ったものである。
隣を見ると同じ事が言いたいのか、かりんも俺を見ていた。
1つ溜息を吐いて、口を開く。

「俺は今、ジャックのPDAを持っている」

「あっ!」

御剣達と別れる前の出来事を思い出したのだろうか、かりんが声を上げた。

「俺は渚の元に戻らないといけない。絶対に、な」

このPDAを誰にも渡さず、自らの手で返しに行く事。
これが渚との無言の約束なのだ。

「では、皆。行動を開始しよう」

俺の真剣な言葉に皆が頷き返したのだった。



やっと辿りついた、野戦砲がある場所の簡易バリケードに寄り掛かって一休みをする。

「痛てて。怪我人はもっと労われってのっ」

「休んでいる暇は無いぞ。よし、台車があるな。葉月、手伝ってくれ」

「判ったよ。でも、彼は少し休ませてあげようじゃないか」

苦笑して返事をした葉月に、高山は肩を竦めて返す。
休んでても良いって事なのか?

ホールの脱出は比較的簡単だった。
奴等は他を置いたまま俺達だけが抜けるとは思わなかったのだろう。
集団行動をしている所を一網打尽にするつもりだった様で、初動が大幅に遅れていた。
しかし煙幕3つだけで容易に突破出来たものの、その追撃が激しかったのだ。
先ほど一発だけ砲を撃って貰った所、奴等は即座に退散してくれた。
とはいえ葉月を守る為に、俺の右足には1発の銃痕が追加されている。
本当に1発で済んで良かった。
実際は1発だけではないのだが、右足以外は防弾チョッキで止まっているので打撲傷以外は受けていなかったのだ。
しかし原因は色々あるが、正直もう意識が朦朧として来ている。
ボーッとして居ると寄り掛かっていたバリケードを崩された。
不意打ちだったので為す術も無く仰向けに転がってしまう。

「あ、たた」

「準備は出来た。行くぞ」

確かに野戦砲を階段ホールへと移動させるにはバリケードを排除する必要がある。
しかし一言言ってくれても良いだろうに。
最近高山君が冷たいです。
彼が急いでいる理由は何となく判るのだが。
内心で愚痴っていると、高山が俺の隣に片膝をついて来た。

「外原、これを渡しておく」

葉月には聞こえないだろう小さな声で囁く。
それに今は野戦砲の向こうに居る葉月には、俺達が見えていなかった。
つまり高山は葉月、もしかするとそれ以外の人間にも知られたく無いのかも知れない。
彼の手の中から俺の掌に直接乗せられたのは3つのツールボックスだった。

「正直お前以外では矢幡と北条だけ。それ以外は信用出来ん。あの陸島と言う奴も怪し過ぎる。
 それに北条には隠し事が出来んだろう?最初は矢幡に渡そうとも思ったが、お前に渡した方が良いと思った」

かなり早口で言い立ててから、すぐに立ち上がる。
彼の言う「信用」と言う言葉には、「実用」の意味も込められている気がした。

「動かないなら轢くぞ」

高山は俺に背を向けながら、再び冷たい言葉を言い放つのだった。

野戦砲の前側には転がす為の車輪が着いていたのだが、後ろ側には地面への固定用の板しか着いてないので転がせない状態である。
俺達はこの後ろ側の板を台車の上に乗せて運んでいた。
手塚も同じようにしてあの位置まで運んだのだろう。
前方の舵取りと後方の台車の制御だけで良いので2人で問題が無い上に、重量も人一人が増えても大した事が無かった。
その為、高山に応急治療をして貰った俺は野戦砲の上に座っていた。

「あー、楽チンだなぁ」

「はっはっは、早鞍さんは頑張り過ぎていたからね」

後方の台車を持つ葉月が朗らかに笑うので、俺にも笑みが漏れる。
本当に一般人だよな、このおっさんは。
だが彼には『ゲーム』にあった様に写真の家族、妻と娘が待っているのだ。
彼も無事に帰さないといけない。
葉月と会話しながら片方の手を彼に見られない様にして、先ほど受け取ったツールボックスを確認した。
表面の英字を見ると3つの内の2つにはどちらにも「Tool:NetworkPhone」と書かれている。
それぞれの後ろについている異なる2桁の数字は個体を区別する為のものだろう。
トランシーバー機能のソフトウェアか。
もう1つも確認して見ると、こちらには「Tool:DetectCollar」と書かれていた。
首輪探知機能である。
しかし『ゲーム』で姫萩が拾っていたものは「Tool:CollarSearch」だった気がするが、何か違うのだろうか?
確認した3つのツールボックスは今インストールする暇は無いので、ポケットに放り込んでおく。
進行方向を見ると、もうすぐで曲がり角だった。

T字路に入る時にはきちんと高山が安全を確認してから曲がる。
曲がるのは思ったよりも難しかった。
この様な狭い通路では縦に長い野戦砲は動き辛かったのだ。
やっと曲がり切った所で高山を呼ぶ。

「そろそろ射撃準備、やっとこう」

「射撃?」

「ああ、急いだ方が良いだろうな。此処ら辺りにも居ないって事は、俺達から標的を外したんだろう。
 って事は、次の目標は何処だと思う?」

「っ!そうか彼女達が危ない!」

元々彼等の目的は優希なのだから、こちらをずっと狙い続ける理由が無いのだ。
高山は既に感付いているだろうが、彼の問いに静かに返した俺の言葉に予想通り葉月が激しい反応を示した。
そのままオロオロと動揺し続ける。
曲がる時にこの様に慌てられたらいけないので黙っていたが、実際にはかなり急いだ方が良い状況だ。

「それで弾頭は?」

高山が聞く様に、この野戦砲用の砲弾は榴弾一種類では無かった。
通常?の形成炸薬弾の他に鉄甲弾、焼夷弾なども転がっていたのだ。
今回最初の砲撃に選んだのは。

「焼夷弾だ」

「かっ、彼等を焼き殺す気かね?!」

葉月が色を為して抗議して来る。
殺人が悪い事、という普通の感覚なのはとても良い事だと思う。
だが彼に合わせて強攻策を取れないと成れば、何も出来なく成るのだ。
あちらは優希以外は死んでも構わないつもりでやって来ているのだから。

「それで死ぬ程度なら、苦労は無いんだけどね。
 さあ、早く進もう」

軽く返すと、納得はしていないが渋々引いてくれて助かった。
此処で問答している余裕は無かったのだ。

階段ホールの手前まで辿り着くと、回収部隊の4名が柱に隠れながら階段を伺っている。
1人増えた様だが、負傷者を後方に移動した後に戻って来たのだろうか?
角を曲がってから此処に来るまでに何度か銃撃音が聞こえたが、彼等に被害は出ていないようである。
階段の方は角度的に見えないので、女性達の被害が判らないのがもどかしい。
しかし奴等は此処で攻撃の手を止めている様だが、何かあったのだろうか?
悩んでいると、彼等の1人が時間を計っているのが目に入る。
つまりカメラの停止時期を待っている、と言う事か?
好都合だから一気に攻めよう。

