竜騎士たちが尻込みする中、一騎の竜騎士が敵遊牧騎兵に突撃をかましていた。
「強靭! 無敵! 最強!」
ジードは雄叫びを上げながら鋼の槍を振り上げている。その実力は全国大会で優勝を争うほどであった。
「粉砕! 玉砕! 大喝采!」
「阿呆! 乱戦の中に突っ込む馬鹿がいるか!」
空の上では、竜騎士団の指揮を任されているディートハルトが、ディートハルト異常なテンションのジードを怒鳴りつけている光景が見られた。
ちなみにこのディートハルト、次男だったが父祖の代からナーシェンの家に仕えてきた騎士の生まれである。そして、金髪に蒼い瞳の美形さんである。そのため、ブラミモンド家の嫉妬団に村八文にされることもあった。
とはいえ、フレアーが後継者にと見込むほどの逸材であり、基本的には頼れる兄貴であった。
「ジード、戻れ!」
「貴様らなどに俺の栄光のロードの邪魔はさせん! 遊牧民族、玉砕!」
「ああ、くそっ。聞こえていないようだな!」
ディートハルトは舌打ちすると、単騎突撃しているジードの援護に回った。
―――
一方、地上では――。
「イアン殿! そちらの損害は?」
「五人殺られた。あのサカの連中、射撃の腕は洒落にならんぞ」
突破されたベルアー隊も、少なからぬ損害を出している。それを考えると、イアン、ブラッドの騎兵隊の損害は少ないぐらいだろう。特に遊牧騎兵という指揮官クラスの敵は、短弓に同時に三本の矢を番えて、一度に三人を射殺してしまうほどの達人である。
「もっとも、所詮は百にも満たぬ小勢。ベルアー様と俺たちで、すでに半分は討ち取っている。じきに殲滅されるだろう。ともかく、本隊と合流するぞ」
イアンはできるだけブラッドの方を見ずに、そう言った。何が面白いのか、ブラッドはにやにやと嫌らしい笑みを浮かべているのである。背筋がゾクゾクする。頼むから近寄らないでくれと叫びたくなった。
「承知した。しかし、捕虜が取れんとは面白みのない戦だな。皆の者、そうは思わんか?」
「確かに。戦の後のお楽しみが無いですからね。やる気が失せますよ」
「あぁ、あの死体、砂になっちゃったなぁ。折角の美形が勿体ない」
豪槍のブラッドは周囲の兵士(エトルリアからの寝返り組)と意味深な笑みを交わすと、槍を振りかざして本隊救援に向かった。
「……あれが当代第一の槍の使い手か」
イアンは背筋をぶるりと振るわせた。
―――
サカ騎兵は、剣士隊の活躍で着実に減らされていた。突撃時には60だったが、ベルアー隊、ブラミモンド騎兵におよそ20を討ち取られ、残る数は40ほどに減少している。
剣士隊その数15は、キルソードで一人ひとり、敵兵の首を刈り取っていった。
だが、敵も精兵である。遊牧騎兵のひとりが、同時に二本の矢を剣士隊に放つ。そのひとつが、ひとりの剣士の首を打ち抜いた。彼は短い悲鳴を上げて地面に転がり、ビクビクと痙攣した後、動かなくなった。
そして、もう一本の矢が、別の剣士に迫っていた。
だが、その矢は命中する直前に、割り込んだ何者かによって弾かれてしまう。
「うおおおおぉぉぉぉぉ―――!」
重装歩兵、スレーターであった。
分厚い鎧を着込み、片手には身体の半分を覆うタワーシールドを構え、五本の手槍を背負っている。もう地味とは言わせない。そう言わんばかりの勢いで放り投げた手槍が、遊牧騎兵に命中した。
奇跡であった。本人も、まさか命中するとは思わなかったというような顔をしている。
「す、スレーターさん……」
「若いの、血気に逸る年頃なのはわかるが、武功を重ねる機会はこれからもあるだろう。戦場では、おのれの分をわきまえるのが肝心だぞ。私のようにな、ははは……」
【第6章・第10話】
本隊の中央は、一触即発の空気に包まれており、下っ端の兵士たちは「息もするのも苦しいっす。帰っていいっすか?」と言い出しそうな雰囲気になりつつある。
闇魔道士ナーシェンと賢者リムステラが対峙しているのである。
リムステラの冷たい視線と、背筋が凍りそうな凄絶な魔力に、ナーシェンは思わず「生まれてきてごめんなさい」と土下座したくなった。今の自分では、傷ひとつ付けることができないだろう。理魔法に有利な闇魔法でも、どうしようもない。
それでも、ナーシェンは余裕を崩さなかった。
ここでナーシェンがうろたえれば、その動揺が全軍に広まってしまう。
「ふふん、“こんなこともあろうかと”聖水を用意してきているのだ!」
一度は言ってみたかった台詞である。
ちなみに、これはジェミーやリリーナが暴走した時のために用意していたのだが、まるで最初からこうなることを予測していたかのように見栄を張るナーシェンであった。
「ふっふっふー、これで貴様の攻撃は私には通らんぞ」
