本格的に夜が来る前に、意外に近くにあった村に転がり込めたのは幸いだった。
村の名前はアダモ。祝福の街道沿いに存在する、どこにでもあるような典型的な田舎町、らしい。
この得体の知れない状況で、野宿だなんてぞっとしない。得体が知れててもやっぱり野宿は勘弁だが。村が発見できたときには4人は心底ほっとしたモノである。
どうやら村で一軒きりらしい宿を見つけて早速4人はチェックインする。
宿の名前は「幸せの始まり」亭。この世界の一般的な宿で、一階は酒場や食堂を兼ねており、二階部分に宿泊者用の部屋が並ぶ。一部屋で良いじゃないかという3人の意見を却下してエルフ娘サシカイアは2人部屋を1人で確保した。
ちなみに4人で相談し、キャラクターネームで呼び合うことにしていた。本名を避けたのは、周りの人間に違和感を抱かせないため。何しろ、鏡像魔神(ドッペルゲンガー)なんて人の姿を真似る魔神までいる。変だと思われたら最後、こいつは怪しいと吊し上げ、尋問という名の拷問、処分、なんて事になりかねない。だから、明らかにこの世界風でない日本人の名前はまずいだろうとの判断。他の3人には、サシカイアをどこから聞いても男の名前で呼びたくない、なんて思惑があったかも知れない。ところで、自分たちのキャラクターネームが果たしてロードス風なのか、そう言う疑問もあったが、こればっかりはいくら考えたって分からないので仕方ないと割り切る。
サシカイアは部屋に荷物を置いて、ちょっとした用事を済ませると一階に戻る。
「おせえよ」
と、テーブルを一つ確保した仲間達3人、その内の元板金鎧、今は鎧下のみになっている男、自由騎士のシュリヒテ・シュタインヘイガーから文句が飛んでくる。
「うるせ。トイレ行ってたんだよ」
平気な顔して大声で言い返すサシカイアに、周りの客がぎょっとしたような顔を向ける。
「ちっさいほうだって言うのにズボンはおろか、いちいちパンツまでぬがにゃならんし、慣れてねえから零しかけたし、ああ、くそ、鬱陶しい。ついてるモノがついてないと、なんて面倒くさいんだ」
天使級美貌、可憐な容姿の妖精娘が恐ろしく乱暴で品のないことを口にする、その破壊力たるや…。しかし、当人は周りの視線などいっこうに気がついていない。
「あ~」
シュリヒテは横に座る二人──魔法使いのブラドノックと、ドワーフの神官戦士ギネスに助けを求めるような視線を向け。
二人はあたりまえのようにその視線に気がつかない振りをした。
「すまん、俺が悪かった。だから、頼む。頼むからその顔でそういう発言は勘弁してくれ」
「はぁ?」
シュリヒテの懇願に、サシカイアは訳が分からないと首をかしげた。
ロードス島電鉄
02 食卓にエールを
とりあえずビール、そんな感じでサシカイアはエールを注文。見れば他の3人の前に、既に半ば空いたエールのジョッキ。戻ってくるまで少しくらい待てよ、お前ら、とは喉の奥に引っ込める。ウェイトレスのお姉ちゃんが素早く持ってきたエールを受け取り、一気にあおる。
「うわ、温っ。きんきんに冷やして欲しいよなあ、これ」
エールはどうやらビールの一種のようなモノらしい。サシカイアは日本人らしい感想を零し。このおファンタジックな世界では無い物ねだりだなと諦め。それでも冷たくないビールなんざ人間の飲み物じゃないとぼやきつつも勢いよく喉を鳴らしてんぐんぐと飲む。一息で半分以上飲んでいったんジョッキから口を離し、たたきつけるようにテーブルに置く。ぷは~っ、と大きく息を吐き出すと、袖で口元についた泡を乱暴にぬぐう。その様子は風呂上がりのおっさんに近いモノがある。
その様子を、3人がジト目で見ている。
「…なんだよ」
「美少女が、そう言う飲み方するなよっ」
「お願いだからもうちょっと上品にっ。エルフってのはもっとこう、神秘的で美しいモノであるはずなんだよ」
「やっぱ男の子じゃないとダメだ」
「ほっとけ」
サシカイアはぶーたれて、そっぽを向く。
「外見がどうだか知らんが、中身俺だぞ? くだらない期待をすんな」
「…まあ、確かに中身がアレだと思うと」
「アレなんだよねえ…」
「アレだもんなあ…」
「その発言もたいがい失礼だな」
そんな具合に納得されるのもおもしろくない。けっ、とわざと下品に吐き捨て、サシカイアは3人の方に向き直る。
「──で、これからどうするんだ?」
現実逃避ばかりはしてられない。4人はちょっとだけまじめになった顔を見合わせる。
