サシカイアの脳裏に、夜に書いたラブレターは朝見直せ、なんて言う言葉が浮かんでいた。
夜、滾りまくった情熱のままに書き綴ったラブレターなんて代物は、お日様の下での鑑賞に堪える代物ではない。読まされる方も大概だが、それ以上に書いた当人の精神が。それをネタに脅迫された日には無条件で言いなりになるしかない、そんなレベルのモノに仕上がっていたりするから危険きわまりない。
これは勢いだけで行動するとろくな事にならない、その場では良い思いつきだと思っても、すぐに行動せず、少し時間をおいてからもう一度検討してみましょう。そんな戒め。……もっとも、ラブレターなんて代物、後先見ない程の勢いに乗らなければ、なかなか出せるモノではないのだけど。
何故、こんな事をここで思い浮かべるのかと言えば、要するに。
口に出した直後に、サシカイアは後悔していたのだ。
あまりに拙速だったのではないか?
仲間の承諾も得ずに、カミングアウトは問題ではないのか?
果たして、カーラにこれを話した事による影響は?
ぐるぐるぐると、頭の中で様々な問題点が浮かぶ。それに対処する方法は、残念ながら全くと言っていい程思いつかない。ここでサシカイアは素晴らしいアイデアを思いついて大逆転、なんて展開は欠片も期待できない。自分がカーラにロックオンされていないと知って得た余裕、そんなモノは既にどこかへ消え失せて、焦りばかりが募っていく。それで、さして出来の良くない 頭の回転が落ちるのだから、全くもって救えない状況。
しかし、ここで失敗しました、なんて顔をするのは拙い。そう考えるだけの理性は残っていた。シュリヒテに、こいつ思いつきで行動してもう後悔してやがる、と思われるのも拙いし、カーラに弱みを見せるのだってよろしくない。
だから、サシカイアは表情を引き締め、内心の葛藤や後悔やらを出さないようにと努力する。努力したのだが。
「あ~~」
シュリヒテが、呆れたような、疲れたような声を出す。その表情は、お前、やっちゃったな、と言った感じ。
何をおっしゃるうさぎさん。全ては「計算通り」です。と、サシカイアは新世界の神を目指した男張りに、自信満々の表情を作る。作ったつもり、なのだが。
「耳」
と、短くシュリヒテの指摘。
そう言えばこいつエルフの長耳に変な興味を持っていたな。こんな緊迫した状況でまだ言うか。と、全力でどうでも良い事に思考を回してしまったサシカイアに、シュリヒテは気の毒そうに告げた。
「お前、内心分かり易すぎ。耳、垂れてるぞ」
あわわわわ、と、サシカイアは耳を押さえてシュリヒテ、カーラに背中を向ける。これがはったりだった日には救いようが無く引っかかっているところだが、実際サシカイアの、エルフ特有の長耳はしっかり垂れていた。これではシュリヒテの言うように内心分かり易すぎ、引っかかるも何もないのは幸い。幸い、なのか……?
猫背気味の格好で、ちらりと背後を振り返る。
シュリヒテが何とも温い視線でサシカイアを見ていた。心なしか、カーラもそんな表情をしているような気もした。……多分気のせいだと思うが。
「ああ、糞」
がりがりと髪の毛が乱れるのも構わず乱暴に頭をかき、サシカイアは2人に向き直る。
内心の後悔も何もかもモロバレ。ならば──と、サシカイアは逆に開き直る事が出来た。時間が戻せない以上、もう、口にしてしまったモノは無かった事には出来ない。このまま話を進めていくしかないのだ。TRPGと言う奴はある意味即行劇。それで鍛えた弁舌の冴え、見せつけてやろうではないか。
……実際は重要な交渉事の前にたっぷり時間を取って仲間でアイデアを出し合うのはあたりまえ。GMの性格やら隔離するような場所の余裕も無かったせいもあって、単独交渉の場面だってあんまり厳密にせず、その場にいないはずの回りが茶化したり突っ込みを入れたりで結局はフォローが入っていた事。その上でも、間抜けな真似をしてセッション失敗なんて珍しくもない。キャンペーン途中投げ出しが多いとGMを非難していたが、PLであるサシカイアらのせいで致命的に破綻してしまった事だって多かったのだから、実はアレ、一概にGMばかりを責められる話じゃなかったりする──なんて事は都合良く忘却の彼方にして、自分を鼓舞する。
「兎に角、かくかくしかじか、そう言うわけで俺たちはこの世界の人間じゃないんだ」
