<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

その他SS投稿掲示板


[広告]


No.4919の一覧
[0] ハッピーエンドを君達に(現実→シークレットゲーム)【完結】[None](2009/01/01 00:10)
[1] 挿入話Ex 「日常」[None](2009/01/01 00:05)
[2] 第A話 開始[None](2009/01/01 00:04)
[3] 第2話 出会[None](2009/01/01 00:05)
[4] 第3話 相違[None](2009/01/01 00:05)
[5] 挿入話1 「拠点」[None](2009/01/01 00:06)
[6] 第4話 強襲[None](2009/01/01 00:06)
[7] 第5話 追撃[None](2009/01/01 00:06)
[8] 挿入話2 「追跡」[None](2009/01/01 00:07)
[9] 第6話 解除[None](2009/01/01 00:07)
[10] 挿入話3 「彷徨」[None](2008/12/20 20:05)
[11] 挿入話4 「約束」[None](2008/12/10 20:01)
[12] 第7話 再会[None](2009/01/01 00:07)
[13] 第8話 襲撃[None](2009/01/01 00:08)
[14] 挿入話5 「防衛」[None](2009/01/01 00:08)
[15] 第9話 合流[None](2009/01/01 00:09)
[16] 挿入話6 「共闘」[None](2009/01/01 00:09)
[17] 第10話 決断[None](2009/01/01 00:09)
[18] 挿入話7 「不和」[None](2009/01/01 00:10)
[19] 第J話 裏切[None](2008/12/19 04:13)
[20] 挿入話8 「真相」[None](2008/12/20 20:40)
[21] 挿入話9 「迎撃」[None](2008/12/20 20:07)
[22] 第Q話 死亡[None](2009/01/01 00:10)
[23] 第K話 失意[None](2008/12/25 20:01)
[24] JOKER 終幕[None](2008/12/25 20:01)
[25] 設定資料[None](2008/12/24 20:00)
[26] あとがき[None](2008/12/25 20:02)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[4919] 挿入話4 「約束」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/12/10 20:01

トラブル続きの今回の「ゲーム」の中でも、今目の前に繰り広げられたモノは趣が異なった。
コントロールルーム内のセキュリティ操作担当官がある箇所のスマートガンを起動した時、ターゲットの1人が大きく動いたのだ。
元々はしっかりとした感じの6番を孤立化させ、代わりに5番とジャックを目玉のエースと合流させる予定だった。
そのつもりが引き離す為の攻撃の直前に、5番が6番に近付いたのだ。
攻撃がもう少し早かったら5番自体を打ち抜く事も考えられた、際どいタイミングである。
その所為で銃撃はそのまま行なわれてしまい、また一度開始した以上は止める訳にもいかなく成った。
だからジャックが孤立するのを黙って見ているしかなかったのだ。
その彼女に連絡しようにも、連絡用のPDAはイレギュラーに奪われている。
どうにも手詰まり感が漂うコントロールルームに次のトラブルが舞い込んで来る。

それは観客の不満であった。
最初から強力な武器やソフトウェアを持つ事で有利に準備を進める7番。
それ以外の貧弱さと比べてもこれは不公平である。
また10時間を過ぎても殺しあったのは、戦闘禁止解除直後の10番のもの。
そして7番とイレギュラーの3番によるエレベーターホールのものの2つだけだ。
途中2番の横槍が有ったものの、決着は先延ばしとなっている。
しかも双方共にほぼ無傷で終わっていた。
7番は傷ついたものの依然有利さは失っていない。
大分スロースタートと言って良い状態に、観客は面白いものを用意しろと言って来ている。
しかし今誰かを支援する事も出来ない状況なので、エースの少年にエクストラゲームを提供する事にしたのだ。

「これで観客が静まってくれると良いのだが」

ディーラーの呟きはコントロールルームの誰にも聞かれる事は無かったのだった。





挿入話4 「約束」



エントランスホールで情報交換をしたものの、2人の男性はすぐに席を外した。
今残っているのは男性1人に女性が3名の計4名である。
この4名で今後生き抜かなくては成らないのだが、その為には一番重要な情報を交換する必要があった。

「皆、聞いてくれ。この首輪やルールは多分、本物だと思うんだ。
 もしも本物じゃなかったとしても、今は本物として行動しておいた方が安全だと思う。
 だからまず皆の首輪の解除を優先して行動したい」

唯一の男性である御剣は、此処まで一気に話してから3名の女性を見回した。
全員がきちんと聞いている事を確認して話を続ける。

「その為にはまず皆の解除条件を知る必要があるんだ。出来れば教えて欲しい。
 …それと俺の解除条件は、「クイーンの殺害」なんだ」

自分のPDAの画面<スペードのA>を見せながら語る彼の言葉に、この場の女性達の顔が強張った。
この時姫萩の動きが不自然に止まり顔が青褪めたのだが、渚以外は誰も気付かない。
渚にしてもプレイヤーに配布されたPDAの番号や解除条件を知らされている訳ではないので、内心で首を傾げていた。

「けれど俺には人は殺せない。
 だから俺の首輪については気にしなくて良い。皆の首輪だけを考えてくれ」

「お兄ちゃんはどうするの?!死んじゃったらやだよっ!」

御剣の台詞に優希が反応する。
だがこればかりは彼等にはどうしようもない。
それでも彼には彼女達を安心させる必要があった。
彼の本当の目的の為には、彼女達には頑張って貰わなくては成らない。
生きて帰って貰わないと成らないのだ。

「この解除条件以外にも何か方法があるかも知れない。
 まだ時間はあるんだ。皆の首輪を外していく内に見付かるかも知れないだろ?
 それより皆の首輪の方が問題なんだ。
 解除出来るものなら早目にしておきたい」

「私のは~、ジャックですね~。えっと~、「24時間以上同行した人が、2日と23時間経過時に生きている」事みたいです~」

渚が慣れない手つきでPDAを操作しながら、解除条件を明かした。
それを聞いて優希もPDAを取り出して解除条件を見る。

「えっとね、私はー。「全員と遭遇する前に6階に到達」?」

「何だって?!」

この解除条件に御剣は驚愕した。
それだともう解除条件を満たす事が出来ないのだ。
誰とも会わずに6階、多分此処に来るまでに見た地図でいけば最上階へと到達するのは無茶が有り過ぎる条件である。

「うんっ、そう書いてあるよ」

優希は御剣に嘘では無い事を証明したいかの様にPDAの画面を見せ付ける。
その画面に並ぶ文言をじっくりと見て、御剣は安堵の息を吐いた。

「はぁ、吃驚させるなよ、優希」

「どうしました~?」

「優希の解除条件の「全員と遭遇する前」って言うのが、誰とも会わずにだと思ったんだ。
 だけど解除条件にはちゃんと1人でも未遭遇なら解除可能って書いてあるから、まだ大丈夫なんだよ。
 いやぁ、焦った焦った」