「どうすりゃいいと思う?」
「それがわかりゃ、世話ねえよなあ…」
ああ~、と揃って嘆息すると天を──天井を仰ぐ。そこにはもちろん、模範解答なんて書かれてない。
「ちょっとここの会話を拾っただけでも分かった。やっぱり今、魔神活動の真っ盛りだ」
3人とて、サシカイアが来るまで無為に酒を飲んでいただけではないのだ。飲みつつも、酒場でかわされる会話には慎重に耳を傾けていた。おかげでいくらかの情報は手に入っている。
そして、困ったことに予想は的中。シュリヒテが最悪だ、と顔をしかめつつ告げる。
「最初の不意うちからのやられっぱなし状態は脱却。何とか各地で魔神に反攻する勢力が出てきて、多少は小康状態にあるかな、と言う感じではあるらしいが──」
反抗する「国」じゃないあたりが救いがたい、と、ブラドノックが嘆息する。本来、民を守るのが仕事のはずの国、正規兵はどうにもフットワークが重い。と言うか、国の上層部、貴族などの財産生命を守る事を中心として活動させられており、民衆の安全平和にはほとんど役に立ってないらしい。
だからがんばっているのは正規兵以外の、魔神に対する反抗勢力。それは即ち。
「百の勇者か?」
「まだ、ライデンは魔神の首に賞金を賭けてないみたいだ」
シュリヒテはエールで唇を湿らせる。実態はともかく、その名前はまだ登場してきていないと言うこと。
「ま、ぶっちゃけ、そのあたりはどうでも良い。俺ら、百の勇者なんて柄じゃないし」
自分のキャラ設定、目の当たりにした自国上層部の腐敗、なかなか民を救おうとしないことに忸怩たる思いを抱き、独自に行動するために不名誉印を自ら刻んで騎士団を抜けた高潔な騎士、なんてのを棚の上に放り投げている。──が、3人は突っ込まない。キャラ設定など、それはそれ、これはこれと簡単に割り切っているのだ。ぶっちゃけ現実に命の危険がある状況で、ロールプレイなんてやってられない。
だからシュリヒテの意見に、うんうん、と残りの3人はうなずく。
「意見が合って重畳。──てか、最後、6英雄+1を残して捨て駒だもんな、百の勇者」
魔神王の前まで道を開くための捨て駒。その他扱いの百の勇者の最後はそんなもんである。下手に戦力として残して後の混乱の原因になって欲しくないという各国の思惑も分かる。何しろ力も名声も持っている国に仕えていない武装集団。既存の国にとって、こんな扱いに困るモノはないだろう。だが、捨て駒にされるのは面白いはずもない。
かと言って英雄候補、最終決戦のメンツに選ばれたりするのも困る。魔神王と対戦なんてノーサンキューだ。確実に死ねる自信がある。
結論、百の勇者なんて危険な代物には関わらないのが一番。
「──で、それは良いとして」
サシカイアはエールのおかわりを要求した後、まじめな顔になる。
「俺らはどうする?」
百の英雄には関わらない。それは良い。だが、ならばどうする?
「俺らの目的はもちろん、もとの世界に戻ること──なんだが…」
シュリヒテの声には切れがない。
他の3人も苦い顔になる。
その目標に否はない。こんなおファンタジックな世界で一生暮らしていかねばならないなど、勘弁願いたい。だが、どうやればその目標が達成できるのか、元の世界へ戻れるのか、全く分からないのだ。だいたい、なんでこんな事になっているのかだって分からない。酷く理不尽で、理解不能な現状。わめいて叫んで泣いて大暴れしたいくらい。たぶん、4人連れだったから何とかこらえていられるんだろう。一人だったらきっと実行している。いや、布団かぶって泣き濡れているかも知れない。
「賢者の学院て、まだ残ってたか?」
この世界の知識の宝庫と言えば、やはり賢者の学院だろう。何かを調べようとするなら基本はやはりそこ。ロードスにおけるそれはこの国、アラニアにある。確かバグナードに焼き討ちされて壊滅するが。いや、既にしてるのか?、と首をかしげるサシカイア。
「たぶん、まだ大丈夫だと思う」
そのイベントは魔神戦争が終わってからだったはずだ、と、ブラドノック。
「しかし、賢者の学院がどれだけ当てに出来るやら」
「だよなあ」
と、揃って嘆息。
こんな状況、あり得るはずがないのだ。そのあり得るはずのない状況に対処する方法が、果たしてあり得るのか。何とも望みは薄い。絶望的でため息しかこぼれない。さっきからため息ばかりだ。ああ、幸せが逃げていく。