「高山、頼む」

言いながら野戦砲の上から降りて、アサルトライフルと煙幕弾を構える。
更に葉月に俺の予備武装としてのグレネードランチャーを持たせておいた。
俺の煙幕弾は囮なのだが、そのタイミングが問題だ。
漸く握力が戻って来ていた右手を何度も握って確かめながら、高山に指示を出す。

「焼夷弾の後、合図をしたら衝撃力の高い弾で奥の柱をぶち砕いてくれ」

ライフルをしっかりと左手で握り、煙幕弾のピンを抜いてレバーと一緒に右手で握る。
右手は少し使える程度なので過負荷は掛けられないが、それでも前までよりかはマシである。
そして、野戦砲の第一砲撃により開戦が告げられた。

手前の方にある奴等が待機していた柱に向けて放たれた焼夷弾は、狙った場所に着弾して柱の周囲を炎で炙った。
砲撃音で即座に反応した部隊員達は素早く柱から離れて回避している。
だがその高温に炙られて、二人が軽い火傷を負った様だ。
炎により階段から離れざるを得なくなった彼等は再度目標をこちらに設定しようとするが、それよりも早く俺からの銃撃をお見舞いした。
それと同時に階段からも彼女達の銃撃が再開された様である。
1つ奥の柱に逃げる彼等を銃撃しながら、少ししてから煙幕弾を投げた。
追加で2回程引鉄を引いてからライフルを足元に投げ捨てて、後ろに待機していた葉月の持つグレネードランチャーを受け取る。
狙いは相手を奥の柱の向こうへと追いやる事だった。
ランダムに引鉄を引きながら、相手の後ろを追い立てる様に榴弾を放つ。
そして奴等が柱の影へと身を隠し切る直前に俺は高山に次の指示を出した。

「高山、行け!」

そして合図により焼夷弾発射以後に彼が装填していた砲弾が奥の柱に命中する。
命中精度良いな、と暢気に見ていると柱に最初の皹が走った。
だが一撃ではこれ以上の崩壊は起きそうも無い。

「もういっぱぁ~つっ!」

グレネードランチャーの引鉄を引きながら高山を促すと、十数秒後にもう一撃が叩き込まれた。
ほぼ同じ場所に打撃を受けた柱は更に大きな皹を付ける。
その皹が一点から急速に上下に広がり、数秒後に柱そのものとそして柱の上にある天井の一部が崩れ出した。
ホールの柱一本なので建物全体からすれば大した事は無いのだろうが、その瓦礫の量は相当のものだ。
その直ぐ下に居た部隊員達は恐慌に陥り、逃げ惑い始める。
這う這うの体で奥の廊下へと逃げた彼等の足元に、一つの缶が転がった。
これは俺がやったものではない。
階段の方向と成る横側を見ると、ニヤリと笑みを浮かべた麗佳が居た。

「女って怖いね~」

俺の耳を塞ぎながらの呟きに同じく耳を塞いだ高山が頷いた時、崩落していくホールの奥で轟音が響き渡ったのだった。

階段で待っていた皆は何度か攻撃を受けていたが、大怪我をした者は居なかった。
非常に喜ばしい事だ。
しかし前衛となっていた文香、かりんは数箇所に掠り傷を貰っていた。
二人には軽く応急処置をしておいて貰う。
謎の部隊員との間は崩れた柱と天井の一部が瓦礫と成って邪魔をしており、こちらに来るのは迂回する必要がある為に時間が掛かる様に成っていた。
俺はあのまま追い散らすだけのつもりだったのだが、意図せぬ副産物である。
そうして皆を一旦階段から上がらせると、その階段上への野戦砲の設置を急いだ。

「オーライ!オーライ!」

かりんの掛け声に高山と葉月が砲を動かしている。
俺は意識を保つので精一杯だったが、表面上そう見せない様にしつつ座って休んでいた。
此処で止まる訳には行かない。
時間は大分経っており、残りは1時間を切ってしまっている。
砲の移動に時間が掛かっているのが原因だった。
それでも急げばまだ余裕はある。
高山によると、下に向けての傾斜が相当あるので砲を撃った時の反動が厳しい事に成るらしい。
それは瓦礫などを利用して制動を掛ける事にした。
暫く待っていると、砲の設置から角度調整そして瓦礫の積み上げが終わった様である。
ちなみに見てるだけなのは、俺と優希と愛美の3人だ。

「皆、行くわよ~」

文香の声に皆が後ろに下がって耳に手を当てる。
高山が発射準備に砲の後ろ側に着いた。

「てぇー!」

麗佳の掛け声と共に砲が火を噴く。
そして俺達を2時間近く足止めしていた隔壁に、ポッカリと大穴が開いたのだった。

表面上我慢していたものがもう我慢し切れなく成っていた。
痛みと疲労とで意識が落ちそうに成る。
脂汗だろうか、全身に湧き上がる汗も多く成っている様だ。
考えて見れば神経ガスで眠らされた以外は、丸一日以上食事も睡眠も取っていない。
かりんも同様に眠そうにしているが、他の面々が元気そうで良かった。
俺達以外も同様であったら、大変な事に成る所だ。
だがふらつく俺に合わせていては時間を過ぎる可能性が有る。

「かりん、愛美。2人とも先に行くんだ。早く行かないと死ぬかも知れないんだぞ!」

そう言う俺に対して答えを出したのは葉月であった。
葉月は半分朦朧としている俺を、背負って来たのだ。

「これで大丈夫。さあ、行こうかっ」

「あ…うんっ!御願いします、葉月さん」

酷く嬉しそうなかりんが印象的だった。
そうして俺達は48時間経過の約10分前に御剣達が待機する部屋の前に辿り着く。
かりんがドアを開けようとした時、ドアが勝手に開いた。

「外原さん、かりんちゃん、ご無事ですか?!」

「咲実お姉ちゃんっ!」

「まあっ、優希ちゃんも!!良かった…無事だったのね…」

中から出て来たのは姫萩だった。
そして目の前に現れた優希をしっかりと抱きしめている。
疑問はあるが今の最優先事項は愛美だ。
喜び合う者達には悪いが、きつめの口調で言っておく

「…姫萩、すまんが、直ぐに、通して、くれ!愛美が、拙い」

息も絶え絶えで言葉を紡ぐ俺に気圧される様に一歩引く。
背負われているだけでも体力は削れていたのである。
引いた姫萩の隙間にかりんが突入し、姫萩を押し退けて部屋に入ると直ぐ後ろに愛美が続いたのだった。



その細い指が震える。
摘んだ小さな機械はカタカタと音を鳴らしながら、金属の突起へと近付いていく。
その内ゆっくりとではあるが、機械と突起が触れ合ったかと思ったら、その機械へと突起が飲み込まれていった。
その根本まで突起が飲み込まれた時、あやしいランプが光ったと同時に巫山戯た音が耳を打ち、不吉な音声が垂れ流されるのであった。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事に12時間経過以降、48時間経過までに全員と遭遇し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

音声が流れた後、機械を嵌めた首輪はカシュンという軽い音と共に二つに割れて彼女の左右に落ちていく。
此処に3人目の解除者が生まれたのである!

