陰謀史観というモノがある。
人の世の裏に潜み、世界を、歴史をコントロールしてきた秘密結社が存在する。実は2度の世界大戦も今回の大不況も、果ては郵便ポストが赤いのも、宝くじで高額当選したことがないのも、その謎の秘密結社がそう望み、そうなるように状況を整えたのだ。──なんて考え方。それが本当であれば酷い話。特に宝くじとか宝くじとか宝くじとか。
そしてこれ、創作の分野では、割とよく見かけたりする。ガン○ムヨコハチで言うならばイノベー○ーがそうだし、種死ならば軍需産業複合体の■ゴスとか。銀○伝ならば地球教。バッタ男ならば「ゴル○ムの仕業だ」と言った具合。ぶっちゃけると、わかりやすい悪役として重宝するのだ。
そしてここロードス島にも、歴史の裏に潜み、操作し、己の思う方向へと未来を歪ませる魔女が存在する。
それが灰色の魔女カーラである。
ロードス島電鉄
32 ドキドキ魔女審判
「なっ、カーラっ!」
私はあなたのことを知っています。
と、わざわざ教えてやってくれたシュリヒテに、相手に自己紹介して貰う手間が省けたね、ご苦労様、なんて感謝が出来るはずがない。
カーラという人物、扱いを間違えれば非常に危ういと言う認識がサシカイアにはある。そんな危険人物、こちらの持ち札は可能な限り伏せたまま対応したい。なのに何もしないうちから札を切っていったシュリヒテの行動は、余計なことの最たるモノ。
「この糞馬鹿っ」
だから、サシカイアは思わず罵りの声を上げ──直後に後悔した。
シュリヒテのことを罵れない。自分のこの反応もまた──
「なるほど」
カーラが静かに頷いた。
「お互い、わざわざ自己紹介をする必要はないようですね」
余計な手間が省けて重畳。そう告げるカーラの雰囲気は、登場時よりも確実に温度の低いモノになっていた。
灰色の魔女カーラことアルナカーラは、古代魔法王国カストゥール末期の魔術師である。
カストゥール王国末期は、同時に全盛期でもある。
魔力の塔の完成を経て、カストゥール王国の魔術師達は、簡単な額への水晶埋め込み手術を受けるだけで無限の魔力の供給を受けられるようになった。それはもう、漫画雑誌の背表紙あたりに宣伝されている手術以上に簡単なモノで。
それまではどちらかと言えばへっぽこで、何度も滅びに瀕しての復活を繰り返してきたしぶといだけが売りのカストゥール王国。しかし、これで奇跡の大逆転。目を見張る程の快進撃が始まった。
無限の魔力をいい事に、達成値の100倍拡大だってお茶の子さいさい。それなんてチート、インチキなまでの強大な魔法を使い、敵対する者達を滅ぼし、あるいは封じ、支配した。古の、それも神殺しなんてレベルのドラゴンすら支配、使役したと言うのだからとんでもない。カストゥール王国は文字通りの大陸の覇者となった。
彼らは大地だけではなく、空に、水上に、水中に、地底にと壮麗な都市を次々と築き、その版図を広げた。カストゥールの魔術師にあらずんば人にあらず、てな感じで、魔術を使えない者達を蛮族として蔑み、その支配下におき、奴隷としてこき使った。時にはコロシアムあたりでモンスターと殺し合いなんかもさせたらしい。おまけに無限の魔力でシースルーだって自在に使えて覗きだってお茶の子さいさい。女子更衣室へ忍び込むのだってコンシールセルフで安全確実。絶大な魔法、圧倒的な力を良い事にやりたい放題、この世の春を謳歌したのだ。──現在、魔術師が嫌われるのは、この時代のカストゥール魔術師の所行が故である。
ちなみに今現在のロードス最大の問題である魔神。コレを召喚、使役することを可能としたのも、この時期である。
得意の絶頂のカストゥール魔術師達。
ところが、崩壊は彼らの想像よりも早く訪れた。
地の底に作り上げた新たなる王都、精霊都市フリーオン。コレを維持するために括っていた大地の精霊王ベヒモスが突然変異して、周囲の精霊力を際限なく取り込んで巨大化する滅びの魔物、 魔精霊アトンとなってしまったのだ。これが、彼らの栄光の終わり、滅亡の始まりだった。
魔精霊アトンは、最高の魔術師でありカストゥールの王であるファーラムシアの肉体を原材料に、最高の附与魔術師ヴァンが鍛え上げたファーラムの剣を用いることで、機能停止状態に追い込むことが出来た。滅ぼしたわけではなく封印、問題の先送りだが、とりあえず、世界の破滅だけは免れた。