「……そう言うわけでと言われても、前後のつながりが解らないのですが」
残念ながら、TRPGのセッションではともかく、現実はかくかくしかじかでは通じないのである。
いきなり最初から躓き、でかい壁にぶつかったとしどろもどろになりながらも、カーラに向かう。シュリヒテのフォロー、最早口をつぐんだところで意味はない──も得て、自分たちの現状について説明していく。どうにも段取りが悪く話は前後するし、説明のための語彙が足りない。そもそも価値観が違うどころか世界が違うわけで、カーラは難しい顔をしている。サシカイアらが知っていて当然だと思っている事も、カーラにとってはそうでない。そのギャップ。
たとえば、TRPGとはなんぞや、なんて話もしなければならないのだ。そして、説明した後でも、カーラにとっては、「何でこいつら、そんな事をするんだろうか?」なんて疑問が付いてくる様子。そのあたりの疑問について説明しても、やっぱりカーラの視線は冷たかったりする。「いい年して、ごっこ遊びか?」、どうやらそれが、カーラのTRPGに対する最終的な認識。
何だかこれでは絶対に収支が合いそうにないぞ。赤字決算確定。そんな風に思える程の苦労をしつつ、どうにかこうにかカーラに説明をしていく。
「ふむ」
と、カーラは左腕を腰に回し、右腕を縦に、手の甲を顎に当てるという、見るからに考え中です、と言う格好で沈黙思考する事しばし。
「──と言うわけで、俺たちはロードスの覇権とか、名声とかよりも、自分たちの世界に帰りたいというのが本当。何か方法があるならば、是非に教えて欲しい。俺たちが元の世界に帰るのが、お互い、問題にならない一番良い方法だと思うが?」
長い沈黙に焦れてサシカイアが言い、カーラに反応を促す。
「正直な話をすれば、未だに信じがたいというのが本当ですね」
その反応は理解できる。いきなり異世界から来ました、と言われて、信じる人間の方が珍しいだろう。しかも、あなたのいる世界は、あなた達の活躍は、自分たちの世界では小説となっています、なんて。お前俺をからかっているのか?、と怒り出されても仕方がない。無いが、カーラはそれをしない。それはサシカイアらの真摯な態度に理由が求められる──訳ではなく、単純に嘘感知、センスライの効果による。この魔法の効果は一時間続く。それを考えた上で、サシカイアはカミングアウトしたのだ。いかに信じがたい話でも、嘘を付いているのではないと解って貰うには、これが一番手っ取り早い。色々ぐだぐだだが、流石にその程度の頭は働かせていた。
「あなた達が嘘を言っていないのは解ります。解りはするが、その上で、今度は正気なのかという疑問が出てきますね」
「正気、だと思う」
「正気だよなあ」
と、サシカイア、シュリヒテは顔を見合わせる。
やっぱりカーラの反応は理解できる事。自分たちだって、口にして何とも信じがたい話だと思いを新たにする。
TRPGで遊ぼうとしたら、自分のキャラになって、その舞台となる世界にいました。
「今時のライトノベルだってもう少し設定捻るよな?」
「そうだな、せいぜい、出来の悪い二次創作くらいのレベル? しかも、基本俺TUEEのくせに最強にしないあたり、批判避けの為の卑怯なバランス感覚というか……」
「無意味なTS要素といい、──うっ、なんだか心が痛くなってきた……」
どちらにせよ、そんな事を真顔で口にする奴に出会ったら、お近づきになりたくないというのが本当。もう少しお節介だったら、特殊な色合いの救急車の手配をしてあげるところ。
また、サシカイアらは全てを話したわけではない。特に、この後のロードスの流れについては言葉を濁し、大雑把に話したのみ。何しろカーラはロードスの歴史に深く関わる人物。余計な事を知らせて、流れを変えてしまっても困る、──と言うのはもちろん建前。自分たちに関わりなければ、ロードスがどうなろうが知った事ではない。ただ、カーラはもちろん、ウォートらを敵に回す危険がありそうな為。それでカーラに納得してもらえるか、と言う心配はむろんあったが、今のところ、深く尋ねては来ていない。後で尋ねられるかも知れないが、それでも今は安堵してしまう。
「あるいは──」
口を開いたカーラに、え?、とサシカイアが聞き返す。