「なんてナレーションは、どうでしょうか?」

「鬱陶しいから止めて」

床に放られてうつ伏せに倒れたまま頑張って意識を保つ俺に対し、麗佳の返答は冷たい。
そう言っている間にも、首輪の外れた愛美を皆が祝福している様だ。
傷心の俺は手元にあるPDAを操作してから、呪うかのように声を絞り出した。

「ふ~み~か~~」

「もうっ、何?下らない事だったらお仕置きよ?」

俺が呼ぶ声にこちらも冷たい、愛美を祝福していた筈の文香。
俺が何したっての?

「あ~、これお前に。それと終わったら高山に渡してくれ」

真面目な声で言うと共に、1台のPDAを、倒れたまま差し出した。
PDAの表示は<クラブの10>だ。

「あ…これは…」

そのPDAの画面表示に伝えたい事は察してくれた様だ。
これで彼女の首輪も外せる。
身体はだるいし痛いが、もう少し頑張ろう。
倒れていた身体を起こして壁に寄り掛かり、隣に放られていた俺の荷物から2つの首輪を取り出す。

「愛美、首輪を葉月に渡してやれ!
 そして葉月、これでお前の首輪を外せ」

声は小さかったが、聞こえてくれたのだろう。
葉月が愛美から首輪を受け取って此方へ近付くのが見えた。
俺の手から2つの首輪を受け取ってから、解除作業を始める。

    「おめでとうございます!貴方は見事にJOKERを10回使用し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

その間に文香が首輪を解除した様だ。
次は高山か。

    「おめでとうございます!貴方は見事に首輪を3つ収集し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

目の前で葉月の首輪も外れる。
その時銃声が木霊した。

「高山さん!いきなりではびっくりするじゃないですかっ!」

麗佳の抗議に無言で肩を竦める高山。
本当に動じないよな、こいつ。
そして彼はPDAを首輪のコネクタに接続した。

    「おめでとうございます!貴方は見事にJOKERを破壊し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

さっきからピロロロピロロロ五月蝿いが、これで5つ揃った。

「高山、葉月、愛美、文香、そしてかりん。麗佳にPDAを渡せ」

静かな声で告げた。
しかしこれは、大きな武器にもなるPDAが無くなる事を意味している。
それでも彼等は、一部は何も考えていないかも知れないが、躊躇い無く麗佳へとPDAを手渡した。

「全員彼女から半径5メートル以上離れる様に。事故が無いとは限らんからな。
 麗佳、ナイフを使って確実に壊せよ?」

これについては、6つ目が5メートル以内じゃなくてもペナルティの可能性があるのだが、これは黙っておく。
誰も不用意に壊さない事を願うだけだ。

「判ってるわよ」

そんな俺の言葉に麗佳がちょっと拗ねた様に答えて来た。
麗佳は皆が離れたのを確認しながら、太腿に固定していた鞘よりコンバットナイフを抜き放つ。
床に5つ並べられたPDAを1つずつ確かめる様に破壊した後、自分のPDAを首輪に挿し込んだ。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事にPDAを5台破壊し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

これを以って、俺と行動を共にしてくれて居た7名全員の首輪が外れたのだった。

外れた7名の首輪は全て俺に預けて貰う。
何人かが訝しい目で見ていたが、特に反論は無く手渡された。
全ての首輪を再度一つの輪の状態に戻して、俺の荷物に捻じ込んでおく。
此処で寝てしまいたいが、俺達4名にとってはまだ危機は去っていない。
この4階は6時間も経たない内に進入禁止エリアに成ってしまうのだ。

「御剣は動かせるか?というか動かせそうに無くても動いて貰う」

「容態は~大分落ち着いて来てます~」

渚の診断では大丈夫、と思って良いのか?
それではもう1つのグループにも伝えておかないといけない。

「文香、葉月。お前達は首輪解除組を連れて、このまま下に降りろ」

これに真っ先に反論して来たのはかりんだった。

「なっ、何でだよっ」

「愛美の首輪は外れた。これでお前等が進入禁止エリアへ降りられない口実は無くなったぞ?」

「でもっ」

「理解しろ。これからはあんな連中を相手に、行動の制限がついたまま追い掛けっこしなきゃ成らんのだぞ?
 そんな危険を冒す必要の無いお前等を何故、危険に晒せると言うんだ。
 言っただろう、生き延びろ、と」

俺の言葉に沈黙するかりん。
本当の事を言えば、分断は下策である。
何と言っても標的は首輪をしている事ではなく、優希個人が対象だからだ。
その為優希が居る首輪解除組の方が危ないのだが、これを俺の口から言う訳にもいかない。
だが彼等を安全と思われる進入禁止エリアに送る事を考えない事が思考的におかしいと思われても拙いから、この様な事を言っているのだ。
文香が真相をばらしてくれれば理由も付くが、今の時点では無理だろう。

「姫萩、渚。準備をしてくれ。
 早く5階に行ってから休もう」

立ち上がろうとするが、ふらついて真っ直ぐに立って居るのかも怪しく成って来た。
この際、御剣は渚に任せよう。
この期に及んで否やは言わないだろう。
そう思いながら、壁に手を突き扉へと向かった。