しかし、その代償は大きかった。
アトン封印時の魔力の暴走。空中都市は地に落ち、水中都市は水圧に押しつぶされ、水上都市は水底に沈んだ。さらに、彼らに無限の魔力を供給していた塔の崩壊。コレが決定打になった。
外付けの供給装置に頼り切っていたカストゥールの魔術師達は、気が付かないうちに己の魔力を練る術を失っていたのだ。
力の大部分を失った魔術師達。そうなると日頃の行いがものを言う。
仲間の魔術師以外を一段も二段も低く見、蛮族、奴隷として扱ってきたツケを、彼らは支払わされることとなる。力で押さえつけていた反動。蛮族、奴隷と蔑まれた者達は、カストゥールの魔術師達に心服したから従っていたわけではないのだ。好き放題やってくれた傲慢な支配者の弱体化。被支配者たちを押さえつけていた力がなくなれば、その後どうなるかは分かり切ったこと。
間を開けず発生した、大規模な蛮族の反乱。
彼らの魔術師に対する恨みは大きかったし、チャンスを逃す程お人好しでもなかったのだ。
魔術師達は魔力を失ったとは言え、それまでの富や技術の蓄積がある。強力なマジックアイテムや従えた強力な魔法生物などを使って対抗する。凄惨な殺し合いが発生し、多くの命が失われた。しかし、魔術師達の必死の抵抗も、焼け石に水としかならなかった。王を失い、魔力を失い、統一された行動の出来ない魔術師達は各所で打ち破られ、滅びを迎えることとなった。
これが魔法の時代の終わり、剣の時代、ソードワールドの始まりである。
カーラは、この滅びを目の当たりにした。
絶対と思われていたカストゥール王国のあっけない崩壊。世界の全てを、どころか異世界までを掌握したと驕り高ぶった彼らの時代も、過ぎ去ってみれば、僅か50年程の栄光にしかすぎなかった。
蛮族達は力を失ったカストゥールの魔術師達に容赦などしない。それだけの恨みがあったし、同時に、恐怖もあった。再び魔術師達が力を取り戻し、彼らを奴隷の地位にたたき落とすかも知れない。その恐れが、彼らから容赦というモノを奪う。
栄光から破滅への転落。その落差の大きさ。目の当たりにした多くの悲劇。殺し殺される凄惨な戦い。怨嗟の声と血の臭いが大気に満ち、屍の上に屍が積み重なり。まるで地獄がこの世に顕現したかのような有様。カストゥール王国人であるカーラにとってはまさしく、世界の終わりに等しい。
その様は、 カーラの心に大きな傷を刻み込んだ。
その様は、カーラに一つの確信を抱かせるには十分だった。
曰く。
力が一点に集中すると、その崩壊時には大きな被害がでる。何か一つの力を頼ることは、それは即ち破壊へと向かうこと。目の前に繰り広げられる、永久の繁栄を続けると思われたカストゥール王国のあっけない、そして徹底的な崩壊が、それに連動して起きる悲劇が、人の死が、カーラの思いを補強し、確信とまで昇華させる。
力の集中は危険。一時はいい。一時であればそれは、素晴らしい繁栄を約束するだろう。しかし、それはごくごく短時間で、すぐに世界の破滅を誘発する。一時の繁栄などとは到底釣り合わない、徹底的な破滅を。
ならば、いくつもの力を絶えず拮抗させ、その一点への集中を妨げればいい。絶えず続く戦乱は、いくつもの悲劇を生み出すだろう。だが、それすら、一極集中の愚に比べれば断然マシなのだ。
どう見たって粗だらけ、周囲から突っ込みを入れられそうな考え。しかし、その時にはカーラに突っ込みを入れられるような人間は全て鬼籍に入っており、誰も彼女に駄目出しをしてくれる事はなかった。……もっとも、たとえ駄目出しされたとしても、カーラは意見を変えなかっただろう。それほどに、彼女の心に刻まれた傷は深かった。
そしてカーラの、歴史の裏側での暗躍が始まる。
かつて破壊の女神カーディスの信徒がロードスを席巻しようとした時には、マーファ神殿と英雄カドモスを助けてそれに対抗した。カドモスの興したアラニア王国がロードスに覇を唱えようとすれば、有力貴族の対立を助長して内乱を誘発し、その野望を挫いた。ライデン王国がその版図を爆発的に広げようとした時には、対抗馬とすべくモスの小国群に味方し、竜の盟約締結に力を貸した。
力の一極化、ロードス統一がなされることの無きように。
