ロードスという名の島がある。
アレクラスト大陸の南に浮かぶ辺境の島だ。大陸の住人の中には、この島を呪われた島と呼ぶ者がいる。邪悪な怪物どもが跳梁跋扈し、人間を寄せ付けぬ魔境が各地にあるが故に。
そして今、ロードスはまさしく呪われた島と呼ぶにふさわしい状況にあった。
モス地方の南東部に位置する小国、スカードの国王ブルークが、もっとも深き迷宮の奥深くに封じられていた魔神王を解放したのだ。
解放された魔神王は即座に配下を率いてドワーフ、石の王国を強襲、これを壊滅させた。
これは、ただ単にドワーフの一部族の壊滅を意味しない。地下に広がる大隧道、それこそロードス全土に蜘蛛の巣の如く広がったそれの大半を、魔神が支配したことになるのだ。
事実、その直後からロードス各地に魔神王の眷属達が出没し、壊滅した辺境の村々は数知れず、挙げ句には鏡の森、エルフの集落まで壊滅、黄金樹を奪われている。
ロードスは今、魔神の跳梁する、まさしく呪われた島となっていた。
タイトル / ロードス島電鉄
01 ようこそロードス島へ
「ううん」
と聞きようによっては悩ましげな声を出して、大地に伏していた少女が目を開ける。
ぼんやりとした眼で左右を伺い、ゆっくりと身体を起こす。
光の海のごとく広がっていた長い金髪が身体を起こすにつれて持ち上がり、少女の顔を隠してしまう。
世の女性が見ればうらやむ事間違いなしのきれいな金髪を、うっとうしそうにぞんざいな手つきで払いのけ──すぐに重力に引かれて元通り顔の前に来てしまうのを、再びぞんざいな手つきで払う。
「うぅ」
身体を起こしたモノの覚醒には遠いのか、少女はぼんやりとした動作で髪を払い続けている。
その、長い金髪の間にのぞく少女の耳は、笹の葉のように長く先端がとがっている。
エルフ。
少女は、このフォーセリア世界に住まう妖精族の一つ、エルフだった。
「ううぅ」
なかなか払えない髪の毛にいらいらを募らせたらしく、エルフ娘は今まで以上に乱暴な手つきで髪の毛を払う。
「──痛っ」
直後、小さく悲鳴を上げた。
いくらか手指に髪の毛が絡まった状態で、思い切り腕を振り抜いた。当然、髪の毛は思い切り引っ張られ──そうなれば痛い。
至極当然の帰結。
だが、エルフ娘は酷く理不尽な眼にあったように顔をゆがめ──
「なんだよ、こりゃ」
と、酷く乱暴な、見た目に似合わぬ口調で毒づいた。
顔の前にすだれの如く落ちてきている自分の髪の毛を、奇妙なモノを見る視線で眺め。
やっぱり、乱暴な手つきで払った。
「──痛っ」
学習能力ゼロですか?、と尋ねられても仕方のない行為の繰り返し。結果も同様。
頭を押さえて顔を下げ、エルフ娘は小さく震えていたが、すぐに痛みが引いたらしく、勢いよく顔を上げる。
「てか、なんで頭が痛いんだよ」
原因と結果の因果関係が分からないと叫び、エルフ娘は今度は慎重な手つきでもって、種族的特性である自分のささやかな胸の前あたりで髪の毛を捕まえる。
「なんだよ、これ…… いや、髪の毛なのは分かるんだが」
呟きつつ、ゆっくりと髪の毛をたどる。
どんどん腕は上がっていき、終点、自分の頭にたどり着く。
今回はさすがに用心して痛くないように軽く引っ張る。
何故、そうすると自分の頭が引っ張られるのか理解できない、そんな具合にエルフ娘は首をかしげ。
今度は臭いをかいでみる。──なんだか良い匂いがした。
太陽に透かしてみる。──まぶしかった。
手櫛で梳いてみる。──良い手触りだった。
「これ、自前の髪の毛か?」
おそるおそる、認めたくないが、とつぶやくエルフ娘。
返事はない。
それから、エルフ娘は何となく自分の身体を見下ろして、硬直する。
酷くささやかだが、その胸はふくらんでいる。かなり微妙なサイズだが、確かにふくらんでいる。あまりにささやかすぎないかとも思うが、確かにふくらんでいる。見間違いかと目をこすってみるが、やっぱり変わらずふくらんでいる。
慌てて手を乗せて、その感触を確かめる。詰め物じゃない。まだ若干堅いが、しっかりとした肉の感触。触ってるという感触も、触られているという感触もある。ちょっと揉んでみる。ボリューム的にものすごく物足りない。しかし、間違いなく自分の身体だった。
「ま、まさか…」
エルフ娘は慌てて立ち上がると、下に履いているぴったりとしたズボンをゆるめてのぞき込む。
「おおぅ下も金色……じゃなくて」
エルフ娘はいったん息を大きく吸い込むと、世の理不尽の全てを声に乗せるみたいにして叫んだ。
「なんじゃこりゃっ!」
「んんぅ、なんの騒ぎだ」
力一杯叫んだせいでふ~ふ~と息を荒げていたエルフ娘は、突然の声にびくりと肩を震わせる。
