ロードスという名の島がある。
アレクラスト大陸の南に浮かぶ辺境の島だ。大陸の住人の中には、この島を呪われた島と呼ぶ者がいる。邪悪な怪物どもが跳梁跋扈し、人間を寄せ付けぬ魔境が各地にあるが故に。
ロードス島電鉄
RE-BIRTH ハクション魔神王
「ううん」
と聞きようによっては悩ましげな声を出して、石の床に伏していた少女が目を開ける。
ぼんやりとした眼で左右を伺い、ゆっくりと身体を起こす。
影のごとく広がっていた長い黒髪が身体を起こすにつれて持ち上がり、少女の顔を隠してしまう。
世の女性が見ればうらやむ事間違いなしの、烏の濡れ羽色、艶のある黒髪を、うっとうしそうにぞんざいな手つきで払いのけ──すぐに重力に引かれて元通り顔の前に来てしまうのを、再びぞんざいな手つきで払う。
「うぅ」
身体を起こしたモノの覚醒には遠いのか、少女はぼんやりとした動作で髪を払い続けている。
「ううぅ」
なかなか払えない髪の毛にいらいらを募らせたらしく、黒髪娘は今まで以上に乱暴な手つきで髪の毛を払う。
「──痛っ」
直後、小さく悲鳴を上げた。
いくらか手指に髪の毛が絡まった状態で、思い切り腕を振り抜いた。当然、髪の毛は思い切り引っ張られ──そうなれば痛い。
至極当然の帰結。
だが、黒髪娘は酷く理不尽な眼にあったように顔をゆがめ──
「なんだよ、こりゃ」
と、酷く乱暴な、見た目に似合わぬ口調で毒づいた。
顔の前にすだれの如く落ちてきている自分の髪の毛を、奇妙なモノを見る視線で眺め。
やっぱり、乱暴な手つきで払った。
「──痛っ」
学習能力ゼロですか?、と尋ねられても仕方のない行為の繰り返し。結果も同様。
頭を押さえて顔を下げ、黒髪娘は小さく震えていたが、すぐに痛みが引いたらしく、勢いよく顔を上げる。
「てか、なんで頭が痛いんだよ」
原因と結果の因果関係が分からないと叫び、黒髪娘は今度は慎重な手つきでもって、大きいとは言わないが形の良い胸の前あたりで髪の毛を捕まえる。
「なんだよ、これ…… いや、髪の毛なのは分かるんだが」
呟きつつ、ゆっくりと髪の毛をたどる。
どんどん腕は上がっていき、終点、自分の頭にたどり着く。
今回はさすがに用心して痛くないように軽く引っ張る。
何故、そうすると自分の頭が引っ張られるのか理解できない、そんな具合に黒髪娘は首をかしげ。
今度は臭いをかいでみる。──なんだか良い匂いがした。
手櫛で梳いてみる。──良い手触りだった。
先っぽで鼻の頭をくすぐってみる。──こそばゆかった。
「ふぇ、へくちっ!」
と、可愛らしいくしゃみも一発。
「うぅ……、これ、自前の髪の毛か?」
鼻をすすり、認めたくないが、とつぶやく黒髪娘。
それから、黒髪娘は何となく自分の身体を見下ろして、硬直する。
なんだか涼しいとは感じていたのだが、今の自分は一糸まとわぬすっぽんぽん。その上、なんと、まるで女性の様に胸がふくらんでいる。
大きいとは言い難いが、その胸はふくらんでいる。何というか、ちょうど自分好みな程度にふくらんでいる。なかなか素敵な形で、確かにふくらんでいる。見間違いかと目をこすってみるが、やっぱり変わらずふくらんでいる。
慌てて手を乗せて、その感触を確かめる。詰め物じゃない。まだ若干芯があるが、しっかりとした肉の感触。触ってるという感触も、触られているという感触もある。ちょっと揉んでみる。何となく癒される感触。間違いなく自分の身体だった。
「ま、まさか…」
黒髪娘は慌てて立ち上がると、首を伸ばして双丘ごしに下をのぞき込み、硬直した。
「つ、ついてない?」
そこに本来存在すべき男のシンボルの不在を確認。黒髪娘はいったん息を大きく吸い込むと、世の理不尽の全てを声に乗せるみたいにして叫んだ。
「なんじゃこりゃっ!」
「んんぅ、なんの騒ぎだ」
力一杯叫んだせいでふ~ふ~と息を荒げていた黒髪娘は、突然の声にびくりと肩を震わせる。
振り向けば、今の今まで気がつかなかったのが不思議なくらい近くに、化け物が3匹転がっている。
化け物──そう、化け物だった。
一匹は頭頂部に二本の角を生やし、背中には4枚の羽を持ち、口からは二本の鋭い牙をはやした異形の怪物。
一匹はやたら頑健そうな巨体に、黒山羊の頭をした化け物。
一匹は大形の鳥に似た下半身に毛皮に覆われた巨体。背中には翼を持ち、その顔は梟という、何というか非常に分かりづらいビジュアルの、やはり化け物。
「うるせーな」
「ううん」
と、どうやら今の叫びが呼び水になったらしく、3匹が3匹とも覚醒したらしく、身を起こしてくる。
黒髪娘は呆然としてしまう。こんなモノ、いるはずがない。あまりの出来事に硬直し、逃げ出すという選択肢を思いつきもしないまま、身を起こしてくる化け物達を黒髪娘は見つめる。
「一体何がどうなって……」