彼は渚に苦笑を漏らしながら説明した。
それに渚も頷きを返す。
少女1人では行き抜くのは難しい。
けれども全員と会えば解除出来なくなる。
渚は自分の所属する「組織」の相変わらずの陰険さに、溜息が漏れそうになった。

「それで、咲実さんの解除条件は何かな?」

御剣に問われてやっと姫萩は我に返った。
しかし彼女は自分のPDAを言えない。
言う訳にはいかなかった。
彼を信用していないから。
それもまだあっただろう。
だが、彼に負担を掛けたくなかった。
自分がそれだと知れば彼は、ずっと苦悩してしまうのではないか。
実際はそんな事は無いのだが、彼女には丁度良い言い訳になったのだ。
1つのPDAを取り出して、姫萩は覚束ない手つきで作業を進める。
表示の為の手順が多い事に御剣はPDAの操作に慣れていない所為だと、彼女を追求をしなかった。

「あの…私のPDAは4で、解除条件は「3つの首輪の取得」です。
 解除後でも良い様ですので、皆さんの首輪が外れるのを、待ちますね」

姫萩は青褪めた顔で呟く。
最初に変更したのは4番である。
不吉な数字なので避けて5番にしたかったのだが、指が震えて間違って押してしまったのだ。
これで1時間は再変更が出来なくなったので、仕方無く解除条件を見てみたら無難なものだったので、これを使う事にした。

(これで良い。これで御剣さんは困らない)

彼女にとっては、この言い訳だけが真実だった。
全員の解除条件から真っ先に考えられる行動、それは当然6階に上がる事である。

「それじゃ、6階に向けて出発しよう」

御剣は立ち上がり、自分の荷物を担いで女性達を促す。
それに異論がある筈も無く、3名は彼に続いて立ち上がったのだった。



手塚は珍妙な台詞を吐いて去って行った青年と別れてから、幾つかの部屋を覗いていた。
未だ6時間の戦闘禁止が掛かっている状況で彼がすべき事は武器の調達である。
だがこの1階には武器らしい武器が置いていないので、当然だが手塚は武器を手に入れられない。
そんな時、真新しい段ボールを見つける。
建物の他のものと明らかに雰囲気が異なる小さな段ボール箱に、最初の部屋でPDAを見つけた様な感覚が蘇った。

(なるほど、連中はこうやって物資を用意してやがるのか。
 『争わせて楽しんでいる』、ねぇ)

慎重に段ボール箱を開けて中身を見た手塚は、しみじみと思う。
中には食料品とリュックサックが入っていた。
丁度腹も減って来ていたので、一部の食料をその場で食べて、それ以外はリュックへと放り込む。
その時、箱の隅に2つの黒い小さな物体と、それの下に折り畳まれた紙切れを見つけた。

(なんだ、こりゃあ?)

変な形の黒いものはその表面に英語だろうアルファベットの文字が彫られていた。
「Tool:Self Pointer」と「Tool:Map Enhance」の2つである。
更に紙切れにはこのツールボックスのインストールについてが書かれてあった。

(PDAの機能強化?便利な機能を追加出来ます?マジにゲームじみて来てんなぁ)

取り敢えず「Tool:Map Enhance」をインストールしてみる。
本当は誰か他の人間のPDAで試したかったのだが、現在同行者が居ないのでは諦めるしかない。
インストール終了後にツールボックスを抜くと、画面は自動的に地図の画面に切り替わる。
そこには今まで見た事の無い、各部屋の説明が付記されていた。

(こりゃぁ、便利だな、おい)

彼はこれ程とは思っていなかった。
すぐにもう1つのソフトウェアもインストールしてみる。
するとまた自動的に地図に切り替わり、そこには1つの矢印に似たマークが追加されていた。
そのマークがあるのは自分が今居るだろう部屋にあったのだ。

(SelfPointerって事は、自分の位置を示すって事だよな?)

周囲を見渡して他に目ぼしい物がもう無い事を確認してから、部屋を出てみる。
その間もPDAの画面を横目で確認していたが、確かにそのマークは自分と同じ様に動いていた。
つまりこれでどれだけ迷っても、自分の位置だけは把握可能になった訳である。

(何だよ、こんなのが13人全員に与えられているのか?だったら最初っから入れて置けよっ)

内心悪態をつくが、便利になったのは事実なので彼はそのまま階段を目指すのであった。

彼が1階の階段ホールに到着した時は誰も見当たらなかった。
少し前に葉月が通ったのだが、丁度擦れ違った形である。
此処で手塚は考えた。
ルール5がある以上全員が上に上がろうとする筈である。
その為には此処を通る可能性が高かった。
だったら此処で待ち伏せすれば、自分の首輪が短時間で外せるかも知れない。

(何だよ何だよ、簡単じゃねぇか。詰まんねぇな、おい)

彼は階段に座り込みながら、口の端を歪めて笑う。
しかし彼の思惑は少し外れてしまった。
経過時間5時間4分。
未だ戦闘禁止である時間に彼等は到着したのだった。

「御剣…か」

階段ホールにがやがやと小煩い話し声を響かせて無警戒でやって来る集団。
その4名は全員エントランスホールで出会った人間であった。
結局外原は彼等とは同行していない様だ。
それとも合流出来なかったのか。
どちらでも今の彼には関係が無い。
彼が気にしていたのは、今はまだ戦闘禁止であると言う事だった。
すぐには無理だが、禁止の解除直後に襲えば、4名を落とせる。
残り1名と成れば楽勝と成るのだ。

(此処は、人の良いお兄さんで居るかね)

手塚は内心ほくそ笑むのだった。

途中の部屋で鉄パイプを拾っていた御剣は、手塚を余り警戒していなかった。
彼の格好や態度は確かに一般的では無いが、それでもこちらにまだ危害は加えて来る様子はない。
何より彼の様な荒事に向いた者が居れば、女性達を守るのにも好都合である。
だから彼が友好的に話し掛けて来た事は彼にとって歓迎すべき事であったのだ。

「よぉ、仲良しの皆さん。館内の旅はどうだった?こっちも収穫無しで困ったもんだよ」

立ち上がってから大仰な身振りで話す手塚に御剣達は近付いていく。
階段を昇りたいのだから当然である。
姫萩や優希は手塚に対して警戒を解かないで、御剣の後ろに隠れて手塚に近付いていた。

