カレルは刃毀れした剣を鞘に収めた。周囲には二十人分の死体が転がっている。
いや、これは“死体”と言えるのだろうか。
エーギルという生命エネルギーを原料に作られた、金の瞳を持つ人形。
「……モルフか」
命令に従うだけの存在。カレルはボロボロと崩れ去り、砂になったモルフから目を背ける。
「ただの黒い牙の残党というだけではなさそうだ」
カレルが斬ったのは、バアトルを追いかけるだけの知能を持たないレベルの低いモルフである。知能のあるモルフたちは、カレルに敵わないと見ると気配を消して逃げていった。人形なだけあって気配を殺すのが上手い。剣聖カレルといえども追跡するのは困難だった。
まぁ、バアトルたちのところに向かったのはわかりきっていたが。
【第6章・第3話】
ジードが飛竜プリンタルトの面倒を見ていた時だった。
「あっ、ブラッドさん。他の人が見てますから……」
「いいじゃないか。いくらでも見せ付けてやれば」
豪槍のブラッド――。
ナーシェンがエトルリアから寝返らせた騎士である。剣の腕は凡庸だが、槍の技量は並々ならぬものがあり、イアンと五十合も斬り結んだほどである。イアンが彼に勝てたのはひとえに武器の質の差といえた。
あれでイアンは烈風という二つ名を持っている、ブラミモンド家では最強のソシアルナイトなのである。そんなイアンと互角に斬り結んだブラッドは、二番目に優秀なソシアルナイトといえた。
「ふふっ、恥ずかしがるなよ。身体は正直だぜ」
「あぁっ、ブラッドさん!」
竜騎士たちは黙って逃げ出した。
言葉だけ聞けば、嫉妬に狂いそうなものである。竜騎士たちにとって、女性と仲良くしているような輩は怨敵として誅されるべき存在なのだ。特に、最近女二人をはべらせてだらしない顔をしている主君は絶対悪なのである。
そんな竜騎士たちが逃げ出すほどの光景。
「可愛いやつめ。ほら、こっちに来い。もっと可愛がってやる」
ブラッドは“男の”騎士の肩を抱いて、馬厩の裏に引っ張り込んだ。
「―――ッ!」
全身に鳥肌が立った。物陰から聞こえる男のすすり泣きのような甘い悲鳴に、竜騎士たちは揃って顔を背けている。
「聞こえない……聞こえない………」
「俺は何も見なかった。そう、何も見なかったんだ……」
「シューパフェ、俺の友達はお前だけだよ……」
彼らは普段より熱心に訓練に打ち込んだ。ぶっちゃけ逃避だった。
そして数刻後。
飛行訓練と称して領内の空に逃げ出した騎士たちの瞳が彼女たちを捉えた。
「幼女と巨乳だ!」
偵察などを任務とする竜騎士は、無駄に目がよかった。
―――
飛竜とは、個人の“武”を越えた“戦術兵器”である。
急降下による加速と、飛竜の質量を目標に叩き付ける攻撃は、城壁さえぶち壊してしまう。
質量とは圧倒的な武器である。たとえば、中世から近代までの騎兵の主力武器ランス。この槍の重さは3~5kg。人と馬の体重500kgにランスの重量を上乗せした突撃である。これは鉄の鎧など、まるで意味を為さない攻撃だったのだ。
飛竜の体重は1トンを越える。そこに上空40メートルからの加速が乗る。
フィルたちに襲い掛かっていた刺客は肉塊と化した。
竜騎士の育成は、通常の騎士の十人分の金がかかっていると聞いたことがある。飛竜の価値は名馬二十頭の価値があると聞いたことがある。そして、飛竜の食料で、どれだけの民が飢えを凌げるのか。
ドラゴンナイトは、それだけの金をつぎ込んでも惜しくない価値があるのだ。
「女の敵すなわち人類の敵、覚悟しろ!」
「……って、幼女じゃねーじゃん。少女じゃん。でも可愛いから許す!」
「殲滅! 殲滅! おっぱい! おっぱい!」
「くっ、なんてけしからん乳だ! 戦いに集中できん!」
ドラゴンナイト軍団は急降下と同時に槍で刺客を薙ぎ払い、討ち洩らした敵を手槍で止めを刺していく。フィルはその圧力に震えればいいのか、それとも彼らの言葉に呆れればいいのかよくわからなくなった。
「……彼らの言葉は聞き逃してくれないか」
そして、あらかたの敵が殲滅されると、ひとりのキザっぽい顔に疲れをにじませた青年竜騎士がフィルに声をかけた。青年の後ろから「あっ、抜け駆けしやがって!」とか「くそっ、顔なのか! やっぱり顔なのか!」と怨嗟の声がしていた。
「あなたは?」
「俺はブラミモンド家の竜騎士ジードだ」
それが、妹に振り回されてきた青年と、父に振り回されてきた少女の出会いだった。