と言いながら、梟顔の化け物が真正面から黒髪娘を見る。寝ぼけているように見えた眼が、黒髪娘をとらえた途端、大きく見開かれる。
「おおぅ、裸の美少女」
「はぁ?、何寝ぼけて──て、まじかよ」
「痴女? それでもこんなけ可愛ければ全然オッケー。すごい、可愛い。可愛すぎる」
黒髪娘を前に、3匹が色めき立つ。
カメラカメラ、と懐を探りかけ、山羊頭が手を止める。
「何これ、何これ、なんで俺の手こんなに毛深いんだ?」
「うわ、化け物?」
「てか、そう言うお前だって化け物だろ」
「お前こそ化け物だよ」
「てか、ここどこなのさ」
「しるかよ」
化け物3匹、慌てふためいて騒ぎ出す。
その様子に。3匹の口調仕草反応に。黒髪娘にはピンと来るモノがあった。
「ああ、もしかして、お前ら──」
そして、それは正解だった。
「……まじかよ」
「……信じられねえ」
化け物三匹が顔を見合わせて、力無く首を振る。
「全くだよ、なんで……」
山羊頭の化け物が肩をすくめる動作まで加えて首を振る。
「なんで、お前がプレイヤーD?」
そして揃って叫ぶ。
「やっぱり俺かよ! ──じゃなくて、そっちかよ!」
黒髪娘は力一杯叫び返す。
「そっちだよ!」
山羊頭が更に力の限り叫び返す。それから頭を振り乱すみたいにして言う。
「なんで、お前が、お前が……男なんだ? 無いだろ、それ!」
「そうだ、そうだ。ありえないぐらいすごい美形娘なのに男? そんなの無いよ!」
「かわいい男の子、それってむしろご褒美じゃね?」
「………でも、付いてるモノ付いてないよね?」
と、梟頭がぼそりと呟く。
「………確かに」
じろじろと、無遠慮な視線を黒髪娘にはわせて3匹。
「ちょ、お前らじろじろ見るな!」
その視線に、背中をナメクジに這い回られる様な不気味さを感じ、慌てて黒髪娘は自分の裸身を隠そうとする。
「……何か、その恥じらいの仕草、良いかも」
「……うん、何か新しい嗜好に目覚めるかも」
「馬鹿だなあ、男の娘、最高じゃないか」
にまにまと3匹が笑う。笑いながらもその目は黒髪娘の裸身をガン見している。
「お前ら、いい加減にしないと怒るぞ」
言いながらも、なんだか身の危険を感じて黒髪娘は後ずさり、そこに転がっていたモノに蹴躓いてすっころぶ。
「あいてっ」
と、上げた黒髪娘の悲鳴は、3匹の歓声でかき消される。
「な、ナイスアングル!」
「僕は今の瞬間を心のメモリーに記録したよ」
「鼻血が……」
はっとして黒髪娘は身を起こし、大慌てで足を閉じて手で押さえる。
しかし、3匹はしっかり見てしまった様子で、幸せそうな表情で親指を立てて見せる。むやみに歯がきらきら光りそうなくらいのイイ笑顔だった。
「……貴様らなあ」
ぶるぶると震えながら、黒髪娘は自分が蹴躓いたそれを掴み、持ち上げる。
それは、一本の剣だった。刀身が真っ黒なグレートソード。何というか、やたらめったらに禍々しい雰囲気を持つ剣だった。ちょっと切られただけで魂が砕けちゃいそうなくらいに。
黒髪娘の細腕では明らかに重すぎるようにしか見えないそれを、軽々と構えて切っ先を化け物三匹に向ける。
「ちょ、たんま、たんま」
「暴力反対、話せば分かる」
「その剣、何か異様に禍々しくってやばいって」
慌ててわたわたと手を振って、黒髪娘を落ち着かせようとする三匹。
「この異常な状況で、それか? もっと他に、考えることあるんじゃないか?」
「……この異常な状況を考えたくなくて、現実逃避してたんだが」
ぶちぶちと、二本牙がぼやく。
そちらに切っ先を向けてやると、もにゃもにゃと口を閉ざす。
「いつまでもそうやってられないだろ。話が進まないんだよ」
黒髪娘の切実な叫びに、三匹はようやく頷く。
「だな」
しばし、1人と三匹の間に沈黙。
「──でだ」
沈黙を破ったのは黒髪娘。
「何というか、俺、お前ら三匹の容姿に思い当たるモノがあるんだよなあ」
「俺もその剣に何か感じるモノがあるぞ。黒髪の美少女だし、やっぱりそうなのか?」
「って言うと、このダンジョンの奥底みたいな場所は、あそこになるのかなあ」
それぞれ、なにやら思い至るモノがあるらしく、顔を見合わせて再びの沈黙。
それから、今度も黒髪娘が口を開く。
「違ってたらそうだと言ってくれ。まず、お前」
と、指をさすのは山羊頭。
「ゲルダム」
それから指を二本牙へ。
「イブリバウゼン」
そしてそのまま梟頭。
「デラマギドス」
「そしてその剣が──」
と、二本牙が続ける。
「魂砕き。となると必然的にお前は魔神王?」
4人が揃って結論する様に呟いた。
「ま、まじかよ」
その言葉に応えるモノはなく、声はダンジョンの闇に吸い込まれる様にして消えた。
MISSION START!
ロードス島を占領せよ
何となくいじっててできた。
続きはありません。