天秤がどちらか片方に傾きすぎないように。
カーラは、ロードスの歴史に介入を続けてきた。
しかし、カーラは人である。人は永遠には生きられない。変身、シェイプチェンジの魔法で若返りを繰り返したとしても、200年程生きるのが限界。それ以上は、人の精神が保たないとされる。(1000年の寿命を持つエルフはそもそも精神的な構造が違うらしい。3日くらいなら何もせずにぼーっとしていられるらしいし)
では、人であるカーラはどうやって王国滅亡以来500年もの長きにわたり、暗躍してこれたのか。
その答えはカーラの額のサークレットにある。
「私は人間を止めるぞ!、サルバーンッ!」と言ったかどうかはともかく、優秀な附与魔術師であったカーラは、己をサークレットに封じ込めたのだ。更に、このサークレットに着用者の肉体を奪い、カーラの意のままにするという効果を附与して。それに対抗するには精神抵抗25と言うべらぼうに高い数字をクリアする必要がある。ちなみに世界最高の魔術師ウォートですら素の状態で15+サイコロ2個と言う、分の悪い勝負になる。能力的にそれ以下、普通の人間に抵抗はほぼ不可能。確実にカーラに支配されると思っていいだろう。ベルドですら11以上の出目を出さなければならないのだから。実の所、原作戦記の最終巻、レイリアのサークレット着用再挑戦は物語の締め的にはともかく、きっぱり無駄で危険なだけの所行だよなあ、と思ったりもした。
そして厄介なことに、この呪いじみた力は、わざわざサークレットを着用しようと思わなくとも、カーラの仮の肉体を破壊した時にも発動する。カーラを殺した場合、どうしようもなくサークレットを付けたくなってしまうのだ。つまり、カーラに戦って勝てば、今度はその勝者が肉体を奪われてしまう格好になるわけだ。殺さずに無力化すればその支配の力は発動されないが、そんな手心を加えつつ勝利できるような、生やさしい相手ではないのだ。ウォートをして、勝つのは可能だが、しかし、──と言わしめるのは伊達じゃない。
こうして、カーラは500年の間、肉体をとっかえひっかえしつつ、暗躍をしてきたというわけである。
カーラが厄介なのは──
古代語魔法10レベル以上、精神点30という非常に高い数字はもちろん、件の己を倒した者の肉体を奪うという力も鬱陶しい。
鬱陶しいが、さらにもう一つ。
説得が通用しないと言うこと。
いくらサークレットにカーラの記憶、知識、考え方が封じ込められているとは言え、それは最早亡霊と変わりない。既にカーラは死者なのだ。
人は学び、成長し、変化し、進んでいく。
しかし、カーラはそれが出来ない。
カーラは既に、サークレットに己を封じた時点で、前進を止めてしまっているのだ。
カーラは学ばない。カーラは成長しない。カーラは変わらない。カーラは進まない。
いつまで経っても。
どこまで行っても。
封じられた時の思いのまま、封じられた時の考えのまま。
ただ一つの行動理念に従って暗躍し続ける。
ただただ、己をサークレットに封じたときの思いのままに行動する。
ロードスの統一を妨げるために行動する。
その考えが間違っていると告げようとも、カーラは考えを変えない。
その考えが時代にそぐわないと警告しようとも、カーラは行動を改めない。
彼女は既に完結しているのだから。
彼女の有り様は、既に完成してしまっているのだから。
そんな人間が登場したわけである。
たまたま遊びに来ました。通りがかったら見かけたので覗いてみました。なんて気楽な状況であるはずがない。カーラの返答は、こちらのことを知っていると告げるモノであったし。そもそも10レベルの冒険者なんて、いくら強者揃いのロードスとはいえ希有な存在。それだけでカーラに警戒されても仕方がないだろうし。この邂逅を偶然で片付けるのは無理だろう。
何にせよ、ろくな事になるとは思えない。
サシカイアは用心深く精神集中の準備をしつつ、カーラの様子をうかがう。
僅かに幸いなのは、カーラの肉体が女とも男とも解らない中性的な人物であること。コレが老人だった日にはすごくやばいところだった。原作によれば、その老人の身体は限界近く。つまりはその場合、こっちの肉体を奪いに来たと言うことだったから。
少なくとも、身体を狙われているわけではない。
では、どんな理由か?