「こちらも何も。収穫はこの鉄パイプくらいです。
 それと、俺達はまず6階を目指す事にしました」

優希の解除条件については言わなかった。
何故かは御剣本人にも判らない。
ただ何となくそれは言ってはいけないと感じたのだ。
それでも手塚は彼等とルールを確認しており、その内のルール5を認識していたので彼等の決定を疑問には思わなかった。

「そうか、時間が掛かる解除条件なら、最初から上を目指した方が安全だもんな」

だから手塚は無難な思考で答えたが、これに姫萩が怯える様に反応した。
ただ彼女は一番後ろに居たし、御剣に隠れていたので誰も気付かなかったのだ。

「俺も上には興味があるし、ルールでも上に上がらなきゃ成らないから、途中までは一緒に行こうぜ?」

「途中まで、ですか?」

「おうよっ。俺の解除条件も考えていかなきゃ成らないからな」

手塚の提案に御剣が思案する。
しかし彼の出す結論など最初から決まっていた。

「判りました。一緒に行きましょう」

御剣の言葉に手塚は内心で高笑いを上げていた。

2階の移動は順調であった。
途中にあった部屋に手塚が入っては食料や道具などを拾い集めている。
手塚は皆を心配した感じでまず自分が様子見に部屋に入る様にしていたし、その後もある程度調べてから御剣達を部屋に入れる様に努めていた。
それが幸いし、ある部屋で彼は「Tool:Player Counter」を見付けたのだ。
早速インストールをすると画面は起動直後に戻るだけだったが、上の時間を表示している更に下に生存者数と言う項目が増えていた。
現在の生存者数は13名。
つまりは死者はいないという事である。
逆に手塚にはこれは喜ばしかった。
何処ぞとも知れぬ所で死なれて首輪が発動したかどうかが判らないのが、彼には一番困るのだ。
更にこの箱にはコンバットナイフが入っていた。
彼はそれを懐に隠す様にして回収する。
6時間の戦闘禁止時間は残り10分程度。
この時間にこれを手に入れたのは、ある意味彼にとっては啓示にも思えたのだった

姫萩には疑問があった。
現在手塚を除いて解除条件を教えあったこの状況で、御剣だけが他者への危害を加える必要がある。
それにも拘らず彼は自分の解除条件を措いて、他者の解除を優先しようとしていた。
このセキュリティシステムによる攻撃が大したものではないと判断したのかも知れない。
それとも脅しなのかも。
姫萩はこの人の良さそうな少年が自分を騙そうとしているとは思いたくなかった。
しかし彼女のこれまでの人生はそれを容易く信じさせてくれる様なものではなかったのだ。
両親は居なくなり、親戚達も自分に残った僅かなお金を毟り取った後は厄介者扱いをした。
そうやって虐げられて生きてきた彼女はそれでも他人を信じたかったが、現状でそれを安易には出来ない。
だから彼女は確かめたのだ。
手元にあるJOKERを使って。
そしてエントランスホールで変更してから1時間近くが経過した頃に、Aへと偽装を行なってその解除条件を見たのだ。
そこには彼が言った通りだと思える解除条件が乗っていた。
実際は彼の言った事とは異なるのだが、彼女はそれに気付かない。
彼女はこの時に、御剣か姫萩かの二者択一の生存条件だと思い込んだのだった。

だから彼女は不思議であった。
彼女がそう思ったなら彼もこの条件を見た時にそれは判っていただろう。
だが彼は言った。

『俺には人は殺せない』

本当にそうなのだろうか。
自分が危なくなったら結局その信念など吹き飛ぶのではないか。
姫萩にはそう思えて仕方が無かった。

「どうしたの、咲実さん?」

思考に没頭して歩みが遅くなっていた姫萩へと御剣が歩調を合わせて歩み寄って声を掛ける。
その声に姫萩は吃驚して足を止めた。

「えっ、あ、いえ。何でも無いんです」

慌てて両手を振りながら早口で言う。
その様子に御剣は勘違いをしていた。

(こんな状況で、緊張が続いているのかな?)

何とかしてやりたくも思うが、この状況では悠長にはしていられない。
ルール7の戦闘禁止エリアとやらでもあればゆっくり出来るのだが、と彼が考えた時に彼等のPDAから電子音が鳴り響く。
そしてそれは手塚の待ち望んだ時間がやって来た事を示していた。

    ピー ピー ピー

PDAから鳴る電子音に全員がPDAの画面を覗き込む。
そこには2ページに渡り下記の文言が並んでいた。

    「6時間が経過しました。お待たせ致しました、全域での戦闘禁止の制限が解除されました!」
    「個別に設定された戦闘禁止エリアは現在も変わらず存在しています。参加者の皆様はご注意下さい」

戦闘禁止解除の警告である。
全員がPDAを収めると周囲に緊張感が漂う。

「まだ他の誰とも会って居ないし、それにその誰かが皆攻撃してくる訳でもないさっ」

御剣は気を取り直して、明るい声で希望的観測を述べながら姫萩を元気付けようとする。
その希望はすぐに打ち砕かれた。
先頭に立ってPDAの情報を見て進んでいる手塚は、懐からゆっくりとコンバットナイフを引き抜く。
御剣は最後尾の少し離れた所で姫萩と一緒の様だ。
手塚のすぐ後ろに居るのは渚と優希である。
コンバットナイフの一撃なら、致命傷には成らなくともかなりの打撃を与えられるだろう。
だからまず当てれば良いと手塚は簡単に考えていた。
問題は御剣だが、鉄パイプに注意すれば制圧も簡単だ。
実際に死に物狂いに成った人間はそんなに簡単なものではないのだが、手塚はそれを知らなかった。
そして振り向き様に右手のナイフを横に振る。

「優希ちゃんっ!!」

声と共に少女が左隣に居た女性に腕を無理矢理引っ張られた事で、ナイフはその右上腕部を掠るだけに留まった。
絶妙のタイミングと思われたその攻撃は、普段ポヤーとしている女性の反応で避けられてしまったのだ。

「ちっ、失敗かっ」

空振りと言って良い結果に舌打ちするが、それでもすぐに追撃へと移行しようとする。
しかし反応はその女性の方が早かった。

「優希ちゃんっ、みんなっ、逃げてっ」

優希の左腕をそのまま引っ張りながら渚は御剣達に声を掛けて、そのまま引っ張って走り出す。
大きく空振って体勢を崩した手塚から渚は優希を引き摺ったまま一目散に逃げ出した。

「ちっ、待ちやがれっ!」

失敗したとは思ったが、依然自分の方が圧倒的に有利なのだ。
それに走行速度も自分の方が上であると思っていた。
手塚は冷静に彼等を追い掛ける。
まず排除するのはあのポワポワしたお嬢ちゃんだったかと、そう思ったその時に少し先から女性達の悲鳴が上がった。