「早鞍っ!」

かりんの声が聞こえる。
早く5階に上がらないと。
御剣も。
皆の首輪が外れて安心した為に精神の箍が外れた所為だろうか。
意識が混濁して来る。

「かりん、生き延びろ」

殆ど意識が飛んでいる中、目の前あるかりんの心配そうな顔を見て俺は何かを呟いた様だ。
そうして、意識が真っ白な世界に落ちていった。



大きな手が俺の頭を優しく撫でてくれていた。

「人の為に何かが出来る人間に成りなさい」

何度も何度も耳にした言葉。
俺を撫でている人物が口にしていると言う事は、この人物は曽祖父なのだろう。

「じっちゃん、何で人の為に何かをしないといけないの?」

子供としての素朴な疑問。
普通の親が聞いたら、怒ってしまう者も居るとか、居ないとか。
その質問に対する答えは何時も決まっている。

「お互いに心を気遣い合えれば、争いなど起こらないんだ。
 目の前に居る他人の心を察する事が出来る。これは日本人の美徳だよ」

曽祖父の持論なのだろう。
俺の知る限り、この信念を曽祖父が曲げた所を見た事が無い。
勿論ただ甘いだけでなく締める所はきちんと締めてはいたが。

俺は病弱で感情的でその癖甘えん坊な子供だったらしい。
しかし兄が非常に子供らしくない子供だった為、「子供を育てたい」と思っていた両親には歓迎された様だ。
曽祖父も含めて俺は甘やかされて育ったと言って良いが、あの自分と他人に厳し過ぎる兄を見ていた為に堕落はしなかった。
その兄も俺には甘かったのだが、外での振舞いはいつも毅然とした態度だったのだ。
ある意味純粋培養とも言える環境で幼少期を過ごした為に、小学校以降の周囲から受けた悪意は俺に大きな傷を付けた。
それでも曽祖父と兄の言動と、この頃にはもう家に居た俊英が居た事により精神を保てたのである。
村一番の顔役でもあり大地主の曽祖父の家族である事もあって悪意は隠れて執拗に来たが、中学に上がる頃には慣れてしまった。
これがいじめというものだったのだろう。
それでも俺には大切な家族が居たし、その家族から本当に大事なものを教えて貰っていた。
両親は平凡だったがのんびりとした優しい人達だった。

中学で初めて女性と付き合った。
当然まだ行動範囲が狭い為に同じ村内の女性であったが、付き合い始めて1年も経たない内に別れを告げられる。
理由はブラコンだから、だった。
確かにあの頃は、今でもなのだろうが、兄の自慢ばかりが口を吐いて出ていた気がする。
何をしてもパッとしない自分が誇れるのは周囲の人間だけだと思っていたのだから当然だろう。
これを振られた頃に兄に相談したら大笑いされた。
その場面は今でも心に残っているぞ、こんちくしょう。

高校でも一人の女性と付き合ったが、一週間もせずに別れる事になる。
原因は俊英が行なった嫌がらせだった。
問い詰めると俊英が返して来たのは次の様な言葉である。

「あんな財産目当ての阿婆擦れなんて、鞍兄に相応しくない」

散々な言い方である。
なら俺に相応しい女でも見繕ってくれるのか?と返したら、任せろなんて言い出すのだから困る。
兎に角それは辞退したが。

最後に付き合った女性は大学時代に出合った一つ下の後輩であった。
自分の事に関してはかなり不精な俺に甲斐甲斐しく世話をしてくれる出来た女性だった。
互いを尊重し合い、良好な関係を築けていたと今でも思っている。
2年近く付き合っていたが、兄の死で精神が不安定に成っていた頃に何時の間にか自然消滅してしまっていた。
あの頃は荒れていたし当然だと思う。

家族や俊英に何度かお見合いをしないかと言われていたが、兄の死を引き摺っていたのかそんな気には成れなかった。
それに女性に対しては元より淡白であったのかも知れない。
兄が死んでからはバイトと大学院と賃貸部屋の行き来だけで過ごす日々を送っていた。
そんな中で研究室の知り合いが貸してくれたのが、同人版を含めたあの『ゲーム』である。
コンシューマ版では全てのEpで御剣に全額を賭けていた為、最初に辿り着いたのはBADENDだった。



何か騒がしい。
朦朧とする意識を不快な音が刺激する。
俺は何処に居るんだ?
時折揺れる感覚がするが、何かに乗っているのだろうか?

「こっちへ来い、愛美!そんな奴等を信用するな!他人なんて信用出来る奴なんて居ないんだっ!」

必死な声で叫ぶ誰かの声が聞こえる。
内容的には生駒兄、耶七だろう。
何故彼が居るのか?
それより今はどんな状況なのだろうか?
意識を無理矢理覚醒させて周りを見た。
何時もより高い視点で不規則に揺れる視界が、気分を更に悪くさせる。

「早鞍さん、ごめんなさい」

声がした方である横に目を向けると、申し訳なさそうな文香が見えた。
俺はあの部屋でそのまま気を失った様だ。
あれからどれくらい時間が経っているのか?
PDAの時間を見たいが、背負われている為身動きが取り辛い。

「文香、経過時間は?」

「…それがもう53時間過ぎなの」

53時間過ぎ?
それで彼女が少し焦っている感じである事を考えれば、今はまだ4階か。
随分と寝ていたものだ。
そう思っていると更に揺れる。
うぅ、意識が霞む。
そう言えば、先ほどからの会話中にも銃撃音が鳴り響いている様な?

「って、耶七の阿呆から攻撃を受けているのか?!」

「その通りよ」

突然会話に割り込む麗佳。
再度見回してみると、どうやら階段ホールに入ろうとする通路に居る様だ。
遠くには上へ昇る階段が隔壁の穴に隠れて覗いている。

「すまん、降ろしてくれ」

誰かの背に向かって言うと、彼は直ぐに降ろしてくれた。

「もう大丈夫かね?随分と悪かったようだが」

悪いのは今もだが、優先するべき事が違うと何度考えさせるのか。
本気で事態を理解していないとしか思えない。
前の方に居る御剣を見て、その首に首輪がまだ嵌っているのを確認してから葉月に告げる。

「そうも言ってられない。奴がこのまま居座れば、御剣達を含めて首輪が作動するんだ。
 此処まで有難う。だが、此処からは危険だ。不要の怪我をしない内に下りてくれ」

「それだけど、却下よ」

俺の指示を文香が切って捨てる。
何故だ?
いや文香なら判るが、他の連中がそれで納得するとは思えないが。
俺の訴えかけるような目に対して、文香は淡々と続けた。

「早鞍さん、皆を助けるだけして自分は知りません、何て酷くない?」

「俺の首輪は外れん」

「早鞍さん、貴方っ!」

「待って、麗佳さん。
 ねえ、外せなくても他に手があるかも知れないじゃない?
 あたし達はそれが見付けられる様に頑張ろうと思っているの。
 一人より、多い方が見付かり易いかも知れないでしょ?」

その口調はいつもの様に明るい。
彼女の素がこうなのだろう。
それともしかすると彼女はルールの穴を知っているのかも知れない。
「エース」の情報に幾つかの解除条件の例でもあったのだろうか。

「怪我しても知らんぞ」

ぶっきら棒に言い捨てる。
誰が率先してこんな事を言い出したのかは知らないが、優希を手元に置いておきたい俺にとってこの提案は望ましかった。
だがこれを俺が喜ぶ訳にはいかない。
それを見せれば不審がられてしまうからである。
そして未だ危機は続いているのだった。

階段ホールに近付くと、銃撃音に混ざって大声で行なわれている会話が聞こえる。
廊下の端には誰かが運んでくれたのだろう、かりんが寝ていた。
彼女も睡眠不足だったので、俺と同じ様に倒れたのだろうか?

