「猛き戦神マイリーよ、忠実なる信徒の祈りに応えてその威光を顕し、戦いに傷つきし勇敢なる戦士を癒したまえ」
ギネスの祈り、マイリー神の癒しの奇跡キュアーウーンズによって、シュリヒテの左腕、そして頬の傷が瞬く間に癒される。
「助かった」
左手を握り開きして調子を確かめ、シュリヒテは礼を返す。そして、疑問を口にする。
「どうなっているんだ? プリースト技能は失効したんじゃないのか?」
「取り戻したんだ」
ギネスは胸を張る。
「絶望のずんどこまで落ちた僕が、なけなしの勇気を振り絞ってシュリヒテ達、友達の為、すげえ格好良く立ち上がろうとした、まさにその時、偉大なるマイリー様の電波が届いたんだ」
「で、電波?」
シュリヒテはその表現にちょっぴり身体を引く。
「そう、今の僕はマイリー様の電波を絶賛受信中」
宗教にはまった人間特有のぐるぐるした瞳で、ギネスは堂々と応じる。その言葉が、どれだけ普通の人間をどん引きさせるかなんて、全く考えていないらしい。と言うか、逆に誇らしげですらある。心なし、魔神将まで引いているような気もした。
「とにかく、絶望の淵から勇気を胸に立ち上がったナイスガイな僕に、マイリー様がこうおっしゃったんだ。《汝の勇気を祝福しよう》って。いやあ、その時の喜びはとても言葉では言い表せないね。これぞまさしく神秘体験。蒙が晴れたって言うのか、世界が違って見えるよ。僕はあの瞬間に生まれ変わったんだよ。そう、まさしく今の僕は超絶ディ・モールト・ハイパー・グゥレイト・ギネス2!」
ものすごい勢いで、ギネスは喜びを口にする。さっきと名乗りが変わっている、と言うのは、きっと無粋な突っ込みだろう。
「それはともかく、セーブソウルやリザレクションは──」
シュリヒテは腰が引けていながらも、これは重要な事と、ギネスに尋ねる。使えて欲しい。そうすれば──と言う必死さがあった。
「ごめん、取り戻したと言っても、またレベル1からの出直しなんだ。今まで貯めてきた経験値と今回分先取りで当座のレベルアップはしたけど、まだ、そこまで高レベルな奇跡には届かない」
しかし、ギネスは首を振り否定。それから、シュリヒテの落胆の表情を見て慌てて付け足す。
「でも、元のレベルに戻るのは結構早いんじゃないかと思うよ。今の僕には元信徒割引が適応されるから、成長に必要な経験値が半分で済みそうだし」
「……………そうか」
長い沈黙の後、シュリヒテはようやく頷いた。
いくら力を取り戻すのが通常の半分の期間で済むとはいえ、それではシュリヒテが望んでいることには到底間に合わない。それが故の長い沈黙。
「とにかく、今は」
シュリヒテは剣を構え、こちらを伺っている魔神将に向き直る。
「あのくそったれな魔神将を倒す。他のことは全部、その後だ」
そして、自分に言い聞かせるように、宣言した。
ロードス島電鉄
26 ビューティフルネーム
「性格が変わっちゃってるじゃないか……」
それを、ちょっぴり離れた場所で聞いていたサシカイアがぼそりと呟く。
「それに何より、アレを聞いて、俺、何となく思うところがあるんだが」
「偶然だな、俺も何となく思い浮かんだ言葉があるんだ」
ブラドノックも、ギネスのあまりの変わりように、頬を引きつらせながら応じた。
「自分で技能を取り上げておいて、あっさり声をかけて再び与える。──なんてマッチポンプ」
「て言うか、これって性質の悪いマインドコントロールじゃないか? ぎりぎりまで追いつめたところで優しい言葉をかけて依存させる。それでもって、めでたく信者獲得。典型的なパターンじゃないのか?」