優希を助けたのは咄嗟の行為だった。
彼女には他人を助ける義理も無ければ、それを美徳と思えるほどまともな人生は歩んでいない。
だがそれでも咄嗟に身体が動いていた。
右腕を怪我して震え上がりそうな優希の左腕を引っ張って走り続ける。
その前方には姫萩と御剣がまだ事態を認識出来ていないのか呆然としていた。
大分距離が離れていた様で何をしていたのだろうとは思うが、今は手塚から逃げる事が優先である。
いざと成れば、彼等を盾にして逃げ切る事は可能であろう。
もしそれでも駄目なら、足手纏いの優希を切れば良い。
自分1人なら手塚との競争にも負けない自信があった。
渚には隔壁などを操作するなどの最終手段があったのだ。
そんな彼女には無意識に罠を避けながら進む事が出来たのだろうが、腕を引っ張られているだけの優希には罠を避ける余裕は無かった。
カチリ、と言う音と共に彼女達の足元の床が消える。

「きゃあああああぁぁ」

「ひゃあ~~あ~あれ~~」

彼女達は下の階へと落ちて行ったのだ。
それを後ろと言うか、前から見ていた御剣と姫萩はその落とし穴に駆け寄る。

「優希ー!渚さん!」

「優希ちゃんっ!」

叫ぶ2人は、最悪一緒に下の階へと落ちようとも考えたのだ。
しかしその前に落とし穴は閉じていってしまう。
閉じる直前に見たのは、エントランスホールで出会った外原と言う青年の姿であった。

「クック、残念だなぁ。まあ俺にとっても、ちっと残念だけどなっ!」

閉じた床を開こうと御剣が床のスイッチに近付いて行く途中を手塚がナイフを振るって邪魔をする。
そのナイフを避けた時に偶然にも鉄パイプを手塚の足元に突き出す様にしたらしく、手塚の足に棒が絡まった。

「ぐぉ?」

その場で蹲る手塚に好機と見た御剣は、すぐに背を向けて走り出した。
途中で姫萩の手を取って続けて走る。

「咲実さん、逃げるよっ」

「あ、はぃ」

小さな声だが、それでも姫萩の身体は御剣の後を追う様に走り出したのだった。
それを蹲って見届けた手塚は御剣を追おうと立ち上がったが、その消えていく背を見て諦める。
考えを切り替えて足に絡んでいた鉄パイプを左手に持つと、落とし穴の罠に近付いた。

(確か此処らだったか?)

鉄パイプで優希が触ったと思わしき突起物を突いて見た。
当然先ほど開いた範囲から身体を外してからだが。
思った通りに開いた穴の先には大き目のベッドが置いてある。
落下のショックをそれで受け止めるのだろう。
だがその部屋には誰も居なかった。

「ちっ、逃げられてたか。あの女かぁ?トロそうに見えて思ったより頭が回りやがる。
 御剣にも撒かれるし、トコトンついてねぇなぁ」

最後の方は実に楽しそうに言葉を紡ぐ。
実際この建物は中々に趣向を凝らしている様だ。
この罠にしたってそうである。
手塚はまだこの「ゲーム」について、安易に考え過ぎていたのだった。



御剣達は暫く走ってから、近くの部屋に身を隠した。
その倉庫はまだ入った事の無い所で、部屋の真ん中にはまだ開けられていなさそうなダンボールが置いてある。
御剣が中を覗くと、そこにあったのはクロスボウであった。

「くっ」

手に取りたくは無かった。
だが今は彼1人ではなく姫萩も守る必要があったのだ。
箱の中にある矢は12本しかない。
この数で手塚を退けなければ成らないのだ。

(だがこれで攻撃をするのか?誰かを傷つけるのか?)

ダンボールの縁を掴む手に力が入る。
自分だけなら彼は絶対にこの武器を取らなかっただろう。
自分が殺される為に他人を傷つける事など有り得ない。
それなら甘んじて死のう。
彼はそう考える。
だが彼が死ねば次に死ぬのは姫萩だ。
それは認められなかった。
彼女の首輪を外すか、他の頼れる人間に託すまでは彼は死ねないのだ。
その彼の背を見詰めながら、姫萩は先ほどの事で頭が混乱していた。
身体が竦み上がり部屋の壁に背を預けて座る。

(死ぬ?何で、死ななきゃいけないの?)

生まれてこの方良い事なんて無かった彼女には、今の状況は耐え切れない所に達しそうだったのだ。

「くそっ、何で争わなきゃいけないんだっ!」

彼の小声が耳に入った。
本当にその事について怒りを覚えている様な声。
その声に安心してしまう。
彼はまだ狂っては居ないのだと。

「優希を、もう見捨てないんだ。もう失えないんだ…。
 守らなきゃ、いけない」

肩を震わせて葛藤している御剣を見詰めて、その言葉の意味を考える。
見捨てる、失う。
彼に相応しくない言葉にも思える。
しかし彼は大切なものを失ったのだろう。
だからだろうか、彼がこんなにも自分を考えないのは。

『俺の首輪については気にしなくて良い』

それは死を受け入れたと言う事だろうか。
実際に御剣は誰かを助ける為なら死んでも良いと思っていたが、常人である姫萩にはそれが理解出来ないのだ。

「御剣、さん?」

先ほどからダンボールの中を見たまま葛藤している御剣が気になり、姫萩は立ち上がり近寄ってみる。
そしてダンボールの中を覗いた時、彼女も固まった。

「ひっ」

それは純粋な武器、他者を殺傷する為だけの道具。
そんなものがある事が彼女には信じられなかったのだ。
姫萩の小さく短い悲鳴に御剣が我に返った。

「咲実さん…。
 今は手塚を越えて優希達を助けに行かなきゃ成らない。
 だから、御免。俺はこれを使おうと思うんだ…」

「御剣、さん?」

(やはりこの人も危なくなったら、人を傷つけるのだろうか?)

