旧スカード王国王城グレイン・ホールドに星が降った。
そして、その日のうちに、旧スカード王国は魔神王の支配するところとなった。
グレイン・ホールド城を舞台にした人と魔神の戦い第二幕は、魔神王サシカイア率いる魔神軍優勢で始まり、終わった。
見事なまでのワンサイドゲーム。その理由の最大のモノはもちろん、目立つ場所に立ち、魔神軍を率いているように見せかけたスカード国王ブルークの存在である。
魔神軍、即ちそれはスカード王国軍。
そうなったとき、対外向けの連合である竜の盟約、モス公国軍は破綻した。魔神との戦いはモス公国の存亡をかけた対外勢力との戦いではなく、頻繁に行われているモス公国内の勢力争いとなった。途端、各国兵士達は隣にいる他国の兵士を信じることができなくなった。
特に、ハイランド王国、こいつらが一番ヤバイ。
ハイランド王国は、ブルーク王の子ナシェルを迎え入れ、ハイランドの王族として遇している。実際、ナシェルの母親はハイランド王家ゆかりの人物であるから血統的には間違いではない。しかし、それがこの場合問題とされた。魔神を率いる王の息子がハイランドにいる。そこに、ハイランドの恐るべき野心が隠れているのではないか? いち早く竜の盟約に賛同して行動を起こしたのも、怪しいと思えば怪しい。これまで、誰もハイランドと魔神の関与を疑っていなかった。そう思わせるための、最速の行動ではないのか? 大体、一緒に戦っていたはずのナシェル王子はいつの間にかいなくなっているし、全てはハイランドの思惑通り、自分たちは踊らされていたのではないか?
その他にも、国同士の諍いの種はいくらでも転がっていた。モス地方は長いこと戦乱に明け暮れてきた。騙し騙され、殺し殺され。各地で利害関係がぶつかり合い。そんなことを延々と続けてきた間柄に、真実の同盟が可能か? いくらモスの騎士が豪放な性格で、細かなことには拘泥しないと言ったって、限度というモノがある。恨み辛みの種は、何処彼処に転がっている。
それでも、竜の盟約がきちんとしているうちは良い。自分たちの祖国の防衛。分かり易くモチベーションを高められ、恨み辛みを棚上げしやすい理由だ。よそ者をたたき出せ、を合い言葉に共に戦うことが出来た。しかし竜の盟約という看板を失った今、他国の人間と剣を並べて戦うことなど、ほとんど不可能ごとになった。
一度疑いだしてしまえば、その全てが怪しく思えてしまう。疑心暗鬼に捕らわれて、相互の連絡すら不自由する状況。正面の魔神と同じくらい、あるいはそれ以上に、横の、味方であるはずの他国軍に注意を振り分けざる得ない状況。そもそも単体での強さでは魔神が勝っている。それでも人が抗し得たのは組織力によって。複数で連携、協力して一つに当たることで力の差を埋めて、だ。なのにてんでバラバラ、おまけに集中を欠いた状態では、まともな戦闘にすることすら厳しい。
翻って魔神軍。
原作で勝利した、と言う事もあり、魔神王サシカイアはこの戦いの帰趨を心配していない。
自分たち魔神軍は勝つだろう。
正直なところ、組織力と言うことでは一歩も二歩も人に譲る状態。今回は人間側をろくな連携を取れない状況に陥らせることで、こちらと同じ地平に引きずり降ろした。こうなってくれば、単体での強さがものを言う。個々の武力による、単純な力押しでも何とかなる。
勝つ、それはほぼ確定。
サシカイアは、そこから更に思考を進めた。
──ならば、どう勝つか。
魔神の数は、人よりも少ない。モス全土の兵士を糾合すると7000程度になると言う。実のところ、魔神の数はそれにすら届かないのだ。一緒に封じられていた魔神を全て集めれば一万にも届くかも知れないが、その半分近くはサシカイアの指揮下になく、勝手気ままにロードスで暴れ回っている。これでは戦力とは数えられない。先の勝手な攻城、敗北もあり、サシカイアの手元にあるのはせいぜい5000と言ったところ。しかも、その大半はアザービーストなどの魔神の眷属──要するに雑魚でしかない。魔神将はシュリヒテら3人、上位魔神で100に届かない。上の方が少ないピラミッド型の人数分布はあたりまえの話だが、それでももう少し上位魔神が欲しいと思ってしまう。ちなみに、黒羽のガラドは上位魔神だ。リプレイでは魔神将とか言っていたような気もするが、多分気のせい。あの程度の強さで魔神将はない。