ブラドノックが言うのは、いわゆる悪徳新興宗教なんかの信者獲得方法。
第1段階として、とにかく、信者候補を徹底的に追いつめる。それは肉体的であったり精神的であったりするが、たとえば、精神的なモノで行う場合。その信者候補を、徹底的に否定してやる。人格、容姿、考え方、その他諸々、全てを否定してやる。悪口雑言の集中砲火、多人数で1人を否定してやったりなんかするのもいい。その信者候補に、自分は全く価値がない、そう思わせてやる。生きている価値がない、そう思わせてやる。世界に味方は1人もいない、そう思わせてやる。とにかく、徹底的に追いつめてやる。
そうやって、いい具合に信者候補をぼろぼろにして。
そこで、満を持し、教祖様登場である。
精神的に追いつめられた信者候補に、教祖様はうってかわって優しい言葉をかけてやる。信者候補を肯定してやる。
そうすると、信者候補は唯一の味方である教祖様に救いを見、依存し、帰依してしまう。
そう言った、ある種の定型。
ちなみにこれは尋問の手法なんかでも使われている。厳しく詰問し人格まで否定する責め役と、逆に優しく肯定し味方してやる宥め役の分担。いわゆる「仏の──」なんて二つ名付きはその宥め役である。
それが、今回のギネスに酷くはまっているように思えてしまう。
しかも、そう言った一般的な手段にプラスして、本物の神秘体験まで付いてきているのだから余計に質が悪い。ギネスは完全に、いわゆる「目覚め」させられてしまっている。
「……それでも、使えるようにしてくれた、って感謝するべきなのか?」
酷い荒療治。しかし、それくらい無ければギネスが使い物になったかどうかは疑問、とブラドノックは首をかしげる。
「どちらにせよ、俺は益々マイリーを信じられなくなったね」
サシカイアは吐き捨てる。
「それは重畳です。是非マーファを信仰してください」
声は背後から。
振り返ると、そこにはマッキオーレをはじめとする神官戦士達の姿。全員相当に精神力を削られている様子で、一様に顔色が悪い。
「いや、エルフだから宗教全般お断り」
マイリーに隔意を抱いている。とは言え、他の神様を信仰する気もない。サシカイアはほとんど反射的に首を振って否定する。こういうときエルフはいい。エルフが種族的に神様を信じない事はこの世界の常識である。日曜日に聖書片手のおばちゃんが尋ねてきても、あっさりと断ることができる。それはとても素晴らしいことである。
「それは残念です。あなたなら、ニース様と並んで信者獲得のための広告塔になってもらえそうでしたが」
と、言葉程残念そうでもなく、マッキオーレが応じる。
お前らもか、マーファ神官。
こちらもろくでもない、と思わず口元を引きつらせるサシカイアに向かい、マッキオーレは一転、表情を引き締めると言った。
「我々も、覚悟を決めました」
シュリヒテ、ギネスは連携して魔神将に挑みかかった。
魔神将は、二対一を卑怯と罵ることもなく、逆に楽しくてたまらないという風に迎え撃つ。
そう、まだ魔神将には楽しむ余裕があるのだ。
ギネスの重い一撃をポールアックスではじき返し、その隙を──と迫るシュリヒテの斬撃を柄の部分で受け。いなし、石突きの部分で腹に一撃。鎧で受けたからダメージはなさそうだが、シュリヒテは突き飛ばされて彼我の距離が開き、ギネスとの連携を妨げられる。
全く、繰り返すが、こういう連中と一騎打ちのできるベルドは、心底化け物だ。シュリヒテは強い。ギネスだってシュリヒテには劣るが十分に強い。一撃の重さに限ればシュリヒテ以上ですらある。なのに、その二人を敵に回して、平気で優勢に戦う。魔神将という生き物は、見た目通り、いや、見た目以上の化け物だった。