疑念が姫萩の脳裏を過ぎる。
姫萩の恐れには気付かず、御剣は言葉を続けた。

「手塚を退けなければ、助けに行く事も出来ないんだ。
 追っ払うだけで良い。そうしたら1階に降りて優希達を探そう!」

彼は強い意志を込めた瞳で姫萩を見る。
彼の言う事は尤もだ。
あの2人だけで生き残れるとは姫萩にすら思えなかった。
だから助けに行く必要がある。
そしてこの2階にはまだ手塚が居る可能性が高く、その攻撃を避ける必要があった。

「御、剣、さん。あの、大丈夫、ですよね?」

「ん?はは多分だけど使えるよ。それに優希達にも出会えるさ」

姫萩の質問は、この武器を持っても人が変わったりしないかどうかの心配だったのだが、御剣は勘違いをした様だ。
だが彼女には続けて問い質す事が出来なかった。
もう信じるしかない。
彼女にはまだ疑念はあったが、小さな覚悟を決めた。
あの小さな少女を助ける為に。



御剣達は出来れば手塚には会わずに下に降りたかった。
だがそれは叶わない。
1階への階段に行く途中で先ほどの罠があった通路付近まで戻ったのだが、手塚はそこに残っていたのだ。

「ん?何だ、戻って来たのかよ。折角逃げたってのによぉ。
 おおっ、そうかそうかっ!言っておくが、この穴の下にゃもう居ねぇぞ?
 クック、俺って親切だなぁ」

三叉路を出た所の奥側の通路に居る手塚。
御剣達はその逆側に行くだけだったのだが、このまま彼が1階の階段に行くのを見逃してくれるとは思えない。
それを証明するかの様に手塚はコンバットナイフを右手に、鉄パイプを左手に持ってゆっくりと近付いて来た。

「はっは、お前、本っ当に足手纏いを連れて来ちまったなぁ?御剣ィィィ!」

愉悦に満ちた表情で手塚は御剣へと近付く。

(本当にお人好しの馬鹿は楽で良いねぇ)

手塚は御剣を侮っていた。
確かに彼1人だったなら、彼の考えは間違いではなかっただろう。
だが今の彼には姫萩が、そして下に落ちた優希が居た。
今は諦められないのだ。
彼は自身がズルだと思う限りは負けられない。
だから彼は手に持つクロスボウを手塚へ向けたのだった。

「何っ?!」

何か手に持っているのは判っていたが、それを向けられて初めてそれがクロスボウである事に手塚は気付いた。
距離約30メートルの所で立ち止まる。

「何だ?お前も他人を殺害するとかって言う解除条件なのかい?」

軽い気持ちで言った言葉であった。
しかしその手塚の言葉に御剣は動揺を顕にする。

「何で、それを?」

「あぁん?マジでそうなのか?クックック、お前と言い外原と言い、難儀な解除条件だなぁ。
 外原の奴は3番で3名の殺害、だったか?何か韻を踏んでる感じだよな」

「3名の、殺害、だと?!」

落とし穴が閉じる時にチラッと見えた人間を思い出す。
彼は間違いなく外原だった。

(もしかして優希と渚さんは、殺されている?)

御剣は手塚の言葉から此処まで想像して愕然となった。
驚いている御剣を観察して、手塚は彼の性格を考える。
御剣が撃って来るかを計算し、そして今までの言動からして撃たないと手塚は判断した。
彼は御剣に向けて再び歩み始める。
手塚の動きを見た御剣は我に返って手塚を睨み付けた。
今これ以上手塚を近づける訳にはいかない。
先ほどの彼の言葉は脳の片隅に追い遣ってから覚悟を決める。
隣で心配そうに見て来る姫萩に片目を瞑って小声で話し掛けた。

「咲実さん、威嚇で1発撃つけど、もし彼が突っ込んで来たら、全力で逃げよう。
 此処で怪我をするのは馬鹿馬鹿しいからさ」

「御剣さん…はい、判りました」

彼の愛嬌のある表情と言葉に、まだ彼が人を傷つける事に忌避感が残っている事に気付いた。
だから彼に無理に他者を傷つけさせてはいけないと思い、強く頷く。
手塚の言う通り自分はただの足手纏いだ。
それでも優希を助けるまでは頑張らないといけない。
そして彼を安心させたかった。
肩を震わせて葛藤するほどに恐れたものを使う彼をこれ以上心配させてはいけない。
だから彼女は御剣に微笑んだ。
その笑顔を見て御剣は1つ頷いて、手塚に視線を戻した。

(この状況で笑うなんぞ、何があったんだ?)

手塚は彼等のその笑い合うのを訝しげに思った。
悩んだが、それでも歩みを止めずに進む。
そして彼がもう3歩進んだ時、御剣はクロスボウの引鉄を引いた。

「な、何っ?!御剣っ!手前ぇ!」

来るとは思わなかった攻撃が来た事で動揺した手塚は数歩後退する。
矢は彼の横を通り過ぎただけだが、その風切り音は彼に恐怖を湧かせるに充分だった
その間に御剣は弦を引いてから矢を設置して、再度手塚へと照準を合わせる。

「手塚、俺達は死ぬ訳にはいかないんだ。引いてくれないなら、次はお前を撃つ」

「み、御剣ィ。判ってるんだろうな?殺し合いをするって事なんだぜ?
 手前ぇはそれで良いのかよっ!」

「俺は彼女達を助けるって決めたんだ。その為なら、やれる事を、やるっ!」

御剣の精神を揺さぶろうと問い掛けられた手塚の言葉は、決意を更に固めさせるのだった。
それに気付いた手塚は失敗したのを悟ると同時に身を翻して逃げ出す。
長居すれば本当に自分が撃たれると理解したのだ。
この潔さは彼の才能と言えただろう。
もっと強力な武器が要る。
手塚はこの「ゲーム」で勝つ為に必要な事を考え続けるのであった。

「ふぅ、良かった~」

手塚が背を向けて逃走した後も、そしてその姿が消えてからもクロスボウを構え続けていたが、1分ほどして御剣はやっと力を抜いた。

「お疲れ様です、御剣さん」

彼の様子に微笑みながら労う姫萩は、1つの疑問を持っていた。
外原の「3名の殺害」である。
それが事実なら彼を警戒しないと成らない。
それ以上に、もしかするともう彼女達の命は無いのかも知れないのだ。

(確か3番って…)

1階への階段に行く途中に彼女はJOKERを3番へと偽装して、解除条件を確認する。
そこには確かに「3名の殺害」と書かれていた。
しかも首輪の作動によるものは含まない、と言う事は純粋な殺人を必要とする。
尤も危険な人物と言えるのだ。
しかしこれを御剣に言う訳にもいかない。
もし言えば自分がJOKERを持つ事、つまり4番では無い事がばれてしまう。
だから彼女は黙って御剣の後ろをついて行くしか無かったのだった。



御剣達2人は、その後1階へ降りる事は問題無く済んだ。
だがそれからが大問題だった。
1階だけでもかなり広い上に迷路状に成っているのだ。
そんな中たった2人を探す事がどれだけ困難か。
そして更には進入禁止エリア、つまりルール5もどんどんと迫って来るのだ。
だが2人には彼女達を見捨てる選択肢は無かった。
そうして1階を探す事約3時間、経過時間11時間を過ぎた頃にPDAから巫山戯た様な軽快な音楽が鳴り始める。