しかも、人間側はそれで全てではない。民兵、傭兵など、まだまだ集める余地はある。しかも、これはモスに限った話。ロードス全土を見回せば、もう笑ってしまうしかないくらいの数となる。
兎に角、ただでさえ数で負けている魔神を、この戦いでなるべく減らさないように勝ちたい。
そう考えたサシカイアは、先制攻撃で星を降らせることにした。
星を降らせる──10レベル古代語魔法メテオストライク。
魔神王の高いソーサラーレベル、そして潤沢な精神力(命に関わるので無駄遣いは禁物だが)によって、範囲、そして距離の拡大がなされ、雨の如く降り注ぐ隕石の群。堅牢なはずの城壁はあっさりと破壊され、城の天井をぶち破り、中にいた人間にも手ひどいダメージを与える。何しろ、魔力による追加ダメージだけで19点もあるのだ。更にレーティングの50という凶悪な威力。期待値で29点という大ダメージは、大抵の人間を一撃で屠る。
たとえば、電鉄本編サシカイアがこれだけのダメージを喰らった場合、レベル減算10点で被ダメージは19。体力11なのでマイナス8。生死判定突入である。そして、大抵の兵士はサシカイアよりレベルが低い。体力はあるかも知れないが、そんなモノは焼け石に水だろう。
しかもこれは爆風のダメージだという。直撃したら破片も残らないだろう。
元々、士気が下がっていたところ。
そこへ、先制の凶悪すぎる一撃。
あっさりとモス公国軍は軍としての体裁をなさなくなった。剣を交える前に、既に勝負は付いていた。混乱し、最早戦うどころではない。
そこへ、満を持して突入する魔神軍。
一方的な殺戮、蹂躙が、グレイン・ホールド城を舞台に繰り広げられた。
その日、モス地方には雨が降っていた。
「調子に乗りすぎた……大失敗だ」
占拠がなったグレイン・ホールド城、雨漏りのする一室で、サシカイアは頭を抱えた。
大勝利。
それは良い。
良いが、得たモノは穴だらけになったお城。
「……やりすぎた」
なんて感想も零れるというモノ。雨まで降ってきて、城の中でも気を付けないと濡れてしまうと言うのが、益々気を滅入らせる。おまけに何処彼処に死体も転がっている。特に後悔も自責の念も感じていないが、それでもヴィジュアル的に麗しいモノではなく、これまた気が滅入る。気が滅入るので、サシカイアは死体を、下っ端魔神に命じて片付けさせる事とした。
破損の少ないモノは魔法の得意な魔神にゾンビにするように命令。やはり、簡単に撃破される雑魚だとしても、ある程度は数が欲しい。ゾンビは頭も悪いので、あまり役には立ちそうにないが、少なくとも的を散らすくらいは出来るだろう。
一方で、破損の激しいモノは、飛行できる魔神に命じ、夜の闇に紛れて、どこか適当な町や村へ持っていって放り捨ててこさせる。その際に、モノを腐敗させる暗黒魔法ロッツをかけて熟成させること。井戸に捨てる事が出来たら最高だが、無理はしない。戦闘は厳禁、捨てたら逃げてこい。これで死体の処理でもミスって疫病でも発生してくれたらラッキー。何しろ魔神は病気にならないから、人間側のみに一方的な被害が期待できて疫病は美味しいのだ。
「まあ、魔神達の被害は押さえられたんだし、良しとしようよ」
そう言ってサシカイアを宥めたのはギネス。
その言葉通り、魔神達の被害は大分押さえられただろう。流石に被害ゼロとは行かなかったが、メテオストライク抜きの場合より、少ないことは確実。
「大変なのはこれからだし、前向き、ポジティブに行こうよ」
最初は一番のビビリだったギネスだが、随分前向きになっている。何でも、神の声を聞いたとか聞かないとか。怖いから、詳しい追及はしていないが。
「これから、これからか」
サシカイアも、何時までも落ち込んでいても仕方がないと精神的再建を果たす。時間は有限。ロードスが落ち着いて、揃って魔神に対抗しましょう、となれば数で圧しきられるのは原作の通り。ならば、その前に、きっちりと周囲を固めて、戦える、戦って勝てる状態に整えたい。
「まずは、城の修復」
本拠となる場所はそれなりであって欲しい。防御力と言うよりも、生活空間的に。最も深き迷宮? 穴蔵の底に住むのはドワーフだけで十分だ。やはり人間、真っ当にお日様の元で暮らすべきである。──今は魔神だけど。
「……なんだが、金がないぞ」