「当面は、まずは生きる残ること、だよな」
だから次善と言うべきか、まずは現状最優先すべき事は、とサシカイアは指を一本立てて言った。
「ま、そだな。なんというかロードス酷い状況みたいだし、どこが安全かさっぱり分からないが、基本的に君子危うきに近寄らずで」
うなずくシュリヒテ。
「てか、ぶっちゃけ俺ら強いのか? 設定じゃあ、相当なもんだったけど、実際はどうなんだ?」
強ければ弱いよりは出来ることは広がる。そうでなくともこの危機的状況下のロードス。弱いと生き残ることだって難しそうだ。是非とも設定の通り、パワープレイが可能な超絶スペックが欲しいところだ。
……もっとも、それでも魔神王あたりには一蹴されておしまいだろうが。
魔神王、実にレベル20! 原作の登場人物、ベルドがいくら超絶スペックの持ち主でも、本来勝てるはずのないレベル差なのだ。ちなみにベルドはレベル11、十分人外級だが、それでも魔神王とのレベル差は大きい。言わんや超英雄ポイントを持たない自分たちなんて、話にもならないだろう。配下の魔神将相手だって厳しい。
もう一度結論、自分たちが設定通りの高スペックだったとしても、百の勇者なんて論外。
「明日にでもどっかで確かめてみるか。……ここで精霊王呼ぶわけに行かんし」
「呼べるのか?」
「よくわからんが、呼べそうな気がする。……呼べて欲しい。……呼べると良いな。10レベルなはずだし」
とりあえず、とサシカイアは指を伸ばす。精霊魔法の使い方は、何となく分かるんだ。と、シュリヒテのエールのジョッキ触れる。そのままもにょもにょと詠唱。
「…ん」
と、顎で促すと、何したんだこいつ、とおそるおそるではあったがシュリヒテがエールのジョッキを取り上げ、一口。
「…水だ」
ジョッキの中身は元はエール。それがただの水になっている。つまりは。
「浄水(ピュリフィケーション)か」
その名の通り、水の精霊にお願いして、どんなに汚れた水からでも浄水を作り出す精霊魔法である。
目の前で行われた「魔法」に感動したらしいギネスがおおいにうなずき、自分のジョッキを差し出してくる。
こちらにもやれと言うことかと合点して、サシカイアは再び詠唱。と言うよりは、精霊に対する語りかけ。
「うわ、本当に水になってるよ。魔法、SUGEEEEEE」
それを聴いたブラドノックも、無言でジョッキを──
「いい加減もったいねえだろ」
精神力もエールもと、手を振って拒否すると、ブラドノックはがっかりして肩を落とす。俺だけ仲間はずれかよ、と嘆くのは3人揃ってきれいに無視する。
「とりあえず、魔法は使えるんだな」
「みたいだぞ」
「くっ、こっちも使ってやる。ウエイトレスさん、レアの焼き鳥お願い」
ブラドノックがウェイトレスを呼んで注文する。
「それかよっ!」
「お約束だろうが」
「神聖魔法は──やった、酔いが消えたよ」
「解毒(キュアポイズン)かよ」
「神の奇跡で酔い覚ましかよ、神様泣くぞ」
「いや、これも由緒正しい解毒の奇跡の使い道でしょ」
と、こっちもリプレイネタで、ギネスは悪びれない。
「まあ、今んとこ上限は分からんし、ここで試すわけには行かんけど、一応最低限のことは出来ると……期待しても良いよな?」
一人ルーンマスター技能を持たないシュリヒテが寂しそうに、わいわい魔法を使って喜んでいる3人に問う。
「と言うか、本当に冒険者するの?」
ギネスが尋ねる。気が向かない、と言う表情だ。
「僕としては、それにこだわらずに、もっと平穏無事な生活をするのもありじゃないかと思うんけど?」
「ん~」
と、シュリヒテがうなる。
「それも考えないでもないけど……、俺らって、他に出来ることねえし。ギネスみたくに一般技能持ちならともかく、俺らはなんの能もない。手に職持たない上に何のコネもない俺らが仕事を得ようとしても、難しくないか?」
「だいたい、魔神大暴れで景気も治安も最悪だろう? まっとうな仕事がはたしてあるかどうか」
ちょうどやってきたウェイトレスからレアな焼き鳥を受け取ると同時に、人数分のエールのお代わりを注文して、ブラドノック。焼き鳥に向かって、すぐに魔法使用、「着火(テンダー)」、きっちり火を通して、大喜び。
「そっか、そうだよね」
出来れば戦いたくないな、と言う様子ながら、ギネスがうなずく。
「後さ、ロードス捨てて、アレクラストに逃げるのもありだと思うんだけど」