カーラは再び沈黙した後、判断材料が足りない為に粗だらけの推測に過ぎないと前置きして、言った。
「あるいは、あなた達は、アズナディールの用意した「魔神王の暴走に対処するための安全装置」かも知れませんね」
ロードス島電鉄
33 Q.E.D.─証明終了─
古代魔法王国カストゥール、その遺跡なんかには、ちょっとした共通点が見受けられる。
それは、大きな力を封じた場所には、その力に対抗するためのアイテムが安置されている場合が多い、と言う事。
たとえば風と炎の砂漠にある砂塵の塔。ここには、風の精霊王ジンが封じられている。そして同時に、精霊王を抑える為の魔剣サプレッサーと防具一式が隠し部屋に安置されている。
たとえばモスの遺跡。炎の巨人を封じたこの遺跡には、その巨人を倒すための魔剣ジャイアントバスターが。ロードス以外の話になるが、神殺しの竜「噛み殺しくん」を封じた異次元の要塞には竜殺しの剣が。──と言った具合に、巨大な力、その暴走に備え、安全装置として何らかのアイテムが同じ遺跡に用意されている。そうした例は珍しくない。
そもそも、魔神王の持つ魔剣ソウルクラッシュからして、当の魔神王を倒すためのアイテムであるわけだし。
要するに、登場人物達よりも強い相手と戦うため、それでいて強くしすぎないための一点特化型ドーピングアイテム、と言う物語的、TRPG的なアレ……と言う身も蓋もない話はとりあえず置いておいて。
カーラが言うには、もしかしたらサシカイア達4人は、魔神王の解放、暴走に対処するために準備されていた安全装置として、このロードスに招かれたのではないか、と。
カーラの説明は続く。
魔神王クラスの巨大な力が暴走する危険に備えて、何らかの安全装置が用意されていたとしても、おかしくはない。多分に運が良かった、と言う事もあるが、魔神王を呼び出し使役する事に成功した召喚魔術師アズナディールは決して無能ではない。有能な人間、それはリアリストであると言う事。都合の良い事ばかりではなく、都合の悪い事にも当然目を向ける。あたりまえにいざと言うときのための備えをしておいたと考えても、間違いはないだろう。
前述のように、魔神王の持つ魔剣ソウルクラッシュがソレなのだが、この時点ではカーラも知らない。ちょっぴりもどかしい思いを感じつつ、サシカイアは先を促す。
話は僅かに変わる。
普遍的な英雄の物語がある。どこからともなくやってきた勇者が、懇願を受けて困難を打ち破り、平和を取り戻すと言った、何処にでもある、ありふれた英雄譚、他愛のないおとぎ話。そう言ったお話の中には、異世界から呼ばれた勇者、と言うパターンがある。異世界から呼び出された特殊な能力を持つ勇者(世界を越える際に力を得た、なんてパターンもある・最近では能力無しの現代知識活用内政モノとかも)が、やっぱり懇願を受けて困難を打ち破り──と言う件の英雄譚の亜種。
今回のサシカイアらの立場は、これではないか。
異世界から呼ばれ、魔神王に対抗する事を期待された勇者、英雄候補。
「……エレファントだな」
「……エレファントだね」
カーラの説明を聞いたサシカイア、シュリヒテの反応。
エレファント言うのは、この場合は数学の証明の評価に使う言葉。綺麗に証明できるとエレガント。そうでないとエレファントとなるらしい。
「……最初に、粗だらけだと前置きしておいたはずですが?」
カーラが知るはずがない言葉であるのだが、どうやらニュアンスは通じてしまったらしい。どこか不機嫌な響きの声だった。
正直、カーラの示したこの話は、真偽はともかくありがたい。トラックにはねられて死んだら異世界に転生していました、みたいな、どうしようもなく超常の力によって事が起きたわけではなく、その世界のルールに則った力でこの現状がある。その方が、まだ救いはあるだろう。人の手によって起こされた事象。ならば、人の手によって問題を解決する術があるのではないか?、そんな期待が持てるのだから。──どれほど望み薄だとしても。
カーラの無理矢理の推測も理由は多分それ。自分のあずかり知らない不可思議、超常の力が働いていると考えるよりも、自分の知る、納得できる何らかの力によって現状がある。ロードスの状況を整えるのに腐心しているカーラには、訳のわからない力の存在によって世界の流れを左右される、と言うのは面白くないだろう。
