パーシバル軍の騎兵は迅速に撤退しており、取り残されたのはアーマーナイト他、ソルジャーやアーチャー、戦士や傭兵などの歩兵戦力である。それらの兵士は殿軍として追撃するナーシェンに立ち向かった。意気地のない者は我先に逃げようとしたが、そのような者を斬る者もいた。数人の騎士が督戦隊のような役目を買って出たのである。
「前回、オスティアの兵糧を買い占めたり、競馬で遊んだり、色々なことをやりつつ、恐怖の騎馬部隊を従えたパーシバルを必勝の構えで打ち破ったナーシェン様! 強靭、無敵、最強! もうナーシェン様最強でいいじゃね的な展開! しかし、いよいよエトルリア本隊が接近しつつあった!」
敵の指揮官らしき人物が意味不明なことを口走っているが、エトルリアの兵士たちは気にしている余裕はなかった。エトルリア軍は恐怖していた。殿軍の目の前に追撃部隊が迫っており、すでに味方の兵士が容赦のない敗残兵狩りにさらされている。
「くそっ、あれは何なんだ!」
「こ、こっちに来るなぁぁぁあ!」
逃げ惑う兵士たちを、着物に似たサカ地方の衣服を着た青年剣士が追跡する。いずれも若々しく、中には子どものような年齢の者すら混じっていた。だが、その戦闘能力は熟練の騎士をはるかに上回っている。
彼らは独特の奇声を上げながらエトルリアの敗残兵に飛びかかる。
「ヒッテンミツルギスタイル!」
「オトリヨセェェェェー!」
「ガトチュセッケンスタイル!」
首を斬り飛ばされ、あるいは全身を刃で貫かれる兵士たち。味方の無残な死を見た兵士たちから、さらに戦意が失われる。それでも、剣士たちは攻撃を止めなかった。
「おーい! 身なりのいい騎士は殺すなよー! 捕虜交換に使うからな!」
「敵将! 討ち取ったりぃぃぃ――!」
「……ってこらぁぁぁ! イアン! 言われた傍から騎士を殺すなぁぁぁ!」
【第4章・第9話】
「死にます! マジで死にます!」
エトルリア軍の中に、ひとりの聖職者が混じっていた。
女性に好かれそうな面構えをした美青年だが、どこか胡散臭い雰囲気を持つ青年である。エリミーヌ教会のヨーデルのもとで修行している、齢十六になるサウルであった。
エリミーヌ教会秘伝の回復の杖が仕える聖職者は、軍事的にも貴重な人材であった。エトルリアが戦争をする度に、教会から何人か派遣されることになっている。もちろん、その度に教会に裏金が流れ込むわけだが。
それに対抗するためにベルンにも教会があるのだが、エトルリアの規模には及ばない。まぁ、それは余談である。
この戦争は普段運動をすることのないサウルにとっては凄まじい難行だった。乗馬の訓練も受けていない聖職者である。女性騎士に「貴女は荒廃した戦場に咲いた一輪の花のようです」と口説いて馬の後ろに乗せて貰い事なきを得たが、翌日には尻に激痛が走り涙することになった。
そんな状態である。
戦場で騎士に「おい、そこの神官! ライブの杖を頼む!」と声をかけられて、耐久マラソンのごとく走り回らされていると、気がつけば味方が敗北していた。何を言っているのかよくわからないが、サウル自身よくわかっていない。
「フル○ン、サーセン!」
さらに、意味のわからない奇声を上げる剣士が味方に飛びかかっている。
「もはやこれまで……」と潔く散るサウルではなかった。「あと五十人女を抱くまで私は死ねないのです!」と叫びながらサウルは逃げる。全力で逃げる。
「我こそはブラミモンド家の騎士イアン! そこもとは名のある騎士と見た!」
「クッ……私はファウエル子爵が次男ブレッドだ」
見た目こそ地味だが、長い歴史を積み重ねたためか貫禄の滲み出る鎧を着たエトルリアの騎士が、騎乗した騎士に名乗りを上げているが、そんなことはサウルには関係ない。
「誰か! 誰か助けて下さい!」
「ほぅ、ブレッド殿か。貴殿の武名は我が主君のもとまで届いている。ここで死ぬには惜しい御仁だ。我が主君に仕えてみないか?」
「ぬかせ! 私はエトルリア王国に尽くす身! エトルリアのために死ぬと決めている!」
「ならば、無理矢理にでも主君のもとへ引っ張っていくまで」
騎乗の騎士が剣を抜く。二人の騎士が激突した。
サウルは情けない悲鳴を上げながら逃げ続ける。もう、どの方向に逃げているのか、自分でもよくわからなくなっていた。棒のようになった足を振り続け、首を取りにきた兵士に土下座したり(その兵士はサウルの有り様に失望したのか、やれやれと首を振って何処へと消えて行った)、味方の女性騎士に助けてと抱きついて「邪魔だ」と叩き落されたりしながら――。
「ナーシェン殿。敵の神官が本陣に突撃してきますぞ」
気付けば高価そうな鎧を着た騎士たちに囲まれていた。
「はぇ?」
「ふむ、見事なものだ。これまでと見て死に花を咲かせようというわけか」
「では、私が」
ひとりの男が腰の剣を抜いてサウルに歩み寄る。
サウルは喉を引きつらせた。
「い、いやだ! 死にたくない! 後生ですからお助け下さい!」
「………最後に恥をさらすとは無様な。ならば、貴様はなぜ我が軍を掻い潜ってここまで来たのだ?」
「い、いや、気付いたらここにいたんですよ! 本当ですって!」
おっさんは舌打ちするとサウルの後ろ髪を引っ張った。「いたた!」と悲鳴を上げるサウルに、おっさんは「ええい! 最後ぐらい潔くせんか!」と怒鳴りつける。そんなことを言われても死にたくないのだ。
その時だった。
悲鳴を上げるサウルの懐からポロリと書物が転がり落ちたのである。
『ファミリー・プラン(R18)』であった。辺りにどうしようもない沈黙が広がる。
「ベルアー殿。すまないが、彼を解き放ってくれないか。私のファンは減らしたくないのでね」
「……だそうだ。ナーシェン様に感謝しろ」
こうして、サウルは命からがらエトルリア本隊と合流した。
このエピソードはナーシェンが勇気ある神官を助命した美談として伝えられることになった。「エトルリアの数少ない心ある神官を殺しては、エトルリアの民が苦しむからな」と言ったそうだ。もちろん嘘だが、エトルリアの民衆はナーシェンの寛容な心に感動することになったそうだ。