と、言いつつ入室してきたのはシュリヒテ。城の宝物庫を調べに行っていたのだが──
「見事に空っぽだ。ちくわしか持ってねえ」
「ちくわ?」
と聞き返すと冗談だと言われた。
そう言えば、原作でスカードがヴェノンに降伏する際、ナシェルが財宝の一切合切を国民にばらまいていた。太っ腹と言うよりは、どうせ滅亡、ヴェノンのものになるのであれば──と言う感じの捨て鉢の思考によるモノだろうが、そのあたりはこの際どうでも良い。大事なことは、金がないという事、その一点。その現実の前には、細かな理由なんてどうでも良いのだ。
「……金がないのは首がないのと一緒」
涙を飲んで城の修復を先送りするにしても、金は必要だった。
一応、数が少ないながら旧来のスカード住人が残っていたりするし、出戻り組も少なくない。こいつらを食わせなければならないのだ。
かつての王様が魔神を率いて暴れ回っている。
そんな状況下、気楽に難民なんてしていられるはずもない。無関係と叫んだところで、実際彼らが無関係だとしても、周りの人間はそう思ってくれない。「あのスカードの人間」と、迫害を受けるに決まっている。そうでなくとも、土地も家も失って他国で暮らす難民なんて生き方、楽なはずがないのだ。既に書類上、彼らはヴェノン国民になっている。いるが、それでもやっぱり心情的にヴェノンは他国だ。それも、そちら大国、こちら小国という悲しい力関係。これまで幾度となく無理難題を出され、煮え湯を飲まされてきた嫌な国筆頭。その国に、これまで以上に迫害され、蔑視され、苦痛に満ちた生き方を強いられる。それくらいならばいっそスカードに戻って──と考える者が出るのも不思議な話ではない。
魔神は怖い。
しかし、ブルーク王に率いられているならば、そう酷いことにはならないはず、と、己の恐怖心を誤魔化すことは出来る。
一般的な住民以外、騎士なんかも同様。ヴェノンに仕えたとしても、周囲の目がきついのは変わらず。しかも彼らは外様。出世の本道からは大きく外れてしまっているのは疑いようがない。どころか、僅かなミスで領地を取り上げられかねない。危険な任務も、優先的に命じられるだろう。ヴェノン王国としては、信用できない新参よりも、気心の知れた自国の騎士こそを優遇したいというのは、あたりまえの思考なのだから。また、魔神の強さが、野心を刺激したと言うこともある。敵に回せば手強い魔神。これが味方となれば? いずれは魔神の軍勢によって、これまで何かといやらしい真似をしてくれたヴェノンを破り、モスにスカード有りと言われるまでになるかも知れない。どころか、ブルーク王はいずれ、モス公王の座を手にするかも知れない。──そうなったとき、彼らも栄光に満ちた地位に至ること出来るのではないか、そんな期待、野心もあった。
そんなわけで、今では結構な人間がスカード領内に存在する。改めて国王ブルークに忠誠を誓った騎士もいる。
しかし、残念なことに、それを喜んでばかりもいられない。
今、スカードには、彼らを食わせるだけの食料がないのだ。
なにしろ先の多国籍軍によって、元々生産量の多くないスカード国内の食料は、ほとんど根こそぎ徴発されているのだ。早いところ何とかしないと、あっという間に彼らは飢えることになる。
「食料は軍隊が残していった奴があるにはあったが……」
と、今度はブラドノックの報告。
「あるにはあったが?」
歯切れの悪い言葉に続きを想像して顔を顰めつつ、それでもサシカイアは先を促す。都合の悪い報告を聞かない。それは最も愚かなやり方だ。良い情報も悪い情報も、大事な判断材料なのだ。
「そもそも量が無かった上、大半は焼失。残った奴も、どいつがやったか知らないが、ロッツの呪いで……」
先も出てきた暗黒魔法ロッツ。日本語で言えば腐敗。文字通り、モノを腐らせる魔法だ。この魔法を使えば、腐るモノであれば何でも、僅か30分で腐らせてしまうことが可能だ。
「プリザベは?」
プリザーベイションの魔法は、ロッツの対抗呪文。ロッツが腐らせているモノを、腐る前の状態に戻すことが可能なのだ。が。
「試したけど、ダメ。もう完璧に腐ってた」
ただし、腐らせている課程であれば、と但し書きが付く。30分経って、既に腐りきってしまっていれば、流石に腐る前に戻すことは不可能。そうなると、いかに対抗呪文といえども無力なのだ。