    プップルルップピプピププル~ルルル ズッチャズッチャズッチャズッチャ

この音楽に2人はPDAを取り出して画面を見た。
そこにはかぼちゃ頭に蝋燭を乗せた人形みたいな化け物が映っている。
化け物は2人がPDAの画面を見た後にその人形みたいな腕を片方上げて挨拶をして来る。

「やぁ、ぼくはスミス。2人とも、初めまして」

少し甲高い様な電子音声が流れ出て来た。

「一体、何だ?」

御剣の素朴な問いには答えずに、スミスと名乗ったCGのキャラクターは腕を下ろして話し始める。

「今回は仲間を探して彷徨っている君達に、耳寄りな情報を持って来たんだ。
 だけどタダじゃ渡せない。だから君達にある事をして貰おうかと思っているんだよっ」

この言葉を聞いた時、御剣は安堵の息を漏らした。
つまりこの化け物は彼等に「優希と渚の両方かどちらか片方は生きている」事を伝えているのだ。
画面の化け物は御剣の内心などお構い無しに、画面の横からあるプレートをヨタヨタと引っ張り出して来る。
そのプレートには「エクストラゲーム」と書かれていた。
プレートを画面中央に持って来てから、化け物はその後ろに隠れてしまう。

「お待ちかねっ、「エックストラッゲェーィムッ」」

プレートをぶち破って化け物が姿を現した。
そのプレートの破片は周囲へ散らばった後消えていく。
何の為のものだったのかは判らないが、一々演出過剰である。

「ルールは簡単!君達のPDAの地図上にチェックポイントを表示させるから、そこを回って行けば良いんだ。
 ただし、ある一定時間ごとに通路を塞いだり開いたりするよ。
 もしかすると通りたい通路が塞がっているかも知れないから気をつけて。
 そしてゴールの位置は、全てのチェックポイントを回ったら辿り着ける様になっているから、最初から行っても意味は無いよ。
 その名も、「走って駆けってゴールイン!」。
 これなら確実に君に会いたい人に会えると思うけど、どうする?
 勿論受けなくても僕達は構わない。
 でもその場合は自力で探す事に成るかな~♪」

此処まで話したスミスは踊り出す。
そのまま時が流れた。

(どちらを選ぶか待っているのか?)

無理には押し付けて来ない。
こんな所に閉じ込めた連中がである。
その事に御剣は強い違和感を覚えた。
おかしい、何かがおかしいのだ。

「御剣さん、どうされますか?」

同じ様に自分のPDAを見ていた姫萩が不安そうに御剣に問い掛けた。
その声に御剣は我に返る。
彼は最近悩んでばかりだったが、この状況では致し方の無い事だったかも知れない。

「俺は…受けた方が良いと思う。あいつ等の思い通りみたいで癪だけど。
 でもこのままじゃ優希達に出会えない気がするんだ」

御剣はこのゲームを提案して来た意図は読めなかったが、意思は読めた気がした。
つまり言う事を聞かなければ会わせないぞ、と言っている気がしたのだ。
それは杞憂だったのだが、御剣達に知る術は無い。

「はい、御剣さんが宜しいのであれば、構いません」

姫萩の答えに御剣は頷きを返してから、PDAに向き直った。

「スミス、と言ったな。俺達はお前達の言うゲームに乗ってやる。
 それで、どうすれば良いんだ?」

「難しい事じゃないよ。ゲームが決まった時点でこの付近一帯を君達のみで隔離する。
 そして君達のPDAに13箇所のチェックポイントを示すから、そこを通過しながらゴールを目指すんだ。
 一応ルール5は残っているから、時間を掛け過ぎると死んじゃうよ?注意して欲しいなっ。
 ゴールしたら、君達には素敵なプレゼントもあるから、頑張ってクリアしてよっ。
 期待してるよっ!」

スミスは捲し立てると、手を振って去っていった。
その後画面が地図に切り替わり、そこには現在地であるStartと終着点のGoalと書かれた所と、13個の緑色の光点が追加で表示されている。
かなり広い区域に散らばる様にある光点に御剣はうんざりとして来るが、背に腹は代えられない。

「それじゃ、行こうか咲実さん」

「はい」

しっかりと頷いて姫萩も彼についていく。
優希に出会えると信じて彼女は進むのだが、彼女の願いは叶わないのであった。



「組織」としてはこの散らばった光点を回る為にAとQが一度別れる事が望ましかった。
そして片方のみをJと合流させて、もう一方に対して疑心を植え込み仲違いをさせる。
それがこのエクストラゲームを実行した理由なのだが、「組織」の思惑とは裏腹に彼等は一緒に行動をして離れなかった。
途中でも付近が隔離されているのを良い事に、見張りも立てずに3時間ぐっすりと眠ってから各チェックポイントを回り続ける。
隔壁にしても全部の隔壁をこちらで意図的に動かす事が出来るが、それでは観客への示しが付かないので、一定時間ごとにしていた。
それが仇となり、御剣達は丁度良い時間で隔壁の通路を通り過ぎて行く。
1つ2つ危ないものも有ったが、彼等を分断させるには足りなかった。
エクストラゲームの開始から約7時間後。
18時間を少し経過した時間にゴールへと辿り着いたのだった。

余りにも芸の無い、余興にも成らない結果に本来なら客から大ブーイングが来てもおかしくない状況であった。
だが12時間過ぎから発生していた5階での攻防戦に観客の意識は向いて、この顛末は無視されたのである。
5階の攻防はその後も3時間のブランクを置いて再開されて、観客を大変に満足させていた。
「組織」としても予想外の遭遇戦であったが、それでもずっと何も起こらなくて不満を溜めていた客を一時的にでも静めたので良しとしたのだ。
その攻防を見ていた者の驚愕など知らずに、ディーラーはこの「ゲーム」を今後どう進めようかと思案するのであった。



ゴール地点の隔壁が開いた時、その先に居たのは綺堂渚1人であった。
御剣達がどれほど周囲を見渡しても目的の少女は見当たらない。

「2人共~、お久しぶりです~」

「あ、お久しぶりです。渚さん。
 あの、優希ちゃんは何処ですか?」

いつもの調子で挨拶して来る渚に、姫萩は慌てて返事をしながらも重要な事を聞いた。
彼女もそして御剣も嫌な予感がしていたのだ。

「優希ちゃんは~、外原さんと言う方と~、一緒に6階を目指されました~
 外原さんは~、ご存知ですよね~?」

何の危機感も無く渚は答えた。
この言葉に2人に衝撃が走る。
彼の解除条件が本当に「3名の殺害」なら、もう優希は死んでいるだろう。

(何て、事だ…)

