夢を見ていた。中二病全開の、オツムの悪い夢だ。
「敵の軍勢が突撃して来ます!」
「よし、馬防柵で十分に引きつけろ!」
ナーシェンの叫び声に、兵士たちは冷静に命令に従い、柵の前で細長いものを構える。
「……射撃準備、1、2、3……今だ、撃てぇぇぇ――!」
合図と同時に轟音が鳴り響き、飛来する銃弾に、次々と敵騎兵が倒されていく。
火薬および火縄銃の開発。早合と呼ばれる銃弾と火薬を一体化させたものの開発。三段射撃などの射撃術の開発。また、馬防柵や有刺鉄線を用いた野戦陣地の開発。兵士たちには片栗粉Xを携帯させるなど、不満を解消させるための施策を行っており、指揮はみなぎっている。
敵は銃弾に穿たれ、地に倒れる。やけにすっきりとした――むしろ、どこか悟ったような顔をした兵士たちは、戦場の虚しさ、生きる虚しさを己に問いかけながら、鉄砲を構える。異様に冷静な目をした兵士たちの射撃は正確だった。
「ふははははっ! ファンタジー世界に銃器を持ち込めば最強だな! ふはははは――!」
戦場に、ナーシェンの歓喜が響き渡った。
「……………………という夢を見ました、ナーシェンです」
火薬の作り方なんてわからないさ。だって、文系学生なんだもん。
【第5章・第5話】
目を覚ましたナーシェンが見たのは知らない天井ではなかった。しかし、同じベッドでリリーナが添い寝していたりする。このような状況、前にもあったような気がするんだけどなー、とナーシェンは額の汗を拭う。
「あ、そっか」
そして、初めてリリーナの魔法を喰らったことを思い出した。
この年で洒落にならない威力だった。魔道軍将セシリアが自分以上の才能があると太鼓判を押しただけはある。この調子で、ブラミモンド家の者たちを火葬して実戦経験を積めば、大陸一の魔道士になるだろう。冗談抜きで。
「ナーシェン、目を覚ましたのね?」
「ああ。リリーナは起きていたんだな」
「ナーシェンの寝顔を見てたから。カッコいいナーシェンも好きだけど、可愛いナーシェンも好きよ」
「恥ずかしいからやーめーれー」
相手がたとえ九歳児でも、ナーシェンはこの手の台詞に弱いのだ。基本的に、褒められると逃げるタイプである。ついでに、他人からの好意――特に、無条件の信頼というものを信じていない。偽悪者でもある。
ナーシェンが顔を真っ赤にしていると、リリーナはクスクスと笑う。
「ところで、これって初夜というものなのよ」
「ああ、そう言えばそうか……………って、ええ!?」
「どうする、ナーシェン? 貴方が求めるなら、私のことを好きにしてもいいわ。お婆から閨の作法は教わっているの」
「私に『槍男』の柴田勝家になれと言うのか!?」
ナーシェンは絶句する。と言うか、やっぱりお姫さまってその手の教育を受けているんだな、と妙なところで感心した。
ナーシェンも使用人のお婆さんからやり方を説明されたことがある。が、エロ大国出身のナーシェンにとっては釈迦に念仏といえたが。
「いやいや、九歳の娘にそのようなことを求めるほど、私は腐ってはいないから」
「でも、それだと……」
「心配するな。三行半を突きつけてオスティアに送り返すようなことはしない。元々、子を作るための結婚じゃないからな。成り行きでこんなことになったけど、リリーナは私が守ってやるぞ」
「守る、なの……?」
リリーナは目尻に涙を浮かべた。不満そうな顔だ。そこまでして、抱いて貰いたいのだろうか。
主人からの寵愛を得られなかった妻は悲惨な扱いを受けることになるが、リリーナはそのようなことを心配しているわけではないだろう。
ナーシェンの心が他の誰かに取られないか、心配しているわけだ。
身体で主人の心を繋ぎ止める。そのように考えているのかもしれない。
(いや、だから無理だって。九歳だぞ、九歳。ロリじゃなくてペドの領域だぞ)
ナーシェンはノーマルなのだ。たとえ家臣たちの間で、幼女をモチーフにした艶本が出回っていても、そんなことは関係ない。ロリコン・オブ・ブラミモンド……そんな英雄の名を汚す称号を付けられたら、ゼフィール王に改易されるだろう。マジな話。
ナーシェンがリリーナを宥めようと彼女の頭に手を置くと、リリーナは真剣な顔をする。
「なら、愛していると言って」
「………………え? えっと、いや、その、な? ……うぅ、愛してるよ、リリーナ」
「もう一度」
「………あの、リリーナさん?」
恥ずかしがって、ボソッと呟くナーシェンに、リリーナは不満そうに頬を膨らませる。それから、躊躇いがちに求められた言葉を囁くと、リリーナは涙目になる。本心から言っているのではなく、同情で言われていると思っているらしい。
「愛してる」
「もう一度」
「愛してるよ」
「もっと!」
「愛してるぞ、リリーナ。胸が張り裂けそうなほど、愛している!」
「もう一声!」