「ああ~~」
と、サシカイアは頭を抱える。が、犯人捜しをして追及するつもりはない。
「……魔神は別に飯要らないモンなぁ」
魔神は飲まず食わずでも生きていける。迷宮の奥深くに、何百年も番人として存在していたり出来るのはそれが故。食わなきゃ生きていられないでは、早々と餓死してしまう。中には人を喰らうモノもいるが、それは必要だからではなく、趣味嗜好の問題。原作でゲルダムは人の子供を喰っていたが、今のシュリヒテ=ゲルダムは人を食うつもりはないだろう。てか、あったら縁を切る。いくら身体につられて人を殺す事への忌避感がないとは言え、何処までも許せるわけではない。──話が少々ずれたが、魔神達にとって、食べ物は別段必要なモノではないのだ。
ちなみに、サシカイアらは三食ちゃんと取っている。人とのしての意識が強いため、食べないと腹が減るような気がして落ち着かないのだ。現実には必要ないのだが。
兎に角、そんな魔神であるから、食料については扱いがかなりいい加減。と言うか、ロッツをかけた奴は逆に気を使ったと言ってもいいくらいだろう。魔神は食べ物がなくても良いが、人は食べ物がなくては困るのだから。下手に取り返されて人に利用される危険を残すくらいであれば、どうせ不要なモノ、腐らせて使い物にならなくしてしまえばいい、と。そう言う気遣いが出来る奴ならば、罰するどころか逆に、取り立ててやっても良いくらいだ。
しかし、今回はその気遣いも、余計な親切大きなお世話の好例になってしまったのが痛い。
魔神の数を考えれば、この先、人の協力は必要不可欠だろう。地道に召喚魔法何ぞを使い、数を増やすにしても、そんなに簡単に行かない。潤沢な精神力を持つ魔神王。とは言え、それが出来るのがサシカイア1人しかいないから呼び出せる数は限られているし、潤沢は無限とは違い、やっぱり有限なのだ。だから、せっかくの国民、大事にしたいのだが。
「……やっぱり鏡の森攻め込んで、スポーンの材料ゲットするか?」
スポーンも喰わせる必要のない、どころか労働環境を整える必要すらないお手軽な戦力ではある。数が必要というのであれば、こちらはどうだ、とシュリヒテ。
「……やめとこう」
しかし、その提案にサシカイアは首を振る。
「ちょっかい出さなきゃ、エルフは引きこもってくれると期待できるだろ」
元々、人間なんかを一段低く見て馬鹿にしている向きのあるエルフ達。自分たちに害がなければ、魔神がぶいぶい言わせてても、また人が馬鹿なことやってると、上から目線で傍観するだけに留めるだろう。
それにスポーン、手軽なのは良いのだが、きちんと訓練した兵士相手には有効と言い難いのだ。エルフを敵に回すことと比べると、わざわざ作る価値を認められない。……これにはエルフスキーであるサシカイアの嗜好が判断に影響している可能性もあるが。
「金、金、金かあ」
魔神王って、そんな心配しなくちゃいけなかったのか? 想像と違うぞ、とぶすっくれるサシカイアだが、ぶすっくれていれば問題が解決するわけではない。
「とりあえず、当座の金だけでも何とかしないと」
まずは住人を飢えさせないこと。
それにしても、スカード王国ゲット。この先は現代人の知識を生かして内政モノで俺TUEE、俺SUGEEかと思ったら、いきなり資金難かよ、と頭を抱える。
「グルネルあたりに魔剣を作らせて売るか? いや、敵に思いっきり塩送るぞ、それ」
魔神グルネルは、自作の魔剣何ぞを持っている。即ち自分で魔剣を作れると言うこと。それを大量生産させて売る。確かに金にはなるが、その魔剣で人間=敵が強化されてはどうしようもない。実効のない魔力附与、刀身の照り返しを見ると背中にみみず腫れが出来るとか、なんとなくご飯がまずくなるとか、カラスの繁殖を助けるとか、夏はちょっと疲れ気味とかであれば害はなさそうだが、それでは誰も欲しがりそうにない。おまけにバブリーズ以来、マジックアイテムの値段はだだ下がりだし、旨味にも乏しいか。武器輸出はやめておいた方が良さそうだ。
「しかし、本当にスカードって、売りがないよなあ」
他にもいくつかの意見交換。
しかし、今までの所、有効なモノは出ず。しみじみと言ってサシカイアはため息を零す。