御剣は目の前が真っ暗に成った様な気がした。
姫萩も青褪めて固まる事しか出来ない。
その2人の様子を見て、渚は首を傾げる。

「どうされましたか~?」

「そ、それが渚さん。彼の、外原さんの解除条件が、「3名の殺害」らしいんです。手塚がそう言ってました。
 だから、優希が殺されていないかと…」

この御剣の言葉に今度は渚が驚愕する。
純粋な殺害を解除条件とする事はこれまでにもあった。
だがそれは殺害願望のある「ゲーム」を盛り上げる為の駒か、又はかなりの弱者に対して与えられるものが殆どである。
彼の動きを見ていると弱いとは決して思えないし、確かに「ゲーム」を盛り上げる要素は持っているだろうが相応しいとも思えない。
何より、その解除条件であるにも係わらず、彼はあの時点で4名も居た女子供に手を出していないのだ。
それどころか、他者の各解除条件を満たそうと苦悩している様にも見えた。

「御剣さん…優希ちゃんは…」

姫萩が小さく震えて御剣の袖を掴む。
だが御剣には希望的観測すら返す事が出来なかった。

「でも~、大丈夫だと思いますよ~。だってあの時~戦闘禁止は解除されてましたし~。
 あの場には~、私を含めて5人居ましたから~。ですからもし解除するつもりなら~、彼は既に解除されていますよ~?
 でもそれだと~、私も此処に居ませんね~」

にこやかに返事をした。
今彼等に此処で気力を失われると色々と困るのだ。
可能性が低いとしても優希が生きている事にした方が良い。
だから彼女は何時にも増して、明るく朗らかに楽観的推測を口にした。
そして御剣達も優希が死んだと言う事を信じたくなかったので、彼女の言葉を表面的に受け入れる。
そうでもしなければ彼等は此処で潰れてしまいそうだったのだ。

「そうですね、貴女の言う通りです渚さん。じゃあ、俺達も早く2階に上がろう。
 もう24時間も近くなってるし、何時進入禁止に成るか判らないからな」

気をやっと取り直せた御剣は2人の女性を促して、上の階を目指し始めたのだった。



2階通過時に24時間経過と続いて1階の進入禁止の警告が流れていた。
その彼等は現在エクストラゲームの報酬として3つのツールを手に入れた事で、その行動を加速させている。
その内の2つは序盤の定番である「Tool:Self Pointer」と「Tool:Map Enhance」であり、これは双方とも御剣のPDAに導入された。
もう1つは「Tool:Player Counter」である。
こちらは御剣が姫萩に薦めてそちらに入れて貰う様にしたのだ。
理由は御剣のPDAが壊れた時にプレイヤー数ぐらいは把握出来た方が良いというものだった。
そしてそのお陰で、彼等は下の階の進入禁止化に焦っては居るものの明るい表情で歩いている。
生存者数13名。
この数字は彼等に希望を持たせたのだ。

「だから~、私~、言いました~」

プンスカと表現して良い様な雰囲気で渚が抗議をする。

「あはは、御免御免。でも何時気が変わるか判らないだろ?
 やっぱり不安だよ。優希の事を考えるとさ」

自分の事は棚に上げて御剣が渚へと言い訳をする。
2人の様子を見ながら、姫萩は1つ試そうと思った事があった。
今3番に偽装したPDAには先ほど御剣のPDAに導入されたものと同じ擬似GPS機能と地図拡張機能が入っていた様で、その機能もこちらで使用出来る。
なら他のPDAに便利な機能が既に入っていれば、それを利用出来るのでは無いかと思ったのだ。
だが何番に何が入っているのかは判らない。

(…ラッキーセブンって言うし、7番に何か無いかな?)

その程度の理由だったのだが、偽装を行い「機能」タブを見た時に姫萩は固まってしまう。
一体幾つのソフトウェアが入っているのか。
実際は8つのみだがそれでも彼女には沢山に見えたのだ。
まず機能の中にあるルール一覧を見てみると、今まで判明していなかったルールも当然ながら載っている。
それを見て姫萩は驚愕してしまう。
「クイーンのPDAを持つ者の殺害」、「3名の殺害」、「5名以下にする」、「5個以上の首輪の作動」。
文面を見るだけで危険だと思えるものが並んでいたのだ。
身体が震えそうに成るが他の機能も見てみる事にした。
その内にPDA探知とあったので実行してみる。
すると地図上に幾つかの光点が表示された。
現在は経過時間28時間過ぎで、光点の殆どが4階に居た。
その中でも幾つが重なっているのか判らないものが4階の階段に一番近い。
他には2つが近くにあるものと1つが単独で在った。
まだまだ全ての光点は遠いので安心して進む。

暫くして何事も無く3階に辿り着き近くの戦闘禁止エリアに立ち寄った時は31時間を過ぎていた。

「あー疲れた。2人共ゆっくり休もう。まだ2階も進入禁止に成っていないし、少しくらいなら大丈夫だと思うから」

「そうですね~、私も~、ちょっと疲れました~」

御剣の言葉に渚がボスンッとソファーに座り込んで答えた。
姫萩は2人の様子を微笑んで見ながら、自分もソファーに座ってからPDA検索を実行してみる。
相手の様子が判る様に成ると、逐一見ていないと不安に成る症状が彼女にも出ていたのだ。
3時間前に1度してから此処までに3回やっていたが、各光点は大きく動いている。
現在は4階に2つ、これは同じ所にある。
3階に他全てがあり、2つは此処にあった。

(2つ?あれ、でも3つじゃ?)

そう言えばこちらの状況を考えた事が無かったが、渚のPDAを合流してから見ていない事を思い出した。
何かあったのだろうか。
だがそれを聞く事に成ればこのPDAについて話さないといけなくなる。
それは彼女としては避けたかった。
渚の事を頭から振り払い、他の光点を見てみる。
3階の光点は4階への階段付近に1つと、そこへ向かう途中の道に3つの光点と2つの光点がある。
ただ最後の2つの内1つは何か光が重なっている様にも見えた。
それと4階には2つの光点が固まってあり、こちらは4階の中ほどに居る様だ。
他の階を見ても光点は無い事から、全てのPDAが3か4階に集まっていた。

「今食事を用意しますね~」

渚はお腹が空いた様で、この戦闘禁止エリアのキッチンを使って食事を作る様だ。

「あ、じゃあ私はその間の飲み物を入れて置きますね」

姫萩もPDAから顔を上げてキッチンへ向かう。
御剣はそんな2人を見て微笑んだ。
まだ姫萩のプレイヤーカウンターの数字は変化が無い様だし、優希達は生きている。
これが彼等の心の支えと言えた。