「お兄様!もう止めて下さい!」

「お前が来れば、それで良いんだよっ!さっさとこっちに来い!」

生駒兄妹が互いに譲らず言いたい事だけを言っている。
その会話中でもホールに出ようとすれば、威嚇射撃がやって来ていた。
御剣が攻めあぐねている。
これをずっと繰り返している様だった。
こちらの武器も大分減って来たし、何より愛美の目の前で耶七を攻撃するのは躊躇われるので、膠着状態のままである。

「時間が無いわ。愛美ちゃん、覚悟は決めておいて貰えるかしら?」

現実をしっかりと認識している文香は愛美に警告する。
愛美も時間が迫って来ている事に気付いたのか、表情を硬くした。

「文香さん、しかし」

「総一君、君だけじゃないの。早鞍さんや渚ちゃん、咲実ちゃんの命も掛かっているのよ?」

「そして奴の命もな」

文香の意見に俺が追加する。
無難な策は無いものか?
階段のシャッターをバリケード代わりに、穴の向こうから射撃して来る相手。
あれでは天然の要害と言って良い。
対策を考えていると、ホールへ飛び出す影が目の端に映った。

「愛美さんっ。危ないです!」

咲実の叫びが上がるが、その人影は止まらずに進む。
その人影を追って御剣も飛び出した。
拙い、愛美はまだしも御剣は撃たれてしまう。

「文香、麗佳。壁沿いに回り込め!渚、御剣を援護するぞ!」

攻撃行動に使えそうな人員に指示を出す。
考えて見れば穴の向こうに居る奴には、壁沿いに進めば攻撃を受ける心配は無いのだった。
迎撃しようと穴から身を乗り出せば、不利なのは向こうなのだから。
今更気付くとは情けない限りである。

「御剣、愛美!退け!」

叫びながら渚から受け取ったライフルを構える。
時既に遅く、耶七は飛び出た人影に対して反射的に銃撃を加えていた。

「おに、い、さま?」

「愛美さんっ」

愛美が止まった事でやっと追いついた御剣が、銃口を向けて来た兄に呆然とする彼女に飛び付いてそのまま床に転がった。
殆どの銃弾は虚しく空を切るが、その内の2発が御剣の身体に突き刺さる。

「渚、特殊手榴弾はあるか?」

「閃光と煙幕しか無いわ」

愛美に向かって撃った事で精神的な打撃を受けたのか、呆然としている奴にゴーグルの類は見えない。

「閃光をくれ!後、御剣達を頼む」

「判ったわ」

後ろに出した右の掌に円柱状のものが乗って来る。
身を低くして、一直線に隔壁の穴に向かった。
後十数メートルといった所で耶七が俺に気付き慌ててライフルを構えようとしたが、その前に撃った俺の弾を避ける為に穴から後退する。
後退を確認して直ぐにピンを抜く。
更に一歩進んで安全レバーを解除。
少しだけ歩数を進む。
片足でジャンプしながら投げる体勢に。
右足で着地してからフォームを作りつつ、左足を前に出しながら腕を後方から前へ。
左足の着地と共に右手の中の閃光弾を投げ放った!
投げた物体は丁度穴から顔を出そうとした耶七の顔面にぶち当たる。
狙った訳じゃないよ?

「ぶがっ」

変な声を出しながら鼻を押さえるが、直ぐに俺を見ようと目を開けた時、彼の目の前に浮かぶ物体が閃光を発した。

「ぎゃあああぁぁぁぁ」

学習しない奴である。
投げ終わった後に後ろを向きつつ右腕を高々と掲げる俺は、背後から閃光を浴びてしみじみと思う。
右腕の調子も大分戻って来た様だった。

閃光を受けて苦しむ耶七は文香の一撃で昏倒した。
現在は葉月に背負われて運んで貰っている。
残念だが武装解除した上で両手は後ろで縛っているのだが、その所為で葉月がかなり運び難そうだ。
御剣の傷は防弾チョッキを着ていたお陰で軽い打撲傷で済んだ様だ。
何時の間に来ていたのだろうと思ったが、何と俺の着ていたものらしい。
ってか防弾チョッキを着てない事くらい気付けよ、俺。
移動途中で4階が進入禁止に成った事が告げられていた。
これで54時間以上が経過している事に成る。

「そう言えば高山が見当たらないが、一人だけ下りたのか?」

「多分そうでしょうね。一人で行動したい、なんて言ってたわ」

文香の憮然とした返答に、俺は納得していた。
高山なら自分が助かれば後は知らない、と言ってもおかしくはない。
正直に言えば高山が抜けたのは痛いが、頼ってばかりも居られないと言う事なのだろう。

「御剣、余り無理はするなよ。休みたければ言ってくれ」

「貴方には言われたく無いな」

苦笑して返されてしまった。
だが御剣の場合は、死にたがりなのが問題に成るのだ。
人が増える度に問題も増えていく。

「手塚さん、6階に居るんですね」

ボソッと呟いたのは姫萩である。

「へえ、あいつもう上に昇ってるのか」

「ちょっと待って、御剣。姫萩、何故それが判るの?」

御剣は普通に納得している様だったが、俺達には姫萩が何故彼の位置を知る事が出来るのかを知らない。
丁度良いので此処で明かして貰おうか。

「何か探知系ソフトを持っているんだよな?だから俺達が到着した時に、先に扉を開けた」

「あっ、それは…その御免なさい」

「謝る必要性は無いんだがね。だが何が入っているんだ?」

「はい、首輪の探知ソフトです。私達が避難していたあの部屋にあったんです」

つまり俺が高山から貰った物と同じか。

「首輪、ね。了解だ。今後はそれも考慮に入れよう。今は姫萩のPDAにしか入っていない機能だしな。
 これで良いか、麗佳?」

「…そうね、問題は無いわ」

「兎に角、休憩出来そうな所はまだ無いのか?」

5階に上がってからは、PDAを睨み付けながら先頭を歩いていた麗佳に聞いて見る。

「もう直ぐよ。30分ほどかしら」

それならもうすぐだな。
未だに眠るかりんを担ぐ愛美も大分辛そうだし、そこで久方ぶりにゆっくりとした休憩をしたい。

「漸くゆっくり出来そうね?」

文香も俺と同じ事を考えていたのか、にっこりと笑い掛けて来た。

それなりに広い部屋に水道とトイレが付いた所に到着した。
隣の部屋には汚いが3つほどベッドがある寝室が繋がっている。
皆が到着してから荷物を置くと、思い思いに休み始めていた。
緊張の連続からか、皆は大分参っている様子である。

「そうそう、早鞍さん。これ勝手に借りてて御免なさい。
 正確には渚ちゃんから借りたんだけどね」

文香がPDAを差し出して来た。
受け取って画面を見ると<ハートの3>が表示されている。
3番?