原作によれば、この時期のカーラは基本、魔神を相手に戦うというスタンスを取っていたはずだ。魔神王、それは、カーラの考える力の天秤を危険なまでに傾ける存在。モンスターレベル10で国レベルの危機。15で大陸レベルの危機だと言うのに、魔神王はモンスターレベル20。本当に洒落にならない存在なのだ。カーラが危険視するのも当然と言える。
しかし、その一方でウォートの野望を危険視し、ナシェルの破滅を画策した。
その行動はロードスの統一を妨げるという事で間違いないのだが、どうにも考えが浅い部分も見える。ナシェルの破滅は、下手をすると魔神に対する人の完全敗北を招きかねなかった。また将来、パーンらに対抗するために破壊の女神を復活させようと試みる。しかし、これは流石にやりすぎだ。魔神王は神に匹敵するとか言われてはいるが、流石に神に比べれば小粒だろうし。パーンは好きな主人公だが、流石に破壊神相手に戦えるとは思えない。カーラの行動はどう見たって本末転倒。(カーラの考える)危険を排除するために、さらなる危険を──それも対処不能なまでに酷い、人が、世界が滅びかねない危険を招こうとするのだから。
現状、自分たちがそこまで危険視されていると思えないのが幸いだが。
「……それで、そのカーラさんが、こちらに何の用かな?」
そして、いくら怖い相手だと言え、いつまでも無言でにらみ合っていても仕方がない。話が進まないというメタな理由はともかく。と言うか、先に緊張に耐えきれなくなるのは、どこまで行っても中身へっぽこなこちらの方という確信がサシカイアにある。ならば精神的に疲弊するより先に、良かれ悪しかれ、事を済ませた方がいい。
「噂の英雄を一目見ておきたいと思いまして」
カーラはシュリヒテ、サシカイアを見据えながら口を開く。
「魔神将と互角の戦いをして退けたと言う〈光の剣〉シュリヒテ・シュタインヘイガー、冒険者達を率い、ゾンビの群を撃退した〈戦乙女〉ペペロンチャ……」
そこでサシカイアは一つ手を打った。頭の上で豆電球が灯った格好だ。
「あ、そう言うことなら、関係のない部外者は退場します」
「はぁ?」
とシュリヒテが変な声を出すが、サシカイアは無視して続ける。
「俺の名前はサシカイアです。センスライを使って貰えば解ると思うけど、俺はサシカイアです」
大事なことなので二度言いました。慎重に言葉を選びながら、サシカイアはカーラに告げる。
センスライ、嘘感知の魔法は、相手が嘘を付いているか否かを、判別することが出来るようになる古代語魔法だ。相手の言葉が嘘であれば、「──嘘だぴょん」と言った具合の語尾が付いて解るらしい。
「くだらない嘘は止めて貰いたいですね」
カーラは懐からマーファの公認印の入ったペペロンチャのサイン入り美人画を取り出してこちらに示し、サシカイアと見比べつつ告げてくる。さすがはマーファ本神殿お声掛かりの画家と言うべきか、サシカイアの顔の特徴を捉えた、見事な似顔絵である。
「だから、センスライを使えば、俺が嘘を言っていないことは解るって。似たエルフは世に3人はいるって言うし。俺はサシカイアです、間違いありません」
しかしサシカイアは堂々と応じる。少しでも怯んだところを見せてはいけないと、己に言い聞かせながら。ここで自分はペペロンチャではありませんと言えば嘘になるが、自分がサシカイアであると主張するのは嘘にならない。そして、嘘でなければ、センスライには反応しない。詭弁のようだが、この魔法は本当にそう言うモノなのだ。何にせよ、世に完璧なモノはないと言う事か。
カーラは僅かに首を傾けながら、割合素直に呪文の詠唱。再び繰り返したサシカイアの名乗りに、混乱したように沈黙する。
「と言うわけで、後は若いお二人に任せて……」
おほほほほ~、と見合いの席をセッティングした遣り手婆のようにわざとらしく笑いながら、サシカイアはフェードアウト──しようとしたのだが、シュリヒテが素早くその後ろ髪、尻尾を捕まえる。
「んがっ」
首が引っこ抜けそうになってのけぞるサシカイア。
「なにしやがるっ!」
当然の抗議をシュリヒテはあっさりスルー。
「ペペロンチャはお前だろうが、お前が魔神将に名乗った偽名だろうが」
逆ギレ、怒鳴りつけてくる。
「ばっか、何でばらすんだよっ!」
「お前、俺見捨てようとしただろうがっ!」
死なば諸共、とシュリヒテ。