食事をした後少しのんびりとしていた御剣に渚が神妙な顔で問い掛けて来た。

「総一くんは~、どうしてそんなに落ち着いているのかな~?」

彼女の素朴な疑問であった。
誰かを殺さないといけない彼。
だがこの休憩中に聞いた手塚との顛末。
何故彼は他者に優しく出来るのか、そして裏切ろうとしないのかが不思議だったのだ。
その問いに御剣は遠い眼をして答える。

「約束があってね。ズルはしないって、約束してたんだ」

「その約束って、前に言われていた知り合いの方ですか?」

(私に良く似ているという…)

姫萩の問いに御剣は静かに頷いた。
その眼は酷く寂しそうで姫萩の心を不安にさせる。

「あいつは、酷く不器用な奴でね。更には正直者で、いつも不正を見逃せないで居たんだ。
 俺は不精で、あいつをいつも困らせてたよ。
 それで、俺、いつもズルして楽をしようとするから、あいつさ、絶対にズルはしちゃ駄目だって何回も言ってたんだ。
 だから俺はズルをしたくないんだ」

御剣の本心であり、ある意味核心の部分であった。
もう他に『彼女』との絆を確かめられるものが無いのだから、彼にはそれに縋るしか無かったのだ。

「言っていた、って~、その方どうされたのですか~?」

渚にとっては素朴な疑問であった。
ただ単に彼が此処に居るから、今会えないだけの過去形の可能性もある。
しかし彼に此処までの影響を与えた人物に少し興味があったのだ。
だがそれは彼にとっては最も苦いものであった。

「…死んだよ、3ヶ月前に。俺の誕生日プレゼントを買いに行くんだって言って、そのまま帰らなかった…」

彼は微笑んでいた。
それ以外の表情が彼には出来なかったのだ。
ずっと苦しかった。
死んでしまいたいのに、自殺はズルだと、生きていないと成らない日々が辛かった。
それでも彼は生き続けて、そして此処に放り込まれたのだ。
最初は戸惑いもしたが、そこに「優希」と言う『彼女』と同じ名前の少女と、『彼女』と同じ容姿の少女が現れた。
だから彼は守ろうと思ったのだ。
今度こそは、と誓ったのだ。

渚は何となく判った。
彼女も親友と別離した人間だ。
ただ彼と違うのは親友と別れた理由が、彼女自身が親友を殺したからだった。
だから渚は人間と言うものを信じていない。
親友である彼女ですら自分に銃を向けたのだから。
しかし彼は違う。
つまり彼には自分が無いのだ。
だから裏切らない。
自分とは違う、自分には出来ない選択。
その事実に彼女は2人に悟られない様に、締め付けられていく心を誤魔化した。



ゆっくり休む内にも姫萩はPDA検索を2度行なったが、やはり見間違いでは無い様だ。
2つの光点が彼等の方へと真っ直ぐに近づいて来ているのである。
他の光点は全て4階か5階へと移動しているのに、この光点だけが3階へと降りる階段が近いこちらに近付いている。
どんどんと近付いて来るこの2つの光点に不安を感じた姫萩は、動揺してついこの事を話してしまった。

「御剣さんっ!あの、誰かがこっちに近付いて来ます!」

「何だって?!」

この言葉を聞いた御剣と渚は当然だが2つの疑問を感じた。
1つは近付く者が誰かである。
相手によっては酷い事に成る可能性があった。
もう1つは、それを何故姫萩がそれを知る事が出来たのかである。

「咲実さん、何でそれが判ったんだ?」

御剣の問いにしまったと今更思うが、彼女は動揺しながらも言葉を紡ぐ。

「あ、あの、済みません。その、この部屋に、ツールボックスが、在ったんです。
 それでその、入れてみたら、PDAの位置を検索するツールだったんです。
 御免なさい、勝手な事してしまって」

御剣は姫萩の言葉を真に受けてしまう。
つまり彼女が話さなかったのは、見付けたのに勝手に使った事を怒られるのではないかと言う恐怖だった、と。

「気にしなくても良いよ、咲実さん。それより、そんな便利なソフトウェアを隠しておく方が困るよ。
 これから宜しく頼むよ?」

「あ、はぃ…」

微笑みながら姫萩を許す御剣に、彼女は罪悪感を感じていた。

(何でこんな良い人が、あんな解除条件なんだろう?)

現実の理不尽さに腹が立つが、それが「組織」の狙いなのだから仕方が無いと言うものだ。
そしてこの時、渚は姫萩を疑っていた。

(PDA検索が3階に?在りえないわ。4階までにあるのはJOKER探知だけで後の探知系は5階以上の筈よ?!)

既に3年近くゲームマスターをしている彼女は、違和感を感じていた。
それでも彼女が今PDAの位置を把握して誰かが近付いている事を警告したのが事実であれば、彼女が何らかの方法でソフトウェアを得たと言う事だ。
だがこの部屋で彼女がツールボックスを手に入れた様子もインストールしたのも見た覚えは無い。
もし渚の目を盗んだと言うのなら、こっそりと出来るだけの腹黒さがこの子にある事に成る。
しかし今までの姫萩を見ていた彼女にはそれが信じ難かった。
一体どういう事なのか。
彼女が悩む間も御剣と姫萩の確認は続いていた。

「それで後どれくらいで到着しそう?」

「それが…もうすぐそこまで、来ているんです」

「何だってっ?!」

御剣の問い掛けに驚きの答えが返る。
ならどうするかを考えた御剣は、結論を出した。

「もう逃げられそうも無いなら、此処で待ち受けよう。此処なら戦闘禁止だし安全だと思うんだ。
 あちらもこちらに用があるから向かって来ているんだろうしな」

(あちらの首輪が外れていたら、安全でも無いのだけど)

御剣の言葉に渚は心の声で反論した。
しかしもう首輪が外れたものが居るのかは怪しいし、彼等を不安にしても仕方が無いので黙っておく。

「はい、そうですね。では座って待ちましょうか?」

姫萩の言葉に2人は頷いて、ソファーに座る。
その後に姫萩はもう一度PDA検索を実行して光点を確認した。

「御剣さんっ!もう扉の前に来ています!」

PDAの画面を凝視しながら漏れた姫萩の言葉に、御剣と渚は出入り口へと顔を向ける。
扉の向こうで微かに電子音が聞こえたと思った時には既に扉は開け放たれていた。

入り口の先に居たのは、
防弾チョッキを着込み、
アサルトライフルを手に持って、
身体の各部に拳銃や円筒形の缶などとコンバットナイフを装着し、
膨れ上がったバックパックを背負っている男。

完全武装の外原早鞍が、仁王立ちで立っていたのだった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.025444984436035