「……ああ、俺のか」

首を少し傾げて悩んだ後に解答が出た。
最近7番ばかり見ていたから、こっちは使っていなかったのだ。
そう言えば十字路で渚に預けたままだった。

「自分のPDAくらい覚えてなさいよ」

呆れた様に注意されてしまった。
だが俺にとってこれはソフトウェア使用の為の道具以外には成り得ない。
これを解除に使うとすれば、3人殺さないと成らないのだから。
思いながら上着のポケットに入れると、カチンと音がする。
このポケットに何かを入れた覚えは無かったが、何か入っている様だ。
入っているものを取り出してみると、一つは先ほど入れた3番のPDAである。
そしてもう一つ出て来たのは液晶画面に丸い風穴の開いたPDAであった。
これは、JOKERか?
確か麗佳はナイフで壊した筈だが、ナイフではこの様な破損痕には成らないだろう。
考えられるのは銃で壊されているJOKERだけだ。
それとも俺が寝ている間に、他で壊れたPDAが出たのか?

「ああ、それ。高山さんが自分だと思えって、壊れたJOKERを服に放り込んでたわよ」

壊れたPDAを見て悩んでいたら、文香が悪戯っぽい笑みを浮かべて説明してくれる。
文香には半眼の横目で答えて置くが、しかし何の為に高山はこれを俺に託したのだろう?
考えても答えは出なかったので、取り敢えず持っておく事にした。

暫くするとかりんも起きて来た様で、丁度その頃には渚を中心とした調理班が食事を用意していた。
もしかすると匂いで起きたのかも知れない。
この食いしん坊め。
だが俺も凄く腹が減っていたので、この食事は待ち遠しかった。

「久方ぶりの食事だよ、全く」

「そうだよなー。丸1日は経ってるんじゃないか?」

かりんもお腹が空いていたらしく、がつがつと食べながら俺の言葉に対して感慨深げに呟いた。
愛美の解除を最優先していた為に色々と我慢をしていたのは事実だ。
かりんにも大分無理をさせてしまった、と反省をする。
食料は渚の持っていた大きな荷物の殆どがそうであったらしく、この人数でも充分に賄えていた。
一体渚はどれだけ食料を持って上がっているのか、これだけ消費してもまだ大量に残っていると言う。
俺としては美味しい食事を提供されて文句は無いのだが。
更に調理により味気無い保存食を美味しい食事へと変えたその手腕は、正に達人と言って良いだろう。
しかしこうして見ると、耶七を含めて此処に11人居る訳だ。
その殆どが和やかに話しながら同じ食事を摘んでいる光景が微笑ましい。
耶七の説得はまだだが、これが出来れば後は手塚だけである。
だが、あのアウトローは説得に応じてくれそうに無い。
単独行動の高山と合流してくれれば多少は芽があるが。
これまでにも高山と手塚は接点が無い。
一度野戦砲の時とその後の階段で接触しかけているが、直接的な戦闘は一度も無い筈だ。
だから2人にはまだ和解の可能性があった。
まあ麗佳の様に知らない内にやり合ってたら、その限りではないのだが。
更に高山には手塚と組む利点が無いか。
そんな時、食事の談笑とは明らかに違う遣り取りが耳についた。

「はい、お兄様。あ~ん」

「あーんじゃねぇっ。こいつを解けっ、愛美!」

「駄目ですよ。お兄様、皆様を傷つけようと為されますもの」

「当たり前だ!こいつらが生きていると金が入らねぇんだよっ。それに俺も死んじまうだろ!」

その言葉に愛美が俯いてしまう。
縛られた耶七に食べさせようと愛美が甲斐甲斐しく世話をするのだが、それが気に食わないのか耶七が騒ぐ。
大人しい妹と騒がしい兄で対照的な兄妹だ。
それからも喧々囂々とやり合っているが、当分は決着が付かなさそうなので放って置こう。
他の者達は食事を終えて好みの飲み物、どれもインスタントのコーヒーか紅茶か煎茶しかないが、を啜りながらゆっくりとする。
俺はやはりコーヒー派だ。
実家の自家製ミルクが恋しく成って来る。
そうして一時の安らぎに身を任せたのだった。



この5階にも進入禁止の時間が迫っている以上、最低限の休憩で済ませる必要があった。
本来なら此処で一眠りしようとしていた皆には悪いが、出発を早めて貰う事にする。
ゆっくり休むのなら6階に行ってからで良い。
特にJの渚とQの咲実は71時間経過を待たないといけないので、必然的に6階に居ないと成らないのだ。
問題は他にも有った。
解除不能と思われる人物が4名も居る事である。
Aの御剣、3番の俺、7番の耶七に10番の手塚。
この首輪への対処も考えなければ成らないのだ。
その外れない首輪を持つ耶七についてだが、俺達の説得は功を奏さなかった。
愛美の言葉も頑なに拒んでしまった彼については、縛ったまま運ぶ事にする。
面倒ではあるが5階に置き去りにしたら死んでしまうし、かと言って開放も出来ないので仕方が無かったのだ。

現在全体的に武装が心許無く成っていた。
アサルトライフルは5挺、サブマシンガンが2挺、拳銃が9挺、グレネードランチャーが1挺。
弾は溢れるほどとは言わないが、充分にある様だ。
特殊手榴弾も大分数が減り、閃光手榴弾が1発に煙幕手榴弾が2発、音響手榴弾はもう無い。
そして何故か焼夷手榴弾が1つあった。
ライフルは俺と御剣、文香、麗佳、渚が所持し、サブマシンガンはかりんが持つ。
もう1挺のサブマシンガンは御剣が予備で持っていた。
拳銃は優希と耶七以外が持ち、グレネードランチャーは俺の荷物に入れる。
手榴弾関係は焼夷手榴弾だけを俺が懐に持ち、その他は麗佳が管理する事に成った。
遠隔操作用の対人地雷を手塚への牽制用に使ったが、1つは未起動であり文香が回収していたのでこれも受け取っておく。

食事の後に少し休みを入れた後、各自トイレも此処で済ませる事にした。
俺も此処でトイレに行っておく事にする。
何時行動を起こされるか判らないし、そろそろ準備をしておくべきだろう。
水を流す事で音を消す。
PDAのスピーカーも指で押さえて極力音が漏れない様に努めた。
高山から受け取ったトランシーバー機能のソフトウェアの1つを、7番のPDAへと導入する。
もう1つの首輪探知のソフトは俺のPDAに入れておく。
可能性だけだが、もしかしたらこれらが役に立つ時が来るだろう。
片方は確実に立って貰う事に成るだろうが。
そうして長々とインストール作業を行った後、トイレを出たのだった。