しかし、それでもカーラの言葉、あるいは期待に、素直に頷く事も出来なかった。
「いや、だって、そもそも、俺らよりベルドとかの方が断然強いし」
せめて初手から超英雄ポイント持ちとして作ったキャラだったら、あるいは、なんて考えられたかも知れない。しかし、残念な事にそうではなく、今のレベルであればせいぜい上位魔神が適当な相手だろう。魔神将となれば厳しいのは先の戦いの通り。これが魔神王となれば、瞬殺されるのが落ち。特に体力に不安のあるサシカイアが真っ先に。とてもではないが、魔神王の対抗存在、なんて自分たちの事を考える事は出来ない。ゴブリン相手のあの苦戦だって、まだまだ記憶に新しい。自分たちは英雄ですと、うぬぼれる事なんて出来ない。原作を知る、と言う事もあるが、やはり魔神王と戦うのは、ベルド達6英雄の仕事であるとの思いは強い。スペック的にも、精神的にも。
「確かに、赤髪の傭兵ベルド、彼は、彼が今この時にある事を神に感謝したくなる程の戦士ですね」
実際に刃を交えたカーラは、サシカイアの言葉に素直に頷く。500年以上、ロードスを見守ってきたカーラにしても、やっぱりベルドは傑物らしい。
「と言うわけで、俺たちはそんなご大層な存在じゃなくて、出来れば、平穏無事に、百の勇者の皆さんの活躍を安全な場所から応援していたいわけで」
「いや、あの魔神将だけは俺が倒す」
間髪入れずにシュリヒテ。
魔神王を倒すと言わないだけ、まだ、現実を見ていると評価して良いのだろうか?、判別の付かないままに、サシカイアはきっぱり言う。
「こいつはこんな事言っているけど、俺はぶっちゃけ、魔神なんて怖い連中と戦いたくない」
この言葉にシュリヒテが裏切られたみたいな顔をするが、偽らざるサシカイアの本心である。サシカイアには、シュリヒテ程の魔神と戦う動機はない。何より、言葉通り怖い。
「そもそも、なんでわざわざ異世界から?」
それ以上、戦う戦わないで議論したくない。サシカイアはそんな気持ちもあって話を変える。
カーラの言葉を正しいと仮定して。あまりに効率が悪すぎるだろう。
わざわざ異世界のぼんくらに英雄足る能力値を附与してまで、勇者として呼び出す。無駄がありすぎる。ぼんくらを英雄に仕立て上げる、そんな事が可能ならば、そこいらを歩いている村人を捕まえてそうした方が、手間が少なくて済むだろうに。おまけに、村人にとっては自分の住む世界の事。問題に対するモチベーションだって高いだろう。サシカイアらのように所詮は他人事、可能であればどこかで平和が戻るまでのんびりしていよう、なんて無責任な事を言い出さないに違いない。
しかし、サシカイアの言葉を、カーラは取るに足りない事だと否定する。
「手間がかかろうと、可能であればそうする。なぜならば──」
ここでもったい付けるように一呼吸。
「アズナディールは、召喚魔術師なのだから」
それだけで十分な理由だとカーラは言う。
異世界より英雄がやってきて脅威を取り除く。それは、ありふれた物語。しかし、現実にはありえない空想の産物でもある。一般に、問題を取り除くのはその世界に住んでいる人間なのだ。現実逃避が産んだ、仕立て上げられる勇者の都合なんて考慮していない、夢物語。只のおとぎ話。
だが。
アズナディールに、それを現実に出来るだけの技術があったとしたら、彼はきっとそうしただろう。
そう、カーラは断言する。
魔神王を呼び出し、使役する事を可能とした偉大なる魔術師。専門とするのは召喚魔術。ならば、万が一の事態に備えるのに使うのは、やはり召喚魔術だろう。もし、カーラ自身が何らかの問題に対処するためにどの魔術を使うかと問われれば、専門の附与魔術にするに決まっている。実際、カーラのサークレットは附与魔術を駆使して作られた。ロードス最後の太守サルバーンがカストゥール崩壊に巻き込まれての自分の死を逃れるために選んだ手段は、専門である死霊魔術を駆使したアンデッド化、ノーライフキングへの転生。あれ?、やっぱり死んでる? それはともかく、やはり、ピンチに頼るべきモノは己の専門分野。自負もあれば自信もある。それが、高位の魔術師であればある程に。
そして、ソレが普遍的な物語、しかも実際にはありえない夢物語そのままの事を現実に出来るとすれば?