だけど。
こちらは所詮、ベルドのような英雄の器ではない。
わざわざ、魔神将との一騎打ちにこだわる必要はない。どころか、手段を選ぶつもりもないのだった。
「万物の根元にして万能なるマナよ……雷撃よ、万条の雷よ、我が指する所のものを囚える牢獄とならんっ!」
流石の魔神将も、二対一となれば、こちらへの警戒もゆるんだ。
その隙を付いてのブラドノックの詠唱。
その背後に累々と倒れているのはマーファの神官戦士達。まるで死体のようにぴくりとも動かない彼らは、その精神力を限界まで絞り尽くしている。トランスファー・メンタルパワーによる精神力の譲渡。それを文字通り、最期の1ポイントまでの全てを、サシカイアとブラドノックに行ったのだ。
精神力限界までの行使。これは、ゲームをする上では割合頻繁に行われる。特に、敵が精神にダメージを喰らわせてきて、その結果が死や従属を招くような場合。計算して精神力を使い尽くし、自ら気絶する。あらかじめ精神力がゼロになっていれば、それ以上の精神的な攻撃を受け付けない。自分から気絶してしまった者は、敵の精神的な攻撃による死や支配から逃れることができる。これは、リプレイあたりで使われた事もあって、既に常套手段、確立した手法となっている部分もある。
しかし、現実。
気絶する程に精神力を使い尽くすのは、そんなに簡単に行えることではなかった。
何しろ、気絶。それは即ち無防備な状態で戦闘の場に転がると言うこと。流石に直接の斬り合いの場からは離れているだろうにしても、安全、安心とは遙か遠くに存在する。敵がその気になって攻撃してくれば、あっさりと殺されてしまう。そんな状態に自ら陥る。生死を、運命を他者に委ねる。生半可な覚悟でできることではない。仲間によほどの信頼がなければできることではない。
特に今回、神官戦士達にとっては、慌てて組んだ得体の知れない4人組との共同作戦。両者に隔意もあったし、信頼関係の醸成などしている時間はなかった。その上で、敵は格上。全員でかかっても勝ち目などほとんど無い。そう言うレベルの敵。まともに戦えるのがサシカイアらだけだとしても、実際に己の命、未来を預けるのに、どれだけの覚悟が必要であったか。
「ならば、その覚悟に応える!」
ブラドノックが珍しく吼え、魔法を発動する。
ライトニングバインド。雷の縛鎖。
しかし、その思い、勢いとは裏腹に、魔神将はきっちり抵抗して見せた。
「アレ?」
と、首をかしげ、納得いかないという顔をするブラドノック。ここは格好良く魔法がかかり、勝利を決定的に引き寄せる。そして自分はヒーロー。シュリヒテばっかりじゃなくて、これで自分も美少女、美幼女を中心にモテモテになる。そんな都合のいい未来予想図を描いていたのかも知れない。
しかし、この魔法は凶悪きわまりない代物。抵抗されたのはもちろんマイナスだが、それでもなお、その行動にペナルティを付けるのだから、意味は十分にあった。
雷の鎖に縛られ、明らかに動きが鈍くなった魔神将。
「今だ!」
「突貫!」
そこへ、シュリヒテ、ギネスが襲いかかる。
魔神将は迎え撃とうとして。
「風の精霊よ、この一撃を敵に運べ!」
二人を追い越した一矢の襲撃を受ける。サシカイアの精霊魔法、シュートアロー。
風の精霊に運ばれるこの矢は同じく風の精霊による守り、ミサイル・プロテクションなどの防御手段をあらかじめ用意しておかない限り、必ず命中する。
とっさに翳した魔神将の太い右腕を掠め、矢は見事に魔神将の顔──その右目に突き刺さった。