奥まった場所にあり、交通の便は悪い。 目立った産業は無く、唯一の売りは石の王国との交易品。その石の王国は魔神が滅ぼしてしまったから、最早見事なまでに何の取り柄もない国だ。──それくらいだから、竜の盟約に名前を連ねることすら出来ないちんけな一小国であった、と言うことだろうが。ナシェルが国を売る決意を早々とするわけである。
「石の王国、石の王国かあ、──あっ」
ぶつぶつ言っていたブラドノックが、一つ手を打つ。
「そう言えば、スカードって石の王国に特産のエールを貢いでたよな。アレって、売りにならないか?」
原作に依れば、スカードエールは確かに味が良いと評判らしい。しかし、これは南のドワーフ族に全て貢いでいたために、これまで金を得る手段とはならなかった。ドワーフ族亡き今、これをスカードの特産品として、ライデン商人あたりに卸して新しい売りにする。悪い意見ではない。ないが。
「技術者流出して、ダメなんじゃないか? そうでなくとも、今必要なのは今日のお金で、将来の大金では意味がないし」
その為の原材料費他の資金がない。あっても、仕込みやら何やらで、完成、売り物になるまでに時間がかかるのも問題。できあがる頃には住民は飢え死に、国家は破産してるだろ、とサシカイア。もし再現するとしても、それは余裕が出来てからの話だろう。……可能であれば、技術者の確保ぐらいはやっておきたいが。
「いや」
ブラドノックは首を振る。
「今から生産じゃなくて、石の王国に残ってないか、って話だ。残っていたら、高く売れないか? 魔神に滅ぼされた王国の幻の酒。今のところ、追加生産は絶望的なビンテージモノだろ?」
「ヴィンテージの用法が違うような気がするが、確かに。すぐに人をやって──」
調べてみる価値はあるだろう、とサシカイアが呼ばわるのはガラド。こいつ、気が利いて使い勝手が良いのだ。リプレイではせこい小悪党と言ったところだが、脳筋だらけの魔神軍において、その気質は稀少だ。信用度について不安が無くはないが、見たところ絶対の強者、魔神王には従順。その下での出世を狙っている模様。とりあえず相性の悪い凶角のゴディスあたりと組ませなければ当面は問題ないと見ている。
あたふたとやってきたガラドにかくかくしかじかと命令。即座に飛んでいったガラドを見送り、これでうまいこと行って、一息付けると良いなあ、と、サシカイアは大きく息を吐いた。
ロードス島電鉄
RE-BIRTH03 なまえのないかいぶつ
一息付けました。
逆に言えば、一息しか付けなかったとも言う。
「足元みやがってこんちくしょうめ」
石の王国で、スカードエールの発見はなった。穴蔵の底だったこともあり、保存状態も最高。これはありがたいと、すぐにライデンへ運ばせて取引。
一財産出来る、と期待して挑んだ商談。
だが。
海千山千のライデン商人は一筋縄でいかなかった。
マーチャント技能のないサシカイアら。しかも飛び込み、すぐに金が必要です、って顔に書いてあるような連中である。鴨がネギを背負っているようなモノ。商売のプロを相手に手も足も出ず、足元見られてさんざんに買いたたかれてしまった。
ぐぬぬぬぬ、くそう、ライデン滅ぼすか?
なんてサシカイアの頭に掠めるが、止めておく。手を広げすぎるのは失敗の元なのだ。
「それやると、多分俺の死亡フラグ」
そう言ったのはシュリヒテ=ゲルダム。原作でゲルダムは、ライデンを経済封鎖していたのだが、そこを評議会に雇われたベルドに襲われて死亡している。
「星を降らせるとかなら良くないか?」
遠距離から一方的に。何だか、この酷い作戦、基本的な手段になりそうな雰囲気である。
「それって結局、百の勇者誕生を促すんじゃない?」
右の頬を張られて左の頬を差し出すようなマゾヒストは希有な存在だろう。ライデンがそんな希有な存在とは到底思えない。叩かれれば、その潤沢な資金を使って報復を考えるに決まっている。
「……止めておこう」
今のところ、ライデンは静観中。下手に藪をつつく趣味はない。
「だが逆に、百の勇者の宣言をしたら目にもの見せてくれるぞ、ふっふっふ」
その場合は遠慮なく、星を降らせてやる。サシカイアの不気味な笑いに、3人はどん引き。
「まあ、仕方ないから、次の金策を始めるか」
他の金策の手段も、これまでに色々と考えていた。一息、とは言えその時間は無意味ではなかったのだ。