それは素晴らしく快絶な話ではないか?
どちらにせよ。これは乏しい情報から勝手に推測した事。真実と遙か遠くに離れていたとしても不思議はないが。
そう付け足して、カーラはサシカイアらの表情を観察するようにして続ける。
「そして、その種の物語は、使命を果たした勇者が元の世界へ帰還することで締めくくられる」
「──お姫様と懇ろになってめでたしめでたしのパターンもあるんじゃないか?」
カーラの言葉に、サシカイアが突っ込み。
対してカーラは口元にかすかな笑みを浮かべた。サシカイアの言葉は、お姫様にあたりまえに付いてくる権力を得るという話。その場合、その度合いが過ぎた場合、カーラがどういう行動に出るか。ソレを端的に示した笑みだった。
「もし、私の推測が正しかった場合、魔神王を倒してみれば、何らかの事態の変化が訪れるかも知れません」
「正しくなかった場合は骨折り損のくたびれもうけ? いや、もっときついか」
とサシカイアはぼやく。何度も言うが、魔神王は気楽に敵に回して戦える相手ではない。くたびれもうけで済んだら幸い。事が済む前にこの世からリタイアしてしまう可能性の方が大きい。
「魔神王を倒しても事態の解決がならなかった場合には、私も力を貸しましょう」
「?」
サシカイアは首をかしげる。カーラはまるで、自分が協力すれば帰れるとでも言うような口をきいている。
「世界の特定さえ出来れば、ゲートを開く事は不可能ではありません。たしか、あなた方の仲間には、高位の魔術師もいたはず。彼に異界を探知する術を授け、それで自分たちの世界を見つける事が出来れば──」
その世界を知る人間が探す必要があるため、カーラでは不可能、ブラドノックが行う必要があると言う。知らないモノは探しようがない、そう言う話。
「アレか? 新戦記の最終巻?」
「ゲートってディメンジョン・ゲート?」
カーラの言葉に思い当たるモノがあって、サシカイア、シュリヒテは互いに声を上げる。
新ロードス島戦記の最終巻、終末へと落ちていく小ニースとスパークを呼び戻すために、スレインは探知の糸を異界へのばし、2人を発見し、ゲートを開いて送還した。
世界の特定さえ出来れば、古代語魔法ディメンジョン・ゲートで二つの世界を繋ぎ、帰還する事が出来るのだ。そう、自分たちの元々の世界を発見する事が出来れば。
「何だよ、カーラに話して大正解。俺の判断間違ってなかったじゃないか」
「カーラ最高! さすがはロードスの、いや、世界安定の担い手」
目の前に示された希望、帰還の術。正直なところ、半ば以上諦めていた。しかし、困難はあるにしろ、十分に可能な事であると教えられた。
これを喜ばずにいられようか?、いや、いられない。
2人ははしゃいでハイタッチ。それから2人の騒ぎに面食らったカーラの手を取ると、ぶんぶん上下に振り回す。口から溢れるのはカーラを賞賛する声ばかり。危険人物? 誰がそんな事を言ったのやら。この人は素晴らしい人物ですと、大はしゃぎ。ロードスの未来はあなたの肩に掛かっています。いよっ、大統領と大絶賛。
しかし。
「むろん、ただで教えるつもりはありません」
「え?」
と、2人で手を取り合って、訳のわからない踊りを踊っていたサシカイア、シュリヒテが凍り付く。
「靴を舐めろってんなら、舐めますよ? ──ブラの奴が」
代償が必要ならば、とサシカイアは提案。大丈夫、ブラドノックであれば、きっと喜んで舐める。
しかし、そんな特殊な趣味はないと、カーラは顔を顰めて否定。
「あなた達には、魔神と戦って貰います」
と、主にサシカイアに向けて告げる。これはサシカイアに素質を見いだしたとかではなく、やる気の問題。
「あるいは、本当にあなた方が安全装置であった場合、不在では話にならない可能性もありますし、そうでなくとも、魔神は強い人間がいくらいても足りないような相手です」
「あ~、俺エルフ」
「しかも、あなた方がいくら名声を高めようとも、私にとって警戒に値しない、と言う事も素晴らしい」
サシカイアの小声の反論は、耳のない様な顔で無視された。
「あるいは先刻言ったように、私が術を授けるまでもなく、魔神王を倒せば全てはうまくいくかも知れませんよ」
そう告げるカーラの顔は、それを自分でもあんまり信じていないように見えた。