「………………」
リムステラは、無言で魔法を放った。
鋭利な真空の刃が弧を描きながら襲いかかる。
風の刃がナーシェンの身体を袈裟懸けに裂き、大量の血液が噴出する。
「痛い、痛い、痛い……!」
ドバドバと溢れ出る血に、意識が飛びそうになる。だが、ナーシェンは焦らない。歯を食い縛りながら、周囲の“他の”モルフに向かって、リザイアの魔法を使用した。
遊牧民の周囲に幾つもの黒い炎が出現、渦を巻く暗闇が収束し、敵対する者から生命力を略奪する。
「グゥレイトォ!」
そして、ナーシェンの傷は完全に修復した。
闇魔法リザイア。対象からHPを強奪する魔法。その反則じみた性能のために、販売価格が3200ゴールドまで吊り上がっており、購入する際にジェミーと言い争ったのは懐かしい。ちなみに、ファイアーの魔道書が560ゴールドである。
「闇魔法、か」
「そう、中二病患者も真っ青の威力、闇魔法だ! これでも貴様が私を殺せるつもりでいるなら天晴れだな!」
「なるほど。私の攻撃で受けたダメージを、モルフから奪った生命力で補っているのか。だが、次はどのモルフで体力を回復するつもりだ?」
「そんなの、他のモルフから……」
リムステラの冷静すぎる指摘で、ナーシェンは我に返った。
ナーシェンの周囲のモルフは、とっくの昔に全滅しているのである。たしかに「殺しちゃ駄目よん☆」という指示を出しているわけではない。兵士たちはリムステラという怪物を相手にするより、他の組しやすいモルフを狙うに決まっている。
「………………あのさ、見逃してくれない?」
「私の狙いは貴様だ。そのエーギル、ネルガル様のために頂戴する」
リムステラはエイルカリバーの魔道書を投げ捨てた。新たに取り出された魔道書にナーシェンは両目を見開く。水色の表紙。三竜将ブルーニャも愛用している、凍て付く魔法。
――白き吹雪、フィンブル。
―――
二回、剣を合わせた。そして、カレルは悟る。
「あの頃よりも腕を上げたようだね、ジャファル」
腕に残った痺れのような負荷に、カレルは戦場には場違いな、穏やかな微笑を見せた。そして、背後で弓を構えているバアトルに声をかける。
「バアトル殿、ここは私に任せて欲しい」
「………義兄の頼みであっても、それは承服しかねる」
「そこを曲げて、お願いしたい」
「………………好きになされよ」
バアトルは一矢、ジャファルに放つと、くるりと背を向けて別の敵を探しに行った。ジャファルは当然のように、短剣で矢の軌道を逸らしてしまう。カレルは目を細めて、その剣筋を眺めていた。……あの頃と、何も変わっていない。
「理由を尋ねてもいいかな?」
「………………」
ジャファルが無言で飛びかかる。暗殺者の太刀筋。カレルの見慣れたものだ。最近は使うことがなくなったが、自分もその手の剣は体得している。故に、奇襲、奇策の類は己には通用しない。
ジャファルもそれは理解しているのか、真っ向からカレルに向かって行った。
「剣筋や剣圧、体さばき、足運び、そのどれもが過去のものと変わらない。いや、微妙により高度に洗練されているが、そのルーツは当時のものと何ら変わりはない」
当時のカレルは呆れたものだった。黒い牙最強の暗殺者と剣を交えてみれば、その剣は死神の剣ではなく、大切な者を守るための剣に変わっていたのである。ただ腕が腐っていくだけの愚かな剣。カレルはそう考え、死神の剣を引き出すために何度もジャファルに剣を向けた。だが、最後までその剣は守るための剣だった。
「当時の私は君の傍にいる少女、彼女を殺せば死神が蘇えるのだと思っていた」
「………………」
リムステラがジャファルのモルフを作るなら、当時の黒い牙時代のジャファルをモデルにしているだろう。
カレルは微笑を浮かべる。当時の自分は気付けなかったが、ジャファルの剣は尊いものだと今では理解できている。剣聖にとっては、この死合すら、心地よいものであった。
「今、私の主君のもとに、緑色の髪の女性魔道士が身を寄せている」
「………………」
わずかに、剣筋が鈍る。カレルは手を休めずに攻撃を加えていく。
ジャファルは数瞬の攻防の後、凌ぎきれなくなって数歩後退する。
カレルは、そんなジャファルに言葉をかけた。
「何なら、今から屋敷に戻ってその女性を殺してみせようか」
「………!」
明らかに動揺していた。心を持たないはずの暗殺者、そのただひとつの弱点。
「もう一度尋ねよう。なぜ、モルフに加担している?」
ジャファルはモルフではない。
モルフは、こんなに“活きた剣”を振るわない。
「………剣魔」
「何かな?」
「ニノは今……幸せか……?」
命をかけてニノを守る。それが、ジャファルの誓いだった。