「あ、それいいな」
ナイスアイデアと、サシカイアが飛びつく。ロードスの航海技術はかなり未発達で、海を渡るのには危険が伴う。しかし、魔神を相手にするよりはましかも知れない。別段ロードスに思い入れなんてないし、やばいとなれば逃げ出すのも有りだ。
なのだが。
「しかし何より、何をするにしても先立つものが乏しいのがきつい」
シュリヒテの言葉にサシカイアは、首をかしげる。
「金もGMにたっぷり貰えたろ?」
「いや、色々高品質だの魔法の武器防具だので固めたせいで、持ち金が乏しい。具体的には3桁切りそう…」
「おまっ、もう少し考えて金使えよ」
「どうせこのキャンペーン、何度も続きそうにないんだから、将来の買い物見越して残しとくよりもぎりぎりまで使い込んだ方が良い、って考えたんだよ」
シュリヒテの言葉にああと納得、揃ってうなずく。
確かに、いきなりの高レベルでのプレイ。どこかで破綻するだろうという思いは共通してあった。あのときはこんな事になるとは夢にも思ってなかったから、その考えは分からないでもない。実際、貰った経験値の方はみんななるべく使い切ろうとしていたし。
「サシカイアだって、かなりいい武器防具揃えてただろ?」
「ま、ね」
名指しされて、サシカイアはうなずく。
「でもまあ、こっちは筋力低いせいで、高品質にしてもかなり安価だったけどな」
必要筋力の高い武器の方が一般的に値段が高い。高品質、あるいは魔力の付与されたモノにしてもそう。だから、同じように良い武器を揃えようと思えば、必要筋力18のシュリヒテと必要筋力3(シーフ技能のため実際の筋力の半分・端数切り上げ)のサシカイアでは、必要となるお金が変わってくる。具体的にはプラス1の魔剣で、それぞれ必要筋力にあったものを買うためには、シュリヒテは17000、サシカイアは3400の金が必要になる。えらい差である。防具の方は単純に重いモノ程高いというわけではないが、優秀な能力値を持っているシュリヒテの場合はやっぱり高価となる。また、前衛職は打撃を受ける機会も多くなるから、可能な限り良いもので身を固めたいという思いも強い。元々の持ち金が一緒であれば、買い物終了後の残金に大きな差が出る。シュリヒテが貧乏になるのも仕方のないことだ。ついでに筋力20、神官戦士でやっぱり前衛をすることになるギネスも。
割合持ち金に余裕のあるサシカイアとブラドノック、余裕のないシュリヒテとギネス、とグループ分けが出来ている。
「こっちは多少の余裕はあるにはあるが、それにしても有限だしな」
せこいことを言うつもりはないから、二人の持ち金が足りなくなれば分けてやるのは構わない。ないのだが、それではじり貧。何かの収入を得なければ、いずれはなくなる。
「──で、冒険者か」
「そうだな」
うん、とブラドノックが頷き。
ギネスが解毒の魔法を使えた。即ちそれは最低でも3レベルはあると言うこと。高品質な武器防具の後押しもあるし、最悪でもそれなりに戦えると期待して良いだろう。
「とは言え、魔神につっかかって行く趣味はないぞ」
「僕だってないよ」
と、ギネスも頷き。
「小さな事からこつこつと。やっぱり、ゴブリン退治あたりで地味に稼ごうよ」
それって絶対戦神マイリーの神官の台詞じゃないよなあ、と3人は苦笑しつつ、それでも頷く。
サシカイアにしたところで、なるべく危険は避けたいのが本音。他に能がないから冒険者をやるのは仕方ないと思うにしろ、可能な限りの安全マージンを取って仕事をしたい。実際に命がかかっているのだ。適正レベルの仕事をして莫大な報酬を得るよりも、報酬は少なくても良いから楽な仕事をしたい。ローリターンで良いからローリスクにしたい。
「……10レベルでゴブリン狩り」
くすり、とサシカイアが笑う。何というか不意に笑いの衝動に駆られたのだ。
皆もそれなりに飲んで酔いが回っていたせいで──ギネスも途中醒めたことを取り返すように飲んでいた──簡単に笑いは伝染する。
「俺ら、すげえ情けねえ」
「だけど、まあ、それが僕ららしいって言えばらしいよね」
「所詮小市民だしな。英雄なんて器じゃない」
「まあ、魔神は6英雄に任せて、俺らは俺ららしく、小さな事からこつこつと」
とりあえずその他のいろんな問題は一時棚の上にどけて、あははははは~、と脳天気に笑う4人。
そこへ。
息せき切った男が酒場に飛び込んできて、彼らの将来設計は変更を余儀なくされる。