「……ほう、私を騙そうとしたと?」
絶対零度の声はカーラから。
「いや、俺の名前がサシカイアだってのは嘘じゃないし、エルフ流のお茶目な挨拶というか、場の雰囲気を和らげようとしたと言うか……」
サシカイアはもごもごと口の中で呟き、助けを求めるみたいに視線を彷徨わせる。側頭部を自分の拳でコンと叩いて、てへっと可愛らしく笑っても見せるが、見捨てられかけたシュリヒテは冷たい目で見ているし、カーラもやっぱり冷たい目を向けてくる。
こほん、とサシカイアはわざとらしく咳払い。
「ごめんなさい」
素直に謝罪。深々と頭を下げる。
「……まあ、この場の空気の読めない馬鹿はともかく」
シュリヒテが話を進めるべく口を開く。
誰が馬鹿だ、とサシカイアは思ったが、ちょっぴり今の自分は立場が弱いという自覚があったので、涙を飲んで突っ込みは控える。
「俺たちに何の用ですか?」
「用は……別にありませんでした」
「はいぃ?」
カーラの答えに声が裏返ってしまう。
「最近噂になっている新たなる英雄、その様子を見ておこうと思ってきただけのこと。見つからなければ、軽く観察だけして、立ち去るつもりでした」
ひょっとして、俺やっちゃった?、とサシカイアがおそるおそるシュリヒテを見れば、お前、余計なことをと言う視線に迎撃される。
「ですが、こうして話をすることになったのですから、いくつか質問させて頂きましょうか」
「……答えられることなら」
サシカイアは用心深く応じる。
「そんなに警戒する必要はありません。私にとってあなたの脅威度は低い」
戸惑うサシカイアに、カーラは言う。エルフで女性、その時点で、アイドル的な人気を得ることが出来ても、最終的な求心力の中心にはなれない、と。他種族であるエルフに人を統べる事は出来ない、王になる事は出来ないと。結局の所、この世界の覇者は人間。エルフはマイノリティなのだ。
「そう言う事では、あなたの方こそ警戒に値する」
カーラが視線を向けたのはシュリヒテ。
シュリヒテは戦士で人間。古代魔法王国の事もあり、人は戦士に英雄を求める。ロードス島戦記で人々が、魔術師スレインではなく自由騎士パーンに希望を見たように、戦士こそを担ぎ上げようとする。
カーラの言葉に、サシカイアは大きく安堵して胸をなで下ろす。胸をなで下ろすのは得意だ。何しろ女性としてはちょっと、と言う感じの胸部の起伏が乏しい体型だから、なで下ろしやすい事この上ない。それにしても、体力無い上に女エルフなんて、最初の選択で間違えた。絶望した。なんて思っていたが、こうなってみると結果オーライ……かも知れない。……いや、やっぱり、納得行かないモノも多々あるから結論は保留か。
対してシュリヒテはごくんと唾を飲み込み、それでもカーラをまっすぐに見て言った。
「幸いな事に、こちらは大それた野望なんて持っていない」
「野望のあるなしではなく、時流に乗せられ、逃れられなくなる事もあります」
英雄なんてモノは他人に担ぎ上げられてなるモノ。そこに本人とは言え個人の考え、意志など黙殺される事も珍しくない。現実、サシカイアにしろシュリヒテにしろ、英雄になりたくて行動してきたわけではないがこの現状である。原作で近い将来、ロードス統一王として担ぎ出されそうになったナシェルにしたって、本人よりもウォートを初めとする周りの野望によるモノだったし。
兎に角、自分の話ではなくなったとなると緊張が解け、ようやくサシカイアの頭が働き始める。残念な事に、元々たいした頭ではないが。自分に危険がないのであれば、多少の無茶はできる。どうにかして、この出会いを有効に利用できないモノだろうか?、そう考えて、唇をぺろりとなめて湿らせる。やってみるか。ごくんと唾を飲み込み、心を定める。
「──だったら、あんたもそうならないように協力してくれ」
サシカイアは言葉を選ぶようにして、カーラに告げた。シュリヒテが危険視されず、自分たちの助けになるカーラの利用方法。賭ではある。あるが、分はさほど悪くなかろう。考え方の善悪はともかく、カーラは悪人ではないのだ。傍目にどう見えようとも、ロードスのために行動しているつもりなのだから、問答無用で殲滅、とはならないはずだ。……ならないといいな。
「俺たちが、元の世界に戻れるように。──俺たちが、この世界からいなくなれば、あんたの心配は杞憂に終わるだろう?」
兎にも角にも、賽は振られた。