「GUGYAAAAA!」
魔神将の苦鳴。
そこへ、シュリヒテ、ギネスの斬撃。
それでもギネスの一撃をはじき返す魔神将。
しかし、シュリヒテの攻撃は魔神将の防御をすり抜け、初めてクリーンヒットしていた。魔神将の右の肩口に命中、刃が大きく深く切り裂く。人外の血が舞って、驟雨の如く地面に降り注ぐ。
「今だ、畳み掛けろ!」
勢い付き、シュリヒテが吼えて、さらなる攻撃を加えようとする。
ギネスも続き──
「FALTZ」
それは、先刻も聞いた1音節の神聖語。ただし今度はギネスではなく、魔神将の口から発せられた。
瞬時に。魔神将を中心に、不可視の衝撃波が爆発的に広がっていく。神聖魔法、否、この場合は暗黒魔法フォース・イクスプロージョン。
シュリヒテを、ギネスをはじき飛ばし、更に広がってそれはサシカイアらの場所にまで届いた。
「──!」
油断して近付きすぎていた。
シュリヒテがピンチで前のめりになっていた。それで彼我の距離が短くなっていた。それを今の今まで深く考えていなかった。魔神将がこれまで魔法を使ってこなかったにしても、油断しすぎだ。
今更何を後悔しても遅い。甘い自分を罵っても遅い。サシカイアは精神を集中、身体の中のマナを活性化させて必死の抵抗。
全身、前面に見えない衝撃がぶち当たる。腰を落として堪えようとする。
多分、抵抗には成功したのだろう。でなければ間違いなくこの一撃で死んでる。まだ生きているからには、きっと抵抗に成功しているはず。
だが。
小柄で細身、華奢で体重の軽いサシカイアは、抵抗に成功してなお、あっさりと吹き飛ばされていた。射程ぎりぎりだったおかげもあって、短い空中遊泳で済んだ。とは言え、地面にたたき落とされて痛打。受け身を取ることもできなかった。意識が飛びかける。何だか一瞬殺風景な河原が見えた。何だか子供が石積み遊びをしている。なになに、この川の渡し賃は金貨六枚?、それは高いだろう、まけてくれ。この世のモノとは思えない美しい向こう岸、彼岸で手を振っているのはおばあちゃん? これはヤバイと大慌てで覚醒したらしたで、全身痛くて息が詰まる。
ひっひっふーと、痛みを追い出す呼吸。ヤバイ、これはきっと生死判定寸前だ。涙目で、歯を食いしばって身体を起こす。もにょもにょと命の精霊にお願い。嘘みたいに痛みが消える。しかし、これで精神力が再び底を突きかけだ。ファイアボルト一発で気絶できる自信がある。
糞、ミュートが正解だったか、と言うのもまた、今更の後悔。精神力を融通して貰ったとは言え、ソレはなけなしの僅かなモノ。あまり達成値の拡大はできそうになかったので、抵抗を貫けるかどうか不安。だから隙を作ると言うことに注力して、反撃前に一気にケリを付けようと目論んだのだが、どうやら虫が良すぎた。
ここで例の咆哮もきついが、これで魔神将が路線変更して、武器戦闘から魔法戦闘に切り替えてきても、こちらの勝ち目は僅かにもないだろう。
そう思い、絶望的な気分になるが──
魔神将はシュリヒテの一撃を食らった右肩を押さえ、立っている。
治療中?
いや違う。
未だ変わらず、雷撃の鎖が、その身を縛っている。残念なことに、そのモンスターレベルに阻まれて、抵抗されたライトニングバインドの攻撃力ではダメージを全く出せていない様子。せいぜい、毛皮の表面を焦がす程度。
しかし、それでも、雷撃の鎖はその行動を邪魔する。何だか血行が良くなって肩こりが取れそうに見えても、ソレは勘違い。確実に-4のペナルティが付いているはず。だと言うのに、魔神将はディスペル・マジックで解除することもしない。
何故?