振り向けば、今の今まで気がつかなかったのが不思議なくらい近くに、男が3人転がっている。
一人は黒くてぼてっとした野暮ったい暗色のローブをまとった男。
一人はたくさん装飾の入った高価そうな板金鎧をまとった男。
一人はなんだか人間離れしたずんぐりした体型で、全身を金属鎧で覆った男。
「うるせーな」
「ううん」
と、どうやら今の叫びが呼び水になったらしく、3人が3人とも覚醒したらしく、身を起こしてくる。
用心深く腰を引き、いつでも逃げ出せるような格好になりつつ、身を起こしてくる男達をエルフ娘は見つめる。
「一体何がどうなって……」
と言いながら、ローブの男が真正面からエルフ娘を見る。寝ぼけていた眼が、エルフ娘をとらえた途端、大きく見開かれる。
「おおぅ、美形のエルフっ娘」
「はあ、何寝ぼけて──て、まじかよ」
「すごい、リネ2の美形コスプレエルフ娘目じゃないハイクオリティ。しかもリアルで、フォトショの修正抜きで。ほんとに可愛い、可愛すぎる」
エルフ娘を前に、3人が色めき立つ。
カメラカメラ、と懐を探りかけ、板金鎧が手を止める。
「何これ、何これ、なんで俺までコスプレ?」
「うわ、僕もだ」
「てか、お前ら誰だよ」
「お前こそ誰だよ」
「てか、ここどこなのさ」
「しるかよ」
男3人、慌てふためいて騒ぎ出す。
その様子に。3人の格好から推測できる職構成に。エルフ娘にはピンと来るモノがあった。
「ああ、もしかして、お前ら──」
そして、それは正解だった。
「……まじかよ」
「……信じられねえ」
人間の男二人──ローブの男と板金鎧の男が力無く首を振る。
「全くだよ、なんで……」
全身金属鎧の男──こいつはドワーフだ──が肩をすくめる動作まで加えて首を振る。
「なんで、お前がプレイヤーD?」
そして揃って叫ぶ。
「そっちかよ!」
エルフ娘は力一杯叫び返す。
「そっちだよ!」
板金鎧男が更に力の限り叫び返す。それから頭を振り乱すみたいにして言う。
「なんで、お前が、お前が……男なんだ? 無いだろ、それ!」
「そうだ、そうだ。ありえないぐらいすごい美形エルフなのに男? そんなの無いよ!」
「かわいい男の子、それってむしろご褒美じゃね?」
「……いや、この身体は女みたいだが」
なんか不穏なこと言ってる奴がいやがると顔をしかめつつ、エルフ娘。
「マジ、見せてっ! 情報の公開を要求するぞ!」
「そうだ、証拠見せろ! 我々には真実を知る権利がっ!」
「馬鹿言うな、そんなかわいい子が女の子のわけないだろ?」
「血走った目で見るな迫るな近づくなっ! 怖いだろうが!」
勢いづく3人にびびり、大あわてで胸なんぞ押さえつつエルフ娘は飛び退く。
「と言うか、それを知ってるって事は、見たの?」
ぽつりと、ドワーフが呟く。
はっ、と人間の男二人は顔を見合わせ、にやりと笑う。
「聞きましたか、奥様?」
「まあ、思春期の少年ですからねえ、興味があるのも仕方がないじゃないですか」
「でもねえ」
気持ち悪く身体をくねらせながらおほほと笑い。それからまっすぐにエルフ娘に向き直ってはやし立てる。
「エッチだ、エッチだ」
「すけべだすけべだ」
「エロエロだぁ」
「……お前ら、ちょっと黙れ」
いい加減苛立っていたエルフ娘がドスのきいた声で告げると、3人はぴたりと口を閉ざす。なまじっか顔立ちが整っている、整いすぎているだけに、怒りを見せたときの怖さ迫力は半端じゃない。
「この異常な状況で、それか? もっと他に、考えることあるんじゃないか?」
「……この異常な状況を考えたくなくて、現実逃避してたんだが」
ぶつぶつと板金鎧が呟く。
「いつまでもそうやってられないだろ。空見ろ、空」
エルフ娘の指摘に空を見れば、いつの間にか日差しが陰ってきている。
「だな」
夜が近づいている。こんな訳の分からない状況で、森の中で夜を迎えたいと思うモノは4人の中にいない。いや、異常な状況じゃなくてもひ弱な現代人に野宿は辛い。
ふざけていた3人も真剣な顔になる。
しばし4人の間に沈黙が満ちる。
「──で、だ」
そして、代表して口を開いたのは板金鎧。
「ここ、どこだと思う?」
森の中、と混ぜっ返すものはおらず、再びの沈黙。
「そんなことある訳ねーだろ、そうじゃないと嬉しいなあ、なんて俺は思うけど。──それでもやっぱりここは……」
「……やっぱり、そうなのかなあ?」
「……ああ、奇遇だよなぁ。俺もすごく嫌な事考えてるよ」
「若い娘が俺とか言うな。──まあ、それはともかく、俺の意見もやっぱり……」
せーの、と4人は声を揃える。
「ロードス」
再びの、今度はすごく嫌な沈黙。
「……時代はいつだと思う?」
再び板金鎧。
「魔神戦争時代」
今度も4人の声は唱和した。