きらめきの章 一年生編 四月 その1
「・・・・恥ずかしいから、もう名前で呼ばないで・・・・」
彼が幼馴染からそう言われたのは確か中学に入ってすぐのことだった。そう言われて、彼は幼馴染の少女が、最も近くにいると思っていた少女が、急に離れていく寂寥感と喪失感を味わった。
それまでも少年と少女の関係は小学校の時から周囲から散々に言われてきた。
「主人と藤崎はできてる」
「あの二人は恋人関係」
「体育館の裏でキスしてた」
などなどと、初々しくも馬鹿馬鹿しいものばかりだが・・・・。
そんな周囲の噂やからかいを少年は別段気にすることはなかったが、少女は気にしていたのだろう。だから、彼は胸のうちにある寂しさと悲しさを精一杯に隠して言った。
「わかったよ。・・・・藤崎さん」
-ピピピッ、ピピピッ、ピピッ、カチッ
耳元で自己主張をしていた目覚し時計を何とかなだめ、寝ぼけ眼の少年は暖かなベッドに別れを告げる。ぼんやりとしてはっきりしない視界の隅に今日から着ていく制服が見えた。
「あっ、今日は入学式か・・・・」
ベッドに腰かけた部屋の主、主人 公(ぬしびと こう)は働かない頭に酸素を送るべく大あくびをした。
「公ー!起きなさいよー!いきなり入学式に遅れたら洒落にもならないわよ!」
「わかったよ。・・・・すぐに降りるよ」
彼は一伸びして、新しく始まる学校生活に向けて準備を始めた。
「まったく、あんたはどうしてそうマイペースなんだろうね?」
食卓に並べられた朝食を次々と口に放り込む公。隣の席で新聞を読んでいた父、隆志は妻の嫌味に口を挟む。
「そりゃ、お前だわ・・・・」
「あなた・・・・何か言いたいことがあって?」
顔は笑っているが目は笑ってはいない。公の母、恵は夫の新聞を取り上げるとジト目で睨みつける。思わず、目線で息子に助けを求める父。その姿に父性という名の尊厳はない。
「母さんは今日出席するのか?」
息子の横槍を受けると夫への追求を仕方なくあきらめて、答える。
「もちろんじゃないの。今日はあんたにとって一つの人生の節目だよ。それを見に行かなくてどうするのよ!」
思わず握りこぶしを作る母。
「と言うわけだから、詩織ちゃん所の香織さんと一緒に行くからね」
「はいはい・・・・」
ハイテンションな母にげんなりする父子。
「そういうわけだから、さっさと朝ご飯を片付ける!」
主人家の朝はこんな調子で過ぎていった。