多くは現実的じゃないと早々に却下。これから実行しようとするそれも、リスクを考えると色々難儀ではあるが、この際背に腹は代えられない。
「色々考えたけど、結局これしかないんだよなあ」
「……正直、気は進まないけどなあ」
一番レベルの低い俺がヤバイよ、とブラドノックは引き気味だが、他に手はないのだから仕方がないと、ため息を零した。
一時しのぎにしかならなかった金策。
内政で俺SUGEEとやろうと思えば、どうしたって潤沢な資金が必要である。最大にして唯一の取り柄であったドワーフとの交易を失った今、このままではスカードは枯れてしまう。
ここは、多少の危険を冒してでも、金を──大金を得る必要がある。
そう考えたとき、サシカイアらの脳裏に浮かんだもの。
それは、モスはアルボラ山脈に住まう古竜、金鱗の竜王マイセンである。
ロードスに住まう五色の古竜は、太守の秘宝を中心とする莫大な財宝の守護者である。そして、原作においてマイセンは、ニースによって呪いを解かれ、その財宝をハイランド王国に与え、それは対魔神の軍資金となった。
それを、今のうちにこちらでゲットしておくのは、色々と美味しい。金がない現状を解消できる上、将来の敵の軍資金を奪うことが出来る。見事なまでの一石二鳥である。
百の勇者が勇者隊として活躍できたのは、ライデン商人のバックアップの他、このマイセンの財宝があった故である。軍隊なんて何も生産せず、ただ消費しかしない連中である。喰わせ、戦わせるには色々と金がかかる。兵隊だけいても、戦争は出来ないのだ。
今、マイセンの財宝を奪うことで、将来の敵の規模を縮小できるかも知れない。数で劣る魔神軍にとって、それは非常に美味しい話である。
「──と言うわけで、やってきましたマイセンの巣穴」
サシカイアは言って、目の前にぽっかりと空いた穴に、無造作に足を踏み入れる。
「ちょっと待て」
と、その後に続くのはシュリヒテら三人。
どうせHPダメージは無効だし、と普段着、気楽な格好のサシカイアに対して、こちらの三人は様々なマジックアイテムを身につけている。魔法を防ぐ護符やら、炎を吸収する魔法の水晶やら、各種の指輪やらを。ちなみに全て魔神ブランド。その一つ一つを指さし確認。もちろん格好は人間形態ではなく、魔神将本来の姿に戻っている。
「気持ちはわからないでもないが、話が進まない、行くぞ」
「くそう、俺らと違って、無敵の魔神王様はいいなあ」
「代わるか? 付いてないんだぞ? 代われるなら是非代わってくれ」
「……やっぱ遠慮しとく」
苦渋の決断という顔でシュリヒテ。命は惜しいが、男の尊厳も惜しい。その狭間でかなり揺れはしたが、結局は踏みとどまり、男の尊厳を選んだ様子。
しかし。
「俺は代われるなら代わってみたいなあ。美少女になって周りからちやほやされるのも良くね? 後、色々と神秘の探求とかもしてみたいし。女湯だって入りたい放題なんだぜ? ……くそぅ、シェイプチェンジで化けるにも、アレはよく知っているモノにしか化けられないのが辛いっ!」
「さあ、行こうか」
魔法使いブラドノックの言葉をみんなで綺麗に無視して、一行は竜の洞窟を奥へ奥へと入っていく。
硫黄の臭いが高まり、ごつごつしていた岸壁がなめらかになっていく。竜の身体に削られたのだ。
「そんだけ硬いって事だよなあ」
うんざりとしながら、自前の得物、長柄のグレイブを担ぎ直すシュリヒテ。これも強力な魔法の品だが、ドラゴンの鱗を削るのは苦労しそうだとため息。出来れば戦いたくないが、果たしてどうなるか。光竜──即ち光の神の眷属みたいだから、魔神=闇の神の眷属とは相性が悪いだろうという推測は立てられ、楽観は出来ない。それが故の魔神将形態。そして戦いとなれば、魔神将三人は肉体へのダメージが有効──死の危険があるだけに、サシカイア程気楽にはなれないのだ。
そこへ。
「邪悪なる異界の王よ、何用か」
不意に、奥から声が響いてきた。
「へ~、ロードス共通語だね」
ギネスが感心したように言う。ドラゴンと言えば、下位古代語、あるいはリザードマン語を使うモノと決めつけていた。ルールブックにもそう書かれていたし。しかし、マイセンはロードス共通語まで使いこなすらしい。
ちょっと先の曲がり角を越えると、その向こうに金色の巨体を横たえているモノがいた。エンシェントドラゴン。金鱗の竜王マイセン。
「すげえ、なんか感動。本物のドラゴンだぜ?」
