人竜戦役――。
エレブ大陸で千年前に起きた人類と竜族との戦争のことである。最初は竜族の圧倒的な戦闘能力に人類は圧倒されたが、竜族は個体数が少なく、それに勝る人類が戦線を押し返す。竜族は数的不利を補うために生体兵器『戦闘竜』と、それを生み出す魔竜を造り出した。
戦闘竜はほとんど感情を持たない、敵意に反応して反撃するもので、純粋な竜よりも戦闘能力は低かった。だが、その戦闘竜の投入によって戦線は再び膠着状態に陥った。
そこで人類は決戦兵器『神将器』を『八神将』に託し、魔竜の篭る竜殿を襲撃。そこで神将器と竜族の膨大な魔力が干渉し、暴走。終末の冬が始まった。
竜族の魔力の暴走によって引き起こされた天変地異は、エレブ大陸の「秩序」を崩壊させ、自然環境が激変した。夏に雪が降り、昼が夜になったという。竜族、人類ともに深刻な被害を出したと伝えられている。
「秩序」の崩壊は特に竜族に大きな影響を与えた。彼らは新たな「秩序」のもとでは竜としての姿を保つことが出来なくなり、「マムクート」と呼ばれる人型に姿を変え、僅かな力を「竜石」に残すのみとなった。「マムクート」は「竜石」を用いれば一時的に竜と化し真の力を発揮できるが、通常時は人にも劣る力しか持たない。
こうして人竜戦役は人類の勝利に終わった。
【第4章・第1話】
壮麗な様式美を讃えたベルン宮殿では、今日、二つの式典が行われていた。
「諸君、静粛に。国王が御成りになる」
宰相バレンタインの張りのある声が響き、集まっていた諸侯たちが左右に一列に並ぶ。だが、ナーシェンはその列に加わらず、玉座の正面に跪いた。
ナーシェン、十七歳。
オスティア訪問より、三年の歳月を経ている。
ゼフィールが階段の上にある玉座に腰掛け、その隣に王妹のギネヴィアが控えている。
マードックは階段の下で、居並ぶ諸侯たちを静かな目線で威圧している。
年に一度の大評定である。
「コンドラ侯爵ナーシェン」
「ハッ」
「貴様は今日よりブラミモンド公爵ナーシェンとなる。以後も、余に忠誠を尽くせ」
「光栄にございます。忠誠におきましては、是非もなく」
ナーシェンは頭を下げると、諸侯たちの列に戻る。国王の小姓が「こちらです」と場所を示していた。
昨年までは、大公と公爵たちの後ろがナーシェンの位置だったのだが、今年から公爵たちの中になっている。ベルン西部の巨人、ファルス公爵が「出世ですな」と笑いかけてくれて、ナーシェンの心は大分落ち着いた。
ブラミモンド。
言うまでもなく、八神将のひとり、謎多き者ブラミモンドのことである。
ベルンには元々ブラミモンドという爵位が存在していたのだが、英雄の子孫であるためか傲慢に振る舞い、当時の国王の不興を買って改易されている。調べたところ、ナーシェンはそのブラミモンド家の血を引いていた。
今回の出世については、公爵級の力を持っているのに何時までも侯爵では諸侯に示しが付かないだろうと言うことで、ゼフィールも重い腰を上げるしかなかったらしい。公爵に昇進したと言っても、新たな領地を与える必要はないので、ゼフィールも「まぁいいか」という気分でナーシェンを昇格させたのだろう。
これでナーシェンはブラミモンド公爵ナーシェンになる。
闇魔法の英雄ブラミモンドの名を継ぐことになったのだが、ナーシェンも「どうでもいい」と考えていた。ゼフィールもナーシェンも名より実を取る男なのである。こんなところで似ていたりするのだが、二人ともお互いのことを似たもの同士とは意識していない。
宰相バレンタインが諸侯たちに今年度の方針を伝えていくのを聞きながら、ナーシェンは今年は荒れそうだと思っていた。
トラヒム卿の乱から数年間はベルン北部同盟の盟約で山賊退治に出陣したことはあったが、ほとんど平和と言ってもよく、内政方面に専念できた。
だが……。
「では、これより三竜将就任の儀式を行います。ブルーニャ殿、御前へ」
「はい」
若い女性が、諸侯の列の中ほどから、スッと立ち上がって国王の前に進み出た。
紫色の髪をなびかせている。その美しさに、諸侯たちから感嘆の声が漏れた。
ベルン東部の子爵家の令嬢、ベルン近衛騎士団所属ブルーニャ。
彼女はマードックの推薦を受け、父親の政治的な根回しもあり、この度、三竜将に就任することになった。
彼女は十七歳。最年少の将軍就任に、諸侯たちから「若すぎるのでは?」と危惧の声が上がったが、それをゼフィールに具申する者はいなかった。
「エトルリアでも、最年少の三軍将が就任したそうですね」
「らしいですな。十七歳、それも女性の魔道軍将だとか」
ファルス公爵も感じているのだろう。
これは、エトルリアとベルンの見栄の張り合いだということに。
エトルリアの魔道軍将セシリアも、ベルンの三竜将ブルーニャも、どちらも実力に不足はない。
それでも、十七歳というのは異例だ。
おそらく、今年中にベルンとエトルリアの戦が起こる。
小競り合いで終わるか、決戦で終わるかはわからない。
「予行演習」
「……でしょうな」
周囲の者がいるため、あまり大きな声で言えなかったが、ナーシェンの言いたいことはファルスに伝わったらしい。
ゼフィールの軍拡も、ここに至ってようやくひと段落着きかけている。これ以上の徴兵は国力が落ちると言うところまできているのである。
原作でゼフィールが世界征服に出ているが、いきなりそのような行動に出るほどゼフィールは馬鹿ではないだろうとナーシェンは考えていた。となると、原作前に予行演習のようなものを行っているべきである。
侵攻計画を作成し、軍事力にそれを実行する能力があるのか、見極めなければならない。
原作まで、残り七年。
すでにカウントダウンは始まっていた。