あるいは、古代語魔法を使えないという可能性もある。
しかし、怪我の治療をしないのは不審だ。フォース・イクスプロージョンを使ってきたと言うことは、最低でも5レベルのプリースト技能(ファラリス)があるはず。多分、他の魔神将と同様に、9レベルと見ておいて間違いないだろう。ならば、治癒魔法を使えるはず。文字通り人外の体力持ちとはいえ、シュリヒテの与えた傷は決して浅くない。放置しておく理由はないだろう。追撃を優先するというならばともかく、ただ立っているだけなのだから、それくらいできる間があったはず。
何故?
首をかしげ、サシカイアは視界の隅に捉えたゾンビの死骸に目を開く。
ゾンビは、誰が作っていた?
上位魔神ギグリブーツ。ソレは間違いないだろう。原作でもそうだったし。
しかし、ギグリブーツだけで、あれだけの数を準備できたのか?
その準備に使えた時間は、最長で見積もってもせいぜい2週間程度だろう。サシカイアらが多くの魔神やその眷属を屠ったのがそれくらい前。その後に方針転換、ゾンビ作戦となったようだし。それ以前には、ゾンビの集団なんて噂はなかったらしいから、推測だがこれはほぼ正解のはず。おまけに、サモン・アンデッドで招いたと見えるカボチャ頭なんかの存在もある。
──となれば、ギグリブーツ一匹であの数は無理があるのではないか?
魔神将に視線を送る。
ライオン顔のせいで、その表情の動きは良くわからない。
しかし、どこか疲れているように見えなくはないか?
あるいは、サシカイアら以上に、連日のゾンビ作りで精神力を消耗した状態だったのではないか?
己に都合のいい妄想?
そうかも知れない。
そうでないかも知れない。
どちらにせよ、ここで弱みを見せるのは拙い。
はっきり言って、精神力は限界近い。それでも、こちらはまだまだぴんぴんしていますよ、そう言う顔を無理して作る。作れていると信じる。
シュリヒテ、ギネスも立ち上がっている。至近で受けたというのに、こちら二人は先刻のサシカイアよりも余裕がありそう。
くそう、生命点の大きい奴がうらやましい。
我が身、エルフの脆弱さに涙しつつ、魔神将に向かい立つサシカイア。
尤も、他の3人もサシカイアよりも余裕があると言うだけの話。怪我はギネスがマイリーに祈って即座に治療しているが、蓄積している疲労はどうしようもない。ブラドノックはサシカイア同様精神力切れ寸前だし、シュリヒテもいい加減疲労の極みにある。これまであまり働いていないギネスはまだ余裕があるが、1人だけではどうにも厳しい。
さあ、どうする? どうすればいい?
このまま戦いを続けても、勝てるビジョンが欠片も見えてこない。いくら魔神将が雷鎖の呪縛を受けて動きを阻害されている、怪我で多少は弱っているとはいえ、それでもこちらよりは余裕があるように見える。純粋な体力勝負では、もとより人に勝ち目はない。
いくら考えても画期的な逆転の方法が見つからない。
本当に頭働いているのか? ああ、糖分が欲しい。
疲労のせいか、思考も千々に飛んでまとまりがない。焦りが更に思考の停滞を招く。
そんなサシカイアの背後に人の気配。
「ゾンビ他の始末終わりました。戦乙女、我らに指示を」
それは、ゾンビの始末をしていた冒険者や村人たち。見れば言葉通り、あれだけいたゾンビなんかは片付いたらしい。
はっきり言って、魔神将を相手に戦うには、力不足というのですら高評価。そんな連中。だが──
「ギネス、戦いの歌!」
サシカイアは鋭く命じる。
「え? うん、わかった」
ギネスは素直に頷き、一つ息を吸い込む。
「僕の歌を聴け~っ! ──きらっ!」
星が飛びそうなウインク一発。ポーズを決めてマイリーに祈りを捧げると、ギネスは高らかに歌い始める。それは、まさしく戦いの歌。いつかの、腰が引けた軟弱っぽいソレとはまるで違う。その歌詞はもちろん、歌声もまた、士気を高揚させる勇壮なモノ。
「おぉ」
と初めてこれを聴く村人達は感嘆の声を上げている。彼らも疲労しているだろうが、戦いの歌の効果で高揚し、これでまだまだ戦える、これなら魔神将とでも戦える、そんな風に感じているのだろう。
だが、残念なことにそれは思い違い。鎧袖一触、十把一絡げ、そんな感じで屠られるモブキャラはあくまでモブキャラのまま。少々のステータス補正など、魔神将との絶対的なレベル差の前には気休めにもならない。
ならないが、モブキャラなだけに数はいる。その連中がやる気満々で武器を構えて並んでいる。もしサシカイアの推測通り、魔神将の精神力に余裕がないのであれば。高レベル魔法という範囲攻撃を使えないのであれば。──雑魚とはいえ、この数が鬱陶しいことになりはしないか?