サシカイアが子供みたいに喜ぶ。その気持ちは他の者にもわかった。幻想の生き物の王様。それがドラゴン。まさか、本当に生きて動いている奴を見る機会があるなんて、考えても見なかった。
「邪悪なる異界の王よ、何用か」
マイセンは再び同じ言葉を繰り返す。その瞳には、警戒の色が濃い。
「金鱗の竜王マイセン。我々はお前にかけられた呪いを解きに来た」
サシカイアは表情を改め、堂々と宣言する。
が、それを聞いたマイセンは首をかしげる。
「マイセン? 我はそのような名前ではない」
「……あれ?」
サシカイアも首をかしげ。
「そう言えば、その名前って解放されてからだっけ?」
「確か、そう。マイセン王の名前を貰ったはず」
ブラドノックがサシカイアに小声で教えてくる。
「そうか、なら」
サシカイアは仕切直しと、再び胸を張って堂々と立つ。
「俺はこれからお前にかけられた呪いを解き、更にお前に名前を与えてやろう!」
確か、ナシェルが乗騎となる竜をゲットするとき、名前を与えるのが決め手となったはず、とサシカイアは思い出す。このまま、うまくやれば、マイセン──もとい、金鱗の竜王を乗騎としてゲットできるかも。そうすれば、戦いにおいて非常に心強い味方になるだろう。何しろモンスターレベル16は、サシカイアはともかく、他の3人よりも上なのだから。
「ほう、我に名前を、だと?」
「そうだ、かっちょいい奴をくれてやるぞ。──うん、うん。決めた」
腕を組み、首を僅かに傾げて黙考。そしてすぐに思いついたのか、顔を輝かせて手を一つ打つ。そして告げる。
「ペペロンチャ! お前の名前はペペロンチャだ」
金鱗の竜王ペペロンチャ、どうよ? すごく格好良いだろう?
と、小鼻をふくらませ、この俺の素晴らしいセンスに涙しろ、と威張るサシカイア。背後でシュリヒテらが腰砕けになっているのに気が付かない。
そして。
「巫山戯るなよ、この邪悪なる魔物めがっ! 我を愚弄するかっ!」
金鱗の竜王ペペロンチャ(予定)の返答は、咆哮のごとき大喝だった。
「え?」
と、サシカイアは、その激しい反応に首をかしげた。
「まさかとは思うが、気に入らなかったのか?」
「気に入ってたまるか、この異界の化け物がっ!」
「この素晴らしいセンスに満ちあふれた名前に駄目出しをするとは、贅沢な奴だな。……だが、わかった。なら次を考えてやろう。──ええと、うん、そうだな」
再び腕を組み、首を僅かに傾げて黙考。そしてすぐに思いついたのか、顔を輝かせて手を一つ打つ。そして告げる。
「スパゲッチャ! お前の名前はスパゲッチャでどうだ?」
金鱗の竜王スパゲッチャ、どうよ? すごく格好良いだろう?
と、小鼻をふくらませ、この俺の素晴らしいセンスに涙しろ、と威張るサシカイア。背後でシュリヒテらが再び腰砕けになっているのに気が付かない。
そして。
「もういい、貴様は黙れ!」
金鱗の竜王スパゲッチャ(予定)の返答は、やっぱり咆哮のごとき大喝だった。その上今度はそれで終わらず、首だけではなく、身体全体を起こし、威圧するかのように正面面積を大きくする。
「え、これも気に入らない? わがままな奴だな、なら、カルボナーとかは……」
「邪悪な魔物め。滅ぼしてくれるわっ!」
「交渉決裂? なんで?」
本気で首をかしげながら、サシカイアは慌てて金鱗の竜王から距離を取る。
金鱗の竜王は財宝の守護者であるため、狙う者──サシカイアらがいるせいでそこからは離れられないらしい。しかし、鼻息も荒く、首をもたげてこちらを睨み付けてくる。その様は迫力満点。さすがはドラゴン、ファンタジーの王様モンスターと言うところ。
しかしサシカイアは吐き捨てる。
「ちっ、所詮は爬虫類、トカゲの王様か、センスがねえ」
「……俺はお前のセンスの方が心配だがな」
シュリヒテが、どこか疲れた様にサシカイアに応じる。
「って言うか、本気で言っているんだったらすごいよね。ある意味、すごいセンスだ」
ギネスもうんうんと頷いている。
「だよなあ」
ブラドノックも頷き、はあ、と三人は揃ってため息を零す。上手くすれば戦いを回避できそうな雰囲気だったのに台無し。もうこうなってしまえば、戦いは不可避だろう。
「そう言うお前らだったらどんな名前付けたんだよ」
口々に非難されたサシカイアが、ぶすっくれる。