こうして俺達は出発準備を終える。
その時、全員のPDAから巫山戯けた音楽が鳴り響いたのだった。



現在俺達の持つ7台のPDAより、今まで出たものとは明らかに異なる軽快な音楽が流れ出した。

    プップルルップピプピププル~ルルル ズッチャズッチャズッチャズッチャ

この音楽に背筋に冷や汗が湧く。
「ゲーム」内では始めて聞く、スミスが出て来る時の音楽だったのだ。

「何?これ?」

麗佳が呆れた様な声を出す。
手塚と御剣達以外は今まで聞いた事が無い音楽に困惑を隠せない。
御剣達も余り良い思い出ではないのか、微妙に顔を歪ませていた。
PDAを保有する御剣、姫萩、麗佳が、音楽に釣られてそのPDAの画面を見詰める。
俺も画面を見てみると、かぼちゃ頭に蝋燭を立てた化け物が画面で踊っていた。
皆が見たのを見計らったかの様にPDAから機械音声が流れ出す。

『やぁ、ぼくはスミス。殆どの人は初めまして、だね。
 コンゴトモヨロシク、なんちゃって』

画面の中の化け物はおどけた様な仕草をして挨拶をする。
そしてたれ目のへの字口に表情を変えると、如何にも困っているかの様に話し始めた。

『いやあ、ぼくらも誤算だったんだよぉ。
 君達がまさかこんなに生き残るなんてちっとも思わなくってさぁ!おかげで今回のゲームって不評なんだよねッ。
 だからといって今更みんな殺し合う気はしないよねぇ?これまでの道のりを共に分かち合った、大切な仲間なんだからさ!
 そこで提案なんだ。
 君達が仲良くやってるって事はさ、首輪が外れない人が出るって事なんだもの。
 だからぼくらだけでなく、君達も困っている筈なのさ!』

スミスは更に身を乗り出してくる。
前に出過ぎたおかげで、画面には彼の顔しか映っていなかった。
かなり早い喋り方である。
『ゲーム』では御剣達との問答が入るくらいゆっくりではなかったか?

『君達は首輪を外したい、ぼくらは盛り上がって貰いたい。
 そこでこのエクストラゲーム「闘って首輪を外そう!」を紹介したいのさ!
 このエクストラゲームの最大の特徴は、君達が勝てば君達13人全員の首輪が外れるって事なんだ。
 逆に負けても特にペナルティは無いよ。
 そもそも君達にとっては不要な戦いな訳だから、ペナルティまでつけたら酷過ぎるもんね♪』

他の提案がある事も予想に入れていたが、結局これを提案して来たか。
俺は内心ホッとしていた。
他のもっと面倒なエクストラゲームや一方的なルールの変更の宣言だったなら、詰んでいたかも知れないのだ。
それにしても早い。
いや『ゲーム』では残り18時間の状態で提案されたのだから、逆に丁度と言えるのか。
『ゲーム』通りの展開なのか違うのかが今一判らない。
そしてこの提案はこちらにメリットは確かにあるのだが、全員の意見が気に成る所か。
しかしこのスミスの提案に優希が喜びの声を上げた。

「総一お兄ちゃんッ!!お兄ちゃん達の首輪を外す為のゲームをしようって事だよね!?」

興奮気味に彼女が捲し立てるが、スミスが続いて話し出すと彼女は凝視するように画面に向き直った。

『じゃあルールを説明するよ。今、君達は13人。ぼくらはそれと同じ人数の兵隊を用意する』

此処までスミスが喋った時、俺は驚いた。
13人?
強襲部隊は8人じゃないのか?
『ゲーム』でヘリに乗って来たのは8人の筈である。
いや、ヘリから降りた人数はあの時に明言は無かったか。
つまり『ゲーム』ではエクストラゲームの為に人数を絞ったのか?
だがそんな必要が有るのかも怪しい。
この13名である事が、俺達の首を絞めなければ良いのだが。
俺の葛藤を他所にスミスの言葉は続く。

『彼らは君らのうちの1人を誘拐しようとするから、君達は連れ去られないようにその1人を守るんだ。
 ゲームの本来の終了時刻まで守り切ったら君達の勝ち。
 連れ去られたり、その1人が死んだりしたら負け、簡単だろう?
 武器の使用は自由。その代り、こっちも使う。
 でも守るべき相手を傷付けないように気を付けて!死んだら元も子もないんだからさ!
 じゃあ、標的となる人物を決めるとしよう!』

スミスがそう宣言すると画面の右端から大きなスロットマシンが現れる。
スロットのドラムにはトランプのカードが描かれていた。
このスロットは<スペードの9>でしか止まらない。
奴等の狙いは優希だけなのだから。
だがこれは観客を騙す為のものだから、これで構わないのだろう。

『このスロットを回して、出た首輪のPDAを持っている人がぼくらの標的となる。
 要はこのスロットを使ってランダムに決めようって事さ。平等だろう?よし、それじゃあスタート!』

スミスが大きく手を振ると、軽い電子音と共にスロットのドラムが回転し始める。
しばらくスロットはそのまま回転し続ける。

『はい、止めてー!』

そしてスミスがそう叫ぶと、チン・チン・チンと3回ベルが鳴り、スロットはピタリと止まった。
スロットの窓には、スペードの9が3つ並んでいた。
その表示に優希が叫びを上げる。

「わ、わたしだ!」

『という訳で、ターゲットは9のPDAの持ち主に大けってーい!』

    どんどんどん、ぱふぱふぱふ

スミスはどこからか取り出した太鼓と笛を鳴らしながら、紙吹雪を周囲に振り撒いていく。
だがお前達は決定的なミスを犯した。
俺は内心ほくそ笑んだ。

『っていうのが、ぼくらが提案するエクストラゲーム。でもぼくらも鬼じゃない。一方的な押し付けはしないよ。
 事は命に関わる問題だからねぇ、一部の人間を救う為にわざわざ危険を冒せとは言えないさ』

そんな彼の言葉と共に画面には「賛成」と「反対」と書かれたプレートがそれぞれ1枚ずつ表示される。

『今画面に表示されているのは投票画面なんだ。どちらかの文字に触れれば投票した事になる。
 賛成票が半数を越えればエクストラゲームが始まる。越えなければこの話は無かった事になる。民主的でしょ?』

そしてスミスはプレートの間から顔を出した。

『投票の締め切りは今から10分後。大事な事だからそれまでよぉ~く考えて。
 じゃあ、10分過ぎるか全員が投票をしたらまた来るから!それまでバイバイ!』

最後にスミスは画面の中からこちらに向かって手を振り消えて行こうとした。

「ちょっと待てぇっ!!スミスっ!」

俺は周囲の集音マイクにしっかりと拾われる様に、絶叫と言って良い大声で叫んだ。
部屋の中に居た全員の視線が俺に集まって恥ずかしいが、重要な事なので我慢する。

『な、何かな?外原くん』

画面内のスミスは薄くなり掛けていた表示を再び濃くして、俺に聞き返して来た。
心臓がドクドクと早鐘を打つが、落ち着いた声でスミスに話し掛けた。
これは『ゲーム』でも未確認だった事だから、聞いておく必要がある。