そしてもう一点、戦いの歌を要求したのは、例の咆哮の無効化を狙ってのこと。原作、ロードス島戦記で古竜の咆哮すら無力化した効果を期待してのこと。あの種の特殊攻撃は精神力を消費しないだろうから、封じておかないと、この場合すごくヤバイのだ。咆哮一発で、ばたばた倒れて全滅されてしまっては、なんにもならない。
さあ、どうする?
そう視線に込めて、真っ正面から魔神将をにらみつける。
実際にこの連中をけしかけたりはしない。そちらがやる気ならやってやるよと、睨み合いに留める。戦いは数だよと言った偉い中将閣下の言葉を信じたいが、それでも勝てる気がしなかったりする。実のところ9割9分9厘まではったり。しかし、それくらいしかもう、打てる手を思いつかなかった。自分の命がかかっていなかったら、あっさりお手上げするところだ。
最悪、こいつらが戦っている間に逃げることにする、とは考えていない振りをしておく。肌が黒くなってしまったら、精神力抵抗+4は魅力だが、やっぱりヤバイし。
「──っ」
小さく、魔神将が喉の奥で笑ったように見えた。炯々たる光を宿す隻眼はサシカイアを射抜き、そのはったりをあっさり見透かしているようにも見える。冷や汗が頬を伝う。
しかし魔神将は戦いを再開しようとはせず、目に見えて、その身体から力が抜ける。
「我が名はラガヴーリン、魔神将ラガヴーリン」
武器を肩に担ぐと、魔神将は下位古代語で高らかに名乗りを上げる。
「しゃ、しゃべった?」
誰かの驚きの声。
何度目かの繰り返しだが、重要なことなのでもう一度言っておく。見た目化け物なので勘違いしがちであるが、魔神の知能は割合高い。魔神将ともなれば、相当なレベルになる。人に遜色ないどころではなく、下手するとそれ以上に。
それにしても、ヒュ○ケルや○リスでなくて良かったと、サシカイアは心底思う。特に後者はダメだ。斧をぶんぶん振り回すよっ!、って全然勝てる気がしない。(@公式画像掲示板)
サシカイアの安堵をよそに、魔神将ラガヴーリンはシュリヒテに、そしてサシカイアに視線を向けて問う。
「人の剣士と妖精の娘よ、貴様らの名前は?」
「シュリヒテ! シュリヒテ・シュタインヘイガー!」
戸惑いの顔はほんの一瞬。堂々とシュリヒテが名乗りを返す。
「超絶ダイナミック・エクセレント・ギネス2!」
「ブラドノック・ケルティック!」
この二人は聞かれていないと思うのだが。
ギネスの名乗りがまた違うのは、もう突っ込んではいけないことなのだろう。
てか、ブラドノック、姓あったのか。……何だか無理矢理臭い。ギネスの名乗りに対抗して、今この瞬間にでっち上げたというのが真相かも知れない。
その二人の名乗りを魔神将がすげなくスルー、視線はまっすぐにサシカイアに向かう。
その視線に応え、サシカイアは薄い胸を張り、堂々と名乗りを上げた。
「ペペロンチャ!」
……何だか色々と台無しだった。