「え? そうだな、ステキな名前と言えば、スクミズとかニーソとかシマパンとか……」
応じたブラドノックが指折りステキな名前とやらを並べる。
「……正直、お前にだけは馬鹿にされたくないぞ」
それはステキな物かも知れないが、竜に与える名前としては絶対に間違っている。シュリヒテ、ギネスもこの言葉に頷いてくれた。はぁ、とため息を吐いて、サシカイアは気持ちを切り替える。
「兎に角、こうなったら戦いしかないな。本気で行くぞ」
「しょうがねえな」
「え? スクミズってステキな名前じゃね?」
「その前に、強化忘れちゃダメだよ」
頷く三人。いや、ブラドノックが頷いたかどうかは微妙だが、真面目に相手をするのも馬鹿らしいとはこの事。それ以上の議論はしない。
「行くぞっ!」
各人分担して、肉体強化呪文をはじめとする戦闘補助魔法でがちがちに固め、サシカイアの号令と共におのおのの武器を構えて金鱗の竜王に突撃する。
彼らを迎えたのは竜王のブレス。
ほとんど閃光のような炎が扇状に吹き出し、4人を包む。
「熱っ、ちょい、熱いっ。ダメージはないみたいだけど、むちゃくちゃ熱いぞ、これっ」
魔神王に肉体ダメージは無効である。そのつもりでまっすぐに飛び込んだサシカイアは悲鳴を上げる羽目になった。
攻撃を受ければ、しっかり痛いらしい。これは、嬉しくない発見だ。
「ダメージがないだけマシだろう」
ぼやくのはブラドノック。身体から煙が上がっている。横っ飛びで逃れようとしたが、思ったよりブレスの攻撃範囲が広くて無理だった様子。抵抗には成功したみたいだが、きっちりとダメージを喰らっている。
その視線がサシカイアを捕らえ。
「ぶぱっ」
と、鼻血を噴水の如く吹き上げて、その勢いで仰向けに倒れそうになる。ぎりぎりで何とか踏みとどまり、しかし、慌ててお尻を後ろに突き出すみたいにして腰を引く。足下には赤い水たまり、その顔は下半分が血にまみれているが、表情はとてつもなくいい笑顔。おまけに右手はサムアップ。
ドラゴンの強烈なブレスに、サシカイアはノーダメージ。だが、その装備は多大な被害を受けた。どうせ平気だからと普通の服を着ていたのは大失敗。ミスリルさえ溶かすというドラゴンのブレスに、ただの服が抵抗できるはずがない。下着まで簡単に焼け落ちてしまい、サシカイアはマッパ。
「~~~~~!」
と、胸と股間を押さえて隠すサシカイア。
ところが、それどころではなかった。
「シューが!」
「え?」
ギネスの悲鳴に見てみれば、真っ黒ローストされてぴくりとも動かないシュリヒテ。
「……死んでる」
「えええええっ? なんでだよ、何でそんなに簡単に──って」
その理由に思い当たる。
「ワードパクトっ!」
ギネス、ブラドノックも同時に思い当たったらしい。3人の声がハモる。
ワードパクト。それは呪いの一種。ある種類の攻撃では死なないと言う呪いをかける魔法。──これだけ聞くと呪いと言うよりは祝福のようにも聞こえるが、そうではない。たとえば、刃物によるダメージでは死なない様にすると、首をはねられたって、その攻撃が刃物を使ったモノであれば死なない。原作ではサイコロステーキの材料になりそうなまで切り刻まれたが、それでも難なく自力で復活しているくらい。しかし、それ以外の──たとえば鈍器の攻撃を受けた場合、被ダメージは大きくなるし、簡単に死んでしまう。上手くはまれば便利だが、そうでない場合のリスクが大きすぎるのだ。
ゲルダム=シュリヒテの場合はこの魔法により、原作でそうであったように、刃物による死への耐性を持っている。
そしてその代わりに、それ以外の攻撃──この場合はドラゴンブレスによるダメージが増大し、非常に死に易くなっていたのだ。
「いきなり1人死亡かよ!」
シュリヒテは死亡。ブラドノックは生きているが出血がヤバイし、腰を引いてろくに動けなさそう。ギネスもそれなりにダメージを受けている。実質戦力半減、あるいはそれ以下か。
「邪悪なる異界の王よ。貴様も仲間の後を追わせてやるぞ」
「巫山戯るなよ」
撃墜1と勝ち誇る金鱗の竜王に、サシカイアは怒鳴り声をぶつける。
兎に角、今はこいつを倒すのが先決、最優先事項。他のことは後で考える。
そう心を定めると、サシカイアは黒い大剣、魔剣ソウルクラッシュを振り上げ、まっすぐに竜王に向かった。
……マッパで。