「1つの質問と提案がある。
 まず質問だが、さっきゲームの勝利条件に「ゲームの本来の終了時刻」って言ったな?
 それは当然73時間経過だよな?もしその前に全域が進入禁止エリアに成って首輪が作動ってのは酷い罠だぜ?
 進入禁止エリアの拡大は止まるんだろうな?」

俺の言葉にスミスはすぐに返答出来ない。
73時間経過で勝利なのに、その前の72時間で進入禁止に成って4人の首輪が発動とか巫山戯けているとしか言えないのだ。

『判ったよ、このエクストラゲームが開始された時点で、これ以上の進入禁止エリアの設定を停止するよ。
 これなら君達も安心だよね?』

どうしてもこのエクストラゲームを受けさせたい「組織」は譲歩をせざるを得ないだろう。
これで言質は取った。
そして俺は1つの提案をする。

「では次だ。お前等の提案に1つ条件を追加して欲しい事がある。それは…。
 そちらがターゲットを傷付けたら、その時点でそちらの負け、というルールだ。
 勿論こちらの人間がターゲットを傷つける事はそちらの負けには入らない。
 あくまでもそちらの用意した兵隊が傷付けたら、だ。
 そちらも下らない事で折角のターゲットが死ぬのは嫌だろう?
 この方が緊張感があるんじゃ無いか?」

一生懸命早口に成らない様に、そして焦りを見せない様に、言葉を紡ぐ。
俺の提案に部屋の中は沈黙し続けていた。
スミスは思案顔のCGに切り替わったまま応答をしなく成る。
多分カジノ船で検討中なのだろう。
そして数分後、CGが切り替わると同時にスミスが喋り出した。

『OK!その提案飲んだよっ!
 「こちらの兵隊がターゲットを傷付けたら負け!」これを追加するよ!
 でも9番の少女を盾にしようなんて考えないでよ?そちらにとっても大事な仲間だよね?
 君達の奮戦に期待したいな。
 あっ、だけどまだ投票が終わっていないねっ。
 じゃあ、今から10分過ぎるか全員が投票をしたらまた来るから!それまでバイバイ!』

やはり受けたか。
口元が緩みそうに成るのを俺は必死の思いで我慢した。
俺の提案は「組織」には何のデメリットも無いだろう。
逆に部隊には徹底されている指令なのだから当然だ。
今度こそ本当に、スミスは画面の中からこちらに向かって手を振って消えて行く。
スミスの消えたPDAの画面には、投票の為の2枚のプレートだけが残されていたのだった。



このエクストラゲームについて、当然ながら立場が3つに別れた。
1つは賛成派。
理由は当然、絶対に外れないだろう俺、御剣、耶七、ついでに手塚の4名を助ける最後のチャンスだと言うのだ。
明確な賛成派は葉月、愛美、文香、麗佳、姫萩、かりんの6名である。
2つ目は反対派。
理由は『ゲーム』と同じく、賛成と同時に攻撃される恐れがあるからだ。
まだ終了まで約18時間を残すこのタイミングはかなり危険な匂いを漂わせていた。
反対派は御剣のみ。
3つ目はどちらとも表明していない者。
俺、耶七、優希、渚の4名である。
高山と手塚は残念ながら此処には居ないので、意見は判らない。
更に手塚はPDAを持っているので、投票も可能だ。
そんな時、PDAから音が出た。
画面を見るとPDA画面の反対プレートの上の数字が0から1に増えている。
『ゲーム』と同じで、手塚が反対に入れた様だ。
こちらは圧倒的に多い賛成派に意見が流れようとするが、御剣は必死になって反対して姫萩と口論を繰り広げている。
この辺りは『ゲーム』と同じなのだが、どっちにしても今「アレ」をやられると困るので、優希を間に放り込んで止めさせた。
それに時間も勿体無いし、進んで貰おう。

「で、だ。御剣。反対ならとっとと投票しろよ。止めないから」

俺のこの言葉に皆の動きが止まった。
特にずっと反対を主張して御剣と口論をしていた姫萩は、納得がいかないとばかりに声を上げる。

「な、早鞍さんっ!」

「あー、煩い。何も投票するのに意見を纏めないと成らない理由は無いだろ?
 好きにしろ。大事な選択だからこそ、誰かに縛られるな。その結果が全て、だろ?」

そう、好きにすれば良い。
どちらにせよ攻撃を受けるのだから。
ただし賛成多数で終われば、全員が生きて帰る芽が出るのは確かである。
贅沢を言えば他の全員には賛成に入れて欲しかった。
だがそれを強要するのは間違っている。
俺自身が好きにするのだから。
…いや誰がどうしようとも、結果は変わらないのか。
結局俺の思い通り、か。
俺の意見に背中を押されたのか、御剣は反対に票を入れた。
PDA画面の反対プレートの上の数字が1から2に増える。

「御剣さんっ!」

「俺の意見はこれだっ!危険なんだって言うのが分からないのかっ!」

そして姫萩は対抗する様に、賛成に入れた。
続いて麗佳が同様に賛成に投票したのか、賛成の数字が2に増える。

視線が俺に集まる。
残るPDA4つ全てを俺が持っている以上、俺の選択で結果が決まるのだ。
その前にやっておく事があった。
まだ投票締め切りまでは5分以上あるし、猶予はある。

「御剣、姫萩。お前達のPDAを渡してくれ。少し確かめたい事がある」

先ほどまで喧嘩していた2人の前まで歩いていって、両手をそれぞれの前に出す。

「な、何故今?」

「後だと面倒になるかも知れないからな。大事な事なんだ。渡してくれ」

スミスと話している時からずっと真剣な表情をし続けている為、顔の筋肉が痙攣しそうだが何とか耐える。
此処で表情を崩す訳にはいかないのだ。
それでも御剣が渋っている様なので、俺がもう一度言おうとした時に左側の姫萩がPDAを差し出して来た。
その顔は穏やかだ。
先ほどのスミスとの遣り取りで、彼女は勘違いしているのだろう。
これも狙いだったので、思い通りなのが逆に哀しい。
彼女がPDAを差し出したのを見て、渋々右側の御剣もPDAを差し出して来た。

「判った、何をするのか知らないが、咲実さんのだけは壊さないでくれよ?」

不審を覚えている事を隠しもせず、だが彼にはこのPDAを大事に守る意味は無い。
だから彼にはPDAを手放す事が簡単に出来るのだ。
これも予想通りである。

「有難う御剣。姫萩も」

礼を言ってから、2台のPDAをそれぞれの手で受け取る。
その2つのPDAをそれぞれ左右のズボンの前ポケットへと放り込んだ。
受け取った後2人から距離を取り、入り口の近くに移動する。
それから俺は未投票の4つのPDAを取り出してその画面に手を伸ばしていった。
捻くれて4:4にする手もあるが、嫌がらせ以上の意味は無い。
そして俺の意見は最初から決まっていた。
これは『ゲーム』をした後から思っていた事だったのだから。


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