「世界で一番君を愛している! もう、君なしでは生きていけない!」
「まだまだ!」
誰か……助けて………。
―――
リリーナの輿入れがそこそこ平和に終わった後、予想通りというべきか、オスティア家から無理難題が押し付けられた。リリーナの生活が不便だろうということで、彼女の護衛として騎士二十人を送り込もうとしたのである。
それが正規の騎士で、ブラミモンド家にある程度の忠誠を誓ってくれるなら断わる理由はないのだが、どうせその騎士たちは工作員で固められているに決まっている。内部工作するので受け入れて下さいということだろう。わざわざ獅子身中の虫を飼うほどナーシェンは愚かではないのだが、そこのところをヘクトルはどう思っているのだろう。
「はぁ。あちらさんも謀略が苦手なら、さっさと方針転換すればいいのに……」
諜報技術があまりにも優れているために、君主が謀略という畑に手を伸ばしてしまうのだろう。
たしかに先代のオスティア候ウーゼルは政略や謀略に長けていた。リキア同盟の盟主として絶大な支持を受け、戦争以外の手段で他国からリキアを守ってきた手腕はかなりのものである。だが、戦が得意のヘクトルがその方針を受け継ぐのは……。
「ハッキリ言って、馬鹿ですね。ただの戦争馬鹿ならよかったのですが、兄を目標にした所為で、本来の能力が発揮できていないのでしょう」
ジェミーが書類をまとめながら、ナーシェンの内心を察してそう答える。
「まぁ、そうだろうな。普通はなりふり構わずの軍備拡張だろうってのに」
だから数年後にはベルンに踏み潰されるのだ。ま、そっちの方が楽なのだが。
謀略家に謀略を仕掛けるなど、ヘクトル殿は正気とは思えんことをしてくれるな。
ナーシェンは昨晩のこっ恥ずかしい出来事を意識の隅に追いやり、謀将らしく不敵な笑みを浮かべる。家臣たちが腫れ物を触るような対応をしてくるが気にしない。気にしたら死ぬ。主に精神的な理由で。
ジェミーは無言で書類仕事を手伝っていた。理由は知りたくない。
腹いせに書類に印鑑を豪快に叩き付けていると、執務室にリリーナがやってくる。
「ごきげんよう、ジェミーさん。お仕事ご苦労様」
「失礼ですが仕事中ですので、話しかけないでくれません?」
「あら、そう。じゃ、ナーシェン。街を見て回りたいんだけどご一緒してくれない?」
ジェミーの筆がボキリと音を立てて二つになった。
「ナーシェン様も仕事中です。奥方様なら主人の仕事の妨害をしてはならないことぐらい、理解していらっしゃるのではありませんか?」
「私、あなたには話しかけてないの。それに、ナーシェンの家臣なら、主人と奥方の団欒の場を乱すのはあまり好ましくないわね」
二人の視線が衝突し、ビリビリと電撃が走っている。
ナーシェンはこっそり執務室から逃げ出そうとして、二人に見付かった。
「いや、その、な。二人とも、私の妻になるんだから仲良くしてくれないか?」
「……………まさか、ジェミーさん。あなたは……」
「ふっ、お考えの通りですよ」
やけに勝ち誇った笑みを浮かべ、事情を説明するジェミーに、ナーシェンは「あ、死んだ」と思った。
「くっ、この女狐! どうやってナーシェンを誑かしたの!?」
「誑かしたなんて、言いがかりを付けないでくれます!? 私とナーシェン様は愛し合っているんですから!」
「わ、私はナーシェンに五百回も愛してるって言って貰ったわ!」
「ああ、そうですか。口では何とでも言えますからね。ナーシェン様は優しいですから、健気な九歳の貴女を“同情”してくれたんですよ」
「あのぉ。仲良く、仲良く、ね?」
とにかく二人を宥めようとするナーシェンだったが、その行為は焼け石に水どころか、火に油を注ぐものであり……。
「ナーシェンは黙ってて」
「ナーシェン様は黙ってて下さい」
「……さーせん」
ナーシェンは涙を流しながら背を向けた。間に合わないとわかっていても、身体が動いてしまうのだ。うん、後でリザイアの魔道書でイアン辺りからHPを吸い取っておこう。
「ジェミーちゃんエルファイアー!」
「リリーナちゃんエルファイアー!」
と言うか、痴情のもつれで死にそうになる憑依主人公って珍しいんじゃないかな。
薄れ行く意識の中、そんなことを考えたナーシェンであった。
ちなみに、この騒動で執務室は全焼。数日分の政務が滞り、ナーシェンは一週間徹夜する羽目になった。さらに、ナーシェンが執筆中であった『異・恋姫†無双~ドキッ、女だらけの戦国時代~(R18)』が失われることになった。苦労して書き上げた女性版織田信長が灰になったのである。
そんなこんなで色々あったが、リリーナ輿入れは無事に終わった。
後世にもその名を残しているブラミモンド家の賢妻リリーナ。ナーシェンの覇道を支え続けた少女が、歴史に名乗りを上げた瞬間だった。
第5章 完